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 デフォルメされた少女の姿を模した複数の愛らしい人形たちが、その小さな体格に合うように作られた掃除道具を持って部屋の中を縦横に動き回っている。ある人形ははたきで埃を落とし、ある人形はちりとりと箒で埃を集め、ある人形は雑巾で床を拭き、ある人形は窓を拭いている。
 彼女たちは、統率の取れた行動をしており、お互いに邪魔し合うことなく効率よく掃除を進めている。
 人形たちが作り出すファンシーな光景を、ある人は羨ましいと思うかもしれない。また、ある人は微笑ましいと思うかもしれない。その一方で、ある人は不気味だと思うかもしれない。見る者によって印象が変わる程度には、特異な光景であった。

 そんな人形たちの中で、彼女たちの動きに意識を向けつつ、自らもまた雑巾を持ち、家具を拭く一人の少女がいる。
 彼女は人形たちの主人であるアリス・マーガトロイド。その顔立ちは、精巧な造りの人形のようであり、デフォルメされた人形たちの中にも紛れ込んでしまいそうだ。けど、少し楽しげな様子で掃除を行っているその姿を見て、血の通わない人形だと思うようなのはいないだろう。

「アリスー、ダレカキター」

 不意に人形のうちの一体がアリスに声をかける。魔法により合成されたその声は、抑揚が少なく無機質なものだが、聞き慣れれば愛着の湧いてくる不思議な声である。アリス自身、その声はお気に入りだったりする。
 彼女は現在のアリスが持ちうる限りの魔法技術を用いた人形である上海人形だ。

「んー? ……って、誰もいないじゃない」

 アリスは作業の手を止めて、廊下の方へと視線を向ける。しかし、そこには誰もいない。
 廊下に何か白い粉が落ちていることに気づくが、深く考えない。それ以上に気になることがあるようだ。

「誤検知? でも、引っかかりそうなものは何もなさそうだし……、なんだろ」

 上海の方を見て首を傾げる。手を伸ばして両手で掴もうとするが、雑巾を持っていることを思い出して、途中で手を止める。そして、いったん両手を下ろして、考え込み始める。
 掃除をしている人形たちはアリスの意思に基づいて動いているが、上海だけは違う。上海は外からの刺激を受けると、その小さな身体に組み込まれた術式に沿って、なんらかの反応を示すようになっている。
 何も知らない者が見ればまるで意思を持って動いているように見えるが、術式を作り出した本人から見れば条件に沿った動きをしただけというようにしか見えない。もし、アリスの意向にそぐわない動きがあれば、今のように、まず術式のどこかが間違っていたのだと判断する。

「もし何かに反応したとすればそれは私じゃないかな?」

 不意に響く楽しげな音色の混じる声。それは完全にアリスの意識外からのもので、アリスは驚きに身体を震わせる。
 けど、声のした方に視線を向けるとすぐに顔に納得の色が浮かび、その声の持ち主へと胡乱げな視線を向ける。

「ここに何の用?」

 アリスの視線の先にいるのは、胸の辺りに大きな目のような物体を持つ少女、古明地こいしだった。唾広の黒帽子には白い粉――魔法の森ならどこにでも浮いている茸の胞子が乗っている。もちろん帽子の上だけでなく、色のせいで目立ちにくいというと言うだけで、宝石のようなボタンの付いた黄色い服、薔薇の模様のあしらわれた緑色のスカートにも付いている。
 少し身体を動かす度に鱗粉のように、床の上へと落ちていっている。

「なんだろうね。気づいたらここにいたからわかんないや。うん、上海に会いに来たってことにしよう。やっほー、上海」

 他人事のようにそう言って、片方の手を挙げながら上海へと笑顔を向ける。その動きに伴って、また胞子が舞い落ちていく。
 上海は同じように手を挙げてこいしの挨拶に応える。対してアリスは、家具を拭くための乾いた雑巾をテーブルの上に置き、掃除をしている人形たちの方へと手を向けている。その顔に浮かんでいるのは、掃除の手間が増えたことによる静かな憤りだ。

 中空に向けられたアリスの手へと向けて、窓を雑巾で拭いていた人形が寄ってきて、少し湿り気を帯びた雑巾を手渡す。普段から綺麗にしているからか、目立った汚れはない。けど、よくよく見てみれば、汚れているのが見て取れる。
 アリスはその雑巾を持ってこいしの方へと近づいていく。

「……どうして逃げるのよ」
「私は窓じゃないから、もっといい待遇を受けたいなと」

 こいしは後ろに飛んで雑巾を避けた。その衝撃で更に胞子が床へと落ちる。こいしの立っている周辺の床は、だいぶ白くなってしまっている。
 それを見たアリスの表情は渋いものとなる。

「窓は私の家を雨風から守りつつ光を届けてくれるけど、あなたは胞子を運んできて家の中を汚すだけじゃない。だからむしろ、窓を拭いていたのと同じ雑巾で拭いてもらえるだけ光栄だと思いなさい」

 ちなみに、胞子は家の周辺に微弱な障壁を張ることによって防いでいる。だから、窓がこいしの行いを責めるようなことはないだろう。それが、家主の心情に関与することは一切ないが。

「私にだって守りたい尊厳はある! それを踏みにじられそうになって、それを傍観できるほど腑抜けてはいないっ!」

 そう言いながら、大きな身振りを見せて胞子を辺りに振りまく。床だけではなくテーブルの上にまで被害は広がっている。さながら、悪戯な茸の精が暴れているようである。
 アリスの顔には非常に面倒くさそうな表情が浮かんできている。素直にこいしの要求をのむのも嫌だし、かといって汚されるのも嫌だといった様子だ。

「……はあ、わかったわよ。ちゃんとしてあげるから、これ以上暴れないでちょうだい」

 ため息混じりにそう言いながら、再び中空へと手を差し出す。結局、これ以上汚されないようにすることを優先することにしたようだ。
 一体の人形がアリスの手から雑巾を取り、窓の掃除へと戻る。それからしばらくして、廊下の方から淡い青色のタオルを持った人形が現れ、アリスへとタオルを手渡す。

「わかればよろしい」

 こいしは尊大な物言いをしながら胸を張る。

「偉そうなのがむかつくわね」

 そう言いながら、アリスはこいしの身体についた胞子を取り始める。
 まず帽子を勝手に取り、胞子を拭き取る。一度黄色いリボンを解いてまで胞子を取り除くという徹底ぶりだ。

「そこまでやらなくていいのに」
「残ってたのが落ちて実害を被るのは誰だと思ってるのよ」

 減らず口を叩くこいしを黙らせるように、少し力を込めて帽子を被り直させる。それから、肩の辺りから順番に綺麗にし始める。
 少し乱暴だった先ほどの言動とは裏腹に、その手つきは丁寧で優しい。襟を裏返したりして胞子が入り込んでいないかを確かめつつ、上から順に胞子を払い落としていく。落ちた胞子は、床の掃除をしていた人形が集めている。

「アリスはいいお母さんになる気がする」
「下手に褒めると、私はあなたに嫌がらせをするかもしれないわ」
「意味がわからない」
「掃除の邪魔をされて苛ついてるから、どんな言葉も調子に乗った言葉にしか思えないってこと」
「ああ、なるほどなるほど」

 淡々とした様子で吐き出される言葉を聞いて、こいしは納得がいったように何度か頷く。帽子は真っ先に綺麗にされていたので、もう胞子が床へと降ることはなかった。
 胸や背中辺りの所まで終わったところで、アリスはその場に膝を付く。そして、袖や腹の辺りを綺麗にし始める。
 動くことのできないこいしは、首だけを動かして部屋の掃除をしている人形たちの動きを追いかけている。

「それにしても、アリスの人形って便利だよね。私も欲しい」
「人形単体だと何もしてくれないわよ。私が操ってるんだから」
「へぇ。じゃあ、さっき上海で挨拶を返してくれたのは、実は私の訪問を歓迎してくれてるってこと? アリスは恥ずかしがり屋だねぇ」
「上海は自立人形のプロトタイプ。ある程度だけど、自分で行動を決めてるのよ。だから、非礼にして無礼なあなたの挨拶にもしっかりと応えたのよ。素直ないい子でしょう?」

 こいしのからかいの言葉は一切気に止めず、代わりに棘を飛ばす。

「我が子自慢のはずなのに、私に対する棘が多い気がする」
「でもどうせ気にしてないんでしょう?」

 丁寧に靴についていた胞子までタオルで拭き取って、アリスは立ち上がる。こいしの全体を眺め、時折軽く服をはたいたりしてどこかに胞子が残っていないかを確かめつつ服の乱れを直していく。

「これでも結構繊細なんだよ?」
「はいはい。私は掃除で忙しいからあなたの戯れ言には付き合っていられないのよ。はい、これでおしまい」

 アリスは適当な返事をして、こいしから離れていく。不法侵入者に対して相応の対応をするつもりもなく、かといって客として扱うつもりもないようだ。窓を開けたら埃が舞い込んできた。そのくらいにしか考えていなさそうだ。

「上海ー、あなたのご主人様が冷たいー。代わりに私の冷え切った心を暖めて」

 こいしはアリスと共に離れていこうとしていた上海を捕まえて抱きしめる。
 上海はその手から逃れようとじたばたともがく。けど、明らかにこいしと比べて上海の身体は小さく、びくともしない。いくらあがいても逃れられないと判断したのか、不意に動くのをやめる。
 その代わりに、アリスの方へと視線を向ける。どこか助けを求めているように見えるが、実際は、アリスの指示を待っているだけだ。

「……上海。こいしの相手をしてあげてちょうだい。それと、もし連れ去られそうになったり、危害を加えられそうになったらどんな手段を用いてでも逃げてちょうだい」

 上海はアリスの命令に頷くとこいしの顔を見上げる。けど、こいしと視線が合わさることはなかった。
 こいしは揶揄するような表情を浮かべて、アリスを見ている。

「私に対する信頼が低いねぇ」
「あれだけ厚顔無恥な態度を取っておいて、よくそんなことを言えるわね」
「素直さが私の取り柄」
「ひねくれすぎると真っ直ぐに見えるということね」

 アリスはそれ以上の会話を続ける気はないのか、こいしに背を向けて掃除を再開する。
 こいしも上海の方に意識を向けて、すでにアリスに対する興味はなくしてしまっているようだった。




「……何してるのよ」

 粗方家の掃除を終えたアリスがリビングに戻ってくると、こいしが上海をテーブルの上に座らせて、じっとお互いに顔を見つめ合っていた。両者共に顔に感情は浮かんでおらず、異様な光景となっている。

「睨めっこ」

 こいしは上海の顔を見つめたまま答える。

「……一度でも勝負はついたのかしら?」
「かれこれ十分くらい見つめ合ってるけど、少しも表情が動かない。なかなか手強い」
「……楽しそうで何よりね」

 心底呆れているようで、皮肉混じりのその言葉も随分と力ない。何を言っても無駄だと思っているのかもしれない。

「上海、いらっしゃい」
「あっ!」

 少しして立ち直ったらしいアリスがそう呼ぶと、上海はすぐさまアリスの傍へと飛んでいく。まるで、アリスの言葉によってこいしの存在が消えてしまったかのような反応だった。

「私の上海を返して!」
「いつあなたにあげたのよ」

 こいしは上海の方へと駆け寄ろうとするが、その間にアリスが割って入り抱き止められてしまう。
 そして、こいしの周りに何体かの人形が集まり、そのまま抱き上げられる。

「この止め方にはどんな意味が?」
「こうすればあなたは大人しくしているしかないでしょう?」

 そう言いながら、アリスは身体の向きを反転させて別の部屋へと向かっていく。

「……私を怪しげな実験の材料にしたりとか?」
「ふふ、それもよさそうね。悟り妖怪を材料にした人形。果たしてどんな効果を持つ人形が作れるのかしら」

 アリスは妖しげな笑みを浮かべながらそう言う。その顔はまさしく魔女のそれだった。
 抱きしめられているこいしにその表情は見えていないだろうが、雰囲気は伝わったようである。

「いーやーっ! 人形に改造さーれーるーっ! 誰か助けてーっ!」

 じたばたと暴れつつ、悲鳴じみた甲高い声を上げる。けど、助けに入るようなものはいない。複数の人形たちがこいしを逃げないように抑えている。こいしの周りにいるのは敵ばかりだ。
 ただ、その暴れっぷりにアリスも慌てているようだった。

「あーもう! 冗談よ! だから落ち着きなさい!」
「そうやって油断させるつもりなんでしょ! 私はそう簡単には騙されないっ!」

 一度自ら信頼を失墜させてしまったアリスの言葉は届かない。こいしはいまだにばたばたと暴れ続けて、アリスの腕の中から逃れようとする。
 アリスは、何を言っても無駄だと感じ取ったようで、こいしを解放する。一応、転んでしまわないようにと配慮してそっと下ろしていた。

「上海確保っ」

 こいしは自由に動けるようになった途端、先ほどまでの必死な様子をあっさりと捨てる。そして、上海の方へと飛び出して捕獲すると、両腕で抱きしめた。逃げられないように、もしくは奪われないようにするように。
 アリスは変わり身の早さに呆れを浮かべるが、こいしの姿に少し引っかかりを覚える。 

「上海に執心のようだけど、そんなに気に入ってくれたのかしら?」
「そんなことないよ」
「じゃあ、すぐに放しなさい」
「やだ」

 アリスに背を向ける。その姿を見たアリスはため息を漏らす。けど、今までのものとは違って苦笑混じりのものだった。

「その子の掃除をする間だけでもいいから。その後は、上海と遊んでてもいいわよ」

 ゆっくりと言い聞かせるような声音でそう言う。今までのどこか意地悪さを含んでいた響きは綺麗に消え去っている。

「……子供扱いしないで」

 けど、こいしにとってはそんなふうに話しかけられるのは不服なようだ。殊更不満そうな表情を浮かべてアリスを睨む。

「子供そのものの行動をしておいて、そんなことを言われても聞き入れられないわ」

 けど、アリスは意に介した様子もなくそう言い返す。むしろどこか楽しそうにも見える。それは、こいしがわかりやすく不機嫌な表情を浮かべているからかもしれない。

「……横暴」

 そう言いながら、こいしは上海を解放する。上海は真っ直ぐにアリスの方へと飛んでいく。
 そんな姿を見つつ、アリスはこいしへと近づく。

「あなたがわがままなだけよ。でも、えらいえらい」

 こいしの前まで来ると、帽子越しではあるがその頭を撫でる。その顔には笑顔が浮かんでいる。彼女の対応は、完全に子供に対するそれへと変わっていた。
 隣では上海もアリスの真似をするようにこいしの頭を撫でている。

「子供扱いしないでって言ってるのに」

 不機嫌そうな表情でアリスを睨みつけながらも、その手を拒絶しようとはしない。上海の手が混じっているからかもしれない。

「はいはい、わかったわ」

 適当な返事をしつつ、手を止める。でも、上海は手を止めず、そのままこいしの頭を撫でている。こいしもされるがままとなって、動きを見せようとはしない。
 アリスはそんな上海とこいしの姿をしばらく眺めて、ある推測を導き出す。

「……本当はまだ撫でて欲しいと思っていたのかしら?」
「思ってない! 上海の掃除してあげるんでしょ? するなら早くしてっ!」
「だそうよ。上海、早くすませてあげましょう」

 上海はこいしを撫でる手を止めて、アリスの言葉に頷く。そして、アリスの方へと一直線に飛んでいく。
 こいしは始終その姿を追っていたが、アリスが微笑ましげな表情を浮かべているのに気づいて、そちらを睨む。
 アリスはそんなこいしの反応を見て、声をあげずに笑いながら部屋から出ていく。

 こいしはしばらくアリスに対する不満を顔に浮かべて動かずにいた。けど、ふとそれを消して、アリスの背中を追ってこいしも部屋から出たのだった。



 アリスが向かったのは、様々な作業道具の置かれた大きな作業机のある部屋だった。アリスに付き従っていた人形たちは、上海も含めて机の上へと整列する。
 アリスは、作業机と一対になっている椅子へと腰掛けて人形の列と相対する。

「上海」

 アリスに名前を呼ばれるとすぐさまその前に立つ。
 アリスはまず上海の赤いリボンを解き、一本の筆を取る。それで、顔についた埃などを払っていく。人間などであれば、くすぐったさを感じて逃げ出したりしてしまうだろうが、感覚を持たない上海は大人しくしている。
 それから、アリスは上海の着る服を手早く脱がせると、間接の掃除をしていく。

「なんかやらしい」

 横に立ち、作業を眺めていたこいしがそんな茶々を入れるが、作業に集中しているアリスの耳には届いていないようだ。作業に没頭して反応がなくなるというのは、魔法使いに共通の性質である。
 こいしは反応がないことに少々不満そうな表情を浮かべていたが、アリスの手際のよさを見ていたらどうでも良くなったらしく、その作業を興味深げに眺める。

 アリスは上海の身体の掃除を終えると、新しい衣装を出して手早く着せる。そして、小さな櫛を手に取ると髪を梳き始める。人間の髪と比べても比較的綺麗な部類に入るだろうアリスとお揃いの金色の髪を丁寧に梳いていく。こころなしか、上海の表情は心地よさそうだ。
 他のどの部分よりも時間をかけて髪を梳き終えると、最後に赤色のリボンを巻き直す。身体を一回転させて、最終点検をして手を離す。

「じゃあ、上海、こいしを安心させてあげててちょうだい」
「ちょっと、アリス」

 こいしはなおもアリスが子供扱いしていることに抗議しようとするが、胸に飛び込んできた上海のせいで言葉を発するタイミングを失う。上海を抱き止めながら、不機嫌そうな表情を向けるが、無表情ながらもどこか愛嬌のある表情を見て、それも引っ込んでしまう。そして、気が付けば上海の頭を撫で始めている。

 アリスはその一部始終を見届けて、残りの人形たちの手入れに取りかかり始めた。



「よしっ、終わり」

 最後の一体のリボンを結び終えたところで、アリスは一度大きな伸びをする。部屋の中に骨の鳴る音が微かに響く。
 そして、腕を下ろすと長い息を吐く。集中をやめると同時にまとめて疲れがやってきたようだ。
 それから、腰を左右にひねりつつ背後を確認する。そこには、上海を抱きしめたまま、床に座って大人しくしているこいしがいる。

「そうして大人しくしてると、可愛げがあるわよね」

 しばらくこいしの姿を眺めていたアリスはそう言う。

「普段の私は可愛げがないとでも?」
「まあ、生意気な感じが先行してはいるわね。でも、子供が意地を張ってると思えば、それはそれで可愛らしいと思うわ」

 里の子供たちと接する機会の多いアリスには、こいしの振る舞いは子供のそれと同じように映るようだ。

「だから、子供扱いしないでって言ってるのに」

 よほど子供扱いされるのは嫌なようで、無表情に近かった顔に不満が浮かぶ。

「あっはっは、そんな反応をされて子供扱いするなって方が無理な話だわ」

 アリスはわざとらしい笑い声を上げる。明らかにこいしを煽るような態度である。

「性悪」
「怒ってる方が素直になるみたいだし、あなたとしては気が楽なんじゃないかしら?」
「血管がぶちぎれてこの辺一体を血の海にしそう」
「そう、それはよくないわね。じゃあ、自重することにするわ。ごめんなさい、妙な態度取っちゃって」

 素直に謝られたこいしは、呆気に取られたような表情を浮かべる。謝られるとは思っていなかったのだろう。

「さてさて、お詫びついでに紅茶と作り置きだけどお菓子を振る舞うわ」
「……睡眠薬でも飲ませて、私を監禁しようって算段?」

 こいしは先ほどのやりとりをまだ引きずるつもりのようだった。アリスは別の立場から、それに乗りかかる。

「あなたを監禁して私にどんなメリットがあるのか教えて欲しいところね。それで納得できたら、お望み通り睡眠薬を飲ませるところからしてあげるから」
「上海専用休憩スタンドが手に入れられる」

 上海を抱く腕に少し力を込める。実際にその境遇に置かれるような事態になったとしても、文句を言いそうにはなさそうである。

「普通の美味しい紅茶を淹れることが決定したわ。当然、お菓子にも細工はしないわ」

 けど、アリスはこいしの提案を受け入れるつもりはないようだった。彼女にとって家は一人でいるための場所であるから、同居人はいらないということだろう。

「お菓子は生地のままかぁ……」
「そんなものが食べたいなら用意するわよ? そんなに時間もかからないし」
「ごめんなさい、冗談です、美味しいものを食べさせてください」

 お菓子の生地を目の前に鎮座させられるのが余程嫌なのか、そう嘆願する。

「ふふ、わかったわ。でも、過度な期待はしないでちょうだいね」

 少し必死な様子のこいしが可笑しかったのか、笑いながらそう言った。



 リビングにクッキーの甘い香りと、紅茶のどこか優雅さを感じさせる控えめな香りとが広がる。クッキーはできるだけ出来立てに近い味を、ということで魔法によって温められている。
 こいしとアリスはお茶会の様相を呈するテーブルを挟んで向かい合って座っている。上海はこいしの側でテーブルの上に座っている。

「お菓子を食べてるときも、あなたの表情って素直になるのね」

 ハニークッキーを口に含んで、若干幸せそうな表情を浮かべるこいしを眺めていたアリスが、どこか優しげな微笑を浮かべてそう言う。

「……物を食べてる人の顔眺めるの禁止」
「自分の作った物を誰かに食べてもらってる姿を見ながらにやにやとするのは作った者の特権よ」
「悪趣味な」
「その悪趣味のおかげでこうしてお菓子を振る舞われているのだとあなたは理解すべきね」
「ああ、ついでってそういうこと」
「ええ、そういうこと」

 アリスが頷くのを見て、こいしは不機嫌そうな表情のままクッキーを一枚口の中へと入れる。租借を続けるうちに、無表情へと変わっていく。そして、最後には顔をそらした。

「上海、こいしは笑顔を浮かべているかしら?」

 アリスがそう聞くと、上海はこいしの顔をのぞき込む。けど、首は左右に振られた。

「そう。なら、次に顔をそらしたら、すかさず覗いてちょうだい」

 上海は悪戯娘そのものの表情を浮かべるアリスの言葉に素直に頷く。
 こいしは、しばらくそのまま動かなかったが、不意に顔をそらしたまま皿からクッキーを掴む。アリスは、上海に対して次に顔をそらしたら、と言った。だから、次を訪れさせないために顔をアリスの方へと向けないままにクッキーを手に取ったのだろう。
 アリスはその頓知に感心する。上海のそうした機転の利かなさを説明なしに理解するとは思っていなかったからだ。
 けど、こいしの行った対策は上海に向けてのものでしかない。アリスは悪巧みを行う者の表情を浮かべて、音を立てずに立ち上がる。

「そうして素直になれないのって、いらない損ばっかりしそうね」

 テーブルの反対側へと回ったアリスは、こいしの顔をのぞき込んで笑みを浮かべながらそう言う。一瞬アリスの視界に映った幸せそうな表情は、既に不機嫌で彩られている。

「いつか、いつでも自然体で接することのできる相手が見つかるといいわね。ちゃんと意志の通じ合うことのできる存在で」

 アリスは上海の頭を撫でながらそう言う。こいしが上海に対して心を許している理由をなんとなく察しているのかもしれない。

「……なんでアリスにそんなこと気にされないといけないの」
「なんだかやたらと気になるのよね、あなたを見てると。ふとした拍子に素顔を見せてくれるからかしら?」
「……知らない」

 こいしは仏頂面を浮かべて、真っ直ぐに座り直る。アリスは元の席に戻ろうとはせず、こいしの座っている椅子に背中を預けて床の上に座る。

「上海、私の席から紅茶の入ったカップを取ってきてちょうだい」
「ワカッター」

 こいしの顔をのぞき込んでいた上海はアリスの言葉に返事をすると、カップを取ってアリスのもとへと運ぶ。

「ありがと、上海。こいしのところに戻ってあげてちょうだい」

 上海は頷き、元の位置へと戻る。

「上海のご主人様は卑怯だね」

 その言葉に上海は首を傾げる。不理解を示す動作だ。
 こいしは、そんな上海の様子を眺めながら、クッキーを口にして、密かに笑みを浮かべるのだった。


Fin



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