「ねえ、パチュリー、お姉様は何を貰ったら喜ぶかな?」

 いつものようにパチュリーの図書館に行って向かい側の席に座るパチュリーにそんなことを聞いた。
 いつもなら魔法の事なんかを聞くんだけど、今日は特別。

「とりあえず、暇はいらない、って言ってたわね」

 パチュリーが本から顔を上げないまま答える。
 多分、何も考えないで反射的に答えてるんだと思う。私が望んでる答えと全っ然違う。

「むぅ、真面目に答えてよ」
「ん、ああ、ごめんなさい。そう言えばレミィがクリスマスをする、って言ってたわね。それ関連の事よね」
「うん、そう」

 顔を上げるとすぐに私が求めている質問の意図を理解してくれた。最初っからそうしてくれれば良かったのに。
 本を読みながら他人の話を聞くのはダメだと思う。

パチュリーは私の質問に答えるためか本に栞を挟んで考え込む。これは、ちょっと待つことになるかな、と思ったけど存外に早かった。

「特に具体的な物とかは聞いたことがないから、フランの思いついた物でいいんじゃないかしら? 多分、レミィなら何でも喜ぶと思うわよ」
「ほんとに?」

 首を傾げてそう聞き返す。お姉様の事だから凄い物でも用意しないといけないと思ってたんだけど、本当に何でも良いんだろうか。ちょっと信じられない。

「ええ、ほんと。大好きな妹から何かを貰って喜ばない姉なんていないわよ」
「むー、そっか」

 お姉様の一番の友達がそう言うんだから偽りなんてないよね。

 それなら何をあげようかなー。

 …………あれ? 何でもいい、って言われたけどいざ考えてみると何も思い浮かばない。
 がんばれー、私の頭。いくら、今まで誰かに何かをあげたことがないとはいえお姉様へのプレゼントなんだからちゃんと考えないと。

 自分の額に指を当てて考えてみる。
 目も瞑ってみたりする。
 しまいには、「う゛ー」と唸り声のようなものまで出してしまう。
 けど、どう頑張っても思い浮かばなかった。

「うあ〜、ダメだ。何でもいい、って言われてもわかんないよ。ねえ、パチュリー、何か良い案ない?」

 ヒトリで考えてても思い浮かびそうにないからパチュリーに助けを求めた。
 こういうときのパチュリーは明確な答えをくれないけど、的確なヒントはくれるんだよね。

「んー、そうね……。そう言えば、魔理沙が魔法の森の入口近くに香霖堂っていう古道具屋がある、とか言ってたわね」
「古い物しか置いてないの?」

 古道具、ってことは言葉のまんまの意味だとすると古い物、ってことだよね。
 年代物のテーブルとかクローゼットとかかなぁ。むー、でもプレゼントには向かないような気がする。
 あー、でも紅い物ならお姉様も喜んでくれそう。私と同じでお姉様も紅色が好きだからね。

「そうでもないらしいわよ。店主の趣味で日用品、マジックアイテム、外の世界から流れてきた物、と色々置いてあるらしいわよ」
「じゃあ、そこにお姉様へのプレゼントがあるのかな?」

 期待で羽がパタパタ。感情が表に出やすい、なんてパチュリーによく言われるとそんなこと気にしない。
 何と言ったって今、大切なのはお姉様へのプレゼントだから!

「かもしれないわね」
「よしっ、じゃあ早速行ってくる!」

 するべきことが決まればここに居る理由もない。私は椅子から立ち上がって一直線に図書館の出口を目指そうとする。善は急げ、だ。

「ちょっと待ちなさい」

 けど、立ち上がった所でパチュリーに呼び止められた。
 このまま飛び出したいのを堪えて振り返る。

「ん。何?」

 言い忘れたことでもあるのかな?

「道具屋、ということはお金、もしくはそれに順ずる物が必要でしょう?」
「そうなの?」

 そーいえば、本で読んだことがある。買い物をするにはお金、っていうコインが必要なことを。

「ええ、そうなのよ」
「じゃあ、パチュリーはお金、持ってるの?」
「残念ながら持ってないわ」

 ……えっ? じゃあ―――

「けど、代わりの手段はきっちり用意してあるわよ」

 あぁ、びっくりした。今の今までお金なんて気にしたことのなかった私がお金を持ってるはずなんてない。
 危うく、パチュリーの出した提案が無駄になってしまう所だった。

 ん?でも―――

「……手段? 盗むの?」

 これも本からの知識だけど、お金がないけど、欲しい物があるって言う人は勝手に物を持ち出してる。いわゆる盗む、という手段に出ているのだ。

 盗むのが悪いことだっていうのは知ってる。私も自分の物が誰かに勝手に持っていかれるのなんて嫌だ。まあ、盗られるような物なんてあんまり持ってないんだけど。

 パチュリー、何度も魔理沙に本を盗まれちゃってるから毒されちゃったのかな?

「さすがにあれと同じようなことはしないわ」

 なーんだ、よかった。パチュリーが悪人になっちゃうのかと思ったよ。

「まあ、とりあえず私も付いていくわ」
「うん。じゃあ、早く行こ!」

 私はパチュリーの手を握って、そのまま引っ張る。

「ちょ、ちょっと、フラン、待って!」

 パチュリーが慌てたような声を出して私を止めた。振り返ってみると、転びそうになった所を魔法で自分の身体を支えているのが見えた。

「あ、ごめん。パチュリー」

 私は咄嗟にパチュリーの手を放して謝った。

「フラン、貴女はもう少し落ち着くようにした方がいいわよ」
「うん……」

 パチュリーの戒めの言葉に私は顔を俯かせてしまう。
 こうやって後先考えずに動いてしまうのは私の悪い癖だ。直さないと、直さないと、って思うんだけど、どうしても身体の方が先に動いてしまう。

 パチュリーが怒ってないのはわかる。けど、だからこそ余計に私は自分の浅はかさに嫌気がさしてしまう。

「あー、そんなに落ち込まなくてもいいわよ。貴女はちゃんと反省することが出来るんだから」
「……」

 パチュリーが私の頭を撫でてくれる。けど、私は顔を上げる事が出来ない。

「ほら、そんなに落ち込んでたら良い物も見つけられなくなるわよ。レミィを喜ばせるんでしょう?」
「うんっ……。そうだね。お姉様の為にも落ち込んでる場合なんかじゃないよね」

 私は顔を上げて、頷いた。そうだ、落ち込んでる場合なんかじゃない。お姉様の為にプレゼントを探さないといけないんだ。
 我ながら単純だなぁ、とは思うけど、仕方がない。それで、やる気が出てくるのだから。

パチュリーにやってしまったことは今後、同じことをしないように気を付ければいい。きっと、いや、絶対に私のこの悪い癖は直す。

 決意を固めながらパチュリーの手をもう一度握る。今度は引っ張らない。そうやって心の中で強く思いながら。

「それじゃあ、パチュリー。行こう!」
「ええ」

 私が笑顔を向けると、パチュリーが無表情のまま頷き返してくれた。うーん、ここで微笑みの一つでも浮かべればいいのに。

「でも、少し待ってちょうだい」

 パチュリーは本棚の森の中で作業をしているこあの方へと視線を向けた。ああ、気持ちばっかりが先走っていてこあの事を忘れてしまっていた。

「こあ、私は出掛けてくるけど、留守番、頼んだわよ」
「はい、わかりましたー。……パチュリー様、私へのプレゼントも期待してますね」
「覚えていたらね」
「そう言いながらもちゃんと用意して下さってるパチュリー様が私は大好きですよ」

 こあは笑顔でそう言い切った。何処からあんな自信が出てくるんだろうか。
 ただただ、パチュリーの事を本当に信頼してるんだなぁ、って思う。

「あんまり期待してると私が何も用意してなかったときに泣くことになるわよ」
「ふふー、ならその時はパチュリー様を頂くまでです」
「それは怖いわね。……じゃあ、問題を起こすんじゃないわよ」

 こあが何とも言えない妙な笑みを浮かべている。今まで何度もあの笑顔を見てきたけどどういった種類の笑みなのかはよくわからない。

「大丈夫ですよ。パチュリー様がいない限りは」

 パチュリーはこあの言葉に何も答えないで私の手を引いた。

 いっつも思うけどこのフタリのやり取りは何だか難解だ。
 いつかわかる時が来るのかな?





「咲夜、フランには何をあげたら喜ぶかしらね」

 いつものように自室の椅子に座って咲夜の淹れた紅茶を飲んでいた私は後ろに立っているはずの従者へとそう問いかける。

「クリスマスプレゼントのお話ですか?」

 しっかりと後ろから返事が返ってきた。それに、ちゃんと私の質問の裏まで読んでくれている。まあ、今私がこんな話題を出した時点でそれしかないんだけれど。

「そ。今まで何もあげてこなかったから、絶対にあの子を喜ばせるような物をあげたいわ」

 パチェから話を聞いてクリスマスパーティを開く、なんて言ったが本当の目的はフランにプレゼントをするためだ。
 聖者の誕生日? 私には関係のないことだ。

 ずっと、あの子を地下に入れているだけで姉らしいことは何もしてあげられなかった。けれど、幻想郷に来てからはフランも落ち着いてきて外にも出せてあげるようになった。そろそろ、ちゃんとした姉らしいことをしてあげなければいけない。

「お嬢様が用意した物なら何であろうと喜ぶと思いますよ。フランお嬢様はレミリアお嬢様のことが大好きなのですから」
「……ほんとに、そうかしらね」

 咲夜はそう言うがやっぱり不安だ。

 当然、私はフランの事が好きだ。
 私の右腕とも言える咲夜よりも、友人のパチェよりもずっとずっと大切だと想っている。

 けど、フランはどうなのだろうか。
 いつもは私にも笑顔を見せてくれてはいるけど、心の底では地下室に閉じ込めているだけだった私を嫌っているのではないだろうか。

「嘘なんて言いませんわ。レミリアお嬢様のことについて話すフランお嬢様は本当に楽しそうですよ」
「そう……」

 咲夜の言葉を聞いて、不安が無くなったわけではないけど、少しだけ微笑みが浮かんでくる。
 咲夜は絶対に私に嘘をつかない、という信頼がそうさせるのだ。

「ま、考えていたって仕方がないわね。咲夜、人間の里に行くから案内しなさい」

 うだうだ考えるなんてのは私らしくない。どうしても考えてしまうなら行動あるのみだ。
 人間の里にならプレゼントに出来そうな物もあるのかしらねぇ?

「畏まりましたお嬢様」

 咲夜が恭しく声を返してくれる。
 その間に私は咲夜の淹れた紅茶を飲みほしてしまう。咲夜の紅茶を残すなんて罰当たりだわ。

 ふぅ、今日も美味しかった。

 空になったカップをテーブルに置くと、直後にその姿が見えなくなった。私が出掛けると言ったからって急ぎすぎじゃないかしら。
 でも、まあ、私の心情を察してくれたのだろう。

「お嬢様、外は寒いです。防寒具の方を」
「ん、ありがとう」

 咲夜がコートとマフラー、それに手袋を順々に渡してくれる。

 私は椅子から立ち上がってそれらを身につけていく。
 動きにくくなるからこういうのはあまり好きじゃないんだけど、寒いのを我慢するのに比べたらねぇ。

 パチェみたいに魔法で暖めれれば良いんでしょうけど、生憎あの手の魔法は苦手だ。

「では、行きましょう。咲夜」

 最後に手袋をはめて咲夜にそう声をかけた。





「わぁ〜、物がいっぱいあるね!」

 『香霖堂』と書いてある看板のぶら下がった建物の中に入って私が真っ先に漏らしたのはそんな言葉だった。
 見慣れない物がたっくさん置いてある! こんなに物がたくさん置いてあるのを見るのは初めてだ。

「いらっしゃい。君たちは見慣れない顔だね」

 奥から声が聞こえてきた。視線を向けてみると雑多な物の中に埋もれるようにしてあるカウンターの向こう側に男の人がいた。眼鏡越しの瞳がこっちに向いている。

「始めまして! 私はね、フランドール、って言うんだよ。今日はプレゼントを探しに来たんだ!」

 私はたくさん物が置いてあるのを見た興奮をそのたままに私はその人の所まで走り寄った。挨拶は大切だよね。

「フランドール? ……ああ、紅魔館の主の妹君か」
「あれ? 私の事知ってるの?」

 これは意外。私の見たことない人が私の事を知ってるなんて。

「まあね。君の所の従者がここに来た時に魔理沙たちが丁度来ていてね。その時の世間話の中に君の話もあったんだ」
「そうなんだ」

 ふむふむ、と頷く。自分の知らない所で自分の事について話されていた、ってなんか変な感じ。

「そういえば、貴方の名前は? まだ聞いてない」

 そんなことよりも、私が名乗ったのにこの男の人だけ名乗らない、なんていうのは不公平だ。だから、私は名前を聞いてみる。

「ああ、そう言えば、まだ名乗ってなかったね。僕は森近 霖之助。この『香霖堂』の店主をやってる」
「霖之助だね。よろしく!」
「ああ、よろしく」

 私が笑顔を浮かべると霖之助が微笑みを返してくれた。んん、私に対する第一印象は良い感じかな?
 パチュリーが言ってたけど、第一印象、っていうのは大切だよね。

 よし、自己紹介も終わったことだし、早速目的であるお姉様へのプレゼント探しをしよう!
 その前に、情報収集、っと。調べられることは出来るだけ調べとかないと。

「ねえ、霖之助。プレゼントにするのに良い物って何か置いてないかな」
「さあ。僕はプレゼントなんてしないから何が良いのかなんてわからないな。まあ、好きに店の中を見ていってよ」
「うん、そうする!」

 特に情報は得られなかった。ま、別にいっか。それなら私なりに勧めるだけだ。

 というわけで、今度こそプレゼント探し開始!
 最初はあの辺から見てみよう、っと。

 棚にたくさんの物が置いてあるのが見える。何か、よさそうな物はないかなぁ。

 んー? なんだろこの長方形型の物体は。
 あ、引っ張ると開いた。

 上側は真っ黒で下側にはなんか数字が書いてあるみたいだ。さっぱり意味がわからない。
 とりあえず戻しとこ。

 半分に折りたたんでもとあった棚に戻しておいた。
 その時、隣にあった物へと視線が向かう。

 おお? これまた奇妙な物が。
 全体的に丸みを帯びてる。叩いてみると軽い音が返ってくる。
 突起になっている金属の部分を引っ張ってみると伸びた。
 そして、今度は上から押してみるとそのまま縮んだ。

 わぁ、面白い!

 ……でも、何回もやってると飽きるなぁ。
 とりあえず、これもプレゼントじゃないなぁ。

「で、君はなんて言うんだい?」

 霖之助がパチュリーに名前を尋ねてるのが聞こえてくる。あっちはあっちで自己紹介をしているみたいだ。
 私がプレゼントを見つけるまでは手持ち無沙汰だろうしねぇ。

 ん?
 私は雑多に置かれた物の中に小さな四角い箱を見つけた。
 あれは、本で見たことがある。本の通りなら―――

 私はその箱を手に取ってみる。思ったよりも重さがある。でも、箱自体に重さがある可能性もあるから中身が入っている、とは言い切れない。
 だったら、中身を確認してみればいい。

 私はゆっくりと箱を開けてみる。私の読んだ本の通り、箱の一部分だけが持ち上がる。

 そして、中にあったのは―――

 本に書いてあった通り、一つの指輪だった。

 しかも、なんとも丁度いいことに埋められている宝石の色は紅色。お姉様の好きな色だ。

 うん。プレゼントはこれしかない。

 プレゼントが決まった、と思うと何だかとっても嬉しくて気が付けば私の羽は揺れていた。あちこちにぶつかってるけど気にしない。

「パチュリー、霖之助! これなんかどうかな!」

 嬉しすぎて二人の所に戻るときに少し走ってしまった。

「……箱?」

 パチュリーが私の手の中にある物を見て首を傾げた。なんでそこに注目するのっ?

「違うよ。ほら、これ、指輪!」

 外見しか気にしないパチュリーに内面を見せてあげる。人を外見で判断しちゃいけない、って本にあったけど、それは物も同じだと思う。

「へぇ、良い指輪ね。マジックアイテムに改造しやすそう」
「ダメだよ。お姉様にあげるものなんだから変なことしないでよ」

 私は指輪を守るようにしてパチュリーの視線から隠す。パチュリーのことだから滅多に変な物は作らないと思うけど、時々変なことするからねぇ。例えば、紅魔館のお花畑のお花の色を弄くって魔方陣っぽいものを描いたりとか。

「大丈夫よ。そんなことはしたりしないわ。……それで、プレゼントはそれにするのかしら?」
「うんっ」

 とりあえず妙な細工はされないみたいだ、と一安心しながら頷く。
 ちょっと声が弾んでしまったのは、このプレゼントなら絶対にお姉様が喜んでくれると思ったから。やっぱり、私は感情が表に出やすいみたいだ。でも、お姉様の反応が楽しみなのは本当なんだからしょうがない。

「じゃあ、霖之助。フランの持っているあれを買わせてもらうわ。……ただ、残念なことに私たちはお金を持っていないのよね」
「は……? なら、どうするつもりなんだい?」

 霖之助がパチュリーに警戒するような視線を向ける。多分、盗むんだと思ってるんだろうなぁ。

 パチュリーはそんな視線に怯えた様子も見せない。いっつも思うけどパチュリーの持ってる余裕ってすごいと思う。お姉様よりも堂々としてるんじゃないかな。

 それよりも、別の手段を用意してる、って言ってたけど何をするつもりなんだろう。

「お金以外の物で払わせてもらうわ。別に良いわよね?」
「まあ、僕が納得できる形でなら別に構わないけど」
「そう。なら、ちょっと待ってくれるかしら。フランもそこで待っててちょうだい」

 返事も待たないでパチュリーはお店の出口へと向かっていく。えっ、何処行くの?
 反射的にパチュリーを追いかけようとしたけど、流石に商品を持ったまま追いかけるのはダメだろうなぁ、と思って立ち止まる。

 パチュリー、何を考えてるんだろう。
 何となしに霖之助の方に顔を向けてみたら向こうも丁度こっちを向いていた。霖之助もパチュリーの行動に戸惑ってるみたいだ。

 まあ、とりあえず、パチュリーが戻ってくるまで待ってようか。



 外から戻ってきたパチュリーが持ってきたのは拳一個よりも少し大きいくらいの透明な球だった。

「お待たせ。これと交換でもいいかしら?」

 カウンターの上にその球を乗せる。下の面が平らになってるみたいで転がることは無かった。

「ガラス玉? ん〜、でもちょっと輝きが違うなぁ」

 覗き込んでそんな事を言う。

 ……あ。あれだ。水晶玉かな? 本とかで占い師がよく使ってるやつ。

 霖之助もしげしげと透明な玉を眺めている。興味本位な私と違って随分と真剣だ。
 仕事だから、かな? 仕事中の美鈴や咲夜は真面目な顔をしてるし。でも、仕事をしてないときの咲夜って見たこと無いしなぁ。
 やっぱりよくわからない。経験不足なんだろうなぁ、って思う。

 すると不意に霖之助がその球へと手を伸ばして触った。

「……水晶か」
「正解」

 霖之助の断言するような言葉にパチュリーは短く答える。
 え? あれで判断出来ちゃうの?

「ねえ、霖之助。触っただけでわかるの?」
「うん、それが僕の能力だからね」
「へえ、そうなんだ」

 そんな能力もあるんだ。日常生活の中では私の能力よりも断然使い勝手がよさそう。

「これは魔法で作ったのかい?」
「ええ、そうよ。……もしかして、魔法で作った物には価値がない、とでも言うのかしら?」
「いやいや、そんなことは言わないよ。天然のものだろうが魔法で作られたものだろうが水晶であることは間違いないんだから。単に興味から聞いただけだよ」
「ふーん、なら、交渉成立、ということでいいかしら?」
「うん、いいよ」

 今のでフタリの話の決着はついたみたいだ。良くわかんないけど、なんだかカッコよかった。

「フラン、というわけで、その指輪はめでたく貴女の物になったわ」
「うんっ、ありがとう! パチュリー、霖之助」

 フタリにお礼を言いながら私は指輪の入った箱を抱きしめる。お姉様に渡すまでに絶っ対になくさないようにしないと。

「どういたしまして」
「僕は商売だからそれを君に売ってあげたんだけどね。まあ、その感謝の気持ちは受け取っておくよ」

 パチュリーも霖之助もにこりともせずにそう答えてくれた。んー、もっと笑顔を浮かべてくれれば良いのに。
 でもまあ、それがフタリの個性なんだろうね。それに、フタリとも全然笑いかけてくれないわけじゃないから別にいいか。
 それよりも―――

「ねえ、パチュリー。そう言えば、この前魔法で木の板に魔法陣を描いてたよね? あれって私にも出来る?」
「ええ、フランになら簡単に出来ると思うわよ。それで、何をするつもりかしら?」
「指輪にね。お姉様の名前を彫ってあげようと思うんだ」

 指輪の収まった箱を見ながらそう言う。このまま渡しても何となくプレゼントには弱い気がする。
 だから、最後の仕上げのようなものをしたいのだ。

「そう。でも、レミィだけじゃなくて貴女の名前も彫ってあげたらもっと喜ぶと思うわよ」
「そうかな?」

 私の名前も彫ってあるからといって喜ぶお姉様の姿が想像できない。かといって、嫌がるとも思えないけど。

「ええ、きっとそうよ」

 間違いは無い、と断言するかのように言う。
 むぅ、パチュリーがそう言うなら信じてみようか。

「うん、わかった。そうしてみるよ」
「じゃあ、帰って練習するとしましょう。流石にいきなりやって失敗するわけにはいかないでしょうから」
「だね。……ばいばい、霖之助!」

 振り返ってカウンターの向こう側にいる霖之助に手を振る。そしたら、霖之助も手を振り替えしてくれた。

「うん、じゃあね。フランドール、パチュリー。またの来店をお待ちしてるよ」
「うんっ」
「まあ、気が向いたらいくと思うわ」

 そう言いながら私たちは香霖堂から出ていった。





 初めて人里へとやってきた。

 外縁部には木だけで作られた家が不規則に立ち並んでいた。しかし、中心までやってくると漆喰の塗られた壁を有する家が舗装された道に沿って規則正しく立ち並んでいる。

 西洋の町並みとはまた違った景色。石が敷き詰められていないだけこちらのほうが温かみがあるだろうか。

「お嬢様、随分と熱心に観察しておられるのですね」

 私を焼こうとする陽の光を遮る紅色の傘を差してくれている咲夜がそんなことを言う。

「ん、まあね。折角来たんだからフランへのプレゼントを探すついでに何か面白いものも探しておこうと思ってね」

 退屈をしのげるものは出来るだけ多い方がいい。まあ、この里の人間が私を受け入れてくれるかどうか、という問題があるが。

 先ほどから多くの者たちが警戒するように私たち―――主には私を見ていた。咲夜一人のときはこういうことも無いらしい。
 まあ、一度幻想郷支配のために好き勝手暴れたからねぇ。私に対して警戒を抱くのも必然かもしれない。

 それに、そう言う風に見られるのは気分がいい。
 最近は変わり者の人間や妖怪としか関わっていないせいで誰も私を恐れようとしないのだ。
 それはそれで問題は無いんだけれど、夜の王としてはやはり誰かから恐れられていたい。今が昼なのは気にしない。

「それで、お嬢様はどのような物をプレゼントにするおつもりですか?」

 人間の里の中を大体歩き終えた頃咲夜がそう聞いてきた。何も言わずとも咲夜はいつでも私のしたいことを察してくれる。
 私が特別な教育を施したわけでもないというのに、ここまで成長したのには驚きだ。こううのが天性の才能、とでも言うのだろう。

「そうねぇ。あんまり考えすぎても失敗しそうだし、無難にネックレスみたいな装飾品の類にしましょうか」
「ふむ、そうですか。でしたら、腕の良い細工師を知っていますよ」

 おっ、これは幸先が良さそうね。咲夜が良い、というのだ。よほど腕が良いのだろう。

「じゃあ、そこに連れて行ってちょうだい」
「畏まりました。では、付いて来てください」

 咲夜が私に傘を渡して前に立つ。私は出来るだけ離れないようにしながら咲夜の背中を追いかける。

 そういえば、咲夜の背中を見るのなんて久しぶりね。正式に私の従者となってからはずっと私の後ろにいてくれたから。





 金属の独特のにおいが漂う店の中に入る。人間にはどうだが知らないけど鼻のいい私にとっては少しきつい。

「こんにちは。咲夜だけれど、喜一、いるかしら?」

 咲夜がカウンターの奥に向けて声をかける。ここの店主の名前は喜一、というらしい。

「ああ、少し待て」

 奥から渋い声が返ってきた。そう言えば、こっちに来てから男性に会うのは初めてかもしれないわね。

「また、懐中時計が壊れたのか?」

 奥から現れたのは白髪の老人だった。けど、老人らしい弱々しさは一切感じられない。こちらに向ける視線は鋭い、と言ってもいいほどだ。
 ふむ、面白そうな人間ね。

「喜一に直してもらった懐中時計はまだ問題なく動いてるわ」
「うむ、そうか。なら、何の用だ?」
「今日はうちのお嬢様が貴方に用があるのよ」

 咲夜が私の前からどける。
 私は一歩前に出て喜一の前に立つ。

「初めまして。私はレミリア・スカーレットよ。ま、一度くらいは名前を聞いたことがあるんじゃないかしら?」
「ああ、咲夜から何度も聞いた」

 あら、私の名前を聞いても全く怯えた様子を見せないわね。これは、本当に興味深い。

「ふうん。私が異変を、それも幻想郷を揺るがしかねないほどの異変を起こした、っいうのに全然怯えないのね」
「まあな。俺くらいの年にもなれば命も惜しくないからな。それに、咲夜から色々と話を聞いてれば怯えよりも親しみが沸いてくるさ」
「そう、咲夜から何を聞かされたのかしら?」

 咲夜が私をどんなふうに見ているのか気になって聞いてみる。

「我侭だが部下想いで最高の主だと聞いているよ」
「ふふ、そう」

 自然と笑みが零れてきた。
 私にとって最高の言葉だ。嬉しくないわけが無い。ただ、一言余計だけれど。

「嬉しそうだな」
「当然よ。私が最高だと思っている咲夜からの言葉よ? 嬉しくないわけが無いわ」
「やはり聞いたとおりだな。賞賛の言葉を素直に受け取り、なおかつ嫌味っぽくない」

 どうやら喜一は私のことを評価してくれてるみたいね。ふふ、当然のことね。

「それで、紅魔のお嬢様が俺の所に何の用だ?」
「貴方、細工師なのよね? ネックレスは作れるかしら?」
「ああ、大丈夫だが、どんな物を所望だ?」

 そう言いながらカウンターの下から鉛筆と紙を取り出す。あれに私の聞いたことをもとにして図面でも画くのかしらね。
 でも、口で言うのは面倒ね。だったら、選択は一つしかない。

「貸して。私が自分で画くわ」
「ん? そうか。なら、頼む」

 喜一から鉛筆と紙とを受け取る。

「大丈夫なんですか?」

 咲夜が心配そうに聞いてくる。
 信用がないわねぇ。まあ、咲夜に私が上手い絵を描けるなんていった覚えないし、実際に描くことはできない。でも―――

「大丈夫よ。要は下手でも伝わればいいのよ。後は喜一が手を加えてくれる。そうよね?」
「ああ、よほど酷いものでない限り大丈夫だ」
「だ、そうよ?」
「まあ、なら安心ですね」

 やれやれ、なんでそんなに心配するのやら。

 そう思いながら私は紙の上で鉛筆を動かし始めた。





「こんな感じで良いか?」
「ええ、完璧よ」

 カウンターの上に広がった図面を見て私は頷く。
 そこにはネックレスの図面が描かれている。私が描いた下書きをもとに喜一が完成させたものだ。

 ペンダント部分はコウモリの形を基礎として翼の部分がフランの羽を模している。色の順番も指定してある。当然、フランの七色の羽と同じ順番だ。毎日見ているから間違えるはずが無い。
 そして、ペンダントの裏側にはフランと私の名前が彫られるようになっている。

 最初はフランの名前だけをそこに彫らせるつもりだったのだが、咲夜の提案で私の名前も入れることになったのだ。
 咲夜は喜んでくれる、と言っていたけど、本当にあの子は喜んでくれるのかしらねぇ。少し、不安になる。

「……だが、この部分はどうするんだ?」

 名前の部分を見て勝手に不安を抱えていた私に喜一が質問をしてくる。
 今更心配した所で意味なんて無いわよね。そう思って、私は気持ちを切り替える。

 今、喜一が指差しているのは羽の部分だ。七色になる部分だが、それをどう表現するのか、と聞いているのだろう。

「ちゃんと考えてあるわ。……咲夜、私の部屋から宝石箱を取ってきてくれるかしら」
「畏まりました」

 咲夜がそう答えて姿を消した。
 ……そういえばあれ、何処に仕舞ってたかしら。まあ、どこにあろうとも咲夜が見つけてくれるわよね。

「お嬢様、戻りました」

 そう思っていると、一抱えほどある箱を持った咲夜が戻ってきた。流石、仕事が早い。

 私は咲夜からその宝石箱を受け取り、カウンターの上に乗せる。それから、喜一の前でその箱を開く。

 箱の中には七色の光が詰め込まれていた。

「……これは」

 色とりどりの宝石が乱雑に放り込まれた箱の中を覗きこんで喜一が息を呑む。
 私はなんとも思わないんだけど、やっぱり職人ともなると違うのかしらねぇ。というか、そんなにいい宝石なのかしら。

「どうやってこれだけの宝石を集めたのだ?」
「私の友人が趣味で作ったのよ。頼んだのは私だけどね」

 何十年か前にパチェが錬金術を始めたと言っていたから、どんなものなのか見せて欲しい、と頼んでみたのだ。
 次々と宝石が出てくる様はなかなか面白かったけど、宝石なんて使い道が無いのよねぇ。
 だから、今の今までずっと部屋の中に収めていたのだ。こういう形で役に立つ日が来るとは夢にも思っていなかったけど。

「……やはり、妖怪、というの俺達とは違う力を持っているんだな」

 感心したように呟いている。細工師として自在に宝石が作り出せる、というのには何らかの魅力を感じるのだろうか。
 ま、今はそんなことよりも、

「これで、作れるかしら?」
「ああ、色も揃ってみたいだし、これだけあれば十分だ」
「そ、なら良かったわ。ああ、そうだ。余った宝石は全部貴方にあげるわ。報酬はそれで良いでしょう?」

 駄目なら駄目で別に良いけれど。喜一の望む報酬を用意すれば良いだけだ。

「ああ、十分すぎるくらいだ。いいのか?」
「ええ、私には必要の無いものだもの。でも、代わりに良い物を作ってくれると期待してるわよ?」
「わかっている。最高の物を作り上げてやる」

 そう言い切った。
 格好良いわね。こういうのは私の傍に置いておきたい。

「ねえ、貴方、私の執事になってみないかしら?」
「断る。俺は今までこの仕事だけで生きてきたんだ。今更、それ以外の仕事をするつもりなんて無いさ」
「そう、わかったわ」

 やっぱり、格好良いわね。私の望んだとおりの答えを返してくれた。
 彼を私の傍に置くことが出来ないのはわかりきっていた。一人でいるからこそ彼は格好よく見えるのだから。

「それじゃあ、期日までにお願いね」
「任せておけ」

 頼もしい言葉が返ってきた。これは、完成が楽しみね。

「咲夜、帰りましょう」
「はい。では、喜一、また何かあったら来るわね」
「ああ、次は茶菓子くらいの用意はしておいてやるよ」

 そんな言葉を背後に私たちは細工屋を後にした。





 ついにクリスマスの朝がやってきた。私とパチュリーが香霖堂に行ってからは一週間が経った。

 表向きは何事も無かった。うん、表向きは。
 けど、今日この日が来るまで私自身はずっと落ち着きが無かった。部屋にいても、図書館で本を読んでいても、何をしていてもそわそわと心が落ち着かなかった。

 止まっていると気がおかしくなりそうだったから、私に出来ることなんて限られてるけど、ここ一週間はずっと咲夜の手伝いをしていた。

 咲夜に頼まれたのは館内の飾り付けだった。何か作業をしてないと、っていうことだけを考えてたら館中を飾りつけてしまった。
 誰が倉庫の中なんかを見に来るんだろうね。魔理沙が飾りなんかが目を向けるとも思えないし。

 館中を飾り付けられるほどの飾りを用意してた咲夜も咲夜だ。
 こうなることがわかってた……っていうのは咲夜ならありえそう。ずっと一緒にいるお姉様でさえ何を考えてるのかわからないときがある、って言ってたし。

 ふと、ベッドの上で横になったまま時計に目をやる。今、時計が指しているのは三時四十五分。さっき見たときから三分くらいしか経っていない。
 クリスマスパーティが始まるまで、あと四時間ほどだ。

 今日は日が暮れた頃に目を覚ますつもりだったのに、予定よりもかなり早く目が覚めてしまった。
 することが、ない。

 もう一度寝ようかと思ったけど何故だか眠くなくて、寝ることなんて出来ない。

 だから、咲夜の手伝いでもしようかと思ったけど、今咲夜が準備しているのはパーティ用の料理だ。料理の出来ない私では手伝うことなんて出来ない。

 という訳で、落ち着かないけどすることが何も無い私はベッドの上でごろごろしてる。

 右にごろごろー。左にごろごろー。
 視界が一転、二転、三転。

 単純に転がってたら直ぐに飽きそうだから、緩急もつけて転がってみる。

 ごろごろ〜、ごろごろーっ!
 そして、不意に襲ってくる浮遊感。

「……っ!」

 背中とお尻に衝撃。

「いたたた……」

 勢いをつけすぎてベッドの上から落ちてしまった。あまりにも突然だったから飛ぶ暇も無かった。
 よかった、誰にも見られてなくて。

 そんな風にほっとしながら、私は身体を起こす。それから、少しぼんやり。
 けど、すぐにまた落ち着かなくなってくる。

 ……ああ、初めて誰かにプレゼントを渡すっていうことがここまで緊張することだとは思わなかった。
 早く、夜が来ないかな。





 カーテンで陽光の遮られた紅い部屋の中で私は一人で紅茶を飲んでいる。

 喜一にネックレス作りを頼んでから一週間。これまで生きてきた中で一番長い一週間だったような気がする。

 とにもかくにも、今日ようやくフランにプレゼントを渡すことが出来る。肝心のネックレスも昨日のうちに受け取りに行った。
 私自身の足で大急ぎで取りに行ったら喜一に苦笑された。まあ、それだけ私も完成が待ち遠しかった、ということだ。

 カップを傾けて紅茶を口に含む。
 朝からずっと落ち着かない心が少しだけだが落ち着きを取り戻す。

 あまり落ち着かないなんて事が無いだけに、この感覚は中々新鮮だ。それに、落ち着かなければ落ち着かないほどそれは私がフランの事を想っている、という証明にもなる。

 自然と笑みが零れてくる。
 フランが私のプレゼントを受け取って喜んでくれる保証なんてどこにもない。それでも、願わずにはいられない。

 どうか、フランが喜んで私のプレゼントを受け取ってくれますように、と。





 ようやくパーティの時間がやってきた。

 お姉様が呼んだのかそれとも勝手に集まってきたのかは知らないけど外部の妖怪とか人間とかの姿が見えた。
 その中にはお姉様が起こした異変を解決した魔理沙と霊夢もいた。

 そう言えばお姉様は霊夢の所によく行っている、と聞いたけど迷惑とかかけてないかな? 私といるときはそうでもないけど、咲夜とかパチュリーに対しては我侭だし。

 そう思って霊夢に、お世話になってます、って言ったら笑われた。魔理沙にも。
 なんでー?

 その後は二人と談笑をしながら咲夜の作った料理を食べた。
 ほんとはお姉様と一緒にいたかったんだけど、緊張のせいか声がかけ辛かった。だから、そのままこの二人といることにしてしまった。

 ふと、お姉様のほうに視線を向けてみる。
 お姉様は何故か氷の羽の妖精に絡まれてた。うんざりしてるみたいで疲れたような表情を浮かべている。
 何で氷精に絡まれてるんだろ。

 あ、今お姉様がこっちを見た。と思ったらすぐに視線は逸らされた。
 んー、偶然こっちに向いただけかな?
 まあ、いっか。

 視線を別のほうに向けてた私に魔理沙が声をかけてくる。

 こうして魔理沙や霊夢と話してる間は不思議と心が落ち着いてくる。心を落ち着かせるには誰かと話してるのがいいのかもしれない。



 そして、夜も更けてきて、魔理沙と霊夢は帰ってしまった。

 そろそろ、かな?
 私はポケットの中に入れた指輪の入った箱を確認しながらお姉様のほうへと近づいていく。
 ようやく、氷精から開放されたみたいでヒトリで静かにワインを飲んでいた。

 様になってるなぁ、って思う。流石、私のお姉様、といった所だ。

「お姉様」

 ちょっと声をかけ難かったけど、いつまでも先延ばしにするわけにはいかない。

「ん? フラン?」

 グラスを持ったままお姉様が私を見る。
 そろそろだ、って思うとさっきまで静まっていた緊張がまた顔を覗かせてきた。

「どう? 楽しんでるかしら?」
「うんっ」

 意外にも弾んだ声ではっきりと返すことが出来た。このままの雰囲気で行けば問題なく渡せそうな気がする。

「そう、それはよかったわ」

 お姉様が私に微笑みを向けてくれる。

「ねえ、お姉様、バルコニーに出ない?」

 ここは、ちょっと騒がしすぎるから。

「うん? ……ええ、いいわよ。行きましょう」

 お姉様がグラスをテーブルの上に置く。その間に私はもう一度ポケットの中を確認する。
 ……うん、よしっ。ちゃんとある。

 渡すときのこともちゃんと頭の中で組み立ててみる。
 多分、完璧。

 心の中で頷いて、私たちはバルコニーの方へと向かった。





「流石に少し寒いわね。フランは、大丈夫かしら?」

 風の吹いてくるバルコニーの手すりの近くに私たちは立っている。思っていた以上に月に照らされる霧の湖が綺麗だったから。

 そんな中お姉様は寒そうに腕をさすっている。
 ああ、そっか。私は魔法で寒さをどうにかしてるけど、お姉様はそういうこと出来ないんだ。

「私は魔法で周りを暖めてるから大丈夫だよ。お姉様、ちょっと、待っててね」

 ちょっと精神集中。自分の周りだけじゃなくて、お姉様の周りまで暖める。

 これで、大丈夫だよね? 細かく魔法を制御するのは得意じゃないから少し不安だ。

「……ありがとう、フラン。暖かくなったわ」

 お姉様が笑顔を向けてくれる。よし、上手くいったみたいだ。

「うん、どういたしまして」

 笑顔に笑顔で返す。
 なんでだろ。こうして、いつもどおりに話してると、不思議と心が落ち着いてくる。直前になればまた落ち着きがなくなると思ったんだけど。

 まあ、落ち着いてるなら落ち着いてるでいい。それだけ失敗をする、って可能性がなくなるんだし。

 よし、やろう。

「お姉様、左手を出してくれる?」
「ええ、いいけれど、何をするつもりかしら?」
「いいからいいから、気にしないで」

 訝しみながらもお姉様が左手を出してくれる。
 で、私はお姉様に背を向けてポケットの中から箱を取り出す。中から指輪を取り出してお姉様のほうに向き直る。

「はい、お姉様。クリスマスのプレゼント」

 私は言いながらお姉様の左手の薬指に指輪をはめた。
 おお、サイズを測ったわけじゃないのにぴったりだ。

「……フラン、この指に指輪をはめる意味がわかってるのかしら?」

 あれ? 何か間違えたかな?
 お姉様が少し困ったような顔をしてる。

「うん、知ってるよ。世界で一番大切な人にそうするんだよね?」

 お姉様の顔を見てると少し自信がなくなってしまって疑問系になってしまう。
 私の読んだ本が間違ってたのかな? でも、大体の本ではそんなふうに書いてあったし……。

 もしかして、嬉しくないの、かな?

「まあ、うん。間違っては無いわね。……ありがとう、フラン。大事にするわ」

 呟いてから、嬉しそうに指に嵌めた指輪を私に見せてくれる。

 よかった。気に入らない訳じゃなかったんだ。
 ほぅ、と胸を撫で下ろす。

 でも、前半の呟きに少し引っ掛かりを覚える。まるで、私の行動が間違ってたみたいな。
 んー、後でパチュリーに聞いてみよう。

 それにしても、お姉様にはやっぱり紅色が似合う。
 指輪の紅い宝石が月明かりを浴びて輝いている。それを見ながら私は自分の選択が間違っていなかった、ってことを確認する。

「フラン、私からも貴女にプレゼントがあるわ」

 ああ、そっか。よく考えたら私がプレゼントをあげるだけのイベントじゃないんだよね。
 お姉様からプレゼントをもらえるかもしれない、っていうことを全く考慮してなかった。何をくれるんだろう。

「少し頭を下げてちょうだい」
「うん」

 頷いて言われたとおりに頭を少し下げる。そして、ついでに目を閉じる。
 出来るだけ楽しみは後に取っておかないと。

 お姉様が私に近づく。私の間近まで迫っているのか、静かな息遣いまでもが聞こえてくる。
 そして、首筋に何かが触れる。ちょっと冷たい。
 ネックレス、かな?

「貴女が気に入ってくれるかは分からないけれど……どうかしら?」

 お姉様の言葉を聞いて閉じていた目を開く。

 最初に目に入ったのは少し不安そうなお姉様の顔。私もあんな顔を浮かべてたのかな?

 大丈夫、すぐに安心させてあげる。
 その為には、お姉様のくれたものを見てみないと。

 視線を下にして胸の前で揺れるペンダントを見る。

 それは、コウモリの形をしたペンダントだった。けど、羽の部分が普通じゃない。
 飛膜が無い代わりに七色の宝石が下がっている。

 これって、私の羽だよね。
 お姉様がこういうものを作れるとは思えないから、誰かに作ってもらったんだと思う。

 でも、デザインをしたのはお姉様なんだろう。根拠はないけど。

「これって、お姉様がデザインしたの?」
「ええ、そうよ。……気に入らなかったかしら?」

 なんで、そんなに不安そうにするんだろうか。こんなにも素敵なのに。

「ううん、そんなことないよ。すっごく嬉しい」

 お姉様に笑顔を向ける。そんなに不安なら私がその不安を笑顔で吹き飛ばしてあげればいい。

「そう、よかったわ」

 胸を撫で下ろして、微笑みを浮かべてくれた。
 よかった、安心してくれたみたいだ。

「……あ、そうだ。これも渡しとかないと」

 私がお姉様に渡したのはさっきまで指輪を入れていた箱だ。私が持ってても意味がないからね。

「ん、ありがとう」

 当然、反応は薄かった。まあ、空箱で喜ばれてもねぇ。

 それから、私たちはどちらからともなく手すりに身体を預けた。





 まさか、フランからプレゼントを渡されるとは思わなかった。
 フランが私の事を嫌っている、というのは単に私の罪悪感からくる強迫観念だったんだろうか。
 指輪を渡してくれた時の言葉、今、こうしてフランと一緒に居る事でそんな風に思う。

 ふふ、紅魔館の主、夜の王、などと名乗っていたけれど、自らの罪で妹を信用できないなんてとんだ臆病者ね。
 そんな自嘲が浮かんできたけれど、悪い気分ではなかった。フランの本当の想いを知ることが出来たからだろう。

 フランと並んで霧の湖を照らす満月を眺める。
 こんな日に満月だなんて素敵すぎるわね。

 肌を切り裂くほど冷たいはずの風はフランのお陰で全く冷たさを感じない。

 ……そう言えば、フランはペンダントにあるフランと私の名前に気づいているのかしら?

「フラン、ペンダントの裏に貴女と私の名前を彫ってあるんだけれど、気付いてるかしら?」
「裏?」

 フランがペンダントの部分を手に乗せて裏返す。どうやら、気付いていなかったようだ。

「あ、ほんとだ。お姉様と私の名前が彫ってあるっ」

 フランの声は少し弾んでいた。よく見てみるとペンダントと同じ七色の羽が揺れている。
 どうやら、喜んでくれているみたいだ。やっぱり、フランは私の事を嫌っていない、と思っても良いようだ。

「お姉様。お姉様にあげた指輪にもお姉様と私の名前が彫ってあるんだよ」

 嬉しそうな笑顔、という魅力的な表情を浮かべたままこちらを向く。
 プレゼントを渡した時もそうだけど、本当に我が妹ながら難の付けようがないほど素敵な笑顔だ。

 ……じゃなくて! フランの言ったことを確認しないと。

 掌側から指輪を見てみると、確かに「Remilia」。その下には「Flandre」と筆記体で刻まれていた。

 ……いよいよマリッジリングみたいねぇ。少し妙な感じだ。
 けど、不思議とこうして並んだ名前を見ただけで嬉しくなる。

「私はお姉様の名前だけでいいかな、って思ったんだけどパチュリーの提案で並べて名前を彫ることにしたんだ。パチュリーの言葉を疑うわけじゃないけど、お姉様、そうやって並べて名前が書いてあって嬉しい?」
「……フランも私と同じね」
「どういうこと?」

 私の言葉にフランが首を傾げる。さらさらと揺れるその金糸と共にその頭を撫でたい、と思ったけど我慢。

「私も最初は貴女の名前だけを刻んでいればいい、って思っていたのよ。そうしたら、咲夜に私の名前も刻んだ方がいい、って言われてね。その時は貴女と同じでそれが良い選択だとは思えなかった。でも、」

 愛しい愛しいフランから貰った指輪を優しく指で撫でる。

「こうして、貴女から私たち姉妹の名前が刻まれた指輪を貰って私は嬉しかったわ。傍に貴女がいるように感じられて。フラン、貴女はどうかしら?」
「うん、嬉しいよ。お姉様がいつでも私の事を見守ってくれてるような、そんな気がするから」

 少し違うけれど、根本の部分は同じ、ということか。
 ふふ、これは姉妹だからこそ、かしらね。

 自然と笑顔が浮かんでくる。
 まあ、当然だろう。フランが私の事をどう想ってくれているのかがわかった。それに、フランが私に向けて笑顔を浮かべてくれているのだ。これで、笑顔にならないはずがない。

 ああ、私は幸せだ。
 私はフランの事を想っているし、フランも私の事を想ってくれているのだ。これ以上の幸せなど、何処にあるのだろうか?

 ああ、神よ。
 お前のことは憎いくらいにしか思っていないけれど、こんなチャンスを与えてくれたのだ。今日だけは祝ってやろう。


 メリークリスマス!


Fin



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