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「ここが、地霊殿?」

 私の後ろ。ずっと手を繋いで連れてきたフランが私のおうち、地霊殿を見上げてそう言う。

「うん。ここが私のおうちだよ」
「洞窟の中にこんなおっきな建物があるんだね」

 感心したような声を上げる。いっつも見てる私にとってはなんでもないけど、初めて見るフランにとっては新鮮なものとして映るんだろう。私が紅魔館を見上げたときと同じように。

 地霊殿は本に出てくる大聖堂みたいな形をしている。色とりどりのステンドグラスが付いているのもそんな印象をより強くする。
 けど、この下に元とはいえ地獄があるっていうのはどういう皮肉なんだろうねぇ。
 それとも、単にここに地霊殿を建てようと提案した閻魔様の趣味なのかな? それとも、お姉ちゃんの趣味?
 地獄関連のことは私は関わっていないからよくわからない。
 まあ、そもそも、住み心地は悪くないんだから気にする必要もないと思ってる。

「さっ、フラン、中に入ろうか」

 私のおうちに見惚れてくれるのはいいけど、それが本来の目的じゃない。
 うちの皆にフランを紹介してあげる、それが今日の目的だ。

「うん」

 視線をこちらに向けて笑顔を見せてくれた。
 張り切ってすることでもないだろうけど、頑張ろう、って思えた。





 地霊殿の廊下を進み始めてからフランの視線は右に左にと落ち着きがなかった。遠目に見ると敵を警戒しながら歩いているようにも見えるけど、実際は違う。
 目を輝かせるようにして周囲の全てに目を奪われているのだ。

 初めて来た人にとってみれば外装よりもむしろ内装の方に気が引かれるかもしれない。

 白黒のチェスの目のような床に所々ステンドグラスが嵌っている。火焔地獄の光を受けたそれは無機質な地霊殿の白い壁を色づける。
 初めて見る人にとってはどう見えるんだろうか。ただただ目を疲れさせる光景か、それとも幻想的な光景か。少なくともフランは後者に近い感想を持ってるみたいだ。

「綺麗だね」
「うん、そうかもしれないね」

 私にとって当たり前だったからそんなふうに見たことはないけど、確かに言われてみればそうなのかもしれない。そう言う感情を持ってみれば、絵の具をばら撒いた空間みたいだな、と詩的な感想が思い浮かぶ。
 フランのお陰でちょっと視野が広がったような気がした。

 あ、もしかして地霊殿の外装が大聖堂っぽいのってこのステンドグラスを映えさせるためのものなのかな? ……うーん、ちょっと違うような気もする。

 そうやって私は考え事をしながら、フランは周りの光景に目を奪われながら進んでいると、

「あ、こいし様、おかえりなさい」

 扉の中からお燐とお空が出てきた。同時に、私の後ろに咄嗟に隠れるフラン。極度の人見知り、なんだろうねぇ。初めて私と会ったときもこんな感じだったし。まあ、あの時の私は不法侵入だったけど。

「うにゅ? こいし様の後ろにいるのはこいし様の新しいペットですか?」

 お空が後ろのフランへと視線をやる。するとフランは更に身体を縮こまらせてしまう。七色の羽も不安そうに揺れている。

「違うよ。フランは私のお友達だよ。お空たちにも何回か言ったでしょ?」
「? そうでしたっけ?」

 首を傾げられた。まあ、お空が自分に直接関係ないことを覚えてる方が奇跡に近いんだけどね。流石鳥頭だ。
 それに対してお燐の方はちゃんと覚えていたようだ。

「ああ、フランですね。今日こいし様がお連れする、と言っていた」
「うん、そうそう」
「でも、なんでこいし様の後ろに隠れてるんでしょうか?」

 お燐にも首を傾げられた。お空とは違う理由だけど。

「あー、フランは人見知りだから、初対面の人が怖いんじゃないかな。……ほら、フランこの二人は怖くないよ」
「こ、こいし……っ」

 フランを二人の前に立たせる。ちょっと焦ったような声。
 でも、私は容赦せず、後ろに逃げられないように両肩を押さえる。

「ほらほら、自己紹介自己紹介」
「う、うん……」

 頷いてじっ、とお燐たちの方を見る。中々、言葉を発しようとしない。
 妙な緊張感が生まれる。

 けど、緊張感なんてものはその場の雰囲気を読めるものがいるからこそ生まれるものであって、

「うにゅ? どうしたんだ? 自分の名前も忘れたのか? 私はちゃんと覚えてるぞ。私は霊烏路 空だ!」

 フランの緊張感に全く気付いてる様子のなかったお空が自信満々にそう言った。

「……はあ、全く、お空は場を読むを力がないねえ。ま、そこがあんたらしい所なんだけどさ」

 お燐がお空の様子に溜め息をついていた。お空のお友達として何か思うことがあるんだろうねぇ。

「お空が自己紹介したんなら、次はあたいかな。あたいは、火焔猫 燐。火焔猫も燐も堅苦しいからお燐でいいよ。あと、こいつは皆からお空って呼ばれてる」

 そう言ってお燐がお空の肩を叩く。お空はその意味が良く分からなかったようで首を傾げた。

 二人の自己紹介を聞いて決心が付いたのか、フランは胸の前で右手をぎゅっと握ってゆっくり口を開く。

「わ、私は、フランドール・スカーレット。えっと、私のことは、フランでいい、よ。……よ、よろしくっ!」

 最後の方は勢いだけで言っていた。お辞儀をしたまま顔を上げようとしない。

「よろしく、フラン」
「うにゅ? よくわかんないけど、よろしくな! フラン!」

 お燐とお空がフランに笑顔を返す。
 フランは二人の声に反応するようにゆっくりと顔を上げた。

 今のフランはどんな表情を浮かべてるんだろうか。たぶん、笑顔だ。ちょっと怯えが含まれてるけど、それでも魅力的な笑顔を浮かべてるんだと思う。

「っとぉ、そろそろ、時間がやばい! こいし様、私たちは仕事に戻りますね。お空、行くよ!」
「うにゅっ!」

 駆けてくお燐にお空が低空飛行でついて行く。

「二人とも、お仕事頑張ってね!」

 私は二人の背に向けて手を振ったのだった。あ、フランも小さく手を振ってる。





「はじめまして、フランドールさん。私がここ地霊殿の主でありこいしの姉の古明地 さとりです。こいしのこと、よろしくお願いしますね」

 ノックもせずに勝手にお姉ちゃんのお部屋に入ると、お姉ちゃんが手鏡に向かって何かを言っていた。自己紹介?

「お姉ちゃん、何してるの?」
「……っ?! こいしっ、いつからそこに!」

 お姉ちゃんが手鏡を片付けながら慌てたように私たちの方に視線を向ける。ちょっとだけ頬が赤くなってる。
 慌ててるお姉ちゃんって初めて見たかも。お姉ちゃんってあんまり動揺することがないから。

「今、さっきだけど……」
「そ、そう。……こほん、こいし、部屋に入るときはちゃんとノックしなさい、と言っているでしょう」

 わざとらしい咳をして今までの動揺を隠して真顔でそう言った。

「う、うん、今度から気をつける」

 見ちゃいけない場面を見たんだなぁ。……うん、今度から気をつけよう。

「それで、後ろにいる子がフランドールさん?」
「うん、そうだよ」

 やっぱり、フランは知らない人の前に出るのが怖いみたいで私がお姉ちゃんと話してる間もずっと私の後ろに隠れていた。

「ほら、フラン」

 お燐たちに会ったときと同じように背中を押してお姉ちゃんの前に立たせる。

「……」

 黙ったままお姉ちゃんの方を見る。

 さっきもそうだったけど、ここで顔を逸らさない、っていうのは他人と関わるのが嫌いではない、という証だろう。ただ、慣れていないから言葉を紡ぎ出せないだけで。

 頑張れ、フラン!
 さっきはお空とお燐の言葉を聞いてちゃんと答えることが出来たんだから、こっちから言うことも出来るはず!

 私は心の中でフランを応援する。
 お姉ちゃんもフランに優しげな視線を向けて静かにフランの言葉を待っている。

 長い長い時間が過ぎていく。
 実際にはそうでもなかったんだろうけど、フランの緊張によって引き伸ばされた時間は永遠にも等しい気がした。

 フランが胸の前で右手をぎゅっ、と握り締める。

 そして、一言。
 フランがたった一言を口にしただけで時間が再び動き始めた。

「は、初めましてっ。わ、私はフランドール・スカーレット、って言いますっ。えと、えと、こいしには大変お世話になってますっ」

 お燐たちに言ったときよりも更に硬くなってた。うん、でも、自分から言えたのは偉い!

「初めまして、フランドールさん。こいしからも聞いてるだろうし、さっきの私の言葉を聞いているから知っているかもしれないけれど、私はこいしの姉でありここ、地霊殿の主である古明地 さとりです。こいしは自由な子ですがよろしくお願いしますね」

 自由な子、って……。確かにまあ、家に帰らないことがあったり、人の家に勝手に入ったりしてるけどさ。

「さとり……」

 フランが確認するようにお姉ちゃんの名前を呟く。

「ええ、そうよ」

 そんな呟きにもお姉ちゃんは頷く。それから、お姉ちゃんは第三の眼をフランに向ける。

「フランドールさん。こいしのこと、信頼してくださってありがとうございます」
「……ううん、私も、こいしに会えてよかった」

 フランのどこか嬉しげな声音がこそばゆい。やっぱりなれないなぁ、こう、誰かに信頼されてる、っていうのは。

「ふふ、そうですか」

 お姉ちゃんもちょっと嬉しそうに笑ってる。お姉ちゃんは心が読めるぶん、今の私なら耐えられないくらいにもっと真っ直ぐにフランの心が届いてきてるんだろうなぁ、って思う。
 ペットたちに信頼されてるから耐性が出来てるのかな。

「では、私は紅茶を淹れてくるので、こいしと待っててくださいね。……と、そうだ、何か紅茶の好みはありますか?」
「えっと……、じゃあ、甘めで」
「わかりました」

 そう言ってお姉ちゃんは私たちを残してお部屋から出て行った。





 私、フラン、お姉ちゃんの三人でソファに座ってテーブルを囲んだ。私とフランで並んで座り、お姉ちゃんは反対側のソファに一人で座っていた。テーブルの上にはたくさんのお菓子が並べられていた。
 色とりどりのケーキ、香ばしい香りのクッキー、程よい甘さのドーナツ、そして何故か煮干しや干し肉。

 私が昨日、お姉ちゃんにフランを地霊殿に連れてくる、と言ってからキッチンにこもりっぱなしだったけど、これのためだったのか。朝ごはんにケーキが出てきたのにも納得。
 お皿やフォークも五人分用意してあってお燐やお空の分も用意してあるのかもしれない。三人で食べるには多すぎるくらいのお菓子が並べられてるしね。

 あと、煮干しや干し肉なんかに疑問を持ったけど、その答えはお姉ちゃんに聞くまでもなく返ってきた。

「わわっ、そんなに集まってこないでっ」

 困惑したようなフランの声。でも、なんとなくだけど嬉しそうだ。

 今フランの周りには白猫の鈴鹿を含むいろんな猫が集まっていた。白猫、黒猫、三毛猫、灰色の毛の猫、ふさふさの猫、と何故かフランの周りには猫ばっかりだ。
 その中心でフランは周りの猫たちに煮干しをあげている。けど、皆思い思いに動いているから、足元、膝の上、肩の上、頭の上にと色んなところに猫が乗っている。猫まみれ状態となっている。

 お姉ちゃんの方は、文鳥やリス、狐や狸、と種類に関係なく動物が集まってる。

 こうして見る限りペットたちは珍しい来客であるフランに会いに来たんじゃなくて、ただ、匂いに誘われてここまで来て、思い思いに好きな人の所に集まってるみたいだ。

 ちなみに、私の方は―――

「わふっ!」
「うわっ」

 自分のことに意識を向けようとした途端に突然、押し倒された。フランに被害がないように、と席から離れた直後の出来事だった。

 私を押し倒したのは、ゴールデンレトリバーのゴローだった。この子は私が心を閉ざしてた頃から傍にいてくれていたけど、その頃から私を押し倒そうとする癖みたいなものがある。
 そして、その周りには柴犬やらラブラドール、コーギーと色んな種類の犬がいる。フランの方に猫ばっかりが集まってる、と思ったら何故か私の方には犬ばっかりが集まってた。

 そんなことを思ってる間にも私は犬たちに顔やら手やらを舐め回される。

「舐め回すなっ!」

 威嚇用の破壊力のない弾幕をばら撒きながら起き上がる。テーブルの上に被害をおよばさないように主には上を狙って。
 それがわかってたのか私からあんまり距離はとらず、私が起き上がってきたところで再び群れてきた。

 今度は舐めるようなことはしてこなかったけど、正直に言って、重い。自分たちの重さを考えずに動いてる子が多いからなぁ。
 結局、重さに耐えられなくてまた、押し倒される。で、また私の顔やら手やらを舐められる。

 もういいや、と思ってされるがままになりながらフランの方へと視線を向けてみる。

 あっちの方は、こっちと違って穏やかな雰囲気が流れている。猫たちはそれぞれ自分の居場所を見つけたのか、フランに身体を寄せながら落ち着いた様子を見せている。

 中心にいるフランは、というとこっちの方をじっと見てた。
 私、というよりは私に乗りかかってるゴローの方に視線が向いてる気がする。……犬に、興味があるのかな? 猫も実際に見たことがない、とか言ってたし多分、犬も見たことがないんだと思う。

 これはいい機会だ。

「ゴロー」
「わふ?」

 犬であれ人間であれ妖怪であれ、不意に名前を呼ばれれば反応してしまうものだ。私へ向けられた意識、それを、

「行けっ!」

 指を差して、フランの方へと向かせる。それだけで、ゴローの興味はフランの方へと移ってしまう。

「えっ。……えっ!?」

 私に突然、指差された事とゴローが走ってくる事とに驚く。あ、ゴローだけじゃなくて他の犬たちもフランの方に向かってた。
 その間に猫たちはフランの周りから逃げていく。身の危険を感じ取ったようだ。

 フランも同じようなものを感じ取ったみたいだけど一足遅かった。

「わっ……」

 真っ先に駆け出したゴローにソファの上に押し倒されてしまう。慣れた私でさえ不意打ちを喰らえば倒されてしまうのだ。初めてであるフランがそれに抗えるはずもない。

「ひゃっ……、く、くすぐったいっ」

 ゴローたちがフランの顔や手を舐め始めた。舌の感触に耐えられないのか、足がじたばたと動いてる。羽ももがいてるみたいに揺れている。

「こ、こいし、た、助け……っ、ひひゃぅっ」

 首筋を舐められて妙な声が漏れる。
 まだじたばたと暴れているけど逃げられるような雰囲気はない。

 フランも助けを求めてるしそろそろ助けてあげようか。

「皆、止まれ!」

 呼びかけるけど、誰も止まろうとしない。

「……言うことを聞けっ!」

 というわけで再び威嚇用弾幕の出番。フランや関係ない子たちにに当たらないように弾をばら撒く。
 私の剣幕に気付いたのか、弾が当たる前に皆フランから散った。

「フラン、大丈夫?」

 フランの方へと駆け寄って起き上がらせる。それと同時にフランに抱きつかれた。
 ちょっとだけ、身体が震えてるのがわかる。

 怖かったんだろうなぁ、って思う。

「あの、ごめん、フラン」

 鈴鹿の時みたいに勢いでやれば大丈夫かな、なんて思ったのがそもそもの間違いだった。あの子たちが加減知らずだ、っていうのはわかってたはずなのに。

「……怖かった……」

 うっ、泣きそうな声で言われるとより一層申し訳ない気持ちになる。

「フラン、ほんとにごめん」

 私に抱きついたまま首を左右に振るのがわかる。
 ……一応、私のことは赦してくれるんだ。何も考えずに行動してた私が悪いのに。

 あと、出来ることなら、犬のことを嫌いになってなければいいなぁ。





 結局、私の悩みは杞憂に終わってしまった。

 あの後、どうにかフランを落ち着かせて一緒にソファに座り直した。ついでに、何となくフランの手を握ってみた。
 そうやって少しぼんやりしているとゴローが寄ってきたんだけど、私がけしかけたときとは違って随分と大人しかった。

 だから、私はフランに触ってみたら?、と言ってみた。何にしろ、動物になれるには接触するのが一番なのだ。

 私の言葉に頷いて、フランがびくびくしながら手を出した。するとゴローはそこに鼻を押し付けたりして、それ以上は何もしていなかった。
 そのままフランもゴローに慣れたみたいで笑顔で頭を撫でられるようになっていた。

 私、やっぱり私は余計な事をしちゃってたみたいだ。ゴローに向けるフランの笑顔を見ると心の底からそう思う。

 そうやって、フランがゴローの頭を撫でているといつの間にやら周りに猫やら犬やらがたくさん集まっていた。そして、気が付けば肩や頭の上に小鳥やリスみたいな小さなペットたちも乗っている。
 周りが全部ペットで囲まれていて私たちは身動きが全く取れなくなってた。けど、普段はそんなに大人しくないペットたちが皆、大人しくなっている。
 そんな状況の中でフランはペットたちの真ん中で嬉しそうに笑っている。皆この笑顔に引き寄せられてそして見入り大人しくなってるのかもしれない。私が護りたい、と想ったフランの笑顔はペットたちにとっても魅力的なものだったようだ。

「フランドールさん、うちのペットたちに随分と気に入られているみたいですね。私の代わりにペットたちの世話を任せてみるのも良さそうですね」

 静かな微笑みを浮かべて私たちを見てたお姉ちゃんが不意にそんなことを言う。
 でも、確かにフランならこの子たちの世話をちゃんと出来るような気がする。

「え……?」
「いえ、冗談ですよ。本気にしないでください。貴女に仕事を取られてしまうと私のすることが本当になくなってしまうので」

 そう言えば、優秀なペットが何匹かいるお陰で仕事がほとんどない、なんてお姉ちゃんは言っていた。最近の仕事は閻魔様への定期報告と仕事を任せられるほど教育の行き届いてないペットたちの相手をすることぐらいだとか。

「ですが、フランドールさんがうちを訪ねてくださればその子たちも喜ぶと思います。好きなときにうちを訪ねてください」
「うん。……でも、お姉様が一人で外に出るな、って」
「でしたら、気軽にこいしに頼んでください。こいしが貴女のお願いを聞き入れない、なんてことはないでしょうから。ねえ、こいし」
「当然だよ! むしろ、それだけじゃなくて色んなことを私にお願いしてほしいな」

 今までフランからお願いをされたのはフランを外に連れ出すときくらいだった。
 それ以降でお願いされることはあるにはあったけど、あの薬の一件のときのは数に入れるべきじゃないと思う。

 ま、とにもかくにも、フランはどちらかと言うと私に引っ張られてばかりだ。引きこもってた影響かフラン、って引っ込み思案なんだよね。
 あれ? でも、その考え方だと私も引っ込み思案ってことになる。それならフランの元々の性格なのかな?

 それはいいとして、私はフランから色々と言ってほしいと思ってる。頼られるのには慣れてないけど、悪いことではない、と思っているから。

「でも……」

 そのままフランは言葉を詰まらせてしまう。心は読めないけど、何となく何を考えているのかわかる。

「こいしに、迷惑、ですか? ふふ、そんなこと気にする必要なんてありませんよ。こいしはいつだって私に迷惑を掛けてきたのですから、そろそろそれらを受ける側になるべきなのです。ですから、遠慮せずにこいしに迷惑を掛けてください」

 言いたいことを先にお姉ちゃんに言われてしまった。お姉ちゃんに掛けてきた迷惑に関しては全然考えてなかったけど。というか、そんなこと関係なく私はフランに迷惑を掛けられようと構わない。

「こいしが頼りない、というのなら私に頼ってもらっても構いませんよ。恐らく私ならこいしとは違い穏便にフランドールさんのお姉さんと話をつけられるでしょう」
「こいしは、頼りなくなんてないっ」

 フランの強い否定の言葉。普段あまり強く出ないからこそそこには強い想いが詰まっているんだと容易に想像できる。でも、だからこそ、むずがゆい。落ち着かない。

「ふむふむ、そうですか。そう思うのでしたらどんどんこいしに頼ってください。それで、もしこいしだけでは駄目そうだ、と思ったら私に頼ってください」
「……いいの?」

 ゆっくりとした動作で私の方を見る。頭の上に乗ってる小鳥なんかを気にかけてるんだろう。それとは対照的に私はそんなことに全く頓着しないでいつもどおりに首を動かしてフランを見る。

 たぶん外から見ると結構間抜けな光景なんじゃないかなぁ、と思う。まあ、でもそれくらいの方がフランも気楽になれるんじゃないかな?

「うん、何回も言ってるでしょ? 私は、フランに頼られたいんだ、って」

 フランの誰もが見惚れる笑顔や、お姉ちゃんみたいな安心させられるような笑顔は浮かべられないけど私は、私なりの笑顔を浮かべてみせる。

「だから、私を困らせるくらい頼ってよ。私はそれが嬉しいんだから」
「……うんっ」

 逡巡。けど、それは一瞬のことで、フランの顔に浮かぶのは嬉しそうな、ほんとに嬉しそうな笑顔だった。

 あぁ、やっぱりこの笑顔には敵わないなぁ……。





 こんこんっ……

 ペットたちに囲まれてかなり動きにくい状態でお茶会をしていたとき不意に扉を叩く音が聞こえてきた。

「さとり様、入りますよ!」

 扉を叩く音に続いて聞こえてきたのは周りに活気を与えるような元気な声と扉を開く音だった。この声はお燐だ。

「なんだかいい匂いが〜……。これは、さとり様の作ったお菓子っ!」

 続いて聞こえてきたのはお空の声。ふらふら〜、と入ってきたかと思えば、だーっ、と一直線にこちらに向かってくる。
 フランが驚きで身体を震わせて、ペットたちが一斉に逃げ出す。そして、お空へと向けられるペットたちの非難の声の大合唱。けど、お空は気にも留めてないみたいだった。

「さとり様、さとり様、これ、食べてもいいですかっ!」
「ええ、いいわよ。もともと、貴女たちにも食べてもらおうと思っていたものだから」
「やった! ありがとうございます! さとり様! ではでは、いただきますっ!」

 フォークやお皿を無視してテーブルの上においてあったチーズケーキを手づかみで食べ始める。
 お菓子を食べていい。その許可を貰っただけでこの興奮っぷりだ。身長で言うならうちで一番大きいんだけど、それに反比例して性格は子供っぽいんだよねぇ。単純、とも言うけど。

「こら、お空、手で掴んで食べるな、って言ってるでしょ」

 そう言ってお燐がお空の手からケーキを奪って何も乗せられていないお皿の上にそれを乗せ、フォークと一緒に手渡す。

「あと、ちゃんと座って食べる。さとり様、寄ってもらってもいいですか?」
「ええ」

 微笑ましげに二人を見ていたお姉ちゃんは短く頷いてソファの端へと寄る。その隣にお空、更にその隣にお燐が座る。ちょっと窮屈そうだ。特に、お空の大きな黒色の翼のせいで。

 お空、という脅威が去ったからかペットたちがまた、私たちの周りに寄ってくる。
 さっきまで大人しかったゴローが私に乗りかかってくる。……重い。そんなに私の上が好きなんだろうか。

「うにゅ……。フォーク、面倒くさいから嫌い」

 そう言いながらもお空はフォークを使ってケーキを食べようとする。けど、面倒くさいとか以前にフォーク使いが下手なのでぼろぼろに崩れてしまっている。スプーンの方がいいんじゃないのかな?

「あはは、相変わらずだね」
「うぅ……、笑うなぁ!」

 可笑しそうに笑うお燐に怒るお空。うん、いつもの光景だ。

「ごめんごめん。フォークでケーキを食べるときは刺すんじゃなくてすくうようにするんだよ」
「こ、こうか?」
「そうそう」

 ケーキを食べるだけでも随分と悪戦苦闘してるみたいだ。でも、お燐に教えてもらいながらなんとか食べることが出来てるみたいだ。朝も似たような光景を見たような気がするけど。

「あの二人、仲が良いんだね」
「ん? まあねぇ。お燐とお空は何百年も一緒にいるからね」

 私に乗っかかっているゴローの頭を撫でてやりながら答え。それだけで嬉しいのか大きな尻尾がぱたぱたと揺れる。

 お燐とお空の二人はお姉ちゃんがペットを飼い始めた頃から一緒にいる。猫と烏ってあんまり相性がよく無さそうな気がするけど、出会った頃からあの二人は仲が良かった。性格的に相性がよかったんだと思う。
 お空がちょっと抜けたことをやって、お燐がそれを補う、っていうのも既に日常茶飯事だ。

「フランドールさんたちも十分仲が良さそうに見えますよ」
「え……?」

 唐突なお姉ちゃんの言葉にフランは困惑気味だ。フランの心を読んでそれに答えたのかな?

「ああ、いえ、すいません。自分たちはどう思われてるのだろうか、なんて考えていらっしゃったので勝手に答えさせていただきました」
「あ、ううん。別に、それは、いいんだけど……」
「ふふ、ありがとうございます」

 お姉ちゃんが少し嬉しそうに笑った。心を読まれて嫌な顔をしないのなんて滅多にいないからねぇ。
 そういう意味ではフランはお姉ちゃんと相性がいいのかもしれない。

「こいしに引っ張られ、フランドールさんはそれを受け入れて楽しんでいる。私にはそう見えますし、そういうのを仲がいい、というのではないでしょうか」
「そう、なのかな?」
「わからない、というのならこれから学べばいいと思いますよ。うちにはそういうことの見本になるようなのもいますしね」

 誰、とは明示していないけど、お姉ちゃんが言ってるのはお燐とお空の事だ。

「さとり様、そういうことは学ぶんじゃなくて感じ取るものですよ」

 お燐がそんなことを言う。二人の間に座っているお空は何を話しているのか理解できないようで不思議そうな表情を浮かべながら二人の表情をうかがっている。
 普段はわからないと理解することをすぐに諦めるけど、時々こうしてお姉ちゃんやお燐の話に興味を持つことがある。
 お空にとってそれだけお姉ちゃんやお燐の優先度が高いって事だと思う。

「ふむ。実際がわからないと的確な助言も出せないわね。……ということですので、フランドールさん、学び取らずに感じ取ってください」
「さとり、って友達、いないの?」

 フランがお姉ちゃんをじぃっ、と見つめる。紅色の瞳にはどんな想いが浮かんでいるんだろうか。

「はい、そうですね。心を読まれてもいい、なんて思うようなのは中々いませんから近づく者さえ限られていますね」

 いつも通り淡々と何も気にしていないような様子で告げる。

 地底から地上へと行けるようになって、私が地上に出て神社で魔理沙に出会った後、私はお姉ちゃんに言ったのだ。地上の人たちとなら仲良くなれるかもしれない。だから、お姉ちゃんも一緒に外に出てみよう、って。
 けど、返ってきたのはお姉ちゃんがフランに対して言ったのと同じような言葉。そして、こいしなら大丈夫だ、と言って私が外に出ることに関しては全面的に同意してくれた。

 なんとも思っていない、というその態度がちょっと悲しかった。本当はお姉ちゃんだって仲良く出来る人が増えたら嬉しいって思うに違いないのに。
 嫌な思いをされたくないから、って自分じゃなくて他人を想って外に出ないことを選んでしまった。

 だから、フランの言った、私では決して言うことの出来ないその言葉がお姉ちゃんの何かを変えてくれるんじゃないか、って期待した。

 フランが右手を胸の前でぎゅっ、握る。

「じゃ、じゃあっ。私が、さとりの友達になってあげる」

 一生懸命な言葉。今日一番で精一杯な感じがする。

 フランの言葉にお姉ちゃんが驚いたようにフランの顔をじっ、と見据える。信じられない何かを確信に変えるように。

「……本気みたいですね」
「うん。……でも、私、こいしみたいに楽しい話なんて出来ないし、色んな場所も知らない。そもそも、友達に何をしてあげればいいのかも、わかんないし……」
「フランドールさん、そんなに自分を卑下しないでくさい。……いや、そうじゃないわね。フラン、そんなに自分を卑下しないで。私だって、面白い話なんて知らないし、ここ以外のことは知らない。フランと違って友達と呼べるような存在さえいないわ」

 自分を貶めるような言葉。けど、その声から嬉しさが滲み出している。表情が柔らかくなっている。
 お姉ちゃんは敬語を止めて、フランを愛称で呼んでいる。それはつまり、

「でも、こんな私でよければ、友達になってくれるかしら?」

 フランがどう答えるのかわかってるはずなのにそうやって聞く。お姉ちゃんなりの礼儀らしい。

「うん、もちろんっ」

 嬉しそうな弾んだ声。そして、いつか私に見せてくれた天使みたいな笑顔をお姉ちゃんに向けていた。





 五人と数えるのが面倒くさくなるくらいのペットたちとでのお茶会の時間はあっという間に過ぎていってしまった。

 人見知りなフランだけど、人に馴染むのは早いみたいだ。時間が経つにつれて怯えた様子もなくなって、私や紅魔館の人たちと話してるときくらいに落ち着いていた。
 最初の一歩を怖がってるのかな? 臆病なフランらしいと思えなくもない。

 まあ、何にしろよかった。地霊殿の皆と仲良くなれて。あとはこれで次に会うときまでお空がフランのことを覚えててくれれば完璧なんだけど……無理だろうねぇ。仕事をしてる間にフランのことを忘れちゃってたみたいだし。名前を教え直したその数十分後に、羽の綺麗なやつ、って言ってたしねぇ。
 まあ、それに関しては時間をかけて覚えさせればいい。お空は物覚えが悪いけど、大切なことは絶対に忘れないから。

「こいし」
「ん? なに?」

 すっかり陽が落ちてしまって薄暗い道の途中でフランが声をかけてくる。私とフランは手を繋いだまま歩いている。
 今はフランを紅魔館へと送り届ける途中だ。レミリアとの約束でフランを一人で外に行かせられないから。
 ま、それ以前にフランが一人で外を出歩くのを怖がっているから、っていうのもあるけどね。

「また、地霊殿に連れて行ってくれるよね?」
「うん、当然だよ」

 お姉ちゃんもまたフランに会いたい、って言ってた。それに、私自身もまたフランを地霊殿に連れてきてあげたいと思ってる。

「ありがと、こいし」
「いいよいいよ、気にしなくても。私がやりたいことをやってるだけだからさ」

 フランと繋いでいない左手をひらひらと振る。気にしてないよー、って気持ちを手でも表す。

「ねえ、フラン。うちに来てどうだった?」
「うん、楽しかったよ」
「そっかそっか。それは、よかったよかった」

 わかっていたけど、実際にフランの口から聞くとフランを地霊殿に連れて行ってあげて本当によかった、と思える。
 ああ、お姉ちゃんが心を読んで何を言われるかわかっていてもわざわざ言葉で聞くのはこういう気持ちになれるからかな。

「それに、皆……とも友達になれたし」

 歯切れの悪い物言い。まあ、ねえ。

「お空のことは、あんまり気にしなくてもいいよ。何回もうちに来てくれたら絶対に覚えてくれるから」
「そう、かな?」
「うん。お空は覚えるのが苦手なだけで一度覚えると忘れることはほとんどないから」

 一時間足らずで名前を忘れられて不安になる気持ちはわかる。けど、お空は物覚えが悪いだけだ。ちゃんと覚えれば忘れることはない。

「そうなんだ。じゃあ、頑張って覚えてもらおっ」

 言いながら右手を胸の前でぎゅっ、と握る。

「頑張れっ、フラン」

 そんな様子を見せられるとついつい応援したくなってしまう。

「うん」

 こうやって笑顔で頷き返してくれるのも心地いい。

 更なる笑顔のために私も頑張ろうかな。お空の好きなものは温泉卵だったけ?


◇Satori’s Side


 今日はこいしが友達を連れてきた。

 こいしの初めての友達、ということで失礼のないように、と自己紹介の練習をしていたけど、途中で二人が部屋に入ってきてしまった。あれほど、ノックせずに部屋には入るな、と言っておいたのに……。

 まあ、それはいいとして。

 フランは今まで見てきた誰よりも真っ直ぐな心の持ち主だった。でも、同時にそれはその心が壊れやすい、ということを示していた。

 だからこそのあの臆病さなのかもしれない。
 他者から遠ざかり、無茶をしないようにして出来るだけ心が傷つかないようにする。本能的な自己防衛。

 けど、彼女には友好的な部分もあった。現に、一時間に満たない対話の間にフランは私たちへの警戒を解いていた。臆病さがなければ積極的に人に関われる性格なのだろう。

 最も、こいしを全面的に信頼していてそのこいしが隣にいたからなのかもしれないけれど。

 それにしても、こいしを信頼するような者が現れるとは思わなかった。
 好き勝手振る舞っているだけなのかと思っていたのだが、そうでもないようだ。そのことが純粋に嬉しい。
 こいしが第三の眼を閉ざしてからどれほどの年月が流れたから知らないが、確実にこいしは変化してきているようだ。
 それは、姉として喜ぶべきことだろう。

 ただ、心配なこともある。
 それが、先ほど考えていたフランの心。

 彼女の心はあまりにも不安定だ。どこにどう転んでいくのか全く検討がつかない。
 もしかすると、こいしを傷つけ、彼女自身を傷つける、という事態にもなりかねない。

 それは、誰も望むべき結果ではない。けど、だからといって彼女の姉が選んだように閉じ込めておくことが正しいとも思えない。
 外に出て確実にいい方向に変わっていたこいしを目の当たりにしているからこそそう思えて仕方がない。

 ……けど、なんであれ、私が言えることは何もない。
 こいしなら、上手くやれる。私よりも明るく、積極的なあの子ならきっと。

 そう信じられずにはいられない。単に私が姉バカなだけかもしれないけれど。


Fin



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