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「こ、こいし、どこに行くの?」

 今にも泣き出してしまいそうなフランの声で私は意識を取り戻し、足を止めた。
 ちょっと震えてる左手を握り締めてあげながら私は振り返る。

「私の無意識の赴くままに、ってね。……って、ここどこ?」

 ちょっと格好つけた台詞の後、周りに視線を向けると見えたのは数え切れないくらいの木々。無数の葉に陽の光は遮られて薄暗い。足元にはくるぶし辺りまでの草が地肌が見えないほどに生えていた。
 フランが怖がってしまうくらいには不気味な雰囲気があった。油断していれば草の陰から獣や低級の妖怪が出てきそうだ。

「や、山のほうに、向かって歩いてたみたいだけど……」

 無言で歩く私についていくことしか出来なくて不安だったのか、足を止めた私に身体をくっつけるくらいに寄ってきた。紅い瞳はすがるように私を見ていて、七色の羽は自分の身を守るかのように私とフランの身体を覆っていた。

「うーん、そっか」

 ふむふむ、山ってことは妖怪の山のほうかな。確かに麓には森があったはずだ。

 フランのちょっと怯えたような声に頷いて答えながら左手でフランの頭を撫でてあげる。利き手じゃないからちょっと撫でにくい。

「こ、こいし?」

 不思議そうな表情を浮かべてフランが私を見る。今まで私がこんなことする事なんてなかったから戸惑ってるのかな?

「んー、全然フランを気にかけない私にこんな所まで引っ張られて不安だったかなぁ、と思って」

 身長が同じだからあんまり様になってないだろうけど。それに、そもそもこんなことでフランが安心してくれるかどうかも怪しい。

「ごめんね、フラン。怖がってあげてるのに気が付かなくて」
「う、ううん。私が呼んで、ちゃんと気付いてくれたから、大丈夫」

 小さく首を振る。そして、

「それと、ありがとっ」

 薄暗い森の中を照らさんばかりに眩しい笑顔を浮かべた。あまりにも眩しすぎて一歩後ずさりしそうになる。
 太陽に焼かれる吸血鬼の気持ちが何となくわかった気がする。

「こいし?」

 再び不思議そうな視線をこちらに向けられてしまった。むぅ、動いてはないはずだけど、表情には出てたかな。

「あー、フランの笑顔が素敵過ぎて、ちょっと気後れしちゃって」
「……ぁぅ」

 素直に思ったことを言ったら今度は俯かれた。微かに見える頬は赤く染まっていて、羽も小さく揺れている。
 そんな反応が可愛いなぁ、なんて考えながらフランの頭を撫でてあげる。

 次第にフランも恥ずかしさが薄れたのか顔を上げて笑顔を浮かべてくれる。私も、その眩しさに慣れたから妙な反応も見せたりせず笑顔を返す。

 そうやって、何だか穏やかな時間が過ぎていく。
 ここが鬱蒼と木の生い茂る少し不気味な森の中だ、ってことを忘れそうだ。

「貴女たちはこんな所で何をやっているのかしら?」

 と、不意に声が聞こえてきた。
 お姉ちゃんみたいな静かな落ち着いた声だった。

 その声にフランがびくっ、と身体を震わせてすかさず声のした方から身を隠すように私の横に身を寄せる。
 対して私は誰だろう、と思いながらフランがいるのとは逆の方に視線を向ける。

「妖怪の山は天狗たちの縄張り。不用意に近づくと危ないわよ」

 私たちにそんな忠告を投げかけてきたのは、緑の髪の人だった。頭には白いフリルのついた赤いリボンが乗せられてる。リボンはかなり長いみたいで大きな花に見えるような結び方をしているのにそれでもリボンの端はその人の周りで舞っている。
 そして、彼女の着ている赤紫色の服がこの薄暗い森の中に溶け込んでいるように見えた。

「うん、知ってる」
「そう。なら、早くここから離れなさい」

 特に目的のないお散歩だからその言葉に素直に従ってもいいんだけど、折角の出会いをこのままにするのも勿体無い。私のお散歩は出会いを大切にするものなのだ。

「うん、じゃあ、これ以上は近づかないよ」
「素直でいいわね」

 柔らかな微笑みを浮かべる。うん、話しやすそうだ。まあ、話しにくそうでも話しかけるのが私のやり方なんだけど。

「ねえ、その代わりに、私たちとお話でもしない?」
「……後ろの子、怯えてるみたいよ?」
「フランは人見知りだからねぇ。ねえ、フラン、この人とお話してみても良いよね?」

 私を壁にして隠れているフランに聞く。今の間に怯えは少々ひいてるみたいだった。

「う、うん。……大丈夫っ」

 右手をぎゅっと握って私の隣に並ぶ。うん、それでこそ、だ。

「と、いうわけで貴女とお話したいんだけど」
「駄目よ」

 最初っからそう言おうと用意していたかのように少しの迷いもなくそう返された。
 彼女の様子に自分のせいで機嫌を悪くしてしまったと思ったのか、フランは、

「あ……、ごめん、なさい。私、知らない人が、怖くて……」

 今にも消え入りそうな声で謝っていた。

「謝らなくてもいいわよ。貴女の態度を見て気を悪くしたわけではないから」

 むしろ、そういう反応には慣れているし、と自虐的な呟きを加える。
 私はその言葉に、どういうことだろう、と内心首を傾げる。

「私は厄神。厄を集めるのが仕事だから不用意に近づけば不幸になるわよ」

 私が何を考えていたのか予測したようにそう答えてくれた。その声には拒絶も入り混じっているみたいだった。

 近づくと不幸になるかぁ。嘘、ではないと思う。静かにこっちを見るその瞳がそれを教えてくれている。
 じゃあ、その上でどうするか。

 そんなのは考えるまでもない。

「じゃあ近づかないよ」
「なら、早く帰りなさい」
「ヤダ。帰らない。私は貴女とお話したい」

 一歩前に出てそう言う。同時に厄神様に一歩下がられる。どうやら、今のこの距離がぎりぎり彼女が集めている、という厄の影響を受けない距離らしい。
 両者が腕を伸ばしてももう一本の腕が必要になるくらいの距離。お話をするにはあまりにも距離が離れすぎている。

 でも、お話が出来ない距離でもない。声さえ届けばお話しすることは出来るのだ。距離を詰められないのが少し物足りない感じがするけど。

「フランもいいでしょ?」

 その前に、フランからも許可を取っておかないと。このお散歩は私だけのお散歩じゃない。私とフラン、二人のお散歩なのだ。
 それに、近づくと不幸になる、というのはなんだか信じにくいけど本当らしいのだ。だから、勝手に巻き込むわけにもいかない。

「うん。いいよ。……知らない人と話すのは、ちょっと怖いけど、楽しい、っていうことは知ってるから」

 うん、いい返事だ。お姉ちゃんと話して前に出る速度が少しだけ上がったようだ。このままいけば、私みたいに躊躇なく人に話しかけられるようになるのもそう遠くないのかな?

 ま、それよりも、フランに許可はもらえた。だから、後は前にいる厄神様からの返事だけだ。

「……というわけだから、一緒にお話しよう?」
「……貴女たち、自分の言ってることの意味がわかってるのかしら? そんなに不幸になりたいの?」

 不審そうな目でこちらを見る。
 確かに不幸になるのがわかっていて近づく、ってのはおかしなやつかもしれないねぇ。実際には不幸になる、っていうのがどの程度のものなのかわからないだけだけど。
 無知は時に行動を大胆にする。それがいいことなのか、悪いことなのかはわかんない。

「不幸になるならないなんて関係ないよ。私はただ、貴女とお話がしたい」
「うん。私も、話したい。話すことが、楽しい、っていうのを、知ったから」

 二人で厄神様を説得する。
 頑張って話してる、っていう感じがする分、フランの言葉の方が切実な感じがする。まあ、どっちが切実かなんて関係ない。ただ、私たちとお話してくれることに承諾してくれればそれでいい。

「貴方たちがどう言おうと話をするつもりはないわ。じゃあね。……他の妖怪に襲われる前にさっさと帰るのよ」

 そう言い残してもと来た道の方へと行ってしまった。

 最後の最後まで私たちのことを心配するような口ぶりだった。かなりいい人なんだろうなぁ、っていうのがわかる。
 でも、だからこそ、一人にしてあげたくない。一緒にお話をしたい!

「フラン、追いかけよう」
「うん」

 握ったままだった手の繋がりを確認しながら私たちは厄神様の後を追った。





「……貴女たち、何処までついてくるつもりよ」

 森の中から抜けて河原の近くへとやってきたところで厄神様が溜め息と共に私たちの方へと振り返った。

「貴女が私たちとお話をする、って言ってくれるまで」

 隣で紅色の傘を差しているフランも頷く。

 ちなみに、この傘は魔法で作り出した空間の中に収めていたらしい。咲夜と対峙したときに持っていた歪な形をした杖、レーヴァテインと一緒に。
 使っているフラン自身は原理を良く知らないらしいし、パチュリーに聞いてみたけど理解できなかった。
 とりあえず、魔法ってすごいんだなぁ、と感心するに留めておいた。

 ま、それに関しては今は関係ないから置いといて、

「立ち止まった、ってことは、私たちとお話をする気になった、ってこと?」
「はあ……、このまま断り続けていたら、一生付き纏わられ続けそうだから付き合ってあげるわ」

 溜め息と一緒だったけど承諾を貰えた。

「やった!」
「よかったね。こいし」

 私たちは笑顔を浮かべながらお互いの手を叩いた。手を繋いだままだから私は左手で、フランは右手で。ちょっと不恰好だけど、気にしない。

「ありがと。えーっと……」

 お礼を言おうとして、まだお互いに名乗っていなかったことを思い出した。
 厄神様が私のそんな様子に気づいて、名乗ってくれる。

「鍵山 雛よ」

 これは、私たちも名乗っておかないといけないね。

「私は、古明地 こいし、でこっちが」
「フランドール・スカーレット」

 そんな簡単な自己紹介が終わる。初めて会った人とするお話なんて自己紹介を兼ねたようなものが多いんだから、ここで多くを語っても仕方がない。

「それで、こいしにフランドール。私と何を話そうというのかしら? そこまで、私に執着する、ということはどうしても話したいことがあるのでしょう?」
「ううん、そんなものないよ。適当な話題を思うがままにお話しするだけだよ。無意識に身を任せてね」

 お話をするのに指針なんて必要ない。指針のあるお話なんて単なる討論に過ぎない。それもそれでいいのかも知れないけど私はあんまり好きじゃない。
 どんな拍子にどんな話題が上ってくるのか分からないのが面白いのだ。意外なことも聞けたりしてしまうから。

「……その為だけに私と会話をしようと言ってきたのかしら?」
「あ……、もしかして、嫌だった?」
「ここまで来て今更な言葉ね」

 まあ、確かにそうだ。いままでずっと、強引に話しかけようとしてたんだから、嫌ならその時点で嫌がってるよねぇ。

「嫌、というわけではないわ。ただ、それだけの理由で不幸になるということも厭わずに私に話しかけてきた貴女たちに呆れているだけよ」
「お話をするのに小難しい理由なんていらないよ。この人とお話してみたい!、っていう想いだけがあれば十分だよ。まあ、それ以前に私は誰かと出会ったらとりあえずお話をしてみる、っていう信条を掲げてるんだけどね」
「おかしな信条を持ってるのね」

 呆れたような声だった。
 でも、だからなんだというんだろうか。その信条のお陰でこうしてフランとお友達になることが出来た。
 呆れられようとも、良い出会いがあるんだと信じて、私はこの信条を貫き続ける。

「おかしくなんて、ない。こいしのそういう考え方のお陰で、私は友達が出来たし、こうして外に出ることも出来た。それに、誰かと話をするのはきっと楽しいことだよ」

 フランは私の考え方に賛同してくれてるみたいだ。私がそうしてしまったような気がしないでもないけど。

「……まあ、何でもいいわ。立ったまま話をするのは疲れるでしょう? あそこに座って話しましょう」

 そう言って雛が指差した先、河が流れている傍に座るのにちょうどよさそうな岩がいくつかあった。

「うん、そうだね」

 立ったまま話す、っていうのは結構体力を使う。疲れるとお話に集中できないんだよねぇ。

 と、言うわけで私たちは河の近くを流れる岩の上に座った。
 雛と私たちとの間には相変わらずお互いの手が届かないほどの距離が開いている。雛が私たちに考慮してくれている、って言うのは分かる。

 でも、この距離は大きすぎる。何とか近寄れないかな。
 私の身を以って近づくとどうなるか試してみようか。でも、それなら、どうやったらフランを巻き込まないか、ってのを考えないと。

 とりあえず、雛のお話を聞いてみながら考えよっと。

「ねえ、雛に近づいて不幸になったとして、どれくらい不幸になるの?」
「……絶対に私に近づくんじゃないわよ」

 おおっと、私が何をするのか悟られてしまった。まあ、この状況だとそう思われても仕方ないだろうねぇ。

「どうしても?」
「どうしてもよ。極端に不幸になる者が生まれないように厄を集めているのに私に誰かが近づいて不幸になるなんて本末転倒じゃない」

 まあ、そうだねぇ。
 雛の言い分は分かる。けど、雛との距離を詰めたい、って言う気持ちが変わるはずもない。

「……ねえ、雛自身は不幸になったり、しないの?」

 フランが静かな声で雛に問い掛ける。隣に視線を向けてみるとフランがとっても真剣な表情を浮かべている。

「ありえないわ。自分の集めた厄で不幸になってたりしたらこの仕事を始めた一日目のうちに死んでるはずよ」
「……でも、誰とも手を繋げないのは、不幸なことだよね?」

 フランが私の手の存在を確かめるように手に少し力を込める。

 あぁ、そっか。雛が不幸なんだ、っていうことは全く考えもしていなかった。私が、雛とお話したい、っていう気持ちばかりを優先させていて雛のことは考えてもいなかった。
 もしかすると、フランは誰よりも他人のことを想ってあげることが出来る子なのかもしれない。
 フランの言動を見ているとそんなことを思ってしまう。

「別にそんなふうには思わないわ。私にとってはそれが当たり前だもの」
「そっか……」

 本当に誰かと触れ合えないことを気にしていない様子の雛にフランは小さく頷いた。
 何か思うところがあるのかそのまま考え込んでしまう。

「で、貴女たちの話したいことはそう言うことしかないのかしら?」
「いやいや、あるよ、お話したいこといっぱい!」

 このままだと折角私たちとお話しすることに承諾してくれた雛がどこかに行ってしまう様な気がした。だから、私の口から出た言葉はとっても焦ってるみたいだった。
 雛はあんまり他人から気にされるのが好きではないようだ。
 だったら、出来るだけその話題には触れないようにする。でも、なんとかならないか、と模索することは諦めない。

 雛に関して一番関心のある話題が出せなくなってしまったけど、問題はない。聞きたいこと、お話したいことはいくらでもある。
 まず、最初の話題は―――

「雛ってどこかお気に入りの場所ってあるの?」

 お散歩愛好家としてまず、そのことを聞かずにはいられなかった。





 あれから、話題は尽きることなく私たちは話し続けた。

 私が話題を提起して、雛がそれに答えて、私とフランがそれに関して何か一言をつけたり、というのが基本的な流れになっていた。
 時々、フランが質問してたり、一言どころだとすまないような言葉を返したり、逆に雛のほうから質問されたりもした。

 雛が好きな場所はこの河に沿って上がって行ったところにある滝だという事。私たち以外にも関わってくる人が一人だけいるらしいけどその人がかなりの変わり者(雛に言わせれば自分に関わってくる人自体変わり者らしいけど)だという事。
 そんなふうに雛に関して色んな事が分かった。

 それに、あまり他人に近づけないって言うから、お話をするのが苦手なのかとも思っていたけどそうでもないみたいだった。
 はっきりと私たちの言葉に答えてくれるし淀みもない。ただ、気になるとすれば少しぶっきらぼうなこと。
 私たちが無理やり話しかけてるようなものだから仕方ないのかもしれないけど。

 で、そうやって雛とお話をしていた私たちが今、どうしているか、というと―――

「―――フランっ、大丈夫っ?」
「……うん、なんとか」

 突然振り出してきた雨の中を飛んでいた。

 私は少しぐったりした様子のフランに肩を貸すように飛んでいる。
 雨が降り始めたとき私たちは雛の案内で雨が防げる所へと向けて全力で飛ぼうとした。けど、それが間違いだった。
 早く飛べばその分だけ雨に当たりやすくなってしまう。流れ水に弱い吸血鬼であるフランは飛び出した数秒後に落ちた。

 私は慌てて戻って、フランを起こして今の状態に至る。
 流れ水が苦手だ、とは聞いていたけどどうなるか、は聞いていなかった。どうやら、吸血鬼、というのは流れ水に当たると体力を奪われてしまうようだ。

 こうしてゆっくりと飛べば雨にも当たらないし、地面を流れる水を踏むこともない。私もフランもこういうときの経験が足りなかったから焦りすぎていたようだ。

 いや、今も私は焦っている。
 早く、早くフランを安全な場所に連れて行ってあげないと、って。
 そして、同時に、冷静に、冷静にと自分に言い聞かせている。

 だから、余計に焦る。
 早く進んではいけないとわかっていても身体が前に進みそうになる。
 だから、私は必要以上に速度を落とすくらいのつもりで飛んでいる。
 それでようやく、ちょうどいい速さとなるのだから。

「二人とも、ここよ」

 雛が洞窟の前に一度立ち止まって私たちの方へと振り向く。そして、すぐに前に向き直ると一人で洞窟の中へと入っていった。

「フラン、もう少しだから、頑張って」

 フランが私の言葉に頷く。
 よし、まだ大丈夫だ。

 私は最後の最後までフランに水滴の一滴も当てないように注意しながら洞窟の中へと入った。

「はあ……」

 雨が絶対に当たらない洞窟の中に入った途端、盛大に溜め息が漏れた。かなり、緊張してたんだなぁ。

「……こいし、ありがとっ」

 傘を畳む元気がないのか、傘を開いたままフランがお礼を言う。傘についた水滴が洞窟の中を少しずつ濡らしていく。

「どういたしまして。フラン、傘、閉じてあげるよ」
「……うん」

 フランに肩を貸してあげながら傘を受け取る。閉じようとするけど片方の手しか使えないから難しい。
 あれこれ試行錯誤する。けど、やっぱり上手くいかない。

 そうこうしてるとフランが私から離れた。そのままふらふらと壁まで寄ってそのまま背中をつけて座り込んでしまった。
 私はフランの日傘を閉じてすぐさま隣に座る。

「フラン、調子はどう?」

 そう聞きながらフランの手を握ってあげる。握り返してくる手はいつもよりも冷たくて弱々しかった。

「……ちょっと、身体に力が入りにくいけど、それ以外は、問題ないよ」
「そっか、よかったぁ……」

 ほっと息を吐く。でも、まだまだ心配だから握った手は離さない。

「ごめんなさい。思ったよりも私の集めた厄の影響が広かったみたいだわ」

 洞窟の奥、光がまともに届かない所に立っていた雛がそう言う。顔に影がかかっていてどんな表情を浮かべているのかは分からない。

「単なる偶然じゃないの?」

 首を傾げて聞く。この雨が雛のせいだとは微塵も思えない。

「ええ、私のせいよ。不幸に関してはこの中では私が一番詳しいもの」

 そう言われてしまうと何も言い返せない。私にはこの出来事が偶然なのか雛のせいなのかなんて正確に判断が出来るはずがない。

「これで分かったでしょう? 私に近寄るという意味が」

 顔は見えない。けど、声に自嘲が含まれてるのが分かる。

「うん……。でも、私は雛に近づくのを諦めるつもりはないよ」

 ここで退いてしまえば雛の自嘲をも肯定することになってしまう。それに、ここまでお話を一緒にして離れるつもりも全くない。

「……私も、雛に近づくのはやめない」

 弱々しい声でフランも私と同じ想いを雛に告げる。

「……どうして、そんな事が言えるのかしら?」

 闇の中から困惑したような声が返ってくる。そんなに私たちの言葉が意外だったのだろうか。

「……雛は、好き好んで誰かを不幸にしようとなんてしないから。むしろ、誰かを不幸から護ろうとしてるから」

 ここはフランに任せたほうがいいのかな? 雛のせいらしいこの雨が降ってくるという『不幸』の被害者はフランなのだ。直接影響を受けていない私が話すよりは数段、雛に届きやすいかもしれない。

「……むしろ、私たちのせいで、雛に辛い思いをさせちゃったかな。ごめんね、雛」
「なんで、貴女が謝るのよ」
「……皆が不幸にならないように、ってせっかく雛が頑張ってくれてるのに、台無しにしちゃったから」

 そう言えば雛は、不幸になる者が生まれないように厄を集めているのに私に誰かが近づいて不幸になるなんて本末転倒だ、と言っていた。その言葉から私もフランが言っていたような事を雛は感じているんじゃないかと何となくは思っていた。
 雛に話しかけたい、っていう気持ちばっかりが先行しててあんまり気にしてはなかったけど。

「そんなことを気にするのなら最初から私に近づくべきではなかったわね」
「……でも、独りでいるのも、辛いよ」

 フランが握った手に少し力を込める。無意識なのかこちらには一切意識を向けようとしない。

「そう。私は別にそんなことはないわ」
「……そう、なんだ」

 雛の言葉にフランは黙り込んでしまう。もうこれ以上何を言っていいのか分からないようだ。

 私も何をどう言えばいいのかわからない。
 ……あぁ、そうだ。ひとつだけある。雛に聞きたいことが。

「雛、今日、私たちとお話してて楽しかった?」
「まあ、詰まらなくはなかったわ」

 うぅ、判断しづらい反応を返された。どうとでも取れそうな反応だ。わざとそういうふうに言ってるのかな?

「……雨が止むまでは一緒にいてあげるから、止んだらすぐに帰りなさい」
「ヤダ」
「……やだ」

 私もフランも一歩も退く気はない。フランがどうなのかは知らないけど私はもう雛がどう思ってようとも構わない。やってやれ状態だ。中途半端で終わらせるつもりなんてない。

「はあ……、意固地ね。貴女たち」
「そういう雛は意地っ張りだね」

 ま、お互い様、ということだ。

「……」
「……」
「……」

 私からもそれ以上に言うことがなくなってしまい私たち三人は黙ってしまう。

 沈黙が私たちを覆う代わりに雨音が私たちを包み込む。

 さぁー、さぁー……

 騒がしいくらいに音が鳴り続けているはずなのに何故だか静けさしか感じない不思議な音。
 地底でもこの音を聞くことは出来る。地底にも何故か雨や雪が降ったりすることがあるのだ。地霊殿の灼熱地獄跡から出る水蒸気が関係してるみたいだけど詳しいことは分からない。

 とにもかくにも、私はあんまりこの音が好きじゃない。雨が降ればお散歩が出来なくなるし、今ではフランを苦しめるものとしても認識してしまっているからだ。

 でも、心を落ち着けるには心地よい音なのだ。だから、嫌いにはなれない。

 そんな私の中で曖昧な立ち位置の雨音に耳を傾けながら雛のことを考え続けるのだった。





 何も起きることなく時間が過ぎていった。

 どれほど時間が経ったかはわからない。けど、依然と雨は降り続けてるし、誰も口を開こうとはしていない。

 そんな変化のない中、突然小さな光が生まれた。それは中空に浮かぶ一つの火の玉だった。

「な、なにこれ」

 突然の変化に私は驚いてしまう。その小さな光によって見えるようになった雛の顔にも驚きが浮かんでいた。
 でも、ただ一人フランだけが驚いていなかった。こういうときは真っ先に驚きそうなものなのに。

「暗いし、ちょっと寒いから、魔法で火を熾したんだけど、驚かせた……?」

 私と雛の様子を見て少し萎縮しながらフランが火の玉の正体を教えてくれる。なんだ、そういうことか。

「ううん、大丈夫。それよりも、身体の調子はどうなの?」

 魔法が使えるって事はそれなりに回復したと思ってもいいのかな? 魔法を使うのに体力が関係するのかはわかんないけど。

「うん、もう大丈夫。ありがと、心配してくれて」

 小さく笑顔を浮かべる。
 弱々しかった様子もなくなってるし、うん、大丈夫そうだ。とりあえず、一安心。

「雛も、ごめんね。心配をかけさせちゃって」
「なんで謝るのよ」

 似たようなやり取りをさっきもしてたなぁ、なんて思いながら二人を見る。けど、この後までは同じにならなかった。

「うん、そうだね。ありがと、雛」
「……お礼を言われるようなことでもないわ」

 フランに笑顔を向けられて雛は顔をそらしてしまった。感謝されるのに慣れてないんだろうか。何となくそんな気がする。

「? 雛、どうしたの?」

 何で顔を逸らされたのか分かっていないみたいでフランが首を傾げる。鋭いところがあるように思ってたけどこういうことには気付きにくいみたいだ。

「いえ、どうもしてないわ」

 雛がこっちに再び顔を向ける。フランの熾した火のせいかそれとも恥ずかしさのせいか雛の顔がほんのりと赤く染まって見える。

「?」

 フランはやっぱり雛の行動の意味が分からないらしくて不思議そうな顔をしている。

「雛はフランにお礼を言われて照れてるんだよ」
「こいしっ! 何を言ってるのよ!」

 雛が明らかに顔を赤くさせて何か言ってるけど、気にしない。

「そうなの? でも、なんで?」

 あー、フランって純粋で素直だからお礼を言われ慣れてなくて気恥ずかしさを感じる気持ちがわかんないんだ。むぅ、どう説明すればいいのかもわかんない。

「雛も何で怒ってるの?」
「う……、それは……」

 フランの言葉に雛が言葉を詰まらせてしまう。まあ、聞かれても答えづらいだろうねぇ。

 なんとなく雛を向いてみると、ちょうど目が合った。それから、お互いの顔に苦笑が浮かぶ。あ、今初めて雛と同じ考えを共有できたような気がする。

「??」

 そんな私たちの姿を見てフランは首を傾げることしか出来ないみたいだった。





 あれから、私たちはまたお話をし始めていた。

 私たちの強情さのお陰かそれともフランの天然さのお陰か、雛の雰囲気は最初の頃よりもかなり柔らかくなっていた。

 だからと言ってそんなに代わり映えのするようなことを話したわけでもない。
 雨の音をどう思うか、そんな他愛もない話題だった。

 意外なことにフランは雨の音が好きなようだ。理由は特にないらしいけど、落ち着けるのがいいらしい。
 まあ、確かにフランって騒がしいのよりは静かな方が好きそうだしねぇ。

 雛は雨自体が好きらしい。厄を洗い流してくれているみたいだから、と言っていた。雛はいつでも皆を不幸から護ることを優先させてるようだ。
 仕事熱心、というよりは優しいんだろうなぁ、と思う。

 そんなこんなで時間は流れて、気が付けば雨は止んでいた。相変わらず空は曇ったままだったけど。

「こいし、そろそろ帰らないとお姉様が心配しちゃう」

 そう言いながらフランが銀色の懐中時計を見せてくれる。これは、フランが咲夜に頼んで用意してもらったものらしい。今日みたいに空の様子を見て時刻が分からないときに遅くならないようにする為のものらしい。

 で、肝心の時間は、っていうと曇っていないならとっくに日が沈んでいてもおかしくないくらいの時間になっていた。確かに、そろそろ帰らないとレミリアが心配してしまう。
 いや、雨が降ったから既に館の中では落ち着きなくフランの帰りを待ってるんじゃないだろうか。なんとなく、窓の近くでうろうろとしているレミリアの姿が思い浮かんだ。

「帰るのなら麓の森の出口まで送りましょうか?」
「えっ、やった! 雛ともっと一緒にいても良いんだ!」

 私はもうこのままここで雛と別れてしまうものかと思ったけど、そうではないみたいだ。嬉しい予想外に思った以上に声が弾んでしまった。

「どうしてそんなに嬉しそうなのよ」

 溜め息混じりな雛の声。多分、私がなんで喜んでるのかわかってて聞いてるんだろうなぁ。

「当然、雛と一緒にいられるからだよ! フランもそう思ってるよね」
「うん。よろしくねっ、雛」

 フランが人懐っこい笑顔と共に頷く。最高すぎるくらいの笑顔だ。

「……やっぱり変わってるわね、貴女たちは」

 呆れたような声。でも、ちょっとだけ嬉しさが滲んでたような気がする。

 今日一日、一緒にいて雛は私たちのことをそれなりに受け入れてくれたのかもしれない。ここまで来るのにとっても頑張ったような気がする。

 今、雛は私たちのことをどう思っているんだろうか。


◆Hina's Side


 私の平穏を乱すに乱してくれた妖怪二人組みは帰ってしまった。

 嵐の過ぎ去った後は静かになる、というが何となく物寂しさも覚えてしまう。慣れているはずなのに静けさが少し心に沁みる。

 ……気が付けば私はあの二人のペースに嵌っていた。二人を近づけないようにしていたはずなのに、心の方に近づかれてしまっていた。
 何度、私に拒絶されようとも、私に近づきすぎて不幸になろうとも、あの二人は私から離れようとはしなかった。今までそういう人間や妖怪に会ったことはない。

 あの二人は私を受け入れようとしてくれた。遠く離れず、話し相手になろうとしてきた。
 私の為に一生懸命になっているみたいなふうだった。

 それが何だか新鮮だった。私に関わってくるもう一人の変わり者は自然体で話しかけてくるから。

「やあやあやあ、何やら物思いに耽ってるみたいだね」

 不意に何者かが陽気な声で話しかけてくる。噂をすれば影がさす。あの二人以外で私に声をかけるような変わり者は一人しかいない。だから、振り返りもせずに答える。

「珍しい二人組みに話しかけられたのよ」
「へぇ、雛に話しかけるようなのがねぇ。もしかして、さっき向こうに飛んでいった仲の良さそうな覚り妖怪と吸血鬼の二人組み?」
「ええ、そうよ」

 声の主が私の隣に並ぶ。彼女がいつも被っている蛙のような特徴的な帽子が視界の端に映る。
 彼女は洩矢 諏訪子。最近、この山に移り住んできた神の一人だ。何故か私によく話しかけてくる。

「ふふ、それは良かったじゃない。あんたはその仕事柄だぁれも寄って来ないからねぇ」
「余計なお世話よ」
「おっと、別にあんたに皮肉を言ったわけじゃないのよ?」

 おどけたような口調で言う。私は諏訪子が真面目な様子で喋っているのを見たことがない。

「でも、本当によかったわね。貴女から逃げないで関わってくれるようなのがいて」
「私はそんなもの望んでいなかったわ」
「でも、嬉しかったんでしょう?」

 すかさず返ってくるのはそんな言葉。
 あの二人が私に関わってきたこと。確かにそれは嬉しかった。
 けど、諏訪子にそれを正直に話すのは何となくはばかれる。

「……別に、そんなことはないわ」

 だから、嘘を付く。
 何故だか、少しの罪悪感。

「またまたぁ、そんな嘘付いちゃって。雛は素直じゃないなぁ。ほれほれ、ここには私しかいないから素直になりなさいな」

 親しげな様子で私の首に腕を乗せてくる。
 神といえども私の厄の影響を全く受けないわけではない。不幸になるわけではないが力が少し弱まったりといいことはない。
 しかし、諏訪子は厄の浄化が出来るらしく、いくら私に触れようとも影響はない。

 そんなことよりも、

「……鬱陶しい」
「そう? 私は誰も触れられない雛に触れられる、という優越感に浸っていられるわよ」
「貴女がどう思ってるかなんて聞いてないわ」

 諏訪子はいつだってずうずうしい。こちらがどう思っているのか分かっているはずなのにやめようとする素振りさえも見せない。

「もしかして、私よりもあの二人に触れられたい、って思ってる?」
「べたべたと触ってくる貴女に比べれば幾分もましでしょうね」

 あの二人だったら手を繋いでくるくらいだろうか。ずっと手を繋ぎ続けていた二人の姿が思い浮かぶ。

「雛は私よりもあの二人の方が気に入ってるんだね」
「……ま、そうかもしれないわね」

 二人とも素直だから拒絶しようとしなければ苦労は少ない。それに比べて彼女の相手をするのは疲れる。
 あの二人組みの半分しかいないはずなのにおかしいわね。

「そっかそっか、それだけ聞ければ重畳重畳」

 何故だか妙に納得したように頷いている。何か変わったことを言っただろうか。いや、言ってないはずだ。

「雛、今日は朝まで一緒にいてあげようか?」

 何の脈絡もなくそんなことを聞かれる。何を考えてるんだろうか。

「結構よ。貴女の神社にさっさと帰りなさい」

 この人が何を考えていようと一緒にいてもらおうとは思わない。一晩を一緒に明かしたらかなり疲れそうだから。

「そう。私と違った素直な子たちに構われてたからいつも以上に人恋しいんじゃないかなぁ、と思ったけどそうじゃないんだ」

 その一言で諏訪子の考えていることがわかった。当てずっぽうにしてはだいぶ的を射た発言だ。
 いや、もしかすると私が何を考えているかなんてお見通しなのかもしれない。諏訪子は無駄に鋭いところがあるから油断ならない。

「ま、寂しくなったらうちに来なさいな。お酒の相手から一緒に寝てあげることまでしてあげるわよ」
「ありえないわね」

 とりあえず、誘いは断る。酔った勢いで何をされるか分かったものじゃない。

「そんなにはっきりと断ると後で気が変わっても来にくくなるわよ」
「いいわよ。何があろうとも貴女のところには絶対に行かないから」

 どうして彼女は私に必要以上に関わってくるんだろうか。
 そんな疑問を持つと同時に小さな二人組みの妖怪の姿が頭の中をよぎる。

「そっかそっか。んじゃ、私は早苗の作った美味しい御飯を食べるために帰るわね」
「ええ、そうしなさい」
「雛も一緒にどう?」
「いらないわ」
「そ。じゃあ、せめて身体を冷やさないようにするのよ」

 そう言って諏訪子は山の頂上へと向けて飛んで行ってしまった。

「はあ……」

 小さくなっていく背中を見つめていると溜め息が漏れてきた。
 なんでこう、私に関わろうとするのはマイペースなのが多いのだろうか。

 そんなことよりも、これからあの二人との関わり方を考えなければいけない。こいしとフランドールはきっとこれからも時々私のところに来たりするのだろう。
 恐らく追い払おうとしたところで意味はない。今日みたいに私から中々離れなくてそのままなし崩し的にあの二人のペースに巻き込まれてしまうだけだろう。

 ……なら、もうあの二人を無理に追い払うようなことはしないようにしよう。でも、あの二人を不幸にはしたくない。

 どうすればいいのだろう。
 考えてみるけれどいい方法は思いつかない。

 ……気が進まないけれど、諏訪子に協力してもらうしかないのかしらねぇ。


Fin



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