×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。




「レミリアお嬢様、さとりと共に食事をしたりお酒を飲むなどしたりして親睦を深めてみてはどうでしょうか」

 午後のティータイム。紅茶を淹れ終えた咲夜が突然そんな事を言ってきた。

「どうしたのよ、突然」
「いえ、ルーミアが夜雀の屋台で大量の鰻が入荷されたと言っていたのでこれはいい機会なのではないだろうかと」

 食欲旺盛なルーミアは、咲夜の料理の腕を知って以来、度々厨房に入ってきている。野良猫に餌を与えるような感じで世話をしているようだけど、情報収集にも一応は役立っているらしい。

「私たちの夕食に誘うとかでもいいじゃない」

 さとりと仲良くしておくという事に関して異論はない。フランがこいしと仲良くしているのだから、その姉との接点を強めておいても損はないだろう。けど、わざわざ館の外で親睦を深める必要性を感じなかった。

「それでは不公平ではありませんか。あちらにとってみれば、この場所はアウェー。けれど、こちらにとってみればホームであり、そこに不誠実さが現れてしまうのは確実です。こんな事では、向こうも心を許してくれないでしょう」
「なんでやけに戦略的なのよ」

 心を読む事の出来る彼女に対してその配慮はあまり意味がないように思う。そういった姿勢だけでも見せるというのは、大切なのかもしれないけど。

「それに、うちの館の食堂はやけに広いので、お互いに距離を感じてしまうのではないでしょうか。ですが、狭い屋台の席に並んで座ればその問題は解決されるでしょう」
「まあ、それは一理あるわね」

 私の言葉を無視した事は気にしない事にした。いちいち突っ込んでいたら切りがない。

「納得してくださったようでなによりです。では、今すぐ地霊殿の方へとこの旨を伝えて参りますね」
「私はやってもいいなんて一言も言ってないわよー……」

 一応姿を消す前にそう言ってみたけど、反応する事なく消えてしまった。大抵勝手に判断を下した場合、私が何かを言った程度で止まる事はない。今回もその例には漏れなかったようだ。
 私の事を考えてくれてるっていうのは分かるんだけど、少しくらいはこちらの話を聞いて欲しかった。
 一度自分のやっている事が正しいと信じてしまうとなかなか止まってくれないのだ、あの従者は。

 まあ、反論がある訳ではないから別にいいんだけれど。





 日が暮れて太陽が完全に沈んだ頃に私たちは館を出発した。

 月は昇っておらず、星の明かりだけが頼りとなっている。人間にはひどく頼りないだろうけど、夜目の利く私にとっては十分すぎる明かりだ。
 けど、同行者であるさとりにとってはそうでないようで、私が手を引かなければ歩けないような状態だ。二人の距離を縮めるためだとか言って、咲夜は明かりを渡してくれなかった。

「……あの、レミリアさん手、放さないでくださいね」

 私の心を介して見ている景色を見れば一人でも歩けるんじゃないだろうかと思った途端に、手の力を込めつつそう言ってきた。声に不安が滲み出ている。

「なんでよ」
「レミリアさんが無意識に避けた窪みなんかがわからないからです」
「それって、私が手を引く引かないに関わらず転ぶじゃない」
「こ、心細いじゃないですか……っ」

 かなり情けない声が返ってきた。意識のある相手には滅法強いみたいだけど、不意を打ってくるようなものにはかなり弱いらしい。妹のこいしには勝てないと言っていたのにも頷ける。

「なんなら抱き上げてあげるわよ? 転んだ時にぶつかられるのも鬱陶しいし」
「い、いえ、結構です」
「そう?」

 こっちが気遣ってるわけではないというのは伝わってるだろうから、それ以上は何も言わない。それから、転びそうになったら勝手に抱き上げようと心の中で決めておく。

「……レミリアさんって、思考は自分勝手な割に行動は親切ですよね」
「貴女がそう思うんならそうなんでしょうね」

 思考と行動が乖離している時点で、自分自身を正しく判断する事なんて出来ないでしょうし。

「でも、意識せず、自らの環境をよくするには周りの環境をよくするのがいいと心得ているのは素晴らしいと思いますよ」
「褒められても自覚がないから、嬉しくともなんともないわねぇ」

 そうやって、時々一段飛ばしが発生するような会話を続けながら星空の下を歩いていると、道の横に赤い光がぽつんとあるのが見えてきた。
 無事に屋台に着いたようだ。

「ああ……、ようやく到着ですか」

 転ばずにここまで来れたからか、その声には安堵が込められていた。振り返ってみると、空いた方の手で胸を撫で下ろすさとりの姿が目に入った。

「そうやって安心して油断した時が一番危ないわよ」

 性格的に走り出したりする事はないだろうと思いながら警告しておく。手を繋いでいる限りは、巻き込まれる可能性があるのだ。ここまで繋いできたのだから、最後の最後まで繋いでいたいという無意味な意地もある事だし。

「はい、そうですね」

 急ぐ事もかといって足を緩める事もなく屋台を目指す。

 近づくにつれて、暖簾に二つの影が映っているのが見えてきた。一つは店主であるミスティア、もう一つは宣伝をしにきたルーミアだろう。

 そんな予想を立てつつ、整地された道を歩いて屋台にまで辿り着いた。私は暖簾を上げて中の様子を窺ってみる。

「いらっしゃい! レミリアと、そっちがさとりかな?」

 真っ先に私たちに気付いたミスティアが元気よく声を掛けてくる。それに合わせて、客側の席に座っていた一人がこちらへと振り向く。金髪の中で、小さな赤いリボンが揺れる。
 予想していたとおりルーミアだ。串に刺された鰻の蒲焼きをくわえたままだ。
 けど、私たちの姿を認めると串を手で持って口を開く。

「よく来てくれたねー。さあさあ、くつろいでってよ」
「なんでルーミアが店側の人みたいなこと言うかな」
「いっつも一緒にいるんだから似たようなものだよ。それに、ちゃんと食材も取ってきてあげてるしー」
「はいはい、そうだね」

 ルーミアはどこでもマイペースを貫き通しているようだ。ミスティアもあしらい方を心得ているようで、返事はおざなりだ。
 少し焦点を外したような喋りをするから、真面目に相手をするとこちらが疲れるだけなのだ。

「それよりルーミア、どっちかに寄ってあげて」
「はいはーい」

 ミスティアの言葉に頷いたルーミアは、言われたとおり片方に寄る。四人ほどが座れそうな長椅子だから寄ってもらわなくても座れるのだけれど、私たちの事を配慮してくれているのだろう。
 咲夜から話は聞いてるみたいだし。

 寄ったルーミアの隣に私、その隣にさとりが座る。
 ミスティアは席に座る私たちを眺めながら、鰻を捌き始めていた。

「ここに来るのが初めてってことは自己紹介が必要かな? 私はミスティア・ローレライ。こうして屋台の店主をしたり、歌手なんかをしてるよ」
「私はルーミア。おいしいものを食べるのが趣味だから、何か私の知らないおいしいものを知ってたら教えてよ」

 館の中でさとりとルーミアは何度か顔を合わせてるはずだから、自己紹介の必要はないはずなのに自己紹介をしている。顔を合わせただけでまともに話をした事がないからだろうか。

「私は古明地さとりです。地底にある地霊殿という屋敷の主をしています。後、ご存じの通り心を読むことが出来ます」

 心が読めることをわざわざ言う必要があるだろうかと思ったけど、もしかしたら彼女なりの誠意の現れなのかもしれない。心を読まれている事を先に知るのと後に知るのとでは、それに対する印象も異なるだろうし。

「あ、大丈夫ですよ。タレの作り方はどこにも漏らしませんので」
「それは助かるよ。私秘伝のタレの作り方が誰かに伝われば、焼き鳥が飛ぶように売れてしまうのは必須だからね。それは私としては絶対に許せない」

 その言葉からは、ミスティアの自分の料理に対する自信が溢れている。私もその味は知っているし、否定するつもりもない。

「……ですから、あんまり物騒なことは考えないでくださいね」
「まあ、努力はするよ」

 笑顔を浮かべながら、四枚に捌いた鰻を串に刺して焼き始める。
 問題事の多そうな屋台の経営者は何を考えたのやら。自らの名声を下げずに効率よく消す方法かしらね。喋られてしまったら、黙らせる事自体に意味はなくなってしまうし。

「……レミリアさんも思考が物騒になってきてますよ」
「っと、それは悪かったわね。とはいえ、考えるなと言われると逆に考えてしまうのよね」
「だよね。まあ、もうちょっと待っててくれれば物騒な思考も吹っ飛ぶくらいに美味しいウナギが焼き上がるからそれまでの辛抱辛抱」

 私の言葉に頷いたミスティアが一度焼いた鰻をタレに漬け、更に焼いていく。焼けた醤油の匂いとタレが焼ける音とが広がり、食欲をそそられる。
 音の合間にはミスティアの鼻歌が混じっている。自分自身を歌手だと言うだけあって、その旋律は綺麗に響いている。妙な歌詞をつけて歌いさえしなければ、素直に上手だと思えるのよね。
 と、視界の端で金髪が揺れたのが見えた。視線を向けてみると、ルーミアが身体を乗り出して、焼けていく鰻をじっと見つめている。
 いつもなら率先して話をしようとするのに、今は完全に鰻の方に心を奪われてしまっているようだ。炭火に照らされた赤い瞳がきらきらと輝いている。

 いつもはミステリアスで掴みづらい雰囲気をしているが、今この時だけは見かけ相応の子供らしい雰囲気を辺りに散らしている。なかなかに微笑ましい姿だ。

「レミリアさんって、無邪気な子供の姿に憧憬を抱いているんですね」

 不意にさとりがそんな事を言ってきた。私自身気付いていない微かな想いに気付いたのだろう。
 だから、返事をするまでに少し時間が掛かった。その想いの正体を考える時間が必要だったから。

「……かもしれないわね。言われるまで自覚はなかったけど」

 私自身がそうしたいのではなく、あの子にそうあって欲しかったという願望の現れなのかもしれない。
 現状に満足しているのに、あまり意識していない部分では未練がましくそんな事を思っているようだ。どうしようもないほどに無意味なのに。

「そんなものですよ。私だってあの子にとって辛くない世界であればよかったのにと思ってます」
「まあ、だからどうしたって感じね」

 お互いに未練がましさを話した所でどうとなるわけではない。ただ無為に気持ちを落とし込んでしまうだけだ。

「そうそう、何があったかなんて知らないけど、終わったことなら美味しい物食べて、お酒を飲んで忘れた方がよっぽど幸せだよ」

 ミスティアが焼き上がった鰻を皿に並べながらそんな事を言う。その言葉には全面的に同意だ。

 皿に並べられていくのを見て、ルーミアが更に身を乗り出す。
 ほとんど七輪を覗き込むような形になっているけど、熱くはないのだろうか。

「はいよ、お待ちどお。ルーミアはちゃんと席に座って座って」

 ルーミアを押し返すようにしながら、それぞれの前に鰻の蒲焼きの乗せられた皿を出す。ルーミアの前の皿にだけは、二本乗せられている。ルーミアの食欲を知っている身としては特に異論はない。早々に食べ終わって物欲しそうな目で見られても困るし。

 ルーミアは飛びつくように皿の一本を手に取り早速かぶりつく。そうして、租借しながら心底幸せそうな表情を浮かべる。
 食べ物一つでそこまで幸せそうになれるのはある意味羨ましいと思う。咲夜がいるから美味しい物はいつでも食べれるけど、あそこまでの幸せを感じたような事はない。

「全くですね。……では、いただきます」

 さとりが私の心の声に同意しつつ串を手に取り、息を吹きかけ始める。
 私も同様に息を吹きかける。出来立てだからかなり熱そうだ。これを全く冷まさずに口に入れることの出来たルーミアの口はどうなっているのだろうか。
 そんな事を考えながら、ある程度冷めただろう所で一口かじってみる。

 醤油の味と微かな甘み、それから鰻から滲み出る旨味とが調和していて、文句なしに美味しい。少し熱かったが、味わえないほどではなかった。
 ただ、ルーミアの姿を思い返すとなんとなく損をしているような気がする。あれだけ幸せオーラを巻き散らしながら食べる事が出来たら、さぞかし充足感があるだろう事が分かってしまっているから。

「そうですね。心が読めるせいでさらに強くそう思ってしまいますよ」

 二人して純粋に食べる事を楽しむルーミアを羨みながら、鰻を食べ進めていく。一口一口をしっかりと味わえば、ルーミアの感じている幸せに少しでも近付けるんではないだろうかなんて思って。

「……美味しいんですけど、食事には向いていないような気がします」
「まあ、言われてみればそうね」

 途中でさとりがそんな事を言う。
 咲夜は日常生活ではしっかりとしているけど、イレギュラーな事があると少々抜けた所を見せる。結果を楽しみながら行動するから、気持ちが先走ってしまっているのかもしれない。
 今の今まで気付かなかった私の言える事ではないけれど。

「そうですね。咲夜さんは始終、私とレミリアさんをいかにして仲良くさせるかという事ばかりを考えていましたよ」
「でしょうね」

 さとりが来るという事が決まった後も咲夜は延々とどうするべきか話していた。面倒だから何一つとして聞いてなかったけど。
 今まで誰かと関わっていく上であれこれ考えた事などないのだ。それで割と上手くいっているのだから、わざわざやり方を変える必要もないと思う。

「で、そんな私と貴女は上手くやっていけると思う?」

 少しずつだけど、相手に心を読まれている事を前提に話す事も慣れてきた。けど、黙っているのはなんだか会話とは違う気がするから、最低限は言葉にするように心がけている。

「そうやって、私の傍にいる事に適応してくださっているなら大丈夫ですよ」
「それは良かったわ」

 私たちの仲が悪かったらあの二人にも影響が出てくるでしょうし。最低でも普通以上の関係はあった方がいいだろう。

「やはりほとんどの事柄はフランドールさん基準なんですね」
「まあ、なんだか自然とそうなるわね。最近はあの子の事ばかり気にしなくなったから、少し変わってきたとはいえ」

 長年の考え方の癖かしらね。何百年と続けてきたわけだし。

「フランドールさん抜きにして、レミリアさんとしては私のことどう思ってるんですか」
「どうと言われてもねぇ」

 急に聞かれてもよく分からない。分からないけど、なんとなく抱いている印象を思い浮かべれば伝わるかもしれないから、適当に思考を回してみる。
 分からないという事に対しては臆病だという印象がある。ここに来るまでの間、ずっと私の手を離さないようにしながら歩いていたし。
 それから、物腰は柔らかい。誰にでも自然と丁寧に接している。だからか、敬語で話されていても堅い印象を受ける事はない。

「とまあ、そんな感じね」
「……悪く思われてはいないようですね」

 さとりの下した評価はそんなものだった。まだ、私自身のさとりに対する興味は薄いという事か。

「端から聞いてると奇妙な会話だねぇ」

 二匹目の鰻を捌き始めていたミスティアがそんな事を言ってきた。
 私自身もそう思う。




「ねー、レミリア。このまま、羽に寄りかかっていい?」
「地面に振り落とされたいならいいわよ」

 しばらくして、酒の入ったルーミアがいきなりそんな事を言ってきた。当然聞き入れるつもりはない。

「ケチだねぇ」

 そう言いながら、くすくすと小さな笑い声を上げる。
どうやら、笑い上戸のようだ。もしくは幸せ上戸か。食べ物を食べている時に発しているような幸福感を常に纏っているような気がする。

「その状態で寝ぼけ始めると噛みつかれることがあるから注意しといた方がいいよ」

 ミスティアが空になった猪口に酒を注いでくれながらそう言う。帰りの事も考えて量はそれほど飲んでいない。暗い内に帰るつもりだから、行きと同じようにさとりを誘導しつつ帰らないといけない。

「忠告ありがとう。覚えとくわ」

 その時に対処できるかは置いといて。まあ、力で負ける事はないから大丈夫だとは思う。

「それにしても、レミリアは人気者だねぇ」

 私とその両端を見てミスティアが笑う。私は軽いため息を吐くことでそれに対する返答とする。

 もう一人、さとりは私の太股に頭を乗せて寝ている。最初は寄りかかるように寝ていたけど、バランスが悪かったせいでずり落ちてしまった。まあ、自分より目に見えて身長が低い相手にそんな事をすれば当然の事かもしれない。
 こちらはあまり酒に強くないようで、早々にこの状態だ。寝顔はどことなく幸せそうだから、嫌いという事はないのだろう。

 その無防備な表情になんとなく手が吸い寄せられて、その頭を撫でてみる。私も割と酔ってきているのかもしれない。
 癖のある髪型だけど、手入れはしっかりとされているようで手に絡んでくるような事はない。眠りが浅いのか、手を動かす度にくすぐったそうに身体を少しよじる。やりすぎると起きてしまうかもしれないと思い中断。

「私も撫でて撫でてー」

 ルーミアが無理矢理頭をねじ込んで、空いてる方の太股に乗せてきた。本格的に酔っ払いと化してきている。

「なんでそんな事しないといけないのよ」

 そう言いながらも、手の方が勝手に頭を撫で始めていた。
 家を持たない野良妖怪とは思えないほどに綺麗な髪で、さらさらと流れていく。

「私、そうやって辛辣に言いながらも、ちゃんと要求に応えてくれるレミリアの事、結構好きだよー」
「はいはい」

 適当な返事をしながらも、手の動きは止めない。触り心地がいいから手を止められないという事にしておく。
 やはりルーミアは幸せ上戸なのだろう。そう思えるくらい、目が幸せそうに細められている。

「ここまで大人しい酔っ払いって初めて見た。レミリア、何か変なことやってるの?」
「なによ、変な事って。というか、ルーミアは貴女の担当なんだからなんとかしなさいよ」
「いやいや、私はお客さんの料理やお酒の注文に応えないといけないから」

 手を振って拒否をしようとするが、話を振ったおかげでルーミアの興味はミスティアの方へと移ったようだ。

「私は、ミスチーのことも好きだよー」

 ふわー、と起き上がって、そのままカウンターを越えてミスティアへと抱き付く。避けるのは簡単そうだったけど、あえて捕まったようだ。

「はいはい、それはありがとう」

 反応が私とほとんど同じだった。でも、感謝の言葉がある分、邪険に扱おうという気はないのだろう。そこが私と大違いだ。

「はむはむ」
「って、噛むなっ!」

 二の腕を噛み始めたルーミアの後頭部へと、ミスティアの手刀が振り上げられる。普通、手刀というと振り下ろすものだけど、抱き付かれているせいで振り上げるしかなかったようだ。

「うー、いたいー。ミスチー、ひどい」
「噛みついてきたやつがそんなこと言うな」

 後頭部を押さえて恨みがましそうに見上げるルーミアと、睨むように見下ろすミスティア。でも、お酒の勢いで動いているルーミアはすぐにくすくすと笑い始めた。なんにも可笑しい事はないのに、可笑しそうに。
 ミスティアはそんな様子を見ながらため息を吐いている。

「いっつもそんなのなの?」
「いや、普段はもっと酔っ払ってから。やっぱりレミリアがなんかしたんじゃないの?」
「そんな事言われたってねぇ」

 心当たりが何一つない。たまたま酒の周りが早くて酩酊してしまっただけなのではないだろうか。

「さとりがレミリアにくっついてるのを見てたら、一人でいるのが寂しくなったんだよ」

 笑うのをやめたルーミアが再びミスティアへと抱き付く。
 ミスティアは振り解くような事はしないが、噛まれるのを警戒しているのか手のひらでルーミアの額を押さえている。

「なんで頭押さえるの」

 ルーミアが不満そうにミスティアの顔を見上げる。

「ルーミアが噛みつくからでしょうが」
「だってミスチー美味しそうな匂いがするからー」

 けど、すぐに表情は気の抜けたようなものとなる。

「タレの匂いが染みついてるだけだから。今から一匹焼いてあげるから、それで我慢して」
「やったー」

 両手を上げて嬉しさを表現すると、すぐさま客側の席へと戻ってきた。私たちが酒を飲み始めたからそれに付き合ってくれただけで、まだまだ満足していなかったのかもしれない。
 なんにせよ、あんなに脂っこいものよく大量に食べられるものだ。

 そう思いながら、注いでもらってから口を付けていなかった猪口をゆっくりと傾ける。
 時々口にするワインと比べれば、かなり強い酒のようで口にする度に熱が食道を伝っていく。調子に乗って飲めばすぐに逆に呑まれてしまいそうな、そんな酒だ。一人で呑んでいたら早々に酔いつぶれていたかもしれない。
 私より呑んでいるはずなのに、少々テンションが上がるだけのルーミアの酒への強さは割と侮れないのかもしれない。

「ん……?」

 タレの焼ける匂いが辺りに漂い始めた頃、下の方から小さな声が聞こえてきた。視線を下げてみれば、目を覚ましたらしいさとりと目が合う。
 と、そこで私は無意識の内に再びさとりの頭を撫でている事に気付く。酔ったら他人の頭を撫でる癖でもあるんだろうか。普段飲む時にはこれほど近くに誰かがいる事がなかったから分からなかった。

「あら、おはよう」

 頭を撫でるのはやめて、代わりに額に手を置いてみる。少し温かい。

「おはよう、ございます……?」

 全く状況を理解していないようで、かなり無防備な表情を浮かべている。けど、次第に理解が及んできたのか、驚きに目が見開かれていく。
 そして、突然身体を起こした。私は顔をぶつけないように額から手を離しつつ少し身を引く。
 驚き慣れていないのか反応が鈍い気がする。まあ、慣れるものなのかどうかも知らないけど、よく驚いているフランは割と反応が早い気がする。

「す、すみません」
「いいわよ、別に。迷惑という事もなかったし」

 そう答えつつ、スカートの皺になった部分を手で引っ張って直す。ずっと乗っていた重みがなくなったせいか、なんとなく落ち着かない感じがする。

「貴女、結構弱いのね」
「あんまり、お酒を飲める機会がないですからね。ペットたちの食事を考えると、そんな余裕、全然ないので」

 酔ってるせいなのか、それともまだ頭が寝ているのかゆっくりとした喋りだ。

「そういえば、動物がたくさんいるんだったわね。良かったら咲夜の作ったワイン、分けてあげるわよ? 日本酒に比べれば弱いお酒だけど」
「いえ、それくらいの方がちょうどいいです」
「じゃあ、館に戻ったら咲夜に適当なのを一本見繕ってもらうわ」
「はい、よろしくお願いします」

 忘れないようにと心の中で思っておく。でも、忘れたら思い出した時に持っていけばいいかなんて思っている時点で忘れる可能性がかなり高そうだ。

「……」

 会話が途切れた所で、さとりが妙な沈黙を放つ。なんとなく様子がおかしいとも言う。

「どうしたのよ」

 気になってさとりの方を見てみる。

「いえ、なんでもないです」
「なんでもない態度には見えないわよ」
「き、気にしないでください」

 顔を逸らす場合は大抵なにかがある。まあ、追求されたくないみたいだからこれ以上なにかを言うつもりはない。切羽詰まって深刻ななにかを隠しているという様子もないし。

「焼けたよっと。レミリアとさとりはいる?」

 そして、ちょうどいいタイミングで鰻が焼き上がったようだ。もうなにかを食べようという気分ではないけど。

「いえ、もう十分食べさせていただきました」
「私もいらないわ。そこで、待ち切れないと言わんばかりに目を輝かせてるルーミアに全部あげてちょうだい」
「了解」

 そう答えて、ミスティアは四本の串を一枚の皿に乗せ、ルーミアの前に皿を出す。ほとんど間を置く事なく一本目にかぶりついた。そして、溢れんばかりの笑みを零す。
 ここまで食い付きがよくて、かつあんなにも美味しそうな表情を浮かべていたら作り手としても嬉しい事だろう。
 実際、今までも含めてルーミアを見つめるミスティアは嬉しげで、そして優しげな表情を浮かべている。

「な、なに。二人してこっち見て」

 視線に気付いたらしく、戸惑ったような表情を浮かべる。どうやら、さとりもミスティアの表情を見ていたようだ。

「まあ、なんというか、いい表情でルーミアの事を見てるなと思って」
「私も同じような理由です。心の中も暖かくて、心地よいです」

 さとりが覚り妖怪らしい感想を告げる。周りに気を許されてると、そういう事も感じ取れるようだ。

「……まあ、結構長い間面倒を見てあげてるからねぇ。子供がいるとこんな気持ちになるのかなぁ、っていうのはあるよ」
「ミスチーって、私のこと子供扱いしてるんだ?」

 一本目を食べ終えたルーミアが首を傾げてそう聞く。そう扱われる事を嫌がっているような様子はない。

「うん。なんでかって聞かれるとよくわかんないけど」
「たぶん、それはミスチーが私に料理の存在を教えてくれたからだよ。ほら、お袋の味とかおかーさんの味とかいうでしょ? だからー、ミスチーは私のおかーさん」

 そう言って、ルーミアが気の抜けた笑みを浮かべる。ミスティアは真っ正面からそんな事を言われるのが恥ずかしいのか、若干顔を赤く染めながら視線を逸らしてしまう。
 お互いに信頼関係を築き上げているというのがよく分かる。そして、だからこそなんとなく居辛い。

「……レミリアさん、そろそろ戻りますか?」
「……そうね」

 さとりの小声の提案に私も小声で同意を返す。どうせ、一度雰囲気をぶち壊す事になるからあまり意味はないけど。

「じゃあ、私たちは帰るとするわ。代金は、後日館の方に取りに来てちょうだい。お金でも物品でも応じられれば応じるから」
「まいどありー。代金の方は存分に考えさせてもらっとくよ」

 そう言いながら、どこからか取り出した紙と鉛筆でメモを書いていく。そういえば、鳥は忘れっぽいっていうけど、ミスティアはどうなのかしらね。他人と関わる機会が多いと単純に覚える量が多くて覚えられないというのもあるでしょうし。

「じゃーねー、二人とも」

 私たち二人が立ち上がると、ルーミアが右手を大きく振ってくれる。

「貴女は屋台の食材を食べ切らないようにしなさいよ」

 なんとなく思い浮かんだ言葉をそのまま口にしてみた。

「努力はするー」
「いや、努力するとかしないとかじゃなくて、ほんとにしないでよっ?!」

 絶対に聞く気のなさそうなルーミアの返事に対して、ミスティアが事前にその暴挙を止めようとする。

「むりだね。ミスチーはなんだかんだで優しいしー」
「くっ……! い、いやっ、負けない! 勝ってみせる!」

 ものすごく簡単に負けてしまいそうだった。
 これ以上邪魔するのも悪いので、仲良く漫才をし始めた二人に背を向けて歩き出す。

「っと、そうだ」

 振り返って、さとりの方へと手を伸ばす。まだまだ辺りは暗闇に包まれているし、酔ってしまって少々足下が覚束ないみたいだから、放っておいたらすぐにでも転んでしまいそうな気がする。

「なんで薬指しか握らないのよ」
「い、いえ、個人的な問題ですのでお気になさらず」
「はあ……。よく分からないけど、絶対に転ぶんじゃないわよ。腕を引っ張られるのとは訳が違うんだから」
「で、ですよね。ちょっと待ってください」

 なにをするのだろうかと思うと、私の指を放すと背を向けて深呼吸を始めた。
 私はさとりの背を見つめながら、なんでこんな反応をするんだろうかと考えてみる。

「頭を撫でられた事を意識してるのかしら?」

 妙な反応をし始めたのもそれくらいだった。
 馴れ馴れしくされるのは苦手そうだし、いきなり距離を詰められて少々動転しているというのはあるかもしれない。

「……まあ、そう、ですね」
「それなら、二つ選択肢があるけど、どうして欲しい?」
「二番目でお願いします」

 ほとんど即答だった。そんなに暗闇の中を一人で歩くのは嫌だという事なのだろう。

「そ、分かったわ」

 さとりの要望に応えて、手を握ってやった。一瞬びくりと身体を震わせただけでそれ以上の変化は特になかった。

「さ、戻りましょうか」

 そうして今度こそ、私たちは館へと向けて歩き始める。

「そういえば、すっかり忘れてたけど、もともとは親睦を深めるためにこうして出てきたのよね。さとりとしてはどう思う?」

 私としては少しくらいは距離が縮まったように思う。手を繋ぐ事を意識するくらいには距離を気にし始めたという事でしょうし。

「……私の方ばかりがレミリアさんに近づいていって、レミリアさんはなにも変わってないように思います」
「言われてみればそうね。実際、私の貴女に対する態度はなにも変わってないし」
「同じ主でも、付いてきているものたちが従者かペットかという事で違いが出てるんでしょうか」
「いや、あんまり関係ないと思うわよ。咲夜は状況的にペットを拾ったのとそんな変わらない感じだし。むしろ、心が読めるか読めないかっていうのが関係してるんじゃない?」
「あ、それはあるかもしれません。信用しても大丈夫そうだというのがよくわかるので、ついつい心を許してしまっているような気がします」
「で、それに対して、私は少しずつ貴女を知っていくしかない、と」
「……今後とも、お付き合いよろしくお願いします」
「ええ、構わないわよ」

 そんなふうに、行きと同じように会話をしながら、館へと帰ったのだった。



Fin



短編置き場に戻る