すっかり春めき暖かくなってきた館の外。私は庭に植えられた大きな木の陰に隠れて本を読んでいる。
 落ち着いて本を読むなら断然自室か図書館がいい。でも、外は穏やかな風やどこか遠くから聞こえてくる音を感じられて、それはそれで心地いい。
 まあ、本を読むよりはぼんやりとしたいときに最適な場所かもしれない。だから、本の内容もあまり重かったり複雑だったりするものじゃなくて、あっさりとしていてわかりやすいものにしている。合間合間に空を眺めたり、雲の影を視線で追いかけたりもしやすい。
 外で本を読むというのはそれほど昔からやってる習慣ではないけど、私の中では至福の時間の一つとなっている。天気を気にして、一喜一憂する程度には。

「あら、フラン。何を読んでるのかしら?」

 不意に空の眩しさを感じられなくなり、違和感ばかりの声で話しかけられた。よく知ってる声なのに、そこに込められた癖は私の全く知らないもの。歪で、不快。

「……誰?」

 目の前に立っていたのは日傘をさすお姉様の姿をしたものだった。姿形、声は間違いなくお姉様のものだ。でも、立ち居振る舞いや声の使い方は全く異なる誰かのものとなっている。私の前にいるのは、お姉様の皮を被った何かだ。

「何を言ってるのよ。わたしは、あなたの姉であるレミリア・スカーレットよ?」

 そうしておけば私を揺らがせるとでも思っているのか、動じた様子もなくお姉様であるということを騙っている。
 その姿を見ていると、腹が立ってくる。他人がお姉様の姿を使っていることに、その上で中途半端な演技をしていることに。

「早く元の姿に戻って」

 苛立ちを込めて、低い声で言う。そうでもしないと、勢いをつけた弾幕をぶつけるくらいのことはしてしまいそうだ。できるかぎり冷静でいたいとは思うけど、これだけは絶対に許せない。

「わ、悪かったわい」

 お姉様の姿をした何かが白い煙に包まれたかと思うと、その姿が一瞬にして伸び上がった。

 それは、しま模様の大きな尻尾を持つ妖怪だった。頭には獣の耳、その間には一枚の葉っぱが乗っている。動物が妖怪化したものなんだろうか。
 眼鏡越しに見える茶色の瞳は、警戒するようにこちらを見ている。少々怯えの色が見て取れる。
 私は威嚇するようにじっと睨み返す。

「何の用?」
「い、いやなに、最近こっちに来たばかりじゃからめぼしい所を見て回っておるんじゃよ。……お前さんをからかおうとしたのは、ちょっとした出来心からじゃった。すまんの」
「ふーん」

 謝られても不機嫌さは全く収まらなくて、そんな冷めた反応しかできない。早くどこかに行ってくれればいいのに。
 そう思うけど、私の反応に困惑しているだけのようで動いてくれる気配はない。何か動きを見せてくれないと私だって困る。

 しばらくお互いに何も言わないまま、無為に時間が過ぎ去っていく。木の葉や本のページが風に揺すられる音が時折聞こえてくるけど、穏やかさの演出からはほど遠い。

「門の方にいないと思ったらこんな所にいたのね。場所によっては容赦なく撃退されるだろうから不用意にふらふらとしない方がいいわよ? ……っと、なんだか不穏な空気が流れてるわね」

 今度は本物のお姉様の声が聞こえてきた。場にそぐわない非常に暢気な声に、少しばかり毒気を抜かれてしまう。こっちの雰囲気を察していないわけがないのに。

「お、おお、レミリア、助かったわい!」

 大きな尻尾の妖怪は慌てたように日傘をさしたお姉様の方へと駆け寄る。どうやら、お姉様の知り合いのようだ。頻繁に出かけてるから、私が知らないのがいてもなんら不思議ではないけど。

「なんだか、早速問題が起きてるみたいねぇ」

 ため息混じりの呆れたような声だけど、やっぱりどこか暢気な雰囲気は残ったままだ。余裕があるからこそなんだろう。

「フラン? 珍しく機嫌が悪いみたいだけど、どうしたのよ」

 お姉様が私の傍へとそっと寄ってきて、日傘を開いたまま傾けてしゃがみ込む。お姉様の顔がすぐ目の前にくる。

「……お姉様の姿になってるのが気に入らなかった」
「そんな事で機嫌を悪くしてたの?」

 お姉様が苦笑を浮かべながら私の頭を撫でる。予想してた反応だけど、それでも不満が湧いてくる。

「そんなことじゃない」
「そんな事よ。些細で些末で他愛無い出来事」
「ううん、重大で由々しくて聞き捨てならないできごと」
「ふーん」
「お姉様、聞いてないでしょ」
「ええ、聞いてないわ」

 澄ました表情で言われると何も言い返せなくなってしまう。天蓋を押すのと代わりはない。
 だから、せめてもの反発としてお姉様を睨む。それでもやっぱり平然としていて手応えがない。
 そして、最終的に私の冷静な部分が不満を引っ込めてしまう。不機嫌さはそのままだけど、反発しようという気はなくなる。
 お姉様は私の感情の動きを感じ取ったのか、頭を撫でていた手を止めて立ち上がってしまう。

「ほぅ……、射殺されるかと思ったわい」

 見知らぬ妖怪は、安堵したように胸を撫で下ろしている。殺意を込めてたつもりはないけど、その目前にまで迫った敵意くらいは抱いてたかもしれない。実際、場合によっては攻撃してたかもしれないわけだし。

「機嫌が悪い時のフランはおっかないからねぇ」
「慣れとるんじゃの」
「そりゃあ、私の妹だもの。機嫌が悪いくらいで腰が引けててどうするのよ」
「ああ、フランドールが怒った理由が分かった気がするわい」

 呆れたようにそんなことを言っている。その呆れはお姉様に向けたものなのか、それとも私に向けたものなのか。

「あー、そうじゃ。まだ名乗っておらんかったの。儂は二ッ岩マミゾウじゃ」
「……フランドール・スカーレット」

 名前を呼んでたから私のことは知ってるんだろうけど、少し突き放すような感じに一応名乗り返しておいた。それに対して返ってきたのは当惑だった。お姉様は苦笑を浮かべている。
 でも、二人とも特に何かを言うことはなく、会話を進めていく。

「それで? 貴女は何をしに来たのかしら?」
「めぼしい場所を見て回っておるんじゃよ」
「へぇ、なら私が中を案内してあげるわよ?」
「お? 良いのか?」
「ええ。どうせする事がないから暇つぶしのついでだけど」
「いや、それでも十分ありがたい。では、お願いしようかの」
「お願いされたわ。じゃあ、フラン、貴女も来なさい」
「……なんで?」

 もう私には関係のないことだと思っていたから、そんな誘いをされるのは意外だった。案内するだけならお姉様だけでも十分だろう。他人と話すのが苦手な私は空気と化すか、最悪今の状態だと雰囲気を悪くすることしかできない。

「第一印象だけで嫌うのはもったいないじゃない。そんなに悪いやつじゃないわよ、マミゾウは」
「そんなに、は余計じゃないかのう」
「初対面で挨拶なしにからかおうとする姿勢はマイナスよねぇ?」
「まあ、確かにそうじゃが……」

 マミゾウはバツが悪そうに言葉を濁す。
 お姉様はお世辞を言うような性格でもないし、この反応からすると悪くないというのは本当のことなんだろう。だからといって、興味がわいてくることもないけど。

「じゃあ、文句はないわね。さ、フランもふてくされてないで行くわよ」
「ふてくされてないし、行くなんて言ってない」
「残念ね。今の私は聞く耳を持ってないの」

 お姉様は私の言葉を無視して、腕を掴んで無理矢理立ち上がらせる。痛みはそれほどなく、こちらの意志を尊重するつもりはないけど気を遣ってくれてるというのが伝わってくる。
 抵抗することはできず、半ば引っ張られるようについていくしかない。そして、日の下に出てしまえば更に離れられなくなってしまった。たぶん邪魔になるだけだろうから本は魔法で作り出した空間の中に収めておく。

 日傘は後で回収しないといけないなと思っていたら、マミゾウが傘を拾い上げて畳んでくれていた。私の視線を気づいて、少しぎこちない笑みを浮かべてついてくる。
 私も気まずさを感じて、視線を前に戻していた。





「ほう、中は見かけ以上に広いんじゃな。妖術の類かの?」

 館の中に入って早々、マミゾウは感嘆の声を上げる。視線は忙しくなく動き、くまなく辺りを見回している。
 ちなみに日傘はお姉様の手を経由して返してもらい、魔法で作った空間の中に納めている。完全に間に壁ができあがってしまっているようだ。

「咲夜が力を使って広げてるのよ。無限回廊も作ろうと思えば作れるらしいけど、今はちゃんと端があるから安心してちょうだい」

 お姉様は足を止めないまま答える。

「……それは安心と言えるのかの」

 マミゾウは呆れているようだった。私も初めて部屋から出たときは道に迷ってどうすればいいのかわからなくなったことがあるから、気楽にそんなことを言えるお姉様に対してそんな感情を抱きたくなる気持ちはわかる。

「道に迷っても、壁を右手だか左手だかで触れて歩いてればいつか玄関にたどり着くという安心はあるわよ。まあ、そんな時は数は少ないけど窓から出た方が手っ取り早いだろうけど」

 よっぽど余裕がないとそんな考えはすぐに消えてしまうと思う。特にここは歩いても歩いてもほとんど景色が変わらないから、一度道に迷ってしまえば本当に終わりがあるのだろうかという不安に襲われる。お姉様の言った方法で確実に出られるということがわかっていても安心できるはずがない。

「お前さんは割合楽観的なんじゃの」

 それは私もよく思う。そのことに対して怒ることもあれば、それに救われているということもある。だから、長所でも短所でもなんでもなく、特徴なんだろう。

「一筋でも光明があるなら、それに手を伸ばさないともったいないじゃない」
「その光明も見当違いだという事もありうるかもしれんがの」

 マミゾウの口調に何か苦いものが含まれる。それが意味することはわからない。

「まあ、それはそうかもしれないわね。その光が太陽からのものだったりしたら大変な事になるし。でも、変わりたい、変えたいものがあるならそれでも手を伸ばしていかないと」
「前向きじゃのう」
「前に進みたいのに後ろを向いてたって仕方ないじゃない」
「んむ、それはそうじゃの」

 マミゾウが同意する。館の感想を話してたのにいつの間にやら人生観の話になっていた。

 それにしても、お姉様たちのやり取りを見ていると、やっぱり私がついてくる必要はなかったんじゃないだろうかと思う。私はついて歩いてるだけだし。
 お姉様の意図はわかってるけど、積極的にどうこうしようという気は起きない。それは例え、マミゾウが変化せず普通に向かい合って出会っていたとしてもだ。
 でもまあ、お姉様についてこいと言われればついていく。今のように居心地の悪さを感じていたとしても。

「うーむ、広い割には閉塞感があるの」

 しばらく歩いていると次はそんな感想を漏らした。
 ここから見えるのは、ぽつぽつと並んだ木の扉と大きな窓を覆う真っ赤なカーテンくらい。外の気配は一つも感じられない。

「この辺りの一般的な家に比べればそうかもしれないわね。でも、外と内でメリハリがつく分、住むならこっちの方が好きだわ。フランはどう思う?」
「えっ? えっ……と、静かな場所と、そうじゃない場所を選びやすいから、ここの方がいい、かな?」

 こっちに話を振ってくるとは思ってなかったから、はっきりしない返事となってしまう。言いたいことは言えたけど。

「ここでは儂の方が異端じゃということじゃな。儂は外を身近に感じられる方がいいの。それでかつ狭さもあれば、なお良しじゃ」
「私は広い方がいいわね。狭いとそこら中に羽をぶつけるし。ねえ?」

 また私の方へと話を振ってきた。今度はある程度身構えていたから、さっきよりは動揺しない。

「う、ん。でも、広すぎるとあんまり落ち着かないから、私の部屋くらいがちょうどいい」

 慣れてるからかもしれないけど、とりあえず長すぎるここの廊下はいまだに落ち着かないし、自室より広い食堂もやっぱり広すぎるとは思う。

「ふーん、私は大広間くらいの広さは欲しいわね。今の部屋に不満があるわけではないけど」
「その広間はどれくらいの広さがあるんじゃ?」
「手当たり次第に人間や妖怪を招待しても余裕があるくらいの広さはあるわね」
「かなり広そうじゃな」
「ええ、見たらきっと驚くわよ」

 そんなふうにして、少々不自然ながらもお姉様を中心として三人でなんでもない会話を続けるのだった。





 大広間を経由して食堂の前へとやってきた。
 大広間は使っていなければただ広いだけの部屋だから中を見せることくらいしかしてないけど、マミゾウはその広さに驚いていて、その様子を見ていたお姉様は満足げだった。

「この扉の向こうが食堂よ。よく妖精メイドたちの溜まり場になってるわ」

 この時点ですでに廊下へと話し声が漏れ聞こえてきている。いかにも元気で溢れているといった雰囲気が伝わってくる。
 外から聞く分にはいいんだけど、その渦中で聞くのは苦手だ。騒がしいことに慣れていないから、その情報量の多さに対して耳を塞いでしまいたくなる。

 少し身構えていたけど、お姉様が扉を開くと同時にその声はぴたりとやんだ。
 仕事をさぼっているのを見つかったから、というわけではない。お姉様や私までその輪の中に取り込もうとするのが大半だし、中には咲夜を前にしてでさえ堂々とさぼるのもいるくらいだ。まあ、いつもいつもさぼっているというわけでもないみたいだけど。
 そんな彼女たちがこちらへと向けているのは、溢れんばかりの好奇心だった。きらきらと瞳を輝かせている。

 初めて顔合わせをしたときのことを思い出して、思わず一歩後ずさってしまう。あの勢いづいた好奇心の塊にはどうがんばったって勝てない。
 それを合図にしたかのように三人の妖精メイドたちが一斉にこちらに駆け寄ってきた。その勢いに押されるように更に後ろに下がる。お姉様も後ろに下がっていた。私と違って、全くの自分の意志でだろうけど。

 その結果、マミゾウだけが取り残される形となる。

「見て見て! この尻尾、すごいすごい!」
「ほんとだ! ふかふかー」
「ふかふかだー」

 妖精たちはマミゾウの大きな尻尾に興味を持ったようだ。遠慮なく撫でたり握ったりしている。

「なんじゃなんじゃお前さんらは。断りもなく他人様の尻尾に触れるとは無礼じゃとは思わんのか」

 マミゾウは尻尾を振りながら、呆れたように妖精メイドたちに話しかけている。いきなり詰め寄られた割には落ち着いていて、こうした事態に慣れているような節が見られる。

「思わないよ?」
「私たちが楽しければそれでいいの! ねー」
「ねー」
「ほほう。化け狸の大将たるこの儂に気安く刃向かうとは良い度胸じゃの」

 怒っている様子はなく、むしろ妖精メイドたちがはしゃいでいる様子を楽しんでいるようだ。妖精メイドたちに視線を向けようするマミゾウの横顔には笑みが見て取れる。

「へぇ、狸の尻尾なんだ」
「おっきすぎて気がつかなかったねー」
「ねえねえ、なんていう名前なの?」
「全く聞いておらんの。儂の名は二ッ岩マミゾウじゃよ」

 一人が名前を聞いた瞬間に本人へと意識が向いたのか、妖精メイドたちは全員マミゾウの正面へと移動する。

「マミゾウ?」
「面白い名前だね」
「どこに住んでるの?」
「以前は外の世界に住んでおったが、今は命蓮寺に世話になっとるよ」

 あちこちに興味が移って会話に一貫性がないのに、マミゾウはしっかりとそのペースについていっている。右往左往して振り回されがちな私とは大違いだ。

「なかなか手慣れてるわねぇ」

 隣に立っているお姉様が感心したように言う。

「フランもあの中に入ってきたら? あの尻尾、かなり手触りがよさそうよ」
「……お姉様、触ってみたいの?」

 私はそこまで尻尾の方に意識は向けてなかったから、そういうことなんだと思う。別の意図もあるんだろうけど、今は自分の感情を優先させているような気がする。

「妖精メイドたちがあんなにはしゃいでたんだから、気にはなるわね。フランはどう?」
「まあ、うん、気には、なるけど……」

 確かに触り心地はよさそうだ。さほど意識はしてなかったけど、こうして意識させられると触ってみたいという欲求が出てくる。
 だからといって触りにいけるわけもなく、更にはお姉様に対して嘘もつきたくなくて、そんな煮えきらない返事となってしまう。

「じゃあ、遠慮せず触らせてもらっちゃいましょう」
「な、なんでお姉様が勝手に遠慮せずなんて言ってるの!」

 お姉様が私の腕を掴む。何をするか予想ができてしまったから、逃げ出そうとするけどびくともしない。単純な力勝負ではどうあがいても勝てない。

「細かい事は気にしない気にしない」
「こ、細かくないし、ひ、引っ張らないでー!」

 そう言った途端に腕を放してくれた。でも、本当に放してくれるとは思っていなかったから、バランスが崩れて転びそうになる。
 このまま倒れてしまう。そう思ったけど、不意に背中が温かなものに触れて倒れずにすんだ。ただ、同時に身動きも取れなくなってしまっていた。腕は広げられなくなり、途中までしか曲げられない。
 要するに、後ろからお姉様に抱きしめられていたというわけだ。

「ご要望通り、引っ張るのはやめてあげたわよ?」
「意地が悪い対応だと思う」
「ふむ、その意見参考にしておくわ。今度からはもう少し誠実に対応するようにするわね」

 そんなことを言いながら何も変えないんだと思う。お姉様自身はこれが正しい対応だと思っているだろうから。

「まあでも、今は貴女自身がどうすればいいかわからなくなった壁を壊すのが先決ね」
「……その方法がこれっていうのはどうなの?」

 もっと他にもあるんじゃないだろうかと思う。食堂に来たんならちょっとしたお茶会を開くだとか。

「会話をさせてみて駄目だったから、別のアプローチをね、と。接触する事だって十分交流としては正しいと思うわよ? メイドたちだってそうしてるし」
「……あれは特殊な形なんじゃないかな。そもそも、私がマミゾウとの間に作ってるものも十分特殊だし」
「何事もやらなきゃ分かんないんだから後ろ向きに考えるだけ損よ。もしもの時は全力でフォローするから安心しなさい」

 嘘ではないだろうけど、だからといって実際にそうするのは全く別の問題だ。
 マミゾウのしたことは確かに許せない。でも、だからといって嫌われてしまうかもしれないことをわざわざしたいとも思わない。マミゾウとの間に作ってしまった壁を壊したいという気もない。このまま、お互いに気まずさを感じるくらいの関係のままで十分だ。

「わー! せめて心の準備くらいさせて!」

 そんなことを考えていると、ほとんど不意打ちのように抱き上げられた。足をばたばたとさせるけど、お姉様を蹴ってしまわないようにと思ってしまって大して暴れられない。こうしてお姉様のことを気遣ってる時点でどうしようもない。

「お前さんらは二人だけで楽しそうじゃの」
「お嬢様たちは仲がいいからね」
「でも、今日のレミリアお嬢様はちょっとはしゃいでる気がする」
「うん、気がするー」

 気がつけば、マミゾウと妖精メイドたちがこっちに注目していた。マミゾウは呆れていて、妖精メイドたちは相変わらず楽しそうだ。
 まあ、あれだけ騒がしくしてたら注目されるのも当たり前か。大きな声を出していたのは私だけだったけど、その原因は全面的にお姉様にある。

「はしゃいでるように見えるかしらね? まあ、どうだっていいけど。それより、マミゾウの尻尾、触らせてもらってもいいかしら?」
「乱暴にせんかったら好きにして良いぞ」
「ありがとう。じゃあフラン、遠慮なく触らせてもらいましょう」

 私の是非を確認することなく、こっちに背を向けたマミゾウの方へと近づいていく。何を言っても無駄だろうし、精神的に疲れてきたから抵抗するのは諦めた。少し時間が経って、疲れが少し抜けたらまた横暴なお姉様へと楯突くんだろうけど。
 とにかく今は妖精メイドたちの視線がまとめてこっちに向いてきてるから、とても居心地が悪い。私が視線を遮ってるからなのか、お姉様はそんなもの一切気にしてないみたいだ。とりあえず、その位置を私と換えてほしい。

 そんな要望を口にする間もなく、マミゾウの尻尾の前で床に降ろされる。触れということなんだろうけど、かなり気が引ける。
 でも、お姉様はここで立ち止まることを許してはくれない。
 手の甲にお姉様の手のひらが重ねられる。驚いて一瞬体中が強ばった。
 そこで一度お姉様の動きは止まるけど、身体の力が抜けたところで指の間に指を絡ませられる。いくら勢いをつけて振っても決して離れることはなさそうだ。そもそも、この状態で勢いをつけて手を振ろうというのが無理な話だ。
 お姉様の手が伸びて、私の手はマミゾウの尻尾へと触れる。

「どうじゃ? 儂の尻尾の触り心地は」

 前を向いたままそう聞いてくる。

「柔らかくて暖かくて、触り心地がいい」

 弛緩した心が自然とそう口にさせていた。

「うむ、なら良かったわい。気が済むまで存分に触って良いぞ」
「あ、ありがと」

 嬉しそうな声を聞いて我に返ってしまう。でも、手に伝わる心地よさが私の心を溶かし、私の意識とは別の場所が手を動かす。
 そうして、身体を動かすことを放棄した意識は、褒められて嬉しい部分を触らせてくれる理由を考えているのだった。



 妖精メイドたちが満足するまで食堂にとどまった後、再び私たちは廊下を歩いていた。

「次は図書館に行こうと思ってるんだけど、マミゾウは本に興味はあるのかしら?」

 今まで二人の会話にそれほど興味を持ってなかったけど、本が話題に上がった途端にそちらに意識を向けてしまう。会話に参加したいという気分にはなってないけど、内容は気になる。

「あるぞ。知識があれば会話の種にもなるし、変化をした時に機転も利きやすくなるからの」
「ふーん、実利主義なのね」
「まあ最初はそうじゃったが、今は娯楽としても楽しんでおるよ」

 どうやら、暇つぶしとして本を読み始めた私とは正反対の動機のようだ。でも、結局目的は同じようなものになってしまうようでもある。私も気がつけば、知識を得ることも目的として本を読むようになっていた。

「そういえば、フランドールは木の下で本を読んでおったな。好きなのかえ?」
「う、うん。暇つぶしとか、新しいことを知るために読んでる」

 マミゾウは私に対しての壁を感じなくなっているようだった。たぶん、お姉様と一緒に尻尾に触らせてもらっている間に気にしなくなったんだと思う。
 でも、私の方はまだそれを感じ取っていて、少し淀んだ答え方となってしまう。

「そうかそうか。もし良かったら、お前さんのお気に入りの本を教えてくれんかの」
「うん、いいよ。……その、代わりといってはなんだけど、良かったら、マミゾウのお勧めの本も、教えてくれない?」

 関われないなら関われないでもいい。今もまだそう思っている。
 でも、せっかくお姉様が私の作り出した壁を低くしてくれたし、マミゾウもその壁を乗り越えてきてくれた。そんな中で私だけが何もしないというのは据わりが悪い。
 それに、今は私の好きなものが話題にあがっている。そこだけは、少しずるい理由かもしれないけど、がんばって一歩を踏み出してみた。

「それくらいお安いご用じゃて」

 マミゾウの浮かべる笑顔が、更に壁を低くしてくれたような気がした。





 地下へと続く長い階段を下りきって、図書館の大きな扉の前へとやってきた。
 ここに来るまでの間、私はマミゾウと自分の気に入ってる本の話をしていた。私は口下手だし、正反対にマミゾウは口が達者だったから口にした言葉の量にはかなり差があったけど、ようやく実りのある会話をできたと思う。少なくとも私は次に読んでみようという本が決まった。この館に置いてあるかはわからないけど。

「いらっしゃいませ、お二人さんと見知らぬお方。どちらかのご友人ですか?」

 お姉様が扉を開けると、こあが駆け寄って笑顔を浮かべて出迎えてくれた。そして、マミゾウの方を見ると小さく首を傾げる。

「いや、こっちに来たばかりでめぼしい場所を見て回ってるそうだから、暇つぶしついでに館の中を案内してあげてるのよ。今のところはね」
「今のところは、ですか」

 確かに何やら含みを感じさせる言葉ではある。まあ、真意はなんとなくわかってる。その意志を汲むかどうかは別として。

「ああ、そうだ名乗っておかないといけませんね。私は名も無き小悪魔であり、ここの司書をやっている者です。まあ、小悪魔とか、親しみを込めてこあとでも呼んでください。で、あちらにいらっしゃるのが魔女にしてこの図書館の主、パチュリー・ノーレッジ様です」

 こあは少し身体をひねり、図書館の奥が見えるようにする。いつものように大きなテーブルの上にたくさんの本を積み重ね、そこに埋もれるようにパチュリーはいた。
 感情のよく見えないどこか眠たげな表情でこっちを向いている。こあが、見知らぬ方と言ったのに反応したんだろうか。
 でも、すぐに再び本を読み始めてしまう。あの状態でもちゃんと話を聞いてはいるけど、それほど興味はないようだ。

「儂は化け狸の二ッ岩マミゾウじゃ」
「おー、やはりその立派な尻尾は狸のものでしたか。ということは、化けたりもできるんですか?」
「当然じゃ。変化は儂の十八番じゃからの」

 マミゾウの声が少しばかり弾むようなものとなる。私は否定してしまったけど、化けることはマミゾウにとってアイデンティティそのものなんだろう。

「それでしたら、私の姿なんかにもなれますか?」
「それくらい朝飯前じゃ、と言いたいところじゃが……」

 マミゾウが私の方を見る。そう萎縮されるとこっちも困る。だからといって、黙ってるわけにもいかない。

「お姉様の姿にならないなら、好きにしてもいいよ」

 お姉様だけが特別な位置にいるから、それ以外ならそれほど気にすることはないと思う。

「おお、そうか。すまんの」

 ほとんどなくなりはしたけど、やっぱり私たちの間にはまだ微妙な壁が残っているようだ。でもこれはずっと残り続けるものなんだろう。自分の言ったことは決して取り消せないのと同じで。

「ふむ、フランドールさんを相手に引け腰というのも珍しいですね。本気で怒ったフランドールさんはそんなに怖かったですか?」
「ああ、そうじゃな。正直言うと殺されるかと思ったわい」
「そ、そこまでだった?」

 不快感やら敵意やらを込めていたという自覚はあるけど、殺意は込めてなかったはずだ。暴走していたほどではなかったけど、感情を抑えきれなくはなっていたから、それに限りなく近いものは抱いていたかもしれないけど。

「うむ、あの時の視線は本気で怖かったぞ」

 まあ、私がどう思っていようと相手にどう思われたかの方が重要だろう。だから、そう思われていたということは、殺意を抱いていたのとさほど変わりないんだと思う。
我ながら、お姉様のこと一つでそこまで感情を溢れさせられるのには呆れる。冷静な今だからこそ思えることだけど。

「ふむふむ。やはり、普段大人しい方は怒ると恐ろしいんですね」
「そういうことじゃな」

 こあとマミゾウは一緒になって頷いている。私はそういう印象を持たれてしまってるんだろうか。

「まあ、こんなことばかり話しててもあれですね。本題に戻って、マミゾウさんの化ける姿を見せてもらえませんか」
「そうじゃな。ほれっ」

 かけ声とともにマミゾウの身体が白い煙に包まれる。その中から現れたのはこあだった。まあ、姿形が同じだけのマミゾウなんだけど。

「おー……。鏡に映ってるわけでもない自分の姿が見えるなんて妙な感じですねぇ」

 そう言いながら、こあは髪や頬に触れたりしている。こうして向き合っている姿を見ると双子のようだ。

「自分の身体に触れるのもやっぱり不思議な感覚ですねぇ。と、おや、こんなところに枝毛が」
「それはお前さんの髪に枝毛ができておるということじゃな」
「へぇ、こんな便利な使用法があるんですね。あ、ほんとに枝毛が」

 こあが懐から小さなハサミを取り出して、つまんだ髪の先を切る。いつも持ち歩いてるんだろうか。まあ、こうして取り出したんだからそういうことなんだろうけど。
 私も身なりは気をつけてるつもりだけど、そこまで徹底しようという考えはなかった。今度真似してみようか。魔法を使えば持ち歩くのも簡単だ。ただ、こあほど髪が長くないから自分で枝毛を見つけるのも切るのも難しいという問題がある。おとなしく咲夜に手伝ってもらった方が賢明そうだ。

「鏡代わりに使われたのなんて初めてじゃぞ」
「ではでは、本来らしい使い方を。パチュリー様、どうですか」

 こあがマミゾウをパチュリーの方へと連れていき、背中を押して前に立たせる。
 パチュリーは本から顔を上げてじっとその姿を眺めている。アメジスト色の瞳が、魔女としてマミゾウを捉えている。

「……何かしら元の姿が出てくるものだと思っていたけど、別段そういったことはないのね」
「それは、若い奴らがする典型的な失敗じゃな。からかい方によってはわざと不完全に化けたりもするがの」

 再びマミゾウの身体が煙に包まれる。今度は目の前に立っているパチュリーの姿になっているけど、決定的な違いがある。
 それは、頭に生えた一組の耳と、お尻から伸びる大きな尻尾だ。わざとらしくそれらを揺らしているから、挑発的な印象を受ける。

「へぇ、相手と場面をちゃんと選べば、逆上させるのに便利そうね」
「お前さんには大して効果はなさそうじゃがの」
「ええ、その程度で動じるくらいなら、魔女も魔法使いも名乗ってないわ」
「うむ、いつの時代も神秘の力を追究しておるのは一筋縄でいきそうにないの」
「挑戦は受け付けてないから早々に諦めてちょうだい」
「分かっておるわい。お前さんみたいなのも怒らせると怖いからの」
「物分かりがいいみたいで良かったわ」

 険悪な雰囲気はないけど、お互いに挑発的な発言をしあっている。幻想郷では割と一般的なやり取りみたいだけど、私はいまだに馴染めていない。ほとんど他人との交流がないから当然とも言える。
 そんな二人の会話が終わったところにこあが入り込む。よっぽど言いたいことがあるようだ。

「パチュリー様パチュリー様。いつか付け耳やら付け尻尾やら身につけてみたいという願望はありませんか」
「ないし、会話が終わったところに間髪入れずに話しかけてくるんじゃないわよ」
「とても似合っていらっしゃったのでこれはぜひぜひ本物のパチュリー様にもと思いまして」
「嫌」

 簡潔に即答だった。でも、こあはこの程度で諦めるような性格ではない。むしろ、邪険に扱うほど質が悪くなっていく傾向にある気がする。

「どうせパチュリー様ならそう仰られると思ってましたよ。なので、隙を見て勝手に飾らせてもらいますね」
「なら、そういったものを見かけたら端から順に燃やしておくわ」
「ふっふっふ、その程度でめげはしませんよ」

 嬉々とした様子で話しかけるこあと辟易した様子で答えるパチュリー。ちぐはぐな二人だけど、お互いにその雰囲気を楽しんでいるようで、マミゾウが入り込む隙間はない。こあに弾き出されたようなかっこうとなっている。

「いつも二人はこんな感じなのかの」

 マミゾウが呆れの表情を浮かべてこちらへと振り返る。耳や尻尾を生やしたパチュリーの後ろで、本物のパチュリーとこあが楽しげな様子で話しているというなんともいえない構図となっている。

「ここまで露骨に仲が良さそうな様子を見せるのは珍しいわよ。大体小悪魔は、訪問者を弄って楽しんでるから」
「儂のこの姿が焚き付けさせてしまったという事かの」
「まあ、そういう事でしょうね」

 お姉様は二人の方へと和やかな表情を向けている。親友が楽しげにしてるからかもしれないし、単純に和気藹々とした雰囲気を感じ取ってるからかもしれない。たぶん、両方だろう。

「この流れだと、フランドールの姿かの。……お前さんは怒りはせんよな?」
「大丈夫よ。私はフランほど心は狭くないから」

 お姉様の言葉には何も言い返せない。こあもパチュリーも、マミゾウの化けた姿を楽しんでいて、決して怒ったりなどしていなかった。そんな中で私だけが機嫌を悪くしていたのだから、そう言われてもしまうのも仕方がない。

「そうか。では、遠慮なく姿を貸してもらおうかの」

 白い煙の中から、今度は私が現れる。
 こあが言ってたけど、確かに妙な感じだ。ただ、私は魔法で自分の分身を作り出したりすることがあるから、かなりというほどのものでもない。初めて分身を作り出して、あまり思った通りに動いてくれなかったときの感覚に近いかもしれない。

「どうじゃ?」

 お姉様はその言葉に応えるようにマミゾウの方へと近づく。それから、両手でそっと頬に触れ、顔を近づける。こあが観察していたときよりも距離が近い。
 ……見ていてものすごく気恥ずかしい。時々だけど、あれくらい距離を詰められることがある。自分があの位置にいたときにはわからなかったけど、あそこまで距離が近いものだとは思っていなかった。
 端から見ていて近すぎるくらいだというのに、更に距離を縮めている。その上、片方の手で頭まで撫でていた。

「れ、レミリア?」

 マミゾウが少し焦ったようにお姉様の名前を呼ぶ。

「何かしら?」
「……近すぎやせんかの」
「ふむ、かもしれないわね」

 そして、すぐにお姉様とマミゾウとの距離が離れた。かと思ったら、マミゾウが元の姿に戻り、力が抜けたようにその場に座り込む。そうなる気持ちはわかるような気がする。

「かなり似てたと思うわよ。髪の触り心地もそのままだったし。でも、雰囲気が違ったせいか完全に同じだとは思えなかったわね。で、なんで座り込んでるのよ」
「取って食われるかと思ったんじゃよ」
「妖怪の血に興味はないわよ?」

 お姉様は首を傾げている。誤魔化してる、んだろうか。断言はできないけど、素でやってるような気がする。たぶん、顔を近づけてたのも単純によく見ようとしてだけだろうし。

「いや、そういう意味じゃないんじゃが……」
「ん……?」

 少し考え込む。やっぱり素のようだ。

「ああ、そういう意味ね。それこそありえないわよ。偽物とはいえ、実の妹に手出しするなんて」

 ……なんの臆面もなくそんなことを言われるのもかなり恥ずかしい。いや、意識されててもそれはそれで困るけど。
 私が意識しすぎてるだけ、なんだろうか。

「う、うむ、そうかそうか」
「まあでも、あまりよく知らない他人からいきなりあんなふうに詰め寄られたらそう思うのも無理はないわよね。ごめんなさい」
「いや、謝らなくともよい。裏を返せばそれだけうまく化けれていたということじゃしな」

 マミゾウは気を取り直すようにそう言いながら立ち上がる。でも、その視線はお姉様の方に真っ直ぐ向いていない。

「のう、フランドール。いつもあんなふうに距離を詰められておるのかの」

 今そんなことを聞いてこないでほしかった。





 そんなこんなで館の主要な場所をまわり終えて、応接間へとやってきた。
 私は一度も入ったことがなかったけど、基本的な造りは他の部屋と大差がない。違うといえばクローゼットがなくて、代わりに茶器の並べられた飾り棚があるくらいだ。たぶん、咲夜の趣味だろう。お姉様はそういうことに少し無頓着なところがあるから。

「うむ、自慢していただけあってかなり美味じゃの」
「でしょう? ここに来たなら是非とも咲夜の紅茶だけは飲んでほしいと思ってたのよ」

 そんな他の部屋に比べて少しおしゃれな部屋で、私たちは一つのテーブルを囲んでお茶会をしていた。
 マミゾウは咲夜の淹れた紅茶を気に入っているようだ。まあ、よほど紅茶が嫌いでない限り、誰もが口を揃えて絶賛するほどのものだから当然だろう。
 私もゆっくりとカップを傾け、柔らかな香りで心を落ち着けながら味を楽しむ。砂糖を多めに入れてるから、元の味はあまり感じられないんだけど。

「さて、紅魔館を一通り見て回ってどうだったかしら?」

 三人がある程度紅茶を楽しんだところでお姉様がそう問いかける。

「一言で言えば異次元じゃったな。日本でこれほどの建物なんて、観光用の建物ぐらいじゃからの。じゃからこそ、新鮮な気持ちで楽しめたわい」
「そう、気に入ってもらえたようで何よりだわ。今後もちゃんと美鈴に声をかけてから入ったら歓迎するわ」
「うむ、機会があればまた来させてもらうかの」

 そう言いながら紅茶の入ったカップを揺らす。遠回しに、また紅茶を飲みに来ると主張しているようだ。

「さて、フラン。一通りマミゾウと館を回ってみて何か印象は変わったかしら?」

 どこかで聞かれるだろうとは思ってたけど、まさか本人を前にして堂々と聞いてくるとは思っていなかった。いやでも、こうして少々強引なのはお姉様らしいのか。私が希望的観測を抱いて、目を背けていたというだけで。

「……結構世話好きで、本が好きなんだなっていうのがわかった」

 今日のことを思い出しつつ言葉にしていく。お姉様はともかく、マミゾウにまで見られていると話しづらい。でも、せっかくだからこのまま続ける。

「それに、最初に抱いてた印象ほど悪くはないんだと思う。使える力が力だから、ああやってからかうのが存在意義になってるだけで」

 持ってる力がその持ち主の存在意義を決めるとは思わないけど、マミゾウのように気軽に使える力なら存在意義を決めるほどのものになっていても不思議ではない。
 マミゾウがお姉様に化けていたことは絶対に許せない。でもそれは、結局私の心の余裕のなさが原因なんだと思う。私以外の反応を見たからこそそう思う。
 だから、マミゾウへの悪印象はすでに消えていた。また同じことをされたら怒るかもしれないけど、たぶんだいじょうぶだと思う。

「じゃあ、マミゾウと友人になってみたらどうかしら?」
「え……っと」

 まあ、それとこれとは別ということで。今はマイナスがゼロになったというだけで、まだまだ知り合いくらいが妥当なんじゃないかと思う。まあ、友達という存在がほとんどいないから、どの時点で友達になるのがいいのかはわからないけど。

「なんじゃ、寂しい反応じゃの」
「いやえっと……、まだ早いんじゃないかなって」
「別に、早いも遅いもないと思うわよ。まあ、こうやって尋問誘導的にさせるものでもないと思うけど」
「……じゃあ、言わなかったらよかったのに」

 そのせいで微妙な空気ができあがってしまっている。

「本人が乗り気なら問題ないかな、とね。この様子だとちょっと焦りすぎてしまったみたいだったけど。後はマミゾウに任せるわ」
「無責任なやつじゃの」
「勢い任せで動いてるのは自覚してるわ。でも、貴女ならフランとも上手くやれるんじゃないかと思ってるのよ? 趣味も近いみたいだし」
「お前さんは一度立ち止まってみる事を覚えた方が良さそうじゃな」
「ご忠告ありがとう。覚えてたら適当に直しとくわ」

 かなり投げやりな返事だった。お姉様自身はそれで正しいと思ってるから、やっぱり素直に聞くつもりはないんだろう。

「全く、生意気じゃな」

 マミゾウはそんな態度に怒るでもなく苦笑を浮かべるだけだ。こうして見ると、お姉様も結構子供っぽいんだと思う。

「まあ、儂自身フランドールとは個人的な付き合いはしてみたいの。友人になるかならないかを深刻に考えるのなら、まずは読書仲間として付き合ってみるのはどうじゃ? お互いに本を貸し合ったりしての」
「そ、それくらいなら、だいじょうぶ、かな?」

 知り合いとそれほど違いはないだろうし、とりあえず出会ったときに話題に困ることはなさそうだ。借りた本の感想を言ったりして。

「うむ、では明日にでも早速持ってくるとしようかの。じゃから、お前さんもお勧めの本を用意しておいとくれ」
「う、うん」

 滅多に交わすことのない約束にかなり緊張してしまう。自分の好きな本を選ぶだけだから大したことをする必要はないだろうけど、それでも多少の重みとなってしまう。

「面白いくらい肩肘張ってるわね」

 そして、その様子をお姉様に笑われてしまう。

「これこれ。唯一の味方がからかってどうするんじゃい」
「いいのいいの。私ばっかりが甘やかしてもしょうがないし、それに現にこうして貴女は味方になってあげてるじゃない。いつか良い友人になってくれることを願ってるわ」
「なんとも他人行儀じゃな。儂はお前さんとも友人になって良いと思っとるんじゃが」
「私?」

 マミゾウの言葉にお姉様が意外そうな表情を浮かべる。私のことばかり考えていたせいで、自分の方に気が回っていなかったといった感じなんだろうか。

「まあ、悪くはないんじゃない? 個人的に貴女の事、嫌いではないし」
「捻くれた言い回しじゃの」
「本当に大切な人たちへの言葉が安っぽくなるから、安易に肯定的な言葉は使わないようにする主義なのよ」
「そうかそうか。まあ、お前さんが素直になったら心を許してもらえたと思うようにするかの」
「ええ、そうしてちょうだい」

 笑みを浮かべるお姉様はやっぱり余裕に溢れていて、簡単に新しい交流を受け入れている。根本的に私と違うんだろう。

 それでもいつの日か、マミゾウのことを友達だと迷わず言えるようになる日が来るのだろうか。


Fin



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