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 冬の寒さも引いて暖かくなってきた。こうして、空を飛んでいてもそのことが良く分かる。
 春の陽気が眠気を誘ってくるのだ。

「ふあぁぁ〜……」

 我慢できずに盛大な欠伸が出てきた。この陽気に逆らえるモノがいるんだろうか。いやいや、居るはずがない。こんな心地よさに勝てるようなのがいたらそいつは生き物じゃない。

 けど、このまま飛んでいたら眠気に負けて墜落するか、木にぶつかってしまう。そんなことになれば何処かの宵闇妖怪以上に間抜けではないか。
 それを誰かに見られてしまえば一生ものの恥だ。

 とりあえず、何処かに降りてお昼寝でもしよう。この陽気ならどんな妖怪も襲ってこないだろう。
 ……そんな風に思ってしまうくらい今の私の頭は春の陽気にのぼせてしまっている。

 あ。あそこの草の上とか気持ちよさそう。あんな所で寝てたら簡単に見つかってしまうだろうけど、気にしない、気にしない。
 こんなにも暖かいんだからちょっかいを出してくるのなんていないだろう。

 私はふわふわとゆっくりと飛びながら緑のベッドを目指して飛んで行く。

 それから、羽を動かすのを止めて草の上に落ちる。草の弾力が私が地面にぶつからないようにしてくれる。こういうのは妖精の特権だよね。

 あー、ふかふかして気持ちいい。太陽もぽかぽかして心地いいし……。

 というわけで、おやすみなさーい。


 起きた後、私はこんな所で寝てしまったことを後悔することになってしまうんだけど。



 首の辺りに違和感を感じて目が覚める。
 んー? 草でもまとわりついたのかな?

 首のあたりに手をやる。
 あれ? 動かない。
 そもそも草の感触とは違うような。

 不審にも似た違和を感じながら目を開ける。面倒だけど、手で触って分からないときは自分の目で確かめてみないとね。……首の周りをどうやって自分で見るのか、って話だけど。

「あ、起きた起きた。おはよう!」

 身体を起こして目を開けると見知らぬナニモノかの顔があった。

 癖のある銀と水色の中間のような髪。頭の上に鍔の広い真っ黒な帽子が乗せられている。被ってるって感じじゃないよね。
 そして、胸の辺りには眼のような何かがある。瞼と思われる部分は閉じられている。
 どうやら、少なくとも人間ではなく妖怪であるようだ。

 で、そのナニモノかは寝起きの私の顔を見て笑顔を浮かべている。知り合いではない。そもそも私は妖精以外と交流を持ったことがない。

「貴女は?」

 首を傾げたくなるほどの疑問を抱えたままそう聞く。いや、実際に傾げてたかもしれない。

 私の言葉に目の前のナニモノかは笑顔を引っ込めて細められていた目が開かれる。
 翠の瞳がこちらを捉える。掴みどころのない不思議な色を湛えている。

「私?」

 そして、首を傾げる。
 いや、この場に貴女以外の誰がいるというんだろうか。

 そのナニモノかは何を思ったか左右を確認し、そして後ろにも振り向く。

「私か」

 私の方へと向き直って再び笑顔を浮かべてそう言った。
 うーむ、瞳の色と同様、性格も掴みどころがないようだ。でも、なんだってそんなのが私のことを見てたんだろう。

「私は、こいし。貴女の飼い主だよ」

 こいし。で、私の飼い主、と。

「……って、飼い主ってどういうことっ?」

 思わず叫んでしまった。ついでに微かに残っていた眠気も全部吹き飛ぶ。

「貴女が私のペットで、私が貴女を飼うってこと」

 突然私が叫んだのに動じた様子もなくニコニコとした笑顔のままそう言ってくる。
 鈍いのか、神経が図太いのかどちらなのかは分からない。幻想郷ってそういう妖怪とか人間とか多いよね。

 ……というか、もしかして、私の首に付いてるのって……。

 恐る恐る視線を下へと向ける。
 見えるのは草の上へと垂れる一本の紐。位置からして私の首かその辺りから垂れ下がっている。
 そして、その紐の行く先は笑顔で私を見ているこいしの手の中だった。

 ……とりあえず、無言で逃げてみようとした。

「ぐっ……」

 そのまま青空の下を飛んで行ければいいなぁ、なんて思ったけど無理だった。普通に首が絞まった。

「駄目だよ、逃げたら」

 そして紐を引っ張られこいしの所まで戻された。また首が閉まるなんてのは嫌だったから抵抗はしなかった。

「……なんで私を?」

 無理やり逃げるのが無理ならこうして言葉を使って説得する方がいいだろう。……無意味な気がしてならないけど。
 とりあえずは、何で私を捕まえたのか。そこからだ。

「んー、気持ちよさそうに眠ってて、捕まえやすそうだったから」

 さらり、とそう言った。
 これは、私が悪いのだろうか。いやいや、そんなことはない。私を捕まえたこいしが悪い。あと、春の陽気とか。

「とりあえず、私は貴女のペットになるつもりなんてないから、放してくれないかな」
「駄目。折角捕まえたんだから。あ、でも安心していいよ、お姉ちゃんみたいに何か仕事をさせる、なんてことはしないから」

 考える間もなく私の要求は切り捨てられてしまった。

 というか、姉がいるのか……。話は通じそうに、ないなぁ。お姉ちゃんみたいに、とか言ってたしこれはその姉の影響なんだろうか。それなら、こんな状況を生み出す元凶となったその姉を恨む。

「よーし、じゃあ、私の家に帰ろうか」

 そう言って突然こいしが飛び立つ。

「えっ!あっ、ちょっと!」

 首が絞まりそうになったから慌ててこいしを追いかけて私もその場から飛び立つ。
 この首輪がある限り、逃げる、なんて選択肢はなさそうだ。





 首輪の紐を持つこいしに連れてこられたのは旧地獄街道の先にある地霊殿という場所だった。

 存在は知ってたけど地下にある、ということで近づくのは敬遠していた。地下、っていうと薄暗くてじめじめして私たち妖精にとってはあんまりいい感じがしないからね。

 けど、実際に来てみると少し暗いっていう所を除けばそんなに悪くない場所だった。
 風が吹いてるおかげかそんなにじめじめしてないし、それ以上に鬼たちが楽しそうなのだ。
 近づくのは怖いけど、私たち妖精はそうやって誰かが楽しんでいる場所に近づくのが好きなのだ。
 今度、仲間たちに教えてあげよう。……こいしから逃げる事が出来たら、だけど。

「お姉ちゃん、ただいまー」

 地霊殿に入ってこいしが真っ先に向かっていったのは大きな本棚の置かれた一室だった。

「お帰りなさい、こいし。……あら?それは新しいペットかしら?」

 こいしの言葉に応えたのは部屋の中央の椅子に座って本を読んでいた紫色のこいしと同じような癖の髪を持つ妖怪だった。
 こちらもこいしと同じように胸の辺りに眼の様な……というか、眼そのものがあった。なんかこっち見てるし。こいしのあの眼も開いたりするんだろうか。

「うん。散歩してる途中に見つけたんだ」
「そう。ちゃんと世話をしてあげるのよ」
「わかってる。……それじゃあ、私の部屋に行こう!」

 予想はしてたけど、飼うのをやめろ、っていう展開にはならないんだね。ていうか、首が、首がっ!
 突然歩き出さないで!

「こいし、ちょっと待ちなさい」
「ん?何?」

 こいしが足を止める。そのおかげで何とか再び呼吸をすることが出来る。
 息を大きく吸って、大きく吐く。足りなくなってた分を早く取り込まないと。

「首輪は外してあげなさい」
「えー」

 こいしが不満そうな声を上げる。もっと頑張ってお姉さん!

「えー、じゃない。貴女は少し注意が足りないから首輪なんて付けてたらペットの首が絞まるでしょう?それでは、ペットも貴女の事を気に入ってくれないわよ」
「むぅ……、わかった。外すよ」

 渋々頷いてくれた。
 やった! 逃がしてはくれなくとも、逃げる機会は出来そうだ。

 私がそうやって喜んでいる間にこいしが私の首から首輪を外す。ああ、何でだろう、これだけもう自由の身になれたんだ、って気が。

 お姉さん、ついでに私のことを解放しろ、とか言ってくれないかなぁ。

「言わないわよ。こいしが初めて自分から連れてきたペットだもの。そう簡単に逃がしてやれ、とは言えないわ」

 ? 今のは誰に言ったんだろうか。私が考えてることに対する答え、みたいな感じだったけど。

「貴女に言ったのよ」

 そう言って指差してるのは私の方。いやいや、何かの間違いだろう、ということで私も自身を指差して首を傾げる。

「ええ、そうよ。貴女よ」

 頷いて答えた。いやいや、まっさかー。心を読むことが出来るなんて―――

「そのまさかよ。……ああ、こいしから教えてもらってないのね。私は古明地さとり。この館の主で、妖怪さとり。心を読むことが出来るわ」

 ……ああ、そういえば聞いたことがある。地底には『さとり』の姉妹がいる、ということを。その力故に忌み嫌われたモノ達が封じられていた地底の中でも忌み嫌われていた存在。
 そのうちのヒトリは眼を閉じてしまって心を読むことは出来なくなったらしいけどもうヒトリの方は今でも心を読むことが出来る。
 そして、今私の前にいるこのフタリがその姉妹なのだろう。

「……お姉ちゃん、部屋に戻ってもいい?」

 心が読めないらしいこいしが詰まらなそうな表情を浮かべてそう言う。一方の会話だけ聞いてもわけがわからないだろうしねぇ。

「ええ、いいわよ。部屋に戻ったらその子の名前を考えてあげなさい。その子、名前を持っていないみたいだから」

 ……さとりは何処まで私の心を読んでるんだろうか。

「うん、わかった。じゃあ、ついてきて、妖精さん」

 こいしが私の手を掴んで引っ張る。とにかく今のところは大人しくしておこう、ということで抵抗せずについていった。

 なんにしても、凄い所に連れてこられちゃったみたいだなぁ、私。



 ……とりあえず、これからどうするかを考えよう。

 こいしは私を部屋に残して何処かへ行ってしまった。逃げるなら今のうちだろう。

 私は部屋の出口を目指す。扉は内側からしか鍵が掛からないものだからここに閉じ込められることは絶対にない。

 ノブを掴んでゆっくりと回す。ここはかなり広いみたいだけど出来るだけ音は立てない方がいいだろう。
 まずは、顔が出せるくらいの隙間を開けて扉の外を確認。右よし、左よし。長い廊下が続いてるだけで今のところは誰もいないみたいだ。
 というわけで、私はさらに扉を開けて部屋から出た。

 さてと、出たはいいけどこれだけ長い廊下だとすぐに見つかっちゃうよね。いやいや、今は見つかった時の事を考える必要はない。とにかく、速く遠くへ飛んで行けばいいのだ。

 そう思って、身体を浮かそうとしたところで、

「あ! 桜花!」

 こいしの声が聞こえてきた。しかも、すぐに真後ろ。
 ちなみに、桜花、というのは私の新しい名前だ。散歩の途中で見かけた桜が綺麗だったから、という理由だけで付けられた名前だ。

 いや、それよりも! さっきまで確実に居なかったよね!
 廊下の長さは一瞬で距離を詰めるのは不可能なくらいの長さがあるし。どこかの部屋に居たんだったにしても静かすぎた。

 そうやって私が驚きを隠せないでいると気がつけば部屋の中に居た。……あれ?
 私いつのまに動いたんだろうか。全く記憶にないんだけど……。

「駄目だよ、逃げたりなんかしたら」

 めっ、と言いながら私を叱ってくる。一応、怒っている表情を浮かべてるのだが、怖くはない。どっちかというと可愛らしい、という部類に入る。
 どうでもいいんだけど、そんなこと。

「それよりも、おやつにしよ。お姉ちゃんが作ってくれたんだよ〜」

 私にお皿に盛られたクッキーを見せて破顔一笑。
 嬉しそう、というか楽しそう、というか……。ただ、こっちの表情の方が似合ってる、と思える。
 なんだか、この笑顔を裏切るのは悪いような気がする。

 ……しょうがない、おやつだけでも付き合ってあげようか。



 あれから、晩になるまでこいしと一緒に居て適当に時間を潰していた。

 主には家の中の案内をしてもらってたんだけど、ここまで広い建物に入ったのは初めてだった。紅魔の館もかなり広いって聞くけど、どっちの方が広いんだろうか。
 あと、動物の姿もたくさん目に入った。猫や犬、鳥なんかがたくさんいた。中には狐や狸なんかも混ざっていた。

 中には妖怪化しているのもいた。それは黒猫のお燐と地獄烏のお空だ。
 こいし様のことをお願い、なんて言われたけど、私は逃げるつもりなんだよね。ちょっと罪悪感が湧くけど仕方がない。そう簡単に私の自由は譲れない。

 というわけで、ただいま私は脱走中だった。

 夕飯の時間になった時こいしは私も夕飯の席に連れて行こうとしたけど、夕飯を食べるよりも寝てたい、と言ったらヒトリで行ってくれた。

 私は少し待ってから部屋を出た。あんまり早くに部屋を出て扉を開けたのに気付かれたらいけないからね。

 そして、私は上手く部屋から出る事が出来た。最初の脱走の失敗はいつこいしが帰ってくるのか分らない状態で部屋から出たことだ。夕飯を食べに行ったのなら脱走する時間くらいは簡単に得られる。

 今は時間はある。けど、ゆっくりはしていられない。だから、ほとんど全速力で飛んでいる。これで、余程の事がない限り捕まることはないはず……だったんだけど。

「桜花、寝たいんじゃなかったの?」

 何故か捕まってた。
 いや、正確には玄関の辺りで腕を掴まれた。あの瞬間は驚きだけで死ねるかと思った。

「えっと……ご飯を食べてたんじゃなかったの?」
「うん。でも、動かないといけないような気がして気がついたらここに来てた」

 口元にケチャップを付けたままにこっ、と笑顔を浮かべてそう言う。どうやら食事中にも関わらずこっちにやってきたみたいだ。ほんとに油断も隙もない。

「それよりも、桜花。勝手に部屋から出たら駄目だよ。お腹が空いてるの?」

 首を傾げてそう尋ねてくる。
 お? 私が外に逃げようとしていた、とは思っていないようだ。

「う、うん、そう! 寝ようと思ってたんだけど、お腹が空いて。でも何処に行けばいいかわかんなくてうろうろしてたらここに来たんだ」

 ここで不信感を持たれたら警戒が強められるかもしれない。だったら、こうして無難な答えを返すしかない。

「そっか。じゃあ、桜花も一緒にご飯食べよ」

 笑顔を浮かべながら私の手を取って何処かへと向かっていった。まあ、食堂かそこら辺りなんだろうけど。



 三度目の正直。そういう言葉が存在する。一度目、二度目で失敗したとしても三度目には成功する、という意味だ。
 しかし、同時に二度あることは三度ある。そう言う言葉も存在する。これは言葉そのままの意味で、二回続けてあることは三度目もある、ということだ。

 そして、私の今回の行動はどちらに転がるのだろうか。
 三度目の正直。そうなることを望むけど何故だか上手くいかない気がしてならない。

 今、こいしはお風呂に入っている。例え『動かないといけないような気』がしても、身体を拭いて服を着ないといけないからそれなりに時間はあるはずだ。

 というわけで、玄関まで辿り着いた。後ろを振り返るが誰もいない。

 よしっ! 今回はいけそうだ。

 ノブを掴んで躊躇いも無く勢いよく開ける。ここまでくれば音を気にする必要なんて無い。というか今までの経験上あまり意味もない気がする。

 何にしろ外に出ることは出来た。でも、油断はまだ出来ない。
 そう思いながら全速力で地底の中を進んでいく。

 ……というか、これからずっとこいしのことを気にしながら生きないといけないような気がする。それって、こいしと一緒いいるよりも精神をすり減らすんじゃぁ……。

 いやいやいや、なんて事を考えてるの、私! 今は逃げることだけ考えないと。

「あー! やっぱり逃げようとしてた!」

 うわ! やばい! 追ってきた。
 予想よりも早い。というか、何で私が外に出るタイミングがわかるんだろうか。

 今はそんなことを考えてる暇は無い。どれほどの速度で飛んでいるのか確認しようと振り返ってみると―――

「って、なんて恰好してるの!」

 こいしは上着だけを着ていてしかもボタンはちゃんと閉められていない。風で服がはためいて、服が服としての意味をあまり成していない。

 思わずこいしの方へと向かって飛んで行ってしまってた。
 私にはあれをそのままにして逃げることなんて出来なかった。

「ありゃ? 戻ってきた?」

 不思議そうに首を傾げている。確かに今の今まで逃げてたのが方向転換して戻ってきたら驚くだろうね。

 それよりも私としては半裸同然の姿で追いかけてきたこいしのその行動力の方が驚きだ。それに、全く恥じらいの表情を浮かべていないのも。

 しかもこうして近くまで来てみるとわかるけど、身体も拭かずに私を追いかけてきたようで、髪から水滴が垂れてきている。寒くはないんだろうか。

「桜花、逃げたりなんかしたら駄目だよ。それにこの時間帯は何が出てくるかわかんないからヒトリでいたら危ないよ」
「そんなことはどうでもいいから、早く戻ってちゃんと服を着て!」
「おお?」

 そんなわけで、私がこいしを引っ張って地霊殿へと戻る羽目になってしまった。

 なんでだか、何があってもこいしからは逃げられないような気がした。



 こいしを連れ帰った後、こいしは冷えた身体を温め直すためもう一度お風呂へと入った。
 私は、というとさとりの所に預けられていた。

「桜花、だったかしら? 逃げたければ逃げてもいいのよ? 私は止めないから」

 今まで本を読んでいたさとりが私にそんなことを言ってきた。しかも、内容はかなり予想外なもの。姉が妹のペットにそんなことを言ってしまっていいんだろうか。逃げようと思ってる私がそう思うのもなんだけど。

「どうせ逃げた所でまたろくに身体を拭かないで、その上、服もちゃんと着ずにこいしが追いかけてくるから逃げないよ」

 その代わり、こいしが寝た頃に逃げるけど。

「ふむ、確かにそちらの方が合理的ね」

 さとりが納得したように頷く。第三の眼がこちらを見ている。
 さてさて、私の言葉に頷いたのか、それとも心の声に頷いたのか。

「両方よ」
「相変わらず嫌な能力だねー」
「それがさとりという妖怪よ」

 何の気負いもなくそう返してきた。
 嫌われるのに慣れてるのかな? それとも、幻想郷には変なのが多くて案外居場所があるからそうやって言えるのかな?

「それよりも、今日一日こいしと一緒に居てどうだったかしら?」
「どうだったも、こうだったも大変だった」

 私は溜め息交じりに答える。こいしに首輪をつけられてからずっと散々だった気がする。

「というか、私の心を読めばそんなことすぐにわかるんじゃないの?」
「集中しないと考えていることしか読めないのよ」
「ふーん、そうなんだ。……んん? じゃあ、なんで私が名無しの妖精だってわかったの? 私、あのとき自分の名前なんて考えてなかったよ?」
「考えていなかったからこそ、よ。自分の名を持っていれば私が名乗り上げた時点で少しくらいは名前を思い浮かべてるでしょうから」

 あー、そういうことか。主を務めてるだけあって洞察力が優れてみるみたいだ。

「それにしても、桜花、ね。こうして地霊殿に籠ってばかりいる私には思いつきもしない名前ね。やっぱり、あの子は地上に出るようになってから変わったみたい」
「? 私にそういう名前を付けたから変化がわかった、みたいな言い方だね。心が読めるんならすぐにわかるんじゃないの?」
「残念ながら私はこいしの心が読めないのよ。あの子が心を閉ざしてしまっているから」

 さとりが憂いの混じった表情を浮かべる。こいしのことを本当に心配してるんだな、ってことがひしひしと伝わってくる。
 けど、どうせここから逃げ出すつもりの私には関係のないことだ。

「桜花、こいしと仲良くやってくれるかしら?」
「何の許可も取らずに私を無理やりここまで連れてきたのに?」
「ええ、それでもよ。こいしが貴女の事を追いかけているのはあの子が貴女の事を気にかけているからこそ、なのだから」

 その言い方はずるいと思う。情に訴えてくるなんて。
 けど、薄情な私には関係ないことだ。逃げたいときには逃げる。ただ、それだけだ。

「桜花!」

 と、不意に扉が開け放たれてこいしが部屋の中へと入ってきた。今回はちゃんと寝間着姿となっている。
 こいしは真っ直ぐに私の方へと向かってきた。私は、それをどう迎え入れればいいのだろうか。

「お姉ちゃん、ありがとう。桜花の面倒を見てくれてて」
「どういたしまして。これから、もう寝るのかしら?」
「うん。桜花と一緒に寝るんだっ」

 そう言って楽しそうな笑顔を浮かべる。
 地底の太陽。ふと、そんな言葉が思い浮かぶ。

「そう。じゃあ、おやすみなさい、こいし」
「うん、おやすみ。さっ、桜花、寝よ〜」

 私はこいしに引っ張られながらさとりの部屋から出た。
 さとりは私が逃げようとしている、ということについては何も言わなかった。



 地底なのでよくわからないが夜も更けてしまったのだろう。静まり返った部屋の中、聞こえてくるのはこいしの寝息だけだ。

 逃げるには絶好の状態だ。ここまで深く寝ていれば絶対に逃げる事が出来るだろう。

 ……私の身動きが取れれば、だけど。

 今現在私はこいしに抱き締められている。いわゆる抱き枕状態だ。
 何度か逃げようと身体を動かしてみてるんだけど、動くと腕の力が強まって余計に動けなくなってしまう。
 これだけ私が動いても起きようとしないのは、幸なのか不幸なのか……。

 それにしても、本当に心地よさそうに眠っている。そんなに私の抱き心地が良いんだろうか。
 もし、蹴飛ばされるくらい抱き心地が悪ければ今頃逃げれてたんだろうなぁ。蹴られるのは嫌だけど。

 とにかく、どうやら私はこいしが逃れる事は出来ないようだ。勘が優れてるのか何故だか私が逃げようとしてるのはばれちゃうし。

 ああ、私はこれからずっとここで暮らすことになってしまうんだろうか。
 いや、まだ何処かに逃げる機会はあるはずだ。
 とりあえず、その機会を見つけるまでは大人しくしていて逃げる素振りを見せないようにしよう。相手が油断していればしているほど逃げやすい。

 そうやって大まかな方針が決まると不意に眠気が襲ってきた。
 こいしから伝わってくる体温も相まって、心地の良さを感じる。

 抗う必要もないので私はその眠気に身を委ねることにした。


 こいしから逃げる機会はその二日後にやってきた。





 雑多な妖怪と少数の人間で構成される博麗神社の花見会場。

 花見、と言っても桜に見惚れているのは極少数でほとんどのモノたちはお酒を飲んだり誰かの作った料理を食べて騒いだりしていた。

 で、そんな中私は、妖精の一団の中に混じっていた。境内の中に居るなら自由にしてもいい、と言われたのだ。ここ二日の間大人しくしていたから逃げない、とでも思っているのだろう。

 ふふ、そして、それこそがこいしの失態。私にとっての好機!

 私のような力のない妖精は似たような容姿をしたのが多い。実際、この一団の中にも五、六人ほど私と同じ容姿をしたのがいる。
 私たち妖精自身も見分けがつかなくなる時があるほどだ。妖精でないこいしが私を見つけ出すなんて事、出来るはずがないだろう。

 完璧だ、完璧すぎる!
 後は、こいしが私の事を諦めるまで待つだけだ。

 私はちらり、と離れた所に居るこいしの方へと視線を向けてみる。

 こいしは、桜に見惚れている極少数のヒトリでこっちに来てからずぅっと桜を見上げている。
 周囲の騒がしさを気にした様子もなく一心に桜を見つめている。

 孤独。何故だかそんな言葉が浮かんでくる。

 ああ、そうか。誰もこいしに声を掛けようとしていないのだ。
 この花見会場で独りでいるのはこいしだけだ。他にも桜に見惚れているのはいるけど、それでも誰かと一緒に居る。

 無視されているのとは違う気がする。誰もこいしを認識していないんだと思う。

 ……あー、なんで私はこいしのことを気にかけているんだろうか。これから私とこいしの関係は断たれるのだ。だというのに、気にしていては意味がない。

 とりあえず、仲間たちと適当な話でもしてこいしのことは意識しないようにしようっと。



 日が暮れてきた。

 最初に居た妖精たちは皆居なくなってしまったけど、入れ替わってくるようにやってきた妖精たちの中にもまた、私と似たような姿のがいた。
 さすが、宴会好きの多い幻想郷。隠れ蓑には困らない。

 こいしの方を見てみると、ちょうどこちらの方へと向かってきていた。夕方頃には帰る、と言っていたから私を探しに来たんだろう。

 ふっふっふー。ここに隠れていれば見つかるはずはない。
 こいしがこっちに向かってきてるのは単にここに妖精が集まっているからだろう。

 探すだけ探させて徒労に終わらせるのはなんとなく悪い気がするけど、こっちも無理やり捕まった身だ。それくらいは甘受してもらわないと。

 とと、あんまり見てるとばれちゃうかもしれないよね。仲間たちの方に視線を戻して会話の輪に加わる。私たち妖精は突然会話に入ってこられてもあんまり気にしないのだ。

「桜花、帰るよ」

 その声が聞こえると同時に後ろからこいしに手を握られた。

 …………あれ?

 な、なんで! どうして! わかるはずなんて無いのに!

 いやいや、単に適当に手を握ってそれがたまたま私だったのかもしれない。ここで慌てては駄目だ。

「わ、私は、桜花なんて名前じゃないですよ! 私は名無しの妖精です!」

 焦りすぎだ、私! こんなに声を張り上げてたら怪しいじゃないか。

「何言ってるの? 桜花は桜花でしょ? ……もしかして、逃げようとしてたの?」

 胡乱な瞳をこちらに向けてくる。こいしは完全に私を桜花だと思って話しかけてるみたいだ。
 何でー?

「そんなことよりも、早く帰らないとお空やお燐に夕ご飯取られちゃうよ。さっ、帰ろ」

 そう言ってこいしは私の手を引く。
 私は仲間たちへ助けを求めたけど、無視された。

 薄情なやつらめ! 同じ状況なら私も同じようにしてるんだろうけど。

 私はそのままこいしに手を引かれて境内の外まで連れ出されたのだった。



「ねえ、なんでこいしはあの中から私を見つけられたの?」

 地霊殿へと向かう間、私はこいしへそう問い掛けた。

「んー? 飼い主として当然のことだよ」

 少し考えるような素振りを見せた後、笑顔でそう言い切った。いや、もうちょっと理屈を入れて言って欲しい。
 まあ、そんなこと思っても仕方ないんだけど。
 二日ほどこいしといてわかったけど、ほとんど感覚だけで行動しているみたいなのだ。

 さっき思ったことを何度か聞いてみたけど、その度に首を捻られた。

 多分、今回もなんとなくで私だと確信したのだろう。なんかもう、逃げるのは無理なんじゃないかな、と思えてくる。

「あ、桜花! こんな所に桜の花びらが落ちてるよ」

 道の上に落ちていた桜の花びらへと駆け寄る。周りに桜の木は見えないから誰かの服についてたのが落ちたのだろう。

 こいしはしゃがんで花びらを拾い上げるとしげしげとそれを眺める。

「こいしは桜が好きなの?」

 独りで桜を見上げていたのを思い出しながらそう聞く。

「うん、好きだよ。久しぶりに見つけた時もね、ずぅっと見てたんだ」

 桜の花びらを見つめたまま笑顔を浮かべる。
 そっか、地底に封じられる前はこいしも地上に住んでたんだよね。

 ……そうだとすると、どうしてこいしは私に『桜花』なんて名前を与えたんだろうか。

「桜花を見つけたのもね、それと同じ日だったんだ」

 そういうことか。その日に印象的だったものの中から私に名前を付けたのか。

 それは手抜きなのか、それとも好きな物の名前を付ける事によって私を大切にするつもりの意志の表れなのか。私にはわからない。

「桜花の生活は私が絶対にいいものにしてあげるよ。だから、逃げる必要なんてないんだよ」

 花びらへと向けていた笑顔をそのままこちらに向けてきた。

 ……さとりがこいしは心を閉ざしている、って言ってたけどそれは本当なんだろうか。
 こんなにも真っ直ぐな笑顔を浮かべられるモノは今まで見たことがない。

 そう思いながら、私は真っ直ぐ過ぎるその笑顔に首を縦に振ることも、横に振ることも出来なかった。





「こいしのことを考えてるみたいね」
「ひゃっ……」

 考え事をしていたらさとりに声をかけられた。
 私は驚いて声を上げてしまう。

「何を驚いてるのよ」
「い、いきなり話しかけてくるから……」

 驚きでドキドキしてる胸を押さえながら答える。

「いつもの事でしょう?」

 本に栞を挟みながらそう言う。

 今、私はさとりの部屋に居る。初日以来こいしがお風呂に入っている間はここに預けられている。
 まだ私をヒトリにしておくほどの信用はない、ということだ。何度も逃げようとしたから仕方ないんだろうけど。

「それにしてもこいしのことを考えてくれるなんて嬉しい限りね。散歩の間に何かあったのかしら?」

 微笑みを浮かべながらそう聞いてくる。こいしのことを話すときにしか浮かべない笑みだ。

「特に何かあったわけじゃないけど……」

 たくさんの妖精の中から私を見つけ出したことは今、私が考えてることとは関係ないし。

「ねえ、さとり、一つ、聞いてもいい?」
「ええ、いいわよ」

 私が何を聞こうとしているのか分ってるくせにそう言う。さとりはよくこうやって分らないふりをする。
 相手に考えを整理させるためだ、って言ってるけど、心を読めない私にはよくわからない。

「こいし、って本当に心を閉ざしてるの?」
「ええ、本当よ。……ただ、最近は少しずつだけどその心も開きそうな傾向にあるわ」
「そうなの?」
「こいし、よく笑顔を浮かべているでしょう?」

 私は頷く。確かにこいしはよく笑顔を浮かべている。

「あれこそがその傾向よ。心を閉ざしたばかりの頃はほとんど表情を変えることなんてなかったわ」
「そうなの?」
「ええ」

 さとりが頷いた。

 表情を変えないこいし、かぁ。

 私は表情を変えることの無いこいしを思い浮かべようとしてみる。だけど、思い浮かべることはできなかった。
 笑ってたり、不機嫌そうにしてたり、ちょっと怒ってたり。勝手に色んな表情が浮かんでくる。

「貴女の中のこいしは表情豊かみたいね」

 さとりが嬉しそうな声でそう言った。そんなに嬉しいことなんだろうか。

「当たり前よ。他者の中にいるこいしが何の表情も浮かべていないよりは表情豊かなほうが嬉しいじゃない」

 本当に本当に嬉しそうな表情を浮かべてる。ここまでさとりが感情を露わにしてるのは初めて見るかもしれない。

「私のたったヒトリの妹だもの。嬉しくならないわけがないでしょう」
「はあ、そんなものなんだ」

 家族、という概念がない私にはその感覚がよくわからない。

「いずれわかると思うわよ。貴女が私たちの家族になる、というのならね」
「そんな簡単になれるものなの?」
「ペットだって家族の一員よ?」

 それは、私にこいしのペットとしての意識を持て、ということだろうか。
 でもなぁ、ペットというのはなんとなく抵抗がある。

「それだけでもないんだけれどね。……まあ、私からはこれ以上言うことはないわ」

 そう言ってさとりは再び本に視線を落としてしまった。

 家族、かぁ。私はそれになりたいと思っているんだろうか。

 確かに、私の中にこいしと一緒に居てもいい、と思っている私がいる。
 それに、何故だか独りでいるこいしの姿が思い浮かんで一緒に居てあげなくてはいけないような気がするのだ。

 私、今までこんなに自分以外を気に掛けたことってあるかなぁ?





 あれから、私のこいしに対する態度は少し変わってきた。

 とりあえず、一つは逃げようと思わなくなったこと。まあ、これに関してはあの花見会場でこいしをやり過ごせなかった時点で諦めてたんだけど。

 あとは、私の方からこいしに近づくようになっていた。
 自分で思った以上にこいしを独りにしたくない、という気持ちは強いみたいだ。

 なんでか、って聞かれるとよく分かんないし、考えるのも面倒くさい。
 それに、なんだかんだでこいしの隣もそんなに悪くないかなって思えるようになってきた。

 例えば、お風呂から出てきた時。
 こいしは嬉しそうに私の名前を呼びながらさとりの部屋にいる私の方へとやってくる。

 その時に、何故だか私まで嬉しくなってしまうのだ。ただ、嬉しそうに名前を呼ばれただけだ、というだけなのに。

 例えば、散歩の時。
 こいしは無意識に歩いてるみたいだけど、私が不意に足を止めるとこいしも足の動きを止める。それから、どうしたの?、と聞いてくる。

 その時に、ちょっと驚くと同時に気分がよくなる。
 名無し妖精だった私がそこまで意識されたことなんて無かったから、なんだか新鮮な感じがした。

 ……あ、そうか。こいしの隣が悪くない、と思えるのはこいしが私を意識してくれてるからなんだ。
 名無しだった頃の私は妖精のうちのヒトリとしてしか認識されてなかった。そのことについて何かを思うことは一切無かった。あったら、他の力のある妖精みたいに自分で自分に名前をつけてただろうし。

 ふーむふむ。自分の考えてることって意外とわからないものなんだねぇ。
 ま、わかっただけでも良しとしとこうか。



「ねえ、桜花。最近、私に対する態度変わってきた?」

 ある時、不意にそんなことを聞かれた。

「えっと、そう、かな?」

 正面から聞かれると何となく正直に答えづらくて、反射的にそんなふうに答えてしまった。
 うわぁ、これは後で余計に素直に答えづらい。

「うん、最近は桜花のほうから私に近づいてくれるようになってくれたような気がする」

 少し嬉しさの滲んだ笑顔をこちらに向けてくる。

「今の桜花って私のことをどう思ってくれてるの?」

 首を傾げてそう聞いてくる。
 これはまた答えづらいことを……。

 ま、でも言ってしまっても良いかな、とも思ってる。

「あー、っと……」

 むぅ。自分のこういう気持ちを伝えたことが無いからどう言えばいいのかもわからない。自分以外のことを想う気持ちが生まれたのも最近だしねぇ。

「どうしたの?」
「いや、なんかどう言えばいいのかわかんなくて」
「むー、そっか」

 ちょっと気落ちしたような感じ。なんだろ、ちょっと悪いことをしてしまったような。
 でも、どう言えばいいのかわかんないのは事実だしねぇ。

「よしっ、なら、桜花の中でその想いを強く抱いてみて。頑張って私が受け取るから」

 えぇ……。さとりならともかく、こいし相手にそんなことしてもねぇ。
 ……でも、こいしもさとりの妹だし、昔は同じことが出来てたんだよね。もしかしたら、私が強く強く思えばこいしにも届くかもしれない。

「……わかった。強く思い浮かべるから受け取って!」
「うん、受け取るよ!」

 傍から聞くと妙な感じだろうけど、私たちはいたって真面目だ。

 こいしは既に目を閉じている。あれが、こいしなりの私の想いを受け取る姿勢なのだろう。

 私もそれに応えてあげないと。
 けど、強く思い浮かべる、って言っても実際にはどうすればいいのかもよくわからない。だから、取り合えず思い浮かべる。こいしに対する想いを。

 私はこいしを独りにしたくない。
 独りで桜を見上げていたこいしがどこか寂しそうに見えたから。

 たくさんの妖精の中からこいしは私を見つけてくれた。
 あの時はどうとも思わなかったけど、思い返してみると沸々と嬉しい、という想いが浮かんでくる。

 そして、こいしは私のことを意識してくれている。
 今まで私という個人を意識されたことは無かったのにこいしは私を意識してくれた。それが、本当に本当に嬉しいのだ。

 多分、ここまで具体的な想いを抱いたことなんて一度もない。こいしにだけだ。

 ああ、そうだ。あと、私はこいしの家族になりたい、と思ってる。
 さとりに家族のことを聞かされたときはそうでもなかったけど、自分の気持ちに整理をつけてから少ししてからそう思うようになっていた。

 これらが私のこいしに対する想い。知って欲しい想い。

「……桜花は、私のことを独りにしたくないんだ」

 目を閉じたままのこいしがそう言う。
 
 え? あれ?

「私が桜花のことを意識してるのは、まあ、責任を感じてるからなんだけどね。……でも、そんな行動で桜花が喜んでくれてるなら嬉しいな」

 ああ、そうだったんだ。あれがこいしなりの責任の取り方だったんだ。
 私を捕まえたことなんて気にしてないんじゃないだろうか、なんて思ってた。

 いやいや、そんなことよりも―――

「ひどいなぁ。私はそんなに薄情じゃ……って、え?」

「……第三の眼が開いてる?」

 私とこいしの声とが重なった。

 そう、閉じられていたこいしの第三の眼が開いていたのだ。
 こいしは私の心を読んで気付いたようで、今になってようやく自らの『眼』を見下ろしてる。

「えっ! なんでっ?」

 本人もかなり驚いてるみたいだった。それが私に伝わってきたのか私も何故だか驚きが大きくなってしまう。

「とにかく、さとり! さとりの所に行こう!」
「う、うん! そうだね!」

 フタリで混乱したまま部屋から飛び出したのだった。



「さとり、さとり、さとり!」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん!」

 私たちは慌しくさとりの部屋へと入っていった。
 ああ! 私たちは何のためにここに来たんだっけ。とりあえず、さとりに何かを伝えないと!

「どうしたのよ、フタリとも」

 本を読んでいたさとりが顔を上げてこちらを怪訝そうに見る。

「こいしが! こいしが!」

 何を言っていいかわからないからとりあえずさとりへと詰め寄って思いついたことを口にする。

「私ね! 私ね!」

 こいしも私と同じくらい混乱してるみたいで口から発する言葉に重要な情報が一切含まれていない。

「と、とりあえず、フタリとも落ち着きなさい。何を言いたいのかさっぱりだし、桜花も何を考えてるんだかわからないわよ」

 私とこいしのフタリに詰め寄られてさとりが動揺してた。第三の眼も目を回してしまっているように落ち着きなく動いている。

 おっと、確かに落ち着かないといけない。これだと何のためにここに来たんだかわからないし。

 取り合えず、深呼吸。
 大きく吸って、大きく吐くを繰り返す。

 少し意識に余裕が出来て隣を見てみるとこいしも同じようにしていた。

 そうそう、こいしのことでさとりに伝えたいことがあったんだ。
 最後に息を吐いて、伝えたいことを思い出す。

「こいしが私の心を読んだんだよ」
「私が桜花の心を読んじゃったんだ」

 あ、声が重なった。
 なんとなく顔を見合わせてみると、何故が笑いがこみ上げてきた。

「こいしが?」

 私たちとは対照的にさとりは何やら考え込んでいるようだった。その視線はこいしの第三の眼へと―――

 あれ? さっきは開いてた眼が閉じちゃってる。

「……嘘を言ってるみたいではないわね」

 今度は私のほうに視線を向けてる。私を疑っている、というよりは状況自体が信じられない、といった感じだ。

「こいし、一応聞いてみるけど、今、私か桜花の心が読めるかしら?」
「……むぅ〜〜」

 私のほうを向いて、眉間に力を込める。……さっきは、そんなやりかたしてなかったよね。
 でも、かなり真剣だから止めるのも悪いなぁ。

「ぅ〜〜……。……はぁ、ダメみたい」

 力を抜いて肩を落とす。
 よし、今なら言える。

「こいし、さっきとやり方が違ってるよ。さっきは、目を閉じて静かにやってたよ」
「おっと、そう言えばそうだったね。だったら、早速」

 そう言うとこいしは私の方を向いたまま目を閉じる。
 私もこいしの方を見つめながら色んなことを思い浮かべてみる。
 とりあえずは、今日何が食べたいか、みたいなどうでもいいこと。

 それからしばらく経って―――

「やっぱりダメみたい……」

 目を開いて、また肩を落としたのだった。

「そんなに気を落とす必要はないわよ。誰かの心を見たいと強く思えばまた読めるかもしれないから」
「お姉ちゃん……」

 椅子から立ち上がったさとりがこいしを抱き寄せて優しく頭を撫でる。

「こいし、久しぶりの他者の心はどうだったかしら?」
「うん。桜花の心の中はすごく居心地がよかったよ」

 うわぁ、なんだろう。すごく恥ずかしい。
 心を読まれたこと自体はなんとも思わなかったけど、そういう感想を持たれるのはまた別物だった。

「こいし、その気持ちを忘れないようにしなさい。そうすれば、また心を読めるようになる日が来るかもしれないから」
「うん」

 こいしがさとりの言葉に頷く。
 これが姉妹かぁ。見てるだけでなんだか温かい気持ちになってくる。

「桜花、ありがとう。貴女のおかげよ」

 こいしを放してさとりがお礼を言ってきた。こいしも私のことを見ている。

「……私、何もしてないよ?」
「何を言ってるのよ。私以外にこいしにこれほど近づいたのなんて貴女が初めてよ」
「お燐とかお空は?」
「あの子たちはこいしを飼い主、として見てるからどうしても遠慮が生まれてしまってるのよ。でも、貴女はこいしを飼い主としては見てないでしょう?」
「うん、まあ」

 出会いがあんな感じだったし、その後もこいしを飼い主、だとは思えなかったしねぇ。どちらかというと……何なんだろうか、よく分からない。取り合えず、一緒にいたい、っていうのは確かなんだけど。
 家族、は違うなぁ。私がそうなりたいって思ってるだけだし。

「桜花は私たちの家族になりたいって思ってるんだよね」

 こいしが私の心を読んだかのようにそう言う。
 こいしの眼を確認してみたけど閉じたままだった。

「私は大歓迎よ。こいしもそうでしょう?」
「うん! 当然!」

 さとりもこいしも考える様子を少しも見せることなくそう言った。
 私なんかが家族になっても良いんだろうか。あー、いや、そんなことを考えるのも今更か。こいしに捕まってからずっと私はこいしと、この古明地姉妹と共にいたんだし。

 なら、私もこう答えるしかないか。

「こいし、さとり。これからは、家族としてお願いします」

 改まったように私は丁寧な言葉でそう言いながら頭を下げた。多分、後にも先にも頭を下げるだなんて事をするのはこの時だけだと思う。

「うん、よろしく、桜花!」

 わわっ、こいしが抱きついてきた。
 嬉しそうな笑顔を浮かべたこいしの顔が間近にある。数々の笑顔を見てきたけど、ここまで近くで見たのは今日が初めてだ。

 私も多分、笑顔を浮かべてるんだろうなぁ、って思う。
 何だかすごく幸せな気分なのだ。

 これが、家族としての気持ちなんだろうか。それとも、単にこいしの笑顔に釣られてるだけ?

 まあ、どっちでもいいか。私は幸せ。ただそれだけでいい。
 それ以上のことはこれからもう少し時間をかけて考えればいい。

 いつかきっと答えが見つかるはずだ。

 こいしの眼もそんなふうにいつかは開いてくれるのかな?


Fin



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