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 雨の降る道を地霊殿の物置の中から引っ張り出してきた唐傘を差して進んでいく。フランの差す薄紅の日傘とは違う橙色が暗い空の下で映えている。日傘に使うには色が濃すぎるんだろうな、と思う。

 地底では何故か雨が降ったり雪が降ったりするけど、そういうときはいつも地霊殿の中にいた。だから、こうして自分の手で傘を開くのは随分と久しぶりだ。
 なんとなく気分が弾む。まあ、こんな天気だとフランを外に連れて行くことなんて出来ないんだけどさ。

 歩いていると無意識のうちに手が頭の上へと伸びる。

 いつもなら手に触れるのは布の感触。だけど、今日は少し癖のある自分の髪。
 毎日のように被っている黄色いリボンのついた黒帽子がないことに少しの不安をおぼえながら私は紅魔館を目指して歩いていく。
 途切れることのない雨音で気を紛らわせる。

 あの黒帽子は今、フランに貸している。

 昨日、私たちは無縁塚へと行ってしまった。私もフランも紫の桜の醸し出す悲しい雰囲気に呑まれてしまっていた。
 その後、私はどうにか平静を取り戻せたんだけど、フランは私と離れることに心細さを覚えてしまったようなのだ。
 本当は私自身が残ってあげるべきだったんだろうけど、フランが私のお姉ちゃんのことを気にかけてたからどうにも残りづらかった。無理やり残ればフランに気を遣わせてただろうから。

 だから、代わりに私の帽子を置いてきた。
 渡したときは多少効果があったように見えたけど、今はどうなんだろうか。不安や心細さを感じてないだろうか。

 そう思うと自然に足が速くなる。雨粒の奏でる音も速くなるのだった。





 地下へと続く階段をいつもよりも足早に下りていく。傘は咲夜に預けたから今の私は手ぶら。転んでもちゃんと両手をついたり受身を取れたりする。いやまあ、絶対にここで転ぶってわけじゃないけど。

 最後の一段を飛ばしてフランの部屋の扉の前に着地。ほら、転ばなかった。

 こん、こん、といつものように扉を二度叩く。そして、中からの返事も待たずに扉を開ける。

「こんにちは、フラ―――」
「こいしっ」

 最後まで言い終える前に、たたたっ、という軽快な音が聞こえてきたかと思うと同時に軽い衝撃。何事かと思って状況を確認してみると、どうやら、フランが私に抱きついてきたようだ。
 うーん、やっぱりまだ昨日の影響が残ってたのかな。

「フラン、大丈夫だった?」
「あっ!」

 私が頭を撫でてあげながら尋ねると驚いたように私から離れてしまった。突然のことに身体が追いつかなくて私の手は宙に浮いたまま。

「あのっ、こいし、ごめん……」

 フランが恥ずかしそうに顔を俯かせて謝る。さっきの行動はフラン自身も意識せずにやったことのようだ。
 ということは、やっぱり昨日の影響がまだ残ってる、ってことかなぁ。まあ、わかんないことは聞いてみればいい。

「もう一度聞くけど、フラン大丈夫? 妙に不安になってたり、心細くなってたりしない?」
「う、うん、大丈夫っ。こいしの帽子のおかげで夜もちゃんと寝れたよ。ちょっと待っててっ」

 そう言うと、フランはたったったっ、と部屋の奥へと行ってしまう。ベッドの横のテーブルに置いた私の帽子を取りに行ったようだ。

 こうしてフランを見る限り、特に何か問題があるわけではなさそうだ。
 うーん。じゃあ、なんでフランは私に抱きついたんだろ。

「お待たせっ。こいし、帽子、ありがとっ」
「ううん、どういたしまして」

 帽子を受け取って被る。今日の朝からなんだか落ち着かなかった気持ちが落ち着いてくる。ずっと被ってたからかこの帽子にだいぶ精神依存してたみたいだ。
 無くなったら無くなったで数日もあれば慣れるんだろうけど。

 まあ、今はそんなことよりも、

「それよりも、今日はどうしようか」
「まだ、雨は降ってるんだよね?」
「うん、私がここについたときはまだ降ってたよ」

 フランの部屋は地下にあるせいで外の様子が一切わからないのだ。だから、外の様子を知るためには一度この部屋から出る必要がある。

「やっぱりそうなんだ。……どうしようか?」

 フランも首を傾げてしまう。
 紅魔館の中はほとんど歩き尽くしちゃったしなぁ。とは言っても、一度行った場所には二度と行かない、なんてルールを決めてるわけじゃない。

「じゃあ、とりあえず、紅魔館の中で何かありそうな場所を回ってみようか」

 図書館とか、台所とか、レミリアの部屋とか。まあ、何かというよりは誰かがいる場所っていう感じになりそうだ。

「うん」

 フランがいつものように私の手を握る。私もその手を握り返して一緒にフランの部屋から出た。





「ようこそ、フランドール様にこいしさん」

 パチュリーの図書館に入ると扉のすぐ近くにこあが立っていた。

「あれ? こあ、どうしたの? こんな所に立って」

 いつもは本の整理をしてるか、パチュリーの傍にいるのに。

「今日はパチュリー様が魔法の研究をなさっているのであんまり奥の方には行くなー、とここを訪ねた方に言うためにここに立っているんです。なので、フランドール様もこいしさんもくれぐれも奥には行かないでくださいね。不注意に近づくと魔法が暴発して巻き込まれるかもしれませんので」

 人差し指を立ててそう説明してくれる。

「うん、わかった」

 どうしてもパチュリーに会わないといけない用事があるわけでもないから私は素直に頷く。でも、代わりに興味が湧いてくる。

「ねえ、パチュリーは何の魔法の研究をしてるの?」
「動物の言葉がわかるようになる魔法とか言ってましたね。とは言いましても全ての動物の言葉を一度にとなると難しいのでまずは猫から、らしいですけどね」

 動物の言葉がわかるかぁ。
 動物っていうのは結構単純だから言ってることと思ってることは大抵一致してるらしい。お姉ちゃんとお燐がそんなことを言ってた気がする。
 お姉ちゃんは思考を読むことが出来るし、お燐は猫の言葉を理解出来る。そんな二人が一緒にいるからこそ分かったことだ。

 ちなみに、うちはかなり特殊な場所なせいか思考が複雑になってて、言ってることと思ってることとが異なっている子もいるらしい。
 白猫の鈴鹿とかがそうだとか。あの子もいつかお燐みたいに妖怪化することがあるんだろうか。

「ああ、そうだ、こいしさん。貴女の家には猫の妖怪がいる、と言ってましたよね?」
「うん、言ったけど、それがどうかしたの?」
「はい。パチュリー様の魔法が完成したときにこちらに貸して頂けないかな、と。私たちだけでは本当に言葉が理解出来るようになったのか判断することなんて出来ませんから」
「それは、私がお燐の飼い主であるお姉ちゃんに事前に話しておいてほしい、ってこと?」
「はい、そういうことです。よろしくお願いしますね。こいしさん」

 こあが笑顔を浮かべてそう言う。何だかこあの中では私がお姉ちゃんに話をしておく、ってことが決まってるみたいだった。
 まあ、いいけどさ。

「でも、お燐って結構忙しいからそっちの希望通りの時間には会えないかもしれないよ?」
「そちらの都合のいいときで大丈夫ですよ。こちらは自由に時間を使えますので」
「そっか、わかった」

 これで、私もこあも同意した、と言う形に。

「じゃあ、フラン、パチュリーの邪魔にならないように別の場所に行こうか」
「うん」

 私が振り返ってフランが頷くのを確認したその瞬間、


 辺りが光に包まれた!


 私は咄嗟に目を瞑った。全てが一瞬で真っ白になって次の瞬間には全て元通りとなる。その間に私の手を握るフランの手に力が入っていたことが分かった。

 光が収まったのを確認して私はゆっくりと瞼を開いていく。

「え?」

 次の瞬間、三人分の声が重なった。

 フランの頭の上には髪と同じ色の猫の耳のような物が生えている。時々ぴくぴくと動いていてそれが本物であることを主張している。

 ……原因はさっきの光だと思う。あれを浴びる前は何もなかったんだし。

「えーっと、今の私、どんな状態になってるのかな?」

 自分で確認するのが怖くてフランに聞いてみた。ちなみにフランの視線は私の目よりも上に向いている。

「頭の上に動物の耳みたいなのが生えてる」
「それと、後ろには尻尾がありますねー」

 フランだけじゃなくてこあも答えてくれた。
 というか、尻尾?

 視線をフランの猫耳から下の方に向けてみる。すると、視界に入ってきたのはこれまたフランの髪と同じ毛色の尻尾だった。
 大きくゆらゆらと揺れている。確か、猫が何かに興味を持ったときの尻尾の動きだったと思う。

「えっと、もしかして私も?」

 フランが首を傾げる。何が、とは言ってなかったけどこの状況では一つしかなかった。

「うん」

 だから、私は頷いた。フランにも猫の耳と尻尾が生えている、と。

「わ……、ほんとだ」

 フランの手が自らの耳と尻尾に触れる。心なしか嬉しそうだ。尻尾がぴんと立って、羽がゆらゆらと揺れてる。

「うーむ、どうやらパチュリー様が魔法を暴発させてしまったみたいですね」

 後ろからこあの声が聞こえてきて私は後ろに振り返る。こあにもちゃんと髪と同じ赤紫色の耳と尻尾とが生えていた。この流れから行くと私の耳と尻尾も髪と同じ色なんだろうなぁ。

「ねえ、それよりもさ。パチュリーは無事なのかな?」

 結構離れている私たちがこんな状態なんだからなんともない、ということはありえないはずだ。

「きっと大丈夫ですよ。パチュリー様もたぶん私たちと同じで……」
「えっと、こあ、どうしたの?」

 こあが喋っている途中で黙ってしまった。何かを考えるような仕草をしている。
 もしかして、何かこのことに関して思い当たることでもあるんだろうか。

「……っ! いけません! 早くパチュリー様の所へと行かなくてはっ!」

 突然こあが図書館の奥へと向かって飛んでいく。これは、私たちもついて行った方がいいんだろうか。

「こいし、つかまってっ」
「う、うん」

 フランに引っ張られながら私たちはこあを追いかけたのだった。





 広い図書館の中に林立する本棚の中を縫うようにして飛んでようやく目的の場所に着いた。
 フランが引っ張ってくれたおかげで何の問題も無くこあについていく事が出来たけど、多分一人だったらこあを見失って道に迷っていた。
 それほどまでにこあの飛ぶ速度は早く、図書館の道は複雑だった。

「パチュリー様っ!」

 こあが本の森の中に埋もれるように建っていた小さな建物の扉を勢いよく開けて中に入る。私たちもそれに続く。

 中はこの館にある物にしては珍しく見かけどおりの広さだった。部屋の中心には魔法陣が描かれていて、その中心に紫色の毛の猫が一匹横たわっていた。

「パチュリー……様?」

 こあの声が小さく響く。
 ここにパチュリーはいたのだろう。だけど、今、パチュリーの姿はない。

 ただ横たわっている紫色の毛色の猫が何かを予感させる。

 不意に、猫がゆっくりと起き上がる。そして、私たちを数秒見詰めていたかと思うと口を開いた。

「あー、フランにこいし、貴女たちも巻き込んじゃったみたいね」

 猫から聞こえてきたのはパチュリーの声だった。何処か気だるそうな声はパチュリーに間違いない。

「パチュリー様、ですよね?」

 分かっていても聞かずにはいられないのだろう。こあが聞いていなかったらたぶん、私が聞いていた。

「ええ、そうよ。……その反応から察するに私は完全に人の姿ではなくなってるみたいね。貴女たちの姿から推測するに猫にでもなってるのかしら?」

 一番身体の異常があるはずなのにパチュリーの声はここにいる誰よりも冷静だった。むしろ今の状態を楽しむように微かな笑みが声に含まれている。

「パチュリー様っ」

 突然こあがパチュリーの方へと走り出してパチュリーを抱き締めた。赤紫色の尻尾が嬉しそうにぴんと立っている。

「うふふふ〜、パチュリー様ったらとてつもなく可愛くなられてしまって。でも、ご安心を。私のペットとなって下されば今まで以上に快適な生活を送らせて差し上げまっ……いたっ!」

 支離滅裂なことを言っていたこあの頭の上に本が落ちた。その拍子にこあがパチュリーを手放してしまう。
 あの姿になれば猫としての能力が身につくのかパチュリーは身軽に床の上に降り立つ。

「な、なんで本がっ?!」

 こあが床に落ちた本を拾い上げて辺りを見回している。突然の本の出現に驚いているようだ。ちなみに、本は部屋の隅にあるテーブルの上から自ら意志を持ったかのように飛んで来た。

「……こあ? あんまり、調子に乗るようなことをするんじゃないわよ? この状態でも魔法は使えるんだから」

 不機嫌そうに揺れる紫色の尻尾が床を何度も叩く。
 自らの言葉を証明するようにパチュリーの周りにはいくつかの炎の弾が浮かんでいる。

「す、すみませんでしたっ」

 こあが土下座をする。けど、顔を上げた直後には、

「……ですが、そのお姿はとても可愛らしいですよ。 撫で回してしまいたいほどに!」
「実際にやったら燃やすわよ」

 パチュリーの周囲に浮いていた炎弾がこあの方へと近づいていく。なんだかいつものパチュリーより攻撃的な気がする。一度、こあに抱き締められたことで危機感が強くなってるんだろうか。

「あ、ははは〜、冗談ですよ、冗談。パチュリー様にはそんなことしません、って」
「……ま、なら、いいんだけれどね」

 そう言うと同時にこあの周りに浮いていた炎の弾が消える。それと同時にこあは胸を撫で下ろしていた。頭の耳もぺたりと垂れている。

「ねえ、パチュリー」

 一段落着いたらしいところで私はパチュリーに声をかけた。パチュリーの視線がこちらに向いて尻尾の揺れも止まる。

「ん? ……ああ、そういえば貴女たちも巻き込んでいたんだったわね」

 こあにばっかり意識が行っていて私たちのことを忘れてしまっていたみたいだ。こあのせいでだいぶ進展が停滞している。

「うん。それでさ、私たちはいつ元に戻れるのかな?」

 このまま戻れない、なんてことはないよね?

「出来るだけ頑張ってみるつもりだけれど、どれくらいかかるかは分からないわ」
「……もしかしたら、戻れないってことは?」
「もしかするとあるかもしれないわね」

 パチュリーは平然とした様子で答える。けど、そんなことを言われてしまえば私は不安にしかならない。

「まあ、そんなに心配する必要もないわよ。七曜の魔女の名にかけて絶対に元に戻してあげるから」
「うん、お願い」

 私の不安が顔に出ていたのかパチュリーがそう言ってくれた。

「まあ、私自身このまま失敗の原因がわからないのも気持ちが悪いしね。……ま、今のところ大きな害があるわけでもないし気を落ち着かせましょう」

 確かに耳と尻尾が生えてしまったこと以外に変わったことはない。けど、自分の身体が変わる、ということにはどうしても不安を覚えてしまうのだ。
 この場でそんなことを感じてるのは私だけみたいだけど。

「こあ、紅茶を淹れてきてくれるかしら?」
「わかりましたっ。けど、パチュリー様もお飲みになられるんですか?」
「当たり前じゃない。どうして、私が貴女たちが紅茶を飲んでいる姿を眺めていないといけないのかしら?」
「いえ、猫も紅茶を飲むのかなぁ、と思いまして。ではでは、紅茶を淹れてまいりますので、しばしのお待ちをっ!」

 そう言ってこあは小走りに部屋から出て行ってしまった。この前のことを思い出して、また別の不安が湧いてくる。

「大丈夫かな……」
「さ、さあ……」

 呟いた声にフランも不安そうな声を返す。このことに関しては同じ思いのようだった。





「フランっ!」

 パチュリーが使っているテーブルに向かって座ってこあの帰りを待っているとレミリアが図書館に突入してきた。図書館の中に風が巻き起こる。

「フラン、何処か痛むところとかないかしら? それか、気分が悪いとか、調子が悪いとかっ」

 一直線にフランの方に飛んでいったレミリアはフランの両肩を押さえて、顔を近づけそう詰め寄る。隣に座っていた私も思わず身体を仰け反らせたくらいだから、フランは私以上に驚いていたことだろう。

「だ、大丈夫。だから、お姉様、落ち着いて」

 フランが少し動揺を見せながらも静かな声でそう言う。その声でレミリアは我に返ったのか、はっ、としたようにフランの肩から手を離す。そして、テーブルの上に正座をしてフランの顔をじっと見下ろす。レミリアは真面目なんだろうけど傍から見ると変な光景だ。

「本っ当に大丈夫なのよね?」
「うん、大丈夫だよ」

 フランが笑顔でそう言うと、レミリアはほっと胸を撫で下ろす。よっぽど心配だったんだろうなぁ。
 でも、それだけでは足りないらしく、今度はパチュリーの方へと向く。

「で、パチェ。フランはああ言っているけど、本当の本当に、フランは大丈夫なのよね?」

 おおっ、あの姿のパチュリーに気がつけるんだ。吸血鬼の特別な能力かな、と思ったけどあの時フランは気付いてなかったんだよねぇ。こあ、辺りから話でも聞いたのかな?

 ……そういえば、レミリアにパチュリーの言葉は届くんだろうか。私たちは魔法の影響で猫の言葉がわかってるようになってるはずだからパチュリーの言葉がわかったんだろうけど。

「確証は持てないけれど大丈夫だと思うわよ。一番大きな影響を受けてる私がなんともないんだから。……それよりも、テーブルの上に座ってたら行儀が悪いわよ」
「パチェだって座ってるじゃない」

 どうやら、魔法の影響を受けていないレミリアでもパチュリーの言葉は分かるようだ。どうやら、あの姿になっても普通に言葉を使うことは出来るみたい。うーん、だとしたら今の私には猫の言葉がわからない、っていう可能性もあるんだよね。
 まだまだ色んなことが分からない。

「いいのよ。今の私は猫だから」
「じゃあ、私は夜の王だから何をしてもいいのよ」

 そう言ってレミリアはふふん、と胸を張る。パチュリーの言い分もどうかと思うけど、レミリアの言い分は自分勝手なものとしか思えなかった。

「まあ、そうね。そうやってテーブルの上に座っていれば貴女の可愛い姿が皆の目に余す所無く映るものね。ふふっ、レミィったら自分から可愛い姿を見せたがるだなんて自己主張が激しいのね」

 パチュリーの紫色の尻尾が楽しげにゆらゆらと揺れている。

「かっ、可愛いとか言うんじゃないわよっ!」

 レミリアが怒りか羞恥かによって顔を真っ赤にしてテーブルを叩く。怒り二割、羞恥八割くらいだと思う。
 そして、手が落ちたのはパチュリーの目の前。けど、パチュリーは全く動じた様子がない。

「そうやって、照れながら怒ってるともっと可愛いわね。そんな所にいたら皆に可愛いレミィの姿を皆に見せちゃうことになっちゃうわね」
「わ、わかったわよ。椅子に座ればいいんでしょう、椅子に」

 顔を赤くしたままレミリアは私たちから離れて反対側の椅子に座る。私たちの顔を見れないのか少し俯いている。

「うむ、それでよろしい」

 どっちがこの館の主なんだか分からないような態度だ。でも、考えてみれば二人は友達なんだから立場的には同じくらいなのか。口先でパチュリーの方が勝ってるせいでレミリアの方が立場が弱そうに見えるけど。

 顔を赤くしたままのレミリアを見ていると目が合った。そして、睨まれる。でも、ちょっとだけ涙目になっていた。自尊心が自分の醜態を許さないんだろうなぁ、って思う。
 あんまり長く見てると怒りそうだから目は逸らしておいた。

「パチュリー様! 紅茶をお持ちしましたよ!」

 元気な声が聞こえてくる。どうやらこあが帰ってきたようだ。
 振り返ってみると相変わらず猫の耳と尻尾を生やしたこあとティーポットとティーカップの乗ったトレイを持つ咲夜が立っていた。こあの代わりに咲夜が紅茶を淹れたんだろうか。

「お嬢様、お急ぎにならなくてもフランお嬢様がいなくなられることは……、と、お嬢様、また何かやらかしたんですか?」
「レミィがテーブルの上に座って自分の可愛い容姿を見せびらかそうとしてる、って言ったら―――」
「パチェっ!」

 ばんっ、とレミリアがテーブルを叩く。それと同時に私の隣に座っているフランが身体を震わせたのがわかった。突然大きな音が聞こえてきて驚いたんだと思う。

「ん? レミィ、どうかしたのかしら?」

 パチュリーの尻尾の揺れは止まらない。心底レミリアの反応を楽しんでるんだろうなぁ。というか、こんな状況だというのに余裕がありすぎると思う。
 ……まあ、そのおかげか私も不安をあまり感じないですんでるんだけど。

「パチェは黙ってて!」

 がーっ、と怒りを見せてるんだけど、本気で怒っているようにも見えない。相手がパチュリーだから、かな? もし私が同じことを言ったとしたら本気で怒ると思う。まあ、言う気なんてないけど。

「わかったわ。だから、そんなに怒らないでちょうだい。折角の凛々しい顔が台無しよ」
「む……そうね」

 パチュリーの一言でレミリアは完全に落ち着いたようだ。椅子に座ると真顔に戻っている。パチュリーはレミリアの扱いを熟知してるみたいだった。

 レミリアが落ち着いたのを見計らったかのように咲夜とこあがテーブルの上に紅茶を並べる。二人にレミリアとパチュリーの言動を気にしているような様子はない。

「ねえ、フラン。あの二人っていっつもあんなやり取りをしてるの?」

 私がフランにそう聞くと、フランの顔がこっちを向くと同時に耳もこっちに向く。

「いつも、じゃないけど、お姉様がちょっと問題のある行動を起こしたらあんな感じ」
「そうなんだ」

 どうやら紅魔館においてパチュリーはレミリアの監視役なようだ。いや、教育係、とかの方が正しいのかな? 監視だと敵っぽい感じがするし。

「お嬢様、フランお嬢様に情けない姿を見せたくなければもう少し自尊心を抑えればよろしいのですよ」

 声に釣られるようにして前に向き直るとレミリアが頭を抱えていた。なんとなく悲愴な雰囲気がレミリアを覆っている。もしかして、フランの言葉を聞いて自己嫌悪にでも陥っているんだろうか。

 フランの方を見てみるとフランは苦笑を浮かべていた。
 けど、顔を引き締めて、口を開く。

「お姉様、大丈夫」

 先ほどとは違う響きを持った大丈夫、という言葉にレミリアが顔を上げる。

「私は、どんなお姉様でも大好きだから、安心して」

 笑顔を浮かべる。レミリアはそんなフランをじっと見つめているかと思っていたら突然椅子から立ち上がってこちら側に回ってきた。

「ああっ、フランっ! ありがとう! 貴女はなんて良い子なのかしら!」
「お、お姉様?」

 レミリアがフランをぎゅーっ、と抱き締める。フランは困惑してるみたいだけど尻尾の方はぴん、と立っていて嬉しそう。

 ……なんというか、異常が起きているような雰囲気は何処か遠くへと飛んで行ってしまってるみたいだった





「ただいま」

 誰もいない地霊殿の玄関で私はそう言った。耳がいい子が多いから大体誰かが出てきてくれる。
 ただ、今日は頭の猫の耳や、お尻の方にある尻尾の方が気になってしまう。どう思われるんだろう、って。

「おかえりなさい、こいし様」

 奥から出てきたのは白猫の鈴鹿だった。この子は最近よく私を出迎えてくれる……ってあれ?

 私は思わずじーっ、と鈴鹿の顔を見つめてしまう。後ろで自分の尻尾がゆらゆらと揺れているのを感じる。

「こいし様、どうかしたのかしら?」

 聞こえてきたのはみゃー、という鳴き声じゃなくて、私にもちゃんと意味の分かる言葉だった。
 どうやら、パチュリーの魔法は猫の言葉を聞く、という点ではしっかりと成功していたみたいだ。
 なんだかすごく不思議な感じがする。

「ううん、どうもしてないよ」

 しゃがんで鈴鹿と視線を合わせる。滅多にない機会だから鈴鹿とお話してみるのもいいかもしれない。

「こいし様、もしかして、心が読めるように?」
「違うよ。紅魔館の方で魔法の研究の失敗に巻き込まれちゃってね。それで、猫の言葉がわかるようになっちゃったみたいなんだ」

 苦笑を交えながらそう言う。

「ふーん。だから、素敵な耳と尻尾が生えてるのね。こいし様、似合ってるわよ」
「えっと、ありがとう?」

 借り物みたいな感じがするからどう反応していいのかよくわからない。

「あら、褒められたときは素直に喜んでおいた方がいいわよ。褒めた方も褒められた方も気分がよくなるから」
「う、うん」

 鈴鹿に諭されるような時が来るとは思いもよらなかった。そのせいで私は少したじたじ。

 ―――わんわんわんっ

 不意に遠くから誰かの鳴き声が聞こえてきた。あの聞きなれた少し低い鳴き声はたぶんゴローだと思う。
 何かの間違いで犬の言葉がわかる、なんてことはないようだ。

「わふっ」

 ゴールデンレトリバーのゴローが元気よく現れる。この子もよく私を玄関で出迎えてくれる。

「ゴロー、ただいま」

 私は立ち上がってゴローの頭を撫でてあげる。あんまりこの子の前でしゃがんだりはしない方がいいのだ。

「……わふー?」

 私が挨拶をするとゴローが私の顔の方を見て首を傾げる。見ているのは私の目じゃない。もっと上。多分、私の猫の方の耳を見てるんだと思う。

「やっぱりこれ、気になるかな?」

 思わず手を上げて猫の耳に触れる。帽子は耳に押し上げられて帽子に触れる前に猫の耳の方に触れてしまうのだ。耳はちょっとだけ動いてるみたいだった。

 でも、今はそんなことは問題ではない。ゴローの前で隙を見せる。それは大きな間違いだった。

「わんっ!」
「わわわっ!」

 手を上げて隙を見せた私へとゴローが襲い掛かってくる。いや、ゴローはじゃれついてるつもりなんだろうけどさ!

 両手でも飛び掛ってきたゴローを支えるのは精一杯なのだ。片手になっている今、ゴローを受け止めきれるはずがない。

「ととっ、危ないわね」

 案の定、私はゴローに押し倒されてしまう。視界の端に鈴鹿が横に飛んで私たちを避けたのが見えた。

 なんとか最後の最後まで踏ん張って腰を強打するのだけは免れた。けど、ゴローの巨体に私の身体は床に押し付けられてしまって身動きが出来ない。視界に映ってるのはゴローのお腹だけ。
 ここはいつものように弾幕を使って追い払うしかないようだ。
 そう思った瞬間、

「ひわっ!」

 妙な感覚がある一点から全身へと駆け巡った。くすぐったさを何十倍にもしたような感覚だ。突然の感覚に身体全体がびくぅっ、と震える。

「ご、ゴローっ?! い、今何したのっ?」

 未知の感覚に頭が混乱気味だ。微妙に声が変な調子になっている。

「こいし様の猫の方の耳を舐めてたわよ」

 耳? 確かに、今ゴローの顔がある辺りの位置にはちょうど、私の猫の方の耳があるはずだ。
 でも、猫って耳を触られると大人しくなる子が多い。けど、そのときの感覚は絶対にこんな感じじゃないはずだ! 全然落ち着けないし!
 もしかしたら、元々なかった部分だから必要以上に敏感になってるのかもしれない。
 そうやって、分析していると、

「ひあっ……、ちょ、っと、ゴロー、ひうっ……、や、やめ、て……」

 再びゴローが私の耳を舐める。しかも、今度は止まることがない。どうやら、ゴローは私の猫の方の耳に興味を持ったようだ。
 持つだけならいいけど、せめて見るだけにして欲しい。

 私は必死にゴローの下から逃げ出そうとする。けど、体勢のせいで力が入れられないのと耐えがたい感覚のせいで身体から力が抜けていって逃げることが出来ない。

「あっ……、誰か、助け、て……っ!」

 助けを呼んでみるけど思ったほど声は出てこなかった。たぶん、今の声は誰にも届いていなかった。

 あぅ……、くすぐったすぎて妙な感じになってきた。

「こいし様っ! 今助けますから、少々お待ちください!」

 不意に聞こえてきたのはお燐の声だった。

「ほらほら、ゴロー、落ち着きな」

 お燐のその声と共に私からゴローが離れていく。同時にくすぐったい感覚もなくなる。

「はぁ……、ふぅ……」

 いつの間にやら荒れていた息を整える。床に横になったまま自分の胸に手を当てて深呼吸。

「こいし様、大丈夫ですか?」

 顔を少し上げると、ゴローを抱き上げたお燐が目に入った。毎日、死体運びをしているだけあってお燐は結構力持ちなのだ。お空には敵わないみたいだけど。

「う、ん、なんとか……。ありがと、お燐」

 口から出てきた私の声はかなり疲れ切っていた。私をこんな状態にした元凶は綺麗な黒い瞳で私を見ていた。悪いことをしたとは全然思ってないみたいだ。
 というか、いつもの様子からは考えられないほどに大人しい。尻尾は忙しなくぶんぶんと揺れてるんだけど。

「いえいえ。お礼なら鈴鹿にも言ってあげてください。私を呼んだのは鈴鹿なんですから」
「そうなんだ。それで、その鈴鹿は?」
「ん、ここにいるわよ」

 横から鈴鹿が私の胸の上に乗ってきて、視界の中に入った。ゴローとは違って重さを感じさせない。

「ありがと、鈴鹿」
「どういたしまして、こいし様」

 そう言いながら鈴鹿が髭を揺らした。と、思っていたら私の胸の上から降りる。その時にお燐がゴローを連れて奥に連れて行っていたのが見えた。ゴローの身体と尻尾がゆらゆらと揺れているのが面白い。

 それよりも、鈴鹿はどうしたんだろうか、と思ったけど首を動かすのも億劫で、そのまま力を抜いて頭を床につけてしまう。まだ少し身体に力が入りにくいのだ。

 ぼんやりと天井を眺める。地下から溢れた光が床のステンドグラスを透過して天井に色をつける。
 うちの天井ってこんな風に見えるんだ。廊下で上を見上げることなんて無かったから知らなかった。

 そうやって、天井に見惚れていると―――

「ひうっ?!」

 突然、ゴローに舐められたときに感じた感覚が襲った。けど、今回はあのときよりは強烈ではなかった。身体がびくぅっ、と反応したことには変わりないけど。

「あらあら、ここがかなり弱いみたいね」
「ひあぅっ!」

 鈴鹿の楽しそうな声の直後、再びあの感覚が私を襲う。さっきとは違って動きを止められてるわけじゃないから慌てて身体を起こす。
 もう安全だと分かっていても手が勝手に耳を押さえる。それくらいに今は誰かにここを触られることを警戒している。

「す、鈴鹿っ! な、何するの!」
「こいし様の反応が可愛かったからつい、ね」

 くすくす、と笑いながらそう答える。どうやら、鈴鹿は人をからかって楽しむ性格の持ち主なようだ。だいぶ長い間一緒にいたはずなのに今更のようにそんなことを知る。
 まあ、今まで鈴鹿からからかわれるような場面ってなかったから仕方ないことなんだろうけど。

「顔が真っ赤になっちゃてるわよ」
「ぅ……」

 その言葉に何かを言い返すだけの精神力は私に残ってなかった。





「おかえりなさい、こいし」

 お姉ちゃんが部屋に入ってきた私を微笑んで出迎えてくれる。ようやくいつもの反応を返してくれる人がいてなんだかすごく安心した。
 お姉ちゃんの微笑みを見た瞬間に尻尾が動いたのもわかった。

「うん、ただいま。お姉ちゃん」

 挨拶を返しながら私も笑みを浮かべる。

「ではでは、さとり様、こいし様。あたいは出ておきますね」
「うん」
「ええ。……わかったわ」

 お姉ちゃんは何がわかったんだろうか。お燐の思考から何かを受け取った、っていうのはわかるけど心を読めない私にはそれ以上はわからない。

 そんなことを考えている間にお燐は部屋から出て行ってしまった。

「こいし、こっちに来てくれるかしら?」

 お姉ちゃんが手招きをする。

「うん」

 頷いてお姉ちゃんの方へと近づきながらも内心で首を傾げる。なんなんだろう、って。

 テーブルを迂回してお姉ちゃんの隣に立つ。すると、お姉ちゃんが立ち上がった。お姉ちゃんの方が少しだけ身長が高いから少し目線が上になる。

「お姉ちゃん、どうした、……の?」

 私が首を傾げた直後にお姉ちゃんが私を抱き締めた。

「えっと、お姉、ちゃん?」

 突然のことに困惑してしまう。お姉ちゃんに抱き締められるのが初めてだとか、久しぶりだ、ということではない。けど、何の前置きも無く抱き締められる、なんてことはなかった。

「こいし、不安を抱えているのならちゃんと、私に教えてちょうだい。今、貴女が不安に思っていることに関して私が出来ることなんて何もないけど、不安に思っている貴女を支えてあげることくらいはできるから」

 お姉ちゃんが私の頭を優しく、撫でててくれる。

「……大丈夫。これに関しては、パチュリーがなんとかしてくれるはずだから」
「ええ、知ってるわ」

 まあ、お燐に話してたんだから当然だよね。

「でも、それがわかっているからと言って不安が完全になくなる、というわけではないでしょう? 意地を張る必要なんてないのよ」

 優しい声に負けて身体から力を抜いてお姉ちゃんへと身体を預ける。お姉ちゃんの身体は全然揺らいだりしない。しっかりと私の支えになってくれている。

「なんでわかったの?」
「貴女の姉だから。……と言いたい所だけど、残念なことに今回は貴女の尻尾のお陰よ」

 ああ、私の知らない所で感情が駄々漏れになってたんだ。その事実に気付いて少し恥ずかしくなる。
 というか、お燐も鈴鹿も私が不安を抱えていたことに気付いてたんだろうか。そう思うともっと恥ずかしい。

「でも、今貴女が何をしたいかは姉として分かったわ。私に甘えたいと思っているんでしょう?」

 いや、そんなことはないんだけど。
 ……まあ、でもこうしてれば安心も出来るしこれでいいかなぁ、なんて。

 だから、私は、

「……うん」

 お姉ちゃんの胸の中で小さく頷いた。そうしたら、お姉ちゃんが小さく笑ったような気がした。


◇Flan’s Side


「む〜」

 今、私は大鏡の中の自分と睨めっこしている。鏡の中の私はちょっと眉をしかめている。ネコの耳と尻尾が思うように動かないから。

 夕ご飯を食べ終わってから私はずっとこうして鏡の前で自分の耳と尻尾とを動かそうと奮闘している。せっかくなんだから自分の意志で動かしたい。

 ちなみに、今、私の尻尾はゆっくりゆらゆらと揺れている。パチュリーの図書館にあった本にはこういうとき大抵のネコは機嫌がいい、と書いてあった。
 まあ、確かに思うように動かないからといってイライラとかはしてない。だって―――

「あっ!」

 不意に誰かが階段を降りてくる音が聞こえて来た。私は大鏡の前でくるりと半回転して扉の方を目指す。
 この時間に来るのはほとんどの場合お姉様だ。こいしは家に帰ってるし、パチュリーは滅多に来ないだろうし、美鈴は門番の仕事をしてる。咲夜が来ることはよくあるけど、音を立てる前に私の前に現れてるだろう。

 私は扉の前に立って耳を澄ませる。

 パチュリーの魔法の失敗に巻き込まれて生活をしてみて分かったことが一つある。それは、耳がとっても良くなってるってこと。普段は誰かが階段を降りてくる音なんて聞こえない。

 羽が揺れ尻尾がぴんと立つ。ネコの尻尾も私の羽と一緒で素直なのだ。

 かつ、かつ、かつ。靴が硬い石造りの階段を叩く音が聞こえてくる。だんだん、その音が大きくなってきているのも分かる。
 足音が扉の間近まで来た所で止まる。羽の揺れがいっそう大きくなる。

 そして、ノックの音が響く。

「フラン、入るわよ」
「うんっ、いいよ」

 私が返事をすると扉が開けられた。

「こんばんは、お姉様っ」
「こんばんは、フラン」

 扉を開けたのは私の予想通りお姉様だった。いつものように私に微笑みを浮かべてくれている。だから、私が浮かべるのは笑顔だ。

「随分と扉を開けるのが早かったけれど、ずっとそこに立っていたのかしら?」
「ううん、お姉様の足音が聞こえてきたから待ってたんだ。すごいんだよ。この姿になったら音がすっごくよく聞こえるんだっ」

 私の声は自然と弾んでくる。

「そう。よかったわね。……でも、調子が悪かったり、とかはないのかしら?」

 微笑みながらも心配そうな色を滲ませる。今の私の姿を見てからお姉様はずっとこんな感じだ。

「うん、全然問題ないよ」

 むしろ弾んだ気分と相まっていつもよりも調子がいいかもしれない。

「ねえ、お姉様、気分がいいから何か話そっ」

 そう言いながら私はお姉様の手を取って奥のテーブルへと引っ張っていく。お姉様は抵抗もせず、そして倒れそうにもならずに私についてくる。

「咲夜、紅茶を淹れてくれるかしら?」

 椅子に座るとお姉様がそう言う。急ぎの用がない限り、いつもお姉様は私と話をするとき紅茶を頼む。今日もまたお姉様はいっぱい一緒にいてくれるってことだ。今日はたくさん喋りたいことがあるから、本当に嬉しい。

「お待たせいたしました」

 待とう、と思う間もなく咲夜が銀のトレイを持って現れる。

「では、ごゆっくりと」

 慣れた動きで紅茶をティーカップに注いで私たちの前にカップを並べるとと咲夜はすぐに消えてしまった。

 カップに向けていた視線をお姉様の方へと向ける。

「な、なに? お姉様」

 視線をお姉様のほうに戻したら私をじっ、と見つめていたから驚いてしまった。

「いえ、なんだか貴女が今の姿を気に入っているみたいだからどうしてか、って思っていただけよ」
「なぁんだ、そんなことか」

 何かすごく大切なことでも言うのかと思ってしまった。

「ネコが大好きだからだよ」
「そう。……もしかしてこいしの影響かしら?」
「うん、そうだよ」

 私は頷く。そんなに遠くない昔を思い出す。

「私の気を引くためにこいしが使ったのがネコだったんだ。そのせいかな。今ではネコがとっても好きなんだ」
「へえ、そうなの」

 お姉様が私の方を見たまま相槌を打ってくれる。ちゃんと聞いてくれてるんだ、ってことを教えてくれる。

「ねえ、お姉様。この耳、私に似合ってるかな?」
「ええ、似合っていて可愛いと思うわよ」
「えへへ〜、ありがと、お姉様」

 自分の気に入っている姿が褒められて思わず笑顔が漏れてしまう。お姉様の前にいるとこいしの前にいるときよりも無防備になってしまう。

「ねえねえっ、お姉様も似合うんじゃないかな」

 そう言いながら私はネコの方の耳を動かす。あんまり思い通りにはならないけど、時々思ったように動かせるときがある。

「いえ、私はいいわ。紅魔館主としての威厳を失うわけにはいかないもの」
「そっか。お姉様らしいね。……でも、残念だなぁ。見てみたかったのに」

 きっと似合うだろうなぁ、って思ったのに。

「ごめんなさい、いくら私の最愛の妹の願いとはいえ聞き入れられないわ」
「ううん、いいよ。その代わりに今日はずっと私と話してくれる?」
「ええ、いいわよ。むしろ、こっちからお願いしたいくらいだわ」

 お姉様が微笑んでくれる。私も笑顔を返す。

 こうして夜は更けていく。


◇Koishi's Side


 私は地下へと続く階段を降りていく。

 段を一つ降りるたびに後ろでゆらゆらと猫の尻尾が揺れる。一日寝たら消えたりしないかな、なんて期待を持ってたけどそんな期待は裏切られてしまった。

 それよりも、今の私には猫並みの聴力が備わっていたらしい。猫はかなり耳がいいのだ。そのせいで昨日の夜は色んな音が気になって中々寝ることが出来なかった。少し、寝不足。

 かつーん、かつーん、と靴と石段とがぶつかり合って音を立てる。一歩ごとに音が違うことに気付いて少し楽しくなってくる。音が少し高かったり、低かったり、遠くへ響いたり、響かなかったり。
 石段の硬さが違っているのか、私の足の下ろし方が違っているのか。まあ、なんでもいいか。

 そんなことを思っている間にフランの部屋の扉の前につく。きっとフランの頭の上でも猫の耳が、尻尾が揺れてることだろう。
 そういえば、フランは今の状態を不安に思ってたりしないのかな? 昨日の様子では全然そんなふうには見えなかったけど。

 こん、こん、と扉を叩く。そして、扉を開けようとした所で、

「こいしっ」

 内側から扉が開いた。今までなかったことに驚いて思わず一歩後ずさってしまう。そうすることで嬉しそうにぴん、と立ったフランの金色の尻尾が見えた。私が心配するまでもないのかな?

「フラン、もしかして私の足音が聞こえてきたの?」
「うんっ」

 どうやら、フランにもしっかり猫としての能力が現れてきているようだ。フランの部屋なら安眠できそうだなぁ。この部屋に用がある人がいるとき以外に音が聞こえてくることなんて無さそうだから。

「パチュリーは解決策を見つけられた、って言ってた?」
「ううん、まだダメ、って言ってた」
「そっか」

 こあが薬を作った時ほど上手くはいかないか。
 むー、だとしてどうしよう。お散歩でもして時間を潰してようか。

「……じゃあ、霧の湖にでも行ってみる? 今日は珍しく霧が晴れてたんだよ」

 いつもは霧がかかっていて見晴らしの悪い霧の湖だけど今日は珍しく霧が晴れていた。美鈴にそのことについて聞いてみるとどうやら滅多にはないけど初めてのことでもないらしい。

「えっ、そうなの? 見に行きたい!」

 フランが耳と尻尾をぴんと立てて羽を揺らす。とっても忙しないけどフランがどれだけそれを楽しみにしてるのか、っていうのも伝わってきた。

「うん、それじゃあ、行こうか」

 いつものように手を繋いで、足に触れる尻尾にいつもとの違いを感じながら階段を上がっていった。





「うわー、この湖ってこんなに広かったんだ」

 霧の湖の姿に見惚れているフランの猫の耳はぴんと立って尻尾はゆったりと揺れている。

 霧が晴れてしまって単なる湖となってしまった霧の湖はとっても広かった。対岸が少し霞んで見えるほどだ。

 それに広いだけじゃなくて綺麗でもあった。
 太陽の光を受けてきらきらと輝いていて宝石を思わせる。けど、宝石とは違って掴むことは出来ない。掴んでしまえば容易く手の中から逃れていってしまうだろう。

 だから、代わりに見つめて記憶の中に残しておく。心の中の宝石箱に大切に大切にしまいこんでいく。

「ねえ、フラン、座ろっか」
「うん」

 このまますぐに立ち去ってしまうのも勿体ないから座ってゆっくりと見ることにした。座って視線を低くするとまた見え方が変わってくる。それが面白い。
 ゆらゆらと揺れる尻尾が草を撫でているのを感じながらそう思う。


 …………


 私たちの間には一切の会話がないままに時間が過ぎていく。湖から吹いてくる穏やかな風に髪を躍らせて楽しんでいるとそんなもの必要ないように思えてくる。

「ねえ、フラン」

 でも、フランにちょっと聞いてみたいことがあるから口を開く。まあ、もう少し早く聞いてみれば良かったんだろうけど、今までなんとなくタイミングが見付からなかった。

「どうしたの?」

 紅色の傘ごと私の方へと向いてくれる。首は小さく傾げられている。

「うん、ちょっと聞きたいことがあってね。……フランは、今の身体で不安にならないの?」

 私の不安はお姉ちゃんや時間の流れで薄れてしまったけど、フランはどうなんだろうか、と気になったのだ。

「うん、全然、不安じゃないよ。お姉様にも言ったけどね―――」

 そう言って、フランは猫が好きだということ、それは私が猫を使ってフランの気を引いたからだということだとか。フランは色んなことを嬉々として話してくれた。
 自然とこちらの気分も上向きになってくる。綺麗な景色を見てもともと、ある程度は上に向いてたんだけどね。

「ほんとに嬉しそうだね。フランは」
「うんっ」

 弾けるような笑顔を浮かべて頷く。フランのこの表情を見ていると今のこの姿になって不安を抱えていた自分が馬鹿のように思える。

「こいしは、もしかして不安なの?」
「まあ、ちょっとね。でも、フランやお姉ちゃんのお陰でだいぶ薄れてきたよ」
「私のお陰?」

 フランが首を傾げる。それにあわせて傘と耳が傾く。何だか面白い。

「そう。フランの笑顔を見てたらなんで私はこんなことを不安に思ってたのかなぁ、って」
「それだけで?」
「うん。フランの笑顔って不思議な魅力があるからね」
「うーん?」

 私の言葉に納得できないのかフランは更に首を傾げてしまう。金色の髪がさらさらと揺れる。かと思ったらあごに手を当てて思案顔。
 何を考えてるのか時々耳がぴくっ、と動いている。尻尾もゆーらゆら、と人を眠りへと誘うようにゆっくりと揺れている。

 と、不意にフランが傘を傾けて私の顔を覗きこんでくる。私も傘の陰の中に入ってしまう。

「えっと、フラン。どうしたの?」
「なんか納得できない」

 少々不満げな表情を浮かべて私の顔をじっ、と見る。

「ねえ、こいしは私にしてほしいこととかないの?」
「別にないけど」

 私がそう答えるとまたフランは私の顔をじっと見る。といっても、今度は何かを考えながらみたいだけど。

 どうやら、フランは笑顔以外の何かでもって私の不安をなくしたいようだ。その気持ちは嬉しいんだけど、私には笑顔だけで十分なのだ。

 そんなことを思っていたら不意にフランに抱き締められた。いつものように力いっぱい抱きついてくるんじゃない。優しく包み込むように抱き締めてくれる。

「フラン?」
「……こいしは、いっつも私を抱き締めて慰めてくれるから、そのお返し。あと、笑顔だけでこいしを安心させれてる、ってことに私が納得出来ないから、そのわがまま」

 誰かを抱き締めることに慣れてないからか少しぎこちない感じもする。後、傘の中棒が当たってちょっと痛い。
 でも、フランが私を慰めようと出来る限りのことをやってくれようとしているのはわかる。

「……ありがと、フラン」
「ううん、どういたしまして」

 だから、フランに抱きついていつもとは逆の立場に甘えてみた。ふわりと暖かい何かが心の中に広がった気がした。


 …………


 あれから少ししてフランは私を放した。ようやく私に中棒が当たっていることに気付いてくれたようだった。
 フランは謝ってくれたけど、すごい痛いわけでもなかったからすぐに赦してあげた。まあ、耐えれないくらい痛かったから最初に言ってるしね。

 それからはまた並んで座ってぼんやりと湖を眺めている。
 フランが私を抱き締めてからほとんど動いてないから私たちは密着するようになっている。肩から伝わってくるフランの温もりが心地いい。昨日の寝不足と相まって今にも眠ってしまいそうだった。

 頭がこっくり、こっくりと揺れる。このまま、何も起きなければ眠ってしまいそうだ。そう思ったとき―――

「ひゃっ!」

 突然、尻尾に何かが触れて飛び上がりそうになる。実際、心臓は飛び上がってたと思う。

「あ……、ごめん、こいし」
「えっと、フラン? 何したの?」

 隣で猫の耳を伏せてしゅん、とした様子のフランが謝るけど何をしたかがわかんないから赦しようがない。

「尻尾がそれなりに自由に動かせるようになったからちょっとこいしの尻尾に絡ませてみようと思ったんだ」
「尻尾って自分の意思で動かせるものなの?」

 私は振り返って草の上でだらー、としている尻尾を見る。どこに力を入れればいいのかわかんないけどとにかく適当に力んでみる。……ぴくりとも動かない。

「うん、ほら」

 フランがそう言うと尻尾の先っぽが私の方を向いた。

「おー、ほんとだ」

 私は感心してそんな声を漏らす。猫に尻尾で指されたことなんてないからフランの意志でやったことだと判断して間違いないだろう。

 フランは今の姿が気に入ってるみたいだから適応するのが早かったのかもしれない。

「こいしも頑張れば出来るようになるはずだよ」
「そうかな?」
「うん、私がこうして出来るんだからきっと出来るはずだよ」

 フランの尻尾がゆらゆらと楽しげに揺れる。あれはフランの意志なのかそうじゃないのか。
 でも、そうやって楽しそうなフランを見ていると羨ましくなってしまう。そして、思うのだ。自分でも動かしてみようって。

「むむむ〜」

 もう一度力を入れてみる。だけど、今度は明らかに声のほうに力がこもってる。

「こいしっ、頑張れっ」

 フランが尻尾と羽を揺らしながら応援してくれる。だから、もっと頑張ろうとしてみる、けど、

「ふはぁ……」

 力を入れ続けることが出来なくて一気に力が抜けてしまう。ついでに身体の力まで抜けてそのまま横たわりそうになってしまう。さすがにそうはならない程度には力を入れなおしたけど。

「あー、ダメみたいだね」
「こいし、ダメだよ。諦めたりなんかしたらっ」

 諦めそうになった私へとフランがずいずいっ、と顔を寄せてくる。珍しくフランが積極的だ。どうやらフランは私が思っていた以上に猫のことが好きなようだ。甘い物を前にした時と似たような反応だし。

「フランドール様、こいしさん!」

 と、不意に聞きなれた声が聞こえてくる。紅魔館の方へと振り返ってみるとこちらに手を振りながら駆け寄ってくるこあがいた。
 猫の耳と尻尾の姿が見えない。もしかしたら、パチュリーが解除方法を見つけたのかもしれない。

「パチュリー様が魔法の解除方法を見付けました! さあ、早くパチュリー様の所へ行きましょう!」

 こあはパチュリーの所に早く戻りたいのか言うことを言ったらすぐに反転して紅魔館の方へと戻っていってしまった。

「よかったね、こいし。元に戻れるみたいで」
「うん、……でも、フランは残念そうだね」

 まだ私の視線は紅魔館の方を向いたままでフランがどんな表情を浮かべているかはわからない。でも、声の調子から残念がっている、っていうのはすぐにわかった。伊達に長く一緒にいるわけじゃない。

 フランの方を向いてみるとやっぱり悲しそうな表情を浮かべていた。耳も伏せて、尻尾も羽も力なく垂れていて身体全体を使って感情を表している。

「パチュリーに頼んでその失敗した魔法と解除方法を教えてもらえばいいんじゃないかな」

 フランの姿を見ていられなくてそんな提案をする。なんとなくだけど、パチュリーならその失敗した魔法をちゃんと使えるものにしているような気がする。失敗の原因がわからないのは気持ちが悪い、とか言っていたからその部分を見つけて改良を加えてると思う。

「うん、そうだね」

 そう頷くフランの顔からは悲しそうな雰囲気が多少薄れていた。





 図書館に入ると元の姿に戻っていたパチュリーが出迎えてくれた。こあは本の整理に戻ってるみたいだった。

「ねえ、パチュリー。フランにこの前暴走させた魔法を教えてあげて欲しいんだけど」
「パチュリー、お願い」

 私たちは早速、パチュリーにそうお願いした。もしも、教えてもらうことが出来ないならフランは戻らないつもりだそうだ。

「ん、別にいいわよ。フランならすぐに使えるようになると思うわ」

 予想はしてたけどあっさりと頷かれた。

「パチュリー、ありがとっ」

 さっきまでずっと悲しそうな表情を浮かべていたフランが笑顔を浮かべる。羽がぱたぱたと揺れ、尻尾がぴん、と立つ。

「どういたしまして。それで、今から二人に元に戻るための魔法をかけてあげるけど、フランはどうするのかしら?」
「もう少しこのままでいるよ」

 フランはしばらくあのままかぁ。まあ、私は戻らせてもらうけど。やっぱり、ないはずのものがあると落ち着かない。

「ん、了解。じゃあ、こいし、私の前に立ってちょうだい」
「うん、わかった」

 フランの隣から離れてパチュリーの前に立つ。それを確認したパチュリーは聞き取れないほどに小さく早い口調で何かを呟く。

 私の足元から光が溢れてくる。私は眩しさに思わず目を閉じてしまう。
 光が徐々に徐々に私を侵食していく。ついには視界が真っ白になってしまう。
 これ以上ないくらいに白で埋め尽くされて―――

 ―――次第に光が弱まっていった。

 瞼を開いて何度かまばたきをする。薄暗い図書館がより一層暗く感じる。
 そうやって、暗さに慣れながら私は頭に触れる。そこに猫の耳はなく手は帽子に当たる。
 次に後ろを見てみるけどそこに尻尾は見られなかった。

 どうやら、私は無事に元に戻れたようだった。

「……はぁ」

 安堵の溜め息が漏れる。最後の方はほとんど不安がなくなっていたとはいえ、いつもの自分の身体に戻る、という安心感はとても大きい。

「元に戻れてよかったね、こいし」

 さっきとは違って純粋に私への気持ちだけが込められた言葉。私はフランの方へと振り返る。

「うん、全くだよ」

 嫌ではなかったけど、あの不安はもう感じたくない。まあ、滅多に感じられる不安でもないんだろうけど。

「でも、またなってみたい、とは思わないの?」

 何かを期待するようにフランの尻尾がゆっくり大きく揺れる。

「そうだね。戻りたいときに元に戻れる、って言うなら別にいいかな」
「じゃあ、私。すぐにその魔法を使えるように頑張るねっ。パチュリー、早速教えてよ!」

 たたたっ、と私の隣、パチュリーの前へと走っていく。

「あら、とってもやる気があるわね。ま、私が倒れない程度には付き合ってあげるわ」
「うん、よろしくねっ」

 フランの元気な声が図書館の中に響く。そして、そのままフランとパチュリーは図書館の奥へと行ってしまう。
 何も言わない、ってことはついていってもいいのかな。よくわからない。

 まあ、でも、よかった。フランに元気になってもらえて。一昨日の桜の影響は全然残ってないみたいだ。
 パチュリーの魔法の失敗が結果的にフランの心にいい方向に働いたようだ。

 そう思いながら私は二人をゆっくりと追いかけた。無意識にフランの尻尾の先を目で追いながら。


Fin



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