がたんごとん、がたんごとん。

 帰りの電車の中で、私たちは電車のその規則正しい音に包まれている。

 あまり長時間動くことない私は、こいしに振り回されるように散歩をすると大体帰った頃には体力が尽きかけている。代わりに走ったりだとかの瞬発的な運動ならさほど問題はないんだけど。
 それは、今帰りの電車の中でも同じで、三人で並んで座ってぼんやりと窓を眺めていると、意識の空白を埋めるようにじわりじわりと疲労が滲み出してきていた。じっと動きを止めているから、身体の方が館に帰ってきたと勘違いしてしまっているんだろうか。
 さらに、両側にいる二人の暖かさと電車の揺れとが疲労を眠気へと変えていっている。さっきから少しずつ視界が狭まってきていて、それに負けまいと何度か首を振っているけど、振り払い切ることはできていない。
 徐々に徐々に確実に眠気が積み重なっていっている。

「フラン、眠いなら寝たら? 私の肩ならいくらでも貸してあげるよ」

 私よりも動き回っていたはずのこいしはまだまだ余裕がありそうな感じだ。

「そんないくらもあるものだとは思わないけど……。それに、いつまたこの景色が見れるかわからないから、寝るのはもったいないよ」

 こいしがいれば、好きなときに外の世界へと出てくることができるんだろうけど、未花のような案内役がいなければ好きに動くことはできないだろう。幻想郷とはいろいろと常識が違うようだから。

「ふむ、それは残念。でも、限界だと思ったら迷わずこっちに倒れてきていいよ。ちゃんと支えてあげるから」
「うん、ありがと」

 なぜだかわからないけど、やけに頼ってほしがっている気がする。眠気に蝕まれかけている意識はそこまで考えるのが限界で、すぐに気にする必要はないという結論を出す。

 それからまた私たちは無言になる。こいしと話している間はなんとなく誤魔化せていた眠気もまた顔を覗かせている。
 こいしは全然眠そうではなかったけど、未花はどうなんだろうかと視線を向けてみる。

「ん? どうかした?」

 すぐに反応があった。少しの間じっと見てみるけど、眠そうな様子はない。

「未花も眠そうじゃないんだね」
「言われてみればそうね。いつもなら、帰りの電車では寝てるんだけど……」

 そう言って考え込む。

「フランとこいしがいるからかしらね。せっかく妖怪が隣にいるのに、寝ちゃうのはもったいないかなって」
「そうなんだ」

 私と似たような理由だった。でも、未花は私と違ってその気持ちはちゃんと眠気に勝っている。やっぱり、普段から動いてるのとそうでないのとでは差が出てしまうようだ。

「それに、フランの寝顔も見てみたいって思って待ってるのよ」
「……何で?」

 少し考えて浮かんできたのは疑問の言葉だけだった。他にも言いたいことがあるような気がするけど、うまくまとまらない。

「他人の寝顔って、なんだかずっと見てたいとか思わない?」
「……まあ、なんとなくわかるような気はする」

 私が寝顔を見たことがあるのはお姉様と美鈴くらいだけど、なんとなく眺めていたいという何かが寝顔にはある気がする。まあ、お姉様の顔ならマイナスの表情でさえなければどんな表情を浮かべていてもずっと眺めていたいと思うんだけど。

「でしょう? だから、遠慮なく寝ちゃっていいわよ。こいしと一緒に眺めてるから」
「私はフランを支えてないといけないからそんなことしない。代わりに肩にかかるフランの重さを十分に感じてる」
「えー……っと……?」

 どちらに対してもどう反応すればいいのかわからない。下手をすれば私を話題の種として二人で盛り上がりそうだというのはわかるけど。
 ただ、あのときと違って抵抗感はなく、ただただ困惑が浮かんでくるだけだ。眠くて頭が回っていないのかもしれない。

「……」

 二人から反応があるのを待ってみるけど、黙ったまま何も言おうとはしてこない。それどころか、二人ともこちらを見ていなくて、窓の方を眺めている。
 私が寝てしまうのを待っているのかもしれない。
 示し合わせたわけでもないのに取る行動が同じ二人に対して、なんだかなぁ、と思う。どうせ何を言っても無駄になりそうだから、私も窓の方へと視線を戻した。私が寝ようとしないのはこの窓から見える景色を見たいからなんだし。

 景色が流れていく。
 ぼんやりとしている意識の中では、油断をすればいつの間にか全く違った景色に変わっていることがある。それを楽しんでいる余裕はなく、ただ移ろいゆく景色を視界に映していくことしかできない。
 そんな景色が不意に傾く。頭に何かが触れたところで止まるけど、一向に元に戻ることはない。
 しばらくして、自分の身体がこいしの方へと傾いているということにようやく気づく。
 起きないと。そう思うけど、どうやらここが限界のようだ。ゆっくり落ちていくまぶたを上げることもできない。

 ああ、もったいないなぁ。

 ゆっくりと閉じたまぶたによって、視界は暗転し、意識がそれに続いた……。





 ……目が覚めて最初に感じたのは振動だった。それから、自分が何か暖かいものに抱きついていることに気づく。
 その正体は少し考えてからわかった。自分の身体に紐のようなものが当たっている。
 このまま目が覚めたことに気づかれてしまうのはなんだか気恥ずかしい。とはいえ、このまま背負われているというのも悪い気がする。

「あ、フラン。起きた?」

 でも、このまま寝たふりをするというのはできなさそうだ。
 目を開けると、こいしがいつもかぶっている黒い帽子とそこから少し覗く緑と青との中間のような不思議な色合いをした銀髪が目に入ってきた。
 なんだか光が青っぽい気がすると思って少し視線を動かしてみると、すぐ傍を未花が青い傘を差して歩いているのに気づいた。

「……なんでわかったの?」
「ん、なんとなく」

 なんともこいしらしい答えだった。無意識が操れるからなのか、それともかつて心を読めたからなのかはわからないけど、他人の動きに対してやけに敏感なところがある。
 だから、あまり気にしない。

「こいし、自分で歩けるから降ろして」
「ダメ」
「え? なんで?」
「どうしても。こんなチャンス、滅多にないだろうからね」
「どういうこと?」
「そういうこと」

 答えてくれるつもりはないようだ。まあ、本人が進んでやってくれてるんだから、気にしなくてもいいの、かなぁ?

 そうやってなんとか自分を納得させながら、周りの状況を把握してみる。
 左側にはコンクリートで固められた壁、右側には車が落ちてしまわないためにあるというガードレールとがある。アスファルトの道は上の方へと向かっている。
 どうやらここは外の世界の博麗神社の傍のようだ。見覚えがある。

「ねえ、傘は未花が用意してくれたんだよね?」
「そうよ」
「ありがと」
「どういたしまして」

 それ以上会話は続かず途切れてしまう。もともとここにいる私含めた三人は話をあまりしないようだ。未花も聞きたいことを聞いてからは、それほど口を開いてはいなかった。
 二人分の足音が響く。私だけがこうして楽をしていると、居心地が悪い。でも、こいしは望んで私を背負ってくれているようで、頼んでも降ろしてくれないだろう。
 代わりに、私だけが感じてるだろう気まずさを誤魔化すために口を開いた。

「こいし、重くない?」
「全然。むしろ、軽すぎるくらい。ちゃんと食べてるの?」
「割と食べてるつもりだけど」

 小食ではあるけど、間食を取る回数も多いから人並みか、それより少し多いくらいは食べてるんじゃないだろうかと思う。それなのに、そんなことを言われてしまうのは、血以外は吸血鬼の栄養にならないからだろうか。
 自分の身体のことでも、わからないことは多い。

「そういえば、結構お菓子を食べてたりするね」
「フランってお菓子が好きなのね。イメージ的には甘い物が好きそうだけど、どうなの?」
「うん、未花の言うとおり」

 私の幸せの四分の一くらいは甘いものを食べられると言うことだ。ちなみに、幸せの半分はお姉様といられることで、残りの四分の一は不自由なく穏やかに暮らせているということだ。
 まあ、穏やかにという部分はこいしと出会ってから少し崩れてはきたけど、不満はない。

「フランって、極度の甘いもの好きだからね。甘いものを食べてるときの幸せそうな表情は必見」
「へぇ、それはもったいないことをしたわね。知ってたら、いくらでも甘いものを買ってあげたのに」
「なら、いつかまた会えばいいよ。お互いにいつ会うか決めて」

 未花との別れが迫っている今、誰かがその言葉を言うとは思っていた。でも、まさかそれがこいしだとは思っていなかった。
 私が思っている以上に未花に対して心を許しているのかもしれない。

「……最初、あんなに私のことを警戒してたこいしがそんなことを言うなんて意外ね」

 未花も同じようなことを思っていたようだ。声に驚きが滲んでいるのがわかる。

「……別に。ただ、そうしたらフランが喜ぶかなって思っただけ」
「ふぅん。まあいいけど」

 どこか嬉しそうな声でそう言う。
 なんでこいしの態度が変わったのかとかは気にしてないのだろう。ただ、こいしに受け入れられたというその事実があるだけで十分だと思ってるのかもしれない。

「確実に会えるとしたら、春先くらいになるかしらね。冬も時間があるといえばあるけど、雪が降ったときに電車が動いてるか怪しいし」
「未花ってここから遠いところに住んでるの?」
「電車で二時間くらいってところ」

 そう言われてもよくわかんないけど、あれだけの速度で動いてるんだからそれなりに遠いんだろうなと、ぼんやり思う。

「近くに住んでればいつでも会えたかもしれないのに残念ね」
「うん。でも、普通は会うことさえもできなかったはずなのに、こうして顔を合わせられただけでもすごいことだと思うよ」
「まあ、そうね。妖怪に会ったなんて言える人なんて滅多にいないでしょうしね。だから、こうして私たちが出会うきっかけを作ってくれたこいしには感謝してるわ。ありがとう」
「……どういたしまして」

 心を許したといっても、まだ距離はあるようでこいしの声は恥ずかしさで霞んでいた。
 これが誰かが前に進んでいる様子を見守るってことなのかなと、自分の頬が少し緩んでいるのを感じ取りながら思うのだった。




「とうとうお別れね。あなたたちと一緒にいられて楽しかったわ。次は桜の芽が膨らむ頃に会いましょう」
「随分曖昧な約束だけど、だいじょうぶ?」

 古びた博麗神社の裏。一度離れてこうして戻ってきたことで気づいたけど、この周りの空気は幻想郷のものに似ているような気がする。
 だからこそ、結界に綻びができていて私たちはそれを越えることができたのかもしれない。まあ、結界の外に出たという話なんて聞いたことがないから、こいしのように特殊な力があるか、結界のことにかなり精通していないと見つけることはできないんだろうけど。

「いいのよ。休みになって暇になったら近くの宿でも取って、毎日ここに通うから。だから、あなたたちも春が近づいたら数日に一度くらいはここに来てちょうだい。私は何か目印になるものを置いておくから」

 どうやら春が近づくと心情的に落ち着かない毎日を過ごす羽目になりそうだ。臆病だったり慎重だったりする性格は待つのが苦手だ。時間が経つ度に不安が積もっていくから。
 でも、まともな連絡手段がないのだからそうするしかないだろう。

「わかった。春頃になったら毎日未花の痕跡を探してみるよ。こいしもいいよね?」
「それくらい、お安いご用」

 二人で約束を受け取る。
 目に見えないほどうっすらとした繋がりでも、何もないよりはきっとまた会えるだろうという気持ちを強く抱くことができる。

「ありがとう、二人とも」

 未花も目を細めて笑みを浮かべてくれた。

「じゃあ、私たちは帰るね。未花、楽しかったよ」
「ええ、私も楽しかったわ」
「美味しいお菓子を食べさせてくれるっていうの絶対覚えといてよ」
「はいはい、わかってるわよ」

 なんだかんだでこいしもいつもの調子が出せる程度にはなったようだ。その証が自分勝手な発言っていうのはどうかと思うけど。

「じゃあ、二人とも元気でね。また、会える日を楽しみにしてるわ」
「うん、ばいばい。未花も元気でね」

 私たちは手を振りながら森の中へと入っていく。未花も手を振り返してくれていた。
 姿が見えなくなるまで手を振っていたかったけど、完全に森の中に入ってしまえばそんな器用なことはできない。名残惜しさを感じながらも前に向き直る。

 そして、こいしの背中を追うことに集中する。私たちが無事幻想郷に帰れるかどうかはこいしにかかっている。私はこいしを信じて付いて行くしかない。

 こちら側へ来たときと同じように、こいしは不規則な軌道を描いて歩く。無駄な動きに見えるかもしれないけど、そこにはこいしの無意識がどこからか読み取って具現化させた重大な意味があるはずだ。だからこそ、私たちは外の世界へと出てこれたのだ。

 こいしがかき分けた草の間を抜けた途端、空気が変わった。魔力や霊力に満ち溢れた幻想郷の空気だ。どうやら無事に帰ってこれたようだ。何が起こるか大体予想ができているから、出たときに比べればあっさりとした感じだ。
 でも、まだ周りが木に囲まれているから、帰ってきたという気持ちにはまだならない。

 木々の間を抜けると、神社の姿が見えた。向こう側で見たものと同じだけど、こちらは手入れが行き届いているだけあって綺麗だ。
 ここでようやく帰ってきたという気分になる。その途端に、お姉様の顔を見たいという気持ちも強くなってくる。

「おかえりなさい」

 でも、不意に聞こえてきた声によってその気持ちも霧散させられてしまう。私たちは飛び上がるくらいに驚いた。私が吸血鬼じゃなかったら走って逃げ出していたかもしれない。
 でも、日の光という鉄格子が私の動きを止めさせた。こいしも逃げようとはしない。

 逃げない代わりに、私はおそるおそる声のした方を見てみた。

 そこには、宙に腰掛けた八雲紫の姿があった。
 姿を見たのは一度きりだけど、その印象的な姿は決して忘れられない。名前はよく聞くから覚えている。幻想郷を作り出した賢者の一人で、管理も行っているはずだ。
 いやな予感を覚えて身構えてしまう。こいしも私の背後に隠れて身を堅くしている。

「酷いですわね。出迎えの言葉をかけただけで驚くなんて。その上警戒までされてしまうなんて、私傷ついてしまいますわ」

 冗談めかした物言いをしているけど、私はさらに身を堅くしてしまう。私たちに会いに来るだけの理由があることを自覚しているから、簡単に安心することはできない。

「別に、怒って脅してどうこうするつもりはありませんわ。幻想郷から出て行ってはいけないなどという決まりはないのですから」
「……じゃあ、私たちに何の用?」
「外に出るのは構わないけど、あんまり頻繁に出入りしないでほしい。ただそれを言いたいだけですわ。結界の性質上、物体の出入りに対する耐久性はあるけど、それでも頻繁に出入りされると、それだけ傷んでいくものなの」

 どこからか取り出した扇子で口元を隠しながらそう言う。そのせいで、表情が読み取りづらくなる。胡散臭いという噂をよく聞くけど、その行動がそう思わせているのではないだろうか。
 引け目があるこちらとしては、どんな対応をされても警戒心をしつつ萎縮してしまうことしかできないんだけど。

「とりあえず、私の言いたいことはわかってくれたかしら?」
「わ、わかった……」

 ずいぶんとあっさりしていて面食らってしまう。本当にお願いをするためだけに私たちに会いに来たようだ。たぶん、だけど。私にわかるのはそれくらいだ。もし何か別の用事を隠し持っていたのだとしても、私にそれを推し量ることはできない。

「それなら、よかったですわ。……ああ、そうそう。貴女たちが外の世界に行っているという事は一応保護者たちに伝えておきましたから」
「え? それって、お姉様のこと?」

 私の保護者ということで該当しそうなのはそれくらいしか思い浮かばない。咲夜もそれに近い立場であるような気はするけど。

「私の認識ではそうなってますわ。私の前では隠そうとしていたみたいだけど、嫌でも分かるくらいに心配しているようでしたわよ」

 どうやら、寄り道せずに真っ直ぐに帰った方がよさそうだ。帰ったときにどんな反応をされるのかと思うと少し怖いけど、躊躇はない。

「そちらの方は、ただ呆れているだけのようでしたわね。普段、二人がどういう行動をしているのかよく分かる違いでしたわ」

 紫はこいしの方へと視線を向けると、愉快そうに頬を緩ませる。

「では、伝えることも伝えましたし、私は帰りますわ。ご機嫌よう、結界破りのリトルシスターズ」

 そんな台詞を残して紫は空間の裂け目へと姿を消した。それもすぐに空気中に溶けるように消えてしまう。紫の気配は完全に消え去った。
 こいし以上の掴みどころのなさに、しばし呆然としてしまう。

「こいしっ、私急いで帰るからっ」

 我に返ったとたんに、私は慌てて日傘を取り出して広げる。お姉様が心配していたと言う言葉が私を駆り立てる。
 でも、飛び立つ直前にとあることを思い出した。

「あ、ごめんなさい。貝殻のこと忘れてた」

 立ち止まって、こいしの方へと振り返る。

「なんだ、覚えてたんだ。後でからかうための材料にしようと思ってたのに」
「よかったよ。思い出せて」

 こいしはことあるごとにからかってこようとしてくるから油断できない。私に慣れてくる度にエスカレートしていったような気がするから、さとりも同じような苦労をしてるのかなと考えてしまう。

「はい、どうぞ。喜んでもらえるといいね」

 こいしから預かっていた貝殻を取り出して手渡す。いくつかの貝殻がぶつかりあって、からからと乾いた音を立てる。
 こいしの手のひらに広がるこぶりな貝殻は、海で見たときと少し印象が違って見える。あるべき場所から離れてしまっているからかもしれない。

「喜んでもらえなかったらフランのところに持ってくから大丈夫」
「それは、だいじょうぶって言えないと思うんだけど……」

 こいしが貝殻を持って私のところに来ないようにと祈っておこう。まあ、さとりがこいしから何かを貰って喜ばないということはないと思うけど。
 お姉様には及ばないけど、さとりもいい姉だというのは私が保証する。

「まあ、フランが心配しても仕方ないって。なるようになる。お姉ちゃんに捨てられたら、フランのところに行くから」
「えー……」

 こいしが来ること自体は別にいいけど、そのきっかけは決して認められないものだった。どんな理由なら認められるのかって聞かれてもわからないけど。
 それに、さとりの傍にいてあげてほしいっていう思いも同時にある。さとりがそれを望んでいるのはよく知っているから。

「そんなことより、帰らなくていいの?」
「あっ! そうだったっ! ばいばい、こいし!」
「うん、気をつけて」

 こいしの声を背に受けながら、私は全速力で館を目指した。





「た、ただいまっ」

 息を切らせながら玄関に駆け込む。門の辺りで美鈴に驚かれたりしたけど、声をかけている余裕はなかった。

 乱れた息を整えながら玄関を見回す。そうすると、目的の人物はすぐに見つかった。
 私は一目散にそちらへと向けて駆け出した。のは、いいんだけど何をどう言ってどんな行動を起こせばいいのかわからなくて目の前で固まってしまう。

「おかえりなさい、フラン。外の世界に行ってたらしいわね」
「う、うん」

 お姉様の前に立っているだけでもやけに緊張してきて声が少し震える。紫と話をしていたときとは比べものにならないくらいに怖い。
 どんな対応をされるのかわからないっていうのもあるけど、お姉様の纏っている雰囲気がいつもと違うっていうのもある。私を心配してくれていたときとは少し違うような、そんな気がする。

「何か問題は起きなかった?」
「だいじょうぶ。こうして、無事に帰ってこれた、よ?」

 一言一言を発するのに必要以上に慎重になってしまう。でも、そのせいで逆に随分と不自然な言い回しになってしまった。

「……そう。よかったわ」
「……」

 お姉様の態度が少し柔らかくなった。対して、私は更に堅くなって動けなくなってしまう。

「どうしてそんなに身構えてるのよ。私は怒ろうなんてこれっぽっちも考えてないわよ。大方、こいしに引っ張られて行ったんでしょう?」
「……半分くらいは私の意志でも?」
「それでも。どうせ、煽られでもしたんでしょう?」
「うん、まあ、そうだけど……」

 完璧に見抜かれてしまっているみたいだった。私のことだけじゃなくて、こいしのこともすっかり把握しているようだ。直接会うことは少ないはずだけど、私の話を聞いてイメージを掴んでいたんだろうか。
 それだけ私の話を聞いてくれてるんだろうかと思うと嬉しいんだけど、お姉様の態度にはなんだか釈然としないものが付きまとう。
 ……別に、怒られたいっていうわけでもないんだけど。

「お嬢様は相変わらず、フランドールお嬢様には甘いですね」

 咲夜が姿を現す。

「もともと自由にさせてた私が悪いんだから、叱ったってしょうがないじゃない。まあ、遠くに行くなら一言くらい言ってほしかったっていうのはあるけど」
「……ごめんなさい」
「それにほら、フランもちゃんと反省してくれてるようだし」
「まあ、お嬢様がそう仰るのでしたら、これ以上は何も言いません」
「よかったわね、咲夜に許してもらえて」
「え……、う、ん……?」

 そういう話だっただろうか。
 なんだか煙に巻かれたような感じがする。

「さ、こんなところに突っ立てても仕方ないし、私は部屋に戻るわ」

 お姉様がくるりと背を向けてしまう。

「あ、待って!」

 今日のことは絶対にお姉様に話したいと思っていた。それに、せっかく見つけてきたお土産も渡したい。だから、その背中を追いかける。
 お姉様は、そんな私の気持ちをわかってくれたのか隣に並ぶ私に少し視線を向けてくれただけで、何も言ってくることはなかった。

 さっきまで怒られるんじゃないだろうかと萎縮していたのが嘘だったみたいに気持ちが弾んでいる。
 お土産を渡したとき、お姉様はどんな反応をしてくれるんだろうか。


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