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 かちっ……かちっ……かちっ……
 きぃ……きぃ……きぃ……


 幼い容姿をし、紅色の服を纏い、背中から宝石のような羽を生やした少女が身体を揺らす度、部屋の中にそんな音が響き渡る。


 かちっ……かちっ……かちっ……
 きぃ……きぃ……きぃ……


 一つは正確に時を刻み続ける木製の大時計の音。
 少女の部屋に置かれた時から、狂わず正確に時を刻み続けている。

 もう一つは本来想定されていない使われ方をしている木の椅子があげる悲鳴。
 二つだけの足で立たされ少女の重さを支えながら、背もたれに抱きつくように座る少女の動きに合わせて揺れる。

 かちっ……かちっ……かちっ……
 きぃ……きぃ……きぃ……


 人間が同様のことをすれば倒れてしまうだろうが、自らの身体を宙に舞わすことのできる彼女には関係のないことだった。
 倒れそうになれば、身体を自らの力で浮かし体勢を直せばいいのだから。


 かちっ……かちっ……かちっ……
 きぃ……きぃ……きぃ……


 少女はつまらなさそうな表情で床を見つめたまま椅子に体重を預けたり、逆に椅子を支えたりをする。


 ぼぉーん……ぼぉーん……ぼぉーん……
 きぃ…………


 時計がある時刻を知らせるため音を響かせる。
 その音と共に最後に小さく音を立てて少女は椅子を揺らすのを止めた。
 いつものあの時間がやってきたから。

「フランお嬢様」

 名前を呼ばれ、フランドール・スカーレットは顔をあげる。

 そこにはいつの間にか銀髪のメイド服姿の少女が立っていた。手にはティーポットとティーカップの乗せられた銀のトレイがある。

「フランお嬢様、紅茶をお持ちしました」

 十六夜 咲夜は優雅に一礼をする。

「ありがと、咲夜」

 フランドールは淡い微笑みを浮かべる。最後にはっきりとした笑みを浮かべたのはいつだっただろうか。

「いいえ、これが仕事ですから」

 言いながらトレイをテーブルの上に置き、カップへと紅茶を注いでいく。微かな甘い香りが広がる。

「それでも、ありがと。お姉様なんてあの日以来一度もここに来てないんだから」
「……」

 咲夜は何も答えず紅茶の準備を進める。

 紅茶に砂糖とミルクを入れる。
 それから、銀のスプーンで静かに砂糖とミルクを混ぜていく。
 くるくる、くるくる、とスプーンが回り、混ざり合い、紅茶は白濁していく。

「……フランお嬢様、出来ました」

 咲夜が紅茶を注いでいる間にフランドールはテーブルに向かうよう、座りなおしていた。
 咲夜に差し出された紅茶を受け取り、ゆっくりと口に含む。

 程よい甘さと共に紅茶本来の甘い香りが鼻腔をくすぐる。甘味も甘い香りも見事に調和していた。

「……やっぱり咲夜の紅茶は最高ね」

 小さな溜め息とともに咲夜の紅茶の出来を褒める。

「毎回、お褒めいただきありがとうございます」

 そう言いながら咲夜が浮かべたのは微笑みだった。恭しく接してくるかと思えば、対等にも接してこようとする。フランドールはそんな彼女の胸中を一切推し測ることが出来ない。

 フランドールが再び紅茶を飲み始め部屋には時計が正確に時を刻む音だけが響く。


 かちっ……かちっ……かちっ……


 お互い声をかけようとはしない。二人の間に必要以上の会話は存在しないから。


 かちっ……かちっ……かちっ……


 流れる時計の音がただただ時間が過ぎていることだけを教えている。


 かちっ……かちっ……かちっ……


 この一部の狂いもなく正確に仕事をこなす、完全で瀟洒な従者のように。


 かちっ……かちっ……かちっ……


「ねえ、咲夜」

 フランドールが口を開き、静寂が壊される。
 ほとんど空となったティーカップをテーブルの上に置く。

「なんでしょうか」

 フランドールの斜め後ろに立ったまま咲夜は答える。

「お姉様は、何をしてるの?」

 いつもの問い。
 咲夜が訪れる度に尋ねていた。

「いつも通り、博麗神社の巫女の所に行っていますわ」

 それもいつも通りの答え。
 だから、フランドールに浮かぶのは落胆ではなく諦め。

 あの日―――レミリア・スカーレットが紅い霧を発生させ幻想郷を覆った紅霧事変が解決されて以来、異変の張本人は異変を解決した者の所へと通い詰めていた。

 気に入ってしまったのだろう。本気を出してはいないとはいえ強大な力を持つ吸血鬼の起こした異変を解決した人間を。
 自分よりも強い、という博麗の巫女を。

 けど、フランドールにとってはどうでもいいことだった。

 あの日以来、レミリアが自分の所へと来なくなった。ただ、それだけが問題だった。

 咲夜以外でただ唯一フランドールと関わりのある者だった。フランドールにとってレミリアが全てだった。

 フランドールから全てを奪ったのがレミリアであるならば、同時にフランドールの手が届くのもレミリアだけだった。
 咲夜は、そんなレミリアの所有物の一つ。だから、興味はなかった。

「……お姉様に会いたい……」

 自然と漏れたその想い。
 最初は極々小さなものだったが、時間が経つにつれ、レミリアと離れている時間が長くなるにつれ次第に大きくなってきた。
 今ではもう、抑え切れないほどとなっている。

 そして、今日初めてこうした想いを漏らした。

「……そんなにレミリアお嬢様にお会いしたいのでしょうか?」

 咲夜は静かに問い掛ける。

「うん、会いたいわ。会いたい、会いたい、会いたい……。お姉様に会いたい……っ!」

 呟くようなその声に見え隠れするのは微かな狂気の色。
 彼女が地下に閉じ込められる原因となった大きな要因。

「でしたら、私が会わせて差し上げましょう」
「ほんとっ?」

 弾かれたように咲夜へと視線を向ける。しかし、その紅い瞳にはすでに咲夜の姿は映っていない。
 ただ、ここにはいないレミリアだけを瞳に映そうとしている。

 咲夜もフランドールの狂気に気付いていないわけではない。この程度なら問題ない、そう判断している。

「はい。私が少しフランお嬢様のことをお話になれば簡単に動くと思いますわ。……その後は、全てフランお嬢様のお好きなようになさってください。私は一切手を出しませんから」

 それは、何かが起こると分かっているような口調。
 フランドールではなく、レミリアの身に……。

「うん、じゃあ、私はじっくりとお姉様と話をすることにするわ」

 そして浮かべたのは期待と微かな狂気が混ざり合ったような笑み……。


 いつから、いつからだっただろうか。
 フランドールがレミリアへ姉に向ける以外の親愛の情を持つようになったのは。

 誰も訪れる事のない紅魔館地下室。フランドールの為に作られたこの部屋は外からの音が一切入り込んでこない。
 だから、フランドールにとってこの地下室と、この部屋に訪れる者だけが全てだった。

 レミリアと咲夜。たったその二人だけが定期的にフランドールのもとを訪れていた。
 魔女に会ったのは一度きり。門番もいるらしいが顔さえも見たことがない。

 咲夜はあまりフランドールと深くは関わろうとはしなかった。避けているような感じではないが、意図的にフランドールとの距離を取っていた。

 だから、フランドールの意識がレミリアへと向かうのは必然だった。
 ……最初から、地下室に閉じ込められた時からそうだったのかもしれない。
 淡い、淡い、その気持ちはレミリアが定期的に訪れる限り大きくなることはなかった。

 けれど、レミリアがフランドールのもとを訪れなくなったときから、次第に大きくなり始めた。
 ゆっくり、ゆっくりと。

 その気持ちは何かの中毒に冒されたかのようにレミリアを求め続ける。

 そして、今日になってついに溢れ始めた。

 だって、明日は特別な日なのだから・・・・・・



 翌日、咲夜の言ったとおり、レミリアは咲夜からフランドールの話を少し聞かされただけで、簡単にフランドールの部屋へと向かった。

 最初のうちは外に出ることが楽しくて忘れていた。
 そのうち、思い出すには思い出したが、どのような顔をして会えばいいのかわからなかった。

 だから、咲夜の言葉はレミリアにとって後押しとなったのだろう。
 従者に言われて行動しないのでは自らの威厳に関わる、と。

 今、二人はテーブル一つを挟んで向かい合って座っている。テーブルには咲夜の淹れた紅茶が二人分。

「……久しぶりね、フラン」
「うん、久しぶり、お姉様っ!」

 随分と久しぶりに会う妹に対してどう接すればいいのか迷っていたレミリアだが、フランドールの笑みを見て安心する。
 しかし、その笑み自体が本当に久しぶりなのだということをレミリアは知らない。

「安心したわ、元気そうで。……ごめんなさいね、ずっと放っておいてしまって」
「ううん、いいわよ。お姉様だってやりたいことがあったんでしょう?」
「え、ええ……」

 後ろめたさからレミリアは言いよどむ。そして、今更ながらに思う。
 フランドールを放っておくべきではなかった、と。
 何故、放っておいてしまっていたのだろうか、と。

 こんなにも自分のことを思ってくれている妹なのに……。

「……フラン、これからはちゃんと毎日貴女の所に行くようにするわ。そして、ゆくゆくは外に出してあげるから」
「ううん」

 レミリアの言葉にフランドールは首を横に振った。

「……え?」

 フランドールの反応にレミリアは困惑する。
 咲夜の話では最近はずっとつまらなさそうにしている、という話だった。だから、自分がフランドールの所へと訪れて、外に出せるような精神状態になるまで付き合ってあげるのが最善だと考えていた。

 だから、否定されるのは意外だった。

 けれど、レミリアのそんな困惑はほんの些細なものでしかなかった。

「お姉様には、ずっと、ずっと、ずっとずっとずーっと、一緒にいてほしいの。外なんて興味ない。私にはお姉様だけがいればそれで十分なのよ」

 フランドールの紅い瞳に映るのはレミリアだけ。
 それ以外は何も映していない。映さない。

「……っ!」

 レミリアは何か異常を感じる。恐怖に似た感情が心を支配する。

 ここにいては駄目だ。本能がそう告げる。
 だから、立ち上がり逃げだそうとした。けど――――

「ダメよ、お姉様。逃げたりなんてしたら」

 二、三歩進んだところでフランドールの形をした何かに腕を掴まれた。

 それは、フランドールの作り出す分身。
 本人と全く同じ姿を持つ分身が三体。レミリアを取り囲み、床に押し倒す。

 一体は右腕を、一体は左腕を、一体は両足を押さえている。
 いくらフランドールよりも力が劣っているとはいえ、三体も集まればレミリアもどうすることも出来ない。
 よって、今のレミリアは完全に動きを封じられてしまっている。

「フラン、何をするのっ?」

 突然のことに対する驚きと捕らえられたことによる焦りとが混じった声。

 フランドールは静かに椅子から立ち上がると三体の分身に押さえつけられているレミリアの方へと近づく。

「お姉様。私は、ずっと、ずっと、ずーっとお姉様に会いたかったのよ」

 レミリアを見下ろすような位置に立つ。
 フランドールの紅い瞳には喜びと微かな狂気が浮かび上がっている。

「……でも、お姉様は異変を起こして、それが解決させられてからは一度も私に会いに来てくれなかった。……ねえ、お姉様はどれくらい私に会いに来てないか覚えてる?」
「……いいえ、覚えてないわ」
「495日」

 簡潔に告げる。

「そして、それを数えはじめた最初の一日目は私が閉じ込められてからちょうど495年目のこと」

 だから今日、会いたいと思った。

「お姉様、運命的だとは思わない?咲夜にお姉様をここに来させるように仕向けたのは私だけど、お姉様が絶対に今日訪れてくれるとは限らなかった」
「……貴女が呼べばいつだって飛んでいくわ」

 三人の分身に押さえられたままレミリアはフランドールの顔を見据えてそう言う。

「呼んだらいつでも!?こんな、どこにも声が届かないような地下室なのに!?今日だって咲夜に言われたからここに来たんでしょう!?」

 興奮したように声を荒げる。

「それに、お姉様にとって私は、呼ばれないと会いに行かないような存在なの!?」
「…………そんなこと、ないわ」

 その言葉は嘘ではなかった。
 けど、もう既に一度長い間フランドールを放っておいてしまった。だから、自分の言葉が白々しく聞こえるだろう、と自覚していた。

「ふー、ん……」

 推し測るように、真意を探るようにフランドールはレミリアを見下ろす。

「じゃあ、お姉様はどれくらい私のことを考えてくれている?」
「それは……、最近では毎日のように考えていたわ」

 忘れてしまっていた時もあった。だから、言葉に詰まってしまった。

「……嘘でも、嬉しい。……でも、私はずっと、ずっと、ずーっとお姉様のことだけを考えていたのよ。この部屋にはお姉様以外になぁんにもないから」

 両手を広げて部屋を見回す。

 視界には、テーブル、机、大時計にぬいぐるみといろいろな物が入ってくる。けれど、フランドールにとってそれら全てどうでもいい物だった。

 一回転、それと半回転。レミリアに背を向け、床を見つめる。

「……私にはお姉様しかいない。なのに、お姉様にはいろんな者がいる……」
「咲夜だって貴女の所には行っていたでしょう?」

 レミリアは自分の代わりにフランドールの世話をしてくれていた従者の名を出す。

「咲夜はお姉様の所有物でしょう?それに、咲夜自身も私から距離を取ってるみたいだし……」

 そして、くるりと半回転

「私はお姉様以外に興味なんてない。お姉様以外なんていらないし、知らない」

 膝をついてレミリアとの距離をさらに縮める。

「フラン……」

 レミリアはフランドールを見つめ返すがどういう表情を浮かべればいいかわからない様子だ。
 切ないような、困惑しているような、恐れているような、そんな曖昧な表情を浮かべている。

「お姉様、私の世界から何もかもを奪って一人だけ自由に生きてるお姉様」

 虹彩から光が失われる。その瞳にレミリアを映しながら、意識は内へと籠っていく。

「フラン」

 レミリアの呼びかけ。
 けれど、フランドールにその声は届かない。

「毎日私のことを考えてた、って言いながら、会いに来てくれなかったお姉様……」

 次第に、声も小さく遠い物となっていく。

「フランっ!」

 今度は大きな声で呼びかける。
 その声に呼応するかのようにフランドールははっ、と目を見開き、その瞳に光を取り戻す。

 そして、

「それでも、それでも私はお姉様しか愛せないの」

 笑みを浮かべた。

 傍にレミリアがいることを嬉しがるかのように、自分の想いを伝えられたことを喜ぶかのように。

 けれど、同時に泣いているようにも見えた。

 レミリアに放っておかれた己を嘆くかのように、自分のことを見てくれないレミリアに悲しさを感じるかのように。

 フランドールはその笑顔を消して、レミリアへと顔を近づける。
 お互いにお互いの顔しか映らなくなる。

「……ねえ、お姉様。私の物になってくれるつもりは、ない?」

 獲物を捕らえた猫のような表情を浮かべ、囁くような声と共に発した言葉。
 長い、長い、年月の中でフランドールの中で形成された欲求。

「ないわ」

 きっぱりと告げる。
 吸血鬼の矜持が例え相手がどんなモノであろうと、誰かの物になる、ということを許さない。

「やっぱり、力づくで手に入れるしかないのかしら」
「フラン?何をするつもり?」

 目の前で顔を伏せ呟きを漏らす妹に対してそう聞く。微かな警戒心を持って。
 けれど、彼女の中の疑問も警戒心も次の瞬間には全て吹き飛んでしまっていた。

「――――っ?!」

 声なき驚き。いや、それ以前に物理的に声を出せないでいる。

 レミリアの口を塞ぐのはフランドールの小さな口。

 咄嗟にレミリアは逃げだそうとするが、腕と足はフランドールの分身に押さえられ、顔もフランドールの両手に挟まれて身動きが全く取れない。

 奪い取り、貪るようなキス。
 フランドールの舌がレミリアの舌に触れる。
 その感覚にレミリアは一瞬、びくりと身体を震わせる。

 フランドールは舌を絡み付かせるかのように動かす。対して、レミリアはそれから逃げるようとする。

 追いかけることはしない。代わりに口腔内を舐める。
 頬の裏、歯茎、と舌が届く限りの場所を舌で撫でる。

「んーー!んーーーっ!」

 レミリアはもがいて逃げようとするがやはり一切動くことが出来ない。

 それから口腔内を舐めまわすだけなのも飽きたのか、顔をより一層押し付け、再び舌を絡ませようとする。

 レミリアは舌が触れる度にそれから逃れようとする。

 しかし、狭い口腔内。逃げ場は限られていて何度も、何度も舌同士が触れ合う。
 逃げては追いつき、逃げては追いつきを繰り返す。

 そうしているのも疲れたのか唐突にフランドールは重ね合わせた口を放す。
 混じり合った唾液が糸を引く。

「はぁ……、はぁ……」

 もがいて抵抗していたレミリアは荒れた息を整える。
 微かに頬が紅潮している。

「お姉様、顔が紅くなってる」

 レミリアの顔を押さえたままおかしそうにそう言う。放すつもりはなさそうだ。
 なので、レミリアは顔を逸らそうとしたが出来なかった。

「ねえ、お姉様。やっぱり、私の物にはなってくれないの?」

 再びの問い。

「そのつもりは、一切、ないわ」

 レミリアははっきりと告げ、直後に自身の身体を霧状化させフランドールの拘束から抜け出す。

「逃がさないわよっ!」

 三体の分身は一斉に扉の方へと向かった。霧状化を解いて扉を開けようとしたレミリアが再び三体の分身に捕縛される。
 そして、今度は壁に押し付けられるような形となる。

「くっ……」

 そうやって声を漏らすがどうしようもない。

「この部屋は私にとって檻となるんだから、当然お姉様もそう簡単には出られないわよね」

 フランドールの部屋にはいくつかの細工が仕組まれている。こうして、霧状化して抜けられない扉もその一つだ。

「ねえ、どうしてお姉様は最初っからそうして逃げなかったの?」

 問いながらレミリアとの距離を再び詰めていく。

「貴女の話を聞いてあげよう、って思ってたのよ。……驚いて逃げる余裕がなくなったけれどね」

 捕らえられながらも強気な表情を浮かべてフランドールの顔を見据える。

「ふー、ん。……じゃあ、いっこ質問」

 足を止めることなくレミリアへと近づいていく。

「どうして、お姉様は私が危険だってわかってながら、会いに来てくれてたの?」

 既に二人の距離は零となっている。
 フランドールは両足を押さえている分身を消し、自らがレミリアを捕らえる枷の一つとなる。

「それは、どんな能力を持っていようと貴女が私の唯一の家族だからよ」

 レミリアの答えはフランドールの望んだものとは大きくかけ離れていた。

「…………」
「フラン?」

 目の前で顔を俯ける妹に警戒心を抱きながらも、逃げずに声をかける。

「……レミリア……」

 呟いたのは、姉ではない、最愛の者の名だった。レミリアと自分との間には大きな隔たりがあると気付いてしまった。だからこそ、余計に想いを抑えきれなくなる。

 そして、ここに来てようやくレミリアは家族、という言葉を使ったのが失態だったと気付く。フランドールの気持ちに気付いていて、何故家族という言葉を使ったのか、と自分を責める。

「私は、レミリアを家族だとは思えない」

 溢れ出した想いがフランドールを更に一歩進ませる。
 この時に、フランドールは姉、という言葉を捨てた。

「私はレミリアを愛してる。レミリアにも愛してほしい。ねえ、どうしたら愛してくれるの?」

 瞳を潤ませ、切に訴えかける。
 妹じゃない、スカーレット家とは関係ないフランドールとして見てほしい、愛してほしい。

「それは……」

 生まれたときから妹で、今までもずっとそう思っていたからレミリアにとってそのような気持ちを抱くのは考えもつかないようなことだ。
 何よりも大切な、というものにはなりうるが、最後には妹、と付いてしまうだろう。

 異常な状態で育ってきたフランドールとそれなりに困難はあったものの自由に生きてきたレミリアとでは考え方が根本的に違ってしまっているのだ。

 そして、レミリアは今この時、気付いてしまった。
 フランドールにこんな感情を抱かせてしまったのは自分のせいだと。
 それに対して責任を取るにはどうすればいいのだろうか。

「ねえ、ねえ、ねえ!レミリア、答えてよ!」

 フランドールがレミリアへとすがりつく。レミリア以外に求めるべきものはない、とでも訴えるかのように。

 逃げることはできない。一時的にこの場から逃れられたとしても結局はいつまでもレミリアに付き纏う問題なのだから。

 けれど、だからといって簡単に受け入れることも出来ない。
 だから、今は少し時間を置いて冷静になって欲しいと思い、

「フラン……。ごめんなさ―――」

 途中で奪われる言葉。
 フランドールの唇が、レミリアの唇に触れていた。けれど、今回はそれだけだ。

 レミリアの口からあからさまな拒絶の言葉が出てくるだろうと思ったからの行動。
 すぐに重なった唇は離される。

 そして、レミリアの突如として胸中に浮かんだ微かな切なさ。

「……え?」

 無意識に戸惑いの言葉が漏れた。
 思いもよらないその感情にレミリアは当惑する。

 フランドールの唇が離れた瞬間の切なさ。
 今まで味わったことのないその感覚は目の前の少女が持つそれと同じなのではないだろうか?

「レミリア、私はそんな言葉、聞きたくない」

 フランドールはレミリアの困惑に気付く様子もなくそんな自分勝手なことを告げる。

 それは、求められるものがたった一つだけしかないからこその自分勝手さ。ここでレミリアに拒絶されてしまえば、本当の独りになってしまう。
 そうなれば、自分の心がどうなるかなんてわかりきっている。

「レミリア、レミリア、レミリア。私は、あなただけが好き。あなただけしか好きになれない」

 宝物に触れるように、一回一回、大切に、愛おしそうにレミリアの名を告げる。

「それでも、レミリアが私を拒絶するって言うなら……」

 再び重ね合わされる唇。
 今度は触れるだけではなかった。また、フランドールの舌がレミリアの口腔へと入ってゆく。

 今度はレミリアの顔を手で押さえてはいない。だから、首を振れば簡単に逃げられるだろう。
 けど、レミリアはそうしなかった。何か不思議な力に縛られたかのように動かないのだ。

 これは、これは、この感情は―――

 レミリアが何かに気付いた途端にフランドールの舌がレミリアの舌に触れた。
 未だに慣れないその感触に一瞬身体をびくり、と竦ませる。

 けれど、それ以上に昂った感情が自らの舌をフランドールの舌に絡み付かせる。
 これに驚いたか、今度はフランドールの方が身体を竦ませた。

 それから、フランドールもレミリアの舌へと自らの舌を絡ませる。
 同時に、レミリアを拘束する二体の分身も消した。

 そして、二人はお互いの身体を抱き締め合った。
 片方は激しく、片方は優しく……。



「咲夜、ちょっと出かけてくるわ」
「今日もまたお二人でですか?」

 紅魔館内廊下にて、手を繋ぎ合って前に立っているレミリアとフランドールを見て咲夜はそう言った。

「うんっ。レミリアが雪景色が綺麗だって言うから見に行くのよ」

 嬉しそうな様子でフランドールが答える。

「そういえば今朝、窓の外を見てみたら完全に真っ白になってましたね。でも、寒いですよ?大丈夫なんですか?」

 二人の吸血鬼は長袖を着てはいるが明らかに冬の、それも雪が降り積もっている時のような格好ではなかった。

「大丈夫よ。フランが周りを温めてくれているもの」
「それに、こうやってレミリアと抱き合えば寒さなんてへっちゃらよね」
「ふふ、そうね」

 手を離して二人が抱き合う。ここ数日の間にすっかり見慣れた光景なので咲夜も気にした様子もない。
 いや、そもそも初めて二人が抱き合っているのを見たときから驚いてもいなかった。

「そうですか。では、気を付けて行ってきてくださいね。今は曇ってるので大丈夫でしょうが、晴れたら照り返しがきついでしょうから」
「その時は、フランと適当な所で暖をとりながら貴女が迎えに来るのを待ってるわ」

 フランドールとより一層強く抱き合いながらそう言う。

「はい、わかりました。では、気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ええ、咲夜も私がいない間のこと頼んだわよ」
「じゃあ、咲夜、行ってくるね」

 二人の吸血鬼は抱き合うのをやめ、再び手を繋ぎ合い、歩き始めた。

「んー?なんかあったの?あの二人」

 背後から咲夜に話しかける声。少しだるさが混じっている。

「お久しぶりです、パチュリー様」

 振り返って主の友人へと声をかける。

「ええ、久しぶり」
「研究の方は如何ですか?」
「全然駄目ね。それで、息抜きのために出てきたのよ。……それで、あの二人、どうしたの?」

 今は既に見えなくなった二人の吸血鬼のことを尋ねる。
 ちなみに、パチュリーは魔法の研究の為、一週間ほど図書館の中に引き篭もっていた。

「さあ、わかりませんわ」
「とか言って本当は貴女が何かやらかしたんじゃないかしら?」
「そんなことないですわ。私は、一年以上フランお嬢様にお会いしていなかったレミリアお嬢様の背中を押して差し上げただけですわ。それも、フランお嬢様の要求に従って」
「ふーん、まあ、なんだっていいけど」

 咲夜が関与したかそうでないかはパチュリーにとっては割とどうでもいいことのようだ。

「それにしても妙なものね。一週間引き篭もってる間に友人の態度があそこまで変わってるっていうのは」

 顔は見えなかったが手を繋ぎ合っている様子からお互いに幸せを感じている、ということはわかった。

「フランお嬢様に関しては何も思われないのですか?」
「別に何とも思わないわね。私はあちらから関わってこなければあまり他者とは関わらないようにしてるから」

 だから、パチュリーがフランドールに出会ったのも一度限り。
 レミリアに食客として招かれた時に一度だけ地下に行ったきりだ。

「まあ、何にしたって姉妹仲が改善するのはいいことだわ。レミィがぐずぐずとフランドールのことを考えてるのを見なくてもいいようになるんだから」

 そう言いながらパチュリーは大きく伸びをして立ち去ろうとした。

「いいえ、それは間違ってますわ」
「……どういうことよ」

 咲夜の言葉にパチュリーは足を止め、振り返った。

「あのお二方は―――」

 窓の外に体を寄り合わせ手を繋いで歩く二人の吸血鬼の姿が映る。

「―――恋仲になったんですわよ」


Fin



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