◇Flandre's side


「なんだか、ここだけ異様な雰囲気を放っていますわね」

 そう言って咲夜が見上げるのは西洋建築の建物、地霊殿だ。教会のような真っ白な外装は、ふさわしい場所にあれば人を惹きつけることはあれど、周囲から浮くことはないだろう。けど、地霊殿は洞窟の中に建てられている。そのうえ、少し距離があるとはいえ、他の建物は和風建築のものばかりだ。悪目立ちをしてしまうのも当然だと言える。

 私は結局ここに来てしまった。最初は館の敷地の外をぐるぐると回っているだけだった。けど、咲夜につまらないと言われ、こいしとさとりのことを考えながら仕方なく外へと向けて適当に足を進めていたら、ここに向かってしまっていた。
 途中で別の方向に向かおうともしたけど、どこに向かうべきなのかがわからず、進んでいるうちにここについてしまっていた。

 さとりに会う覚悟なんてできていない。むしろ、あれこれと考えているうちに、余計に会いにくくなってしまった。いつだったかも似たようなことがあった気がする。あのときは、別段後ろめたさがあったというわけではないけれども。

「フランドールお嬢様」

 地霊殿へと背を向けた後、立ち去ろうとしたところで、咲夜に呼ばれる。絶妙なタイミングに私は驚いて、身体を震わせる。

「せっかくここまで来たのに逃げ帰るつもりですか? 私を散々連れ回しておいて」

 そんな嫌みを言ってくる。遠回しに背中を押してくれているという可能性もないとは言えないけど、私にはそれを見極めることはできない。純粋にこちらを非難してきているようにしか聞こえない。

「……咲夜が勝手についてきたんだよね?」
「私はレミリアお嬢様の命令に従ったまでです」
「……なら、文句を言わずについてくれば?」

 逃げ出そうとしていたのは事実だし、そのことに後ろめたさを感じてもいるから、反論の声は弱々しいものとなってしまう。
 これ以上の反抗は難しいだろう。

「わかりました。では、そうさせていただきます」

 けど、やけに素直にこちらの言い分を聞いてくれた。

「ですが、その前に挨拶くらいはしておいた方がいいのではないでしょうか?」

 と思いきやそんなことはなかった。
 一瞬、何を言っているのかわからなかった。けど、ここは地霊殿の前で、いつ中の誰かがこちらに気づいてさとりに伝えに行っていてもおかしくはない。
 文句を言っていたのも、単純に足止めのためだったのかもしれない。いやでも、咲夜がここに来るのは初めてだろうし、狙ってできることとも思えない。

「駄目で元々、私が来ないなら来ないでいいと考えていましたよ」

 背後から聞こえてくる声が、私の疑問に答えてくれる。このまま逃げて聞かなかったことにすることもできたのかもしれない。
 けど、行き先を見失った私は逃げることさえできなかった。

「……久しぶり、さとり」

 どんな声で話しかけていいのかわからないまま、後ろに振り返りそう言う。

「お久しぶりです、フランドールさん。私は別に、忘れられていたとしても気にしませんよ。私の方から忘れてくださいと言ったのですから」

 その優しげな響きの言葉を聞いて、私は泣きそうになる。私と違って、さとりは辛いはずなのに。

「それから、あなたが十六夜咲夜さんですよね。初めまして、古明地さとりです」
「ええ、初めまして。それで、早速で悪いけど、しばらくフランドールお嬢様のことを預かっててくれるかしら」

 咲夜は早口でまくし立てるようにそう言う。なんだか、今すぐにでもここを立ち去りたいといった雰囲気を醸し出している。

「はい、いいですよ」
「じゃあ、頼んだわね。では、フランドールお嬢様、私はここで」
「え……、いや、ちょっと待って!」

 一瞬、咲夜の珍しい姿に呆然としてしまっていた。例えそうでなくても、咲夜には逃げられてしまっていただろうけど。
 さとりとの間に色々とある今、二人きりにされるというのは非常に居心地が悪い。

「フランドールさんが気に病む必要はありません。どうしても、私といるのが辛いというなら、適当な部屋でペットたちと遊んで時間を潰してもらっても構いませんよ」

 さとりの言葉が私の胸へと突き刺さってくる。本来、さとりの方が気遣われてしかるべき状況にいるはずなのに……。

「ううん。さとりといさせて」

 居心地の悪さを感じているのは確かだけど、だからといって逃げるわけにもいかない。向かうべき場所として真っ先に思い浮かんだのはここなのだ。きっと、何かがあるのだと根拠も何もなく、ただただ直感に従ってそう思う。

「そうですか。……では、中にお入りください」
「うん」

 さとりの背中を追いかけて、地霊殿へと入った。





 いつものように、食堂へと案内される。そういえば、さとりの部屋に入ったのはこいしをさとりと会わせるときだけで、それ以来は入っていない。そもそもここに来ること自体が少ないのだけど。

「まあ、事務的な話をするのでなければ、この部屋の方が便利ですからね。少し待っていていただけますか?」

 さとりは六人掛けのテーブルの席の一つに私を座らせると、キッチンの方へと姿を消してしまう。この時点ですでに、前回のさとりとのやり取りを思い出していて、気分が沈んできている。こんなことをしにきたわけではないのに。

 だから、沈みきってしまう前にこれからどうすべきかというのを考えることにする。
 ここに来るまでの間も、そのことについては考えていた。こいしがさとりに会えるようにしたいということに変わりはない。けど、こいしにそんなのはただの理想だと言われ、私自身もそう思ってしまっている。だからといって、こいしがさとりから距離を取り続けるというのも間違っていると思う。当然、さとりが現状を受け入れてしまうことも。
 そう、結局館を追い出される前から何一つ進んでいない。私が館の周りを意味もなくぐるぐると回っていたのと同じで、思考も堂々巡りだ。
 それでも、私は何か答えを出さなくてはいけない。お姉様に命じられるような形でしっかりと考え始めたことだけど、私の意志でもそうしたいと思っていることだ。

 そういえば、ここまで熟考するのは久しぶりのような気がする。何かを考えていても、大抵そこにこいしの声が割って入ってきて、その声に流されていた。
 咲夜が言っていた危なっかしいというのはこのことなのだろうか。でも、なんとなく違うような気もする。今の今までこいしの言葉に疑問を持つことはなかったから、私の中から意志を引っ張り出してきているだけだと思う。

「ですが、それを繰り返しているうちに、相手の思考を意のままに操ることができるようにもなります。いつしか決定だけでなく、思考でさえも私たち覚り妖怪の方へと依存してしまうはずですから」

 さとりが甘い香りを携えてキッチンから戻ってくる。白磁の少し大きなコップが両手に一つずつある。甘い香りはそこに入れられたものから立ち上っているのだろう。久しぶりにかぐ、どこか優しいココアの香りは私の心を落ち着かせる。紅茶の香りをかぐときとは違う落ち着き方のような気がする。
 今の状況では落ち着くと言っても誤差の範囲でしかないのだけれど。

「……それって、こいしが私を操ろうとしてるってこと?」

 ここ数日の様子を見ている限りでは、依存されているという印象が強くて、操られそうになっているという感じは受けない。むしろ、私が操ろうと思えば操ることができてしまうのではないだろうかとさえ思えてしまう。

「操られていると思われてしまうようなのは不完全ですよ。どちらかというとそういうのは支配ですね。これは、気づいたとしても抜け出すのは困難ですから。はい、どうぞ」

 私の前に二つのコップのうち、一つを置く。そして、さとりは私の向かい側の席へと腰掛ける。
 私はコップへと手は付けない。今はあまり味を楽しんでいられるような余裕がないから。

「それに、依存するにしてもやはりより理想に近い方がいいと思うことは多々あります。……今現在、こいしが頼れるのがフランドールさんだけなので、特にそう考えている可能性は高いと思います」

 依存する相手を全面的に受け入れる私には思いつかない発想だ。でも、一度こいしの執着を見たことがあるから、納得することはできる。
 なら、こいしは私を意のままに操るつもりがあるということなのだろうか。けど、それを含めて考えてみても、操られているとは思えない。ここ最近のこいしの言動を振り返ってみると、必死に縋っているような印象しか受けない。

「無自覚にそういうことができる才能があるのかもしれません。あの子の力自体が、無意識を操るというものですし」

 そう言われると、反論は浮かんでこなくなる。
 というよりも、私はどうしてここまで躍起になってこいしを庇っているのだろうか。操られそうになっているか否かなんて、どちらだろうと私の行動は変わらないはずなのに。
 大事なのは真実がどうであるか。間違ったまま進んでも良い方向に進むなんてことは滅多にないのだから。

「いえ、私も否定的なことを言い過ぎですね。なんだか、フランドールさんの真っ直ぐさを見ていると不安になるんですよ。しっかりと考えをまとめようとしているだけに」
「咲夜にも似たようなこと言われたんだけど、……そういうふうに見える?」

 もしかすると、お姉様も同じようなことを感じていたのかもしれない。それも、誰よりも早く。何を指していたのかよくわからない抽象的な警告の言葉を思い出してそう思う。知らぬは当人ばかりなり、ということだろうか。

「そうですね。フランドールさんは、自分の世界の中に入ってくることを許した相手を信じやすい傾向があります。嘘や冗談を見抜けるだけの頭の良さがあるせいで、自覚が芽生えにくくなっているようです」

 自覚していないことを言葉にされるというのはなんとも不思議な感覚だ。自分のことではなく、他人のことを語られているような気がする。

「普通はこういうことを言われたら、疑うか気味悪がるかのどちらかなんですけどね。それにも関わらず、フランドールさんは私の言葉を信じてくださっている。それは気に入ってもらえている証なので喜べる反面、やはり不安にもなるんですよ」

 それは言い換えると、私はある程度認めた相手の前では無防備になるということだろうか。例えば、簡単に私の意識を操ることができてしまうほどに。

 ……こいしは、私を操ろうとしているのだろうか。
 自らの無防備さを自覚した私は、再度その問いかけを自身に向けてみる。
 それでも、思い浮かぶのはやはり怯えた様子を見せるこいしだけ。操るという言葉はあまりにも不釣り合いな姿。
 けど、代わりに一つ気づいたこともある。それは、私がこいしの言動を受けて、甘やかしすぎているということ。こいしの傍にいた私はそれでもいいと思っていた。
 けど、私の傍に止まらせておくならともかく、前に進ませるつもりなら、もっと押していくべきだった。せめて、考えるのをやめるのではなく、だいじょうぶなんだと信じ続けているべきだった。それだというのに、私はこいしに話しかけられ、寄りかかられ、縋られるというだけでそのことを止めていた。
 例え、そうなるのが自身の望みだったとしても、私ならそうして忘れていく過程を見ていたら不安になっているだろう。

「……さとり、また時間をもらっていい?」

 もしかしたら、またこいしの言葉を無防備に受け取って迷ってしまうかもしれない。それでも今はどうすべきかを見つけた。意識しすぎて、押しつけがましくなってしまわないか。それが心配ではあるけれど。

「構いませんよ。そうして、諦めない心を持っていてくださるだけでありがたいですから。……ですが、前にも言いましたが、こいしの幸せに私が不要だと感じれば、私のことはそのまま忘れてください。迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」
「ねえ、さとり」

 悲しいことを言うさとりを見ていて、ふとあることが思い浮かぶ。それのせいなのか、それとも声そのものに驚いたのかさとりが身体を震わせる。

「私がこんなことを言うのもなんだけど、さとりももっと前向きなことを考えてみたらどうかな。そうすれば、もしこいしの目にさとりの心が映ったとしても、その分だけ平気になると思う」

 辛いことを思い出すなというのは無理な話だろう。私だって、できれば思い出したくないことをふと思い出すことがある。けど、その中には優しいものも一緒に映り込んでいて、鮮明に思い出したときに精神の受ける損害は案外軽い。
 それに、あんな状況でもお姉様は私の幸せを信じてくれていたんだと思う。少なくとも悲嘆に暮れた顔を見たことはない。だから、もし仮に思い出の中に支えになりそうなものがないなら、これからを思い描いていけばいいんだと思う。すぐにでも引きずり込まれていきそうな現実ではなく、手に届きそうにないくらい滑稽でもいいから幸せな理想を。
 嘲笑われても、否定されても、それでもそれが幸せへの近道だというのなら。

「私もこいしの臆病さに負けないくらい前向きに考えるから。だから、さとりもこいしとの幸せを信じてて」

 さとりも私も、考えすぎて後ろ向きになってしまうタイプなんだと思う。そのことの是非はともかく、心を読むことのできるこいしを相手にするには邪魔になる。
 だから、私はさとりが前向きに考えてくれるというなら、これ以上後ろ向きなことは考えない。考える必要もない。

「少し活路が見出せただけで、それを更に広げて希望とできるのはそこまで後ろ向きだとは思いませんよ。私ではその小さな光も闇の中に埋もれさせてしまいますから」

 私に向けられる視線は、眩しいものを見つめるようなもの。私に向けるには似つかわしくない気のするそれに、私は先ほどまでとは別の居心地の悪さを感じる。

「よければフランドールさんの光を分けてはいただけないでしょうか。そうすれば、私はもう少し前を向いていられるような気がします」
「うん、いいよ」

 折角だから、夢のような幸せを、他人が見れば一笑に付されてしまいそうなほどに理想的な幸せを想い描こう。
 甘すぎるだろうと口を付けることのできなかったココアも、今なら落ち着いて味わうことができそうだった。


◇Koishi's side


「なかなか帰ってこないわね、あの子」

 時計の音だけが響く静かな部屋にレミリアの言葉が響く。私は返事もせずに布団に顔を埋めたまま動かない。

 あの後、私たちは延々と不毛な会話を続けていた。互いに詭弁を弄し、屁理屈で反論し、気まぐれに減らず口を投げかけた。
 けど、私はふとした拍子に何をしているんだろうかと疑問を抱き、同時に敵意も失ってしまっていた。そして、気がつけば不安が私の心を覆い始めていた。

 私は不安に支配されてしまう前に、急いで椅子から立ち上がってフランの部屋を目指した。レミリアに止められるかと思ったけど、黙ってついてくるだけだった。厄介なことに。
 そして私はいつだったかのように、フランの布団へと顔を埋めた。ここ最近は私も一緒になって寝ているけど、それでも気配の残滓くらいは感じられるだろうと思って。
 そして、レミリアはなぜだかベッドに腰掛け、そのままこうなったというわけだ。

 切羽詰まった私に対して、飄々とした態度を取り続けるレミリアの気配を感じていると、噛みついていきたい衝動が沸々とわき出てくる。でも、身体を起こすのが面倒くさくて、何を言われても無視を続けていた。そして、レミリアもまた私のそんな態度を無視して飄々とした態度のまま話しかけてきた。

「ねえ、そろそろ詰まらなくなってきたんだけど」

 けど、レミリアの方はついに我慢ならなくなったようだ。退屈そうな声は、見掛け相応の響きを伴っている。
 当然無視をする。私が構う必要性は全くないのだ。

「寝ているのかしら?」

 そんなことを言いながら、髪に触れてくる。こんなのがいる横で眠れるわけがない。
 私は埋めたままの頭を勢いよく振ってその手を拒否する。レミリアの手は引っ込んで、私に触れるものはなくなる。
 レミリアは、私の行動を非難するようなことはなかった。それ以上に面倒くさいことに、悪戯心を浮かべている。

「起きてるんじゃない」

 そして、楽しそうに笑う。私に敵意を向けていたはずなのに、それはどこへやってしまったんだろうか。感情が気まぐれに移ろいすぎていて、今の私でも何を考えているのかさっぱりわからない。
 などと考えていたら、再び手が触れてきた。私は先ほどと同様に頭を振って、その手の感触を拒否する。でも、今度はしつこく何度も付きまとってくる。
 同じことを何度か繰り返しているうちに、レミリアが私の反応を楽しんでいるということに気づく。それが癪で頭の動きを止めるけど、そうすると当然のようにレミリアの手は私の頭に触れて撫で始める。
 何をやっても、レミリアにとって都合のいい方に振れてしまう。

「嫌なら嫌だってちゃんと言った方がいいわよ」

 口調はからかうようなものだし、前面に出ている感情も愉楽だ。けど、そのくせ手つきは優しげで、手慣れた様子で、そのことがすごく気に入らない。
 けど、どんな反応をしようとも楽しまれるのだと思い、私は何もしないことを選ぶ。一番楽だから。

 その結果訪れるのは沈黙。規則正しい針の音に、私の髪が揺らされる音が混じる。ものすごく居心地が悪い。

「……いつまで撫でてるつもり」

 今度は私が負けた。でも、素直にイヤだと言うのは最悪な負け方のような気がしたから、できうる限り声に嫌気を込めるにとどめる。

「貴女が嫌だと言うか、フランが帰ってくるまで。それか、貴女がちゃんと私と会話してくれるなら止めてあげてもいいわよ。私は暇で暇で仕方がないのよ」
「なら、どっかに行けばいいのに」
「貴女の面倒は私が見ておくとフランに言ったから、それはできないわね」

 そう言いながら、手の動きを変える。髪の間へと指を滑り込ませて、何度か絡まった髪を引っかけながら指が抜けていく。手櫛で私の髪を梳いていく。

「あんまり手入れをしてないのね」

 マイペースにそんなことを言っている。

「まあ、面倒くさいのはわからないでもないわ。私も咲夜がいなかったら放っておいてるでしょうし」

 そんなものぐさな発言の割には手つきは手慣れている。誰かに対して同じことをしていたんだろうか。思い浮かぶのはフランくらいだけど。
 またしばらくすると沈黙が場を支配する。居心地は、不思議と悪くない。けど、認めてしまうのは非常に癪だ。
 だから、首を振って振り払う。けど、それを止めてしまえば再び指が髪の中へと滑り込んでくる。

「私はあなたに籠絡なんてされない」
「単に暇を潰しているだけ。後、そんな格好でそんな事を言っても、滑稽なだけよ」

 笑われてしまう。対抗してやりたいと思うけど、実行するだけの気力がない。相手が飄々としすぎていて敵意が沸かない。敵意がなければ、私は恐怖に追い立てられてしまう。
 そして、なけなしの気力も尽きて、なすがままとなるしかできない。レミリアの手に心地よさを感じてしまう。けど、それを受け入れたくないから、小さくうなり声を出す。

「フラン以外が怖いのかもしれないけど、近づいてくるのを全部追い払うのは不健全だと思うわよ」
「……最初は敵意を向けてたくせに」
「そりゃあ、私の身内に何らかの害を与えそうなら警戒するのは当然でしょう? フランがご執心みたいだから、傍にいるのを許してただけ。でも、しばらく見てたら、関わってみるのも面白いかな、とね」

 無邪気にそんなことを言う。

「だからと言って、フランを自分の思い通りにしようとしてたってのを許すつもりはないけど」

 でも、一瞬で声に鋭さが混じる。私は思わず身体を震わせる。
 私はこの変化が特に苦手だ。暢気な様子を見せて敵意の欠片さえも見えなかったのに、不意にそんなものを見せられてしまうと、身体を竦ませることしかできない。

「ま、しっかりと考えた結果フランがそれでもいいって言うなら、止めるつもりはないけどね。不本意だけど」

 そしてまた敵意はすぐに引っ込んでしまう。この掴み所のない感情の変化に私はついていけない。正真正銘のマイペースとはこういうのを言うのだろう。

「どうせなら、誰かに引っ張られるでもなく、都合のいいように利用されるでもなく、自らの意志で誰かを導くようになってほしいわよね。たとえば、貴女みたいな暗闇の中で怯えてるのを救い出すとか」

 そんな存在いるわけがない。何もかもが思い通りにいくなんてあり得ないのだ。

「貴女はそれを夢物語だ、みたいに思っているみたいだけど、私から見れば悲劇のヒロインを演じているようで気に食わないわ。詳しいことは知らないけど、別に何十、何百という存在に受け入れてもらえと言ってる訳ではないんでしょう? 相手にするのはたった一人、それも本気で貴女の事を心配するようなの。何をそんなに怖がる必要があるのかしら?」

 何も知らないからそう言えるのではないだろう。たぶん、私がお姉ちゃんを避ける理由を聞いても、言うことは変わらないだろうと思う。
 ひねくれている癖に底抜けに前向き。それが、レミリアの性質。後ろ向きにひねくれている私とは相容れないはずだ。

「……勝手なこと言わないで」

 苛立ちに任せた言葉が口から出てくる。

「そりゃあ、思いついたことを大して思慮せず口にしてるんだから勝手よね」

 悪びれた様子もなくからからと笑う。からかわれているとしか思えない。もしかすると、直接的な敵意を向ける代わりに、こうしてひねくれた嫌がらせをしてきているのかもしれない。

「でも、一つだけしっかりと考えた上でのことを言ってあげる」

 不意に声に真剣さが込められる。私は思わず、それに続く言葉を待ってしまう。

「フランは一度、貴女に光を与えた。そのせいで、暗闇もはっきりと見えるようになってしまったみたいだけどね。でも、あの子はもっと多くの光を与えるようになるはず。そうなれば、貴女の暗闇は気にならない程度のものになるわ」

 優しい声音は私に向けられたものではない。その溢れんばかりの愛情の乗せられた言葉はフランへと向けられたものだ。

「……意味わかんない」
「あの子を信じてあげてってこと。他人を信用できなさそうな貴女が信頼するくらいなんだから、難しくはないでしょう?」

 今までの会話からは信じられないくらいに素直な言葉。もしかして、この言葉のためだけに今までの不毛な会話は続けられていたんだろうか。そうだとすれば、遠回りしすぎだ。
 けど、レミリアの言葉は私の深い部分まで突き刺さっていた。そう簡単に抜けはしないだろう。

 ……目を開いてからの私は、フランを信じていただろうか?

 そのことを直視したくなくて、私はレミリアに髪を梳かれる心地よさに身をゆだねて、そっと瞼を下ろした。


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