なぜだかわからないけど、こいしは三日に一度ここに来るようにしているようだ。今までのことを振り返ってみて、そのことに気づいた。
三日以上空けてようやく私の顔を見れるということだろうか。まあ、私のことを嫌ってるみたいだし当然か。
そして、その三日空ける法則は今回も変わっていない。こいしは突然部屋に現れて、私の正面に座ると非常に不機嫌そうにこちらを睨んできた。
その間に咲夜がお茶会の準備を一瞬ですませ、私はこいしから文句を言われつつも朗読を始める。そして、朗読が終われば批判される。
そんな流れができあがりつつある気がする。
「さっきからこっちをちらちら見てきてるけど、なに?」
こいしは、不機嫌そうにこちらを睨んできながら、手に持ったフォークでアップルパイをつついている。今はもうすでに朗読を終えた後で、こいしが食べ終わるのを待っているような状態だ。
なんとなくだけど、日に日に食べるのに時間をかけるようになってきているような気がする。物語が進んできているからそれに引き込まれてきているんだろうか。読み手がだめだめでも、聞き手を楽しませられる物語を書ける作家の人は偉大だなぁと思える。
ちなみに、今日も感情がこもっていないと言われた。これだけは、いくら指摘されても直せない。
こいしとさとりとの距離を縮めるまでの間に、感情面に関して何も言われなくなる日が来るのだろうか。まあ、こいしとさとりとの問題をどうにかできるなら、今のままでも別に構わないんだけど。
「こいしはなんで三日ごとに来るのかなって」
「フランと毎日顔を合わせたくないから。フランがいなければ毎日でも来てるよ」
「やっぱりそうなんだ」
予想していたとおりの答えだった。嫌われていることを前提にした身構え方を覚えたのか、これくらいの言葉ならなんとも思わなくなってしまった。
まあ、こいしの言葉は傷つけるためというよりは、追い払うためといった感じが強い気がする。だからこそ、傷つけられにくいというのもあるかもしれない。こいしの言葉が攻撃的になってきて身を引けば、その時点でそれ以上酷いことを言ってきたことは今までなかった。
「はあ……、なんでそんなに平気そうなの? 大抵の人はここまで言われると関わるの、やめると思うよ」
「こいしがちゃんとさとりと話をするようになってほしいから」
結局、私がこいしに関わる理由なんてそれくらいだ。それ以外の理由はない。
「……フランにお姉ちゃんのことに関してあれこれ気にされたいなんて思ってない。ほっといてよ」
「その態度がすごく気になるからできないよ。こいしはさとりのことを話題にすること自体を避けてるけど、さとりのことどう思ってるの?」
こいしは一層不機嫌そうになるけど、私はできるだけ気にしないようにしながら一歩踏み込んだ。こいしの態度に慣れてきたからこそできたことだ。出会ったばかりの頃なら、それこそ不機嫌そうになっただけでそれ以上踏み込むことを躊躇していたはず。
「私はもう二度と聞いてくるなって言ったはずだけど?」
「私も聞き入れるなんて答えたつもりはないよ」
「じゃあ、今すぐ聞き入れて」
「やだ」
「意地っ張り」
「うん、言われなくても知ってる」
なんだか変に肝が据わってきていて、だんだん思っていることを言葉にするのに躊躇がなくなってきている。
そのせいか、不毛な言い争いになってきた。お互いに譲るつもりはないからいつまでも続きそうだ。
「初めて会ったときはわかんなかったけど、フランって面倒な性格なんだね」
「そうかな? こいしには負けると思うけど」
「へぇ……。生意気だとか言われたことない?」
「咲夜はこの前、お姉様に生意気だって言われてたよ」
「私はフランのことを聞いてるのっ!」
こいしが怒ったようにテーブルを叩く。そんなこいしを前にしても私は驚くようなことはなかった。
むしろ少し意地悪な返しをして、こいしがそんな反応をしてくれたことがちょっぴり嬉しかった。
「ううん、言われたことはないよ。私自身、こんなことが言えたんだって驚いてる」
別に隠すつもりもないから正直に話す。
「へぇ……。じゃあ、私に対してだけそんな態度になるってことなんだ?」
「まあ、そうなるね。こいしが全然素直になってくれないせいで」
「私は正直にフランのことが嫌いって言動で示してるつもりだけどね」
「でも、さとりのことについては一度も聞かせてもらってない」
今日さとりの名前を出すのは、これで三度目だ。今までは一度出して拒絶されればそこで諦めていたけど、今日はせっかくだからやれるところまでやってしまおうと、そんな気持ちになっている。
「私に話したくないなら、別にいいよ。でも、さとりにはちゃんと話してあげて。もし自分から会いに行きにくいって言うなら、私が無理矢理にでも連れていってあげるよ」
「……」
こいしは何も答えずに私から顔をそらした。やっぱりさとりのことは一言も話してくれようとはしない。
「……こいし、逃げてばっかりなのはだめだと思うよ」
臆病な私にこんなことを言える資格なんてないだろう。でも、私は周りの人たちによって逃げ出そうとするのを何度も止められた。今回こうしてこいしと関わっているのも、逃げ腰になっていた私の背中をお姉様とパチュリーが押してくれていたからだ。
そんな経験から、黙っていられなかった。
「逃げてなんかない。知ったような口をきかないで」
「じゃあ、なんで中途半端にさとりとの距離を保ってるの?」
「食事とか洗濯とかができないし、寝る場所とかがないから」
予想してたとおりの言葉だった。でも、だから返す言葉はすぐに浮かんできた。
「それは、さとりに甘えていたいって欲求があるってことじゃないの? ううん、こいしはさとりに拒絶されてないことに甘えてる」
こいしは以前から二、三日帰らないことがあったとさとりは言っていた。だから、洗濯はともかく、食事や寝る場所は地霊殿に帰らなくても何とかなるはずなのだ。
そのことに気づいてからしばらくするけど、言い出すタイミングが見つからなくて、今の今までため込んでいたのだ。
「うるさいっ! なんにも知らないくせに、好き勝手言わないでっ!」
「あっ、待って!」
こいしが立ち上がって部屋から出ていこうとする。私はそんなこいしを反射的に呼び止めてしまう。ついでに、行動まで伴って。
テーブルを飛び越えた私は、背中からこいしに抱きついていた。なおもこいしは前に進もうとするけど、吸血鬼の力にはかなわないようだ。一歩も前に進んでいない。
こいしが逃げようとしたのを止められたのはいいけど、さてどうしようか。
「放して」
「やだ」
こいしが肩越しにこちらを睨んでくる。私はこいしの顔を見上げつつ見返す。
なんであれ、今すぐ放すつもりはない。意地でも今日のうちに解決してやろうという気持ちになっている。
「……こいしからしたら、好き勝手言ってるように聞こえるかもしれないけど私はちゃんと考えてから言ってるつもり」
「じゃあ、その考え方が根本から間違ってるんじゃないの?」
「かもしれない。だから、答え合わせしてくれる? 納得できたら放してあげるから」
「なにその自分勝手な提案」
「まあ、そう思うよね。でも、こいしがちゃんと答えてくれればすぐに終わるから辛抱してよ」
「はあ……、本当面倒な性格。……で、フランがそう思うようになった根拠ってなに?」
ようやく折れてくれたようだ。強引だとは思うけど、今までの反応からこれくらいしないと何も話してくれないような気がするのだ。
「さとりに会わなくなる前は二、三日帰らないことがあったらしいけど、その間なんとかできてたんだから、わざわざ地霊殿に戻って食事とかをする理由がそれ以外に思い浮かばないから」
とはいえ、種族的に食事や睡眠が必要なのかどうかはわからない。お姉様や私も食事に関しては、生きるだけなら血さえあれば事足りる。いつからか人間が食べるのと同じ物を食べるようになって、気がつけば食べないとなんだか落ち着かないという状態になっていた。
だから、覚りという種族もそういった可能性は大いにある。まあ、それならかなり論破しやすくなるから逆に嬉しいくらいだけど。
「……帰ってなかったわけじゃない。帰るタイミングが悪くてお姉ちゃんと顔を合わせることがなかっただけ」
「だったらさとりは、毎日こいしは帰ってきてたって言うんじゃないかな? 食事が減ってたら帰ってきてたのはわかるわけだし」
「調理されてないものだって食べれるものは食べれる」
今までの発言からとりあえず、こいしは食事を必要としていると考えておいてよさそうだ。
それよりも、言われたことに対する反論を考えないといけない。ほとんど行きあたりばったりだから、こいしの答えを聞いてから頭を動かす必要がある。
料理はさとりが担当してるみたいだし食材が減っていれば気づきそうなものだ。あー、でも、ペットがいるっていう話だし、そのペットたちが食材を漁るという可能性もありうる。そうなれば、どれがこいしの食べたものなのかわからなくなるはずだ。
うちの館も食材は自由に使えるようになってるから、地霊殿もそうなってる可能性は十分にある。
「どう? 納得できた?」
「納得したくないけど、反論の言葉が浮かんでこない」
「ずるいこと言うねぇ。そんなんじゃ嫌われるよ?」
「もうこいしに嫌われてるのはわかってるから、そんなこと気にしない。……でも、今は放してあげる」
今の私の情報量ではこいしに勝てない。私自身、返ってきたら困る答えを思い浮かべている時点で、適当な問いをしてそこから真実を引き出すということもできない。
それに、私がやりすぎた結果、さとりまで嫌われてしまうのもいやだった。
「そ、ありがと」
嫌味っぽくそう言って、こいしは部屋から出ていった。
でも、私は諦めていない。とにかく、さとりのところに行って情報収集をしてみようとそんなことを考えていた。
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