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 今にも崩れてしまいそうなぼろ小屋の扉を開ける。
 ぎぎぎ……っ、と不吉な音を響かせながらも、無事に人一人が通れる隙間が開く。開かなければ開かなかったで、身体を小さくしてそこら中に空いている穴を通ればいいだけなんだけど。
 どこか埃っぽい小屋の中へと足を踏み入れて、周りを見回す。そこら中がぼろぼろに朽ち果てて、陰気な印象を与えられる。光が射し込んでいるから、決して暗いわけではないけど、陰影が一層薄暗く感じさせる。
 そんな儚さを感じさせる空間の中、不自然に綺麗な風呂敷と少し安っぽさを感じさせる色合いの弁当箱が二つ、竹筒の水筒が無造作に置かれているのを見つける。
 人間大の身体が床を踏み抜いてしまわないように、浮いてからそこへと近づいて、空っぽとなっていることを確認する。どうやら、あいつはしっかりと食べてくれたようだ。
 一人で頷いて、弁当箱と水筒を風呂敷で包む。そして、もう一度中をざっと見回してから、小屋を出た。




 神社へと戻る途中、食材がそろそろなくなりそうだったなーと思い出したから、弁当箱とかを洗うと人里へと向かう。
 私が自由に使うことの出来る材料は、自前で用意しなくてはいけない。幸い、裁縫が得意だからそれでお金を得たり、物々交換することが出来ている。芸は身を助くとはよく言ったものである。神社に置いてもらうのにも少し支出が発生しているから、本当に助かっている。
 私がやっていることは、他人から見れば自己満足と呼ばれる類のものだろう。でも、正確には少し違う。あいつ―鬼人正邪―との繋がりを維持するための我が侭な行為なのだ。弁当を渡して、翌日それが空になっているのを確認して、あいつの中にはまだ私がいると安堵するためだけの、無為とも言えるような行動だ。私にとって、あいつは失うことの出来ない存在なのだ。
 誰かは刷り込みだと心配するように言った。その通りかもしれない。でも、私の世界を広げたのがあいつであるということに変わりはない。
 誰かは使われているだけだと笑った。それもその通りかもしれない。まだまだ騙されやすい私だ。表で迷惑そうにしているあいつが、裏ではほくそ笑んでる可能性だってありうる。でも、それがなんだと言うのだろうか。私は騙されていようとも構わない。最初の動機は私がそうしたいと思ったからなのだ。
 何にせよ、私があいつに関わることに対して苦言なり心配なりを呈するのは、余計なお世話以外の何物でもない。代わりに、あいつの悪事に関して伝えてくれることは大歓迎だ。最近はその辺りを理解して、お灸を据えるよう頼むのも増えてきた。それに反比例するように、あいつが表立った悪事をすることは減ってきたのだけれど。
 そうやって、移動時の暇を潰している内に、朝を過ぎ昼にはまだしばらくかかりそうな日に照らされる人里に着いた。商店通りの方は、降りる場所を探すのが大変なときもあるから、今の内に地面の上に降りておく。
 前に来たときと代わり映えのない風景を眺めながら、人が多くなっているところを目指していく。




「あっ、針妙丸!」

 やたらと声を掛けられながら人混みの中を進んでいると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。この人混みを作り出している張本人であり、私がここまで話しかけられるようになる要因を作り出してくれた秦こころだ。まだ舞台が始まっていないのか、それとももう既に終わったのか、舞台から降りてくると、道を空けてもらいながら、私の前へとやってくる。
 今日はいつもの洋服ではなく、青色の華美な着物を着ている。ちなみに、それを作ったのは私だったりする。

「これから買い物?」

 無表情のまま首を傾げる。表情が動かなくても、仕草で愛嬌を感じさせることが出来るのは、こころの魅力の一つだと思う。

「うん。食材なくなりそうだからね」
「そっか。じゃあ、ついでに米屋のおばあちゃんのところに行ってあげてくれる? 着物が破れて困ってるって話を聞いたから」

 私が人里である程度のお金を得ることが出来るようになったのは、こころのおかげだ。今のように、仕事がありそうな場所を教えてくれるというのもあるし、私が作った着物を着て、宣伝したりもしてくれるのだ。人里でのこころの人気は計り知れないもので、一瞬にして私の知名度は高まってしまっていた。
 でも、今もそれが続いているのは、自分の実力によるものだと思っている。いくらこころの人気に便乗させてもらったとはいえ、それなり未満の物を作っていただけでは、ここまで持続していなかっただろう。

「米屋ね。わかったわ、ありがとう。こころは、これから? それとも、もう終わった?」
「これから。良かったら見てく?」
「うーん……。ちょっと仕事が溜まってるから、また今度にするわ」

 大盛況というのも考え物である。切羽詰まってるわけじゃないから、絞ってもいいんだけど、頼まれると断れなくなってしまうのだ。今のところは自由時間が減るだけだからいいけど、睡眠やらあいつに会いに行く時間やらを削る必要が出てくるなら、真面目に考えなくてはいけない。

「そっか、残念。じゃあ、また今度ね」
「ええ、次は機会があるよう祈っとくわ。じゃあね、こころ。宣伝できそうだったらやっとくわね」
「うん、お願い」

 頷くこころに背を向けて立ち去ろうとするけども、思うように進むことはできないのだった。




 こころの方に人が集まっているので、商店街の方はがらんとしていた。でも、こころの舞が終われば、活気づくことだろう。お店の人から聞いたけど、こころが舞をした後は、いつもよりも売り上げが伸びるらしい。だからか、通りに人が少ない割には、店先に立っている人たちの雰囲気は生き生きとしている。まあ、こころの舞を見に行くためか、戸を閉めているところも少なくないけど。

「こんにちは、おばちゃん」

 様々な野菜を並べた店先で商品を並べていた八百屋のおばちゃんに声を掛ける。店の中を覗いてみるけど、旦那さんや息子さんの姿はなかった。向こうでは姿を見かけなかったけど、またこころの舞を見に行っているのだろうか。

「あら、こんにちは、針妙丸ちゃん。今日はごぼうが入ったばっかりなんだけどどう?」

 おばちゃんがこちらへと振り向いて、笑顔を見せてくれる。
 最初の頃は、お使いに来た子供のように扱われていたけど、ここのところは、料理好きの娘のような扱いをしてもらえている。お金の使い方に頓着することがないから、更に進んで主婦のような扱いを受けることはないだろう。

「うへぇ、ごぼうかぁ。私はあんまり好きじゃないなぁ」

 私が食べるものではないとはいえ、作って味見をするのは私だ。だから、自分が苦手な物を材料として使いたくはない。

「好き嫌いは駄目よ。ほら、私が美味しいごぼう料理の作り方教えてあげるから、挑戦してみなさい」

 そう言うなり、料理の手順を教えてくれる。私はふんふんと頷いて聞きながら、気が付けばすっかり作る気にさせられてしまっているのだ。いつも、後になってから良いように売りつけられただけではないのだろうかと思うけど、料理に外れがあったことはないし、必要以上に買わされることもないから、別にいいかと思うようになっている。

「そう言えば、正邪が悪さした話とか聞いてない?」

 料理の手順を聞き終えて、ごぼう以外の食材を見繕いながら、そう聞いてみる。何かやっていたのなら、後で叱っておかなくてはいけない。

「聞いてないわねぇ。針妙丸ちゃんの頑張りが伝わったのね」

 しみじみとした様子でそう言われる。でも、毎日顔を合わせている私には、絶対にそうでないということがわかる。そんなに殊勝なやつではない。

「あれは多分、私のことを鬱陶しがってるだけだと思うわ。まあ、効果があるならなんだっていいんだけど」

 あいつが天邪鬼である限り、反省するなんてことはありえない。だから、本当の意味で大人しくさせるのは不可能だと思ってる。でも、しつこく関わっていくことで、抑制効果ぐらいはあるらしいことは、最近わかってきた。

「なんだか擦れてきちゃったわねぇ。でも、その分、頼もしくなってきたようにも見えるわ」
「うーん……、私にはよくわかんないなー」

 私は私に出来ることをやっているだけだ。あいつは、素直なままでは絶対に付き合えない手合いだから、擦れてきたという実感はあるけれど。小人族の里にいたころの私は、もっとバカ正直だった。純粋というよりは、何も考えていないだけだった。

「本人は中々自分の成長に気が付けないものよ」
「ふーん」

 子供を育てたことがあるからこその言葉なのだろうか。

「よし決めた。これとこれとそれ、ちょうだい」

 しばらくして、どれを買うのか決めた。

「はいよっと。値段は――」

 受け取った野菜は、持参した袋の中へと入れる。前に一度、小槌の力で運んでみたことがあるんだけど、入れていた物がいくらかなくなってしまっていた。どうやら、代償として持って行かれてしまったようなのだ。だから、一度試して以来、自分の力で運ぶようにしている。まあ、今の身体も小槌によるものだから、自分の力と言うのも語弊があるんだろうけど。

「ありがとう。また来ておくれよ!」
「うん、またね」

 手を振って別れを告げる。次に目指すのは米屋だ。




「ただいまー」
「ああ、おかえりなさい。もう少しで昼食できそうだから、荷物置いたら並べるの手伝ってちょうだい」
「はいはーい」

 勝手口から入るなり、霊夢にそう言われた。ちょうどいい時間に帰って来れたようだ。
 買ってきた野菜を私専用の食材置き場に置いて、米屋のお婆ちゃんから受け取った着物は仕事部屋へと置く。仕事部屋はそれなりの対価を支払って使わせてもらっているから、文句を言われることはない。いつまでいるつもりなのかとは言われたけど、今のところ出て行くつもりはない。正邪が私と住むつもりがあるなら、輝針城に戻ろうとは思っているけど、兆しは見えてこない。一人で広いあの城に住もうとは思えない。
 そんなことを考えながら、台所へと戻る。まだ食器を用意していないことと料理を確認してから、食器棚から食器を取り出す。何がどこにあるかは大体把握出来ている。ちなみに、私の食器は人間サイズの物を使うことを許されている。こっちも、ある程度の稼ぎを霊夢のところに入れているからこそだ。働かざる者食うべからずというわけである。

「針妙丸、ご飯をよそってくれる?」
「はーい」

 霊夢に指示されるままに準備を進める。小槌がほとんどの魔力を取り戻して、日常生活の中でも身体の大きさを維持できるようになってからは、出来る限りのことは手伝うようにしている。最近は忙しいときもあって、あまり手伝えないような日もあるけど。
 慣れた動きで、居間の卓袱台に二人分の昼食を並べて、向かい合って座る。

「いただきます」

 同時に手を合わせて食べ始める。私も霊夢も食事中には喋らないから、黙々と箸を進めることになる。正邪は結構騒がしかった。私の料理に文句を付けたり、その日あったことの愚痴を口にしたり、革命への意気込みを熱く語ったり。
 思い出してしまうと、静かな食事風景に物足りなさを覚えてしまう。今日は正邪のところで夕食を食べようかな。多分、一緒には食べてくれないだろうけど。
 ぼんやりと考え込みながら、食事を進めていくのだった。




 昼食を食べてからは、溜まっている仕事を片づけていた。途中途中であいつの所に持って行く弁当に詰める料理を作りながら。

「じゃあ、霊夢。行ってくるわね」
「はいはい、行ってらっしゃい」

 日が暮れ始める頃、霊夢のぞんざいな見送りを受けながら、神社を発つ。今日は弁当箱を三つ、風呂敷に包んでいる。二つはあいつの夕食と朝食、一つは私の夕食だ。有思実行。今日はあいつの声に食卓を彩ってもらうことにした。こんなことをするのは私だけなんだろうと思うとなんだか可笑しかった。
 あいつの居場所は、小槌が教えてくれる。そういうお願いをしているというわけではなく、あいつが持っている道具からは魔力を回収しないようにしているから、それで位置がわかるのだ。どこかの付喪神がそうしたように、変質させられてしまった魔力を除けば、未回収なのはそれだけになっている。
 少々肌寒い夜の中を飛んでいると、少し傾いた小屋を見つける。確か先週くらいに正邪が泊まっていたところだ。雨風凌げる都合のいい場所なんて、そう多くない。
 扉の前に降りて、今にも外れてしまいそうな扉なんだか木の板なんだかよくわからなくなっているものを叩く。

「正邪ー、来たわよー」

 呼びかけてみるけど、返事はない。いつものことだ。中にいることを確かめるのではなく、私が来たことを伝えられれば十分だから気にしない。
 遠慮なく扉を開ける。最初の頃は外れてしまわないだろうかとおっかなびっくりだったけど、もう慣れてしまった。

「……来んなって言ってんだろうが」

 何もすることがないからから、それとも意外や意外に私を待っていたのか、中央の辺りに何もせずに座っていたらしい正邪が、うんざりしたような視線をこちらに向けてくる。特に変わりはないようだ。

「天邪鬼的には来いってことじゃないの?」
「じゃあ、これからは来たいときにいつでも来いよ。歓迎してやる」

 心底嫌そうな態度でそう言ってくる。まあでも、どんな態度で何を言ってこようとも私には関係ない。

「そう? ありがとー」
「……はあ」

 ため息を吐かれてしまった。前はもっと怒鳴って怒りを見せてきたりもしてたんだけど、最近はすっかり大人しくなってしまった。私が擦れていく間に、正邪は色んな部分が擦り減ってしまったのかもしれない。最近は私くらいしか相手にしていないみたいだけど、幻想郷中から目を付けられていたこともあったからさもありなん。

「今日はこっちで食べてくことにするわ。はいこれ、正邪の分」

 正邪の正面に座って、弁当箱を二つと水筒とを押し付ける。このときになって、自分の分の水筒を忘れてきてしまったことを思い出す。まあ、我慢すればいいか。

「なんでだよ、さっさと帰れよ」
「まあまあ、気にしない気にしない」

 ひらひらと手を振って、飄々とした態度を演出しながら、弁当箱の蓋を開く。どうせ正邪は私がいる前では食べないだろうから、一人で手を合わせて食べ始める。
 正邪の騒がしさを期待してここで食べているのに、正邪は黙りっぱなしだ。こちらを不機嫌そうに見据えているだけである。ううむ、居心地が悪いだけだ。
 そんなことを思いながらも、のんびりと食べ進める。正邪が黙って耐えるような性格でないことはわかっている。

「……人様の前で見せつけるように食事たぁ悪趣味だな」
「美味しいよ?」
「とんだ自画自賛だな! てめえの料理なんざ不味くて食えたもんじゃねえんだよ!」
「お、おおう」

 そこまで言われるとは思っていなかったから、驚いてしまう。毎日私の料理を食べきってくれていることを知っているから、それが本心からの物ではないということはわかっている。ただ、天邪鬼である正邪がそれだけ強く否定するということは、逆にそれだけ強く肯定してくれているとも考えられる。そのことに驚いたのだ。
 まともな食事を摂れるような環境にいるわけではないから、私程度の腕の料理でも、満足してしまうのかなとも思う。でも、声の激しさの分だけ、強い感情となっているのだから、そんなに卑下することでもないのかもしれない。

「何にやにやしてんだよ、気持ち悪い」

 若干引かれてしまう。今のは多分、本音だろう。
 正邪は思っていることと正反対のことを言うのと同じくらい、相手に嫌われる言葉を口にする。今までの経験上、後者を優先することが多いような気はする。とはいえ、そういう傾向があるという程度だから、振る舞いからも判断しないといけない。細かな仕草とかは、結構正直だと思う。
 とにもかくにも、緩んだ頬を引き締めようとする。残念ながら、そううまくいかない。こころは例外として、ポーカーフェイスの人は、どうやって自分の表情を隠しているのだろうか。

「……けっ」

 正邪は何もかも気に入らないと言った感じの態度を見せたかと思うと、弁当箱を手に取る。蓋を開けて、箸を手に取るとかき込むように食べ始めた。
 全ての料理を一口は食べると、わざとらしく顔をしかめる。あんな食べ方をしていたから、口の周りが汚れている。

「ああ、まずいまずい。この世の物とは思えないような味だな」

 そして、平坦な口調で大真面目にそう言うのだ。

「……ぷっ。あ、あはははっ! ぜ、全然説得力ない!」

 その姿が可笑しくて、私は大笑いしてしまう。

「あー、もう! うるさい! 喋るな! 黙れ!」
「む、無理無理! 笑うな、なんて不可能! あはははっ、せめて口の周りくらい拭けばいいのにっ!」

 笑いすぎて苦しくなってきた。でも、一度溢れ出た衝動は収まらず、笑い続けることしかできない。
 正邪に死ねだとか殺すだとか言われても、笑い続けていた。




「……あー、一月分くらいは笑ったわ」

 しばらくして、ようやく落ち着いてきた。いつの間にか目の端に滲んでいた涙を拭う。

「ああ、そうかよ。満足したんならとっとと帰れ」

 ずっと笑われ続けていた正邪は拗ねていた。大抵開き直っていたりする正邪には珍しい姿だ。

「今日はこのままいれば、滅多に見られない正邪の姿がもっと見られそうな気がするわ」
「帰れって言ってんだろうが!」
「きゃー、怖いー」

 そんなことをやっていたら、今にも歯ぎしりをしそうな表情とともに睨まれた。あんまりやると、弾幕の一つや二つぶつけられてしまいそうだ。というわけで、自重自重。

「まあ、やりすぎたのは謝るわ。ごめんなさい。お詫びに……、私の食べ残しでもいる?」
「いらん」

 半分くらいしか減っていない弁当箱を押して寄せてみると、一言でそう言い捨てられた。これは、どっちなんだろうか。まだまだ天邪鬼語は理解し切れていない。

「そ。でも、持って帰るのが面倒くさいから置いて行くわね」

 とりあえず、私が見ていないところで選ばせることにした。残ってたら残ってたで処分なりなんなりすればいい。

「じゃあ、私がいたら落ち着かないみたいだから、帰るわね」
「ああ、もう二度と来んな」
「覚えてたらね」

 聞き流すことを覚えてしまったので、明日になれば本当に忘れてしまっている。

「それじゃあ、正邪、また明日」

 立ち上がって、わざとそう言う。

「おいこら、二度と来んなって言ってんだろうが!」
「あーあー、聞こえないー」

 正邪の怒声を背に受けながら、小屋を後にした。
 今日も残さずちゃんと食べて、私との繋がりを示して欲しいと、そんなことを考えながら。


 これが、私のなんてことのない一日だ。



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