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「ねえ、こいし」

 私の作ったチョコケーキを食べていたフランが不意に私の名前を呼ぶ。向かい側から紅い瞳をじっ、とこちらに向けている。

「んー?」

 私は紅茶を飲みながらフランの方を見返す。相変わらず咲夜の紅茶は美味しすぎるくらいに美味しい。

「ケーキを口移ししてほしいんだけど」
「……ごほっ!」

 フランの一言に紅茶を噴き出しかけた。なんとか噴き出すのは抑えたけど、代わりにむせた。
 なんて事を言うんだフランは! また小悪魔に怪しげな薬でも飲まされたんだろうか。

「あ、ご、ごめん、こいし。変な事言ってる、っていうのはわかってるけど、どうしても気になっちゃって」
「……気になってる、って何が?」

 むせて少し荒れた息を整えながらそう聞く。何だか嫌な予感がするのは気のせいにしたい。

「この前、本の中に口移しで食べさせてもらったら甘さを感じた、っていうのがあって、元から甘いものだったらどんなに甘くなるんだろう、って気になってたんだ」

 本、ってパチュリーの所の本かな。あそこの図書館ってなんでも揃ってるっていうし、まあ、そういうのがフランの目に止まるのも仕方のないことなのだろう。
 ただ、甘い物が好きだからってそれを実行しようって思えるのはすごいと思う。甘い物への執着心?

「いやいや、たぶんそれは本の中の誇大表現であって実際にはそんなことないと思うよ」
「そう、なの?」
「うん、きっとそうだよ」

 ここでフランの言葉を肯定したらすぐにでも実行してしまいそうな気がする。だから、根拠は全く無くても否定しておく。
 この前みたいな事をされたらかなわない。

「そ、っか……」

 よっぽど楽しみにしてたのかフランが落胆の色を見せる。とりあえずの危機は脱せたのかな? 落胆したフランの姿を見てるとなんだかこっちの胸が締め付けられるけど、まあ、仕方のないことだ。

「ごめんね。変なお願いしちゃって」
「いいよいいよ、気にしなくて。フランが甘い物が好きでそういうのが気になるのは仕方ないことだし」

 そう、好きなものがあると人間も妖怪も少なからず暴走してしまう。意識、無意識共にそれを求めてしまうのだから仕方のないことだ。そして、その欲求に耐えるなんていうのはかなり骨を折ることだ。

 フランの方を見てみる。口ではああいっていたけどまだまだ諦めきれないのかチョコケーキと私とを交互に見つめている。

 食べにくいなぁ。まあ、もしフランが飛び掛ってきたとしてもなんとか私の能力で止められるだけの距離はある。
 けど、それは完全に私の油断だった。

 私はケーキを口に運んでいく。それを口に入れた瞬間向かい側に座っていたはずのフランの姿が消えた。

 えぇっ?!

 驚きで動きを止めていると別の驚きが私を襲った。いつの間にかフランが目の前に立っていたのだ。

 けど、それよりも、だ。重要なのは今、私の口の中にはケーキがあるってこと。そして、フランは私の顔を両手で挟んでて逃げられないってこと。種族差のせいでどう足掻いても私の力ではフランの手は振り払えない。
 そして、フランの意識が私の方に真っ直ぐ向いてるせいで私から意識を逸らさせることも出来ない。

 甘い物求道者恐るべしっ!

 とか思ってる間にフランの顔が急接近。口を塞がれてしまう。

 とりあえず侵入だけでも食い止めようと必死に抵抗。ぎゅっ、と口を閉じる。
 けど、唇が感じるくすぐったさにあっさりと敗北。むざむざと侵入を許してしまう。

「ん、んーーっ!」

 その後もなんとか抵抗を続けようとするけどさすがに噛み付くわけにもいかなくて八方塞り。妙な呻き声のようなものをあげるも効果はあがらない。
 どうやら、なすがままになっているしかないようだ。どうせ疲れるだけだから、ってことで声をあげるのもやめる。

 柔らかさと共に甘さが口の中に広がっていく。フランの言うとおりほんのちょっと甘くなってるような気がしたけど、暗示の一種かもしれない。感覚、っていうのは結構いろんな所からの影響を受けやすいのだ。

 そんなことよりも間近に感じるフランの息遣いが私を落ち着かせない。ものすごく恥ずかしい。心臓の鼓動が早くなってきてる気がする。

 フランは私からチョコケーキを取るのに必死なようで私の様子に気付いた様子もない。

 視界に映るのは近すぎるフランの顔だけ。そして目を閉じればフランの存在しか感じられない。何をしてもフランばっかりだ。

 この場にいる誰もが声を出せないからとっても静かだった。





 ……それから、たっぷりと時間が経った。
 どうしようもない羞恥に耐えながらだったから実際にはそんなに経ってないんだろうけど!

 満足したのかフランがようやく私を解放してくれる。

 私、呆然。フランもフランで大慌て。 
 座ったままの私から少し距離を取ってしまう。

「あ、こ、こいし、ごめんっ! わ、私自分が抑えられなくなっちゃって」

 口の周りについたチョコをそのままにフランはわたわたと弁解の言葉を口にする。顔は真っ赤になってて七色の羽も忙しなく揺れている。
 そういう人を目の前で見てると、何故だかこっちは冷静になってくるもので胸の鼓動も自然と落ち着いてくる。

 一回深呼吸。たぶん、これで大丈夫。口の周りについたチョコは適当に舐め取っておく。

 それから私は立ち上がってフランに近寄る。何を思ったかわからないけど一瞬、身を竦ませる。
 そんなことには構わずフランの目の前に立ってポケットの中からハンカチを取り出す。

「ほら、フラン。口の周り、汚れてるよ」
「……ん」

 ハンカチが唇に触れただけでフランの緊張が解けたように身体から余計な力が抜ける。そして、何故か目を閉じる。
 そのことはあんまり気にしないで私はされるがままになっているフランの口の周りを拭いてあげる。

 ……結構、難しい。お姉ちゃんがお空にやってあげたり、私にやってくれたりしてるのを真似してるつもりなんだけどなんだか上手くいかない。
 それでもフランが大人しくしてくれていたおかげでなんとか綺麗にすることが出来た。

「よし、終わり」

 私の言葉を聞いてフランが目を開ける。その間に私は自分の口の周りも拭いておいた。うん、やっぱり自分でやるのは簡単だね。

「……ねえ、こいし。怒らないの?」

 フランが少し怯えた様子でそう聞いてくる。

「まあ、ねえ。前回ので色々と諦めちゃったしフランなら別にいいかな、って思うし」

 それにフラン自身悪気があってやったわけではないだろうしね。こんなこと言ったらフランが気にしそうだから言わないけど。

「それよりも、味はどうだった?」
「え……? あ、うんっ。普通に食べたときよりも美味しく感じたよっ! すっごく甘かった!」
「うん、それはよかったよ」

 今までの怯えてた様子はどこへやら。とっても嬉しそうな笑顔を浮かべてる。まあ、フランのこの笑顔が見れるならあれくらい安いものかな。
 もう一回やりたいとは思わないけど。

「じゃあ、もう一回―――」
「ダメ」

 再びとんでもないことを言い出したから言い終わる前に却下。すっごく期待に満ちた表情を浮かべてたことは気にしない。気にしたら罪悪感が大きすぎる。

「あ……、ごめん……」

 私が怒ってるとでも思ったのかしゅん、と項垂れてしまう。

「あー、怒ってるわけじゃないよ。ただ、あれは恥ずかしすぎるからこれ以上はやりたくない、ってだけ。私は普通に食べる方が好きだよ。お話したり、紅茶を飲んだり、ぼんやりしながらさ。それだけでもやっぱり美味しさ、ってのは変わると思うんだ。……私のお話が詰まんない、っていうならもっと楽しめるように努力するけど」

 最後の一言は、まあ、ちょっとした意地悪みたいなものだ。さっきやられたことに対するささやかなお返し、というやつだ。
 フランが私のお話を楽しんでくれてる、っていうのは見てればわかるからね。あんなこと言うまでもない。

「そ、そんなことない! こいしの話は楽しいよっ」

 ほらね、やっぱり。でも、こうやって正面切って言われるととっても嬉しい。

「わかってるよ」
「え……?」

 フランが困惑の声を漏らす。ちょっと呆けた感じが可愛い。

「フランが私のお話を楽しんでくれてるのはちゃんとわかってるよ」
「じゃ、じゃあ、なんで……」
「フランがあんなことしてきたことに対するささやかなお返し」
「……ぁぅ、やっぱり怒ってるんだ……」
「そんなことないよ」
「ぁ……」

 なでりなでり。
 再び私から離れようとしてるフランの頭を撫でてあげる。何でそんなことをしたかは無意識のみぞ知る。
 まあ、フランも拒絶してないみたいだし、私自身も続けてていいかな、って思うからこのままフランの頭を撫でている。

 それから少しして落ち着いたのかフランが少し怯えていた様子の無くなった声で言う。

「……こいし、今度は私がうんと美味しいお菓子を作ってあげる。そうしたら、今度は一緒にゆっくり話しながら紅茶を飲んでくれる?」

 ちょっと不安そうに私の顔を見る。

「そのくらいお安い御用だよ。でも、フランってお菓子作れるの?」
「ううん。でも、咲夜に教えてもらいながら作れるようになるっ」

 胸の前でぎゅっ、と右手を握る。それはフランが決意をするときの仕草だ。

「じゃあ、私も負けられないね。今回はお姉ちゃんに手伝ってもらったけど次からは一人で作れるようになってるから」
「うんっ、楽しみにしてるっ」

 二人で笑顔を浮かべてそんなことを約束したのだった。
 
 フランは頑張るときはすごい頑張るから私も頑張らないとなぁ……。


Fin



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