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 夢を見る。
 過去をただ垂れ流すだけの夢を見る。
 だけど、私は登場人物ではなく傍観者。

 それは、私がまだフランに恐れを抱いていた本当に小さい頃の記憶だ。生まれてから、十年と少しくらいしか経っていない頃の記憶。

 夢の中ではフランが力を暴走させている。あの子の周りにはありとあらゆる壊れたものが転がっている。
 夢の中の私は暴走に巻き込まれて足を傷つけられる。たったそれだけで、痛い痛い、と泣きながら怯えてフランから逃げ出す。

 ふざけるな!、と罵った。
 何で、守ってあげないんだ!、と叫んだ。

 けど、届かない。
 夢の私は、怪我をした足を引きずるようにして必死にフランから逃げている。臆病だから、保身の為に逃げている。

 単なる傍観者にすぎない私は、見ていることしかできなかった。

 申し訳なさそうに悲しげな表情を浮かべるフランを。





 目覚めの気分は、あまりいいものではなかった。
 なんで、今更あんな夢を見るのやら。

 いつの間にかテーブルに突っ伏していた身体を起こしながらそう思う。
 パチェに借りた本を枕代わりにしてたみたいだけど、特に折れ目も見あたらないから、黙っていれば怒られることもないだろう。

 欠伸が漏れてきたから、ついでに背伸びもする。
 変な格好で寝てたせいか、骨の音が図書館の中に響く。妙に良い音がした。

 それから、もう一度欠伸を漏らして、落ち着く。
 ぼんやりとしたまま、パチェに借りた本を見下ろしてみる。開かれていたのは、見覚えのないページだった。
 何枚かめくってみると、すぐに見覚えのある文章が目に入ってきた。どうやら、寝たままページをめくってしまっていたようだ。

 それにしても、どうして今更昔のことを夢に見たりするんだろうか。意味が分からない。
 最悪、とまでは行かなくとも、醜態を晒す自分の姿を見せられて少々気分が悪い。

 昔の私は最悪だった。傷付られることに怯えて、あの子から逃げてばかりいた。両親に命じられて、食事を持っていく時以外に近付くことは決してなかった。
 でも、今の私は違う。逃げるなんて真似は絶対にしない。
 両親が殺されて、たった二人になってしまった時、あの子の存在は私の孤独を癒してくれた。そして、あの子の芯を知った時、フランを護ると決意し、あの子から逃げない、と誓った。

 まあ、最近は力を暴走させることもない。けど、もし仮に暴走させたとしても、私は逃げない。

 と、不意に異常を感じ取った。

 フランの魔力が暴走してる?
 けど、その魔力は弱々しいものだった。暴走したなら、無差別に無限とも思えるような魔力が辺りに満ちるはずなのに。

 けど、悩んでいる暇はなかった。
 確か、フランはパチュリーの研究室に行っているはずだ。

 胸騒ぎを感じながら、私は開いた本をそのままに図書館の中を駆け抜けた。
 出せる限りの全力を出して。





「パチェ! 何があったのよ!」

 パチェは腕から血を流しながら、研究室の扉の横の壁にもたれ掛かっていた。指の先から断続的に血の雫が垂れ落ちている。
 フランの暴走に巻き込まれた割には、大した事のない傷。けれど、無視出来ない事態である事に代わりはない。

「ああ、レミィ。……ごめんなさい、魔法に失敗してフランを巻き込んでしまったわ」
「別にいいわ。それよりも、どういう状況なの?」

 今はパチェを責めていたって仕方がない。それにパチェは、私なんかに責められなくてもしっかりと自戒する事が出来る。
 だから、今はそれ以上に大切なことを優先する。とにかく今は、一分一秒がおしい。

「端的に言うと、フランが幼児化してしまったわ。後は、そうね。記憶も失ってるみたい。もしかしたら、幼児期以降の記憶を失ってるだけかもしれないけど、今の段階ではどっちとも言えないわね」

 幼児化、ねぇ。
 まるで、私の見た夢がそれを暗示してたみたいじゃない。暫くさぼり気味だった運命視が働いた、って事かしら?
 事が起こってからその意味に気付いても遅いけれど。

「それじゃあ、私が確認してきてあげるわ」
「今から、フランの暴走を抑える魔法の用意をするところなんだけれど……貴女が待つ訳なんてないわよね」
「当然よ」

 溜め息を吐く友人に笑いかけながら、扉を開け放つ。私を止めようとする気配はなかった。

 開け放った扉の向こう側は、随分と荒れ果てた様子だった。パーツごとに分かれたテーブル、バラバラになった棚、紙の束へと成り果て散乱した本。今では見られないけど、昔はよく見られた光景だ。
 
 そんな部屋の一番奥の方に、フランはいた。
 パチュリーの言っていたとおり、幼い頃のフランだった。どういう原理かはわからないけれど、服のサイズまで一緒に小さくなっていた。魔法って便利ねぇ。

 まあ、それはいい。
 今、フランは部屋の隅にいて怯えてるみたいだ。きょろきょろと辺りを見回して、まるで迷子になってしまったよう。
 記憶を失っている、というのは本当らしい。今の時点ではどの程度なのかは分からないけれど。

 私がフランと部屋の観察をしている間に、フランもこっちに気付いたようだ。その瞬間に、恐れとより一層の怯えを浮かべる。
 まだ、全ての記憶を失っているのか、一部の記憶を失っているのかはわからない。
 だけど、どちらにせよ、フランの方へと向かわない理由はなかった。

「きたら、だめ……っ!」

 一歩踏み出した私を制止させようとする。けど、止まらない。構わず歩を進める。

 フランの能力の範囲内に入ったからか、腕が破壊される。血が手のひらへと伝うのを感じる。更に一歩進むと、今度は足を破壊される。痛みに顔をしかめそうになる。だけど、無理矢理抑える。
 『今』のフランに比べれば全然弱い。『今』のフランが力を暴走させていれば、今頃私は腕を吹き飛ばされ、足をなぎ払われ、動けなくなっていることだろう。

 一歩進むごとに、身体のどこかが壊されて、血が流れていく。
 フランはそんな私を見て、泣きそうになりながら首を横に振っている。
 ああ、ごめんなさいね。こんな姿を見せてしまって。でも、大丈夫。すぐに見えなくなるから。

 そうして、私はフランの所へと辿り着く。両腕を伸ばしてフランを抱き締める。
 私の記憶の中にあるのよりもずっと小さな感触だったけど、その体温は確かにフランのものだった。

 どうよ、昔の私。何を怖がる必要があるって言うのよ。

「ほーら、大丈夫よ。なんにも怖がる必要なんてないわ」

 あやすように優しく背中に触れてあげなら、出来るだけゆっくりと話しかけてあげる。昔は身体の一部がなかったり、そもそも近づけなかったりしたけど、今回はこんなにもあっさりと近づく事が出来た。
 なんだか、それがとても嬉しかった。

「なんで……」

 涙の混じったフランの声が間近で聞こえてくる。私は、なおも背中に触れてあげながら、その声に耳を傾ける。

「おねえさま、すぐに、にげるのに……」

 私の事がちゃんとわかる、ということは一部の記憶だけを失ったようだ。昔のフランが目の前に現れた、とでも思っておけばいいのだろうか。

「弱虫な私は殺したのよ」

 両親が殺されて、家族がフランだけとなって、ようやくこの子の持つ心の芯の部分を知った時に。
 ……実際は、殺し切れた自信はないのだけれど。それでも今は強がってそう言う。

「でも、いたいんでしょ……?」

 悲しげな声だった。私を傷付けたことに罪悪感を感じているような声だった。
 顔は見えないけれど、きっといまもまだ泣きそうな顔になっているんだと思う。
 さっき、夢の終わりに見たように。

「どうってことないわよ。こんな傷」

 この子に罪の意識を感じさせないために強がってみせる。今も、身体が壊され続けているけど、まだ大丈夫。血が流れている限りは、動くことが出来る。
 それに、この子が悲しそうにしているのは痛み以上に耐えられない。だから、どこまでも強がっていられる。

「……ち、でてるのに?」
「壁に突っ込んだときは痛かったわね」

 急造の適当な嘘をでっちあげる。私なりのフランを守る方法。もっと賢いやり方があるのかもしれないけど、私はこの方法しか思い付かなかった。

「……かべ?」

 腕の中のフランが首を傾げたみたいだ。私の言葉に疑問を感じている。どの程度の疑問かは分からないけれど。

「そう、部屋でちょっとはしゃぎすぎててね。壁に突っ込んじゃったのよ」
「うそつき」

 断言するような口調だったけど、白を切る。この嘘を簡単に看破させるわけにはいかない。

「どうして嘘だと思うのよ。その証拠、どこかにあるのかしら?」
「わたしにちかづくたびに、ち、でてた」
「傷が塞がりきってなかったのよ」
「……そんなかんたんに、きず、ひらいたりしない」
「外に日傘も差さずにちょっと出かけてたからねぇ。そのせいで、治癒能力が落ちてたのかもしれないわ」

 自分でも呆れるくらいにすらすらと嘘が出てくる。でもまあ、私が嘘吐きを演じるのはフランを守るときだけだ。
 そもそも、私の嘘は分かりやすいらしいし。現に、フランには見抜かれてしまっている。

 でも、別にいいのだ、それで。私がひょうきんな態度を取ることで、フランが少しでも気にしないようになってくれれば。

「……おねえさまの、ばか」
「あら、淑女たる者、そんな言葉使っちゃいけないわよ」

 ついに罵られてしまった。けど、そんなに弱々しい声で言われてもちっとも響かない。余裕をかまして、こんな事を言えてしまうくらいだ。
 まあ、馬鹿、くらいなら言われ慣れてるからねぇ。何度同じような状況で同じ事を言われたのやら。

 だから、この後フランがどうするかは容易に想像が付いた。

 私にただ抱きしめられているだけだったフランが、ぎゅっと抱きついてくる。それと同時に、力の暴走も収まる。
 ……うん、落ち着いたみたいね。

「もう、私は逃げたりしないわ。むしろ、貴女のことを守ってあげる。だから、もう、怯えなくていい。怖がらなくていい。……泣かなくても、いいのよ」

 小さな小さな背中を撫でてあげる。少しでも落ち着けるように、少しでもその身体の震えがおさまるように。

「……わたし、だれもきずつけたくない」
「それなら、貴女が誰も傷つけないようにしてみせるわ」

 そのために連れてきたのがパチェだ。
 一応弁解はしとくけど、出会った時からそうする、と決めてた訳じゃない。出会いは本当に偶然だったのだ。
 たまたまフランの魔力の暴走を抑える方法を知っていた、というだけだ。
 ……よくよく考えてみれば、私何もしてないわね。
 いや、今はこんな事を考えてる場合じゃない。フランの後ろ向きになっている感情を、出来るだけ前に向けさせてあげないと。

「だから、貴女は笑っていてちょうだい。それだけで私は救われるんだから」

 けど、私の言葉を聞いた途端、フランは泣き出してしまった。堰を切ったかのように。

 私が聞きたいのは泣き声じゃないんだけど。まあ、泣きたいだけ泣いて、落ち着いたらきっと笑ってくれることでしょう。

 そんな事を思いながら、出来る限り優しく抱きしめ、優しく背中を撫でてあげた。





 しばらくして、フランは泣き止んだ。目は充血してるし、頬もまだ濡れてるけど落ち着いてはいるようだ。

 それにしてもひどい格好ね、フランも私も。どちらも私の血で汚れてしまっている。
 ちなみに、フランに破壊された部分の治癒は終わっている。昼間に外に出られないけど、死ににくいっていうのは吸血鬼でよかった、と思える部分ね。

「ねえ、おねえさま」
「ん?」
「なんで、おねえさまは、おおきくなってるの?」

 今更そんなことを聞かれるとは思わなかった。
 でも、まあ、泣き止むまでずっと錯乱状態だったわけだから、仕方ないと言えば仕方ない事よね。

 貴女は今までの記憶を失って、身体が小さくなったのよ、ってのも面白味がない。そもそも、素直に納得してくれるかも怪しいところだ。過去のフランにとって、私にとっての今は存在しないものなのだから。
 なら、もっと手っ取り早い説明で済ましてしまおう。こっちの方が、面白そうでもあるし。

「貴女は過去からやってきたの。まあ、貴女からすれば未来にやって来た、という事になるのかしら」

 そんな嘘を仕立てあげた。

「みらい?」
「そう。私の友人がね、魔法の実験をしていたんだけど、それに失敗して貴女をこちらに呼び寄せてしまったのよ」
「そうなんだ」

 案外あっさりと信じ込まれてしまった。私の嘘はばれやすい、という触れ込みはどこへ消えてしまったのだろうか。
 まあでも、考えてみれば当たり前の事か。未来へと連れてこられた、と言われても納得できるような状況だ。容姿、記憶共に過去に戻っている状態なのだから。

 ふーん、騙すっていうのはこうすればいいのね。とはいえ、嘘を吐く力を鍛える必要なんてない。あくまで私が嘘を吐くのは、飄々とした態度を取る為なのだから。

「……あ」

 不意に、フランが声を漏らした。何かを思い出した、といった感じに。

「ん? どうかしたかしら?」
「わたし、おねえさまのともだち、きずつけちゃった。あやまらないと」
「そうね。それなら、今から謝りにいきましょうか」
「……うん」

 返事には多量の不安が込められていた。初対面の相手をいきなり傷付けたんだから、不安になるのも当然よね。向こうは、フランの事を知ってる、っていう不思議な状態ではあるけど。

「大丈夫よ。貴女は単に巻き込まれただけなんだから。まあ、許してくれないって言うんなら、私も一緒に謝ってあげる。だから、安心しなさいな」

 そう話しかけながら、フランを抱いたまま立ち上がる。小さくなったおかげでとても抱きかかえやすかった。
 怪我が治ったばかりの身体も、そこまで大きくふらつく事もなかった。この子に私が弱っていることを悟らせてはいけない。

「おねえさま、なんにもわるいことしてない」
「いいのいいの、そんな細かい事気にしない」
「……こまかくない」

 フランが何か言ってたけど、気にしないで部屋の外を目指す。『今』のフランに比べて全然押しが弱いから、難なくこちらのペースで進めていくことが出来る。

 ……私が、もっと早くに決意を固めていたら、この子は長く苦しまなくてもすんだのではないだろうか。
 そんなことを、ふと思った。





 部屋から出てパチェと向き合う。腕の傷は、魔法で治したようで血は流れ出てきていない。

「ぱちゅりー、ごめんなさい……」

 私の腕の中で、フランがしゅんとした様子で謝る。パチェと話をしやすいように、背中側から抱きかかえるようにしている。
 ちなみに、名前は部屋を出る直前に教えてあげていた。

「謝らなくてもいいわよ。貴女が巻き込まれたくて巻き込まれたわけじゃないんだから。むしろ、こちらの方が悪かったわ。突然知らない場所へと連れてきて怖がらせてしまったみたいね」

 パチェも頭を下げる。珍しく頭を下げるパチェなんて見た気がする。まあ、普段は失敗しても誰かを巻き込む事なんて無いからなんだろうけど。

 そんなことを思っていると、顔を上げたパチェがこっちに視線を向けてきた。意味が分からず首を傾げると溜め息を吐かれてしまった。
 なんなのかしら。

「……まあ、すぐに元の時代に戻す準備をしてあげるから、待っててちょうだい」
「あ……」

 フランが小さく声を漏らす。その声には、失意が入り交じっていたような気がした。

「フラン? どうかした?」
「……もうすこし、こっちのおねえさまといたい」

 私の腕をきゅっと掴む。

 ああ、そうか。過去のフランにとって、本来いるべき場所には孤独しかない。両親はどうしようもないからと見捨てて、私は怖がって自分からは近寄らなかった。
 そんな場所に帰りたい、だなんて思うはずがないわよね。
 でも、フランは帰らないといけない、と思っているんだと思う。だからこその『もうすこし』なのだろう。
 この頃から、この子はこんなにも賢明だったのね。
 そのこと想うと、自然と腕に力が入ってしまう。

「いい、よね?」

 腕の中から不安そうに見上げてくる。拒絶する理由はない。

「いいに決まっているでしょう?」

 なんならいつまでもいてもいいわよ、とは言えなかった。
 実際にこのフランが過去から来たわけではないから。けど、それ以上に正しい選択をしたフランを止める権利など私にはなかった。
 だから、私に出来るのは楽しい思い出を作ってあげる事なのだろう。私のでまかせの嘘が、嘘のままだとしても、実は真実だったのだとしても。

 ああ、でも、

「パチェ、いいわよね?」

 フランを元に戻すのは私ではない。この館でもっとも魔法の知識を持っているパチェだ。何がどういう条件で、なんていうのはさっぱりわからないから勝手な事なんて出来ない。

「ええ、いいわよ。帰りたくなったら言ってちょうだい。こっちも、準備が終わったら伝えにいくから」
「ありがとう」「ありがと」

 意図せず声は重なった。
 こう、息の合った場面があると何となく嬉しくなる。だから、少し表情が綻んでしまっているのは仕方ないことだ。

「じゃあ、パチュリー頼んだわよ」
「ええ、頼まれたわ。っと、その前に」

 そう言って、パチェが私たちの方へと指を向ける。何だろうか、と思った直後、割れたガラスの欠片が落ちるように、服に付いていた血が床に落ちた。
 パチェの服が汚れてないと思ったら、そういう事だったのね。

「何をするにしろ、汚れたままというわけにはいかないでしょう?」

 そして、今度は風が吹いた。その風が、私とフランを包み、纏わりついた血を取り払う。
 服の下にあった血の不快な感触はもう残っていない。

 その事に気分を良くしながら、フランを正面から抱き上げる。
 よく考えたら、抱き上げる必要はあるんだろうか。
 ……まあ、私がそうしたいんだし別にいいか。フランも嫌がってる感じはしないし。

「さてと、服も綺麗になったことだし行きましょうか。フラン、どこか行きたい場所はある?」
「えっと……」

 フランは私の言葉に考え込んでしまう。地下のあの部屋以外に行った事がないのだから、当たり前よね。

「ま、考えながら移動しましょうか。パチェ、ありがとね」
「どういたしまして。フラン、あんまり深く考えず、楽しむ事だけを考えていってらっしゃい」
「え……? うん。いってきます」

 フランがパチェへと小さく手を振る。パチェの姿は見えないけど、きっと振り返してあげていることだろう。





「おねえさま、みらいのわたしは、どんなせいかつをしてるの?」

 フランが最初に行きたい、と言ったのは『今』のフランの所だった。当然、会わせられるはずもなく、寝ているから、と言って諦めてもらった。
 それを聞いてフランは残念そうにしていた。けど、すぐに立ち直ってしてきたのがさっきの質問だった。

 これは、色々と聞かれそうだし、適当な場所に座って話をした方がいいみたいね。
 ちょうど、読書スペースの所まで戻って来たから、そこに座ることにしましょう。

「そうね。それなら、あそこに座って話しましょうか。聞きたいのはそれだけではないんでしょう?」

 腕の中のフランがこくりと頷く。

 よし、と頷き返して、さっきまで私が本を読んでいた場所の椅子を引いて座る。フランは私の膝の上に座らせる。今更離れる気にはなれない。
 読んでいた本はそのままにされていた。でも、今日はもう読むつもりはないから閉じておく。開きっぱなしにしてたらパチェに怒られるのよね。

「未来の貴女が、どんな生活をしているか、だったわね」
「うん」

 フランが私を見上げる。私もさらさらの金髪に覆われた頭を撫でてあげながら、興味を浮かべた紅色の瞳を見つめ返す。

「毎日飽きもせずに図書館に通って本を読んでるわ」

 パチェの影響を受けたのか、フランは力の制御が出来るようになって以来、すっかり本の虫となってしまった。小説、専門書、魔導書問わず何でも読んでいる。
 私としては外にも出て欲しいんだけれど、あの子がそれを望まないのなら強制をするつもりはない。

「えっ! へやからでてもいいのっ?」

 フランが食い付いてくる。
 ずっと、部屋に閉じ込められていたのだから、こういう反応をするのも仕方ない。だからこそ、私は一抹の寂しさを覚える。
 もう解決していることとはいえ、目の前に過去が存在しているとどうしてもそんなものを感じてしまう。

「部屋どころか、館から出たっていいのよ。でもまあ、一人で出た事は今のところないんだけれど」
「そうなんだぁ……」

 まるで信じられない、といった様子だ。どう受け止めていいのか考えあぐねているようにも見える。
 過去のフランは、外に出られる日が来るなんて一度も考えたことがないのかもしれない。

「でも、ちからをぼうそうさせること、ってないの?」
「ええ、ちゃんと自分の力を制御出来るようになってるわ」

 パチェの適切な処置のおかげだ。パチェがいなければ今もまだ、フランは誰かを傷付ける恐怖を抱えていたかもしれない。

「おねえさま、ありがとう」
「ん? 何の事かしら?」
「おねえさまのおかげ、なんでしょ?」
「……違うわよ。貴女の力の暴走を抑えたのはパチェで、私は何もしてないわ」
「……なんにも、してないの?」
「ええ……そうね。考えなしだから、何も出来なかったわ」

 自分でも卑怯な言い回しだと思う。
 何かをする気はあった。だけど、最適な方法がわからなかったからどうすることも出来なかった。
 傍から見れば、何もする気がないのと変わらない。でも、自らを擁護するように、やる気だけはあったのだと言ってしまった。

 いや、実際私は何もしないのよりも、最低だった。
 不用意にフランへと近づいて、傷付けられて、そして、フランの心を傷付けてばかりいた。
 今回のようにうまくいく事もあったけど、基本的にはフランの力の暴走の助長をしていたに過ぎないのだ。
 パチェに、心が不安定な状態だから力を暴走させている、と言われた時に気付かされた。

「そう、なんだ……」

 残念そうに、失望したように呟く。未来の私に何らかの期待を寄せてくれていたのかもしれない。
 そんな期待を裏切ってしまったことに、罪悪を感じながら私は弱々しく笑う。

「ごめんなさいね、こんなにも情けない姉で。昔と、何にも変わってないわ」

 長く生きてきて、ずっとフランの傍にいて、私は何も成長出来なかった。フランを守ると決意する事が出来ただけで、それ以外は何も変わってない。
 周りで変わってきたことはいくつもある。だけどそれは全部、パチェの力を借りて、美鈴の力を借りて、咲夜の力を借りて得たものだ。私は何にも出来ていない。他者に頼ってばかりだ。

 ほんと、私は今まで何してきたのかしらねぇ。

「そんなこと、ない……」

 今にも消え入りそうなか細い声。けど、次に聞こえてきたのははっきりとした声だった。

「わたしのしってるおねえさまと、ぜんぜんちがう。つよそうだし、やさしそうだし、たよりになりそう」

 私を肯定する言葉をいくつも投げかけてくる。でも、私にそれを受け止める権利はあるのだろうか。

「……ありがとう」

 否定をする勇気がないから、その言葉を肯定してしまう。ここで私が否定を口にしてしまえば、フランが泣いてしまうような気がした。
 本当に卑怯。

「……それに、あたま、なでてくれる」

 一瞬、手を止めてしまう。理由は私自身にもよくわからない。
 けど、すぐに再び撫で始めた。意識して先ほどよりも優しくゆっくりと。

「ええ……」

 それだけは、真実だったから頷くことが出来た。
 自信なく、頼りなく。





 片手で抱きしめて、頭を撫でてあげているとフランは眠りについてしまった。
 力を暴走させて疲れていたのかもしれない。ゆっくりと瞼を下ろして、気が付けば私に身体を預けるようにして眠っていた。

 今は、小さく寝息を立てている。よく眠っているようで、寝顔はとても穏やかだった。安心しきっているようにも見える。
 そんなフランの顔を見ながら、髪を梳くようにして頭を撫でる。一梳きごとにこちらの心も穏やかになっていってるような気がする。

 ……でも、いくら穏やかになろうとも、私は暗い気持ちを抱いたままだ。今更のようにフランに何も出来なかったことを悔いて、押しつぶされそうになっている。

「レミィ、フラン、準備終わったわよ……ってフラン、寝てるのね」

 眠っているフランを気遣ってか、最後の方は声量が落とされていた。
 フランを抱いたまま後ろに振り向いてみると、すぐ間近にパチェが立っていた。
 ここまで近付かれるまで気付かないなんて、ね。

「……ええ。それにしても、随分と早いわね」

 早くても半日くらいはかかるものだと思っていた。

「魔法のある程度の方向性が分かってれば、解呪の魔法はさほど用意に時間がかからないのよ」
「ふーん……」

 暗い気持ちを抱えたまま相槌を打つ。
 よくは分からないけど、そういうものということなんだろう。

「それにしても、暗い顔してるわね。何かあったのかしら」

 どうやら、私の暗い気持ちは顔にまで出てしまっているらしい。

「何かあった、というわけではないんだけど……」

 言うべきか、言わざるかを考えてみる。本当は、あまり口にはしたくない。
 だけど、自分一人で抱えていることも出来ず、結局唯一人の友人へと向けて口を開いていた。

「……ねえ、パチェ。私、成長できてるのかしらねぇ……」

 していない、と自分で思っておきながらもそう聞いてしまう。もしかしたら、私の気付いていないところで成長しているのではないだろうかなんて思ってしまいながら。

「出会ったときとはそんなに変わってないと思うわ。でも、レミィが聞きたいのはそう言う事じゃないんでしょう?」
「……うん」

 流石私の友人と言うだけあって、すぐに分かってくれた。もっと前、私がフランを護ると決意した時から成長できたのかどうかを知りたい。

「私は、出会う前のレミィのことなんて知るはずもないけれど、そうしてフランの頭を撫でて、抱きしめてあげていられる事が成長の証になりはしないかしらね。今のフランと同じくらいの時は出来なかったんでしょう?」
「……そう、なのかしらね」

 納得が出来ないから、歯切れの悪い言葉となる。頭を撫でるようになったのも、抱きしめてあげられるようになったのも、変化ではあると思う。だけど、果たして成長と言えるのだろうか。

「少なくとも、この館でフランを抱きしめてあげられるのは貴女だけよ?」
「……そんなの、私にはそれしかしてあげられなかった、ってだけよ。何かをしてあげたくて、思い付いたのがこれだけだった」

 無意識に両腕でフランを抱きしめて俯く。けど、力を込めることはしなかった。出来なかった。

「でも、それは、単にフランを傷付ける行為でしかなかった。この子の力で傷付けられる私を見て、この子の心は傷付いていくだけだったのよ」
「……本気でそう思ってるの?」
「ええ……」
「フランに直接そう聞いて、そう言われた事があるの?」
「……聞いた事は、ないわ」

 だって、私の唯一の心の支えであるフランに否定されるのは耐えられないから。

「はあ……」

 私の答えを聞いたパチェが盛大に溜め息を吐く。かなり呆れているようだ。
 そして、後に続いた言葉は、

「へたれ」
「ぅぐ……っ」

 痛い所を突かれて思わず変な声を漏らしてしまう。けど、パチェの放った言葉の槍はそれだけじゃなかった。

「意気地なしの臆病者」
「……」

 まるで非難するような声だった。いや実際に非難されている。パチェがここまで辛辣に言ってくるのは初めてかもしれない。
 返す言葉がなくて、フランを抱いたまま縮こまっている事しかできない。

「……はあ。どうして行動する時は迷わないのに、その結果を確認する時はそんなに及び腰なのよ」

 溜め息混じりに放たれた言葉は、心底呆れているようだった。私はいたたまれない気持ちとなってくる。
 けど、逃げようという気力も湧いてこない。

「だ、だって、怖い、じゃない」
「救いようがないわね」

 きっぱりと放たれる一言。
 そして、まさしくその通りだった。断罪されるなら、すぐにされてしまえばいいのに。

「ほら、これ、フランに掛けてあげておきなさい」

 ふわり、と私の肩に何かが乗った。触れてみると、とても柔らかい手触りが返ってきた。
 毛布のようだ。さっきまで何も持っていなかったから、魔法で取り出したのかもしれない。

「……うん、ありがと」
「どういたしまして。じゃあ、私は研究室で待ってるから、フランが戻る気になったら来てちょうだい」

 そう言って、パチェは図書館の奥へと行ってしまった。去り際の口調はいつもよりもきつかった気がした。

 フランへと毛布を掛けてあげた後、私はどうしようもないくらいに落ち込んでしまっていた。
 友人の言葉に打ちのめされ、情けない自分に嫌気が差してしまっていたせいで。





 夢を見る。
 捏造された過去の夢を見る。
 やっぱり、私は登場人物ではなく傍観者。

 幼い頃の私とフランがいた。そこには、力の暴走も恐怖も悲しみもない。
 代わりに、楽しげな雰囲気がそこにはあった。

 幼い私とフランが一緒になって遊んでいる。何をしているのかは分からない。だけど、夢だからか遊んでいる、という事だけが漠然と分かる。

 私もあの子も笑っていた。楽しそうにしていた。とても、穏やかな空気が流れていた。

 あれは、私が掴み損ねた幸せだ。
 最初から逃げていなければ、あんなふうに遊べていたのかもしれない。

 過去は遠い。どれだけ腕を伸ばそうとも、それに向かって走ろうとも、どんなに足掻こうとも届かない。
 少しずつ、確実に遠ざかっていくだけだ。そこには何の意志も働きもせず、ただ当然の摂理としてそうなる。

 だから、決して触れられない幸せすぎる過去に、私は涙した。

 現実ではなくとも、そんな過去が見れたことが嬉しくて。
 幸せな過去は、単なる幻想なのだと知っているから悲しくて。





「――えさま!」

 声が聞こえる。誰よりも慣れ親しんだ、けど幼い声が聞こえる。

 ああ、どうやら私まで眠ってしまっていたようだ。膝の上の温かさがとても心地よかったから。
 さっきの夢も、この温かさがもたらしてくれたのかもしれない。

「おねえさまっ!」

 必死に私を呼んでいる。私の身体を揺らして、悲痛さと心配を声に込めて。

「どうしたのよ、フラン」
「おねえさま! だいじょうぶっ? どこかいたいところでもあるのっ?」

 目を開いた途端、飛びかかるようにしてそんな事を聞かれた。なんだか、取り乱しているようだ。力は暴走していないみたいだけど、このままにしておくのはまずい。

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい! どうして貴女はそんなに取り乱してるのよ」
「だって、おねえさまが、ないてる、から……」

 フラン自身が泣きそうになりながらそう言う。実際、目尻には涙が浮かんでいる。

 泣いてる?

 フランの言葉が気になって自分の頬に触れてみる。そうすると、確かにその部分が冷たく濡れているのが分かった。
 その事に驚くと同時に、心当たりが一つあった。
 原因はあの夢、かしらねぇ。夢の中では泣いてたわけだし。

 とにかく、今はフランを安心させないといけない。たぶん、フランの力に傷付けられたせいで私が泣いてるんだと勘違いしている。

「大丈夫よ。貴女は何にも悪くないわ」

 そう言いながら、小さな頭を撫でてやる。

「ほんとに?」
「ええ、本当よ。どうして嘘なんて吐く必要があるのよ」
「……だって、こっちのおねえさま、うそつきだから」
「そう……ね」

 真っ直ぐなフランの紅い瞳に見付められて、胸が痛んだ気がした。『今』のフランになら嘘吐きと言われたところで、全く痛みはしないのに。
 もしかしたら、嘘が一方的か双方的なのかの違いなのかもしれない。
 私が護ろうと決意した頃から、フランも嘘を吐くようになっていたから。

 私は、いまだ疼く胸の痛みを誤魔化すように口を開く。

「でも、今回は嘘じゃないわよ。……少しね、夢を見たのよ」
「……こわい、ゆめ?」
「いいえ、幸せな夢」
「しあわせなのに、ないてたの?」

 そう聞くフランは本当に不思議そうに首を傾げていた。まだ、幸せすぎて泣く、という事を知らないのかもしれない。
 それはまだ、この子が真っ直ぐすぎるくらいに真っ直ぐであるという証。それを実感した途端、フランがとても眩しいもののように映った。

「幸せだからこそ、泣いてたのよ。……それにね、もう何をしようとも届かない幸せだったから」

 もうどうしようもないほどに遠い幸せ。
 空に瞬く星のように、決して手に届きはしない。

「どんな、ゆめだったの?」
「小さな私が小さな貴女と遊ぶ夢。貴女も私も楽しそうだったわよ」

 意識はしてなかったけれど、口から出たのはまるで第三者の視点から見てきたような言い方だった。
 でも、それは正しい。実際に私はその光景を傍観者として見ていたのだから。
 そして、深層心理でもあの幸せがどうしようもないほどに遠いものだと理解していることに気付いた。

「そうなんだ……」

 頷いた後、フランは少し顔を俯かせてしまう。落ち込んだ、と言うよりは何かを考えているようだった。

 そういえば、パチェの伝言を伝えとかないといけないわね。今、フランが元に戻りたがりたそうにしているかと言われれば、全然そうは見えないけど、伝えるだけは伝えておかないといけない。

「ねえ――」
「おねえさまっ、なら、いまからいっしょにあそぼっ!」

 声をかけようとして、羽を忙しなく動かすフランに声を被せられてしまった。けど、その事に関して何か言ったりはしない。フランが口にしたことは、私が言おうとしていた事よりも何百倍、何千倍と素晴らしい提案だったから。
 過去の埋め合わせになるとは思っていない。でも、過去のフランからこうして遊ぼう、と言われることには何か意味がある気がした。それに、どうして私がフランの誘いを断るなんて事が出来るだろうか。

「それは素敵なお誘いね。でも、何をするつもりなのかしら?」
「えっと、うーん……」

 フランが考え込んでしまう。その間に私も一緒になって考え込んでみることにする。
 二人で出来る遊びねぇ……。

 ……いくら考えても出てこないわね。
 チェスとかポーカーとかのテーブルゲームは思い浮かんだけど、そういう遊びはなんだか違う気がする。
 小さい頃に、誰かと遊ぶ事なんてなかったから、子供らしい遊びを何も知らないのだ。
 それは、フランも同じようだったようで、

「……なんにも、おもいつかない」
「私も同じくお手上げね」

 フランがしょんぼりと項垂れてしまう。そんなフランを見ていると、どうにかしないと、という気になる。
 かといって、それだけで何かが思い浮かんでくることもない。

 実際は、弾幕ごっこ、なんていうのも思い浮かんだ。けど、幼いフランに弾を当てるのは躊躇われる。殺傷能力は無いに等しいとは言え、当たれば痛いし、吹き飛ばされもする。

「しょうがない、私たちだけだと何にも思い浮かばないからパチェの知恵を借りましょうか」
「うん」

 頷いたフランを毛布ごと抱き上げて立ち上がった。

 困ったときは、パチェに聞こう。情けない話だけど、今までもそうしてきていたのだ。





「二人で遊ぶならこういうのはどうかしら?」

 研究室で本を読んでいたパチェに二人で出来る遊びはないか、と聞くとそんな言葉を返してくれるとともに、宙に魔法陣を描いた。

「魔法使いの子供がよくする遊びで、光の魔法を使って宙に落書きをするのよ」
「なんだか地味そうね」
「そうでもないわよ。慣れてくれば――」

 パチェが人差し指を振るう。そうすると、部屋の中央に巨大な光の球が現れ、その周りを、水色、金色、青色と緑色、赤色の球が飛ぶ。
 これは、太陽とその周りを回る惑星だろうか。私が知っているよりも数が少ないのは、一部だけ出せば十分だと思ったからかもしれない。
 近くを通った地球を眺めてみると、いつか見た外の本に描かれていた地球そのものだった。いくつかの大陸があり、周りを海に覆われている。かなり緻密に作られている。

 ふと、フランの横顔を見てみると、太陽と惑星の踊りに見惚れているみたいだった。瞳をきらきらと輝やかせ、腕の中で羽が揺れているのがわかる。
 こういう反応をするフランを見るのは初めてかもしれない。『今』のフランはすごく落ち着いているから、興味を持つことはあってもここまで露骨な反応を示すことはない。

「――こうして、天体儀を作ることも出来るようになるわ。レミィとフランの魔力量ならここまで精巧には出来なくとも、十分遊べる程度にはなるんじゃないかしら」
「ふーん。それで、どうすれば私たちにも使えるようになるのかしら?」

 楽しめそう、というのは分かった。けど、その為に本を読んで呪文を唱えろ、なんて事まではしたくない。

「とりあえず、フランを床に降ろしてあげてちょうだい」

 何をするつもりなのかは分からないけど、言われたとおりにフランを床に降ろす。

「それから、二人とも、私の手を握って」

 パチェが私たちへと向けて、両手を差し出してきた。フランの身長に合わせるためにしゃがんでいるから、私もしゃがむこととなる。
 私は右手を、フランは左手を握った。

「そうしたら、もう片方の手を適当な方向に向けてちょうだい」

 何か考えを挟むことなく、言葉に従う。私は右手を横へ伸ばし、フランは左手を横へ伸ばした。
 離れて見たら変な光景になっていそうだ。まあ、この場には私たち以外には誰もいないんだけれど。
 だから、気にしないことにする。

「後は、自分の手を見ながら魔力でも感じててちょうだい」

 言われて、自分の右手の甲を見る。それから、魔力の流れに意識を集中させる。フランの魔力が暴走したらすぐに分かるように鍛えたから魔力の流れを感じるのは得意だ。
 と、不意に自分の中の魔力が流されたのがわかった。それからほとんど間髪入れずに手から光の球が現れた。けど、直後には霧散してしまう。

「これで分かったかしら?」

 さっきの魔力の流れを真似してみる。そうすると、さっきよりは小さいけど、光の球が出てきた。
 魔法って、こんなに簡単に教えられるものなのねぇ。

「ねえ、パチェ。なんか他にも面白い魔法、教えてもらえないかしら?」
「別にいいけど、さっきみたいな教え方は無理よ。その魔法、ほんとに魔法の初心者にとりあえず魔力の使い方を教えるための魔法なんだから」
「ふーん、そう。ならいいわ」

 今は、早くフランと遊んであげたい気分なのだ。魔導書と向き合っているつもりはない。

「フラン、広い所に行きましょう。パチェ、ありがとう」
「ありがとっ、ぱちゅりー」
「どういたしまして。まあ、楽しんでらっしゃい」

 そう言って、パチェは再び読書を始めた。

 さてと、それでは私たちは遊びに行きましょうか。





 私たちは、いくつかあるうちの広間へとやってきた。広めで一番天井の高い部屋を選んだからキャンバスに困ることはないだろう。

 けど、それ以前に初めて使う魔法だから、最初はそれほど広範囲に展開させるような事は出来なかった。
 だから、私はつまらないと思っていた。けど、隣でフランが確実に上達していってるのがなんとなく悔しくて、私も頑張った。

 そのおかげで、ある程度は自由に使えるようになった。弾幕を撃つときと同じ感覚ですればいい、と気付けばさほど難しいことではなかった。
 ただまあ、少々問題もあるのだけれど。

「おねえさまっ、みてみて!」

 フランが、七色の光の球を降らせる。まるで、星が降ってきているようにも見える。
 部屋の中が鮮やかな七色に照らされる。館の紅もこの時ばかりは鳴りを潜めていた。
 色彩豊かな世界の中で、フランは心の底から楽しそうにはしゃいでいる。あそこまで楽しんでいるのを見てしまうと、勝ち負けなんてどうでもよくなってくる。
 私も心の底から楽しまないといけない、と思えてくる。

 だから、私もやりたいようにやる。

 七色の星が降り注ぐ空間に、赤色の蝙蝠を飛ばす。
 一匹二匹と増えていき、四匹八匹ととどまりを見せず、十六、三十二でようやく増加が止まる。飛ばしすぎても見かけが悪くなるだけだ。
 七色の星降る夜空の下、赤色の蝙蝠を飛び交わせる。
 本当は黒色にしたいのだけれど、私の魔力自体に色が付いてるんじゃないだろうか、と疑ってしまうくらいに赤色しかでてこない。弾幕ごっこで赤い弾ばかり撃ってた弊害だろうか。
 まあ、好きな色だから別にいいけど。

「わ、すごい!」

 手を叩きながら喜ぶ。かと思っていると、不意に宙へ浮かんで、赤色の蝙蝠たちと宙を舞う。

 ひらり、くるり。
 楽しそうに笑いながら、部屋の中を自由に飛ぶ。そうしながら、フランは光をばらまく。
 それは、まるで雪のようにゆっくりと降ってくる。絨毯に触れると、すっ、と消えてしまう。

 部屋の中を舞うフランの様子を見ていると、こちらも自然と笑顔になってくる。掴めなかったはずの幸せがすぐ傍まで来ているような、そんな気がする。

「おねえさま! いっしょに、おどろっ!」

 私の前まで降りてきたフランが、私へと向けて右手を差し出していた。相変わらず、その顔に浮かんでいるのは笑顔。
 でも、間近で見るからか、さっきまでよりも何倍も魅力的で、何十倍も素敵な笑顔だった。

 ……そうだったわね。私の掴めなかった幸せは、幼いフランと遊んであげられなかった事だった。
 だったら、掴もうじゃないか。すぐ傍まで来ている幸せを。
 今こそフランに何かをしてあげようじゃないか。今まで何もしてあげられなかったんだから。

「ええ、喜んで」

 私は手を伸ばして、目の前にある幸せを掴み取った。
 それは小さかったけれど、確かな温かさと柔らかさとを返してくれた。


 手を取り合って、七色と赤色の蝙蝠が飛び交う世界を舞う。
 踊りの作法なんてものは無視する。いや、もともとフランも私もそんなもの知らない。知っていたら、遊びの候補として挙がっていたはずだ。あの場の雰囲気だからこそ思い浮かんできた事だった。
 暗黙の了解として、繋いだ手は決して離さない。それ以外は、お互いがお互いの動きに合わせて踊りたいように踊る。

 フランがスカートを翻しながら、私と繋いだ手を軸にしてその場でくるりくるりと回る。その際、光の粒子も共に舞う。

 それが終わると、私はフランと手を繋いだまま遠心力に任せて共に回る。
 七色と赤色とが線へと変わり交じり合う世界の中、フランの顔だけははっきりと映っている。
 まるで世界には二人だけしかいないような、そんなふうに感じる。
 だけど、そんなことを感じるようならまだまだだと思いながら、回る向きを逆にする。
 一瞬、フランは驚いたような表情を浮かべるけれど、しっかりと付いて来てくれた。

 そして、世界の姿が一変する。
 フランのばらまく光の粒子の密度が高くなる。まるで、宝石箱の中に入ってしまったかのような景色となる。七色が混じり合う。だけど、溶け合わない。だから、いつまでも七色のままだ。
 私は、天に紅い月を浮かべる。七色の世界の中、私たちだけが紅色で彩られる。

 今、私たちは自分たちの周りを好きなように染めることが出来る。二人でそれが出来ることが、面白くて、嬉しくて、この世界を終わらせる事なんて考えられなかった。
 だから、飽くことなくいつまでもいつまでも、二人で彩る世界を舞い続けた。

 手を繋いだまま、くるりくるりと。
 光をばらまいて、きらりきらりと。





 どれほどの時間が経ったのかは分からない。私もフランも魔力を使い果たすまで光をばらまき、世界を彩りながら踊り続けた。
 体力も魔力も枯渇していたけれど、確かな充足感はあった。今眠れば、素直な気持ちで幸せな夢を見られるかもしれない。

 実際、踊り終えて、たのしかった、と言ったきり眠ってしまったフランは幸せそうな寝顔を浮かべている。
 そんな寝顔を見ながら、私は広間の壁に寄りかかっている。毛布を取ってきてあげたいんだけれど、そんな元気は残っていない。
 それだけでなく、胸の内にある温かさと暖かさが私に眠気を与えてくれている。

 フランの頭を撫でてあげている手も次第に、動きを鈍らせていき、

 ついに、止まってしまった。





 夢は見ない。

 ただ、幸福感だけが私を包み込んでいた。





 目覚めは今までにないくらいに穏やかなものだった。

「あ、おはよう、おねえさま」
「ん、おはよう、フラン」

 真っ先に視界に入ってきたのは、どこか嬉しそうに私の顔をのぞき込んできているフランの顔だった。何を嬉しがっているのかはよく分からないけど、私は無意識的に頭を撫でていた。
 このフランになってから頭を撫でてばかりな気がする。

「おねえさま、すっごくしあわせそうにねてた。……わたしとあそべて、たのしかったの?」 
「そうね、楽しくて、幸せだったわ」

 自然と笑顔が浮かんでくるのを感じながら答えた。あれほど、楽しさと幸せさが同居するような事はないと思う。

「そっか、よかった……」

 安心したように、綺麗な笑顔を浮かべる。

「よかった?」
「うん。おねえさま、ちょっとかなしそうだったから」

 頷いたかと思うと、不意に身体を預けてきた。頭を撫でていた手が止まってしまう。

「おねえさまが、なにもしてないなんて、うそだよ。わたしはしんじてる。みらいのおねえさまは、きっとなにかをしてくれたんだ、って」
「……」
「もし、なにかしっぱいして、なにもしてない、っていうなら、わたしは、ゆるしてあげるよ? だから、みらいのわたしも、ゆるしてあげるはずだよ」
「……そう、かしらね」
「うん、ぜったいにそう」

 弱気な私の背中を押すように、フランは強くそう言ってくれた。
 ……本当、情けないわね。幼いフランに後押しされてしまうなんて。

 けれど、次の言葉は湿り気を帯びていた。

「……だから、わたしはわたしのみらいのおねえさまをゆるすために、かえるね」
「……ええ」

 過去のフランと別れたくない、と思っている自分がいる。
 どうしてだろうか。フランが元に戻るのだから、喜ぶべきなのに。

「……さいごに、ぎゅっ、ってして。そうしてくれたら、おねえさまが、いつかそうしてくれるんだ、ってしんじて、たえられる、から……」

 最後の方の声は掠れてしまっていた。私と別れたくないんだ、というのが痛いほどに伝わってくる。
 私は、何も言わずにフランを抱きしめていた。強く強く。だけど、壊してしまわない程度に優しく。

「……ありがとう、フラン」

 貴女のおかげで、少しは自分に自信が持てそうになった。
 自分の行動の結果を知る勇気を持てた。

「……わたし、こそ、ありが、とう、おねえ、さ、ま――」

 後に続いたのは、抑えきれなくなった慟哭の声だった。
 私の心に直接響いて、痛みを与えてくる。

 今更ながらに、過去からやってきた、だなんて嘘を吐いてしまった事に罪悪感を覚える。
 本当の事を知っていれば、別れる事に不安を覚えることは無かったはずなのだから。

 もう、嘘は吐かないようにしよう。
 そんな事を、私は誓った。





「それじゃあ、元に戻すわよ。フラン、今の間だからこそ言っておきたい事はないかしら?」
「ううん、ないよ」
「そう、分かったわ」

 パチェが魔法陣の中心に立つフランへと確認を済ませる。フランの顔には不安も涙も浮かんでいない。

 流石に、あのままというのも非常に悪い気がしたから泣き止んだ後に、本当の事を話した。
 最初はよく分かっていなかったみたいだけど、なんとか理解はしてくれた。直後に涙を流して怒りながら、抱きついてきた。
 その間、何度謝ったか分からない。
 無駄に不安にさせて、ごめんなさい……。

 落ち着いた後は、真っ直ぐにパチェの研究室を目指した。フランが元に戻った時に言いたいことがあるそうだ。
 何を言うかは分からないけど、何についてを言うかは分かったから、私の足は重くなっていた。

 フラン自身が背中を押してくれてはいたけど、やっぱり怖いものは怖かった。
 正直、フランが元に戻ろうとしている今この時も、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。けど、逃げられない事も知っているから逃げないでこの場に残っている。

 そうやって、私が一人葛藤している間に最後の準備も終わったようでパチェがフランから離れる。そして、呪文の詠唱を始める。
 その間にフランがこっちを見て笑顔を浮かべたけど、多分私は微妙な表情を返したんだと思う。フランが困ったような顔をしていた。
 自分でも情けないと思うけど、どうしようもないのだ。
 せっかくフランから勇気を貰ったのに、情けなさすぎるとは思うけど。

 と、魔法陣から光が溢れ、フランを覆っていき視界の中から消えてしまう。
 これで、過去のフランとはお別れだ。さっきまで情けない気持ちになっていたけど、寂寥感が芽生えてくる。
 最初から本当の事を話していたとしてこの感情を抱くことはあったのだろうか。
 ……まあ、考えるだけ無駄ね。

 そして、強かった光が徐々に収まっていく。フランの輪郭が見えてくる。

「お姉様。ただいま、かな?」
「……ええ、おかえりなさい」

 光が消えて部屋の中心に立っていたのは元に戻ったフランだった。服も一緒に元のサイズに戻っている。

 そんな事より、私の心はすでにこの場から逃げ出そうとしていた。なんとか、身体の方で押さえつけているけれど。

「じゃあ、私はいつのもの場所で本を読んでるわね」
「あっ! ちょっと!」

 部屋から出ようとしたパチェを思わず呼び止めてしまう。

「何よ。私がいようといまいと何も変わらないでしょう?」
「う、うん、そうね。呼び止めて悪かったわね」

 反射的に呼び止めたから私自身何で呼び止めたのか分からない。

「まあ、このまま去るのも忍びないから、友人として一つだけ助言を残しといてあげるわ。……そんなに固くなってないで、肩の力を抜いて聞いてなさいな」

 私が何かを言い返す前に部屋から出ていってしまった。追いかける、わけにはいかないのよね。
 覚悟を決めて、フランの方へと向き直る。

「お姉様、表情がすっごく固くなってるよ」

 フランが呆れたように苦笑を浮かべながら近付いてくる。過去のフランでは決して浮かべることの無かった表情だ。

 いや、そんなこと言われたってねぇ。

「じゃあ、率直に言うよ」

 フランのその言葉に私は身構えてしまう。どんな事を言われてもせめて無様な姿を見せないように、と。

「お姉様は、何もしてないなんて事はないよ。失敗なんかもしてない。……む、それは信じてないって顔だね」

 私の顔を見て、少々不機嫌そうな表情を浮かべる。私がフランの言葉を疑っているのが心外なようだ。

 でも、それからしょうがないなぁ、といった風に苦笑してゆっくりと目を閉じる。右手を胸の辺りに当てて、自分の想いを確かめるようにしながら言葉を紡ぐ。

「確かに、お姉様を傷付ける度に私も傷付いてたよ。でも、私のためにこんなに頑張ってくれてる人がいるんだって事も分かって、とっても嬉しかった。だから、私は壊れないでいられた。自分を保っていられた。……私は、お姉様に生かされてきたんだよ。だから、お姉様は自分のしたことに自信を持ってよ。お姉様がそんなのだと、私がどうしていいのか分かんなくなるから」
「……フラン」

 フランが寂しそうに微笑む。その表情を見て、私は思わず名前を呼んでしまっていた。
 流石に今の言葉はフランの心からの言葉だと分かった。

「……その、ごめんなさい」
「謝らないでよ。それもそれで、困るから」
「そう、ね。……ありがとう」
「うん、どういたしまして。それと、私こそありがと」

 ふわりと笑顔を浮かべてくれた。その事が、とても嬉しかった。
 悩んでなんかいないで、素直にこの子の笑顔を見られる事を喜んでおけば良かったんだと気付いた。今までのように。
 ……昔の事を思い出して、後ろ向きになりすぎていたようだ。

「……みっともない所を見せてしまったわね」
「全く持ってそうだよ。最初に私を抱きしめてくれたときは格好よかったのに、その後からどんどん情けなくなっていくばっかりだったよ。見てた私は不安になるばっかりだし」

 フランが溜め息混じりにそう言う。
 あの時の自分を思い返して、恥ずかしくなってしまう。ここから逃げ出さないのは、せめてもの意地だ。

「……でも、お姉様と一緒に遊んでるときは楽しかったよ。今の私には出来ないくらいに全力で遊べた。一緒に楽しんでるお姉様の顔を見ながら、これが幸せなんだなぁ、って思えた」

 不意に、フランの両目から涙が溢れてくる。本当に自然に流れ出てきていた。
 だから、しばらくの間、フランは気付かなかった。

「あ、あれ? なんで私、泣いてるんだろ」

 私に数秒見つめられてようやく気付いたようだ。不思議そうにしながら涙を拭う。

「幸せな記憶を思い出してるからじゃないかしら」
「そう、なのかな? 思い出、って言ってもついさっきの事なのに……。だめだ、全然止まんないや」

 何度も何度も目をこすりながら、困ったように笑う。少し恥ずかしそうにも見えた。

「別に無理して止める必要なんてないんじゃない? 悲しかったり、辛かったりするわけじゃないんでしょう?」
「うん。……こんなにも幸せな気持ちを抱いたまま思い出せる事があるなんて、すごく新鮮」

 しみじみと言う。

「へたれてるお姉様を見てて、どうしようか、って思ってた気持ちもどこかにいったよ」
「うぐ……っ!」

 完全に不意打ちをされて、情けない声が漏れた。
 そんな私を見て、フランがくすくす、と笑う。いまだに、涙を流したまま。

 ……まあ、フランが幸せそうなら、笑い者にされてもいいかしらね。
 世界で一番綺麗で素敵な笑顔を見ながら、そんなことを思うのだった。


Fin



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