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 ヴラドが死んでから更に百年くらい経った時、侵入者を待ち構えるための大きな部屋に美鈴が入ってきたわ。
 侵入者だと思った私はいつものように一撃必殺を狙って攻撃を放とうとしたわ。けれど、

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!私は貴女と戦うために来たんじゃないです」

 慌てたような声を聞いて私は攻撃するのを止めたわ。第一印象は、今まで見たことのないタイプ。それだけだったわね

「……私と戦うためでなければ、何をしにここに来たのかしら?」
「あ、はい!私をここに雇ってはくださらないでしょうか」
「雇う?」

 私は美鈴の意図が全く読めなかったわ。けど、私がすぐに殺そうとしなかったのは好奇心からだったのでしょうね。

「はい、そうです。貴女はこの辺りでは有名な吸血鬼です。そんな吸血鬼のもとには貴女を倒そうとする者がごまんといるのではないでしょうか」
「まあ、そうね。時々、倒すのが億劫になる程度にはいるわね」
「ですよね。ですから、その侵入者を退治するのにこの私をこの館の門番にするのはどうでしょうか」
「そんなことをして貴女にどんなメリットがあるというのかしら?」

 こちらにだけ有利な話なんて存在しない。まあ、当然のことね。

「修行の相手が気軽に見つかる、ということです。戦えるような方を見つけるのは結構骨が折れるんですよね。ですから、ここにくる侵入者たちを私の修行相手に出来たらなぁ、と思ったわけです」
「そう。……けど、無条件で置かせる、というわけにはいかないわ。そうね、私と戦って貴女の実力を見せてみなさい。弱いやつをうちの門番にする気は全くないわ」
「え、えーーっ?!吸血鬼に勝てるわけがないじゃないですか!」

 私の言葉に頓狂な声を返してきたわ。あの時の美鈴の反応はなかなかおもしろかったわね。

「誰が勝て、なんて言ったのよ。主より強い門番なんて、それこそお断りよ。……まあ、殺さない程度に手加減はして上げるから安心しなさい」
「……わかりました。では、行かせてもらいますっ!」

 そうして私と美鈴の戦いは始まったわ。
 美鈴は思った以上に持ちこたえたけれど、苦戦はしなかったわ。

「思ったよりはやるわね。いいわよ、貴女をうちの門番にしてあげるわ」

 床の上に大の字になっていた美鈴へと向けてそう言ったわ。

「ほんとですか!ありがとうございます!」

 そうしたら、さっきまで倒れていたのが嘘だったんじゃないだろうか、っていうくらい元気に起き上がったわ。流石にあの時は驚いたわ。

「ああ、そうだ、名前をまだ言ってませんでしたね。私は美鈴、紅 美鈴です」
「……?この辺りの国のモノじゃないのかしら?」
「そうですよ。この大陸の東の方から強いモノを探しながらここまでやってきたんです。おかげで色々な言葉を使えるようになってしまいました」

 もしかしたら、この紅魔館の中でパチュリーの次くらいに使える言語が多いんじゃないかしら?

―――へえ、そうなんだ。美鈴って意外にすごかったんだ。

 ええ、そう、意外にすごかったのよ。
 それで、話は戻すけれど、あのまま美鈴はうちの門番となったわ。出会ってすぐに貴女に会わせてあげたんだけれど、覚えているかしら?

―――ううん、覚えてないわ。私にとってはいつの間にかいた、っていう感じなんだけど。

 ……そう。あの頃もまだ自意識が希薄だったから仕方ないんでしょうけど。
 美鈴は貴女のことをずっと気にかけていたわ。私がどう接すればいいのか悩んでいた横でね。

 けど、あの子は責任感も強いから、門番の役割を放棄してまで貴女の所に行くことが出来なかった。
 今にして思えば、あの時、美鈴を自由にさせていたら貴女の心ももっと早く戻っていたかもしれないわね。
 ……ごめんなさい。

―――ううん、いいよ。今はこうして昔よりもまともになってるんだから。

 フラン……。

―――それで、続きは?

 ……ありがとう。


 美鈴が館の門番になってから二百年後。パチェが侵入者としてやってきたわ。

「こんばんは。永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレット。……通り名の通りちみっこいのね」
「……出会ってそうそう失礼なことを言ってくれるわね。そもそも門番はどうしたのよ。なんとなく予想はつくけど」

 美鈴は優秀だったけれど、魔法や飛び道具を使ってくるのには弱くてそういった連中ばかりが館の中に入ってきたわ。あと、門からではなく塀を乗り越えてくるような奴らもあまり対処出来てなかったわね。

「塀を壊して入ろうとしたんだけど、門番に見つかったから適当に倒しておいたわ。今頃首の下まで埋まった体を地面から出そうと奮闘しているか、諦めているかをしているでしょうね」
「……それで?私の心臓が目的な割には何も準備をしていないみたいだけれど」
「……ふむ、吸血鬼も騙せるのなら成功、と言ったところね。あー、いやいや私は貴女の心臓なんて興味はないわ。血も首も翼も魔力も、どれもこれも興味がないわ」
「なら、何をしにここに来たのかしら?」

 そう言いながらも私はいつでも攻撃されてもいいように警戒をしていたわ。友好的に話しかけてこちらを攻撃してこようとした輩はいくらでもいたから。

「貴女の母親であるユナ・スカーレットの蔵書を見せてもらいに来たのよ」
「そう言ってお母様の書庫で私を殺すつもりかしら?」

 冷静にそう言い返したけれど内心かなり驚いていたわ。長い年月をかけて私の名前ばかりが大きくなってお母様やお父様の名前は忘れ去られていたわ。だから、パチェの口からその名前が出てくるのはかなり意外だったのよ。

「貴女には興味がない、って言ってるでしょう?まあ、疑う気持ちもわからなくはないけれど。……どうしたら、ユナ・スカーレットの書庫まで連れて行ってくれるかしら?」
「私が少し離れた場所から貴女についていくわ。書庫までの道はちゃんと教えてあげるから安心なさい」
「教えてもらわなくても変に魔力が渦巻いてるのがわかるからいいんだけれど」
「なら面倒くさいから教えない。さあ、ほらさっさと行きなさい」
「流石に館の構造までは分からないんだけど……」

 本当に面倒だったからパチェの言ってることは無視してその体を押してやったわ。

「はぁ、まあいいか」

 諦めたようにパチェは歩き始めたわ。





「構造がわからない、って言ってた割には迷わずに来れたじゃない」
「無駄に複雑じゃなかったからね。……というか、かなり埃っぽいわね」

 小さく咳をしながらそう言っていたわ。

「まあ、私は使わないから」
「そう、それは勿体ないわね」

 パチェがおもむろに本棚から一冊の本を取り出したわ。その手つきは本当に本を大切にしているモノの手つきだったわ。

「これは……」

 パチェが手にしていたのはお母様の書いた魔導書だったわ。なんとなくだけど、パチェなら読めるんじゃないだろうか、って思ってたわ。

「どう?貴女にお母様の書いた魔導書が読めるかしら?」
「ええ、問題なく。……貴女の母親は中々面白いことをやってたみたいね」
「そうなの?」

 お母様が魔法を使うところは何度も見たことがあったけれど、それほど面白いことをしているとは思って居なかったわ。あの頃は、魔法に関しての知識はあんまり持ってなかったからね。まあ、今もそんなに変わらないんだけど。

「ええ。この本に記されているのは合成魔法の使い方よ。……これは、更に面白そうな魔導書が眠っていそうね」

 あの時のパチェはかなり怪しい笑みを浮かべてたわ。正直、隣に立っているのが怖かったわ。

「ねえ、ここに住まわして欲しいのだけれどいいかしら?」
「私の従者になるというのなら快く住まわせてあげるわよ」
「嫌よ」

 わかり切っていたけれどパチェは一泊の間も置くことなく私の言葉を拒否したわ。

「なら、諦めてもらうしかないわね」
「それは出来ない。魔女のヒトリとしてここにある魔導書を諦めることは出来ないわ」
「そう。……それなら、どうするつもりかしら?」
「決まってる。貴女を倒して無理やりにでもここに住み着くわ」
「わかりやすいわね」

 そうして、私とパチェは戦うことになったわ。
 勝負は……吸血鬼対策をしていたパチェの完勝だったわ。水系の魔法を使ってくることまでは予想していたけれど、まさか炒った豆まで持ち出してくるとは思わなかったわ。
 意表を突かれた私は、豆の方で体勢を崩されて、本命の水の魔法に捕らわれてしまったわ。
 十字架を取り出すような奴らはいくらでもいたけれど、炒った豆を持ってきたのはパチェだけだったわ。あの時にわかったわね。パチェがかなりの変わりモノだってことが。

 それで、結局負けてしまった私はパチェを館に住まわせることにしたわ。

―――パチュリーって準備万端だとすごく強いよね。

 ええ、そうね。そう言えば、フランも初めてパチェに会った時に負けたんだったわね。

―――うん、そう。あの時の私はかなり攻撃的だったから、パチュリーの話なんて聞かずに襲いかかっていたわ。

 でも、結局返り討ちに遭ったのよね。私を倒したときと同じ手で。

―――うん。あれ以来、なんだかパチュリーのこと、襲いにくくなっちゃった。

 私たちにとっての天敵ね。……まあ、それを言えば、咲夜もそうだけど。

―――咲夜は天敵、というかちょっと規格外だと思うよ

 ……確かにそうね。まあ、今は咲夜のことはいいわ。その前にもう一つ出会いがあったのだから。

―――こあだね。

 そう。あのいつの間にかここに住み着いていた小悪魔よ。





 パチュリーは、館に住むようになってから書庫に籠りっぱなしだったわ。よっぽどお母様の書いた魔導書が面白かったのでしょうね。
 パチェが館に住むようになってから一年くらい後、私が書庫に入ってみると、そこは変わり果てた姿をしていたわ。

「……パチェ、何よ、これは」

 入ってみると書庫の中があり得ないくらい広くなっていたわ。今のパチェの図書館の基礎が完成した瞬間ね。

「あ、レミィ。ちょっと勝手に空間を弄らせてもらったわ」

 いつからかはわからないけど、あの時はすでにそう呼び合うになっていたわ。いつの間にかお互いに友人だと認識するようになっていたわ。

「空間を?」
「そう、空間を。というか、気付いてなかった?この部屋、もともと魔法で広さを弄られていたのよ。それで、その魔法を発動させている魔方陣を見つけるのは簡単だったけれど、その魔法の使い方が書いてある魔導書を探すのに苦労させられたわ。でも、昨日ようやくそれを見つけることができたのよ。早速、改良してみたところ、こうして空間を更に広げることに成功したわ」
「パチェ?そんなに一度に言われてもわからないわ」

 興奮してたのかやけに喋る量が多かったわね。

「簡単に言えば、空間を広げることに成功した。そういうことよ」
「ふぅん。じゃあさ、館の空間も広げようと思えば広げられるわけ?」
「出来ることは出来るわよ」
「じゃあ―――」
「却下。使わない部屋ばかりのこの館にこれ以上の広さが必要かしら?」
「確かにそうね。けど、広くしたら侵入者を道に迷わすことが出来るんじゃないかしら?」
「無意味ね。館を広くしたいって言うんだったらもっと従者を増やしてからにしなさい」
「……わかったわ。いつか、従者が増えたときに頼むわね」

 出会ったときに負けていたからか、どうもパチェの言うことにはあまり反対が出来なかったのよね。まあ、これ以降パチェに館を広げて、と言うことはなかったんだけれどね。

「……ん?今、何かいなかったかしら」

 私は本棚の影に何かがいるのを見つけたわ。すぐに逃げてしまったからそれが何か、までは分からなかったけれど。

「ええ、確かにこの部屋の中には何かがいるわね。低級の悪魔か何かだと思うわ。これだけ大量の魔導書があれば悪魔の一匹くらいは発生するでしょうね」
「いつからいるのか、とかは分かるかしら?」
「さあ?私がここに来た時からいるみたいだから。……そうだ、レミィ。ちょっと、その悪魔だかなんだかを捕まえてくれないかしら?どうも魔法を感知するのが得意みたいで私の作ったトラップに引っかかってくれないのよね」
「捕まえてどうするつもりよ。悪魔の羽でも使って魔法薬の合成?」
「調合は私の専門外よ。捕まえたら私の助手にするわ。これだけ広いとヒトリで管理するのも大変だからね。……じゃあ、お願いね。優秀な子を連れてくることを期待しているわ」
「はいはい、わかったわよ」

 もともと、暇ですることがないからパチェの所に来たから、快く引き受けてあげたわ。





「ちょっと、何するんですか!放してください!」

 逃げる小悪魔を追って、羽交い絞めにしてパチェの所まで連れて行ったわ。パチェの言ってたとおり罠の場所を把握していたらしく私が罠にかかるような逃げ方ばかりしてたわね。そのおかげでかなり苦労させられたわ。
 まあ、そもそも、

「パチェ!なんで、私に向かってまで罠が作動するのよ!」
「私を捕まえてどうするつもりなんですか!ああ、ああ、なんて不幸な私!」

 私も小悪魔も言いたい事を言いたいように言っていたから滅茶苦茶だったわね。

「フタリとも、落ち着いてくれるかしら。フタリの話を同時に聞こうと思えば聞けるけど、答えるなんて無理だから」
「……わかりました」「はあ、わかったわ」

 私と小悪魔は同時に黙ったわ。小悪魔まで黙るのは予想外だったけれど。

「じゃあ、まずはレミィ。発動対象を絞らせるのが面倒くさかった。以上」
「ちょっと、それだけっ?もう少し言うことがあるんじゃないかしら?」
「ああ、そうね。ご苦労様、レミィ。また、同じようなことがあったら頼むわね」
「頼まれないわよ!私を罠に巻き込んだこととか謝ってはくれないのかしら!」
「じゃあ、次はそこの小さい悪魔」

 清々しいくらいに無視されたわ。

「ちょっと、パチェ!」
「レミィ、うるさい。黙ってて」
「ぐ……」

 私の言葉は絶対に受け入れない、といった感じだったわね。これ以上しつこくやってると何をされるか分かったものじゃないから素直に黙っておいたわ。

「貴女には私の助手になってもらうわ」
「助手、ですか?使い魔とかではなくて?」

 パチェの言葉に小悪魔は戸惑っているようだったわ。

「ええ、助手。魔導書の整理とか、私の言った本とかを持ってきたりしてくれればいいわ」
「そんなことを言って私を騙そう、っていう魂胆ですか?」
「騙すんなら貴女を無理やり捕まえるようなことはしないわ。手間はかかるけど、低級の悪魔を騙す方法なんていくらでもあるんだから。……あ、レミィ、放してもいいわよ」

 私が小悪魔を捕まえていたことをすっかり忘れてたみたいな言い方だったわ。実際には小悪魔が逃げ出さないかどうかを見極めていたんでしょうけど。

「で、どう?貴女、私の助手になるつもりはないかしら?」
「なりたくない―――」

 そう言おうとした瞬間にパチェの目の色が変わったわ。怖い、っていうより不気味、という感じだったわね。

「―――です、って言ったらどうなるんでしょうかね〜」

 小悪魔もその変化には気付いたようで慌てたように言い直していたわ。

「そうね。貴女、結構優秀そうだからこのまま逃がす、なんてもったいないわね。私に服従するまで監禁する、なんてどうかしら?」
「え、遠慮しておきます」
「そう、ならどうするのかしら?」
「……わかりました。助手になります」

 諦めたようにそう呟いたわ。

「よしよし、聞き分けがいいわね。私はパチュリー・ノーレッジ。貴女に名前はあるかしら?」
「ないです」
「なら、小悪魔だから、こあ、でいいわね」
「……安直な名前ねぇ」

 私が思ったのはそんなことだったわ。

「分かりやすくていいでしょう?こあもそれでいいわよね?」

 有無を言わせないような口調だったわ。といっても、何かを言われても一応聞き入れるつもりはあったのでしょうけど。

「えっ!既にそう呼んでるじゃないですか!……まあ、いいですけど」
「決定ね。じゃあ、早速、仕事をしてもらおうかしら。まずは、どこにどんな種類の本を置けばいいか教えてあげるから、覚えるのよ」
「え゛……。こんな広いのに無理ですよぉ」
「しょうがないわね。メモを作ってあげるから最初のうちはそれを見ながらやりなさい。……あ、レミィ、ありがとう。これから、この子を使えるようにするから何日か籠ってるわね」
「ええ、わかったわ」

 そして、私を残してフタリは部屋の奥へと向かって行ったわ。私はなんとなく、遠ざかっていくフタリの声に耳を傾けていたわ。

「え、あ、あの何をするつもりなんですか」
「そうね、基本的な魔法や魔法陣について、その他私をサポートするのに必要な知識、それから私好みの紅茶の淹れ方なんかを教えるつもりよ。一日でも早くちゃんと使える助手になってもらうわよ」
「あ、そういうことですか」
「ん?どういうことをされると思ってたのかしら?」
「いえいえ、気になさらないでください」

 小悪魔はあまり乗り気ではなかった割にはパチェについていく足取りも軽かったわね。根が素直だからこそあまり反抗的でなかったのかもしれないわね。

 それで、何週間か経って、気がつけば小悪魔はパチェを慕うようになってたわ。
 代わりに、貴女も知っての通り、パチェは小悪魔の行動の数々に辟易してるみたいね。それでもパチェが小悪魔のことを見捨てないのはフタリとも相性がいいからでしょうね。

―――だね。こあと一緒にいるパチュリー、なんとなく楽しそうだしね。

 ええ、そうね。

 じゃあ、最後は私の最高の従者、咲夜に会った時のことね。咲夜とは色々とあったから長くなるかもしれないわ。





 咲夜と私が出会ったのは今から十数年前のことよ。

 私が部屋の中にいたとき、突然咲夜は現れたわ。あの時の咲夜は時間を止められる、とはいえ限定的な感じだったわ。ほんの数秒しか止められない、そんな感じね。
 だからこそ、あの時の私は殺されなかった。今の咲夜が本気で私を殺しにかかってきたら絶対に勝てないでしょうね。
 私の首筋を狙った銀のナイフを避けて、咲夜と相対したわ。あの時の咲夜は私より少し高いくらいの身長だったわ。けど、その視線は今よりも鋭く、その視線だけで身体が切り裂かれてしまいそうだったわね。

「……いきなりね。どこから現れたのかしら?」
「……あなたには関係ない。さっさと死んでもらうわ」
「せっかちね。……ああ、そうだ、一応聞いておくけど、うちの門番はどうしたのかしら?」
「相手にするのも面倒だから無視してきたわ」

 そう答えながら咲夜は切りかかってきたわ。時間を止め、一瞬で私との距離を詰めてね。

「話してる途中に攻撃は、反則、よっ!」

 あの時は私の脳裏をかすめた未来のお陰でなんとか避けることができたわ。私の未来予知は融通が効かないけど、あの時は珍しく役立ってくれたわね。
 一方的にやられるのも気に入らないから爪で切り裂いてやろうかと思ったんだけれど、少し腕に掠れただけだったわね。

「なんとも相手にするのが面倒くさそうね」

 その後も何度も時間を止め、切りつけ、というのを繰り返してきたわ。何とか攻撃を避けることは出来るけど、反撃は出来ない、といった感じだったわ。
 けど、そんな均衡も徐々に崩れていく。

「なんだか息が上がってるみたいね」

 あの頃の咲夜は連続して時間を操ることも出来ないみたいだったわ。

「……うるさいわね」

 吐き捨てるように言ってそのまま切りかかってきたわ。私は、チャンスはこの時しかない、って思った。

 ナイフの切っ先を避けると同時に首の後ろを掴んで床に押し付けてやったわ。
 その手からナイフを奪い取って適当に投げておいたわ。

「面白い手品が使えるようだけれど、こんな状態からも逃げることができるのかしら?」

 私の言葉にこちらを射殺すような視線を返してきたわ。

 あの時は本当にわからないでそう聞いていたけれど、今ならわかるわ。なんらかの形で拘束すれば咲夜は逃げることが出来ない。まあ、今の咲夜なら捕まる前に逃げてしまうんでしょうけど。

「面白いことができるようだし、このまま殺してしまうのも勿体ないわね。どう?私の従者になってみない?」
「嫌に、決まってるでしょう」
「そう、残念ね。……そういえば、貴女はなんで私を殺しに来たのかしら?他の人間たちのように富や名誉なんていうくだらないもの。もしくは、物珍しさから、といった感じじゃないわね。復讐、といった感じかしら?」

 けど、復讐にしては抵抗が少ないような気がしたわ。今まで私に見当違いの復讐をしに来たような奴らは皆、私に追い詰められれば暴れ出すか、怯えるかをしていたから。

「……あなたには関係ないことよ」
「関係ないなんてことはないわ。貴女は私の物になるの。だから、貴女の問題は私の問題でもあるのよ」
「……」

 それっきり咲夜は黙ってしまったわ。まあ、私を殺しにきた者としては当然の反応ね。

「……というか、貴女が私の従者になるって、頷いてくれないと動けないんだけれど。この体勢、そんなに楽じゃないのよ?」
「なら、さっさとその手をどけてくれればいいんじゃないかしら?そうすれば、すぐに楽になれるわよ」
「あー、人間に指図されるとやりたくなくなるわねー」
「……」

 そのまま押さえているのも暇だったから話し相手になって欲しかったんだけど、咲夜は話すつもりがなかったみたいね。当然のことなんでしょうけど。

 それから、無為な時間が流れていったわ。
 あの体勢で咲夜はよく耐えれたと思うわ。私ならとっくの昔に暴れてたでしょうね。

 開いていたカーテンから陽が射し込んできた頃、私の方から口を開いたわ。ちなみに、このときは、運よく日の届かない位置にいたおかげで難を逃れることができたわ。

「夜が明けたわね。……貴女、お腹が空いたりしてないかしら?」
「何?血でも振舞ってくれるのかしら?」
「あー、貴女がそれでもいいなら楽でいいわね。で、血でいいのかしら?」
「いいわけないじゃない。そもそも、私はあなたの施しを受けるつもりなんてないわ」
「はいはい、私が聞いたこと以外は聞き入れないわ」

 私は自分の身体の一部をパチェたちの方へ向けて飛ばしたわ。あの頃は小悪魔と美鈴が交代で料理を作ってくれていたんだけれど、外にいる美鈴の所へ飛ばすと陽に当たって私の身体の一部が蒸発するから迷わずパチェたちの方へ飛ぶように仕向けた。

「……」
「そういえば聞き忘れてたけど嫌いなものとかはあるかしら?」
「……別に」
「へえ、すごいわね。私はニンニクとかタマネギとか、ネギとか、辛い物とかが駄目だわ。もし、貴女が私に料理を作るときはそういうものは入れるんじゃないわよ」
「あなたの下に下る気はないって言ってるわ」
「残念、私は自分にとって都合の悪いことは聞かないようにしてるの。……料理が来るまで暇ね。何か話しましょう?」

 持て余した暇を消化するには咲夜と話をしているしかなかったわ。

「……」

 けど、咲夜は何も答えてくれなかった。

「なんで、黙ってるのよ」
「……残念ね。私は悪魔の聞かないようにしてるの」
「私の台詞を取るんじゃないわよ」
「悪魔に必要なものなんて何一つないわ」
「あるわよ。必要なものなんていくらでも。今はとりあえず、この暇を潰すためのものが欲しいわね。というわけで貴女、絶対に黙るんじゃないわよ」
「……」
「って、言ってる傍から黙ってるんじゃないわよ!」
「……うるさい」

 そんな風に言葉の応酬をしたりしなかったりしてなんだかんだで時間は過ぎて行ったわ。





「レミリア様、お料理、お持ちしましたよ。……って、その格好でずっといたんですか?」

 トレイに料理を乗せて小悪魔とパチェが部屋の中に入ってきたわ。

「ええ、そうよ。この子、妙な力を持ってるみたいだから迂闊に放せないのよ」
「妙な力?」

 パチェが私の言葉に興味を持ってそう聞いてきたわ。

「まあ、妙、って言っても瞬間移動するだけなんだけれどね。でも、そもそも、人間がそんな力を使える、ってだけで妙でしょう?」
「確かにそうね。人間の中にも生まれつき何らかの力を持つ者がいることはあるけど、そこまで目に見えるような力を持っているのは珍しいわ。ちょっと調べてみるのも面白そうね」
「駄目よ。この子は私の物になるんだから」
「はいはい、わかってるわよ。それよりも、早く食べさせてあげないと料理が冷えるわよ」
「おっと、そうだったわね。……でも、どうやって食べさせようかしらね」
「……いらない、って言ってるでしょう」
「そうは言っても食べないと私を殺すことさえも出来なくなるわよ。まあ、それはそれでもいいんだけど、やっぱり手放すのは勿体ないからねぇ」

 私が咲夜のことを見ながらそう言っていると、トレイをテーブルの上に置いた小悪魔が元気よく手を上げながらあることを言ったわ。

「はいはいっ!じゃあ、レミリア様が口移しで食べさせてあげればいいんじゃないでしょうか!」
「……口移し?」
「そうですっ。レミリア様ならその子を無理やり組敷いて口で口を抑えることなんて造作ないですよねっ。……ふふ、唇を奪ったことで芽生える愛もあうきゅっ―――」

 妖しげな笑みを浮かべはじめた小悪魔が突然、妙な声を上げて倒れたわ。その元凶は小悪魔の側頭部に本を叩きつけたパチェだったわ。

「はあ、またこの子は暴走して……。優秀なんだけれど、この部分だけはどうにもならないわね」
「パチュリー様、酷いですよ!本で殴るなんて!」
「殴られたくなければ、もっと節度のある言動をとりなさい」
「私はいつだって清楚で清純に見えるように言動を考えてますよ!私の、私のどこがいけないんですか」
「根本が悪いわね。どうしようもないほどに。どこからどう見れば貴女が清楚で清純に見えるのよ」
「……ふふふ、パチュリー様、よくぞこの私の本性を見抜きましたね」
「いつだって本性駄々漏れじゃない」
「しかぁし、しかーしっ!パチュリー様は私の真の本性を知らないはずです!さあ、今こそ真の私を―――」
「そこまでよっ」

 小悪魔がパチェに飛びかかったところで、パチェは魔法で小悪魔の頭の上に岩を落としたわ。小悪魔はそのまま気を失って倒れてしまったわ。
 小悪魔の暴走っぷりも、パチェがそれを止めるのも昔から変わってないわね。

「……さてと、騒がしいのも黙ったことだし、どうするか考えましょうか」

 こちらに向き直るとゆっくりと私たちの方へと近づいてくると、咲夜の前でしゃがみ込んだわ。

「初めまして。私はパチュリー・ノーレッジ。魔女をやってるわ、百年くらい」
「……それで?」
「あら、貴女の国では自己紹介、というものがないのかしら?」
「……あなたたちに名乗る名前なんてないわ」
「そう。まあ、別にいいけれど。……それよりも、こあが作った料理を食べてあげてくれないかしら?このまま冷ましてしまうのは勿体ないほどの出来よ?」
「いらないって言ってるでしょ」

 そう答えた直後に咲夜のお腹が鳴り始めたわ。決まりの悪そうな顔をするとパチェから顔を逸らしてしまったわ。

「でも、身体の方は食物の摂取を望んでるみたいね」

 パチェが立ち上がってテーブルの上に置いてあるトレイを床の上に置く。それから、スープをスプーンですくうと咲夜の口の前へそのスプーンを差し出したわ。

「ほら、口を開けなさい」
「……」

 咲夜はそれを頑なに拒んだわ。

「……」

 パチェもスプーンを差し出したまま動きを止めてしまったわ。
 そのまま、両者ともに一切動かなかった。呼吸さえも止めてしまったのではないだろうか、と思ってしまうほど静かだったわ。
 私も見ていることしかできなかった。咲夜を押さえている以上、何か行動を起こすこともできないし、声を出してパチェの邪魔をしたくないとも思ったから。

 けど、そんな状況も小悪魔が起き上がったことで一瞬に壊れてしまったわ。

「あー!パチュリー様にあーん、してもらうなんてずるいです!パチュリー様、私にもしてください!さあ、さあ、さあ!」
「……あの騒がしいのは無視して構わないわ」
「あ、パチュリー様、無視しないでください!……も、もしかして無視をするのは好きにしちゃってもいいっていう合図ですかっ?」
「そんなわけないでしょう。……ああ、そうだ。こあ、代わりにこの子に食事をあげてちょうだい」
「え?私がですか?」
「そう、貴女が。私でも駄目、当然のごとくレミィも駄目。そうなると貴女しかいないでしょう?」
「パチュリー様が面倒くさがって丸投げしているだけのような気がしないでもないですが……、他でもないパチュリー様のお願いです、なんとか食べさせてみせますね」
「じゃあ、お願いね」

 パチェが小悪魔にスプーンを渡して場所を変わったわ。

「さてさて、パチュリー様のお願いは絶対ですので、何としても遂行させていただきますね」
「こあ、酷いことはするんじゃないわよ」
「ふふふ、大丈夫、大丈夫ですよ。わーたーしーのー、手にかかればパチュリー様の助手として洗脳するなど容易い―――っ!」

 パチェはこあの頭の上に本の角をぶつけて黙らせたわ。

「レミィ、ごめんなさい。こあは役に立たないみたいだわ」
「……最初から期待してなかったわ」

 溜め息以外出てこなかったわ。

「もう、いいわ。この子に自分で食べさせる。何があるか分からないから、貴女たちは部屋から出てなさい」
「ん、わかったわ。……と、これは、預かっておくわね。小さな吸血鬼ハンターさん」
「……あ、パチェ」

 パチェは咲夜のナイフを拾い上げて、魔法で小悪魔の身体を浮き上がらせると部屋から出て行ったわ。
 私の制止の声は無視されてしまったわ。

「あー、もう、パチェがナイフを持っていったら意味がないじゃない」

 そう、パチェたちが襲われないようにするために部屋から出したのに、そのナイフを持っていってしまっては意味がない。

「貴女、パチェたちを絶対に襲わない、って断言できるかしら?」
「……吸血鬼であるあなた以外はどうでもいいわ」
「そう、じゃあ、放してあげるわ」

 私が手を放したその一瞬後には咲夜は立ち上がって私の前に立っていたわ。パチェを追いかけに行くかと思ったけれど、特に行動は起こさなかったわ。
 そのことに安心しながら私も咲夜と視線の高さを合わせるため立ち上がったわ。見下ろされるのは嫌いだからね。

「ほんと、面白い力ね」
「褒めたところであなたの従者になる気も、殺すのを止める気もないわ。……料理は仕方ないから貰ってあげるけど」

 そう言うと、床の上のトレイを持ち上げてテーブルに置いて、勝手に椅子に座ったわ。

「好きなように言ってなさい。どうせ貴女はいずれ私のものになるのだから」

 私はそう言いながら咲夜の対面の椅子に腰を掛けたわ。咲夜は私の言葉を無視して小悪魔の作った料理を食べ始めた。もともと返事を期待していなかった私はそれ以上は何も言わないで小悪魔の料理に手をつける咲夜を見つめていたわ。
 殺意を抱いて私を見ていた咲夜だけれど、そのときはその殺意も和らいでいるように見えたわ。食事をすることで気が落ち着く、というのは本当みたいよ。

 私はなんとなく咲夜を呼んでみようして、呼ぶ名がなければ不便だ、ということを再認識したわ。

「……名前がわからないと不便ね。やっぱり貴女の名前を教えてはくれないのかしら?」
「……」

 無言だったけれど、私はその無言を肯定と受け取ることにしたわ。

「なら、私が勝手につけるわ。……そうね、十六夜 咲夜なんてどうかしら?」

 あの頃から私たちは幻想郷の存在を知っていて、そこに行くための準備を進めていたわ。その一つが日本語を喋れるようになることで、咲夜の名前もそんな所が起因しているわ。

「……聞き慣れないような響きね」

 取り合えず、私の付けた名前は拒絶しなかったわ。肯定もしていなかったけれど。

「まあ、遠く東の日本という国で使われるような名前だからね」
「……なんだってそんな遠くの国で使われるような名前なのよ」
「準備が整い次第、そっちに引越しをするからよ。この、紅魔館ごとね。準備のほとんどはパチェが進めてて私が出来るのはこうして日本語を学ぶことだけなのよね。あ、心配しなくても大丈夫よ。貴女が私の従者になった暁には私が日本語を教えてあげるから」
「だから、なる気はない、って言ってるでしょう」
「じゃあ、なんで大人しく食事を摂ってるのかしら?私に忠誠を誓う決意が出来たからなんじゃないかしら?」
「あなたみたいな能天気な吸血鬼くらいいつでも殺せると思ったからよ」
「能天気ねぇ。まあ、実際貴女みたいな侵入者さえ来なければ平和なもんだからね」
「……罪のない人間を何人も殺してるくせに」
「侵入者以外殺してないわよ。侵入者が来なくて血が手に入らない時は適当な人間を襲って、眠らせてから少し血を抜かせてもらってるだけだから。こういうとき、私も―――いや、私が小食でよかったと思うわ」
「私『も』?」

 私の言葉の細かい部分に咲夜が食いついてきたわ。

「気にしないでちょうだい。昔、もうヒトリ吸血鬼がいて、その時の感覚が抜けきってないのよ」

 咲夜がどう動くかわからない以上私は貴女の存在を表に出すわけにはいかなかったわ。それに、ヴラドがいたんだから私の言葉は嘘でもないしね。

「その吸血鬼はどこに行ったのかしら」
「……そうね。天国にでも行って楽しそうに暮らしてるといいわね」
「地獄にでも堕ちてるんじゃないかしら?吸血鬼なんて―――っ」

 私はヴラドを侮辱するようなその言葉が許せなかった。だから、気がつけば私は立ち上がって咲夜を睨みつけていたわ。

「咲夜、それ以上ヴラドを貶めるようなことを言ってみなさい。いくら貴女が私の従者候補であるとはいえ、……殺すわよ」

 私の言動に怯えたのか、それとも別に何かあったのか何も答えなかったわ。

 そのまま私も黙ってしまって会話はなく沈黙だけが流れていたわ。





「レミィ、生きてるかしら?」

 咲夜が食事を食べて終えた頃扉をノックする音と共にパチェの声が聞こえてきたわ。

「生きてるわよ」

 私がそう答えると、パチェが部屋の中に入ってきたわ。小悪魔は付いてきていなかったみたいだった。

「うん、レミィがその人間に屈服させられてるってことも、その人間がレミィに屈服させられているってこともないみたいね」
「……私が誰かに屈服することがあると思ってるのかしら?」
「思ってる。現に私がレミィに勝ったときは大人しかったし」
「そ、そうだったかしら?」
「そうだった。というわけで、吸血鬼ハンターさん。レミィを手懐けたかったら一度レミィを倒せばいいわよ」
「なんてことを教えてるのよ!」
「殺されるよりはましでしょう?貴女の矜持がそれを許すかは知らないけれど」
「……許すわけがないでしょう」
「予想通りの答えをありがとう。……で、小さな吸血鬼ハンターさん、こあの料理はどうだったかしら?」

 私がそれ以上話せないようにする為にパチェは咲夜に話を振って逃げてしまったわ。

「美味しかった―――じゃなくて、私のナイフを返しなさい!」

 あの場の雰囲気に染まりかかってたのか咲夜は素直な言葉を漏らしかけたわ。結局、攻撃的な言葉となってしまったけど。

「貴女の失くしたナイフは、鉄製のナイフかしら?それとも、金のナイフ?」
「ふざけないで。私があなたに取られたのは銀のナイフよ」
「まあまあ、そうかりかりしないで。……はい、どうぞ」

 パチェは懐から銀色のナイフを取り出すと咲夜にそれを渡してしたわ。それは私に危害が及ぶ可能性が格段に上がった、ということだけれど、パチェが傷つけられる可能性はなくなったから安心出来る、と私は思ってしまった。

「……私のナイフじゃないじゃない。どこにやったのよ」
「ありゃ、ばれない自信があったんだけど触った途端にばれちゃったわね」
「重心が違うし、そもそも触り心地が全然違うわ」
「あー、重さと見た目しか考慮してなかったわね。ついでだから暴露しちゃうけど、それ銀製でさえないわよ」
「……私のナイフは、どうしたのかしら?」
「館中の銀製の刃物と一緒に一箇所に集めて私とこあ以外が触れられないようにしてあるわ。……というか、レミィ、貴女自分の弱点を館の中に置きすぎよ」
「だってカッコいいじゃない、銀。というか、そんなに置いてあったかしら?」
「数はそうでもないけど、館のそこら中に置いてあるのよ。今現在もこあが残りを回収中よ」
「あー、なんか悪かったわね。こあには謝っておかないといけないわね」
「そこは、私にも謝って欲しいわね。わざわざ銀製品を探索する術式をこのためだけに組んだんだから」
「悪かったわよ。……でも、侵入者が来ようとその侵入者を無傷で倒せれば問題ないわよね?」
「でも、その子みたいなイレギュラーがいるでしょう?その時はどうするつもりでいたのよ」
「……何にも考えてなかったわ」

 あの時はパチェと顔が合わせられなかったわね。

「はあ……。吸血鬼ハンターさん、もし何かの気の迷いでレミィの従者になりたい、と思ったらレミィよりも優秀になる覚悟が必要よ。じゃないと、こんなふうに妙な事をすることがあるから」
「ありがたくとも何ともない助言ね」
「まあ、ある程度一緒にいればレミィの性格も掴めてくるでしょうからね。自分の気持ちをあまり表に出さない割には結構素直だから」
「……そういう意味で言ったんじゃないんだけれど」
「分かってるわよ。レミィの従者には絶対にならない、でしょう?……でも、貴女は私が言ったようなこともわかってるはず。貴女がどれだけの吸血鬼に会ってきたかは知らないけれど、違うでしょう?レミィは」
「そうね、ここまで能天気な吸血鬼なんて見たことがないわ」
「ふふ、能天気だって。聞いた、レミィ?」

 何故だかそこでパチェが可笑しそうにそう言ったわ。

「もう既に本人の口から聞いてるわよ。というか、何が可笑しいのよ」
「別に。ただ、殺意をむき出しにしていた相手にそんなことを思わせるだなんて、すごいな、って思っただけよ」
「……何だか馬鹿にされているような感じがするわね」
「馬鹿になんかしてないわよ。むしろ褒めてるわよ」

 そう言ってパチェは笑みを浮かべたわ。

「貴女も、レミィの暢気さを見習ってみたらどうかしら?そうしたら、もう少し楽しく生きられると思うわよ」
「大きなお世話よ。私はそんな生き方に興味なんてないわ。私は吸血鬼を殺して回る、それだけよ」
「そう、勿体無いわね。暢気にはならなくとも、レミィをいじる生活っていうのも面白いかもしれないのに」
「パチェ!それは、どういうことよ!」

 パチェの言葉を黙って聴いているわけにはいかなかったわ。

「言葉どおりの意味よ。レミィは素直に反応を返すからいじりあいがあるのよ。気付いてなかったのかしら?」
「……そうだったの?」

 自分でも全く自覚してなかったことだけに、ちょっと間抜けな感じに聞き返していたわ。

「そうだったのよ。ちなみに私は住まわせてもらってる恩があるからレミィのことをいじらなかっただけよ」
「パチェは私を倒して無理やり住み着いたんじゃない」
「それは、私にいじられたい、と言ってると思っていいのかしら?」
「そんなわけないでしょう。絶対にするんじゃないわよ」
「冗談よ冗談。そんなに言わなくても私はやらないわ。この子の為にその役割は取っておくから」

 可笑しそうな笑みを浮かべながらパチェは咲夜の両肩に手を乗せていたわ。

「いらないわ、そんな役割。……というか、あなたここの館の主の割には全然威厳がないのね」
「……悪かったわね」

 まあ、なんだかそんな感じに騒がしく時間は過ぎていったわ。





「……あー、なんだか眠くなってきたわね。完全に朝更かしね」

 パチェが部屋から出て行った後も私は咲夜と少しずつだけれど話をしていたわ。あの時間で私を殺す気が薄れていったのか私に対してあまり殺意を向けないようになっていたわね。まあ、言葉の上では私を殺すだとかなんだとか言っていたんだけど。

「なによ、朝更かしって」
「人間は夜寝るものなのに、夜遅くまで起きているのを夜更かし、って言うんでしょう?だから、陽が昇る頃に眠るはずなのに、昼も訪れようとしている頃まで起きているのを朝更かし、っていうのよ」

 あの頃はまだ朝寝て、夜起きるって感じだったけれど、いまじゃあ完全に逆転してるわね。

―――うん、そうだね。夜になったら、魔理沙寝てることが多いから。

 羨ましいわね。そういう自主的な理由で。私は妖精達が騒がしいせいで寝れなかったのよ。幻想郷の妖精は騒がしすぎる、って思ってたのが懐かしいわ。

―――そうなんだ。

 ……と、ちょっと話がそれたわね。
 それで、私は咲夜の目の前で寝る準備をしていたわ。

「咲夜、私は寝るから、その間に館の外に出たりするんじゃないわよ」
「……私の目の前で寝るなんて、あなた、正気?」
「正気よ?私はまだ狂うわけにはいかないもの」
「でも、私の目の前で寝ようって言うその気がしれないわ」
「ここまで全然暴れるような様子がなかったから、貴女を信頼してみることにしたの」

 寝巻きに着替え終わった私は真っ直ぐにベッドへと向かっていったわ。

「……そう、勝手にするといいわ」
「じゃあ、勝手に信用して信頼するわね。おやすみ、咲夜。……あ、もし寝たかったら私の隣で寝てもいいわよ」

 私はベッドに横になりながらそう聞いたわ。

「冗談じゃないわ。なんであなたなんかと寝ないといけないのよ」
「つれないわね。……まあ、いいわ。おやすみなさい」
「ええ、おやすみ。早く寝てしまいなさい」

 つっけんどんな言葉を聞きながら私は眠りへと落ちたわ。多分、咲夜はこのまま館から出て行くだろう、って思いながら、ね。
 どうせ、このまま咲夜と話していても埒が明かなかっただろうし、何よりも私は眠気に勝てなかった。それに、一番近くの吸血鬼の居場所は把握していたから起きてすぐ追いかければ間に合うと思ったのよ。人間の足では少し時間のかかる場所だから。
 ……けど、そうね。あの時は、眠気のせいで咲夜の能力のことを忘れてしまっていたわ。それが、ちょっとした失敗だったわね。ま、大きな失敗ではなかったから別にいいんだけれど。





「パチェ、咲夜のナイフ、返してくれないかしら?」

 私が目を覚ましたのは夕方ごろだった。とりあえず、咲夜を追いかけるための準備をしたわ。

「咲夜?誰よ、それは」
「さっきの人間よ。名乗らないから私が勝手につけたのよ」
「ふーん。日本名なのは、あっちに行くことを考慮してのことかしら?」
「そうそう。こっちの名前はあっちでは覚えられにくい、って聞くからね」
「まあ、母国語の響きを持った名前を覚えやすいのは当然でしょう。……はい、これがあの子のナイフよ」

 意外にもパチェはそのナイフを懐から取り出したわ。

「……もしかして、私の部屋に来たときもそこに入れてあったのかしら?」
「ええ、入れてあったわよ。思い入れのあるものかもしれないし、失くすわけにはいかなかったからね」
「……私まで騙す必要ないじゃない」
「敵を騙すには味方から。それ以前にあの状況でどうやってレミィだけに教えるか、ってのも問題だったし」
「声を私にだけ送るような魔法を使えばいいじゃない。ないの?」
「あるけど、準備が面倒なのよ。レミィと一緒にあの子を騙すほうが楽に済むんだから、そっちを選ぶに決まってるじゃない」
「まあ、それもそうね。……じゃあ、パチェ。私は一日くらいここを空けるから、フランのことをよろしくね」

 ナイフをここに来る前から準備していたナイフホルダーに入れてそう告げたわ。

「……レミィが今からあの子―――咲夜を追いかけに行くのはわかるんだけど、なんでわざわざ一度自由にさせるのかしら?」
「疲れているところに颯爽と現れて目的地に連れて行ってあげれば、私のことを敬ってくれるんじゃないかしら、と思ってね」
「分かり易すぎるくらいべたで単純ね。……でも、あの子って瞬間移動が使えるんじゃなかったかしら?」
「……あー、そういえばそうだったわね。……パチェ、私はもう行くわ!頼んだわよ、留守番!」
「分かったわ。レミィも日に当たらないように気をつけるのよ」
「分かってるわよ!」

 パチェの所に行く前に用意しておいた日傘を揺らしながら私は館を飛び出して行ったわ。





 そろそろ夜も明けようかという頃、町を二つ越えた先にある山の中腹で私は咲夜を見つけたわ。そこはもう、吸血鬼が住んでる城の目と鼻の先だったわ。

 館からあの場所まで人間の足では二日はかかるでしょうね。けど、咲夜はそれを一日しか掛けなかった。
 今の咲夜からすればそんな距離一瞬なんでしょうけど。やっぱりあの頃の咲夜は規格外の能力を持っていたとはいえ、未熟だったのよ。吸血鬼の速度に負けるほどには、ね。

「……はぁ、やっと追いついたわ」

 私は疲れのため息を漏らしながら山道を登る咲夜へと話しかけたわ。

「……なんであなたが」
「従者候補の心配をしたらいけないのかしら?」
「なるつもりなんてない、って言ってるでしょう?」

 そんなことを言っていたけど、無視をしたわ、当然。

「……それにしても一日そこらでここまで来れるなんてすごいわね」
「……で、何をしに来たのかしら?」

 咲夜も私の言葉を無視したわ。単なる感想だから別に気にもならなかったけど。

「咲夜が疲れてたら目的地まで連れて行ってあげようと思ってたんだけど……、必要ないみたいね」
「ええ、そうね。この程度一人で歩けるわ」
「うん、だから、これを届けに来たってことにするわ。……これもついでにいる?」

 ナイフホルダーごと咲夜にナイフを差し出したわ。けど、咲夜はナイフだけを抜き取った。

「……これは、私のナイフ。偽物では、ないわね」
「パチェのナイフを使ってくれるのは嬉しいんだけれど、それじゃあ吸血鬼なんて殺せないでしょう?」
「これで、あなたを殺せ、ということかしら?」

 咲夜はこちらに銀のナイフの切っ先を向けてきたわ。

「私よりも、あっちに優先すべきことがあるんじゃないかしら?」

 そう言いながら私が指差したのは吸血鬼の住んでいる城。咲夜は私の指差した方を見るんじゃなくて、私に背を向けたわ。

「ま、そうね。あなたならいつでも殺しにいけるから後回しにしておくわ」
「私を殺さずに私の従者になるほうがよっぽどいいわよ」
「しつこいのは嫌われるわよ」
「もとから、私のことなんてどうでもいいって思ってるんでしょう?だったら、これ以上貴女に嫌われようと関係ないわ」
「あっそう。じゃあ、私は行くわね」

 振り返らないまま城の方に歩いていった咲夜を私は無言で追いかけたわ。





 城の中は所々に金が使われていたりとかなり趣味の悪い造りだったわ。金のどこがいいのかしらねぇ。私にはその価値観がわからないわ。

「……あなた、何処まで着いてくる気よ」
「貴女が私の従者になるまでよ」
「……はあ。邪魔するんじゃないわよ」
「実力的には私のほうが上だというのに、どうやって邪魔をするというのかしら?」
「あなたは適当にそこらへんの扉を開けて面倒ごとを呼びそうな気がするのよ」
「ん、大丈夫よ。今日はそういう気分じゃないから。むしろ、危なくなった貴女を守ってあげるくらいのことはするつもりよ」

 笑顔を浮かべてそう言ってあげたわ。

「悪魔の助けなんて必要ない」
「なら、悪魔が介入できないように完璧にやってのけることね」
「あなたに言われなくともそうするわ」

 突き放すように言って咲夜は歩を進めたわ。身長差もないし、身体能力でいえば私のほうが上だから簡単に追いつくことが出来たけど。

「それにしても、廊下には誰もいないわね」
「そうね、廊下には、誰もいないわね」

 私も咲夜も何かを含んだような言葉を投げかけたわ。私も咲夜もその含みについて触れるつもりはなかったから、それ以上発展することはなかったけれど。
 そのまま黙っているのもつまらないし、私はついでだから、もう一度あることを聞いてみることにしたわ。

「……また聞くけど、貴女は、なんで吸血鬼の命を狙うのかしら?」
「あなたには関係ない、って言ってるでしょう?」
「もう一度言うけど、貴女はいずれ私のものになるのよ。だったら、関係ないってことはないわ」
「そんなに知りたいっていうんなら、あなたへの冥土の土産として聞かせてあげるわよ」
「それは御免被るわ。……この先にいるみたいね」

 一際大きな扉が視界に入ってきたわ。

「あなたに比べて随分とわかりやすい場所にいるのね」
「だって、大きな部屋で寝るなんて落ち着かないじゃない。あれくらいの広さが丁度いいのよ」
「皮肉のつもりだったんだけれど」
「どんな言葉も受け取り方次第よ。それに私の館にだってこういう部屋ぐらいあるわよ。中には何もないから退屈だけど」
「ええ、最初に入って無駄足を踏まされたわ」
「意外と間抜けなのね」
「……。じゃあ、私は行くから付いてくるんじゃないわよ」

 言った直後に咲夜の姿は消えてしまったわ。それから聞こえてきたのは怒声。

「なんとも余裕のなさそうな奴ね」

 そう呟いて私はゆっくりと扉を開いたわ。

 中では既に咲夜と名も知らない低俗そうな吸血鬼が戦闘態勢をとって対峙していたわ。
 吸血鬼の首筋には切り傷が出来ていたわ。致命的な傷ではなかったみたいだけれど、銀のナイフで作られた傷はそう簡単に塞がれることはないわ。

 ……そう言えば、貴女はなんで咲夜が時間を止めたまま相手を仕留めないか知ってるかしら?

―――?ううん、知らないわ。

 時間を止めている間は時間の止まっている物体の形状を変化させることが出来ないらしいのよ。
 まあ簡単に言うと、時間を止めた状態で誰かを別の場所に運ぶことは出来るけど、その恰好を変えることは出来ない、ってことよ。

―――そうだったんだ。

 まあ、そんな制約に縛られたまま昔の咲夜も戦っていたわ。といっても、あの時は今みたいに空間を操ることは出来なかったし、そもそもナイフもたくさん持ってたわけじゃないから一本のナイフを振るうだけだったんだけれどね。いや、あの時はパチェのナイフも使ってたから二本ね。

「くそっ、なんだ貴様は!その動き人間かっ?!」
「……」

 咲夜は吸血鬼の悪態に答えることなく攻撃をし続けたわ。
 ナイフで切りつけ、避けられれば時を止めて一歩下がり、背後に回って……。
 けど、吸血鬼も吸血鬼でそんな咲夜の奇抜な動きについて行っていたわ。見かけの割には戦い慣れしていたみたいね。
 咲夜の姿が見えた瞬間に回避行動をとって間一髪でやりかわし、追撃を加えようとして避けられる。
 けど、貴女も知っての通り吸血鬼の攻撃は直接的なものだけじゃないわ。
 吸血鬼ハンターなんてやってた咲夜もそのことは知っていたはずよ。
 けど、その吸血鬼が放った攻撃は私と咲夜の予想を超えていたわ。ああいう吸血鬼もいるんだ、って思ったわ。

 咲夜が再び吸血鬼の首筋を切りつけた時に変化は起きたわ。
 首から飛び散った血が全て咲夜へと向けて飛んでいったのよ。その血液は先を尖らせ、咲夜の肩を貫いたわ。あまりにも予想外だったから咲夜も反応出来なかったみたいね。
 その吸血鬼は自らの血液を操ったのよ。私も似たようなことは出来るけど、あのときのあいつみたいに速く鋭く飛ばすことは出来ないわね。もしかしたら、あれはあいつだけの特別な能力だったのかもしれないわね。

「なっ……」

 咲夜は肩を押さえて憎々しげに吸血鬼を睨んでいたわ。咲夜がやられたのは右肩だった。あの頃から咲夜は両手でナイフを使えたから攻撃をすること自体は出来るんだけれど、人間である咲夜があのまま戦っていれば倒れるのも時間の問題だったわ。

「くくくっ、油断したな小娘が」

 吸血鬼は形勢が逆転したからか咲夜に襲われた最初と打って変わって尊大な態度になっていたわ。

「今まで私の所にやってきたやつらの中では一番強かったが、私には及ばないな」
「へぇ、今の咲夜が今まで戦ってきたので一番強いだなんて何の冗談かしら?」

 私はフタリの会話に割り込んでやったわ。虚勢さえも張ることの出来ない吸血鬼が気に入らなくて、ね。
 私の目の前の吸血鬼は驚いてるみたいだったわ。咲夜は顔が見えなかったからどうだったかは知らないけど。

「なっ、あなた、なんで出てくるのよ!」
「従者候補のピンチに颯爽と登場、ってやつね」

 振り返らないまま私は咲夜の言葉に答えたわ。

「私には、そんなもの必要ない!それに、あなたの従者になるつもりなんてない、って言ってるでしょう」
「はいはい、言ってなさい。……それで、咲夜を傷つけた貴方にはどういった落とし前をつけてあげましょうか」

 咲夜の言葉を適当に聞き流して今まで視界には入っていたけど意識に入れていなかった吸血鬼へとそう言ったわ。

「……私よりもその人間を優先させるとは酔狂なやつだな」
「残念ながら私はまだお酒は飲んでないし、狂うつもりは一切ないわ」
「……貴様、私をからかっているの?」
「この程度で苛付くなんて余裕がないわねぇ。だから、そんなに低俗そうなのかしら?」
「餓鬼が粋がるな!」

 我慢の限界を超えたのか声を荒げてそう言ってきたわ。私を驚かそうとでもしたのでしょうけど全然怖くなかったわ。

「きゃー、こわーい、とでも言えばいいのかしら?」
「貴様……舐めているのか」
「……さてと、無駄話はここまでにしておきましょうか。貴方の頭の血管が切れて倒れる、っていうのもそれはそれで面白そうだけど」

 今にもこちらに襲い掛かってきそうな吸血鬼を見ながらそう言ってあげたわ。

「咲夜、私の傘、持っててくれるかしら」
「嫌よ」
「む……」

 仕方ないから傘は適当に放り投げておいたわ。

「それで、無様に逃げだす準備と死ぬ覚悟は出来たかしら?」
「ふんっ、その台詞、そっくりそのまま貴様に返してくれるわっ!」

 吸血鬼は爪で私の方へと切りかかってきたわ。避けるのは簡単そうだけど、避けてしまえば咲夜を巻き込んでしまいそうだったから、私はその腕を掴んで吸血鬼を蹴り飛ばしたわ。
 壁にぶつけるくらいのつもりだったけれど、あいつは翼を羽ばたかせて壁への衝突を免れたわ。

「咲夜、下がってなさい。邪魔だから」
「……あなたに指図なんてされたくないわ」
「そう。でも、私の近くにいたら死ぬかもしれないわよ」

 そう言って、私は魔力の槍を―――

「はっ、そんな大ぶりな攻撃、当たると思っているのかっ?!」

 ―――斜め上に投げつけたわ。
 そのせいで、吸血鬼の攻撃を避ける暇がなかった。

「っ!」

 力任せに振るわれた爪に引き裂かれ盛大に後ろに吹き飛ばされたわ。咲夜はあの間に離れてたみたいで、とりあえず私が飛ばされた方にはいなかったわ。
 胸元の辺りがずたずたになったけれど私たち吸血鬼にとってその程度の傷は問題ないわ。

 むしろ問題となるのは天から注ぐ陽光の方。

「ぐああぁぁぁ……、き、さま…………」

 太陽の位置も考慮しながら投げたから私が空けた穴からはちょうど陽の光が部屋の中を照らしていたわ。その直撃を受けた吸血鬼は、断末魔を上げながら私に何かを言おうとしてたみたいだけど、すぐに塵となってしまったわ。
 私はそれを意識の端で確認しながらすぐ横に転がっていた傘を拾い上げて開いたわ。全身を火傷するくらいの覚悟はしてたんだけど、運が良かったみたいね。
 あの時はそんなこと思ってる暇もなかったけど。

 何故なら私が穴を開けたところから部屋が崩れ始めていたのよ。

「咲夜、傷に響くかもしれないけど、我慢するのよ」

 そう言って私は咲夜を片手で抱きあげた。

「って、ちょっと、自分で逃げれるわよ!」
「ああ、もう、こら暴れるんじゃないわよ!バランスが崩れるから!」

 よろよろとしながら私は咲夜を抱き上げて崩れゆく部屋の中から逃げ出したわ。





「これで当分の間は買い出しに行かなくても済むわ」

 紅魔館への帰り道。隣には傷の治療をしてもらった咲夜がいたわ。
 私は紅茶の葉やら、ジャムやら、日持ちする茶菓子を詰めた袋を背負っていたわ。あと、翼を隠しつつ破れた服を隠すためのコートも羽織っていたわ。

 それらは全部あの吸血鬼の城に捕らわれていた人たちから貰ったお礼みたいなものよ。
 私の翼を見て露骨に怯えてるのがたくさんいたけど、何故か少ししたら警戒も解けてたわね。何でかしら?

―――何かしたの?

 なぁんにもしてないわよ。私が欲しい物を言ったら、何故か人が変わったように私のことを受け入れてくれたわ。

―――それは、お嬢様の頼んだものがあまりにも場違いだったからですわ。



――
――――


「ん?咲夜?何か用?」

 背後から聞こえてきた従者の声にレミリアが話を中断する。

「そろそろ、お茶菓子が切れる頃かと思ったんですが……必要ないみたいですね」
「ごめん、咲夜。折角作ってくれたのに……」

 積まれたままのお茶菓子を見てフランは申し訳なさそうに言う。

「気にしなくてもいいですわよ。私の能力を使えば私の生きている限りは駄目になることはありませんから」
「……一応聞くけど、今日のはいつのものかしら?」
「安心してください。今日はおフタリだけのお茶会、ということで今日のために作ったものですわ」

 小さく笑顔を浮かべて言う。

「そうなんだ。ありがとう、咲夜」

 フランも咲夜に笑顔を返す。それから、クッキーを一枚口に運んだ。

「うん、美味しいよ」
「ありがとうございます」

 フランの言葉に咲夜は礼をする。

「……それで、場違いだった、って言うのは?」

 クッキーを食べ終えたフランは首を傾げて咲夜の言葉の一部を引用しながら聞く。

「そのままの意味ですよ。命を助けられて、しかもそれが吸血鬼の手によって、となれば何を要求されるかわかったものではありませんわ。けど、お嬢様が要求したのは私の治療と紅茶にお茶菓子、それとコートだけ。何を要求されるのかと身構えていれば誰でも拍子ぬけしてしまいますわ」
「だって、欲しいものなんてそれくらいしかなかったんだもの。血なんていつでも取りに行けるし、従者にするには面白みのなさそうな奴らばっかりだったし」

 冷めてしまった紅茶を飲みながらそんなことを言う。その発言は自分のことしか考えていないようなものだったが、命を奪われるくらいに考えている者達を拍子抜けさせるには十分だった。

「お嬢様がこちらのことを拍子抜けさせたのはそれだけではないですからね」
「それは、私がすごいってことかしら?」
「いえ、単に常識はずれなだけですわ」
「……そこは、嘘でもすごい、って言っておきなさいよ」
「今の私は正直なのが取り柄ですから」

 そんな主と従者のやり取り。

「それで、お嬢様は昔話でもしていたんですか?」
「ええ、そうよ。フランが聞きたがってたし、私自身、話してたら止まらなくなったのよ」
「で、今は私に出会った頃の話、というわけですか。これから、未来に進むのですか?それとも過去に?」
「過去に戻っていくような話の構成はめんどくさそうね。普通に過去のことから順番に話してるわ」
「そうですか。……どうやら、おフタリの邪魔をしてしまっただけのようですね。では、失礼いたします」

 フタリに礼をして咲夜は姿を消した。

「別にいても良かったんだけれど……。まあ、いいか」

 言って、レミリアはパイを一切れ手で掴んで一口、食べた。

「うん、やっぱり、咲夜の作るものは最高ね」

 満足そうな笑顔を浮かべて、そんな感想を漏らす。

「……さてと。では、続きを話しましょうか」

 パイを一切れ食べ終えて、指を舐める。そして、指をナプキンで拭くと再び過去を想起し、語り始めた。


――――
――



 私たちは二日くらいかけて紅魔館まで歩いて戻ってきたわ。着いたのは昼間だったわね。
 わざわざ歩いて帰ったのは、なんとなくそうしたい気分だったからよ。

 帰るまでの間、咲夜は私に黙って付いてきていたわ。途中で一回くらいは攻撃してくるんじゃないかと思ってたけど、予想に反して咲夜は何もしてこなかったわ。
 丁度いい機会だから、ってことで帰る途中私は咲夜に何度も声をかけていたわ。

「咲夜、傷は大丈夫かしら?」
「……その質問、何度目よ」
「十三度目くらいかしら?」

 人間の子供は些細なことで死んでしまう。そんなことが頭の中にあったからあの時はかなり咲夜のことを心配していたわ。しっかりと傷の治療もしてもらった、っていうのに、ね。

「…………何度も言うけど、大丈夫よ。あなたに心配される必要はない」
「そう、よかったわ」

 毎回、そこで会話は途切れていた。けれど、その時に限って咲夜の方から話しかけてきたわ。

「……なんで、あなたは私の治療を最優先したのよ」

 咲夜が私に向けて放ったのはそんな言葉だったわ。
 城に捕らわれていた人間たちと対面して、怯えているやつらに向けて私は真っ先に咲夜の治療を頼んだわ。

 紅茶とかお菓子とかはそのついでみたいなものね。助け出した全員から何かを貰わなければ満足出来なかったから。

「そんなもの決まってるじゃない。貴女に死なれたくなかったからよ」
「……」

 咲夜は何にも答えなかったわ。

「どうかしら?これで、少しは私のことを敬うようになったかしら?」
「……そういうことを言わなければほんの少しくらいは敬ってたかもしれないわね」
「それは惜しいことをしたわね。一応聞くけど、貴女はどうしたら、私のことを絶対的に敬ってくれるのかしら?」
「私があなたを認めたら好きなだけ敬ってあげるわよ」
「あら、かなり簡単な条件ね。後、一押し、って所かしら?」
「何を自惚れてるのよ。私は、あなたのことなんて全然認めてないわ」

 呆れたような口調でそう言われたわ。

「そう。でも、私と普通に話してくれるくらいには馴染んでくれたみたいね」

 出会ったばかりの頃は顔もろくに合わせてくれていなかったけれど、あの時は、歩きながらでも私の方に顔を向けてくれていたわ。

「……」

 私が指摘したせいでそのまま顔を逸らされてしまったけれど。

「素直じゃないわねぇ」
「……うるさい」
「まあ、いいわ。どうせ最後には素直になってくれるんでしょうから」

 そんな他愛もない話ばかりを私の方から一方的に振っていたわ。
 最初会った頃に比べればだいぶ、攻撃的な雰囲気はなくなってたわね。素直じゃないのは相変わらずだったけれど。

「ああ、そうだ。あの吸血鬼は殺しちゃったけど、咲夜はこれからどうするつもりかしら?」
「あなたを殺すためにあなたの館に住むわ」
「へえ……。じゃあ、貴女の作る料理を期待してもいいのかしら?」
「……貴女は何を聞いてるのかしら?」
「興味のないことは聞かないことにしているの」
「似たようなことを前にも聞いたわ」
「なら、聞く必要なんてないじゃない」

 余裕を見せて微笑みを浮かべて見せたわ。

「……ああ、もういいわ、なんでも。そうやって、余裕を見せて後悔するのはあなたなんだから」
「大丈夫。貴女程度では私を殺すことなんて出来ないから」
「……ちゃんと聞いてるじゃない」
「あら?私がいつ、聞いてない、って言ったのかしら?」
「……あなたの戯言は疲れるわ」

 溜め息と共に咲夜はそう呟いていたわ。





「ついに私の従者になる覚悟が出来たのかしら?」

 咲夜を紅魔館に帰ってきたその日の夜、咲夜はメイド服を着て私の部屋の前に立っていたわ。私は目を覚まして、部屋から出ようとしていたところだった。

「違うわよ。これしか着るものがなかったのよ。私の着てた服はあの吸血鬼のせいで着れたものじゃなくなったから」
「そう、残念ね。……うん、でも似合ってるわよ。十分すぎるくらい仕事をしてくれそう」
「……魔女があなたのことを呼んでたわよ」

 咲夜は私の褒め言葉を無視したわ。予想はしてたから別にどうということもなかったけれど。

「パチェが?わかったわ。……それにしても、私が起きるまでずっとここで待っててくれたのかしら?」
「扉を開けようとしたところでちょうどあなたが出てきたのよ」
「あら、そう。まあ、いいわ。伝えてくれてありがと。貴女も付いてくる?」
「……そうね。あなたたちが何を企んでるのか見ておく必要があるわね」
「企みなんて日本に引っ越しすることくらいしかないわよ」
「それでも、よ。あなたが嘘を付いていないとは限らないもの」
「そう。じゃあ、行きましょうか。パチェも待ってるだろうしね」

 私が部屋から出ると、咲夜が私の半歩後ろをついて歩いたわ。咲夜は単に私の隣に並びたくない、と思ってたんでしょうけど、その立ち位置は奇しくも従者の立ち位置だったわ。





「ちゃんと呼んできてくれたのね。ありがとう、咲夜」
「別にお礼を言われるほどのことでもないわ」

 澄ました顔で咲夜はそう言っていたわ。

「パチェ、向こうに行くための術式、完成したのかしら?」
「ええ。結界に干渉して私たちだけでなく、この館も引き寄せられるようにしたわ。今、こあが最終チェックをしてるから、それが終わればいつでも向こうに行けるわよ」
「ふふ、やっと向こうに行けるのね。これで、退屈な毎日ともお別れかしら?」
「さあ、どうかしらね。レミィの心次第だと思うわよ」
「なら、大丈夫。向こうで楽しむ心の準備はとっくに出来てるわ」

 パチェに笑みを返したわ。

「そういえば、咲夜は向こうまで付いてくるつもりかしら?」

 笑みを浮かべたままパチェから咲夜の方へと視線を向けた。咲夜は私の方を見返してくれたわ。

「付いて行くわ。あなたを逃がすわけにはいかないもの」
「向こうに行ったらそう簡単にはこっちに帰ってこれないわよ?」
「……あなた、私を従者にして問答無用で連れていくようなこと言ってたじゃない」
「そうね。でも、残念なことにまだ貴女は私の従者じゃないわ。だったら一応聞いてみるしかないじゃない。私としては付いてきてほしいところだけれど」
「愚問ね。帰れない?それが何だって言うのかしら?私は何処までもあなたを追いかけていくつもりよ」

 真っ直ぐに私の瞳を見つめてそう宣言したわ。

「残念ね。それが、従者としての言葉なら、私は貴女を最高の従者だと思えていたかもしれないのに」
「それは良かったわ。あなたを落胆させることが出来て」
「……フタリとも仲が良いのね」

 そんなやり取りをしていると、パチェがそんなことを呟いたわ。

「そうでしょう?」
「そんなわけないでしょう!」

 私と咲夜とで対照的な答えを返していたわ。咲夜は私と仲がいい、と思われるのが嫌だったみたいね。

「反応は対照的、と。この場合、どちらが真実を告げてるのかしらね?」
「私よ」「私よ!」
「……仲がいいか悪いかは置いといて、息は合ってるみたいね」

 少し可笑しそうにしながらパチェは言ったわ。

「私は―――」
「パチュリー様!最終チェック終わりました!休まずここまでやった私、偉いですよねっ!パチュリー様、褒めてくださいっ!」

 咲夜が何かを言おうとしていたけど、騒がしく部屋に入ってきた小悪魔のせいでかき消されてしまったわ。大方、パチェの言葉を否定するようなものだったんでしょうから、聞く必要もなかったけれど。

「ええ、そうね。よく頑張ってくれたわ」
「やったっ!パチュリー様に褒めてもらえましたっ!」

 咲夜は嬉しそうに飛び跳ねている小悪魔を睨むように見ていたわ。小悪魔は全く気付いていなかったみたいだし、咲夜も早々に諦めてしまったわ。

「さてと、準備は完全に整ったわ。いつ、向こうに行くのかしら?」
「今すぐにでも行きましょう?」
「わかったわ。……でも、フランと美鈴には伝えなくていいのかしら?」
「ああ、そうね。伝えてくるわ」

 そう言って私はパチェの図書館から出ようとした。だけど、

「ちょっと待ちなさい」

 咲夜に呼び止められたわ。

「私のたったヒトリの血縁にして妹よ」

 咲夜が私に何を聞こうとしていたかはわかったから勝手に答えておいたわ。あの時の咲夜になら教えても大丈夫だ、って思えたからね。

「……私も付いて行くわ」
「殺すつもりで行くんならやめた方がいいわよ。逆に壊されてしまうから。まあ、それ以前に私が行かせはしないけど」

 貴女に危害を加えることをはしない、と思っていた。けど、あの頃の貴女にとっては攻撃的な口調でさえ引き金になりかねなかったから、咲夜を近づけることは出来なかった。

「…………わかったわ。ここで大人しく待っているわ」

 妙に素直に私の言葉を聞き入れたわ。
 私はそのことをいぶかしみながらも図書館を出て、貴女の所へと向かったわ。





 貴女の所に行って今から幻想郷に行く、って言ったけれど、貴女はそんなに大きな反応を返してくれなかったわね。

―――……うん、あの頃は色んなことがどうでもいいって思えてたから。

 ……本当はもっと興味を持ってくれるんじゃないか、って思ってたわ。それが何かのきっかけになるんじゃないか、って期待もしてた。だから、あまりにも無反応な貴女を前にして私は逃げるように部屋を出ていったわ。
 ……期待して何もしようとしなかったこと自体が私の逃げだったのかもしれないわね。
 あの時の私はそんなことにも気付いていなかったけれど。

 後、美鈴の所に行ったけど、あの子はかなり期待してるみたいだったわね。パチェから妖怪がたくさんいる、っていう話を聞いてもっと効果的な修行が出来ると思ったんでしょうね。
 それから、少しだけ紅魔館の中を歩いて、図書館へと戻ったわ。あちらにある紅魔館の中を最後に歩いてみたかったのよ。

「レミィ、フランの様子はどうだったかしら?」

 パチェが聞いてきたのは貴女のことだけだったわ。美鈴は放っておいても大丈夫、と思ってたのかもしれないわね。

「……いつも通りだったわ」
「そう」

 パチェは短く呟くと図書館の奥へと向かって行ったわ。私と咲夜も無言でパチェの背中を追いかけたわ。

 図書館の奥まで入っていってパチェが立ち止まったの大きな魔方陣の中心だったわ。隣には小悪魔が立っていた。
 パチェが立っていた魔方陣と同じようなものはあの頃の紅魔館の至る所にあったわ。小さなものだったけれどね。貴女の部屋にも一つくらいあったんじゃないかしら?

―――うん、こあが魔方陣を刻みに来たのを見てたよ。

 それで、あの時、パチェの図書館にあったのがそれらの中心、という訳よ。

「さてと、最後の確認をするわ。……こちらに未練のあるモノはいないかしら?」

 パチェが気取ったように私達へと向けてそう言ったわ。

「当然、あるはずもないわ」
「私はパチュリー様さえいれば、十分ですよっ!」
「今更失う物もないから未練なんてないわ」

 私たちはサンニン順番にそう答えたわ。

「みんな、いいみたいね。……じゃあ、始めるわよ」

 頷いてパチェが呪文の詠唱を始めたわ。小悪魔は何もせず立っているだけだったわ。パチェヒトリで十分だったんでしょうね。
 それから、ゆっくりと視界が白んで何も見えなくなってしまったわ。
 けど、それが続いたのもたった数秒。すぐに、視界は元に戻ったわ。

 見えてきたのはいつも通りのパチェの図書館。館ごと移動したから当たり前なんだけどね。けど、空気が変わった、ということはわかったわ。

「ここが幻想郷?」
「ええ、たぶん」
「はっきりしないわねぇ。全然関係ない場所に飛んだってことは?」
「ないとも言い切れないわね。まあ、この独特な魔力の流れからして結界の中に入れてるとは思うけどね。気になるなら外を歩いてくればいいじゃない」
「ん、そうね。パチェはどうするの?」
「私はちょっとこの図書館に細工を施してるわ。ここの結界の特性が使えそうだからね」
「なんだっけ。忘れ去られたものを引き寄せる、だったかしら?」
「そうそう。それで、外の世界で忘れらた本をここに引き寄せられるようにしようと思ってね」
「そう、わかったわ。……咲夜はどうするのかしら」
「どうせすることもないからあなたに付いて行くわ」
「よし、じゃあ行きましょう」

 私はそう言って踵を返して図書館を後にした。咲夜は隣に立って付いてきていたわ。





 外に出て咲夜と一緒に行ったのは霧の湖だったわ。満月が綺麗な夜だった。

「大きな湖ね。でっかい魚でもいるのかしら?」
「知らないわよ」

 返ってきたのはそんなぶっきらぼうな言葉だったわ。まあ、期待もしてなかったけど。

「やっぱり、向こうとは違うわね。満月に誘われた妖精たちがたくさんいるわ」
「?そんなものどこにもいないじゃない」

 咲夜はきょろきょろと周りを見回していたわ。けど、そんなことで見つかるはずもなかったわ。

「感じないかしら?自然の力を纏った怪異が私たちを見ているのを。……かなり数が多いわね。ここは幻想郷だとみてもよさそうね」
「……こっちに何か飛んできてるわよ」
「ん?あれは、妖精かしら?……それにしては羽が変わってるわね」

 飛んできたのは氷の羽を持った氷精だったわ。

『あんた達、見ない顔ね!ここはあたいの縄張りよ!入ってくるんじゃないわよ!』
『こっちの妖精は臆病じゃないのかしら。それとも、貴女が特別に馬鹿なのかしらね』
「?何を言っているの?」

 その時、私も氷精も日本語を使っていたから咲夜には伝わっていなかったみたいだったわ。

「そう言えば貴女はまだ日本語が分からないんだったわね。……取り合えず適当に意味を感じなさい」
「無茶なことを言うんじゃないわよ」
『あたいは馬鹿じゃないわよ!あたいは最強よ!あんたみたいな、変な羽を生やしたやつと人間なんかじゃ足元にも及ばないほどね!』
「……これは、私に喧嘩を売ってると思っていいのかしら?」
「分かるわけがないじゃない。まあ、仮にそうだとしたら妖精程度の喧嘩を買うなんて安っぽいプライドね」
「……そうね」

 咲夜の言葉で私は思い止まったわ。

『何よ、あんた達。わけの分からないことを言って。あたいの最強っぷりに頭がおかしくなったのかしら?』
『ふんっ。頭がおかしいとは言ってくれるわね。それに貴女が最強?そんなはずがないじゃない。私のほうが確実に貴女よりも強いわ』
『むぅ。なんなのよ、あんたは』
『私はレミリア・スカーレット。……ドラクリヤの末裔よ』

 私は気紛れでそんな風に名乗ったわ。ヴラドの名をどこかに残しておきたかったのかもしれないわ。

『?どらきゅーや?』
『ドラクリヤ、よ。こちらではチェペシュの方が有名かしら?』
『あー、なんだったかしら。吸血鬼の親玉?』
『何か間違ってるけど、まあ、そんな感じでいいわ』
『ってことは、強い、ってことね。でも、最強はこのあたいよ!』

 そう言いながら氷精は私の方へと氷の塊を飛ばしてきたわ。

「おっと」

 そんなに早い攻撃でなかったかたら簡単に避けることができたわ。

『粗末な攻撃ね。妖精にしては流石、といったところだけど。……けど、貴女は私に対して攻撃をする、という意味がわかってるのかしら?貴女には夜の王である私の恐怖を教えてあげなければいけないみたいね』

 呟くように言って私は氷精へと向けて魔力の槍を構えたわ。





 氷精を退けた後、私たちはいつの間にか妖精や低級の妖怪たちに取り囲まれていたわ。
 私の力を見て、私に忠誠を誓おうって気になったのでしょうね。

 私は思ったわ。このまま、この幻想郷を支配してしまおう、これだけ簡単に手下が増えるのなら、幻想郷を支配するのも容易いと。けど、そんなものただの慢心でしかなかったわ。
 そのときの私がそんなことに気付くこともなかったわ。新しい地に来て自分を抑えられなかったのかもしれないわね。でも、それだけじゃなかった―――

「この調子なら、この幻想郷を支配するのも容易そうね」

 周りの妖怪や妖精たちが私の言葉に同意するような声を上げたわ。伝わっていないはずでしょうけど、たぶん雰囲気で感じ取ったのかもしれないわね。
 けど、そんなことはどうでも良かったわ。

 それは、咲夜の顔を見て、咲夜に向けて、咲夜に伝わる言葉で言ったものなのだから。

「それを私に言ってどうするつもりよ。手伝う気なんてないわよ」
「……私が幻想郷を支配した暁に、貴女は私を主として認めてくれるかしら?」

 そう、私はどうしても咲夜に認めてもらいたかった。
 私よりも弱いのに怯えない姿が私にとっては見慣れないものだったわ。神に縋り付いて恐怖から目を逸らすような奴はいくらでもいた。見当違いな復讐心で恐怖を忘れてたような奴らもいたけど、そいつらは私の力を少し見ただけで恐怖を思い出していたわ。

 けど、咲夜は違った。私の力を見てもなお、自然体のままでいる。こんな人間は初めてだった。
 だからこそ、私は咲夜に執着していたのかもしれないわ。

「あなた、そればっかりね」

 私の言葉に妖精や妖怪たちが騒いでも咲夜の声しか聞こえていなかったわ。

「だって、面白そうなのが貴女だけなんだもの」

 笑って、私はそう答えたわ。

「……もう一度、聞くわ。貴女は、私が幻想郷を支配した暁に、私のことを主と認めてくれるかしら?」
「……」

 咲夜は何も答えてくれなかった。でも、だからこそ私は思ったわ。この幻想郷を支配してしまえば、咲夜が私のことを認めてくれるんじゃないか、って。





 私はヒトリで幻想郷の支配を進めていった。

 咲夜は当然として、パチェは興味がないから、と言って私を手伝ってくれることはなかったし、小悪魔はパチェに付きっきりだったからね。美鈴は手伝うつもりはあったみたいだけど、そういうことを考えるのには向いてなかったのよね。

 私に付いてくるモノを集めるのは簡単だったわ。そこそこ名のある妖怪じゃない限り私が一声かけただけで配下となったわ。

 それだけで私の配下とならなかったモノは力でねじ伏せてやったわ。こちらが加減をする余裕がないくらい強いのもいたわね。
 その中のナンニンかは手加減しきれなくて殺してしまったこともあったわ。

 まあ、そうやって私は幻想郷中を暴れ回ってたわね。
 そうやって、私は幻想郷の半分の妖怪は自らの配下とした。けど、それもある一匹の妖怪によって止められてしまったわ。


 大きな集団を相手にするために、何十もの妖怪を従えて目的地に向かっている時だったわ。
 どこからともなく声が聞こえてきたのは。
 

「好き勝手やっているようですが、貴女はこの幻想郷の仕組みを分かっていなさすぎる」


 その声が聞こえてきた途端に私の従えていた妖怪たちが怯え始めたわ。そして、徐々に私の後ろに立つモノが減っていった。

「郷に入れば郷に従え。……まあ、妖怪たちの刺激になると思い放置していた私にも否があると言えばそうなのですが」
 
 そう言いながら空間の隙間から現れてきたのは隙間妖怪の八雲 紫だったわ。あの時、あいつは何を考えているんだかわからない不気味な笑みを浮かべていたわ。

「お前は、何者かしら?」
「私は八雲 紫。この幻想郷の管理人のヒトリとでも思ってください」

 丁寧な言葉遣いでこちらに話しかけてきたけれど、胡散臭さしか感じなかったわね。

「管理人、ね。……それが、私に何の用かしら?」
「幻想郷をこのまま保つためにはパワーバランスを保つ必要があるのです。今はあまりにも貴女の所に力が集まり過ぎている。今すぐ、貴女の集めた配下を解放してはくれないでしょうか」
「でも、貴女今まで私に関わってこなかったじゃない。貴女みたいな力を持っていれば私が何をしようとしているかなんてすぐわかると思うけど」
「それは、少々闘争があった方が妖怪たちの気力回復につながると思い放置していただけです。しかし、今はあまりにも力が大きくなりすぎてしまった」
「単なる貴女の怠慢じゃない。それに、私はこの力を手放すつもりは、……いや、この幻想郷を支配するのをやめる気はないわ」

 既に私の配下たちは全員逃げてしまっていた。だから、八雲 紫がこの幻想郷内で最も恐れられている、というのはすぐにわかったわ。
 けど、私は退く気にはならなかった。

「……そうですか。まあ、お願いをした程度でプライド高い吸血鬼である貴女が止まるとは思っていませんでしたが」
「わかってるじゃない。私を止めたければ、貴女の力で止めることね」
「単純で分かりやすい。……いいでしょう、相手をして差し上げますわ。自らの手で蒔いてしまった種は自ら処分しなくてはなりませんから」
「種、ね。もう、茎が伸びてるくらいよ」
「……確かにそうですね。けど、だからと言ってやることに変わりはない。ただ、貴女がこれ以上成長できないようにすればいいだけ」
「ふんっ、随分と余裕ね。貴女にそれが出来ると思っているのかしら?」

 私は余裕を見せながらも、内心では八雲 紫のことをかなり警戒していた。それでも、一筋縄ではいかないだろう、ってくらいにしか思っていなくて負けるとは思ってもいなかったわ。
 まあ、負けるとわかっていても退くことはなかったでしょうけどね。ここで退くのは幻想郷の支配を諦めるのと同義だったから。

「自分に自信のある妖怪は皆、そう言うものです。……相手の力量を読めないのはただの愚か者。読んでなお退かないのもまた愚か者。……貴女はどちらの愚か者なのかしら?」

 同時に、八雲 紫の背後にいくつもの空間の裂け目が現れたわ。私はそれを確認しながら、まず、八雲 紫へと飛びかかって喉元を切り裂いてやろうとしたわ―――





「……くっ」

 いくつもの楔を打ち込まれて私は大木に打ちつけられた。身動きは全くといっていいほど出来なかったわ。

「ここまでされてようやく止まるのですね。……ふむ、私が今まで戦ったモノ達の中では中々強い方でしたわ。私には及ばなかったようですが」

 ゆっくりと、優雅に見えるような足取りでこちらへと近寄ってきたわ。

「……私を、どうするつもりよ」
「あらあら、そんなに睨まないでください。ここから出て行け、とも、私の式になれ、とも言いませんから。ただ、そうですね。私と二つ契約を結んでください」
「……負けたモノとしてそれを拒む理由はないわ」
「思ったよりも潔いですね。では、まず、一つ目」

 そう言って、人差し指を立てたわ。

「貴女の方から幻想郷にいる人間を襲わないでください。逆に襲われた場合は好きなようにしても構いませんが。とにかく、貴女ほどの妖怪が人間を襲う、と知られてしまえば人間たちの行動範囲が激減してしまいます。そうしてしまえば小さな人里は衰退していってしまう。この幻想郷は妖怪と人間、両者がいることで成り立っています。この幻想郷唯一の人里がなくなってしまえば容易くこの結界内における均衡が崩れてしまうでしょう。貴女方には代わりに、貴女と貴女の妹に必要な血は提供しましょう」
「……私たちのこと、どこまで、知ってるのよ」
「私の知っていることまで知っていますわ」

 はぐらかすように言って中指も立てた。

「そして、もう一つは、……この先、二度とここ、幻想郷を支配しようなど考えないでください。事と場合によっては、死んでいただきますから」

 不気味さのない純粋な笑顔で告げられたわ。不気味ではないからこその凄味がそこにはあったわ。

「…………わかったわ」
「ふふ、よろしい。……では、ごきげんよう」

 そう言い残して八雲 紫はスキマの中へと姿を消して行ったわ。それと同時に私を拘束していた楔も消えた。
 私は木に寄りかかることも出来なくて、そのまま地面の上に倒れてしまったわ。

「……」

 あの時は本当に悔しくて何も言えなかったわ。パチェの時のように、弱点を付かれたわけではなく正攻法で負けたから余計に、ね。
 でも、それだけじゃなかった。私が負けたことを悔しい、って思った理由は。

「……無様な姿ね」

 頭上から咲夜の声が降りかかってきたわ。

「なんで、貴女が……」

 私は傷が塞がりつつある身体を起こしながらいつの間にか私の前に立っていた咲夜を見上げたわ。

「胡散臭い雰囲気の妖怪があなたを倒したことを伝えてきたのよ。それで、ついでに拾って帰れ、ともね」

 そう言いながら、咲夜は私の前に屈みこんだ。

「魔女は魔法の研究に忙しくて、門番はあそこから動けない、って言うから仕方なく私が来てあげたわ」

 私は戸惑ったまま咲夜の顔を見つめ続けていたわ。

「まあ、貴女程度じゃ、ここを支配するなんて無理だと思ってたわ」

 そして、咲夜が私に向けて言ったのはそんな言葉だったわ。
 …………。



――
――――


「あれ?お姉様 どうしたの?」

 突然黙り込んだレミリアを見ながらフランは不思議そうに首を傾げる。まだ、話は終わっていないはずだ。

「……いや、この先は、私の沽券に関わる、というか、あんまり言いたくないわ」
「でしたら、私が代わりにお話いたしましょう」
「えっ!咲夜っ?!何で出てくるのよっ!私たちの邪魔はしないんじゃなかったの!」
「そのつもりでしたが、お嬢様がお困りとあらば、お嬢様の従者である私が出るしかありませんから」
「困ってないから、貴女は自分の仕事に戻りなさい!」
「それは、残念ですね。……でも、フランお嬢様も聞いてみたいですよね、この続き」

 咲夜はその場から立ち去ろうとして、フランの方へと向き直った。

「お姉様が話したくない、って言うなら別にいいよ」
「でも、気になるんですよね?」
「え?……うん」

 咲夜の妙な迫力に押されてフランは頷いてしまう。

「では、お話して差し上げましょう」

 フランが頷いたのを見て咲夜は笑みを浮かべる。その笑顔はどこか楽しげにも見えた。

「さ、咲夜!」

 レミリアが慌てたように咲夜の名を呼ぶ。

「ん?なんでしょうか、お嬢様」
「何でしょうかじゃないわよ!……ほんとに、話すつもりなの?」

 レミリアは不安そうに咲夜を見上げる。咲夜はやる、と言ったらやることを知っているだけにどうしても不安になってしまうのだろう。

「ふふ、冗談ですわよ。あのお姿は、私の胸の中だけにしまっておきますわ。あれこそ、私がお嬢様に仕えて差し上げようと思うようになった最後のきっかけなのですから。……ですが、フランお嬢様にだけは話して差し上げますわ。聞きたくなりましたらいつでも、こっそりと私の所に来てください」

 そう言って咲夜は歩き去って行ってしまった。

「……咲夜に敵わないのはあんな姿を見られたせいかしらねぇ。……それよりも、フラン。貴女、後で聞きに行ったりしないわよね?」

 身を乗り出すようにしてフランにそう聞く。目がかなり真剣だ。

「うん、聞きに行かないよ。気になるけど、お姉様がどうしても聞いて欲しくないみたいだからね。……でも、いつか、お姉様の口から聞いてみたいな」

 姉を信じ切ったような笑顔を浮かべてそう言った。フランに隠し事をしてしまったような後ろめたさを持つレミリアはその笑顔を直視できない。

「あー、うん。善処するようにするわ。……取り合えず、私の中で整理がつくまで待って欲しいわ」
「うんっ、待ってるね」

 フランが期待を込めた笑顔を向けるがやっぱりその笑顔もレミリアは見ることが出来なかった。

「……取り合えず、これで貴女が知らないことは全部話したわね。咲夜が私の従者となって、何匹かの妖精をメイドにしたらいつの間にかそれなりの数に増えていたってことがあるけど、特に話すようなことでもないわね。後は、紫からスペルカードルールを教えてもらって、私が異変を起こすまで特に大きな出来事は無かったわね」

 居心地の悪さを誤魔化すようにレミリアは話題を元に戻す。

「それで、お姉様はその異変で紅白の巫女に負けて、」
「貴女は魔理沙に負けたのよね」

 紅色の姉妹がフタリで共有する記憶を紡ぎ始める。

「それから、魔理沙がパチュリーの図書館に来るようになって、弾幕ごっこをしたり、話を聞いたりして」
「私は霊夢の所に通うようになって」
「気が付くと魔理沙が好きになってた」

 フランが嬉しそうな、幸せそうな笑みを浮かべながら人形をぎゅっ、と抱き締める。

「それから、魔理沙が私のところに来なくなるようになって、」
「地下から勝手に飛び出して魔理沙のところまで行ったのよね」
「うん。……それから、自由に外に出られるようになって、」
「私は貴女の心配ばかりをしていたけど、話しかけられないでいて、」
「でも、さとりのお陰でお姉様が普通に話しかけるようになってくれた」

 フランが先ほどとは違う種類の笑顔を浮かべ、レミリアは微笑み返す。

「それから、私は色んなことを知った。……寿命のこととか、魔理沙が何で私に構ってくれたのかとか、料理の仕方とか」

 大切な掛け替えのないものを思い浮かべる。それは、絶対に、絶対に失いたくない記憶の数々。

「……こっちに来てから短い間だったけれど、色々あったわね」
「うん」

 レミリアは感慨深げに呟き、フランはその言葉に頷く。


「けど、これからも、色々とあるのでしょうね」
「うんっ、そうだといいね」


 運命を視る少女は予言をする様に告げ、
 新しい運命を歩み始めたばかりの少女は期待と希望を込めて頷いた。


FIN



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