> お酒を飲んで
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「あ、こいしにフランだ。こんにちはー」

 いつものようにフランの手を引いてふらふらとお散歩をしていると暢気な声が私たちの名前を呼んだ。
 私とフランは一緒に振り返る。そこにいたのは―――

「あ、ルーミアか。こんにちは」
「こんにちは、ルーミア」

 漆黒の服を纏った金髪の女の子、ルーミアだった。私と同じでお散歩が好きらしくて、時々お散歩先で出会うことがあるのだ。

「あれ? フランとルーミアって知り合いだったんだ」
「うん。咲夜の料理が気に入った、って言って時々紅魔館に来て一緒に食事をしてる。こいしは?」
「私とルーミアはお散歩仲間だよ。と言っても時々会ってお話しするだけだけどね」

 一緒にお散歩をする仲間、というよりはお互いにふらふらとお散歩するのが好きな者同士みたいなものだ。
 時々擦れ違っては他愛もない世間話なんかをしてる。

「ルーミアはこれからどこかに行くの?」

 ルーミアは水を垂らす竹籠と一升瓶を持っている。
 食べるのが好き、とか言っていたから何かの食材かな? 料理されたものからあんなに水が滴るとは思えないし。

「うん、これから私の最高の料理人の所に行くんだ」

 ルーミアが笑顔を浮かべて言う。食べ物だけじゃなくて、その人に会いに行くことも楽しみにしてるみたいだった。
 ルーミアが食べ物以外を楽しみにしてるなんて珍しいかも。

「どう? 貴女たちも一緒に来ない? 私が頼めば美味しい料理を作ってくれるよー」

 ルーミアから初めて誘われた。暗黙の了解でお互いがお互いを誘うことなんて無かったんだけど、そんなにその人の料理を私たちに食べさせたいんだろうか。

 私は別について行ってもいい。どうせ私のお散歩に目的なんてないんだし。
 フランは何も言わなくても私についてきてくれるだろうけど、一応確認は取っておく。

「フラン、行ってみる?」
「うん。ルーミアがそこまで言う料理人ってどんな人なのか気になる」

 そういえば、ルーミアは咲夜の料理を食べに行ってるんだったっけ。フランの言い方から察するに咲夜はルーミアの最高の料理人ではないようだ。
 あの人の腕を越すような料理人。……なんだかすごく気になってきた。

「うん、じゃあ、ついて行ってみるよ。案内、お願い」
「任されたー。味は私が保証するから楽しみにしててねー」

 ルーミアは間延びしてるけどどこか弾んだ声で私たちの前を進んでいくのだった。





 ルーミアに連れてこられたのはこじんまりとした屋台だった。吊り下げられた火の灯っていない赤い提灯には『ウナギ』と書かれている。
 鰻に関係する料理を扱ってるのかな?

 その屋台の中、でっかい七輪みたいなものの前で一人の妖怪がせっせと何かをやっている。その作業を楽しんでいるのか鼻歌を歌っている。
 鼻歌なのにとっても綺麗。そんなことから、あの人がかなりの歌い手であることがわかる。

 鳥のような翼。紫の髪に埋もれるようにしてある毛で覆われた耳。鳥の妖怪だっていうのはわかるけどそれ以上はわからない。

「ミスチー、こんにちはー」

 屋台の店長さん、ミスチーというらしい人が作業していた手を止めて顔を上げる。

「……んー? あ、ルーミアか。……って、なんかたくさんいるし」
「うん。ミスチーの料理を食べさせてあげたくて連れてきちゃった」
「……まだ、準備中なんだけど」
「うん、知ってるー。はい、今日は鰻と一緒にお酒も持ってきたよ」

 ルーミアが笑顔のまま竹籠と一升瓶を渡す。どうやら、あの籠の中には鰻が入っていたようだ。

「相変わらず我を通すね、ルーミアは。……ま、いいか。準備、って言ってもほとんど終わってるし。お代はルーミア持ちってことでいいのかな?」
「うん、いいよー」

 あ、そうか。屋台だからお金を取られるんだ。
 いや、それよりも、

「いいの? 払ってもらっちゃって」

 このままルーミアに甘えるのも何だか気が引ける。

「いいよ、これくらい気にしなくてもー。さっきの食材とお酒がミスチーに対するお代だから」
「んで、その大半はルーミア自身が食べたり飲んだりしちゃうんだけどね。ま、もともとお金儲けのためじゃなくて焼き鳥撲滅のための商売活動だから貴女たちが今後鶏肉を食べるのを止めてくれたらそれが私にとっての最大のお代だよ。……で、貴女たちは鶏肉を食べるの?」

 カウンターの向こう側からミスチーが真っ直ぐにこっちを向いてそう聞いてくる。瞳に映るのは強い光。食べる、と答えたらすぐにでも敵意をむき出しにして来そうだ。

 ちなみに、私の所は、

「食べないよ」

 ペットたちの反発が酷いから。だから、うちで食べれるたんぱく質といったら牛肉と魚肉くらいなものだ。うちでは牛と魚は飼ってない。

「うむうむ、それは関心関心」

 感慨深げに頷かれてしまった。まあ、鶏肉を食べない人ってあんまりいないだろうからねぇ。

「で、そっちの子はどうなの?」
「えっ、っと……」

 ミスチーの言葉にフランが言葉を詰まらせる。

「どうなのっ」

 ミスチーがカウンターから身を乗り出す。顔が本気だ。

「ぁ、ぅ……」

 フランが怯えたように一歩後ずさる。それを見てすかさず私は間に割って入る。怯えてるフランを放っておくことなんて出来ない。

「ちょっと、ストップ!」
「ミスチー、ミスチー、怯えてるから少し落ち着いた方がいいよ」

 私とルーミアの言葉が重なった。といっても、長さも声の調子も全然違ったから決まらない。
 いや、そんなことはどうでもいいか。

「……はっ! ご、ごめん。ちょっと熱が入りすぎたみたい」

 ミスチーが意識を取り戻す。どうやら、鶏肉撲滅の意識ばかりが先行して半ば無意識に行動してたみたいだ。

「フラン、大丈夫?」

 振り向いて聞く。

「……ぅ、うん」

 そう頷いたけど、紅い瞳は少し涙目になっていた。すごく不安そうに私の方を見ている。

「ほら、フラン、大丈夫だよ」

 そう言いながらフランの頭を撫でてあげる。たぶん、これが一番落ち着けるんじゃないかなぁ、と思いながら。

「あの、ほんとにごめんっ。このことになると、私ってどうしても我を失っちゃうから」

 後ろを見てみるとミスチーが頭を下げていた。
 珍しい。妖怪は自分勝手なのが多いから頭を下げるのなんてあまりいない。お客さんのいる商売をしてるとそういうことが出来るようになるんだろうか。

「……まあ、無理に食べるな、とは言わないよ。仕方のないことといえば仕方のないことだからね」

 少々の諦めが混じった悲しそうな表情を浮かべる。
 ……ミスチーにもミスチーの想いがあるんだよね。

「ミスチー、そうやって落ち込んでる暇があったら鰻を焼いたらどうかな? そうしたら、フランも鶏肉を食べなくなるかもしれないよ。私が進んで鶏肉を食べなくなったようにねー」
「……そう言ってほんとは単に早く鰻を食べたいだけでしょ」

 いつの間にやらカウンターの前に椅子を置いて座っていたルーミアにミスチーがそう言う。

「正解ー。わかってるんなら早く焼いてよ」
「はいはい、わかったよ。……ま、ルーミアが言ってることも一理あるからね」

 呆れたような声。けど、ちょっとだけ元気を取り戻してる気がする。
 二人のやり取りからお互いに親しみを感じてるんだろう、ってことがわかる。あれだけの言葉を交わしただけで元気を取り戻す、ってこともなかなかないだろうしね。

「さ、二人に鶏肉を食べれなくなるくらいに美味しい焼き鰻をごちそうしてあげるよ」

 ミスチーは自分の料理に絶対の自信を持ってる人が浮かべるような笑顔を浮かべてそう言ったのだった。





「古明地 こいしにフランドール・スカーレット? ……なんで大物妖怪の妹たちがこんなところに……。ま、いっか。私はミスティア・ローレライ。よろしく」

 調理の準備をしながらミスチーが私たちに続いて自己紹介をする。ちょっとだけ私たちの存在に呆れてる感じ。
 レミリアはともかく、お姉ちゃんも大物として捉えられてたんだ。なんかびっくり。

 それよりも、ミスチーって愛称だったんだ。まあ、気にせずミスチーって呼ぶことにする。フランも出会ったときから愛称だったしね。

「ねえ、ミスチーって呼んでもいい?」

 でも、一応確認は取っておく。もしかしたら、ルーミアにだけ許された呼び方かもしれないし。

「ん? まあ、別にいいけど」

 あっさりと許可を得る。よし、じゃあ、遠慮なく愛称で呼ばせてもらおう、っと。

 そうこうしてる間にミスチーが調理の準備を終える。大きな七輪みたいなものに入れられた炭に火が入れられ、調理台の上には水で濡らされたまな板の上に二本の包丁が置かれている。
 
 ミスチーが竹籠の中から一匹の鰻をまな板の上へと取り出す。それはまだ生きていてまな板の上でぬめぬめとした身体をくねらせて逃げようとしている。

 と、隣に座っているフランがびくっ、と身体を震わせる。

 それは鰻の動きを止めるために突き立てた包丁の鈍い音が予想以上に大きく響いたから。

 包丁の突き立った部分からじわり、と血の赤が滲む。けどそんなことを思っているのも少しの間だけだった。
 そこから、流れるように作業が進む。

 包丁の刃が鰻の体内を走ったかと思えば、気が付けば切り身となっていた。そして、ちょっと瞬きをしている間に切り身は串に通され七輪の上で焼かれていた。ものすごい早業だった。

 串に刺された鰻が七輪の上で焼かれていく。ゆっくりとタレの焼ける香ばしい香りが辺りに広がる。この匂いを嗅いでるだけですごくお腹がすいてきた。

 そういえば、フランは吸血鬼ではあるけど血は平気なんだろうか。
 まな板の上に残った血を見ながらそう思う。いつだったか直接、血は吸わないって聞いた気がする。

 フランの方に視線を向けてみると、じーっ、と鰻の焼ける様子を見ていた。いつもと変わったような様子はない。フランは血が苦手、っていうのは私の偏見だったかのかな?

「こいし、どうしたの?」

 私の視線に気付いたらしいフランがこちらに顔を向ける。疑問を表すように少し首が傾いている。

「あー、うん。フランって血を見ても大丈夫なんだな、って」
「……あ、……うん。見慣れてるから……」

 暗い、表情になる。今まで一度も見せられたことのないような表情。……どうやら私は聞くべきでないことを聞いてしまったようだ。

「……」
「……」

 お互いに口を閉ざしてしまう。フランは暗い表情のまま俯いている。
 私は何を言えばいいのかわからない。過去に何かあったんだろうってことは分かる。そして、私の言葉が引き金でそれを思い出してしまった、ということも。
 けど、それがわかった所で私が何を言えばいいのかわかるわけじゃない。むしろ、初めてフランの過去の片鱗に触れたことに気付いて手も足も出なくなっている。

 触れられたくない過去、思い出したくない過去なんて誰にでもあるものだ。私だって思い出したくない過去はある。

 気まずい。気まずい空気だけが流れている。せっかく美味しそうな匂いがしているのにそんなに食べたい気にならない。

 けど、そんな私たちに掛けられる二つの声。

「二人ともそんなに暗くなってたら美味しいものも美味しくなくなっちゃうよー」
「そうだね。ま、お二人さんに何があったのかは知らないけど話ぐらいなら聞いてあげれるよ。本当に聞いてあげるだけだけどね。話すのが嫌だって言うんなら、私の鰻を食べてよ」

 ルーミアとミスチーがそう言ってくれる。ルーミアはいつの間にか焼きあがった鰻を食べながら。ミスチーは私たちの方に鰻を差し出しながら。
 差し出された鰻からは湯気が立ち上っている。

「まあ、楽しくない気分でもミスチーの鰻を食べたら幸せな気分になれるはずだよー。食べても暗いまんまだったら私が追い出すから」

 朗らかな笑顔のままそう言われた。なんだか妙な迫力があって私は座ったまま少し身を引いてしまう。隣に座ってるフランも同じような感じだった。

「こらこら。私のお客さんなんだから勝手に追い出さないでよ」
「でも、お代を払ってあげてるのは私だよ?」
「確かにそうだけど、お客さんの扱い方を決めるのはこの私」
「うん、わかってるよ。冗談だよ、冗談」

 ほ、ほんとかな。目が本気だった気がする。
 私はルーミアの笑顔が何だか信じられなかった。

「ほんとかなぁ。……はい、二人とも。冷める前に食べちゃってよ」

 ルーミアと話していて一度引っ込められていた鰻が再び私たちの方に差し出される。

「あ、ありがと。はい、フラン」
「う、うん」

 私がフランの分もまとめて受け取って一つをフランに渡す。ちょっとぎこちなかった。

「気分が沈んでるときはお酒でも飲めばいいよ」
「お? あれ、もう開けちゃうの?」
「うん、開けてー。飲むために持ってきたんだからね」
「了解了解」

 そう言いながらミスチーがルーミアから受け取った一升瓶を取り出す。
 私、あんまりお酒は得意じゃないんだけどなぁ。そんなことを思いながら鰻を一口。

「え……、これすごく美味しい!」

 タレの香りが口の中に広がる。そして、鰻の柔らかい食感。
 もう、文句の言いようがないくらいに美味しかった。

 冷めてしまうのが勿体なくてちょっと急いで食べてしまう。半分くらいは無意識が働いてたと思う。
 美味しいもの、って言うのは人を突き動かすだけの魔力があると思う。

「おおー、いい食べっぷりだねー」

 で、結局三人の中で一番に食べ終わってしまった。ルーミアが私の食べる速さに感心してる。

「ミスチー、すっごく美味しかった」
「ん、ありがと。二人の口に合ったみたいで良かったよ」

 二人?
 フランの方を見てみると、フランの顔から黒い影は消えていて少しだけだけど顔が綻んでた。

 ちょっと安心。これからは、血の話題には触れないようにしよう。
 誰かの暗い過去に触れるほどの勇気は私にはない。

 私の視線に気付いたフランが淡い笑顔を浮かべる。それはまるで、謝られてるみたいでこっちの方が申し訳なく思ってしまう。
 あんな話題を振った私のほうが悪いのに。

「ねえ、二人ってお酒飲めるの?」

 再び微妙な雰囲気になりかけた私たちの間にミスチーが割って入る。ルーミアが持ってきた一升瓶は既に開けられていた。甘い匂いが広がっている。

「えっと、私はあんまり得意じゃないんだけど」
「私は飲んだことない」

 私たちは同時に答える。けど、顔を見合わせたりはしない。フランのことを気にし過ぎないようにするために。

「そっかそっか、ならちょうどいいや。このお酒なら甘いから苦手な人も初めての人も飲みやすいと思うよ」
「えっ! 甘いのっ?」

 わっ、フランが珍しく食い付いた。紅い瞳がきらきらと輝いて、七色の羽がぱたぱたと揺れている。相変わらずフランの甘い物への執着心はすごい。

「おっ? 甘いの好きなんだ?」
「うん、好きっ!」

 今までの暗い様子はどこへやら。物凄く弾んだ声で答えてた。
 人見知りが少し直ったお陰で好きなものを前にしたときに感情が表に出やすくなってるんだろうか。まあ、何にしろ良い変化だ。

「ねえ、ミスチー。早く注いでよー」

 待ちきれなくなったらしいルーミアがミスチーを急かす。ミスチーはあっちにこっちにと意識を向けて大変なはずなのにその様子を一切感じさせてなかった。
 毎日接客をしてれば複数の相手への意識の向け方、っていうのがわかってくるんだろうか。

「はいはい、わかったわかった」

 おざなりに返事をしながらも四人分のお猪口を用意するミスチー。
 あ、ミスチーも一緒に飲むんだ。営業中じゃないからかな?

 慣れた手つきでお猪口にお酒を注いでいく。入ってる量がほとんど一定だ。地味だけどすごいって思う。

「はい、どうぞ」
「ありがとー」
「ありがと」
「ありがとう」

 三人の声が重なる。同じ言葉でもちょっと声の調子が違うって事に気付く。

「フラン、初めて飲むんなら一気に飲まないようにしといたほうがいいよ」

 私の経験から来る忠告だ。引きこもりをやめた後、今以上に無意識でふらふらとしていた時に鬼の飲んでいたお酒に手を出してそれを一気に飲んで倒れてしまったのだ。
 鬼の飲むお酒は総じてきつい。その上、私はそれが初めて飲むお酒だった。

 お姉ちゃんに心配されながらもこっぴどく叱られたのをぼんやりとだけど覚えてる。あれ以来、お酒を一気飲みするようなことは無くなった。

「うん、わかった」

 素直に頷いてくれた。多分、大丈夫だろう。

 鰻は既に食べ終えてる私はお酒の方に集中する。

 においを嗅いでみると、香ってくるのは果物のような香り。うん、ほんとに甘そうだ。
 私は持ち上げたお猪口をちょっとだけ傾ける。そして、表面を舌で舐める。

 お酒に弱くてあんまり飲めない。けど、味を楽しみたい、ということでやっている方法だ。お姉ちゃんから教えてもらった。お姉ちゃんもお酒に弱いのだ。
 うちで一番強いのはお燐かな? お空もお酒にはかなり弱いし。

 そんなことを考えながらちろちろ、とお酒を舐める。触れた部分から甘さが広がっていく。鬼たちが飲んでるお酒よりもこっちの方がよっぽど私に合ってそうだ。
 まあ、お酒であることに代わりはないから一気に飲もうとは思わないけど。

 一人でそうやって静かに、少しぼんやりとお酒を飲んでると、

「こーいしっ!」

 突然、妙に明るい声と共に横から抱きつかれた。
 誰に? フランにだ。

「ふ、フランっ? 突然どうしたのっ?」

 お猪口を置いて慌ててフランの方を見る。幸せそうな笑顔で私の腰に腕を回すフランと、空になったお猪口が見えた。
 どうやら、甘い物への誘惑に勝てず私の忠告を無視して一気に飲んでしまったようだ。

 それにしても酔いが回るのが早すぎるんじゃないだろうか。お猪口一杯くらいなら私も大丈夫なんだけど、と思っていると。

「こいし、ごめん。あまりにもいい飲みっぷりだったからどんどん注いであげちゃった」

 苦笑しながらミスチーが見せてくれたのは半分よりちょっと少ないくらいしか残っていない一升瓶。
 え゛っ、だいぶ減ってる気がするんだけど。

 フランが座っているのとは反対側の席に座っているルーミアを見る。ルーミアは鰻を食べながらお酒をちびりちびり、と飲んでいた。

「ん? 私はこれで二杯目だよー」

 私が何も言っていないのにそう教えてくれた。ありがと、察しが良くて。
 で、多分、ミスチーはフランにお酒を注いであげるのに忙しくて一杯も飲めてないと思う。

 と、言うことはフランは一升瓶の半分くらいの量のお酒を飲んだ、ということだ。そして、この様子から察するにお酒にはあんまり強くない。

「こいしお姉様っ!」

 フランが再びものっすごく弾んだ声で私の名前を呼ぶ。そして、それから小さくくすぐったそうな笑いをこぼす。

 というか、お姉様?

「えっと、フラン? お姉様、ってどういうこと?」

 私は、妹なんだけどー、っていうのは別にいいとして、フランからそう呼ばれるような心当たりが全くない。姉って言うのは血縁関係が無くても自分の慕ってる相手にも使うらしいけど、私がフランから慕われてるとは思わない。信頼はされてるみたいだけど。

「うんっ、こいしはね、私のお姉様みたいだ、ってこと。こいしはいっつも私の傍にいてくれるし、私のことを気にかけてくれてる。それに、なによりもこいしの隣は安心できるからっ」

 眩しいくらいの笑顔と受け止めきれないくらいの信頼。受け止め切れなかったぶんはどうしてあげるのがいいんだろうか。

「え、っと、ありがとう」
「ううん、私の方こそありがとうっ。こいしのおかげで私は変わることが出来たんだからっ」

 確かにフランは変わってきた。最初の頃のような人見知りの激しさも今はそれなりになくなってきてる。

 でも、それは、フランがもともとそれなりに人と関わることの出来る性格だったからだと思う。ただ、誰かと関わらない時間が長すぎたからどうすればいいのかわからなくて戸惑ってただけ。
 私はそんなフランの背中を押してあげただけなんだ。

「こいし、自分は大したことしてない、って思ってるでしょ」

 フランが私に抱きつくのをやめて代わりに胡乱げな表情を浮かべた顔を近づけて鼻先に指を突きつけてくる。

「な、なんでわかったの?」

 私少したじたじ。酔ったフランってもしかしたら押しが強いのかも。

「だって、こいしのことだから。お姉様のことは分からないことがたくさんだけど、こいしのことなら一杯わかるよっ!」

 そう言った後、フランが酔いで赤いままの顔に真剣な表情を浮かべる。

「こいしの事はお姉様と同じくらい大好き。だから、お姉様くらいなのは難しいかもしれないけど、こいしにも自分に対する自信を持ってて欲しい」

 じぃ、っと紅い瞳が私の瞳を覗き込んでくる。目を逸らすことは、出来ない。何かに捕らわれたかのように私はフランの瞳を見つめ続ける。

「こいし。ねえ、こいし」

 フランが私の名前を呼んだ上で私に呼び掛ける。その意図はわからない。
 ただ、フランの紅い瞳が昏い色を帯びている。感じるのは微かな恐怖と、大きな不安。

「私が血に慣れるくらいに血を見たその理由を教えて欲しい?」

 フランがくすくす、と小さく笑う。どこか自虐的な笑い方に胸が締め付けられる。

「……ううん、いいよ。フランが喋りたくない、って言うんなら聞かないし、フランが聞いて欲しいって言うんなら聞いてあげる」
「ふぅん、そっか。やっぱり優しいね、こいしは」

 だから、大好き。そう言ってフランが淡い笑みを浮かべる。そんな笑顔でも嬉しそうな色が見える。

「ふあぁぁ〜……」

 突然、フランが大きな欠伸をする。

「……ん〜、眠くなってきちゃった。おやすみ、こいし」

 そのままフランは私に身体を預けて眠ってしまった。

「……はぁ……」

 フランが寝ると同時にぴん、と張り詰めてた緊張感が一気に緩んだ。その反動で溜め息が漏れる。
 なんかまだ心臓がどきどきしてる。

 さっきのは、何だったんだろうか。

 私に身体を預けて安心しきった表情で眠っているフランを見る。最後の方に見せた昏い瞳の色も自虐的な雰囲気もどこにも残っていない。いつものフランだった。

 私の手が無意識にフランの頭を撫でていた。それから、私自身の意識でフランの頭を撫でてあげる。
 私の無意識は何を想ってフランの頭を撫でてあげたんだろうか。
 私自身はフランを安心させてあげるため。私の言葉が引き金となって昔を思い出して不安になってるだろうフランを安心させてあげるため。

「お疲れ様、って言えばいいのかな?」

 ルーミアが私に労いの言葉を投げかけてくれる。ルーミアの座ってる席の前には何も刺さってない串が五本ほどあった。
 私とフランが会話をしてる間にずっと食べてたんだろうか。

「こいし、ほんとごめんね」

 ミスチーがそう言いながら水の入ったコップを差し出してくれた。最初に謝ってくれたときよりもほんとに申し訳無さそうだ。

「ううん、大丈夫。気にしないで。それと、ありがと」

 お礼を言いながら受け取ってちょっとだけ水を口に含む。それからすぐに、カウンターの上にコップを置く。喉が渇いてると思って出してくれたんだろうけど、あんまり喉は渇いてなかった。

 代わりに心がちょっと落ち着かない。

「こいしは、随分フランに信頼されてるんだねー。フランの寝顔、すごく心地良さそう」

 ルーミアがフランの顔を覗きこむ。その際にさらさらと揺れるルーミアの金髪が視界の中に入る。そういえば、ルーミアも金髪だ。
 今はどうでもいいことだけど。

「腕の中で眠るのは信頼の証だ、って言うしね」

 ミスチーが追加の鰻を焼きながらそう言う。ちょっと明るい声で言ってるのは私に気を使ってるからかな。

「うん」

 フランの髪を手で梳きながら無造作に答える。私の髪とは違ってさらさらだ。

 と、不意に左手に何かが触れる。それは、フランの手だった。無意識になのか、そのまま握り締められてしまう。
 そして、フランが寝顔に小さく笑顔を浮かべる。

 そういう表情を見せられると心がとってもくすぐったくなる。でも、同時に私の顔にも似たような笑顔が浮かんでくる。
 落ち着いてなかった心も落ち着き始める。どうやら私に必要だったのは水よりもフランの何の曇りもない笑顔だったようだ。

「随分はっきりと答えてくれちゃうんだねぇ」
「だって、フランがこうして外に出てるのは私のことを信頼してくれてるから。だから、フランがこうして私の傍にいてくれる限りはフランが私のことを信頼してくれてる、って自信が持てるんだ」

 自分がフランにとって良い方向に働きかけるようなことをしてあげれてる、という自信はない。でも、フランが私のことを信頼していてくれてる、ということは自信を持って言える。
 だから、フランに対しては一生懸命になってしまうのだ。

 そんなことを想いながら、フランに握られてる手に力を込めて握り返してあげる。私の手はフランの手と同じくらいの大きさなのに、フランは私の手をしっかりと握って離れないようにしている。だから、私はそれに応えるように離さないようにしてあげるのだ。

「羨ましい限りだねぇ。そうやって信頼されてる、って思える相手が欲しいって願望があるわけじゃないけど、目の前で見せ付けられると憧れるなぁ」

 ミスチーが今にも溜め息を吐きそうなくらい恍惚とした表情を浮かべる。私たちの関係ってそんなに憧れられるものなんだろうか。前も別の人に羨ましいって言われたし。

「私はミスチーのこと信頼してるよ?」
「いや、ルーミアは信頼、というよりも私の料理に釣られてる気がしてならない」
「それは心外だなー。私は誰よりもミスチーのことを信頼してるのに。命懸けで護ってあげてもいい、って思うくらいに」

 ルーミアがミスチーへと無邪気で真っ直ぐな笑顔を向ける。

「……それは、ありがと」

 言葉は素っ気無いものだったけど視線は少しルーミアから外れてて、頬がちょっとだけ赤く染まっていた。
 ルーミアはそんなミスチーの様子を楽しそうに見ている。

 この二人もこの二人でいい関係だと思うけどなぁ。
 なんとなくいい雰囲気だから、声を出すのがはばかれる。だから、胸の中でだけそう思うことにした。

「……まあ、それはいいとして」
「照れてるからって私の想いをないがしろにするのはどうかと思うなー」
「はいはい」

 ミスチーがルーミアの言葉を適当にやりかわす。いっつもこんなやり取りをしてるのかな?

「こいしは、これからどうするの? 私としてはフランが起きるまでここにいてもらっても構わないんだけど」
「帰ろうかなぁ、って思ってるんだけど、これだけ陽が射してると帰れないんだよね。日傘はフランしか取り出せないし、もしあったとしてもフランを背負って帰るとなると差せないし」

 フランを背負って帰ること自体は問題ない。たぶん、フランを背負っててもなんとか紅魔館まで帰ることは出来ると思う。
 ただ、問題は地上を照らす太陽の光だった。吸血鬼の弱点である光の中を傘も差さずに歩くことなんて出来るはずがない。

「日傘なら心配しなくても大丈夫。ルーミアが得意だからね」
「得意? 持ってるとかじゃなくて?」
「うん。ほら、私こういうことが出来るんだ」

 そう言うと、ルーミアの周りが何か真っ黒いもので覆われた。ルーミアの姿を確認することは出来ない。

「私は闇を操ることが出来るんだ。まあ、ここまでやったら私もなんにも見えないんだけどねー」

 ルーミアがそう言うとルーミアを覆っていた闇が薄まった。ぼんやりとだけどルーミアの姿を視認出来るようになっていた。

「この闇を上空に向けて広げれば問題なく陽の光は防げると思うよ」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「ちょっと待ってー。ミスチーが今焼いてる鰻を食べてから行きたいから」

 そう言ってミスチーの方へと向き直ってしまう。

「別にルーミア以外に食べる人なんていないんだから、すぐに行ってあげなよ」
「いやいや、前にミスチーが言ってたでしょ? 鰻は新鮮さが大事なんだ、って」
「まあ、確かにそうだけど。……こいしは、いいの?」

 ……まあ、いっか。急ぐものでもないし。

「うん、大丈夫」
「ほら、こいしもああ言ってるよ」
「はあ、しょうがないなぁ。じゃあ、これ食べたらすぐに行ってあげるんだよ」
「わかってるー」

 ちょうど焼きあがったらしい鰻をルーミアへと手渡す。そういえば結局、私もフランも一本ずつしか食べれなかったなぁ。
 まあ、また機会があったときに来ればいいか。

 フランの頭を撫でてあげながらそう思うのだった。


◆Flan’s Side


 微かな振動を感じて目が覚める。どうやら、いつの間にか私は寝てしまってたみたいだ。
 少しだけ、頭がふらふらする。

 瞼を開けてみる。視界に入ってきたのは見慣れた、けど、いつもよりも近いこいしの薄い翠色の髪。それと、こいしがお気に入りだと言っていた黒色の帽子。

 周囲に意識を向けてみる。辺りは暗くなっていて夜が訪れてるみたいだった。私はそんなにも長い間、眠ってたんだろうか。

 そんなことよりもまだ、微かな振動を感じる。そして、何だかとっても安心できる温かさもある。

「ぁ……」

 つい、声を漏らしてしまう。
 少し考えて気付いてしまった。私、こいしに背負われてるんだ。

「あ、フラン、起きたんだ」

 私の声で起きたことに気付いたらしいこいしが前を向いたまま声をかけてくる。

「私、夜までずっと寝てたの?」
「違うよ。これは、ルーミアが闇を出して太陽の光を遮ってくれてるんだ」

 そう言ってこいしが私たちの前を指差す。そこには、闇の中に溶け込むようにしてルーミアの姿があった。

「おはよー、フラン」

 ルーミアがこっちに振り向く。

「あ、うん、おはよう。……それと、ありがと」
「どういたしましてー」

 そう言ったきりルーミアは前を向いてしまった。相変わらず何を考えてるのかはよくわからない。

「ねえ、フラン。体調は悪くない?」

 こいしの声には私のことを心配してくれてるような色が浮かんでいる。

「ちょっと頭がふらふらするけど、大丈夫」
「初めてあれだけ飲んでそれだけなんだ。私なんか、頭痛がひどかったからねぇ。フランは私よりもお酒に強いのかもしれないね」
「そうなの?」
「うん、多分だけどね。私が初めて飲んだお酒って鬼が飲むような強いお酒だったし」
「そうなんだ」

 それからは無言になってしまう。いつも通りの私たちといえばいつも通りだ。歩いてるときは何かきっかけがあった時くらいしか話はしない。
 けど、いつもとは違ってこいしの背中が近すぎる。

「ねえ、降ろしてくれないの?」
「ダメ。ふらふらしてるんでしょ? フランを怪我させるわけにはいかないんだから降ろせないよ」

 いつものようにこいしは私を気遣ってくれる。それが嬉しくて、こいしの言葉に甘えてその背中に私の全てを預けてしまう。

 ……曖昧だけど、こいしとのやり取りは何となく覚えてる。
 お酒を飲んでから私は少しだけ昔の頃の自分を取り戻してしまっていた。

 でも、幸いだったのは無差別になんでも壊そうとしなかったこと。出てたのがお姉様にだけ見せてた自嘲気味な私だったこと。

 本当はあの自分も嫌いだけど、誰かを傷つけるよりはずっとまし。

 私が血を見慣れたその理由は私が吸血鬼だからっていうだけじゃない。
 人一人から出るよりももっと、もっとたくさんの血。部屋を真っ赤にしてしまうくらいにたくさんの血。

 ぎゅっ、と手に力が入る。思い出したくない過去の光景に私の心が震える。このことを思い出したから昔の私が出てきたのかもしれない。

「……フラン、ごめんね。思い出したくないことを思い出させちゃって」

 こいしが力を込めた手の上に手を重ねてくれる。その温かさに少し心が落ち着く。

「ううん、こいしは悪くないよ」
「でも、私があんなこと聞かなかったらフランが思い出すことも無かったでしょ?」
「それは……」

 そうじゃない、とは言い切れない。こいしが私が血に慣れてる理由を聞いてこなかったらきっと思い出さなかった。
 でも、

「こいしは、悪くない」

 そう、こいしは何も悪くない。

「悪いのは―――」
「はいはいー、暗くなるのはそこまでー。二人して私の十八番を奪わないでよ」

 冗談めかした口調でルーミアが私の言葉を遮った。思わず私はルーミアの方を見てしまう。

「フランもこいしも相手のことを想ってるのはわかるんだけどねー。ただ、二人とも自分のことを卑屈に扱いすぎ。二人とも難しく考えすぎだよ」
「考えすぎ?」

 こいしと私の声が重なった。そんなに考えてるだろうか。

「うん。フランはもっと素直にこいしに甘えれば良いし、こいしはフランに甘えられたとき色んなことを考えないでそれに応えてあげればいいんだよ。そうしたら、きっと、二人とも幸せだよー」

 暗闇の中でルーミアが私たちに向けて笑顔を浮かべる。

 幸せ。その言葉はなんだか不思議な魅力に満ちていてルーミアの言葉に従ってみてもいいかな、なんて思えてしまう。

 私は、力を込めた手から力を抜く。その代わりに、重ねられたこいしの手を握ってみた。そうするとこいしが優しく、柔らかく手を握り返してくれた。

 たったそれだけの事なのに心が暖かい物で満たされる。
 これが、幸せなんだろうか。それだったら、こいしも同じことを感じてて欲しいなっ。

 心の中でルーミアに感謝しながらそんなふうに思った。


Fin



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