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 無数の向日葵が咲く太陽の畑。その傍に、場違いな薄紅色の花が咲いている。
 その持ち主は、とある館の主であるレミリア・スカーレット。鮮やかな紅色の瞳で、太陽のごとき輝きを見せる向日葵をじいっと見つめている。
 かと思えば、横に動いてまた別の向日葵をじいっと見つめ始める。ここに来てからの彼女はずっとこうして、端から順番に向日葵の観察をしている。
 かなり間近まで寄っているので、傾けた日傘の間から陽が射し込んできそうになっている。吸血鬼である彼女にとって致命的であるはずなのに、それを気にした様子はない。

「陽の光に拒絶される貴女が、ここに何の用かしら?」

 不意にレミリアの背後へと、威圧的な声が投げかけられる。

「真夏の花見よ。それと、せっかくだから土産話の種として、一本貰って帰ろうかとね」

 レミリアは驚くこともなく振り返る。気配を読むのは得意なのである。
 彼女の視線の先には、白い日傘を持った少女、風見幽香が立っている。笑みを浮かべてはいるが、彼女がうっすらと纏っているのは威嚇するような戦意だ。常人ならば、逃げ出すか、その場から動けなくなっているだろう。

「ああ、そうだ。どれが最高の向日葵なのか教えて欲しいわ」

 けど、レミリアはマイペースにそんな要求を発する。彼女にとって警告のための戦意は取るに足らないものだ。だから、自らの目的を優先させる。

「図々しいわね。まあ、そんなことよりも、失礼なことを言ってくれるじゃない。この子たちは皆最高よ」

 幽香は少しムキになったようにそう言う。花を愛する彼女にとって、全ての花には最高の賛美があってしかるべきなのだ。

「とと、言い方が悪かったわ。ごめんなさい。どうしても優先順位を決めちゃうから、ああいう言い方しかできないのよ」

 大切なものへの拘りに対する理解はあるので、少し言い訳がましくはあるが、すんなりと謝罪する。それから考え込んで、最適な言葉を探し始める。

「んー……、そうね、それを見たらここに足を運びたくなるようなのを教えて欲しい、ってこれもそんなに差がないわね。まあ、そんな感じなんだって察してちょうだい」

 けど、結局的確な言葉が見つからず、丸投げした。相手を理解できれば律儀な部分もあるが、基本的には面倒くさがりなのである。

「ふぅん。ここそのものを気に入ってくれてるって言うなら、とやかく言うつもりはないわ。だからって、貴女のために花を選ぶ義理なんてものは持ってないけれど」

 レミリアの目的を理解した幽香は日傘をくるくると回しながらそう言う。既にレミリアへの興味は半減しているようだ。彼女の言葉は、投げ遣りなものになっている。

「そ。まあ、元々期待はしていなかったけど」

 協力を得られないと分かるや否や、レミリアは向日葵の方へと向き直る。最初から誰かに頼るつもりなどなく、自分一人でどうにかするつもりだったのだ。協力が得られれば御の字。それくらいにしか考えていない。
 幽香はそんなレミリアの後ろ姿を、日傘を回す手を止めないまま眺めている。

「そういえば、私が花を持って行くって言っても怒らないのね」

 レミリアは更に隣の向日葵の前に来たところで、振り返らないままそう言う。

「そんなことでいちいち怒ってたら、私は幻想郷を半壊させないといけなくなるわ。悪意がなければ何でも赦すとまでは言わないけど、ここを気に入ってくれて、誰かに紹介したいっていう可愛らしい理由くらいなら咎めるつもりはないわ」
「なるほど」

 その答えに納得したレミリアは、短くそう言いながら頷くだけだった。そして、もう一つ隣の向日葵の前へと移動する。
 幽香も何も言わず、レミリアの背中を追いかける。

「私に何か用事?」

 一つ横に移動して、黄色の大輪へと話しかけるようにそう言う。先ほどの会話で幽香への興味は失していたが、追いかけられれば当然気になる。

「妙なことをしでかしはしないかと見張ってるのよ」
「ここを荒らすつもりなんてないわよ」

 レミリアの方から話しかけはしたが、依然意識の大半は向日葵の方へと向いたままで、その声は気のないものとなっている。

「貴女は花のことに詳しいのかしら? もしそうじゃないなら、意図せず花にとって不利益な行動を取りかねないでしょう?」

 幽香は反応の薄さを気にせず話しかけ続ける。それだけ、彼女にとって花を守るのは重要な事なのだろう。

「ふむ、確かにそうね。じゃあ、私が無闇に傷つけないように、向日葵の持ち帰り方を教えてちょうだい」

 幽香の言い分に納得したレミリアは振り返る。その顔には親に答えを求める子供のような笑みが浮かんでいる。

「根っこを傷つけないように優しく掘り返して、鉢の中に移してあげる。これ以外は認めないわ」
「鉢なんて持ってきてないわね。じゃあ、取りに戻ってくるわ。ありがとう、教えてくれて」
「花のために当然のことをしただけよ」
「それでもよ」

 レミリアは幽香の隣をすり抜けていく。幽香はそれを見送るような真似はせず、入れ替わるように向日葵の方へと近寄っていくのだった。




 レミリアは、小さな子供一人くらいなら入れることのできそうな大きな鉢を抱えて、太陽の畑へと戻ってきた。
 彼女の傍らには、一本の日傘が浮かんでいる。柄の部分を一匹の大きな蝙蝠が掴んでおり、どことなく必死な様子で翼を動かしている。そして、外側からは見えないが日傘の内側に止まり木のようになった部分があり、そこも何匹かの蝙蝠が掴んで、傘が傾かないよう翼を動かし続けている。吸血鬼ならではの手を使わない傘の支え方である。日中外に出る吸血鬼自体が珍しいので、こんなことをしているのは彼女くらいのものだろうが。

「あら、まだいたのね。そんなに私の信用って低いかしら?」

 レミリアは、向日葵の茎に手を添えている幽香へと話しかける。

「信用してないってのは確かだけど、別に私は貴女の監視をするためだけにここにいるわけではないのよ」

 幽香は振り向かないままそう答えながら、少し後ろに下がって向日葵の全身を眺める。そして、一人満足げに頷くと向日葵畑の外周に沿って歩き始める。視点は向日葵たちの方へと固定されている。
 レミリアはしばしその動きを追いかける。そして、幽香がある程度進んだところで、幽香が触れていた向日葵と幽香がいる辺りの中間の辺りへと近づいていく。日傘もレミリアに付き従うように動く。彼女は、幽香が素通りした辺りの向日葵は健康なものだと判断した。
 幽香はその動きを気配だけで察知し、足を止めるとレミリアの方へと振り向く。花を傷つけるようなことをしたら赦さないと、赤い瞳が雄弁に物語っている。
 レミリアはそんな視線も意に介さず、向日葵の前までやってくると、鉢を地面の上に置き、手の中に槍状に変化させた魔力を作り出す。そして、先端部を扁平形にし、まるでシャベルのような様相とする。
 その先端を向日葵の根本から少し離れた場所に突き立てようとした所で、

「そんな所を掘り返したら根が傷つくわ。もっと外側から掘りなさい」
「こんな面倒くさいタイミングで教えてくれずに、最初から教えてくれればいいじゃない。花の事、何も知らないんだから」

 文句を言いながらもレミリアは後ろに下がり、掘り返す位置を向日葵の中心から離す。そして、実際に魔力のシャベルを地面に突き立て、何も言われないのを確認すると、作業を開始する。

「一から十まで教えてあげる労力を減らすための工夫。貴女の面倒なんて知ったこっちゃないわ」
「ま、確かにどうでもいいやつに手を尽くす義理なんてないわよね」

 レミリアが素直に言うことを聞くからか、幽香は態度を多少軟化させている。花の扱いをしっかりとしている者にはある程度心を許すのが、フラワーマスターとしての彼女のあり方であるようだ。
 レミリアは向日葵の周りを一周し、シャベルで円状に細い溝を作った。けど、当然それでは向日葵を地面から離すことはできない。
 しばし考え込んで、シャベルの形を変化させる。根の下の部分にまで刃を入れられるよう、先端の扁平な部分を少し反った形に。
 そして、もう一度向日葵の周りに沿ってシャベルを突き立て始める。

「意外と器用なことできるのね」

 幽香は感心したようにそう言う。単純な力押ししかできないとでも思っていたのだろう。

「形を変えるくらいしかできないけどね。魔法使いみたいに性質も変えられるならもっと楽なんでしょうけど、魔法はよく分からないわ」

 けど、魔法を自在に扱う者が身近にいるレミリアにとっては、彼女のしていることは単なる小細工だとしか思うことができない。面倒な思考を嫌う彼女に魔法は向かなかった。

「確かにそこら中に魔力が漏れてるわね。さすがの吸血鬼も長時間それで作業してたら倒れるんじゃない?」
「多少疲れてはきたけど、まだまだ大丈夫よ。私はこれを持って帰らないといけないんだから」

 レミリアはもう一周したところでシャベルを消失させてその場にしゃがみ込むと、向日葵の根本の部分を掴んで持ち上げる。広範囲を掘り返したので、普通の人間なら全身の筋肉を使い持ち上げる必要があるが、レミリアは膂力だけで軽々と持ち上げていた。
 そして、持ち上げた向日葵を鉢の中へと移す。鉢にしては大きなものを持ってきていたが、根を傷つけないよう広めに掘り返していたので、土が溢れ返りそうになっている。

「なんだかぎゅうぎゅう詰めだけど、大丈夫なの?」
「そのまま飾るなら許さないけど、まあ、貴女のとこの立派な庭のどこかに移し替えるまでの間なら特別許してあげる」
「ん、わかったわ」

 レミリアは短時間なら問題ないという意味だと解釈して、その場にしゃがみ込んで鉢を持ち上げようとする。鉢の重さが増えた程度では特に問題もなく持ち上げられることだろう。

「おっ、と……?」

 けど、少し鉢が持ち上がったかと思うと、レミリアの矮躯が重力に引っ張られる。再び地に着いた鉢は、その身を安定させることができず、レミリアの腕を引っ張りながらそのまま倒れていく。
 いち早く動いたのは幽香だった。日傘を放り出してレミリアの方へと一瞬で接近すると、レミリアの身体が向日葵の上へと倒れないようにしつつ鉢を支える。誰にも支えられないレミリアは、そのまま地面の上へと倒れ込む。
 幽香は、向日葵の無事を確認して安堵のため息をつくと、レミリアを睨むようにしながら見下ろす。

「何をしてるのよ」
「いや、なんだか、急に力が入らなく、なって……」

 手で身体を支えて何とか立ち上がろうとしていたレミリアは、不意に気を失う。それと同時に日傘は地面の上に落ち、身体に日が射す。身体からは煙が上がり始めている。
 それを見た幽香は、何か躊躇するような様子を見せた後、頭上に巨大な花を出す。それが、二人の上へと降り注ぐ陽を完全に遮った。日傘とは比べものにならないくらいの広範囲を影にしている。

「はぁ……」

 幽香は面倒くさそうに溜め息を吐く。
 意見を求めるように向日葵の方を見るが、先ほどまでの騒ぎなどなかったかのように暢気に風に揺られているだけだった。





 大人が三人ほど寝られそうな程に大きなベッドと必要最低限の、けれどどれも高級品だと一目でわかる調度品の置かれた広い部屋。そこにいるのは、ベッドに寝かされたレミリアと、ベッドの横に置いたイスに腰掛けるレミリアの妹、フランドール・スカーレットだ。
 フランドールは誰が見てもそうとわかる不安そうな表情を浮かべている。レミリアの手を握っているのも、彼女自身が不安を抑えるためだ。少しでも離れている間にいなくなってしまわないようにと。
 最初、レミリアの姿を見たときの彼女は乱れに乱れていた。一種の錯乱状態に陥っており、後一つ何か刺激を与えられれば泣くか喚くかするような状態だった。
 今も心穏やかと言った状態からはほど遠いながらも、激情は抑えられている。これもひとえに、フランドールにレミリアの付き添いをするようにという役割を与えたレミリアの従者のおかげである。
 そんな彼女は今、食堂でレミリアを担いで紅魔館へとやってきた幽香の相手をしている。お互いがお互いに興味を抱いていないので、会話などは一切なく、お茶を振る舞う側と振る舞われる側以上の関係にはなっていないようだが。
 フランドールは、一層強くレミリアの手を握る。指を一本一本絡ませて、絶対に解けないようにする。

「ん……」

 強く手を握られたことに反応したのか、レミリアの口から小さな声が出てくる。全ての意識をレミリアの方へと向けていたフランドールは、その声を拾い上げて、慌てたように姉の顔を覗き込む。

「お姉様っ」

 そして、夢の世界へと再び誘われてしまわないように呼びかける。もうこれ以上、何も言わず眠り続ける姉を見ているだけのことはできないようだ。積み重なる時間の分だけ、嫌な予感ばかりが膨らんでいってしまうから。

「……フラン?」

 妹の声に呼応するように、レミリアが目を開ける。視線はぼんやりとしており、今の状況をあまり理解できていないように見える。
 けど、感極まったフランドールにそこまで察する余裕はない。赤い瞳と応えてくれる声を確認した途端に姉へと覆い被さり、その身体をぎゅっと抱きしめる。
 反応することのできなかったレミリアは、驚いたように黒い翼を広げる。けど、しばらくしてある程度状況を理解できたのか、身体から力が抜けていく。

「……フラン、少し苦しいわ」
「……どうして外で倒れたの?」

 フランドールは案外あっさりとレミリアを解放する。その代わりに、レミリアを真っ直ぐに見下ろし、その瞳には詰問の色が浮かんでいる。
 場数がほとんどどころか全くないので、レミリアと比べると圧倒する雰囲気は弱い。それでも、姉妹というだけあってフランドールの瞳にもそれなりの凄みが混じっている。姉の弱った姿が、彼女の気持ちを揺さぶっているのも要因の一つだろう。

「いや、私にもよく分からないわ。ちょっと慣れない事してたから、うっかり身体に陽を当てちゃってたのかなぁ、とは考えられるけど」
「……倒れるまで気づかないくらい何してたの?」

 こんな状況でも暢気な様子のレミリアに対して、フランドールの声は少し低くなる。レミリアの発する言葉の内容いかんによっては激昂しかねない。
 レミリアはその変化に気付いてはいるが、自らのペースを崩そうとはしない。

「太陽の畑に行ってたわ。辺り一面に向日葵が咲いてて、圧巻の光景だったわよ。こうやって言葉で伝えるだけでは勿体ないくらいにね。だから、一本だけ向日葵をちょうだいして、それを見せながら話をすれば、貴女が少しは興味を持ってくれるんじゃないかな、とね。話を聞いてただけじゃ、付いてきてくれないでしょ?」
「……それは、私のせいでそうなったってこと?」

 レミリアは少し弾んだ声で自分の見てきたものを伝えようとしていた。
 けど、そんな明るい姿とは対照的に、すぐにでも剣呑な様子となりそうだったフランドールは、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。誰のために動いてこの結果が招かれてしまったのかを考えてしまったのだろう。

「私の不注意のせいよ。フランの事がなくても、こういう事をやらかしてた可能性は十分にあるわ。咲夜に何度か注意された事もあるしね。だから、フランは何も悪くないわ」

 そう言いながら、腕を上げてフランドールの頭を撫でる。相手を安心させるような声音といい、フランドールに罪悪感を抱かせないためのものなのだが、察しのいい彼女に対してそれは逆効果だったようだ。

「……でも、今回のことに関しては、私がいなかったら起きることはなかったんでしょ?」
「さて、どうかしらね。向日葵の生き生きとした姿に照らされて、灰に還ってたかもしれないわね」

 その言葉の意味を取り落とすほど、フランドールは機微に疎くはない。一時言葉を失い、そして、表情を歪ませて言う。

「……そんな答えをくれるくらいなら、もっとちゃんと考えて動くようになって。お姉様は端から見てて怖い。……いつか、消えちゃいそうで」
「いや、それに関しては悪かったと思ってるわ。反省もしてる。だから、今度から気をつけるわ」
「……ほんとに?」

 常日頃からはぐらかすことの多い姉の瞳を、泣きそうな顔のままじぃっと見つめる。どんな些細な嘘も見逃さないといった態度である。
 レミリアは妹の圧力に屈して、少し視線を泳がせている。距離があれば気付かれなかったかもしれないが、今の二人の間にあるのは腕一本よりも短い距離だ。
 フランドールはしっかりとその揺れを捉える。更に威圧するように、顔を近づける。

「何か嘘吐いてる」
「……いやだって、危険を意識しながらする散歩なんてつまらないじゃない?」

 間近から自らの瞳を見つめる妹の視線に負けて、レミリアは正直な気持ちを言葉としてしまう。

「……死にたいの?」
「そんなわけないじゃない。ただ、色々と考えるのは面倒くさいなぁ、と」

 言葉自体はどこか開き直ったようなものだが、視線は再び泣き出しそうになっているフランドールから逃げている。
 フランドールの勢いに押し負けているレミリアの態度は、次第にたじたじとなってきている。基本的には自らのペースを維持し続けている彼女も、どんな相手に対してもそうであるというわけではないようだ。例えば、真剣な様子の最愛の妹だとか。

「今度からはちゃんと気をつけるって誓って。さもないと、お姉様を館に閉じ込める」

 姉の言葉を聞いて、もう絶対に外に出すべきではないという決意を固めたのか、据わった目つきでそう言う。ただの脅し文句ではなく、ほとんど忠告のようなものだ。今の彼女にそうする手段を持っていないが、もし今後もレミリアが危機感薄いままふらふらするというなら、必ず何らかの手段を用意することだろう。彼女の姉に対する執着は並大抵のものではない。

「わかった。気をつけるわ」
「……本気に聞こえない」
「まあ、少しの間話しただけで心変わりするなら、苦労しないわよね」
「……パチュリーの所に行ってくる」

 フランドールはレミリアから離れ、部屋から出ていこうとする。けど、慌てて起き上がったレミリアに手を掴まれて足を止める。振り返ったフランドールの視線は少し冷ややかなものとなっている。

「いや、ちょっと待ちなさい。こういう心構えは、時間をかけてじっくりと変えていくものでしょう? そんなに焦っちゃいけないわ」
「……下手したら死んでたかもしれないのに?」
「それでも懲りないのが私なのよ」
「っ! お姉様は――」

 レミリアのどこか自分を蔑ろにしたような刹那的な姿に我慢のならなくなったフランドールは、激情をぶつけようとする。
 けど、彼女よりも一歩早く我慢の限界を迎えているのがいた。

「ああ、もう! 焦れったい! いつまでぐだぐだやってんのよ!」

 扉を壊さんばかりの勢いで幽香が部屋へと入ってくる。
 突然の大きな音と闖入者に驚いたフランドールは、言葉を呑むと同時に身体を竦ませる。割と肝の据わっているレミリアもさすがに驚く。翼がぴんと張っている。

「ったく、ありがたいことにこの私が空気を読んで外で待ってあげてたっていうのに、とんだ時間の無駄だったわ」

 いつ頃から二人の会話を聞いていたのかはわからないが、相当苛ついている様子だ。不機嫌そうに髪をかき乱している。
 フランドールは不穏な雰囲気に若干怯えている。何も起こらない自室にこもりきりなせいで、身構える間もなく起こる事象が苦手なようだ。

「あ、えっと、お姉様を助けてくれた人、だっけ。ありがとう」

 それでも、ぎこちなく頭を下げながら礼の言葉を口にする。姉を助けてくれた存在ということで、少しばかり気を許しているのかもしれない。気を持ち直すのが早い。

「どういたしまして」

 幽香はぞんざいな様子で礼の言葉を受け取ると、ベッドの方へと大股で近寄る。そして、ベッドの上で身体を起こし、フランドールの手を握ったままのレミリアを見下ろす。

「それにしても、自分から陽の下に出てきて倒れるなんて馬鹿じゃないの? 私がいたからよかったものの、もし向日葵を傷つけてたらただじゃすまさなかったわよ」
「寝起きを狙って悪口を言いに来るなんてご苦労な事ね。それで、一応聞いてみるけど、どうするつもりだったのかしら?」

 悪びれた様子のないレミリアの返答に、フランドールは曖昧な笑みを浮かべている。このまま幽香が立ち去れば、一悶着起こりそうだ。

「監禁して花の僕に仕立て上げる」
「それは恐ろしいわね。ほんとにあの場に貴女がいてくれてよかったわ。だからフラン、落ち着きなさい」

 レミリアは幽香へと敵意を向けるフランドールを宥める。フランドールは自分から攻撃を加えようという意思は見せていないものの、幽香の動きによってはすぐさま何らかの行動に移りそうだ。
 レミリアの恐ろしいという言葉は、幽香が起こそうとしていた行動に対するものではなく、その結果引き起こされることに対する物だった。自分がフランドールの中でどのような位置づけにいるのかはしっかりと理解しているのだ。

「お姉様は渡さない」
「別に誰かから奪ってまで欲しいとまでは思ってないわよ。ただ、花を傷つけられたくないだけ。だから、貴女が責任持って花に不利益なことをしでかさないか見張っておけば、手出しをするつもりはないわ」
「……そうなの?」

 幽香の言葉に首を傾げた後、敵意を鎮めるように深呼吸をする。投げ遣りな喋り方から、本気でレミリアに興味があるのではないと感じ取っているのだろう。

「……じゃあ、任せて」

 そして、気持ちが落ち着いたところで、決意するように頷きながらそう言った。

「ええ、任せたわ」

 幽香は笑みを浮かべる。ただし、その笑みは正面のフランドールではなく、背後のレミリアに対するもののようだが。

「ちょっとそこ。本人の意思を無視して所有権を決めてるんじゃないわよ」
「自分の身を管理できないのに相応しい扱いだと思うわよ」
「うん。もっと自分を大切にできるようになってから言って」

 レミリアが招いた結果を見れば誰もがそうなるだろうが、フランドールと幽香の意見は一致している。

「私はいつだって自分第一よ。今回はちょっと周りが見えなくなってただけで」
「はいはい。私はわざわざ貴女の馬鹿に付き合うために来たんじゃないわよ。用があるのは、貴女の方」

 言い訳を口にしようとしたレミリアを遮って、幽香はフランドールを指さす。

「え……、私……?」

 レミリアに用事があって来たのだと思っていたフランドールは、突然指名されて驚きつつ首を傾げる。他人との繋がりが全くと言っていいほどない彼女は、ほとんど何も知らない相手が自分に用事がある可能性など露ほども考えていなかったようだ。

「そう。ねえ、貴女、花は好きかしら?」
「あんまり興味ない。綺麗だとは思うけど」
「そこは好きだって言っておいた方が身の為よ」

 幽香は素直な返答にそんな脅し文句を返す。けど、雰囲気がのんびりしたもののままだったため、フランドールは怯えたような様子は見せない。ただ、花が好きなんだという認識を与えるだけだった。落ち着いていれば、しっかりと周囲を見渡すことはできるのだ。

「フランに手を出したら容赦しないわよ」

 けど、今度はレミリアが牽制するように敵意を向ける。姉妹ともども一方が標的になると、目の色を変えてしまうようである。表面的には正反対な部分の多い二人だが、本質的には似通った部分が多いのだ。

「冗談に決まってるじゃない。姉妹揃って冗談が通じないわね」

 幽香は面倒くさそうに溜め息をつく。そこには、呆れも混じっている。

「世の中には冗談にしていい事と悪い事があるのよ」

 そんなことを言うレミリアの横で、同意を示すためフランドールが頷いている。

「はあ……」

 完全に分が悪いと感じた幽香はため息だけを返す。そして、気を取り直して再びフランドールへと話しかける。

「まあ、それはいいとして、そんな綺麗なものが両手に抱えきれないほどに咲いている場所に興味はないかしら?」

 幽香は表情を純粋に輝かせながら、部屋中に花をばらまくように両手を広げる。その姿は大妖怪の威厳や畏怖ではなく、見た目相応の少女らしさを振りまいている。

「ちょっと、それは私の役目よ」

 けど、レミリアに横から口を挟まれて、幽香の表情はあからさまに面倒くさそうなものとなってしまう。

「外で聞いてたけど、全然前に進む気配がなかったじゃない。私はこの子が私の同志となりうるかをさっさと見極めたいのよ」
「同志?」

 姉妹が揃って首を傾げる。

「そ。花を愛でるという志を持つ同好の士」
「……興味ないって答えたのに?」

 不思議そうに問うのはフランドールだ。少しだけだが、すでに乗り気でない様子が滲み出ている。

「だから、期待はそんなにしてないわ。でも、衝撃っていうのは往々にして多かれ少なかれ価値観に影響を与えるものなのよ。今回の目的は、種を植えること。フラワーマスターといえども、さすがにその手の花が咲くかどうかなんて分からないけど、素敵な花が咲くことを願ってるわ」
「まあ、幽香の思想に染まる染まらないは抜きにしても、あの光景は一見の価値ありよ。庭にいくつか向日葵が植えてあるけど、あれとは比べものにならないくらいに大きな向日葵が、本当に数え切れないくらい咲いてるのよ」

 レミリアはあまり乗り気ではなさそうなフランドールの背を押すために、幽香の言葉に続けてそう言う。けど、それだけでは目立った変化は出てこない。

「んー……、そういえば、私が掘り出した向日葵はどうしたのかしら?」

 少し考え込んだレミリアは、こんなときのために向日葵を持ち帰ろうとしていたことを思い出す。ただ、持ち帰る前に倒れてしまっていたレミリアはその行方を知らない。

「鉢に入れたままなんて可哀相だから、庭に植え変えておいたわ」
「なら、さっそくフランに見せてあげましょう。もともとそのためのものなんだし」
「お姉様! まだ起きちゃだめっ!」

 フランドールはレミリアがベッドから出ようとするのを見て、悲鳴のような声を上げて止めようとする。

「身体が動くんだから平気よ平気。むしろ寝たっきりの方が体に悪いわ。ほらほら、どいてちょうだい」

 レミリアはフランドールをそっと押しのける。フランドールは納得がいかないものの、姉を止める術も持たないので素直にどける。身体を自由に霧化させることのできる吸血鬼に物理的な拘束は何の意味も持たないのだ。
 レミリアはいったんベッドに腰掛ける形となり、そっと立ち上がる。その際、身体が少し揺れていた。

「……ふらついてる」
「寝起きだからよ。そのうちしっかりするわ」

 フランドールに指摘されたときには既にしっかりとした足取りでクローゼットの方へと向かい始めていた。フランドールの不安げな視線は意に介さない。
 そんな二人を端から見ていた幽香は、少々面倒くさそうな表情を浮かべていた。





 紅魔館の庭には薔薇園と種々雑多な花の植えられた花壇とがある。そのどちらも、この館の門番とその彼女を慕う何人かの妖精メイドによって管理されている。管理と言っても、各々が趣味で好き勝手にやっている側面が強いので、彼女たちが手を加える前から存在していた薔薇園以外は、庭師が見れば混沌とした様相を成している。それでも、崩壊せず維持されているのは自然の権化である妖精が関わっているのが大きいだろう。
 ちなみに、館の主であるレミリアは、秩序のない花壇に対して見ていて飽きないからいいんじゃないか、と言っていた。
 そして、今そんな混沌とした花壇の中で一輪の向日葵が圧倒的な存在感を放っている。元々いくつか向日葵が植えられていたのだが、太陽の畑からやってきたものは、花の大きさ、背の高さにおいて群を抜いている。

「うわぁ……、おっきい……」

 フランドールは日傘を陽が入り込まないよう気をつけて傾けながら、大輪を見上げている。遠くからの方が見やすいはずだが、その大きさを感じるため、あえて近くまで寄っているのだ。
 その隣には、変わった作りの日傘を持つレミリアが立っている。その日傘は、前面以外を日傘と同色の薄紅色の布で遮っている。更には、傘の前部だけが突き出すような形となっており、多少傾けた程度では陽が当たらないようになっている。
 普段は視界が狭まるからと、この大仰な日傘は使っていないのだが、フランドールとレミリアの従者に押し切られる形で使うことになってしまっていた。それに、なんだかんだで一度倒れたことで警戒心が芽生えていたのもある。
 そして、幽香はそんな二人の後ろに立っている。レミリアはフランドールばかりを気にして、フランドールはレミリアばかりを見ているせいで、自然とこの位置になってしまったようである。彼女の目的は同志を集めることなので、多少の疎外感があっても気にしていないようだ。

「それが、太陽の畑の向日葵よ」「その子が、太陽の畑にいたうちの一輪よ」

 今まで見たことがないほどに長大で大形の花に琴線を震わせるフランドールへと、レミリアと幽香の二人が同時に話しかける。互いに顔を見合わせた後、幽香はレミリアへと発言権を譲る。どうせほとんど変わらない内容を話すことになるだろうからと、聞いていることにしたのだろう。
 レミリアは、幽香に礼を言うと改めてフランドールに話しかける。

「フラン、太陽の畑に行けばそれと同じのが無数に花を咲かせているわ。その光景を想像したら、わくわくしてこない? この目で見たい、とは思わない?」
「……うん」

 その返事は無意識から出てきたものだった。けど、だからこそ本当の望みなのだというのがレミリアへと伝わる。
 普段は何かと理由を付けて館から出ようとしないので、そんな返事を聞くことができるのが非常に嬉しい。
 そんな思いのこもった笑みがレミリアの顔には浮かんでいる。

「だから、ね。今から一緒にそこまで行きましょう?」
「でも、お姉様、病み上がり……」
「大丈夫よ。ほら、ふらついてないでしょう?」

 レミリアはフランドールの言葉を否定するためにその場でくるりと一回転する。日傘はかなり重いはずだが、それでもレミリアが体勢を崩すということはなかった。

「って、ちょっと! こんなところでそんなことしたら危ないっ!」

 フランドールは慌てたようにそれを止めようとしたが、最適な方法が思い浮かばなくて声を上げることしかできなかったようだ。そして、何事も起こらなかったことにほっと胸をなで下ろす。

「さあ、観念して私と太陽の畑に行きなさい。まあ、私と行きたくないならそれでもいいけど」
「お姉様と行きたい。……またお姉様が回復してからじゃだめなの?」
「私はちゃんと回復してるわよ。さっき証明して見せたじゃない」

 姉の体調を心配してその場に踏み止まろうとするフランドールと今すぐにでも妹と出かけたいと考えているレミリア。二人の会話は堂々巡りとなりつつある。お互いに頑固で意地っ張りなので、明確な解答がなく意見が分かれた場合は前に進まなくなることが多い。

「その目先のことしか見えてない馬鹿に何言っても無駄だと思うわよ。ま、貴女が気をつけてあげればいいんじゃない? そんな大層な日傘を持ってるんだから、よっぽど脳の足りてないことしない限り陽に当たることなんてないでしょうし」
「なんだか悪意を感じる言い方ね」
「話土産の用意に夢中になって倒れる貴女には、悪意じゃなくて呆れで十分よ」
「あらそう」

 幽香にどれだけ馬鹿にされるような発言をされようとレミリア自身は大して気にせず、泰然とした態度を崩さない。けど、それ自体がレミリアの作戦の一つだったりする。

「さて、行きましょうか」

 不意に話題と向きを変えて歩き始める。頑固で意地っ張りな姉妹だが、強引さという点ではレミリアの方に軍配が上がる。

「え、ちょっと! 私まだお姉様が出かけることに納得してない!」
「何を言ったって無駄だと思うわよ。さ、変に時間を使ったけど、さっさと行くわよ」

 幽香もその後に続いて歩き始める。どちらの味方というわけではないが、手軽という点でレミリアを手助けするような立ち位置にいることにしたようだ。
 フランドールはしばらくその場で立ち尽くしていたが、慌ててレミリアの背中を追いかけ始めた。どうしようもないと諦めを抱きながら。





「……」

 太陽の畑へとやってきたフランドールは、数え切れないほどの向日葵の海に圧倒され言葉を失っていた。レミリアの勝手な行動の数々に少々不機嫌になっていたようだが、それも吹き飛ばされてしまっているようだ。
 レミリアはその反応に満足し、笑みを浮かべている。そして、幽香はここで言葉を発するのは無粋だと思っているのか、一緒になって向日葵たちを眺めている。
 もし、フランドールの目の前にあるのが向日葵たちの姿だけなら、驚きはすれどもここまで圧倒されることはなかっただろう。
 青い空の眩しさが、夏を謳歌し叫び続ける蝉たちの鳴き声が、若々しい葉の匂いが、じっとりとした日本の夏特有の暑さが、その光景を鮮明に彩っている。本などの挿し絵や写真だけでは感じ得ない、膨大な情報が一気に彼女へと流れ込んでいる。

「……はふぅ」

 そして、普段触れることのない多くの情報を処理し終えた彼女の口から漏れてきたのは、少し疲れたようなため息だった。知識の処理は得意な彼女だが、感覚の処理に関してはまだまだ不慣れなようだ。

「どう? 来てよかったでしょう?」
「……うん。一輪だけあんなにすごいんだからって、ある程度覚悟はしてたけど、全然足りなかった。ずっとここにいたら、過労死しそう」
「普段から外に出ないからよ。これで、毎日でも外に出たいって思うようになったんじゃないかしら?」
「ここまで疲れるなら、年に一、二回くらいでいいかなぁ」
「出たいって言ってる辺りは、一応進歩なのかしらね。いやでも、年に数えられる程度っていうのも……」

 毎日でも外に出たいと思っているレミリアとしては、フランドールの言葉はそう簡単に受け入れられるものではない。けど、彼女の言うとおり、外に出るという言葉に頷くこと自体が進歩でもあるのだ。だから、頭ごなしに否定もできない。

「なら、私が季節ごとの花見のお勧めの場所を教えてあげるわよ」

 そんな苦悩を見せるレミリアに幽香は助け船を出すようにそう言う。実際の目的は、フランドールを花の虜にすることなのだろうが。

「裏しか感じられないけど……、でもまあ私も付いてくんだから問題ないわよね。じゃあ、頼んだわ」
「ええ、頼まれたわ」
「えっと、私は行きたい、とは言ってないんだけど」

 少しばかり呆然としているフランドールを無視して勝手に決めてしまっている二人へとそう言う。

「自然と行きたくなるから大丈夫よ」「貴女の意思なんて聞く気なんてないわ」

 レミリアと幽香の勝手な主張が重なる。
 そんな二人に対して、フランドールは少しばかり不満げに抗議の声を上げるのだった。


Fin



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