私はいつものようにフランの手を引いて紅魔館から出る。お外は館の中に比べてとても明るかった。
 今日もいい天気だ。

 陽の光を微かに反射させる地面を見ながらそんなことを思う。

「フラン、傘の準備は大丈夫?」

 今は庇の下にいるから大丈夫だけど、何の用意もしないで陽の下に出てしまえばフランがどうなるかわからない。
 雨に当たったときは体力を奪われてぐったりしてたけど、あんな感じになるんだろうか。

「うん、大丈夫」

 いつものように魔法で作った空間の中から紅色の日傘を取り出して開く。かなり大きい傘だからフランと手を繋いでいる私に当たる陽も遮られる。

 今日はどこに行くのかなぁ、なんて繋いだフランの手の柔らかい感触を感じながら他人事のようにそんなことを考える。私がフランを引っ張っていくはずなのにね。
 でも、私の無意識に任せているのだから、そう思ってしまうのも仕方ないだろう。無意識はいつだって意識とは関係なく働く。

 ぼんやりつらつらと考え事をしながら紅魔館の庭を進んでいく。毎日美鈴に声をかけてから外に出ているからここではまだ無意識状態にはなっていない。
 その代わりとばかりに適当に思考を泳がせてる。

「さあ、めーりん! もう一戦やってもらうわよ!」

 不意に門の辺りから聞きなれない声が聞こえてきた。その声に驚いたかフランが身体を震わせたのが繋いだ手から伝わってきた。

「フラン、この声、誰だか分かる?」
「……ううん。聞いたことない」

 振り向いてそう聞くと小さく首を振って答えてくれた。知らない人、っていうのに慣れてきてるのか、もう怯えた様子はあまり見られない。

「そっか。まあ、誰だかはすぐに分かるよね。行ってみようか」
「うん」

 短く頷く。もう知らない人に会うことにあまり抵抗はないようだ。

 そんなフランのちょっとした成長になんだか嬉しさを感じる。それを手助けしたのが私だと思うと尚感慨深い。後は、実際に会って話すとき、かな。
 今は姿が見えてないからこれだけ抵抗がないのかもしれないのだから。

 そんなふうに考えているうちに門の前まで来ていた。考え込みながら歩いてるっていうのは無意識状態と似たようなものだ。違うのは私の気配が駄々漏れだ、ってことくらいかな。

「今度もスペルカードは五枚でいいわ。一回、私に勝ったからって手は抜くんじゃないわよ」
「はいはい。わかってるわよ」

 美鈴と話していたのは青の短い髪を揺らす女の子だった。その髪は同色の青のリボンで結わえられている。
 そして、その子の一番の特徴は背中から生えた氷の羽。太陽の光を受けてきらきらと輝いている。

 その子は美鈴を前にして勝気な表情を浮かべていた。無駄な自信に溢れていそうな印象がある。

「美鈴さん。仕事は大丈夫なんですか? 迷惑だったらチルノちゃん止めますよ?」
「大丈夫よ。侵入者を入れさせさえしなければいいんだから」

 美鈴がもう一人の女の子へと笑いかける。

 そっちの子は緑の髪を黄色のリボンで結わえていた。髪の長さは青い髪の子よりも少し長いくらい。
 その子には虫のような透き通った薄い羽が生えていた。どうやら、彼女は妖精のようだ。

「美鈴」

 私は美鈴へと話しかける。一緒に歩くフランの腰は微妙に引けている。やっぱり、知らない人に実際に会うのにはまだ慣れきってなかったみたいだ。

「ん? これはこれは、フランドールお嬢様にこいし様。これからいつものお散歩ですか?」

 美鈴は私に対して敬語を使ってくる。別に普通の口調でもいい、って私は言ってるんだけど聞き入れられていない。美鈴いわく、フランドールお嬢様のご友人にため口など滅相もないです、ということだった。
 どうやら美鈴の中での私の立ち位置はパチュリーと同じようなものらしい。咲夜は私に対して敬語なんて使ってこないんだけどねぇ。まあ、最初の出会いが侵入者とそれを追い払う側だった、ていうのも関係してるんだろうけど。

「うん、そのつもりだけど、その二人は?」
「この子たちは私の遊び相手みたいなものですよ」

 美鈴が二人の方へ視線を向けながらそういう。あ、緑の髪の子が小さく会釈をしてきた。

「そうなんだ。でもこんな所で遊んでてもいいの? 咲夜に怒られたりしない?」
「心配など不要です。気の流れから咲夜さんがいつこちらに向かってくるのか読むことが出来ますから」

 あまり真面目では無さそうな発言。これでも、私以外の侵入者を素通りさせたことはないというんだから驚きだ。気を読む力は伊達ではない、ということだ。
 その侵入者に勝ててるかどうかは別として。

「あんたたち、あの館から出てきたってことは美鈴の知り合いね!」

 突然、氷の羽の子が話しかけてきた。驚きのせいかフランが身体を震わせたのが分かった。

「あたいはチルノ。最強の氷精とはこのあたいのことよ!」

 自信に満ち溢れた自己紹介。レミリアも似たようなものだった。あっちは、どっちかというと尊大、って感じだったけど。 

 というか、この子妖精だったんだ。羽を見る限りではそういうふうには見えない。妖精の中でも特別な子なのかな?

 今度は緑髪の子が自己紹介をする。

「私は、特に名前はないんだけど、皆からは大ちゃん、って呼ばれてるのでそう呼んでください」

 こっちの子は見かけなんかは実に妖精らしいんだけど、性格が妖精らしくなかった。基本的に自分勝手なのが妖精で礼儀正しいのなんていない。へりくだった感じで礼儀正しいのは結構いるけど、この子はごく自然な感じだ。

「私は古明地 こいし。よろしくね」
「えと、わた、しは、フランドール・スカーレット。よ、よろしく」

 ちょっとつっかえてたけどいい感じだった。よしよし、と思わず頷いてしまう。

「こいし、どうしたの?」
「ん、フランも自己紹介に慣れてきたなぁ、って」
「え? そう、かな?」
「うん、そうだよっ」

 フラン、ってあんまり自分に自信を持ってないみたいだから私が外側から自信を持てるようにしてあげないと。具体的には笑顔を見せてあげる。

「……うんっ」

 ほら、フランも笑い返してくれた。こうして一つ、小さな自信を積み重ねてくれればいい。

「二人とも仲がいいんですね」

 大ちゃんが笑顔を浮かべて私たちの方を見ていた。

「うん、フランは私の一番のお友達だよ」
「私もこいしが一番の友達だと思ってる」

 どうやら私とフランは相思相愛なようだ。言葉に少し語弊があるような気がするけど気にしない。

「ふふ、そうなんですか」

 ちょっと大人っぽい笑みだった。どうやら大ちゃんは礼儀正しいだけの妖精、というわけでもなさそうだ。
 何だかフランとは違った不思議な魅力がある。

「こいし、フラン! せっかく知り合ったんだから弾幕ごっこをやるわよ! あたいの力を見せてあげるわ!」

 大ちゃんの笑みにぼんやりと見惚れていたら突然、チルノがそんなことを言った。フランはチルノの声に驚いていた。

「私、そういうのは出来れば避けたいんだけど」

 私の力はもともと攻撃能力がないからあんまり弾幕ごっこをするのに向いていないのだ。

「どうしても、やるの?」

 フランもあんまり乗り気じゃないみたいだ。フランはあんまりそういうこと好きそうじゃないしねぇ。

「む、どうして乗り気じゃないのよ」

 チルノが不満そうな表情を浮かべる。チルノはどうしても私たちと弾幕ごっこをやりたいようだ。

「私はあんまり弾幕ごっこが得意じゃないし、フランはそういうことをするのが好きじゃないんだよ。ね?」
「うん」

 フランが私の言葉に頷く。それを見たチルノの顔には更なる不満が募る。

「何よそれ。得意じゃないなら練習して上手くなればいいじゃない。好きじゃないならこれから好きになればいいじゃない!」

 前半の言い分はわかるけど、後半はどうなんだろ。そもそも、弾幕ごっこってフランの性格には合わないような気がするからいつまでたっても好きになるとは思えない。私も遊びとはいえ争いごとはあんまり好きじゃないし。

 そういうことを掻い摘んでチルノに言ってみたけど納得した様子はなかった。むしろ、

「ふんっ、だったら、このあたいが直々に弾幕ごっこの面白さ、っていうやつを教えてあげるわ! スペルは三枚でいいわよ!」

 チルノを行動させる引き金となってしまった。チルノの手にはスペルカード。
 そして、こっちが身構えるのも待たずに攻撃を仕掛けてきた。

 無数の氷柱が空へと向けて放たれる。透き通った氷の棘は陽の光を受けてきらきらと光っている。

「ああ! もう! 話聞いてよ!」

 思わずそう叫んでしまうが聞くはずもないだろう。こうなったらやるしかない。

「フラン! ここは私がやるから下がってて! 美鈴はフランを流れ弾から守って!」

 私の弾幕は当たったところでそんなに痛くないだろうけど、チルノの弾幕は実体のものなので当たったら痛そうだ。

「えっ? う、うん」
「了解です」

 一歩下がったフランの隣に美鈴が立つ。いつでも流れ弾が飛んできてもいいようにか構えを取っている。
 よし、これで一先ずは安心。

「こいしさん!」
「っと」

 咄嗟に身体を捻ってチルノの放った氷柱を避ける。大ちゃんが声をかけてくれてなかったら当たってたかもしれない。

「大ちゃん、ありがと!」
「いえいえ、どういたしまして。チルノちゃんは一度熱が入ると手加減が出来なくなるので気をつけてください」
「うん、わかった」

 大ちゃんの忠告に頷いて答える。

 氷精なのに熱が入る、ってのは妙な話だけど、チルノの性格的にはありそうな話だ。とりあえず熱が入り過ぎないように無意識を操りながら弾幕ごっこをする必要がありそうだ。
 それだけの余裕があるか、って話だけど。

 逃げるのは簡単だ。チルノの意識が少しでも私からそれればその間に私を意識に捉えられないようにすればいい。けど、そうすれば、今度はフランが標的になってしまう。それだけは、避けないと。

「大ちゃんはそっちにつくのね。ふふ、これで私は孤立。けど、燃える展開だわ! これでこそ、あたいの最強っぷりを見せ付けてやれるってもんよ!」

 チルノのテンションは既に最高潮になっているみたいだった。まだ始まって間もないんだけど……。

 次々と振り来る氷柱を避けながら溜め息を吐きたくなる。けど、今はそんなことをするよりもこっちからも応戦しないと。

 懐から一枚のスペルカードを取り出す。これを出すのは単なる儀式みたいなもので何かが起こるわけでもない。こっちが戦闘状態に入ったことを相手に伝えるためのものだ。
 重要なのはどんな弾幕を放つかだ。

 私はチルノが弾幕を撃つのを邪魔しない程度に無意識を操る。
 そして―――

「ぬわっ!」

 チルノが驚きの声を上げる。

 私は未だに降り止まない氷柱の雨を避けながらチルノの方を確認する。

 チルノの周辺にはその姿を隠すように高密度の弾幕が展開されている。
 それはパラノイア。私がチルノに抱かせた攻撃されている、という被害妄想を視覚化させたものだ。
 直接チルノは狙っていない。チルノが動かなければ当たることは決してないだろう。

 だから、これから私はあの弾幕の膜へと向けて簡単な弾幕を放つ必要がある。そのはずなんだけど、

「にょわーっ!」

 妙な悲鳴が聞こえてきた。それと同時に氷柱が止む。

 拍子抜けしたような気持ちを抱きながらチルノの方に視線を向ける。未だにチルノの周囲には無数の弾幕が浮かんでいる。
 まさかとは思うけど、あの弾幕に突っ込んだんだろうなぁ。それ以外には考えられないし。行動を制限される攻撃に弱いのかな?

 とにもかくにも、一枚目のスペルはこれで終わりだ。
 スペルカードルールにおいて、相手のスペルを破る、というのは、今のように弾幕に被弾させるか、相手の弾幕を無力化させるかのどちらかだ。私の弾幕だと被弾させるのがいっぱいいっぱいなんだけどね。

「よくも、やってくれたわね。ふっ、好きじゃない、って言ってたから油断してたわ」

 チルノの不敵な声。やられればやられるほど熱くなるタイプのようだ。厄介だなぁ。

 私がそんなことを思ってる間にも周辺の気温が下がってきている。何か危険を感じる。けど、どこから攻撃がやって来るかわからないから下手に動くことも出来ない。

「ここからは本気よ! 覚悟しなさい!」

 攻撃されているかもしれない、という被害妄想を食い破ってチルノを中心に巨大な霜柱があらゆる方向へとその鋭い先端を伸ばす。

 そして、一際強い冷気を感じる。このままここにいると危険だ、という危機感から来る無意識に従って身体を動かす。
 空気の凍る音が間近で聞こえた。私がさっきまで立っていた場所を見てみるとチルノの周囲にあるのと同じような巨大な霜柱が現れていた。先端が光っているのが見えた。
 ……当たりたくないなぁ。

 思いながら再びチルノのほうに視線を向けてみると私の放った弾幕は完全に消失していた。やっぱり私の弾幕は実体のあるものに比べて弱い。
 私が抱かせた被害妄想も吹っ飛んでしまったようだ。

「あーはっはっはっはっはっ!」

 チルノが高笑いをしている。かなり絶好調みたいだった。

 対して私はチルノの攻撃を避けるのに必死だった。さっきの氷柱と違って今回の霜柱は地面から出てくる。だから、下を見ながら避けないといけないんだけど、攻撃範囲が広くて下ばかりに集中して迂闊に動くと自分から霜柱に突っ込むことになってしまう。

 どうやら、チルノは妖精の割には強い力を持っているようだ。流石、氷精。

 ……さてと、チルノの強さに感心してる場合じゃない。そろそろこっちからも弾幕を仕掛けないと。

 私は意識を内に集中させる。チルノの弾幕を半分くらい無意識で避けていく。どこから出てくるかわからないだけで、弾幕自体は避けやすい。だから霜柱の発生する場所を私の視界が捉えさえすれば何とか避けることが出来る。
 そうしながら私は弾幕で宙に模様を描く。

 その模様に意味はない。意味を作るのはこの弾幕を見た人だ。私は無意識が無作為に取り出すイメージを指で適当に作り出すだけだ。

 宙で止まっていた模様がゆっくりとその形を崩して複雑な軌道を描きながらチルノの方へと飛んでいく。複雑な動きは苦手そうだからすぐに当たってくれるだろう。
 私の無意識がチルノの無意識が作り出す弾幕のパターンを捉えたのか危なげなく霜柱を避けていく。

「とっ! ぬわっ! てやっ!」

 妙な掛け声と共に動き回って私の弾幕を避ける。パタパタと氷の羽が忙しなく動いているのが見える。避けることに集中してるからか霜柱の密度が薄くなっている。

「こいしっ! やるじゃない! でもっ、ただじゃあ負けないわよ!」

 その声と同時に霜柱が破裂する!

 顔の真横を氷の欠片が横切る。
 小さな風が私の髪を揺らす。風を切る音が耳の奥に残っている。

 ……っくりしたぁ。心臓が異常なくらいの速さで脈打っている。
 それを鎮めているような余裕は無さそうだ。

 霜柱が弾けては私の方へと襲い掛かってくる。霜柱だけならチルノの意志が介入してたから何とかなったけど、氷の欠片にはチルノの意志が全くない。だから、無意識を越えた真の無作為しかない。
 流石にそれではチルノの無意識を読み取って弾幕を避けるということは出来ない。

 だから、気合で避ける。ただ、そのせいで私の描くロールシャッハが乱れる。けど、それが結果的に事態を好転させた。

 この弾幕は無作為のイメージを描いているとはいえ、ある程度のパターンを持って描かれる。だから、慣れてしまうと複雑な軌道とはいえ何処から飛んでくるのか何となくわかってしまう。

 けど、そのパターンが突然崩れてしまえばどうなるだろうか。

「あたっ」

 チルノに弾幕が命中した。乱れた弾幕の動きに対処し切れなかったようだ。
 けど、あんまり痛そうではなかった。ま、とにもかくにも、後一枚!

 そんな一瞬の気の緩み。それがいけなかった。

 霜柱が最後の抵抗とばかりに一斉に弾ける。耳障りな破砕音。

 慌てて空に飛んで避けようとする。けど氷の欠片の方が飛ぶのが早くていくつもの欠片が背後から私を追い抜いていく。
 そして、

「―――っ!」

 背中に衝撃。
 ほんとにチルノは手加減なしでやってるみたいだ。かなり、痛い。欠片が尖ってなかったのが唯一の救いだ。

「こいしっ!」

 叫ぶようなフランの声。
 全ての霜柱が破裂し終わったのを確認してから振り返ってみるとフランが泣きそうな顔でこっちを見ていた。

「フラン! 心配しなくても大丈夫だよ! 何ともないから!」

 ここで痛い、と一言でも言ってしまえばフランが泣き出してしまいそうな気がしたから強がってそう言う。まあ、問題なく動けるし実際にも大丈夫だろう。多分。

「こいし……」

 フランが不安そうに何か言いたそうにしている。
 気付いてるっぽいなぁ。ほんとは私が痛がってる、って事に。

「ま、フランにこれ以上心配させない為にもここは頑張らないとね」

 小さく呟いて、チルノの方に向き直る。

「さあ、次で最後ね! こいしの最高のスペルを見せてみなさい!」

 私が向き直るまで待っていたらしいチルノが言葉と同時に氷の欠片を滅茶苦茶に投げつけてくる。
 狙いも何もなく密度もそんなに高くないから今までの攻撃に比べれば格段に簡単に避けることが出来る。
 これは、舐められているんだろうか。それとも、何か特別な弾幕なんだろうか。ただ、言えることはさっきからどんどん周りの気温が下がってきている。

 まあ、考えたところで仕方がない。私も最後の弾幕を仕掛ける。

 赤と青の無数の薔薇の蕾を周囲にばら撒く。
 咲いたり閉じたり。連鎖的にそれが続いて不意にその周期が変わる。そんな薔薇の無意識をイメージした弾幕。

 円を描くような軌跡を辿りながらいくつもの薔薇の蕾が広がっていく。

 薔薇の一つがチルノの放つ氷の欠片にぶつかる。それと同時に薔薇が砕け氷の欠片となり、チルノの弾幕の一部となる!

 妙に簡単な弾幕かと思えばこういうことか。私にとって最悪の弾幕だ。私の弾幕はどれもチルノの氷の欠片に当たってしまえば容易く凍り、砕け、そして私を襲う弾幕の一部となってしまうだろう。

 けど、チルノの所まで薔薇の蕾が届かないわけじゃない。後は、咲かせるタイミングだ。うまくチルノの不意を突けば何とかなる!

 身体を右に左にと捻らせ、上昇、下降を繰り返して氷の欠片を避ける。そのことだけに集中する。

 不意を突くのに意識はいらない。意識が混じってしまえばそれは故意であり、故意である限り読まれてしまう可能性もある。
 だから、チルノの弾幕だけを見つめながら、私自身の弾幕を意識から追いやる。氷の欠片と戯れることだけに集中する。

 そして、集中しすぎた私の意識には氷の欠片さえ写らなくなる。

 ―――私は氷のステージの上で踊る。一緒に踊っているのは無邪気な氷精だ。
 彼女は楽しそうに笑いながら羽を動かして踊っている。私はそれに遅れないように必死に踊る。

 この踊りは彼女のペースで進んでいくから私は一瞬も気を抜くことが出来ない。呼吸の乱れが少しずつ大きくなってきていることを自覚しながらも身体全体を使って踊る。

 ステップを踏み、回り、身体を仰け反らせる。
 普段しないような動きを続けてるから私の身体が限界の訪れが近いことを告げる。

 けど、私は踊り、踊り続ける。
 観客席にいるたった一人の観客のために。

 不意に何処からともなく投げ入れられる一輪の青い薔薇。
 一緒に踊っていたはずの氷精がそれを受け取って動きを止めてしまう。

 そして―――

「っ! ……あたいの負けだわ」

 ―――青い薔薇の花びらに当たり体勢を崩したチルノがそう言った。

 一人ステージに残った私は最後まで踊り切る。
 最後のステップを踏み、そして、息をつく。
 氷のステージは消失し、後には地面を埋め尽くさんばかりの氷の欠片だけが残った。

「こいしっ!」

 動きを止めた私の方へとフランが駆け寄ってくる。

「こいし、早く治療しないと!」
「大げさだなぁ。怪我なんてしてないんだし」
「でも、血が……っ!」

 フランの声はちょっと涙声で、後ろの方はほとんど消えかかっていた。
 いや、そんなことよりも聞き捨てならないことを言っていたような。血?

 地面を見てみる。けど、氷の欠片が落ちてるだけで赤い液体はこれっぽちも見えない。

 一応、ということで上着を脱いで背中の辺りを確認してみた。

「うわぁ……」

 服の黄色と血の赤色との見事なコントラストが出来上がってた。思ってた以上にひどいことになってたようだ。
 あー、血を見て自分の怪我のひどさを確認したせいか背中の辺りがまた痛くなってきた。

「こいし様、大丈夫ですか?」

 美鈴が救急箱を持って駆け寄ってきた。フランとは違って冷静な様子だった。

「大丈夫、だと思ってたんだけど、そうじゃないみたい。……正直、結構痛い」
「気持ちが高ぶっているときは骨を折るほどの傷を負っても痛みを感じないときがありますからねぇ。治療するので背中、見せてもらえますか?」
「え……? ここでするの?」

 背中を見せる、ってことはかなり大胆な格好になるよね。まあ、見られて困ることはないけど何となく気恥ずかしい。

「はい。だって―――」

 美鈴がある方向を指差す。そこにはフランとチルノの姿がある。

「さあ、今度はフランの番よ! 断ることは許さないわよ!」
「うん、受けて立つ。こいしを傷つけたこと、許さないから」

 いつか見たような凛々しい表情でチルノと対峙している。

「―――フランドールお嬢様がこいし様のために頑張ろうとしているのを見ないなんて勿体無いじゃないですか」
「……うん、そうだね」

 フランの凛とした表情は滅多に見られない。だからその姿を見ていたい、って思った。
 でも、『私のために』頑張ってくれてるんだと思うと何だかむず痒い気持ちになる。暖かい感じもするんだけど、落ち着かない。

「お? さっきと違ってやる気じゃない。スペルはさっきと同じ三枚でいいわ」

 その言葉にフランが頷く。そして、二人同時に飛翔し距離を取る。
 あれ? でもよく考えたらフランって傘を差してないといけないはずだよね。どうするつもりなんだろ。

「こいし様、少し失礼しますね」

 美鈴が服をあげて私の背中をはだけさせる。まだチルノの放った冷気が残ってるのか少し肌寒い。

「血は出てますけど、そんなにひどくはないですね。消毒して包帯を巻いておけば大丈夫でしょう」

 まあ、この傷のままチルノの弾幕を避け続けてたわけだからそんなにひどくはないだろう、とは思ってた。だけど、誰かの口からそう言われるのとでは安心感が違う。
 背後でがさがさ、と音がする。多分、救急箱の中から消毒液を出そうとしてるんだと思う。

「ちょっとしみるかもしれないので我慢してくださいね」
「〜〜〜っ!」

 背中に冷たいものが触れると同時に痛みが走る。
 けど、気合で声を飲み込む。ただただフランに心配をかけさせたくない、という思いだけがある。

 とりあえず気を紛らわせようとフランとチルノの姿を目で追う。

 フランとチルノが同時にスペルカードを構える。そして、フランはレーヴァテインを呼び出し、片手で持って構える。まるで片手剣を持っているかのような構え方だった。
 そして、片方の手には日傘を持ったままだ。

「よし、お終いです。声を出さないなんて流石ですね。私なんて自分で治療してるときいっつも声を出してしまうんですよ」

 背後から朗らかな声が聞こえてきた。まあ、気を紛らわせるのは得意だからね。

「後は、包帯を巻くだけですね〜。少し急がないと二人が戦っている姿が見れないかもしれませんね」

 そう言いながら美鈴はかなり手馴れた様子で包帯を巻いてく。胴体を覆うように巻かないといけないから前もかなりはだけさせられてしまう。誰か、来たりしないよね?

 と、不意に熱気が周辺の空気を塗り替える。空気の焦げる匂いが漂ってきているような気がする。

 フランの持つレーヴァテインが天をも焦がさんばかりの長大な炎を纏っている。それはまるで一本の剣。フランが歪な杖を片手剣のように持っていた理由が分かった。

「……ねえ、フランって戦えるの?」
「心配なんて必要ないですよ。今でこそああいう性格ですが、フランドールお嬢様はこの館の中ではレミリアお嬢様に次ぐほどの実力の持ち主ですから」

 それこそ、日傘を持ったまま片手で氷精の相手を出来るほどに、と付け足す。

「これでお終いです。後は、フランドールお嬢様の勇姿を見ているだけですね」

 半分くらいフランの方に意識を向けているうちに包帯は巻き終わっていた。服も元に戻される。
 そして、私は二人の弾幕ごっこを見ることに意識を集中させる。

「カッコいいわね、それ。でも、私の氷の前にその程度の炎は無意味だわ!」

 チルノがフランの炎剣を褒めながらいくつもの氷柱を空へと向けて投げる。私に最初に使ってきたのと同じ攻撃だ。

 氷柱は空へと先端を向けて徐々に徐々に高度を上げていく。けど、氷柱は一つも落ちては来ない。

 落ちる前に全てフランの炎に触れて蒸発しているのだ。あまりにも高い温度を前にして氷は水滴にもなることも出来ない。

「これはどう!?」

 今度はフランを直接狙って氷柱が放たれる。けど、それさえもフランが炎の剣を下に向けただけで全て消えてしまう。

「それだけ?」

 静かなフランの声。いつもの臆病なフランの様子はない。何者にも動じないような強い意志が感じ取れる。

 こうしていると、フランはレミリアの妹なんだなぁ、と思えてくる。レミリアはいつも何者にも動じないような意志を醸し出しているから。

「そんなわけないでしょう! お次はこれよ!」

 このままでは攻撃が通じないと判断したのかチルノが一枚目のスペルを破棄する。そして、今度は両手で構えを作る。

 そこに長大な氷の刃が現れる。フランの炎剣とは比べ物にならないくらい小さなものだが、切れ味はありそうだ。

「くっらえー!!」

 掛け声と共にチルノが氷の刃を振り上げフランへと切りかかる。その際に刃の軌道をなぞるようにして氷柱が生まれる。
 元々はあの氷柱とチルノが振るう氷の刃とで一つの攻撃なのかもしれない。

 けど、フランの持つ炎剣を前にしては氷柱など攻撃にもなりえない。チルノから離れ熱気にさらされた途端に勢いはそがれ水蒸気となって霧散することしか出来ない。

 けど、けど、チルノの持つ氷の刃は違った。先端の方は溶け短くなっているがそれでも剣といっても差し支えがないほどの長さはあった。

 たぶん、チルノが常に冷気を送り込むことによってあの氷の刃は溶けることがないのかもしれない。

 チルノがフランへと肉薄し刃を振り下ろす。フランはそれをレーヴァテインで受け止める。
 硬質な物体がぶつかり合う音が響き渡る。

「ちっ、流石ね! って! 溶けてる溶けてるっ!」

 直接炎に触れたことでチルノの氷の剣は溶け始めていた。その辺りに二人の力の差が出てるんだと思う。

 チルノが慌てたように後方に下がる。フランはそこから動かないまま炎剣を横に振る。

 チルノの氷の刃がそうだったようにフランの炎剣からもその軌道をなぞるようにして炎の弾が生まれる。けど、その数はチルノの放った氷柱とは比べ物にならないくらいに多い。

 全ての炎弾が真っ直ぐにチルノの方へと飛んでいく。

「よっ、はっ、ととっ」

 そんな声と共に炎の弾を避けていく。あんまり追い詰められているような様子はない。
 フランの攻撃は断続的で弾幕のある空間とない空間とが交互に生まれているのだ。だから避け続けている必要がない。
 けど、フランに近づくには高密度の炎の弾幕を抜けないといけない。下手をすれば長大な炎剣で切り払われてしまうだろう。

 だから、今のチルノのスペルではフランに攻撃を当てることは敵わない。だったら、

「しょうが、ないっ! あたいの、とっておきをぉ、見せてあげるわっ!」

 攻撃を避けながらだから妙な所で声が途切れている。

 チルノは地面へと降り立つ。そして、炎の弾が止んだ一瞬の間を縫ってその場で回り始めた。

 風が吹く。少しずつ風は強くなっていきチルノを中心とした吹雪が生まれる!

 フランの攻撃は全て吹雪の壁を前にして消えてしまう。これで、フランの攻撃も届かなくなってしまった。それどころか、

「わっ」

 フランは突風に煽られた日傘を支えるためにレーヴァテインを離してしまった。レーヴァテインは尖った部分を下に向け地面に突き立つ。
 この風の中では杖を拾いに行ったとしても傘を支えるために両手を使っているからどうしようもない。

 だから、フランの一枚目のスペルはこれでおしまいだ。

 けど、フランに焦ったような様子は全然ない。たぶん、あれをどうにかできる弾幕があるのだろう。

 そう思っていると、フランの周囲に様々な色の光弾が浮かび上がってくる。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。フランの羽と同じ七色の光の渦。

 風の中でなびく金色の髪。吹雪の中心を見据える紅い瞳。踊るように揺れる七色の羽。そして、フランの周囲を渦巻く七色の光弾。

 フランが一つ、息を吸ったのがわかった。

 そして、放たれる七色の雨!

 チルノの起こす暴風に少し軌道が逸らされる。けど、いつかはチルノに当たってしまうだろう。。
 チルノの頭上を、足の横を、そして顔の横を光弾がすり抜ける。
 けど、高速で回転しているせいで周りが見えないのかチルノの動きに乱れは一切ない。あれ、色んな意味で大丈夫なのかな?

 少しずつチルノがフランへと近づいていく。その結果七色の弾幕は相対的に密度をあげていく。
 けど、それと同時にフランへと襲い掛かる吹雪も強くなっていく。今にも日傘ごと飛ばされていきそうだ。

 フランは必死にその場に止まろうとしている。日傘が徐々に雪で白く染められていく。

 けれど、フランが吹雪に負けてしまうその前に、光弾がチルノへと命中した。
 同時に光弾が光をばら撒きながら小さく爆発する。

 あっけなく吹き飛ばされるチルノ。フランの攻撃は私のものと違ってかなり威力が込められているみたいだ。
 そのまま、ぼてっ、と地面に落ちる。動き出すような様子はない。

 対してフランは吹き止んだ吹雪の中ほっとしたように息を吐いていた。日傘が所々凍っているがフランにそれ以上の被害はないみたいだった。
 とか思っているとフランがレーヴァテインを拾いもせずにこっちに向かって飛んできた。

「こいしっ、大丈夫っ?」
「うん、大丈夫だよ。美鈴に治療もしてもらったしね」

 目の前にいるのはいつものフランだった。あの格好いい姿のフランをもうちょっと見てたかったような気がする。
 でも、私の言葉に心底ほっとするフランを見てると、まあいっか、とも思えてくる。

「それにしても、フランって強いんだね」
「ううん、お姉様に比べたら全然だよ」

 首を振りながら私の言葉を否定する。ただ、比較の対象がレミリアだから謙遜の言葉としてはどうなんだろう。レミリアって結構強そうだし。

「まあ、でも、格好よかったよ」
「そう、かな?」
「うん、私が保証してるんだから絶対だよ」
「……ありがとっ」

 目を細めて嬉しそうに笑う。恥ずかしさのせいか頬は少しだけ赤く染まっていた。
 うん、格好いい表情もいいけど、こういう表情の方が見てて安心出来る。

「フランドールさん、こいしさん」

 不意に大ちゃんの声がかかる。私とフランは一緒に大ちゃんの方へと視線を向ける。
 その時に、フランが小さく声を漏らす。

 大ちゃんはぐったりした様子のチルノを背中に担いでいた。慣れているのかチルノの重さを全く感じていないみたいだった。

「チルノちゃんが迷惑を掛けてすみませんでした」

 大ちゃんが頭を下げると黄色のリボンと一緒にチルノの青色のリボンが揺れる。

「うん、それはいいんだけど、チルノは大丈夫なの?」
「わ、私、一応手加減はしたつもり、なんだけど」

 少し時間が経って落ち着いたからかフランがチルノに向けているのは敵意ではなく気遣いだった。心配そうに動かないチルノを見ている。

「大丈夫ですよ。チルノちゃんは無謀な弾幕ごっこを挑んで気絶することが多いのでこの程度なんら問題ありませんよ」

 笑顔のままそう告げられた。大ちゃんがチルノのことを心配しているような様子は全くない。毎回あんな感じだから慣れちゃったのかな? それとも、元々こういう性格なんだろうか。
 まあ、とにもかくにもチルノのことが嫌い、という感じではない。そうじゃなかったらチルノを担ぐ、なんてことないだろうし。

「よくあるんだ」
「ええ、よくあるんです。その上、負けず嫌いなのでまたお二人に迷惑をかけてしまうかもしれません」

 それは困るなぁ。今度からは無意識を操って適当に追い払おうか。

 私の思考が表情に出てたのか大ちゃんが口を開く。

「まあ、気にせずに追い払ったり無視してくださって構いませんよ。隣に誰かがいる限り決してめげませんから」

 そして、チルノちゃんの隣にいるというのはこの私です、と呟く。なんか、妙なオーラが見えた気が……。あんまり触れない方がよさそうだ。

「美鈴さん、いつものように詰め所のベッド、貸してもらいますね」
「ええ、いいわよ。ああ、そうだ。この前、私と手合わせをした人からお菓子を貰ったから一緒に食べましょう?」
「いいですね。ではでは、いただかせていただきます」

 この二人は仲がいいみたいだ。親しげな雰囲気が漂っている。というか、チルノ、よくここに運び込まれてるんだ。美鈴は手加減が得意そうだからチルノをそんなやたらめったに気絶させるとは思わないから、別の妖怪とかにやられてるんだろう。

「フランドールお嬢様とこいし様もご一緒にどうですか?」

 私たちの方に話を振られて私は思わずフランの方を見てしまう。フランも私の方を見てた。
 だから、お互いの視線がぶつかり合う。

「フラン、別にいいよね?」
「うん。それよりも、こいしに無理してほしくない」

 ぎゅっと手を握られた。私のことを心配してくれてるみたいだ。

 まあ、今日は怪我もしたし、お散歩をする体力もチルノとの弾幕ごっこで使ってしまった。美鈴の所でゆっくりしている方がよさそうだ。

「じゃあ、私たちもご一緒させてもらうよ」
「では、最高のお茶をご用意させていただきますね」

 あれ? 紅茶じゃないのかな?





 美鈴の淹れてくれたお茶を啜りながら、手合わせをした人から貰ったというお煎餅を齧る。
 ああ、お煎餅には少し渋い日本茶が良く合う。この為に美鈴は紅茶じゃなくてお茶にしたんだ。
 フランにはちょっと不評だったみたいだったけど。
 フランは苦いものが苦手らしい。まあ、なんと言うかイメージ通りだ。
 そのままだと飲めない、ということでフランだけはお砂糖入りのお茶を飲んでいた。
 美味しいんだろうか。

 お茶を飲みながら私たちは大ちゃんと自分たちのことを話し、お煎餅を齧りながらチルノの起こした問題行動なんかを聞いていた。
 蛙を凍らしてたら大蝦蟇に飲み込まれたことだとか、花を凍らしていたら花の妖怪の怒りを買ってぼろぼろにされてしまったことだとか。よく今まで無事でいたなぁ。
 そんなことをふと感想として漏らしてみると、私が裏で頑張ってますから、と返された。
 どういうことをやってるのか、と聞いてみたけどはぐらかされてしまった。何にしろ大ちゃんは思っている以上にすごい妖精なのかもしれない。

 そうやって、時間を潰しているとチルノが目を覚ました。

「あれ、ここは……」

 そんな小さな呟きに真っ先に反応したのはフランだった。三人でお話してる間もずっとチルノのことを気にしてたみたいだったからねぇ。

「チルノっ、大丈夫っ?」
「ん? あたいは平気よ。なんで、そんなに焦ってんの?」
「だって、私の弾幕に当たって気絶しちゃってたから……」
「ふっ、あの程度どうってことないわ。むしろ、ぬるすぎるくらいだったわね!」

 どうやらチルノは問題なく元気なようだ。まあ、元から大して心配はしてなかった。根拠はないけど大丈夫そうな気がしてたのだ。あの無駄な元気さのせいかな。

「それにしてもフラン、あんた強いわね」
「ううん、そんなことない」

 ふるふる、と首を横に振る。うーん、さっきはそう思わなかったけど、謙虚、っていうのとはちょっと違うような気がする。心の底から自分は強くない、そう思っているような感じがある。

「ふっ、さすがに強いやつは言う事が違うわね。でも、このチルノ様を倒したことは誇ってもいいわよ」
「う、うん」

 フランはチルノの言葉に戸惑ってるみたいだった。あんまり本気で相手にしない方がいいよ。疲れるだろうから。

「フラン、あんたのことあたいの友達にしてあげるわ。あ、当然、こいしもよ」

 私のことなんて意識してないと思ってたらそうでもなかったようだ。単純なのか、意外とそうでもないのやら。

「なるのはいいけど弾幕ごっこは禁止だよ」

 席から立ち上がってフランの隣に並ぶ。お話をするなら相手の前に立つのが基本だからね。

「えー」

 私の言葉にチルノは不満そうな反応を見せる。予想通りの反応だけど譲るつもりはない。私はこの手のことが苦手なのだから。

「フランはまた私と弾幕ごっこをやってくれるわよねっ!」
「ううん、ごめんなさい。私、本当はああいうこと、好きじゃないから」
「でも、さっきはノリノリだったじゃない」

 私のときは直ぐに退いたって言うのにフランには妙に食いついている。フランの方が説得しやすい、って判断した、っていうよりは純粋にフランの方が強かったからなんだろうなぁ、って思う。
 チルノは姑息な手段とかは使わないで真正面から上を目指していくタイプに見えるから。

「あれは、こいしが傷つけられたのを見て、ちょっと冷静じゃなくなってたから」
「だったら、こいしを人質にすればいいのねっ!」
「……そんなことしたら、許さないよ」

 チルノがそう言った途端、レーヴァテインを取り出してその切っ先をチルノへと向ける。声もいつもより低くなっている。

「な、なんて冗談に決まってるでしょう!」
「……そう?」

 まだ疑っているのか切っ先を向けたままだ。降ろそうとも片付けようともしない。

 人を疑うようなことがない性格だと思ってたけどそうでもなかったようだ。ここ最近は毎日一緒にいるけど、フランについて知らないことはまだまだたくさんあるみたいだ。

「こ、こいし、フランを落ち着かせて!」
「自業自得だからねぇ。私からはなんにも出来ないや」

 助けてあげる義理もないので放置。むしろ内心ではこのまま弾幕ごっこをするのを諦めてくれないかなぁ、なんて目論んでたり。

「大ちゃん!」

 今度は大ちゃんへと助けを求める。

「チルノちゃん、お煎餅はちゃんと取ってあるから安心してね」

 笑顔だった。助けるつもりが全くない、っていうのは明らかだ。

「煎餅なんてどうでもいいわよ!」

 どうやらチルノの味方はいないようだ。美鈴は門番の仕事に戻ったからこの場にはいない。

「チルノ」

 フランが低い声でチルノの名前を呼ぶ。なんとかフランから逃れようとしていたチルノがびくぅっ、と身体を震わせる。

「もう、これからはこいしに手を出したりしない?」
「え、ええ! こいしを人質にしようとしたりなんてしないわ!」
「絶対に?」
「ええ、絶対よ!」
「そっか、じゃあ、信じてあげる」

 小さく微笑んで杖を収めた。どうやらフランは怒るとだいぶ怖いようだ。
 怒らせないように気を付けよう、という思いよりは、私のためにそこまで怒ってくれてて気恥ずかしいやら嬉しいやらの思いの方が強い。フランがチルノの弾幕ごっこを受けたのも私が傷つけられたのを見てだったしねぇ。

「はぁ……、火の弾が迫ってきた時よりも恐ろしかったわ」

 チルノがベッドの上でほっと胸を撫で下ろす。これで、今後一切弾幕ごっこを申し込んで来なくなればいいんだけど。


◆Chirno's Side


「大ちゃん、なんであの時助けてくれなかったのよ!」

 めーりんの詰め所ってやつを出てからあたいは大ちゃんにそう言いながら詰め寄る。

「チルノちゃんはもっと自分の言動に気をつけた方がいいと思うよ」
「どーいうことよ」
「自分が何を言ったら、何をしたら、どうなるか、っていうのをちゃんと自分で考えようよ、ってことだよ。その方がきっとチルノちゃんの為になるよ」

 んー? よくわかんない。
 だから、あたいは考えるのを―――

「難しくてもちゃんと考えないとダメだよ」
「う……、なんで考えてることがわかるのよ」

 なぜかいっつもいっつも大ちゃんにはあたいの考えていることが見抜かれてしまう。あたいは大ちゃんの考えてることが分かんないのに。

「私はチルノちゃんの考えてることなら何でも分かるんだよ」
「……理由になってない……」

 皆からよくバカバカ言われてるけどそれくらいはわかる。あたいだって何も考えてないわけじゃない。

「じゃあ、チルノちゃんのことが大好きだからだよ」
「むぅ、だったらなんであの時、あたいを助けてくれなかったのさ」
「それとこれとは別だよ。さっきも言ったけど、簡単に助けちゃったらチルノちゃんの為にならないからね」

 大ちゃんの言ってることの意味がわかんない。
 なんで、好きなのに助けないのさ! あたいは何があっても大ちゃんを助けるつもりでいるのに……。

「やっぱりわかんないか。じゃあ、ちょっとチルノちゃんにも分かりやすいように説明してあげるよ」

 大ちゃんが笑顔を浮かべながらあたいの頭を撫でる。こういう時は大体あたいのことを子供扱いしてる。でも、あたいはいつも今みたいに言い返す言葉がなくてなすがままになってる。

「フランドールさん、怒ってたよね」
「うん」
「あれが、こいしさんの為だ、っていうのも分かるよね?」
「……うん」
「じゃあ、何でフランドールさんがこいしさんの為に怒ってたかは分かる?」
「……フランが、こいしのことを好きだから?」
「うん、正解。といっても私が見た限り、なんだけどね。でも間違ってはないと思うよ」

 大ちゃんが笑顔であたいの答えが正しかった、と言ってくれる。でも、全然嬉しくない。

「でも、チルノちゃんはフランドールさんのそんな想いを利用して自分がしたいことをしようとした」

 だって、あたいは妖精だ。自分がやりたいようにやるのが妖精なのではないのか。そう、言えばいいはずなのに、なぜだかあたいの口は動いてくれない。
 もやもやとした気持ちだけが大きくなっていく。

「それは、許されるべきことじゃないんだよ。もし誰かが私を人質にしてチルノちゃんに何かをしろ、って言ってきたらチルノちゃんはどう思う?」
「……そんなやつ、あたいがぶっ飛ばしてやるわ」

 ああ、大ちゃんの言いたいことがようやく分かってきた。
 そう、あたいはフランとこいしに対してひどいことをしてたんだ。さっきから感じてたもやもやはこれが、原因だったのかもしれない。
 これが、大ちゃんがときどき言う、ざいあくかん、ってやつなのかな。

「そっかそっか。それは、チルノちゃんらしいね。でも、これでチルノちゃんがどんなことをやってたかわかった?」
「……うん、わかったわ。大ちゃん、気付かせてくれてありがと」
「どういたしまして。でも、私に言われてちゃんと気付くことが出来たチルノちゃんも偉いよ」

 大ちゃんがにっこりと笑ってまたあたいの頭を撫でる。そうされるのはなんとなく恥ずかしかったけど、振り払う気にもなれなかったからあたいは大人しくしている。

「……大ちゃん、どうやればあの二人はまたあたいと弾幕ごっこをやってくれると思う?」
「うーん、難しいんじゃないかな。二人ともそういうことは嫌いだって言ってたし」
「でも、あたいは負けっぱなしでいるのが嫌なのよ。何としてでももう一度やって勝ってみせたい!」

 あたいが二人に対してひどいことをしていたことには気付けた。でも、だからと言って二人と弾幕ごっこをすることを諦めたわけじゃない。
 あたいはあの二人に負けてしまったのだ。こいしはもう少し、って感じだったけどフランからは一枚分のスペルしか取れなかった。
 そんな状態で諦められるはずがない!

「諦めるしかないと思うけど……チルノちゃんには言っても無駄そうだね」
「当ったり前よ!」

 あたいはあの二人に勝つ! でもひどいことはしない!

 大ちゃんに向かってそう誓った。


Fin



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