風が吹き抜け、ぱさぱさと音を立てながらページを揺らす。空には雲一つ浮かんでおらず、澄んだ青空がよく見える。
今日は空を眺めるにはちょうどいいみたいだけど、外で本を読むのにはあまり向いていないようだ。せっかく本を持って出てきたけど、読むのは諦めて閉じる。
代わりに日傘を使いつつ木陰の下で足を伸ばせるだけ伸ばして、空を眺めるのに楽な姿勢を取る。風に飛ばされてしまわないよう、傘は魔法で固定。
こいしをさとりに会わせてからまだ一日しか経っていない。
去り際の二人の雰囲気から、うまくいっているだろうという確信はある。だから、二人のことはあまり気にならない。まあ、こいしがあの後何を話したのだろうかというのは気になるけど、数日もすれば消えてしまう程度の興味だ。
随分と長い間、悩まされてきたような気がする問題が解決したからか、今日の目覚めはやけに清々しかった気がする。だからといって、何か特別なことをしたわけでもないけど。
もう私があの二人に関わることはないだろう。
それを聞いたお姉様はもったいないと言っていたけど、片方には嫌われているのに理由もなく関わるなんていうこと、私にはできない。
さとりの作ってくれるココアも気になるには気になるけど、そのためだけに会いに行くのも気が引ける。たまたまこいしに出会ったとき、何を言われるかわからない。
だから、私は今までの基本的には本を読んで時間を潰す生活に戻ることにする。そっちの方が私には合ってる気がするし。
「一人でなにやってんの?」
「え……? あ、あれ? なんで、こいしがここにいるの?」
内側に向いていた意識を外に向けて、空を眺めようと思ったら、正面にこいしが立っていることに気づいた。
私を見るその顔にいつもあった不機嫌そうな色は見られない。
私が知っているこいしの中では初めて会ったときの雰囲気が一番近いだろうか。でも、それに比べると存在感がはっきりとしてる。
咲夜には、もしこいしが来たら私のところに来るようになんて言わずにそのままお菓子をあげてほしい、とお願いしたはずだ。咲夜が勝手にこいしをこちらに向かわせるようにしたんだろうか。
「咲夜がここにフランがいるって教えてくれたからね」
「そう、なんだ?」
混乱のしすぎで、語尾がちょっとおかしくなっている。
「まあ、なんというか……、まあ、うん」
なんだかこいしの様子もおかしい。こちらから顔をそらしたかと思うと、逃げるように去ってしまう。と、思ったら私が寄りかかっている木の反対側に腰を下ろした。
「こっち見ないで、前向いてて」
「あ、うん」
なんなんだろうかと思いながら、視線を前に戻す。眩しいくらいの青に視界が塗りつぶされる。
「その……、ありがと。……フランがいなかったら、いつまで、すれ違ったままかわからなかった」
「ううん、どういたしまして」
刺々しさも冷たさも感じない、それどころか口にするのを恥ずかしがっているような声音に新鮮さと戸惑いを感じながら、私はそう返す。そう言えば、お礼を言うことはいくらでもあっても言われることはあまりなかった気がする。
「……」
「……」
まだ何かあるんだろうかと待ってみるけど、こいしは黙ったままだ。でも、背後に気配はあるからいなくなってはいないようだ。
何か、口にすることを躊躇っているんだろうか。今回のさとりとのすれ違いは、こいしの臆病さとさとりの臆病さが原因だったし。
でも、今までは言いたいことを言われてきてたし……、うーん?
「こいし、まだ何か言いたいことがあるんじゃないの? だいじょうぶ、私はこいしに何言われても動じないよ? こいしから酷いこと言われるのは慣れてるから」
だから、私の方から促してみた。こいしから生意気だと言われた、でもいつの間にか、こいしと話すときは普通になっていた言い回しで。
「……やっぱり、フランには私のこと、そんなふうに映ってるんだ」
返ってきたのはやけに沈んだこいしの声だった。
「えっ? べ、別にこいしが酷い性格だって思ってるわけじゃなくって……っ?!」
思ってもいなかった反応に狼狽し、こいしの方へと振り向きながら慌てて訂正をする。
そうすると、いきなり視界が何かに塞がれた。一瞬何をされたかわからず、身体が硬直してしまう。
視界の下の方に、第三の目がある。どうやら、正面からこいしに抱きしめられたようだ。
「こっち見ないでって言ったのに、見ちゃったね」
「え……、ごめんなさい?」
何の問題があるのかわからず、首を傾げつつ謝ってしまう。
「……私が、フランに酷いことを言ってきたっていうのは自覚してる。その、ごめんなさい」
しおらしい様子でこいしが謝ってきた。
そして、今ここに来て私はようやく気づいた。昨日まで私が相手をしていたこいしとはちょっと違うこいしなんだな、と。
ずれていた歯車が元に戻った姿が、今のこのこいしなんだと思う。
私を嫌っていたのもその歯車がずれていた方のこいしで、今はそんなことはないのだろう。真っ正面から嫌いだと言うこいしが、嫌いな相手を抱きしめるようなことをするとは思えない。
「でも、その、お姉ちゃんに言われたり、一人でいろいろ考えてみたら、えっと、……フランといるのも、悪くないかなって」
最後の言葉は消え入ってしまいそうなほどに小さかった。でも、密着するくらい近くにいるからちゃんと聞こえてきた。
「……だから、私と友達になってくれない?」
「私なんかでよかったら喜んで」
こいしに全然余裕がないみたいだから、私の方が気取ったようにそう言ってみた。でも、抱きしめられたままだったから、声がこもってしまって全然決まってなかった。
それがなんだかおかしくて、笑いがこみ上げてくる。そして、抑えられなくてついには一人肩を揺らして笑っていた。
嫌われていないのだとわかったとたんに、気持ちが舞い上がってしまっていたのだからしょうがない。
なんだかんだと受け流してはいたけど、やっぱり嫌われているよりはそうじゃない方がいい。
友達とは何なのか。
自分なりの答えはまだわからないけど、いつかわかればいいな。
困惑したようなこいしに構わず、一人で笑いながらそんなことを思っていた。
Fin
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