「あ〜……」
「う〜……」

 アブラゼミの鳴く真夏の日。空からは容赦なくにっくき太陽の光が降り注いできている。けど、私たちはそれを浴びることは決して出来ない。だから、傍にあった大きな木の陰の下にいる。
 私は日傘を放り出して、その頼もしい大木に身体を預けて座っている。隣ではフランもぐったりとした様子で座り込んでいる。
 そんな状態で、私もフランも力ない声を口から漏らす。

 詰まる所、二人して暑さに負けてしまったのだ。情けない話だが。





「……ねー、おねーさま。なんで、こんな日に、散歩しよー、だなんて言い出したの?」

 物凄く力の抜けた声でそう聞いてくる。みっともないわよ、そんな声出してたら。

「んー、何となくよ、何となく。こう、突然、フランと散歩したいなーって」

 あー、フランのことをみっともない、と思っておきながら、私の口から出てくる声も同じように力なかったわね。全部、この暑さが悪いわ。

「……おねーさま、考えなしだね」
「付いてきた貴女も同じようなものよ」
「私は、おねーさまの誘いは、断れないから」
「同じようなものじゃない」
「んー……、確かに、そうだねー」

 横を向いてみると、にへー、と気の抜けたような笑顔を浮かべるフラン。

「笑顔が、溶けたみたいになってるわよ」
「暑いからねー」

 やっぱり気の抜けたような笑顔。もしかしたら、暑さのあまりにほんとに溶けていってるのかも知れないわね。

「それで、おねーさま。このまま、どーするの?」
「どーするもこーするも、動くのがめんどーだわ」

 答えながら、私は再び大木に身体を預ける。

 こうして木陰に座ってる、ってだけでも暑くてたまらない、ってのにあの陽射しの下なんて歩けるかっ。私は、涼しいのが好きなのよ。
 こんな日にフランを散歩に誘ってしまったけど。

「ゆーがたまで、待ってるつもり?」
「そーね。涼しくなるまで、ここで待ってるわ」
「じゃー、それまで、おねーさまと二人っきりかー」
「それは、どーゆー意味で、言ってるのかしら?」

 私は、当然嬉しいけど。

「とーぜん、うれしーよ」

 あら、全く同じ答え。

「……おねーさま、何だか嬉しそー」

 そんな声が聞こえてきて、フランの方へと顔を向けて見ると、顔が合った。

「あなたの答えが、私と全く同じだったからよ」
「そっかー」

 さっきの気の抜けたような笑顔を浮かべる。私も、微笑み返してみた。

「あはは。おねーさまの笑顔もなんだか溶けてるみたいだよ」
「まー、この暑さだから、仕方ないわね」

 普段ならフランだろうと、笑われるのは気に入らないけど、この暑さの中ではどうでも良くなってた。
 色々と溶け出して行ってる気がするわ。

「うん、仕方ないね」

 そうやって笑い合って、それからまた、大木へと身を預ける。どうにかして、楽な姿勢のままフランの方を向いてる方法はないかしら。

「ねー、おねーさま」
「んー?」
「手、繋いで」
「こんな暑いときに頼むものじゃないわねー」

 そう答えながらも、私はフランの手を握っていた。汗とか出てたしいつもよりも熱かったけど、気にならなかった。

「ありがとー、おねーさま」
「どーいたしまして。これくらいなら、お安い御用だわ」

 フランの嬉しそうな声が聞ければ、私はそれだけで十分だわ。
 まあ、こうして、顔を合わせないまま会話をするっていうのも悪くないかもしれないわね。どうせ、この暑さじゃ情けない表情しか浮かべれないんだし。

「でも、なんだって突然、そんなことを頼んできたのかしら?」
「散歩の途中、全然おねーさまの手を繋げなかったから。だから、せめて今、繋いでもらおーかなー、って」
「あー、そーゆーことね」

 フランと散歩に行くときはいつだって手を繋いであげていた。
 特に大した理由はない。なんとなくそうしたかったから繋いであげて、いつの間にか習慣化してた。ただそれだけだ。

「おねーさまの手、熱いねー」
「あなたの手だって、じゅーぶん熱いわよ」
「そーなんだ」
「そーなのよ」

 フランが小さく笑う。私も釣られたように笑う。

 それから、何故だかその笑いは途切れることなく、長く長く続いた。


 おそらく、暑さに頭がやられてしまったんだろう。二人して仲良く。





「さてと、そろそろ帰りましょうか」
「うん、そうだね」

 日も暮れて、遠くにヒグラシの鳴き声が聞こえてきた頃、私はそう言う。辺りも涼しくなってきている。

 私はフランの手を握ったまま立ち上がって、フランの手を引いてあげる。そうすると、微笑みを浮かべて「ありがとう、お姉様」と返してくれた。

「それにしても、出先で昼寝することになるなんて思わなかったよ」
「まあ、吸血鬼としては正しい姿なんじゃないかしら」

 そう、結局身動きする気のなかった私たちはあのままぼんやりとしていて、気が付いたら眠ってしまっていた。私はフランを支えにし、フランは私を支えにして。

「昼に寝てる、って所はね。でも、真夏の真昼に木陰で昼寝するような吸血鬼なんていないと思うよ」
「いいじゃない。私たちらしさが出てて」
「うん。それもそうだね」

 笑顔を浮かべて頷く。やっぱり昼間の笑顔よりは、こっちの笑顔の方が良いわね。

 それから、私たちは並んで歩き出す。どうせ太陽の光は当たらないから傘は畳んで手を繋いだままだ。

「ねえ、お姉様。今日はあんまり散歩出来なかったから、夜も何処かに行こうよ」

 不意にフランがそんな提案をしてきた。断る理由は当然ない。

「あら、それはいいわね。今日は満月だし、いい夜になりそうだわ」

 日本の夏は暑い。夜も容赦なく暑い。
 けど、今日は何処からか涼しい風が吹いてきている。


 今日は、涼しい夜になりそうね。


Fin



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