紅茶の湯気の向こう側から、赤色の瞳が私を見ている。
 しかし、見つめてきてはいない。私を見ながらも、視線は下を向こうとしている。テーブルの上には、紅茶だけでなく茶菓子として、クッキーも置かれている。おそらく、本当はクッキーの方を見ていたいのだろう。
 相変わらず、食い意地が張ってるわね。
 そんな苦笑が、内から浮かんでくる。けど、何をそんなにも意固地になっているのやら。いつものようにクッキーへと手を伸ばせばいいのに。
 次第にそわそわとし始めてくる。月の明かりだけを吸ってきたような金髪と、服と同じ色の赤い大きなリボンが微かに揺れる。

「遠慮せず食べていいのよ?」

 クッキーの乗った皿を押して、取りやすいようにしてやる。その途端、目の輝きが増し、迷いなくクッキーへと手が伸びた。

「いただきまーす」

 手の伸びる速度とは裏腹に間延びした声で律儀にそう言い、咲夜の作ったクッキーを一枚口の中へと放り込む。
 口を動かす度に、よく火の通った焼き菓子の乾いた、けれど周囲の食欲をそそる音が響く。美味しいものを食べたときの嬉しそうな表情と相まって、そのクッキーが本当に美味しいものだという印象が植え付けられる。
 まあ、咲夜の作ったものだから美味しいに決まっているのだけれど。
 それにしても、最初の頃は何も言わずに食べ始めていたというのに、ずいぶんと成長したわね。咲夜のおかげかしら。

「で、ルーミア。貴女は何をしているのかしら?」

 両肘をついて、手のひらに顎を乗せながらそう問いかける。何故かフランの格好をしたルーミアへと。
 印象が変わりすぎてて、最初は誰だかわからなかった。けど、声を聞いてその正体に気付くことが出来た。
 今日は、フランの部屋でその部屋の主とお茶会をするはずだった。それなのに、私の目の前にいるのはいつからか紅魔館の厨房へと入り浸るようになり、咲夜の料理を食べている遠慮のない訪問者だ。
 館に入り浸ること自体は特に咎めるつもりはない。むしろ、フランの話し相手になってくれているから大歓迎だ。ただ、フランがいるべき場所に座っていることは歓迎出来ない。今すぐにどけろとまでは言わないけれど。

「んー? ルーミアなんて、どこにもいないよ?」

 私とルーミア以外には誰もいない部屋の中を見渡した後、白々しくそう言う。フランに成り切っているつもりなのだろうか。姿は似ていると思うが、それだけでしかない。

「貴女のことよ」

 手のひらから顎を離して、指差してやる。

「いやいや、私はルーミアじゃなくて、フランドールだよ、おねーさま」

 あくまで、フランとして貫き通すつもりのようだ。悪戯なのだとしても意図が見えてこない。私をからかって笑ってやろうという様子はない。
 とりあえず、話を聞くにはフランとしての態度を取るのをやめさせなければいけない。

「声がいつもと違う」
「うーん、風邪でも引いたかなー?」
「喋り方も違う」
「心機一転をはかってみようと思ってね。どうかな?」
「そもそも、瞳の輝き方が違う」
「今日はちょっと月の明かりが弱いからねー。そのせいだと思うよ」

 何を言われようとも、動揺する素振りすら見せない。この時点で、フランとは大違いだ。フランはこんなにも神経は図太くない。むしろ、繊細すぎて見ているこちらまで気を使ってしまうほどだ。もし仮に、今目の前にいるのがフランだったとしたら、かなり動揺してしまっているはずだ。
 その事を指摘したところで、白を切られるだけなんでしょうけど。

 でも、一つだけ聞いておきたいことがある。

「本物のフランはどこにいるのかしら?」

 場合によっては、容赦はしない。とはいえ、このマイペースで暢気な宵闇妖怪が誰かに危害を加えるとは思えない。それに、精巧な作りの羽を見る限り、パチュリーが関わっていそうだ。なら、滅多なことはないだろう。
 そうは思っても、安全は確認しておきたかった。例えそれが、犯人の口から出た言葉だとしても。

「ここにいるよ? 変なこと聞くねー」

 ここに来てまでフランの真似事をするその態度が、少しばかり癪に障る。けど、こんなことで怒ってたら切りがなさそうだから、我慢する。それに、この掴み所がないのを相手に怒ったところで虚しいだけだろう。今まであまり話したことはないが、のらりくらりと相手の追求から逃れるのが得意なことは分かっている。

「……ルーミアは、どこにいるのかしら?」

 ルーミアがフランに成り切っているというのなら、この聞き方で私の望む答えは返ってくるだろう。
 心底、不本意だけれど。

「図書館で本でも読んでるんじゃないかな? 珍しいよねー」
「ええ、そーね」

 返事は投げ槍となってしまう。貴女が私の正面に座ってることの方がよっぽど珍しいわよ。

「じゃあ、私は図書館に行ってくるわ。貴女は、一人で紅茶を飲んでてちょうだい」
「えー、まだお茶会は始まったばかりだよ。おねーさまとお話したい」

 ルーミアが不満を漏らしているが、気にせず立ち上がる。もともと、フランと紅茶を飲むつもりだったのだ。野良妖怪と紅茶を飲むつもりはない。まあ、一緒に飲みたいというのなら入れてあげてもいいけれど。
 だから、ルーミアが立ち上がる気配を感じながらも、そのまま扉を目指す。

「お嬢様、フランお嬢様を置いて、どこへ行くつもりですか」

 しかし、扉の前に突然現れた咲夜に行く手を阻まれてしまう。私が気付いてから立ち止まるまでの歩数を計算していたのか、咲夜との距離は話をするのにちょうどいい距離となっている。

「咲夜、どういうつもりかしら?」

 どうして、このようなことになっているのか。
 どうして、ルーミアの味方をしているのか。

「さて、なんのことでしょうか」
「ルーミアがフランの格好をしていることよ。何が目的なのかしら?」

 とぼけようとする咲夜の瞳を真っ直ぐに見付めて問う。
 ぼやかした言い方でわからないなら、はっきりと言ってやればいい。
 とぼけるというなら、逃げられないように視線で縛りつけてやればいい。

 咲夜は無言のまま視線をそらそうとしない。
 私も何も言わず、咲夜が口を開くのを待つ。

「……降参ですわ」

 しばらくして、咲夜は両手を上げた。
 ここで知らないと言うのなら、別にそれでもよかった。フランに真相を聞けばいいだけのことだったのだから。
 それにしても、咲夜まで一枚絡んでるとはねぇ。
 フランだけは、二人に何か余計なことを言われて手伝ったのだと思いたい。もしくは、ぼやかした言い方をされたか。まあ、悪戯目的で手を貸していたとしても、それだけ自立してきたのだと思えばいいことか。

「大した目的があるわけではありません。ルーミアはただお嬢様と仲良くしたいだけです」
「あー、咲夜が裏切った」

 まるで、子供が自らの友達へと向けるような言葉。私が咲夜を見付めている間に移動したようで、声は隣から聞こえてきた。
 視線を向けてみると、言葉とは裏腹に悔しがる様子も責める様子も見られない。むしろ、どこか楽しそうだ。
 ルーミアは力の強さはさほどでもないのに、底が知れないのだ。うちで例えるなら美鈴のように。
 飄々としていて捉え所がない。単に暢気なのかと思うと時折鋭さを見せたりする。
 もしかしたら、そうすることで自分の身を守ってきたのかもしれない。少なくとも、美鈴はそうして敵を出来るだけ作らないようにしていたらしい。

「悪かったわね。私は、お嬢様を裏切れないのよ」
「いやいや、いいよ別に。ここまでしてくれただけでも満足だし、予想はしてたから」

 咲夜が浮かべるのは友人へと向ける顔。食べさせる側と食べる側の関係を続けていくうちに、自然と友情が芽生えたようなのだ。
 私は従者としての咲夜を見るよりは、こうして一個人としての表情を浮かべる咲夜を見ている方が好きだった。フランもそうだけど、咲夜はこちらに来るまで外との交流が皆無だった。だから、当然友達もいなかったのだ。
 フランと話してくれていることと合わせて、ルーミアには感謝するべきだし、もう少し親しくしてもいいかもしれない。
 とはいえ、その近づき方には問題が多々あるように思うけれど。

「もう一つ聞きたいんだけれど、いいかしら?」
「ええ、なんなりとどうぞ」
「私も答えるよー」

 咲夜は一瞬で態度を切り替える。優秀な従者の現れだ。
 それに対して、ルーミアはいつも通り我を貫く。
 対極的な二人を見ながら、内心苦笑を漏らす。もともと、食べさせる側と食べる側だったのだから、二人が正反対なのもある意味正しいのかもしれない。

「なんでフランの格好をしようなんて思ったのかしら? 私と親しくしたいというのなら、普通に近づいてくればいいでしょう?」

 まあ、フランの格好をするというのなら話題作りくらいにはなるかもしれない。けど、それなら下手な演技まではする必要はないはずだ。私の心をかき乱すだけで、逆効果にしかなっていない。

「特に深い意味はないよ。私とフランって似てる部分が結構多いよねーみたいな話になって、どうせならレミリアを驚かせてみようかなって」
「どうせで私を驚かそうとするなんていい度胸ね」

 自分の身を守るために掴み所をなくしてるのかと思ったけれど、そうではないような気がしてきた。これは単に自分が楽しみたいとか言うそういう理由なんじゃないかしら。暢気な笑顔を見ていると本気でそう思う。それとも、そう思わせることも考慮していたりするんだろうか。
 まあ、なんでもいいか。周辺に危害が及ばないというのなら。

「レミリアなら大丈夫そうだと思ったんだ。フランと咲夜の話を聞いてね」

 どんな話を聞いたのやら。
 悪いことは話してないと思う。けど、余計な悪戯をされる程度には、親しみやすい姿で話されているんだろう。
 悪い気はしない。それだけ二人とは距離が離れていないということなのだから。

「それにしても、姿を見ただけでばれるとは思わなかったよ。声を出すまではばれないと思ってたんだけどなー。さすが、フランのお姉ちゃんだね」

 そう言って、ルーミアが笑みを浮かべる。フランの姿をしているけど、印象は全く違う。ルーミアの笑みは、どこか気が抜けているのだ。相手の警戒心や敵意を削ぐには有効かもしれない。
 対して、フランの笑みは周囲を和ませる力がある。それは、あの子自身、自分にとって安全だと思える場所でしか笑みを浮かべることが出来ないからかもしれない。

「あの程度でばれないと思ってたことにびっくりよ」

 私がそう言うと何故か二人とも驚いたような表情を浮かべる。そんなに突飛なことを言っただろうか。

「咲夜もパチュリーも、それにフラン自身にもかなり似てるって言われたのに?」
「それは、似てるってだけでしょう? 似てる程度じゃあ当然違いがあるに決まってるわ」

 立ち居振る舞い、表情の動かし方、周囲へばらまく雰囲気。
 姿だけを似せても、そういったものは完全に似せることは出来ないはずだ。

「ほへー、これが愛の力なのかー。なんだか、この姿をしてることが申し訳なくなってくるねー」

 そう言いながらも、今すぐ着替えたりするような様子はない。まあ、着替えも用意してないみたいだし、こんなところでいきなり着替えられても困るだけだ。

「フランの名前を騙るつもりがないなら気にしないわよ。別人だっていうのは分かりきってるし」
「そう? ありがとー。せっかくみんなが準備してくれたのにすぐに着替えるなんてもったいないからねー」

 皆ということは、複数関わってるってことね。最低、三人といったところかしら?
 服をフランが貸して、出来るだけフランに似せるために咲夜が髪や服を整えて、後はパチェ辺りが羽の用意をしたのかしらねぇ。宝石のような部分が宙に浮いているところから、少なくとも普通の代物ではないはずだ。

「その羽はパチェが作ったのかしら?」
「うん、そうだよー。羽をどうしようかって悩んでたら、快く作ってくれたよ」
「へぇ、良く出来てると思うわ」

 お世辞などではなく、本心からそう思う。
 それにしても、快く、ねぇ。何を考えてるんだか、あの居候の友人は。

「レミリアもそう思う? じゃあ、後でパチュリーにそう伝えとくね」
「いいえ、必要ないわ。私が今から直接伝えに行くから」

 そして、そのままフランとパチェも加えてお茶会の仕切り直しをしよう。もともと、フランとお茶会をするつもりだったのだし。

「私も付いていってもいいよね?」
「好きにしなさい。どうせ来るなって言っても勝手に付いてくるんでしょう?」
「うん、正解ー」

 当たり前のように返ってきた言葉に苦笑を浮かべたくなる。自分勝手だけれど、度はわきまえているから拒絶する気にはならない。だからこそ、付き合いやすいのかもしれない。
 幻想郷の住人のほとんどに当てはまるようなことだけれど。

「というわけで咲夜、打ち合わせ通りにお願い」
「ええ、分かってるわ」

 どうやら、私が図書館へと向かうことは予測されていたようだ。まあ、そんなに複雑には考えないからねぇ。よほど大切なことでない限りは、ほとんど直感で決めている。だから、何年も私の傍にいる咲夜とパチェが手を合わせれば、私の行動なんて簡単に読まれてしまうだろう。

「では、お嬢様、私は先に行っておきますね」

 咲夜が礼をして姿を消す。これで、私の行く手を遮るものはなくなった。扉は閉まっているけど、この程度は障害にならない。

「さて、私たちも行きましょうか」
「うん、そだねー」

 歩を進めようとして、やっぱりやめた。
 代わりに、ルーミアの顔を見る。

「……どうして手を繋いでるのよ」

 隣に立っていたルーミアが、何の遠慮も断りもなく私の手を握ってきたのだ。
 誰かと手を握ることがないのか、その手に込められた力は強すぎるように思う。痛くはないけれど、長く握っていたら少々嫌になってしまいそうだ。

「あれ? 移動中はフランの手を握ったりしないの?」
「しないわよ。精々が並んで歩く程度よ」

 あんまり、私ばかりがフランを引っ張っていても、あの子のためにはならないでしょうから。フランはそろそろ、私以外にも頼れる存在を作るべきだ。
 けど、考えてみれば今まで一度もフランと手を繋いだことはないのよね。一度くらいは繋いでみるのもいいかもしれない。とはいえ、どういうきっかけで繋げばいいのやら。今更、手を繋ごうと言うのも不自然だし。
 まあ、それはまたいつか考えればいいだろう。

「それに、もし仮にフランと繋いでいたとしても、貴女と繋ぐつもりなんてない、わよっ」

 というわけで振り解こうと、手を強めに振った。けど、手は離れない。
 強く握っていたのはこうされるのを予測していたからだろうか。なんにしろ、これ以上手を繋いでいるつもりはない。

「……放しなさいよ」
「えー、やだー」

 あろうことか、距離を詰めてきた。私の方から離れてやろうとするけど、ぴったりとついて離れない。
 というか、羽が邪魔だ。宝石の部分が当たって非常にうっとうしい。

「ねー、このまま歩いてどれくらい勘違いされるか試してみようよ」
「あー、わかった。付き合ってあげるから、とりあえず離れなさい。羽が刺さって痛いわ」

 面倒くさくなってルーミアの申し出を聞き入れてやる。羽が当たっているのが我慢ならなくなったのもある。

「おっと、ごめん。気付かなかったよ」

 そう言うや否や、ルーミアは離れる。放せとは言っていないから手は繋いだままだ。

「でも、どうせ誰も間違えないわよ。フランとこんなふうに歩いたことなんて一度もないから」
「それはどうかなー。やってみないとわかんないよ」

 何故だか自信満々だ。普段は正否なんてどうでもいいみたいな態度をとっているくせに。

「じゃあ、いいわよ。ただ、誰かにばれたりしたら、そこですぐにでも手を放しなさい」
「いいよー」

 そんな約束ごとを交わして、私たちはフランの部屋を後にした。
 どうせ、誰かとすれ違った時に繋いだ手は放れてしまうだろう。





「到着ー」

 ルーミアを伴ったまま薄暗い図書館へと到着してしまった。
 手も、繋いだままだった。

「……」
「どうしたのー?」
「……どうして、誰も気付かないのよ」

 ここに来るまでの間、すれ違った妖精たちの誰もが、変装したルーミアをフランとして扱っていた。
 私がいるから指摘しにくいというのなら分かる。けど、そうした素振りさえ見えなかった。誰もが疑いなくルーミアをフランだと信じていた。
 むしろ、偽物ではないかと疑われたのは私の方だった。不機嫌な顔を浮かべているのが不審を買ったようだ。
 どうしてそこで私に疑いを向けるのよ。

「それだけ、私の変装が完璧だってことだよ」
「普段のフランとは行動が違ったわよ」
「こういう行動をする印象があるってことじゃないかな? 私もそう思ってたし」
「貴女は部外者じゃない……」
「ま、確かにそうだねー」

 真横のルーミアの暢気な声を聞いていると、ため息が漏れてきた。
 どうしてそんな印象が植え付けられてるのかしらね。内部にも外部にも。本当、理解しがたいわ。

「ほらほら、図書館に着いたから放しなさい」
「もったいないけど、約束だから仕方ないねー」

 あっさりとルーミアは私の手を放す。急に私の手を包む温度がなくなって、少し寒さを感じる。けど、すぐに図書館の温度に馴染む。
 まあ、その程度の関係ということだ。

「フランと手を繋いで歩かないっていう割には、慣れてるんだねー。かなり歩きやすかったよ」
「まあ、咲夜が小さい頃は良く手を繋いであげてたからね。そのおかげだと思うわ」

 小さい頃の咲夜はよく、私の後に付いて歩いてきた。主に私が世話をしていたから、母親だと思われていたのかもしれない。
 咲夜の手の握り方は、ルーミアとは違って遠慮がちなものだった。また捨てられてしまうかもしれないと言う恐怖に縛られていたのだと思う。
 それが今では、私への悪戯に加担するまでになってしまった。成長したのだと喜んでおきましょうか。

「そっかそっか。レミリアは咲夜にとっても、お母さんみたいな存在なんだね」
「そうだったんでしょうね」

 今はもう、母親としての私は必要としていない。現に今では、恩返しという形で私の従者となってくれている。

「というか、咲夜にとってもっていうのはどういう意味かしら?」
「フランにとっても、レミリアはお母さんみたいな存在っていう意味だよ。話を聞いてるとすごくそう思う。本人はあんまり自覚してないみたいだけどね」

 フランにとって、母親のような存在ねぇ。
 果たして、本当にそのように振る舞えてあげていられたのだろうか。咲夜を拾った頃とは違って、余裕のなかった時期の方が長かったからそう出来ていたという自信が全くない。自分からそんなことを聞き出すという勇気もない。
 けど、ルーミアの話を聞く限りでは、多少はあの子を支えられていたようね。まあ、外部の者の話を聞いてそれを知るというのも随分情けない話だ。それも、私から聞いたわけではなくふとした拍子に話題として浮かんできただけだ。

「……ずいぶんと色々な話を聞いてるみたいね」

 そう言って、私は気持ちを入れ替えることにする。
 今日聞いた話が、少しでも私の自信やら勇気やらの糧になってくれればそれでいい。それ以上のことはうだうだ考える必要なんてない。
 そう思うことにする。

「まーねー。私、聞き上手だから」

 それは、自分で言うものなのだろうか。
 でも、確かにそういう節はあると思う。夜雀の屋台にも入り浸っているらしいし、そこで他人の話を聞く力を鍛えたのかもしれない。

「甘いお菓子の匂いー」

 そんなことを思いながら歩いていると、不意にルーミアが私の前に出る。視線の先には、お茶会の準備のなされたテーブル。そこには、フランとパチェが向かい合って座っている。カップとポットの置かれたワゴンの傍には、咲夜が立っている。私たちの到着を待っててくれたんだろう。
 ちなみに、フランはルーミアがいつも着ている、漆黒の衣装を身に纏っていた。いつもはサイドテールにしている髪も下ろされていて、代わりにルーミアがいつもしているような小さなリボンが前髪に付けられていた。ただ、どこにもルーミアらしさは見られない。
 大人しそうな雰囲気がいつにもなく増している。これなら、いつも通り髪を結わえている方がいいかもしれない。普段からあまり活動的ではないのだから、見かけだけでもそう見えるようにすれば、行動もそうなるんじゃないだろうかと思うから。

「あ、ルーミア、とお姉様」
「やっと来たわね。レミィ、ルーミアの変装はどうだったかしら?」

 ルーミアがテーブルにたどり着いたところで、二人が私の存在にも気付く。それと同時に、咲夜が紅茶の準備を始める。時間を止められていたらしいポットから湯気が立ち上り始める。

「羽は良く出来てたと思うわ。でも、ルーミアはルーミアよ。フランとは全然違うわ」
「ふふ、期待通りの言葉と、予想通りの言葉をありがとう」

 珍しく小さく笑う。

「どんな期待と予想をしてたのよ」
「私の作った羽を誉めてくれるという期待と、すぐに変装を見破るだろうという予想。ま、いい気分転換にはなったわ」

 何か煮詰まってたのだろうか。
 まあ、私が相談に乗ったところで助けにもならないだろうし、上機嫌そうだから別にいいか。主目的ではないとはいえ、私への悪戯に加担をしていたことには、少々不平があるけれど。 

「ねえ、お姉様、ルーミアと仲良くなれた?」

 パチェの隣に腰掛けると、フランがそう話しかけてきた。フランの隣にはルーミアが座っていたのだ。顔が見れるからもともと正面に座るつもりだったから別にいいんだけれど。
 私が座るのを見計らって、紅茶が配られ始める。

「全然ね。まだ、からかわれただけよ」
「えっ、そんなことしたのっ?」

 フランが驚きの声を上げる。どうやら、フランには仲良くするためとしか言わなかったようだ。
 まあ、もしかしたら、言葉の裏に私をからかうといったことが隠されていたんでしょうけど。フランは、まだ言葉の裏を読むというのが苦手なのだ。場の雰囲気に触れるという機会がまだまだ少ないから。

「そ、だから、これから仕切り直しよ」

 私は仲良くなれようと、なれまいとどちらでもいいのだけれど。友人が必要なのは私よりも、フランや咲夜だろう。
 けど、だからこそ私は誠意を持ってこのお茶会に望むつもりだ。二人がルーミアとよりよい関係を結べるために。

「……お姉様、ごめんなさい。変なことに手を貸しちゃって」
「フランが謝る必要なんてないわよ。善かれと思って手を貸したんでしょう?」

 本当は今度からは気を付けるようにとでも言うべきなのかもしれない。けど、しおらしくしているフランを見ていると、少しもきつく言うことが出来ない。きっと私はフランに対して甘すぎるのだろう。そして、私の言葉など関係なく、自分で反省し自分で考えてくれると、多大に期待しているのだろう。

「うん……」
「なら、元気を出してちょうだい。貴女は私とルーミアが仲良くなって欲しいと思っていたんでしょう? 貴女が楽しそうにしてくれていたら、雰囲気はもっと良くなってくれるわ」

 実際、フランが落ち込んでいたら私はそちらばかりが気になるだろう。他のことそっちのけで、フランのことばかりを見ているなんていう状態になっているかもしれない。

「……うんっ」

 小さく微笑んでくれた。これで、後は大丈夫だろう。

「おー、さすがフランのお姉ちゃん。元気付けるのにも慣れてるねー」
「その落ち込む原因を作った一人が何を言ってるのよ」
「さてさて、なんのことかなー?」
「とぼけてるんじゃないわよ」
「そんなことないよ。私はいつでも実直で誠実だよ」

 二つとも、ルーミアには似つかわしくない言葉だ。飄々、暢気といった言葉の方がふさわしいだろう。
 現に、さっきまでの会話はどうでも良かったかのように、クッキーへと手を伸ばしている。

「いただきますー」

 そう言って、クッキーを一枚口に入れる。それから、紅茶を口に含む。

「三人とも、早く飲まないと冷めちゃうよ?」
「……ええ、そうね」

 マイペース。
 この言葉が一番しっくりくるだろう。
 フランとは、正反対だ。





「さてと、私はそろそろ帰るよ」

 ティーカップも茶菓子の乗せられていた皿も片づけられた後、ルーミアが立ち上がる。茶菓子の半分以上はルーミアの腹の中だ。ルーミア以外は小食だから、そんなものだろう。

「そのまま帰るつもりかしら?」

 お茶会の最中に一度も立ち上がらなかったルーミアは、依然としてフランの格好をしたままだ。

「いや、そんなつもりはないよ。ただ、そうだね、着替える前に一つ試してみたいことがあるんだ。三人で並んで歩いたらどんな反応を得られるのかなって」
「流石に怪しんで、貴女が偽物だということがばれるんじゃないかしら?」

 そもそも、二人で歩いていた時に怪しんでいるのが誰もいなかったこと事態不思議でならないのだけれど。

「それもやってみないとわかんないよ。もしかしたら、私が本物だと思われるかもしれないよ」

 それは流石にない、と思いたい。まあ、もしそんなことになったなら再教育の必要がありそうだ。とはいえ、何をすればいいかは分からない。咲夜とパチェにも考えるのを手伝ってもらおうかしらね。

「ささ、フランも立って立って」
「あ、うん」

 フランがルーミアに引っ張られて立ち上がらせられる。抵抗する様子はない。

「面白そうね。私たちは後ろから見てましょうか」
「はい、そうですね」

 咲夜とパチェは、見学しているつもりのようだ。
 しょうがない、付き合ってあげましょうか。フランも特に嫌がっているような様子はなさそうだし。

「じゃあ、行きましょうか」

 私も立ち上がって、扉の方を目指す。

「あ、レミリア、ちょっと待って」
「何よ」
「せっかくだから、行きとおんなじように手を繋いで歩こうよ」

 相も変わらず、勝手に手を掴む。なんとなくそうされるような予感はしていたから、振り払おうという気にもならない。
 それに、

「フラン、いらっしゃい」

 どうしていいのか分からず立ち竦んでいるフランへと、空いている手を伸ばす。こうした機会を使うのも悪くはないだろう。

「うん」

 頷くと控えめに手を握ってきた。私はそれをしっかりと握り返す。いつかは届かない場所に行ってしまうこともあるかもしれないけれど、今はまだ触れ合えるだけ傍にいる。だったら、離れないように握ってあげようじゃないか。

「じゃあ、ここに来るときと同じルールでしましょう。貴女が偽物だとばれたら、この手は放してもらう」
「もし、フランの方が偽物だ、なんて言われたら?」

 微かにフランの手に力がこもる。私は、励ますように少し強く手を握る。

「その時は、どうもしないわよ。むしろ、フランを守るためにもっと強くこの手を握るわ」
「かっこいいねー、その台詞」

 ルーミアが楽しげに笑う。今回はルーミアらしく勝ち負けはどうでもいいようだ。

「さてと、行きましょうか」

 そして、私は歩き始める。
 絶対に手を繋ぐことなんてないと思っていたルーミアの手を握り。
 いつかは一人立ちして欲しいと願っているフランの手を握り。
 お互いに衣装を交換し合った、あべこべな二人に挟まれて。

 フランは、少しずつ外と交じり合い始めている。


Fin



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