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 紅魔館の地下深くにあるとある部屋。そこに置かれた豪奢なベッドの上で虹色の不思議な形の羽を持つ幼い吸血鬼フランドール・スカーレットが仰向けになって大きな本を読んでいる。外見年齢が同一の人間であれば途中で疲れてしまっているだろうが、ほとんど外に出ず動かないとはいえ吸血鬼の端くれだ。ハードカバーの本一冊程度で疲れるようなことはない。紅色の瞳でじっと無数に並ぶ文字の羅列を追いかけている。
 この空間で聞こえる音は時折彼女が頁をめくる音だけで、それ以外の音は一切聞こえてこない。外から来る者にとってはこの空間を異常だと思うだろうが、彼女にとっては、この静けさと閉じられた空間こそが正常な世界の在り方なのだ。

 不意にそんな静寂に満ちた世界に外からの音が紛れ込んでくる。それは足音であり、誰かが階段を下ってきているという証である。
 彼女はその音を発する者に心当たりがあるのか、慌てて起き上がる。そして、本に栞を挟むと大きな姿見の前へと駆け寄る。
 そこに写っているのは彼女の自室だけだ。吸血鬼は鏡に映らない。けど、彼女が魔法を使うとそこに少し嬉しそうな表情を浮かべた彼女の姿が浮かび上がる。それを見ながら、手早く本を読んでいる間に乱れた髪や服を直していく。どこからか取り出した紅色の櫛も使って。

 そうこうしているうちに、足音が止まり扉を叩く音が聞こえてくる。それと同時に彼女は自らの姿を最後にざっと見て問題がないことを確認する。

「いいよ、入ってきて」

 満足そうに鏡の中の自分へと一つ頷き、扉の外へと呼びかける。それほど大きな声ではないが、静かなこの場所では十分な声量だろう。

「こんにちは、フラン。散歩に誘いに来たわ」

 静かに扉を開けて入ってきたのは彼女の姉、レミリア・スカーレットだった。どこか気品を感じさせる雰囲気を醸しながら、何か浮かれているような子供っぽい表情を浮かべている。

彼女の頭には紅紫色の牡丹の飾りがついたかんざしが付けられている。

「あ……、それ、お姉様の部屋に飾ってあったやつ」

 フランドールが視線を向けたのはレミリアの髪にささっている紅紫色の牡丹の飾りが付いたかんざしだ。その飾りは造花でありながら花弁の一枚一枚を広げ、堂々と咲き誇っている。

「……何か企んでるの?」
「どうしていきなりそんな発想が出てくるのよ」
「だって、今までお姉様がそうやって自分で装飾品を選んで、それを自分でつけて誘いに来てくれることなんてなかったから」

 先ほどまで嬉しそうな様子だったフランドールは少々腰を引き、警戒するようにレミリアに視線を向けている。

「だからって企むとは人聞きが悪いわね。一応貴女の事を想って誘ったのよ? まあ、私個人が楽しむっていう趣旨がない事もないけど、おいおい話してあげるから安心してちょうだい」

 そう言いながらレミリアはフランドールの手首を握る。エスコートするためというよりは、逃がさないようにするためといった印象が強い。

「その強引な態度が余計に怖い!」
「おっと、ちょっと舞い上がりすぎちゃってるみたいね。でも、私は今まで貴女に嫌な思いはさせないように努めてきたつもりだけど、どうかしら?」
「む……、確かにいやなことをされたことはないけど……」

 フランドールは姉の言葉に同意する。そもそもだからこそ、手首を握られたときに振り払ったりしなかったのだろう。それに、なんだかんだと言いながらレミリアといられるのは嬉しいようで、羽がゆらゆらと揺れている。

「なら問題ないわね。今すぐ行きましょう」
「え、ちょっと! 私の意志は関係ないのっ?」
「ええ、関係ないわ。本当に行きたくないなら勝手に逃げてちょうだい」

 自身の身体を蝙蝠化させたり霧化させたりできる吸血鬼に、物理的な拘束は全く意味をなさない。手首を掴んでいるだけならするりと逃げ出されてしまうだろう。

「せ、せめて、意志確認くらいはするべきじゃないの……?」
「まあ、それもそうね。じゃあ、フラン。私と一緒に散歩をしてくれるかしら?」
「……どこに行くの?」

 一度警戒心を抱いてしまったフランドールは安易に頷いたりはしない。どんな答えが返ってこようともそう簡単に断るようなことはないだろうが。

「人里のとあるかんざし屋。今私が付けているかんざしを作った人間がやってる店よ」

 その店との出会いを思い出すようにしながら、レミリアはそう言った。





 人里の商店通り。ここは里で最も活気のある場所であり、最も雑然とした地区となっている。人間だけでなく、人間に友好的なもしくはわざわざ害をなすつもりはなく好奇心の強い妖怪も訪れるので当然とも言える。そうここは人間と妖怪の坩堝となっているのだ。
 しかし、そういった場所であっても、やはり妖怪の姿は浮いてしまうし警戒するように注目も浴びてしまう。人間と妖怪との溝はまだまだ目に見える形で存在している。

 そんな場所に小さな身体に不釣り合いなほど大きい日傘を差して歩く吸血鬼の少女が一人。レミリアは時々こうして人里の中を歩くことがある。今日のように一人きりだったり、彼女に対等に相対する不可思議な従者を連れ添ったりして。
 彼女が今いる辺りは店舗の姿はほとんど見えず、代わりに敷物を敷いて商品を並べただけの簡素な露店が種々並んでいる。彼女はどこか一点に注目することはなく、全体を流し見ながらのんびりとした歩調で進んでいる。彼女の目的は何かを買うことではなく、雑然とした里の空気を感じ取ることだった。そういった雰囲気が彼女の好みなのだ。
 他人と距離を取るような態度を取っているからか、妖怪の中では比較的早い段階で人里と関わりを持つようになったにも関わらず、いまだに警戒心を抱かれている。店の側から声をかけるような者はおらず、むしろ少し視線をそらしている者が多い。彼女自身は大して気にしていないようだが。

 ふと、レミリアは足を止める。
 それは、精巧な花の装飾の施されたかんざしが並べられた露店の前だった。数は多いとは言えないが、一つ一つが鮮やかに自己主張をしているために、そういった印象は受けない。宝石店に並ぶ高級な装飾品のように安易には触れがたい空気を醸し出している。
 そんな華やかな花園の向こう側には、一人の女性が小さな椅子に腰掛けていた。長い黒髪は自然と周囲からの視線を集める。その黒を背景として白い蝶の群れ、胡蝶蘭の花が垂れ下がっている。長い黒髪はその飾りの付いたかんざしでまとめられているようだが、それでもなお長さが目に付く。
 一見大人しげな雰囲気だが、毛先の揃った黒髪が揺れる様子は魅惑的で誘うような美しさがある。

「こんにちは! 何か気になる物がありましたか?」

 女性は笑顔を浮かべ、レミリアへと元気よく声をかける。そうすると、大人っぽい色気はどこかへ消え去り、少女のようなあどけなさが表へと出てくる。彼女は珍しくレミリアに警戒を抱いていない人間のようだ。

「ええ。それがちょっと目に止まってね」

 レミリアがしゃがんで指さしたのは紅紫色の牡丹が施されたかんざしだった。花びらの一枚一枚まで細かく表現されているのは他の飾りと変わりはない。けど、大人の手のひらほどの大輪は他を圧倒するほどの存在感を放っている。
 しかも、ただ存在感があるだけではなく、どこか高貴な気品も漂わせている。それは紅いドレスを身に纏う、どこかの貴族のお嬢様のようにも見える。

「それに目をつけるとはお目が高い! 私もそれは最高傑作の一品だと思ってるんですよ! 先日ようやく完成させたものなんですが、苦労苦労の連続で本当に手のかかる子でしたよ!」

 長い髪を揺らしながら少し身を乗り出し、やけに高いテンションでしみじみとそう語る。どうやら製作したのは店番をしているその女性自身のようだ。しかも、ただならぬ愛情を注いだようで、言葉の節々からそれを感じ取ることができる。

「それをあなたのように美人な方に使っていただけると思うと、作り手としてもこの子としても嬉しい限りですよ!」

 勢いそのままにそんなことを言う。お世辞を言っているような雰囲気ではなく、本心からそう思っているようだ。レミリアとの間に商品がなければそのまま詰め寄っていたかもしれない。

「いや、私が使うんじゃないわよ」

 レミリアは内心で彼女の言動に呆れつつそう答える。見かけと性格との差にも呆れているかもしれない。

「贈り物ですか?」

 女性は少し首を傾げてそう聞く。

「そういう事」
「大事な人へ?」
「まあ、そうね」
「ふむふむ、そうですか」

 女性はまだまだ興味が尽きないといった感じだが、一応客と店員との線引きはしっかりとしているようで、深入りをしようとはしない。

「それで、これはどれくらいするのかしら?」
「お客様の良心を信じ、そちらが決めてくださって構いません、……というのは冗談ですが、私が用意した服に着替えて客寄せをして下されば十分ですよ」
「……」

 レミリアは女性の言葉に対して黙る。女性も同様に黙ってしまい、雑然とした通りの中にぽっかりと不自然な静寂の領域ができあがる。

「……えっと、どうかしましたか?」

 沈黙に耐えかねた女性が困惑気味に口を開く。けど、困惑の度合いで言えばレミリアの方が上のようだ。

「え、本気なのかしら? 冗談だと思って続きを待ってたんだけど」
「こんなこと冗談で言いません。本気も本気ですよ! もうずっと前からレミリアさんを飾り立ててみたいと思ってたの! このチャンスを逃してなるものですか!」

 興奮しすぎているせいか、素の口調が出てきてしまっている。けど、レミリアは気にしない。元来そういった質だというのもあるが、それ以上に気にすべきことがあるせいで細かいことに構っている余裕がない。

「いやちょっと、私はやるなんて一言も言ってないんだけど。そもそも、素直に物々交換した方が得なんじゃない?」

 レミリアは女性の態度の急変に戸惑いつつも、冷静さを装ってそう言う。頭の片隅では、自分が勝手に動かせてかつそれなりに価値のある物がどれだけあっただろうかと思い出そうとしている。館の主ではあるが、共用の物を勝手にどうこうするような横暴さは持ち合わせていない。

「生きていくのに必要なのは手元に置いておく物品を増やすことだけじゃない! 心の潤いも充実した人生には重要なのよ!」

 レミリアの提案では彼女を止められなかった。商品と商品との間に手をつき、レミリアとの距離を一気に狭めている。
 道行く人々は二人の、主に女性が起こしている騒ぎに興味を引かれてはいるが、巻き込まれたくないと思っているのか総じて足を早めて通り過ぎようとしている。
 隣で別の露店を開いている男性にとっては慣れているのか、はたまたそういった性質の持ち主であることを知っているのか、苦笑を浮かべるだけで別段文句を言う様子は見せない。彼も道行く人同様に巻き込まれたくないと思っているようだ。

「どう? やってみない?」
「そんな様子を見せられると素直に頷けないんだけど。食べ物とか、もしくは飾りに使えそうな宝石とかじゃ駄目かしら?」
「聞き入れられないわ」

 女性は揺るがなかった。その場面だけを抜き取れば凛とした様子があり格好いいのだが、その前のやり取りと合わせるとどこか滑稽で、見る者には微妙な心情しか浮かんでこないだろう。
 けど、彼女は本気なのだ。こうして熱くなった人間は理屈では止まらない。どちらかが根負けするまで平行線のままだろう。
 そんな条件の中、レミリアは意地を張るのも面倒くさがって勝負を投げた。

「はぁ……、分かったわよ。そっちの望み通りにしてあげればいいんでしょう? でも、本当に何もしないで突っ立ってるだけしかできないわよ?」
「それで十分よ!」

 女性はレミリアの言葉に、童女のごとき笑みで答えた。




 隣で露店を出していた男性に商品を見張ってくれるように頼んだ女性は、レミリアを引っ張り、こじんまりとした家へと連れてきた。
 外見は特に際立った点のない一般的な木造の家屋だ。けど、職人の住む家ということもあり、中はその特徴で溢れ返っている。
 玄関からは二つの部屋が見え、その雰囲気は全く異なっている。片方の部屋には木屑が転がっていたり、ナイフやヤスリが置かれていたりとどこか無骨な印象を与える。もう片方の部屋は、無数の布の束や整然と並べられた染料があり柔らかな印象を与える。

「部屋の雰囲気が全く違うわね。ここから一つの物が出来上がったとは思えないわ」

 レミリアは女性から渡された紫紅色の牡丹のついたかんざしを見下ろしながらそんな感想を口にする。あの後、是非とも付けて欲しいと言われて渡されたものだ。

「どっちにしても細かい地味な作業であることは変わりないわよ。良かったらいつかやってみる?」

 そう言いながら、履き物を脱いで布の間へと足を進める。レミリアも靴を脱いでその後へと続く。
 ここに来るまでの間にレミリアと打ち解けたようで、落ち着いた今も女性は素の口調のままだ。元々敬語を使うのが好きでないというのもあるかもしれない。

「いや、細かい作業は嫌いだから止めとくわ」
「そう残念」

 大して残念がった様子は見えない。興味を持ってくれていたなら儲け物、くらいにしか考えていなかったのかもしれない。

「じゃあ、着替えを取ってくるから待っててちょうだい」
「ええ」

 女性は軽やかな足取りを隠そうともせずに部屋の奥へと向かっていった。よほどレミリアを飾り立てることができるのが嬉しいのだろう。
 レミリアは女性を見送り、興味深そうに部屋の中を見回す。雑然とした雰囲気から、一つの整然としたものが生み出されることに不思議な感慨を覚えているようだ。手許にあるその作品の完成度が高い故に得られるものであろう。

「お待たせ!」

 しばらくして、やけに弾んだ声音とともに女性が戻ってきた。その手には見るからに子供用の着物がある。ただし、赤を基調としたその着物は最高級品と称しても問題がないほどに手の込んだ模様で仕上げられている。

「……一つ聞きたいんだけど、どうしてちゃんと着れるものが用意してあるのかしら?」

 そして、通常の着物ではあり得ないほど背中の部分がはだけるような作りになっていた。単に女性が子供の頃に着ていたものを引っ張り出してきたというわけではなさそうだ。

「それはここに来るまでの間に聞くべきことじゃない? でも、隠すことでもないから教えてあげるわ。私は前からレミリアさんのことを飾り立てたいと言っていたでしょう? だから、こうして用意をしてたのよ」
「その分だと、私以外の分も用意してありそうね」
「当然。何度か里に訪れる妖怪の分はほとんど用意してあるわ。後は、かんざしに興味を持ってもらった瞬間を狙うだけよ」

 声には力が込められていて、どれだけ本気なのかが伝わってくる。
 彼女の手にある着物からも分かるとおり、決して安い投資ではないだろう。その上で、ほとんどタダのような形でかんざしを譲ろうとしているのだから、よほどの物好きなのだと思われる。そうでもなければ、さほど友好的でもない妖怪にここまで親しく接することはできないのだろうが。

「それはご苦労な事で」

 レミリアは呆れているようだった。けど、その熱意のおかげで自分の気を引くほどのものが出来上がっていることも分かっているから、否定をするようなことはしない。代わりに、どこか投げやりでどうでもよさそうな物言いだった。

「まあ、着物は私の友達に頼んだものだから苦労はしてないんだけどね。そんなことより! 着替えさせてあげるからさっさと脱いでちょうだい」
「はいはい」

 外見年齢的には年の離れた姉と妹と言った風情だが、レミリアの落ち着いた様子と女性の子供っぽい様子の二つが合わさり、年齢差をあまり感じさせない。まあ、妖怪と人間で根本的に生きてきた長さが違うというのもあるのだろう。

 レミリアはさして嫌がる様子も恥ずかしがる様子も見せず服を脱いでいく。女性の熱意により警戒心を抱いていていないためだろう。
 実際、女性もレミリアの肌の綺麗さや、少し癖のある真昼の空に浮かぶ月のような色の髪を褒めたりしつつ手早く着飾らせた。

 そして、部屋の中に一輪の花が咲いた。

 赤色の派手なくらいの着物がいつもの落ち着いた色合いの洋服に替わってレミリアを彩っている。いつもは隠されている背中は大胆にはだけていて、白くきめ細かい肌や翼の付け根、肩胛骨などから見た目にそぐわない色気を醸し出している。さらには、長い袖を引っ張れば肩にかかった支えを失い、胸元をはだけさせてしまいそうな危うさが蠱惑的な雰囲気をも作り出している。
 そんな艶やかな雰囲気を抑えるよう腰の帯はリボンのように巻かれ、可愛らしさを演出している。正面から見れば、彼女の着る着物の危うさは決して分からない。ただ、可憐な姿が見えるばかりだ。
 そして、後頭部には赤色の牡丹が堂々と咲き誇っている。レミリアがもともと持っていた気品とあわさり、お互いにその魅力を引き出し合っていて高貴な出で立ちを見せている。

「ふふ、やっぱり私の予想は間違ってなかったわね」

 女性は自ら着飾らせたレミリアの姿を見て大きく頷く。後ろは蠱惑的、前は可憐、そしてどこからでも感じられる高貴さとここまで演出できたのならさぞかし満たされていることだろう。

「鏡、見てみる?」
「どうせ映らないからいいわ。それに、自分の姿を見てもつまらないだろうし」

 鏡に映らないせいか、レミリアは自らの容姿をさほど気にしない。にも関わらず圧倒的な魅力を備えているのは、その幼い外見のおかげなのか、はたまた妖怪だからなのか。

「それはもったいない考え方だと思うわ。普段の手を抜いた格好はともかく、こうして手をかけた姿はたとえ自分のものでもつまらないなんて思えないはずよ」
「ふぅん」

 レミリアは大して興味がないようで、味気ない答えを返す。女性はそんな態度にもったいなさを感じるが、それを打破するための方法はない。

「その淡泊さがレミリアさんの美しさの秘訣?」
「さあ? 意識したことがないから分からないわ」

 からかうような声音にやはり興味がなさそうに返す。暖簾に腕押しとはまさにこのことだろう。

「ま、他人でしかない私が何を言っても無駄よね」

 女性は何を言っても無駄だと感じて諦めた。代わりに、一歩レミリアから離れて、また満足そうな笑みを浮かべる。彼女の視線の先には銀に青をまぶしたような色の髪の上で咲く赤紫色の牡丹がある。
 あれこれ言っていたが、自分の飾り付けがうまくいっているということだけで十分なようだ。

「……やけに嬉しそうね」
「そりゃあ、我が子の晴れ舞台をこうしてしっかりと用意してあげることができたし、その中で最高の姿を見せてくれてるんだから嬉しい以外にどんな感情を抱けばいいって言うのよ」
「我が子、ね。でも結局私以外の手に渡るんだけど、それはいいのかしら?」
「きっとレミリアさんが渡すのは素敵な人だろうと信じてるから気にしないわよ。そういえばちゃんと聞いてなかったけど、誰に渡すの?」

 女性の瞳に好奇心の色が灯る。客と店員という線引きが曖昧になったためか遠慮がなくなっているようだ。面識のない相手を着飾らせようとしたり、もともと遠慮の少ない行動をとってはいたが。

「私の妹」
「へぇ、妹さん。そういえば、いるっていうのを聞いたことがあるわね。ねえ、いつか二人揃って私のお店の前に立ってみる気ない? 似合いそうなかんざし、プレゼントしてあげるから」
「悪くない提案だけど、よくそんな簡単に商品を他人にあげられるわね」
「私の子供たちが晴れ舞台に立つのを邪魔するようじゃ母親失格よ」

 そう言って女性は笑みを浮かべる。母親とは言っているが、その表情はどちらかというと好きなものにのめり込む少女のものだ。守るのではなく、どこまでも希求していくような真っ直ぐさがある。

「へぇ、素敵な考え方ね」

 レミリアは感心したように言う。彼女の考え方に何か思うところでもあるのかもしれない。

「ありがとう」

 笑顔で答える。褒められても恥ずかしがったりしないのはそれだけ心の底からそうあろうとしているということなのだろう。

「さてさて、いつまでも見張りをしてもらってるわけにもいかないし、戻りましょうか」
「ええ」





 陽光が降り注ぐ踏み固められただけの道の上に二輪の大きな紅色の花が咲いている。それを支えているのは並んで歩くスカーレット姉妹だ。
 レミリアの手はフランドールから離れている。日傘を差してそうするのは少々難があったからだろう。二人とも日に当たることはできないのだから。

「……お姉様、すごくいやな予感がする」

 レミリアがかんざし屋に寄ったときの話を聞いていたフランドールはそんなことを言って足を止める。レミリアは一歩も離れることなく足を止めた。

「さっきの話の中で嫌な予感がするようなものなんてあったかしらね?」
「人前に立つなんていや」

 はっきりとした口調で拒絶を表す。ほとんど他人との交流がなかった彼女は、大衆の面前に立つというのは拷問にも等しい行為だと思っている。更に人の目が集まるだろうと彼女が自然に信じているのは、彼女が自意識過剰だからなのではなく、自身の持つ羽がどれだけ異形のものであるかを自覚しているからだ。
 人里の人間たちがそれに対して何を思うかまではわからずとも、注目を集めてしまうだろうということは簡単に想像ができる。

「いつもよりも綺麗に着飾ってるってだけで、何もせずに立ってるだけなんだからどうって事ないじゃない。それに、私としてはそれでフランの交流が広がってくれればいいと思ってるんだけど」
「別に興味ない。私は今の世界があれば十分」

 頑なに拒み続ける。けど、逃げ出そうとはしない。彼女の世界の中心にいるのは、飄々とした態度を取り続ける目の前の姉だけなのだ。

「それには同意できるけど、偶には世界を広げてみるのも悪くないと思うわよ。ふとした拍子に、素敵なものを見つけられたりもするから。このかんざしみたいにね」

 レミリアは穏やかな笑みを浮かべる。

「まあ、無理に立たせるようなことはしないわ。私としては、綺麗に着飾った貴女を見られるっていうだけでも十分だし。制作者は不満に思うかもしれないけどね」

 おそらくフランドールが最後の最後までごねるのなら、かんざしの制作者を説得するつもりなのだろう。

「まだまだ、人里まで距離はあるし話の続きを聞きながら考えておいてちょうだい」

 そう言いながらレミリアは歩き始める。フランドールは一瞬ついて行くか行くまいか逡巡する。
 けど、結局レミリアから離れるという選択肢を選ぶことはできず、彼女の横に並ぶべく小走りでその背中を追いかけるのだった。





 少しざわめきの増した商店通り。人々はとあるものに注目を集め、そして近くの者同士で感想を言い合ったりしている。

「なんだかいつも以上に注目を集まってる気がするわ」

 蛇の目傘を傾けたレミリアは小さな椅子に腰掛けた女性に不思議そうな様子で言う。蛇の目傘も女性がレミリアを和装させるために用意したものだ。履いている物も草履に変わっており、その準備に抜かりがないことがよくわかる。

「どんな人間も綺麗なものがあれば思わず視線を向けちゃうものなのよ」

 今もなお通行人の何人かは思わずといった様子でレミリアの方へと視線を向けている。レミリアがたまたま背を向けていた側から来た者ほどその確率は高い。傘の影がかかった白くなめらかな背中は、その蠱惑的な魅力でもって視線を惹きつける。
 レミリア自身はそのことに全く自覚がないようだが。

「妖怪だってそうよ。それに、珍しい物にだって注目はするわよ」
「それもあるっていうのは否定しないけど、珍しいだけの物を見て顔を赤らめるってことはないと思うわよ?」

 そう言ったところで、ぼんやりとレミリアに見惚れていた少女が突然顔を赤らめて慌てたように早足で立ち去る。

「……でも、同姓からの人気も高い気がするのはなんで?」

 現状を理解できないといった様子のレミリアに説明をしていた女性はそこで不思議そうに首を傾げる。
 凜と澄ました様子が同姓からの気も引いてしまっているのだが、女性はそれに気づいていないようだ。

「私が知るはずないじゃない」

 そして、レミリア自身は知ろうとする気さえないようだ。視線を向けてくるのを興味なさげに見返しながら、傘をくるくると回す。それだけで、子供っぽい雰囲気が強くなる。

「あれ? あなたがこんな所でそんな格好してるなんて珍しい。明日は雪でも降るのかしら?」

 そんなレミリアへと、一人の少女が話しかけてきた。

「夏目前の雪なんてそれはそれで風流がありそうね。こんにちは、アリス」

 それは、人形のように整った顔立ちをした人形遣いの少女、アリス・マーガトロイドだった。隣には彼女の愛用している上海人形が浮かんでいる。

「ええ、こんにちは」

 アリスは優雅に微笑み、その言葉に合わせて上海がぺこりと頭を下げる。人形のような美しさと良く言われるが、感情が乏しいだとかそういったことはなく、礼儀正しく愛嬌があるのでむしろ親しみやすさがある。それは、彼女の隣の正真正銘の人形にも言えることだ。細かな動作も自然にこなしてまるで意志があるかのように見せかけている。
 彼女の人柄と可愛らしく動く人形。この二つの要素のおかげか、人里で警戒されずに受け入れられている妖怪の一人となっている。

「それと、そっちもちゃんと元気そうね」

 レミリアヘの挨拶をすませると女性の方へと視線を向ける。

「お陰様で。新作できたの?」
「ええ。今回は洋風に作ったんだけど、レミリアの姿を見たら和洋折衷も悪くないかなぁって。見させてもらってもいい?」

 二人はそれなりに付き合いがあるようだ。お互いに気心を知れたような親しげな口調となっている。

「遠慮なく見てちょうだい。アリスの人形が我が子で飾られていくのを見るのだって楽しみの一つなんだから」
「ふふ、ありがとう」

 そう言いながら、アリスは自ら作り出した魔法空間の中から人形を取り出す。それは、長い銀髪が特徴的な人形で、凛々しい表情をしている。剣士や騎士といった肩書きが似合いそうだ。
 上海もそうだが、アリスの人形の特徴は表情があることだ。だから、人形独特の不気味さは感じられない。

「なかなか頼りがいのありそうな人形ね」

 人形へと興味をもったレミリアがアリスの手許をのぞき込んでそう感想を漏らす。身長が足りないので少し身体を浮かせている。

「でしょう? 咲夜をモデルにして作ってみたんだけど、気に入ってもらったようでなによりだわ」
「へぇ、どうりで初対面のような気がしなかったわけね。もし、貴女と戦うことがあったら手加減して欲しいところね」

 レミリアは冗談混じりに人形へとそう話しかける。アリスの言葉により、その人形に対する親しみは急激に上がったようだ。同時にそれはレミリアの咲夜への愛の深さの証でもある。

「じゃあ、あなたと弾幕ごっこすることがあったら、この子を最前線に立たせることにするわね」
「なら、私はその子を悪い魔法使いから救うために全力を出せばいいのかしらね」

 弱みを握ったとばかりに悪い笑みを浮かべるアリスと、それを平然と真正面から見返し軽口を返すレミリア。二人とも顔立ちが整っているということもあり、劇の一場面を切り抜いていてきたかのような光景だ。

「……極悪非道な魔女から哀れな人間を救い出す心優しい吸血鬼のおとぎ話なんて面白そうね。今度は、あなたをモデルにした人形を作らせてもらうわね」
「お好きにどうぞ」

 けど、アリスが先ほどまでとは正反対な無邪気な表情を見せることによって、現実が舞い戻ってくる。それに対してレミリアは表情を変えることはしないが、飾らない言葉で舞台から降りてくる。

「ふふ。人形と物語が完成したら真っ先に報告がてら館に上演しに行くわ」

 アリスは心底楽しそうだ。いつからか必要な物を買い揃えるために人里で始めた人形劇だが、気づけば彼女の生き甲斐の一つとなってしまっているようだ。

「まあ、期待せずに待ってるわ」

 レミリアは変わらずどこか冷めた様子だ。でも、その表情をよくよく見てみれば若干頬が緩んでおり、内心楽しみにしているというのが伝わってくる。
 他人への興味は薄いが、面白そうなことなら簡単に興味を引く。それが彼女の楽しみ方のようだ。

「じゃあ、そのわずかな期待に応えるためにも、まずはこの子を飾り立てる花を探すとしましょうか。……って、どうかしたの?」

 女性の方へと視線を向けたアリスが、どこかぼんやりとした様子の彼女の姿に首を傾げる。レミリアも同様に視線を向けて不思議そうな表情を浮かべる。
 二人の視線に気づいた女性は長い髪を大きく揺らしながら首を振る。何かを振り払おうとしているように見える。

「……ふ、不覚にも見惚れてたわ」

 そして、二人を見返す女性の頬はわずかに染まっており、瞳はどこか夢見心地に潤んでいる。
 それを自覚したのか、今度は大きく深呼吸をする。二人の作り出していた演劇的雰囲気に完璧に飲み込まれてしまっていたようだ。

「私が同姓から人気が高い理由は分からないんじゃなかったかしら? まあ、今見惚れてたのが私なのかどうかは知らないけど」
「……つい今さっき身を持って知ったわ」

 なんとか落ち着いたらしい女性がレミリアの疑問に答える。一度見惚れてしまったせいで気恥ずかしいのか、微妙に視線がそれている。

「確かにレミリアはクール系って感じで、両方からの人気がありそうよね」

 アリスがレミリアへ視線を向けながらそんな意見を口にする。物語を作り出し、舞台を演出することに慣れている彼女はそういったことを分析するのは得意なのだ。今のように対象が人形でなくとも。

「ふーん? そんなに冷たく見えるかしらね?」
「親友の容態を毎日気にしたり、内心従者に対してそんなにがんばらなくてもいいと思ってたり、始終妹のことばっかり考えたりしてるのを知ってればそうは見えないけど、それ以外にはそんなに強い興味を抱かないからそう見えるんじゃない?」
「やけに詳しいのね」

 レミリアの友人がアリスとそれなりに付き合いがあるため顔を合わせること自体は少なくない。けど、さほど親しい関係でもないため最初はともかく、後の二つを知っていることに微かな不審を抱いているようだ。敵意に変わるほどのものでもないようだが。
 そして実際、アリスが理由を簡単に話しただけでその不審は消えてしまう。

「パチュリーと世間話をしてる間に自然と降り積もった情報を整理してたらそうなんじゃないかなと思っただけよ」
「ふーん。結構仲良くなってたのね」
「妬いてる?」

 アリスがからかうような笑みを浮かべる。けど、レミリアはアリスの目論見を裏切り、顔を綻ばせる。

「そんなわけがないじゃない。あんまり外に出ない友人に私以外に親しい友人ができていて嬉しいくらいよ」
「……なんだか母親みたいな発言ね」

 思い通りの展開にならなかったことに若干の不満を抱きながらも、レミリアの言動に何か思うところがあるのか皮肉のない真っ直ぐな言葉だった。聞く者によっては皮肉に聞こえないこともないかもしれないが。

「まあ、確かに年でいえば私の方が上だけど、パチェの方がよっぽど賢いわよ」
「賢いかどうかじゃなくて、自分にとって大切な人を決めて、その人の行く末を考える余裕があるのが母親なんだと思うわよ」

 アリスはそっとそう告げる。人形造りに精を出す彼女にとって、母親という立ち位置には何か思い入れがあるのかもしれない。

「大切な人の行く末を考える、ねぇ。だとしたら、貴女の定義では確かに母親ということになるわね。ものすごく似合わない気がするけど」

 レミリアは苦笑する。ただ自分の好きな人たちは幸せであって欲しいというわがままで動いているだけだと思っている彼女は、自分はそういった存在とは程遠いと思っている。

「むしろ、アリスの方が母親という気がするけど。後、私の雇い主も」

 そう言って彼女が視線を向けるのはアリスとその傍らにいる人形、女性と綺麗に並べられた花の飾り達。

「ええ、それは当然」

 同時に答える二人。思わずといった感じに目を合わせる。

「どうやら、二人とも作品に込めている想いは相当強いみたいね」

 レミリアは似たもの同士なのだろう二人の少しばかり滑稽な姿に小さな笑みを向けた。




「うん、これがいいわね。これが一番似合いそう」

 嬉々とした様子でアリスが手に取ったのは、群生した黄色のアルストロメリアを模した花のかんざしだった。きりりとした様子の人形には少し可愛らしすぎるようでもあるが、基本的に愛らしく作られたアリスの人形にはとても似合っている。人形用の物ではないので、少々長すぎるようではあるが。

「ほら、どうかしら、レミリア」

 かんざしを付けた銀髪の人形をぼんやりと一人と一体を眺めていたレミリアの目線の高さまで浮かび上がらせる。

「どうして私に聞くのかしら?」

 言葉は面倒くさそうながらも、視線はしっかりとその人形を追いかけている。咲夜を模しているというのだから、どうしても気になってしまうようだ。

「だって、一応咲夜をモデルにした人形だもの。主であるあなたの意見は聞くべきかなぁとね。後から文句を言われるのも嫌だし」

 レミリアはその言葉に納得したのか、紅い瞳に真剣な色を浮かべて銀髪の人形を見つめる。心なしか、レミリアに見つめられている人形は緊張しているように見える。

「……まあ、悪くないんじゃないかしら? ただ、ちょっと頼りない感じになっちゃったわね」

 そう言いながら、手が日に当たってしまわないようにしながら人形の頭を撫でる。人形はまるで意志があるかのように、くすぐったそうに目を細めている。

「手を差し伸べられるヒロインは少しか弱そうな方がいいのよ。そして、いざというときには頼りになると言うギャップもまたポイントが高いと思うわ。それに何より、あなたをモデルにした子はもっと格好良く作るつもりだし、やっぱり人形ごとの明確な差別化ははかりたいのよ」

 頭の中で構想を練って盛り上がっているのか、アリスのテンションは少しばかり高くなっている。レミリアはそのテンションに置いて行かれているようだが、その内に秘められた熱意は汲み取ったようだ。

「……細かい事は良く分からないけど、まあ、期待はしてても良さそうだっていうのは分かったわ」
「漠然と楽しむのもいいかもしれないけど、ある程度の知識を持ってからの方が楽しめたりすることもあると思うわよ。よかったら私なりのストーリー論を話してあげるわ。こういうこと話せる人少ないから」
「いや、聞くのが面倒くさいから遠慮しておくわ」

 興味がないようで返事は適当だった。

「……フランは結構興味を持って聞いてくれたわよ?」

 アリスは簡単に諦めるつもりはないようで、親しい者の名前を出して関心を引こうとする。けど、レミリアには大して効果がなかったようだ。

「別に共通の話題が欲しいと思った事はないから、やっぱり聞く気はないわ」
「そう、残念ね」

 割と本気だったらしく、その声は落ち込んでいた。上海がそんな彼女の頭をそっと撫でる。

「まあ、薄情なレミリアのことはいいわ」

 今までアリスの新しい人形を眺めつつ二人の会話へと耳を傾けているだけだった女性の方へと視線を向ける。

「はい、これ、かんざしのお代」

 そう言って女性の前に置いたのは二つの袋だった。片方は黄色のリボンで閉じられ、もう一つは緑色のリボンで止められている。わざわざしゃがんでまで袋を置いたのは、女性の性格を知っているからだろう。

「お代なんていいって言ってるのに」
「知ってるわよ。まあ、そんなに価値のあるものじゃないから、寄付だとでも思って受け取っといてちょうだい。ではでは、ごきげんよう」

 女性は困ったように二つの袋を持ち上げてアリスに返そうとした。けど、アリスは押し返される前に逃げるようにその場から立ち去ってしまう。

「それ、何が入ってるのかしら?」

 アリスの置いていったものに興味を抱いたらしいレミリアがアリスの背中が消えていった方を見つめたまま固まっている女性に話しかける。

「こっちが食材とかでこっちが薬草とか。この辺りでは採れないものばかりだから、割と高く売れたりしちゃうのよね」

 食材と言って指さしたのは黄色のリボンがついたもので、薬草と言って指さしたのは緑色のリボンがついたものだった。食べてはならないものを食べてしまわないよう、あらかじめ分けているようだ。

「へぇ、あの森で採ってきたものなのかしらね。薬草はともかく、耐性のない人間が食べれるものがあったっていうのは意外ね」
「……気にしないようにしてたこと思い出させないでちょうだい」

 女性もレミリアと同じようなことを思って懸念していたようだ。ただ、その様子だとしばらく経ってから気づいたという様子だが。

「今まで問題ないなら気にするまでもないんじゃない? 別の場所から採ってきたのか、アリスがちゃんと処理してるのか、はたまた貴女に魔法使いとしての才能があるからなのかは分からないけど」
「まあ、そうよね。気にするだけ無駄よね」

 その言葉はレミリアの言葉に同意していると言うよりは、自分自身を無理矢理納得させようとしているかのようだった。





「へぇ、アリスも愛用してる店なんだ」

 逃げるようにレミリアから少し距離を取っていたフランドールだが、人から話を聞くのが好きだという性格のおかげでいつの間にやら、レミリアとの距離は元に戻っていた。
 レミリアはそのことに気付いているようだが、わざわざ指摘するつもりはないようだ。彼女としては大人しく付いてきてくれた方が都合がいいからだろう。

「ええ、後から聞いた話だけど結構長い付き合いがあるらしいわよ。最初の頃は下手ではないけど上手だとも言えない出来だったとか。今私が付けてるのを見ると信じられないわよねぇ」
「うん」

 フランドールは頷きながら、レミリアの頭へと視線を向ける。そこには本物との違いを見つけるのが難しいほどに精巧な作りの紅紫色の牡丹がある。

「私としてはある妖怪の存在が絡んでると思ってるんだけど、どうなのかしらね」





「……退屈ねぇ」

 アリスが立ち去ってしばらくして、レミリアはそんな呟きを漏らす。
 里の者たちのレミリアに対する興味の量はさして増減していない。レミリアの姿に見惚れ、足を止めてしまう者は今もなおいる。
 けど、レミリアに対する警戒心も対して変化していないため、人里の人間達との距離が縮まる気配は一切見られない。愛想笑いの一つでも振りまけば少しは違うのだろうが、わざわざそうしたことをするような性格ではない。人そのものには興味を持たず、代わりに人の流れを少し興味深げに眺めているだけだ。

「私、いない方がいいんじゃないかしら?」

 自分がここにいる必要性が感じられなくなってきたレミリアは雇い主の方へと視線だけ向けてそんな疑問を呈する。そこで、彼女は異変に気づく。

「またなんだかぼんやりしてるわよ」
「むぅ……。一回レミリアさんに見惚れてからどうにも見惚れ癖がついちゃったみたいね」

 小さく頭を降り、意識をはっきりさせようとする。アリスが立ち去ってからも何度か同様のことがあった。

「それは癖になるようなものなのかしら?」
「さあ、よく分からないけど、どうすれば見惚れるっていうのを身体の方が覚えちゃうってことはあるんじゃない?」

 適当な私論を口にする。彼女自身、それが真実を射抜いているとは思っていないようだ。

「……それにしても、本当に綺麗な背中よねぇ。特別なことをしてるってわけではないんでしょう?」

 再びレミリアヘと意識を奪われた女性は、大きくはだけたレミリアの背中を見てため息をつく。

「まあ、そうね。後、反応に困るから、そういう感想はせめて心の中に閉まっておいてちょうだい」

 背中を隠すように女性の方へと身体を向ける。正面は可愛さを強めに出しているからか、女性が見惚れるようなことはない。
 前後でアンバランスな服装は、ある意味でバランスが保てているのかもしれない。

「褒め言葉を伝えずにため込んでても仕方ないじゃない。自分自身じゃなくて、それ以外の誰かへの言葉なんだから」
「まあ、それはそうかもしれないけど」

 呆れながらも同意はする。

「でしょう? あ」
「ん? どうかした?」

 不意に女性が何かに気づいたように声を漏らす。レミリアは彼女の視線が自分の後ろへと向かっていることに気づき振り返る。
 そうして、離れたところにレミリアが差している日傘に負けず劣らず大きな日傘を差す花の妖怪風見幽香の姿を見つける。

「あの妖怪と知り合いなの?」
「ええ。時々珍しい花を持ってきたりしてくれるのよ」
「へぇ」

 レミリアが少々意外そうな声を漏らす。幽香が人間と交流があるとは思っていなかったようだ。
 でも、大して意外に思わなかったのは、女性が扱っているものが花に関するものだからだろう。そうでなかったなら、もっと驚いたかもしれない。

「向こうもこっちに気づいたみたいね」

 ゆったりとした様子で歩いていた幽香は、レミリアたちの方へと少し鋭い視線を向けるとその足取りを早める。

「いつもあんなにおっかない顔してるの?」
「……いつもは、レミリアさんみたいな澄ました表情を浮かべてるんだけど」

 女性は少々怯えているようだった。妖怪慣れはしているようだが、友好的でない態度を取っている相手は駄目なようだ。対抗手段を持たない一般人は少しでも攻撃的な態度を取られれば、過ぎ去ってしまうまで身を竦ませるか逃げることしかできないのだから仕方のないことだろう。
 それに、幽香は妖怪の中でも大妖怪に分類されるような存在だ。並の妖怪でも、張りつめた空気を纏われれば人間と同じような態度を取ることしかできないかもしれない。

「私を警戒してるって事かしらね。もしくは、不躾な視線が気に入らないか」

 同じく力のある妖怪として分類されているレミリアは余裕の態度でそんな判断を下す。争う必要がないと分かっているから、敵意は微塵も滲ませようともしない。ここでレミリアまでもが似たような雰囲気を纏っていれば一瞬で周囲の空気は殺伐としたものとなっていたことだろう。そうなっていれば、気の弱い者は気を失ってしまっていたかもしれない。

「さっきから、こちらをじろじろと見て何か用かしら?」
「単に私の雇い主の知り合いらしいから興味を持って見てただけよ。用があるわけじゃないわ」

 幽香はレミリアの前で足を止めると少しばかり攻撃的な態度で接する。真正面から受けているレミリアは平然とした様子だが、周りの人間たちは怯えたように成り行きを見守っている。

「雇い主? 貴女が雇われてるのかしら?」
「そういう事。だから、怯えさせるような態度はやめてもらえるかしら? 貴女にそのつもりはなくても、人間は割と繊細なんだから」
「む……?」

 その言葉で幽香は、レミリアの背後にいる女性が怯えているのに気づく。それから周りを見回す。それと同時に少し身体を震わせたのが数人。残りは不安そうに二人のやり取りを見ている。

「あー……」

 ようやく事態に気づいたらしく、力ない声を漏らしたかと思うと、ばつが悪そうに頭をかく。
 それから、深く息を吸って攻撃的な雰囲気を収める。意識してさえいれば、大妖怪としての威圧を抑えることもできるのだろう。

「貴女に指摘されるとなんだかむかつくわ」
「それはどうも」

 レミリアは幽香の誤魔化すような言葉に適当に答える。それに伴い、周辺の空気も弛緩してくる。少しすれば元の雑踏が戻ってくるだろう。

「はぁ……、面倒ね、人間と付き合うっていうのも」

 多少砕けた態度を取りつつ、ため息をつく。自然の中で好き勝手にやってきていた幽香にとって、力を抑えるという行為は精神的に辛いものがあるようだ。

「そうかしらね?」
「貴女は人間を側に置いてるから感覚が麻痺してるのよ。ちょっと機嫌を悪くしただけでこれなんだからやってられないわ」

 気を紛らわせるように日傘を回す。少し無理をしているのか、落ち着きが足りないようにも見える。

「なら、近づかなければいいじゃない」
「偶に興味深いものがあるからそういうわけにもいかないのよ」

 そう言いながら幽香が視線を向けるのはレミリアの頭。正確にはそこに付けられたかんざしの飾り。赤紫色の牡丹の造花。

「そろそろ完成するって聞いてたから見に来たんだけど、相応しい持ち主も見つかって丁度良かったみたいね」

 まるで我が事のように嬉しそうな笑みを零す。彼女の花の妖怪としての慈愛は、それが造花だとしても向けられるようだ。

「今は私が付けてるけど、最終的には私の物じゃなくなるわよ」
「そうなの? 折角似合ってるのに勿体ないわね。『王者の気品、高貴』といった花言葉を持つ牡丹が似合うようなのなんてなかなかいないわよ」
「なんだか大それた意味を持ってるのねぇ」
「なんといったって、その堂々と咲き誇る姿から花の王とさえ呼ばれる花だもの。当然というべきではないかしら」

 幽香は目を細め牡丹をじっと見つめる。奥の奥まで見抜くような視線は相対する者を竦ませるような鋭さがある。先ほどのように無分別に空気を変化させるような類のものではないので、周囲が静まりかえってしまうようなことはないが。

「造花といえども、その誇り高さが感じ取れるのはさすがといったところね。素晴らしい出来だわ。初めて貴女の作品を見たときは褒められたような出来のものではなかったけど、私の目に狂いはなかったようね」

 そして、満足げな笑みを浮かべる。その笑みには見る者全てを魅了するような華やかさが混じっている。ただ、そういったものに鈍い反応しか返さないレミリアと若干怯えの残っている女性に対してはさほど効果がなかったようだ。

「あ、ありがとうございます」
「……どうしてまだ怯えられてるのかしら?」
「おっかない表情が忘れられないんじゃない? 心の傷は癒えにくいって言うし」

 気にする必要もないとでもいうような気軽さでそう言う。実際、気づけば周りに誰かが集まってきていた彼女は、嫌われたり恐れられたりして避けられたなら無理して関わる必要もないと考えている。
 けど、自ら関わる者を決めている幽香はそんなふうには割り切った考え方はできないようだ。

「む……」

 幽香は困ったように若干眉をひそめる。

「どうすればいいのか教えなさい」

 そして、尊大な態度でそう聞く。物を聞く態度からは程遠いが、レミリアはさして気にしない。

「私がそんなこと知るはずないじゃない。でもまあ、頭を撫でて落ち着かせれば少しは和らぐんじゃない?」
「よし、撫でればいいのね」

 人間との交流にまだ慣れていないらしい幽香は、レミリアの間違ってはいないが少々局所的な助言を真に受けて、女性のそばでしゃがみ彼女の頭へと手を伸ばす。
 レミリアはからかう為ではなく、単に適当に思いついたことをそのまま口にしたにすぎないので、特に感慨なく二人を眺める。止めるつもりはないようだ。
 女性は少し身体を強ばらせながらも逃げる様子は見せない。ある程度の信頼があるからだろう。少しでも修羅場に対する耐性があれば、幽香に対して怯えを抱くこともなかったかもしれない。

 そして、幽香の手が女性の頭に柔らかく触れる。存外に手慣れたように女性の頭をゆっくりと髪の流れにそって撫でる。
 その手つきは花を優しく愛でる少女のそれで、気に入っている相手ならば自然と力を抜くことができるようだ。
 身体を強ばらせていた女性は徐々に力を抜いていき、今ではどこか安らかな表情を浮かべている。頭を撫でられるという心地よさに身を委ねているようだ。幽香の顔にも徐々に柔らかな笑みが浮かんできている。

「……ねえ、本当にこれで正しいのかしら?」

 ここに至って、ようやく何かおかしいと気づいたようだ。けど、効果を実感しているのか手を止める様子はない。

「さあ? 思いついた事を口にしてみただけだからよく分からないわ」
「……騙したわね」
「あ……」

 幽香が手を離しレミリアの方を軽く睨むと、女性が残念そうに声を漏らす。

「ん?」

 声に気づいた幽香が再び女性の方へと視線を戻す。声は無意識に漏れてきた物らしく、女性は気づかれてしまったことに慌て少し顔を赤らめている。

「あ、えっと、上手、なんですね」

 少しつっかえながらも取り繕うように言う。すでにそこに怯えの色は見て取れない。

「あー……、ええ」

 幽香は幽香でどう返すべきか困っているようで濁った返事をすることしかできていない。

「まあ、少なくともその人に対しては間違ってなかったみたいね」

 一人蚊帳の外にいるレミリアはのんびりとした様子でそんなことを言っているのだった。




 女性が落ち着いてからも幽香はその場に残った。もともとは紅紫色の牡丹のかんざしを気にしていたようだが、レミリアから別の人にあげるというのを聞いてその行方を気にしているようだった。

「しゃくやく?」

 レミリアは幽香の疑問に、妹にあげると答えて返ってきた言葉の一部を反芻する。

「そ、牡丹の仲間でその姿はとても似ていて姉妹花とまで言われる事があるわ。ぱっと見れば違いがよく分からないかもしれないけど、よく見てみると牡丹が堂々と咲き誇り花びらを広げているのに比べて、芍薬は恥じらうようにその花びらを少し閉じているわ。だから、その花言葉ははにかみ、内気と牡丹とは正反対で内向的なものとなっているのよ。貴女の妹がどういう性格かは知らないけど、牡丹は貴女に似合ってるからそういう機転を利かせてみるのもいいんじゃない?」

 好きなことを話しているからか、幽香はかなり饒舌だ。レミリアは花への興味はそれほど持ってはいないが、妹が関わっているからか割合真剣に耳を傾けている。

「どうなのかしらねぇ。他人と関わってるところはあまり見たことがないし」

 出不精で本ばかりを読んでいる妹の姿を思い描きながらそう告げる。今までのようなどこか投げやりな様子はなく、本気で考えているらしいことが窺える。

「そもそも、着飾れば外に出たがると思ってこの店の前で足を止めたのよ。でも、冷静に考えてみればそれだけで外に出るようになるとは思えないのよね」
「面倒な事を考えてるのね。引きずってでも連れ出せばいいじゃない。もしくは、放っておいて好きなようにさせておくか」

 対して今度は幽香の態度がどこか投げやりなものとなる。二人が同時に真剣になったのは、先程のほんの一時の間だけだったようだ。

「さっきまでの熱弁が嘘みたいに投げやりね」
「だって貴女の妹がどうなろうと私には無関係だもの。花飾りをどうするかっていう相談なら乗るけど、それ以外はどうでもいいわ」
「まあ、駄目なら駄目でまたいつか別の手段を講じるから相談に乗ってもらう必要もないんだけど。特に焦る必要もないし」

 今すぐどうにかすべき問題だとは思っていないようで、真剣な様子ながらも、どこか暢気な空気を纏っている。

「良かったら私が芍薬のかんざしも作って服も用意してあげるわよ!」

 二人の妖怪の会話に女性が幾分か高めのテンションで割って入る。
 幽香に対して抱いてしまっていた恐怖心は跡形もなく払拭できたようだ。もともと幽香に対する信頼が高かったのと、優しく頭を撫でてもらったのとが功を為したのだろう。

「それは嬉しいんだけど、ほとんどタダみたいな報酬で満足するから頼みにくいのよねぇ。何か欲しい物はないのかしら?」
「私は我が子を付けて着飾ってくれる人がいれば十分よ。だから、今度は妹さんも連れて来てちょうだい」

 レミリアの妹を着飾らせることで頭がいっぱいになっているようだ。遠慮をしている様子は一切見られない。
 レミリアは女性の相変わらずの様子に呆れる。そうしながら、アリスの持ってきていた物を思い出しつつ、保存の効く料理かある程度の価値が見込める宝石でいいだろうかとか一人で悩む。
 幽香はそんなレミリアを見て首を傾げる。

「何を悩む必要があるのかしら? 向こうがそれで良いって言ってるんだから気にせずもらっちゃえばいいじゃない。それ以上の行為は自己満足というものじゃないかしら?」
「適切な価値で物品を手に入れようとしてるだけよ。余裕が出てくれば作ることに専念もできるでしょうしね」

 どうやらレミリアはそういったことを考える程度には女性のことを気に入っているらしい。妖怪を恐れず、自分の好きなことをやり通そうとする姿が彼女の気を引いたのかもしれない。

「王者の風格を纏う者は民の行く末にしっかり気を向けられるという事かしらね?」
「別にそういう事ではないと思うけど。それより、さっきから褒めてばかりでらしくないわね」
「花の王たる牡丹が似合う貴女を褒めるのは、牡丹を褒めるのと同一だもの。貴女自身には全くといっていいほど興味はないわよ」
「ああ、そういう事ね」

 一切のぶれを見せることのない幽香の言葉に納得したように頷く。

「さてと、別の花たちが呼んでるからそろそろ行くとするわ。いつか貴女の妹君が花に飾られるときがきたらまた会いましょう」

 幻想郷の花を見るために歩き続ける妖怪は一所に長く居着くつもりはないようだ。夏を目前に控えて、少々忙しいようだ。

「わざわざ教えに行くつもりはないわよ」
「大丈夫、花の事ならどんな事だろうと嗅ぎつけてみせるわ。現に今日だって何か予感めいたものがあって一輪の牡丹を見つけたんだもの」

 レミリアの頭の赤紫色の牡丹を見つめながらそう言う。

「貴女が言うとあながち間違ってるとも言えないわねぇ。ま、その時は存分に褒めてあげて頂戴」
「そうするだけに値するほど似合っていればね」
「きっと、絶賛する事になるわよ」

 笑顔を浮かべて自信満々に言う。今までの澄ました表情から程遠い、見かけ相応の表情は、彼女を可愛らしく見せる。

「そ、期待はしないでおくわ」

 幽香はレミリアの態度の変化に取り合わず、彼女の言葉にも投げやり気味に答える。興味がないという証だろう。
 そんなさめたような態度も、女性の方へ向くと少しばかり柔らかいものとなる。

「でも、貴女の次の花は期待してるわね」
「はいっ。全身全霊を込めて粉骨砕身の心意気で頑張りますね」
「ふふっ、良い心構えね」

 幼い少女のように無邪気な様子で張り切る女性を幽香は微笑ましげな表情を浮かべて見つめる。幽香にとって彼女は本当にお気に入りの存在のようだ。

「じゃあ、一生懸命頑張りなさい」

 そう言って、そっと彼女の頭を撫でて幽香は去っていった。





「……お姉様、ちょっと言い過ぎじゃないかな」

 フランドールは少し顔を赤らめながらそう言う。レミリアが幽香に向けた自信に満ちた一言は、彼女にとっては受け止めがたい言葉のようだ。

「そうかしらね? フランはちゃんと着飾ればとっても綺麗になると思うわよ。私でさえ、あれだけ注目を集めたんだから」
「お、お姉様は元から整ってるし、堂々としてて格好いいから」
「姉妹だからそんなに顔の作りが違うとは思えないし、貴女は貴女なりの魅力があると思うわよ。少し儚げな雰囲気とかね」
「姉妹だからって、なんでも似るとは思えない」

 どこか寂しげな印象を与える表情を浮かべて、フランドールは姉の翼とは似ても似つかない羽を揺らす。宝石のようなそれは、影の下で微かに瞬いている。

「ま、確かにちゃんと比べた事がないから本当に似てるかどうかはわからないわね。誰かにそう言われたこともないし」

 レミリアは妹の方を見向きもしないが、その変化は感じ取る。突然、周囲の温度を下げるように陰が差しても、泰然とした態度を崩さずに答える。

「でも、綺麗になるっていう想いは本物よ? 理屈もなんにもない直感からくるものだけど、間違ってないという確信はあるのよ」

 不意に足を止めてフランドールの方へと振り向く。彼女とは対照的に笑みを浮かべている。

「貴女は私のこの直感も否定するのかしら?」
「……そう言うことを聞いてくるのはずるい」
「何がずるいのかさっぱりだわ」

 フランドールは悔しそうな表情を浮かべるが、レミリアはわざとらしく首を傾げる。

「ま、私たち二人で議論しても仕方ないわよね。いくら積み重ねても机上の空論以上のものになりはしないんだから」

 これ以上言い合うつもりはないようで、再びフランドールに背を向けて歩き出してしまう。フランドールは遅れることなく姉の後に続く。こういうときに何を言っても無駄だというのは彼女もよくわかっている。

「そうそう、あの後に来たのも自分に自信がないようだったわ。貴女とは違って、対抗意識みたいなものは持ってたみたいだけど」





「わぁ……、大胆な着物」

 レミリアが退屈そうに周囲を見渡していると、驚きと恍惚とが混じったような声が聞こえてきた。

「ん?」

 レミリアが振り返ると赤い瞳と目が合う。その瞳の持ち主は、垂れた長い兎の耳が特徴的な妖怪、鈴仙・優曇華院・イナバだ。普段は背中に大きな箱のような入れ物を背負って薬を売って回ったり、検診したりしているのだが、今日は休みなのか背中には何もない。

「……あ」

 レミリアと目が合っていることに気づくと、少々気まずそうに声を漏らす。

「あー、えっと、意外に色気が出せるのね、あなたって」
「よく分からないけどそうらしいわね」

 鈴仙の取り繕うような言葉にレミリアは淡泊に返す。見られていたことも全く気にしていないようだ。

「可愛げのない反応ね。……でも、そういう服が似合うなんていいなぁ」

 呆れたような表情を浮かべたかと思うと、すぐに羨ましそうにレミリアを見る。レミリアに見惚れる者は多いが、羨望がその大元となっているのは彼女が初めてだ。

「服なんて好きか嫌いかで決めるものなんじゃないかしら?」
「これだから、元から容姿が整ってるのは……」

 自らを着飾ることに興味を持たないレミリアの何気ない発言は、鈴仙に妬みを抱かせたようだ。
 とは言え、鈴仙の容姿も十分に整っている部類に入る。それにも関わらずこれだけ嫉妬を抱くのは主に彼女の主の存在のせいだろう。並大抵の容姿では竹林の奥深くに住む姫君には到底敵わない。そうやって、ゆっくりと降り積もった劣等意識が嫉妬の念を抱かせてしまっているのだろう。

「まあ、でもこれはそこの私の雇い主が勝手に決めたものだけど。こんな動きにくい服を好んで着ようとは思わないわね」
「うぐぐぐ……」

 努力のない美貌に対して嫉妬の炎が更に燃え上がったようだった。場合によってはとどまるところをしらなかったかもしれない。
 けど、ある言葉が少しばかりその勢いを弱めさせる。

「……って、雇い主? あなたが? まっさかぁ」

 レミリアが働いていることがよほど信じられないらしく、露骨に驚いたような表情を浮かべる。

「そのまさかよ。ま、ときどき足を止めるのはいるけど、避けられてるみたいだから役に立ってるとは思えないけど。あぁ、そうだ。折角足を止めたんだし、見ていったらどうかしら?」

 もともとやる気のなかったレミリアの説明はかなり投げやりだった。けど、多少の律儀さはあるようで今更ながら自らの勤めを果たそうとする。
 どこか気怠げだった姿勢を正し、凛と澄んだ雰囲気を纏う。彼女の周りだけ空気が一変し、スポットライトの当たるステージの中央に立っているかのように周囲からの視線を一点に集める。
 そして、すっと息を吸い、物語の一節めいた言葉を声にする。

「ここは人形遣いや花の妖怪が絶賛する花のかんざし屋。きっと貴女の求める物が見つかるはずよ」

 その顔に浮かべるのは柔らかな微笑み。夢幻の世界へと誘うような幽玄たる笑み。浮き世離れした格好と相まって、さながら夢の案内人といった様子だ。
 周りにいた者たちは思わずその姿に惹き込まれ魅了されてしまう。

 鈴仙もそのうちの一人でぼんやりとレミリアの顔を見つめている。けど、自らの容姿の持つ魅力に無自覚なレミリアはその視線の意味を取り違える。

「今私が付けてるのは駄目よ? これの為にここに立ってるんだから」

 そう言いながら、自らの頭の牡丹を鈴仙から守るように片手で柔らかく覆い隠す。それだけで、レミリアの纏う空気は暢気でマイペースな掴み所のないものへと戻ってしまう。

「……いや、狙ってはないけど」
「けど?」
「むむぅ、格の違いを見せられた気がする」

 我に返った鈴仙は悔しそうだった。雰囲気に呑まれたせいで圧倒的な差があると思ってしまったようだ。けど、そうして対抗意識を燃やす姿はこれまで誰も見せてこなかったものだ。

「何を言ってるか分からないわ」
「嫌味とかじゃなくて、素で言ってるのが一層むかつく」
「はあ」

 根本的に考え方が違うせいで鈴仙の行動はレミリアにとって難解なようだ。返すのは気のない返事で、お互いに隔たりがあるのは明らかである。

「……」

 鈴仙はじーっと、レミリアを見つめる。妬みを織り交ぜつつ、何か参考に出来る部分はないかと探っている。

「私を観察するんじゃなくて、店の方を見てあげてちょうだい」

 相手をするのが面倒くさいのか、投げやりな様子で言う。

「……そうね。あなたを飾り立てたのがここの店主だっていうならそれも十分参考になるはずよね」

 現段階では有効なものを引き出せないと感じたのか、レミリアの言葉に従って露店の方へと視線を向ける。ただ、まだ諦めはついていないようで、ちらちらとレミリアの方を気にしている。

「……綺麗なかんざしがいっぱい。へぇ、本物みたい」

 けど、精巧な作りをした花々たちはそのような中途半端な態度を許さなかった。鈴仙の意識を惹き付け、釘付けにさせる。
 鈴仙の瞳からは先ほどまでの嫉妬や羨望といったものはどこにも見られず、純粋に瞳を輝かせているのが見て取れる。一つ一つ吟味するように真剣な様子で眺めている。

 レミリアはそんな彼女の様子を一瞥して、興味がなさそうに通りの方へと視線を戻した。自分に関わってこなければどうでもいいのだろう。

「あ……、これいいかも」

 ぽつりと言葉をこぼしながら、一本の筒の先を割って広げたような花びらを持つ白いツツジをそっと持ち上げる。鈴仙の手のひらで慎ましやかな様子を見せている。

「その子のこと、気に入ってくれたんですか?」
「えっ? あ。ご、ごめんなさい。勝手に触っちゃって」

 突然女性に話しかけられ、さらには自分の意識とは関係なく触れてしまっていたことに気づいてツツジを元の位置に戻す。慌てたような様子だったが、傷つけてしまわないようにという気持ちが強かったようで、その手つきは優しかった。

「いえ、構いませんよ。どうしても触りたくなってしまうほど気に入ってしまったというわけなんですよね? だとしたら、むしろ嬉しいくらいですよ」

 満面の笑みを浮かべてそう言う。我が子の貰い手が決まりそうなことが嬉しいのだろう。

「よかったら、私の用意した着物を着て付けてみてくれませんか?」
「そ、そこまでしてもらうのは悪いですよ。私、そんなに図々しくなれないですし」
「何だか含みのある言い方ねぇ。私もそうやって誘われただけよ」

 興味がなさそうにしてはいたが、自分に対する悪口にはしっかりと反応するようだ。

「もともと断るつもりだったけど、面倒くさかったしこうなってしまったというわけ。善意とかじゃなくて完全に欲望とかで動いてるから遠慮なんてするだけ無意味だと思うわよ」
「というわけですので、観念してください」

 特に狙いもないレミリアの言葉に便乗して、女性が一層鈴仙へと押し迫る。

「というわけの意味がわからないですよ!」
「絶対鈴仙さんに似合うと思いますよ。長い髪はかんざしで結わえると印象が大きく変わりますし、今よりもずっとずっと綺麗に見えるようになるはずです!」
「え、そ、そう?」

 女性の褒め言葉に簡単に反応を示す。やはりレミリアよりもずっとお洒落などは気にしているようだ。

「はい、必ず。……あ、でも、今レミリアさんが着てるようなのは用意してないんですよね」
「い、いえ、あれはさすがに恥ずかしいので普通のでいいです」
「あ、そうですか? ではでは、さっそく私の家で着替えてもらいますね」

 女性は小さな椅子から立ち上がると、返事も待たずに鈴仙の手首を握る。

「今から、ですか……?」
「善は急げと言うじゃないですか。いち早く綺麗に着飾った鈴仙さんとそれを飾り立てる我が子の晴れ舞台を見たいんです!」
「そ、そうですか。で、では行きましょうっ」

 女性の意気込みは完全に鈴仙を押していた。ついさっきまで妖怪の威圧に圧倒されて動けなくなっていたというのにずいぶんと持ち直しが早い。本当に好きなことだからこそ、それは些細なこととなってしまっているのかもしれない。鈴仙が纏う雰囲気に危険なものが一切含まれていないということも関係しているかもしれないが。

「レミリアさん、しばらくお店の方見張っててちょうだい!」
「はいはい、分かったわ」

 レミリアは投げやり気味に答えて二人を見送る。

 見るからに不真面目そうな態度ではあるが、そう簡単に彼女の前で商品を盗ることはできないだろう。




 ぼんやりとした様子で店の番をするレミリアの方へとざわめきが近づいてくる。隙だらけのようで、実際は隙のない態度を取っていたレミリアはそれが近づいてくる方へと興味を向ける。
 ざわめきの中心にいたのは笑顔を浮かべている女性とそんな彼女に引っ張られる鈴仙だった。

 着ているのは藤色を基調としたレミリアのものとは正反対に落ち着いた色合いの着物だった。桜色の帯が腰の細さを強調しているのだが、鈴仙が恥じらいを見せているせいかせっかくの色気は薄まってしまっている。けど、慎ましい姿を見せるツツジにはそんな姿の方が似合うのかもしれない。
 そして、そんな控えめな様子ながらも周りからは十分視線を集めている。声をかける者もあるようだ。
 それは、鈴仙の纏う雰囲気がレミリアのそれよりも親しみを感じられるからだろう。集まった視線に対してはにかんだ笑みを返す姿は純朴で、同じ場所に立っていると思わせるものがある。

「店番ありがとう。思いの外鈴仙さんが人気者でここに来るまで時間がかかっちゃったわ」

 そうして、二人は多くの者を引き連れて店へと戻ってきた。女性は鈴仙の姿とツツジの晴れ舞台とに満足しているのか、にこにこと笑みを浮かべている。

「おかえりなさい。それにしても随分と大所帯ねぇ」

 少し呆れを交えて二人の背後へと視線を向ける。そこには特に性別の偏りなく人垣ができあがっている。

「私を羨んでた割には貴女の方がずっと魅力的だったという事かしら?」
「ふ、ふふーん。ど、どうよ、これが私の隠された魅力よ」

 自信満々な様子で胸を張ってそんなことを言う。実際に人に囲まれるということが彼女の自信となっているようだ。周りの視線を気にしすぎて少々萎縮しているという雰囲気は否めないが。

「そ、良かったわね。自分で気づいてなかった事に気づけるっていうのは大切な事だと思うわよ」
「うっわ、やっぱりすっごいむかつく」

 着替える前と対して変わらないレミリアの態度を彼女の自尊心は許せなかったようだ。とはいえ、多少の余裕が出てきているのか冗談めかしたような色が強い。

「腹立たしさを抱かれても私にはどうしようもないわよ。貴女に対する興味が微塵もないんだから」
「……いいわよいいわよ。あなたに認められたくて着替えたわけじゃなくて、私が着たいから着替えたんだし」

 けど、一度負けたと思わせられた相手に認められたい気持ちはあるようで、いじけたように言いながらレミリアの横に並ぶ。彼女も客寄せとなるようにと頼まれたようだ。

「なら、もっと楽しそうにするか嬉しそうにしたらどうかしら? 今の表情だと着せられてるって感じが強いわよ」
「……そういうところはちゃんと見てるんだ」

 レミリアの言葉に面白くなさそうな表情を浮かべる。

「相手の表情から、何をしようとしてるのか読み取るのは基本でしょう?」
「もしかして、あなたがそんな澄ました態度を取ってるのって感情を読み取らせないようにしてた名残?」

 レミリアの言葉に否定も肯定もしないのは、そういった考え方に鈴仙なりの何か複雑な思いがあるからだろう。できれば考えたくもないのかもしれない。

「単にどうでもいい相手に感情を見せるのが面倒なだけよ」
「……隠す方が面倒くさそうなんだけど」

 表情というのは自らの意図しないところで作られると思っているからこその鈴仙の言葉だ。

「……まあ、あなたにも、いろいろあったってことよね」
「さあてね。昔のことなんてさっぱり覚えてないわ。今が充実してるならそれでいいのよ」
「ん……、そう、よね」

 何にも縛られていないようなレミリアの言葉に鈴仙は小さく、けどどこか弱々しく笑みを浮かべるのだった。





「お姉様は、私がそういうことに執着しててほしいと思ってる?」

 話の切りがいいところで、フランドールはそう聞く。話を聞いている間に感情は落ち着いたのか、寂しげな雰囲気は残ってない。

「んー、どっちでもいいと言えばどっちでもいいわね。らしくないとは思うけど。ま、私が貴女に望んでる事もらしくないといえばらしくないか」

 自分が滑稽なことを言っていると感じたのか可笑しそうに小さく笑う。

「……そういえば、私の交流が広がってほしいとか言ってたよね」

 フランドールの足取りが少し遅くなる。レミリアは発言の内容からそうなることを予測したのか、すぐにフランドールと同じ歩調となる。

「ええ、ちゃんと覚えててくれたようね。その気になってくれたのかしら?」
「ううん」

 首を振って否定する。

「それは残念。まあでも、あの人との約束を果たすのにはちゃんと付き合ってくれるわよね?」





 幻想の郷の日が暮れる。通りで露天を出していた者たちは軒並み引き上げ、一時の静けさに包まれる。夜が少し暮れればまた少しは騒がしくなることだろう。

「お疲れさま。今日はありがとう」

 女性の家の前で、女性は元の服に着替えたレミリアに頭を下げる。鈴仙はあまり長くいると遅くなってしまうということで途中で帰ってしまった。

「私はただ立ってただけだけどね。客を呼んだのも鈴仙だし」

 女性から貰った紅紫色の牡丹を大切そうに持ったままそう言う。

 鈴仙が店の前に立ってから、来客数はぐんと増えた。話しかけづらい雰囲気のあるレミリアよりは、素朴な美麗さを携えた鈴仙の方が客寄せには向いていたのだろう。それに、鈴仙は薬売りなどをしているので接客を行う上での心得はある程度わかっている。
 レミリアも少しでも愛嬌を振りまいていれば、客を寄せることが出来ていたかもしれない。面倒くさいという心理によって、決してそうはしなかったが。

「私としては我が子を付けて立ってくれてるだけでも十分評価するに値するわよ。それに、その鈴仙さんを店に近づけさせたのがレミリアさんじゃない」
「まあ、確かにそうね。今までお互い声をかけるってことがなかったっていうのが不思議ではあるけど」
「鈴仙さんがあの通りに来るのって結構珍しいのよ? 普段は休みの日には食べ歩きばかりしてるみたいだから。レミリアさんがあの辺りを騒がせたから鈴仙さんも気になって寄ってきたそうよ」

 女性は鈴仙を着替えさせるために家へと移動している途中に聞いた話を口にする。レミリアはそれを聞いて納得したような表情を浮かべている。

「レミリアさん、妹さんの分は用意しておくから楽しみにしててちょうだい」
「貴女の中ではもうやる事になってるのね。でもまあ、やるっていうなら本気で最高の物を作らないと容赦しないわよ」
「……幽香さんみたいなこと言ってる。でも、それだけ自慢の妹さんってことよね。ふふ、俄然やる気が出てきたわ。必ず幽香さんの満足がいくようなものを作り上げて、更にはレミリアさんが満足できるよう飾り立ててあげるわ」

 職人としてはこうしてプレッシャーをかけられる方がやる気が出るようだ。そのプレッシャーを与えているのは二人の大妖怪であるが、だからといって折れてしまいそうな様子はない。
 それだけ彼女に、高みを目指すという気概があるということなのだろう。

「楽しみにしてるわ。後、代金の方だけど完成するときにまで考えとくわ。貴女の着せかえ人形にさせられて、それだけで満足されるっていうのもなんだか納得がいかないし」
「気にしなくてもいい、って言っても無駄なのよね。アリスさんといい、人里に来る妖怪ってなんだか律儀よね」

 ちなみに、鈴仙もそうしてかんざしを貰うことを遠慮していた。最終的には女性の勢いに押されて受け取ってしまっていたのだが。

「私は別にそんなつもりはないんだけど。単に気に入らないってだけで」
「ええ、そうだろうと思ってたわ。まあ、どんな物を持ってくるか楽しみにしてるわ。良い意味でも悪い意味でも」
「悪い意味の方で応えてしまわないように気を付けておくわ」

 軽口を投げ合ってレミリアは女性に背を向ける。

「じゃあ、完成したら教えてちょうだい。時々、里の中をうろついてるから」
「ええ、任せて」

 そんな約束を交わして二人は別れたのだった。





「こんにちは。約束通り私の妹、連れてきてあげたわよ」

 吸血鬼の姉妹が人里の花のかんざし売りの露天に辿り着く。
 レミリアの方はともかく、フランドールは人里で見慣れない妖怪ということでかなり注目をされている。その視線に耐えられないのか、萎縮してできるかぎりレミリアから離れないようにしている。日傘がなければ、背中に張り付いて隠れるようにしながら歩いていたかもしれない。

「あっ、こんにちは、レミリアさん! 朝からずっと楽しみにしてたのよ。その綺麗な羽の持ち主が妹さん?」
「ええ、そうよ」
「へぇ……」

 そう言うと、二人の顔をじーっと見比べる。フランドールはそうして見つめられるのにも慣れていないのか若干レミリアの後ろに隠れるようにしている。
 それでも臆した様子がないのは、その初対面にも関わらず馴れ馴れしい態度のおかげかもしれない。

「……ふぅむ、顔の作りは似てるけど、雰囲気は全然違うのね。あ、そういえば名前は?」
「……」

 彼女の問いかけにフランドールは答えようとしない。緊張して答えられないと言うよりは、呆然として答えることができないと言った様子だ。彼女のある言葉に意識を持って行かれてしまったかのように。

「……えっと?」

 女性が困ったようにレミリアの方へと視線を向ける。その視線の先ではレミリアが喜色を浮かべている。彼女の翼は嬉しげにゆったりと揺れている。

「貴女が突然答えをくれたから固まっちゃってるのよ」

 その言葉に女性は首を傾げる。けど、レミリアはその疑問に答えるつもりはないようで未だに動こうとしない妹の方へと視線を向ける。

「フラン、嬉しいのは分かるけど、質問に答えてあげてちょうだい」
「え? ……あ。あ、うん!」

 姉に声を掛けられ、フランドールは我に返る。それから、慌てたように女性の前に立つ。

「えっ、と、私は、フランドール。……あなたは?」

 落ち着く間もなく喋り出したからかその声は切れ切れだった。そのことに気付いたのか、途中で息を吸って自身を落ち着かせていた。

「私は華よ。それより、あなたは私の言葉のどの部分にあれだけの反応を示してくれたの?」

 フランドールの外見年齢に加え、少し自信のなさそうな喋りのせいか、華の口調は最初から親しげなものとなっている。

「ん、ちょっと悩んでることがあったけど、あなたがそれを解決してくれたから」
「お姉さんに似て抽象的な物言いが好きなのね」
「ごめんなさい。言葉にするのはもったいない気がするから」

 申し訳なさそうに表情を曇らせる。けど、口の端には笑みが浮かんでいて、本当に華の言葉が嬉しかったのだというのが窺い知れる。

「わかった、そういうことなら深く聞かないでおいてあげるわ」

 そう言って、じっとフランドールの姿を見つめる。フランドールは若干怯えたように身体を引く。

「な、なに?」
「うん、姉妹花っていう理由だけで芍薬のかんざしを作ったけど、十分似合いそうだなってね。レミリアさんと並んだときにどう見えるか楽しみだわ」

 よほど楽しみなようで、うずうずと疼いているのが傍目に見てもわかる。

「さてさて、これ以上先延ばしにしても仕方ないし、私の家に行きましょう」

 そう言うや否や華は立ち上がって露店から出てくる。それから、隣の露店の男性に二、三言葉を掛けると紅の姉妹の方へと向き直る。

「さあ、二人とも。心の準備はできたかしら?」

 心底楽しそうにそう言うのだった。




 華は鼻歌交じりにフランドールの片側だけ長く伸びた金髪を薄紅色の芍薬のかんざしで手早くまとめていく。フランドールはあまり知らない人に髪を触れられることに緊張しているようだが、拒否感を示している様子はない。少しは気を許しているということかもしれない。
 既に華の手によって着替えさせられたレミリアは二人の様子を眺めている。

 フランドールが身に纏っているのは、レミリアとお揃いの赤を基調とした煌びやかな着物だ。けど、レミリアが着ているものとは違い、背中の部分は着物と同じ柄の生地で隠されている。
 フランドールが恥ずかしがっていたために華が取り出したのだ。ちなみに、レミリアに着せたときも用意はしてあったらしい。レミリアが何も言ってこなかったので出さなかったというだけで。

 そんなわけで、もともとの気質も関係しているのかもしれないが、フランドールの姿はレミリアに比べると随分と大人しい様子だ。

「よしっ、完成」

 けど、そんな大人しげな雰囲気だからこそ、芍薬の可憐でありながら控えめな姿がこれ以上にないほど調和している。

「うんうん、こうして実際に着ているところを見ると、本当によく似合ってるのがわかるわね」
「お、お姉様っ。似合ってる、かな……?」

 華が自分で飾りたてたフランドールの姿を見て満足げな表情を浮かべてそんな感想を漏らしていたが、フランドールの耳にその言葉は届いていなかったようだ。真っ直ぐにレミリアの前へと向かっていく。

 華はその姿を見て呆れたような苦笑を零す。けど、牡丹の姉と芍薬の妹が並んでいるのを見て、先ほどよりも一層満足の度合いが大きな笑みを浮かべる。

「……」

 レミリアはじっと妹の姿をじっくり眺める。彼女の紅い瞳には真剣な色が浮かんでいる。即答しない辺りに、彼女の厳しさが感じられる。
 その瞳の前に立つフランドールは、緊張した面持ちで姉が口を開くのを待つ。

「良く似合ってて素敵よ」
「そっか……っ。よかった」

 肯定的な言葉に胸をなで下ろす。そんな安堵の表情のすぐ後に浮かんできたのは嬉しそうな笑みだった。レミリアに誉められたことがよほど嬉しいのだろう。

「ありがとう、華。私の妹のために頑張ってくれて」
「いいのいいの。こっちもあらかじめ付けてくれる人が決まってる状態で作ったことなかったから楽しかったわ。うん、ほんとに姉妹っていいわね。一人を飾り立てるときよりも表現の幅が広がってなんだかわくわくしてたわ」

 並んで立つ紅の姉妹を見てそう言う。

「よく分からない感覚だわ」
「レミリアさんも自分で妹をどう飾るかを考えたら分かるようになると思うわよ」
「ふぅん。まあ、気が向いたら考えてみても面白そうね。今はせっかく綺麗に飾ったフランを見ることの方がよっぽど大切だけど」
「ええ、気が向いたら言ってちょうだい。私おすすめの着物の仕立て職人を紹介してあげるから」

 少しでも興味を抱いてくれたことが嬉しいのか、嬉々とした笑みを浮かべている。

「さてと、これからフランを見せびらかせに行かないと行けないわね」
「あ、えっと、やっぱりこのまま出ないとだめ?」

 フランドールは着慣れない着物のまま外に出るのは恥ずかしいようで、笑みを浮かべるレミリアから逃げるようにそう言う。

「当然よ。それに、今まで散々逃げる機会は与えてたんだから、もう逃がさないわよ」
「うぅ……」

 レミリアはフランドールが逃げられないようにするように、手をしっかりと握る。

「簡単に逃げられないようにするために日傘は一つでいいわよね」

 そして、笑みの中に少しばかりの悪戯っぽさを滲ませてそんなことを言うのだった。




 一本の少し大きめの蛇の目傘を差して、二人の幼い吸血鬼の姉妹が里の通りを寄り添い合うようにして歩いている。紅紫色の牡丹を堂々と咲き誇らせる姉と薄紅色の芍薬を控えめに咲かせる妹。
 花も本人たちも纏う雰囲気は正反対だが、その姿はどちらも似通っている。だから、並んで歩くその姿は誰の目にも姉妹として映っていることだろう。

 道行く人たちの多くが二人の姿に思わず目を止める。けど、レミリアが一人でいたときのような一度惹きつけてしまえば離さなくなるような圧倒的な美しさはない。代わりに、周囲の視線に戸惑うフランドールとそんな彼女を落ち着かせようとするレミリアの姿をほのぼのと眺めている。
 それでもやはり、皆どこか距離を置いているような態度を取ってはいる。常時どこか浮き世離れした雰囲気の二人に普通の人間は関わりづらいのかもしれない。もしくは、仲の良さそうな二人を邪魔したくないと思ってるのか。

 花で飾り飾られその魅力を引き出し引き出されている姉妹はどちらも幸せそうだった。


Fin



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