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「なあ、お前ってパチュリーとどんな契約を結んでるんだ?」

 魔理沙さんが勝手に本を持って行かないようにと後ろで監視していると、不意にそんなことを聞いてきました。この辺りは悪魔に関する本が多いからでしょうか。

「特に契約らしい契約も結んでないですよ」

 会話で意識をそらして本を持って逃げるつもりなのかもしれないと一応警戒しつつ背中に向かって答えます。まあ、本日は一度逃走に失敗しているので、大丈夫でしょう。もう一度そのようなことをした場合はお仕置きを何十倍にもすると釘を刺しているので。

 盗人行為は一日に一度まで。
 パチュリー様の精神の健康のために身体を動かす機会は必要ですが、あまり無理のできるような方ではないのです。

「そうなのか?」

 私の答えが意外だったのか、驚きの表情を浮かべた魔理沙さんがこちらの顔を窺うように振り返ります。まあ、私が普段やっていることを見ているならそのような反応でしょうねぇ。

「ええ、そうなのです。意外ですか?」
「ああ、意外だな。パチュリーに対してだけはやけに従順だったから、あいつの使い魔だと思ってたんだがな」
「ふむ、やはりそう思われていましたか」

 こうして司書めいたことをしているのも私がただやりたいから。見返りは、まあ求めてないこともありませんが、ないと言ってもいいでしょう。

「じゃあ、だとしてお前等の関係って何なんだ?」
「……そういえば何なんでしょうかね? 上司と部下?」

 言葉にしてみるとなんとも拭いがたい違和感が。
 では、主従? 師弟? 友達? 親子? 恋人? 赤の他人?
 どれもしっくりきません。主従が一番近いような気はしますが、どうなんでしょう。
 命令をされることはありますが、ふざけているときくらいで、本の整理なんかは私が勝手にやっているだけなんですよねぇ。魔導書という特殊なものを扱うことが多いので、助言は多くいただいていますが。

「わからないのかよ」

 呆れたような視線を向けられてしまいました。

「いやいや、どんな関係も言葉で言い表すことができると思ったら大間違いですよ?」

 正確に言い表す言葉がないからといって困ったこともありませんし。図書館に住まう魔女と小悪魔。それだけで十分じゃないですか。

「そんなもんなのかねぇ。まあ、パチュリーにも聞いてみればいいか」
「はい、そうしてみましょう」

 きっとパチュリー様もわからないだろうなと思いましたが、まあわざわざ言う必要もないでしょう。




「私たちの関係? ……うーん」

 魔理沙さんが数冊の本を抱えてテーブルに戻り、先ほどの質問をパチュリー様にもしてみると、予想通り本を開いたまま考え込んでしまいました。

「部下と、……上司? いや、主従?」

 予想通りパチュリー様もよくわからないようで、返ってきたのは珍しく曖昧な答えでした。私と近い捉え方をしているようではあるんですが。

「お前もわからないのかよ」

 魔理沙さんは先ほどよりも呆れているようでした。
 どうしても関係をはっきりとさせたいようです。なんとも人間らしいですねぇ。

「まあ、別に言葉に言い表せられなくてもいいのよ。今まで困ったこともないのだし」
「現に今、困ってるじゃないか」
「そんなの貴女が気にしなければ終わるような問題じゃない。個だけを見て系統分けに執着していると、常識にとらわれた固い頭になるわよ?」
「む、確かにそうかもしれんが……」

 魔法使いというだけあって、頭が固いと言われるのは気に入らないようで、口を噤んでしまいます。まだ気になってはいるようですが。

「じゃあ、別の質問。契約するわけでもないのになんでお前は小悪魔を喚び出したんだ?」
「悪魔の召喚に興味を持ったから。でも、もともと叶えてほしい願いもなかったから、用事もなく喚び出された事に逆上されても追い返せるように、低級の悪魔であるこの子を喚び出したのよ」
「迷惑な奴だな」

 確かにパチュリー様が言ったとおりの理由だとすれば迷惑極まりないですね。本来の目的なら、そこに付けこむ悪魔は多そうです。私はその理由に惹かれて、ここにいるわけですが。
 ちなみにその理由はパチュリー様ご本人から聞いたというわけではありません。何年か一緒にいて見抜いたという感じですね。なかなか手強い方です。

「なあ、お前もそう思うだろう?」
「いえいえ、私はこうしてパチュリー様の傍にいることができて幸せですよ」

 嘘を吐いていることを出しにしてからかおうかとも思いましたが、あんまり気に病んでほしくないのでやめました。
 どうも私に本当のことを黙っていることや用もないのに喚び出したことを気にしていたようなんですよねぇ。私は自ら望んでこうしてここに立っているというのに。
 今はそうした素振りを見せないので、おそらく気にしないようになったのだと思います。

「……まあ、確かにお前の様子を見てると嫌々やってるっていう様子はないよな」

 何やら面白くなさそうな様子の魔理沙さん。もしや、パチュリー様をからかうつもりだったんでしょうかね。
 そんな不敬なことを考える方にはお仕置きが必要そうです。

「ええ、そのとおりですよ、魔理沙さん。よかったら、当図書館の司書となり、パチュリー様のことを共に敬愛しませんか? もしくは、先輩となる私にその感情を向けてくださっても構いませんが」

 魔理沙さんをそっと背後から抱きしめ、こちら側に誘い込むように囁きかけます。その際、私の髪が頬に触れるように垂らして、距離の近さを演出します。手入れは大変ですが、こういうときに長い髪って役に立つんですよね。

「ならん! というか寄るなお前は!」

 振り払うように腕を振りますが、その程度では振り払われませんよ。

「どうして怖がるんですか? 私は人畜無害でさしたる力も持たない小悪魔ですよ?」
「怖がってない! 単純にお前のことが苦手なんだよ!」
「ふむ、褒め言葉として受け取っておきましょう」

 私の悪戯が有効に働き、かつ嫌われていないということですから。からかうことをスキンシップで終わらせるにはなかなか骨が折れるのですよ。
 まあ、魔理沙さんの場合は普段がガサツだからこそなのか、純情な部分があるので、こういう手に弱いというのが主な理由なんでしょうが。幻想郷ではからかったり、からかわれたりなんてしょっちゅうですからね。

「このまま嫌われてしまいたくはないので、今回はここで解放して差し上げましょう。ただ、今後はパチュリー様をからかおうだなんてこと、考えないでくださいね」
「わかった、とでも言うと思うか?」

 放した途端に立ち上がり、私の正面に立つと不敵な笑みを浮かべてそんなことを言ってきます。若干頬が染まってるせいで強がってるようにしか見えません。

「まあ、私はどちらでもいいですよ。むしろ、その方が魔理沙さんをお仕置きする口実ができて嬉しい限りです」

 笑顔を付随した私の言葉に魔理沙さんは実に面白くなさそうな表情を浮かべます。負けず嫌いらしい反応ですね。

「わかったよ。覚えてる限りは何もしない」

 椅子に座り直すと大人しく本を読み始めました。どうせ、しばらくすれば忘れるんでしょうけど。それこそ、次に会ったときとか。
 どうしてこうも懲りないんでしょうかね。負けず嫌いだからなのか、構ってほしいからなのか。はてさて。

 とにもかくにも、こうして紅魔館内魔法図書館の日常は過ぎ去っていきます。





 あれから魔理沙さんはいつも通り日が暮れるまで本を読み、帰るときにはきっちり棚に戻して帰っていきました。
 同意さえすればちゃんとルールに則った行動を取るんですよね。ルールに厳しい悪魔と契約する上では良い方向に働きそうな性格です。自分に都合のいいように契約を結べる技能があるかどうかは別として。

 魔理沙さんが帰ってからしばらくして、レミリアさんが訪れてきました。

「こんばんは、二人とも。パチェの体調は、悪くないみたいね」

 昼と夕の二度、レミリアさんはパチュリー様の容態を確認するためにここを訪れます。最近では永遠亭が外に開かれたおかげで、発作が起きてもすぐに治めることができるようになりましたが、それ以前はかなり大変でした。
 発作が起きれば私とレミリアさんの二人で発作が治まるまで傍にいて差し上げる。そんなことしかできず、苦しんでいる姿を見ていることしかできないというのは大変心苦しいものでした。
 そういうわけで、今ではそれほど重要ではなくなってしまった体調管理ですが、習慣とはそう簡単に抜けるものではないですし、お互い面倒くさがる素振りも見せずに今でも続けています。だからこそ、二人の間には友情があるのでしょう。

「ん、こんばんは、レミィ」
「はい、こんばんは、レミリアさん」

 レミリアさんは私たちの返事を受けながら、パチュリー様の対面の席に着きます。お互いにその日にあったことを話すのも日課となっています。こちらの日課はここ十数年の間にできたものですが。
 普段はあまり表情を動かすことのないパチュリー様が、素直に感情を表す場面なので、横で二人の会話を聞くことが密かな楽しみになってたりします。

「今日は確か神社の方に行っていたのよね? 何かあった?」
「別に何にもなかったわね。いつも通り平和だったわよ。追い出されそうになったり、掃除を強要させられかかったり、お茶を飲んだり。そっちは?」
「魔理沙が来てこあと協力して撃退して、私たちの関係なんかを聞かれて、……。とまあ、大体いつも通りだったわ」

 いつもなら、普段の姿からは想像しがたいくらいに口が達者になるパチュリー様ですが、妙なところで間を作り、そして結局は途切れさせてしまいました。
 これは、魔理沙さんに言われたことを引きずっているということなんでしょうか。

「パチェ? 何かあった?」

 当然ながらレミリアさんは、パチュリー様の異常に気がつきます。
 パチュリー様はしばらくの間、視線をさまよわせますが、誤魔化しきれないと思ったのか、ゆっくりと口を動かしはじめます。

「ん……、ちょっと。……私って、迷惑かしらね」

 ああ、やはり魔理沙さんの言葉を気に病んでいたようです。あの後、特に変わった様子を見せなかったからといって気がつけなかったのは大失態です。

「私はそうは思わないわよ?」
「私だってそうですよ!」
「そう……?」

 二人して迷惑だという言葉を否定しますが、大した効果はないようです。まあ、根本を解決してないので当然なんですが。

「ふむ、魔理沙にそう言われたからってだけじゃないわよね? パチェがそれだけで気にするとは思えないし」

 じっとパチュリー様の顔を見たまま考え込むレミリアさん。その真剣な様子にパチュリー様はおろか、私も口を挟むことができません。
 普段は面倒くさがりなのに、身内のこととなると態度が豹変するんですよねぇ。その姿はとても素敵で、パチュリー様が惹かれてしまうのも仕方がないのかなと思ってしまうわけです。

「……私でよければ聞いてあげるわよ?」

 その言葉を聞いたパチュリー様はほんの一瞬だけ、こちらに視線を向けたかと思うと、

「ううん、大丈夫」

 首を左右に振りました。ですが、それはどこか強がっているようで本当は話したいんだというのが伝わってきます。私がいるから話しづらいのでしょう。

「私、紅茶を淹れてきますねっ。レミリアさん、帰ってきたばかりで疲れているかもしれませんし」

 私らしくもない不自然な言い訳を口にして、駆け足で図書館から出ていきます。

 どうにも、自分のせいで誰かが沈んでると思うと調子が狂いますねぇ。それが、私にとって特別だと思える方だとなおさらに。





 馬鹿正直に紅茶を淹れて戻るわけにもいかず、紅魔館内をうろうろとする私。そもそも、図書館には簡易のキッチンが備え付けられてるので、紅茶を淹れるなら出てくる必要なんて全くないんですよね。
 パチュリー様が話しやすい環境を作るために出て行ったというのは、ばればれでしょうねぇ。それよりも私はいつ戻ればいいのやら。会話の途中に戻るなんていうのは気まずいことこの上ないですし。

 とにもかくにも、時間を潰す方法を探さないといけないですね。目的もなくうろうろとするのは性に合いません。
 とはいえ、どこに行けばいいのかさえわかりません。
 パチュリー様に喚び出されてから私の居場所はあの図書館だけでした。なので、特に行きたい場所というのがあるわけではないんですよね。今は目の前に道が延びているからただ歩いているというだけです。

 ああ、もう、まったく。落ち着きませんね。立ち止まってみましょうか。いや、いっそのこと座ってしまいましょう。
 そんなわけで、どこへ行くつもりなのかやけに急いている足を止め、壁に背を預けて座り込みます。そして両手で膝を抱え込んでしまいます。

「……」

 急いで紅茶を運んでいたときに不意に立ち止まったときのように心が攪拌され、同時に表面上の落ち着きは取り戻します。

 ……まったく、パチュリー様も水くさいですよね。あんな私にとってはどうでもいいことにこだわって気に病んで。
 それを今も抱いていることにではなくて、そんなことを抱いていることそのものに私は心を乱されます。私はその程度の存在だったんだろうかと。
 パチュリー様のところに戻ったら思いっきり文句を言ってやりたいところです。それで、私がパチュリー様の秘密をすでに暴いているということを口にして、よそよそしい気遣いなんて必要ないと言ってやって――

「あれ、こあ……?」

 半ば自棄になって思考を振り回していると、不意に怪訝そうな声が聞こえてきました。レミリアさんと似た響きを持つ、けれど対照的にどこか儚げな声。

「どうしたの?」

 フランドールさんの怪訝は心配に取って代わり、気遣うように声をかけてきます。
 それだけで、少しだけ落ち着いてきました。臆病な割には無防備なせいで、不思議な癒しオーラがあるんですよね。

「地雷というのはいつ誰が踏むものかわからないものだなぁと」

 私もパチュリー様も避けていたのに、魔理沙さんのせいで露呈してしまいました。まあ、別に魔理沙さんを恨もうという気はありません。元はといえば、見て見ぬ振りをしていた私たちが悪いんですし。

「……何かあったの?」

 フランドールさんが私の傍に寄って無警戒にしゃがみ込みます。

「いいんですか? そんな簡単に近づいてきて。悪戯をするための演技かもしれませんよ?」

 心の乱れを誤魔化すようにいつもの調子でそんな冗談を口にします。

「嘘、だよね? いつもと様子が違うし」

 そう言いながらも少々逃げ腰となってこちらを警戒しています。ですが、逃げ出そうというつもりはないようで、紅い瞳でこちらをずっと見つめてきています。
 こちらの内心を見抜いているのか見抜いていないのかよくわからない態度ですね。

「……」

 どちらにせよ、私の姿から何かを感じ取って、真剣に考えてくれているようです。なかなか動こうとしないのはどうすればいいのかわからなくて、悩んでいるからでしょう。
 経験が足りないことを自覚していて、けど自分の世界を大切にしているせいで、他人を無視することのできない方ですからねぇ。
 話を聞くと言い出すことも逃げ出すこともできず、相当なプレッシャーだけを感じているのでしょう。

「フランドールさん、昔話を聞いてもらってもいいですか?」

 なので、こちらから切り出すことにしました。放って置いてほしいと言えば従ってくれるでしょうけど、どうせ暇なので。
 それに、きっとパチュリー様もレミリアさんに同じ話をしていて、それを妹であるフランドールさんにするのはなかなか運命的だなぁと思ったわけです。パチュリー様とレミリアさんの距離と私とフランドールさんの距離とでは大きな差がありますが。

「うん」

 重大な何かを決定するときのような深刻そうな表情を浮かべて頷き、私の対面に座ります。スカートが短いので、膝ではなく太股を抱えています。
 廊下で向かい合って座るという珍妙な光景が出来上がりますが、まあ気にしてもしょうがないでしょう。今更どこかの部屋まで移動するのも面倒ですし。

「私はこの通り低級の悪魔ですので滅多に喚び出されることがありませんでした。なので、かなりの暇を持て余していたんですよね。まあ、血生臭いことやどろどろしててしち面倒くさいことに巻き込まれたりすることはなかったので大きな不満はありませんでしたけど。
 そんな暇で暇で仕方がない悪魔生活を送っていたある時、私に喚び出しがかかりました。正直言って乗り気はしませんでしたけどね。もともと真面目なわけでもありませんし」

 今でも不真面目さはさほど変わってないと思います。自分のやりたいようにやる。そうやって過ごしています。

「ですが、無視することもできなかったので仕方なく出てみたんですよ。そうしたら私には不釣り合いなくらい強大な魔力を持った魔女が立っていたので私はかなり驚きましたよ。それが、パチュリー様との出会いです」

 あのときは魔力の方にばかり気を取られていて容姿を確認する余裕もなかったんですよねぇ。魔力に差がありすぎると、一方的な契約を結ばれるのが常だと悪魔仲間たちから聞いていましたから。

「しかしながら、意外なことに何も頼まなかったんですよ? 私はしばらく立ち惚けてることしかできませんでした。そんなことをする魔女がいるなんてこれっぽっちも考えたことがなかったんですから。ただ、無意味に私を呼びだしたという様子でもなかったんですよね。実際に何かを言い淀むような様子を見せていましたから」

 本当に一瞬、口を動かすような素振りを見せたのは今でも覚えています。そのときに、顔をしっかりと見る余裕もできたんですよね。
 想像していたよりもずっと弱々しい印象。魔女らしい色白さも、容姿のおかげで不気味さよりも儚さや幽玄さといったものを際立たせていました。
 それによって、私の緊張感は一気にさらわれてしまっていました。

「その様子が気になった私は、せっかくだからその言いかけた言葉を見極めるまでここにとどまってやろうと決めました」

 最初は好奇心からあの方の傍にいてやろうと思っていました。なので、何もせず付きまとうだけでした。
 それが、発作を起こしている姿を見るのが嫌で、掃除をするようになり、本の整理もするようになって、気がつけばあの方の隣が居場所になっちゃっていました。

「そうして、今日の今日までうまくやっていた、つもりだったんですけどねぇ」

 言葉の隙間からため息が漏れてきます。自意識過剰だったとは思いたくはないんですが、どうなんでしょうか。

「今日、魔理沙さんがパチュリー様にどうして私を喚び出したのかと聞いたんですよ。パチュリー様は、用事もなくただ悪魔の召還に興味を持ったからという嘘をつきました。それに対して、魔理沙さんは迷惑な奴だなと返しました。まあ、魔理沙さんに悪気があったんだとは思いませんよ。いつも通り、軽口のつもりだったんでしょうから。それに、私だってそれほど衝撃を受けるとは思っていませんでした」

 本当に微かな傷のようなもので、私が触れなければなんでもないような些細なものだと思っていました。

「しかも、私が気づいたのは随分と時間が経ってからだったんです。レミリアさんが図書館に訪れたときにようやくですよ? しかも、私がいるときには気を遣って話そうともしません。……私、パチュリー様とそれなりに仲良くなったと思っていたんですけど、気を遣われてしまう程度の距離はまだまだあったということなんでしょうかねぇ……」

 話しているうちに気分が塞いできて、身体をより丸め込んでしまいます。このまま、殻の中に閉じこもってしまいたいとさえ思ってしまいます。
 そもそも、フランドールさんには荷が重くなってしまうと思ったのでここまで話すつもりはなかったんですが。一度話し出してしまうと自分を止められなくなってしまっていました。

「そんなこと、ないと思う。私から見た感想だけど、二人とも仲が良さそうに見えるから。……でも、パチュリーは不安なんだと思うよ。迷惑をかけたそのことが。私もお姉様にずっと迷惑をかけてきたから、いつか嫌われるんじゃないかって不安だったし、怖かった。でも、お姉様が迷惑じゃないって言ってくれてから、少しは大丈夫なんだって思えるようになった。……だから、こあもはっきりと迷惑じゃないって言えばいいんじゃないかな。……あ、でも、それくらいのこと、こあならわかってるよね。余計なこと言って、ごめんなさい」

 せっかく良いことを言っていたのに、最後の最後に謝ってしまいます。まあ、フランドールさんの言っていたことに間違いはないんですけどね。私のことを高く見すぎているという感じは否めませんが。

「いえいえ、十分心強い助言ですよ」

 心が弱っている今の私にとって、同意を得られることは頼もしい後押しとなります。それが、自信の糧となりますから。
 それに、真剣に考えてくれる健気な姿を見ているだけでも心が和みます。混沌としていた心の調子もだいぶ落ち着いてきました。

「……そう?」
「はい。フランドールさんのおかげでパチュリー様の傍に戻っても平静でいられそうです。ありがとうございます」

 私はこの方のことを少々見くびっていたのかもしれません。
 レミリアさん同様賢い方だとは思っていましたが、精神的な弱さのせいで受け止めることができないのではないだろうかと思っていました。
 しかし、フランドールさんはしっかりとこちらの話を聞いて、躊躇いがちではありますが感じたことや助言をしてくれました。
 気軽に相談に乗っていただくのは少々気が引けますが、相談役としてはかなり優秀なんじゃないでしょうか。

「私は思ったことを言っただけなんだけど……」

 む、なんとも卑屈な態度ですね。
 その態度が気に入らないので膝を抱えるのをやめて、手を床についてフランドールさんとの距離を詰めます。
 謙虚なのが悪いとは思いませんが、いきすぎているのはどうかと思います。

「ひゃ、ひゃに……?」

 膝立ちとなって柔らかな両頬を摘んで軽く引っ張ったり、こねくり回したりします。ものすごく困惑しているその表情が可愛らしく面白いです。

「私が感謝してるっていうのに、それを受け取れないっていう態度が非常に気に入りません。そこは素直にどういたしましてと返しておけばいいんですよ」
「う、うん」
「それに、せっかくレミリアさん似で綺麗な顔をしてるんですから、それを自信のなさで薄れさせてしまうなんてもったいないですよ。可愛らしいのもいいと思いますが、魅力的な美人の方がもっといいと思いますよ」
「……」

 もしそうなったとしても、こうして褒められたら恥ずかしそうにするくらいの可愛らしさは残っていてほしいものですね。からかう楽しさも増えますし。
 さて、いつまでも遊んでいるわけにもいかないので頬から手を離して立ち上がります。今からゆっくり戻ればいい頃合いじゃないでしょうかね。レミリアさんがうまくやってくれていれば。

「あ、もう行くんだ。その、……がんばってね」

 私に摘ままれていた頬を気にするように触れながらそう言ってくれます。

「応援の言葉はありがたいのですが、もう少し付き合っていただけませんか? 図書館の入り口まででいいので」

 今の精神状態では一人になると落ち着かず、走って図書館まで戻ってしまいそうな気がします。そうすると、せっかく平静を取り戻したのが無駄となってしまいます。
 パチュリー様と話をするときはできるだけ落ち着いていたいのですよ。

「うん、いいよ」

 フランドールさんも立ち上がり、私の隣に並びます。こうして誰かの存在を感じていれば、まかり間違っても駆け出したりはしないでしょう。





「あら、紅茶を淹れに行っていただけにしてはずいぶんと遅い帰りね。しかも、肝心の紅茶がないわね。何をしてたのかしら?」

 図書館の扉の前にはレミリアさんが立っていて、私の姿を認めるなりそんな辛辣な言葉を投げかけてきました。

「精神安定剤の接種を少々」
「私の妹はそんなに安い存在じゃないわよ」

 冗談のつもりで言ったんですが、確かに失礼な例えですね。使い捨てっぽいところなんかが特に。

「では、優秀なカウンセラーに話を聞いていただいていました。的確な助言もしてくださいましたし、ここ一番の場面で下手をうたないよう心を落ち着かせてくださいましたよ」
「言い直したっていうのが気になるところだけど、まあ合格点をあげられる解答ね」

 満足そうな笑みを浮かべます。最近は少々突き放すような態度を取ってるとはいえ、根本的には姉バカなんですよね、この方。良い姉であるとも言えるんですが。
 それがある意味今回の問題の原因なのはどんな皮肉なんでしょうかねぇ。そんな姿が好きなだけに余計にその思いは強まってしまいます。

「わ、私は話を聞いて思ったことを言っただけなんだけど……」

 相も変わらず自信のなさそうなフランドールさん。私の言葉を忘れたんでしょうかね。また頬を引っ張られたいんでしょうか。
 ですが、私が行動に移るよりも早く、レミリアさんが口を開きます。

「いいのよ、それで。ちゃんと聞いてあげるっていうのも大事な事よ? 聞いてくれる人がいると思うだけで口が動く、口が動けば思考もまとまる、思考がまとまれば解決の糸口が見えてくる。どの時点で話し手が話を終わらせるかはわからないけど、そのときに意見でも助言でも感想でも応援でも、なんでもいいから言葉をかけることができれば十分よ」
「そうかな……?」
「そうそう。結局は当人同士の問題でしかないんだし、踏み込みすぎたって余計に面倒な事が増えるだけよ。それに、聞き手の善し悪しを決められるのは話し手だけ。小悪魔に絶賛されてる時点で貴女は十分すぎるくらいの働きをすることができたって事よ。だから、貴女はそれを存分に誇りなさい」
「……うんっ」

 私のときとは違って随分と軽やかな声ですねぇ。私の言葉とレミリアさんの言葉とではそれだけ重みが違うということなんでしょう。フランドールさんに対する働きかけでは、その重みのせいで絶対に勝てる気がしません。
 まあ、私は別の方を目標としているので別にいいんですが。

「レミリアさん、パチュリー様の様子はどうですか?」
「ん? 落ち着いてはいるわよ。けど、貴女があんなふうに出て行ったせいで余計に気に病んじゃってるみたいね。……私も、悪かったわ。全然気付いてあげられなかった」

 レミリアさんも、というよりはレミリアさんだからこそ気づけなかったんでしょうね。月自身が月のない世界を見ることが不可能なのと同じように。

「いえいえ、レミリアさんは気にしなくてもいいんですよ。まあ、私だからこそ、こう言えるわけですが」
「そうね」

 レミリアさんは申し訳なさそうな笑みを浮かべます。私にではなくパチュリー様へと向けて。
 そんな私たちを見てフランドールさんは不思議そうな表情を浮かべています。そういえば、今回の問題の根本の部分を全く話していませんでしたね。
 これが終わって落ち着いたら話してあげましょうか。パチュリー様をからかいながら。

 容易にその光景が想像できたので、きっと大丈夫でしょう。

「じゃあ、後は頼んだわね。とりあえず、第三者である私たちはもう行くから」
「がんばって、こあ」
「はい。お二人とも、ありがとうございます」

 私は聞き上手な二人に向かって頭を下げることしかできないのでした。





「さて」

 二人の姿が見えなくなったところでそう声に出して気持ちを入れ替えます。レミリアさんも言っていましたが、逃げるように出てきたのは失敗でしたね。私らしくもなく、やけに緊張してきます。
 まあ、私にとってそれだけパチュリー様が特別な存在になっているのだと前向きに捕らえましょうか。こんな所で一人沈んでいても仕方ありません。せっかくフランドールさんのおかげで持ち直したんですし。

 意を決して扉を開きます。気持ちは敵の大将のいる部屋に乗り込むときのようなものです。

「パチュリー様」

 入り口からテーブルの置かれた場所まではそう遠くありません。ここからでもその姿はしっかりと確認することができます。
 私が来るのを待ってくださっていたのか、閉じられたままの本を前にして紫色の瞳を私の方へ向けています。
 私は挑むように椅子に座ったままのパチュリー様の方へと早足に近づきます。少々怯えの色が見て取れますが気にしません。気にしたら、そこで足を止めてしまいそうですし。
 何も考えないように足を動かし背後に回り、何も考えないように手を伸ばし、そして、考えても大丈夫なように紫の長い髪に覆われた華奢な背中へと抱きつきます。

「すみません、パチュリー様、不安にさせるような真似をしてしまって」
「いえ、私こそ悪かったわ。今まで迷惑をかけているのは分かっていたのだけれど、何も言わなくて。……ごめんなさい」

 なんともしおらしい姿ですねぇ。そんな姿は見たくないのですが。

「いいですよ、謝らなくて。むしろ、私は感謝しているくらいなんですよ? こんなにも素晴らしい方に喚び出してもらえて」

 拒絶されることはない。忌避されることもない。
 そのはずだと自身に言い聞かせながらも、徐々に浮かび上がってくる不安に押しつぶされそうになって、腕に力が込められてしまいます。

「いつもは泰然としていらっしゃるのに、その実寂しがり屋。そんなギャップを間近で見せられていたら、自然と引き寄せられちゃいますよ」
「……もしかして、私があのとき言いかけた言葉に気付いているのかしら?」
「当然ですよ。レミリアさんが部屋を訪れたとき、部屋から去っていくとき、一人で発作に耐えていらっしゃるとき、レミリアさんが傍にいるとき。それぞれの場面全てを見てきたんですから分かりますよ。この人は一人でいるのが嫌で私を喚び出したんだなぁと」

 喚び出したにも関わらず黙ってしまったのは、契約なんていう表面上のもので寂しさを紛らわせても虚しいだけだとわかっていらっしゃったから。
 それにも関わらず喚び出してしまったのは、寂しさに耐えられなかったから。レミリアさんと出会い孤独が解消されて、しかしだからこそ一人でいるときの寂しさが際立ってしまったのでしょう。それに、あの頃のレミリアさんの意識の大部分はフランドールさんの方に向いていましたし。

 賢い割には感情に任せて動いちゃうことがある方なんですよね。そこがまた、魅力的だと思います。

「そうやって気づいた上で私はここにいるんですよ。いや、そもそもパチュリー様が私と契約を結ばないと言った時点で私は自由だったんですよ? なので、パチュリー様が迷惑をかけただなんてことで気に病む必要なんて一切ありません」
「こあ……」

 私の名前がこぼれて出てきただけのような呟き。それに構わず続けます。とにかく、言いたいことは言い切っておきたいのです。

「まあ、そんなことを抜きにして、好きな人に迷惑をかけられて悪い気なんてしませんよ。むしろ、頼ってくれてるんだなぁと思うと嬉しい限りです」
「……でも、だからこそ迷惑をかけたくないと思うんじゃないかしら?」

 その言葉を聞いた瞬間、感情が大きく揺れ動くのを感じました。本当、私の心を乱すのが得意ですよね。悪い方向にも、良い方向にも。

「……それは、そうかもしれませんねぇ。でも、好きでやってるのに謝られるとなんだかなぁと思っちゃうわけです。こっちは全然苦だとは思ってないんですから」

 何かが溢れ出しそうになるのをぐっと堪えて話を続けます。というか、フランドールさんにも似たようなことを言いましたね。
 ですが、あのときにはなかった切実さを込めています。気に食わないよりは、捨てられたようなそんな心持ちになってしまっています。

「感謝して、それで笑みの一つでも見せてくれたら私は満足です。そのときは、純粋な笑みを浮かべてパチュリー様を安心させてさしあげられますよ。もしくは、もっと分かりやすく睦言を囁いてさしあげましょうか?」
「そんなので、いいの?」
「いいんです、いいんです」

 本当はパチュリー様の気持ちを見せていただきたいのですが、思ったように口は動いてくれませんねぇ。
 言動の節々から感じ取れるとはいえ、本当に特別な方からは一度くらいちゃんと言葉で言ってほしいものです。そして、特別だからこそ言いにくいんですよねぇ。

「……こあ」
「はい、なんでしょう」

 今度は呼びかけの言葉でした。私は耳を傾けて聞きこぼしのないように意識を向けます。

「本当に今更かもしれないけど、今までありがとう。貴女のおかげでいろいろと助かったわ。……貴女が傍にいてくれるようになってから、それほど、……寂しいと思う事も、なくなった、し」
「いえいえ、どういたしまして」

 自分が寂しがりだというのを認めるのが恥ずかしいのか、後半はただでさえ聞き取りにくい声がかなり小さくなってしまっていました。それこそ、こうして抱きついていなければ聞こえなくなるくらいに。

「それで、その、厚かましいかもしれないけど、これからも傍にいてくれる?」
「はい、是非とも、喜んで!」

 そんなこんなで、些細でけれども私たちにしてみれば大きなわだかまりも解消され一安心です。
 一番聞きたかった言葉が聞けなかったのは残念ですが、またゆっくりと自然に聞き出してみましょう。

 ま、その前に自分から言うのが筋というものでしょう。

「大好きです、パチュリー様」

 一言ずつ噛みしめるように。特別な方にだけ届くよう囁くように。

 涙がこぼれてしまいましたが、後ろから抱きついていたおかげで気づかれなかったようです。









「……お前ら、何やってるんだ?」

 翌日、二日続けて図書館へと訪れた魔理沙さんが私たちの姿を見て動きを止めます。突撃体制で箒に乗ったまま。

「今日は動きたくないから、二、三冊くらいなら勝手に持って行っていいわよ」
「右に同じく。パチュリー様もこう仰ってるので勝手に持って行っちゃってください」
「いや、そうじゃなくて、……なんでお前らはくっついてるんだ?」
「離れたくないからです」

 私は昨日パチュリー様に抱きついた姿勢のままです。何度かパチュリー様の読む本を取りに行ったりしたのでずっとというわけではありませんが、ほとんどこの体勢のままです。離れるのが惜しくなっちゃったんですよね。
 まあ、掃除やら本の整理やらしないといけないので、遅くとも明日には離れないといけないのですが。特に掃除を怠ると発作の頻度が高くなっちゃいますからねぇ。

「あー、そうか。……なんか、邪魔したみたいだな」

 気まずそうにそう言うとその場で向きを変え、帰ろうとします。
 うぶですねぇ。単に私が抱きついているだけだというのに。

「別に邪魔だとは思いませんけどねぇ。あ、そうそう、一つご忠告を」

 妙なわだかまりを解消するきっかけになったとはいえ、素直に感謝をするのは癪なのでお礼代わりに。

「なんだ?」

 怪訝そうな表情を浮かべて振り返ります。

「口は災いの元。少しはご自分の発言に気を使うようにしてくださいね」
「なんでそんなことを言われるのかわからんな」
「さて、どうしてでしょうかね? ご自身でよぉく考えてみてください」
「はぁ」

 釈然としない表情を浮かべながらも、そのまま帰っていきます。私の一言がきっかけで何かが変わる、ということはありえないでしょうね。
 そもそも、何のことを指して言っているかもわかっていないようでしたし。

 魔理沙さんが出ていって、パチュリー様は開いたままにしていた本を再び読み始めます。静かな空間にページをめくる音が広がり、呼吸の音が耳に入り込んできます。とっても居心地が良いです。

 しかし、しばらくすると、

「……ねえ、こあ」
「はい、なんですか?」

 本を読むのをやめて私へと話しかけてきます。私は、パチュリー様の口元へ耳を近づけるように身を乗り出します。

「……いや、なんでもないわ」

 ですが、結局何も言わずに顔を伏して読書へと戻ってしまいます。昨日から、何度も何度もこんなやりとりをしています。

 ずっとパチュリー様にくっついてるのは、この言葉の続きを聞くためでもあるんですよね。本当に意を決したときにすぐ実行に移せるようにと。
 何を言いたいのかは薄々わかっています。だからこそ、聞きたいのです。

 まあ、のんびり待ちましょう。
 悪魔も魔女も時間はたくさんありますし。

 などと思っていると、不意にパチュリー様が本を勢いよく閉じました。
 そして、大きく深呼吸をすると、

「ねえ、こあ。――」




 そのときの言葉、声は決して忘れることがないでしょう。




Fin



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