◇Flandre's side


「ねえ、フラン。あれからだいぶ経ったけど、こいしを帰らせる目処は立ったのかしら?」

 食堂で昼食を摂っていると、長いテーブルの対面の席に座っているお姉様がそう聞いてきた。ミートソーススパゲティを巻き付けようとフォークを回していた手が、ぴたりと止まる。

「え、っと……、考えた方がいい、よね?」

 正直に言うと、すっかり忘れてしまっていた。正確にはこいしを帰らせるというよりも、さとりに会える状態にするといった感じだけど、やるべきことはそう変わらないだろう。
 最初は頻繁にさとりのことを考えていたと思う。けど、こいしがいやがる様子を見せるから、次第に考えるのを控えるようにしていた。それに、さとりの否定的な言葉を繰り返し反復しているうちに、私自身の気分まで落ち込んでしまい、あまり前向きなことを考えられなくなっていた。そして気がつけば、こうしてお姉様に指摘されるまで忘れてしまっていた。

「別に貴女が一緒に住みたいと言うなら、それでもいいけどね。私も、パチェを住まわせてることだし」

 状況が違えばそれもいいのかもしれないけど、今のこいしを素直にそのまま私の傍に住ませることはできない。こいしには帰るべき場所がある。そこには、帰りを待っている人もいるのだ。いつまでも私の傍で震わせている、というわけにもいかない。完全に受け入れるのは、せめてその震えを止めてからだ。
 そんなことを考えていると、こいしが縋るように私の腕を握ってきた。それが、私の思考からさとりを追い出そうとする。今までこいしを慮って、さとりのことを考えないようにするのが癖になってしまっているようだ。
 なんにせよ、私がどうしたいのかは決まっている。

「私はこいしがさとりのところに帰れるようにしてあげたい」

 言葉にしてそれを再確認。

 今度はしっかりと忘れないようにしよう。こいしは過去を鮮明に思い出すきっかけとなってしまうのを恐れているのかもしれない。でも、だからといって、忘れてしまってはなんの意味もない。
 だから、こいしには辛いかもしれないけど、今後はできるだけ考えるようにしておこう。そうじゃないと、解決策も浮かんでこないだろうし。

「……こいし、痛いんだけど」

 そんなふうにしてつらつらと考えていると、こいしが両手を使って私の腕を絞るように捻り始めていた。耐えられないというほどではないけど、地味に痛い。

「知ってる」

 平坦な口調が返ってきた。手の力は弱められていない。
 なんだか思っている以上に拒絶が強い気がする。そして、そのことに何か違和感を抱く。単純に自分の過去を直視することだけをいやがっているわけではないような気がする。
 こいしの感情を読み取ってみようと、翡翠色の瞳をじっと見つめてみようとする。けど、ふいと視線を逸らされてしまう。それと同時に、手の力は弱まる。

「何か都合の悪いこと考えてる?」
「そんなことない」
「なら、ちゃんとこっち見て」
「フランが私に惚れてくれるならいいよ」

 そんな無茶な要求をしてくる。何かを隠しているのはほぼ確定だ。でも、それはなんだろうか。
 つんと澄ました横顔を見つめてみる。特にこれといって、不審な感情は見当たらない。正面から見ても、その結果に変わりはないだろう。

「フラン? 話題を振った私が言うのもなんだけど、あまり食事の邪魔はしない方がいいんじゃないかしら? 追求する時間はいくらでもあるんだし」
「あ、それもそうか。ごめんなさい、こいし」

 食事中だということをすっかり忘れていた。こいしが隠していることが、現状の解決に役立つかどうかわからない以上、追求を焦っても仕方ない。
 お姉様の言うとおり、後からゆっくりとやっていけばいいだろう。あまりいやがるようなら、気にしないようにすればいいし。

「食べさせてくれたら許す」
「えー……」

 口では不満の声を上げながらも、こいしの前に置かれた皿からフォークを手に取る。
 ここ最近はこうして流されていることが多い。甘やかしすぎだろうかと思ったりするけど、まあいいかと思い、結局こいしの望んだ通りに動いている。

 くるくるとフォークを回して、赤いソースの絡んだスパゲティを巻き付ける。自分で食べるときよりは気持ち少な目になるような感じで。一度同じようなことをしたときに、少し食べづらそうにしていたのだ。

 落ちてもだいじょうぶなように手を添えながら、こいしの口元へとフォークを持って行く。こいしは素直に口を開く。フォークの先端を刺してしまわないように気をつけ、そっと口の中へと入れる。
 そうすると、こいしが口を閉じてフォークをくわえる。そっとフォークを引き抜くと、そこには何も残っていない。
 こいしはどことなく幸せそうな様子で咀嚼を始める。

「私はフランが傍にいてくれるから幸せだよ」
「食べながら喋るのは行儀が悪いと思う」
「……、相変わらずつれないねぇ、フランは」

 一応私の言葉を聞いてくれたようで、冗談めかした言い方をしながらも、口の中の物をしっかりと飲み込んでからそう言う。こういった部分は、以前に比べるとだいぶ素直になっているのではないだろうかと思う。
 そんなことを考えながら、再びフォークにくるくるとスパゲティを巻き付ける。

「余計な期待を抱かせたくないってだけ。今のこいしなら、そういう心配はしなくてもいいだろうけど。はい」
「ケチ。振りでもいいから、そういう姿を見せてくれてもいいのに」

 文句と願望の混じった言葉をこちらに返してきた後、口を開ける。さっきと同じように口の中へと入れてあげると、今度は静かに咀嚼を始める。
 しばらく手持ちぶさたな私は、こいしの顔を見つめてみる。何か見えてこないかなぁと。そう都合良くはいかないだろうけど。
 それに、こうしてこいしの姿を眺めていると、不思議な感慨が浮かんでくるのだ。今まで抱くことのなかった種類の感情だから、それが正しいのかはわからないけど、保護欲に属するものだと思う。
 こいしはこういう感情を抱かれることを嫌がるような印象があるけど、今のこいしはやはりどことなく嬉しそうに幸せそうな表情を浮かべているだけだ。文句を言ってくるような様子は微塵も感じられない。
 それはたぶん、こいしが私以外に頼れる存在がいないという何よりもの証左なのだと思う。

「だから、私はいつまでもフランの傍にいたいって願った。フランがこのままお姉ちゃんのことを忘れてたら、その願いも叶ってたのに」

 こいしは横目でお姉様の方を見る。お姉様の言葉によって私がさとりのことを思い出したことを非難しているのだろう。
 見たくもない心が見えてしまうかもしれないから、私以外の顔を見据えるのは怖いらしい。でも、最初はお姉様が傍にいることさえいやがっていたのだ。それを考えると、お姉様が傍にいることをいやがらなくなったのはいくらかの進歩だと思う。

「何? 私を恨んでるのかしら? まあ、放っておいても良かったけど、どうせどこかで思い出してたんじゃないかしら?」

 お姉様はこいしの遠回しな文句を対して気にした様子も見せずに、平然とした態度でそう言う。
 こいしはお姉様への反論が思い浮かばないのか、視線を逸らして考え込む。大して時間のかからないうちに、今度は私を睨んでくる。
 私が今考えていることに対するものなのか、それともさとりの所に連れて行こうとしていることに対するものなのか。

「両方。でも、後者に対しての文句の方が大きい」
「……どうしても、さとりに会いたくないの?」

 こいしの状況を考えると会えない、だと思う。でも、言動の節々から、そうしたものを感じられるのだ。

「会いたくない」

 感情のこもらない口調できっぱりと言う。そういう言い方をされると、さとり本人でもないのに寂しさが去来する。
 強がりなのだろうと思いたい。だけど、こいしの翠の瞳にはそうでなはないだろうと思わせる、後ろ向きな強さが宿っている。
 ……もしかして、本当にさとりと会いたくないなんて考えているんだろうか。

「私にはフランだけがいればいい。それ以外は誰もいらない」
「……それは、私が許さない」

 迷いの一切感じられない言葉に多少たじろぐ。けど、こいしがさとりに会いたくない理由が、お互い嫌い合っているというわけではなく、こいしの臆病さから来るものだというなら譲ることはできない。

「へぇ、それなら今すぐお姉ちゃんを徹底的に拒絶してこようか? それで文句ない? それとも、私が傷を乗り越えてお姉ちゃんと向き合えるようになるなんて理想を押しつけるつもり? そもそも、お姉ちゃんも私に会うことを諦めてるのに」
「それは……」

 嘲りを含んだ理想という言葉に、私は何も言い返せなくなる。感情はこいしの言うことは間違いだと訴えかけてきているけど、理性がそれを支えるだけの理屈を組み立てられない。だって、こいしがさとりと向き合って、無事でいられるようにする方法は何も思い浮かんでいないのだから。

「そこで詰まるってことは、フラン自身無理だって思ってるんだよ。だからほら、さっさと諦めて私を受け入れちゃった方が楽だよ?」

 甘い言葉を使って、私にこれ以上さとりのことを考えさせないようにしてくる。けど、これくらいで諦めるなら、そもそもここまでこいしと関わることはなかったと思う。あまり関わることはないとはいえ、さとりがいなければ私があそこまでがんばるようなことはなかっただろうから。
 それに、私はこいしのことを受け入れているつもりだ。こいしがさとりを避けているという問題がなければ、このままでもいいと思っている。ただ、さとりを避けているということが気にかかっているというだけだ。

「でも、フランはそれを忘れてた」

 その通り。それは否定できない。

「だから、本当はどうでもいいと思ってるんだよ」

 そう、なんだろうか。ただ、こいしに配慮をしていたというだけで、さとりのことを疎かにしていたつもりはない。けど、それなら、そもそも忘れることはなかったのではないだろうか。
 段々と、自分の考えに自信が持てなくなってくる。

「自信がないなら、そんな信念を貫いたって仕方ないよ。お姉ちゃんは他に頼れる人がいないから、フランに頼んだけど、フランだって自分のせいで私たちの関係が粉々に砕けちゃうのはイヤでしょ?」

 私はほとんど反射的に頷く。

「だから、私はお姉ちゃんと距離を取ってるのが正しい。もう、フランはお姉ちゃんのことを気にかけないで、私のことだけを気にしてくれてればいい。それで、私はだいじょうぶだから。お姉ちゃんもそれでいいって言ってたでしょ?」

 少しの曇りもない笑顔を見て、こいしの言うとおりにすればいいのだと納得する。何か引っかかりはあるけど、今まで色々と考えてきたことの残滓なんだろうと気にかけないようにする。

「フラン」

 不意にお姉様の声が割り込んでくる。顔を向けてみると、鋭さをはらんだ紅い瞳と視線が合った。

「それで貴女は後悔しない?」

 その言葉は私の思考を凍らせた。

「今、私が――」
「黙ってなさい」

 こいしが不満そうな様子で何かを言おうとしていたけど、お姉様の声に身体を震わせて黙ってしまう。静かだけど、どこか威圧的な声だった。それを向けられたわけではない私も、少し身を竦ませてしまうほどに。
 お姉様は答えを待つように、じっとこちらを見据えている。思考も一瞬で溶解する。

 私はこのままさとりを放っておくという選択をすることに後悔するのは確かだろう。でも、こいしをさとりに会わせた結果、最悪の事態が巻き起こってしまえばやっぱり後悔する。
 こいしが幸せだというならそれでいいのかもしれない。さとりはそれでいいと言っていた。けど、そんな未来を考えると、寂しさが共に去来してくる。素直に受け入れられない。

「……わかんない」

 さとりと話をした後から何も進んでいない。現実と理想の狭間に最善の解が潜んでいるか否かさえ考えられていない。

「どうすればいいかな……?」
「このままこいしごと見捨ててしまえばいいんじゃないかしら? それが嫌なら、自分で考えなさい」

 縋ってみたら、なんの躊躇もなく突き放されてしまった。

「とりあえず、こいしから離れて散歩でもしながらゆっくり考えてみればいいんじゃないかしら? 横槍を入れて邪魔するこいしの面倒は私が見といてあげるから」

 お姉様の言葉には、こいしに対する棘が込められている。

「でも……」

 こいしは私から離れることをいやがっている。だから、見捨てるわけにはいかない。

「でもも何も、こいしのことを考えられるのは貴女だけよ? 私はどうなろうと知っちゃこっちゃないし、他の皆も同じだと思うわ。まあ、美鈴は真面目に考えてくれそうではあるけど……」

 そこでお姉様が面倒くさそうな表情を浮かべる。私しかこいしのことを考えるのはいないということを言いたかったんだろうけど、例外に気づいてしまったようだ。

「何にせよ、こいしを連れてきたのは貴女なんだから、責任は負うべきよ。だから咲夜、フランを外に放り出してあげてちょうだい」
「え、ちょっと……っ!」
「畏まりました」

 私が何かを言うよりも早く、咲夜の声が聞こえる。そして、日に照らされる庭が視界に入ってきていた。直接陽の当たる場所にいるわけではないけど、それでも不意の眩しさに目が眩む。
 そうして、反射的に手で庇を作り、気が付く。フォークを握ったままだったはずなのに、手の中からは消えていた。代わりにハンカチを握らされている。
 私はすぐに館の方へと身体を向ける。けど、咲夜が立ち塞がっていて、簡単に中に入ることはできそうにない

「フランドールお嬢様、気をつけてくださいね」
「……咲夜、中に入らせて」

 こちらの話を聞かずに勝手に決定したお姉様と、お姉様の命令に従った咲夜とに対する抗議のこもった声は、思いの外低いものとなっていた。

「駄目ですよ、レミリアお嬢様の折角のご助言を無碍にするだなんて」

 何を言ってもむだになりそうだから、咲夜の存在を無視してその横を通り過ぎようとする。早くこいしの所に戻らないと。
 けど、当然のように道を塞がれる。反対側を通ろうとするけど、やはり邪魔をされてしまう。
 睨み上げてみるけど、平然とした表情を返されるだけで効果はない。

「私もお嬢様のご判断は正しいと思っています。こうして邪魔をしているのは、お嬢様のご意志を尊重してですけどね。私個人としては、フランドールお嬢様とこいしの行く末にさほど興味はないですから」
「……なんで正しいと思うの?」
「危なっかしいからですよ。そのくせ、本人たちに自覚はない。いえ、こいしはわかってやっているのかもしれません。どちらにせよ、フランドールお嬢様は気づいていない」

 青色の瞳がこちらを真っ直ぐに見据えてくる。
 私の自覚にないこととは何だろうか。よほど重大なことを言われるのではないだろうかと身構えてしまう。

「さて、どこに出かけましょうか。今日は私がお供しますよ。監視のついでに」
「……私の自覚にないことって?」

 私は場違いな笑みを浮かべる咲夜にそう聞いていた。

「私はレミリアお嬢様の味方であって、フランドールお嬢様とは宿敵の関係なのですから、一から十まで教える義理も義務もありません。まあ、気が向けば話してあげないこともないですけど」

 咲夜と私との間にはお姉様がいる。私は咲夜のことを同志だと思っているけど、咲夜からは宿敵だと思われている。けど、だからといって特別対応が悪くなったりしているわけではない。むしろ、良い部類の扱いを受けていると思う。なんだかんだと言いながら、ある程度の助言はくれるところとか。
 それはいいとして、咲夜もお姉様と同じで一度そうと決めたら滅多にその考えを変えることはない。だから、何度同じ問いを発しても徒労に終わるだろう。だから、別のことを聞く。

「……仕事はいいの?」
「これも仕事の一環ですよ。放り出しても、すぐに戻ってこられては意味がないではないですか」

 言われてみればそうだ。真っ向から対立することばかり考えていたから、一度離れてまたすぐに戻ってくるという考えがなかった。

 私は諦めて館に背を向ける。そして、魔法で作り出した空間から日傘を取り出して広げた。こいしのことは気にかかるけど、咲夜が邪魔をしてくる限りどうしようもない。
 もし仮にどうにかできたとしても、その先にはお姉様がいる。それこそ、私にはどうしようもない。

「……どこに行けばいいの?」

 とはいえ、特に目的地も思い浮かばない。
 いや、地霊殿がふと思い浮かんできてはいた。ただ、最後の別れが私から逃げるような形となったこと、今まで忘れていたという後ろめたさ。それらの要素が、さとりに会いに行きにくくさせる。

「どこへでもお嬢様の気の向くままに。散歩とはそういうものらしいですわ」
「……そう言われても困るんだけど」
「まあ、私も同じことを言われたら困るでしょうね」

 割と似た者同士な私たちだった。


◇Koishi's side


 私は独り取り残されていた。半身を失って、どうすればいいのかわからなくなっていた。

「貴女と二人っきりになるのも久しぶりね」

 一人ではない。でも、私にとってフラン以外はいないも同然の存在だ。レミリアだけは、敵と言っても過言ではないかもしれないけど。
 特に目立った感情を浮かべていないレミリアを睨む。今の私を支えているのは敵意だ。これを失ってしまえば独りで震えていることしかできなくなる。

「一つ聞きたいんだけれど、さっきのは冷静な思考の下、狙ってやったのかしら? それとも、ただ必死になって縋っていたのかしら?」

 紅い瞳がこちらを射抜いてくる。その色はフランのものと全く同一で、けど輝き方が違う。フランの瞳は宝石のような輝き方をするけど、レミリアのそれは鋭利なナイフのようだ。身体の小ささには似合わない威圧感がある。私の目が開いたばかりのとき、挨拶に来たときも同じ視線を向けてきていたんだろうか。

「……それを聞いてどうするの?」

 真面目に話をするつもりなんてなかった。すぐさま、ここから逃げ出すつもりでいた。
 けど、力が上手く働かない。目が開いたことで力が弱まってしまっているのかもしれない。もしくは、使えなくなってしまっているか。フランの傍にいる間は使う必要がなかったから、正確なところはわからない。なんにせよ、今の私はレミリアの前から逃げることができないという事実がある。

「今の所は単純に興味から。フランが答えを持って帰ってきて、その時の貴女の行動の如何によってどうするかは決めるわ」
「あなたは自分の思い通りにいかないことがあったら、それを押し通すんだ? 当事者の心情も考えずに」
「その通りだけど、さすがにこちらの思い通りの意志まで植え付けようとまでは思わないわね」

 レミリアの言葉が皮肉に響く。こうして正面切って話していると、余計に面倒くさい性格が浮き彫りになってくる。

「どこの誰だろうね。そんな下劣なことをするのは」

 私もまた面倒くさい返しをする。自嘲のように聞こえたのは、きっと気のせい。

「私は心当たりがいるんだけど、まあいいわ。本人は素直に認める気がないみたいだし」

 ナイフのような瞳が再び私を射抜く。私は関係ないとばかりに真っ直ぐに見返す。けど、こうして見つめられていると、心の中を見透かされているようで若干たじろぐ。そんなこと、あるはずがないのに。

「それはそうと、最初の質問にそろそろ答えてちょうだい」
「さてさて、どっちだろうね?」

 適当な返事で煙に巻こうとする。

「どっちも、でしょう?」

 でも、レミリアを振り切ることはできなかった。確信めいたその口調に、私はつい驚きを表に出してしまう。当然のようにレミリアにそれを拾われる。

「フランから聞いた印象だと、こういう時の貴女は手強そうだったんだけれど、案外素直な反応なのね。今みたいな異常事態だからなのかもしれないけれど」

 少し上から目線な言い方が癪に障って、レミリアを睨む。でも、何の実害も伴わない私の視線に、動じた様子はない。

「フランに縋るなとは言わない。だけど、貴女の都合のいいように選択させることだけは許さないわ」
「……あなたに指図されるいわれなんてない」

 会話のペースが完全にレミリアに掴まれている。そのことが気に入らない私の声は、不機嫌に染まっている。

「ええ、確かにそうね。だから、私は場合によっては貴女を問答無用で排除する。こうして話をしてあげてるのは、フランがまだ貴女を見捨てていないから特別にそうしてあげてるだけ」

 レミリアは開き直る。私の言葉を真面目に取るつもりはないということだろう。
 だから、私もレミリアの言葉を聞き入れない。

「へえ、それはありがとう」
「ええ、どういたしまして」

 お互いに嫌みっぽくそう言う。話が前進する気配はない。そもそも、お互いにそうするつもりはないだろう。少なくとも私にはない。
 認めたくはないけど、レミリアはフランよりも私に近い喋り方をするようだ。
 神経がどこまでも磨り減っていきそうだ。


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