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 クリスマスの一週間前。雪が降ってくることはないけど、外に出れば息の凍えるような寒い夜。
 それを避けるようにお姉様の部屋で紅茶を飲んでいるとき、私はふと口を開いた。

「ねえ、お姉様。何か欲しい物はない?」

 自分でも脈絡もないことを言ったと思う。けど、話し下手なんだから仕方がない。

 別にクリスマスを祭日だとかは思っていない。私の中では単なるきっかけぐらいでしかない。それはきっとこの館にいる誰しもに当てはまること。

「欲しい物? んー、別にないわね」
「……そっか」

 さほど悩んだ様子もなかったから、本当に何もいらないんだろう。今年は、何かプレゼントでもしてあげようと思ったのに。
 自分で考えるということは出来ない。やってみようとしたけど、見事に何も思い浮かばなかったのだ。だから、こうして聞いてみたのだ。結果は何も実らずじまいだったけど。

「クリスマスに何かプレゼントでもしてくれるつもりだったのかしら?」

 テーブルの向こう側でお姉様が嬉しそうな表情を浮かべる。悪いことはしていないのに、罪悪感が募ってくる。

「うん……」

 それは、何も用意することが出来ないからだと思う。お姉様の期待を裏切るというわけではないけど、それに似たような感覚だ。

「別にプレゼントなんかなくたっていいわよ。私は貴女と一緒にいられるだけで十分だわ」

 嬉しそうな表情が穏やかな笑みへと変わる。現状に満足しているんだというのが伝わってくる。
 お姉様は本当に私からのプレゼントなんて望んでいない。ただ、一緒にこうして紅茶を飲めるだけでいいと思っている。
 私が受け取るだけの側だったなら同じように思っていたかもしれない。
 だけど、私は今までたくさん受け取ってきたのだ。これ以上、受け取るだけの側に甘んじてはいられない。そのためにも、お姉様のために何かを用意してあげたい。

「そういえば、フランは何か欲しいものはないのかしら? どんなものでも用意してあげるわよ」

 不敵な笑みを浮かべて紅い瞳をこちらへと向けてくる。きっと、本当にどんなものでも手に入れてこようとしてくれるんだろう。それが例え、世界であったとしても。
 だけど、

「そんなものないよ。私もお姉様といられるだけで十分。これ以上望んだら多分、罰が当たるよ」

 長い間、力を暴走させていた私には何もなかった。形のある物は全て壊れてしまった。見えない物を手に入れる心の余裕なんてなかった。
 だけど、お姉様だけはずっと私の傍にいてくれた。私を閉じこめていた両親に反発して、隣に私の居場所を作ってくれた。
 それだけで私は満たされていた。いや、それがなければ私はすでにいなくなっていた。生き続けていたのだとしても。
 私の存在証明。これに勝るものなんてあるだろうか。いや、そんなもの、ありはしないのだ。

「ふふ、ならいいじゃない。クリスマスに貴女と私が一緒にいればそれで満たされる。何か、不満かしら?」
「ううん……」

 不満はない。さっきも言ったように十分すぎるくらいに十分だ。
 だけど、何かをしてあげたいと思ってしまうのだ。お姉様も、私がいるだけで満たされてくれてるみたいだけど、私が受け取ってきた物に比べれば全然少ないはずだ。
 別にそれを埋めたいわけではない。だけど、今まで何も出来なかったからこそ、何かが出来そうな今、何かをしてあげたい。
 強く、そう思う。
 けど同時に、やっぱり今も何も出来ないままなのかなと弱気になってしまう。

 ……咲夜に相談してみようかな。





 鍋から良い匂いが漂ってくる厨房。
 そこの隅に小さな丸椅子を置いて、視線で咲夜の背中を追いかける。大きな白いリボンが揺れている。
 咲夜は夕食の準備をしている。今日はトマトスープと野菜のクリーム
リゾットだとか。

 咲夜は小さい頃からお姉様と一緒にいるからか、どこかお姉様に似た雰囲気があって、一緒にいると落ち着くのだ。だからか、お姉様の次に一緒にいる時間が長い。

「……何かしてあげられること、ないかな」

 お姉様が何も欲しがっていないということを話してから、そう聞いてみた。
 誰かに聞くことばかりしている自分を情けなく思う。あと、自分の行動に自信が持てなくなってしまう自分の性格も。自信があれば、もうちょっと自分で行動できるんだろうと思う。
 かと言って直し方も分からず、ずるずると引きずってしまっている。

「ええ、ありますよ」

 咲夜が包丁を動かしながらそう答えてくれる。最近、妖精たちの働きがよくなってくれたらしくて、時間を止めたまま作業をすることも少なくなってきている。

「ほんと?」

 思わず身体を乗り出してしまう。もう少しで立ち上がってしまうくらいの勢いはあったと思う。
 けど、その勢いは押さえ込む。代わりに、椅子ごと倒れそうになったけど身体を浮かび上がらせて何とか姿勢を直した。
 椅子に座り直しながら、咲夜の言葉に耳を傾ける。

「はい。お二人が一緒にいられるその時間に、彩りを添えればいいんですよ」

 包丁を置いて、咲夜がこちらへと振り返る。

「フランお嬢様。少しの頑張りと私のお願いを一つ叶えて下さるというのなら、その方法を授けて差し上げましょう」

 少し芝居がかったようにそう言う。だけど、私はそんなこと気にしていられない。

「うん、どんなことでも頑張るし、どんなことでも叶えてあげるよ」

 自分に自信なんかなくたって、お姉様のためならなんでも出来ると思える。世界を滅ぼすことだって、咲夜の従者になってしまうことでさえも厭わない。
 咲夜の掲示してくれる方法が、本当にお姉様のためになると思うことが出来たならだけど。

「そこまで力まなくても大丈夫ですよ。まず、方法というのはフランお嬢様自らの手でケーキを作って差し上げるというものです」

 人差し指を一本立てて、そう言ったのだった。





 咲夜いわく、食べ物のプレゼントというのは相手にとってあまり重荷にはならない物らしい。けど、それ以上に重要なことがあって、それは同じ物を共有できるということ。
 確かにそれなら一緒にいる時間に彩りを添えることが出来そうだ。私が自分で作ったものなら、間違いなく何かをプレゼントする事が出来たと思うことが出来る。

 というわけで、クリスマス前日。私は咲夜の指導の下、ケーキ作りに励もうとしている。
 本当は何回か練習をしたかった。だけど、咲夜は失敗するときは何度練習しても失敗しますと言って、一度も練習させてくれなかった。それに、初めて作るならそれだけ心がこもるだろうとも言っていた。
 だから、私が生きてきた中でこれが初めてのケーキ作りであり、そして本番となる。

「ねえ、なんで一度も練習させてくれなかったの?」

 実際に作業台の前に立ったところで私は臆病風に吹かれて、急に不安になってきた。それをなんとか誤魔化すように、恨みがましく咲夜を見る。
 咲夜の言葉に言いくるめられてしまった私が悪いんだろうけど、そうせずにはいられない。私の意志の弱さも恨みがましい。

「今更そんなことに文句を言われても困りますわ。さてさて、時間は限られていますので、今すぐにでも作り始めましょう」

 確かに咲夜の言葉は正論なんだけど納得がいかない。とはいえ、このまま止まっているわけにも行かないから、作業台と向き合う。

 材料の用意は既にしてある。ずらりと並べられている。
 何度か料理の手伝いをしたことがあるけど、そのときとは全然様子が違う。一目見ただけではなんだかわからない物がたくさんあるのだ。
 私一人で作れと言われたら絶対に作ることが出来ない自信がある。

「……うん、お願い」

 覚悟は決めた。どうせ、後戻りは出来ないのだ。もしも失敗したなら笑い話にしてしまおう。私が気にしていなければ、それもまたその場の彩りにはなるんだろうから。
 そうだ。私がプレゼントしたいのは美味しいものじゃない。お姉様と私がいる時間を彩るための物だ。出来の良さはそれほど重要な要素ではない。本音を言うと美味しいものをあげたいけど、今はそんなもの切り捨ててしまおう。
 そう思うと、少し気が軽くなってきた。それに合わせるように咲夜が両肩に手を乗せてくれた。肩の力も抜けてくる。

「それでは、まず卵を割って下さい」
「うん」

 こうして、初めてのケーキ作りが始まったのだった。





「ねえ、咲夜は本当にあんなお願いでいいの?」

 飾り付けの生クリームや果物の準備が終わって、焼き上がったスポンジが冷めるのを待つ間、ふとそんなことを聞いてみる。生クリームや果物は駄目にならないように、咲夜が時間を止めてくれている。

「はい。それさえ叶って下されば私はしばらくの間、満たされていられます」

 咲夜も私の持ってきた丸椅子の隣に、同じ椅子を持ってきて座っている。いつもよりも低い位置に咲夜の顔がある。

「それなら、いつでも咲夜の願いを叶えられるようにしてあげようか? お姉様に頼めば、簡単に頷いてくれると思うよ?」

 咲夜のお願いは本当に簡単な物だった。お姉様と私の合意があればすぐにでも叶えてあげられるような物だ。そして、私は当然として、お姉様もきっと合意してくれるはずだ。

「いえ、その必要はありません。従者である身でそのようなお願いは何度も出来ませんから」
「そっか……」

 咲夜のその言葉に寂しさを覚える。
 昔の咲夜はお姉様の次に近い存在だった。けど、咲夜がお姉様と私の従者となったとき、その距離は開いてしまった。だから、その距離を感じさせられたとき、私は寂しくなる。
 けど、今回の咲夜のお願いはそんな距離を一時でも縮めてくれるような物だ。だから、私もまた少しだけ心が弾んでいるのだ。

「……私は、咲夜といる時間も好きだよ」
「ええ、私もですわ」

 そうして顔を見合わせて、笑顔を浮かべ合った。





 最後のクランベリーをクリームを塗ったケーキの上に乗せて完成した。

「……出来たっ!」

 思わずそんな言葉を漏らしてしまう。最近出した声の中では一番弾んでいたと思う。
 完成したケーキは、クリームの上にクランベリーやブルーベリー、ラズベリーといったベリー系が散りばめられている。どう乗せていけばいいのかわからなかったから、適当に乗せていった。そのせいで不格好になってしまっている。
 だけど、なぜだか上手くできたとそう思う。多分、達成感が私に必要以上の自信を与えてしまってるんだろう。自分でやったことにこんなにも自信を持てたのは、初めてのような気がする。

「お疲れ様です」
「うん、ここまで教えてくれてありがとう」

 最初は完成させられるなんてこれっぽちも思っていなかった。だけど、咲夜に教えてもらうことで無事、完成にこぎつけることが出来た。
 ひどい完成度でも良いと思っていたけど、やっぱり上手くできると嬉しい。

 これで、後は夜まで待つだけだ。待ちきれない程ではないけど、少し心が浮ついているのを感じる。

「いいですよ、お礼なんて。私も個人的にお嬢様の作ったケーキを食べてみたかったんですよ」
「そうなの? ……でも、咲夜の作る物に比べたら全然だと思うよ?」

 私が初めて作ったケーキが、毎日料理をしている咲夜の物に敵うとは到底思わない。いや、敵う必要はないけど、満足させることもできないと思う。自信満々でも、誰かから期待されてしまうと途端に自信がなくなってしまう。それを裏切ってしまうことが怖いから。

「大丈夫ですよ。私が教えて差し上げた上に、お嬢様の愛情が込められているんですから。例え、美味しくなかろうとも美味しく思えるはずです」
「え……」
「なんて、冗談ですよ。美味しく出来ているに決まっています。それとも、私の言葉が信用できませんか?」

 咲夜が首を小さく傾げる。私と違って自信のない様子は一切ない。
 どうして咲夜は自分の言葉をそんなに信用することが出来るんだろうか。何かが私とは根本的に違う気がする。

「そんなことないよ。……ありがと」

 けど、咲夜のその信じる心は私にとっては心強かった。萎んでいた自信も再び膨らんでくるのを感じる。とはいえ、元の大きさまでには戻らなかったけれど。

「いえいえ、どういたしまして」

 そう言って、笑顔を見せてくれた。
 ああ、もしかしたら咲夜なりに気を使ってくれてるのかもしれない。私が自信のないままよりも、多少でも自信を持ったままお姉様の前に出た方が雰囲気はよくなるはずだ。
 でも、芯の部分は本音なんだと思う。お姉様に向かっても割と厳しい本音をぶつけていることもあるから。

「では、私はそろそろ夕食の準備をしますね。ケーキの周りの時間は止めておきますので、安定した場所に置いておけば大丈夫ですよ」
「あ、待って!」

 食料庫に向かっていく咲夜を慌てて呼び止める。すぐに足を止めて振り返ってくれた。

「はい、なんでしょうか?」
「私も手伝っていいかな? 役に立たないかも、しれないけど」

 今日手伝ってくれたお礼をしたかった。私に出来ることは限られているけど、それが何もしない理由になりなどはしない。
 今日は豪華な食事を用意するつもりなんだろう。だとしたら、咲夜はいつも以上に大変になるはずだ。その大変さを少しでも少なくしてあげたかった。もしかしたら、足を引っ張ってしまうかもしれないけど、材料を切ったりくらいは出来るはずだ。

「役に立たないだなんてことはありませんよ。では、まず食材を運び出すのを手伝って下さいますか?」
「うん!」

 頷いて、咲夜の隣に並んだ。





 夕食の後、私はワゴンを押してお姉様の部屋を目指していた。
 ワゴンの上に乗っているのは、咲夜の淹れた紅茶が入ったティーポットと三人分のティーカップ。それから、私の作ったケーキと切り分けるためのナイフ、やっぱり三人分のお皿とフォークだ。
 隣には咲夜がいる。いつもの斜め後ろの位置ではなく、真横。いつもよりも咲夜を近くに感じる。

「なんだか嬉しそうですね」

 不意に咲夜がそんなことを言ってきた。

「やっぱりそう見えるかな?」

 足は止めず、前へと進みながら答える。
 初めて自分で作ったケーキを食べてもらうということで、緊張はしている。でも、お姉様と一緒にいる時間が楽しみであることに変わりはないし、なんだかんだでお姉様がどんな反応をしてくれるのか興味もやっぱりあるのだ。それに、咲夜が近くにいることも気持ちを上へと向けてくれる。
 それらを総合的に見て、私は嬉しそうに見えるのだろう。

「ええ、とても」
「そっか」

 頷いて自然と笑みが浮かんでくる。自分の気持ちを再確認して、感情がより浮ついてきたのだ。

 長い長い廊下を歩いて、お姉様の部屋の前にたどり着く。ワゴンを止めて、扉を見る。
 なんだか、いつもよりも大きく見える。行く手を阻まれているような気さえする。きっと緊張のせいだろう。でも、大丈夫。今の私はそれほど緊張していないはずだ。
 そう気持ちをなだめて、ノックをしようと手を伸ばす。

「さて、覚悟は決まりましたか?」
「え……。そんなこと言われるとすごく入りにくいんだけど」

 ノックする直前で手が止まってしまう。折角無理に沈めた小さかった緊張が浮上してきて、更には大きくなり始める。
 しばらくは扉に触れることが出来そうにない。扉の前で立ち尽くしていることしかできない。

「では、私が代わりに叩いて差し上げましょう」
「あ……!」

 私が止める間もなく、咲夜が扉を二度叩いてしまう。乾いた音が廊下に響いて、お節介にも後戻りできなくなってしまったことを教えてくれる。

「咲夜ぁ……」
「では、後は頑張ってくださいませ」

 そう言うと咲夜は後ろに下がってしまう。何もするつもりがないということを、態度で見せてくれる。
 時々だけど、咲夜は意地悪になる。大体の場合は開いてしまった咲夜との距離が一時でも縮まるのを感じさせてくれるから嫌ではない。でも、今回のに関しては、咲夜のことを内心で恨んだ。わざわざ不必要な緊張を大きくした上に、そのまま先へと進めてしまったのだから。

「入ってもいいわよ、二人とも」

 だけど、中から聞こえてきたのはそんな言葉だった。思わず咲夜と顔を見合わせてしまう。

「ばれちゃってますね」
「ばれちゃってるというか、咲夜が勝手に隠れようとしてただけだと思うけど」
「さて、何のことでしょうか」

 そう言ってとぼけてしまう。もう何を言っても無駄だと思った私は、諦めてノブを掴む。冷えた金属が私の手の温度を奪う。
 拍子抜けしてしまったせいか、緊張は再び鳴りを潜めてしまっていた。だから、躊躇もなく扉を開け放つことができた。

「おじゃまします」
「お邪魔しますわ」

 私がワゴンを押して先に入り、後から入ってきた咲夜が隣に並ぶ。お姉様は中央のテーブルに着いて、私たちの方を見ている。私がワゴンを押していることに少し驚いているようだった。瞳にはそれ以上の興味の色が浮かんでいる。

「よく二人いるとわかりましたね」
「まあね。これだけ静かだったら、扉の向こう側の声も聞こえてくるのよ」

 肩をすくめる。
 言われてみれば、夜のこの館は静かすぎるぐらいに静かだ。針を落とす音とまでは言わなくとも、些細な物音でも聞き取れてしまいそうなくらいに。

「それで、色々と珍しい光景を見せてくれてるけど、説明はあるのかしら?」

 悪戯っぽく聞いてくる。多分、お姉様はどっちでもいいんだと思う。説明されようともされまいとも。ただ楽しむことが出来ればいい。そう思ってるに違いない。

「うん、今日はね。お姉様へのプレゼントがあるんだ」

 ワゴンを押して、お姉様の方へと近寄る。咲夜は立ち止まったまま動こうとしない。
 緊張が表に出てくる。ワゴンが急に重くなってしまったような気がする。見えない何かがワゴンの上に乗ってしまったかのようだ。
 でも、咲夜も言っていた。これはプレゼントとは言っても、お姉様と一緒にいる時間に彩りを添えるためだけの物だ。そんなに緊張しながら渡すものでもない。
 いつもどおりに、だけどいつもよりも少し違った気持ち。ただ、それだけでいいのだ。
 胸の中で大きく深呼吸をして、私は口を開く。

「……咲夜に協力してもらって、ケーキを作ったんだ。あんまり自信はないんだけど、一緒に食べて、くれるよね?」

 最後の最後に確認を取るような言い方になってしまった。本当は提案をする形で言うつもりだったのに。
 けど、気にしても仕方がない。……そう思っても気にしてしまうのが、私の駄目なところなんだろうけど。

「ええ、いいわよ」

 私が何を考えてるのかなんて一切気にした様子もなく、笑みを浮かべてくれる。たったそれだけで私も嬉しくなってしまう。まだまだ食べてもらうという大きな山場が残っているのに。

「それと、私たちから咲夜にプレゼントをあげたいんだ」
「私たちっていうのは、フランと私のことかしら?」

 お姉様が少し不思議そうな表情を浮かべる。相談も事前の報告もなくこんなことを言ってるんだから当たり前か。でも、反対することはないだろうと思っているから、割とすらすらと言葉が出てくる。

「うん。今日のお茶会に咲夜も参加させてあげようって。実は、咲夜の方からそうさせて欲しいって言ってきたんだけど」
「そんなことでいいの? 貴女なら毎日でも参加してくれてもいいのよ?」

 私へと向いていた視線が咲夜の方へと向く。思っていたとおりの反応だった。

「フランお嬢様と同じことを仰るのですね」
「まあ、姉妹だからかしらね」

 お姉様の言葉を聞いた咲夜は目を閉じて、手のひらを胸に当てる。口元には小さな笑みが浮かんでいる。

「フランお嬢様にも言いましたが、私はお二人の従者です。なので、こういった特別な日でもない限りこのようなおこがましいお願いなんて出来ないのですよ」

 咲夜が目を開く。青い瞳は私たちを真っ直ぐに見てくれている。

「そんなお願いを口に出来る時点で、従者の身の程をわきまえてないと思うけれどねぇ」
「恐縮です」

 咲夜が頭を下げる。だけど、その顔には笑みが浮かんだままだ。
 仰々しいけど、どこか冗談めかしたやりとり。咲夜と私のやりとりとは全く違う。それを見たとき私は、二人の間にある特別な絆を同時に見るような気がする。咲夜と私との繋がりよりも近いもののように見えて、少し羨ましく思う。
 だけど、それも仕方ないんだろう。お姉様の方が咲夜といる時間も長いし、小さい頃の咲夜の世話を主にしていたのはお姉様なのだから。特別な絆が芽生えてしまうのも当然のことなんだろう。

「まあ、私はそんなこと気にはしないのだけれど。それよりも、冬の夜は長いとはいえ、限りはあるわ。早くお茶会を始めましょう、三人で」

 お姉さまが場を仕切る。だけど、誰もそれに反発をしたりはしない。それが当然の形であると思っているし、お姉様の提案は私たちが望むものでもあるのだから。

「ええ、そうですね。では、フランお嬢様、ケーキのご用意をお願いします」
「うん、わかった」

 私が頷くと同時に、紅茶の香りと甘い香りが辺りに漂い始めた。それらは混じり合って場の雰囲気を塗り変える。瞬時にお茶会の雰囲気となる。同時に、私の気持ちも切り替わる。
 咲夜が止めていた時間を動かしたのだ。冬の間はすぐに紅茶が冷めてしまうから。
 ナイフを手に取り、ワゴンに乗せたままのケーキを切り分ける。少し悩んで六等分。夕食の後だし、お姉様も私も小食なのだ。あんまり大きすぎても食べきれないだろう。咲夜はどうなのかよく分からないけど。
 隣では咲夜がカップに紅茶を注いでいる。私とは違ってかなり手慣れている。迷いがない。いつもよりもゆっくりとしている気がするけど、私に合わせてくれているのかもしれない。
 けど、私は慌てない。慌ててしまえば失敗してしまう確率が上がってしまう。そのせいで、ケーキを台無しにはしたくなかった。
 切り分けたケーキをナイフの上に乗せてお皿に移す。咲夜がしていたのを真似してみたけど、案外上手くできた。

「どうぞ、お姉様」

 お姉様の前にお皿を置いた。フォークも一緒に。緊張は不思議となかった。知らずのうちに慣れてしまったのかもしれない。

「どうぞ、お嬢様」

 続けて咲夜がカップを置く。これで、お姉様の分だけ準備が終わる。

「なんだか私だけ何もしてなくて悪い気がするわね」

 少しだけ居心地を悪そうにしているのが伝わってくる。
 そんなこと気にしなくてもいいのに。お姉様は今までずっとずっと私たちのために頑張ってくれてたんだから。

「お気になさる必要なんてありませんわ。お嬢様の仕事は私たちの作った物を美味しいと仰ることなのですから」
「それはそれで、簡単そうね」
「お世辞なんかでは満足しませんよ。特にフランお嬢様が」
「え! そんな、ことはないけど」

 突然私の名前が出てきて驚いてしまう。けど、お皿をテーブルに置いた後だったからケーキを倒したりとかそういったことはなかった。
 反射的にああ言ってしまったけど、お世辞は言って欲しくない。思ったことを思ったままに言って欲しい。何も感じなくても、不味かったとしても。
 それを聞いた私が耐えられるかどうかはわからない。でも、嘘だけはついてほしくなかった。

「大丈夫よ。咲夜は元より、フランも美味しい物を作ってくれたって信じているわ。ねえ、フラン」

 私に同意を求めてくる。からかっているという雰囲気は一切感じられない。お姉様は本気でそう思ってくれてるんだということが伝わってくる。

「えっと、私、ケーキを作ったのって初めてだし、咲夜には全然勝てないと思うよ?」

 本当はこんなことを言うべきではないんだろうけど、自分を高く評価するようなことは言えない。どうやって、自分を評価すればいいのか分からないから。

「初めて作って咲夜に並べたんならすごいわね。でも、私はそこまで出来の良い食べ物じゃなくたって満足できるわよ。それこそ、貴女が私のために何かを作ってくれたというだけでも満足だわ」

 私を安心させるように笑顔を浮かべてくれる。

「それに、食べる前から評価なんてできるはずがない。だから、早く始めましょう? 貴女たち二人が立っていては始められないわ」

 その言葉に私は咲夜と一緒に頷いた。相変わらず不安はあるけど、何を言われても耐えられるような気はしてきた。それとも、単に悪いことは言われないだろうと楽観的になってしまっただけだろうか。どちらにせよ、重要なのは冷静なままでいられそうだということだ。
 私はいつものようにお姉様の向かい側に座る。咲夜はどこからともなく椅子を取り出し、紅茶とケーキだけが用意されたところに座った。お姉様から見れば右隣、私から見れば左隣の位置だ。

「さて、今夜限りの特別なお茶会を始めることにしましょうか」

 お姉様の一言でお茶会が始まった。でも、私は何も手にしない。お姉様の方へと視線が向いている。
 お姉様が最初に手にしたのは、銀色のフォークだった。ああ、ついに来たと思ってしまう。意識せず、テーブルの下の両手に力がこもる。
 ゆっくりとした動作で、ケーキを小さく切り分ける。その際、赤や紫や赤紫の粒がお皿の上にいくつか零れる。お姉様は切り分けたケーキとともにそれらをすくい上げ、口へと運んだ。
 フォークをいったんお皿の上に戻して、口を動かし始める。十分に咀嚼して味わってくれてるんだと思うと同時に、だんだん不安がぶり返してくる。
 最後に、こくりと音を立てて嚥下する。それらの動作すべてを私はじっと見ていた。そして、今も見ている。お姉様が口を開くのを待っているのだ。どのような評価を下してくれるのかと。

「美味しいわよ。ちゃんとスポンジも膨らんでるし、クリームの甘さもちょうどいい感じだわ。見かけは少し不格好だけど、味と食感は文句なしに合格」

 お姉様が笑顔を浮かべてくれた。それが契機となって、緊張がため息となって外へと出てきた。握りしめていた両手からも力が抜ける。それから、無意識に胸を撫で下ろしていた。
 あの短い時間にずいぶんと緊張してしまっていたようだ。逆に力が抜けすぎて、テーブルに突っ伏してしまいそうだ。けど、紅茶やケーキがあるからそんなことしないように、最低限の力は込める。

「咲夜のおかげだよ。一人でやってたらきっと失敗してた」

 この成功は決して私一人だけの手柄ではない。咲夜の指示があってこその成功だ。
 特にスポンジの生地を混ぜるとき、咲夜にはだいぶうるさく言われた。あれがなければ、成功することは絶対になかった。

「なら、今度は一人で作ってもらおうかしら」

 お姉様が笑みの種類を少し変える。期待が込められているのを感じる。

「えっと……」

 少し考えてみる。きっと最初の頃は失敗も多いだろう。けど、続けていくうちにそれも少なくなるはずだ。そうすれば、お姉様に喜んでもらえるようになるかもしれない。

「……うん、頑張ってみる」

 頷いて、お姉様の期待を背負ってみようと思った。
 それは私にとって重いものだけど、だからこそ頑張れるはずだ。絶対に落としたりしたくないものだから。

「じゃあ、楽しみにして待ってるわね。貴女が一人で作ったケーキがどんなものになるのか」

 期待を隠さず紅い瞳をじっとこちらへと向けてくれる。その期待に応えようと思えば頑張れるはずだ。

「では、私はフランお嬢様のためにレシピを書いておきますね。注意点もしっかりと添えて」

 咲夜にまでそう言われて、逃げ場は完全になくなる。だけど、逃げようという意志もないのだから、何も問題はありはしない。

「次は、咲夜の紅茶ね」

 お姉様がティーカップの取っ手に触れる。まだ冷えてはいないみたいで、湯気が上がっているのが見える。もしかしたら、私たちが気付かないうちに時間を止めていたのかもしれない。

「いつもよりも真心を多めに込めておきましたわ」

 咲夜は私とは違って、余裕たっぷりにそんなことを言う。
 毎日紅茶を淹れてるんだから、それも当然か。

「それは期待が持てそうね」

 ケーキを食べたときと同じように、ゆっくりとした動作でティーカップを持ち上げる。その姿を見ていると、何故だか緊張してきてしまう。私が淹れたというわけではないのに。
 お姉様が目を閉じて香りをかぐ。いつも見ている動作だけど、今日は何かが違う気がした。咲夜が同じテーブルに着いているからかもしれない。
 そして、カップに口を付ける。少し喉が動いた後、カップは離れた。
 私のケーキを食べたときほどじゃないけど、何を言うのかが気になってしまう。

「いつもよりも、少しだけど美味しい、気がするわ」
「気がするだけですか」

 少しつっかえつっかえなお姉様の言葉に、咲夜が少し不満そうな表情を浮かべる。失礼だけど、私もなんだかなぁと思ってしまった。

「……余計な装飾はいらないわね。いつもどおり最高に美味しいわ」
「ありがとうございます」

 その言葉に咲夜は嬉しそうに答えた。

 いつもとは違って、どこか弾んでいるようにも聞こえた。





 咲夜を交えたお茶会は普段とそれほど大きな違いはなかった。時々話をしたりしながら、全体的に静かに進んでいった。
 それほど、咲夜は私たちの間に自然に溶け込んでいたのだ。

「お嬢様方、ベランダに出ませんか?」

 お姉様も私もケーキを食べ終えた頃、先に食べ終えていた咲夜がそんなことを言った。お姉様と一緒になって咲夜の方を見てしまう。

「ベランダ? こんなに寒いときに?」

 お姉様の言葉ももっともだ。館の中は寒さを感じられない程度には暖められている。それでも、廊下で何もせずに立っていれば、少し寒さを感じるくらいだ。外がどれだけ寒いのかは考えたくない。
 けど、私は魔法でその寒さをなんとかすることが出来る。わざわざ外に出ようとは思わないけど。

「こんなに寒いときだからこそですわ。窓の外をご覧になってください」

 窓の正面に座る咲夜の言葉に従って、窓の方を見てみる。月が出たらすぐに見れるようにと、夜の間カーテンは開け放たれている。お茶会を始める前は生憎の曇り空だったのだ。

「あ、雪」

 白い窓枠に切り取られた真っ暗闇の中、部屋から溢れる光に照らされる雪がちらちらと降っているのが見えた。星がゆっくりと降ってきているようにも見える。

「へぇ、こんな日を狙って降るなんてね。確か、こういうのをホワイトクリスマスって言うんだったかしら?」

 お姉様が、窓の外を見たままそんな言葉を漏らす。どこか感慨深さが込められていた。
 私も今日の雪には何か特別なものを感じた。今日のこの時間が特別だからこそかもしれない。

「そうね。せっかくだから、直接見に行きましょうか。フランは確かパチェから寒さをしのぐ魔法を教えてもらってたわよね?」
「うん」

 魔法で私を含めて三人の周りを暖めようということだろう。それくらいは問題なくできる。魔法を上手く扱うことで力の制御にも繋がるから、結構頑張っているのだ。

「そう、なら防寒着の用意はいいわね。もしかしたらすぐにやんでしまうかもしれないし、早く行きましょう」

 お姉様が最初に立ち上がって、私たちはそれに続いた。

 窓の外、雪はまだまだ降っている。





「……ねえ、こんなに近づかなくても大丈夫なんだけど」

 ベランダに出るなり、お姉様も咲夜も示し合わせたように私にぴったりとくっついてきた。周りを暖める魔法はすでに使っている。

「いいじゃない別に。こっちの方が暖かいわ」
「折角の機会ですから」

 二人とも似たような笑みを浮かべて離れようとしない。まあ、私も嫌じゃない。むしろ、魔法とは別の暖かさがあって落ち着くことが出来る。だから、気付かれない程度に暖める範囲を狭めておく。
 ただ、三人で密着してるから、かなり歩きにくかった。私はお姉様と咲夜に挟まれているから特に。

「なんとかたどり着いたわね」
「うん、無駄に疲れた気がするよ」

 何度か転びそうになりながらも、手すりの前にたどり着く。目の前でに雪が揺れているのが見えるけど、寒さは全く感じない。魔法と両側からやってくる暖かさのおかげで。

「でも、なんだか楽しくありませんでしたか?」
「ええ、そうね」「うん、そうだね」

 咲夜の言葉に揃って頷く。お姉様の顔にも笑みが浮かんでたけど、同じような表情だったらいいな、なんて思う。

 それから私たちは、並んで手摺りにもたれ掛かる。一瞬、冷たさを感じたけどすぐにそれもわからなくなる。
 相変わらず二人の間に入って狭さを感じてるけど、幸せな狭さだった。出来ることならずっとこのままこうしていたい。

 窓からなら少ししか見えなかった雪の降る景色が、視界の中全てに広がっている。私は無意識に雪の落ちていくのを目で追いかける。
 視界の上から下の方までゆっくりちらちらと落ちていく。そして、視界から見えなくなればまた上へ。
 雨とは違って、長い間退屈せずに見ていられる。それは、こうして目で追えるからかもしれないし、単純に吸血鬼だから本能的に雨を嫌ってるだけかもしれない。深く考えたことはないからよくはわからない。
 とにかく、今の私は雪に感謝している。今日という日に降ってきてくれたからこそ、今こうして私たち三人は密着するほどに近くにいられるのだ。幸せがぎゅっと詰まっている。

「ふふ、雪を見てぼんやりしてるだけだっていうのに、今の私は幸せを感じてるわ」

 お姉様がふとそんなことを言う。私と同じことを感じてくれていることがなんだか無性に嬉しかった。でも、お姉様はその理由が分かっていないようだ。
 私もお姉様が幸せを感じてる本当の理由はわからないけど、同じだといい。

「私も幸せを感じてるよ。お姉様と咲夜がこんなにも近いから」

 だから、私の幸せの原因を口にしてみた。私を想ってくれている二人に囲まれて、幸せなんだと。

「……ああ、だからね。なんだか物足りなさを感じるのは」

 そう言うや否やお姉様が私を抱きしめた。近かった距離がそれこそ、近すぎるくらいの距離になる。けど、それだけでは終わらなかった。

「咲夜!」
「承知しておりますわ」

 お姉様の呼びかけに応えて、咲夜が私たち二人をまとめて抱きしめた。二重に抱きしめられた私は身動きが全く取れなくなる。私の身体ほとんど全てに、お姉様か咲夜が触れている。

「えっと、お姉様? 咲夜?」

 二人のいきなりの行動に私は困惑していることしかできない。それでも、少しずつ二人の意図を理解する。

「フランだけ幸せで満たされてるだなんてずるいじゃない」
「全くですわ」

 そう、二人とも私の感じてた幸せを感じたかったんだ。だから、三人がお互いそれぞれに触れられるようにしたんだ。
 でも、二人に抱きしめられている私は、さっきよりも二人を近くに感じている。今度は、幸せがぎゅぎゅっと詰まっている。

「咲夜も毎日こうしてくれてもいいのよ?」
「それは素敵な提案ですが、先ほども言いましたとおり、今日のような特別な日でなければ従者として、このようなことは出来ません」

 どこまでも近い場所にいる咲夜が、私たちから距離を取るような発言をする。これだけ近づいても、咲夜は従者なのだ。私たちが気にしなくても良いということを気にしてしまう。
 私はそのことに少し寂しさを感じる。だけど、

「なら、来年も同じことをしましょうか。一回きりで終わらせる必要もないし」

 お姉様は前向きだった。私はマイナスの面があればそこばかりを見てしまうけど、お姉様はなんとかプラスの面を作り出そうとする。この考え方こそが私を救ってくれたのだ。
 今も、そうだった。救うと言うのは大げさかもしれないけど。

「それで、私は何を用意しておけばいいかしらね。フランはケーキ。咲夜は紅茶。そこで、私は何もしないというわけにはいかないでしょう?」

 どちらへともなくそう聞いてくる。たぶん、どっちにもなんだろう。最初に答えたのは咲夜だった。

「いえ、レミリアお嬢様はただ居てくださればよろしいですわ」
「いやいや、そう言うわけにはいかないでしょう。フランは何かないのかしら?」

 当然のように私へも振ってきた。答えは考えるまでもなく決まっている。

「私もいてくれるだけでいいよ。あ、でも、来年も咲夜と一緒にこうしてほしいな」

 ケーキを食べて、紅茶を飲んで、そうして最後にこうして二人にぎゅっとしてもらえるなら、それ以外に欲しいものなんてない。むしろ、望みすぎだろうとさえ思っている

「二人揃って殊勝なことで。ま、二人が何も望まないっていうんならこっちで勝手に考えるわ。期待して待ってなさい」

 お姉様の声は自信に満ち溢れていた。それに加えて、何事かを成し遂げてみせるという決意も見え隠れてしている。頼もしい声。
 だから、何かをやってみせてくれるんだろうと思える。

「では、楽しみにさせていただきますわ」

 咲夜がそう言っても、お姉様は何も言おうとしなかった。だから、私の言葉も待ってるんだって思う。
 どう言うのが一番なんだろうか。出来る限りでいいから頑張ってというのは違う気がする。

「……私も、期待してる」

 こういうことを口に出して言うのは押しつけがましい気がして、本当は好きじゃない。いや、私なんかがそんなことを言っていいんだろうかと思っている。
 でも、お姉様はきっと本音を聞きたいんだろう。私の余計な気遣いなんて必要としていないはずだ。

「ええ、任せなさい」

 だって、自信満々に揺るぎない声でそう言ったから。笑っていたから。
 抱きしめられているせいで顔は見えない。だけど、その声は笑みを含んでいるものだとわかった。

 そのまま、私たちは無言となる。

 風に吹かれた雪がベランダへと入ってくる。だけど、私たちの方へと向かってくるのは、途中で溶けて床や外へと落ちてしまう。

 雪の降る光景を抱きしめられたまま眺める。みんな、ちらちらとゆっくり落ちていく。
 雪の一片一片は孤独でどこか寂しげな雰囲気がある。だからこそ、雨とは違って地上に積もるのかもしれない。積もって一緒に固まって寂しくないようにするのかもしれない。
 今、こうして抱きしめられている私のようだ。一人でいるとふとした拍子に寂しさを感じることがあるけど、三人でこれだけ密着していればそんなことを感じるような気配は一切ない。
 だからか、少し親近感が沸く。

 もしも明日雪が積もっていて曇っていたなら、ぎゅっと固めて一緒にしてあげよう。多分、咲夜もお姉様も手伝ってくれるはずだ。
 けど、咲夜は私たちからまた少し距離を取ってしまうんだろう。

 だから、私は雪を見ながらも二人の温度に意識を集中させていた。

 そして、私は想う。


 ぎゅっと固められた幸せの中心にいる私は、世界で一番幸せなんだと。


Fin



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