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「フラン。明日、里の祭りに行きましょう」

 フランと二人きりのお茶会の最中に私はそう提案をした。昼の熱気が残っているかのように、蒸し暑さを感じさせる夏の夜の事だ。

 祭りに行くことは、今、もしくはついさき程決めたことではない。随分と前から私はフランを里の祭りに誘うことを決めていた。
 いつもの無計画な提案ではないのだ。

「お祭り?」

 何の脈絡もない私の言葉にフランが首を傾げる。それに合わせて、金髪のサイドテールが揺れる。私と同じ紅い瞳には、不思議そうな色が浮かんでいる。
 まあ、突然言われればそんな反応も当たり前よね。

「そう、祭り。毎年、この時期になると人間の里で祭りがあるのよ。こっちに来てから何年も経つけど、貴女は一度も行ったことがなかったわよね」
「うん。でも、なんでお姉様は今まで私の事を誘ってくれなかったの?」

 頷くと、また不思議そうな表情を浮かべてそう聞いてくる。

「里で開かれる祭りが安全かどうかずっと調べていたのよ」

 妖怪が関わってる、となれば慎重にならざるを得ない。
 霊夢の神社で開かれる宴会なんかがその最たるものだ。あの混沌とした場所へフランを連れていくことなんて絶対に出来ない。行かせもしない。

 けど、それに反して、里の祭りに参加している妖怪たちは大人しいものだった。やはり、周りが人間ばかりだと大人しくするしかないのだろう。この郷には里の中で人間を傷つけてはいけない、という決まりがあるのだから。
 そんなわけで、私は里の祭りは安全だと確信し、フランをこうして誘ったわけだ。

「相変わらず過保護だね、お姉様は」

 呆れられていた。今にも溜め息でも吐きそうな表情だ。
 けど、それが何だというのだろうか。私にとってフランは護らなければならない者。なら、過保護になって当たり前だ。

「そりゃ当然よ。貴女は私のたった一人の妹だもの」

 大切で大切で掛け替えのない妹。それが、私にとってのフランという存在だ。

「うん、そっか」
「ええ、そうよ」

 そうして、無意味に顔を合わせる。
 ただそれだけのことなのに、何故だか可笑しくなってきて笑いが零れてくる。向かい側のフランも私と同じ状態に陥ってるようで、小さな笑い声を漏らしている。

 原因不明の笑いに抗わず私たちは小さく笑い続ける。
 まあ、この程度の事でも幸せを感じられる、って言うことよ。私たちは。

「……ねえ、お姉様。お祭り、って楽しいの?」

 しばらくの間笑い合って、落ち着いた頃にフランがそう聞いてきた。

 この子は、私の起こした紅い霧の異変が解決させられるまで一度も外に出たことがないのよね。なら、祭りがどんなものか知らなくても当然か。
 とは言っても、私も祭りに参加したことがあるわけではない。外の世界では人混みの中に入ることなど出来ない。こっちに来てからは、参加というよりも調査、という名目で離れた場所から見ていた。
 だからと言って、ここで知らない、と答えるつもりはない。

「楽しいわよ」

 私は何年か里の祭りを調査していたけど、通りを歩く者は一様にして楽しそうな表情を浮かべていた。だから、一応嘘にはならないだろう。

「そうなんだ。じゃあ、行ってみる、行ってみたいっ」

 お? 私の一言でだいぶ興味を持ってくれたようだ。紅い瞳が輝き始めている。
 けど、フランの輝きっぷりはそれだけでは収まらない。

「それにね、お姉様と一緒なら、きっと誰よりも楽しめると思うんだ」

 フランは光り輝くような笑顔と共にそう言った。七色の羽も期待するように揺れている。
 それは、どんな宝石よりも美しい輝きだ。

「ええ、存分に楽しませてあげるわ」

 とは言え、私に何が出来るのか、って話だけど。安全かどうかを確認することだけに集中していたから、あまり屋台の詳しい様子はわからない。

 これは困ったわね。まあ、適当にぶらぶらと歩いて、興味の向くままに動けばいいかしらね?
 あんまり細かく決めても面白くないでしょうし。

 そんなことを考えながら、私はもう一つ、フランに聞くべきことを口にする。

「ねえ、フラン。浴衣を用意してあるんだけど、着てみる気はないかしら?」

 人間たちが来ているのを見て、私たちも着てみるのはどうだろうか、と思ったのだ。服装によって気分が変わる、ということもあるし。

「浴衣って確か、派手な色をした日本独自の服の事だよね?」

 そういえば、この子って本をたくさん読んでいるから、知識は多いのよね。

「ええ、そうよ」

 私は咲夜が用意してくれた浴衣を思い出しながら頷く。あそこまで派手な色合いをした服は今まで見たことがない。
 私たちがいた所では、飾りばっかりが派手だったからねぇ。

「うーん……」

 フランは、私の言葉を聞いて悩んでるようだった。テーブルをじっと見つめて考え込んでいる。
 私としては、着てくれても着てくれなくてもどちらでもいい。着なかったら、折角用意したものが無駄になるけど、無理やり着せるような真似はしたくない。
 出来るだけ、フランの望むようにしてやりたい。

 考えがまとまったのか、顔をあげて私の顔を見る。

「ちょっと着てみたい」
「わかったわ。じゃあ、明日出発前に咲夜をフランの部屋に行かせるわ」

 とりあえず、フランの為に用意した浴衣は無駄にならずに済んだようだ。
 けど、パチュリーが面倒臭いから着ない、って言ってたから結局は無駄になってるのよねぇ。後、咲夜も万が一の時に動きにくいから着ない、と言っていた。こっちは用意すらしてなかったんだけど。

「ねえ、お姉様も着るの?」
「着るに決まってるじゃない。何事も雰囲気が大事なんだから」

 いざとなれば、私一人だけでも着るくらいのつもりでいた。実際にそうなることはなかったけれど。

「そっか。じゃあ、お揃いだね」

 フランが笑顔を浮かべてそう言った。

「ええ、そうね」

 確か、咲夜が私たちに用意したのは同じ柄で色違いの浴衣だったわね。
 そんなことを思い返しながら私も笑みを返した。





「お嬢様、浴衣の着付け、終わりました」
「ん、ありがとう」

 フランと祭りに行く約束をしたその翌日の夕暮れ時。私は、咲夜に浴衣を着させてもらっていた。何度か自分で着てみようとしたけれど、うまく着れなかったのだ。
 特に、帯を結ぶ所。結び方の検討が全くつかず、結局咲夜に頼ることになってしまったのだ。
 どうやったらこうも綺麗に結べるのかしらねぇ。鏡に横向きに映る自分を見ながらそう思う。

「では、私はフランお嬢様の着付けもしてきますね」
「ええ、お願い。最高に綺麗に見えるようにするのよ」
「畏まりました」

 私の要求に頷いて、咲夜が部屋から姿を消す。
 これで、フランが来るまで私は暇となる。どうにかして時間を潰さなくては。

 とりあえずは、姿見に映る自分の姿をしっかりと観察してみる事にする。

 咲夜が用意したのは、青地に赤と青の朝顔が描かれた浴衣だ。これは咲夜が作ったもので、背中の羽を通す部分もしっかりと作られている。傍目から見れば、普通の浴衣と変わりはないだろう。

 それから、少し視線を上げてみると、少しにやけた自分の顔と目が合った。こうして顔に出る、ということはそれだけフランと祭りに行くことを楽しみにしている、ということだ。
 本当の所は、今すぐにでもフランの手を引いて里まで行きたい。けど、そのフランがいないので、我慢するしかない。

 普段着る事のない服、そして、いつも被っている帽子がないだけで随分と気持ちが変わってくる。フランと祭りに行ける、という楽しみと相まって気持ちが全然落ち着かない。
 ああ、フランは早く来ないかしら。

 意味もなく咲夜に手渡された赤地に毬の描かれたガマ口の財布を取り出して開けてみる。過剰なほどにお金が入っている以外は、特におかしな点はない。よって、時間は潰れず。
 ここで、手を滑らせて床に硬貨をぶちまければ多少の時間つぶしにはなるだろうけど、フランに無様な姿は見せたくない。
 というわけで、不慮の事故で財布を落とす前に口を閉じて、浴衣の内へと収める。咲夜が小物を持ち運びやすいように、ということでポケットを作ってくれているのだ。

 姿見の前から動く。浴衣を着るのだから、ということで下駄を履いているけど、かなり歩きにくい。絨毯の上で履くものじゃないわね。
 そんなことを考えながら、部屋の中を一周。何かの仕掛けが作動したりすることもなく時間だけが潰れる。潰れてくれた。
 けど、まだフランは来ない。

 というわけで、もう一周。じっとしている時よりは時間の流れを早く感じられる気がする、と思いながら足を動かす。

 二周、三周、四周と回数を重ねて――

「お姉様、入るよ?」

 扉を叩く音同時に待ち望んでいた声が聞こえてきた。私は一端足を止めて、少し気持ちを落ち着かせるように深呼吸。あんまりフランにそわそわしている姿を見せたくない。

「フラン、入っていいわよ」

 少し落ち着いた所で、扉の前で待っているだろうフランへと声を掛ける。
 あんまり気持ちを落ち着かせすぎるわけにはいかない。祭り、というのは気分の高揚があってこそ楽しめるのだから。

「お邪魔します」

 フランがゆっくりと扉を開けながら部屋へと入ってくる。何かしり込みをしているようだ。
 じわじわと扉が開けられ、最終的にいつもの三倍くらいの時間を掛けてフランは部屋へと入ってきた。

「いらっしゃい、フラン」

 咲夜が着付けると言っていたから当然だけど、フランは浴衣を着ていた。私の着ている浴衣の生地を赤色にしたのがフランの浴衣だ。咲夜いわく、赤と青の朝顔と合わせて、対にしたらしい。
 フランもいつも被っている帽子は被っていない。片側の髪を結わえる紅色のリボンが頭で揺れているのが見える。

 慣れない格好のせいか恥ずかしそうにしている。ほんのりと頬が赤い。
 ああ、これが私の部屋に入ってくるのにしり込みしていた理由ね。

「ねえ、お姉様。似合ってる、かな?」

 自信がなさそうに聞いてくる。私によく見えるようにする為か、少し両腕を広げている。恥ずかしさのせいか、些か控えめすぎる気はするけれど。

「これ以上にないくらいに似合ってるわ。うん、そうね。いつもよりも可愛らしいわ」

 咲夜には綺麗に見えるように、と言ったけどそれ以上に可愛さの方が際立っていた。鏡に映る自分の姿を見て、なんとなく予想はしていた。
 なんで咲夜はこんなにも子供っぽいデザインにしたんだか。
 まあ、別にいいか。

「えへへ〜。そっか、よかったぁ……。似合ってない、って言われたらどうしようかと思ってたよ」

 安心したような笑みを浮かべ、胸を撫で下ろす。
 そんなに緊張することかしらねぇ。私にはよくわからない。
 でも、永い間経験を積むことの出来なかったフランにとってはそうなのかもしれない。ほとんど空っぽなフランは自信を持つ余地がないのだから。
 ……私のせいで。

 いやいや、今はこんなことを考えてる場合じゃないわね。もう今は過ぎてしまったこと。これから、積み重ねられるように私が頑張ればいいこと。
 その為に、私は楽しい気持ちでいよう。そうすればきっと、フランだって楽しんでくれるはずだから。

「お姉様も似合ってるよ。いつもよりも、柔らかい雰囲気になってる」
「それは、いつもは雰囲気が堅い、っていうことかしら?」

 私はそんなつもりないんだけれど。フランの前では多分誰の前にいる時よりも柔らかい雰囲気でいるはずだ。
 フランの前にいる時はどんな時よりも心の中が穏やかになっていることから、確信を持ってそう言える。

 けど、もしかしたら私としては柔らかいだけで、フランにとってはまだまだ堅く見えるのかもしれない。とはいえ、どうすればいいかなんてさっぱりだ。自分の醸し出す雰囲気なんて意識したことがないから。

「ううん、そう言うことじゃないよ」

 フランが首を横に振った。色々と考えを巡らせていたのだけれど、それも無駄になってしまったようだ。
 でも、それなら、柔らかい雰囲気になっている、というのはどういうことなのだろうか。

「いつもは、格好よくって私よりも上だな、って感じなんだけど、今日は対等って感じがするんだ」

 へえ、私、そういう風に見られてたのね。
 格好いい、ねぇ。……ふふっ、妹からそう言われて嬉しくない訳がないわ。

「だからっ。今ならこうやって私の方からも手を繋げるよっ」

 一人得意げになっていると、突然フランが私の手を握った。驚きながらも私はその手を握り返してあげる。

「そういえば、こうして手を繋ぐ時はいつも私からだったわね」

 フランと夜の散歩に出かける時はいつだって私の方から手を握ってあげていた。もしかしすると、その度にフランの方から握りたい、と思ってたのかもしれない。

「お姉様っ」

 フランが甘えるように寄り添ってくる。紅霧異変の数日後からフランは、かなり甘えん坊になってしまった。
 今までそれまで誰にも甘えられず、私も甘くしすぎたせいだろう。

 それにしても、いつもよりテンションが高いわね。声がかなり弾んでいるのがわかる。

「フラン、祭りは楽しみかしら?」
「うんっ、もちろんだよ!」

 返ってきたのは満面の笑顔。

 それだけで私は満足だけど、まだまだ里の祭りは始まったばかりの頃だろう。まだ、満たされるには早い。





 二人で並んで人間の里の入口に立つ。館の他の皆は自由に行動してもらっている。
 パチェは小悪魔と一緒に歩くと言っていた。美鈴は氷精に引っ張られていった。確か、名もない大妖精も一緒にいたわね。咲夜は、姉妹水入らずの時間を邪魔するのもなんですので、と言って何処かへ姿を消してしまった。多分、私たちの身に何かが起きたらすぐに現れるんでしょうねぇ。
 別にこんなときくらい自分の好きなようにしてくれていいのに。

 まあ、それはいいとして。

 里の中央の大通りには多数の人間の姿が見える。その中にちらほらと妖怪や幽霊の姿が混ざっている。
 けど、妖怪や幽霊が混ざっている、だなんていうのは些細なこと。何故なら、今この里には普段にはないほどの活気で溢れているのだから。

 聞こえてくるざわめきは、どれも楽しそうな調子を帯びている。たったそれだけでこちらの気持ちも高揚してくる。
 それに加えて、香ばしい香りが漂っている。多数の屋台で作られている食べ物の匂いだ。

 確か、夏のこの時期に里で開かれる祭りはもともと祖先の霊を鎮魂させる為の物だったとか。だから、どちらかというと儀式的な行事だったそうだ。
 それが、妖怪たちとの交流が盛んになり、亡霊姫にもっとごちゃごちゃして楽しい感じにしろ、と言われて今の様な雰囲気に変わったらしい。
 この里で警備をやっている慧音から聞いた話だ。

 まあ、妖怪である私たちにはあまり関係のない話だ。里の人間の祖先の為でなく、自分たちの為に存分に楽しめばいい。余計なことを考えてしまえば、楽しめるものも楽しめなくなってしまう。

「うわー、たくさんいるねぇ」

 フランが数え切れないくらいの人妖を前にしてそんな声を漏らす。初めてこれだけの数を見て圧倒されてしまっているようだ。

「そうね。はぐれないようにしないといけないわね」

 ここに来るまでずっと握り続けていたフランの手の温もりを感じながらそう言う。この手を放してしまえば、もう二度と出会えなくなってしまうくらいの気持ちを持っておく。

「うん、この手は絶対に放さないよ」

 フランが目線の高さまで手を上げる。
 そんなことを言われたなら私だって言わないわけにはいかない。

「私こそ、絶対に放したりはしないわ」

 ぎゅっと握りしめて、ぎゅっと握り返される。
 お互いがお互いに依存しているんだと、気付いている。フランもきっと気付いてる。

 でも、それで問題がないなら良いじゃないか。
 一緒に歩んで、同じものを楽しむ。
 素晴らしい関係じゃないか。

 合図も何もなく私たちは歩き始める。
 からんころん、と涼しげな音が二人分、足元で響いていた。





「お? 紅い屋敷のお嬢ちゃんじゃないか」

 目的もなく、屋台に目を奪われているフランの歩調に合わせて歩いていると、不意に横から声を掛けられた。
 視線を向けてみると、屋台にいつぞやの蓬莱人がいた。確か名前は妹紅だったか。

「何やってるのよ。こんな所で」

 呼ばれたから、ということで足を向けてみる。丁度、そろそろ何処かを覗くべきか、と思い始めていた頃だった。
 去年まではいなかったはずよね、こいつ。

「見てわからないか? 焼鳥屋をやってるんだよ、焼き鳥屋」

 確かに、妹紅の前には大きな七輪があった。そこでは小さく切られた何かの肉が串に貫かれ炭で焼かれている。私にそこで焼かれているのが、本当に鳥の肉なのか判断出来るほどの知識はない。
 というか、これ焦げてないかしら?
 タレの匂いの中に、少々不快なにおいが混じっている。

「ねえ、お姉様。この人、知り合い?」
「ええ。肝試しをする程度の知り合いよ」
「ふーん?」

 私の説明がよくわからなかったようで首を傾げている。かといって、私もこれ以上説明のしようがない。妹紅との繋がりなんてそれくらいしかない。

「レミリア。その隣にいるのは、あんたがよく話してた妹?」
「ええ、そうよ」

 ああ、そういえば宴会でも何度か会ってたわね。

「ふむ、そうかそうか。私の名前は藤原妹紅だ。よろしくな」
「あっ。わ、私は、フランドール・スカーレット。は、初めましてっ」

 妹紅に自己紹介をされて、フランは慌てたように頭を下げる。そこまでしなくてもいいわよ、そんなやつに。

「お? 姉と違って、礼儀正しいうえに素直そうだな」
「当主ってのは素直じゃいられないのよ」

 取り入ってきて、こっちを騙そうとしたりしてくるやつが多いから。
 まあ、こっちだとそんなやつ滅多にいないけど。真正面からぶつかってくるやつばかりだ。私は、そっちの方がわかりやすいから好きだ。

「それは違いないな。けど、当主なら礼儀正しさは必要だろう?」
「私より下の奴らに興味なんてないわ」

 媚びへつらうなんていうのは私のやり方じゃない。
 というか、何で私たちは世間話をしてるのよ。

「貴女、話ばっかりしててもいいのかしら?」
「ん? おー、そう言えばそうだったな。今の私は焼き鳥屋だ。話し屋なんかじゃあない」

 大丈夫かしら。こんなのが店を構えてて。
 他人事ながら心配してしまう。

「それで、買ってくれるのか?」
「まあ、そうね。フラン、どうする?」

 私の中で今日の主役はフランだ。道の案内などは私がするけど、最終的にどうしたいかはフランに決めてもらいたい。

「うん、食べてみたい」
「お、毎度あり〜」
「ありがとう」

 妹紅が七輪の上にあった二本の焼き鳥を差し出す。それを受け取るのは、笑顔を浮かべたフランだ。フランの手が離れてしまうことが、少々名残惜しかった。
 仕方がない、と割り切りながら私は財布を取り出す。

「レミリアってお金の計算できるのか?」
「失礼ね、それくらい出来るわよ。ほら」

 あまりにも心外なことを言ってきた妹紅に丁度の金額を押しつける。

「ん、丁度だな。偉い偉い」
「子供扱いしてんじゃないわよっ!」

 屋台越しに頭を撫でようとしてきた手を振り払う。私の反応を見ながら妹紅は笑っていた。

「はっはっはっ、私の半分も生きてないようじゃあ十分子供だよ」
「……はあ」

 何を言っても無駄な気がしてきた。というか、このまま続けてたらフランに呆れられる。今は私たちを見て困っているだけみたいだけど。
 大きな失敗を犯す前に、不満は全部溜め息として吐き出す。吐き出せたはず。

「お姉様……?」
「ああ、大丈夫。大丈夫よ」

 フランの方を見てみると心配するような表情を浮かべていた。この程度で折れるようなやわな心じゃあないわ。

「こんなことでも心配してくれるなんて、良い妹さんだな」
「当たり前よ。誰の妹だと思ってるのかしら?」

 そんな言葉一つに私は気を良くして、胸を逸らしてしまうのだ。

 ふむ、こういう所は子供っぽいかもしれないわね。
 けど、フランのことを褒められてそうなるのなら、別にいいか、とも思ってしまうのだった。





 妹紅の焼き鳥は焦げが多すぎてあまり美味しくなかった。
 私の感想を聞いた妹紅は食えるんだけどなぁ、と首を傾げていた。食べれる、食べれないの問題じゃないわよ。
 ちなみにフランは、物凄く曖昧な笑みを浮かべていた。気を使っていたのだと思うけど、あんなのに使うだけ無駄だと思う。

 こうして、初っ端から外れを引き当てた私たちは、再びあてどもなく歩き始める。
 苦い思い出を口の中に残したまま道を進む。
 からんころん、と響く音が心地いい。けど、苦味のせいで色々と台無しだ。
 早く何か別の物を食べてこの苦味を誤魔化したい。

「やいやいやい! あんたらさっき焼き鳥食べてたね! 鳥を食べてたね! 許すまじっ!」

 また不意に声を掛けられた。いや、ぶつけられた。無駄に大きい声だ。
 隣でフランが身体を震わせ、声から隠れるようにしたのがわかった。私もフランを庇うように声の方へと身体を向ける。

 そこにいたのは、夜雀のミスティアと宵闇妖怪のルーミアだった。屋台の様子を見てみるに、いつものように鰻を焼いているようだ。
 妹紅の所にもあったような大きな七輪がある。その上ではタレのつけられた鰻が脂を落としながら焼かれている。
 けど、ミスティアから客を寄せよう、という雰囲気が一切感じられない。今のままなら私たちのように呼び止められた場合を除いて、どんな客も近寄ることが出来ないだろう。
 実際道行く者のほとんどが、この屋台から少し距離を取っている。

「はいはい、ミスチー、落ち着いて」
「ぐあ……っ!」

 ルーミアが屋台から飛び出そうとしたミスティアの服の襟を後ろから掴んだらしい。ミスティアが突然噎せ始める。そしてそのまま、屋台の下へと崩れてしまった。
 何をやってんのよ、こいつらは。

「……ここでは、漫才でもやってるのかしら?」

 まだ私の後ろで怯えているフランの頭を撫でてあげながらそう聞く。
 怖くない怖くない。

「いやいや、残念ながらここでやってるのは美味しい焼き鰻屋なんだ。だから、笑いなんて提供できないよ」
「ええ、そうね。呆れしか浮かんでこないわ」
「それはそれは」

 ルーミアも、この店がどのように見られているのか自覚しているようで、苦笑を浮かべている。

「というか、どうして貴女がここにいるのよ」

 確かこいつは食い意地ばっかり張っている妖怪だったはずだ。何度かうちの厨房に入ってきて、咲夜から食べ物を貰っているのを見たことがある。
 いつの間に咲夜と仲良くなったのかは知らない。私の知らない間に、館に入ってくるようになっていた。
 図書館には魔理沙で、厨房はルーミア。次は何処に誰が現れるのかしらねぇ。

 まあ、それは良いとして。
 食い意地が張っているルーミアが食べ物を売っている、というのにはかなりの違和感がある。商品を食べたりはしないのだろうか。

「ミスチーは私の親友だからねー。だから、お手伝いのつもり、だったんだけどねぇ」

 今にも溜め息をついてしまいそうな表情だった。いつも暢気な表情を浮かべているルーミアにしては珍しい。
 まあ、先ほどの夜雀の暴走っぷりを見てたら、溜め息の原因は嫌でも想像がつく。

 フランもその表情が気になるのか、少し前に出てくる。

「あんたたちは敵だっ!」

 けど、その直後にミスティアが立ち上がり、私たちの方へと指を突き付けてきた。……その指をへし折ってやればいいのかしら?
 弱い者いじめは嫌いだから、そんなことしやしないけど。

 それよりも、フランがまた私の後ろに隠れてしまった。しかも、今度はぴったりと私の背中に張り付いてるせいで、頭を撫でてやることもできない。

「……気にしないで。ミスチーは鳥肉を食べてる人が気に入らないだけだから」
「私は、こんなのに負けないっ!」
「わかったわ」

 夜雀が何かをのたまっていたけど無視した。今の夜雀には話が通じないだろう。というかもう、こんなのは名前で呼ばなくてもいいだろう。

「……はあ。というわけで、今の私は暴走するミスチーを止める役に成り下がってるんだ」

 あ、ついに溜め息を吐いたわね。暢気なルーミアに溜め息を吐かせるくらい、あれの暴走を止めるのは骨だということだろう。

「大変ね」
「まあねー。でも、代わりに色々とくすねさせてもらってるよー」

 そう言って笑顔を浮かべる。色々とか言ってぼやかしているが、焼き鰻の事だろう。
 真面目にやっているよりは、つまみ食いをしたりしてる方がらしいわね。

「焼いた量とお客さんにあげた量が合わないのはルーミアのせいかーっ!」

 私たちの方へと指を突き付けていた夜雀が大きな声を上げながら、ルーミアへと向き直る。
 夜雀の声はかなりの大きさがあって、私は思わず耳を塞いでしまった。同時にフランが私から離れるのを感じる。同じようにして耳を塞いでいるはずだ。
 けど、一番至近距離で聞いていたはずのルーミアは全く動じた様子がない。いつもの暢気な笑顔を浮かべたままだ。

「ミスチーが妹紅の方ばっかり見て、自分のお店を見てないからいけないんだよ。隙あらばー、ってやつだね」
「なんでそんな得意げな顔してるのさ! ルーミアがやったのは悪いことなんだよ!」
「私の労働量からしてそれくらいは当然だと思ってるよ」
「当然、じゃない! 私の許可なく取るのは悪いことなんだよ!」
「そーなのかー」

 ……こいつら、いつまでこのやり取りを続けるつもりかしら。ルーミアはのらりくらりとやりかわして、夜雀は自分の言葉が届いてないことにむきになっている。
 どちらかが疲れるまで終わることはないだろう。

 フランの方を見てみると、困ったよう表情を浮かべている。こういうのを見たことがないから、どうしていいのかわからないのだろう。
 とにかく、これ以上ここにいる必要はないわね。

「フラン、行きましょうか」
「う、うん」

 戸惑いながらもフランは頷いた。気にする必要なんてないわよ。きっと、私たちがいたことなんてすぐに忘れるでしょうし。

「ちょーっと、待ったー!」

 けど、踵を返そうとした所で、夜雀が突然声を張り上げた。
 フランが驚いて身体を竦ませた。私は足を止めて、夜雀を睨んでやる。

「……何よ。用があるなら、手短に言ってちょうだい」

 あんまり何回もフランの事を脅かしてると流石に怒るわよ?
 その言葉は呑み込んだが、多分態度には現れてる。

「簡単なこと! あんたたちには、私の焼いたこの焼き鰻を受け取る義務がある!」

 今度は指ではなく、焼き鰻の刺さった串を突き付けてくる。そんなんじゃ受け取れないわよ。
 それよりも、受け取る?

「私たちは、焼き鰻を無料で提供してるんだ」

 ルーミアがそんな補足をしてくれる。
 無料で、っていう割にはあんまり客がいない気がするけど、……理由は明らかにこの暴走気味な店主のせいね。
 というか、無料で配ってどうするつもりなんだか。

「それで鳥を食べてくれる人が減る、っていうのがミスチーの主張なんだけど、ありえないよねー、そんなこと」

 私の心を読んだかのようにルーミアが説明を加えてくれた。こいつ、案外場の空気を読むのが得意なのね。だからこそ、咲夜に食べ物を貰えるようになっているのかしらねぇ。

「なっ! 裏切り者っ?!」

 夜雀が大げさに驚く。今までその話題は一度として上がってこなかったのかしら。

「……貴女たち、今すぐ焼き鰻屋をやめて、漫才でも開いた方が良いんじゃないかしら?」

 当然、冗談だけれど。客を置いてけぼりにする笑いなど、三流でしかない。
 というかこの二人、特に夜雀の方は話を進める気があるのかしら。

「うん、この調子だとその方がいいかもしれないねー」
「やるならせめて、私たちがいなくなってからにしなさい」

 軽くため息を吐きながらそう言う。いい加減この二人に付き合うのも疲れてきたわ。

「ほらほら、ミスチーお客さんが呆れてるよー」
「おっとぉ。これは見苦しい所を」

 私たちの方へと向き直って、二本の焼き鰻を差し出してくる。受け取らずに何処かにいってやろうかと思ったけど、やめた。面倒なことになりそうだ。
 ため息を吐きたくなりながら二人分を受け取る。相変わらずフランは私の後ろに隠れて私の浴衣の袖を握っている。

 振り向いて後ろに立っていたフランに一本を渡す。お礼と共に受け取ってくれた。

「さあさあ早く食べて! そして、瞠目せよ!」

 ああ、もう、ほんとに五月蠅いわね。なんで、芝居がかかったような物言いなのよ。
 そう思うも、言うだけ無駄だということはわかっているから何も言わない。

 代わりに言葉を飲み込むようにして、鰻を食べる。

 タレの味が口の中に広がる。鰻はとても柔らかい。けど、味が存分に染み込んでいて、存在感は薄いどころか、かなり濃い。
 だからと言って、しつこい味というわけでもなく、呑み込めばその味はさらりと消えてしまう。

 ……ふむ。やっぱり味はいいわね。
 妹紅の所で食べた焼き鳥とは比べ物にならないくらいに美味しいわ。そして悔しいけれど、焼き鰻に関してだけは咲夜にも勝っているだろう。

「あ、すごく美味しい……」

 フランも感嘆の声を漏らす。目を見開いて驚いたような表情を浮かべている。
 あの夜雀の言動と合っていなかったから驚いているのかどうかはわからない。

「そうでしょそうでしょ!」

 夜雀が勢いよく台を叩く。何も考えずに拳を下ろしていたら、七輪を叩いてたでしょうから、一応何処を叩くか、を考えるくらいの理性はあるらしい。
 身を乗り出されて反対にフランは少し身を引く。けど、そこに攻撃的な意志を感じないからか、私の背後には隠れない。
 他人の意志に敏感な子だから、そういうことはよく気付けるのでしょうね。

「というわけでっ! 明日から鳥を食べないでくれるっ?」

 台の上に手を乗せたまま更に身体を乗り出す。今回、フランは身を引いたりはしなかった。

「えーっと……」

 けど、代わりに困ったような表情を浮かべている。多分フランの中で答えは決まってる。けど、どう答えるべきなのかを考えているんだろう。
 助け船を出すつもりはない。あっちが直接危害を加えようとしてきたり、敵意を見せてこない限りはフラン自身に対処してほしいと思うのだ。
 ま、頼まれたら助けるけど。

「あの、ごめんなさい」

 頭を下げてそう謝る。

「貴女の作ったこれ、今日初めて食べたんだけどすっごく美味しかった。でも、私は貴女の願いは聞き入られない」

 頭を上げて、顔をそらさずに真っ直ぐに夜雀を見据える。もう、怯えたような色は一切残っていない。

「貴女の言い分はよくわかるよ。仲間を助けてあげたいんだよね。……でも、貴女だってこうして鰻を焼いて食べてるんだよね?」
「ま、まあ、そうだね」

 夜雀がうろたえ始める。たぶん、何を言われるか、というのがわかっているのだろう。

「うん、だから、私が鳥を食べるのを止めるのに意味なんてないと思うんだ。結局、他の生き物を殺すようになるだけだから。でも、私は吸血鬼だから、生きるだけなら血だけでもいいんだ。でも、だからといって血だけで生きる、なんていうのは嫌だよ。咲夜のせいで、美味しい物が一杯あるんだ、って知っちゃたからね」

 そう言って、フランが浮かべるのは笑顔。

「ぐっ……!」

 反論の言葉が見つからないのか、悔しがりながらも言葉を紡ごうとはしない。どうやら完全にフランの勝利のようだ。

「ふむふむ、ほとんど私と同じ意見だねー」

 ルーミアがフランへと笑いかける。その笑顔にはどんな意味が込められてるんだか。

 それにしても、フランが他人相手にここまで言えるなんてねぇ。……ああ、でもよく考えたら、あの日、私はこの子に色々と言われたのよね。一つの反論の余地もなく、その上、容赦なく。
 怖じ気づきさえしなければ、自分の意見を言う、というのは得意なのかもしれない。

「……ふ、ふふふふふ」

 不意に、夜雀が笑い声を上げ始める。不気味だ。

「そうっ! 確かにあんたの言うとおりだ! でもっ、私はこの程度で折れはしないっ!」

 フランへと指を突きつける。まるで長い爪で眉間を狙っているかのようだ。

「あんたは今日私の鰻を食べて確かに美味しい、と言ったんだ! なら、その分だけ私は仲間たちの命を救った! 私は、それを誇りに思う!」
「うん、自分の意志でここまで熱を持てるなんてすごいと思うよ」
「だねー。この情熱があるからこそ、ミスチーの鰻は美味しいしねー」

 フランが大きな声に圧倒されているような雰囲気はない。余裕の態度で、夜雀の言葉を聞いている。

「私は今、目が覚めた! 今までの私はやり方を間違えていた!」

 不意に始まる夜雀の演説。
 立ち去ってやろうかと思ったけど、フランが興味深げに聞いていたからやめた。

 私は少し離れた所で、焼き鰻を齧りながらそれを聞き流す。
 周りの人の流れが変わり始めているのを感じた。





「夜雀の演説、面白かったかしら?」
「うん。私にない物を持ってるから、羨ましいな、って」

 フランが何かに熱中しているのを今まで見たことがない。けど、そういうことを避けていたわけではないようだ。

「フランも、何か熱中できるものが欲しいのかしら?」

 さっきのフランの様子を想えば、何か強い興味を抱けるものさえ見つけられればフランはすぐに熱中することが出来ると思う。

「ううん。そういうわけじゃないんだけど、あったらいいな、とは思うよ。でも、こういうことは欲しい、と思って手に入れる事じゃないと思うんだ。だから、私はただただ純粋に羨ましいなぁ、って思うだけ」

 フランが少し遠くを見つめながら歩を進める。からん、ころん、と下駄の音が鳴る。
 私は、そんなフランの横顔を見つめながら、手をしっかりと握っておく。今、フランが人の波に呑まれてしまえば、そのままはぐれてしまいそうだから。

「熱中できるものはそのうち見つかるものだと思って、あんまり意識しないようにするよ。だから、今は、このお祭りを楽しも、お姉様。もしかしたら、このお祭りの中で何かに熱中できるかもしれないから」

 そう言って、フランが笑顔を向けてくれる。
 なら当然、私も笑顔を返す。

「ええ、そうね」

 騒がしいだけかと思っていた夜雀だけど、意外とフランに良い影響を与えてくれてるみたいじゃない。
 怯えさせた分と合わせて心証は全く変動してないけど。

 と、何処から轟音にも似た音が聞こえてきた。地響きには届かないけれど、似たような迫力を有している。

 ……えっと、何かしらあれは。

 視線を巡らして見つけたのはかき氷屋だった。甘味処の前に屋台を立てていて、周りには赤い布の掛けられた長椅子が置かれている。
 そこで、店番をしているのは、人間の年配の女性だった。
 見るからに普通の女性だった。平凡、と言っても差支えがなさそうだ。そんな女性が物凄い勢いでかき氷機のハンドルを回していた。

 轟音の発生源はあそこのようだ。

「……なんか、すごいね」

 そんな小さな呟きの様な声が聞こえてきた。フランも同じ方向を見て、呆気に取られているようだった。
 色々な物を見てきた私でさえ、驚きを隠せないでいるのだ。初めて見るものが多いフランは私以上に驚いていることだろう。

「……そうね」

 私は苦笑を浮かべながら答えた。里の中にあそこまで豪快な人間は中々いない。
 だからこそ、興味深い。

 気が付けば、フランの顔を見ていた。
 フランは私の言いたいことを察してくれたのか、私が何も言わずとも頷いてくれた。

 行ってみましょう。

 フランの手を握る手に意識を込めて私はかき氷屋へと向けて歩き始める。
 多分、今私たちは同じような表情を浮かべている。

 期待、というもので輝いている。


「いらっしゃい! お嬢ちゃんたち、何にするんだい?」

 今日初めて、声にも質量があることを知った。そう思ってしまうくらいに、この恰幅のいい女性の出す声は豪快だった。夜雀の声とは比べ物にならない。
 フランが少し驚いてる。でも、怯えた様子は微塵も感じられない。

「はっはっはっ、あんたたち妖怪だってのに腰が引けてるよ! 私の事が怖いのかい?」
「別にそういうわけじゃないわ。ただ、貴女の声の迫力に押し負けてね」

 想像に違わず笑い方も豪快だった。
 なんだか、これだけ豪快だと心地よくなってくるわね。太鼓の音を間近で聞いた時のように。

「そうかいそうかい! 女としてそれを喜ぶかどうかは微妙なとこだけど、褒め言葉として受け取っておいてあげるよ!」

 鬼を相手にしているような気分になる。この人間なら鬼の宴会の中に入っても一切違和感がないかもしれない。

「それで、お嬢ちゃんたちは何にするんだい?」

 食べる、と決めたわけではないけど、女性の中ではもう決定事項となってしまっているようだ。まあ、別にいいんだけれど。

 そう思いながら、私はメニューを眺める。結構種類はあるみたいね。

 横ではフランが羽を揺らしながら、うんと甘いのが良い、と言っている。それに女性が、あいよ!、と威勢よく頷く。

 種類は、果物系とみぞれ、小豆、それと日本酒、ワイン。日本酒とワインがこれでもか、というくらい種類が揃えられていた。
 流石、幻想郷ね。酒類の充実には余念がないわね。

 今日は酒の気分ではないし、私はこれにしようかしらね。

「じゃあ、私は夏蜜柑にするわ」
「うんと甘いのに、夏蜜柑だね。ちょっと待ってくれるかい」

 そう言うや否や女性はその場にしゃがみ込む。立ち上がった時には右手に四角い氷の塊、左手にガラスの容器が二つずつあった。足元に、この祭りの時だけに使う氷室があるのかもしれない。
 というか、素手で氷を掴んでも大丈夫なのかしら。妖怪ならともかく、普通の人間なら低温火傷でも起こしてしまうはずだ。けど、女性は平気そうだし、ちらりと見えた手のひらは少し赤くはなっているものの健康な者の肌だった。
 私が人間と妖怪を間違えることはほとんどないけど、疑わしくなってくる。

 私が人間かどうかを疑っているとは露とも知らず、女性はかき氷機に氷を設置する。

「……」

 女性の手がハンドルに添えられる。同時に、周囲の空気が張り詰め始める。何が起こるのか分っていても緊張してくる。

 大きく息を吸う。その音は、はっきりと私の耳にも届いてきた。

「はああああっ!」

 そんな気合いの籠った声と共にハンドルが物凄い勢いで回され始める。
 こうして近くに立っている事でわかる。氷の削れる音は騒音としか呼べないような音量だ。耳を塞いでいなければとても耐えられない。
 けど、高速の回転はそんな騒音を生む代わりに、氷をみるみる削っていく。一つ目の氷はすでにその姿を白い小山へと変えていた。

 一瞬の静寂。
 この間も、緊張感は継続される。

「まだまだあああぁぁっ!」

 そして、静寂は二個目の氷が設置されるとともに霧散した。
 再び生まれる咆哮と轟音。二回目の方がその声に込められているものが多い気がする。耳を塞いでもびりびりと鼓膜が震えている。

 二個目の氷も、すぐに雪へと姿を変えていた。

 迫力はすごい。でも、だからこそ効率も良くなってるのね。それに、見かけの派手さとそれに伴う轟音は、パフォーマンスとしてもいい。
 とはいえ、この人がそこまで考えているとは思えない。この人のやりたいようにやっている、という印象の方が強い。
 だからこその豪快さなのかもしれない。

 容器にそびえ立つ雪山へとトッピングを開始する。片方にはオレンジ色の果肉混じりのシロップを、もう片方には小豆を乗せ、とろっとした透明なシロップをかけている。
 そのシロップの量もかなり気前が良かった。三分の一くらいが溶けてしまっているほどだ。

「夏蜜柑に小豆特濃みぞれ掛けお待ちどうさま!」

 そして、二つの雪山にスプーンが突き立てられ、容器が私たちの方へと押し出された。

「ありがとっ」

 フランがかなり速く反応した。私が手を伸ばす暇もなく、私から手を放して二人分の容器を受け取った。甘い物を前にしているからか、羽が忙しなく揺れている。
 まあ、私はお金を払わないといけないから、どうせ受け取れはしないんだけど。

 さっさと財布を取り出して、お金を払う。そんなに早く溶けるとは思わないけど、楽しみにしているフランを待たせるわけにはいかない。

「毎度あり! 溶けない程度にゆっくりと味わってちょうだい」
「うんっ」

 頷く声はかなり弾んでいた。
 甘い物を前にして、だいぶテンションが高くなってるみたいね。受け取ってからずっと、溢れんばかりの笑顔を浮かべている。

「お姉様、行こっ」

 夏蜜柑のシロップがかけられたかき氷を渡してくれる。私は、急いで財布を収めると冷たいそれを受け取った。

 そんな私たちを女性は微笑ましげな表情で見守っていた。子供扱いされてる気がする。
 けど、他者にそういう表情を浮かばせられる、ということはそれだけ私たちの仲が良好に見えるということだ。そう考えれば別にいいか、と思えてくる。
 どうにもフランが絡んでくると緩くなりすぎるわね。それがどうした、と言った感じだけれど。

 気分を良くしたまま屋台の前から離れて、座る場所を探す。長椅子は半分くらいが埋まっていた。けど、私たちが座るには何の問題もない。
 というわけで、並んで腰かける。

 座った途端に、疲労の溜め息が漏れてきた。多分、夜雀の所で貰ってきた疲労だ。こんなおまけいらないわよ。

「んーっ! すっごく甘くて美味しいっ!」

 私が息を吐いている間に、かき氷を口に入れたフランが心の底から嬉しそうにしている。羽もかなり大きく揺れていて声だけでなく、全身で嬉しさを表している。フラン自身から光が溢れ出しているようにさえ見える。
 通行人の何人かが足を止めて、更にその内の何人かが屋台の方へと向かうほどだった。
 フランがかき氷を食べ終わるまでにどれくらい客が増えるのかしらねぇ。

「相変わらず、貴女は甘い物が好きなのね」
「うんっ。だって、甘い物を食べてたら幸せな感じがするからっ」

 私に向けられるのは完璧な笑顔だった。光の粒子さえ舞い出しそうだ。
 本当に甘い物が好き、ということが伝わってくる。

「ねえ、お姉様も食べてみる? 幸せのお裾分けっ」

 笑顔のまま、かき氷を差し出してきた。

「ありがとう。一口貰うわ」

 まだ一度も自身の雪山を崩していないスプーンを抜き取る。氷はかなり細かくなっているみたいで、一切の抵抗を感じなかった。
 かき氷のキメの細かさに感心をしながらフランのかき氷を一口分すくう。

 フランは、表情をきらきらとさせて私を見ている。大好きな味を私も気に入ってくれるはずだ、と思っているんだろう。

 期待してもいい物みたいね、と思いながらスプーンをくわえた。
 けど、直後に私は動きを止めてしまう。

 私の口の中に広がるのは、氷の冷たさと、強烈な甘さだった。けど、冷たさも鳴りを潜めてしまうと、ただひたすらに甘いだけとなる。

 な、何よ、この甘さは……。私が今まで食べたものの中で一番甘いと言っても過言じゃないくらいだわ。

「お姉様、どうしたの?」

 スプーンをくわえたまま動かない私を見て、フランが不思議そうに首を傾げる。
 流石にこのまま止まってるわけにはいかないわよね。

 というわけで、くわえたままのスプーンを口から出して、甘味の塊を飲み込む。そのさい、あまりの甘さに噎せそうになった。

「……物凄く甘いわね」
「うん、幸せでしょ?」

 物凄くいい笑顔でそう言われた。
 どうして貴女はそんなに平然としてられるのよ。

「幸せすぎて胸やけがしそうだわ」

 思わず出てきたのはそんな皮肉めいた言葉だった。
 けど、フランは別段気にした様子もなかった。むしろ、更に不思議そうな表情を浮かべて首を傾けたままだった。

「あれ? お姉様って甘い物苦手だったっけ?」
「そんなことはないけれど、これは甘すぎよ」
「そうかな?」

 私の言葉が理解できない、と言った感じだった。私としては、平然とあれだけ甘い物を食べられるフランの方が理解できない。

「まあ、人の好みなんてそれぞれだよね」

 フランはそうまとめて納得したようだ。まあ、確かに味の好みなんて舌の数だけあるようなものよね。
 というわけで、私もフランと同じように納得することにした。

「ねえ、お姉様のも食べてみていい?」
「ええ、いいわよ」

 全部欲しい、と言われてもあげるつもりだ。フランがそういうことを言うとは思わないけど。

「ありがとう、お姉様。じゃあ、いただきます」

 そう言うや否や、フランはスプーンを私のかき氷の方へと伸ばしてきて一口分すくい取った。そのまま、器用にスプーンを自らの口まで運んで行く。

「あ、こっちは甘酸っぱくて美味しいっ。甘い物の後には丁度いいかも」

 へえ、ならさっきの甘すぎるやつの舌直しにはよさそうね。
 そう思って、私は一切の警戒なく自らの手にあるかき氷をすくって口へと運んだ。

「――っ?」

 甘が塗りつぶされて酸っぱいだけだった。しかも、強烈に。

 さっき、味の好みは舌の数だけあると思った。
 けど、私は再度思う。


 ほんとにどうなってるのよ、フランの味覚は。





 かき氷を食べ終えて、私たちは再び通りを歩き始める。
 フランが急いで食べすぎて頭が痛めたり、逆にゆっくり食べていた私は最後の方がほとんど液体になっていたりしていた。まあ、ありがちな光景を二人して作っていた、というわけだ。

 かき氷を食べている間にすっかり夜も暮れてきたようだ。妖怪や幽霊の姿が増えてきたように思う。けど、それでも誰もが楽しそうにしていて、祭りとしては最高の雰囲気だ。

 そして、私たちは相変わらず手を繋いでいる。決して、はぐれたりしないように。

「くすくすくす……」

 不意に耳元で笑い声が響く。楽しげだった雰囲気が一瞬で凍りつく。
 いや、私とフランだけが止まる。他の人たちは、怪訝そうに私たちを振り返りながらも足を止めず進んでいく。

 どうやら、今の笑い声は私たちにしか聞こえていないようだ。
 私は振り返って、フランを守るように一歩踏み出す。この時も、決して手は放さない。いや、こんな時だからこそ、放さない。

 私の振り向いた先には白狐の面を被った黒髪の人間の少女が二人いた。二人とも着物を着ている。
 一人は赤紫地に色鮮やかな花びらが散りばめられた物。もう一人は、紫地に小さな白い花が描かれている質素な物を着ていた。髪は赤紫が腰まで、紫が背中まで伸ばしていた。

 そして、問題なのは二人の立っている位置だった。声は耳元で囁いたかのような音だったはずだ。それなのに二人が立っているのは私たちの手が届かないほどに離れた所だった。
 気配は明らかに人間の物であるはずなのに、その雰囲気はそれから逸脱している。そのことに、私は薄ら寒さを覚える。

「なによ、あんたたちは」

 ここで暴れるわけにはいかないから手出しはしない。けど、警戒心は持っておく。何が起きてもいいように、二人をじっと見据えながら周囲の気配にも警戒を向ける。

 不気味な二人は動こうとしない。ただ、小さく妖しげな笑い声だけが、耳元で響き続ける。

 こいつらは、何が目的?

 攻撃の意志は感じられない。ただ、笑い声を上げているだけだ。
 けど、その距離を無視した笑い声は人間らしくない。それ以外のものなのではないだろうか、と思わされる。

 耳の中で、頭の中で笑い声が響く。
 理解できない事態に、微かな恐怖感を覚え始める。そして、この程度、怯えていることが気に入らなくて、勢いよく一歩踏み出すと同時に声を張り上げる。

「あんたたち! 言いたいことがあるなら――」
「お姉様、待って」

 途中でフランに止められてしまった。一歩踏み出した姿勢のまま思わず、フランの方を振り返ってしまう。

「フラン?」

 そういえば、こういう場面では怯えていそうなフランが全く動じていない。何か、あるんだろうか。

「貴女たち、パチュリーとこあだよね」
「え?」

 フランが放ったのはそんな予想外の一言だった。どう見ても、この二人は人間、よね?

 けど、フランのその言葉が図星だったかのように二人は笑うのをやめる。

「どういう魔法を使って誤魔化してるのかはわかんないけど、魔力の流れでわかるよ」

 二人を見据えたままそう言い放つ。何だかフランがとても頼もしく見える。姉として、情けない限りだけど。

「流石、と言った所ね」

 聞こえてきたのは聞き慣れた友人の声だった。
 背中まで髪を伸ばした少女が面を外すと、現れたのはパチェの顔だった。黒髪のせいで違和感が酷いけれど。

「思った通り、フランドール様にはばれてしまいましたねぇ」

 もう一人の少女も面を外す。こちらは、パチェの図書館で司書をやっている小悪魔だった。けど、黒髪になっていてその上、悪魔の耳が見えないせいでほとんど別人のように見える。

「……貴女たち、何をやってるのよ」

 二人にジト目を向ける。
 というか、パチェは館を出た時はいつもの服じゃなかったかしら?

「適当にぶらついてたらお面屋を見つけて、そこにいい感じのお面をあったの。それで、折角だから最初に目に入ったうちの館の誰かを驚かせようかと思ったのよ」
「で、そんな所で現れたのが、レミリア様とフランドール様だった、というわけです」

 パチェがいつも通りの表情で、小悪魔が楽しげな笑顔でそう言う。
 けど、表情は違えども纏う雰囲気は似たようなもの。悪戯を楽しむ子供の様なそれだ。

「でも、すぐにばれてしまったんですけどね」

 そして、小悪魔の表情は残念そうなものへと変わる。もっと楽しみたかった、とかそういうことだろう。
 ふざけるんじゃないわよ。

「ま、レミィの少し怯えてる顔が見れただけでもよしとしましょうか」
「はい、そうですね」

 そう言いながら二人は髪の色を元に戻し、小悪魔は耳も見えるようにした。それと同時に、二人から人間の気配が消える。

 そんなことよりも、

「私は、怯えてなんかないわよ」

 二人を睨む。
 素直に認めるのは私の自尊心が許さない。

「そんなこと言って、本当は怯えてたんでしょう?」
「うん、だと思うよ。お姉様って私と同じで結構臆病だからね」

 パチュリーの言葉にフランが可笑しそうに笑いながら同意する。

「なっ……、フランっ?」

 予想外の裏切りに私は心の底から驚く。勢いよくフランの方を向いてしまった。

「だって、お姉様は私がちゃんと力を使えるようになってもずっと会いに来てくれなかったもん」
「うっ……」

 フランの拗ねたような態度に私はたじろいでしまう。事実なだけに私は言い返すことが出来ない。

「相変わらず、レミィはフランには弱いのね」
「まあ、あんな事があれば強く出れなくなりますよね」

 図書館組の二人が暢気にそんなことを言う。

「あーもう、うっさい! わかった、わかったわよ! どうせ、私は臆病よっ」

 三人から顔を逸らす。それでも、私はフランの手を繋いだままだった。こんな状況でも、フランの手だけは放さない私は何なのやら。
 ……何と言われようとも、自分よりもフランが大切だ、ってことかしらねぇ。

「お姉様、拗ねないで」

 先ほどまで拗ねたような態度を取っていたはずのフランが、真面目な表情を浮かべて私の正面へと立つ。顔は、そらさなかった。

「私はお姉様が臆病でも、お姉様のことが好きだよ。それにね。いざとなった時、お姉様が怯えて動けなくなったら私が守ってあげるよ」

 そして、頼もしい笑みを浮かべてくれる。いつの間に、こんなことが言えるようになったのやら。
 全く、私も情けない姿なんて見せてられないわね。

「何を言ってるのよ。そんないざとなるような時があれば、無理やりにでも動いて貴女を守り抜いてあげるわ」

 私がフランを守る、と決めたのだ。なら、守られてなんていられない。
 どんな恐怖に見舞われようとも、フランを守る為ならどんな状況でさえ動けるだけの決意と覚悟がある。
 私が動けなくなるのは、フランに嫌われてしまったのではないだろうか。そんなふうに思ってしまった時だけだ。

「そっか。じゃあ、いざとなったらお互いに助け合って守り合おう? そうしたら、どんなことでもきっと一人でやるよりも上手く行くはずだよ」
「ふふっ、確かにそうね。私たちが力を合わせれば、恐れるものなんて何一つないわ」
「うんっ」

 ほとんど同じタイミングで笑顔を浮かべる。そして、お互いにぎゅっと手を握り締める。決して、私たちの繋がりは切れないのだ、と主張するように。

「パチュリー様、そろそろ行きましょうか。お二人とも、お邪魔しましてすいません」
「ええ、そうね。レミィ、フラン、邪魔して悪かったわ」

 二人にそんなふうに謝られる。なんで二人の口から邪魔、という言葉が出てくるのかがわからない。

「ん? 別に邪魔だとは思ってないわよ? からかわれた、っていうのは確かに気に入らないけど、そんなに気にしてないわよ?」

 そうは言ったけど、そもそもパチェがこんなことを気に病んでいるとは思えない。本気でやる時はもっと容赦がないし。

「そういうことじゃないわよ。本人たちに自覚がなくても、ああ、私たち邪魔だな、って思う時があるのよ」
「はあ……」

 パチェの言ってることが理解できなくて、そんな声が漏れてきた。フランも隣で首を傾げているのがちらりと見えた。
 パチェの言うことは難解なことが多い。

「いいわよ。わかんないならわかんないで」
「私がよくないわ」
「そう、なら、これを代わりにあげるわ」

 そう言って差し出してきたのは先ほどまでパチェが付けていた狐の面だった。反射的に触れて、どうやら木で出来ているらしいことを知る。
 けど、そんなことはどうだっていい。

「何がどう代わりになるっていうのよ」
「いらないの?」
「いらないわ」
「そう。私もいらないわ」

 私が押し返しても、諦めずに押し返してくる。
 というか、私の質問に答えなさい。まあ、言うだけ無駄でしょうから言わないけれど。

「ではでは、フランドール様には私のをあげましょう」
「いいの?」
「はい。同じ悪戯をする、というのは私のプライドが許しません。なので、これはもう私にとっては無用の長物なのです」
「そっか、ありがと」

 私たちが、面を押し付け合ってる横では、フランと小悪魔がそんなやり取りをしていた。
 そして、面を受け取ったフランは、私の方をじっと見ていた。何を言いたいかは大体わかった。

「ほら、フランは受け取ってるわよ」
「……わかったわよ。受け取ればいいんでしょう」

 溜め息を吐きながら仕方なくその狐の面を受け取った。これだけでフランの嬉しそうな顔が見られる、というのなら安い物ね。

「ありがとう。これで、嵩張るものが無くなったわ」
「はいはい、どういたしまして」

 全く気持ちの込められていない感謝の言葉に私も適当に返す。

「じゃあ、私たちはまた適当にぶらついてくるわ。貴女たちは貴女たちで楽しみなさいな」
「では、お二人とも、お楽しみくださいね」

 二人はほとんど同時に踵を返して、雑踏の中へと消えていった。残ったのは、パチェに無理やり押し付けられた白狐の面だけだった。

 そういえば、パチェは驚かす為だけにわざわざ浴衣に着替えたのかしら。
 でも、だとしたら、館を出る前からそうするって決めてたってことかしらねぇ。でも、パチェは魔法が使えるから突発的な思い付きでも実行することが出来る。
 まあ、なんでもいいか。いつ決めたのかなんて、被害を受けてから考えた所で仕方がないし。

「ねえ、お姉様。お面をこういう風に付けてよ」

 パチェたちの方へと向けていた視線をフランの方へと向けてみる。
 フランは、面を頭の左側に付けていた。何だか、子供っぽい印象が更に強くなっている。顔に付けると、また別なんでしょうけど。

 それよりも、フランがしているようにする、というのは私も同じような印象を抱かれる、ということだろう。
 けど、このまま手に持っているのも面倒くさい。それに――

「これでいいかしら?」
「うんっ。これで、お揃いだね」

 私が面を頭に付けたのを見て、フランが嬉しそうに言う。

 目論見通り、フランの嬉しそうな顔が見れたからよしとしましょうか。





「あー! もう! また、外れた!」
「チルノ、もう一発あるからまだ諦めちゃ駄目よ」
「そうだよ。頑張ってっ、チルノちゃん!」

 フランと並んで屋台通りを進んで、食べ物屋よりも娯楽寄りの屋台が増えてきた頃。一つの屋台から、聞き慣れた声と、聞いたことのある声が聞こえてきた。

 それは、美鈴と氷精と霧の湖でよく見かける大妖精だった。

 氷精は様々な物が乗った棚と台越しに向き合っていて、両手で不釣り合いなほどに大きなライフルを支えていた。

 射的屋、だとは思うけれど標的を狙う為の道具が本格的すぎやしないだろうか。あれで景品を狙えば容易く風穴があいてしまいそうだ。
 だから、見かけを凝っただけの玩具でしょうね。きっと。

「あ、お嬢様に妹様。お二人も楽しんでいらっしゃいますか?」

 少し興味を引かれて近寄ってみると、美鈴がすぐに私たちに気がついた。それに続くように、振り返った大妖精が丁寧に頭を下げる。
 会う度に思うけれど、うちの館の妖精たちも同じくらい優秀なら咲夜はもっと楽が出来るんでしょうね。まあ、今でも問題なく回ってるからどうしてもそうなってほしいわけではないけど。

「うん、楽しんでるよっ」
「ええ、楽しんでるわ」

 弾んだ声と落ち着いた声とで返す。
 私はこんな声だけど、ちゃんと楽しんでるわよ。

「そうですか。それはよかったです」

 む、なんだろうか。美鈴の微笑ましげなものを見るような表情は。嫌な感じではないけど、何だか気に入らない。
 というか、かき氷屋の店員もそんな表情を浮かべてたわね。だというのに、美鈴に同じような表情を浮かべられて気に入らないのは、美鈴が私の部下だからだろう。
 部下に子供扱いをされて素直に嬉しい、とは思えない。まあ、今更だから特に何かを言ったりはしないけど。

「ねえ、美鈴。あれって何するものなの?」

 興味を持ったのか、フランが氷精の方を見て疑問を口にする。

「あれは、チルノの持っている鉄砲を使って、あの棚にある景品を倒す、というものです。ちなみに、倒した的は貰うことが出来ますよ」
「へえ、そうなんだ。ありがと、美鈴」
「いえいえ、これくらいお安いご用ですよ」

 フランが美鈴から説明を聞いている間、私は氷精の方を見ていた。
 去年までの射的屋なら、コルク銃を持って台から身を乗り出していたのを見掛けた。けど、今年のはそういうことは出来そうにない。あの形は、両手で支えていないとトリガーが引けそうにない。

 だから、氷精は両手で支えて構えているのだが、似合ってなかった。そもそも、構え方が間違ってるわね。
 どんな性能なのかは分からないけど、もっと銃身を高くした方が狙いやすいでしょうに。ライフルをピストルと同じような構え方をするなんて斬新ね。

 そんな状態で放たれたコルクの弾は的を大きく外れて、屋台の壁に当たって下に落ちた。一応、コルク銃なのね。去年見たものよりも威力が高そうだけれど。

 氷精の放った弾が外れたことは予想通りだったから特に感慨も何もない。けど、本人はそうでもないようだ。

「がー! 全っ然当たんないじゃない! こうなったらあたいが直接仕留めてやるわ!」
「ちょ、ちょっとチルノちゃんっ? そんなことしたら駄目だよ!」

 氷精がコルク銃を台の上に投げ出して、弾幕を形成しようとする。大妖精が慌てて止めに入る。

 こんな状況になっても、この屋台の店主だと思われる、頭に鉢巻を捲いた男性が動き始める様子はない。慌てず動じずを貫いて、まるで岩のように椅子に座ったまま事態を静観している。
 私たちの中の誰かが止めると信じているのか、それとも既に諦めてしまっているのか。どちらにしろ、肝の据わった店主だ。
 まあ、そうでなくては、妖怪、特に子供っぽく我侭なのを相手になんてしていられないでしょうけど。

「こら! チルノ! 気に入らないからってすぐに力を使ったら駄目よ! 何度も言ってるでしょう!」

 美鈴が慌てたように氷精の方へと戻って叱る。
 氷精は不満そうだったけど、美鈴に二、三言何かを言われて渋々ながらも落ち着きを取り戻した。横では、大妖精が苦笑を浮かべている。

 まるで保護者みたいねぇ。そんな様子がかなり似合っているのが何処か可笑しい。

「ねえ、お姉様」
「うん?」

 不意に、浴衣の袖をフランに引っ張られる。視線は自然とフランの方へと向く。

「あれって、万華鏡かな?」

 んー?
 フランの視線を追って、景品の置かれた棚を見てみる。そこには、花柄の和紙が張られた筒状の物が置いてあった。
 万華鏡だと思ってみればそう見えるけど、実際はどうなのかわからない。

「多分、そうだと思うけど、興味があるのかしら?」
「うん、今まで一度も覗いたことがないから。確か、綺麗な物が見えるんだよね?」
「ええ、そうね」

 とはいえ、私自身万華鏡を覗いたのなんて片手で数えられるか数えられないか程度だ。
 けど、覗く度に見える光景が変わるのは確かに心惹かれる物があった。おそらくフランなら、飽きもしないで覗くことが出来るんじゃないだろうか。

「欲しいのなら、私が取ってあげるわよ」
「ううん、私が自分でやってみるよ」

 先ほどフランに情けない姿を見せたから、名誉挽回の為にいい所見せようと思っていたのだけれど、そうもいかないようね。
 フランがやりたい、と言っているのを無視してまで挽回しようとは思っていない。
 そもそも、そういう態度こそがマイナスだろうし。

「そう。なら、頑張ってきなさい。ただし、私の申し出を断ったんだから、ちゃんと結果を残すのよ」

 ゆっくりと手を放す。
 このまま恰好をつけたいところだけど、私は財布を取り出す。ここが店である限りはお金を払わなくてはならない。
 どうやら、一回で三発まで弾が撃てるようだ。

「わかってるよ、お姉様。じゃあ、頑張ってくるね」

 お金を受け取ったフランは真っ直ぐに店主の男の方へと走っていく。
 フランが笑顔でお金を渡すが、それとは対称的に店主は表情を動かさない。無愛想にも見える態度で、チルノが使っていたのと同じコルク銃をフランへと渡した。

 既に弾が装填されているのか、コルク銃以外を手渡したような様子はない。
 それにしても、何があっても動じないことと言い、表情が一切変わらないなんて、ほんとに岩みたいな男ね。

 フランはそんな店主の反応を気にすることもなく、台の前に立って景品棚と向き合ってコルク銃を構えた。

 本でどうやって構えるかを知っていたのか、間違っている所もあるけど、一応形にはなっていた。
 私も詳しくは知らないし、どうせ玩具なのだから正しい構えをする必要はないと思う。だから、私は何も言わない。万華鏡だと思われる筒をじっと見つめるフランを見守るだけだ。

 フランが、息を吸う。目を細め、対象にだけ視線を定める。
 まるで、獲物を狩る物のような目となっている。けど、対象物が万華鏡であり、血生臭さがない所がなんともフランらしい。

 フランの纏う雰囲気が変わる。いつもの柔らかな印象が、鋭い印象へと書き変わる。
 変化に気付いた者たちは全員口を噤む。あの、騒いでいたチルノで、さえだ。

 静かだ。
 遠くから人々が楽しげにしている音が聞こえてきているはずなのに、フランの周りだけとても静かだ。

 標的へと意識を集中させたフランが、ゆっくりと指に力を込め始める。

 そして、遂にトリガーが引かれる。空気が弾を押し出す少し間の抜けるような音が小さく響く。
 コルクの弾は、万華鏡と隣の賞品の間を通り抜けてしまう。

 けど、それは予想通りだった。初めてああ言った物を扱うのだから、外して当然だろう。
 そして、きっと次も外す。一発目は感触を確かめるため、二発目は微調整をする際の参考とする為。
 だから、勝負は三発目となるはずだ。

 二発目が放たれる。それも私の予想に違わず外れる。
 けど、かなりいい線を行っていた。コルクの弾は、和紙に包まれた筒にかすれていた。微かに揺れているのも見てとれた。

 けど、それよりも気になることが一つ。コルクの弾が外れた瞬間、周囲から溜め息にも似た落胆の声が聞こえてきたのだ。それも、一つや二つではなかった。

 コルク銃を構えたまま、真剣な表情を浮かべるフランを視線に入れつつ周囲を見回してみる。
 すると、たくさんの通行人が足を止めてフランの事を見ているのが見えた。両手では明らかに足りず、向こう側が見えないほどとなっている。

 それだけ人がいるにも関わらず、この周りは相変わらず静かだ。起きた音と言えば、先ほどの溜め息だけだった。
 フランは今の様子に気づいていないようだ。

 多分、ここにいる全員がフランの真剣さと、鋭い雰囲気に惹かれて足を止めたのだろう。その証拠となるのが今ここに形成されている、異様に緊張した雰囲気だ。
 誰もが固唾を飲んで、フランの事を見つめている。

 フランが、深呼吸をする。
 その瞬間に場の緊張感が増す。誰もが動けなくなる。

 動いているのは、フランだけ。
 けど、それも微々たるもので、銃身を調整しているだけだ。

 これが、最後の一発となる。お金を払えば何発でも撃てるとはいえ、この雰囲気でやり直してしまえば興が覚めてしまうだけだ。
 まあ、それがなんだ、という話だけれど。要は、当ててしまえばいいのだ。余計な事は考えなくていい。
 フランはきっと当てる。何と言ったって私の妹なのだ。それ以上の理由が必要だろうか。

 フランの動きがぴたり、と止まる。その瞬間に全てが遠くなる。
 ざわめきも、観衆も、自分自身でさえ遠く感じる。
 たった一人、フランだけがこの場に立っているようなそんな錯覚を抱く。

 そして、引き金は引かれた。相変わらず、響いたのは間抜けな音だった。

 けど、フランが生み出した音は一つだけではなかった。


 コルクの弾が何かにぶつかる音。布の上に何かが落ちる音。


 ぶつかったのは万華鏡。布の上に落ちたのも万華鏡だった。



「……やっ、たっ!」



 フランが心の底から嬉しさを絞り出すような声でそう言った。その途端に、周囲から割れんばかりの拍手が鳴り響き、歓声が上がる。
 おっと、思った以上の盛り上がりっぷりね。これが、フランの持つカリスマ性、ってやつかしら?
 真剣に何かに取り組んで、気が付けばたくさんの人を惹きつけてる。

 厄介なのは、本人がそのことを自覚してないってことかしらねぇ。

「わっ、いつの間にか人がいっぱいいるっ?」

 ようやく観衆に取り囲まれていることに気づいたらしいフランが慌て始める。けど、この場においてその行動は不正解だ。
 人を集めたのに、その本人が慌ててしまえば集まった人々は勝手に動き始める。
 とはいえ、まだ一区切りがついてないから、ある程度は落ち着いている。

「おめでとう、お嬢ちゃん。これは、あんたの物だ」

 店主が棚から落ちた万華鏡を拾い上げて、フランへと差し出す。
 ここに来てようやく店主の声を聞くことが出来た。かなり渋い声ね。けど、あまり遠くまでは届きそうにない。それがわかっているから、あまり喋らないのかしら。

「あ、ありがとう」

 フランが台の上にコルク銃を置いて景品を受け取る。その際に、頭を下げるが、店主はそのまま椅子の方へと戻ってしまった。最後まで無愛想ね。

 けど、それが一区切りついた、という合図になってしまう。人々を縛っていた枷が外れ、フランへの興味が外側へと溢れ出てくる。
 具体的には、フランは囲まれてしまい質問攻めにあっていた。それと、人々に動きが生まれ、私とフランとの間に隔たりが出来ていた。

 さっきの間に近づいておくんだったわ。
 そう悔やむも、既に後の祭りだ。

 こういった場面に慣れていないフランはわたわたとするだけで、事態は一切好転しやしない。
 次第に、フランの顔に不安の色が浮かんでくる。

「邪魔よ、どきなさい」

 気が付けば、私は目の前の壁へと向かってそう言っていた。周りは騒がしくなっているけど、私の声は届いたようだ。
 何人かが後ろを振り返って、私の姿を見ると道を開けてくれた。

「お姉様? よかったっ……」
「っと。よしよし、大丈夫だから、落ち着きなさい」

 私の姿を見るなり、フランは涙目になって私に抱きついてきた。
 落ち着かせるように頭を撫でてやる。とはいえ、リボンと面のせいで、真ん中の部分しか撫でてあげる事が出来ないのだけれど。

 いきなりの闖入者にざわめきが大きくなっている。けど、気にしない。今はフランのことが第一だ。

「……うん、大丈夫、落ち着いた」
「そう。なら良かったわ」

 抱きつくのをやめて、小さく微笑みを見せてくれた。うん、目尻に少し涙が残ってるけど、落ち着いてくれたみたいね。

「でも、なんで皆、私の周りに集まってるの?」
「皆、貴女の魅力に惹きつけられて集まったのよ」
「魅力?」
「そ、貴女自身は気付いてないみたいだけれどね」

 フランの顔を疑問が支配して行く。首の傾きもどんどん大きくなってきている。

「ま、そこは、自分で実感してみるといいわ」
「えっ?」

 フランが驚いているようだけど、無視して集まっている人々の方へと向く。
 こうして、改めて眺めてみると人も妖も関係なく混じってるわねぇ。フランにどれだけ他者を惹きつける力があるのかよくわかる。

 けど、まとめられていないからざわざわと騒がしい。
 今は、フランよりも私の方に注目が集まっているようだ。そちらの方が都合がいい。

「全員聴きなさいっ!」

 声に力を込める。そうすれば、遠くへは届かずともざわめきに潰されることはない。
 そして、私の目論見通り、しんっ、と静まり返る。注目も全て私の方へと集まっている。

 次に何を言うか。それはもう決めてある。
 ざわめきの中、いくつか聞こえていた疑問。それに答えてあげるつもりだ。

「この子は、私の最愛の妹、フランドール・スカーレットよ!」

 誰よりも何よりも大切な者の名を聴衆の中に響かせた。





「お疲れ様、フラン」
「あ。ありがと、お姉様」

 ぐったりとしたような様子で長椅子に座っているフランへと冷たい麦茶の入った湯呑を渡す。

 ここは、屋台の立ち並ぶ通りの中心辺りにある広場だ。今はいくつかの長椅子が並べられて休憩所として機能している。私たちの他にも何人かが座って休んでいるのが見える。
 麦茶は、慧音から貰ったものだ。無料で配ってるものらしい。

「どういたしまして」

 私も同じ湯呑を手にしたまま、フランの隣に座る。あのかき氷を売っていた甘味処から持ってきたもののようで、同じような座り心地だった。

 私は両手で支えて麦茶を飲んでいるフランを横目で眺める。景品である万華鏡は膝の上に置いてある。

「……それにしても、すごい人気だったわねぇ」

 フランが湯呑から口を放した所で、私はそんな感想を漏らす。場の雰囲気に飲まれていた者が多数いたとはいえ、あそこまで質問攻めに合うとはねぇ。
 もしかしたら、質問に一生懸命答えようとするその姿も人々を惹きつけたのかもしれない。とはいえ、フラン自身は私に手を握られていないと不安で不安で仕方がなかったようだけど。
 始終、私の手をぎゅっ、と握っていた。

「うん。あんなにたくさんの人に囲まれたのなんて初めて。喜んでたら、いきなりでっかい拍手の音が聞こえてきてびっくりしちゃったよ。人が集まって来てるなんて、全然気付かなかった」
「周りの事に気づけないくらいの真剣さが、皆を惹きつけたのよ。それこそが、貴女の魅力よ」

 そう言いながら、私の自慢の妹の頭を撫でてあげようとした。けど、狐の面が邪魔でそれは出来なかった。逆側に座っていたら、今度はサイドテールが邪魔になっていたはずだ。
 どっちにしても、頭を撫でる事が出来ないってことじゃない。仕方がないけど、諦めるしかなかった。
 勝手に面を取るのも悪い気がするし。

「そうなのかな?」
「ええ、そうよ」

 なんだか納得がいかないようで、湯呑を両手で支えたまま首を傾げる。
 まあ、今回と同じようなことが後何回かあれば、嫌でも納得するようになるんでしょう。

 私はそれ以上何も言わず、麦茶を口に含む。
 味については、微かに苦い、といったこと以外に特徴はない。けれど、冷やされたそれは、渇いた喉に、疲れた身体には丁度いいのだろう。

 ぼんやりとそんなことを考えながら、もう一口。
 やっぱり微かに苦く冷たいだけだ。特に面白みもないので、一気に飲み干してしまう。

 はあ、と息を吐く。
 どうやら、気がつかない内に私も疲れてしまってるみたいね。けど、メインイベントはまだ始まってもいない。だから、帰るつもりなんてさらさらない。

 けど、そのメインイベントまではもう少し時間がある。もう少しここで休憩しながら時間を潰すことにしよう。

「ねえ、フラン。万華鏡、覗いてみたかしら?」

 その間、黙っているのもつまらないから、フランに話しかける事にした。まあ、手近な話題、っていったらこんなものかしらね。

「ううん、まだだけど、覗いてみてもいいよね?」
「どうして、わざわざ私に許可を取ろうとしてるのよ。それは、貴女の物でしょう?」
「ん、うん。それもそうだね」

 頷くと、湯呑を椅子の上に置いて、万華鏡を手に取る。見方は、まあ知ってるでしょうね。
 もしも間違っていれば、私が指摘してあげればいい。

 フランは、万華鏡を月へと向ける。光が必要だ、ということはわかっているようだ。
 そのまま、片目を閉じるとゆっくりと顔を近づけ、筒の中を覗く。

「わぁ……」

 感嘆の声を漏らす。羽がぱたぱたと揺れ始める。

「綺麗……」

 その声は、陶酔しきっていて、その筒の中の光景に心を奪われていることが容易にうかがうことが出来た。
 声を掛けるのも無粋な気がして、羽を揺らすフランを眺めるだけにとどめておく。そんなフランの様子を見て、私は頬が緩むのを感じる。

 よかったわね、と微笑みと共に、心の中で呟く。

「……フラン? どうかしたかしら?」

 けど、不意に羽の動きが止まり、万華鏡を覗くのを止めてしまう。
 そして、私の方を向く。顔には、力ない笑みが浮かんでいた。

「うん、お姉様と一緒に見られないのが、残念だな、って」
「まあ、それは仕方ないわね。万華鏡、というのはそういうものなのだから」

 たった一人を幻想の世界へと誘う道具は、どうやらフランのお気に召さなかったようだ。そういえば、フランが何かを独り占めにしている、というのは見たことがない。

「そっか。……でも、やっぱりお姉様と一緒に綺麗な物を見たいなぁ」
「なら、この後にとっておきがあるわよ」
「えっ? なになにっ!」

 私の言葉にフランが勢いよく食いついてきた。先ほどまでしょんぼりとしていた羽が再び揺れ始める。瞳も輝きを取り戻している。

「秘密よ。簡単に喋ってしまったら面白くないじゃない」
「意地悪だね。お姉様は」

 そう言いながらもフランは楽しげな笑顔を浮かべていた。

 さて、そろそろ移動を始める時間かしらね。人々の動きが少し変わってきている。

「じゃあ、行くわよ。そのとっておきが見える場所へ」

 私は立ち上がって、フランへと手を差し出す。逆の手には湯呑がある。飲み終わったら戻しにこい、と慧音がうるさかったのだ。

「え、えっと」

 万華鏡と湯呑とを両手に持ってわたわたとし始める。私の手をどう掴もうか悩んでるようだ。

「これくらい、私が持っておいてあげるわよ」

 自分の持っていた湯呑を小指と掌で掴み、フランの分を親指と人差し指で掴む。少々辛いがそこは我慢だ。落として割ったとしても、まあ気にしない。適当に誤魔化してさっさと逃げ出してしまおう。

「ありがと、お姉様」

 小さく笑顔を浮かべて私の手を握る。その柔らかい感触を握り返してやる。
 湯呑以上に、フランの手を掴むことには価値がある。いや、そもそもこんなこととは比べようもない。
 だって、この行為には最上の価値があるのだから。

 そのまま、フランの手を引っ張り立ち上がらせてやる。

 歩き出す合図はいらなかった。私が一歩踏み出せば、ちゃんとついてきてくれたから。





 フランの手を引いてやってきたのは、里から少し離れた場所にある小高い丘だった。ここからだと、幽霊がたくさん飛ぶ里を一望することが出来る。人々のざわめきも、微かだけれど聞こえてくる。

 私が立ち止ると、フランは周りを見渡す。今この場に私が言ったものがあると思っているらしい。
 けど、それはまだ現れていない。だから、当然見つけられるはずもない。
 見えるのは里の出入り口の付近で忙しく動き回っている人間たちと、遠くに見える景色だけだろう。けど、それらが私の見せたいものではない。フランも、それはわかっているようだ。

「ねえ、お姉様、こんな所に何があるの?」

 何も見つけられなかったフランがそう聞いてくる。けど、私は答えるつもりはない。

「まあまあ、適当に座って、里の方でも見て落ち着いて待ってなさい」
「ん、わかった」

 少し釈然としない表情を浮かべながらも、素直に草の上に腰を下ろす。私も隣に座りこむ。
 その間は手を放していたけど、すぐに繋ぎ直した。先に手を伸ばしたのがどちらだったかはよくわからない。

 静かに二人並んで里を眺める。忙しく動き回っている人間たちと、里の上空を飛んでいる幽霊たちの動きをぼんやりと追う。

 そうしていると、黒い影がこちらへ向かって来ているのが見えた。暗いからそう見えるのではない。その人物が黒い衣装を纏っているからそう見えるのだ。頭の三角が、彼女が誰であるかを自己主張している。

「先客がいると思ったらお前らか」

 魔理沙が箒から飛び降りる。足を着いた場所が土肌を覗かせる。

「魔理沙、こんばんは」
「おう、こんばんは、だな」

 フランの挨拶に魔理沙が笑顔で挨拶を返す。魔理沙はフランの数少ない知り合いの一人だ。
 二人とも図書館によく行っているから会うことも多いらしい。嘘つきと付き合わせるのは気が引けるけど、パチェの話ではそう心配することもないらしい。
 私の思っている以上にフランも賢明なんだそうだ。見破った嘘は数知れず。とはいえ、騙されてることもあるにはあるらしい。
 その時は、パチェが突っ込みを入れたりしてくれてるらしいけど。

「それにしても、お前らが祭りに参加してるなんて珍しい、というか、初めてだな」

 箒を地面に置いて、フランの隣に座りながらそんなことを言ってくる。

「まあね。今までは調査で忙しかったから」
「祭りに参加する為に何年もかけて調査するのなんてお前くらいなもんだ。フランも大変だよな。こんな過保護な奴が姉で」
「ううん、そうでもないよ。私のことをずっと放っといた時に比べたら全然ましだよ。今は、私の事を想ってくれてるんだ、っていうのもよくわかるしね」

 フランが笑顔で過去の私を否定し、今の私を肯定してくれる。過去の過ちはどうしようもないから、今を肯定してくれているのならそれだけで十分だ。
 自分でも頬が緩んでいるのがわかるくらいには嬉しい。

「……相変わらず、お前らの姉妹仲は良好みたいだな」
「当然よ」「当然だよ」

 声が綺麗に重なった。何でもないことなのに可笑しくて、二人揃って笑い声を上げてしまう。

「あーはいはい。お前らが幸せなのはよくわかった」
「ふふん。どう? 羨ましいでしょう?」

 自慢げにそう言ってやる。私が絶対に手放したくない、と思ったものなのだ。自慢の一つや二つくらいしたくなる。

「いや、羨ましいを通り越して、呆れるばかりだな」
「はあ……?」

 意味がよくわからない。

「羨むのも馬鹿馬鹿しくなってくる、ってことだよ」
「ふーん? よくわかんないけど、褒め言葉として受け取っておくわ」
「ああ、そうしとけ」

 魔理沙が大仰に頷く。やっぱり釈然とはしないけど、私たちのことを褒められて悪い気はしない。だから、素直に喜んでおく。

「ところで、お前らがここにいるってことはあれを見に来たんだよな?」
「ええ、そうよ」

 魔理沙の指すあれが私の思っているものと違うかもしれないけど、頷く。そもそも、この場所は魔理沙から教えてもらったのだ。違っている可能性なんて万に一だろう。

「ねえ、魔理沙もこれから何があるのか知ってるの?」

 ただ一人、何も知らないフランだけが首を傾げる。

「ああ知ってる。……教えてほしいか?」
「ううん、いいよ。お姉様がとっておき、って言ってくれたから、それだけで十分だよ」

 そう言いながら、フランは笑顔を浮かべる。心の底から私の事を信頼してくれている、というのが伝わってくる。

「……もしかして、私はお邪魔か?」
「そんなことないけど、どうして?」

 フランが不可思議そうな表情を浮かべる。多分私も同じ表情を浮かべている。
 どうしてそんなことを言うんだろうか。
 というか、パチェと小悪魔にも邪魔して悪かった、なんて言われたわね。今日は、魔法使い関係の者たちが妙な態度を取る日なのだろうか。
 人間たちの祖先が現世に戻ってくるだけの日のはずなのに。

「あー……、わからないならわからないでいい。それより、そろそろ前向いてた方がいいぞ。気持ち上の方な」

 魔理沙が里の方を見る。
 里の出入り口の傍にいた何人かの動きが落ち着いていた。確かに、準備はもう終わったみたいね。

「うん、わかった」

 フランの頷く声を境に、私たちは口を閉ざす。里の方も静かになっているようで、ざわめきも聞こえてこない。
 けど、音が消えたわけではない。虫の鳴く声や、風の音が聞こえてくる。フランが羽を揺らしている音も本当に微かだけれど聞こえてくる。

 そして、不意に異音が混じる。少し間の抜けた笛の様な音が細く細く、長く続いて――


 ――夜空に、光の花が大きく咲いた。


 オレンジと白の光が弾けて、爆音と共に散り始める。ぱちぱちぱち、と音を立てて消えていく。

 それは、十秒にも満たない、短い一生だった。
 けど、儚さは一切なく、華やかで何よりも派手だった。だからこそ、この花は人々を魅了するのだろう。

「フラン、どうかしら?」

 自分の中で十分な余韻に浸った後にそう聞く。見逃すのも勿体ないから、前を向いたまま。

「うん、すっごく綺麗!」

 返ってきたのは弾んだ声だった。顔を見なくても、笑顔が思い浮かぶ。それだけで、私も頬を緩ませることが出来る。

「想像してたのと全然違うんだね。ずっと、ずっと迫力があって、綺麗なんだね」

 緑と黄色と青の三色の花が咲いて散る。けど、余韻を持たせるのは最初だけのようで、次々と鮮やかな光が空を彩る。

「……うん、やっぱりお姉様と一緒に綺麗な物を見れたら、全然違う想いを抱けるね。素直に綺麗だ、って思える。お姉様と同じものが見れてるんだ、って思うとすごく嬉しい!」
「それは、嬉しい言葉ね。私も、フランと見ていたらどんなものでも新鮮に感じられるわ」

 喜んだり感動したりするフランを見て、フランの言葉を聞いて、私もまた何か新しい想いを抱く。それは、嬉しさだったり幸せだったりする。

「おいおい、私の存在を忘れてもらったら困るぜ」

 不意に魔理沙の声が割り込んできた。そういえば、いたわね。

「あ、ごめんなさい」
「ああ、ごめんなさい。すっかり忘れてたわ」
「って、姉妹揃ってほんとに忘れてたのかよ!」

 私たちの言葉に魔理沙が怒りの声を上げた。
 その反応が可笑しくて、私はフランと一緒に笑い声をあげる。魔理沙がぶつくさと何かを言っているけど、それに反応する余裕はなかった。

 でも、そんな状態でも、花火の音や光はしっかりと届いてくるのだった。





 夜空の花畑が全ての花を落とす。
 もうこれで祭りも終わりだ。もう里に幽霊の姿は見えない。

 魔理沙も、花火の打ち上げが終わるとすぐに帰ってしまった。だから、今は私とフランの二人きり。
 そのフランにしても、疲れのせいか眠ってしまっている。私に身体を預けきっていて、寝顔はとても穏やかだ。
 ほんとは頭を撫でたいところだけど、今の状態だとそんなことは出来ない。動いたらフランが倒れてしまう。
 それでも、無駄な抵抗で狐の面だけは外した。

 頭を撫でる代わりに、フランの温もりを感じている。私はこの温度で安心することが出来る。フランも安心してくれているのなら嬉しい。

「お嬢様」

 何の前触れもなく、いつもよりも控えめな聞き慣れた声が聞こえてきた。座ったまま後ろを振り向いてみると、案の定、そこにいたのは咲夜だった。

「お祭りは楽しめましたか?」
「ええ、存分に楽しめたわ。きっと、フランもね」
「それは良かったです」

 咲夜が笑顔を浮かべる。

「咲夜、そろそろ帰るから、貴女はこれとそれを持っててちょうだい」

 私とフランの面を差し出しながら、フランの傍らに落ちている万華鏡へと視線を向ける。眠りに落ちると同時に、万華鏡も落としてしまったようだ。幸い壊れてはなさそうだけど。

「畏まりました」

 いつものように恭しく返事をすると、面を取り万華鏡を取ると、すぐに姿を消した。
 って、ちょっと! なんで、私たちを置いて消えるのよ!

 まあ、いいか。荷物を持って帰ってくれた、というのなら咲夜はいてもいなくても変わらない。

「……よっ、と」

 そう思いながらフランを背中に乗せて立ち上がる。吸血鬼の身体能力があることを考えてもフランの身体は軽かった。
 私に似て少食だからねぇ。

「ん……。……あれ? 私、寝てたの?」

 どうやら、持ちあげた時の揺れで起こしてしまったようだ。すぐ後ろからフランの声が聞こえてきた。

「あ、ごめんなさい。起こしてしまったみたいね」
「ううん、気にしてないから、大丈夫。……それよりも、このまま帰るの?」
「ええ、そのつもりだけど、降ろした方がいいかしら?」

 私としては、このまま背中にフランの温もりを感じていたいのだけれど、本人が嫌がるなら仕方がない。けど、せめてフランが答えるまでは降ろさないでいたい。

「……ううん、このままでいい。お姉様の背中、すごく、安心できるから」

 フランの腕にぎゅう、と力が込められる。フランの温もりをより近くに感じる。

「ええ、わかったわ。貴女に最大級の安全と安心を提供してあげるわ」
「うん」

 私の言葉にフランが小さく笑う。首筋にかかる息がくすぐったい。同時に、私は誰よりも幸せなんだ、とそんな風に思うことが出来る。
 きっとそれはフランも同じなんだ、と思いたい。だって、フランの笑い声は今まで聞いた中でも一番になるくらいに柔らかいのだから。

 さてと、帰りましょうか。暖かな幸せを感じながら。

「あれ? 歩いて帰るの?」

 歩き出した途端に、フランがそんな疑問の言葉を発した。

「不満かしら? 長い間、フランの温もりが感じるためにこうした方がいい、と思ったんだけれど」

 答えながらも足は止めない。フランを落とさないように後ろで組んだ手で、しっかりと支えてあげる。

「お姉様、そんなこと考えてたんだ。……全然いい考えだと思うよ」
「よし、なら決まりね。ゆっくりと帰りましょう。祭りは終わったけれど、夜はまだまだ続くのだから」
「うんっ。あ、でも、疲れたら言ってね。私がお姉様を背負ってあげるから」
「それは、嬉しい言葉ね。でも、姉としてそんな状況を甘んじるわけにはいかないわ。だから、なんとしてでも私が貴女を連れ帰ってあげるわ」

 フランに背負われる、というのも魅力的ではあるかもしれない。でも、フランにも言った通り、私が背負うべき立場だ。
 フランは私に頼って、楽にしていればいい。

「そっか。頑張ってね、お姉様。私は後ろでお姉様の温もりを存分に感じてるから」
「なら、私は貴女の温もりを感じて頑張ることにするわ」

 そんなことを言い合って、ほとんど同時に小さく笑いあってしまう。ああ、今日はいつにもまして幸せだ。だから、本当に些細なことで笑いが零れてしまう。

「……お姉様、今日はとっても楽しかった」

 笑いがおさまった頃にフランがそう言う。それは、くすぐったそうな声だった。

「ええ、私も楽しかったわ」

 フランと一緒にいられて、いつも通りのフランを見られて、いつもと違ったフランを見られて。

「来年もまた、一緒に行こう?」
「いいわよ。でも、その前に秋祭りがあったからそれに行きましょう?」

 秋の終わり頃。収穫が終わった後にもそれなりの規模の祭りがある。
 そっちは、収穫祭と銘打っているだけあって食べ物の屋台ばかりだ。

「それもまた、私の為に毎年調査してたの?」
「当然よ。危ない所に貴女は連れていけないもの」
「過保護だね」
「貴女の事がそれだけ大切だってことよ」
「そっか」
「そうなのよ」

 昨日の夜と同じような会話を繰り返して、また小さく笑い声をあげるのだった。


 道の先。紅魔館はまだまだ遠い。
 ならば、その間にフランの温もりと幸せで存分に暖まろうじゃないか。


Fin



後書き

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