「フランドール様、こいしさん。紅茶が入りました」

 いつものようにフランのお部屋へと訪れて咲夜が紅茶を淹れてくれるのをフランとお話をしながら待っていた。それなのに入ってきたのは何故か小悪魔のこあだった。

「あれ? 咲夜は?」

 私の向かい側に座っているフランが真っ先に疑問を投げかける。私もその隣で、うんうん、と頷く。

「今日はお二人の意見を聞いてみたいと思いまして、咲夜さんに代わってもらったんです」
「意見?」

 声が重なった。どうやら、私たちは返事をするタイミングが同じようで二人で誰かの話を聞いてると声が重なることがよくあった。

「ええ、そうです。私はパチュリー様好みの紅茶を淹れるのは大の得意なんですが、ただ、それだけでは駄目だと思うんですよね。更なる修行を積んでパチュリー様を唸らせるような紅茶を淹れてみたいんです。ですから、お二人とも、協力してくれますよね!」

 ずずいっ、と私たちの方に寄ってきた。それに対して私たちは身を引く。

 こあはパチュリーのこととなると暴走しやすくなる。
 この前、フランに連れられて紅魔館内の散策の途中に図書館に寄った。その時にパチュリーとこあに会ったんだけど、こあがパチュリーのことを語り出したら止まらなくなってしまい、結局パチュリーがそれを止めた。
 あのまま誰も止めていなかったらいつまで続いてたんだろうか。

 まあ、それはいいとして、今は目の前にいるこあの事だ。

 紅茶を飲んであげること事態は別に良い。咲夜の美味しい紅茶が飲めないのは少々残念だけど、こあの紅茶も中々美味しい、ってパチュリーから聞いてるし。
 でも、

「私、そんなに的確な意見なんて言えないよ? 美味しいか、美味しくないか、くらいしかわからないし」
「うん、咲夜に飲んでもらったほうがいいと思うんだけど」

 私とフランの言葉を聞いて、テーブルの上にトレイを置いたこあが「ちっちっち」と言いながら指を振る。

「分かっていませんね〜。一人の方から意見を聞くとどうしても偏ってしまうんですよ。当然、後で咲夜さんにも飲んでもらいますがお二人の意見も聞きたいんです。それに、お二人はいつも咲夜さんの淹れた紅茶を飲んでいるのでそれなりに舌が肥えてるはずです。なので気にせず、お飲みください」

 勝手に紅茶をカップへと注いでいく。それから、小分けにされたシロップを一つずつ入れた。

「咲夜は何にも入れないけどこあはシロップを入れるんだ」
「はい、パチュリー様が考え事をするには甘いのが良い、と仰るので甘めにしているんですよ。もしかして、甘いのは苦手でしたか?」
「ううん、別にそんな事ないよ。どっちかっていうと好きな方」
「そうですか、良かったです」

 私の言葉にこあが笑顔を浮かべる。まあ、こうやって普通にしてると良い人なんだけどね。咲夜とは違って柔らかい雰囲気もあるし。

「お二人ともどうぞー」

 私とフランの前に紅茶の入れられたカップが置かれる。シロップが入れられているからか咲夜が淹れたものよりも甘い香りがする。

「じゃあ、いただきます」

 フランは何も言わずに飲み始めてたけど、お客さん、という立場の私はどうしても何か挨拶をしてからじゃないと出されたものに手を出せなかった。勝手に人のお部屋に入ったりするのには何の抵抗もないのにねぇ。何が違うんだろ。

 そんなことを考えながら紅茶に口をつけてみる。

 ―――すごい甘かった。

「な、何これ、ものすごく甘いんだけど」

 飲めないことはないけど、たくさんは飲めそうにない。
 いや、それよりも、こあが入れてたシロップの量以上の甘さがあるような気がするんだけど。

「パチュリー様が甘さが足りない、と仰るので私が自分でシロップを作ったんです。甘すぎましたか?」
「うん、この甘さはかなり人を選ぶと思う」

 正直に頷く。とりあえず意見は言ったけど、言う意味あるのかなぁ。自分で気付きそうなものだけど。意外と気付かないものなんだろうか。
 もしかしたら、パチュリーともどもこあも甘いものが好きなのかもしれない。

「私は好きだよ、この甘さ」

 フランが幸せそうな笑顔を零しながらそう言う。
 どうやらフランはパチュリーやこあと同じ類なようだ。ここで仲間はずれは私だけである。
 いや、別にいいけどさ。

 もう一回紅茶を口に含む。これでもかー、ってくらい砂糖を口の中に入れられたような感じになる。……うん、これ以上は飲めそうにない。

 こあには悪いけど飲むのを諦めてテーブルの上に置く。
 私の向かい側でフランは激甘紅茶をすごく美味しそうに飲んでいる。よく飲めるなぁ。

 私がそんなふうにぼんやりとフランを眺めている間に紅茶を飲み終えたようだ。

「こいし、飲まないの?」
「うん、私には甘すぎるよ」
「じゃあ、もったいないから貰ってあげる」
「どうぞどうぞ、あげるよ」
「ありがと」

 フランはそう言って私の前に置かれていた紅茶を自分の方へと引き寄せた。

 そして、すぐに二杯目を飲み始めた。
 すごいなぁ、あれだけ甘いのをまだ飲めるなんて。でも、フランにとってはそれが当たり前なんだろうから別にすごいことじゃないのかも。

「こいしさん、どうぞ」

 私の前に二杯目の紅茶が置かれた。カップはフランが使っていたものだ。中を覗きこんでみるけどさっきのと変わった様子はない。

「大丈夫ですよ。今度のはシロップを入れてませんから」

 そう言って私に笑いかける。
 ふむ、じゃあ飲めるかな、と思ったけど実際に口につけてみると少々苦かった。甘すぎるものの後だから味覚が少々おかしくなってしまってるみたいだ。

「どうでしょうか」
「さっきのが甘すぎたせいでよくわかんない」
「あー、そうですかぁ」
「ちょっと待ってくれたら、舌の方も元に戻ると思うけど」

 その為に、こあの入れてくれた紅茶に口をつける……ってこれじゃあ意味ないよ!
 なにやってるんだろ、とか思いながらカップをソーサーの上に戻す。

「だったら、それまでお待ちします、と言いたいところなんですけど、パチュリー様のお手伝いもしないといけないんですよね」
「あ、そうなんだ」
「はい、なので、そろそろ失礼させてもらいます。ポットは置いていきますので後はご自分で入れてくださいね」
「うん、わかった。お仕事、頑張ってね」

 私は手を振ってこあを送り出そうとする。

「何を当然のことを。私がパチュリー様の為に頑張らないはずがないじゃないですか」
「あー、うん、そうだね」

 こあが何だか怪しげな笑みを浮かべる。これがなければいい人なのになぁ。

「ではでは、お二人ともごゆっくり〜」

 そう言い残してこあはフランのお部屋から出て行った。

 私はそれを見届けてもう一度紅茶を口に含む。
 さっきよりは美味しく感じられた。





「―――という訳で、今日はフランを私のおうちに招待してあげたいと思うんだ。それでどうかな?」
「……」
「フラン?」
「あ……。うん、良いと思うよ!」

 慌てたように私の言葉に頷くフラン。いつもならもっと元気な感じなのに……。

 さっきからフランの様子がどこかおかしい。
 頬が少し赤くなっていたり、こっちを見る瞳がぼんやりしてたり。

 風邪でも引いてるのかなぁ? だとしたら流石に連れ出すわけにも行かない。いや、それ以前に私は今すぐに帰ってフランを休ませた方がいいだろう。

「フラン、大丈夫?」

 立ち上がってフランの方へと近づく。調子が悪いかどうかは体温を測ってみればいい。まあ、私の手で測る、っていうかなりアバウトなものだけど。それでもある程度、判断の基準にはなる。

 というわけで手をフランの額に当てる。触れる直前に一瞬フランの身体が震えた。
 触られるのが嫌だったのかな? でも、今、フランの額に触れてるけど嫌がってる様子はないし……。

 いや、それよりも今はフランの身体の調子だ。手のほうに精神を集中させる。
 ん〜、よくわかんないけど、多分平熱。熱はないみたいだ。

「フラン、どこか調子の悪い場所とかない?」
「なんだか、胸が痛い、気がする」
「えぇ! だったら早く誰か診てもらわないと!」

 えーっと、えーっと、こういう時はパチュリーの所に行けばいいのかな。紅魔館の頭脳役だ、とか言ってたし。

「フラン! 今すぐパチュリーの所にいこ……う……?」

 突然、立ち上がったフランに抱き付かれた。
 これは、どうすればいいんだろ。

「ううん、こうしてれば、大丈夫」

 なんだかものすごく安心しきった声でそう言われた。
 うん、明らかに様子がおかしい。

「フ、フラン? どうしたの?」
「うん、こいしにね、言いたいことがあるんだ」

 私から少し身体を離して私の顔を見る。身長が同じくらいだから顔が近すぎるくらいの場所にある。
 というか、微妙に会話が噛み合ってないような……。

「えっと、なに?」

 顔が近すぎてなんとなく気恥ずかしいけどフランの顔を見たまま聞く。噛み合ってないならある程度話をして、相手が何を考えているか正確に読めば大抵、会話の軌道は元に戻せる。お姉ちゃんのそんな言葉を思い出す。
 まあ、私は心が読めないから予測するしかないんだろうけど。

「私、こいしの事が好き、なんだ。……こいしは私のこと、どう思ってるの?」
「え? うん、私も好きだよ、フランのこと」

 すごくお話しやすいし、一緒にいて穏やかな気持ちになれる。それに、フランの見せてくれる笑顔って素敵だし。
 戸惑いながらもそんなことを心の中で考えていた。質問の意図はわからない。

「そっかぁ、じゃあ、私たちは相思相愛なんだねっ」
「え、うん、まあ、そうなの、かなぁ?」

 語弊があるような気がしないでもないけど、お互いに好きだって意味では間違ってないのかな?
 まだ、フランが何を考えているかはわからない。

「じゃあじゃあ、こいし、結婚しよっ」
「…………」

 ……はいっ!?
 えっ? 聞き間違い、聞き間違いだよね?

「……あの、フランドールさん、なんと仰いましたでしょうか」

 言語機能がぶっ飛んで何故か敬語になってしまう。ついでに、フランを愛称じゃなくて本名で呼んでる。
 というか、いつの間にかもう一度フランに抱き付かれてた。私、まだ無意識操ってないよっ。

「? なんで、こいしは敬語なの? あっ、そっか、こういうことは改まった態度で言わないとね」

 そう言ってフランが私から離れる。そして、紅色の瞳が私の瞳を捉える。

「じゃあ、今度はちゃんと言うね。……こいし、私と結婚してください」

 少し顔を紅くして、けど、幸せを夢見るような笑顔を浮かべてそう言った。
 私は、そんなフランの表情があまりにも綺麗だったから見惚れてしまう。

 違う違う、そうじゃなくて!
 というか、聞き間違いじゃなかった!

「いやいやいや、フラン、落ち着いて、私たちは同性だよ?」
「? それがどうかしたの?」

 首を傾げられてしまった。世間知らずな所があるなあ、とは思ってたけどここまでとは、……と納得してしまっていいんだろうか。

 こーゆう感情は本能的なもので教えられて学ぶようなものでもない。といっても特殊な環境下では誤動作を起こす場合もあるらしい。
 地下室にずっといたこととかが関係してるんだろうか。……うーん、お姉ちゃんが話してくれたことくらいしか知らないからなぁ、こういうことになるんだったらもっと心のことについて勉強しとけばよかった。まあ、この状況を予測できてた人がいるのか、って話だけど。

 というか、過去を嘆いても仕方ない。とりあえず今は世間知らずなフランに教えないといけないことを教えないと。

「あのね、フラン。結婚っていうのは男女でするものなんだよ」
「私、男の人に会ったことない。だから、私はこいしでいいよ。ううん、こいしがいい!」

 あー、ずっと閉じ込められ引きこもってたからそうなんだろうねぇ。
 フランを箱入りに育てたレミリアをちょっと恨む。こんな状態になったのはレミリアのせいなんじゃないか、って思って。

「フラン、ごめん。私はフランとは結婚できないよ」
「え……、何で?」

 非常に悲しげな視線を向けられる。そういう視線を向けないで欲しい。思わず「ごめん、さっきのは冗談」って答えてしまいそうになるから。

 ……さてさて、それよりもなんて言えばフランは納得してくれるんだろうか。常識を口にしてもフランにそれがないみたいだから通用しないだろうし。
 とりあえず、私の思ってることを思ってるまま言おうか。

「私は確かにフランのことが好きだよ。でも、それはお友達としての好きなんだ。だから、フランの想いには答えてあげれない」
「じゃ、じゃあ、頑張る! こいしが私と同じ気持ちを抱いてくれるように頑張るからっ!」

 必死な様子で私にそう言う。目は潤んでいて今にも泣きそうだし、右手が不安を押さえ込むかのように胸の前で握られている。
 一途だなぁ。
 それで、この感情の向かう先が私じゃないそれも異性だったら素直に応援できてるだろうに。

「フラン! こいし!」

 突然、凛、とした声が勢いよく扉を開ける音共に響き渡る。

「レミリア?」
「お姉様?」

 入り口の前に立っていたのはレミリアと、レミリアに腕を掴まれて逃げようとしているこあだった。なんで?

「パチェの所に行くわよっ」

 そんなことを何の脈絡もなしに言われて私たちは首を傾げることしか出来なかった。





「……とりあえずこあから必要なことは聞き出してきたわ」

 向かい側に腰掛けながらパチュリーが今にも溜め息でもつきそうなうんざりした表情でそう言う。疲れのようなものも見える。

 その対面、というか私の座っている側には私、フラン、レミリアの順番で座っている。けど、等間隔には座ってない。フランが私に寄り添うように座っているのだ。
 なんとなく、うちのでっかい犬にじゃれつかれてる気分。あれほど、重くはないけどさ。

 ちなみに、パチュリーはさっきのさっきまでこあに対して尋問を行っていた。
 レミリア、パチュリーの言及によってフランのこの様子はこあの作った薬のせいだ、ということが判明してからパチュリーが奥の部屋へと連れて行ったのだ。それから、詳しいことを聞き出したらしいんだけど、どうやって聞き出したんだろうか。聞くのが何となく怖い。

「こあがフランに飲ませた薬は性差や種族差、しまいには家族かどうかさえもを気にしないように心に働きかける薬らしいわ」

 パチュリーがこあから聞き出したらしいことを話し始めた。

「えっと、どういうこと?」
「簡単に言うとどんな存在であれ好意的な感情を持つと恋愛感情につながりやすくなる、ということよ」

 じゃあ、フランのこの行動は私が男の子だったら起こりえたかもしれない行動なのか。ただ、それにしては積極的すぎやしないだろうか。
 感情が高ぶりすぎると直情径行になるのかな。恋愛感情って暴走しやすい感情だって聞くし。

「それって、私にもそういう感情を抱くようになる可能性があるってことよね。……全然、そんな兆候が見られないんだけど」
「フランがそれだけ一途だ、っていうことじゃないかしら? それか、レミィに見向き出来ないほどこいしのことが好きか、ね。私の予想では両者なんだけれど、貴女はどう思ってるのかしら?」
「前者はいいとして後者は納得がいかない」

 間にフランがいるから表情は見えないけど、不機嫌そうな顔をしてるのはなんとなくわかる。素直じゃないけど、感情は表に出やすいみたいだからね。そう言うところは姉妹っぽい。対照的なのに似た部分もある、っていうのが。

「納得いかない、ということは一応そうなのではないだろうか、とは思ってるのね。レミィを納得させるだけの言葉は揃えてるつもりだけど、聞いてみる?」
「いや、いい。納得したくなから」
「そう。……まあ、それよりも、今後どうするかね。私はこれから解除薬の調合に取り掛かるけどその間、貴女はどうするつもりかしら?」

 レミリアの方に向いてた紫色の瞳がこちらを捉える。
 どうするか、って言われても。

「フランはどうしたいの?」
「こいしがいればどこでもいいよっ。あっ、そうだ、こいしのお姉様に挨拶しとこうか。未来のお嫁さんです、って」
「……紅魔館の中でお話してようか」
「うんっ」

 そのまま抱き付かれた。ほんとに私といられればなんでもいいみたいだ。

 まあ、無理やりにでも会いに行こうって言われなくて良かった。今のフランをお姉ちゃんに見せたらどう思われるかわかんないしねぇ。

「じゃあ、お姉様も一緒に話しよっ!」

 と、すぐにフランが私から離れてレミリアの方を向いた。

「えっ、私も?」

 レミリアは驚いてるみたいだった。突然話を振られたからなのか、それとも内容に驚いたかはわかんないけど。

「うんっ。こいしもお姉様も会ったばっかりでお互いのことよく知らないでしょ? 私は私の大好きな人たちは皆仲良くなってほしいんだ」

 私の方からは見えないけど、多分、あの太陽みたいな笑顔を浮かべてるんだろうな、って思う。最近は顔を見なくても声色から大体どんな表情を浮かべてるか想像できるようになってる。

「まあ、フランがそう言うなら別にいいわよ」
「こいしもいいよね?」

 こっちを見て首を傾げる。顔が近いー、ってのはいいとして、レミリアとお話か。
 フランを連れ出した次の日は勝手に紅魔館の中に入ってもいいってのと、フランを館から連れ出してもいい、っていうのを一方的に告げられただけでまともにお話が出来てないんだよね。これはこれでいい機会なのかも。

「うん、いいよ。レミリアともお話してみたいと思ってたし」
「よかったっ。私の大好きな二人が仲良くしてくれたら、私も嬉しいよっ」

 嬉しそうな弾んだ声でそういって、フランは私とレミリアの手を取って重ね合わせた。レミリアになんだか微妙な表情を向けられた。
 私はとりあえず曖昧に笑っておいた。





 あの後、特に大きな出来事はなかった。

 解除薬を作る、というパチュリーを置いてフランのお部屋に戻った。そこで、フランの要望で私とレミリアとで挟むように座って、それぞれが手を繋いでいてあげていた。
 座っていたのはソファだった。もともとフランのお部屋にそんなものはなかったけど、咲夜が使っていない部屋からわざわざもって来てくれたのだ。

 一人で運べそうには見えなかったけど、まあ、咲夜なら何とかできるのかな、と無理やり納得。
 実際には時間と空間はうんぬんかんぬんなであれこれした、とか言ってたけど意味はよく分からなかった。

 とにもかくにもソファに座って三人でお話をしてた。といっても基本的にはレミリアとお話してる時間のほうが長かった。
 フランが私とレミリアにお話をさせようとするし、私自身もレミリアとお話をしたかったから必然的にそうなってしまったのだ。

 その時にわかったことが一つ。普段のレミリアはちゃんと相手の目をみて話そうとする、って事。
 間にフランを挟んでいてもレミリアの視線はしっかりと私の方に向いていた。
 ま、逆に言うと平静じゃなかったりするとすぐに視線を逸らす、ってことなんだけどね。私に紅魔館への出入りを許可してもらったときは一回も視線が噛み合わなかったし。

 フランはそんな私たちの間で本当に嬉しそうに笑っていた。幸せに満ち足りてる、っていう感じだった。私とレミリアがそれなりに雰囲気よく話せたのはそんなフランのお陰かもしれない。フランの笑顔には不思議な魅力があるのだ。

 そうやって時間を潰して私はそろそろ家に帰らないといけない時間になったんだけど……

「……こいし、帰っちゃやだ」

 帰るために立ち上がったところでフランに服の裾を掴まれた。
 振り払おうと思えば振り払えるくらい軽く掴まれてるんだけど、振り返って視界に入ってきたフランの顔を見てそんなこと出来るはずがなかった。

 一生の別れをしてしまうような、そんな表情でこっちを見てるのだ。このまま無理にでも帰る、と言えば泣き出してしまいそうだ。

 ただ、このまま帰らない、というのは紅魔館に泊まる、ということになる。一日でも帰らなかったらお姉ちゃんに心配をかけるだろうし、そもそも私はこの館に泊まってもいいんだろうか。

 どうすればいいのか困って、レミリアの方へと視線を向けてみる。

「フランが貴女に依存している、というのは気に入らないけれど、フランを泣かせたらただではすまさないわよ」

 これは、遠回しに泊まっても良い、って言われたのかな? やっぱり素直じゃないなぁ。

 むー……、まあ、事情は帰ってから話せばいいか。たぶん、お姉ちゃんならわかってくれるはず。ほら、昔は何日も帰らないことが何回かあったし。一日くらいなら。

「わかった。今日は泊まるよ」
「えっ、やった!」

 立ち上がってフランが抱きついてきた。どうやら、フランは感情が高ぶると思わず抱きついてしまうようだ。普段のフランがそういうことをするのかは知らないけど、とりあえず今のフランはそのようだ。

「でも、明日は帰らせてもらうよ。お姉ちゃんを心配させるわけにはいかないからね」
「……ぅん。じゃあ、今日は目一杯こいしと一緒にいるよっ」
「あははは……」

 とっても嬉しそうな声でそう言われて私はなんて答えてれば良いんだろ。よくわかんないから笑って誤魔化しておいた。

 ……それよりも、フランの背後から向けられるレミリアの視線がちょっと怖いんだけど。奪うつもりはない、と言いたいところだけど、勝手に外に連れ出したのも似たような行為だったから言うのがはばかられた。

 ……ちょっとは仲良くなれたような気がしたんだけど気のせいだったのかなぁ。





 食事も終え、お風呂に入り終わって、寝る時間となって当然のようにフランに一緒に寝ようと誘われた。
 断る理由もなかったから今は二人で一つのベッドに横になっている。

 ちなみに、寝巻きはパチュリーから借りたものだ。フランが貸してくれる、って言ったんだけど、私には着れそうじゃなかった。
 大きさは問題なかったんだけどねぇ。ネグリジェ、って言うんだっけ。あれは、流石に恥ずかしいよ。人前に出ないんだとしてもね。

 でも、フランは平気で着てる。育った環境の違いかなぁ。

「こいし、手、繋いでくれる?」
「うん、いいよ」

 横になって少しぼんやりしているとフランにそう言われた。
 私は、頷いてフランの手を握ってあげる。なんだか今日は一日中フランと手を繋いでいた様な気がする。
 夕食のときは流石に繋いでなかったけど、それ以外はお風呂に入ってるときも含めてずっと手を繋いでいた。

「えへへ〜」

 それなのに、私がフランの手を握ってあげると嬉しそうにそんな声を漏らす。
 横を向いてみるとフランが嬉しそうな笑顔を浮かべている。これだけのことで幸せを感じてくれる、って言うのはどうにもこちらに何とも言い難いこそばゆさを与えられる。

 嫌では、ないんだけどね。ただただ、落ち着かない。こういう感じは普段のフランからも与えられる。
 他人の好意にまだまだ慣れてないんだと思う。ここまで真っ直ぐに好意を向けられることって今までなかったから。

 ふと、視線を感じて意識を内から外へと向ける。

「ねえ、こいし、何か考え事してる?」

 フランが私をじっ、と見つめていた。薄暗くてもフランの瞳の紅がわかる。

「うん、ちょっとね。他人から好かれたときにはどうすればいいのかな、って」

 私を好きでいてくれているフランにそれを言うのはどうなんだろう。言ってからそんなこと考えても意味がないけど。

「こいしなら、一緒にいてくれるだけで嬉しいよ。……でも、だから、どこにも行ってほしくない」

 手にぎゅっと力が込められる。その言葉を行動で示すように。

 これは、普段のフランも抱いてるものなんだろうなぁ、って思う。帰ろうとする私を引き止めたり、悲しげな表情は浮かべないけど、私が来るたびに嬉しそうに笑ってくれるのだ。
 それだけ、私が傍にいてくれるのが嬉しいんだろう。

「どこにも行かない、っていうのは無理だけど、いられるだけ一緒にいてあげるよ」

 フランの笑顔は私が守る、って決めたからね。フランが望むって言うならやれることはやる。無理ならレミリアに頼むしかないかな? レミリアもきっと私と同じことを思ってるだろうから。

「うん、ありがと」

 少し安心したように笑う。
 いつでも一緒にいてあげる、って言ってればもっと綺麗な笑顔を浮かべてたんだろうけど、嘘をつくわけにはいかないからねえ。

 フランと一緒にいたい、という想いがあると同時に、地霊殿に帰りたい、という想いもあるのだ。
 それに、レミリアからフランを取るのも悪い。今の状況がそれに近いような気もしないけど。

「……ねえ、こいし、明日も私の傍にいてくれるよね?」
「? 明日の夕方ごろには帰るつもりだけど、それまでは一緒にいてあげるつもりだよ?」
「そっか、うん。よかった……。じゃあ、こいし、おやすみっ」
「え? あ、うん。おやすみ」

 なんだかよく分からなかったけど、フランが眠ってしまったのでどういうことなのか聞くことが出来なかった。

「すー、すー……」

 ていうか、もう寝息が聞こえてきた。
 早いなぁ。

 フランは完全に安心しきったような穏やかな寝顔を浮かべている。あれだけ、気持ちよさそうに寝られれば目覚めもよさそうだ。

 さてと、私も寝ようかな。

 右手の温かく柔らかな感触を優しく握り返しながら私は目を閉じた。





 自分の上に誰かがいる気配を感じて私は目を覚ました。

「あ、起きた。おはよう! こいし!」

 目の前には笑顔のフランの顔があった。

「うん……おはよ……」

 無意識に挨拶を返す。

 えー、っと、なんで私はなんでこんな所にいるんだっけ……。あ、そうそう、フランに引き止められて泊まることになったんだった。

 寝惚けた頭でそこまで思い出す。
 起きてすぐに顔があるっていうのは初めてだからなんとなく戸惑う。

 ……いや、というかなんでフランは私の上に覆い被さってるの? 起きてからずっと私の顔を眺めてたんだろうか。そんなに面白い顔でもない、という、の……に……?

 突然、瞼を閉じたフランの顔が急接近してきたかと思ったら唇に、何か柔らかいものが触れた。
 こ、これって、まさか……

「おはようのキス。……生まれて初めてのキスはこいしになっちゃった」

 やっぱり! いや、それ以外に何があるんだって話になるけど!

「あれ? どうしたの、こいし?」

 フランが私の顔を見て首を傾げる。
 対して私は、っていうとフランの顔を見て頭をフル回転で空回りさせていた。

 私まだ準備できてなかったのに! いやいや、なんの準備だって言うんだ。そもそも女の子同士でやるものでもないし!

「でも、よかった。お姉様が今まで一緒に寝てくれなかったから一度もやる機会がなかったけど、そのおかげでこいしが私の初めてのキス相手になったよ。確か、初めてのキスって特別な意味があるんだよね?」
「ん?……う、うん」

 はい、ちょっと私の頭の空回りストップ!
 今まで一緒に寝てくれなかったから一度もやる機会がなかった、って言ったよね? もしかして、私と同じ事をレミリアにもするつもりだったのかな?
 そして、今まで、ということは小悪魔に妙な薬を飲まされる前からそうしようと考えていた、ということだ。

 もともとそういう気質があったのか、それとも単なる勘違いなのか。出来れば後者がいいなぁ。前者だとこれからどう接すれば良いのかわかんなくなりそうだし。

「フラン」
「ん、なに?」
「フランにとって、キス、ってどういうもの?」
「好きな人に自分の好き、っていう気持ちを伝えるためのものだよね? ……もしかして、間違ってる? ……私、こういうことって本でしか学んだことがないから、よくわかんないんだ」

 不安そうな瞳で見られても困る。フランの言う好きがどの好きだかわかんないし。
 ま、相対的な説明が駄目なら、絶対的な説明をすればいいか。こーいうことを口に出して喋るのはちょっと恥ずかしいけど。

「フランがどういう好き、を言ってるのかはわかんないけど、そーいうキスは家族としてでもない、友達としてでもない、たった一人の特別な存在にだけしてあげる行為なんだよ」

 ちょっとだけ頬が火照ってくるのがわかる。むぅ、無意識に任せればよかった。

「あ、そうだったんだ。よかった……」
「よかった、って何が?」
「私にとってこいしもお姉様も特別な存在だけど一人だけ、ってなるとこいしだけだから」

 にへ〜、ととろけきったような笑顔を浮かべた。幸せに酔ってるみたいだな、と思った。

 というか、薬の影響のせいで勘違いしてたんだかしてなかったんだか判断が出来なくなってた。とりあえず、これで好きな人に無差別にキスはしなくなったと思うけど、私にそれが向かってくるのは変わらないんだよねぇ。

「ねっ、こいし。もう一回キスしてもいいっ?」
「……私がフランに寄せてる好意は友達としてだから無理かなぁ」

 次にフランがどんな表情を浮かべるのか想像が出来る分、そう言うのは辛い。でも、だからといってそう易々と受け入れられるような事でもない。

「あっ……、そっか。こいしはそうなんだよね……」

 フランが悲痛な表情を浮かべる。

 ううっ、なんだかとてつもない罪悪感が。その表情は卑怯すぎる。
 薬のせいで妙な事になってるとはいえフランの言ってることは全部本音、なんだよね。だから、フランの表情に嘘は何一つとしてない。

「……どうしたら、こいしは私と同じ気持ちを抱いてくれるの?」

 こあが作った薬を飲んだら、って答えたら一直線に図書館の方に向かっていきそうな気がしたから黙っておいた。無駄な火種は蒔かないようにしないと。
 代わりに毒にも薬にもならない無難な答えを返す。

「そんなの私にはわかんないよ。心がどう変わっていくかなんて誰にもわかりっこないんだからさ」

 そう、心を読むことの出来るお姉ちゃんでさえどう変わっていくかがわからないのだ。無意識状態の人間が何をしでかすかわからないように。

「……じゃあ、私が頑張るしかないのかな」
「まあ、そういうことになるのかな」

 私の方からそーいうふうに変わっていくことはないと思うし。……というか、なんで私はフランの後押しをしてしまってるんだろうか。

 そんなことを考えてたら再びフランの顔が急接近。

「じゃあ、私がこいしのことを好きだって想う気持ちを見せ付けてあげる。そうしたら、少しは私と同じ気持ちを抱いてくれる?」

 ……二度目の不意打ちキスに再び思考が停止。フランが綺麗過ぎる笑顔をこちらに向けている。これから、何度こういうことがあるんだろうか。
 助けて、パチュリー!





 とりあえず、あの後、私は逃げるように起き上がって、フランに着替えよう、と言った。

 服は咲夜が洗濯をしてくれたみたいで、綺麗に折りたたまれた私の服が部屋の隅に置いてあった。時間操作を使ったみたいで昨日の夜洗ったはずなのに全く濡れていなかった。ほんと便利だなぁ、時間操作。

 そして、寝巻きから着替え終わった私たちが向かったのは紅魔館の食堂だ。

「おはようございます、フランドール様、こいし」

 食堂に入ったところで咲夜が私たちに向けて丁寧にそう言う。

「おはよっ、咲夜」
「おはよう、咲夜」

 フランは元気に、私は、まあ普通に挨拶を返した。

「お姉様! おはよっ!」

 そして、フランはレミリアの方へと駆け寄っていった。朝から元気だなぁ。

「こいし、朝から疲れてるみたいね」

 元気なフランの姿をしみじみと眺めていたら咲夜がそう声をかけてきた。淡々としていて心配してくれてるんだか事務的に話しかけてきているのかわからない。

「まあ、色々とね」

 うん、そう、朝から色々とありすぎた。いや、一つしかなかったんだけどさ!
 ……あんまり気にしすぎると切りが無さそうだから、色々あったことにして気にしないようにした。

「ふーん? 何があったのか聞かない方がいいかしら?」
「うん、出来れば」
「そう、わかったわ」

 あっさりと頷いてくれた。興味がないだけなのかもしれないけど。

「……なっ!?」

 突然、レミリアの驚愕に満ちた声が聞こえて来た。私と咲夜は同時に同じ方を向く。すなわち、レミリアの方へと。

 声と同様に驚きに表情が支配されているレミリア。その隣には嬉しそうな表情を浮かべるフラン。そして、何となく嫌な予感。

「こいしにキスしたってどういうことよっ!」

 レミリアがフランへと詰め寄っている。フランはレミリアの行動に驚いてるみたいだ。臆病なフランが突然、詰め寄られたりしたらびっくりするよねぇ。

 まあ、問題はそこじゃなくて……。

「ど、どう、って、そのままの、意味だけど。……お姉様、怒ってるの?」
「ああ、フラン、別に怒ってはいないわ。ごめんなさい、驚かせてしまったみたいね。……少し、落ち着かせてもらえるかしら」
「え? うん」

 フランの驚いてる顔を見てレミリアは平静を取り戻したようだ。
 よし、面倒なことにならないうちに席に座っとこう、っと。

「咲夜、私は『隠れて』朝ごはんを食べるから誰かが私のことを聞いても言わないでね」

 咲夜には私がどんな力を持っているのか、っていうのは教えてある。ぼかして言ってるのはそっちの方が楽だから。私の力って説明するのが面倒くさいからねぇ。

「ええ、わかったわ。それと、貴女の席はフランお嬢様の隣の席よ」
「うん、ありがと」

 そう言いながら私はフランの隣の席へと腰掛ける。フランもレミリアも私には気付いていない。
 今のうちに食べておこう、っと。いただきまーす。

「……フラン、もう一度聞くわ。こいしにキスをしたって本当?」
「う、うん。……もしかして、お姉様もしてほしいの?」
「ち、違う! そういうことじゃなくて、ね?」

 レミリアが顔を真っ赤にしながらそう言っている。他の誰かに同じ事を言われたんなら例え動揺したとしても誤魔化すんだろうけど、フラン相手にだけは違うんだと思う。やっぱりレミリアにとってフランは大切で特別な存在なんだなぁ、ってお野菜のスープを飲みながら思う。
 あ、これ、美味しい。

「あ、よかった。キスって、たった一人の特別な存在にしかしちゃダメなんだよね。お姉様がしてほしいって言ったらどうしようかと思ったよ」
「たった一人の特別な存在? 私じゃなくて、こいしが?」
「……ごめんなさい、お姉様。でも、どちらかを選べ、って言われたら私はこいししか選べないから」
「何故、何故なのっ? フラン、フランっ!」

 呆然。えーっと、何なんだろこの状況。
 咲夜のほうに視線を向けてみると肩を竦められてしまった。

「こいしっ! って、あら? こいしがいないわね」
「あっ、ほんとだ。どこに行ったんだろ」

 フランとレミリアがきょろきょろと周りを見回す。けど、私の力で無意識にこちらに向かせないようにする。

「咲夜、こいしがどこに行ったか知らないかしら?」
「フランお嬢様のお隣にいますわ」

 って、裏切られたっ!

「あ、ほんとだ! いつの間にいたの?」

 咲夜の言葉によって二人の視線が私の方に向いた。流石にはっきりとこちらを捉えた視線までは誤魔化せない。

「咲夜! どういうことっ?」
「私はお嬢様方の従者だからお二人の言葉にはどうしても従わないといけないのよ」

 そうだった。咲夜はもともとフランとレミリアの側だ。あまりにもあっさりと頷くからそのことを失念していた。

「こいし! 貴女にフランのことは任せるとは言ったけれどそんなことをするようには頼んでないわよ!」
「いやいや、私のせいじゃないよっ」
「貴女がフランに気に入られるからいけないのよ!」

 うーあー、暴走しすぎてて何を言っても無駄なような気しかしない。
 これが、姉馬鹿の力か。私のお姉ちゃんはどうなんだろ。

「お姉様っ! お姉様でもこいしに手を出すのは許さないよ!」

 フランがレミリアの前に立ち塞がる。

「フラン、私は認めないわよ! 貴女がこいしといることなんて!」

 レミリア、フランがこあに妙な薬を飲まされたこと忘れてるのかなぁ。

「いいよ、別に! お姉様が認めてくれないんならここから出てくから!」

 そう言ってフランが私の手を掴む。そのまま扉の方まで引っ張られてしまう。
 あぁ、まだごはん食べ終わってないのにっ!


「……朝っぱらから騒々しいわねぇ。で、貴方たちは駆け落ちでもする気かしら?」


 フランが扉を開けようとしたところにちょうどパチュリーが入ってきた。その手には液体の入った瓶がある。

「パチュリー、もしかしてそれ!」
「ええ、フランが飲まされた薬の解除薬よ。咲夜、紅茶にこれと砂糖をたくさん混ぜてフランに飲ませてあげてくれないかしら?」

 パチュリーが薬の入った瓶を咲夜に手渡す。

「紅茶にですか?」
「そ。それだけだと苦くてフランは飲めないでしょうから」
「わかりました」

 咲夜が頷くとその直後には右手に紅茶の入ったカップが現れ、瓶の中身は空となっていた。
 やろうと思えば一瞬の間に用意できるんだ。今までわざわざ時間を置いてたのは演出の為かな? まあ、今の状況なら演出なんてしてる暇なんてないだろうから。

 何故なら、

「こいし、何で止めるの!」
「フランに元に戻ってほしいからだよ!」

 私が逃げようとしているフランを止めているからだ。ただ、明らかに力負けしていてどんどん食堂から離れていく。

「フラン止まって!」
「何で、何でっ? 私はこの気持ちを失いたくない!」

 フランが悲痛な声をあげる。
 ああ、そうか。フランは怯えてるのか。私への気持ちが消えてしまうことを。

「……フラン。大丈夫だよ」
「何が、大丈夫なのっ?」

 容易く私の言葉で立ち止まってくれた。今にも泣き出しそうな顔をしている。こういうときにはどんな感じに話しかければ良いのかわからない。昔の私は泣くような事なんてなかったからお姉ちゃんがどうやってたかも参考にすることが出来ない。
 今ここで、即興に考え出すしかない。

「私はフランの恋人とかにはなれないけど、一番のお友達にはなってあげれる。それで、フランを色んな場所に連れて行ってあげるよ。それじゃ、ダメかな?」
「ダメじゃない、ダメじゃない、けど……」

 フランが胸の前でぎゅっ、と拳を握り締める。俯いてる顔には少し辛そうな色が見える。
 
 気持ちの方が納得してくれない、か。感情を持ってるならどうしてもそういうことがあるんだろうねぇ。薬によって無理やり考え方を変えさせられたならなおさら。

「…………ねえ、こいし。『私』の最期のお願い、聞いてくれるかな?」

 何かを覚悟して放たれた言葉。まるで、死に別れるみたいな言い方だった。でも、考えてみればそうか。パチュリーの作ってくれた薬を飲めば一つの感情がなかったことになってしまうのだから。

 だったら、『彼女』の最期の願いを聞き入れてあげようじゃないか。

「うん、いいよ。何をしてあげればいいのかな?」
「キス、して……」

 ……そうなっちゃうのかぁ。でも、『彼女』は朝からそれを望んでたんだよね。最期にそれを願ってしまうくらいに。

 聞き入れる、と決めたんだ。腹をくくってやるしかない。

「……フラン」
「うん」

 名前を呼んで顔をゆっくりと近づける。フランは既に目を閉じて待っている。

 うーあー、やる方はかなり恥ずかしい! しかも、後ろから強烈な視線を感じるし! 何か視線だけで刺し殺されそうだよ!

 私は無理やり心を落ち着かせる。無意識は使わないようにする。だって、使ったらフランに失礼だから。

 ……よし、いける!
 自分にそう言い聞かせてフランとの顔の距離を零にした。

 そして―――

「……えへへ〜。ありがと。こいし」

 本日三度目のキスを終えて、顔を離すと笑顔のフランの顔が映った。あ……、よく見てみると目尻に涙が浮かんでる。

「あ……」

 フランの涙を拭ってあげる。フランに涙なんて似合わない。だから、笑顔のために私がちゃんと護ってあげるんだ。

「泣くな、とは言わないけどさ。笑顔の方が良いと思うよ」
「……うんっ」

 一切の曇りのない笑顔を浮かべる。これで、大丈夫、かな? 後ろから妙な雰囲気は感じ取るけど気にしない。

「フランお嬢様、お薬をどうぞ」

 いつの間にか隣に立っていた咲夜がフランにカップを手渡す。あれをフランが飲んだら、私に恋をしてるフランともお別れだね。
 一緒にいる間は大変だったけど、こうして別れが近づくとちょっと感傷に浸ってしまう。最後の最後にこれが『死別』だと気付かされたからかな。

「ばいばい、こいし」
「うん、ばいばい」

 私の言葉を聞いてフランは紅茶を一気に飲み干した。

 見かけに変化はない。だって、フランに起きていたのは心の異変なのだから。

「……フラン、どう?」
「たぶん、戻った、かな?」

 よく分からないらしく首を傾げて、それからじぃ、っと私の顔を見つめる。昨日のような熱っぽさはそこにはない。

「うん、大丈夫。こいしの顔を見つめててもなんともないよ」
「そっか、よかった」

 ほっと一安心。

「あの、こいし、ごめんね。いろいろ迷惑かけちゃって」
「フランは気にしなくても良いよ。悪いのはこあだし」

 今度からこあが出したものには不用意に手を出さないようにしないと。何を盛られるかわからない。

「でも、私のわがままでこいしを引っ張り回してたのはほんとの事だし……」

 フランは顔を俯かせてしゅん、としてしまう。臆病な上に優しいから、自分のやったことをかなり気にしちゃうんだろうなぁ。
 本当に気にしなくても良いのに。って言っても無駄だろうし―――

「フラン、そんなことよりも朝ごはんにしよう! お腹すいてるでしょ?」
「え? うん」

 私の突然の言葉に目を白黒させている。気にさせない為には別のことをさせるのが一番だ。それに、こうして行動することで私が気にしてない、って態度で伝えることも出来るし。

 フランの手を引いて、食堂の方に戻ろうとして、レミリアと目があった。うあ、なんかすごい形相なんだけど。
 フランの手が震えていて、怯えているのが伝わってくる。逃げても良いかな。

 知らぬ間に一歩後ずさっていた。

「レミィ、二人とも怯えてるわよ」

 私たちが足を止めているとパチュリーがレミリアに声をかけた。真っ直ぐと私たちの方に向けられていた視線が逸らされる。

「ええ、そうね。捕食者たるもの、殺気はうまく隠さないといけないわね」

 なんか恐ろしいこと言ってるよ!

「レミィ、殺意を向けるならこあにしておきなさい。あの子たちは何にも悪くないでしょう?」
「けど、けどっ、パチェ。あいつはフランにキスをしたのよ!」
「……可愛い可愛いレミィ。嫉妬狂いの貴女には私のキスが必要かしら?」

 パチュリーがレミリアへと顔を近づけてそう言った。小さい声のはずなんだけど、誰も喋っていないからこっちまで声が聞こえてきた。
 というか、聞いてるこっちが恥ずかしい。

「んな、なにをっ!?」

 レミリアが顔を真っ赤にしてパチュリーから離れようとした。その声はちょっと裏返っていた。

「レミィを落ち着かせるための冗談。どう、落ち着いた?」
「そんなわけないでしょう!」

 胸の辺りに手を当てて深呼吸をしている。相変わらず顔は赤いままだ。

「二人、というか、こいし、もう大丈夫よ。レミィが貴女に手を出すことはないわ。まあ、もし出そうとしたとしても私が止めるけど。ね、可愛い可愛いレミィ?」
「可愛いって言うなっ!」

 あ、怒った。でも、赤く染まった顔のせいで全然怖くない。
 気が付けばフランの手の震えも収まってた。
 パチュリーがいれば大丈夫かな。流石、親友。レミリアはフランだけじゃなくてパチュリーにも弱いのか。

「フラン、席に戻ろうか」
「うん」

 騒がしい(主にレミリアが)に向かって私たち手を繋いだままは歩き出したのだった。

 うん、これくらいの距離がちょうど良いよね。


◇Flan's Side

 朝食が終わった後、こいしにはすぐに帰ってもらった。こいしのお姉様に心配をかけさせたくなかったし、何よりもこいしがそうしたいんじゃないだろうか、って思ってたから。
 私なら多分、一日でも家に帰らなかったらお姉様のことが気になる。きっとこいしだってそうなんだと思う。

 こいしを紅魔館から送り出して私は部屋に一人でいた。お姉様が私に何かを言いたそうにしていたけど、逃げるように戻ってきた。
 何を言われるかはわからなかったけど、何に関して聞かれるのかはわかったから。

 きっと、聞かれるのはこいしとキスをしたこと。

 ……なんであんなことしちゃったのかな、私。こあの薬のせいだけどさ。うん、よし、これからはこあの言うことは聞かないようにしよ。

 でも、よくよく考えてみれば私、勘違いしてたんだよね。だから、もしかしたら、薬を飲まなくてもこいしかお姉様に同じ事をしていたってことだ。
 たぶんその状態で同じ事をして、こいしがしてくれたのと同じような説明をされたら恥ずかしさのあまり一週間は引きこもってたと思う。薬のせいだ、と思ってるおかげで今はさほど恥ずかしさはない。
 そういう意味だとこあの薬には感謝してもいいのかなぁ。許すつもりは全くないけど。

 それと、実際にキスをしてみて気付いたことが一つ。あれは、あまりにも近すぎる。
 こいしが私を外に連れ出してくれた時とか昨日、寝る前にこいしがそうしてくれたように手を繋いでいてくれるほうが落ち着ける。

 たぶん、それくらいが私たちにとってちょうどいい距離なのかも。


Fin



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