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 寝間着に着替え、今まさに寝ようとベッドに腰かけたところで扉が叩かれた。

 こんな時間に誰だろうか。私は吸血鬼としては、妙な生活パターンを取っているが、館の皆は知っている事だ。だから、私が今から寝ようとしているのも分かっているはず。
 ならば、緊急の用事だろうか。けど、ノックの音から急いでいる様子は感じられなかった。

 とにかく、考えていても仕方がない。もうほとんど寝る体勢に入っていた気持ちを入れ替えて立ち上がる。完全に寝る前の格好だけど、まあいいか。もし、なんらかの用事があって外に出る事になったら、その時に着替えればいい。
 そんな事を考えながら、裸足のまま扉へと向かった。最初にノックをして以来、扉の向こう側は沈黙を保ったままだ。
 もしかして、悪戯だろうか。
 ノブを握った瞬間にそんな考えが思い浮かぶ。とはいえ、ここまで来てしまったら開けるも開けないのも変わらないので、そのまま扉を開く事にした。

「レミリアさん、こんばんはー」

 真っ先に視界に入ってきたのは、笑顔を浮かべる寝間着姿のこあだった。その後ろにはパチェに肩を押さえられたフランがいた。フランも寝間着姿で、いつも片方で結わえている髪を下ろしている。パチェだけはいつもとあまり変わらないように見えるけど、この流れからすると一応寝間着なんだろうか。
 フランはパチェに肩を押さえられたまま困ったような表情を浮かべている。おそらく、無理矢理連れてこられたのだろう。

「……こんな時間になんの用? そろそろ寝ようと思ってるんだけど」

 パチェとこあが一緒にいて、かつこあが笑顔を浮かべている時は良い予感がしない。フランがいなければ、こあの顔を見てパチェの姿に気付いた瞬間に扉を閉めて鍵をかけていた事だろう。面倒事に自分から突っ込んでいくほど物好きではない。
 とはいえ、二人だけで来た場合にそうしたら、フランの方へと向かうのだろうけど。押しの弱いフランがこの二人に勝つのは不可能に近い。

「私たちもこれから寝るつもりなんですよ」
「だったら、さっさと自分の部屋に帰って寝ればいいじゃない」
「いえいえ、それならわざわざフランドールさんを拉致してきたりしませんよ」

 一切悪びれずフランを無理矢理連れてきた事を公言する。パチェも得意げな表情を浮かべている。
 この二人は……。

「レミリアさん、一緒に寝ましょう」
「フランだけ置いてさっさと帰りなさい」

 そのまま断ったところで、押し入ってくる事はないだろう。けど、それではフランが一人が被害を被る事になる。それは避けてあげたい。
 フランを守る為には、今日は一緒に寝る必要がある。明日はどうなるか分からないけど、この二人、特にこあの諦めの悪さを考えると頭が痛くなる。フランと一緒に寝る事自体は別にいいんだけれど。

「甘いわね、レミィ。そう簡単に交渉の手札を渡す訳がないでしょう?」

 パチェが不敵な笑みをこちらに向けてくる。

「お姉様、私のことは気をつかわなくてもいいよ」

 そして、フランがこちらを気遣うようにそう言ってくる。本当に心の底からそう思っているみたいだった。かなり真剣に紅い瞳をこちらに向けている。
 嫌がっている様子はないけど、気が進まないとは思っているようだ。私共々、二人には好き勝手されているから、相手をする面倒くささはよく知っているのだ。
 ただ、こんな事でそんなにも深刻そうな表情を浮かべる必要はないのではないだろうかと思う。そうしていつまでも真面目に対応しているから、二人に絡まれたりするのだろう。
 いや、私は対照的に適当にあしらおうとしてるからあまり関係ないのだろうか?

 とにかく、フランを放っておく事は絶対に出来ない。だから、全く気は進まないけれど、二人の要求をのむ事にする。ある程度付き合ってあげれば、満足するだろうし、下手に逃げて付き纏われるよりはまし、なはずだ。

「分かったわよ。一緒に寝てあげる。でも――」
「わーい! ありがとうございます、レミリアさん!」

 質問を口にする前にこあが部屋に突っ込んで抱き付いてきた。

「あー! もう! いきなり抱き付いてくるんじゃないわよ!」
「おっと、これはすいません。嬉しさのあまりつい。ではでは、抱き締めさせていただきますねっ」
「そういう意味じゃないわよ!」

 一度離れたかと思うと再び抱き付いてきた。しかも、今度はそう簡単に離そうとしない。

 今後更に疲れそうな展開になりそうだというのに、もうすでに疲れ切りそうだった。妙にはしゃいでいるこあの声を聞きながら、軽く脱力してくる。
 微かに見える、フランの同情するような乾いた笑みだけが唯一の救いだった。随分と頼りなくはあるけれど。

 どうなるか分からないけど、頑張りましょうね……。





 あの後、こあを引き剥がそうと抵抗はしてみた。力では問題なく勝てるけど、ただ闇雲に全力を出すというわけにはいかなかった。傷付けてでも引き剥がそうというつもりはないのだ。
 結果、体格の差で不利だと覚り、途中で諦めてしまった。腕を伸ばして止めようにも、そのまま抱き付かれてしまうのだ。自分の身体の小ささを呪うのも久しぶりだった。
 そして、私が諦めて油断するのを待っていたかのように、こあは背後へと回り私を抱き上げた。背後を取られてしまえばどうする事も出来ない。それでも、せめてもの抵抗で翼を揺らしてはみたけど、気にもされなかった。
 そのままフランと私は、パチェとこあによってベッドへと運び入れられ、今に至る。

「どういう意図があるのかしら? これは」

 現在、目の前にはフランの顔がある。まつげの本数を数えようと思えば数えられるほどに近い。これ以上フランとの距離が詰まってしまわないようにと、お互いに腕を胸の前にやっている。これ以上はまずい。
 この状況を打開しようにも、私の背後にはこあ、フランの背後にはパチェが横になっていて、お互いがお互いの肩を抱き、私たち二人を逃がさないようにしている。身動きもほとんど出来ない。そんな中で、腕も動かせない状況となっているので、どうしようもない。

「レミィの面白い反応が見られるかな、と」
「パチュリー様とレミリアさんとフランドールさんを同時に抱き締めて、至福の時間を得ようかと」

 背後と正面からほぼ同時に答えが返ってきた。片方は短く、片方が長かったので聞き取るのに問題はなかった。それ以前に、いつもと同じ理由だったから、聞くまでもなかったとも思う。
 溜め息を吐きたい。フランの傍では出来るだけ溜め息を吐かないようにと決めているから、ぐっと堪えるけど。

「……フラン、腕、痛くない?」

 二人の答えは無視して、今現在唯一の仲間であるフランへと話しかける。
 自分の腕が痛くなってきたから、少し心配になったのだ。

「うん、大丈夫。お姉様こそ大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」

 そして、お互いに強がりだから本音は口にしない。よほど切迫している時でなければ、お互いに心配し合ったという事実があればそれで十分。

「む、質問しておいて無視とはひどいですね。パチュリー様、やっちゃいましょう!」
「ええ、そうね」

 私たちを挟んで頷き合うや否や、こあが更に身体を、特に上半身を押しつけてくる。私たちを拘束する腕にも力が込められていく。
 目の前でフランが慌てるような表情を浮かべる。二人の意図を汲み取った私は、反射的に身体を仰け反らせるようにした。それでも、フランの顔との距離はじりじりと詰まっていっている。
 背筋なんて普段はそれほど意識して使うような場所ではないから、かなり必死だ。

「なにをっ、しようとしてんのよっ!」
「私たちの存在を無視して二人だけで会話をしたいんなら、そのままキスでもしちゃえばいいんですよ!」
「意味が分かんないわよっ!」
「意味など必要ないのですっ!」

 私が半ば叫ぶように言うと、背後から同じくらいの声量で意味の捨てられた言葉が返ってきた。
 もはや言葉は通じそうにない。

 それよりも、突っ込みを入れながらだと力を込めにくい。フランも必死にパチェに抵抗してくれているようだけど、微妙に押し負けているようだ。限界も近いのか、小さく震えている。
 こういう状況では馬鹿力を見せるこあと違って、パチェは魔法でずるをしているとしか思えない。

「レミィ、ここで余計な抵抗をしても無駄に疲れるだけよ。早く力を抜いて楽になりなさい」
「パチェも、こんなところで、無駄に魔力を使ってたら、倒れるわよ!」

 パチェが力を入れている割には冷静な声で話しかけてくる。やはり魔法を使っているようだ。基礎体力が人間並のパチェが何も細工をせずこの場で息切れを起こさないのはあり得ない。

「心配ご無用。そんなに魔力を消費するものじゃないから。むしろ、筋肉痛の方が心配ね」
「だったら、こんな事やってるんじゃないわよ!」
「レミィを全力でからかうのが私の生き甲斐なのよ」

 かなり迷惑な生き甲斐だった。というか、こっちもこちらの言葉が通じそうにない。どうして揃ってこんな性格なのか。それとも、こんな性格だから揃ってしまったのか。

 そんな事よりも、結果的に無意味になってしまった会話の間にフランの顔との距離はほとんど零になっている。フランも私もまだ抵抗を続けているが、フランは半ば諦めているようで目を瞑ってしまっている。
 鼻頭はすでに触れ合っている。お互いの温度の残る吐息が感じられるほどに近い。こうなったら、最終手段を使うしかないようだ。目論見通りにならなければ、今夜は二人から逃げ続ける必要がありそうだ。

「フラン!」
「えっ? な、なにっ?」

 私が呼びかけると、目を開いてくれた。その目の前に薄く、二人に気付かれない程度の霧を発生させる。
 その途端、フランの目に理解の色が浮かぶ。意図をすぐに察してもらえて助かる。
 私は合図代わりに息を吸った。
 その一瞬、口に何かが触れたような感触があって――


 ――


 床に降り立った時、背後から聞こえてきたのは鈍い音だった。何が起きても良いようにと身構えながら背後へ振り返るが、ベッドの上で二人が頭をぶつけて、抱き合ったまま仲良く目を回しているだけだった。どうやら、良い方向に転んでくれたようだ。
 急に静かになった部屋の中で、思わず安堵の溜め息を吐いてしまう。フランの傍で溜め息は吐かないと決めているけど、まあ、マイナスの意味合いはないから別にいいか。

「二人とも大丈夫、だよね……?」

 横から、フランの心配そうな声が聞こえてきた。霧状化して、咄嗟に適当な方へと飛び出したが、同じ方向へと飛んでいたようだ。二人でこあの事を避けたという事になる。
 悪のりさえしなければ、安全なのはパチェの方だからねぇ。

「多分大丈夫でしょうよ」
「そう、かな?」

 心配しようという気にはならなかった。自業自得だ。
 けど、フランはまだ二人の事が気になっているようだ。何かをしようとする気配はないけど、何か出来ないかと考えているようだ。
 気にせず放っておけばいいのに。

「それにしても、疲れたわね」

 溜め息を吐きそうになるのを堪えながらそう言う。
 寝ようとする前は眠気が意識の大半を奪っていたのに、今は疲労の方が大きな割合を占めている。欠伸は出てこないが、早いところ横になって眠りたい。
 とはいえ、ベッドは馬鹿二人に占領されていて使えない。そして、この二人のうちのどちらかのベッドを使うという事も出来ない。この二人よりも遅く起きた場合、何をされるか分かったものではない。

「早いところ寝たいけど、今日はどこで寝ようかしらね」

 まあ、別にベッドがなくとも、椅子に座って寝る事も出来る。椅子なら、どの部屋にも置いてあるから選び放題だ。
 居候にベッドを奪われて、椅子で眠る館主ってどうなのかしらね。見られなければ関係ないか。

「じゃあ、私と一緒にベッド使う?」

 人の出入りのない部屋がないかと脳内の館の地図を探っていると、フランがそんな提案をしてきた。

「いいの? 邪魔になるかもしれないわよ?」

 一緒に寝ても良いというなら、ありがたく使わせてもらうけど、他人の安眠を奪ってまで使わせてもらおうとは思わない。

「うん、大丈夫」

 頷く。私の為に嘘を吐いている様子はなさそうだ。

「そう。なら、使わせてもらうわ。今日は一緒に寝ましょう、フラン」
「うん」

 疲れ切っていた心も、フランの笑顔を見れば少しは元気になるのだった。
 これで、途中で倒れずにフランの部屋まで辿り着けそうね。まあ、そこまで疲れてはいないけど。





「ねえ、お姉様」
「ん、何?」

 フランの部屋へと向けて廊下を歩いていると、横から話しかけられた。何か考え込んでたみたいだから、突然という感じではしなかった。

「あの二人から、逃げる直前のことなんだけど……、あのとき、何か感じた?」
「何か?」

 曖昧な言い回しに首を傾げる。咄嗟には何も浮かんでこない。感じたと言われても、あの時は逃げる事に必死だったからあまり覚えていない。

「その、唇の、辺りとかに……」

 若干顔を俯かせながら躊躇するように口を開く。

「あー、そういえば何か当たってたような気がするわね」
「あ、そう、なんだ……」

 なんだか恥ずかしげな様子と、何かを気にするように人差し指で唇に触れる様子から、フランも何か当たるのを感じたようだ。そして、それは十中八九私たちの唇同士が触れ合った時の感触だろう。確認のしようはないけれど。
 本当にぎりぎりのタイミングで私たちは逃げ出したようだ。いや、若干遅かったのか。

「気にするなって言っても無理なんでしょうけど、そんなに意識する必要もないんじゃないかしら? 事故みたいなものなんだし」
「でも……、気になるし、意識しちゃう。お姉様は気にならないの?」
「ええ、さっきも言ったけど、事故みたいなものだから気にするだけ無駄だと思うわよ」

 フランが気にし過ぎで、私が気にしなさ過ぎなんでしょうけど。どうしてこの子は、こんな私に対してここまで純情な子になってしまったのやら。

「まあ、どうしても気になるならさっさと寝るのが一番ね。寝ると案外色々な事を忘れられるし」
「うん……、そうだね」

 そう言いながら、話をしている間に開いていた距離を小走りで詰めてくる。とりあえずのところは気にしないようにしたようだ。
 後に尾を引かなければいいけど。私は、フランに妙な態度を取られる事の方が気になる。

「ああ、そうだ。今から聞いておくけど、寝る時はどんなふうに寝るのがいいかしら?」

 このまま忘れてくれればいいと思いながら、適当な話題を振る。

「手を繋いでくれるのがいいな」
「ん、分かったわ」

 私が頷くと、手を伸ばしてきたので握ってあげる。気が早いとかは気にしない。

 今日はあの二人のせいで散々な目に遭ったが、疲労のせいで、この手の暖かさのおかげでぐっすりと眠る事は出来そうだ。
 安眠はこうして手に入れられる。


Fin



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