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「探してください」

 少々寝ぼけた頭が、テーブルの上に置かれたメモに書かれていた言葉を音読していた。意識の圏外は思いも寄らないことをするらしい。
 まあ、それはいいとして。

『古明地こいし』

 続く言葉を追ってみると、そう書いてあるのが目に入ってきた。

 言葉の意味はわかる。誰が置いていったのかも明白だ。ある程度人物像は把握しているから、他の誰かが騙っていることはないと考えられる。
 ただ、意図がわからない。どうしてこんなメモを置いていったのか。探して欲しいというのは書いてあるままだけど、更にその先、どうして探して欲しいのか。普通、こういったメモには『探さないでください』と書くべきだろう。いや、それならそもそも私のところにメモを置く必要もないか。毎日顔を合わせているというわけでもないし。
 手の込んだかくれんぼ? それにしても一つくらい声をかけて欲しい。どこを探せばいいのか見当がつかないから。
 まあ、誰よりも館を把握している咲夜がいるから館に隠れているということはないだろう。……いきなり手詰まりだ。

 何かヒントがないだろうかと薄っぺらい紙切れを裏返してみる。

『P.S. フランの寝顔かわいかった』

 益体もないことが書いてあった。
 他に誰かがいたらからかわれる顔にする程度の効果はあるのかもしれないけど。





 とにもかくにも、慌てて飛び出ても仕方がないから、パジャマから着替えて身だしなみを整えてから食堂へと向かう。あのメモ以外にも何か残しててくれればいいなぁ、なんて淡い期待を抱きながら。何一つ指針を持たずに一人で幻想郷中を探し回るのは骨が折れる。もともと私が知ってる範囲もかなり限られているし。
 こいしがその辺りを考慮してくれてるという期待はあまりできない。我が道を思いついたままに進むことの多い性格だ。目標だけあって、その過程を投げ捨てていると考える方があとあとダメージは少なそうだ。

「おはよう、フラン」
「あ、フランドールさん、おはようございます」
「おはよう、お姉様、とさとり?」

 食堂の扉を開くとお姉様とさとりが長テーブルを挟んで向かい合って座っていた。さとりの前にだけ紅茶が用意されている。お姉様は私が来るのを待ってくれていたんだろうか。
 さとりの姿を見て頭を掠めたのは、こいしの残していったメモだった。私のところにだけじゃなく、さとりのところにも置いてきたんだろうか。

「はい、そうなんです。今朝、私の所にもこのようなメモがありまして」

 さとりの隣の席に座ると、さとりが一枚の紙切れを渡してくれた。大きさは私のところにあったのと同じくらい。

『フランと協力して探してください。 古明地こいし』

 簡潔にそれだけ書いてあった。主文は私の所にあったものよりも長い。でも、裏返してみると、そこは真っ白で何も書かれていない。プラスマイナスとして零なのかどうかは微妙なところ。

「どういう事だと思いますか?」
「……わかんない」

 一応考えてみたけど、そんな返事しかできなかった。姉であるさとりにわからないことが私にわかるわけもない。
 風に流されているようでありながら、地面に落ちている石のように動じない部分もある。つかみ所がなく、その思考は非常に捉えにくい。まあ、わかりやすいときもあるにはあるんだけど。

「……そうですか。やはり、あの子は難しいですね……」

 さとりが落ち込んだようにそう言う。

 以前、さとりはこいしとすれ違っていたことがあった。それが私たちの出会いのきっかけになったわけではあるけど、そんなものを前向きに捉えられるわけがない。終わりよければすべてよしなんて考えは持っていない。過程が悪かったせいで、傷跡が残ってしまうことだってあるのだから。
 さとりがそうして落ち込んでしまうのも、そんな傷の名残なんだろうと思う。こいしを理解してあげられなかったという傷跡が、今の状況に対する苦悩を生み出している。
 姉であるさとりがそうする姿を見るのは心苦しい。でも、私にできるのはメモにあったとおり、さとりと協力してこいしを探すことくらいだろう。……探してほしいという文言だけだから、当て所もなくという言葉がついてくるけど。

「なんだか二人して暗いオーラ出してるけど、手がかりが零という訳ではないんでしょう?」

 一人いつもどおり飄々としたお姉様がそんなことを言う。起きたばかりであの手紙以上に変わったことの起きていない私はさとりの方を見る。

「あ……、そうでした。美鈴さんがこいしからのメモを預かって下さってるんでしたね」
「そうなの?」

 それはかなり重大なヒントが書かれているものなんじゃないだろうか。正直、今の情報量ではどうしようもない。答えにたどり着く前提となる式さえ立てられそうにない。

「はい。フランドールさんと門のところに来るまで渡さないでほしいと言われていたみたいですが……。すみません、少し焦って失念してしまっていました」
「べ、別にさとりが謝らなくてもだいじょうぶだから」

 頭を下げられたことに焦ってしまう。この状況でさとりがこの状況で冷静さを失ってしまうのも仕方ないと思う。

「フラン、どうやらここは貴女が頑張るべき場面みたいね」

 どこか嬉々とした様子のお姉様がプレッシャーをかけてきた。何やら期待しているらしいけど、今は重みにしかならない。明るい雰囲気ならもうちょっと気軽に受け取れていたかもしれない。

「……すみません、私のせい、ですよね……」
「ああっ、さとりは悪くない、悪くないから! その、一緒に探そう? 私もがんばるからっ」

 一層落ち込んでしまったさとりを見て、安請け合いをしてしまう。でも、言ってしまったものはどうしようもないし、そもそも無視することもできない事案だ。心の持ちようがどうであれ、こいしに当事者だと指名されてしまっていることに変わりはない。

「取り合えず二人とも、一度落ち着いたらどうかしら?」

 沈むさとりと慌てふためく私とを見たお姉様が呆れたように言う。部外者である限りはほとんど動じることのないお姉様は、この場で唯一冷静だ。

「……確かに、そうですね」
「フランもそんなに気負う必要なんてないわよ。頑張るっていうなら嬉しいけど、そのせいで空回りしてたら意味がないし」

 会話が一つ分くらい足りない気がする。ほとんど会うこともないはずなのに、すでにさとりの読心に順応しているようだ。少々面倒くさがりなところがあるから、そのおかげなんだろうか。

「友人と遊んでくる気軽さで十分よ。こいしの事はよくわかんないけど、二人して真剣だったら万が一ただの悪戯だったときに出て来にくいんじゃない?」
「うん、……そうかも」

 確かにお姉様の言うとおりかもしれない。向こうは冗談のつもりでも、それを真剣に捉えられてしまえば言い出しにくくなってしまうだろう。私自身にそういった経験があるわけではないけど、本の中で何度か見かけたことのある状況だ。

「うん、ちょっとは力が抜けてきたみたいね。よかったよかった」

 暢気でマイペースで、でも他人の心の機微に敏感なお姉様は私を見て満足げに頷いているのだった。





「今は考え込まず、悩むのは後にしろ。そんなふうに考えていましたよ」

 朝食を食べ終えて美鈴のところへと向かう途中、そういえばさとりはお姉様からどんな考えを受け取ったのだろうかと考えていると不意にそう言われた。

「ああやって、立ち止まらないように考えられるのは羨ましいですね。どうしても私は考え込んでしまいますから」
「うん、私もそう思う」
「案外似た者同士なのかもしれませんね、私たち」

 陽光の下でさとりが笑みを浮かべる。そこに食堂で見せた暗い様子は見られない。お姉様の言葉によって持ち直せたのかもしれない。

「そうかも」

 日傘を小さく揺らしながら頷く。
 だからこそ、こうして一緒になってこいしを探すということになっているのかもしれない。

「あっ! フランお嬢様! おはようございます!」
「うん、おはよう、美鈴」

 門に近づくと、美鈴がこれでもかというくらい元気な声で挨拶をしてきた。晴れ空の下にふさわしい声だ。

「こいしからメモを預かってるんだよね?」
「はい。これがこいしさんから受け取ったメモです」

 美鈴から渡されたのは四つ折りにされた紙だった。片手で開くのは骨が折れそうだからさとりに渡す。陽に当たってもだいじょうぶなら片手でもなんとかなるんだけど。

 メモを受け取ったさとりは私にも見えやすいように広げてくる。私はさとりの頭に日傘をぶつけてしまわないように気をつけながらメモを覗き込む。

『無数の小石。数限りない小石。拾い集めて取りこぼし。気づかず忘れて消してゆく。けど、それが特別なら他を取りこぼしてでも抱えている。仮に落としても探して拾い上げる』

 内容はやたらと詩的だった。抽象的で曖昧で漠然としている。

「どういう意味、でしょうか?」
「さあ……?」

 何かを暗喩しているんだろうけど、よくわからない。
 小石をこいしだと解釈すると妙なことになってしまう。魔法で何体かの分身を作り出せる私ならともかく、そういったことができないこいしが複数人いるとは考えられない。
 そもそも、そんな解釈だと場所のヒントにもならない。いや、場所のヒントだという保証はどこにもないんだけど。今一番欲しい情報だから思考はそちらに偏りがちだ。

「何かの暗号ですか?」

 首を傾げる私たちの様子を目にした美鈴もメモを覗き込む。
 最初は興味深そうな顔をして読んでいたけど、次第に難しい顔になって、最後は私たちと同じように首を傾げてしまう。特に何か閃くこともなかったようだ。

「どういう意味ですか?」
「……それを今考えてるんだけど」
「ああ、そうでしたね。失礼」

 素直に謝ってくれた。こういう態度を取ってくれるから、美鈴は割と素直な気持ちで接しやすい。

 まあ、それはいいとして。今考えなければいけないのは、このメモに書かれていることだ。
 最後まで主語か目的語として使われていた小石は重要なキーワードだと考えてもよさそうだ。ミスを誘うためのダミーという可能性もあるけど、とにかく今は重要なものだと思っておく。

 一つ可能性として浮かんできたのは、小石という言葉はこいしではなく、もっと一般的に人という意味で用いられているんじゃないだろうかということ。まあ、ここは妖怪も多いから、人と妖怪くらいで。
 でも、割と好奇心の強いこいしが他人をそう表すのには少々違和感がある。いや、目に入ることのない他人、くらいに解釈すればおかしなこともないだろうか。視界に入らなければ興味を持つこともないだろうし。

「そうですね。その解釈がいいでしょう」
「なら、こいしは人がたくさんいるところにいるってことだね」

 ぱっと思い浮かんだのは博麗神社だった。そもそもそれくらいしか知らない。でも、あそこは霊夢しか住んでいないから、訪問者は非常に目立って目に入らないような他人は存在し得ない。
 他にどこかあっただろうかと記憶の中から何か絞り出してみようとしてみる。この時点で望み薄だ。

「人里……」
「あっ、そっか」

 さとりの漏らした言葉で人間のための集落があることを思い出した。一度も行ったことがない上に私の中での印象が薄いから忘れてしまっていた。でも、よくよく考えてみれば咲夜が買い出しに行っているから、私もお世話になっている。なんとも失礼な話だ。今後は忘れないようにしておこう。

「でも、どこにあるか知らないんだけど、さとりは知ってる?」

 もしかしたら一度くらいはどこにあるのか聞いたことがあるのかもしれないけど、一切記憶にない。無関心は記憶をも殺す。こいしの残したメモに書かれていることに通ずる部分がある。

「はい、今し方美鈴さんが頭に思い描いて下さっているので」
「喋る手間がはぶけるのはいいんですが……、なんとも複雑ですね」

 美鈴はさとりの言葉に苦い笑みを浮かべていた。やっぱり普通は心を読まれると嫌がるものなんだろうか。

「それが普通だと思いますよ」

 どちらに対する言葉かわからないけど、普通ではないと評された。まあ、普通だろうとそうじゃなかろうとどっちでもいいんだけど。





 さとりの先導に従って人里へとやってきた。

 当然といえば当然だけど、人間がたくさんいる。予想はしていたし、身構えてもいた。
 でも、いくら衝撃に備えていても、ある一定の大きさを越えてしまえば飛ばされてしまうのと同じように、どうしたって耐えられないものもある。
 それは、無数の視線だ。あちこちからこちらへと視線が集まってきている。
 美鈴が妖怪慣れしているから、警戒心はそれほど抱かれないだろうと言っていた。まあ、確かにそのようではある。今のところ剣呑な空気は感じられない。でも、意識はしっかりとこちらに向いていて注目を浴びている。
 端的に言ってしまえば、私たちに興味を抱いているらしかった。何にも似つかない奇抜な羽を持つ私と第三の目を持つさとりとの組み合わせは目立って当然だろう。

 非常に居心地が悪い。一人でいる時間が長かった私にとって、注目を浴びるというのは苦痛以外の何物でもない。姿を消す魔法を使えることは使えるけど、私一人だけが隠れてしまうのは気が引ける。

「……さとり?」

 ふと横を向いてみるとさとりが顔をしかめていた。

「あー……、人に注目されるのは苦手なんですよ。特に好奇心という想像の種を抱かれているときなんて、人の数だけ情報量が増えてきますから。……ペットたちのご飯の催促の方が何十倍もましです」

 どうやら二人して人が多いのは苦手なようだ。こんなのでこいしを探せるんだろうか。

「とにかく、移動しましょう。人のいない場所、とまでは言いませんが少ない場所に行きたいですし」
「うん」

 人々の視線から逃げるように、少し早足で里の中へと進んでいくのだった。



 いくらか歩いてたどり着いたのは広場のような場所だった。そこでは、外見年齢だけなら私と同じくらいの子供たちが遊んでいる。遊ぶことに集中しているようで、私たちに気づいている様子はない。
 今のところ、一番落ち着けそうな場所だ。

「なんというか、前途多難ですね。こいしとは全く関係ないことが障害となっているのがもどかしい限りですが」

 さとりが小さくため息をつきながらそう言う。不慣れなことに気疲れを起こしている私以上にさとりの精神的な負担は大きいようだ。こいしを見つける前に参ってしまいそうな雰囲気を感じられる。

「だとしても、あの子を見つけるまでは頑張りますよ。フランドールさんには迷惑をかけてしまうかもしれませんが」
「だいじょうぶ。私はがんばる姉の味方だから」

 とはいえ、さとりの能力に干渉するなんてことはできないから、大したことはできないだろう。できることといえば、さとりの方に注意を払っておき、あまりにも辛そうだったら休める場所まで連れていってあげるくらいだろうか。

「それでもありがたいですよ。フランドールさんが気を配っていて下されば、無理しすぎることもなくなるでしょうから」
「そっか」

 さとりの目は自身を客観的に見るのにも役立つようだ。なら、妹のためにがんばる姉のためにも、できる限り見落としをしないようにしよう。

「いえ、そこまで頑張って頂かなくても。――と?」

 不意にさとりが来た道の方へと振り返る。私もそちらに視線を向けてみると、四角い変わった帽子を被った人が立っていた。帽子の下からは白く長い髪が流れている。
 たぶん人間。でも、その割には人間のにおいが薄いような気がして、吸血鬼としての本能が混乱している。
 そういう人間なんだろうか。どんなものにも例外は付き物だと言うし。

「あなたたちがこいしの言っていたさとりとフランか?」

 どうやらその人はこいしの知り合いのようだ。いきなり私のことを愛称で呼んでいるということは、それしか伝えられていないということなんだろうか。

「はい」

 さとりが返事をして、私は隣で頷く。情報収集をするなら心を読むことのできるさとりの方が適任だろうから、会話もさとりに任せてしまう。
 でもそうすると、私は考える方でがんばらないといけないんだろうか。まあ、思考を回すのは嫌いじゃないから別にいいんだけど。

「うむ、そうか。まずは挨拶をしておこう。私は上白沢慧音だ。この里の寺子屋で先生をしている」
「私は古明地さとりです」
「あ、私はフランドール・スカーレット」
「フランドール・スカーレット……?」

 不意に慧音の瞳に興味の色が現れた。たぶん、ファミリーネームの方に反応したんだろう。お姉様の名前は有名らしいから。

「そういえば、レミリアには妹がいるとか聞いたことがあるな。ふむ、姉に似ず素直そうだな」

 私に対する第一印象は大抵そんな感じになる気がする。こいしも私に関わってきたのはそんな印象があったからということを言っていたし。
 そして大抵は付き合いの長さに応じて、そんなことはなかったと言われる。相対的に見れば、まだまだ素直な部類ではあるらしいけど。

「まあ、それより本題だ。こいしからこれを預かっている」

 そう言って取り出したのは、これまた四つ折りにされた紙だった。さとりがそれを受け取る。

「ありがとうございます」
「いや、私は頼まれたことをしただけだ。何をしているのかは知らないが、問題は起こさないでくれよ」

 そう忠告する口調はずいぶんと軽いもので、たぶん一応の形としてだけ言っているんだろう。もしくは、相手の気性の荒さを計るためか。これくらいで気に障るようなら、ただ歩いているだけでも危なそうだし。少なくとも私は近づきたくない。

「危害を加えられなければ私たちも手出しをしようとは思いませんよ」
「ならいいんだ。では、私はここで失礼させてもらう。困ったことがあれば遠慮なく声をかけてくれ」

 そう言って、子供たちが遊んでいるところへと向かう。随分と慕われているようで、気づいた子たちから慧音の方へと駆け寄っている。
 む……、何人かがこっちに気づいた。

「さて、私たちは私たちの為すべき事をしましょうか」
「うん」

 差し迫っては私たちに注目する人たちの少ない場所に移動しないといけない。他人が気になっていては考えることに集中することもできないから。
 何もしてないのに追われている気分だ。



『ここは小石の山。崩せど崩せど底は見えず、見分けの付かない矮小な石が転がるばかり。目当てのものがそこにあるとは限らないのに。そこにあっても気づかないかもしれないのに。それでも探すのだろうか。それとも、諦めてしまうのだろうか』

 建物と建物の隙間の人の目に付きにくいところへと入り、メモを広げてみると、やっぱりそこにあったのは意味不明な文字の羅列だった。わかるのは最初と同じで、小石が中心となっていることくらいだ。あと、最初のメモの解釈が合っていたらしいということ。

「さとりはどう思う?」

 二人いるのに一人で悩んでいても仕方がないからそう聞く。せっかく頭が二つあるのだから、使わなくてはもったいない。

「そうですね……、ここを探せといった印象を受ける文章だとは思います」
「んー……」

 その考えを念頭に置いて、もう一度さとりの手にあるメモに視線を向けてみる。

 小石でできた山というのはやっぱり人がたくさんいることを表してるんだろう。その後に続いているのは、ないかもしれない、見落とすかもしれないと否定的な文字。
 でも、さとりの考えを取り入れてみれば確かにここを探して欲しいといった印象は受ける。だとしたら、この里のどこかにいるということになるんだろうか。

「なんにせよ、もっと里の中を探してみる必要がありそうですね。人から逃れていてばかりでほとんど見られていないですし」

 これ以上有益な情報を得られないと判断したのかそう言った。私もその考えに異論はない。当て所もなく人の目に付く場所を歩きたくないというのはあるけど、それはさとりも同様だろう。

「全く、難儀ですよね」
「私はさとりと違ってどうにかなるものだと思うけど」

 そうしようという意志がないだけだ。私の生活に他人の視線に晒されるような機会なんてそうないだろうし。

「いくら頑張っても本質はどうしようもありませんよ。慣れてしまえば気にならなくはなるかもしれませんが、知らないうちに気疲れを起こしてしまうでしょうし」
「そういうものなんだ」

 心を読むことのできるさとりの言葉だからか、妙に納得ができる。

「ですので、まあ、精神をすり減らしながら頑張りましょう」
「うん」

 後ろ向きの覚悟を持って、路地裏から足を踏み出したのだった。



「どうやら、里の中心に置かれている石像に紙が置かれているのを見た人がいるようです」

 里の外周から少しずつ内側へと向かいながらこいしを探していると、不意にさとりがそう言った。
 私の視力がかなりよければうまく役割分担ができていたんだろうけど、長い間狭い場所にいたせいか、それほど遠くが見えるわけでもない。
 そもそも、他人の視線が気になってあまり周りを見ることもできていない。
 役に立ってないなぁ……。

「そうなんだ。じゃあ、誰かに取られないうちに早く行こうか」
「はい、そうですね」

 足の向きを変えて、中心の方へと向かう。人の多そうな場所は後回しにしようと思っていたけど、こうなってしまえば向かっていくしかない。
 やっぱり中心に近づくと人の数も多くなるし、それだけ注目もされるようになる。居心地の悪さがそれに比例して上がっていくけど、今は我慢する。どうせ受け流されるんだろうけど、後でこいしに文句を言っておけばいいだろう。

「二人で文句を言ってやれば、少しは何か感じてくれるのではないでしょうか」

 人が増えてきたことで辛くなってきたのを誤魔化すためにか話かけてくる。私も集まってくる視線から意識を逸らすために答える。

「さとりの言葉なら素直、には聞きそうにないけど、十分効果はあると思うよ」

 何にも囚われないこいしだけど、さとりだけはかなり特別に思っている節がある。無意識の中で誰にでも関わっていき、無感情に全てを受け流すこいしが、嫌われたくないと唯一意識的に感情的に避けていたのがさとりなのだ。

「それはフランドールさんも同じですよ。現に貴方もこいしにメモを残されているんですから」

 確かにさとりの言うことはもっともなのかもしれない。でも、血の繋がりの分だけ、私よりも近い位置にいるんじゃないだろうかとも思う。
 さとりはこいしのことを理解できないとは言っているけど、その想いの強さは本物だし、きっとそれはこいしにも届いているんじゃないだろうかと思う。

「まあ、とにかく見つけたらこんなところに来させた事に文句を言ってやればいいんですよ」
「うん、そうだね」

 恥ずかしさを誤魔化すような口調だった。真っ直ぐな感想は苦手らしい。そして、そんな反応を見た私もなんとなくむずがゆさを覚える。恥ずかしさというのは伝播するものらしい。

 そのまま何ともいえない空気を漂わせたまま、くだんの石像の傍にたどり着く。

 それは、台座の上に置かれた一匹の龍の像だった。大きさは私よりも少し大きいくらいで、石像としては小振りな部類だろう。でも、その作りはとても精巧だ。鱗の一枚一枚まで丁寧に彫られている。複雑にうねった身体からはまさに生きているかのような躍動を感じられる。閉じた口から覗く牙には刃物にも凌駕する鋭さがある。
 よほど、この龍に思い入れのある人が作ったんだろう。力強さと威圧感とがあり、この周りを別空間としてしまうような存在感がある。周囲に人がいることを忘れてしまうくらい見惚れてしまっていた。

「ここまで精巧なものを見るのは初めてですね……」

 さとりも同様に見惚れているようだった。でも、そうして少し意識がそれたのをきっかけとして、さとりも私も本来の目的を思い出す。

「あれが、こいしの残していったメモのようですね」

 龍の像から視線を下に向けると、すぐに小さな紙が見つかった。風に飛ばされないようにするためか、上には小石が一つ置かれている。

「あちらの方に行って読んでみましょう」
「うん」

 さとりがメモを拾い上げると、私たちはそそくさと像の前を離れていくのだった。




『石から作られた龍神様。天気を予見する不思議な目で小石たちを見つめている。矮小なものたちを見て何を思うのか。それとも何も思わないのか。矮小な私にそんなことわかりやしない。ただ、一つだけ思う。そこに私は映っているのだろうかと』

 今までに比べると具体的な雰囲気のメモだった。だからか、隠された意図があるように感じられない。

『P.S. お姉ちゃん、いつか龍を飼ってみよう』

 裏返してみると、俗っぽさが紙の中から浮き出してしまいそうだった。本格的にこいしの意図を見失ってきている。まあ、元から意図なんて存在しない可能性も十分にある。それがこいしという存在の在り方だ。
 受け流してもいいときはさほど気にならないけど、こういうときは途方に暮れてしまう。

「近くにいるのは確かだと思うんですが、どうでしょう」
「うん、私もそう思う。このメモ、あそこに置かれてからそんなに時間は経ってないだろうし」

 風に飛ばされないようにするための対策はされていたけど、興味を持った誰かに持って行かれてしまうことに対しては全くの無防備だった。こいしの力なら持って行かれないようにすることもできるかもしれないけど、離れた場所に対しては使えないと聞いたことがある。
 だから、こいしは傍で私たちのことを見ているはずだ。

 周りを見渡してみるけど、こいしの姿は見当たらない。時折、不審な視線を向けてくる人がいるくらいだ。
 人の少ない場所でこそこそ話をしているというのは、それはそれで目立つようだ。この里に安息の場はない。

「呼びかけても……、無駄、ですよね」
「無視されるだけだろうねぇ」

 向こうは行動を把握しているのに、こちらは一切感知できないというのもずるい話だ。追いかけっこをしても勝ち負けは向こうの気分次第となる。
 朝、お姉様が言っていたように単なる悪戯なんだろうか。それとも、何か意味があるんだろうか。

「んー……」

 これ以上動き回るのは無意味のような気がして、この場で考え込む。漫然と動いていても結局後手に回るだけだろう。さとりも同じように思ったのか考え込んでいる。
 私の部屋に残されていたメモを取り出して眺めてみる。さとりも残りのメモを取り出してくれる。

 私たちにあるヒントはこれだけだ。探してほしいという書き置きと、はっきりとしたことの見えてこない詩的な文章。現状そこから得られるのは手詰まり感。
 こいしが全くの赤の他人なら、メモにヒントがあるかもしれないと思うことができるけど、ある程度人となりを知ってしまっていると、何もないのではと考えてしまってあまりメモの方に集中できない。

 なら、発想の転換でこのメモの言葉には何の意味もないという方向で考えてみるのはどうだろうか。まあ、美鈴から受け取ったのは居場所を示すという意味があったけど、それは考慮に入れないということで。

 ……何も思い浮かばない。思考が袋小路に入り込んでしまって抜け出せなくなってしまっている。どう動けばいいのか分からなくて、立ち尽くすことしかできない。

「……」

 さとりも特にこれといったことは思い浮かばないようだ。むぅ、進展が見込めない。

「……とりあえず、どこか落ち着ける場所に行きましょうか。人も増えてきたようですし」

 そう言われて、こちらに向いている視線が増えていることに気づく。目立つ姿の二人がこそこそしていたせいで、無駄に不審を買ってしまったようだ。
 集中してたせいで今の今まで気づかなかったけど。

 そんな視線のない場所を求めて、私たちはその場から逃げ出したのだった。



「あなたたちはこそこそと何をしているんだ?」

 とにかく里から一時離脱しようと移動していると、慧音が声をかけてきた。その声音は随分と呆れたようなもので、たぶん不審も混じっている。

「こいしを探しているんですよ。こそこそしているのは、他人が苦手だからです」
「そうだったのか。ふむ……、よければ手伝ってやろうか?」

 慧音がそんな申し出をしてくれる。こいしを探すのに人海戦術が有効だとは思えないけど、三人寄れば文殊の知恵とも言うし、何か言い考えが思い浮かぶきっかけにはなるかもしれない。
 私の意見はそうだということにして、判断はさとりに任せる。他人をどこまで許容できるのかわからないから。

「では、お願いできますか? 暗号、と呼べるかも怪しいですがそれの解読を手伝っていただきたいのですが」
「暗号か……。まあ、頑張ってみよう」

 若干言い淀む。もしかして、そういうことが苦手なんだろうか。

「いえ、そこまで肩肘張ってくださらなくても大丈夫ですよ。あの子のしたことですから、本当に意味のあることかどうかも怪しいですし」
「む……、そういえば、そういうやつだったな」
「はい。あ、それと、どこか人の少ない集中できる場所を知りませんか?」

 現状私たちがもっとも欲しているのはこっちの方だろう。ふとした拍子にそちらが気になって、思考が途切れがちになってしまっているから。

「それなら私の家に行こう。多少の訪問客はあるだろうが、外よりは落ち着けるだろう」
「ありがとうございます」

 そんなわけで私たちは慧音の家へと向かうことになったのだった。ようやく一心地つけそうだ。





 慧音の家は古い本のにおいで満ちていた。ここにあるのは紙だけで製本されたものが多く、館の革張りのものとは性質が少し違う。でも、かぎ慣れた本のにおいであることにそう大差はなく、これはこれで落ち着く。

「むむむ……」

 そんな家の家主である慧音は、こいしの書いたメモを前にして唸っていた。たぶん、さとりや私よりも真剣に悩んでいるんじゃないだろうかと思う。
 出会ったばかりだからまだなんとも言えないけど、真面目で他人思いの性格なんだろうと思う。こいしの性質を知っているらしいのに、ここまで真剣になってくれているのだから。
 寺子屋で先生をやっているというのにも納得。

 私も考えた方がいいのかもしれないけど、集中している慧音の横からのぞき込むのも躊躇われる。だから暗号のことは慧音に任せてしまって、こいしのその性格からどういう意図を持って行動しているのかを考えてみることにする。遠回りかもしれないけど、他に考えられることもないのだから別にいいだろう。

 こいしは無意識に身を委ねて動くことが多い。だから、本人でさえ何をしているのかわかっていないときがある。
 今回の行動が意識的なものなのか無意識的なものなのかは本人から聞き出さなければわからない。でも、何らかの意図があったとしても、意図もなく動いていたとしても何らかのヒントはあると思う。無意識下の行動は自ら望むものに向かっていく傾向があるとは聞いたことがあるし、意図があったとすれば必ず何かを仕組んでいるはずだ。

 ここまではさっきもたどり着いた。だから、もう少し進まなければいけない。
 そういえば、メモに書かれている言葉はどれも探すこと、もしくは見ることを強調していたような気がする。最初に個別に書かれていたメモには何の捻りもなく探してほしいとあった。
 私たちに探させているのだから当然だとは思うけど、なんとなく引っかかる。

 もしかして、見つけてもらうのではなく、探してもらうことそのものが目的なんだろうか。でも、なんでそんなことを?
 一つ仮定が思い浮かんで、それが疑問になる。だから、進んでいるのか足踏みしているのか、はたまた見当違いな方へと向かってしまっているのかさっぱりだ。

「……」

 内心で首を傾げるのに合わせて集中が途切れ、部屋の静寂が耳に入ってくる。正確には区切られた世界に入ってくる外界の微かな音。
 音がないわけでもないのに、とても静かだ。

 と、視界の中に違和感を見つける。でも、その正体は掴めない。何かがおかしい。そう気づいただけだ。
 そう思っていると、さとりが机の上から折り畳まれた紙を取った。机の上に残ったのは開かれた五枚の紙切れだった。
 さとりの行動でようやく違和感の正体を掴む。さとりの読心はどの程度まで客観化されているんだろうか。
 気にはなるけど、今は別の問題が先だ。

「それってこいしの?」
「だと思います。こんな芸当ができるのはあの子くらいでしょうから」

 確かにそうだ。考えることに集中していたとはいえ、みんな机の方に視線を向けていたのだ。そこに気づかれずに忍ばせるような芸当ができるのはかなり限られてくる。

「……なんだ、それは?」
「先ほどこいしが置いていったメモですよ」
「それは、すぐ傍にいるということか」

 呟くようにそう言うと、再び考え込んだ。真剣な様子だということに変わりはないけど、先ほどまでの難しそうな様子は見られない。

「……もしかすると、自分に注目してもらいたいと思っているだけなのかもしれないな。悪戯をするのは大抵そういった欲求を持っていることが多い。そう考えれば、このメモの内容も見つけてもらうことではなく探してもらうことが主目的なのだと解釈できる」

 ああ、注目してもらいたい、か。そう解釈すれば納得のいく部分もある。
 だとすれば、私たちはこのままこいしを探していれば今は満足してもらえるだろう。でも、それは納得のできない結末だ。バッドではないけど、未消化な部分がしこりとなって残ってしまうだろう。
 それを取り除くためにも、こいしを見つけて捕まえなくてはいけない。なんとなく、こいしとさとりのすれ違いを解決したときのことを思い出す。

「そうですか。……ありがとうございます。どうすべきか、わかったと思います」
「そうか、それはよかった」

 慧音が我がことのように笑みを浮かべる。子供たちに好かれていた姿は見たけど、もしかすると里の人たち全員に好かれているんじゃないだろうかと思える。それくらい、親しみを持てる笑みだ。

「はい。それで、ついでと言ってはなんですが、この辺りで美味しいお菓子屋があれば教えていただけませんか?」

 さとりはさとりで何かを思いついたらしい。唐突にそんな話題を振る。

「む? 中央通りにある店なら外れはないが、私のおすすめは饅頭屋のこしあん饅頭だな。甘さ控えめで食べやすいし、舌触りも良い。お茶請けとしては最高だな」

 最初は突然の話題の方向転換に不審の色を浮かべていたけど、次第に饒舌になっていった。お菓子の話題は誰にとっても心躍る話題ということなんだろう。

「人によりけりだと思いますが」
「ん? まあ、それはそうだろうな。行って実際に確かめてみればいい」
「あ、はい、そうしてみます。……すいません」
「いや、気にするな。節介を焼くのも私の趣味のようなものだからな」

 こうして、最後の最後で会話は微妙に噛み合わないまま終わってしまったのだった。
 ……私のせいじゃないよね?





 慧音の家を後にして、私たちは勧められた饅頭屋へと真っ直ぐに向かった。通りにある店は軒並み自分の店の名前を全面に出していたし、さとりが慧音の浮かべていた記憶を読み取っていたから比較的簡単に見つかった。

「ここでこいしを捕まえましょう」
「……声に出してだいじょうぶなの?」

 私たちが座っているのは店内の隅の方の席だ。他の席にもちらほらと人の姿が見える。外とは違って、みんな食べることや喋ることに意識を向けているようで、こちらに視線が集うようなことはない。
 別に、その人たちに聞かれて困るというわけではないけど。

「多分大丈夫ですよ。フランドールさんも似たような手を使っていたんですし」
「でもあれは、咲夜がいたからこそできたことだし」

 咲夜の作ったお菓子が逃げ回るこいしを呼び寄せて、館の空間を把握している咲夜がそれを捕らえた。そんなことが以前あった。
 こいしを呼び寄せるお菓子はすでに誰も座っていない壁際の席に用意されている。でも、こいしが現れてそれを感知できる存在はいない。皿の上に乗せられた饅頭が消えるその瞬間を捉えられるかも怪しい。

「……気合いで、見つけてやりますよ」

 さとりらしからぬ言葉だった。それほど、さとりのことを知っているわけでもないけど、理詰めで動く方がらしいとは思う。
 でも、だからこそ意志の強さも伝わってきた。姉という存在がそうしてがんばる姿は好きだから否定はしない。むしろ、肯定し何か手助けをしてあげたいと思う。
 できることは、せっかく捕まえたのに逃げられないようにすることくらいだろうけど。

「……やはり、無謀、でしょうかね」

 私の思考のネガティブな部分が、なけなしのやる気を崩してしまったようだった。さっきから、相性の悪さばかりが露呈してしまっている気がする。

「さ、さとりならだいじょうぶだから!」

 何の根拠もなくそう言う。そして、こんなことを考えてしまっては意味がないんだと気づいて自己嫌悪。冷静でいるために考えすぎる癖があだになりすぎている。所詮私の理詰めは張りぼてだ。

 こんな状況を生みだした原因であるこいしを恨みたい。具体的にどうこうとしたいことがあるわけではないけど、ここで見つけないと気がすまない。
 そのために、自己嫌悪を振り飛ばして皿の方へと視線を向ける。まだ上には饅頭が乗ったままだ。とにもかくにもこいしを捕まえる。

「……」

 穴を開けるくらいの心持ちで見つめる。
 消える瞬間を、もしくはこいしの現れる瞬間を見逃すまいと見つめる。

「……」

 少し焦げ目のついた生地をじっと見つめる。
 慧音の話を思い出して、さぞかし美味しいんだろうなと想いを馳せる。

「……」

 無言で首を振りこいしを見つけることに意識を向け直す。
 欲に釣られる意地汚い心に渇を入れる。

「……っ!」

 不意に首筋に何かが触れて、自分の意志とは関係なく身体がはねた。反射的に振り向くけど、すぐ傍には誰もいない。かわりに、不審がるような視線が集まっていることに気づいて、ばつの悪さを感じる。

「捕まえた……っ」
「ありゃ、捕まっちゃった」

 視線を戻そうとしたとき、何か偉大なことを成し遂げたかのようなさとりの声が聞こえてきた。それに続くのは今まさに探していた人物の声。
 前に向き直ったとき、目に映ったのは立ち上がったさとりと、腕を掴まれたこいしだった。



「なんでこんな座り方なの?」

 さとりと私に挟まれる位置に座らされたこいしが、不思議そうに聞いてくる。無理に椅子を三つ並べて座っているから少し狭い。私が一回りほど小さく、さとりもこいしも小柄な部類だからこそ入れたといった感じだ。

「逃げられないようにするためよ」

 まあそういうことだ。これだけだと気休めにもならないだろうから、さとりも私もこいしの手も握っている。今のところ、こいしが逃げ出そうとする気配を発していないとはいえ、油断はできない。

「でも、このままだとお饅頭食べれないよ?」

 どこか淡泊な雰囲気を纏わせて首を傾げる。初めて会った頃の雰囲気に似通っていて、少し不安になる。

「私が食べさせるから大丈夫よ」
「どさくさに紛れて窒息死させられそう」
「しないわよ、そんなこと」

 微妙に発言が物騒で、さとりも私も距離を掴みかねている。いや、こんなことじゃいけないんだろうけど。

「それより、私の考えた暗号はどうだった?」
「たぶん、だけどわかったと思う」

 慧音の家で考えついたことと併せて、私なりに考え直してみた。歩いている途中の片手間に記憶に残っている部分だけで考えたから自信はほとんどないけど。

「へぇ、さすがフラン。魔導書とかも読んでるからこういうの得意なんだ?」
「得意、なのかなぁ……?」

 確かに暗号で書かれているものも多いけど、大体パチュリーに読み解き方を教えてもらっているから、得意かと言われると微妙なところだ。

「得意得意。この私が考えた暗号を解いたんだから。さあさあ、フランの推理を聞かせてみせてよ」

 褒めてるというよりは、煽ってるといった感じだった。まあ、どうせ突っ込んだ話をするには、このメモのことは避けて通れないから話してしまうしかないだろう。
 もし仮に間違っていても、最悪、こいしを絶対に逃げられないようにしてから無理矢理諭す方向で。

「……フランドールさん。思考が不穏な方向に進んでますよ」
「失敗したときのことまで考えるのが私の癖だから」

 その最終手段が少々強引なのはお姉様の影響だろうか。それとも、最終手段だからこそ強引なものとなってしまうのか。まあ、前者だと思っておくとしよう。

 さて、と気持ちを切り替えると、私が頼む前にさとりがこいしのメモを渡してくれた。最後の確認のために、もう一度その文面を見ておく。最後の一枚に関しては一度も目を通していないし。
 でも、これならだいじょうぶそうだ。合っているかどうかはわからないけど、途中で黙り込んでしまうという心配はなさそうだ。

「あんなこと言ってて今更考えてるの?」
「伝えるための構成は大切だから」

 嘘だけど。構成なんて、メモを手に入れた順番でやっていくくらいしか思い浮かばない。正直に答えて揶揄されるよりはましだろう。なけなしの自信で前に進まなければいけないわけだし。

「ふーん」

 信用されてないらしい空気を感じ取る。胡乱な眼差しでこちらを見下ろしている。これ以上時間を引き延ばす必要もないし、さあ始めよう。

『探してください』
『フランと協力して探してください』

 始まりの二枚のメモを机の上に置く。

「この簡単な文章が始まりだった。で、同時にこの文章でほとんど終わりだった。後は探す場所を指定しさえすれば、こいしがやる必要のあることはおしまい」

 結論は最初から出ていた。慧音の言っていたとおり、探してもらうことが、注目を集めることが目的だった。私たちが勝手に難しく考えすぎていたというだけで。
 ちなみに、お姉様も慧音も言っていた悪戯とは違うと思っている。そうでなければ、さとり共々ここまで必死にはなってなかっただろう。

「そういうふうに考えたんだ? 寝顔の可愛いフランは」
「いや、今はそういうのはいいから……」

 からかうような口調で話しかけてくるこいしにそう答える。まあ、後で同じことを言われても困るけど。
 小さく笑い声をあげるこいしを気にしないようにして、三枚目のメモを机に置く。

『無数の小石。数限りない小石。拾い集めて取りこぼし。気づかず忘れて消してゆく。けど、それが特別なら他を取りこぼしてでも抱えている。仮に落としても探して拾い上げる』

「これには、こいしの居場所が書かれてるだけ。最初はそう思ってた。でも、本当はそれだけじゃない。ここにはこいしの想いも込められてる。こいしが私たちのことを特別視してくれてること、こいしが私たちに特別視されていてほしいってこと」
「へぇ、らしくなく都合のいい解釈だね」
「私はこいしの性格を考慮しながら読み解いてるだけ」

 平然とそう返したけど、やけに突っかかってくるのはどうしてなんだろうか。的外れなことを言っているせいなのか、こんなことを始めた原因がそうさせているのか。
 まあ、何にせよ多少不機嫌なこいしの相手は慣れているから気にせず続けることにする。

『ここは小石の山。崩せど崩せど底は見えず、見分けの付かない矮小な石が転がるばかり。目当てのものがそこにあるとは限らないのに。そこにあっても気づかないかもしれないのに。それでも探すのだろうか。それとも、諦めてしまうのだろうか』

 四枚目のメモを机に置く。

「残りの三枚は私たちに対するヒントじゃなくて、こいしの想いだけで書かれてる。そのまず一枚目のこれは、ちゃんと探してもらえるんだろうかっていう不安。全体的に後ろ向きな感じで、でも諦めて欲しくないっていうのが見て取れる」

 最初はそこまで深く考えず、単にこの場所を探して欲しいといったことを伝えたい文章だと思っていた。否定的な雰囲気がするなぁ、とは思っていたけどただそれだけだった。
 でも、思考の向きを変えて読んで浮き上がってきたのは、先ほど言ったようなこいしの不安だった。

「私が後ろ向きなことを書くなんて思ってるの?」
「私がこいしと出会ったのはこいしの後ろ向きな考え方が原因だったよね?」
「……フランのくせに生意気な」

 反論の言葉が思いつかないからって悪態をつくのはどうなんだろうか。そんなこと指摘してても仕方ないから、このまま先に進める。

『石から作られた龍神様。天気を予見する不思議な目で小石たちを見つめている。矮小なものたちを見て何を思うのか。それとも何も思わないのか。矮小な私にそんなことわかりやしない。ただ、一つだけ思う。そこに私は映っているのだろうかと』

 四枚目の上に五枚目を重ねる。

「これも不安。でも、さっきのとは違ってどう思われてるのかわからないことに対する不安。ちゃんと見てくれているんだろうかという不安。私たちの視線を龍の石像の視線に置き換えてる」
「不安とフランって似てるよね」
「うん」

 まともに取り合っても時間の無駄だから適当に頷く。やけに茶化してくるのは、読み解いてほしくないからなんだろうか。なんにせよ、間違ってはなさそうだと判断する材料にはなる。

『ころころ小石。転がる小石。追うか否か、諦めるか否か。混じればわからず、されど追えばまだわかるかもしれない』

 そして、最後のメモを全てのメモの上に重ねる。

「最後のこれは催促。いなくなってしまうっていうことを示唆して、私たちを煽ろうとしてた魂胆が見える」
「さっき初めて読んだくせに偉そうに」
「まあ、ここに来る途中で全部のメモに意味があるって気づいたからね」

 苦笑しつつ答える。そこに隠されていたものに気づくと申し訳ない気持ちになってしまう。

「へぇ、それなのに全部律儀に集めたんだ」
「ないかもしれないっていう程度の判断しかできなかったからね」

 さとりは違うのかもしれないけど。きっと、完全に意味がないと判断していたとしても、さとりは全部きっちりと集めていただろう。

「これらを総合して考えると、こいしは私たちから相手にされないかもしれないことを怖がってる」

 そう思ってしまったことに大した理由なんてないはずだ。こいしの抱えるトラウマがふとした瞬間にそれを生み出してしまったというだけだろう。
 私の抱えるものは今でこそ落ち着いているけど、昔は誰かに近づくことさえ怖かった。だから、性質はかなり違うだろうけどその気持ちはわかる。

「……」

 こいしは黙っている。空っぽに虚ろに無表情に。
 直接言ってしまうのはまずかったのだろうか。その姿を見ていると不安になってくる。
 沈黙が、怖い。

「ふっふっふー、さっすがフラン。面白い解釈するね」

 私の不安を無視するように唐突に楽しげな笑みを浮かべた。

「でも、残念。全っ然、違う」

 軽妙に否定されても、素直にそうなんだと頷くことはできない。むしろ、不自然な明るさが不安を煽る。
 素直じゃないから、もしくはかなり臆病だから、本当の感情を隠してしまっているんだろうとしか思えない。

「こいし……」
「どしたの? そんなに思い詰めたような顔して」

 笑う。こちらの付け入る隙を与えないくらいに完璧に。
 不機嫌なときはこちらもある程度踏み込んでいけるけど、こんな態度を取られてしまうとどうしていいのかわからなくなってしまう。こいしとしては触れてほしくないのかもしれないけど、さすがにこのままというわけにもいかないだろう。

 さとりに目配せをする。何かいい方法はないだろうか、と。でも、首を小さく横に振られるだけだった。万事休す。

「……」
「……」
「お姉ちゃんもなんか様子がおかしい」

 こいしは私たちを見て普段通りを演じる。いや、こいしの場合は演じているかさえも怪しく感じられる節がある。演じているという意識を消してしまえば、素の状態であることと大して変わりはないのだから。
 たぶん、自身の不安を日常の中に埋没させてしまいたいのだろう。でも、ここでこいしの思った通りに動いてしまえば、結局いつかまた同じ不安が表に出てきてしまう。
 完全になくすことができなくても、そんな不安を抱いたときにさとりか私のどちらかに頼ることができる程度には和らげてあげたい。

「こいし」

 何か思いついたのか、さとりが話しかける。

「ん? なに?」
「お饅頭、食べさせてあげるわ」
「ふむ、唐突」

 こいしがさとりの提案に微かに怪訝の色を浮かべる。私も意図が掴めなくて内心首を傾げる。でも、私の策は尽きてしまったから黙って任せてみる。
 それに、さとりが唯一心を読めない相手だといっても、誰よりも近い位置にいることに代わりはない。最善の策でなくとも、さとりが関わること自体に意味があると思う。

「いらない?」
「そんなことは言ってない」

 そう言って口を開けた。さとりはこいしのそんな様子に小さく笑みをこぼして、空いている手で饅頭を取る。それをこいしの開いた口の前へと持っていく。
 こいしは、小振りな饅頭の半分ほどをかじり取って口を動かす。その顔に浮かぶのは満足そうで幸せそうな表情だった。甘いものの前ではいつでも素直になるようだ。それは好きだからというだけでなく、心のように複雑怪奇なものを持っていないからだろうか。

「ねえ、こいし。フランドールさんの推理が間違っていたというのなら、本当の答えを教えてはくれないかしら?」

 こいしが口を動かすのをやめたのを見計らってさとりが話しかける。少し心を和らげてからなんとかしようという作戦なのかもしれない。

「食べ物で釣るつもり? 謎は迷宮入り。されど事件は起こらず平和な日常は続くのでしたで満足しないと」
「それができるなら、ここまで必死にならなかったわ」

 こいしのはぐらかすような物言いにさとりは正面から向かっていく。対抗するようにして、いなしていた私とは正反対の対応だ。

「……私は、こいしの心だけは読むことができない。だから、突然こんなことをされると不安になるのよ。フランドールさんの言っていたことが間違いで、本当にただの気まぐれで悪戯目的でこんなことをしたのならそれはそれでも別にいい。でも、何か不安に思うようなことがあるなら言ってちょうだい。できることは少ないけど、安心させられるように頑張るから」
「深く考えすぎだよ。二人とも」

 こいしは、さとりの顔にかかった陰を取り除くかのように明るい笑みを浮かべる。

「私はただ、ふと思いついたどうしようもなく下らない悪戯を実行してみただけ。そこに二人が考えてるような深くて難しくて面倒くさいことなんて全然ない。浅ましく幼稚で些末な遊び心があっただけ。
 なのに、二人とも必死に私を探して最初の以外ほとんど空っぽなメモの内容を大真面目に考えてた。
 もう、困っちゃったよ。出るに出られなくなるし、かといってほっとくこともできないし。だから、お姉ちゃんのお菓子を使った卑劣な罠は好都合だった。ちょちょいと意識を手放せば、私の無意識は勝手にそこを目指してくれるから」

 淀みなく愚痴をこぼすかのように言う。何かに必死になってるようで、無理な釈明をしているかのよう。でも、どこを無理しているのかわからなくて、途切れない言葉に耳を傾けていることしかできない。

「二人とも生真面目でお人好しで後ろ向きになりがちで……」
「こいし?」

 途中で黙ったこいしへとさとりが話しかける。今までの明るい雰囲気が全て消えてしまう。私もこいしのその態度に不安を覚える。

「……二人とも、私に文句を言ってやろうって話をしてたのに、いざ私が出てきたら全然そんな様子見せないで私の心配するばっかり! 私は、私は……っ!」
「こ、こいしっ? ど、どうしたの?」

 急に激し、涙を流し始めたこいしの姿に狼狽えてしまう私。さとりも突然のことに驚いているようだ。

「全部全部二人が悪いっ! 私のすることに怒らないで心配ばっかりして! 二人は何も考えずに私を追いかけてれば良かった! 追いかけて見つれば下らないことをするなって怒れば良かった! なのに、なのにっ、二人揃って本気になって、見つけたら見つけたで私の心配ばっかり!」

 こいしはこいしで錯乱しているのか、言っていることが同じ部分を繰り返している。
 でも、だからこそそれは私の推理が間違っていなかったことの証拠でもある。
 やはりこいしは不安だったのだ。こいしが心を許せる数少ない相手である私たちに興味を失われやしないかと。

 そして、私たちはこいしの望んでいたもの、いや、たぶん望んでいた以上のものを与えることができていた。でもこいしはそれを受け止め切れていない。
 こいしの素の部分はとても繊細で傷だらけなんだろう。だから、少しでも触れられると痛みを感じてしまうようだ。

「なんでそんなに優しいの? なんでそんなに的確にほしいものをくれるのっ?」
「あなたの姉だから、でしょうか?」「こいしの友達だから……?」

 こいしの叫ぶような問いに、二人揃って決まらないのだった。さとりとこいしの確執は解決したばかりだし、私がこいしと友達になってからまだまだ日は浅い。だから、断言できるだけの自信を持ち合わせていない。
 でも、理由として考えられるのはそれくらいしかなかったから、取り合えず口にしてみた。黙っていたら不安を煽ってしまいそうだし。

「何それ。ばっかみたい。そんな確信の持てない理由で動いてたの?」

 投げかけられたのは鋭い言葉だった。そんな言葉を口にしながらも両の目からはなお涙が溢れてきていて、いつものように受け流すということもできない。

「ごめんなさい。こんなだから、こいしを不安にさせてしまうのよね。……でも、こいしが心配だという気持ちは本物よ」

 最初に動いたのはさとりだった。横からこいしを抱きしめる。ここまでにため込んできた不安を抑えきれなくなってしまったかのように。

「……」

 こいしはそれきり黙ってしまう。ただ俯いて静かに涙をこぼすだけ。

 私も何も言わず、握った手に力を込めるのだった。





 誰も私たちの方に視線を向けることがないまま時間が過ぎ去っていった。こんな状態でもしっかりと能力を使っているこいしはそれだけ他人を忌避することに慣れきってしまっているということなのかもしれない。
 だからこそ、今みたいに近すぎることが不安へとつながってしまったのだろう。

「……こいし、落ち着いた?」
「……落ち着きたくなかった」

 さとりの問いに返ってきたのはぶっきらぼうな答えだった。冷静になって自分の行動を振り返る余裕ができてしまったせいか、羞恥心を感じてしまっているらしい。俯いたままどちらの顔も見ようとしない。

「……最後まで高みの見物ですませるつもりだったのに」

 それは物理的な意味よりも精神的な意味合いが強いんだろう。当事者であるはずなのに、心を別の場所に置いて無感情に私たちの行動を観察する。そうして、心の中に安心するための材料を置いておく。
 でも、そうだと思うには少し疑問に思うところがある。

「ほんとにそうなの?」

 私は首を傾げながら聞く。

 本当にそのつもりなら、メモはもっと簡素なもので良かったはずだ。最初のメモのように必要最低限なことだけ書いて、ついでにからかうようなことを書いていればよかったはずだ。それなのに、こいしはメモの中に自身の不安を忍ばせていた。自分の気持ちに気づいてほしいのだと言うかのように。
 それに、こいしはさとりの誘いに乗って姿を現した。いくらさとりが姉としての執念を持ってこいしを捕まえることに執着していたとしても、本気で姿を現すつもりがなかったならこの場で捕まえるのは不可能だったはずだ。精神論を否定するつもりはないけど、いくら頑張っても限界は超えられないものだと思っている。

「……うるさい」

 突っぱねられた。まあ、誰よりも感情にとらわれず同時に誰よりも感情に流されるこいしだからこその気の迷いかもしれないから黙っていよう。これ以上、今回のことを掘り下げる意味もないし。
 私たちに頼ってもだいじょうぶだと少しでも思わせることができたならそれでいい。素直な気持ちを少しでも吐き出させることができたなら、その目標は達成できたと思ってもいいだろう。
 足りなかったなら、またさとりと一緒になって振り回されることになるんだろうか。まあ、そのときはそのときで考えればいいか。今日はもう疲れたからあまり考えたくない。

「こいしは不安になればさとりに会いに行けばいいよ。そうすれば、絶対に今日みたいに抱きしめてもらえるから」

 でも、少しでも再発防止になるようにと簡単なアドバイスはしておく。心の片隅にでも残って、もしまた似たような不安を抱えたときは回りくどいことをせず正面から確かめるよう働きかけてくれればいい。

「……知ったような口利かないで」

 私の言葉は気に入らなかったようだ。むぅ、気難しい性格を相手にするのは難しい。

「私に必要なのはお姉ちゃんだけじゃない。フランだって同じくらい必要にしてる。そうやって一番大事な部分だけ他に任せるんじゃなくて私に関わった責任はちゃんと取って」

 俯いていたこいしがこっちを睨んでくる。濡れたままの頬とは対照的な予想外の鋭さに若干体が引いてしまう。でも、握ったままの手を放すことはなかった。

「……うん、ごめんなさい」

 私はそれほどこいしのためになるようなことをしてあげられているとは思っていない。でも、こいしがそう言うのなら認めるしかない。私だって、同じようなことをお姉様に言われるのはいやだから。

「でも、私はこの通り察しが悪いから素直に関わってきてくれると嬉しいな」
「やだ」

 舌を出して拒否された。やっぱり関わり方が難しい。特に今日はかなり屈折しているみたいだし。普段はもうちょっと素直なんだけど。

「まあ、でも……」

 途中で言葉が途切れた。口は動いていたように思ったけど、音は届いてこなかった。
 こいしを抱きしめたままのさとりに視線を向けてみるけど、首を傾げられるだけだった。あの距離でも聞こえないくらいに小さな声だったようだ。

「こいし? 今、なんて言ったの?」
「しーらないっ。それより、話してたらお腹空いちゃった。お饅頭、食べさせて」

 今までの雰囲気を全て放り捨てて、もしくはどこかに隠して誤魔化されてしまった。しばしその変化に追いつけず、気づいたときには先ほどまでの雰囲気を取り戻すのも難しくなってしまっている。
 まあ、誤魔化すということはそれほど悪いことを言われたというわけでもないのだろう。こいしは気に入らないことこそ、真っ正面から言ってくる。

 なら別に追求する必要もないかと心の中で頷いて、こいしが半分だけ食べた饅頭を手に取る。さとりに離れてもらうというのも悪いし。

 その様子を見たこいしは先ほどのように口を開く。さとりが食べさせていたときは気づかなかったけど、それはとても無防備な姿だった。

 これがさっきの言葉の意味なのかもしれないと勝手に納得して、おっかなびっくり饅頭をこいしの口の中へと入れる。
 その後に浮かんだ至極の笑みもやっぱり無防備なのだった。


Fin



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