「レミリア! ちょっとお邪魔するね!」

 勢いよく扉を開けて私はレミリアの部屋へと突入した。ただ、ちょっと力が足りなくて扉が壁に勢いよくぶつかる、ということは無かった。ここの扉は結構重いのだ。

「な、何よ! 突然!」

 部屋の中には驚いた表情で私を見るレミリアと平然としたままレミリアの横に立つ咲夜の姿があった。
 両者の視線が私と、その後ろへと集う。

「こ、こいし、もうちょっと別の方法はなかったの?」
「なかった事もないけど、まあ、何事もインパクトが大切だからね。ほら、フラン、私の後ろに立ってないで前に出て前に出て」

 私の後ろに隠れるフランを押しやる。メインは私ではなくフランだ。

「わっ、ちょっと、お、押さないでっ」

 慌てたようにフランが言って、手に持ったものを守ろうとする。それは、フォンダンショコラの乗ったお皿だ。
 そして、フォンダンショコラはフランが自分で作った物だ。

 今日からちょうど一ヶ月前。バレンタイン、という外のイベントを真似して、お姉ちゃんに協力してもらって作ったチョコケーキをフランに贈ってあげた。

 その時に私たちは一つの約束をした。それはお互いに自分の作ったお菓子を食べさせてあげる、というものだ。
 といっても、具体的な日付を決めたのはその時じゃなくてもう少し後になってからなんだけど。

 決めるきっかけを見つけたのは私が香霖堂にふらっ、と立ち寄ったときのことだ。そこにある本で外の世界ではホワイトデーというバレンタインデーの対になる日があることを知った。
 これはちょうどいいんじゃないだろうか、と思ってフランに提案してみると何の異論もなく頷いてくれた。これが今からちょうど二週間くらい前のこと。

 それからお姉ちゃんの指導の下、お菓子作りに励んでいた。期間が決まると決まってないとき以上にやる気が出てくる。
 最初の二週間よりも後の二週間の方が頑張ってた気がする。

 練習をしているとき失敗は色々とあった。食べられない物は流石に作ってないけど、最初の頃は食べ難い物はよく作ってた。
 妙に粉っぽかったり、硬かったりね。
 ちょっと投げやりなこの性格がいけないんだと思う。お菓子作りが繊細だって事は実際に作ってみてよくわかった。

 まあ、そんなこんなで何とか私は一人でクッキーくらいは作れるようになった。そして、今日作ったのはチョコクッキーだ。何とか失敗はしなかった。

 で、そんな風に私が苦労しながら上達してる間にフランはかなりの速度で上達していた。

 甘い物が好きだからそういうものへの執着心のおかげではあったんだと思う。けど、話を聞いてみるとそれ以上のものがあったようだ。

 それは、私への感謝。そして、レミリアへの感謝。

 そう、フランは二人もの人のことを想ってお菓子作りに励んでいたのだ。そして、フランはとっても一途だ。そういう想いがあればどこまでも突き進めるはず。

 そしてその結果が今フランの手にあるお皿に乗せられたフォンダンショコラ。私の作ったクッキーと交換で食べさせてもらったんだけど、ものすごく美味しかった。私が作ったクッキーなんかと交換するのを申し訳なく思ってしまったくらい。

 フランの私への感謝はこれ以上にないってくらい伝わってきた。

 けど、これは私の為だけに作ってくれたものではない。レミリアへの想いも詰まっているのだ。
 だからこうして今、フランの想いをレミリアへと伝えるため私たちはレミリアの部屋へと突入したのだ。

 フランはレミリアへ渡すフォンダンショコラを作ったはいいが渡しに行く勇気が沸かなかったそうだ。
 理由を聞いてみると咲夜の作ったお菓子に勝てる気がしないから、だそうだ。

 まあ、一理ある。咲夜の作る料理に勝るものを私は食べたことがない。

 けどっ! それがなんだって言うんだろうか。レミリアがフランのことを好きなのは明白だ。それに、フランの作ったフォンダンショコラを咲夜の作った物と並んでいても見分けが付かないくらいに美味しい。これは自信を持ってレミリアに食べさせに行くしかない!

 そんなことをフランに対して力説して、それでも踏ん切りが付かないらしいからここまで半ば無理やりに連れてきて今に至る。

「フラン?」

 レミリアに名前を呼ばれてわたわたとしていたフランはぴたりと動きを止めてしまう。
 レミリアは少し不思議そうにフランを見ている。フランがこの部屋に入ることはあまりないんだろうか。

「お、お姉様っ!」

 フランが意を決したようにレミリアを呼ぶ。かなり力んでしまってるのか両目を閉じてしまっている。

「うん? 何かしら?」

 レミリアはフランの緊張に気付いてるんだろう。フランを安心させるかのようにレミリアは柔らかい微笑みを浮かべている。フランにしか向けない表情の一つだ。
 フランの前でだけはレミリアの自尊心も薄れてしまうんだと思う。

「あのっ、ね。お姉様のために、これ、作ったんだ」

 そう言ってフランはレミリアの方へとお皿を差し出す。といっても結構距離が離れてるから手を伸ばしただけでは届きそうにない。

「それで、ね。お姉様に、食べてほしいん、だ。いい、よね?」
「ええ、もちろんいいわよ。むしろ、私の方からお願いしたいくらいだわ。貴女の作ったフォンダンショコラ、頂いてもいいかしら?」
「うんっ……」

 フランが頷いてレミリアの方へとてとて、と近づいて行く。背中を押してあげた方がいいかなぁ、と思ってたけど必要なかったようだ。

「ど、どうぞ、お姉様」

 少し腰がひけながらもレミリアの前にお皿とスプーンとを置く。
 まだまだかなり緊張してるみたいで話し方と動きが少しぎこちない。

「ありがとう、フラン」

 対してレミリアはかなり冷静な様子だ。その態度がかえってフランを緊張させてるのかもしれないけど、お互いが緊張してたら前に進まないだろうしなぁ。進展を望むためにはこれでいいのかもしれない。

 レミリアがスプーンを手に取り、フォンダンショコラの表面の生地を崩す。そうすると、中のとろとろのチョコレートが流れ出てくる。
 フランが私にくれた一個を思い出して口の中によだれが出てくる。もう一個食べたいなぁ。

 まあ、そんなことはどうでもよくて。

 レミリアが生地とチョコとをすくい取る。生地はさくさくしててそれに絡まるとろとろのチョコが最高だった。
 それをレミリアが優雅な所作で口へと運ぶ。お嬢様、というだけあってかなり様になっている。

「……」

 フランが胸の前でぎゅぅっ、と手を握りながらレミリアを見つめる。今、この部屋の中はフランから発せられる緊張で満たされている。
 けど、フラン以外誰にもその緊張は伝播していない。何故なら―――

「フラン、とても美味しいわ」

 レミリアが笑顔を浮かべる。作った笑顔ではない心の奥から浮かんできた本物の笑顔だ。

「良か、ったぁ……」

 それを見たフランはそのままその場に座り込んでしまう。目尻には微かに涙が浮かんでいる。
 どうやら私に食べさせてくれたとき以上に緊張してたみたいだ。

「ふふ、何をそんなに緊張していたのかしら? 私が貴女の作った物を食べて不味い、とでも言うと思ったのかしら?」
「うう、ん。そうは思わなかった。でも、お姉様は、いつも咲夜の作ってるお菓子を食べてるから、美味しい、って思ってもらえないんじゃないだろうか、って思ってた」
「フラン、今まで食べた物の中で一番美味しかったわ。そう、咲夜が作った物よりもね」

 レミリアが立ち上がってフランへと近づいてく。フランはそんなレミリアを見上げる。
 そして、レミリアは床の上にへたり込んだままのフランを優しく抱き締めた。

「ありがとう、フラン。私の為にここまで頑張ってくれて嬉しいわ」
「ううん、私こそありがとう、お姉様。お姉様とこいしのお陰で今の私があるからその感謝の気持ちを込めて作ったんだ」
「……私は感謝されるようなことなんて何も出来ていないわ」

 レミリアが珍しく弱々しい言葉を口にする。私が初めてそういう言葉を聞いたのは初めて会ったときか。
 いや、あのときは臆病な言葉だったか。
 まあ、臆病なのも弱々しいのもそんなに変わらないと思うけど。

「ううん、お姉様じゃなかったら私は殺されるか、心を壊してた。お姉様がお姉様だったから今の私はあるんだよ」

 ……うーん、私、ここにいていいのかな? 邪魔、にはなってないみたいだけど私がいる必要性は感じられない。
 というか、咲夜いつの間にかいなくなっちゃてるし。

「……でも、貴女が変わるきっかけを与えたのはこいしでしょう? 私は貴女が決して変わる事のないように、壊れる事のないように必死なだけだった。だから、感謝されるようなことなんて一切ないわ」

 私の名前を口にするその口調はとても不服そうだった。まあ、レミリアの自尊心からして私の活躍を認めるのは癪なんだろうけどさ。
 でも、レミリアは自分に非があると思っている。だから、私のことを認めざるを得なかったんだろう。

 ……私がしたこともレミリアがしたことも優劣をつけられるものなんかじゃないのに。最初に会ったとき私はレミリアを、レミリアは私を非難したけど、結局はどちらも正しくどちらも間違っていたのだ。

 私の行動は博打的なものだったし、レミリアの行動はあまりにも保守的過ぎた。

 私の行動は成功していたからこそ今の状態になっていたけど、もし外に出て不測の事態が起きていれば何が起こるかわからなかったのだ。私はフランの全てをわかってるわけじゃないから。
 対してレミリアの行動は何も生まない。変化がなければ悪いことは決して起こらない。それだけを見れば悪いことなんて何にも無さそうだ。けど、同時に良いことも起こらないのだ。停滞したままだ。

 でも、結果よければ全てよし。私は自分の行動は認めている。
 それに、私は認めなければいけないのだ。そうじゃないと私のことを信じて付いてきてくれたフランに失礼すぎる。
 それと、私はレミリアの行動も今では少しくらいは評価している。一応フランのことを気にかけてたからね。

 そして、フランは―――

「うん。お姉様はこいしみたいに私に劇的な何かを与えてくれたわけじゃなかった。……でも、毎日地下室にいる私に会いに来てくれるお姉様は私にとって欠かせない存在だよ。お姉様が居てくれたから私は今こうして穏やかな性格でいられる。そうじゃなかったら、こいしを受け入れられてなかった。……きっと、こいしのことを拒絶してたと思う」

 フランがレミリアを抱き返す。
 私と、レミリアの二人の行動の影響を受けた本人だから言える言葉をレミリアへと囁くように告げる。
 静かな部屋だからその声は私の耳にも届いてくる。

「今の私があるのはお姉様とこいしのお陰。どっちか一人だけだったら全然違う別の私になってた。だから、お姉様もこいしも大したことしてない、って思わないでほしい。……お姉様もこいしも私にとってはとっても大切な人たちだよ」

 ここからだとフランの表情は見えないけど笑顔を浮かべてるんだろうな、って思う。なんとなく声の響きがそんな感じだったから。

「フラン……っ!」
「お、お姉様……?」

 レミリアがフランを抱く腕に力を込めた。突然のことに驚いたのかフランが身体を小さく震わせる。

 けど、レミリアはフランのそんな微かな変化に気付いた様子もない。フランの言葉に感激してるみたいだった。

「ああっ、フラン。貴女は私の妹にしておくのが勿体ないくらいに良い子だわ」
「うう、ん。お姉様は私の最高のお姉様だよ」
「貴女こそ最高の妹よ!」

 本格的に私はここに居ない方がよくなってきた気がする。
 でも、無言で出て行くとフランが心配するだろうし、かといって声をかけて邪魔するわけにもなぁ……。

 姉妹の抱擁を見ながら考えた結果、声をかけておくことにした。あんまりフランに心配かけさせるわけにもいかないしね。
 二人の邪魔をすることに対する後ろめたさは、まあ、何とかする。受け流すのはそれなりに得意だし。

「……じゃあ、フラン、私、そろそろ帰るね」

 ちょっと躊躇して声を出す。

「あ……、うん!」

 そう言いながら身体をもぞもぞと動かしてレミリアに抱き締められたまま私の方に向き直る。フランからの抱擁がとかれたせいかレミリアは私の方を恨めしそうに見ている。
 えーっと、ごめん、レミリア。

「こいし、今日はありがとう。ここまで引っ張ってきてくれて。たぶん、私だけだったらここまで来れなかったと思うから」
「いいよいいよ、気にしなくて。美味しいフォンダンショコラを食べさせてもらったそのお礼だと思ってよ」

 手をひらひらと振る。思いついたことをその場の勢いで実行しただけだし。

「うんっ。じゃあ、今度またこいしの為にお菓子を用意してるね」
「うん、楽しみにしてるけど、レミリアにもちゃんと作ってあげた方がいいよ」
「大丈夫。お姉様にはこれから毎日作ってあげるから」

 そう言って嬉しそうに笑顔を浮かべる。
 これから毎日かぁ。そのたびに、私では計り知れないくらいの想いを込めるんだろうからもしかすると、咲夜でも及ばないくらいのお菓子職人になるかもしれない。

 まあ、それはそれで楽しみだ。

「……あの、お姉様。いいよね?」

 フランが不安そうにレミリアを見上げる。その瞬間にレミリアは私に向けていた恨めしそうな表情を引っ込めた。
 普段は不器用なのにこういう所は無駄に器用だよね、レミリアって。

「ええ、いいわよ。毎日、貴女の作るお菓子を楽しみにするわ」

 微笑みを浮かべてフランの頭を撫でる。それに対してフランは更に不安そうになる。

「……もしかしたら、上手に出来ないときもあるから、あんまり期待しないで、ほしい」
「貴女が失敗するとは思わないけれど、大丈夫よ。上手くできていなくても私は気にしないから。だから、安心して失敗しなさい」

 微笑みから笑顔へと変わる。全てを許容するようなそんな笑顔だった。

「うん、絶対、絶対にお姉様が満足出来るようなものを作るからっ」

 そして、フランもいい笑顔を浮かべる。

 いいなぁ、この光景。私もお姉ちゃんがいるけど、同じような表情を浮かべられるんだろうか。

 ……そういえば私、まだお姉ちゃんにありがとう、って伝えてなかった気がする。色んな事をしてもらったのに。

 とりあえず帰ったら、ありがとう、とだけ伝えよう。この二人と同じ表情を浮かべられるとは到底思えないけど。





「ただいま、お姉ちゃん」

 おそるおそるお姉ちゃんの部屋の扉を開ける。帰ってきてから真っ直ぐお姉ちゃんの部屋に来たのは初めてだ。だから、かなり緊張する。

「お帰りなさい。貴女が帰ってきてすぐにここに来るなんて珍しいわね。何かあったのかしら?」

 本を読んでいたお姉ちゃんが顔を上げてこちらをじっとみる。私の心は読めないはずなのに第三の目も私の方に向いている。
 なんだかそういう風に真っ直ぐ見られると余計に緊張してしまう。まあ、お姉ちゃんは私と話すときはいっつも真っ直ぐ見てくれてるんだけど。

 ……それは、意識を逸らしている間に私が何処かに行ってしまわないように、っていう考えがあったんだと思う。昔は、今以上にふらふらしてたから誰の意識にも捉えられてなかったらどこに行くかもわからなかった。
 今は、全然そんなことないんだけど。

「こいし?」

 一向に口を開かない私に疑問を抱いたのかお姉ちゃんが首を傾げる。
 今は、昔のことを思い返してる場合じゃない。

「あの、お姉ちゃんに、言いたいことがあるんだ」
「ん? 何かしら?」

 お姉ちゃんの紫色の瞳が私の瞳を捉える。逃げるつもりはないけど、緊張感が一気に跳ね上がる。

 心拍数が上がる。耳を澄まさなくても自分の心臓の脈打つ音が聞こえてくる。

 ああ、レミリアの前に立ってたフランの気持ちがわかる気がする。でも、フランって私以上に感情が強そうだからこれ以上のものを感じてたんだろうなぁ。
 まあ、そう思うと何とかなるような気がする。

 深呼吸を一回。……これで、大丈夫。ちょっとだけ落ち着いた。

「……お姉ちゃん、今までありがとう。私のこと、ずっと気にかけてくれて」
「……」

 お姉ちゃんが驚いたような表情を浮かべる。けど、それはすぐに柔らかな微笑みへと変わる。なんだかどこかで見た微笑みのような気がした。

「どういたしまして。……でも、貴女からお礼を言われるような日が来るとは思ってもいなかったわ」
「うん。お姉ちゃんのお陰で、ちゃんと感謝の気持ちも伝えられるようになったよ」

 何を言われても、何をされても、何も感じなかった私。そんな私といてお姉ちゃんは人形とお話をしている気持ちにでもなっていたのかもしれない。
 言葉は全て虚しく響いて、行動には何の結果も伴わない。一方通行なものにしかなりえないはずだった。

 それでも、それでも、お姉ちゃんは私への行動を一切諦めなかった。時には一日中一緒に居てくれたり、時にはペットを連れてきてくれた。

 そして、お姉ちゃんの気持ちはちゃんと私に届いてた。ただ、私の心が鈍感になりすぎてて反応を返せなかっただけ。

「そう。それはよかったわ。……それと、私からもありがとう、と言わせてちょうだい」
「えっと、なんで?」

 今度は私が首を傾げる番だった。お姉ちゃんからお礼を言われるような心当たりが全く無い。

「私は貴女がいてくれたお陰で心を閉ざさずにすんだ。貴女を護るのに必死だったからこそ周りの雑音は気にならなかったわ」
「それってお姉ちゃんは私を支えにしてた、ってこと?」
「……まあ、簡単に言えばそういうことね」

 お姉ちゃんが恥ずかしそうに私から目を逸らす。相変わらずお姉ちゃんは自分の気持ちを伝えるのが苦手なようだ。

「じゃあ、さ。これからも、お互いに支えあっていこうよ。……まあ、私のほうがお姉ちゃんに頼ることの方が多いんだろうけど」
「別にいいのよ。そんなこと気にしなくて。私は貴女を支えている、というそのことが支えになってるのだから」
「楽だね、私」
「ええ、お姉ちゃんに存分に甘えて楽をしなさい」

 お姉ちゃんがちょっと胸を張って頼りになるってことをアピールしてくる。

 甘えるかぁ。頼ることは何度かあったけど、甘えたことはないなぁ。
 お姉ちゃんは私に甘えてほしいんだろうか。かといって、今更態度を変えて甘えるのも恥ずかしい。
 というわけで、

「私はお姉ちゃんに甘えられないかな」
「どうしてかしら?」
「私がお姉ちゃんにも頼られるように頑張るから。ずっと、頼りっぱなしっていうのは私の性分に似合わないからね」

 フランに頼られるようになって頼られることの心地よさを知った。その時に私は気付いたのだ。頼るよりも頼られる方が性分に合っている、と。

「……これが、子の成長を実感する親の気持ち、というものかしらね」
「お姉ちゃん?」

 妙にしみじみと呟く。
 というか、親の気持ち?

「わかったわ、こいし。私に貴女の成長を止める権利はないわ。……でも、甘えたいと思ったらいつでも甘えていいのよ?」

 切実な色をたたえた瞳でお姉ちゃんが私を見る。
 ……なんだか、どうしても甘えてほしいみたいだ。

 しょうがないなぁ……。

 ゆっくりとした歩調でお姉ちゃんの方に近づく。その意図に気付いたのか本を机の上に置いて嬉しそうに腕を開く。

 ……そんなことされると余計に恥ずかしい。

 これ以上の恥ずかしさに耐えられなくなって私は一気に歩調を速めて、えい、と抱き付いた。私が覚えてる限りではこうしてお姉ちゃんに抱き付くのはこれが初めて。

 思ってたよりもお姉ちゃんの身体は柔らかくて抱き心地がいい。

 私がそんなことを思ってる間にお姉ちゃんは私の被ってる帽子を脱がせて頭を撫でる。
 な、なにこれ。すごい恥ずかしい。

「……こうして、貴女の頭を撫でてると、落ち着くわね」

 お姉ちゃんの声は今までに聞いたことがないくらいに穏やかだった。

 私は頭の上の柔らかい手と、温もりを感じながらお姉ちゃんに抱きつく腕から少しだけ力を抜く。
 ……まあ、確かに慣れてくれば落ち着かないこともない。

「今日だけじゃなくて、これからももっと私に甘えてくれてもいいのよ?」

 いつもよりもずっとずっと優しい声。
 その声が私の中の何かを刺激する。

「……考えとく」

 私はそう答えることしか出来なかった。


Fin



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