「とりっくおあとりーとっ!」
この時期お決まりの台詞を口にしながら、レミリア様のお部屋へと勢いよく突入します。
扉が壁と激しくぶつかって大きな音を立てますが気にしません。むしろ滅多に出会うことのない二人を出会わせてあげたので感謝してほしいくらいです。それに、大きな音のおかげで、私は注目の的ですし。
さあさあ、存分に私へ意識を向けてくだださい!
「えっと、何の用かしら?」
けど、返ってきた反応は困惑混じりの物でした。私が向けてほしいのは、そんなものではないのです!
「今の言葉と、私のこの格好を見て何か気づきませんか!」
あまりにも非常識な言葉を返されたので、私は思わず詰め寄ってしまいます。そして、ついでに背中の真っ黒なマントと、頭に乗せたカボチャの帽子を見せつけます。
「ほらほら、カボチャ紳士ですよ!」
「……ああ、そういえば、今日はハロウィンだったわね」
ようやく、レミリア様の顔に理解の色が浮かび上がります。どうして、この姿を見て真っ先にそれが思い浮かびませんか。
「そうですよ! まさかレミリア様ともあろう方がそのことを忘れてたんですかっ?」
「忘れてたんじゃないわよ。貴女がここまで子供っぽい事をするとは思ってなかったのよ」
おや、私はそんなに大人の女性として見られてましたか。それは失敗失敗。
でもまあ、そんな事はどうでもいいのです。印象なんていうのは後からでも変えようと思えば変えられるものなのです。
だから、今はそんな事は後回し。
「そんなことよりも、わかってますよね、レミリア様」
にこにこ。
込めれるだけの期待を笑顔に込めて差し上げます。
「わかってるわよ。咲夜」
「はい、何でしょうか、お嬢様」
レミリア様の呼びかけに、咲夜さんがほとんど間を置くことなく現れました。主を待たせることのないその姿勢はいつもどおり素晴らしいですね。
私は従者でも使い魔でもないですが、見習いたいとは思っています。パチュリー様のお役に立ちたいですから。
でも、今はお呼びではないのです。
「小悪魔が――」
「ちょっと待ってください、レミリア様」
私の制止の声に、館の主とその従者の視線がこちらへと向きます。
「私は、咲夜さんの作ったお菓子ではなく、レミリア様の作ったお菓子が食べたいのです!」
本命は、お菓子作りに四苦八苦するレミリア様の姿を見ることですがっ!
けど、そんなことは言いません。言ってもそれはそれで面白そうですが、これはレミリア様が作ることを拒絶したときに取っておきましょう。
挑発は場面を選んで使うものなのですよ。
「私の?」
自分の顔を指差してきょとん、としています。普段は澄ました表情を浮かべてますが、時折浮かべる素の表情は本当可愛らしいですね。いつも控えめなフランドール様とは違った良さがあります。
身体がうずうずと疼いて、抱き締めたい!、と心の奥底から叫び声が聞こえてくるのですが、今は我慢です。
「ええ、そうです。他の誰でもない、レミリア様が作ったお菓子が食べたいのです。さもなければ、私の悪戯の餌食となってもらいます」
ちなみに悪戯の内容は、一日ずっと抱き締めの刑です。レミリア様の小さくて柔らかい身体と、わたわたとしてる様子を楽しませてもらいますよ。
うふふふー。
「まあ、いいわよ。久しぶりに料理をしてみるのも悪くないかもしれないし」
「え?」
あれ? もの凄く自然に頷かれてしまいました。
私の予測では、強がった態度で了承するか、嫌がるかのどちらかだったのですが……。
どうしてこんな反応なのでしょうか。もしかして、意味を取り違えてるとか? でも、お菓子、料理という言葉がセットで使われてるのでその線は薄そうな……。
「レミリア様、お菓子と料理って言葉の意味は知ってますよね?」
無礼を承知でそんなことを聞きます。けど、基本的にパチュリー様以外には敬意を払うつもりはないので躊躇は全くないのです。
ある意味で一途なんですよ、私は。
「は? お菓子は甘い食べ物のことで、料理は食材に手を加えて美味しくすること、もしくはされた物のことでしょう?」
怪訝そうな表情を浮かべながらも、律儀に答えてくれました。
そして、意味を取り違えている、という可能性はなくなってしまいました。
「お嬢様、料理については大体あってますが、お菓子についてが間違ってます。正しくは、食事以外に食べる嗜好品の事をお菓子といいます」
「ああ、そういえば煎餅みたいに塩辛い物もあったわね」
咲夜さんがそんな訂正を入れてますが、どうでもいいのです。お嬢様がお菓子を作れるらしい、という事になんら変わりはないのですから。
「というか、貴女はどういう意図があってこんな事を聞くのよ」
「レミリア様、料理出来るんですか?」
とりあえず、言いたい事を簡潔に述べてみました。
「ええ、出来るわよ? その事を知ってるから頼んだんじゃないのかしら?」
「違いますよ! 出来ないと思ってたから頼んだんです! 初めての料理にあたふたするレミリア様の姿を眺めて後ろから抱きしめようと思ってたのに! なのにどうして、ここで可愛らしく小首を傾げますかっ! 抱き締めちゃいますよっ!」
驚きやら失意やら何やらが混じって、ついつい本音が漏れてきてしまいます。こんな時でも。やはり素の表情を浮かべるレミリア様は愛くるしいと思ってしまうのです。抱き締めたい、と思ってしまうほどに。
けど、今はそんな愛くるしさも損なわれて、代わりに呆れが浮かんできています。
「……咲夜。あの子、パチェの所に突き返しておいてちょうだい」
「かしこまりました」
レミリア様の横に立っていた咲夜さんが姿を消します。ほとんど、反射的にレミリア様の方へと駆け出そうとしましたが、気が付けば私は咲夜さんに、羽交い締めにされていました。
くそう、テーブルめ。
だがしかーし! ただでは帰りませんよ!
「ストーップ! ストップです! 私はまだレミリア様にお菓子を作ってもらってません! 作ってる姿も見てません! このまま連れ帰られたら、不意打ちでレミリア様を抱き締めなければならなくなります!」
わたわたするレミリア様を眺めている、という楽しみはなくなってしまいましたが、このまま帰るのはもったいなさすぎます。
せめて、レミリア様がお菓子を作っている姿を堪能しなければ!
せめて、レミリア様の作ったお菓子を堪能しなければ!
「……はあ。作ってる間に邪魔したら即刻帰ってもらうわ。あと、お菓子も抜き。わかった?」
「ええ! わかりましたとも! 絶対に邪魔しませんよ!」
作ってる間は、ですけどー。
私の脳髄まで響くような姿があったら全部記憶して、終わった頃を見計らってまとめて堪能しちゃいましょう。
大丈夫、気が済んだら離しますので。
「……咲夜、小悪魔が妙な事をしでかしそうになったら、止めてちょうだい」
ふむ、防衛線を張られてしまいましたね。
約束を破るつもりはないんですけどねぇ。約束は。
◆
「ああ、そうだ。一応聞いておくけど、貴女、何が食べたいかしら?」
レミリア様、咲夜さんと並んで廊下を歩いていると、不意にそんな事を聞かれました。
「何でも作ってくれるんですか?」
「まあ、私が知ってるものならね。さすがに、知らない物は作れないわ」
もしかすると、レミリア様の料理の腕ってすさまじい物なのではないでしょうか。知ってるもの、それはすなわち咲夜さんの作る料理とイコールで繋がるのですから。
咲夜さんの料理のレパートリーって結構あった気がするんですけど。
まあ、それよりも。私が食べたい物ですか。
ではでは、遠慮せずに言わせてもらいましょう。
「えっとですね。クッキー、アップルパイ、プリン、ムース、チョコケーキ、タルト、チーズケーキ、モンブラン、ショートケーキ、ロールケーキ、パフェ、スイートポテト、アイスクリーム、バームクーヘン――」
「ちょっと待ちなさい」
「――フォンダンショコラ。……はい?」
夢中になりすぎてて反応するまでに少々時間がかかってしまいました。甘い物、というのは思い浮かべるだけでも幸せですよね。だから、一度溢れてくると止まらなくなってしまいます。
「どれだけ挙げるつもりよ。そんなにたくさんは作れないわよ」
「えー……」
無茶を言ってるのはわかっていますが、不満声を上げます。だって、好きなのを一つ選べ、と言われても選ぶ事なんて出来ないのですから。
私は全ての甘い物が等しく大好物です。
「作れない物は作れないわよ。とりあえず、どうしても食べたい物を二つ挙げなさい」
おおっ! 太っ腹に二つも許可してくれました。
ではでは、遠慮なくご注文させていただきましょう。
「全部でお願いします」
「却下。どこが二つよ」
あっさりばっさり切り伏されてしまいました。
「待ってください! 全部、というのはたった一つの言葉なので――」
「じゃあ、とりあえず一つは、やたら多かったケーキでいいわね」
私の言葉は華麗に無視されてしまいました。勝手に決められてしまいます。
まあ、レミリア様が作るものなら何でもいいのです。お手並みさえ拝見することが出来るなら。
「ハロウィンなんだから、カボチャを使った物の方がいいわよね。咲夜、カボチャはあるわよね?」
「ええ、ありますよ」
「じゃあ、パンプキンケーキと残りの一つは、カボチャが煮えるまでの時間がもったいないからその間にクッキーでも作りましょう。生地を作るだけならそれほど時間はかからないし」
決定までに全く淀みがありませんでした。しかも、時間を有効活用できるような選択です。
私なんかは、さっきみたいな事があるので、何を決めるかまでに結構時間が掛かります。そして、いくつかのお菓子を同時に作る、なんていうことは滅多にありません。
もともとレミリア様は決定するのが早い方ですが、もしかすると、とも思ってしまうのです。
「レミリア様って、毎日料理を作ってたりしてました?」
「ええ。咲夜が料理を覚えるまではね」
私がパチュリー様の図書館に顕現した時は既に咲夜さんが料理を作っていたので、その前の事は知らないのです。
「覚えるまで? なら、咲夜さんはここに来るまでは料理なんて出来なかったんですか?」
「全然出来なかったわよ。だから、私が手取り足取り教えてあげたわ」
さも当然のように言うその姿は、嘘を吐いているようには見えません。
自分のことを悪魔などと言っている割には嘘を吐くと分かりやすいんですよね、この人。
なら、レミリア様の言っていることは真実、という事であり、
「れ、レミリアお母様っ?」
反射的にそんな言葉が出てきました。
なんというか、私の中で料理を手取り足取り教えるのはお母さん、という印象があるのです。私自身がそうでしたから。
「あら、懐かしい呼び方ね。咲夜も、うちに来たばかりの頃はそう呼んでたわよね」
「ええ、そうでしたね」
二人揃って懐かしそうな表情を浮かべます。そして私に与えられるのはとてつもない疎外感。
このままだと、孤独死してしまいますよ。嘘ですがー。
ぬー、何ですか咲夜さんのその今まで浮かべたことのないような笑顔は。懐かしげな表情を浮かべるレミリア様は何度か見たことありますが、この咲夜さんはレアすぎますよ。
というわけで。
「……何かしら?」
「孤独を誤魔化すのと、咲夜さんの懐かしげな笑みが素晴らしかったので」
すすー、と近寄ってぎゅーっと、咲夜さんを抱き締めました。咲夜さんを抱き締めてはいけない、という約束はしてなかったはずです。
咲夜さん、線は細いですけど、意外と抱き締めがいはあるんですよね。いい匂いもしますし。
「そう。ありがとう。でも、歩きにくいから離れてちょうだい」
「む、冷たいですね。でも、離れません」
態度は冷たくとも、その身体は温かいですから。
更に暖かさを求めてぎゅぎゅーっと、抱き締めてみます。
人を抱き締めるってなんだか落ち着きますよね、と安心感を噛みしめていると、
「お嬢様、少々パチュリー様の所に行ってきますわ」
「わかったわ。ちゃんと五人分用意しておくからパチェにも楽しみにしてて、って伝えておいてちょうだい」
二人がそんな不穏な事を言い始めました。
「えっ! ちょっと待ってください! 私はまだレミリア様を抱き締めてませんよ! あと、五人分はちゃんとじゃありません!」
慌てて咲夜さんから離れて、レミリア様へと抗議します。そんな横暴は許されない!、と。
「私の従者に手を出すのも同義よ」
鋭い目つきと共にそう返されます。さすがの私もその視線には気勢を削がれてしまいます。
かといって、怖じ気ついているわけにもいきません。
「すみませんでした。もう、このようなことはいたしません! なので、どうか、どうか私にお菓子を作ってください!」
レミリア様の手を両手で握り、その場でひざまづいて必死にそう訴えかけます。
「あー、わかった! わかったから、しがみつくんじゃないわよ!」
「やった! ありがとうございます! 大好きです! お母様!」
調子の良い私はこんなことですぐに気を取り直すのです。すぐに両手を離して笑顔で諸手をあげました。
主従のコンビが溜め息を吐いていましたが、気にしないことにしました。
溜め息は幸せの対極にあるものですから。
◆
キッチンのテーブルに並べられるお菓子の材料たち。
小麦粉、薄力粉、砂糖、牛乳、バター、卵、コーンスターチ。それから、今回ある意味でもっとも重要なカボチャ。それだけでなく、道具もちゃんと用意してあります。
これ、全部レミリア様が用意したんですよね。運んだのは咲夜さんですが。
迷いなく必要な物を用意出来るあたりから、作り慣れているというのが伝わってきます。さすが、咲夜さんにお母様、と呼ばれていただけのことはありますね。
「ではでは、レミリアお母様。料理の腕を見せてください」
何となくその響きが気に入ったので使わせていただいてます。ホームシックというわけではないですが、そういう存在を求めてる、という事なのかもしれません。
お母さん、元気にしてるかなぁ。
「いつまでそう呼んでるつもりよ」
そう言いながらも、どこか得意げな表情を浮かべています。
あ、何だか良いですね、この表情。ちっちゃな見かけと相まって、背伸びをしている感じがとっても微笑ましいです。
記憶に焼き付けて、後で抱き締める時の原動力としておきましょう。
「私の気が済むまでです」
「そ、好きにしなさい」
本人からの許可は得られました。
ではでは、遠慮なく使わせていくこととしましょう。
そんなこんなで、レミリア様のお菓子作りが開始します。
ああ、そうだ。咲夜さんは仕事があるとかで今はいません。おそらく、レミリア様方と一緒にお菓子を食べるために仕事を先に片付けておくつもりなのでしょう。
とはいえ、咲夜さんがいなくなったから、といって抱き締めることが出来るわけではありません。レミリア様自身のガードも堅いですから。それに、何よりも、お菓子が人質に取られていては、手も足も出ません。
よって、今は我慢してお嬢様の姿を眺めておくにとどめます。
レミリア様はまず、鍋に水を入れ、その鍋を火にかけます。鍋の横にはバターを置いて、バターも一緒に溶かすようです。効率的なやり方ですね。
そして、水がお湯へと変わるまでの間にカボチャを切っていくようです。
初めて見るエプロン姿と相まって、小さい娘が頑張って料理に挑戦しようとしている微笑ましげな雰囲気を醸し出しています。けど、カボチャへと向かう包丁には一切の迷いがありません。
しかも、吸血鬼の怪力のおかげであっさりと真っ二つになってます。微笑ましさも簡単にどこかへと吹き飛んでしまいました。
頼もしい限りです。私の細腕でカボチャを切ると、全体重かけてもなかなか切れないと言うのに。
なんだか、基礎体力の違いを見せつけられてる気がします。
料理、というのは結構力がいるものなのです。ものによっては、体力もだいぶ使いますね。技術は言わずもがな、ですよ。
そんなことを考えてる間に、レミリア様は私がやるよりも何倍も早くカボチャを切り終え、ワタも取ってしまいます。
小さく切ったカボチャをボウルに入れ、バターを手に取ります。この時点ではまだ鍋の水は沸騰していません。
「小悪魔、鍋の水が沸騰したら教えてちょうだい」
「えー……」
「何よ、その返事は」
「私は一時もレミリア様から目を離したくありませんっ!」
もしかすると、頼めばまた料理をしてくれたりするかもしれませんが、確実ではありません。だから、今このときに堪能出来るだけ堪能したいのです。
私はいつでも自分に正直です。
「娘は、母親を手伝うものでしょう?」
ふむ、お母様、と呼ばれる立場を利用してきましたね。
そういうのは大好きですよ。だからといって、お願いを聞くつもりはありませんが。
「残念ながら、私は不良娘なので、お母様のお手伝いは出来ません」
「不良と言う割には、母親の動向を気にし過ぎじゃないかしら?」
「反抗期なんです。だから、素直に手伝えないんですよ。でも、五分間くらいぎゅーっと抱き締めさせてくれるなら手伝ってあげますよ」
合法的に抱き締められるよう、笑顔で取引を持ちかけてみます。さすがにレミリア様の許可が取れていれば、咲夜さんも駆けつけてくるようなことはないでしょう。
「割に合わなさすぎるわ」
「じゃあ、十分間でどうですか?」
「そういう意味じゃないわよ」
額に手を当てて、呆れの表情を浮かべています。
ええ、わかってますよ。抱き締める時間が長すぎる、とおっしゃっている、ということは。
けど、短くしたところでこの要求がのまれるとも思いません。なので、自分の欲望に忠実になってみました。
「……これ以上貴女と話してると、時間の無駄になりそうだから、自分で見るわ」
「お母様、頑張ってくださいねー」
「はあ……」
溜め息を吐くレミリア様へと、笑顔を浮かべて声援を送ります。頑張ってほしい、という気持ちに偽りはありませんよ?
私の手伝いがないとわかったレミリア様は、特に気落ちすることなく鍋の横に置いておいたバターの入ったお皿を手に取ります。
そして、カボチャを入れたのと別のボウルを用意すると、そこにバターと大量の砂糖を入れて、ホイッパーで混ぜ始めます。
しゃかしゃかしゃか、という音が厨房に響きわたります。近寄って手元をのぞき込んでみると、すごい勢いでバターと砂糖が混ぜられていました。既に、半分くらいクリーム状となっています。
「ん? 手伝う気になったかしら?」
「レミリア様の身体が冷えないように温めて差し上げる気ならいつでもありますが」
「いらないわよ、そんなの」
ホイッパーを離して、右手で私を追い払うような仕草をします。その手を握ってしまいましょうか、と思いましたけど自重。
自身の欲望を抑えられなくなった私が、レミリア様を引き寄せて抱き締めてしまわないとは限りませんから。
私がそんな葛藤をしている間に、レミリア様は用意していた卵の半分を白身と黄身に分けてしまっていました。
そして、そのうちの黄身だけをボウルに入れたところで、レミリア様は手を止めました。
代わりに、カボチャの入ったボウルを手に取ります。鍋の方に視線を向けてみるとぼこぼこと沸き立つお湯と、際限なく立ち上る湯気が見えました。
レミリア様の料理姿に見惚れていたせいで全く気付きませんでした。
「私、いらないじゃないですか」
「ええ、いらないわね」
相変わらず、あっさりばっさりと切り捨てられてしまいます。
「……お母様、私のことがお嫌いなのですかっ!」
「役立たずで、その上役に立つつもりがない奴は嫌いね」
そう言いながら、鍋の中へとカボチャを沈めていきます。これぞ、鍋茹での刑ですね。毎日、どれほどの方がこの刑に科されてしまっているのでしょうか。
美味しい物を食べるためには犠牲が付き物なのです。
まあ、それはいいとして、
「一応、私もお菓子作りは嗜んでいるので役立たずではないですよ」
「何もしないのは、役立たずと同義よ。恥を知るべきだわ」
まさに、レミリア様らしい言い分です。
さてさて、実はここでとある提案が思い浮かんだのですが、いかにしましょうか。
悪くはないと思うのですが、少々もったいない気もするのです。
うーむ、実に悩ましいですね。たくさんのお菓子の中から一つだけを選べ、と言われたときと同じくらいに悩ましいです。
どちらを選ぼうともプラスになってしまうのです。
「わかりました。ではでは、今から私も手伝わせていただきましょう。いいですよね、お母様」
母娘ごっこにより深く興じてみることにしてみました。
「あら、突然素直になったのね」
「ええ、早いうちに親孝行はしておかねば、と思いましたので」
まあ、手伝い、という名目があれば自然に近寄ることが出来る、というのが本音なのですが。それに、何らかのハプニングが起きたときに巻き込まれる確率も高くなりそうです。
転びそうになったレミリア様が転ばないように抱き締めるのは、何の問題もないですよね。
◆
無事、お菓子が完成しました。
パンプキンケーキ、私の提案でカボチャの種を乗せたクッキー、余った卵白で作ったマシュマロ。
それらが、食堂に運び込まれて並べられています。お皿、ティーカップ、フォークもちゃんと六人分並べられています。
残念すぎることに、ハプニングは何も起こりませんでした。つまらないですね。
でもまあ、レミリア様のお母様な姿を拝見できたのでとりあえずは満足です。
そのレミリア様は今、フランドール様を呼びに行っています。他の二人は咲夜さんに呼びに行かせて。
エプロンを外したときに、レミリア様が浮かべていたのは、母としての表情と、姉としての表情が半々ずつでした。
その時になってようやく気付いたのですが、レミリア様の料理の技術は、フランドール様の為に身につけたものなのではないでしょうか。しばらくの間、二人だけで暮らしていたとも聞きますし。
そう思うと、羨ましい限りですね。それだけの愛を向けられるフランドール様の事が。
私も、それくらいパチュリー様に愛されたいですよ。いつになっても、部下とその上司みたいな関係ですし。
そんなことを考えながら、ポットの中で茶葉が開くのを待ちます。去り際に紅茶を淹れておいてほしい、と頼まれたのです。
まあ、私が要求していたのはお菓子だけだったので、快く引き受けて差し上げました。
心の中で、このティーパーティが終わったらレミリア様を抱きしめる、と勝手に決めて。
娘のわがままを聞くのも、お母様の役割ですよ。
なーんて。
Fin
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