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 今日も今日とて無意識に身を任せてお散歩中。
 あっちにふらふら、こっちにふらふら。何の当て所もなく彷徨い続ける。

 けど、そんな私にもお気に入りな場所があって、お散歩の初めには無意識にそこに行くことを望んでしまう。

 私のお気に入りの場所。それは、とある高台。そこからは、ここ、幻想郷の風景が一望できる。

 端っこの方に立つと少し強い風が私を押し返そうとする。油断しているとお気に入りの黒帽子が飛んでいってしまいそうだ。そんなことにならないように片手で押さえながらその景色を眺める。

 人間の住んでる家がたくさん集まっている人里。
 鬱蒼と木が生い茂る広い森。
 真っ直ぐに伸びた竹が数え切れないほど生える竹林。
 所々から煙を立ち上らせている山。
 そして、その麓にあるいつも霧に覆われた大きな湖。

 行ったことのある場所もあれば行ったことのない場所もある。無意識に任せてるから何処に行くのか私自身にもわからないのだ。

 さてさて、今日は何処に行くことになるのかな?

 そう思いながら、私は無意識へと身を委ねた。





 私が立っていたのは、紅い紅い館の前だった。

 初めて来る場所だ。
 どの辺りなんだろうか、ときょろきょろと視線を動かして何か見知ったものがないか探してみる。

 そして、背後に霧に覆われた湖があるのをみつけた。どうやら、ここは私がいつも眺めている場所から見える湖の向こう側のようだ。いつも霧に覆われてるからこんな建物があるのなんて見えなかった。

 私は再び館の方へと視線を向けてみる。

 壁も屋根も陽の光を遮るカーテンも何もかもが紅い館だ。それは、異常とも言える様な姿のはずなのに私はその姿に目を奪われる。
 色は異常だけど、館そのものの形は美しいと言えるからこそだろう。この館は危ういバランスでその美しさを保っているんだと思う。

 そして、門の前には門番らしき人。あの位置に立ってて門番じゃなかったら単なる不審人物だけど。
 でも、寝てるしなぁ。実は他人の門の前で寝る変な人なのかも。

 緑の帽子に赤の髪が映えている。起きているときはどうなのか知らないけど、眠っているその人の顔は緩みきっている。
 私の力を使うまでもなく横を素通りすることが出来そうだ。ほんと、何の為に立ってるんだろうか。

 でも、今の私は無意識お散歩中。気付かれる気付かれないに関係なく私は私の無意識に流されていく。

 館の中の探索は無意識に任せてしまおう。面白そうなものがあれば、またこうして自らの意識で動けるようになるはずだ。

 私は一歩館のほうに踏み出して―――





 ―――気が付けば、扉の前に立っていた。

 十分な光が取り入れられていないようで薄暗い。壁に置かれた蝋燭が消えてしまえば、すぐにでも闇の中に取り込まれてしまいそうだ。
 けど、よくよく光の当たり具合を見てみると光源は蝋燭の火だけではない。

 背後を振り返ってみるとそこには階段があった。上のほうから微かに光が零れてきている。どうやらここは地下のようだ。

 階段を上る、という選択肢はありえない。折角ここまで来たのに引き返してしまっては意味がない。

 だから、くるり、と反転して扉の方に向き直る。

 ノックをしようかな、と思ったけどやめておいた。誰もいなかったらちょっと寂しい。もし、誰かいたら、誰かいたらで気にしない。いつものように話し相手になってもらおう。

 最近は誰かと話をするのも楽しくなってきた。『覚り』の力を封じてるからかな?
 ま、今はそんな事どうでもいいか。

 そう思いながら私は一切の躊躇なしに扉を開いた。

「……え?」

 そして聞こえてきたのは驚きの混じった澄んだ綺麗な声だった。

 部屋の中央。ティーカップの置かれたテーブルの前に紅い服を着た金髪サイドテールの女の子が座っていた。背中からは七色の宝石をたらしたような羽が生えている。どうやら、人間ではないようだ。

 女の子は、驚いたようにして私の方を見ている。

 私は女の子の方へと一歩踏み出す。すると、女の子が微かに身体を震わせた。怯えてるのかなぁ。

「あ、貴女、は……?」

 私へ問い掛けるその言葉はやっぱり少し震えていた。やっぱり怯えてるみたいだ。
 うーん、珍しい。今までこの無意識お散歩中に誰かに驚かれたことはあれど、怯えられたことはない。

 ま、何にしろ出会ったならすべきことがあるよね。それに、この子にも聞かれていることだし。

「私は、こいし。あなたは?」

 とっても簡単な自己紹介。これ以上のことはこれから教えていけばいい。話のタネは出来るだけ残しておかないとね。

「わ、私は、フランドール……」

 名前を告げるその声も震えていてやっぱり私に怯えているみたいだった。私が怖いのか、それとも他人が怖いのか……。
 何となくだけど、昔の私を思い出す。いや、あの頃の私のほうが酷かったか。何も見ようとしてなかったんだし。

 今はそんなことはどうでもいいことだ。

「フランドール、かぁ……。ねえ、長いからフラン、って呼んでもいい?」

 私は最初っから愛称で呼ぶことを求めてみる。
 馴れ馴れしい? それが、私の他人との接し方だ。決して、長い名前を口にするのが面倒くさいわけではない。

「別に、いいけど。……こいし、は何でここに?」
「フランと友達になる為……っていうのは建前で、こう、ふらふら〜、っと歩いてたらここに着いたんだ」
「え? 美鈴は?」

 私の言葉に驚いたようにフランは紅い目を見開く。

「美鈴?」

 私は私で聞きなれない言葉に首を傾げる。

 美鈴。誰かの名前なんだろうけど、私の記憶の中にそういう名前の人間も妖怪も居ない。

 フランがああいうふうに言うってことは絶対に目に入るような場所にいる、って事だよね。
 ……あ、もしかして、あの門の前に立ってた門番さんのことかな。

「門の前に緑色の中華服を着た妖怪が立ってなかった?」

 やっぱり、あの門番さんのことだった。

「寝てたよ」
「……やっぱり。また、咲夜に怒られちゃうよ」

 フランがその門番さんへと向けて言うように独り言を漏らす。というか、あの門番さんは居眠りの常習犯なのか。それだけここが平和だ、ということかな?
 そうかもしれない。幻想郷の色んな場所を歩いてきたけど、今のところ物々しい雰囲気のした場所って妖怪の山くらいしかなかった。

「まあ、私の力を持ってすれば起きていようとも無関係だけどね」
「え、そうなの?」

 お、興味を持ってくれた。どうやら、怯えとか警戒心とかは薄れてきているようだ。流石私のマイペース。

「うん。私は自分とか他人とかの無意識を操ることが出来るんだ。その力を使えば私を意識から追い出すように無意識を操って私を認識させないように出来るんだよ」
「じゃあ、それで色んな所に行ってきたんだ」
「そうだねー。面白い場所もいっぱいあったよ。一番のお勧めの場所は幻想郷を一望できる高台かな」
「へぇ……、そうなんだ」

 興味深そうな声を漏らす。もしかしたら、私と同じでお散歩愛好家なのかもしれない。一切の意識を排除して完全に無作為に歩いていて愛好家、っていうのもなんだけど。

「ねえ、フランのお勧めの場所って何処かない?」
「えっと……」

 そのまま、フランは黙ってしまう。考えているのとは違う。言葉に詰まってしまっているような、そんな感じ。

「どうしたの?」

 実は逆にお散歩が大嫌いで外の話をするのも嫌なんだろうか。でも、私が自分のお気に入りの場所を話した時は興味深そうだったし……。

「……私、一回も外に出たことがないんだ」

 あー、そういうことか。

「じゃあ、今から一緒に行こうよ。もし、誰かに出るな、って言われてるんなら私の力で連れ出してあげる」
「ううん、行かない……」

 俯いて首を小さく左右に振る。意外な言葉に当然疑問が浮かび上がってくる。

「なんで、楽しいよ? ほら、行こう?」

 私は座ったままのフランの手を取る。閉じこもっていたっていいことなんて何一つない。
 だから、私がフランを連れ出してあげるしかない。

「え、ちょっと、こいし、待って!」

 フランの手を引く。フランはそのまま立ち上がる。
 フランが私を止めようとするけど、私は止まらない。止まるつもりなんてない。

 一歩、二歩と進んで扉の前まで来て、後一歩。

 けど、

「やめてっ!」

 叫びにも似た声と同時に私の足元が突然崩れる。一瞬、奈落の底へと落ちていくんじゃないだろうかと錯覚する。
 けど、実際にはそんな事なくて体勢を崩すだけだった。その時にフランの手を放してしまう。

 そのまま私は転んで床に鼻の頭をぶつけてしまった。痛い……。
 思わず鼻を押さえてその場に蹲ってしまう。

 その時に、背後から扉を閉める音と鍵を掛ける音とが響いた。私とフランとの空間が完全に遮断される。
 どうやら私はフランに拒絶されてしまったようだ。

 これは失敗、しちゃったかなぁ……。

 鼻の痛みが引いてきたところで私は床の上に膝を抱えて座る。石造りだからスカート越しに冷たく硬い感触が伝わってくる。

 私はぼんやりと固く閉ざされた扉を眺める。
 やっぱりそこから伝わってくるのは拒絶の意思。私がどれだけ中にいるフランに声をかけようとも答えてはくれないだろう。

 ……やっぱり、誰かに拒絶をされるというのはとても、辛い。
 この辛さが嫌だから私は第三の目を閉ざして、誰とも関わろうとしてなかった。

 ただ、今回は昔と違うところがある。それは、拒絶の原因が私の自業自得であることだ。
 あの時はどうしようもない理由で拒絶されていたけど、今回は完全に私が悪かった。

 嫌がってるのにそれを無理やり引っ張るなんて最悪だよね。

 ……でも、何だか放っておけなかったのだ。
 昔の私をそこに投影してしまうから。

 ずっとずっと引きこもってしまっていては停滞しているだけで進むことなんてありえない。そんなのはあまりにもつまらない。
 だから、私はフランにも外の世界を知って欲しい。

 ……でも、もう駄目みたいだ。私はフランに拒絶されてしまった。だから、多分私はもうフランと関わることは出来ない。

「……はぁ」

 考えなしに動く自分に少し嫌気が差した。けど、後悔したところでもう遅い。後悔先に立たず、だ。

 ……帰ろう。
 そう思って、私は立ち上がる。その際に、黒帽子も拾い上げて被り直す。

 階段を上りながら、私は何度も後ろを振り返っていた。





「……あれ?」

 私は頓狂な声を漏らしてしまう。その声に反応するように腕の中からは一匹の猫の鳴き声。

 フランのお部屋を訪れたその翌日。私は今日もまた無意識お散歩をしていた。
 今日は、お供に白猫の鈴鹿を連れてきてみた。
 気紛れでこうしてペットの誰かをお散歩に連れ回すこともあるのだ。

 フランのことはどうしようもない、と思いながら始めた今日のお散歩だが、やっぱり忘れ切れなかったようだ。

 気が付けば私はフランの部屋の前に来ていた。
 扉は閉じられている。鍵は、どうだか知らない。

 確認するためにノブを握って回してみた。けど、フランの拒絶の意思を反映したかのように扉はびくともしなかった。

「フラン! 聞こえるっ? 昨日は無理やり連れ出そうとしたりしてごめんね!」

 扉の内側へと声をかけてみる。反応は、ない。
 でも、ここまで来たら引き返すつもりはない。無意識お散歩の極意。それは、退かないことにあるのだから。

 運のいいことにこの扉は外側からも鍵の開け閉めが出来るようだ。ということは、この館の中を探せばどこかに鍵があるかもしれない。

 無理やりフランの部屋に入ることに抵抗はない。昨日だって、あのままお話をし続けてたらフランは私のことを受け入れてくれそうな雰囲気があった。それは、今でも変わんないだろうって思う。
 昨日の私の失敗のせいで、それは難しくなってるだろうけど気にはしない。偶然だけど、今日はペットを連れてきている。

 お姉ちゃんが昔の私に使っていた方法だけどペット、というのは心を開かせるのに大きな力を持ってると思う。実際に私がそれを感じたんだから間違いはないはずだ。

 だから、フランにこの子を見せてあげよう。それで、また、私のことを受け入れてくれるようになったら、今度はゆっくりとフランを説得しよう。
 その為には、まずはこの部屋の鍵を見つけてこないとね。

 私は進むために踵を返して、長い長い階段を上り始めた。





 さてと、鍵を探すのはいいけど何処から探したものか。
 適当にぶらついてみたんだけど、外見以上の広さがあるような気がする。
 これを虱潰しにするとなれば随分と骨が折れそうだ。くたびれ儲けにならなければいいけど。

「やれやれ」

 自分で蒔いた種とはいえ随分と面倒くさいものを蒔いてしまったものだ。私に同情してるのかそれとも単に退屈なのか私に抱かれている鈴鹿が小さく鳴き声をあげる。

「こういうときは誰か聞くのが一番なんだろうけど……」

 鈴鹿の頭を撫でながら廊下に目をやる。けど、何処までも続いていそうな廊下が見えるだけで、

「だぁれもいないんだよねぇ……」

 そう、館の広さと中にいる人の数が釣り合っていないみたいで今のところ誰ともすれ違っていない。
 一般的な侵入者にとってみればかなり都合のいいことなんだろうけど、私にとっては都合なんて全くよくなかった。

 なんだってこんなにも無駄に広いところに住んでるんだろ。
 いや、私のおうちも他人のことは言えないけどさ。でも、あれは、火焔地獄に蓋をする役目もあるから一応意味はある。
 けど、この館の異次元的広さに意味なんてあるんだろうか? ああ、侵入者を迷わせるのには役立ってるか。

 なんて考え事をしながら歩いてたけどやっぱり誰ともすれ違わなかった。実はフランはこの館で美鈴と二人暮らし……なんてありえないよねぇ。

「あ」

 階段を上がりきったところで人の背中を見つけた。

 髪は銀髪で頭には白いカチューシャが乗せられている。背中に白い大きなリボンが付いてて腰の動きにあわせて揺れている。鈴鹿もそれに合わせて首と尻尾を揺らしてる。

 エプロンドレスを着ていることから察するにここの家政婦さんか何かなんだと思う。
 さすが広い家は違うねぇ。

 ちなみに、うちの場合はペットたちに任せてる。といっても複雑なことは出来ないからお姉ちゃんがやってることが多いけど。

 っと、早く声をかけないと見失っちゃうかも。

「すみませーん!」

 駆け寄って声をかける。私の声は静かな廊下に予想以上に大きく響いた。気付かれたくて声を出したから何の問題もないんだけど。

「ん?」

 家政婦さんが振り向き青色の瞳が私を捉える。そこには不審の色が浮かんでいる。けど、それは私の力で押さえ込む。
 そして、私の質問に何の疑問も抱くことなく答えてくれるように無意識を操る。

「フランのお部屋の鍵って何処に置いてあるの?」
「レミリアお嬢様の部屋にマスターキーが置いてあるわよ。でも、そんな事聞いて―――」
「そのレミリアお嬢様って言うののお部屋はっ?」
「食堂を出て右に曲がって進んだら一際豪奢な扉があると思うけどそこがお嬢様のお部屋よ。貴女―――」
「あ、ありがとっ! お仕事頑張ってね!」
「え? ええ……。あ、ちょっと!」

 聞きたい事だけ聞いて私は階段の方へと走っていった。これ以上は無理っ。
 何であの人あんなに意識が強固なのっ?
 不信感は解けたのに、あの人から疑問を取り去ることは出来なかった。こんなことは初めてだ。

 あの人は私のことを覚えてしまっているだろうか。それとも、忘れてくれているだろうか。
 忘れていてくれている方が都合はいい。けど、あの様子からすると覚えられているかもしれない。

 どうしようどうしよう、と思う。けど、それと同時に言いようもないほど楽しいと思える。

 ……ああ、これだから地上のお散歩はやめられない。予想外がいっぱいあるのだ。
 新しい力を手に入れて暴走寸前だったお空を止めた巫女。私をあっさりと打ち破った人間の魔法使い。そして、私の無意識の力に抗った家政婦さん。

 ふと、窓ガラスに映る私の顔。そこには笑顔が浮かんでいた。楽しくて仕方がない、という感じだった。

 うん、問題が起きたらその時に考えればいいか。
 楽観的にそう思えたのだった。





 再びフランのお部屋の扉の前。

 マスターキーはめでたく私の手の中に。まあ、正確には人差し指に引っ掛けてるだけだけど。鈴鹿を抱いててあげないといけないからね。

 鍵は存外に早く見付かった。途中で妖精を見つけてその子にレミリア って言う人のお部屋を尋ねたらすぐに連れて行ってくれた。
 あの銀髪の人と違って私の能力もちゃんと効いてくれた。だから、もう誰に何を話したのかなんて正確には覚えてないだろう。

 レミリア、とか言う人のお部屋では薄い青色の髪の女の子が大きなベッドの上で気持ちよさそうに眠っていた。多分、その子がレミリアなんだろう。

 そんな彼女の横で私は鍵を探した。この子にもちゃんと私の力が効くみたいで少々物音を立てても起きることは決してなかった。

 で、難なく鍵を見つけ出してここに戻ってきた、というわけだ。

「んー、なんだか緊張するね」

 抱きかかえている鈴鹿へとそう言ってみる。そうしたら、それがどうした、といった感じにおざなりな感じに鳴き返された。
 ま、確かに鈴鹿には関係ないことだよね。でも、フランに私を受け入れてもらうために頑張ってもらうからね。

 とりあえず鍵をさすために鈴鹿を床の上に降ろす。床が冷たいのが嫌なのか私に向けて小さく鳴き声をあげる。

「鈴鹿、ごめんね。ちょっと我慢してて」

 確かフランのお部屋には絨毯が敷かれていたはずだ。中に入れば冷たさはなくなる。

 何を言えばいいかはフランの様子を見てから考えればいいか。

 これ以上失敗は出来ないのにそんな風に楽観的に考える。あんまり深刻に考えすぎて結論が出ないのもあれだからねえ。
 私には楽観的なくらいが丁度いい。

 よし、と頷いて、私は手に持った鍵を扉の鍵穴にさす。そして、手首を捻ると抵抗なく回った。鍵の外れる音が大きく響く。

 よしよし、間違ってなかったみたいだ。

「こんにちはっ、フラン! 今日はお話しに来たよ!」

 扉を勢いよく開けて、ついでに勢いに任せて大きな声でそう言う。

 真ん中のテーブルにフランはいない。ベッドの方にも視線を向けてみるけどそこにもいなかった。
 っと、いた!

 部屋の隅っこでフランは丸まっていた。こちらに背を向けていて七色の羽が微かに震えている。

 そんなに怯えなくてもいいのに。露骨にそんな様子を見せられるとこっちもこのまま近づいてもいいのかと萎縮してしまう。
 けど、ここまで来て退く気はない。鈴鹿を抱き上げてフランの方へと近づいていく。

「フラン、大丈夫だよ。今日はフランを連れ出しに来たわけじゃないから」

 しゃがんで私が出来る限りで優しい声を出してみる。まあ、しょせんはお姉ちゃんの真似事なんだけど。

「……ごめん、フラン。昨日は無理やり連れ出そうとしちゃって。フランを怯えさせるつもりじゃなかったんだよ? 外に出たことがない、って言うから連れ出してあげようと思っただけなんだ」

 けど、真似事を出来たのは最初の方だけだった。気が付けば単なる言い訳にしかなってしない。

 ……私は、こういうのが苦手みたいだ。
 まあ、しょうがない。今までこういうことをしたことはないんだから。だから、最終兵器に頑張ってもらおう。

「フラン、今日は猫を連れてきたんだよ。鈴鹿、っていう名前なんだ」

 フランの背中へと向けて鈴鹿を差し出す。フランは受け取ってはくれないだろうけど、鈴鹿が何かをしてくれるだろう。
 他人任せ? 気にしない、気にしない。

「……」
「……」

 反応なし。私もフランも黙りっぱなし。
 フランには鈴鹿の姿が見えてないからねぇ。

「鈴鹿、鳴いてみて」

 とりあえずそう頼んでみる。

「……」

 でも、鈴鹿は鳴いてくれなかった。言葉は通じるみたいなんだけど、気紛れな子だから言うことを聞く事はほとんどない。

 みゃー

 と思ってたら鈴鹿が鳴き声をあげた。
 珍しく言うことを聞いてくれた。いや、単に気紛れで鳴いてくれただけかな?
 でも、何にしろ鈴鹿のお陰で事態が動き始めた。

 フランが後ろ向いたままこちらに顔を向ける。紅い瞳が鈴鹿の方へと向けられる。

「……なに? その可愛いの」

 おおっ? 興味を持ってくれてるみたいだ。これは押していくしかない。ずずいっ、とフランの方へと近づいていく。
 ちょっと逃げ出そうとしたけど、好奇心の方が強いみたいで実際に逃げるようなことはなくて鈴鹿の方に視線を向けたままだ。

「猫って言うんだよ。見たことないの?」
「……うん、本で読んだことはあるけど、見たことはないよ。これがネコ、っていうんだ」
「そうなんだ。じゃあ、触ったこともないんだよね? 触ってみる?」
「大丈夫、なの?」

 不安そうに聞いてくる。でも、こっちに歩み寄ろうとはしてくれているみたいだ。

「大丈夫、大丈夫。鈴鹿は大人しい子だから噛んだりはしないよ」
「じゃあ、引っ掻いたりとか」
「それも大丈夫。気に入らないことがない限りは危害を加えることはないから。はい」

 フランに鈴鹿を差し出す。鈴鹿に触れるためかフランは私の方に身体を向けてくれていた。

「ほんとに、大丈夫だよね?」
「うん。鈴鹿、噛んだりしたら駄目だよ」

 一応釘は刺しておく。ま、どっちかというとフランを安心させる、っていう要素の方が強いけど。

「じゃ、じゃあ……っ」

 一大決心をするみたいに言って恐る恐る鈴鹿に手を伸ばしていく。
 そろ、そろ、そろ、と腕が伸びていく。鈴鹿が髭をぴくぴくと動かす。そんな些細なことにもフランはびくびくとしている。

「あ……」

 なんだか妙な緊張感が漂う時間がゆっくりと過ぎてようやくフランの手が鈴鹿の身体に触れた。けど、すぐに手を引っ込めてしまった。

「ていっ」

 じれったいから鈴鹿をフランの方に放った。私はそんなに気の長い方ではないのだ。短くもないけど。

「ひゃわっ!」

 驚きで変な声を上げた。ちょっと可愛かったかも。

「こ、こいし、突然何するのっ!」
「ごめんごめん。でも、ちゃんと触れたでしょ?」

 鈴鹿は今フランに抱きしめられている。うんうん、ちゃんと受け止めてくれたみたいだ。

「あ……」
「ほらほら、撫でてみてよ」
「う、うん」

 私の言葉に頷いて再び鈴鹿へと恐る恐る手を伸ばしていく。けど、抱きしめてしまったお陰で少し恐怖心が和らいだのかさっきよりは滑らかに腕が動いている。
 そして、手が鈴鹿の頭に触れる。そのまま背中の方へと流れていく。

「柔らかくて暖かい……」
「でしょ? 気に入ってくれた?」
「うん……っ!」

 嬉しそうに頷いてくれた。その顔には初めて私へと向けてくれる小さな笑顔があった。

 やっぱりペットパワーってすごいんだなぁ。





「―――この前、お空が力の加減を間違えて温泉卵を爆発させちゃったんだ。あの時のお空の顔、面白かったなぁ」

 あの時のことを思い出しながら私は小さく笑う。
 目をまんまるにして動きを止めている姿は今でも忘れない。鳩に豆鉄砲ならぬ烏に温泉卵、だ。

「こいしの所って面白い人が居るんだね」
「うん、お空は一日眺めてても飽きないよ」

 フランの微笑みを眺めながら私はそう答えた。

 今、私たちはテーブルに向かい合って座ってお話をしていた。
 フランは鈴鹿を抱きしめたままだ。すっかり気に入ってしまったみたいだ。
 鈴鹿の方も大人しく抱かれている。ま、あの子は誰かに抱きしめられてるのが好きだからね。

 フランと話したのは家族のことが中心だった。といっても、ほとんど私が話してたんだけどね。フランはあまり自分のことを話すのは得意ではないようだ。

 それでもいくつかのことを聞くことが出来た。
 一つはフラン自身のこと。

 変わってるけど綺麗な羽を持つフランは吸血鬼らしい。だから、日光も流れ水も苦手なんだって。
 これは、連れ出す時には時間帯とか連れてく場所とかを考えないといけなさそうだ。ま、夜でも綺麗な場所はいっぱいあるから大きな問題では無さそうだ。
 それに、日傘を差せば陽の光は結構大丈夫、とも言っていた。流れ水にだけ気をつければいいのかな?

 もう一つはこの紅魔館のことについて。

 この館の主は私が勝手に侵入したお部屋の主、レミリアでフランのお姉ちゃんであるということ。
 咲夜、という名の優秀な従者さんがいる、ということ。特徴を聞く限りだと私の力の効きがいまいちだったあの人かもしれない。
 あと、パチュリーという名の病弱な魔法使いとその助手である小悪魔のこあ、というのが図書館にいるらしい。図書館には近づいてないから会ってはいないはずだ。

 それと、フランとこうしてお話をしていて気付いたことが一つ。
 フランは私と違って心を閉ざしているから部屋の中にこもり切っているのとは違うようだ。むしろ、普通の人間や妖怪よりも感情的かもしれない。じゃないと、ああいう風には私のことを拒絶したりはしないよね。

 でも、だったらなんでお部屋の中にこもったりしてるんだろうか。
 私の場合は心を閉ざしてなにもかもがどうでもいい、と思っていたからお部屋にこもり切っていた。なら、誰よりも感情的なフランはどうして外に出たがらないのだろうか?

「……ねえ、フランはなんで外に出たがらないの?」

 そっと、その話題に触れてみる。今までの会話は様子見、というわけじゃないけどこのことを言うための前準備、でもあった。

「……」

 私の質問にフランは顔を俯かせてしまう。けど、私は何かを答えてくれるまで止まるつもりはない。この程度で止まってしまうならそもそもここまでは来ていなかったはずだ。

「外は楽しいよ。いろんな物があったり、綺麗な景色を見つけられたり、いろんな人に出会えたり、ほんとにいろんなことがあるんだよ。なのに、どうして?」

 じぃ、と俯いたままのフランの顔を見る。ちょっとの間だけ反応を待ってみる。

「……怖い、から」

 怖い?
 確かに外には柄の悪い妖怪とか人間とかがいるらしいけど、吸血鬼であるフランがそんなのに負けたりするんだろうか。
 どこかで吸血鬼は幻想郷でもトップレベルの強さを持つ妖怪だって聞いたような気がする。

「なんで怖いの?」

 首を傾げてそう聞く。原因さえわかれば私でもなんとか出来るかもしれないし。

 それにしても、私、外に対して恐怖心を抱いてるフランを無理やり連れ出そうとしちゃったんだよね……。本当にフランには悪いことをしてしまった。

「私の力が誰かを壊してしまうんじゃないかって思うから。一回力を暴走させたら何もかもを壊しちゃうんじゃないかって、思うから……」

 違う、と思っていたけどフランも同じだった。フランは他人を、私は私自身を傷つけるけど根本は同じだ。自分の持つ力に振り回されてしまっている。

 でも、大丈夫だ。今の私は無意識を操ることが出来る。意識が暴走してしまっても私ならそれを鎮めることが出来る。意識が暴走しているほうが無意識は表に出てきやすいからね。

「フラン、大丈夫だよ。私の力があればもし仮にフランが暴走したとしても簡単に止めれるから」

 胸を張って自信満々にそう言う。驕りはない、はずだ。

「そんなこと、出来るの?」

 顔を上げて私の方を見る。少し腕に力が入っているようだ。でも、鈴鹿は苦しそうにしていない。
 こんな時でも気遣うことの出来るフランが本当に力を暴走させたりなんてするんだろうか。全然そうは思えない。
 けど、こうして実際にフランは部屋にこもってしまっているのだ。やっぱり、そこには何らかの引き金になりえる何かがあるんだと思う。

 それを聞くほどの勇気は私にはなかった。今のフランの様子はそれ以上を聞いてくることを拒絶しているように見えるから。

 だから、代わりに―――

「うん、出来るよ」

 ―――私が浮かべうる限りの中で誰かを安心させえる笑顔を浮かべる。イメージはやっぱりお姉ちゃん。

「だから、安心してよ。全部、私に任せて」
「……やっぱり、怖い」

 小さく首を横に振った。
 あー、やっぱり駄目か。むー、どうすればいいんだろ。

 あっ……、そういえば。

「誰かを壊すのが怖いなら、今、こうして私と一緒にいるのも、怖いの?」

 少し躊躇しながら私はそう聞いた。ここで、怖い、なんて答えられたら私はどうするつもりなんだろうか。
 ……それがわからないから、躊躇したんだけど。

「ううん、大丈夫。この館が私にとって一番、安心できる場所だから」

 知らない所で不安になるから力を暴走させちゃう、かぁ。なら、外に対する安心感を与えてあげないといけないのか。

 ん? 待って。紅魔館の中でこそ安心できるというのなら紅魔館が動けるようになればいいんじゃないだろうか。
 いや、そんなことは無理に決まっている。でも、そう、紅魔館という概念なら動かすことが出来るかもしれない。フランに別の物を紅魔館だと思い込ませればいいんじゃないだろうか。

 その為には―――

「よしっ、じゃあ、フランの為に自由に動くことの出来る紅魔館を用意してあげるよ!」
「??」

 私の言ってることの意味がわからないのかフランがとっても不思議そうな顔をする。今にも頭の上に疑問符でも浮かんできそうだ。
 でも、今は秘密。明日のお楽しみ、ということで。

「フラン、今日はもう帰るね」
「え? うん」

 困惑しながらも頷いてくれる。無意識でもそういうのは律儀だと思う。

「あ、この子」

 言いながらフランが私の方へと鈴鹿を差し出してきた。おっと、そうだった。忘れる所だった。
 私が鈴鹿を受け取ると手を放す間際名残惜しそうな表情を浮かべた。

「大丈夫だよ、そんな顔しなくても。明日も鈴鹿は連れてきてあげるから」

 安心させるように笑いかける。

「……うんっ」

 こっちの言葉には素直に頷いてくれた。





 一昨日みたいに美鈴の隣を素通りして紅魔館へと侵入する。昨日は、完全に無意識な状態でフランのお部屋まで行ってたからちゃんと門を通ってきたのかさえも定かじゃない。

 今日は門番さんである美鈴は起きていた。寝ているときよりも凛々しい表情を浮かべている。
 まあ、私の力の前には寝ていようと起きていようと関係ない。

 何の問題もなく館の中へと侵入して悠々と廊下を進んでいく。何人かの妖精と擦れ違ったけど誰も私には気付かない。うんうん、順調順調。
 今日も連れてきた鈴鹿が時々小さく鳴き声をあげるけど、この程度なら誤魔化せる。

 でも、一人だけ出来れば会いたくないのがいる。私の力がちゃんと効かない上に敵なのか味方なのかもわからないから。

 そう考えながら角を曲がると―――

 って、うわっ、いた。
 咄嗟に角へと戻ってしまう。

 曲がり角の向こう。そこにはエプロンドレスを着た従者さん、咲夜の姿があった。こっちに向かってきているみたいだ。

 噂をすれば影が射す、ってあるけど、考えただけで影が射すなんて。噂をしてたら本人がすぐにでも現れてきそうだ。

 しょうがない、この道は諦めよう。幸いなことにこの館は広い上に色んな所から廊下が繋がってる。だから、ある部屋に行くまでにいくつかの道筋がある。

 そう思いながら私は今来た道をそろりそろり、と戻ったのだった。

 その途中無意識に鈴鹿の口を押さえてたみたいで、咲夜からある程度距離をとった所で噛まれた。
 ごめん、鈴鹿。





 フランのお部屋の前。
 これで、私は三日連続でこの場所に来たってことになる。あの場所以外で初めてだ。こうして続けて同じ場所を訪れるなんて。

 私は自分の用意したものを確認してうんうん、と頷く。これならきっと大丈夫だ。フランも安心して外に出られることだろう。

 こんこん。

 二度、扉を叩く。昨日まで、私は招かれていない、招かれざる客だったけど今日はそうではない。フランにだけだけど、今日はちゃんとここに訪れるということを告げてあるし、フランもそれを受け入れてくれた。
 だから、今日は客人としての礼儀をわきまえておく。

「フラーン! 約束どおり、今日も来たよ!」

 礼儀をわきまえる、なんて思っておきながら、中から返事が返ってくるのも待たないで扉を開ける。だって、早くフランに会いたかったから。私の思いついた妙案が何処まで効果があるのかも知りたいしね。

「こんにち、は、こい……し……?」

 何故だか非常に困惑しているような表情を向けられた。

 あれー?

 今の私はお燐に借りた真っ赤な服を着て、首から『紅魔館』と書いたプレートを下げている。ついでに頭には自作の三角の赤色帽子。コンセプトは動く紅魔館。これで、いつでもどこでもフランは安心できるんじゃないかなぁ、と思ったけど―――

「な、なんで、そんな顔するの? ほら、紅魔館だよー。これで、フランも安心して外に出られる、よね?」

 鈴鹿を左腕で抱いて、プレートを右手でひらひら。
 やっぱりフランは大きな反応を示さない。困惑顔をこちらに向けたままだ。そんな反応をされると自信を大幅に失ってしまう。

「えっと、フラン、何でもいいから、感想は?」

 恐る恐る聞いてみる。あんまりいい予感はしない。

「……すごく、変」

 非常に申し訳なさそうな感じにそう言われた。
 そんな風に言われると、余計に、ねぇ……。

「そっか……」

 上手くいくと思ったのに! なんでこう上手くいかないんだろ。

 そんな風に敗北感に打ちひしがれて私は地面に手をつく。その際に地面に降り立った鈴鹿は私の姿を見て呆れたように鳴いた。

 と、思ってたらフランの方へと走っていってしまった。ああっ、私を見捨てないで!

 絶望感まで押し寄せてくる。けど、そんな私を救ってくれたのは、

「でも、こいし、ありがと。私の為に、用意してくれたんだよね」

 鈴鹿を抱いたフランだった。

 こちらに向けてくれる笑顔がどこまでも眩しい。天使って本当にいるんだなぁ、とか思ってしまった。

 ……こういう笑顔が見られるんなら別に失敗でもよかったかな、なーんて。





 紅魔館プレートを外して私はフランの対面に座っていた。赤い三角帽も脱ぎ捨てていつもの黄色のリボンを巻いた少し小さな黒色帽子を被っている。

 即黒歴史と化してしまった十分程度で仕上げたそれらは捨ててしまいたかった。けど、フランがどうしても欲しい、って言うから仕方なくあげた。なんか、フランの嬉しそうな顔を見てると断り辛かったんだ。
 今は私の視界に入らない場所に置いてもらっている。

 冷静になってみればかなり恥ずかしいことをしてたんだよね。鈴鹿も気付いてたんなら私の姿を見た時点で何か行動で示してくれればよかったのに。

 ま、そんなことはどうでもよくて。
 今対面に座っているフランはにこにことした笑顔を浮かべて私の顔を見ている。
 鈴鹿を抱けてるから嬉しい、というのとは違うよねぇ。だったら私じゃなくて鈴鹿の方を見てるはずだし。

「え、っと、フラン?」
「ん? 何?」

 ちょっと身体を乗り出してくる。
 明らかに昨日までと反応が違っている。びくびくしてた感じが完全になくなってしまっている。

「……フラン、何か変わった?」
「? 別に、変わってないと思うけど」

 小さく首を傾げられた。
 私の気のせい、かな?

 ぼーん、ぼーん……

 不意に時計の音が響く。私は突然の音に身を竦ませてしまう。

「あっ! こいし、隠れてっ。咲夜が来ちゃう!」

 フランの焦ったような声。どうやら、今の時計の音は定期的にある何かを告げるためだったようだ。
 えーっと、えっと、ということは誰かがここに来るってこと? で、その誰かって言うのはあの咲夜?

 ……どこに隠れても無意味な気がする。でもでも、このまま咲夜に出会ったら私は侵入者として追い出されてしまうかもしれない。それはどうしても避けないと。

 とりあえず、隠れる場所を、と思って―――

「隠れる、というのならすぐに行動したほうがいいわよ」

 動き出そうとしたところで声が聞こえてきた。
 びくぅっ、と身体が震えてしまった。

 いつの間にか私とフランとの間に咲夜が立っていた。手にはポットとカップが一つずつとクッキーの盛られたお皿が乗せられたトレイがある。

 驚いた私は椅子から立ち上がって咲夜から距離を取っていた。

「貴女、昨日は挨拶もせずに逃げてくれたわね」

 咲夜が私の方を見てそう言う。逃げるのはもう無理そうだ。咲夜の意識は完全に私を捉えてしまっている。
 ま、逃げれるかどうかわからないのを相手にして逃げるよりはこうして話でもしてる方が気が楽だ。冷静さも幾分か取り戻す。

「……私のこと覚えてるんだ」
「当たり前よ。フランお嬢様の部屋の鍵の場所やお嬢様の部屋を聞いてくるのなんてそういないもの。……でも、なんで私は貴女にそのことを教えたのかしら」

 過去の自分の行動が理解できない、といった感じに首を傾げている。中途半端に私の力が働いたせいで変な具合に記憶に残ってるみたいだ。

「ま、そんなことよりも、うちに侵入するような不届き者には早々に立ち去って貰わないといけないわね。フランお嬢様、すみませんがご自分で紅茶を淹れて頂けますか? その間に私はこの侵入者を排除いたしますので」
 
 そう言いながら咲夜が私へとナイフを向けてくる。
 あれ? いつの間に取り出したんだろうか。いつの間にかテーブルの傍に立っていたことといい、咲夜は何か特別な力を使えるようだ。

 正直勝てる気はあまりしない。無意識を操って直接攻撃を当てないようにすることは出来るだろうけど、それもいつまで持つかはわからない。けど、だからといって黙ってやられるつもりもない。

「咲夜っ!」

 フランが剣幕と同時に立ち上がった。今までのフランの喋り方からは想像も出来ないほどにその声は凛、と澄んでいた。
 鈴鹿を抱いていなかったらテーブルに手をついていたかもしれない。

「わかっていますわ。フランお嬢様。この方は排除すべき侵入者ではない、と仰るのですね」

 咲夜はあっさりとナイフを下ろした。その様子に私は拍子抜けしてしまう。

「え、咲夜?」

 それはフランも例外ではなかったようだ。先ほどまで険しい表情を浮かべていたのにすっかり驚きに変わっていた。

「フランお嬢様も私のご主人様であるということに変わりはありません。ですので、フランお嬢様が追い出さない、というのなら私も追い出す理由はありませんわ」

 言いながらポットを手に取った咲夜がカップに紅茶を注いでいく。少し離れているこの場所にまで香りが漂ってくる。
 まあ、カップの数からして私にそれが出される事はないんだろうけど。

「フランお嬢様、どうぞ」

 紅茶の入ったカップをフランの前に置く。

「……咲夜、こいしの分は?」
「こいし、というのはそこにいる方のことでしょうか? だとしたらありませんわ。排除すべき侵入者ではありませんが侵入者、ということにはかわりません。うちに侵入者に出すような物はありませんよ」
「私が今ここで淹れろ、って命令しても?」

 フランの視線が少し鋭くなる。大人しい性格なのかと思ってたけど、意外と過激な性格なのかもしれない。まあ、まだよくわかんないけど。

「はい。茶葉もタダではないんですよ?」
「咲夜のケチ。いいよ、私のをあげるから」

 フランが鈴鹿を床に降ろし、カップを持って私の方へとやって来た。

「こいし、はい、どうぞ」

 笑顔と同時にカップを差し出してきた。その気持ちは嬉しいけど、素直には受け取れない。フランに悪いから。

「ううん、私はいいよ。せっかく、フランが淹れてもらったものなんだから私が貰うわけにはいかないよ」
「そんなこと気にしなくていいよ。こいしは私のお客様なんだから遠慮する必要なんてない」
「いやいや、私はそんな大したものじゃないよ。単なる通りすがりみたいなものだし」
「そうだとしても、私のお客様なのにかわりはないよ」

 全く前に進まない会話。紅茶の入ったカップは私たちの間を行ったり来たり。
 けど、変わってることもあって気が付けば紅茶から湯気が立たなくなってしまっている。
 あーあ、温かい方が美味しいだろうに勿体無い。

 そう思っていると突然第三者の手が私たちの間に割って入ってきた。そして、その手がカップを攫っていってしまった。

「あ……」

 二人分の声が重なった。
 カップは咲夜の手の中へといっていた。

「これでは私が悪者みたいですね。今すぐお二人分の紅茶を淹れて来るのでお待ちください」

 直後に咲夜の姿が消えた。
 えーっと……

「……咲夜ってどんな力が使えるの?」

 いや、こういうことを聞きたいんじゃない。けど、咲夜の行動が突然すぎて本当に何を言いたいのかもよく分からない。

「……時間を操れるんだよ」
「そーなんだ」

 それはそれは便利そうな能力だねぇ。





 咲夜が淹れた紅茶に口をつける。

「わ、美味しい……」

 思わずそんな言葉が漏れてしまうくらいに美味しかった。

 家でも紅茶は時々飲むけどここまで美味しいのは初めてだ。茶葉が違うのかなぁ。聞いてみたいけど聞いた所でわかんないだろうなぁ。こういうのはほとんどお姉ちゃんに任せっきりだし。

「そう、それはよかったわ」

 私の正直な言葉に咲夜の反応はそんな淡白なものだった。
 侵入者である私にそんなことを言われても嬉しくない、ということなのか。それとも、単に言われ慣れてるだけなのか。その辺りの判断はつかない。

「こいし、このクッキーも美味しいよ」

 フランがクッキーの乗せられたお皿をこちら側に寄せてくれる。結構時間が経ってるはずなのに焼き立てのような香ばしい香りが漂ってくる。
 半ば反射的に私はクッキーを指で摘んでいた。そして、一口サイズのクッキーをそのまま口の中へと入れた。

「ほあぁ……」

 言葉にもならなかった。

 さくっ、とした食感。そして、程よい甘さ。しかも、紅茶との相性は抜群で、クッキーの味の余韻に浸ったまま飲む紅茶は幸せっ、の一言だった。

 この幸せをこのまま飲み込むなんて勿体無かったから味わえるだけ味わう。そうやって、十分楽しんだところでゆっくりと飲みこんだ。

「毎日こんなものを食べれるなんて羨ましいなぁ……」

 流石、これだけ大きな館に住んでいるだけある。飲食物の質が段違いだ。

「そう思うなら毎日でも来てよ。咲夜、今度からはちゃんとこいしの分も用意してくれるよね?」
「まあ、しょうがないですね。毎回あのようなことをされると思えば用意せざるを得ません」

 やれやれ、といった感じにフランの要求を受け入れた。
 んー、でも、ちょっと演技っぽいような? 気にするようなことでもないけど。

「だって、よかったね。こいしっ」

 それよりも、先ほどから何度かこちらに向けられるフランの笑顔の方が気になる。
 むず痒くなるというかなんというか、言葉に言い表しにくいそんな感じ。嫌な感じではないけどなんだか落ち着かない。

「フランお嬢様、随分とこいしのことを気に入っていらっしゃるんですね」
「うんっ」

 眩しいくらいの笑顔と同時に頷いた。
 ……そーいう反応をされるとなんだか恥ずかしい。誰かに気に入られてる、なんて言われるのが初めてだからどう反応すればいいのかわからないのだ。

 恥ずかしさを紛らわすために紅茶を口につけることくらいしか私には出来なかった。





 お茶会は和やかな雰囲気で進んだ。

 咲夜は私のことを侵入者として見てる、と思ってたんだけどそうでもないみたいだった。
 フランに対して程じゃなかったけどそれなりに私に甲斐甲斐しくしてくれた。紅茶が無くなればすぐに淹れてくれたし。
 だったら、最初、私に対して紅茶を淹れないって言ったのはフランの言ったとおり単なる意地悪だったの、かな?

 咲夜はどうも苦手だ。私の力が効き辛いってのもあるけど、言動から感情が読めないのも私の苦手意識を増長させる。

 私も『覚り』として心を読めていた時期があった。その時の経験から他人の考えてることを考えるのはそれなりに得意だと自負している。
 けど、咲夜を相手にするといまいち上手く考えていることを読むことが出来ないのだ。

 逆に、フランは読みやすいんだけどねぇ。なんで私のことをそんなに気に入ってくれたのかまではわかんないけど。

 それと、フランは気に入った人に対しては積極的になるようだ。
 お茶会の間中、出会ったばかりのときの怯えてる様子が嘘だったみたいな様子だった。

 今では黒歴史と化した紅魔館を模した服装がフランに受けた、ってことにしとこう。それ以外に私は変わった事なんてしないし。

 そんなことを思いながら別れの時間。

 ちょっと昔の私ならそんなこと気にしないだろうけど、ま、今はお姉ちゃんの気持ちもちょっと分かるからね。心配させないようにちゃんと家に帰らないといけない。

 咲夜は仕事がある、といって部屋から出て行っている。

 ずっとフランに抱かれていた鈴鹿も今は私の腕の中だ。

「こいし、明日も来てくれるよね?」

 扉の前に立った私にフランがそう言う。不安に思ってる成分がだいぶ濃く出てる気がする。

「うん、当然」

 迷い無く頷いた。
 まだ、私の目標は達成できてないからね。
 フランを外に出れるようにしてあげる。このことを曲げるつもりは一切無い。

 まあ、そんな理屈よりも、不安そうなフランの顔を見て行かない、なんて絶対に言えないしね。

「そっか、良かったぁ……」

 安心しきったような表情を浮かべる。な、なんかそんな表情を浮かべられるのもむず痒いんだけど。

「じゃ、じゃあ、また明日も来るから」
「うんっ、待ってるね」

 笑顔で手を振ってくれた。当然私も振り返す。
 鈴鹿もその白い尻尾を振る。

 家族以外の誰かで私が来るのを待ってくれる人が出来るなんてねぇ。お散歩を始めた頃は想像もしてなかった。

 うん、悪くない気分だ。





 それから、数日の間私はフランのお部屋に通い続けた。

 咲夜は私のことを歓迎しない、とは言っていたけど紅茶を出したり、お茶菓子を出したりはしてくれた。
 でも、フランが私のことを拒絶したらすぐにでも追い出されるんだろうねぇ。

 私は今にも落ちそうな吊り橋を渡ってるのか、それとも丈夫な石橋を渡ってるのか。今のフランの私への接し方を見る限りだと石橋を渡ってるような感じだけど……素直に受け取るのは気恥ずかしい。
 ペットたちに信頼されてるお姉ちゃんはいつもこんな感情を身に受けてるんだろうか。

 迫害されてたときに受けてた感情とは比べられないくらいに嬉しいんだけど、慣れてないだけに戸惑ってしまう。
 それを平然と受け取れるなんてお姉ちゃん、すごいなぁ。

 今日もフランとはお話をしてるだけだった。
 フランは相変わらず鈴鹿を抱きしめたまま私に笑顔を向けていてくれた。そんなフランに私は外のことを話してあげた。

 外に出たい、と思ってくれればいいなぁ、なんて目論んでたのは確かにあるけど、純粋にフランにそういう事を話してあげるのが楽しい、というのもあった。

 フランは本当に楽しそうに私の話を聞いてくれる。本当は外に興味があるのか、それとも私の知られざる会話術が開花したのかは分からないけれどフランは始終顔を輝かせてくれていた。

 どちらにしろ、前よりもフランが外に出たい、って思ってくれてたらいいなぁ、とは思う。

 そんなことを思ってる私は今、紅魔館の廊下を歩いている。おうちへと帰るためだ。

 最近は帰る間際になってフランが不安そうな表情を浮かべることもなくなった。代わりに、私が来てくれるんだろう、っていう期待感が大きくなってる気がする。

「あ」

 そろそろ玄関に着くんじゃないか、って所で鉢合わせた。
 この館の主にしてフランのお姉ちゃん、レミリアに。

 重なった声と、硬直する私たち。
 ここ数日、館内で誰にも会っていないから、と油断しすぎていた。力を使わずに歩いていた。

「……貴女が最近、フランの部屋に入り浸っている侵入者かしら?」

 フランと似ているようで違う自信に満ちた澄んだ声。でも、ちょっと驚きを隠そうとしている様子がある。

「うん、そうだよ。初めまして、レミリア」
「ええ、初めまして、こいし」

 一応咲夜から私が単なる侵入者じゃない、とは教えられてるみたいだ。単なる侵入者として教えられてたらどう説明しようかと思ったよ。

「それで貴女は、何が目的でフランに接触しているのかしら?」

 紅い瞳が真っ直ぐにこちらを見据えてくる。
 フランに相応しいか試されてる? ううん、そんな感じじゃない。
 フランが関係してるのはわかるけどそれ以上はわからない。だから、私は正直に喋る。

「フランと友達になるため、フランを外に連れて行ってあげるためだよ」
「……そう。フランと仲良くしてくれていること、それに関しては感謝するわ」

 なんだか引っかかる言い回し。なんとなくだけど、悪い予感がする。

「けど、フランを連れ出させはしないわ」
「え……?」

 それは、あまりにも予想外な言葉だった。

「なん、で?」

 フランは怯えてるんだから外に出ないんだと思ってた。

 けど、それだけじゃないとしたら? フランに外に出るな、と言っている人がいるとしたら?

「……あの子は、精神が不安定なのよ。だから、外に出したりなんてしたらどうなるかわからないわ」
「……だから、フランを外に行かせるな、って言うの?」
「ええ」

 覚悟を決めたような顔。
 けど、けどっ! 私はそんなレミリアの顔が気に入らなかった。

「なんでっ! なんで、そんなふうに諦められるのっ!?」

 そう。レミリアが浮かべてるのは覚悟であると同時に諦めだった。
 そんな表情を浮かべてる奴なんかにフランのことは任せられない。

「なっ! 貴女に何が分かるって言うのよ!」
「わかんないよ! なんで、諦めてられるの!」
「私は、諦めてない! これが私の決めた最善よ!」
「最善っ? フランを地下室に閉じ込めておくのが!? 私はそうは思わないよ!」
「じゃあ何? フランの心が壊れてしまってもいい、と貴女は言うのかしら!?」
「そうじゃないっ! そんな事、言わないし絶っ対に思わない!」

 首を左右に振りながらそう言う。

 あんなふうに笑えるフランの心を壊したいだなんて思うはずが無い!
 私は守りたいんだ! あの笑顔を。
 そして、見せたいんだ! 外の景色を。

「フランの心は私が守ってみせる! 貴女みたいなやり方を私は認めないっ」
「別に貴女に認めてもらう必要なんて無いわ! ただし、あなたは一切この館に入れさせない!」
「そう! いいよ、別に! 勝手に入るから!」

 私はそう言ってレミリアの隣を通り抜けようとした。
 擦れ違う瞬間、私たちは一瞬、睨み合っていた。





「あーあ、フランのお姉ちゃんを敵に回しちゃった」

 誰に言うでもなくそう呟く。けど、鈴鹿が小さく鳴いてくれた。

「鈴鹿は私の考えに同意してくれるよね?」

 腕に抱いている鈴鹿に聞くと、間髪入れずに当然、といった感じに鳴き返してくれた。

「うん、鈴鹿は私の味方だよね」

 ちょっと強く抱き締めてあげた。苦しかったのか少し唸られた。謝ってすぐにやめてあげる。

「……ねえ、レミリアはフランのことを想ってるからあんなことをしてるんだよね」

 レミリアがフランのことを想っている事はレミリアの言動の節々から感じられた。フランのことを第一に考えて、何が最善なのかを考えてはいる。いるんだけど、レミリアの取った選択は臆病者の選択だ。
 現状を維持するだけで決して先には進まない。

 私は、そんな選択肢は決して認めない。

 外に出れば面白いものがあるんだと、
 外に出れば色んなものが変わるんだと、
 外に出れば素敵な出会いもあるのだと、どうして教えないのだろうか。

 レミリアはフランを外に連れ出せば心が壊れてしまうかもしれない、と言っていた。ずっと傍に居続けたレミリアが言うんだから間違いはないんだと思う。それに、フランの心がとっても繊細だ、っていうのは近くにいれば自然と伝わってくる。

 けど、それがフランを外に出さない理由になりえるだろうか。ううん、絶対に、ない。
 フランの心が壊れやすい、っていうんだったら護ってあげればいい。フランの盾となって攻撃を防ぎ、剣となって敵を倒す。

 やっぱり、レミリアは間違ってる。
 あんな諦めたような選択肢よりもっよっぽどいい方法があるじゃないか。

 気が付けばレミリアとの言い合いで沸騰しかけていた頭のほうも落ち着き始めている。

 ……そういえば、あんな風に自分の感情をぶつけるように話すのなんて初めてだ。
 『覚り』の力が使えてた頃は逃げてばっかりだったし、第三の眼を閉じてからはそんなに強い感情を抱いたこともない。

 外に出てから私は確実に変わってきている。

 だから、フランも外に出て、そして、願わくば良い変化があって欲しい。





「フラン、こんにちはー」

 いつものように挨拶をしながらフランのお部屋へと入る。昨日、レミリアに会ったからといってフランに対する態度を変えるつもりなんてない。
 けど、周囲はそう言うわけにはいかないようだ。

「あっ、こいし! 今日も、来ちゃったんだ……」

 私の姿を見るなりフランが駆け寄ってきた。突然のことにびっくりする私と腕の中の鈴鹿。
 駆け寄ってきたこともそうだけど、沈んだ表情を浮かべているのに更に驚かされた。

「どうしたの?」
「だって、昨日お姉様に館の中に入れさせないって言われたんでしょ? だから―――」


「だから、私が貴女を追い出させてもらうわ」


 フランの言葉を遮って第三の声が割って入ってきた。

 ああ、そうか。レミリアを敵に回す、ということはあの人も敵に回すっていうことだ。

「咲夜……」

 フランが振り返る。
 そこにはナイフを構えた咲夜の姿。標的は当然私。

「こいし、レミリアお嬢様の命令で貴女を追い出しに来たわ。怪我をしたくなければさっさと帰りなさい」

 その手に持っているナイフよりも鋭い視線と声。普通の精神の持ち主ならこれで怯えるんだろうけど、生憎と私はそう簡単には動じない。

 鈴鹿を床に降ろしてフランの前に立つ。そして咲夜と対峙する。

「帰るつもりなんてないよ。私は絶対にフランに外を見せてあげるんだって、決めてるから」

 ま、フランにとってみれば迷惑な話かもしれないけどね。けど、外を知らないほど勿体無いことはないと思う。

「そう……。フランお嬢様が気に入りなされているから傷つけたくはなかったんだけど仕方ないわね」

 威嚇するようだった視線が、獲物を狩る直前の狼みたいな色を孕む。こちらを殺すぐらいの気持ちで来るようだ。

 負けるかも、だなんて思わない。絶対に勝つ、勝ってみせる!

 霊力を練ってすぐに攻撃が出来るようにする。私自身の攻撃能力が低いことは考慮しない。そんなもの、なんとかしてみせる。

「待って!」

 けど、フランが私たちの間に立った。
 私は霊力を練るのをやめて、咲夜はナイフを下ろした。

「咲夜、お願いだから、こいしは傷つけないで」
「そのように努力は致しますが、抵抗の意思がある者を無傷で沈静化するのは不可能に近いですわ」
「……じゃあ、こいしに手を出さないで」
「それは、レミリアお嬢様ではなくこいしの味方になるという発言だと思ってよろしいのでしょうか」
「それは……」

 フランが言葉を詰まらせる。
 自分のお姉ちゃんの敵になる、だなんて普通言えないだろうねぇ。ま、フランがレミリアの側に行くって言うんならそれは仕方がない。
 ……だからって私が諦める、って意味じゃないよ?

「フランお嬢様。両方の味方、という選択肢はありませんよ。レミリアお嬢様かこいし、どちらかを選ぶことしか出来ないのです」

 咲夜がフランへとそんな選択を迫る。

「私は……」

 咲夜を見て、私のほうを見て、もう一度咲夜を見る。

 フランは私とレミリアとの間で揺れている。それは何故? フランの中で私とレミリアの存在が同等になっているからだと思う。
 いや、ほんとにフランの中で私がレミリアと同等の存在なってるとは思ってない。けど、それ以外には考えられない。

「……こいしの味方をする」

 そう言いながらフランは私の隣に立った。
 ……え?

 予想外すぎて隣に立ったフランの顔を見つめてしまった。まさか、レミリアじゃなくて私の方を選ぶなんて。

「咲夜、こいしを傷つけるって言うなら許さないから」

 気が付けばフランの右手には歪な形状をした杖のようなものが握られていた。両端にはハート型の刃が付いている。

 咲夜を見据えるその紅い瞳は鋭くて、そしてカッコよかった。

「ふむ、そうですか」

 咲夜が頷くような声。視線を向けてみると咲夜が興味深そうに頷きながらナイフを下ろしていた。
 ……あれ? 随分とあっさりしているような。まるで、フランの行動を予測していたみたいな行動だ。
 本当にこの人は何を考えているんだか全く読めない。

「咲夜?」

 フランも随分と困惑してるみたいだ。

「前にも言いましたよね? 私はレミリアお嬢様の従者であり、フランお嬢様の従者だと」
「でも、お姉様にこいしを追い出せって命令されてるんじゃ……」
「フランお嬢様のお世話をしろ、とも命令されていますので」

 しれっ、とした様子で告げる。
 これって命令違反になる、のかなぁ? でも、一応別の命令は聞いてるんだよねぇ。

「では、私は紅茶を淹れてきます」

 そう言って咲夜は姿を消してしまった。
 取り残される私たち。えーっと……。

 思わずフランの方を見てしまう。フランも私の方を見てた。

「ねえ、どういうことだと思う?」
「……わかんない」

 主さんでも従者の考えはわかんないらしい。





 フランと向かい合って咲夜の淹れてくれた紅茶を飲む。鈴鹿は部屋の中をうろうろしている。
 私もフランも鈴鹿を抱き上げるタイミングが見つけられなかったのだ。

 咲夜の紅茶は相変わらず美味しい。けど、なんだか、ねえ。

 口に入れてから毒の入ってる可能性に思い至ったけど結局何も起こっていない。あの人の考えてることはやっぱりよくわからない。
 まあ、気にしないようにしよう。こういうことはいくら気にしてもキリがない。

 それよりも、フランに聞きたいことが一つ。

「ねえ、フラン。一つ、聞いてもいい?」
「うん、いいよ」

 フランがカップをソーサーの上に置いてこっちを真っ直ぐに見つめてくる。
 聞くことが聞くだけにそーいうふうに真っ直ぐ見られると聞きにくいんだけど。まあ、フランはこういう子だから仕方ないんだけど。見つめないで、とも言いにくい。

 というわけで、フランから顔を逸らしたい、っていう気持ちを抑えながら疑問を発する。

「フランは、なんでレミリアじゃなくて私を選んだの?」

 フランにとってはレミリアは最も近しい存在のはずだ。それに対して私はつい先日知り合った他人でしかない。

「……本当はまだ迷ってる。お姉様を選ぶべきなのか、こいしを選ぶべきなのか。だから、ね。私もこいしに聞きたいことがあるんだ。それを聞けば、多分、どっちを選べるか決められるから」
「聞きたいこと、っていうのは?」
「こいしは、なんで私の為にそんなに頑張ってくれるの?」

 そういう質問か。まあ、確かにフランにとってみれば私が関わってくるなんて不思議なことかもしれない。どんなに私なりの理由があろうともね。
 ま、フランになら話してもいいかな。私の過去のことも含めて。

「フランが昔の私に見えた、って言うのが理由だったかな」
「昔のこいし?」

 フランは昔の私に興味を持ったみたいだ。持ってくれなかったら持ってくれなかったで話さないつもりではいた。でも、フランが興味を持ってくれる、っていうんなら話すしかない。

「うん。私のお姉ちゃんは心を読むことが出来る、って言ったよね。実は私も昔は心を読むことが出来てたんだ。でも、他人から拒絶されるのに、心の声であれこれ言われるのに耐えられなくなっちゃって、結局この眼を閉じちゃったんだ」

 言いながら私は第三の目に触れる。昔々に閉ざしてしまった私の器官の一つ。

「で、その時に私は心も一緒に閉じちゃって全てに対して無関心になってずっと部屋の中にこもってたんだ」

 正直に言うと、あの時の記憶はほとんど残っていない。意識が表に出ていなかったから記憶に刻まれていなかったのだ。
 それでも、毎日のように私に構ってくれていたお姉ちゃんのことは何となくだけど覚えている。どんな顔をしてたか、どんなことをしてくれたか、どんなことを言ってくれたか。そういうことは覚えてないけどさ。

「フランを見てたらそんなことを思い出してどうしても放っておけなくなっちゃったんだ。引きこもってたら折角外にある面白いものが無駄になっちゃうからそのことを教えてやろう、ってね」

 これが、フランに出会ったばかりの頃の理由。

「でも、最近の理由はそれだけじゃないんだ」
「そうなの?」
「うん。フランは私の大切なお友達。だから私のお気に入りを教えてあげたいんだ」

 フランがきょとん、とした表情を浮かべる。
 そんなに変なこと言ったかな、私。

「フラン?」
「あ、ごめん」

 はっ、としたように意識を取り戻す。私の言葉のせいだとは思うけどフランは少々惚けてしまっていたようだ。

「私、誰かに友達、だなんて言われたことがないからこいしがそう思っててくれてすっごく嬉しい。ありがと、こいし」

 今までないくらいに最上級な笑顔と同時にそう言った。
 私は思わずその顔に見惚れてしまう。眩しすぎる太陽のような笑顔。

 もしかしたら、こういう笑顔を私に向けて欲しいから、っていう理由もあるのかも。フランには言わないけど。

「フランはどう思ってくれてるの?」

 代わりにそう聞く。それ以前に純粋にフランが私をどう思っているのか、というのも気になる。
 フランからしてみれば、私は勝手にお部屋に侵入してくる存在だからねぇ。そこにどんな感情を抱くのやら。

「お姉様の次に大切だ、って思える存在」

 予想以上に高い位置にいた。
 今までのフランの話しぶりからするにフランにとっての一番はレミリアなんだと思う。だとすると、私は二番? 咲夜とかを差し置いて?

 あー、なんだろ。さっきまでフランの顔を見る事が出来ていたのに、直視できなくなってる。
 お姉ちゃん以外に私を大切だ、なんて言ってくれる人がいなかったからこの気持ちをどう扱えばいいのか分らない。

 だから、結局私は逃げる事にした。これにどう立ち向かえと言うのさ。受け入れ方も分んないのに。

「……フランは、私の話を聞いてどっちの味方になるのか決めれた?」

 この話題を始めるきっかけとなったもの。
 私とレミリアとどっちの味方に付くのか。それに対するフランの答えは―――

「うん、大丈夫。今回はこいしの味方をするよ」

 私に笑顔を向けてそう言った。

 結局、私の方が選ばれてしまった。レミリアが今のフランの言葉を聞いたらどう思うのかな。
 ……ま、あいつのことなんか気にする必要ないか。臆病風に吹かれて自分の妹を籠の中に入れておくことを選択した奴のことなんて知らない。

「……それで、こいし。私を外に連れて行ってほしい」

 私がレミリアのことを考えているとフランがそんなことを頼んできた。それは、もともと私の方から誘ったことだけど……。

「大丈夫? 怖いんじゃなかったっけ」

 フランもレミリアと同じで臆病なのだ。けど、レミリアとは違ってちゃんと自分が臆病なのを認めてるから嫌な感じはない。

「うん、多分、だけど大丈夫。こいしが隣にいてくれれば」

 ……かつてないほどに誰かから頼られてる、という状況に今にも頭が暴走寸前。いやいや、ほんとに暴走したりはしないよ? 多分。

「ふふ、そこまで頼ってくれる、って言うんなら私も頑張るよ。さあ、フラン、行こう!」
「うん!」

 私は立ち上がってフランの手を取る。フランが立ち上がるのを確認したら扉の方に歩いてく。鈴鹿には悪いけど自分の足で歩いてもらうことにした。

 気分はお姫様を連れ出す王子様。鈴鹿は差し詰め従者、って所かな?

 あー、ちょっと暴走してるかも。





 私の力で美鈴の隣を抜けて湖の所までやってきた。
 最初っから最後まで咲夜のことばかりを警戒していたけど、一度も姿を見せなかった。勝手にしろ、っていうことなのかな?
 ま、そうじゃなくても勝手にさせてもらうけど。

「フラン、太陽の光、大丈夫?」

 今更だけど私たちを照らす太陽を見ながら隣のフランにそう聞く。咲夜の事ばかり気にしてて今まで聞く余裕がなかった。
 夜まで待った方が良かったかなぁ、とは思う。でも、それだと今から連れてく場所の良さなんて分んないだろうし。

「うん、日傘があるから大丈夫」

 日傘を少し揺らしながら答えてくれた。

 フランの持ってる日傘は傘立てにあった中から勝手に借りてきた物だ。多分、レミリアの傘だと思う。だって紅色だし。

「そっか。でも、ちょっとでも調子が悪くなったらすぐに言ってね」
「わかった」

 頷く。それに合わせて片側だけが結わえた髪が揺れる。フランの綺麗な金髪が太陽の光を反射して輝いているのを見てみたいなぁ、と思ったけど不可能なんだよねぇ。

「じゃあ、行こうか」
「うん!」

 やっぱり浮かべるのは太陽みたいな笑顔。フランのお部屋の中で見たときよりも余計に輝いて見える。
 私の方が太陽に焼かれてしまいそうだ。もしかしたら、フラン自身が太陽みたいな存在だからこれ以上陽の光を集めると限界を越えて焼かれてしまうのかもしれない、なんて訳のわからない考えが浮かんでしまった。

「お二方はどちらへ行かれるつもりでしょうか」

 突然、声が聞こえてきた。
 館の敷地から離れたから、といって油断しすぎていた。私もフランも驚きで身を竦ませてしまう。

 フランが私の手をぎゅっ、と握り締めたのがわかった。私も無意識にフランの手を握る手に力を込める。

 私たちの前には咲夜が立っていた。太陽の下で銀髪が眩しいほどに輝いている。

「ああ、ご安心ください。お二人を止めに来たわけではありませんので」

 そう言いながら、攻撃をする意思はない、とでもいうように手をひらひらと振る。けど、油断は出来ない。私たちの隙を突くための演技なのかもしれないし。

 フランを守るために私の後ろにやろうと前に出る。けど、フランも同じことを考えてたみたいで二人でぶつかってしまった。

「ご、ごめん、フラン」
「う、ううん、こっちこそ」

 謝りながら二人で並んで再び咲夜と対峙する。
 なんか、間抜けだなぁ。

「ふふ、仲がよろしいんですね」

 私たち二人の様子を見て咲夜は微笑んでた。ほんとにフランを連れ戻す気なんてないのかな?

「……咲夜は何のために私たちを追いかけてきたの?」
「監視の為です。フランお嬢様はこいしのことを全面的に信頼しているようですが、私はそうではありませんから。もしかしたら攫われてしまうかもしれません」
「こいしは絶対にそんなことしない」

 フランが断言と同時に首を横に振る。ほんとに信頼されてるみたいだなぁ。

「それを確かめるために私はお二人に付いていくのです。よろしいですか?」
「嫌だ、って言っても付いてくるんだよね?」
「はい」
「……わかった、付いてきてもいいよ」
「ありがとうございます、フランお嬢様」

 私の出る幕が全くなかった。私と咲夜の接点って少ないから仕方ないんだけど。

「こいし、咲夜がいてもいいよね」
「うん、いいよ。狭い場所に行くわけじゃないから」

 それに、危害を加えない、って言うんなら咲夜にも私のお気に入りの場所を見せてあげてもいいかな、って思った。

 同じものを気に入ってくれる人がいたらそれだけで嬉しいからね。





 風が吹く。今日はいつもと比べて一段と風が強い。

 私はいつものように黒色の帽子が飛ばないように手で押さえる。
 鈴鹿は眠そうに身体を丸めている。
 咲夜は腕を組んだまま超然とした態度で立っている。

 そして、フランは風で飛ばされそうになっている傘を掴んだまま目の前の景色に見惚れていた。

「わぁ〜……」

 フランの顔が輝いている。七色の羽も風になびきながら嬉しそうに揺れている。

 私にとっては見慣れた景色。だから、見たい、と思うことはあっても大きな感動は得られない。
 けど、フランは違う。フランにとってここを見るのは初めてなのだ。そして、多分、こうして遠くまで見通せる景色を見るのも。

「……ありがと、こいし」

 私の方を見ないで、幻想郷の姿に見惚れたままフランがお礼を言う。

「いえいえ、どういたしまして。でも、景色を見てるだけじゃつまんないでしょ?」
「ううん、そんなことないよ」

 首を横に振られた。まあ、初めて外に出たんならそんなものか。

「今はそうかもしれないけど、いつかきっとここから見える場所にも見えない場所にも行ってみたい、って思うようになるはずだよ」

 フランが望めば何処にだって行ける事が出来る。私はその案内役に徹すればいい。

「その時は私がフランを案内してあげるよ。何処へでも、ね」
「うんっ、よろしくね、こいし!」

 極上の笑顔。天使みたいな笑顔。

 やっぱり、私はこの笑顔の為に頑張ってきたのかもしれない。


「任せて! 絶対にフランを満足させてみせるから!」

 幻想郷が一望できる高台で私はそう誓った。たった一人の臆病な女の子のために。



◇Flan’s side.



 こいしとは湖の前で別れた。

 本当はもうちょっと一緒にいたかった。でも、私にはやらないといけないことがある。

 お姉様と話をする。そうしてこいしの入館を正式に認めてもらわないといけない。
 いつまでもこいしを侵入者扱いするなんて可哀想だからね。それに、お姉様とこいしは喧嘩をしてるような状態だからその仲裁もしないと。

 その為に私は廊下を進んで行く。外に出るな、とは言われてるけど部屋から出るな、とは言われてない。
 だから、隠れることもなく堂々と歩く。

 ……こうして、廊下を歩いているとついさっきこいしに手を引かれてここを歩いたのを思い出す。
 こいしと一緒に歩いていると誰も私たちを見ないのだ。普段から外に出ない私と、館の中にいるべきでないこいし。この組み合わせで私たちを見ようとしない者なんていないはずなのに。

 それなのに、こいしはすごく警戒するみたいに歩いていた。咲夜を警戒してるって聞いたらすごく納得したけど。
 お姉様でさえも敵わない、って言ってるくらいだからねぇ。

 と、そんな風に考え事をしながら歩いてたらお姉様の部屋の前に着いた。

 ふぅ……。

 溜め息に似た息をついて気持ちを落ち着かせる。
 何を話せばお姉様は納得してくれるだろうか。

 そういえば、私からお姉様に話しかけたことは一度もない。

 ああ、そう思うと余計に緊張してきた。

 ……目を閉じてゆっくりと手を閉じる。こいしの手の感触を思い出す。

 小さな部屋から私を連れ出してくれた私と同じくらいの手。でも、ちょっと温かくて柔らかい手。その手は私に安心を与えてくれた。
 こいしがいてくれれば何処にでも行けるんじゃないだろうか。そう思えてくる。

 こうやって思い出すだけでも温かい気分になってくるんだから。

 ……よしっ、勇気の充填完了。

 もう一度息を吐いて、ノブを握り締める。

 その前に、何を言おうかな。よし、一言目で簡潔に私の望みを伝えよう。

 そう思いながら私は思いっきり扉を開いた。
 紅茶を飲んでいたお姉様が驚いたように私を見る。そんなことに構わず私は言った。


「お姉様! 私、外に出たい!」


Fin



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