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 まん丸な月が静かな夜道を照らす。
 妖怪が跋扈するような時間帯にこの道を通るような人間は誰一人としていない。

 しかし、そんな道の横に、一軒の屋台が立っている。店名はないようで代わりに八目鰻と書かれた赤い提灯がぶら下がっている。
 見るものが見ればその姿は不気味に移るかもしれない。人通りのない道に立つ屋台ほど怪しいものは無い。

 無人、というわけではないようだ。店からは歌声が聞こえてくる。
 美しく誰もを魅了するような響き。けれど、油断してはならない。この辺りで聞こえるのは大抵夜雀の歌声なのだから。
 迂闊に聞き惚れてしまえば鳥目にされてしまう。

 そんな屋台へと闇に隠れるような漆黒の服を着た少女が近づいていく。赤いリボンで結わえられた金髪が月明かりに照らされて頭だけが浮かんでいるようにも見える。
 彼女の手には竹で出来た籠がある。中に何か入っているのかぽたぽた、と水が滴り落ちている。浮かんでいて足跡をつけない彼女の代わりに彼女の足跡を刻む。

「こんばんはー」

 少女が赤色の暖簾をあげ、中にいる者へと少々間延びした声をかけた。
 中にいた者も同様に少女の姿をしていた。

 真っ先に目に入るのは背中から伸びるその大きな鳥の翼だろう。それを見れば誰も彼女が妖怪だと信じて疑わないはずだ。
 また、紫色の髪の中に埋もれている羽毛の生えた人間らしからぬ耳もまた人間とは違う、ということを主張している。

「いらっしゃーい。……って、なんだルーミアか。今日も来たの?」

 この屋台の店主である夜雀ミスティア・ローレライは呆れたように宵闇妖怪ルーミアへと視線を向ける。

「うん。一日に一回はミスチーの料理を食べないと落ち着かないからね」

 そう言いながらルーミアはミスティアに竹籠を渡す。

「今日も取ってきたんだ」

 いつもの事なのか中を覗かず籠の中に入っているものを取り出す。
 それは八目鰻だった。黒光りする細長い身体をうねうねと動かしてミスティアの手から逃れようとしている。
 しかし、動くたびにミスティアの細い指の鋭い爪が刺さっていき逃れることは出来ない。

「私はお金を持ってないからこういう払い方しか出来ないからね」
「なら、わざわざ私のところに来ないで人間でも襲えばいいんじゃない? お腹も膨れるし、運がよければお金も手に入るだろうし」

 ミスティアはルーミアと話をしながらも八目鰻を捌いていく。屋台を経営しているだけあって話しながら作業をするのには慣れている。八目鰻を捌いていくその手に淀みは一切無い。

 しかし、妖怪、というだけあって平然と恐ろしいことを言ってのける。ただし人間にとって、だが。

「むー、それがね。ミスチーの作った鰻を食べてから調理してないものが食べれなくなったんだ」
「えっ? そうだったの?」

 その言葉に驚いたようで思わず作業の手を止めてルーミアへと視線を向けてしまう。

「うん。あんまり美味しくないんだ。……だから、ね。こんな身体にした責任はちゃんと取ってもらわないと」
「……そんな言い回し、一体何処で覚えてくるのさ」

 溜め息をもらしながら呆れていることを示す。ついでに作業再開。
 ルーミアはミスティアの溜め息を全く気にした様子も無く質問に答える。

「紅魔館の図書館に置いてあった本ー。いや、香霖堂の方かな?」
「ルーミア、本なんて読めるんだね」

 呆れが引っ込んで代わりに感心が表に出てくる。
 そして、その間にも八目鰻は捌き終わっていた。次は切り身を串に刺していく。
 切り身、といってもほとんど一匹丸ごとそのままになっている。客がルーミアしかいないので一度に済ませられる方法を取ったのだ。

「うん。読書、って結構楽しいよー。昼の暇な時間とかに読むのがお勧めだね」
「いやいや、多分無数の文字を見てるだけで睡魔が襲ってくると思う」
「ミスチーなら読めると思うんだけどなー」

 大抵の低級妖怪は文字を読むことが出来ないのだが、ミスティアとルーミアは違うようだ。

「まあ、文字が少しだけなら読めないことは無いけど、あんなびっしりと字が詰まってるのは無理。訳わかんなくなっちゃう」
「そっか、それは残念」

 けれど、その声に残念そうな響きは込められていなかった。本当のところはどうでもいいのだろう。

「……それよりも、ルーミアはさっきの言い回しを本当はどういう場面で使ってるかわかってるの?」
「それは、私の読解力を疑ってるって事?」
「うん。正直な所、ルーミアが難しい本を読めるとは思えないから」
「そっか。まあ、皆の前でそう言う素振りを見せたことって無いしねー」

 ミスティアに疑われている、と知ってもルーミアの暢気な様子に変化は無い。あまり他人からどう思われても気にしない性格なのだ。

「私がさっき使った言い回しは、男女間で―――」
「ストップストップ! わざわざ言わなくていいから!」

 タレをつけた八目鰻を、焼き鳥を焼くときに使う大きな七輪の上に乗せようとしていたミスティアが手を使ってルーミアの言葉を静止する。少しだけ顔が赤くなっている。

「そう? 言わないと、本当にわかってるかどうかを確認できないと思うんだけど」
「……ルーミアが絶対に嘘を付かないのはわかってるから大丈夫だよ」

 少々取り乱した気持ちを落ち着かせてミスティアは改めて七輪の上に八目鰻を乗せた。
 音を響かせながら、タレの焼ける匂いが辺りに広がる。

「そんな風に思ってくれてるんだ」

 ルーミアはミスティアの言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべる。気にしない、といってもいい風に思われていれば嬉しいものは嬉しいようだ。けど、すぐに別のものに気を取られてしまう。

「……いつも通りすっごくいい匂いだね」

 鼻をすんすん、と動かす。同時にルーミアのお腹が小さく音を立てる。

「お腹すいた……」
「あはは、もうちょっとで焼けるから待っててね」

 いつも通りの様子のルーミアを見ながら可笑しそうに笑う。そうしながらも彼女の手は八目鰻が焦げないよう、適度に裏返している。
 その際に漏らす鼻歌は少し嬉しそうだった。
 それはルーミアに匂いのことを褒められたからだろう。鰻の蒲焼は匂いが命なのだ。

 ルーミアはカウンターに頬杖を付いて鰻の焼けていく様子を楽しそうに眺めている。彼女にとっていくらお腹が空いていようとも待っているその時間も楽しいのだ。

 静かに時間が過ぎていく。
 聞こえるのは炭の爆ぜる音だけだ。

 ミスティアは焼けていく八目鰻をじっと見つめている。代わりにルーミアはミスティアの横顔を見つめている。

「……よしっ、焼けたみたい。お待たせ、ルーミア」

 ミスティアは笑顔で焼き上がった焼き八目鰻をルーミアへと手渡す。接客用の笑顔ではなく友人に浮かべるような笑顔だった。

「おおっ! 待ったよ、待ったよー。ではでは、いただきまーす」

 いつもの暢気な様子は何処へやら。妙にはしゃいだ様子でミスティアの手から焼き八目鰻を受け取る。

「んーっ! やっぱりミスチーの焼いた鰻は最高だね!」

 一口食べてそんな感想を漏らす。
 幸せを噛み締めているような笑顔を浮かべている。この時こそルーミアにとっての至福の時なのだろう。

「あはは、ありがと」

 ミスティアも嬉しそうに笑い返す。屋台ではいつものように見られる光景だ。

「そういえば、調理してないものが食べれなくなった、って言ってたよね。私がいない時はどうしてるの?」

 ふとした疑問が浮かんできたのでそう聞く。料理が出来る、と言う話は聞いた事が無い。

 そして、その間にも手は二匹目の鰻を捌き始めていた。ルーミアは一匹程度では満足しないのだ。

「んーん。襲った人間に作ってもらったり、料理を作ってくれそうな妖怪とか人間とかの所に行ってるよ」
「ふーん、そっか。……って、襲った人間?」

 ルーミアの言葉に納得しかけて途中で引っかかりを覚えた。
 八目鰻の二口目を口に含んでいたルーミアはそれを租借し嚥下する。それからミスティアの言葉に答える。この時でも焦らずマイペースにしっかりと味わっている。
 早く食べるのは勿体無いから、だそうだ。

「……うん、最近は夜道で襲った人間を食べる代わりに、料理を作ってもらってるんだ。翌日の昼に私がその人の家に行く、っていう感じでね」
「へえ……」

 ミスティアは珍しそうな声を漏らす。
 まあ、それも仕方が無い。人間の里に入っていく妖怪はいくらでもいるが民家に入っていくのは少ない。入れてくれる者が少ない、というよりは民家に興味を持つ妖怪が少ないのだ。

「どんな感じだった?」
「最初は怯えられてたけど、最近は受け入れられるようになって来たよ。負けても命を取られない、ってわかったからか腕試しみたいな感じで私に挑んでくる人も増えてきたしねー」

 そして、鰻にかぶりつく。やっぱり、鰻を噛み締めているときのその表情は幸せで溢れている。

 ミスティアはルーミアの表情を嬉しそうに見ながら鰻を串に刺す。

「あー、いや、ごめん。私の聞き方が悪かった。味はどうだったの?」
「味? うん、美味しかったよ。ミスチーの料理には及ばないけどね」

 料理を食べている時の幸せそうなのとはまた違った笑顔を浮かべる。ミスティアはそんな感じの笑顔を何処かで見たような気がするのだが思い出すことは出来なかった。
 ただ、少しくすぐったい。そんな感じがする。

「あー、うん。ありがと」

 気の無い風を装うように答えながら、鰻にタレをつけていく。
 けど、ルーミアはそんな細かな変化にも気付く。

「ん、どうしたの?」

 どうしてそうなったのか、まではわからないようだが。

「いや、なんでもない」
「んー?」

 鰻をくわえたまま首を傾ける。その際に、金髪がさらさらと揺れる。

「ついでに聞いてみるんだけどさ。襲った人間以外が作った料理はどうだったの? 誰のが一番美味しかった?」

 ついで、とは言いながらも実は結構興味があるのだ。
 まだ料理人としては未熟な方であるミスティアも料理が上手な者達の所へ訪ねたことがある。自分の感想といつも自分の料理を食べてくれている者の感想を比べたいのだ。

 串に刺した切り身を七輪の上に乗せる。再び、嗅いだ者の空腹感を誘う香りが辺りに広がる。

 鰻が焼けるまで手持ち無沙汰となったミスティアはルーミアの方へと視線を向ける。

「そーだねぇ……」

 鰻を咀嚼しながら答える。

「その中では咲夜が作ったのが一番美味しかったかな」
「あー、納得。あの人の料理には絶対敵わないと思う」
「そんなことないよ。ミスチーなら絶対に咲夜よりも美味しい料理が作れるようになるよ」

 絶対の自信を持って力強く断言するように言う。

「そう、かな」
「うん、そうだよ。それに、私はミスチーの料理大好きだよ」

 自身の無さそうなミスティアへと笑顔を浮かべる。宵闇の妖怪だと言うのにその笑顔は太陽に照らされる白い花のように眩しかった。

「あ、ありがと」

 再び向けられた幸せそうなのとはまた違った笑顔を見て少したじたじ。もう少しで何処で見たのか思い出せそうなのだがまだ、思い出せない。ただただくすぐったい気持ちだけがある。

「ううん、こちらこそありがとう、だよ。ミスチーのおかげでこんなに美味しいものを知ることが出来たんだから」

 ルーミアは最後の一口を口に入れた。
 最後の最後まで味を噛み締めて嚥下。今度はミスティアの変化に気付かなかったようだ。

「ミスチーは私のお嫁さんになればいいと思うんだ」

 代わりに、笑顔のままそんな一言。

「……はい?」

 あまりにも予想外な言葉にミスティアは動きを止めてしまう。精巧な作りをした石膏状態である。

「毎日、毎食ミスチーが料理を作ってくれたら私は大満足だよ。夜はミスチーの屋台で食べるね。そうすれば、皆にもミスチーの美味しい料理を食べさせてあげることも出来て一石二鳥だね」
「……ああ、なんだ、そういうことか。まあ、ルーミアに限ってそんな恋愛沙汰なんてありえないよね」

 ルーミアの言葉を聞いて石化の呪縛から逃れる。ミスティアの横顔には安心に似た色が浮かんでいる。

「ミスチーが望むならミスチーのこと愛してあげるよ」
「はいはい、食べ物で釣られたようなのがそういうこと言わないの」
「むぅ、無責任」

 ルーミアは少々不満そうに頬を膨らませる。

「無責任、だ何て言わないでよ。こーして毎日ちゃんと話相手をしてあげながら料理を用意してあげてるんだからさ。……はい、焼けたよ」
「ありがとー」

 ミスティアから焼き八目鰻を受け取るとルーミアの不満顔はすぐに笑顔へと取って代わる。

「現金だなぁ」
「食べ物を食べてるとき、ってその時の気分によって味が変わると思うんだよねー。だから、食べるときは楽しい気分でいないと損だよ」
「まあ、確かにそれは一理あるだろうね」

 気分が落ち込んでいるときにどんなに美味しいものを食べても美味しくはないし、逆に盛り上がっていればそんなに美味しくないものでも美味しいと感じてしまうものなのだ。

「でも、それだけじゃないよ」
「?」
「私にとって一番はやっぱりミスチーの料理だよ。だから、それをミスチーから貰えるだけで私は嬉しい気持ちになれるんだよ」
「……上手いくどき文句だねぇ」

 しみじみとしたように言う。
 ただ、視線はルーミアから逸れて背後の赤い暖簾の方に向いていた。真っ直ぐに褒められて恥ずかしいようだった。

 というか、ミスティアは気付いてしまったのだ。ルーミアの向ける表情がどんな種類のものなのか、ということに。
 それは、母親の料理のことを語る子供の表情。子供、といっても年齢的なものではない。

 大人となっても舌がいつまでも覚えている味。所謂、お袋の味、というものだ。
 ルーミアにとってミスティアの料理の味はお袋の味となっているのだ。

「どう? 惚れた? 惚れたら、今度はミスチーの愛情がこもった料理を食べたいなー。愛は最高の調味料、って言うしね」
「はいはい、じゃあ次は料理に対する愛情を多目に入れとくね」

 喜べばいいのやら微妙な気分になっていたミスティアは素っ気無い返事を返す。

「うん、じゃあ、それでお願い」

 ルーミアは二本目の焼き鰻を口にしながらにへー、とした笑顔を浮かべる。幸せに表情が溶けきってしまっているようだ。

「……すっごい幸せそうだね」
「うん、幸せー。ミスチーが私へのじゃないとはいえ、私のために愛を込めて作ってくれるんだから」
「……ごめん、私の負けだ」

 ルーミアのあまりの真っ直ぐさに耐えられなくなってしまったようだ。台の上に手を付いてうな垂れてしまう。

 そして、ミスティアは気が付けば自分の料理がルーミアのお袋の味となっていることを受けて入れていた。悪くない、そう思えるのだ。

「?」

 ミスティアの様子を見てルーミアは首を傾げる。自分がミスティアへと向けた言葉の破壊力には気が付いていないようだ。だからこその真っ直ぐさである。

「……しょうがない。ルーミア、次は私の本気を見せてあげるよ。私の愛と一緒にね!」
「おおっ! それは楽しみ!」

 やけくそ気味なミスティアと、美味しい物が食べられる、ということではしゃぐルーミア。


 さてさて、ルーミアの為だけの気持ちを込めた料理はどんな味になるのだろうか。


Fin



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