長い長い石段を上がっていく。当然、使うのは自分の足だ。
 飛んで行く、なんてことはしない。私たちのお散歩は歩くことにこそ、醍醐味があるのだ。
 と、言っても、歩くことに意識を向けるようになったのは、最近のことなんだけど。フランと一緒に、とある桜を見に行ってしまってからは、無意識で歩くようなことはしてない。
 私だけなら良いけど、フランまで危ない所に連れて行くわけには、行かないからねぇ。

 フランと繋ぐ手に意識を向けながら、一段ずつ確実に上っていく。赤い鳥居が少しずつ、大きく近くに見えてくる。

 今日は、フランが霊夢に会ったことがない、と言うから、博麗神社へと連れてきてあげたのだ。それ以上の用事は、ない。

 鳥居の姿が半分くらい、視界に入ってくる。

 後、数段上がれば、境内が見えるはずだ。
 霊夢は、境内の掃除でもしてるんだろうか、縁側でお茶でも飲んでるんだろうか、それとも、何処かに行ってるのかな?
 何にしても、着いてみないことには分からない。いなかったら、まあ、その時に考える。

 そうやって、考え事をしているうちに、境内の様子が見えてきた。

 境内には、箒を動かしている霊夢の姿があった。うん、どうやら、掃除をしているみたいだった。よかった、神社にいてくれて。

「あら? あんまり見ない顔に、知らない顔ね」

 私たちの来訪に気付いた霊夢が、手を止めて私たちを見る。
 私たちは少し早足に、霊夢へと近づく。それに対して、霊夢は、箒を手にしたまま、ゆっくりと近づいてくる。

 そして、私たちが立ち止まったのは、ちょうど鳥居の下の辺りだった。

「あんたたち、ここに何か用かしら?」
「えーっと、用、ってわけじゃないんだけど、フランが霊夢に会ってみたい、っていうから連れてきただけなんだけど。……ダメ、かな?」

 霊夢を目の当たりにして、何となく不安になってしまう。

「私は、見世物じゃないんだけど……。ま、暴れるつもりがないってんなら、別にいいわよ。じゃあ、私は掃除をしてるから、邪魔をしないように」

 そう言って、霊夢は私たちに背を向けて、さっきまで立っていた場所に戻ろうとする。
 そんな後姿へと向かって、フランが慌てたように声をかける。

「あっ。は、初めましてっ。私は、フランドール・スカーレット」
「ふぅん、レミリアに妹がいるとは聞いてたけど、レミリアより、礼儀正しいのね」

 足を止めて、霊夢が振り返る。霊夢の顔には、意外に思っているような色が浮かんでいる。

 まあ、確かにフランは、傲岸不遜なレミリアとは対照的に、温厚篤実な性格だからねぇ。まあ、フランと一緒にいるときのレミリアは、フランのことばっかり尊重してるみたいだけど。

 というか、霊夢は、フランのことを聞いたことはあったようだ。レミリアはよく神社に行ってる、って言ってたし、別におかしなことでもないか。

「よろしく、フラン。知ってるでしょうけど、私は博麗 霊夢よ」

 霊夢が、小さく微笑みを浮かべる。何度か霊夢には会ってるけど、そういう表情を浮かべるのは珍しい、と思った。
 いつもは大体、何を考えてるかよく分からないような表情を浮かべてるか、不機嫌そうな表情を浮かべてるかだ。

「うん、そうだ。気分がいいから、お茶でも出してあげるわ」

 くるりと、私たちに背を向けて、霊夢は境内の奥へと向かっていってしまう。
 うーん、私たちに何かを言うようなことはなかったけど、付いて来い、って事だよねぇ。

 一度だけ、フランと顔を見合わせる。そうすると、どうしたの?、といった感じに首を傾げられた。フランは、既について行く気になっているようだ。
 まあ、立ち止まってても仕方ないか、ということで、霊夢について行くことにした。

 鳥居を潜って、奥へ、奥へと進んで行く。掃除をしたばかりだからか、石畳の上には葉っぱが一枚も落ちていない。

「じゃあ、二人とも、あの辺に座って待ってなさい」

 霊夢がそう言って指差したのは、古びた大きな箱。正面には『奉納』と書かれている。
 いわゆる、賽銭箱、というやつだ。椅子になってたりして、本来の使われ方をしているのは見たことがない。ただ、置かれているだけ、という印象が強い。

 霊夢は私たちが座るのも確認せず、そのまま奥へ行ってしまう。

 私たちのことを、意識してないんじゃないだろうか、ってくらい、マイペースだ。

 とりあえず、座ることにする。
 賽銭箱の周りは日陰になってるから、フランにちょうど良さそうだ。

 そんな事を思いながら、霊夢に言われたとおり、賽銭箱の前の階段に座る。
 硬い。でも、石段を登るときに溜まった微かな疲れには、こうして座ることが出来るだけでも、心地よさを感じる。

 フランは、日陰に入って、紅色の傘を畳む。それから、レーヴァテインが納められている魔法空間へと傘を納めて、私の隣に腰掛ける。

 霊夢が戻ってくるまで、することがないから、ぼんやりと境内の中を眺めてみる。

 階段からこっちの方まで、真っ直ぐと石畳が続いているのを目で追う。こっちに来るまでの間にも確認したけど、ゴミが全然落ちてない。
 でも、石畳が敷かれてない部分にはいくつか葉っぱや何やらが落ちている。今から、掃除する所だったのかな?

 次に、視線が向かうのは、真っ赤な鳥居。所々、傷がついてはいるけど、今にも倒れそうだとか、そう言った雰囲気はない。しっかりと、その大きな柱を自ら支えている。
 長い年月、あそこに立ち続け、この神社の巫女や神主たちに、しっかりと手入れをされてきたんだろうな、と思う。
 神主が今まで存在してたのかどうかは、知らないけど。

 鳥居から視線を外して、石段に両手をく。、身体を仰け反らせる。
 視界に映るのは、賽銭箱と、黒い天井。

 天井は、鳥居とは違って、年月はあまり感じさせない。一回、神社が壊れた、とか言ってたけど、何があったんだろうか。

「そんなことして、何か面白いものでも見えるのかしら?」

 不意に、霊夢が、私の顔を覗きこんできた。

「おわっ」

 そのことに驚いて、手を滑らせてしまう。
 そして、手で自らの身体を支えていた私は、大きな音を立てて、頭を賽銭箱に、腰を床にぶつけてしまう。
 フランが、一瞬身体を震わせたのが気配で分かった。

「こいしっ、大丈夫っ?」

 そして、すぐに私の心配をしてくれながら、顔を覗きこむ。

「あー、うん。大丈夫」

 ほんとは、かなり痛いけど、フランが泣きそうな顔をしてるから、それを表に出すのは我慢。

「ほんと、あんたは何をやってんのよ」

 それから、霊夢の呆れた声。表情は、視界がほとんどフランの顔で埋まってるせいで見えない。

「こいし、ほんとに大丈夫?」

 フランが、私の顔をじーっ、と覗いてくる。そのせいで、起き上がることは出来ない。
 真っ直ぐに、こちらへと向けられる紅い瞳を見返していると、嘘をつくのが悪いような気もする。けど、本当のことを言って、あんまり心配をかけさせるようなこともしたくはない。

「う、うん、大丈夫だよ」

 というわけで、少し不審な感じになりながらも、嘘を貫いた。
 それでも、フランはまだ私をじっ、と見つめてくる。気のせいか、少しずつ近づいてきてるような気もする。

「フラン、どきなさい」
「えっ? う、うん」

 霊夢の言葉に頷いて、フランが私の前からどいてくれる。助かった、とは思えない。
 むしろ、身の危険のようなものを感じて、逃げようとする。けど、上半身を起こしたところで捕まってしまった。頭を打った部分を掴まれて。

「痛い痛い痛い痛いっ!」

 痛みに耐えれなくて、思わずそんなふうに声をあげてしまう。暴れたいけど、近くにフランが居る、と思うと暴れられない。かといって、なにもせずに耐えれるわけでもないから、最小限の動きで暴れる。
 フランのいない方の手だけを動かすとか。

「うん、たんこぶが出来てるわね。ま、あれだけ、強くぶつければ当然よね」

 ようやく、霊夢が手を離してくれた。
 もう、見栄を張るような気力も残ってなくて、頭を抱えて、座り込む。うー、頭が痛いー。

「こ、こいしっ、だ、大丈、夫?」

 どう声をかけたらいいかわからないけど、取り合えず何かを言っておかないと、っていう感じだった。この様子を見て、大丈夫だ、とは思えないだろうし。

「……あんまり、大丈夫じゃない」

 顔を上げて、力ない声で答える。強がる元気もないから、私の言葉は素直だ。なんだか、一気に疲れが出てきた。

 そんな私の言葉を聞いたフランは、少し躊躇してから、私の後頭部に触れてきた。
 正面からだから、顔がかなり近い。でも、フランなりに私の痛みをどうにかしよう、としてくれてるんだから、悪い気はしない。何となくだけど、痛みも引いて来る。

 そんなことよりも、だ。

「霊夢、いきなり何するのっ」

 霊夢の方へと向けてそう言う。視線には、恨みつらみを込める。

「気になることは、一番分かりやすい方法で確かめるのは、当たり前のことでしょう? 本当は痛いのに、そのことを隠してたあんたが悪いわ」

 一切悪びれもせずに言い返してきた。清々しいくらいだ。

 いや、確かに私は、痛いのを隠してたけどさ。でも、やり方があるんじゃないかなぁ。
 そう言おう、と思ったけど、多分、言った所で、同じようなことを言い返されるような気がしたからやめといた。不毛な事をするつもりはない。

「そんなことより、さっさと飲まないとお茶が冷めるわよ」

 あー、そういえば、霊夢はお茶を淹れに行ってたんだった。頭への強烈な痛みのせいで、すっかり忘れてしまっていた。

 私たちから、少し離れた場所に座っている霊夢の傍らには、木のお盆が置かれている。
 そこには、湯気を立てるお茶の入った湯呑みと、真っ白でまん丸なお饅頭。
 フラン、確か、お茶は飲めなかったよねぇ、とか、お饅頭美味しそうだなぁ、とか思ったけど、何よりも気になることが一つ、

「霊夢の分がないよ?」

 そう、湯呑みも、お饅頭も二つしか用意されてなかった。流石に、これを三人で分ける、ってことはないよね?

「いいのいいの、気にしない気にしない。いつか、ちゃんとしたお客さんに出すために、用意してたものなんだから」

 私は、ちゃんと、という言葉に微かに苦笑を零してしまう。神社に誰かが来ているときは、いつも騒がしくて、ちゃんとお客さんらしく振る舞っている人間や妖怪を、見たことがないから。

 それにしても、霊夢は、言葉どおり全然気にしてない様子だった。それでも、私たちだけが食べたり飲んだりしてるのは悪いような気がする。
 まあ、フランがそう思ってるのかどうかはわかんない。でも、たぶん、同じように思ってるはずだ。

「? どうしたのよ?」

 霊夢が怪訝そうに首を傾げる。その言葉を聞いても、私もフランも動こうとしない。

 ……フランも、私と同じように思っていると思っても良さそうだ。
 というわけで、私が代表して口を開く。

「霊夢の分がないのに、私たちだけが食べたりするのも悪いなぁ、って思ってね」
「フランもそう思ってるわけ?」

 霊夢の言葉に、フランが頷く気配が伝わってくる。

「ふーん……」

 そんな声を漏らして、霊夢が私たちを見つめてくる。なんだろ、と思いながら霊夢の黒色の瞳を見返す。

「じゃあ、そうね」

 不意に、おもむろに口を開く。それだけでなく、右手の人差し指を立てる。

「そんなに気になる、って言うんなら、境内の掃除を手伝ってくれるかしら?」

 その言葉を聞いて、私は思わずフランと顔を見合わせてしまう。

「フラン、どうする?」
 私は、別にいいんだけど。
「うん、私は別にいいよ」

 少しも考えることなく頷いてくれた。お互い、相違はないようだ。

「ということで、神社の掃除、手伝わせてよ」

 二人の意見が同じである事を確認して、改めて、霊夢の方を見る。

「ありがとう、助かるわ。あんたたちみたいなのが増えてくれれば、私も楽になるのに」

 そう言う、霊夢の表情は今にも溜め息を吐きそうなもので、

「あはは……」

 思わず、私は苦笑を漏らしてしまった。
 妖怪の集まる神社、っていうのは苦労が多いみたいだ。





「それじゃあ、あんたたちには、母屋の周りの掃除をお願いするわね。森が傍にあるから、陽の心配はそんなにしなくても大丈夫だと思うわ」

 霊夢にそう言われて、私たちがやってきたのは、神社の裏、霊夢の住んでいる母屋の前のお庭だった。霊夢の言葉どおり、近くに森があって、そこには日陰が掛かっていた。

 フランが日陰側をやって、私が日向側をすれば効率がいいかな?
 そんなふうに、適当に考えてみる。

「ねえ、こいし」

 不意に、フランが話しかけてきた。今、フランは日傘と箒を持っていて、両手が塞がってしまっている。

「ん? どうしたの?」
「私、今まで掃除をしたこと、ないんだ。……だから、どうやってすればいいか分からなくて」

 あー、そっか。フランの家では、咲夜やメイド妖精が掃除をしてるから、フランが自分で掃除をする必要なんてないんだ。

 まあ、私が掃除のやり方を教えてあげればいいか。

 ……あれ? そういえば、私も掃除、ってしたことないような気がする。
 お姉ちゃんやお燐にまかせっきりだなぁ。

「……ごめん。実は、私も掃除なんてしたことないんだ」

 なんで、私たちは霊夢の掃除を手伝うことを引き受けたんだろ。
 私たちだけ、お茶とお饅頭を貰って悪い気がしてたとは言え、もう少し考えてから引き受ければよかったなぁ。

 ちなみに、お茶とお饅頭はとても美味しかった。特に、お茶はすごくて、一切渋みを感じなかった。だからか、フランでも砂糖を入れずに飲むことが出来たのだ。

 ……いや、今はお茶のことも、お饅頭の事もどうでもいい。

「こいし、どうするの?」

 うーん、やるって引き受けたものを、やりもせずにやめるっていうのもねぇ。

「とりあえず、霊夢の真似をしてみればいいんじゃないかな」

 手を動かして、ごみを掃いて、一箇所に集める。
 うん、こうして言葉にしてみれば、簡単そうじゃないか。

「……私、霊夢が掃除してる姿を見たことがないから、よくわかんない」

 む、今日初めて、ここに来たフランはそうか。
 咲夜とかの掃除の姿を参考にすればいいんじゃないだろうか、と思った。けど、紅魔館は、床一面に絨毯が敷かれてるから、あんまり参考になりそうじゃないなぁ。

 かといって、手伝う、と言った手前、霊夢の所に戻る、ってのもなぁ。何となく気まずい。

 と、なれば、フランの参考に出来そうなのは、

「じゃあ、私が、適当に掃除をするから、それを参考にしてよ」

 これくらいしかないか。
 まあ、そんなに複雑な動きじゃない。人形を動かすことに比べたら、天と地ほどの差がある。

「うん、わかった」

 フランが頷く。そして、私の方をじっ、と見る。
 
 そんなフランの様子に、私は、よし、とちょっと気合を入れるのだった。





 さっさっさー、と砂と一緒に葉っぱを掃いて、縁側の前に集めていく。頑張った結果、小さな山が出来上がっている。

 掃除は、記憶の中の霊夢のやり方を真似てやっただけだけど、なんとかなった。やっぱり、思ったとおり掃除、というのは存外に簡単なことなようだ。

 フランも、私の動きを見て、真似て、日陰になった部分のゴミを一箇所に集めている。

 けど、掃除は動作が簡単、というだけで、綺麗にする、というのはまた別物だった。
 そう、とにかく疲れるのだ。庭中を歩き回りながら腕を動かすと、当然のごとく疲労が蓄積していく。

 歩くのはいいんだけど、腕を動かすっていうことはあんまりないから、体力の消費がかなり早い。フランは、全然余裕そうだけど。
 これが、基礎体力の違いかぁ、と思い知らされる。腕辛い。

 でも、ここで休むと、もう当分動けないだろうな、と思って、無理やり動くこと十分ほど。無意識の力での誤魔化しも効かなくなってきて、腕の感覚が鈍い。

「……ふー」

 そして、勝手に口から息が漏れてきた。抜ける力。突然、腕が重く感じる。もう、腕は動きそうにない。

 周りを見回してみると、掃除を始める前よりも、だいぶ綺麗になっているのが見えた。山になっているゴミを見るよりも、達成感がある気がする。
 んー、でも、これだけ頑張っても、ゴミはまだまだあるんだよねぇ。実際にやってみてわかるけど、掃除は持久戦だ。そう簡単に終わりはしない。

「こいし、そろそろ休憩する?」

 フランが日傘を差して、日向側の私の方へと近づいてくる。

「うん、そうだね」

 腕も力が入りにくい状態となってしまったし、このまま続けるのも難しいと思う。それなら、少し休憩するのが無難かな。

 どこか、休むのにちょうどいい場所はないかな?
 あ。あそこが良さそう。

 それは、縁側の隅の隅。その辺りは、他の場所よりもお庭を大きく侵食した森のお陰で、影が出来上がっている。
 大きさとしては、一人分くらいしかないけど、私が日向の方に座れば問題ない。

 というわけで、その位置を目指す。手を引こうかと思ったけど、フランの両手は塞がれてたから出来なかった。

 箒を引き摺るようにして、私が見つけた場所を目指す。箒を持ち上げる元気は、腕に残っていないようだ。

「ふう……」

 座った瞬間に、そんな息が漏れた。疲れが、一気に身体中に広がる。しばらくは、立ち上がれそうにない。
 箒は、傍らに適当に投げ出しておく。

「こいし、とっても疲れてるみたいだね」
「うん、足を動かすのは慣れてるんだけど、手を動かすのはどうにも、ね」

 そう言って、腕をぷらぷら。足が棒になる、とは言うけど、腕にも使えるんだろうか、と思ったり思わなかったり。

「フランは、大丈夫?」
「うん、平気だよ」

 笑顔を浮かべる。やっぱり違うなぁ、と思い知らされる。

 それから、私たちの視線はどちらからということもなく、庭の方へと向く。二人で頑張って掃除をした庭へと。

 しばし、静かな時間が流れる。
 ……風が、気持ちいい。

「……私でも、何かを綺麗にするってことが出来るんだね」

 フランがぽつり、と言葉を零す。私は、何かを答えようと思って、やめる。頷くだけに留める。
 ここで、何かを言うのは無粋な気がしたから。

「いつも、紅魔館を綺麗にしてる咲夜、ってすごいんだなぁ、私には出来ないなぁ、しか思ってなかった。でも、こうやって実際にやってみると、楽しいんだね。それで、いつか、咲夜の掃除を手伝いたい、って思ったんだ」

 ちらり、とフランの方へと視線を向けてみると、前を見たまま微笑みを浮かべていた。良い顔だなぁ、って思う。
 フランが時々浮かべる、穏やかな微笑みは結構好きだ。

「うん、そうだね。私も、お姉ちゃんや、お燐と一緒に、地霊殿の、掃除を、してみたい、って思ってるよ」

 自分の住んでる場所を綺麗にする、っていうのもまた、何か違う感想を持てるんだろうなぁ。

 ……むー、それよりも、眠くなってきた。意識が、かなりふらふらしてきてる。
 休んでることで、疲れが眠気へと変わってきてるみたいだ。

「こいし、眠いの?」
「うん、ちょっと、ね」

 眠気のせいで、私の声はいつもよりも、ワンテンポくらい遅くなっている。せっかちな人が聞いたら、怒り出すかもしれない。まあ、フランはこれくらいでは、絶対に怒らないと思ってるけど。

「じゃあ、寝ててもいいよ? 後は、私がやっとくから」
「いやいや。そう言うわけには行かないよ」

 頭を振って、無理やり眠気を飛ばしてからそう言う。フランだけに働かせて、寝てる、だなんてことが出来るはずがないじゃないか!

「よっし……っ」

 ちょっと気合を込めて立ち上がる。その時に、傍らに置いていた箒の柄も掴む。そして、地面を踏んだときに、ちょっと、ふらつく。

 でも、眠気程度には負けていられない!
 だから、眠気を吹き飛ばすべく、箒を強く強く握り締めてみる。
 うん、よし。大丈夫!

「……こいし、無理はしないでね」

 今の私には何を言っても無駄だと思ったのか、心配するような声音でそう言うだけで、私を止めようとはしなかった。

「大丈夫、大丈夫」

 そして、何の根拠もなく、私はそう言っていた。





「こ、こいし、大丈夫?」
「……うん、なんとか」

 お庭の掃除を私たちなりに完璧に終わらせて、縁側に座り込む。たぶん、しばらくは動けそうにない。

 私が掃除を止めたら、フラン一人だけを働かせてしまうことになる、と思って頑張りすぎてしまった。
 でも、私に無意識を操る力があって本当に良かったと思う。そうじゃなかったら、とっくに動けなくなってた。

 疲れを意識しなければ、限界を越えるのは簡単なのだ。代わりに、疲れを意識しだした途端に動けなくなるけど。
 そう、今みたいに。

「別に、私一人でやってても良かったのに……」

 フランが、申し訳なさそうな表情を浮かべる。むぅ、別に、そういう表情が見たかったんじゃなかったんだけどな。

「フランだけを働かせて、私だけが休んでる、なんて許せない。そんな思いから、私が、勝手にやったことなんだから、そんなに、気にしないでよ」
「……うん。ありがと、こいし」

 ふわり、と笑顔を浮かべてくれた。
 うん、文句なしの表情だ。

「どーいたしまして」

 フランの笑顔を見て満足したせいか、また、眠気が襲ってきた。今にも瞼が閉じそう。

「こいし、眠いなら寝ても良いよ。私も、ゆっくり休んでるから」
「うん、そうさせて、もらうよ」

 フランの言葉に頷くと、私は容易く自分の意識を放り出した。宙に投げ出されるような、そんな感覚を感じる。

「こ、こいしっ?」

 驚いたような声が聞こえてきたけど、私の意識は反応しなかった。





 さぁーー。

 風の駆ける音が聞こえてきた。涼しい。

 髪が揺れて、私の額を撫でる。誰かが、頭を撫でている。それと、撫でられている部分の反対側からは、柔らかい温もりが伝わってくる。

 ……。

 目を覚ましたばかりの私の頭が、今の私がどんな状況なのかの予測を立てた。どうやら、眠りに落ちる直前に、私はフランの方へと身体を倒してしまったようだ。
 確信できる要素があるわけじゃないけど、十中八九合っていると思う。

 起きにくいなぁ、と思ったけど、このまま寝た振りをするわけにもいかない。フランに悪いから。

 取り合えず私は、目を開けてみた。

 真っ先に視界に入ってきたのは、ほとんど向こう側の見えない簾。日を遮ることだけを考えて作られたもののようだ。本来は、レミリアの為に、用意してあるものなのかな?

「あ、おはよう。こいし」

 頭上から聞こえてくるフランの声。

「うん、おはよ、フラン」

 視線だけを動かしてフランを見てみると、柔らかな微笑みを浮かべるフランの顔が見えた。よく見てみると、嬉しそうな感じもする。

 うん、私がフランの方へと身体を倒した、というのは間違ってなかったみたいだ。

 それよりも、

「フラン、なんだか嬉しそうだね」
「そうかな?」

 首を傾げて、少し考え込む。その間も、私を撫でるフランの手は止まらない。
 優しく、ゆっくりと撫でられて、私は不思議な安心感を覚える。
 それに加えて、恐らく、フランの太腿であろう柔らかさと温かさ。このまま、何もなかったらまた、眠ってしまいそうだ。

 けど、再び眠気が襲ってくる前に、フランが嬉しそうな笑顔を浮かべて、頷いた。

「うん、そうかも。こいしに頭を撫でてもらったことは、何回かあるけど、私が撫でたことはなかったから」
「そっか」

 起き上がろうかな、とも思ったけど、フランの笑顔を見てたら、別にこのままでもいいかな、って思えてきた。
 柔らかな手つきは、お姉ちゃんの撫で方とちょっと違う。少しのぎこちなさと、こちらへの気遣いを感じる。

「ねえ、こいし。どんなふうに、撫でたら気持ちが良いのかな、って、お姉様やこいしがやってくれるのを思い出しながら、やってみてるんだけど、どう?」

 フランの表情に、少々の不安が混じる。まあ、慣れないことをする、っていうのは不安を覚えるものだよねぇ。フランみたいに引っ込み思案な性格だと特に。

「うん、上手だと思うよ」

 私は、思ったままを答えた。私の中で上手の基準は、撫でられて心地よいか、そうじゃないか。その点では、フランの撫で方は文句なしだった。

「そっか。よかった」

 ほっ、と息を吐いてくれた。そんなフランの様子を見ていると、笑みが零れてくる。
 フランが安心してくれると、私は嬉しくなるのだ。

「あ、こいし、ようやく起きたのね」

 と、不意に霊夢の声が聞こえてきた。縁側から直接続く部屋の方へと視線を向けると、霊夢が立っていた。手にお盆を持って。

「ありがと、フラン」

 霊夢がこっちに来るのを見て、私は起き上がる。そのときに、膝枕をしていてくれたことにお礼を言う。そういえば、重くなかったかな?

「うん。またしてほしかったら、してあげるよ」
「あー、うん。お願い」

 恥ずかしくて、たぶん自分から頼むことはないだろうけど。フランの笑顔を見てたら、そんなこと言えない。

「お疲れ様。正直、ここまでやってくれるとは思っていなかったわ」

 そう言いながら、霊夢がお盆をフランとの間に置きながら、フランの隣に腰掛ける。

「ここまでやってくれたお礼よ。食べてちょうだい」

 フランと霊夢の間に置かれたお盆を覗いてみると、湯呑みが三つと、爪楊枝三つ、それから、羊羹が乗せられていた。

 んー?

「どうしたのよ。不思議そうな顔して」
「だって、霊夢は、今さっき私が起きたのに気付いたんだよね? それなのに、なんで三人分用意されてるのかなぁ、って」

 霊夢の口ぶりからして、私が寝てるのを確認してから、それなりに時間も経ってたみたいだし。

「何となく起きてそうな気がしたから、何となく用意してみただけよ。あんたが寝てたら、私が貰うつもりだったし」

 そう言うと、霊夢は湯呑みの一つを手に取ってお茶を啜る。
 すごく様になってるなぁ。

「相変わらず霊夢は、直感で動いてるんだね」

 勘が働けば、ほとんど外れることがない。何者にも囚われない性格の次くらいに、霊夢のすごい所だと思ってる。

「だって、考えるの面倒くさいじゃない?」

 羊羹を爪楊枝で刺しながら答える。
 私の想像してた通りの理由なんだねぇ。

「それに、これだ、って思って行動した方が間違いが少ないんだから、そうした方が良いじゃない。なんで皆、素直に勘に従って動かないのかしらねぇ?」

 本当に分からない、といった感じの表情を浮かべながら、羊羹を口の中へと入れる。

 その考えが適応されるのは、霊夢だけだと思うけどなぁ。
 私も、直感で行動することは多いけど、失敗する方が多い。

「……というか、早く食べないと、私が全部食べちゃうわよ」

 羊羹を飲み込んだ霊夢が、二つ目の羊羹を刺しながらそう言う。私たちが、食べなかったらほんとに一人で全部食べてしまいそうなペースだ。

 まあ、霊夢がどんな思考をしてるか、っていうのはどうでもいいか。気にはなるけど、どうしても解明しないといけないことじゃないし。

「おっと、それはいただけないね。……フラン、悪いけど、取ってくれる?」

 私とお盆の間にフランがいるから、私は自分では取ることが出来ないのだ。三人もいれば、当然誰かがそうなる。

「うん」

 頷いて、羊羹の刺さった爪楊枝と、お茶の入った湯呑みを渡してくれる。お礼を言いながら、私はそれを受け取る。

「ありがと」
「どういたしまして」

 笑顔を浮かべあう私たち。何だか最近、お互いに何でもないことでも笑顔を浮かべられるようになって来た気がする。

「いただきます」

 そして、相変わらず、こういったときは声が重なってしまう。

「ええ、どーぞ」

 私たちの声に、霊夢が投げやりな感じな声を返してくれたのだった。


◆Reimu's Side


 こいしとフランが、並んで静かに羊羹を食べている。けど、その表情は、二人とも幸せそうだ。甘い物が好きなんだろう。

 それにしても、二人ともすごく大人しいわねぇ。こいしは、さとりの妹、ってことで納得がいくけど、フランの方は納得がいかない。あの騒がしいレミリアの妹だとは、到底思えない。

 まあ、でも、よく考えてみれば、姉妹で性格が似る必要もないのよねぇ。というわけで納得。あの騒霊姉妹も全員性格が違うわけだし。

「霊夢、どうしたの?」

 私の視線が気になったのか、こいしとフランが私を見る。声を掛けてきたのは、こいしだけだったけど。
 この二人の印象は、こいしがフランを引っ張ってあげている、という印象だ。決して、無理やりな感じではない。

「あんたたちは、大人しいわね、と思ってただけよ。うちに来るやつらも、あんたたちを見習ってくれれば良いのに」

 そんな事を答えながら、溜め息が漏れてくる。一人で来たときは、大人しいけど、二人以上になると、途端に騒がしくなるやつらが多すぎる。

「あはは……」

 何度かうちの惨状を見たことがあるはずのこいしが、同情するように苦笑する。あんまり嬉しくないわね。
 今日、初めてうちに来たフランは、こいしの声を聞いて首を傾げている。なんとなく、あの惨状をフランに見せてやりたい、と思う。

 宴会に誘ってみようか、という考えが思い浮かぶ。けど、私が口にするのは、全く別の言葉。

「ねえ、そうだ。あんたたち、これからも神社の手伝い、してくれないかしら?」

 冗談のつもりでそう言ってみる。まあでも、掃除を手伝ってくれるのが増えてくれれば、ありがたい限りだ。
 それに、きっとこの二人は本気で受け止めてくれる。根拠もなく、そう信じる。

「うーん……、気が向いたときだけでいいなら、私はいいよ。ただ、今日みたいには、頑張れないと思うけど――」

 こいしが、フランへと目配せをする。フランの意向も聞いてみたい、ということなんだろう。

「うん、私も、手伝ってあげていいよ」

 思ったとおり、二人とも私の言葉を真に受けて、しかも了承してくれた。
 今までに見たことないくらいに、良い子たちね。

「いつ手伝ってくれるかは、貴女たちで勝手に決めてくれれば良いわ」

 私は、二人へとそう言う。たぶん、頬は少し緩んでたように思う。

 それよりも、これからは、二人の為のお茶菓子を用意しておかないといけないわね。
 ……あー、面倒なやつらに取られなければいいけど。


Fin



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