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 私は自分の部屋で、パチュリーの図書館から借りた本をぱらぱらと捲る。魔導書じゃなくて、普通の小説だ。
 読むことが目的じゃない。私の視線を横切っていく無数の文章の中から、いくつかの単語を認識する。
 あれも違う、これも違う、と片っ端から捨てていく。中々、見付からない。といっても、何か特定の物を探してる、って訳じゃない。とあることのヒントになるようなものはないかな、と思ってるのだ。

 ぱらぱらぱら。

 ほとんどの文字は私の目に付くことなく、再び紙の間に挟まれてしまう。私は、そのことについて何か思うところはないけど、本が大好きなパチュリーはどう思うんだろうか。
 何も思わなさそうだし、逆に勿体ないだとか、憤慨しそうな気もする。いつか聞いてみよう。

 と、私の手が本を捲るのをやめて、視線がとある文字を捉える。

 そこに書かれているのは、プロミスリング、という言葉。
 周辺の文章に目をやってみると、結婚式の場面だった。
 新郎と新婦が、誓いの言葉に頷き、指輪を交換する。その指輪に込められるのはなんだろうか。
 愛情? でも、それなら、プロミスリング、っていう名前じゃなくてもいいはずだ。
 だから、その小さな指輪に込められているのは、誓い、約束。そういったものなんだろう。

 その考えがあってるか間違ってるかなんてのは、些細なこと。私は、そう思うことにした。ただ、それだけだ。


 後数日もすれば、私が地下から出るようになってから十年が経つ。
 全ては、お姉様のお陰だ。ずっとずっと傍にいて、支えてくれた。

 私は、それに対する感謝と、十年目にしての約束を込めて、お姉様に指輪を贈ろう、と思った。





「……という訳なんだけど。パチュリー、何処に行ったら、指輪を手に入れられるかな?」

 指輪を贈る、と決めたはいいけど、どうやって指輪を手に入れればいいか分からない。だから私は、お姉様の友達である、パチュリーの所へと相談しに行った。今日もいつものように寝巻きのような薄紫色の服を着て、本を読んでいた。
 私は、暇を潰すためによく図書館へと行く。そこで、パチュリーは、私に本を貸してくれたり、魔法を教えたりしてくれる。だから、この館の中では、お姉様の次くらいに話しかけやすい。

「んー……、そうね。香霖堂なんかはどうかしら? あそこは、拾い物ばかりだけど、色んな物がある、っていうし」
「香霖堂?」

 聞き慣れない言葉に私は首を傾げる。なんとなくお店っぽい雰囲気の名前だ。小説なんかに出てくる、なんとか堂、っていうのは大抵お店の名前だから、そう思う。

「古道具を中心に何でも扱っているお店。日用品に、マジックアイテム、更には外の世界の道具まで扱ってるらしいわ。店主は、あまり商売をする気がないみたいだけど」

 うん、やっぱりお店だった。それも、小説なんかに良く出てくるような、何でも扱ってるお店のようだ。店主にあまりやる気がない、っていうのもそれっぽい気がする。
 そう思うと、なんだか良く分からないけど心がくすぐられる。

「……パチュリー、私、お金持ってないんだけど」

 でも、浮かれてはいられない。だって、お店、ということはお金が必要になってくる。
 ずっと地下に引きこもって、今もあまり外に出ない私はお金なんて持っていない。今まで必要だと思ったこともない。だって、この館にいれば、欲しいものは大抵手に入ったから。

「なら、私が代わりに払ってあげるわよ。フランが、外に出るようになってから十年経った記念にね」
「うん、ありがとう。……でも、お姉様に贈ってあげるものだから、私は自分の力で手に入れたい。だから、嬉しいけど、ごめんね」

 非常に申し訳ない、と思いながらも私は、パチュリーのその申し出を断る。
 今回初めて、私は誰かに贈り物をするのだ。しかも、その相手は、私が伝えられるだけの気持ちを伝えても足りないようなお姉様だ。
 だから、出来る限り私は自分の力で贈り物を手に入れたかった。そうしないと、ただでさえ伝えきれない感謝の気持や想いが薄れてしまいそうな気がする。

「謝らなくたっていいわよ。……まあ、確かに考えてみれば、これだとフランへの贈り物ではなくて、レミィへの贈り物になるものね」

 そう言って、パチュリーが本へと顔を向けて黙り込む。何か考え事をしているようだ。パチュリーは誰かと話していても、お構いなく考え込む癖がある。しかも、本を見つめながら考え込むものだから、こっちを無視してるようにも見えてしまう。
 だから、初めてパチュリーが考え込む姿を見たときは、私の話が詰まらない、と思ってるのかと思った。だから、落ち込んで早く部屋に戻ろう、って思った。
 それを引き止めて、パチュリーの癖を教えてくれたのは、ここで司書をしてるこあだった。多分、あの時、こあに引き止められてなかったら、パチュリーとの関係は微妙なものになっていたかもしれない。だから、こあには結構感謝している。

「うん、そうね」

 何かを思いついたらしく、本から顔を上げて紫色の瞳で真っ直ぐに私の顔を見る。

「フラン、この図書館の本の整理をしてくれないかしら? してくれたら、指輪を買えるだけのお金を貴女にあげるわ。どう? やってみる?」
「うん、もちろんっ!」

 迷いなく私は頷く。それだけで納得できなかったら、他にも何か仕事はないか尋ねよう、と思いながら。

「こあ、来てちょうだい」

 決してこの広い図書館中に響くことのないような声でこあを呼ぶ。けど、パチュリーは色んな魔法を使う。だから、図書館の何処にいようともパチュリーは声を届かせることが出来るらしい。
 私は、その声がどんなふうに聞こえてくるのか聞いたことはないんだけど。

「はいはいはい、パチュリー様、お呼びでしょうか?」

 しばらくして、本棚の陰から本を運ぶ台車を引きながらこあが現れた。黒いベストに白いブラウス、黒いロングスカート、といつもとそう大差ない姿だ。
 急いできたのか、少し息が乱れている。赤紫色の髪も、所々はねている。
 私のせいで、こうやって急ぐ羽目になったんだよね。

「あの、こあ。ごめん」
「え? 何がですか?」

 私が何を謝ってるのか分からないみたいで、首を傾げている。そうしながら、髪のはねを直している。

「私のせいで、こあが急ぐ羽目になっちゃたから」
「いいですよ。お気になさらなくても。パチュリー様に走らされるのは慣れれてますから」

 私は、こあの笑顔を前にしてそれ以上何も言えなくなってしまう。多分、これ以上、同じ事を言っても、同じような事を返してくる、と思ったから。
 だから、最後に心の中で再度謝っておいて、これ以上は考えないようにした。

「それで、パチュリー様。私をお呼びしたのは、フランドール様に関係することですか?」

 パチュリーの方へと視線を向けながらも、ちらりと私の方を見る。

「ええ、そうよ。フランを扱き使ってあげてちょうだい」
「? どういうことですか?」

 何の事情も知らないこあは、突然のパチュリーの言葉に少々困惑しているようだ。確かに、パチュリーの言ったことは普通ならおかしなことだ。紅魔館の主であるお姉様の妹の私が、その友人の助手に扱き使われる、というのは普通ではありえない。
 でも、私はあまりそういうことは気にしない。

「フランが、レミィに贈り物をしたいらしいのよ。それで、その贈り物を買うお金を払ってあげる代わりに、手伝ってもらうことにしたのよ」
「なるほど。そういうことですか」

 こあは、簡単に納得した。主従とかそういうことをあまり意識しすぎてないのは、こあも同じだ。というか、館の皆が大体そんな感じがする。

「フランドール様、レミリア様に何を贈るつもりなんですか?」
「指輪をあげるつもりだよ」

 簡素に簡潔に答える。

「指輪ですか。分かりました。指輪の代金分、しっかりと働いてもらいましょう。私は、そんなに優しくないので、覚悟してくださいね」

 こあが、笑顔を浮かべてそう言う。いつもよりも、なんだか迫力があるような気がした。普段の私なら、きっと怖気づいて身を退かせてた。
 でも、今日の私はそんなものに怖気づいたりはしない。恐れず、前へ進もうとする。

「うん、大丈夫」

 真っ直ぐに、こあの顔を見つめ返しながら、私は頷いた。





 数分後、私はこあに手渡されたメモの一部を見ながら図書館の中を歩く。整理する本は、私の分身に持たせている。分身一人当たり十冊ほど、計約三十冊の本が私の背後にはある。
 けど、メモに書かれている本の題名の数はざっとその数十倍ほどはある。これでも、仕事の一部だって言うんだから驚きだ。

 整理する本を取りに行くために、本を一時的に保管しておく場所に連れて行かれたけど、その時は度肝を抜かれた。何千冊にもなりそうな無数の本が、広大な部屋の中に積まれているのだ。
 これを、こあは毎日文句を言わずに整理してるんだ、と思ったら、すごい、を通り越して尊敬してしまった。そのことを伝えたら、「これくらいしか、やることがないですから」と、笑顔と共に返された。
 余裕に溢れてるなぁ、って思ったら、更に尊敬するようになってた。

 まあ、今はそんなことよりも、仕事に集中しないと。一日で終わらせる必要はない、と言われたし、記念の日までは、まだ日にちがある。
 けど、臆病なせいで慎重な私は、出来るだけ早く終わらせよう、と思っていた。もし間に合わなかったら、と思うと、不安で不安で仕方ないのだ。

 それにしても、宣言通りこあは容赦をしてないようだ。それが、渡されたメモに表れている。
 でも、私は、頑張ろうっ、と意気込む。だって、お姉様への贈り物の為なんだ。それなら、妥協なんて出来るはずがない。全力で頑張って、出来るだけ多くの想いを指輪に込めたかった。

 そうやって、考えながら歩いているうちに、最初の本棚に辿り着いた。このメモに書かれている場所に入れろ、って話だったけ。
 だから、私はメモを見つめながら、三人の分身を操った。





「ご苦労様でしたー。フランドール様のお陰で、随分と助かりましたよ」

 こあが晴れやかな笑顔を浮かべてそう言う。あんまり苦にはなってない、とは言っていたけど、仕事が減ったのは嬉しいんだと思う。そういうこあを見ていると、私も嬉しくなってくる。

 こあの仕事を手伝うようになってから三日後。ようやく、私に任された分の整理は終わった。
 本の整理を手伝ってみて改めて気付いたけど、本当にこの図書館は広い。何処まで行っても本と本棚ばかりなのだ。出入り口以外で壁を見たのも片手で数えられるほどしかない。
 そんな、途方ものないくらいに広い場所だから、かなり遠くの方まで行った時は、私以外の気配も音も感じず、かなり心細さを感じてしまっていた。
 だから、急いで本の整理をして、戻る途中にこあを見つけたときは、思わず泣きそうになったくらいだ。
 泣くのを堪えながら、一人で平然としていられるこあはほんとにすごいなぁ、って思ってた。

「ううん、こあがどれくらい苦労してるのかよくわかったよ」
「そうですか? 慣れれば、どうってことないんですけどね。……でも、そういえば、フランドール様泣きそうになってましたよね? 一人が苦手だと、確かにかなり苦労するかもしれませんねぇ」
「え、う……、気付いて、たの?」

 あの時は、何にも言ってこなかったのに。なんで今更になって。
 しかも、なんかかなり楽しそうな笑みを浮かべてる。人を安心させる、というよりは不安にさせるような類の笑みだ。

「はい。小悪魔たるもの、他人の表情の変化には敏感でなければならないのです。そうでなければ、人間をたぶらかしたりも出来ませんからね。まあ、私はからかったりする方が好きなんですけど」

 そういえば、こあはこういう性格だった。最近大人しかったから、忘れてた。
 こあは、真剣な表情を浮かべたかと思うと、胸の前で力を込めて右手を握り締める。

「目尻に涙を溜めた姿は非常に愛らしかったです。正面から抱き締めて差し上げようかと思ったくらいに。ただまあ、仕事中でしたので自重はしましたが。ですが、仕事が休みだったら、迷いなく抱き締めてました。はい」

 なんとなく、危険を感じて一歩身を引かせてしまう。けど、こあは私の一歩よりも大きく踏み込んできて、私を抱き締めた。

「そーいう反応も可愛いですよっ! あーもう! 私の部屋に連れて帰っていいですかっ?」
「えっ、あっ。こあ、放して……っ」

 私は抵抗するけど、こあは私をぎゅーっ、と抱き締めて放そうとしない。かといって、一応吸血鬼である私が本気で抵抗したら、こあを傷つけてしまう。
 逃げようとしても、本気で逃げられず、わたわたとしていたら、助けが入った。

「こら、何をやってるのよ」
「あたっ」

 パチュリーの声。何か重いものがぶつかる音。
 そして、ようやく私は解放される。胸を押さえて、ほぅ、と息をつく。

「もー……、何ですかパチュリー様。嫉妬ですか?」

 こあが頭を押さえながら、背後に立っていたパチュリーへと振り返る。パチュリーの手には、分厚い魔導書があった。あれで、叩いたのかな? でも、あれで叩かれたらかなり痛そうなんだけど……。
 その割には、こあは頭を押さえるだけで、それ以上に痛みを表しているような様子はない。

「んな訳がないでしょう。騒がしいから、やめなさい、って言ってるのよ」
「ああ。すみませんでした。フランドール様の愛らしさを前にして、つい自分が抑えられなくなってしまいました」

 こあは、そう言って謝るけど反省の色は見られない。というか、いつもの光景だ。何故だか、こあは事あるごとに私に抱きついてくるのだ。
 嫌なわけじゃないけど、なんだか本能的に危険を感じてしまう。パチュリーに相談してみたら、その本能に従いなさい、と言われた。
 どういうことなんだろうか、と首を傾げながらも、私はいつもこあに抵抗してる。臆病だから、危険を感じるとどうしても身体がそれに反応してしまうのだ。

「……はあ、まあいいわ。それよりも、ちょっと不安だけど、貴女に一つ仕事をしてもらうわ」
「不安? そんなに危険な仕事なんですか?」

 溜め息の後に続けられた言葉に、こあが首を傾げる。私も、パチュリーがこあに何をさせるんだろうか、と思って耳を傾ける。

「別に危険というほどのものでもないわ。貴女に、フランを香霖堂まで連れて行って、支払いも代わりにしてきてあげて欲しいのよ。それと、いつものように本も探してきてちょうだい」
「ふむ、確かに、危険はないですね。それに、仕事中はフランドール様に直接手出しはしないので安心してください」

 そう言って、こあが浮かべたのは表裏の全くなさそうな笑顔。嘘は言ってないんだろうけど、こあはある程度意識的に表情を作ってる節があるから、なんとなく胡散臭い。そう感じる時がある。

「……と、こあは言ってるけど、フラン、大丈夫かしら?」

 パチュリーが私に判断を委ねてくる。まあ、危険を感じた、って言っても、実際に嫌なことをされたことはない。
 だから、大丈夫だ、と思うことにして、

「うん。こあが良いんなら大丈夫だよ」
「よしっ、なら決まりですね! 私は準備をしてきます! フランドール様も、外は陽射しが強いので陽射し対策はしっかりとしてくださいね!」

 私が頷くなり、こあは駆け出してしまった。なんだか、私以上に張り切ってるような気がする。
 私は、こあみたいにはっきりと表に出てくることはないけど、お姉様へ贈る指輪を探しに行くことに対して、少しずつだけど、気持ちが高揚してくるのが分かる。

「フラン、これを渡しておくわ」
「何? これ」

 こあの後姿を視線で追いかけていたら、横からカードのようなものを差し出された。スペルカードではない。スペルカードと違って、魔力を流したらなんらかの魔法が発動するカードのようだ。
 そこまでは分かったけど、何の魔法が込められてるんだろ。

「こあに何かされそうになったら使いなさい。すぐに、とまではいかないけど、出来るだけ早くに助けに行くから」
「何か?」

 そんな、誰かの助けが必要になるようなことがあったりするんだろうか。今まで、こあに危険を感じたことはあるけど、実際に何か嫌なことをされたことはない。
 だから、助けが必要な事態がよくわからない。

「……色んなことが予想できるから、フランが自分で考えてちょうだい。まあ、屋外だから大丈夫だとは思うけど」
「?」

 パチュリーにしては珍しい、はっきりとしない物言いに、私は首を傾げることしか出来なかった。





「流石に夏は暑いですねぇ。フランドール様、大丈夫ですか?」
「うん、まだ大丈夫」

 こあは麦藁帽子を被り、私は紅色の大きな傘を差して土を固められただけの道を歩く。私へ降り注いでくるはずの日光を遮るこの傘をどけてしまえば、吸血鬼でなくとも死んでしまうかもしれない。それほどまでに太陽の光は強く眩しい。地面を見ただけで目が焼かれてしまいそうだ。
 しかも、日の光を遮っているというのに物凄く暑い。厨房がちょうどこんな暑さだったと思う。
 それに、道のずっと向こうでは、蜃気楼が揺らめいている。ずっと見つめていたら現実全てが揺らいでしまいそうだ。

 お姉様から日本の夏は暑い、って聞いてた。だからこの十年間、夏の昼間に外に出ることなんてなかった。
 だから、ここまでとは知らなかった。今はまだ大丈夫だけど、長い間ここにいたら、確実にばててしまうだろう。

「そういえば、指輪を買う、というお話でしたけど、どういった指輪にするつもりなんですか? レミリア様にあげるものですから、紅い宝石のついた物とかですか?」
「ううん。あんまり飾り気のない銀色の指輪」

 私は迷いなくそう答える。あんまり凝った物を選んで、お姉様に気に入ってもらえなかったら嫌だな、と思ったのだ。でも、こあの言うとおり、紅い宝石の埋め込まれた指輪ならかなりの確率でお姉様は気に入ってくれると思う。
だから、一番の理由は、約束を乗せるなら、それ以外のものなんていらないんじゃないだろうか、って思ったってこと。飾りは、約束だけでいいんじゃないかな、って思ったんだ。私の約束が、お姉様にとってどれほどの輝きになるのかは分からないけど。

「プレゼント、というよりは、なんだか象徴的な物みたいですね。結婚指輪にでもするつもりですか?」

 こあの声は何処か冗談めかしたものだった。それとは対照的に私はひどく真面目な声で答える。

「ううん。プロミスリング」

 私の大切な約束を乗せた指輪。
 贈り物としてはどこか間違ってるかもしれないけど、感謝と共に、こうして私が普通に過ごせるようにしてくれたお姉様に誓いたいのだ。お姉様にこれ以上心配をかけないくらいに幸せになってみせる、って。

「プロミスリング、って結婚指輪のことじゃ……、あ、そう言うことですか」

 気付いてくれたようで、こあの顔に納得の色が浮かぶ。

「指輪に約束を込めるんですね」
「うん」
「中々にロマンチックなことをしますね。それで、どんな約束を込めるつもりなんですか?」

 こあの瞳に好奇の輝きが灯るのが見える。こあは、こういう話が好きだから、気になるんだろう。でも、教えられない。

「秘密」
「秘密、ですか。フランドール様にしては、意地悪ですね」

 意地悪、か。そういえば、私って誰かに何かを聞かれて、答えなかった、ということはなかったような気がする。
 聞かれて困るような事もなかったし、聞かれたのに答えないなんて悪いと思ってたから。でも、今回のことはどうしても話せない。

「ごめんなさい。……でも、この約束はお姉様とだけのものにしたいから」

 お姉様と私だけの約束にすれば、何処までも強固な約束になるような気がした。二人だけの約束にすれば、どんなことがあっても守り切れる気がしたのだ。

「いえ、謝らないでください。そういうことなら、無理にお聞きしようとは思いませんから」

 こあは、そう言って笑顔を浮かべてくれた。

「うん、ありがと」

 だから、私も小さく笑顔を返した。





 扉を開けると、カラン、と鈴のなる音がした。小説とかに良く出てくるその音を聞いて、私は少しばかり気分が良くなる。小説の中だけだ、と思ってた物が実際にあると嬉しいものなのだ。

「いらっしゃい」

 お店の奥から、落ち着いた男の人の声が聞こえてきた。視線をそちらに向けてみると、眼鏡をかけた白髪の人が、雑多に積まれた物の中に埋もれるようにして本を読んでいた。なんとなく、パチュリーを思い出す。パチュリーの場合は、周りにあるのは本だけだけど。

「紅魔館の小悪魔に……、そっちは、見かけない顔だね」
「お久しぶりです。霖之助さん」

 こあの隣についていくようにして、男の人に近寄る。手に持ってるのは、魔導書じゃなくて普通の本のようだ。魔法使いじゃ、ないのかな? これだけだと、良くわかんないけど。

 男の人が私の方をじっと見る。十年経って、いまだに初対面の人の前に立つのに緊張してしまう私は少し身構えてしまう。
 けど、初対面の人を前にして緊張するのは変わってないけど、確かに変わっている部分もあるのだ。

「初めまして。私は紅魔館の、フランドール・スカーレット。よろしくっ」

 緊張して声も固くなって、礼もぎこちなかったけどなんとか、そう挨拶をすませる。
 この十年の間に変わったこと。それは、自分から挨拶が出来るようになれたことだ。地下から出たばかりの頃は、向こうから声をかけられても中々挨拶が出来なかったくらいなのだ。それに比べたら、だいぶ進歩したものだ、と思う。

「初めまして。僕はここの店主の森近 霖之助だ。礼儀正しいお客さんなら大歓迎だよ」

 無表情なままそう言う。こういうのは、パチュリーを相手にしてるみたいな感じがするからか、すでに私は落ち着き始めている。
 どちらかというと、こいしみたいに積極的に関わってくる方が慣れるのには時間が掛かる。今ではもう、友達になってるんだけど。

「うん、よろしく。霖之助」
「よろしく、フランドール」

 そう言った時も、やっぱり霖之助は無表情だった。
 そして、それ以上私に何かを言うこともなく、視線をこあの方へと向ける。

「それで、今日は何の用だい? 外の本を買いに来た、というわけじゃないんだろう?」
「いえ、本も目ぼしい物があったら買わせていただきますよ。メインは、フランドール様の指輪ですけど」
「指輪? なら、向こうの辺りだね」

 霖之助が店の一角を指差す。そこには、ネックレスやロケット、ブレスレットのような装飾品や、熊やら狸やらのなんだかよくわからない小物が置かれていた。
 ……霖之助の周りと違って整理されてない。自分の周りしか整理する気はないのかな。
 でも、指輪がありそうな雰囲気は確かにある。

「勝手に持って行ったり、壊したりしないなら好きに見てくれて良いよ」
「うん、ありがとう」

 霖之助にお礼を言って、私はその小物の山へと近づく。
 近づいてから気付いたけど、どうやって探せば良いんだろ。山を少しずつ削っていけば良いのかなぁ。でも、そんなことしたら、崩れてきてしまいそうだ。

 いや、でも、お姉様への贈り物を見つけるためだ。こんな所で尻込みなんてしていられない。
 私は、胸の前で右手をぎゅっ、と握って、よしっ、と小さく呟く。意気込むための私なりの簡単なおまじないだ。頑張ろう、っていう気持ちを湧き上がらせたい時は、いつもこうしている。
 今日はお姉様の為、ということもあってか、いつもよりも効きがいい。絶対に見付かる、崩れたとしても、壊れないように受け止めれば良いんだ。

 そう意気込んで、小物の山へと挑みかかった。





 小物の山との格闘は数十分にも及んだ。その結果として、小物の山はなくなり、代わりに小物の数々は床の上に広がっている。踏まないように、と今は宙に浮いている状態だ。
 けど、ここまでしても、私が欲しいと思っていた形の指輪は見付からなかった。やたらと装飾の凝った指輪とか、骨や木で出来た指輪は見付けられたけど。

 どうしよう。見付からない。見付けられなかった。
 こうなったら、さっき見付けた少し装飾の派手な指輪にしてしまおうか。でも、私の理想とは違うから納得が出来ない。
 ああ、この程度のことで泣き出してしまいそうだ。でも、ぐっ、と堪える。こんなことで、泣いてちゃダメだ。

 ……とりあえず、この散らかしてしまった小物を片付けよう。このままだと、霖之助の迷惑になるしね。
 小さく溜め息を吐いて、片付けを始めようとしたとき、

「フランドール」
「わっ!」

 突然話しかけられたことに驚いて、全身を震わせた。小物を持ってたら落としてしまっていたかもしれない。
 び、びっくりした。意気消沈してたせいで全然気が付かなかった。
 もう一度息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。

「予想してた通り、結構簡単に驚くんだね。まあ、それはいいとして、どうだい? お望みの物は見付かったかい?」
「ううん、指輪はあったけど、私が欲しい感じのじゃなかった」

 銀の輝きを持つ指輪は何処にもなかった。約束の証は何処にもなかった。
 私の苦労なんてのはどうでもいい。ただ、お姉様への贈り物が見付からなかったことが何よりも辛い。

「そうかい。それはよかった」
「え……?」

 よかった、という言葉に、一瞬胸を抉られたような気がした。どうして、そんなことを言うの? 私が、お姉様への贈り物を見付けられないのが、そんなに良いことなの?
 そう思ってしまうくらいに、私の気持ちは暗く落ち込んでしまっていた。胸が苦しいくらいに痛い。

「僕の苦労が徒労にならないですみそうだよ。これなんかどうだい?」

 けど、私の考えは全くの見当違いで、霖之助の言葉は自分のことしか考えてない言葉だった。私のことなんて考慮に入れてない、そんな言葉だった。
 ああ、そうだ。この幻想郷に住んでる人たちは皆、自分本位なんだ。だから、他人のことを気にして話すような人なんてあまりいない。
 とんだ、早とちりじゃないか。……でも、よかった、私の気持ちを蔑ろにされたわけじゃなかったから。

「ん? 俯いたままで、どうしたんだい?」
「あっ、ううん。なんでもない!」

 慌てて私は顔を上げる。

「あ……」

 そして、私は釘付けになった。
 霖之助の手には小さな箱があった。でも、私が目を奪われたのはそれじゃない。箱の中で、銀色に輝く一つの指輪。それから目が離せなくなっていた。

「お、どうやら気に入ってくれたようだね。倉庫の中を探してきた甲斐があるよ。それで、君はこれを買うのかい?」
「うんっ!」

 一つの迷いもなく頷いた。だって、これ以上にないくらい私が思い描いていた指輪と同じ姿だったから。
 多分、これを逃したらもう巡り合えないんじゃないだろうか。そんなふうに、思ってしまうくらいだ。

「よし、わかった。じゃあ、値段の方だけど――」
「あ、ちょっと待って!」

 値段交渉を始めようとした霖之助を慌てて止める。物の価値なんて全然わかんないし、そもそも払うのは私じゃないから。

「お金は、こあが払ってくれるから」
「ああ、そうかい。じゃあ、散らかした道具は片付けておいてくれるかい?」

 私の返事も待たずに背を向ける。

「あ、うん。わかった」

 慌てて、返事を返したけど聞こえたんだろうか。何の反応もなく、私のいる辺りの真反対で本を捲っているこあの方へと向かっていく。
 散らかしたことをそんなに気にしてるふうじゃなかったから、別に良いか、と思う。
そして、指輪を見つけられたことに飛び跳ねたいほどの喜びを感じながら、三人の分身を召喚して片付けを始めた。





「随分とご機嫌ですね、フランドール様」
「うんっ」

 指輪の入った小さな箱を抱き締めながら答える。意識せずとも、私の羽がパタパタと揺れてるのが分かる。気分が高揚しすぎて、暑さも全く気にならない。
 日傘もくるくると回したい気分だったけど、指輪を入れてる箱を抱いてるせいでそんなことは出来ない。というか、日傘を持ったまま箱を抱き締めるなんてのは、自殺行為にも近いことに気付いて、箱を抱き締めるのをやめる。
 そして、代わりに傘をくるくると回す。
 こうするだけで、気分は更に高揚してくる。歩く足が、自然と弾んでくる。

「太陽の光に当たったりしないよう、気をつけてくださいね」
「あ、っと、そうだね」

 苦笑交じりのこあの注意を聞いて、私は歩を落ち着かせ、傘を回すのをやめる。羽だけは、今もまだぱたぱたと揺れてるけど。

「それにしても、羨ましいですねぇ」
「えっと、何が?」

 不意のこあの言葉に私は首を傾げてしまう。今までの会話を思い返してみるけど、何が羨ましいのかは全くわからない。

「レミリア様が、フランドール様のような方に慕われていて、羨ましいなぁ、と思ったんですよ」
「なんで羨ましいの?」

 私がお姉様を慕っているのは本当のことだ。誰よりも何よりも尊いもので、誰よりも何よりも大切な人なのだ。慕わないわけがない。
 でも、なんで、お姉様が私に慕われていて羨ましいと思うんだろうか。

「それは、こんなにも、可愛くて、真っ直ぐで、一生懸命で、一途な方に慕われたら嬉しくってたまりませんよ。レミリア様が、フランドール様を可愛がられるのにも、納得ですね」
「え……」

 普段言われないようなことを言われて私は固まってしまう。可愛い、くらいならよく聞くけど、それ以外はほとんど聞かない。
 なんだかよくわからないけど、顔が熱くなってきてる。外側からじゃなくて、内側から。

「あー! もう! そんな反応するなんて、可愛すぎです! 反則です! 抱き締めちゃいますよ!」

 突然、こあが私へと抱きついてきた。勢いがありすぎたのか、麦藁帽子が地面に落ちる。私は、倒されそうになったけど、どうにか立ったまま踏ん張った。

「え! ちょっと! こあ、もう抱きついてるよ! ていうか、あ、危ないっ!」

 傘を落としそうになるけど、頑張って握り締める。けど、今すぐにでも、こあに押し倒されるんじゃないだろうか、とかなり焦る。
 倒れたら、日光を遮ってくれるものが役に立たなくなってしまう。

「おっと、すいません。フランドール様が、私が自制を利かせれる範囲をはみ出るような可愛さを見せ付けてきたのでつい」

 私が焦った様子を見せると、こあはすぐに私を放してくれた。今まで一番くらいの安堵の溜め息が漏れてくる。危なかった……。

「それにしても、あれくらいで照れちゃうなんてまだまだですねぇ。……ふふふ、もっとフランドール様を照れさせて差し上げましょうか?」
「や、やめて……っ」

 ふるふる、と頭を振る。顔が火照ってくるあの感覚はすごく苦手なのだ。

「そんな反応をされると、弄ってあげちゃいたくなりますねぇ」

 こあの表情に危険な色が混じっているのに気付いて、私は反射的に指輪をスカートのポケットに納め、パチュリーに貰ったカードを取り出そうとしていた。今なら、パチュリーの言っていた言葉の意味が分かるような気がする。

「けど、まあ、また間違えて抱き締めたりして、取り返しのつかない事態になったら大変なので、帰ってからにしましょう。フランドール様、覚悟を決めてくださいね」

 こあが、私に嗜虐的な笑顔を見せる。私は、少しこあから距離を取る。
館に戻ったら真っ直ぐにパチュリーの所に行って、こあを止めてもらおう、と決めた。





 館に戻ると、こあをパチュリーに押し付けて、私はお姉様の所へと向かった。記念の日に、二人っきりでお茶会をする約束をするために。
 何か用事があったり、忙しかったりしないかな、と思いながら、聞いてみた。そうしたら、一つの間を空けることもなく、「いいわよ」と返ってきた。

 それだけのことで、なんだかとても嬉しくて、かなり気持ちが高揚していた。けど、お姉様の前では出来るだけ落ちついていよう、って思いながらなんとか自分を抑えた。
 自分の部屋に戻ってからは、諸手を挙げて、くるくると回りながらベッドの上に倒れた。気持ちが舞い上がりすぎて、約束の日まで待ちきれそうにない。

 そして、そんな私の予想はものの見事に当たってて、図書館で本を読んでるときなんかは全然集中できなかった。それをこあにからかわれて、あたふたしてたらまた抱き付かれてしまった。
 その時に、こあが言ったのが「この十年の間に、随分と愛らしくなられましたね!」だった。
 私は、そんなこあの言葉に俯いていることしか出来なかった。

 部屋に戻っては、指輪を確認しては、お姉様がどんな反応をしてくれるんだろうか、って思いながら頬が緩むのを抑えられなかった。
 それでも、私は、お姉様の前では平静でいようとした。


 そうして、ようやく約束の日となる。

 今、私は、お姉様の部屋の扉の前に立っている。さっきから、心臓が早鐘を打つように鳴っている。このままでは、心臓が破裂してしまうんじゃないだろうか、とさえ思ってしまう。それくらい、落ち着かない。
 お姉さまに会って、お茶会をして、贈り物を渡すだけだ。だというのに、私はこんなにも緊張してしまっている。

 なんでかは分かってる。私が初めて自分で選んで、初めて誰かに贈り物をするのだ。緊張しないほうがおかしい。もしも、受け取ってもらえなかったら、なんて暗いことまで考えてしまっている。
 でも、だからと言って、このままここに立っているわけにもいかない。もう約束はしてしまった。お姉様はきっと、私のことを待ってるだろう。

 二回、三回、と深呼吸をする。それから、何度目か分からないけど、ポケットに入れた小さな箱を確認する。うん、ちゃんとある。
 そして、最後にもう一回、深呼吸をすると、

 こん、こん……。

 控えめに、扉を叩いた。
 本当はもっと強く叩くつもりだったんだけど、緊張しすぎていて手に思ったように力が入らなかった。

「フランね。入ってもいいわよ」

 もしかしたら、聞こえないんじゃないだろうか、と思う間もなく中から返事が返ってきた。そのことに安堵を覚えながらも、私は扉を開く。


「こんばんは、フラン。今日は、一段と月の綺麗な夜ね」


 扉を開けると、真っ先に目に入ってきたのは、カーテンの開け放たれた窓から注ぐ月光を受けたお姉様だった。青を含んだ銀髪がきらきらと輝いている。
 椅子に座っているお姉様は私へと笑顔を浮かべてくれている。
 それらが相まって、なんだかいつもよりもお姉様が綺麗に見えた。だから、一瞬だけ見惚れてしまう。

「……こんばんは、お姉様。今日の月明かりはどんな心地?」

 それでも、なんとか平静を保ちながらそう返した。深呼吸で落ち着かせたはずの心臓がまた少し暴れ始めてる。

「ええ、いい心地だわ。フランも、いつまでもそこにいないで、こっちに来なさい」
「うん」

 頷いて、微笑を浮かべるお姉様のいるテーブルへと近づく。さっきは、お姉様に見惚れていたせいで気がつかなかったけど、もう既に、お茶会の準備が整っていた。

「今日でちょうど、フランが外に出て十年目になるのね。……ふふ、感慨深いわね」

 私が、お姉様の対面に座ると、そう話し始める。

 お姉様もちゃんと覚えててくれたんだ。そのことが嬉しくて、さっきまでとは違った理由で、気持ちが落ち着かなくなってくる。

「十年もあればかなり変われるものね。すっかり、明るい性格になってくれたわね」

 お姉様が、私をじぃ、っと見つめる。紅い瞳には優しげな色が浮かんでいる。

 そう。十年前以前の私は、自分の事が大っ嫌いだった。理由は色々とあるけど、一番大きいのは、やっぱりあれだろう。

 何度も、お姉様を殺そうとしたこと。

 その度に、私は自分を否定して、嫌いになって、お姉様に近づかないで、って言った。けど、その度にお姉様は、私を受け入れようとして、抱き締めて、私の傍にいてくれた。
 そのお陰か、私の内側にあった破壊衝動も次第に鳴りを潜めた。今では何かを、誰かを壊したい、なんて思うようなことはなくなった。
それにあわせて、私も次第に自分を受け入れられるようになった。性格が明るくなったのはそれが関係してるんだと思う。
 あの頃のことは、正直あまり思い出したくない。けど、あの頃があったからこそ、私は、お姉様のことを心の底から信頼して、尊敬して、傍にいたい、って思えるのだ。
 そう、全部、全部――

「お姉様のお陰だよ」

 お姉様にしか成し得ることは出来なかった。お姉様以外では成し得なかった。お姉様だけが、あの暗い暗い地下室から、私を救い出してくれた。

「私は、私が護りたい、と想った者を護っただけよ」

 平然と気取った様子もなく、そう答える。
お姉様はいつだってそうだ。私を支えることが重いことだ、と一切表に出さなかった。たぶん、私に気を遣ってくれてたんだと思う。それに、お姉様は自尊心が高いから、自分からそう言うことを言い出すこともなかったんだと思う。
 でも、今のお姉様は、昔とは比べられないくらいに柔らかい表情を浮かべてる。
 だから、今はもう私を支えるのは重いことではなくなってしまったんだと思う。

「それよりも、フラン。貴女、何か隠し事をしてるでしょう」
「な、なんのことかなっ!」

 お姉様の言葉に咄嗟に誤魔化そうとしてしまう私。驚いたせいで、声は裏返りかけてて誤魔化しにもなってなかったけど。

「誤魔化したって駄目よ。貴女は、すぐに顔に出すんだから。そうね、私に今日、お茶会をしよう、って約束した日から様子がおかしかったわね。食事の時間には私の方をちらちらと見てきたり、すれ違ったときに声をかけたらなんだかすごく慌ててたみたいだし」

 あう……。
 確かにそうだ。指輪を手に入れてからの私の様子はずっとおかしかった。隠そうとしてたんだけど、かなり鋭いお姉様に対しては無駄だったようだ。

「多分、今日のことに関することなんでしょうけど、もう待ちきれないわ。このままお茶会なんて始めたら、貴女が何を隠してるのか気になって、紅茶の味が分からなくなってしまいそうだわ」
「どうせなら、最後まで我慢してくれたらよかったのに」
「今この時が我慢の限界だったのよ」

 その自分勝手な答えに、思わず苦笑を漏らしてしまう。
 でも、そうだ。私も多分、指輪を渡すまでは緊張しっぱなしだろう。そうしたら、私もお姉様と同じで、紅茶の味が分からなくなってしまっていたかもしれない。
 だったら、先に済ませた方がいい。そうすれば、新しい気持ちになりながら、紅茶の味を楽しめるはずだ。

 そう思いながら、私は立ち上がってお姉様の傍まで行く。

「ねえ、お姉様、立ってくれる?」
「ええ、わかったわ」

 お姉様が頷きながら立ち上がってくれる。
 その間に、私は心拍数を上げる心臓を宥めるように胸に手を当てて深呼吸をしていた。もっと雰囲気を大事にしながらやりたかったんだけど、この死んでしまいそうなくらいの緊張と心臓の鼓動を前にしては、そんなこと出来なかった。

「あの、ね。お姉様に、渡したいものが、あるんだ」

 少し落ち着いたところで、そう言う。でも、まだまだ緊張が残ってるせいで、言葉は一連なりには出てこなかった。
 そのことで、少し取り乱しそうになりながらも、スカートのポケットから、小さな黒色の箱を取り出す。
 箱を開ける。すると、指輪が月光を受けて、控えめに銀色に輝く。なんだか、とても神聖なものに見える。
 吸血鬼に神聖、っていうのもおかしな話だとは思うけど。

「指輪ね」
「うん、プロミスリングだよ」

 正確にはこれから、そうなるのだ。今は、単なる指輪でしかない。

 私は銀色の指輪を取り出すと、箱をテーブルの上において、お姉様の前で跪く。そして、指輪を両手で包み込んで、祈るような格好をしながら口を開いた。

「私、フランドール・スカーレットは、これから自分自身を決して卑下せず、お姉様を悲しませないようにし、幸せになってみせる事を誓います」

 これが、私の約束。自分を卑下するのは、私の癖みたいなものだけど、その度に、お姉様が悲しそうな顔をしているのを知っている。
 だから、外に出て十年目の今日を機にそれを止めようと思った。止めて、お姉様を悲しませないようにして、代わりに幸せになろう、と思ったのだ。

「お姉様、受け取って、くれますか?」

 顔を上げて、お姉様の顔を見る。
 お姉様は私を見下ろしている。でも、決して見下してはいない。真っ直ぐに私の瞳を見つめて、対等にいてくれようとしている。
 いつも、いつもそうなんだ、お姉様は。

「当然よ」

 短く、不遜な言葉。
 でも、それでも私は嬉しかった。どうしようもなく嬉しかった。
 私の初めての贈り物を受け取ってくれる、ってことが。私の約束を払いのけなかった事が。

 私は、お姉様の言葉へと頷きながら、お姉様の左手の薬指へと指輪をはめた。

「ありがとう。お姉様」

 立ち上がってそう言った。何だか、とっても晴れ晴れとした気分だ。

「どうして、貴女がお礼を言う必要があるのかしら? プレゼントを貰ったのは、この私よ」
「だって、私なんかの――」

 お姉様が人差し指で私の額を押す。鋭い紅色の眼差しが私をじっと見据える。
 私は、思わず言葉を途切れさせてしまっていた。

「フラン、自分を卑下しないんじゃなかったかしら? だったら、私『なんか』なんて言うんじゃないわよ」
「……ごめんなさい」

 今さっき、約束したのに破ってしまうなんて……。
 私は、顔を俯かせてしまう。さっきまで、嬉しい気持ちで溢れていたのに、今は胸が痛い。お姉様を裏切ってしまったことが辛い。

「……ごめん、なさい」

 胸が痛くて、苦しくて、今にも泣き出してしまいそうな声でそう言う。
 けど、これは覚悟の弱かった私のせいなんだから、泣く事なんて出来ない。

「……全く、貴女は考えすぎなのよ。そうね、じゃあ、特別に今一度だけチャンスをあげるわ。二度目はないと思いなさい」

 お姉様が溜め息混じりにそう言う。
 でも、私は顔を俯かせたまま。

「それと、貴女だけが約束をしてるって言うのも、納得いかないわ」
「あ……」

 そう言うや否や、お姉様は私の前で跪いて、私の左手を取る。その行動に私は、困惑してしまう。
 振り払うべきなのか、このままでいるべきなのかわからない。だから、そのまま状況に流される。

「私、レミリア・スカーレットは、全力で愛しきフランドール・スカーレットを守り、間違ったことは正させ、そして幸せにしてみせる事を誓うわ」

 誓いの言葉を継げた後、お姉様は、私の薬指へと口付けをした。柔らかく温かい感触が一瞬だけ触れ、すぐに離れてしまう。
 けど、離れてしまった今も、温かさが残っているように感じてしまう。

「指輪は、近い内に用意をするわ。フラン、今度は絶対に自分の言った約束を守るのよ?」

 立ち上がったお姉様が、私の顔をじっと見る。
 私は、お姉様にされたことを徐々に理解して、じわじわと嬉しさが滲んでくる。
 お姉様は、私を許してくれただけでなく、お姉様自身も約束してくれたのだ。それが、嬉しくないわけがない。自分が抑えられないほどに嬉しいっ!

「うんっ! 今度は絶対に守りきって見せるよ!」

 お姉様に口付けをされた薬指を右手で包み込みながら、頷いた。





 あのお茶会から、数日後。約束通り、私に指輪を用意してくれた。私があげたのと同じ、簡素な銀色の指輪。
 それからは、どんな時でも、私たちの薬指には銀の輝きがあった。

 こあには、「夫婦みたいですね」なんてからかわれたけど、その場にちょうど居合わせたお姉様共々、それ以上に強い絆がある、って反論した。狙ってもないのに、声が重なったことが嬉しくて、私は笑顔を浮かべていた。お姉様も、笑顔だったから同じように思っててくれたんだろうか。

 あの日以来、私は自分を卑下することを言わないようになった。
 時々、良いそうになってしまうことがあるけど、そのときは、左手をぎゅっと握って、指輪の存在を確かめる。そうやって、お姉様との約束を強く強く思い出す。

 それと、私たちが指輪をつけるようになってから、一つだけ日課が増えた。
 それは――


「おはよう、フラン」
「うん、おはよう、お姉様」

 食堂へと向かう途中、偶々お姉様と会った。
 そして、挨拶を済ませるや否や、私たちは顔を合わせたまま近づいて、お互いの両手を握った。指を一本一本絡めるようにしながら。
 そうして、私は右手の薬指を動かして、お姉様の指に硬質な感触があることを確かめる。お姉様も、私の薬指を撫でている。

「今日もちゃんと、つけているようね」
「うん、お姉様もね」

 確認が終わって、同時に笑顔を浮かべる。

「フラン、今日もちゃんと約束は守るのよ」
「うんっ、わかってる」

 一度、約束した直後に破ってしまったから、この言葉にはちょっと弱い。でも、今度は大丈夫、っていう自信もある。

「いい返事ね。じゃあ、今日も――」

 お互いに銀の輝きに触れて、


「――幸せの為に頑張ろう!」
「――幸せの為に頑張りましょう」


 声を合わせて、絡めた指を解くのだった。


Fin



後書き

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