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 さぁーーっ

 風が私たちを追い越し駆け抜けていく。その時に葉も一緒に揺れてさわさわと林全体がざわめく。

 数え切れないほどの竹が生えているはずなのにこの林の中には常に風が吹いていた。空を見上げてみれば葉と葉の隙間から幾筋もの光が降り注いで林を明るくしている。
 前に来た妖怪の山の森とは違って明るいからか手を繋いで私の隣を歩くフランに怯えたような様子はない。むしろ、竹林の独特の景観に魅入っているみたいだった。
 紅色の傘が小さく右に、左にと揺れている。何だか楽しそうだ。

 私は私で意識と実際の相違を楽しみながら歩く。
 私の意識は真っ直ぐ歩いていると思っているのに、実際には少し曲がりながら歩いているのだ。
 無意識を自由に操れる私だからこそ、そんな違いに気が付くことができた。そして、気が付いてなお私は私の無意識の感じる真っ直ぐを信じて進む。
 どうせ目的地なんてないから気軽なものだ。迷っても帰るときは空を飛んで帰ればいい。

 そうやって私は歩くことだけに集中して何処に行くかは無意識に決めさせる。私の無意識は物を避けるのが得意だから適当に歩いてても竹にぶつかることはない。

「……あ」

 不意にフランが声を漏らす。
 何かあったのかな?、と思いながら意識を外側に向けてみる。すると、大きなお屋敷を私の意識が捉えた。

 いつか本で見た古い古い造りの日本家屋。一般市民じゃなくて、かなり上流階級の人が住んでいたようなものだ。
 造りの一つ一つがとても丁寧で相当腕のいい人が作ったんだろうことが分かる。

 そして、そんなお屋敷の縁側に長い黒髪の女の人が座っていた。手には三色のお団子が刺さった串を持っている。食べる気がないのか串はそのままに足をぶらぶらと揺らしている。
 そうしながら整った顔はぼんやりと中空を見つめていた。
 彼女が着ている服は洋服と和服を足したようなものでこのお屋敷にはとても似合っていた。ここの住人なんだろうか。

 その人の横には湯飲みと目を疑うようなものが置かれていた。それは山のように積まれたお団子の乗せられたお皿。異様な存在感を醸し出している。あれを一人で食べるつもりなんだろか。

 と、その黒髪の人がこちらに気付く。そして、何を思ったか笑顔を浮かべて私たちの方に向かって手招きをしてきた。
 思わず私はフランの方を見てしまう。フランも私と同じで少し戸惑っているようだ。

「えーっと、……行ってみようか」
「うん」

 そんなちょっとだけ間の抜けたような問答をしてから黒髪の人へと近づく。

「可愛い来訪者さんたちね。お団子、いかがかしら?」

 笑顔のまま三色団子をこちらに手渡してこようとしてくる。……こういう展開って初めてなんだけど。
 知らない人から物を貰ったりすることはある。けどそれは大体無意識を操って多数の人がいるところに混ざったりしていてその時に渡されたりするものだ。けど、今は違う。あちらの方から自主的に差し出された。

「あ、ありがと」

 初めての展開に戸惑いながらも受け取った。受け取らない理由も別にないし。

「はい、後ろの貴女にも」

 今度はフランの方だった。今のフランは片方が日傘で、もう片方が私の手で塞がってしまっている。だから、私は咄嗟にフランの手を離してあげる。

「あ、ありが、とう……」

 初対面であると同時に戸惑ってたせいでだいぶ言葉がぎこちなくなっていた。

「ふふ、どういたしまして。でも、お礼よりも味の感想が聞きたいわ。そうしたら、そのお団子を作ったイナバたちの苦労も報われるだろうから」

 にこにことした笑顔のまま私たちを眺める。
 何だか食べにくいなぁ……。

 とか思ってるとフランがお団子を食べ始めてた。一口噛んで何だかとっても嬉しそうな表情を浮かべていた。そんなに、美味しいんだろうか。

 そう思うと味がとっても気になってきた。私は一番上の赤いお団子を口に入れて噛む。

 わっ、すっごいもちもちしてるっ。それに、程よい甘さがこの食感を楽しむ邪魔をしない。
 もちもちした食感が心地よくてずっと噛んでいたい気持ちになる。けど、それは長くは続かなくて、次第に食感が弱くなっていく。

 私は一個だけじゃ物足りなくて二個目の白色のお団子を口に含む。
 今度は一個目よりも大事に、大事に噛んでいく。

 でも、やっぱりお団子の食感は終わりを迎える。なんとなく、それが寂しい。

 最後の一個を口に入れるのはとても躊躇われた。だって、こんなに美味しいお団子をすぐに食べてしまうのなんて勿体無いじゃないか。
 でも、そうやって食べないのも勿体無い。

 だから、だから、最後の緑色のお団子を故人へと別れを告げるような気持ちで口に含む。

 最後の一個は他の二つとは少し違った。噛むたびによもぎの香りが口の中に広がる。
 ああ、落ち着く……。

 そして、最後の一つも食べ切ってしまっていた。だけど、前の二つと違って、次を求めるような衝動は感じられない。よもぎの香りが私を落ち着けてくれたようだ。

「ほぅ……」

 思わず感嘆の溜め息が出る。
 今までこんなにも美味しいお団子を食べたことなんてない。

「どうだったかしら?」

 そう問い掛ける黒髪の人の声は何だか嬉しそう。私の様子から既に答えはわかりきっているのかもしれない。
 そう思っても私は言わずにはいられなかった。

「すっっごく美味しかったよっ」

 ちょっと興奮気味に私はそう言う。

「うん、すごく美味しかった」

 フランが私の言葉に追従する。フランの顔にはまだ先ほどの嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。

「気に入ってもらえたみたいでよかったわ。はい、もう一本ずつあげるわ」
「えっ、いいのっ?」
「いいわよ。けど、そうね。代わりに私の話し相手になってくれないかしら。どんなにお団子が美味しくても一人でぼんやりと食べていたら美味しいものもあまり美味しくないのよね」
「それくらいお安い御用だよ」

 人とお話しするのは私のお散歩の目的の一つだからね。むしろ、こっちからお願いしたいくらいだ。

「じゃあ、交渉成立ね。じゃあ、ここ、座りなさい」

 お団子の乗せられたお皿のない方の床を叩く。私たちは頷いて私が黒髪の人の隣に、フランが私の隣に座る。
 ここは屋根があるから陽が当たらない。だから、フランは日傘を畳んでいつものように魔法で作り出した空間の中にそれを収めた。

「はい、どうぞ」

 私たちがちゃんと座ったのを確認してもう一本ずつお団子を差し出してくれる。私とフランはそれを受け取る。
 で、私は早速、いただきます、と言いながら白色のお団子を口に含んだ。フランも嬉しそうにお団子を食べ始める。

「貴女たち、そのお団子を本当に気に入ってるみたいね。今ここにイナバたちがいないのが残念だわ」

 イナバたちっていうのは確かこのお団子を搗いた人たちのことだったっけ? ……そういうえば、まだこの人の名前を聞いていない。
 
 お団子をよく噛んでから私は口を開く。

「ねえ、貴女の名前は? ちなみに私は古明地 こいしだよ」
「あ、私は、フランドール・スカーレット」

 お団子を食べていたフランが少し慌てたようにそう言う。でも、今までの中では一番流暢に自分の名前を言えてたと思う。

「私は蓬莱山 輝夜よ。一応、ここで一番偉い、ってことになってるわ」
「一応?」

 輝夜の言葉に私は首を傾げる。
 お姉ちゃんは地霊殿の管理人、ということで実際にあそこで一番偉いし、レミリアは紅魔館の主だと豪語している。だから、私は一応、という言葉に違和感を覚える。

「そ、一応。ここの管理はほとんど永琳がやってるからね。私がすることといえばこの永遠亭の看板として接客をすることくらいかしら。あ、永琳って言うのはね―――」





 輝夜はお話をするのが好きなのかずっとここ、永遠亭のことについて話してくれていた。

 輝夜の教育係だったという八意 永琳。今は幻想郷でも珍しい医者として働いているらしい。妖怪の病気なんかも治療できるらしくて輝夜いわくとってもすごい人、らしい。
 無駄に名前の長い鈴仙・優曇華院・イナバ。どう呼べばいいのか、と聞いてみると返ってきたのは好きに呼べばいいんじゃないかしら、という言葉。とりあえず、一番無難そうな鈴仙、って呼ぶことにしよう。
 ここにいるたくさんの兎たちのリーダー格だと言う因幡 てゐ。大変な嘘つきで悪戯好きらしい。会った時には気をつけないと。
 そして、たくさんの兎たち。
 これらが永遠亭に住む人たちらしい。

 他にも、今までここに運び込まれてきた人たちのお話や親友がいるってこと、そしてその人を含め、輝夜や永琳は不老不死だってことを聞かされた。

 不老不死だ、っていうのはにわかに信じがたかった。それが顔に出てたのか、輝夜に、だったら首を落としてみましょうか?、と言われた。
 フラン共々慌てて首を横に振った。いくら死なないとはいえ、人の首が落ちる所なんて見たくない。
 焦る私たちの様子が面白かったのか輝夜は面白そうに笑っていた。笑い事じゃないよっ!

 そんなふうに輝夜とお話をしている間にもお団子を食べてたはずなんだけどあんまり減ってなかった。私もフランも、そして輝夜も小食だから全然減らなかったのだ。
 元々一人で食べられるような量ではなかったのになんでそんなに用意したんだろうか。

 そんなことを思いながらお茶を飲む。これは、輝夜が偶然通りかかった兎たちに用意させたものだった。たち、と言っても実際に働いたのはお燐やお空みたいに人化してた一人だけなんだろうけどね。

 と、不意に周囲の温度が上がってきた。フランがレーヴァテインに炎を纏わせたときと同じような雰囲気だ。けど、今フランは私の隣にいて、熱は頭上からやってきている。
 屋根があるせいでここからは何がやってきているのかわからない。フランも何がやってくるのか気になるみたいで天井の方をじっと見つめている。

 そんな中、輝夜は何故だか嬉しそうな表情を浮かべていた。これから何がやってくるかわかっているんだろうか。

 ようやく、熱の正体が視界に入る。それは大きな、大きな炎の翼を背負った人だった。
 はっきりとした長さのわからない長い長い白色の髪が炎と風の中で踊っている。所々、お札のようなもので髪が結わえられている。そして、もんぺのような服にも所々お札のようなものが貼ってあった。
 そして、炎の中から燃えるような赤と黒の混じった瞳で私たち―――いや、輝夜を力強い視線で睨んでいる。

 翼が羽ばたくたびに熱と炎とを周囲に撒き散らす。お屋敷が燃えたりしないんだろうか、と思うけど炎に対して何かが出来るわけでもない。精々出来るのは火が広がったときにいち早くここから逃げ出すことくらいだろうか。

 そんな私の心配をよそに何事も無く炎の翼を背負っていた人は地面の上に降り立ち、炎の翼を消した。

「輝夜っ、今日こそお前を殺すっ!」

 それは憎悪に満ちた声だった。直接感情を向けられたわけではない私のほうが身を竦ませてしまう。隣でフランが怖がっているのも雰囲気で伝わってきた。

「妹紅っ、やっと来てくれたわね!」

 だと言うのに、輝夜は動じた様子もない。むしろ、とっても嬉しそうに妹紅の方へと駆け寄っている。

 そういえば、親友の名前は藤原妹紅だとか言っていた気がする。全然そういうふうには見えないんだけど。

「妹紅。イナバたちが作ってくれたお団子があるけど、いるかしら?」

 笑顔のまま私たちの隣のお皿に盛られているお団子を指差す。

「いらん」

 けど、妹紅は輝夜を睨みつけて一蹴した。

「毎度の事ながらつれないわねー」
「お前と馴れ合うつもりは更々ない」

 一方は笑顔なのにもう一方は不機嫌そうな表情だ。妹紅は輝夜のことが嫌いなのに、輝夜は妹紅のことが好きみたいな感じだった。何この関係。

「しょうがないわね。貴女が望むなら付き合ってあげる、……と言いたいところだけど、今日はお客さんがいるから我慢してもらえるかしら?」
「客?」

 輝夜の言葉に妹紅が眉をひそめる。そして、視線が私たちの方に向く。
 えっと、どんな反応を返せばいいんだろ。隣からどうしようか、とフランが少し怯えた視線で聞いてくる。私からフランに返せる言葉はない。

「そ、お客さん。私の隣に居たんだけど気付かなかったのかしら? 私が魅力的過ぎて」
「んなわけがあるか」
「照れない照れない」

 輝夜が笑いながら妹紅の肩を叩いている。叩かれてる方はかなり鬱陶しそうだ。

「……で、誰なんだ?」
「こいしにフランドールよ。さっき知り合ったばっかりだから名前しか知らないけど」

 そう言えば輝夜が自分のことと永遠亭のことばかりを話してたから私たち自身のことを話す暇がなかった。
 それよりも、妹紅が私たちの方を見て驚いているみたいだった。どうしたんだろ?

「……何で紅魔館の主と地霊殿の主の妹がここにいるんだ?」
「? 紅魔館? 地霊殿? なによ、それ」
「地霊殿を知らないのはまだいいとして、何で紅魔館を知らないんだよっ! どれだけ常識知らずなんだ!」

 妹紅が輝夜へと詰め寄る。何をそんなに怒ってるんだろうか。

「これだけ常識知らずなのよ!」

 輝夜は輝夜で胸を張っていた。いやいや、そこは威張るところじゃないと思うよ。

 というか、二人で勝手に話を続けていってしまうから私たちが間に入る余地がない。精々出来るのは心の中で二人の会話に対して突っ込みを入れることくらい。

「威張るなっ!!」

 妹紅が輝夜の頭を叩く。その時に響いたのは小気味いい音だった。こうして妹紅が代わりに突っ込みを入れるから突っ込みとして二人の間に入ることも出来ない。
 最初は仲が悪いのかな、って思ってたけどこうして離れて見てると―――

「二人とも、仲が良さそうだね」

 フランがぽつり、とそう漏らした。隣を見てみるとフランは怯えた様子もなくなっていて柔らかい微笑みを浮かべていた。ちょっと楽しそう。

「うん、そうだね」

 頷きながら二人の方に視線を戻す。
 確かに二人は仲が良さそうだ。いや、息が合ってる、かな? 二人の会話に無理をしているような感じはない。お互いがお互いの喋るタイミングをわかっているようなそんな感じだ。

「う゛ー、叩くことないじゃない」

 涙目で頭を押さえながら上目遣いで妹紅を見ている。演技かな、あれ。

「はっ、無知を威張るような奴にはちょうどいい仕打ちだと思うがな」
「まあ、確かに貴女の言う通りかもしれないわね。……というわけで、私に紅魔館と地霊殿のことについて教えてちょうだい」
「なんでそういうことになるんだよ。住んでる本人たちに聞けばいいだろ」

 私たちの方を指差される。これは、そろそろ私たちの出番かな、と思ったけど、

「私は妹紅から聞きたいのよ」

 違った。輝夜は拒絶されてもまだ妹紅に説明をせがんでいる。妹紅の腕を掴んで揺すっている。

「何で私がお前に教えないといけないんだ! というか、纏わり付くな!」

 そんな怒声と共に輝夜の手を振り払う。

「ひどいわねー。まあ、妹紅がそんなに嫌だって言うなら聞かないけど」

 ずっと続けるかと思ったけど意外とあっさりと諦めた。

「でも、代わりといってはなんだけど、一緒にお団子でも食べましょう?」
「嫌だ。私は帰る」

 妹紅が輝夜に背を向ける。けど、妹紅の腕を輝夜がとっさに掴んだ。

「じゃあ、せめてあの子たちに挨拶だけでもして行ったら? 挨拶もしないで立ち去るなんて失礼じゃない?」
「……そうだな。あいつらに声をかけないのと、お前の傍に居たくない、ってのは別だしな」

 言い訳がましくそう言いながら再び顔がこっちに向いた。

「さっすが妹紅! じゃあ、お茶の用意をしてくるわね!」
「おい! 私はすぐに帰るぞ! ……って聞いちゃいないし」

 輝夜は嬉しそうに駆け足で永遠亭の中へと入っていった。そんな輝夜を見ながら妹紅は溜め息を吐いてた。
 それから諦めたように首を振って私たちの方に近づいてくる。

 最初は怖いイメージがあったけど二人のやり取りを見ていたせいかそんなものはどこかに行ってしまっていた。フランもそれは同じだろう。

「始めまして、だな。私は藤原妹紅だ」

 少し居心地が悪そうにそう言う。さっきのやり取りを見られていたからだろうか。

「私は古明地 こいしだよ」
「私はフランドール・スカーレット」

 落ち着いてたからかフランの声に淀みはなく今までになく流暢だった。やった、ついにフランの成長の成果がっ!
 そんなふうに、フランのことをよく知ってる人くらいしかわからないような喜びを心の中で噛み締める。レミリアも成長したフランのことを見て喜ぶんだろうか。

「それで、お前らはなんでこんな所に来たんだ? あいつと話すために来たんじゃないだろ?」

 妹紅が輝夜の去っていった方にちょっとだけ視線を向けてそう言う。

「うん、ふらふらと適当に歩いてたらここについたんだ」
「は? 適当に歩いて? あの竹林をお前らだけでか?」

 私の言葉に妹紅は驚いているみたいだった。まあ、何となく理由はわかるけど。

「そうだよ」
「迷わなかったのか?」
「迷うも何もどこかを目指してたわけじゃないからねぇ。歩くこと自体を楽しんでた、って感じだし」
「はあ……」

 呆れられた。まあ、無理もないか。あんな感覚的に人を惑わす竹林を好き好んで歩くのなんていないだろうからねぇ。

「私は無意識に任せてふらふら歩いて、そこで出会った人たちとお話しするのが趣味なんだ」
「無意識ねぇ。よくそんなのでこんな所まで来れたな。というか、フランドールはこんなのについて歩いて怖くないのか? どこに連れて行かれるか分かったもんじゃないだろ」

 今度はフランの方へと問いが向けられる。私もどんな答えを返してくれるか気になってフランの方を見る。
 フランは視線が集まったのが恥ずかしいのかちょっとだけ頬を赤くしながらも私と妹紅を見る。

「一回だけちょっとだけ、怖いところに連れて行かれたけど、大丈夫。私はこいしのことを信頼してるから、こいしと一緒ならどこまでも行ける」

 そして、フランが私の方に笑顔を向ける。私も笑顔を返す。

「うん、フランが望む限りどこまでも連れて行ってあげるよ」

 最近はフランに頼られるのも慣れてきたから恥ずかしいと思うこともなくなってきた。むしろ、頼られれば頼られるほどフランのために頑張ろう、って思えてくる。

「……仲がいいんだなお前ら」
「当然だよ! ねっ、フラン」
「うんっ」

 顔を向け合ってお互いに頷く。こういうやり取りはなんだか心地いい。

「でも、妹紅と輝夜も仲が良さそうに見えたよ」

 フランに向けていたのとはちょっと違う笑顔を浮かべて妹紅を見る。

「どこがだよ」

 不機嫌そうに顔をそらされてしまった。本人は嫌いだと思い込んでるのかもしれない。なんだか、そういうのは勿体ない気がする。
 だから、気付かせてあげようと思う。妹紅が輝夜のことを嫌いじゃないってことを。

「普通は嫌いな人の話にわざわざ突っ込みを入れたりしないと思うよ。嫌いなら無視するかすぐに距離を取るかだと思うし」

 私の場合は多分距離を取るんだと思う。能力的にも逃げるのは得意だからね。

「あれは、単にあいつの間違ってる所を指摘して優越感に浸ってるだけだ」

 うーん、そう言う考え方もあるかぁ。

「実は、輝夜の悪い所を直してあげよう、っていう心遣いが―――」
「ない」

 言い終わる前にきっぱりと切り捨てられてしまった。かなり強情だぁ。

「……フラン、どうしようか」

 私だけだとどうしようもない気がしてきたからフランに相談を持ちかける。妹紅に聞こえないように小声だ。まあ、目の前でそんなことをしてたら怪しい以外のなんでもないんだろうけど気にしない。

「えっと……」

 フランが考え込む。その隣で私も考え込んでしまう。

「……お前ら、何やってるんだ?」
「おっと、ごめん」

 妹紅の不審がる声に意識を外に向ける。内緒話をしたうえにそのまま相手もせずに考え込むなんて失礼すぎる。

「お前ら、どうしても私が輝夜と仲良くしてほしいみたいだな」

 軽く睨まれる。妹紅としては触れられたくない話題みたいだ。
 それはどうしてだろうか。本当に輝夜のことが嫌いだから? それとも今更素直になれないから?

 考えてみた所でどっちなのかなんてわからない。ちょっと怖いけど睨んでくる妹紅の顔を見てみるけどやっぱりわからない。

 私は無意識に、 閉じた第三の眼に触れる。

 こういう時は、心を読む力を封じてしまったことを後悔してしまう。
 でも、かといって取り戻したいか、と聞かれても取り戻したい、とは思わない。まだまだ眼を開けることは怖いから。

 それに、そんな力が無くても心が読めてしまうときは読めてしまうのだ。例えば―――

「妹紅! お茶、淹れてきてあげたわよ!」

 すっごく弾んだ声が後ろから聞こえてきた。そこには湯気の立つ湯飲みを持ってこちらにやってくる輝夜の姿。真っ直ぐに伸びた黒髪が踊るように揺れている。

 妹紅のために何かをしてあげるのが嬉しくてたまらない、といった感じが溢れ出している。これなんかは心を読む力が無くても読めてしまう良い例だ。

「……あ、そうだ」

 不意にフランが声を漏らす。

「ねえ、こいしの力って隠してることを、うっかり口に出させちゃう、っていうふうに使えるの?」
「うん、出来るよ」

 咲夜から聞きたい事を聞き出せるくらいだから無意識の中でも操作しやすい。

「でも、それがどうかしたの?」
「うん。それを妹紅に使ったら輝夜への気持ちを喋っちゃうんじゃないかな、って。どう、かな?」

 私の顔を窺いながら首を傾げる。紅い瞳は少し不安そう。

「いやいや、全然問題ないよ。むしろそれが最善の答えかもっ」

 二人に聞こえないように、答える。

 この方法はちょっとずるいかもしれないし、二人にとっては単なるお節介でしかないかもしれない。
 でも、変に距離を取ってるよりは妹紅に素直になってほしい。こう、傍から見てるともやもやとした感じがしてくるのだ。

 というわけで早速妹紅の無意識を操る。妹紅に変化はない。ちょっと口が滑りやすくなっただけなんだから当たり前と言えば当たり前だ。

「よし、終わり」

 外から見てるだけだと何の変化もないからフランのためにそう言ってあげる。そのことに気付いたのかフランが小さく「ありがと」と返してくれた。

 さてさて、ここからは見守っていることしか出来ない。場合によっては私たちで何か出来るかもしれない。でも、本人たちに任せた方がいいだろう。

「どうぞ、妹紅」

 今、輝夜は妹紅にお茶の入った湯飲みを渡そうとしている所だ。受け取る、のかなぁ。
 ちょっと不安になったから差し出されたものを無意識に受け取るようにしておく。本人たちに任せておく、と思っておきながら早速加担してしまった。

「……ありがとな」

 お礼を言いながら湯飲みを受け取った。輝夜が本当に嬉しそうな笑顔を浮かべている。
 けど、その直後に妹紅が慌て始める。

「って、なんで私は受け取ってるんだっ! いらん、返す!」

 妹紅が湯飲みを突き返す。けど輝夜はにこにことした笑顔を浮かべたまま受け取ろうとしない。

「ふふ〜、そんなに照れなくてもいいわよ。本当は嬉しいんでしょ? 私の淹れたお茶が飲めて」
「そんなわけがあるかっ! 私はお前のことが大っ嫌いなんだっ!」
「嫌よ嫌よも好きのうちってあるじゃない。だから本当は私のことが好きで好きでたまらないんでしょう?」
「な、に、を、言、って、る、ん、だ!」

 一音ずつ区切ってそれに合わせながら輝夜の額を小突いてく。

「やん、妹紅ったら激しい」
「妙な声を出すなっ!」

 漫才みたいな二人のやり取り。うーん、見てて飽きないんだけど妹紅はいつになったら本音を漏らすんだろうか。それとも元々何も隠してなかったんだろうか。

 でも、二人のやり取りを見てるとそうじゃないってのは十分わかる。輝夜が楽しそうなのは明らかだとして、妹紅も満更では無さそうなのだ。だから、心の底から嫌いだと思っているようには思えない。

 と、不意に小さな笑い声が聞こえてきた。
 隣に視線を向けてみるとフランが小さく身体を揺らして可笑しそうに笑っていた。

 こういうフランって始めてみるかも。笑顔を浮かべてるのを見ることはそれなりにあっても声を出して笑ってる、なんてことはなかったからねぇ。
 ……まあ、二人のことはあんまり気にし過ぎないくらいがいいのかもしれない。二人の声を耳に入れながら、フランが笑っているのを見ているとそう思う。

「お前は、なんでそんなに私に対して好意を向けられるんだよ!」

 あ……。妹紅の声の調子が変わった。
 フランが驚いている。私は二人の方へと視線を戻す。

 私の視界に映った妹紅は言うつもりのなかったことを言ってしまった、という表情を浮かべていた。輝夜から視線を逸らしている。
 たぶん、さっきの言葉は本音。妹紅が口に出すまいとしていた本当の気持ちなんだろう。いや、正確には輝夜と接する間に溜め込んだ疑問、か。
 何にしろ、これで二人の間に何らかの進展がありそうだ。 

「それは簡単な事よ。私は貴女の事が好きだから、こうして素直に気持ちをぶつけているのよ。それ以外に何か理由が必要かしら?」
「……最初会ったときはお前も私のことを嫌ってただろ」

 絞り出すような声で告げる。私はもう妹紅の無意識を元に戻している。だから、それは妹紅が自らの意志で出した言葉だ。
 やっぱり、さっきの一言のお陰で妹紅はちょっと変わり始めてるみたいだ。後は、それがどこまで変わっていくか。

「あの時は、そうね。こういうことを言うと貴女は怒るかもしれないけれど、何度も私を殺しに来る鬱陶しい奴、位にしか思って無かったわ。まるで、殺しても殺しても纏わりついてくる蚊のようにね」
「なっ! 輝夜、お前……っ!」
「ほら、やっぱり怒った」

 行動を予想できたことが嬉しかったのか妹紅の剣幕を目にしても笑顔を浮かべている。

「でも、今は大丈夫。そんなふうには思ってないわ」
「……どういうふうに思ってるんだよ」
「私の最愛の人」

 眩しいくらいの笑顔を浮かべてそう言った。

「なっ……! ふ、ふざけるなっ!」

 妹紅が声を荒げる。輝夜の言葉を拒絶してるんだろうけど、何故だか声には動揺が見られる。
 最初に疑問を漏らしてしまったときから徐々に徐々に妹紅の本音が顔を覗かせ始めてる気がする。

 と、輝夜が初めて妹紅の前で笑顔を引っ込める。妹紅をじっ、と見つめる瞳には真剣な色が見える。

「まあ、そうね。最愛、っていうのは冗談よ。でもね、私は貴女の一番の友人になってあげたいと思っているわ。数少ない永遠を生きる者として、ね」

 あ……、もしかして妹紅のことを親友、と言っていたのは輝夜の願いだったんだろうか。……輝夜も輝夜で本当のことを隠してたみたいだ。妹紅に、じゃなくて、私たちに、っていう感じだけど。

「偽物の月の異変が解決されて少ししてから考えてみたのよ。貴女のことを」
「……そういえば、博麗の巫女が来てから私のところに刺客が来なくなったな」

 これから込み入った話になっていきそうだ。そんな話を私たちが聞いててもいいんだろうか。
 でも、どうなるかっていうのも気になるしなぁ。

 うんうん悩んで、結局聞くことにした。ここから離れるとしてどこに行けばいいかもわかんないし。

 そんなふうに考えている間にも二人の会話は進んでいく。

「ええ、だって考えた結果、貴女を殺す必要なんてないと思ったんだもの。貴女は殺した所で死にはしない。そもそもの発端は私の方にある。そう思ったら殺す気もなくなってしまったわ」

 輝夜が一歩、二歩と妹紅との距離を詰める。妹紅の方が少し身長が高いから輝夜が見上げるような形となる。
 二人とも美人だから絵にはなっている。でも、妹紅の手にある湯飲みがちょっと間抜けだ。残念。

 けど、当の本人たちはそんなこと気にしてない。きっと、些細なことでしかないんだろう。

「でも、貴女は今日みたいに変わらず私を殺しに来る。ねえ、なんで私が今でも貴女との殺し合いを受けてあげているかわかる?」
「わからないし、わかりたくもない」
「そう、じゃあ教えてあげるわ」

 妹紅の意志をあっさりと無視する。何を言われようとそう答えるつもりだったんだと思う。

「貴女がそれを望んでいたから、私はそれに応えていてあげていた。罪滅ぼしのつもり、だったんだけれどねぇ」
「……だった?」
「ええ、どういうわけだか殺さないつもりでかかっていったら意外と楽しかったのよ。貴女相手ならどんなに本気を出しても死にはしないしね。だから、運動不足の解消、ストレス発散にちょうどよかったわ」

 今まで浮かべていた真面目な表情はどこへやら。再び笑顔を浮かべて妹紅の顔を見ている。

「なっ。お前、私をそんなふうに利用してたのか!」
「利用なんてしてないわよ。やる気がないときでも妹紅が欲求不満にならない程度には本気を出しててあげてたのよ?」
「欲求不満とか言うなっ!」

 あ、また叩いた。

「何で叩くのよぅ。そんなに叩いたら馬鹿になるじゃない」
「お前は元から馬鹿だからいくら馬鹿になろうとも変わりはないだろ」
「酷い言い草ね。……でも、まあ、馬鹿なくらいがちょうどいいのかもしれないわよ? 余計なことを気にせず楽しめるんだから。ねえ、妹紅。私が言うのもなんだけど、昔のことは忘れて心行くまで一緒に楽しみましょう?」
「……ふんっ。くだらないな」

 輝夜を鼻で笑うと手に持っていた湯飲みのお茶を一気に飲み干した。そして、空になった湯飲みを輝夜に押し付ける。

「じゃあな。私は帰る」

 妹紅が輝夜に背を向けて離れる。輝夜はそれを止めようとはしない。代わりに声をかける。

「ねえ、妹紅。私の淹れたお茶、どうだったかしら?」
「冷たくて不味かった」
「そう。じゃあ、今度はちゃんと熱いのを淹れてあげるから飲んでちょうだい」

 輝夜の言葉には答えないで妹紅は炎の翼を生やして飛んでいってしまった。妹紅を見送る輝夜の顔は最後の最後まで笑顔だった。

 結局、妹紅の隠された本音は引き出せなかったみたいだ。でも、妹紅は単純に輝夜のことが嫌いなわけではないようだということはわかった。

「あーあ、帰られちゃったわ。何処が好きなのかまだ言ってなかったのに」

 残念そうにそんな声を漏らしながら輝夜が私たちの方へと戻ってくる。

「ありがと、貴女たちのお陰でちょっとだけ妹紅と話をすることが出来たわ」
「……私が何をしたのか気付いてるの?」

 だとしたら、輝夜は見かけ以上に鋭いということになる。私の力についてはまだ教えていないはずだし。

「? 気付くも何も貴女たちがいたお陰で妹紅と殺しあわずにすんだんじゃない。こいし、何かやってたのかしら?」

 そういう風に思ってるんだ。あー、だから貴女『たち』か。

 まあ、私の力については言って困るものでもないし教えておいた。

「へえ、便利そうな力を使えるのね」
「そうでもないよ。無意識を操れる、っていっても限界があるしね」
「ふーん。まあ、なんでもいいわ。貴女のお陰で妹紅と話すきっかけが出来たんだもの。感謝してるわ」
「……あんな会話でよかったの?」

 私からしてみればほとんど進展が無かったように思える。輝夜が一方的に自分のことを話してただけだ。

「いいのよ。妹紅ったら今まで一度としてまともに私の話を聞こうとしなかったんだから。あれだけ話せたら上出来よ」

 言葉に合わせて声はとっても上機嫌だった。

「まあ、私たちには永遠の時間があるから、気長にやらせてもらうとするわ。時には今日みたいに誰かの力を借りたりしてね。今回はこいしの力で話すきっかけが出来たんだから、今度はフランドールに手伝ってもらいましょうかね」
「えっ? わ、私?」

 突然の指名にフランが少し狼狽を見せる。そんなふうに自分の名前が出てくるなんて思ってなかったんだろう。

「そ、貴女。貴女みたいな雰囲気の柔らかそうな子がいてくれたら妹紅も落ち着いて話が出来ると思うんだけれど、どうかしら?」
「えっと、どう、って言われても……」

 フランが返答に困ってるみたいだった。まあ、私も同じことを言われたら困ると思う。
 けど、今回言われたのは私ではない。フランだ。だったら、私から言えることもある。

「うん、良い考えだと思うよ。フランを見ててイライラする人なんていないと思うから」
「やっぱり貴女はそう思ってくれるのね。なら、今度妹紅と話をするときはフランドールを借りるわね」
「じゃあ、その時は私も同伴で」

 外では私がフランと一緒にいる、っていうのがレミリアに言われた条件だし、私自身フランから離れるつもりはない。

「ええ、別にいいわよ。貴女たちに負けないくらいの私と妹紅のラブラブっぷりを見せ付けてあげるから」

 多分それは輝夜なりの強がりなんだろうなぁって思う。どんなに外から見てて平気そうでも自分が好きだと思ってる人から拒絶されるなんて耐えられないだろう。例え、それが自分の本音を隠すための言葉だとしても、だ。
 でも、輝夜の言葉は強がりだけじゃない。願いもこもってる。ラブラブ、とか言ってるのは冗談だとしてお互いが信頼しあってるような関係に憧れているのは間違いではないだろう。その引き合いに私とフランのことを出すのは嬉しいやら恥ずかしいやらだけど。

「フラン、勝手に決めちゃったけど、いつかまた機会があったら二人に協力してあげるのも別にいいよね?」
「うん、いいよ。私に出来ることなんてないけど」

 自信が無さそうにそう言う。それを見るとだか黙っていられなくなった。

「そんなことないよ! 輝夜も言ってたけどフランはこう、人を落ち着かせる力があるんだよ!」
「そう、かな?」
「うん、そう! 絶対にそう!」

 私はフランに向かって力説する。なんでこんな力が入ってるのか私自身よくわかんない。

「……ありがと、こいし」

 何故かお礼を言われた。

「なんでお礼を?」
「えっと……こいしが、私のいい所を見つけてくれるから」

 恥ずかしそうな、でもちょっぴり嬉しそうな笑顔をこっちに向けてくれる。

「見つけてるんじゃないよ。フランが私にいい所を見せてくれてるんだよ」

 フランの紅い瞳を見つめながら答える。フランも私を見つめ返してくれる。

「だから、フランのいい所、私にもっと見せてよ。フラン自身が気付いてることも気付いてないことも。気づいてないことだったら私が教えてあげるからさ」
「うんっ」

 弾むような声と笑顔。私の顔にも自然と笑顔が浮かんでくる。

「本当に羨ましいわ、貴女たちの関係」

 ぽつりと輝夜がそう漏らしていたのだった。


◆Mokou’s Side


 炎の翼を羽ばたかせながら私は家へと向かって飛んでいく。
 そうしながら考えるのは今日の輝夜とのやり取り。

――お前は、なんでそんなに私に対して好意を向けられるんだよ!

 なんで私はあんなことを聞いてしまったんだ? それもあんなに強く。
 あんなに強く言ってしまえばそれはまるで、輝夜の好意を理解したいけど理解できないみたいではないか。

 この私が輝夜のことを理解したい? 千年以上も憎み続けてきたあいつを? ……ありえない。
 そう、ありえない。ありえないはずなんだ。なのに、輝夜の言葉が頭の中を巡っている。

――私は貴女の事が好きだから、こうして素直に気持ちをぶつけているのよ。

 私が何度も何度も拒絶し、憎しみをぶつけ続けていたのにそれでもあいつはそう言った。

――何度も私を殺しに来る鬱陶しい奴、位にしか思って無かったわ。

 最初に会ったころはその程度にしか思っていなかったようだ。あいつには怒って答えたが別にそれでもいい。むしろ、私を憎むよりもよっぽどあいつらしい。

 なのに、だというのに!

――私は貴女の一番の友人になってあげたいと思っているわ。

 あの夜の後からあいつはそう思うようになったらしい。殺し合うだけの関係だった私たちだったというのにどうやったらそんなふうに思えるんだろうか。
 永遠を生きる者として、とか言っていたが私は望んでそうなったわけではない。

――貴女がそれを望んでいたから、私はそれに応えていてあげていた。

 私と友人になりたいと思ったあいつはそれ以降、そんな風にして私との殺し合いに応じていた。
 全くわけがわからない。しかもその上、あいつは殺し合いが楽しいとか言っていた。……いや、今のあいつは殺し合いだとさえ思っていない。単なる運動の一種としか思っていないようだ。

――ねえ、妹紅。私が言うのもなんだけど、昔のことは忘れて心行くまで楽しみましょう?

 最後にあいつはそんなことを言ったのだ。

 馬鹿げすぎている。楽しむ? 楽しむだと?
 輝夜を殺すことならいくらでも楽しんでやろう。その為だけに私は生きてきたんだからな!

 ……けどっ! 今のあいつは殺されることでさえも楽しんでるんだろう。それを知った今、私は楽しみながらあいつを殺すことが出来るのか? あいつの楽しむ姿も見たくないというのに。

――最愛の人。

 不意にその言葉を思い出してしまった。
 何故、あのとき、私は動揺してしまったのか。自分のことながら理解に苦しむ。それに、あいつ自身、その言葉は冗談だと言っていたじゃないか。

「……あ」

 気が付けば自分の家を通り過ぎていた。後方に流れていく私の家。慌てて前に進むのをやめる。

「……苛々する……」

 あいつのことを考えてたせいで家を通り過ぎたと考えると余計に腹が立つ。
 この気持ちをあいつに分けてやれたらどんなにいいだろうかと思う。けど、あいつを苛つかせる方法が思い浮かばない。

 だから、明日もあいつの所に行こう。そうすれば、きっと何かが思い浮かぶはずだ。


Fin



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