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「フラン、竹を取りに行こう」

 いつものように何の前触れもなく私の部屋へと訪れたこいしは、本を読むためにベッドで横になっていた私を見下ろしながらそんなことを言う。

「……竹?」

 突然なのはいつものことだけど、それでもやはり意味がわからなければ首を傾げたくなる。そんなものを取ってきてどうするつもりなんだろうか。

「うん、そろそろ七夕だから」
「……そうだっけ?」

 身体を起こしてカレンダーへと目をやる。日付を気にするような生活をしているわけではないから、今日が何日なのかはわからない。でも、お姉様か咲夜のどちらかが一月に一度めくってくれるから、今が七月であるという事はわかる。だから、少し考えれば一週間以内に七夕がやってくるというのもわかる。確かに、そろそろ、だ。
 そこまで確認してこいしの方へと視線を戻すと、呆れたような表情をこちらに向けられていた。

「この生粋の引きこもりめ」
「まあ、うん、そうだね」

 返す言葉がないというか、自分から望んでそうしているから否定するつもりもない。最近はこいしに引っ張り回されることが多くなったとはいえ、自主的に出て行くのは館の庭くらいまでなものだ。
 それだけで私には事足りる。好きな人たちには、大体それで会えてしまうから。

「そんなことはどうでもいいとして、七夕までそんなに時間がないから今すぐ探しに行こう。どんな願い事でも叶えてくれそうなくらいに立派な奴を」

 こいしが私の手を掴む。こちらの意志の確認をするつもりはないようだ。これもまたいつものことだけど。
 ベッドの上から引きずりおろされる前に、本を布団の上に置き床の上に降りて靴を履く。

「こいし、外に出るなら髪を梳いていきたいんだけど」

 正確には、外に出るのをお姉様に伝えに行くから、みっともない姿を見せたくない、だけど。横になっていたから、少々髪の状態が気になる。

「私がやるから、櫛貸して」

 何があっても止まりそうになさそうな足取りで進んでいたこいしだけど、そんな印象とは対照的にぴたりと足を止めるとこちらへと振り返って空いている方の手を伸ばしてくる。ひねくれているような態度を取っているようで、案外私の言うことには素直に従ってくれるのだ。少し、献身的すぎるところがあるような気がしないでもないけど、こいしの抱く感情を知っていれば、納得もできてしまう。
 断る理由もないから、魔法で作り出した空間の中から赤色の櫛を取り出して、こいしに手渡す。櫛を受け取ったこいしは私を後ろに向かせると、存外丁寧な手つきで、髪を梳き始めてくれるのだった。





 私たちは目的地を定めることなく竹林の中を歩く。上を見てみれば空は隠されておらず、外から見た印象以上に中は明るい。
 最初は、日傘の扱いに少々手間取ったりもしたけど、今では割りと慣れてきた。まあ、それだけこの誰もが競い合うように上へ上へと伸びた竹たちの林を歩いているというわけだ。
 右に曲がったり左に曲がったり、進路はこいしの気まぐれで、歩いて館まで帰る自信はどこかに置いてきてしまった。歩けども歩けども景色が変わっていないような気がする。
 こいしは、時折竹の方へと近づいていって、しげしげと眺めたり、叩いてみたり、見上げたりしてみている。けど、何が気に入らないのかわからない内にこいしは歩き出してしまう。
 今ので何本目なのかなんて数えていない。思い返せないくらいに多いというのは断言できる。

「ねえ、こいしって竹の違いがわかったりするの?」
「全然。でも、なんかどれも似たり寄ったりだから、本当に良いものは私みたいな素人でも違いがわかるはず」

 わからないだろうというのは予想通りだった。こいしと竹なんてどうがんばっても繋がらない。
 でも、後半の声は本当に真剣そのもので、それに関しては予想していなかった。いつものように思いつきで私を引っ張っているのだと思っていた。
 それくらい、他人に頼ってでも叶って欲しい願い事があるのだろうか。
 ただ、こいしはそうしたことを行事として楽しむという印象はあるけど、本気で願うというのとはあまり結びつかない。
 ちなみに、私はそういうことは信じない。だから、あまり真剣になりきれないでいる。まあ、信じていたとしても、今は特に願い事もないのだけれど。

「こいしは、何の願い事をするつもりなの?」

 聞いてみることにした。景色があまり変わらないせいで少々退屈しているから、そうやって暇を潰してみようという狙いもある。

「……秘密」

 何か驚いたように足を止めたかと思えば、私の質問から逃れるような小さめの声量でそう答える。そう言う反応をされると余計に気になるけど、聞いたところで素直に答えてくれるという事はないだろう。ただ、その反応からこいしの素直な部分の願いだというのはわかった。繊細な部分を隠したがるのはいつでも変わらない。

「フランこそ、何願うつもりなの?」

 これ以上の質問を避けるためか、それとも単に黙っていることに耐えられなくなったのか、逆に質問を向けてくる。

「私も何か願い事すること前提なの?」
「うん、当然」
「うーん……、特にないなぁ」
「えー、ないの? 私に振り向いて欲しいとか、私を自分の物にしたいとか」
「それ、こいしの私に対する欲求だよね」
「そうだったかもしれない」

 そんな無駄話をしながら、まだまだ理想の竹探しは続く。




 太陽の傾きが変わったのがわかるくらいの時間が過ぎる。でも、こいしを納得させるような物はまだ見つかっていない。
 人語を用いるウサギと何度か出会ったから、その子たちにも聞いてみたけど、今の状態でわかるとおり、有力な情報は得られていない。そもそも興味を持っていないみたいだったけど。

「あ」

 と、竹林の中に人影を見つけて、私は足を止める。こいしもそれに気づいているようで、そちらに視線を向けている。

 遠くからでもわかるのは、腰の辺りまで伸ばした長い黒髪を結びもせず垂らしているということだ。それと、独特の雰囲気を放っている。どこがどう、と聞かれると困るけど、近寄りがたいというか、みだりに近寄ってはいけないとかそういった感じだ。
 その人は、私たちの方に向けて歩いてきている。こいしは警戒するように身を引いている。一人でいるときは色んな人たちに関わっていっているらしいけど、私といるときは人見知りのような反応をするのだ。
 たぶん、私といる間は素の部分が表に出てきているから、臆病さが先立ってしまうのだろう。普段なら、そうした弱い部分を無意識の下へと押しやってしまっているみたいだけど。

「こんにちは。貴女たちが、やたら熱心に竹の選り好みをしているとかいう妖怪?」

 竹林には相応しくない優雅な様子で話しかけてくる。玉座とかそう言った場所になら溶け込みそうだ。

「えっと、どうして知ってるの?」

 こいしの前に出て、私が話すことにする。私も私で他人と話すのはあまり得意ではないんだけれど、二人して人見知りをやっているというわけにもいかないだろう。

「途中で兎と話をしたでしょう? あの子たち、うちで飼ってるのよ。それで、話を聞いて面白そうだからこうして出てきたというわけよ」

 どうやら、あのウサギたちは野生の生き物ではなかったようだ。言われてみれば、やたら人懐こかったような気がする。

「この時期になると竹を求めて入ってくるのも珍しくはないんだけど、その大半は手近な竹で満足しちゃうのよね。まあ、下手に深入りしたらそのまま行方不明になっちゃったりするから、当然かもしれないけど」

 黒髪の人の口振りは親しい人に対して世間話を振るようなそれだ。他人と付き合うのが得意なのか、もしくは好きなのだろう。

「それで? どうして貴女たちはそこまで真剣になっているのかしら?」
「えーっと……」

 七夕の願い事をするため。私に思い浮かぶのはそれくらいだ。
 でも、多分そういうことを聞きたいのではないだろう。それだけの理由なら、彼女自身が言っていたとおり手近なもので十分なのだから。
 私はこいしの方を見る。今回の行動に私の意志はないのだ。

「最高の条件で願い事をするため。絶対にこれだけは叶ってくれないといけないから」

 こいしが強い意志を込めた声ではっきりとそう言う。

「ふぅん、予想通りではあるけど、こんなことにそこまで本気になるなんてねぇ」

 そう言うと、何やら考え込み始める。何となくだけど、いやな予感がする。彼女の浮かべる表情が悪戯を考えているときのそれのように見えるのだ。

「ねえ、そうだ。ここは一つ取引をしない? 実は、光る竹なんてものを何本か持ってるんだけど、貴女たちが私を弾幕ごっこで楽しませてくれたら一本譲ってあげても良いわよ」

 けど、言葉として出てきたものは案外大人しいものだった。ただ、だからといって素直に受け入れられるようなものでもない。

「それって、勝ち負けには拘らない、ってこと?」
「そうそう。私を楽しませてくれれば貴女たちの勝ちで、最後まで私を楽しませられなければ貴女たちの負け。分かりやすいでしょう?」
「むしろわかりにくい気がする」

 判断の基準が完全に向こうの感情任せだ。向こうにこちらを勝たせるつもりがなければ、何があっても勝つことはできない。

「別に意地悪するつもりもないし、表情を隠すつもりもないわよ? そんなことしたってつまらないし」

 その言葉を信じるには相手のことを知らなさすぎる。でもまあ、次に聞くことに関して問題がなければ、気にすることでもなくなる。

「私たちが負けた場合は?」
「別に何もないわよ。私を楽しませられないようなのとそれ以上関わっても、時間の無駄だもの。ま、私はいくら無駄にしたところで有り余るほどの時間を持っているんだけれどね。それこそ、妖怪一人の一生に付き合っても、少々削れるか削れないかくらいのを」

 その言葉を聞いて、彼女が纏う近寄りがたい雰囲気の正体を掴めたような気がした。それは、時間という隔たり。人間と妖怪にしたって大きな隔たりがあるけど、こうした感覚を抱くことはないし、抱かれていることもないと思う。けど、彼女の持つ時間は別次元ともいえる場所にあるようだ。明言はしていないけど、それこそ永遠と呼べるようなものなのかもしれない。

「だから、貴女たちが心配するのはちゃんとこの私を楽しませることができるかどうかだけ。さて、どうするのかしら?」
「受けて立つ」

 頷いたのはこいしだった。私はどちらでもいいから、このままこいしに付き合うだけだ。

「そうこなくっちゃ」

 浮き世離れした雰囲気は消えて、子供っぽい笑みを浮かべる。本当に楽しめそうなことを探していただけだというのが窺える。どれだけ生きてきたのかはわからないけど、そういうことに貪欲になったりするのだろうか。何百年もの間、閉じた世界でも満足している私にはよくわからない。

「スペルカードは五枚。二対一でも一対一でもそっちの好きなようにしてくれていいわよ。後は……、そうね、そっちにハンデを負わせするのも面白くないから、開始は今夜にしましょうか。それでいい?」

 こちらが口を挟む暇がないくらいさらっと条件を決められてしまう。でも、どちらかといえばこちらの方が有利な条件だから、特に言うべきこともない。

「だいじょうぶ」
「よしっ、なら決まりね。ああ、それと、集合は竹林の入り口の辺りね。弾幕ごっこをするのにちょうどいい場所があるから案内をしてあげる」

 そうして、私たちは名前も知らない人と、弾幕ごっこをすることになったのだった。





 その日の夜、約束通り私たちは竹林の入り口へと向かっていた。

 夜になるまでは、どういう戦略で行くかということをこいしと話し合っていた。最初、こいしはどうしても二対一でやりたいと言っていたけど、お互いにどういう手を使うのかも知らないのに、そんなことはできないと私は却下した。数時間くらいしか練習する時間がないなら、事故を起こす危険を冒すよりも、堅実に一人ずつ行った方がいい。
 でも、五回勝負で交互に出るとなると、一回分余ることになる。だから、その最後の一回だけは二人で出ようということになった。
 それで、そのときにお互いに何を使うのか決めたわけだけど、こいしはとあるものに心惹かれてしまったようだった。こいしが提示したものも見せてもらったけど、相性はすごく悪いような気がする。
 でも、こいしがどうしてもそれがいいと迫ってくるから、私は頷いてしまっていた。勝ち負けには特に拘っていないから、説得するのが少々面倒くさかったというのもある。

 そうやって話し合いの内容を思い出しながら歩いている内に、竹林の入り口が見えてきた。そこに、黒髪のあの人――蓬莱山輝夜と言うらしい――と見覚えのない白い長髪の少女が立っているのが見える。はっきりとどの入り口かという指定はされなかったけど、無闇に入るなと言った注意書きの書かれた立て札がある場所で正しかったようだ。
 輝夜は私たちに話しかけていたとき以上に親しげな様子で白髪の人に話しかけている。でも、話しかけられている方は対照的に迷惑そうな表情を浮かべている。
 どういう関係なんだろうかと思いながら近づいていくと、向こうもこちらに気づいたようだ。輝夜の笑顔が少しばかり他人行儀なものに変わる。直前に浮かべていた表情を知らなければわからない程度の変化だったけど。

「待ち人が来たからもう行ってもいいわよ。ありがとう、退屈せずに済んだわ」
「はぁ……、相変わらず自分勝手よね、あんたは」
「付いてきたければ付いてきてもいいわよ? 私の勇姿を拝ませてあげるから」

 白髪の人はうんざりとしたような表情を浮かべているけど、輝夜はそれを全く気にしていないようだ。一方的に好意を向けているだけのようにも見えるけど、断固として拒絶をされているという様子もない。複雑な間柄なんだろうか。

「情けない姿なら拝んでやりたいところだけど、あんたは負けてもムカつく態度を取ってそうだから、帰らせてもらうわ」
「それは残念ね。でも、もし気が変わったら来てちょうだい。いつもの場所にいるから」
「はいはい」

 輝夜の言葉をあしらうように手を振りながら背を向けて立ち去る。かと思ったら、足を止めてこちらへと振り向いた。

「どういう理由であんたたちがこいつと戦うことになったかは知らないけど、やるんなら徹底的に痛めつけておいてちょうだい」

 こちらが何かを答える前に、背を向けて今度こそ立ち去る。一秒でも早くここから立ち去りたいといった様子だった。表面的には仲が悪いといった繋がりなんだろう。長い時間の中で複雑化していってしまったという様子だけど。

「そんな殺伐とした雰囲気でやるものでもないのに、物騒な捨て台詞ねぇ」

 そして、輝夜は輝夜で暢気な様子だ。反応の全てを楽しんでいるようなそんな感じがする。

「さてさて、あんな人のぎすぎすした雰囲気は忘れて、私たちは楽しみましょうか。ちゃんと楽しませてちょうだいね」
「楽しませるつもりはないけど、私は十分楽しむつもりでいるからだいじょうぶ」

 こいしが上機嫌な様子で答える。最後に私が使うスペルを無理やり決めさせてからやたら機嫌がいいのだ。こうして、私といて素に近い状態でいても臆すことがないくらいに。
 そんなこいしの上機嫌さに追随する形で、私の中でのいやな予感は膨らんでいっている。まあ、いやとは言ってもどうしても回避しないとかいけないとか、そういった類のものではないのだけれど。

「ええ、それで十分。演技をするのではなくて競技をするのだから、対戦相手が楽しんでなければ、楽しむことなんてできるはずがないわ」

 輝夜はそう言ってこいしへと笑いかける。こいしも不敵な笑みを返していて、すでに心の方は臨戦態勢に入っているようだ。私だけが出遅れているような気がする。

「さてと、それじゃあ弾幕ごっこをするのにちょうどいい場所に案内するから付いてきてちょうだい」

 輝夜は竹林の中へと入っていく。私たちはその背中について行く。




 いくらか歩いてたどり着いたのは、不自然に開けた場所だった。ぽっかりと穴が空いたようにそこだけ何もない。
 その中に入った瞬間、焦げ付いたにおいがしたような気がした。でも、鼻を動かしてにおいを嗅いでみても、何もにおってはこない。気のせいだったのだろうか。

 私たちは少し進んだところで足を止める。輝夜だけが前へと進んでいく。そして、私たちが立つ場所の対称となる場所にまで行くと、こちらへと振り返る。黒髪がくるりと踊る。

「さあ、始めましょう」

 その場から浮かび上がると、周囲の雰囲気が変わった。場の空気が支配されているのを肌で感じ取る。
 私たちが輝夜へと挑んで行っている。そうした立場の違いを思い知らされる。

「じゃあ、フラン行ってくるから、応援よろしく」

 こいしはそんな空気を意に介していないかのように気ままな様子だ。まあ、私しか見ていないとかそういうことなのかもしれない。

「うん、がんばって」

 私もそこまでプレッシャーは感じていない。それどころか、内側で何かが沸き上がってくるのさえ感じている。勝ち負けに拘らないとは言え、どうせやるなら負けないくらいのつもりでやる。

 こいしは私から離れると、浮き上がって輝夜と対峙する。

「最初は貴女一人なのね」
「ほんとは、二人で出てきたかったんだけど、堅実派のフランに反対されちゃってね。でも、最後に私たちの絆の深さを見せつけてあげるから安心して」
「そう、楽しみにさせてもらうわ」
「私たちの仲の良さに嫉妬しちゃえばいいよ」

 そんな会話をして、こいしはスペルカードを取り出す。

「私の恋の炎は例え隠されようともその勢いを弱めはしない! 復燃「恋の埋火」!」

 よくわからない前口上と共に高らかに宣言をする。

「土に埋められた火は燃え移らないようにしておく必要があるわよね。難題「仏の御石の鉢 ―砕けぬ意思―」!」

 こいしの口上に答えるかのように輝夜もスペルを宣言する。黒色の大きな鉢が現れる。道具を使って弾幕を形成するタイプのようだ。

 まず動いたのはこいしだった。両手を輝夜の方へと向けると、その手の先から炎を纏ったハート形の弾が二つ放たれる。そして、両手を広げると続けざまに更に二つの弾が放たれる。
 横に放たれた弾は、見えない壁にぶつかって反射するような軌道を取りながら、輝夜へと迫っていく。その間に最初に放たれた二つは既に達している。けど、単純な軌道のそれは簡単に避けられてしまう。
 弾の通った後には、まるで空気が発火したかのように炎が浮いている。更に、避けた弾でさえ見えない壁に弾かれるように反射して背中へと向かっている。最初の頃は苦労せず避けられるけど、次第に逃げ場を塞いでいくタイプの弾幕のようだ。
 輝夜は弾の性質を見極めるように避けに徹している。その間にもこいしは弾の供給をして、動くことのできる範囲を狭めていっている。けど、放たれてからある程度時間の経った弾は妖力が切れて消えていってしまっているから、途中で場を支配する弾の数は増えなくなってしまう。

「確かにこれはしつこい火ねぇ。でも、この程度じゃあ、私の鉢を燃やせなんてしないわよ。どうせなら、烈火のごとく燃えさかる憎しみの炎とか用意しなさい」

 そう言った直後、黒色の鉢が目映く光り、幾筋もの光線を生み出す。いくらかはこいしを刺し貫くための槍となり、残りは全て行動を制限するための囲いとなる。
 光の筋が実体化する直前にこいしは慌ててそこから逃れる。そして、宙を貫いた光線も囲いとなってこいしを捕らえる。輝夜はいたぶるようにそこへと向けて弾をばらまく。
 そして、囲いがただの光の筋へと戻り消失すると、新たな槍と囲いとが現れこいしを仕留めようとする。

 こいしの放つ弾は、光線に貫かれても消えない程度の強度はあるようだ。だから、この勝負は先に逃げ場所を間違えた方が負けとなるだろう。
 こいしは光の筋が実体化する前に広く動ける場所を把握してそこへ逃げ込む。輝夜はこいしの弾の炎の尾を追いかけるようにしながら弾をばら撒き続ける。

「あ……」

 先に追いつめられたのはこいしだった。ばらまかれる弾に追いつめられ、狭い領域の中に閉じ込められてしまう。
 そして、狙い澄ました弾が放たれて――

「いたたたたっ」

 何発かの弾がこいしに命中した。こいしは痛みの声を上げながら後退する。一枚目は輝夜の勝ちだ。

「中々熱かったけど、まだまだね」

 輝夜は、黒色の鉢を消失させながら勝ち誇ったように言う。まだまだ余裕そうだ。
 こいしも宙に残っていた弾を消滅させると、こちらへと戻ってくる。

「……ごめん」

 私の前に降り立ったこいしは思いの外、意気消沈していた。

「ううん、こいしはがんばってたよ」

 慰めるつもりでそう言ってみたけど、こいしは首を横に振ってしまう。

「そうじゃなくて、私が思っていた以上にフランへの恋心が足りないかったなぁ、と。もっと、フランに恋するようにするから」
「……いや、勝ち負けにはあんまり関わってくることのない要素じゃないかなぁ」

 新しい弾幕を考え出すためのインスピレーションになんかは関わってきそうだけど、こいしが先ほど使ったものは以前からスペル化されていたものだ。だから、内容自体に大きな変更はないはずだ。
 もし、そういったもので、何かが変わるとしてもほんの些細な変化にしかならないように思う。

「……フランが私に対して熱くなってくれれば限界を超えられる」
「いやいや」

 これくらい、というのもあれだけど、命を掛けているようなことでもないのに限界を越えられても困る。そう言いたくなる気持ちはわからないでもないけど、私はこいしに対してそうした想いを抱くことはできないから同意はできない。

「ねえ、私はいつまで貴女たちがいちゃついてるのを見ていればいいのかしら?」

 と、輝夜の声が割って入ってくる。待ちくたびれているというわけではなく、私たちのやり取りを楽しんでいるといった感じではあるけど、だからといって待たせるわけにもいかない。

「じゃあ、こいし、行ってくるから」
「ん、全力で応援してる」

 こいしの張り切った声を背に受けながら、宙へと浮かび上がる。輝夜と対峙するまでの間に、魔法空間の中からレーヴァテインを取り出す。

「待たせちゃってごめんなさい」
「そうね、どうせするなら、これが終わってからにして欲しいわね。まあ、端から見てて面白い関係だとは思うけど」

 面白いと思われるような関係なのか。でも、確かに変わった関係だという自覚はある。
 普通ならすれ違っていると言われるような形でお互いに異なった感情を向けているけど、お互いにそれを知った今でも、関係が破綻することなくすれ違ったまま続いている。
 お互いにわがままということなんだろう。

「そのためにも早く始めましょう? あ、だからってわざと負けるようなことをしたら許さないわよ」
「私は別にそうすることを望んでるわけじゃないんだけどね」
「ええ、わかってるわよ」

 こちらをからかってるんだなぁ、というのがわかる笑みをこちらに向けてくる。これ以上は無駄に長くなるだけだろうから、心中でため息を吐きながらスペルカードを取り出す。

「禁忌「レーヴァテイン」!」

 宣言と同時に、杖に炎を纏わせる。そこから放たれる光は夜の闇を食らい、熱はひんやりとした夜の空気を一瞬で焦がす。
 そして、私は炎の剣と化した杖を両手で握って構える。それだけで、心の方は戦闘態勢に入り、昂揚してくるのを感じる。

「大人しそうな割に、中々激しそうなものを見せてくれるわね。でも、貴女の不幸は、私が炎の扱いに慣れているということ。難題「火鼠の皮衣 ―焦れぬ心―」!」

 何かの皮が現れたかと思うと、すぐさまその皮は発火し、火が放たれる。それらは輝夜の盾になるように壁となって私の前に立ちふさがる。そして、時折燃えている木がはぜるように、いくつもの火の玉がこちらに向かって飛んでくる。
 密度は高いけど、避けるのは簡単そうだ。そう思っていると、不意に壁の一部からこちらを狙い澄ましたかのような火の柱が伸びてくる。
 それを間一髪のところで避けながら、一息つく。
 火そのものの熱は私のものの方が高そうだけど、制圧力では圧倒的にこちらが負けている。弾を当てることに主眼の置かれている弾幕ごっこにおいては、私の方が不利だ。

 立ち尽くしていても仕方ないから、杖を振るう。空気を焦がしながら空を切った炎の剣は、その身を剥離させいくつもの火炎の弾を放つ。
 けど、それらは炎の壁に飲まれて消滅してしまう。そして、返ってくるのは火の玉の嵐と、こちらを狙う炎の柱だけだ。手応えは一切感じられない。焦りが浮かんできているのを感じながらも、火の中を舞う。

 完全に相性負けしている。このスペルでは決して遠距離から攻撃を届かせることはできなさそうだ。
 なら、どうすればいいか。降参は選択肢の中にすら入っていない。

 回避動作を取りながらも一度深呼吸をすると、上下左右だけだった動きの中に、前進を加える。
 炎の壁との距離が短くなるに従って、どこから火の玉が飛んできて、どこから火の柱が伸びてくるのか予測しづらくなってくる。それでも、神経を研ぎ澄まして、ほとんど反射的な動きだけで弾を避ける。顔のすぐ横を火の玉が過ぎる度に、怖じ気づきそうになりながらも距離を詰めていく。
 そして、炎の壁が目の前に迫ってきたところで、炎剣を全力で振るった。

 布を引き裂くように簡単に裂け目が生まれる。けど、布とは違って新しく供給される炎によって、裂け目はすぐに閉じていってしまう。
 私は、速度を上げてその隙間の中に身体をねじ込む。羽の先が焦げ付くような感覚を感じながらも何とか壁の内側へと入り込む。
 それに少し遅れて、輝夜の側に浮かんでいる燃え盛る皮から炎の柱がこちらに向かってくる。移動する先にある炎をなぎ払いながら、それを避ける。

 輝夜の人の方へと一直線に向かって飛んでいく。杖を振るうタイミングを間違えさえしなければ、一気に距離を詰めることは難しくない。
 私が正面から突破してくることを予想していなかったようで、焦りの色を浮かべているのが見える。冷静さを取り戻される前に畳みかけるしかない。

 炎剣の切っ先が届きそうなくらいまで接近したところで、杖を一度振るう。
 いくつもの炎が矢となり襲いかかる。けど、輝夜は後ろへと下がると、火を纏う皮を盾にしてそれらを防ぐ。それくらいはこちらも予想している。

 前面に集中している間に私は高度を上げて、再び炎剣を振るう。そして、その結果を見届けないまま、背後へと回って切りかかる。

「――っ!」

 炎剣が直接命中し、その身体を吹き飛ばす。でも、どこかにぶつかる前に止まってくれたようだ。そのことにほっと胸を撫で下ろしながら、高度を下げる。そして、臨戦態勢を解くように杖を魔法空間の中へと収める。

「フラーン! かっこよかったよっ!」

 交替のためにこいしの方へと近づいていくと、勢いよく抱きつかれた。ちょうど気が抜けたところだったから、押し倒されかける。宙に浮いた状態で上に乗られているのを押し倒されていないと言っていいものかはわからないけど。

「……危ないから、いきなり抱きつくのはやめてほしいんだけど」
「だって、どうせゆっくり抱きついていっても避けるんでしょ? だったら、こうして不意打ちするしか」
「……はあ」

 何を言っても無駄みたいだった。

「さてさて、フランがここまでがんばってくれたんだから、私もがんばらないと。次は絶対に勝つからちゃんと見ててよ」

 けど、案外あっさりと離れてくれた。私が勝ち星一つを得た状態だから、早くそれに追いつきたいということなのかもしれない。割と負けず嫌いなところがあるから。
 そんなことを考えながら、地面の上に降り立つ。こいしは既に輝夜と対峙する位置にいる。

「貴女を燃え上がらせる相棒の熱、確かに感じ取らせてもらったわ。あれなら、惚れ込んでしまうのもわからないでもないわ」
「フランは私の物だからあげない。どうしても欲しいって言うなら、私の愛を乗り越えてもらわないと」

 こいしの物になった記憶はないんだけどなぁ、とは思うものの突っ込みは入れない。二人とも興が乗っているみたいで、そこに割って入るのは悪いような気がする。これが終わったら言っておこう。

「どちらかというと、貴女があの子の物になろうとしているように見えるけれど?」
「どっちでもいいよ。フランが私の物なら誰にもあげないし、私がフランの物なら誰もフランの所有物にさせない。どうするつもり?」
「私は見ているだけで結構よ」
「そ、なら私の愛を存分に見せてあげる! 心符「没我の愛」!」

 こいしが力強くスペルを宣言する。

「愛の中に溺れていくのもいいけど、次へと繋いでいくことも大切よね。難題「燕の子安貝 ―永命線―」!」

 輝夜もそれに続いて宣言する。今度は、卵のような形をした貝殻が現れる。

 弾幕の展開を始めたのはほぼ同時だった。
 こいしの弾の始点は輝夜のすぐ側にある。周囲を回るようにしながら、内側と外側へと向けてハート形の弾が連なって放たれる。
 輝夜も、弾の始点は比較的相手に近いようだ。貝殻だけがこいしの目線の先まで飛んでいき、赤と青の光線を放ってこいしを光の中に捕らえた後、広がりゆく円を描くような弾の群が放たれる。

 二人とも至近距離から放たれる弾を避けるのに精一杯で、相手へとあまり意識を向けることができていないようだ。輝夜の弾幕は起点となる道具を設置することでほとんど自動化されているようで、あまり乱れがあるようには見えない。けど、一方でこいしのものは手動で調整する必要があるようで、少し不自然な軌道を描いていたり、変な隙間ができていたりと見ていて不安になってくる。

 と、こいしの弾幕が途切れる。けど、攻撃の手を休めたというわけではないようだ。
 今度は、こいしの周囲からハート形の弾が放たれる。それも、先ほどとは比べものにならないくらいの速さだ。貝殻から放たれる弾に相殺されて、輝夜へと届くものはまばらとなっている。けど、貝殻そのものはさほど離れていないため、いくつものハートの弾が当たり、弾き飛ばされていっている。
 そして、いくつめかの弾が当たったとき、何かが割れる音が響いた。同時に輝夜の弾幕はぴたりとおさまる。どうやら、弾の始点となる道具が壊れてしまったようだ。

「愛に砕かれる子供なんて、なかなか皮肉ね」
「他人の子供なんてどうなろうと知ったこっちゃない。私たちに子供ができるんだとしたら大切にするけどね」

 こいしが何やら無茶苦茶なことを言っている。相手のスペルに合わせて言っているだけだろうから、気にしないのがいいんだろうけど。

 とにもかくにも、これでこいしの勝ちだ。今のところ、私たちが一勝分リードしている。ただ、満足するほど楽しませられているかどうかはわからない。
 こいしに負けたはずの輝夜は、楽しそうな笑みを浮かべているけど、それが演技でないと言い切ることはできない。会話とかを聞いていて思ったけど、厄介な種類の性格だということが窺える。それに、本当に楽しそうにしている姿を一度垣間見ているから、どうしてもそれと比べてしまう。

「どう? フラン、私の愛、見ててくれたっ?」

 真面目にこの勝負の状況を把握しようと思っていたら、こいしが勢いよく抱きついてきた。思考に意識の大半を向けていた私は、今度こそ地面の上に押し倒される。
 ……痛みが来るかと思って身構えていたけど、衝撃は一切なく、服越しに地面のひんやりとした感触を感じるだけだった。どうやら、衝動だけで動いているように見えて、こちらに対する気遣いはしてくれているらしい。
 だからといって、押し倒すのはどうかと思うけど。

「……私はこいしの物になったつもりはないし、こいしを私の物にしたつもりもないからね」

 言いたいのはそれくらいだ。最後に言っていたことは無視しておく。

「フランが欲しいって言ってくれれば、私をそっくりそのままあげられるよ?」
「いらない」

 私が望んでいる関係にどちらがどちらかの所有物だというのはあり得ないのだ。まあ、こいしからしてみれば、私のそんな考えがあり得ないのだろうけど。

「相変わらず冷めてるねぇ。こんなに好きにしていいよって言ってるのに」
「それはいいから、放してくれる? 輝夜も待ってるだろうし」
「イヤだけど、まあしょうがない。最後のお楽しみもあるしね」

 悪戯がうまくいくかどうかを楽しみにしているかのような表情をこちらに向けながら、私を抱き起こして解放してくれる。
 今までのこいしのスペルの流れと、最後に私に使うように言ってきたスペルを合わせて、私の予感はほとんど確信に変わっている。まあ、合ってたとしても勝てば良いだけなんだけど。
 それでも、心中でため息をもらす。どうしてこんな関係になってしまったのかなぁ。

 そんな私の思いに気づいているのかいないのか、こいしは私の背後に回ると背中を軽く叩き始める。たぶん、土を落としてくれているんだと思う。

「よしっ、おしまい。次も、さっきみたいにかっこいい姿見せてね」

 そして、最後に軽く肩を叩きながらそう言ってくる。弾んだ声が心底私の活躍を望んでくれていることを告げている。

「そのせいで負けたら元も子もないから、私のやりやすいようにやるよ」
「そっかそっか。フランは元がかっこいいから、かっこ付ける必要もないよね」

 過大評価しすぎではないかと思うけど、言葉にはしない。このままだと、無意味な会話がいつまで経っても終わりそうな気がしないから。

「じゃあ、行ってくる」
「ん、フランのかっこよさを見せつけてやって」

 よほど私が弾幕ごっこをしているときの姿を気に入ってしまったようだ。そんなに普段と変わらない気がするんだけど。
 そう思いながら、私は輝夜と対峙する。レーヴァテインを取り出して構えながら、次にどのスペルを使おうかと考える。

「貴女はあまり私と無駄話しようとしてくれないのね」
「特に言うこともないから」

 輝夜のように会話をすることが好きなわけでもなく、こいしのように外に溢れ出させたい想いがあるわけでもない。だから、何かを言われれば返しはするけど、こちらから言うことは何も浮かんでこない。

「拳、というか弾幕で語り合う、ということね。分かりやすくていいじゃない。なら、私も早々に構えることとするわ。難題「龍の頸の玉 ―五色の弾丸―」!」

 輝夜の前に、不思議な色の玉が現れ、周囲を回り始める。それは、白く輝いているようで、黒く光を飲み込んでいるようで、その合間に青く、黄色く、赤く鮮やかに明滅を繰り返しているように見える。
 もし手許にあれば、一日中でも眺めていられそうだ。

「禁弾「スターボウブレイク」!」

 不思議な輝きに感化されるように私もスペルを宣言し、白色の光球を発生させる。それはすぐさま翼を広げるようにして、無数の七色の玉となって左右に広がる。七種類の色の羽は一端宙にとどまり、引き絞られた弓につがえられた矢のような緊張を見せる。
 そして、私の合図と共に七色の光の矢が輝夜の方へと向けて襲いかかる。それが向こうに届くまでの間に、私は再び白色の光球を作り出す。

「龍を退治するのに、矢をちまちまと刺していくのは物語としていかがな物かしらね。やはり、龍を殺すのは剣ではないかしら?」

 矢の雨を避ける輝夜の周囲で、不思議な色合いの宝玉から五色に輝く牙を持つ龍の顎が現れる。その牙の先からは唾液が滴るように、五色の光がこぼれてきている。こちらを喰い殺そうと、大きな口を開いて襲いかかってくる。
 今までの印象からは予想していなかった迫力のある弾幕に、一瞬怯んでしまう。けど、戦意は薄れていない。多少、驚いてしまっただけだ。

 こちらを捕食しようとする牙の隙間を縫うようにして避けながら、幾百もの光の矢を生み出す。元から狙いを付けるような種類の弾幕ではないから、避けることに集中していればいい。けど、牙に食いちぎられ、向こうにまで届いている数が心許ないのを見ると、どうしてもそちらに意識が行ってしまう。
 このままだといずれ避けることに失敗した私が負けてしまう。一点に弾を集中させれば届く数自体は増えるだろうけど、避けるのも簡単になってしまうから、あまり意味が無い。
 なら、勝てる見込みのある方法はただ一つ。馬鹿の一つ覚えのようだけど、他に思い浮かばないから仕方がない。

 私の放った光球が七色の光となって広がる。私は光が展開しきるまで、それ一つで人一人を容易く殺せてしまえそうな迫力のある牙を避けることに専念する。
 そして、ある程度の指向性を持たせて光の矢を放つ。私はその群の中に混じって、矢の一つとなって輝夜の方へと向けて全力で飛ぶ。その間も光の矢の供給は忘れない。ただ、魔力を練る余裕がないから、追加の数は心許ない。時間をかけた結果、矢が尽きてしまうよりはましだけど。

 矢は牙よりも強度が低い。でも、そこに埋めがたい差が広がっているわけではない。いくつかが続けざまに当たれば、牙も維持するだけの妖力を失って消失している。
 当たってしまってもいいというくらいの覚悟で牙と牙との隙間に飛び込んで、距離を詰めていく。
 けど、近づく度に相手の攻撃の密度は高まってくる。それに対して、私の攻撃の密度は変わらないか、むしろ低くなっていく一方だ。分が悪い。
 けど、今から戻ったところで、再びじり貧に閉じ込められてしまうだけだ。勝つには、逆に喉の奥に食らいつくくらいの気持ちでいるしかない。
 後二歩、いや後一歩近づけば勝機は見えてくる。

 そうやって、怖じ気付き始めている感情を思考で落ち着かせる。それが、私の前進を少し遅らせる。
 そして、遅れは連鎖する。牙が消失したことによって生まれた隙間を抜けるのを、感情は恐怖を理性は距離と速度を理由に躊躇して、今度は前進さえも止まり、それどころか少し後退する。
 下がりきってしまう前に、新たな七色の矢の群が龍の顎へと向かっていく。私はそれを追いかけて再び前進する。
 けど、一度萎えてしまった感情は、理性を凌駕して獰猛な牙を前にして竦む。

「――あ」

 そして、その減速は致命的だった。もっと前に出ていれば、まだなんとかなっていたかもしれないのに。

「……っ!」

 牙が身体へと突き刺さるような感覚に襲われる。けど、実際は弾き飛ばされるだけで、弾による怪我はない。服には穴が空いているかもしれないけど。
 痛みによろけながらも、空中で停止する。そして、一度深呼吸をして、感情を落ち着けようとする。多分、今のままだと先ほどのような攻撃的なイメージの弾幕を前にするとまた動けなくなる気がする。

「フランっ! だいじょうぶっ?」

 心底心配してくれているというのがわかるくらいに切羽詰まった声で、こいしがこちらへと近づいてくる。大袈裟だなぁ。
 でも、そんな反応が私を落ち着かせてくれる。なんだか、感情的になっているこいしを見ていると、私は落ち着いていなければいけないような気になるのだ。今まで何度かこいしが暴走しているのを見てきたからかもしれない。

「こいし、だいじょうぶだから落ち着いて」
「落ち着いてなんていられない! この落とし前はきっちり付けてもらわないと!」

 こいしが私を守るような位置に出て、輝夜を正面から見据える。じっくりと感情を落ち着けている暇はなさそうだ。でも、このこいしが前にいてくれるなら、どんな攻撃が来ようとも、精神的な面ではだいじょうぶだと思う。
 肌寒さを感じて、なんとなしに弾を受けた部分―へその少し上辺り―に触れてみると、返ってきたのは布の感触ではなく、肌の感触だった。やっぱり、穴が空いてしまっている。怒られることはないと思うけど、手間をかけさせてしまうことを考えると、申し訳なく思う。今はそんなことを考えている場合ではないけど。

「私たちの絆を見せつけてやるって言ったけど、それ以上にフランを傷つけたことを許さないっ!」
「あー、こいし? 傷なんて付けられてないから落ち着いて」

 こいしをなだめようとするけど、どう言うのがいいのかわからず、無難な言葉となってしまう。

「ふふ、どう許さないというのかしら? 貴女たちが弱いとは思わないけど、最後は全力で行くから負けはしないわよ」
「フラン! あの余裕ぶった態度をぶっ壊してやろう! さあ、話し合ったとおりに行くよ!」

 煽りを真っ正面から受け止めていて、私がなだめてもキリがなさそうだった。だったら、いっそのこと好きなだけ暴れさせてしまった方がいいのか。ルール違反を犯すようなことはないだろうし。

「本能「イドの解放」!」
「禁忌「恋の迷路」!」

 こいしの宣言に続くような形で私も宣言をすませる。本能だとか恋だとかといった単語が私の不安を煽っている。どうか、変なことが起こらず無事に終わりますように。

「激情にかられた状態で倒されるほど私は甘くはないわよ。さあ、二人で見事最後の難題を乗り越えて見せなさい! 難題「蓬莱の玉の枝 ―虹色の弾幕―」!」

 最後の宣言と同時に輝夜は、真っ白な実の付いた枝のようなものを懐から取り出す。枝と言ってもそれは金色に輝いているし、実と言ってもそれらはそれぞれ異なった色合いで輝いており、これまた普通の品物ではないということが窺える。
 更に言えば、他の四品とは異なった雰囲気を放っている。具体的にどうとは言えないけど、本能的な部分がそれを感じ取っている。最後だからこそ、とっておきを取り出してきたということなのかもしれない。
 輝夜がその枝を掲げると、宝玉からそれぞれの色の弾が放たれる。私の七色の弾幕と違うのは、それは敵を駆逐するための矢ではなく、押し流す奔流であるということ。

 私は時折大きめの隙間を作るようにしながら、弾を渦状に広げる。こいしに当ててしまわないようにという配慮のため、元の物と比べると攻撃の密度は低い。絶対に当たらないように、こいしのいる場所に空隙をあけてしまうこともできるけど、それでは連携している意味がなくなってしまう。
 こいしは正面からの弾と背後からの弾を避けなければいけないからかなり大変だ。私が意図的に作り出しているパターンを見極めるまでは、攻撃をするつもりはなさそうだ。それまでは、後ろも振り向いたりしなければいけないから当然かもしれない。

 私は七色の水しぶきを避けながら、こいしの動きを目で追う。少しずつこちらに振り向く頻度は減ってきている。無意識に干渉できるだけあって、パターンを自分の中に刻むのは得意なようだ。
 そして、ついには一度もこちらに振り向くことはなくなり、こいしも弾幕を放ち始める。

 こいしも今回のために調整を加えているようだ。具体的には、全方位に広がるらしいものが後方には広がらなくなっている。でも、私の弾幕のように本来は移動を誘導するようなタイプでない限り、後方に弾が向かわずとも問題はないだろう。
 形に拘っている分だけ込められている妖力が多いのか、こいしの放つハートの弾は虹色の波に飲まれかけてもなかなか壊れない。その代わりに遅いという欠点があるけど、その辺りは私の弾が高速で流れていって補っている。
 こいしを中心に放たれるハートの弾は、輝夜の近くで交差する軌道を描き、欲しい物へと手を伸ばすように近寄っていく。私の放つ弾は主にこいしの弾が壊され大きくなった隙間へと入り込んでいく。虹色の弾のどれかに当たってしまえば簡単に消えてしまうけど、小さめの弾だから割と弾と弾との間を抜けて行ってくれている。

 場が拮抗する。三人の中で一番負担が大きいのは中央で動き続ける必要のあるこいしだ。輝夜は最小限の動きで避ければ少しの間だけど止まって休むことができるし、私はこいしの弾幕のおかげで避けるべき弾があまり飛んでこない。
 このままだと、こいしがばてて私たちの負けだ。サトリというのは総じてそうなのか、こいしは妖怪にしてはあまり体力がない。あまり動くことのない私にさえ負けてしまう始末だ。
 どうにかしないといけないけど、さてどうしようか。こいしにがんばってもらう方法なら思いついたけど。

「こいしっ! このままだと埒があかないから、もっと密度を上げてだいじょうぶっ?」
「だいじょうぶ! フランの全てを全身全霊で理解するから、好きなようにして!」

 普段なら呆れるところだけど、今は頼もしい返事をしてくれたとだけ思っておこう。

 こいしはうまく避けてくれると信じて、弾幕の密度を本来の物へと近づけていく。パターンだけは単純なままにしているから、後は先ほど以上の精密さで動いてくれればだいじょうぶだろう。
 こいしの動きは正確だ。あまり変化がないように弾幕を放っているとはいえ、本当に私の全てを理解しているのではないだろうかと錯覚してしまうほどだ。

 こいしはまるで私の弾幕の一部であるかのように動きながら、少しずつ輝夜との距離を詰めていっている。こいしもこのまま勝負を賭けることにしたようだ。
 虹の飛沫は容赦なくこいしへと襲いかかっていく。こいしは辛うじてといった感じでそれらを避けていっている。私の弾幕が邪魔しているというわけではなさそうだ。反応速度は種族的に身体能力の高い私以上だけど、実際に動く速度がぎりぎりといった感じだ。これ以上近づけば、もはや勘に頼るしかなくなってしまうだろう。
 でも、それは相手も同じだ。見たところ、移動速度ではこいしと同等。反応速度は私と同じかそれ以下と言ったところだ。こいしから放たれる弾だけでなく、私の放つ弾が伏兵とならないよう広めに意識を向けている必要があるから、私たちの方が有利そうだ。

 そして実際、最初に弾幕を捌ききれなくなったのは輝夜の方だった。
 こいしの弾を避けようとして、移動先に私の弾が通ることに気づいて慌てて反対側へと動く。今まで安定していただけに、不意の不安定さが均衡を一気に崩しにかかる。
 逃げ込んだ場所で、今更のように周囲を確認する。その結果、再び慌てて移動することになる。それが、弾幕の密度を多少下げる。けど、間近で避け続けているこいしにはそれだけ十分のようだ。それで終わりだと言わんばかりに、距離を詰める。

 そして、虹色の波に飲まれる前にハート形の弾が命中した。輝夜が後ろへと飛ばされる。

「……これで、終わりね」
「まだ終わらない!」

 輝夜が静かな声で終わりを告げようとしていたのに、こいしがそんなことを言いながら、こちらへと振り返る。私のいやな予感は当たってしまったようだ。
 輝夜は最初、少し不思議そうな表情を浮かべていたけど、今ではもう傍観者として楽しむ人のような表情を浮かべている。このまま大人しく終わってくれればよかったのに。

「フラン! 最後は私がフランを倒す! だから、フランはさっきのスペルを私に全力でぶつけて!」
「……他のでいい?」

 勝てればいいけど、負けたときが面倒くさそうな気がする。スペルの解釈的に。

「だめ、あれ以外認めない。さもないと、何をしでかすかわかんないよ? 私の本能が求めるのはそれだけなんだから!」

 そう言いながら、こいしが先ほどの弾幕を放つ。けど、描くのは二つの軌跡だけで、それらは私の後ろで交差している。逃げ道は塞がれるけど、それだけだ。

「……本気で来ないの?」

 全力でぶつかってくるだろうと思っていただけに意外だった。

「遠距離恋愛なんて私の趣味じゃないから。逃げ場を塞いで、私をあしらおうとするフランに真っ正面から抱きついていくのが私流」

 やっぱり負けると面倒くさそうだった。こいしが勝手に持ち出したハンデによって、私が負ける要素が少ないのが救いだろうか。

 ため息を吐きながら、弾幕を張り始める。まあ、今まで求められてきた物に比べれば、これくらいは可愛いものだろう。

 一部あからさまな隙間が開くように、渦を描くような弾幕を展開する。それと、全方位へと広がる弾も一定の周期をつけて放つ。これが、本来の形だ。
 こいしに当たらないようにしていたときのパターンは使えなくしている。そもそも、一部を除いた隙間は何とか一人通れるくらいの余裕しかない。

 だというのに、こいしは宣言通り真っ正面から突っ込んできた。事前に弾幕の本来の姿を見せていたとはいえ、実際に対峙してその小さな小さな隙間をいきなり抜けられる度胸には心底呆れる。せっかく抜け道も用意してるのに。
 でも、こいしには真っ正面の道しか見えないのだろう。私たちが妙な関係になっている理由をここに見た気がする。

 こいしは、一度、二度、三度と針に糸を通すようなことを安定してやってのける。けど、私の方へと近づく度にその隙間は小さくなっているのだから、やがて当たってくれるはずだ。
 だというのに、こいしに臆している様子はない。いまだに真っ直ぐにこちらだけを見て、目指してきている。
 その執着にたじろぎかけるけど、退路を塞がれていることを思い出して思いとどまる。

「フラン! 愛して――」

 最後に渦に穴が空く瞬間に両手を伸ばしてこちらへと飛び込んでくる。

「――るっ?!」

 私は反射的に今までの周期を崩して、全方位へと弾を飛ばす。ちゃんとこいしに当たったようで、言葉尻は悲鳴も混じったようなものとなっていた。

「……卑怯、者」

 でも、こいしは吹き飛ばされないように踏ん張って、そのまま私に抱きついてきた。本当にすごい執念だ。

「馬鹿正直にパターンを維持しろっていうルールはないからね」

 絶対に避けれない弾幕はルール違反だけど、こちらが誘導したのでなければ接近してきた相手に対してはその限りではない。狙いやすい場所に来てくれたのだから、自業自得だ。
 私の弾幕の場合は、正攻法で攻略するにしろ割合近づいてくる必要があるけど、それにしてもこいしは近寄りすぎだ。

「……むー」

 納得できないといった感じだけど、声の調子は柔らかい。なんでかというのはわかっているけど。

「それで、こいしは負けたのにいつまで抱きついてるつもり?」
「敗北者を慰めるのは、勝利者の務めだと思う」
「その理屈が通るなら、まず私たちが慰めるべき相手がいるよね」
「……ここにいるのは私たち二人だけ」

 現実から逃げるかのように腕に力が込められる。

「いやいや」

 素の状態で見知らない人と対峙し続けた反動なのか、こいしが面倒くさい状態になっている。二人きりの時なら適当に相手をしてあげるけど、今はそういうわけにはいかない。

「えっと、私たちの勝ち、でいいんだよね?」

 こいしの相手をするのは後回しにして、少し離れた位置で私たちのやり取りを見ていたらしい輝夜にそう聞く。今回の勝敗の判定は全てこの人の判断に委ねられている。

「ええ、それでいいわよ。予想していなかった方向性ではあるけど十分に楽しませてもらったし、場合によってはこれからも楽しませてもらえそうだし」

 どことなく不吉な笑みを向けられる。関係ない人が見れば、悪戯っぽい笑顔と評するんだろうけど。
 私の胸の辺りに顔を埋めているこいしも雰囲気は伝わってきたようで、若干怯えるように身体を震わせた。

「さ、私の家まで案内するから付いてきてちょうだい」

 付いていきたくないなぁ、という感情が条件反射的に浮かんでは来たけど、さしていじられたりするようなこともないかと思いなおす。

「こいし、行こう?」
「……ん」

 若干迷うような素振りを見せてから、私から離れる。それから、私の手を取って、一緒に地面の上に降り立つ。

「ね、せっかくだから私とも手を繋いでちょうだい」

 先に行こうとしていた輝夜がこちらへと駆け寄ってきて、手を差し出してくる。

「え、……私と?」

 意外な申し出に、そんな間抜けな言葉を返してしまう。私に向けて手を伸ばしているというのに、他の誰が握るというのだろうか。

「そうに決まってるじゃない」
「えっと、なんで?」

 本当に聞きたいのはこっちだ。

「ここに来るまでの間も一人で疎外感の中に放り出されてて寂しかったのよ。あ、嫌なら別にいいわよ」

 そう言いながらも、手を引っ込めたりしない辺り、私が断らないというのがわかっているのだろう。本当、厄介な性格をしている。

「わかった」

 いやなわけではないから、伸ばされた手を掴んで握る。それだけのことなのに、嬉しそうな笑顔をこちらへと向けられる。
 他人の温もりに飢えてるのかな、と輝夜のことをよく知りもしないのにそんなことをふと思いつく。

「さあ、行きましょう」

 輝夜は先ほどよりも明るい調子でそう言って歩き始めるのだった。





 輝夜に連れてこられたのは、竹林の奥に隠れるように佇む和風建築の大きな平屋だった。止まった時間の中に取り残されているような、そんな不思議な雰囲気を持っている。そうした雰囲気は輝夜にも言えるのだけど。

「これが約束の竹よ。はい、どうぞ」

 畳の敷かれた部屋へと戻ってきた輝夜は、座布団の上に座っている私に一本の竹を差し出してきた。淡く金色の光を放つ竹だ。受け取って、その不思議な輝きにしばし見惚れる。

「あと、ついでにこれ。ここで書いて行っちゃったら?」

 そして、次に取り出したのは二枚の短冊だ。ここの雰囲気からして良い紙のような雰囲気を醸し出しているけど、本当にそうであるかはわかるはずもない。
 たぶん、今の輝夜の主目的は私たちがどういう願い事をするつもりなのか見ることだ。私は気にしないけど、こいしはいやがりそうだ。そう思ってこいしの方を見てみると、案の定乗り気ではなさそうな表情を浮かべていた。

「外に飾るものに括り付けるのに、人に見られたくないなんて思うだけ無駄だと思うわよ。まあ、そもそも人に見られたくない願い事にどの程度の価値があるというのかしらね? 他人の願い事を叶えるような物好きな神様だって見落としてしまうんじゃないかしら?」
「む、そこまで言うなら見せてあげる」

 輝夜の挑発めいた言葉にこいしは乗せられる。でも、だからこそ、真剣で切実な願いを書くつもりなんだろうということが窺える。
 それがどういった感じのことであるかを予想することができる程度にはこいしのことを知っているつもりだ。そして、それは外れていて欲しいと思う。私のこんな予想なんて、当たることになんの価値も無いのだから。
 だから、こいしは自分勝手な願い事を書くのだと思っておくことにする。それが一番いい。

 それで、私は何を書こうか。
 そう思ってしまえるほど、今の私は満たされているのだ。




『平穏無事な毎日が続きますように』

 そう書いた短冊を竹に括り付ける。
 筆の使い方がわからないからと横で教えてくれていた輝夜はつまらない願い事だと笑っていた。どうせなら私と同じようにおもしろおかしいを加えればいい、なんて言いながら。
 おもしろおかしいと平穏は同居しない気がするけど、言いたいことはわからないでもない。退屈とかは嫌っていそうだから。
 私は平穏でありさえすればそれでいい。こいしの存在がそれを許してはくれないけど。

「さてと、貴女はどういう願い事を書いたのかしら?」

 輝夜は短冊を誰にも見せないようにして、私の後ろに立っているこいしを急かすようにそう言う。私も何を書いたのかは知らない。見せてもらうのなら、括り付けてからの物を見せてもらおうと思ったのだ。
 私が場所を譲ると、不機嫌そうな表情を浮かべておずおずと前に出る。でも、そんな態度とは裏腹に括り付けることそのものはすぐに終わった。

 こいしが離れるのを見て、私はその内容を覗き込む。輝夜もこちらに近づいてくるのがわかった。

『私を好きでいてくれる人たちが幸せでありますように』

 それが、こいしの願い事だった。悪いほうの予想は外れたけど、どことなく寂しい印象を受ける。

「もっと素直な書き方すればいいのに」
「勝手に他人の書いたもの見といて何その言いぐさ」
「だってねぇ。自分はどうでもいいみたいな書き方したって仕方ないじゃない。自分が愛する人も愛してくれる人も、くらい書かなきゃ」

 ああ、どことなく寂しい印象を受けるのはそのせいなのか。
 私も自分はどうでもいいと考えることはよくある。でも、他の人、それも好きな人がそう考えているというのを目の当たりにすると、考えを改めた方がいいかなぁ、と思う。自分が好きだと思っている人が、自分のことをどうでもいいと思っていることを知るなんて悲しいから。
 そして、私の悪いほうの予想は大方正しかったのだと認識しなおす。

「でもあれね。自分勝手に振る舞っているように見える割に、周りのことばかり気にしてるのね」

 輝夜の言葉は納得がいかないようで、こいしは不服そうな表情を浮かべている。
 けど、輝夜はそんな視線は気にした様子はなく、考え込むような仕草を取っている。

「貴女を好きでいてくれてる人は、迷惑だとは思ってないと思うわよ。まあ、それがわかっていてそこまで勝手にやっていられるんでしょうけど」
「……別に、そんなこと考えて書いたわけじゃない」
「ふふ、わかりやすい反応をありがとう」

 輝夜が楽しげな笑顔を浮かべる。
 私も願い事の中に自分がいないというのはそういうことなんだろうと思う。迷惑だと思われていたならば、幸せはそれに飲まれて消えてしまう。だから、遠回しに私たちに迷惑だと思われたくないと願っていると解釈できる。

 そういうふうには思われたくないんだけどなぁ。こいしにはもうちょっと私やさとりのことを信じてもらいたい。そうして不安になる姿を垣間見ると、こちらも不安になってしまうから。

「不安になるなら話してみればいいのよ。見たくもなかったことが露呈するなんてこともあるかもしれないけど、隠し事は下手そうだから大丈夫よ。私に保証されても全く信用ならないでしょうけど」

 こいしを安心させるようにそう言う。でも、輝夜がそういうことを言うのは少し意外だった。なんとなく、投げっぱなしな印象がある。

「なんだか失礼なことを考えてるわね」

 こちらの考えを読んでいるかのように、笑顔をこちらに向けられてびくりと震える。

「気に入ったものには優しいのよ、私は。それ以外は楽しんだ後に捨てるけど」

 気に入ってもらえてよかったのか、それとも厄介な相手が増えただけなのか判断がしづらい。ただ言えるのは、私たちではこの人には敵わないということ。

「まあ、真面目な話はこれくらいにしましょうか。後は、お茶でも飲みながら楽しく雑談しましょう。美味しいお菓子を出させるからちょっと待っててちょうだい」

 そう言って、輝夜は部屋から出ていく。知らずの内に緊張していたようで、姿が見えなくなった途端、身体から力が抜けるのがわかった。
 ちょっと苦手になってしまったかもしれない。

「……ねえ、フラン」
「ん? なに?」

 声の調子から真面目なことを話すんだろうと思ったけど、身構えすぎても話しづらいだろうから軽い調子で返す。大体何を聞かれるかはわかっている。答えも用意してある。だから、こいしが問いを発してくれさえしてくれればいい。

「……その竹、フランの所で預かっててもらえないかな。私の所だと、ペットが悪さをしそうだし」

 でも、実際に言葉となって出てきたのは全く関係のないことだった。

「ん、いいよ」

 輝夜がいつ戻ってくるかわからないから、口にしにくいのかもしれない。もしくは、ただ単純にそれを聞きづらいのか。
 こういうのはこいしから言ってくるのを待つべきなのか、それとも私から聞くべきなのかわからない。

 私の今までの経験を思い返す。
 ……七夕がすぎるまで待ってみよう。





 七夕当日。
 結局、こいしから私が待ってるようなことを聞いてくるということはなかった。
 そういった素振りは見せるけど、言い出すことができないとかそういった様子だった。私の方から聞いてやろうかと何度か思ったけど、七夕がすぎるまで待つのだと決めたのだから、我慢していた。何もせず待っているだけというのも辛いんだなぁということを思い知らされた。
 まあ、それも今日が終われば終了だ。こいしによって終わらされるのか、私自身によって終わらされるのかはわからないけど。

 そういうわけで、私はこいしに夜の幻想郷へと連れ出されていた。連れてこられたのは川辺で、そこの草の上に並んで横になっている。願い事をつり下げた竹は適当な場所に突き立てている。
 夏にはなっているけど、川辺だからか少々肌寒く、私の手を握るこいしの熱が心地良い。
 この辺りは木が生えていないから空が広い。夜空にはまさに川と呼ぶに相応しい、星が帯状に群生した天の川が見える。私はしばし面倒なことは忘れて、星々の輝きに目を奪われる。
 半ば強引に外に連れ出してくれるこいしがいるからこそ、こうした光景を見ることができているのだと思うと、根が臆病な友達は私にとって大きな存在なのだと改めて思う。

「……ねえ、フラン」

 夫婦星の距離についてぼんやりと考えていたら、不意にこいしが話しかけてきた。

「ん?」

 聞いている、ということを伝えるだけでそれ以上は何も言わない。これまでのこいしの様子から、せき立てられても言いづらいだろうし。

「……その、フランは、私のことを迷惑だって、思ったりしてる?」

 おずおずと探るようにだけど、ようやく言葉にしてくれた。普段からは感じ取れないほどに弱々しい声だ。でも、こいしを護るものを全てはぎ取った姿がこれなのだ。
 狭い狭い世界に生きていた私以上に弱々しい。

「答える前に一つ聞きたいんだけど、いつもそう言うこと考えてるの?」
「……そんなことはないけど、ふとそうなんじゃないかって不安になる。私、自分勝手に振る舞ってないと何もできないから」

 なんでそんなことを聞くんだろうかという困惑の混じった声。でも、素直に話してくれている。そうして、弱さを見せてくれることが嬉しいと思うことができる程度には、私はこいしのことが好きなようだ。

「そっか、ならよかった。もしそうなら、それこそ迷惑だって言わなくちゃいけなかったし」

 私がそう言った途端、こいしが逃げだそうとした。でも、私はその手をぎゅっと握る。決して逃がさせはしない。そういったことも迷惑だと思うから。

「私はこいしといて楽しいよ。自分勝手なこいしに振り回されることも含めてね。ちょっと精神的に疲れはするけど、迷惑だとは思ってない。でも、いつかみたいに勝手に怖がって黙っていなくなるのはちょっと迷惑。それから、迷惑をかけてるんじゃないかって遠慮されるのもやっぱり迷惑」

 こいしの身体が震えたのがわかった。ちょっといじめすぎただろうか。嫌われるということを一番いやがっているみたいだし。

「まあ、余計なことを考えてなければ私がこいしを嫌うことはないから安心して」

 返事はない。でも、私の手に握られた手に力が込められる感触から、とりあえず今のところはわかってくれたのだと思う。また、時間が経てば、またうだうだと考え始めてしまうのかもしれないけど、今はもう追及しない。

 そのまま私たちは無言で天の川を眺める。川の両岸には他に比べて強く瞬く星が浮かんでいる。
 二つの星は一年の間でこの日にしか出会うことができないという。私には絶対に耐えられない話だ。
 お姉様とそうなれば身を引き裂かれるような喪失感と共に動くことができなくなってしまいそうだし、こいしとそうなればこいしのことを心配するばかりで他のことには手がつかなくなってしまいそうだ。

「いつまでも好きな人たちと一緒にいられますように」

 ふと思い浮かんだ願いを口にする。胸中に描いているだけではどこにも届かないだろうから。

「……しつこいくらいに付きまとうことになるかもしれないけどいいの?」

 少なくとも、こいしには私の願いは届いた。

「限度はわきまえてほしいなぁ、とは思うけど毎日私の所に来るくらいならいいよ」
「ん、じゃあ覚悟しといて」

 何を覚悟しろというのだろうか。

 でもまあ、そこには不安の残滓も感じられないから、それだけでも良しとしようか。


Fin



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