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 夏の日差しに焼かれながら、今日も今日とてフランと手を繋いでお散歩をする。汗が滲んでいるけど、私もフランも気にしない。

 それよりも、ちりちりと肌が焼かれている事の方が耐えられない。
 うー、熱い。あと、少し痛い。

 一応、フランの傘には入れてもらっているけど、吸血鬼であるフランを日射しから守るのが第一だ。だから、私は身体の半分くらいしか傘の中に入れていない。
 身体の半分だけ日焼けしたら笑い者になりそうだ。とはいえ、このまま日射しの下へと躍り出る気もない。
 気が向いたら、自分で傘を持ってこよう。
 そんな風に思って何日が経ったのやら。

 それに、熱いだけじゃない。暑くもある。
 湿気た空気が十分に熱されて、日陰に入っても体感温度はそう大きく変わらない。その証拠に、フランもだいぶぐったりとしている。

 そろそろ、休憩しようかなぁ。
 倒れてしまっては折角のお散歩が台無しになってしまう。

 水分補給のために、私もフランも竹で作の水筒を提げている。私のには冷たい麦茶が、フランのには冷たい紅茶が入っている。フランは、苦い物が苦手なのだ。
 ちなみに、水筒には咲夜が少し細工をしてくれていて、すぐに温くならないようにしてくれている。
 距離があると、時間を止める事は出来ないらしいけど、すぐに温くならない、というだけでもありがたかった。
 これだけ暑いと、すこしでも冷たいだけでも救いになる。

 それよりも、休むのにいい場所はないかな、と伏し目がちだった視線を上に向けて辺りを見回してみる。今の今まで顔を上げてる元気がなくて、地面を見て歩いていた。

 今私たちが立っているのは、踏み固められた土の道の上。この幻想郷には、人が通らないはずなのに道がある場所が結構ある。もしかしたら、妖精が行き来をする時に歩いているのかもしれない。そんな姿は見たことがないけれど。
 周囲に広がるのは無駄に広い草原。少し上を見ると、視界は緑と空の青で塗りつぶされる。けど、薄茶色の道のずっと向こうに異色を見つける。

 それは、黄色。決して大きな面積ではないけど、もともと目立つ色であることもあり際立って見える。
 何の黄色だろうか。遠くからだとよくわからない。
 気になる。

 あそこが休めるような場所かは分からないけど、あそこまで行ってみよう。色んな所を歩いてきたから地面に直接座ることに抵抗はない。だから、座れるような場所がなかったとしてもあそこで休もう。
 私が今すぐにここで休憩を取らないのは、単に中途半端な場所で休むのが嫌なだけなのだ。

「フラン、あそこまで行ったら休憩しようか」
「あそこ?」

 私が指差した方へとフランも顔を上げて視線を向ける。足を止めて、紅色の瞳でじぃ、っと見ている。ただ、眩しいのか目はかなり細められている。
 フランは、あれが何か分かるのだろうか。

「……向日葵畑?」
「え? わかるの?」

 もう一度目を凝らして見てみるけど、よくわからない。ずっと見つめていると、太陽の光に目がやられそうになってくる。
 ずっと地底にいたから、強い光にはどうにも弱いのだ。

 でも、そう考えると、フランも同じような状態のはずだ。現に、こうして目を細めてるわけだし。
 だとしたら、もともと目がいいのかもしれない。今の所、身体能力でフランに勝ててる所が一つもないし。

「うん、実際に見るのは初めてだから自信はないけど、そうだと思う」
「そうなんだ」

 フランが実際に見たことがあるものはとても少ない。だけど、その代わりに本での知識はたくさんあるのだ。
 私の役目は、そんなフランを引っ張って色んな物を見せてあげる事。

「じゃあ、行こうか。新しい刺激を求めて、向日葵畑まで」
「うんっ」

 空の上で輝く太陽よりも眩しい笑顔で頷き返してくれた。
 この笑顔の為に頑張っている、というのもある。





「わぁ、でっかい」

 私たちが目指していたのは、フランが言った通り向日葵畑だった。けど、その向日葵の一つ一つがかなり大きい。私たちの身長を優に超している。こうして間近まで来ると見上げないと花の部分が見えない。
 向日葵を見たことがないわけじゃないけど、ここまで大きいのは初めて見た。誰かが手入れをしているんだろうか。

 フランは、私から少し離れて向日葵の一つをずっと見上げている。私も一緒になって、見上げてみる。
 大きな黄色の輪。中心は茶色。まごう事なき向日葵の花だ。
 皆太陽の方を向いていて、私たちの事なんて気にしてないみたいだ。

「フラン、休憩してから周りを見てみようか」
「うん」

 気になるのは分かるけど、まずは休憩だ。
 少し珍しい物を見つけて、気分が高揚してきているけど、こういう時こそ休憩しておかないと。
 変にはしゃぐとすぐに倒れてしまうかもしれない。

 というわけで、私たちは適当な場所に座る。地面から熱が伝わってくる。暑さを更に実感させられる。
 あまり実感させられたくないので、逃げるように水筒の栓を抜いて口に当て、傾けた。

 冷たい麦茶が口の中を満たす。暑さで少しぼんやりしていた頭が覚醒するようだ。
 そして、そのまま飲み込む。冷たい液体が私の内から熱を奪い取ってくれている。暑さとの対比が気持ちいい。

 ほふぅ……、と溜め息が漏れてきた。
 疲れとかからじゃなくて、一息吐けた、という安心感から来るものだ。
 フランも同じことを感じているのか、私に続いて溜め息をついていた。

 思わず顔を合わせてしまう。それから、何の意味もなく笑い合う。
 ああ、平和だなぁ。

 がさ。

 不意に、向日葵畑の方から音が聞こえてきた。平和な気分が消える。
 どうやら、誰かがいるようだ。

 何が起きてもいいように、と立ち上がる。真っ先に立ち上がっていたフランが私の背後に隠れる。どうやら、突然の音に怯えてしまっているらしい。

「フラン、大丈夫だよ。多分」
「う、うん」

 断言は出来ないけど、そう言う。少なくとも、今すぐ私たちに何かをしよう、という気配は感じない。だけど、確実に近づいてきている。
 フランも、攻撃の意志は感じてないようだ。でも、私の後ろに隠れずにはいられない、と言った様子だ。

 さて、何が出てくるのだろうか。

「あら、さとり妖怪に吸血鬼? 珍しいわね、こんな所に」

 向日葵畑から出てきたのは麦わら帽子を被った人だった。帽子の間からは緑色の髪が覗いている。そして、赤と濃い赤のチェックの服が、緑と黄しかない世界でかなり目立っていた。

 私たちに興味があるのか、赤色の瞳でこちらをじっと眺めてきている。
 見た所、敵意などは見られないから、緊張をほぐす。

「あの、こんにちは。えっと、ここの向日葵たちって、貴女のものなの?」
「いいえ、私はただこの子たちを護ってあげてるだけで、誰のものでもないわ」

 笑顔を浮かべてそう言う。向日葵が好きなんだろうか。
 世話をしている、という人はいくらでもいるだろうけど、護っている、という人はそうそういない。

「貴女たちは、向日葵に興味があるのかしら?」
「うん。こんなに大きい向日葵を、こんなにたくさん見るのは初めてだからね」

 警戒を解いたフランも隣に並んで頷く。最近は、姿さえ見えればすぐに怯えた様子もなくなる。
 だいぶ成長したなぁ、なんて感慨深く思う。

「そう。なら、傷つけないように見てちょうだいね。そうじゃなければ、好きなように見てくれて構わないから」

 まるで、自分の所有物みたいな言い方だった。
 でも、仕方ないのかな? もしかしたら、不用意に入って向日葵を傷つけたりするような人もいるのかもしれないから。

「わかった。気をつけるよ」
「うん、気をつける」

 揃って頷く。いつも一緒にいるせいか、返事のタイミングが被ることがかなり多くなってきている。

「ええ、いい返事だわ」

 そんな私たちを見た彼女は、満足そうに笑顔を浮かべたのだった。
 一応、花を傷つける存在ではない、と認められたようだ。





 その後は、自己紹介をして彼女は向日葵畑の中へと戻ってしまった。追いかけてみたい気持ちもあったけど、日傘を差したままだと無理だったからやめた。

 ちなみに、彼女は風見 幽香、という。向日葵どころか、花全般を愛していて、一年中花のある場所を渡り歩いてるらしい。
 そして、同時に冬に咲く花があることも知った。
 寒さに耐えれそうだったら探してみようかな。

 幽香と別れた後、私たちは向日葵畑の周りを歩いていた。それとどうやら、この向日葵畑は太陽の畑、と呼ばれているらしい。
 まるで太陽のような黄色の大輪を見て、なるほど、と思った。

 歩いて、たっくさんの向日葵を見ているうちに、本当に太陽の方を向いてるんだな、ということを実感した。どこから見ても全ての花が太陽を見ていて、すっかり感心してしまった。
 皆、一途なんだな、って。
 一輪だけ咲いてる向日葵を見ても、なかなかそんな風に思う事はなかった。

「ん?」

 と、妙な物を見つける。
 いや、物そのもの妙ではない。ピンク色の恐らく日傘。
 けど、それが開かれたまま何故か地面に突き立っているのだ。柄の部分がだいぶ深く埋まっている。

「あれ、何だと思う?」
「えっと、何だろう」

 不思議な状態になっている傘を見て二人して首を傾げてしまう。なんとなく、花のように見えなくもないけど――


「それは、幻想郷で唯一枯れない花よ」


 不意を突くように向日葵畑から声が聞こえてきた。
 驚いたフランが、慌てたように私の後ろに隠れる。かく言う私も、驚いて少し身体を震わせてしまった。
 でも、聞き覚えのある声だったから、身構えるようなことはなかった。

 落ち着いて向日葵畑の方へと向く。

「幽香、そこでずっと待ってたの?」

 さっき会ったばかりの麦わら帽子の似合う少女にそう言った。多分、呆れが滲んでた。
 見かけは私たちよりも年上っぽいのに、やることが子供っぽい。

 フランも声の正体に気付いたからか、私の後ろから出てくる。フランがこういう反応をするからこういう事されるんじゃないかな、と思ったのは内緒。

「そんなことはしてないわよ。貴女たちの気配を追いかけながら、丁度いいときにここに来れるように歩いてたわ」
「……もしかして、暇なの?」

 そうじゃないと、こんなことはしてないと思う。まあ、もともと妖怪なんて暇を持て余してるのが多い。私自身、暇を持て余してるからこうして毎日お散歩をしてるのだ。
 でも、お姉ちゃんは仕事があるから、忙しいみたいだ。そのおかげでそれなりの生活を送れてるから感謝しても感謝しきれない。

 今はあまり関係ない話だけど。

「忙しいと言えば忙しいけれど、目を閉じたさとり妖怪に不思議な羽の臆病な吸血鬼と関わってみよう、と思うくらいには暇よ」
「要するに暇なんでしょ?」
「することはあるのよ、することは。でも、片手間に出来る事だからついでに貴女たちと遊んであげようと思ってね」

 私たち“と”遊ぶ、というより私たち“で”遊ぶ、という感じが強い気がする。フランの反応なんかを見ていると特にそう思う。
 けど、指摘したらしたらで何かされそうだから黙っておく。

 それよりも、することはある、という言葉が気になった。私の好奇心センサーがその言葉に反応を示す。
 徹底的に、とまではいかずとも、調べてみろ、と告げている。

「ねえ、すること、って何? 幽香はこの向日葵畑の中で何をしてるの?」
「向日葵畑の様子を見て回って、元気のなさそうな子がいたら、その子に力を与えてあげているのよ」
「へえ、そうなんだ!」

 具体的にどうするのかはよく分からない。でも、だからこそ私は興味を引かれた。
 それに、花好きだと言う幽香らしい活動だとも思った。

「気になるなら着いて来てもいいわよ。一人で歩いているのにも少し飽きてきていた所だから」
「え? いいの? あ、でも……」

 喜んでついていこうとした。けど、今の私たちは向日葵畑の中に入ることは出来ないのだ。フランの日傘があるから。

「行って来てもいいよ。私は、ここで待ってるから」
「ううん、そんなこと出来ないよ。私は、フランと一緒にお散歩をしたいんだから、置いていったりしない」

 人に気を遣うように淡く微笑むフランの肩に手を乗せてそう言う。少し驚いたみたいだけど、そんなことは気にしない。
 むしろ、こんな時だからこそ言いたいことを言ってやる。

「フランはもっとわがままになってもいいんだよ? フランは人のことばっかり考えすぎてるから」

 私が見てきた限り、それで損をしている所を見たことはない。けど、きっといつか損をする。私が止めてあげればいいんだろうけど、それでも、他人に遠慮ばかりするフランを見ると、やきもきする。
 フランには、もっと自分の好きなようにしてほしい。

「そう、かな?」
「うん、そうだよ」

 不思議そうな表情を浮かべるフランに、強く頷き返す。言葉だけでなく態度でも、そうなんだ、と訴える。
 そうじゃないとフランには届かない気がする。

「でも、こいしだって同じ。ずっと、私の事ばっかり考えてくれてる。今だってそう」

 フランがじっと見つめ返してくる。紅い瞳は私が視線を逸らすことを決して許さないだろう。
 先ほどまでの少し驚いた様子は残っていない。

「えっと、そうだっけ?」

 まさか言い返されるとは思ってなかったから、少しばかり動揺してしまう。でも、フランの瞳に囚われてしまってるせいで逃げ出すことは出来ない。

 というか、ほんとにそうだったけ?
 思い返してみる。
 ……心当たりが結構あった。

 かなりわがままに生きてきたつもりだけど、フランの前でだけはそうじゃなかった。フランに会ってからはずっと、フランを第一に行動をしていた気がする。
 私が無意識に歩くのをやめたのも、フランにあることが起きたからだし。

「うん」

 力強く頷かれてしまった。私自身も、納得してしまったから否定のしようがない。
 どうしようか。

「……じゃあ、ここはあいこ、ということで。これからは、お互いにわがままになる、ってことにしよう」

 折衷案。提案した自分自身も妙な感じはするけど。

「なんだか変な約束だね」
「ま、確かにそうだ」

 なんだか無性に可笑しくて笑い出してしまう。フランも可笑しいと思ったのか、それとも私につられたのか小さく笑っている。
 普通、わがままになろう、だなんて言ったりしない。でも、これこそが私たちらしさなんだろう。

「話は纏まった?」
「あ、う、うんっ」

 フランの事ばっかり気にしていたから幽香のことを忘れかけていた。でも、そのことを気にしている様子は見られない。
 ……見られないだけで、内でどう思っているかは分からないけど。

「日傘をどうするか、で悩んでるんだったら私がどうにかしてあげるわよ。こうやってね」

 幽香がそう言うと、フランの頭上に巨大な花が現れた。赤レンガの様な色の向日葵だ。
 それが、太陽の光を遮って日陰を作りだしている。向日葵畑に咲いている向日葵たちよりも高い位置に浮いているようで、ぶつかったりする心配はなさそうだ。

「あ。ありがと、幽香っ」
「どういたしまして」

 慌ててお礼を言うフランの声を背に受けながら、幽香は向日葵畑に入っていく。気取らない様子が少し格好良かった。
 私たちは置いていかれない程度にゆっくりとその背中を追いかける。頭上の赤レンガ色の向日葵もしっかりと私たちに着いてくる。

「あ、そうそう。入る時は羽、ぶつけないように気をつけてね。少しくらいは許すけど、あんまり目に余るようだったら追い出すから」

 突然、振り返ってきたかと思うと、そんな忠告を口にしてきた。目は、かなり本気だった。
 どんなふうに追い出すつもりなんだろうか。あまり聞き出したくはない。

「う、うんっ」

 怯えたように頷いたフランは、出来る限り羽を小さく畳んでいた。





「そういえば、幻想郷で唯一枯れない花、ってどういう意味?」

 十分くらい歩いて、特に変化はなかった。
 周りにある向日葵を見ていて飽きる事はなかったけど、全部が全部私よりも高いから首が疲れる。
 その疲れを癒やす間だけでも、幽香と話してみようと思ってそう話しかけてみた。

 フランもこの話題に興味があるのか、少し遅れていた足を速めて私の隣に並ぶ。羽を広げないようにしているせいで歩きにくいそうだ。
 手を繋いで引っ張ってあげようとも思ったんだけど、向日葵の茎が邪魔で逆に歩きにくくなってしまった。
 そして、幽香はこっちの歩調に合わせるつもりはないみたいだから、少しずつ距離が空いてしまうのだ。

「何があってもあの傘を閉じない、っていう私なりの拘り。こういう無意味な拘りの一つや二つくらいあった方が面白いでしょう?」

 背中しか見えないからどんな表情を浮かべているかは分からない。でも、その声は少し笑ってるみたいだったから、もしかすると笑顔でも浮かべているのかもしれない。
 そういえば、花の事を話す幽香は毎回笑顔を浮かべていたような気がする。と言う事は、あの日傘も花だと思って扱ってると思ってもいいのだろう。

 実は、あれも花だ、っていう可能性がないとも言い切れないけど。

「確かにそうだね」

 私も、出会った人には極力話しかける、という拘りを持っている。私としてはそれが無意味だとは思っていないけど、もしかすると他の人から見ると無意味だったりするのかもしれない。
 でも、そのおかげで色んな人とお話をしてこれたし、フランにも出会う事が出来た。だから、こういう拘りを持っていて良かった、なんてよく思う。

 そういえば、フランも何か拘りを持っていたりするんだろうか。今まで聞いたことなかったけど、今日の帰りにでも聞いてみよう。
 何故、今すぐ聞かないのか。それは、

「あそこに、元気のなさそうな向日葵があるよ」

 太陽の方ではなく地面を向く向日葵が視界に入ってきたからだ。何だかしょぼくれているように見える。
 幽香の言う元気のなさそうな子、っていうのはああいうのでいいのだろうか。

「ええ、そうね。もうとっくに気付いていたけれど」

 そう言いながら、幽香が進路を変える。気付いていてあえて気付いていないふりをしていたのか、本当に気付いていなかったのかは分からない。
 聞いた所で煙に巻かれてしまうだろう。本当に短い付き合いでしかないけど、そう思う。

 私たちは無言でその元気のなさそうな向日葵へと近づいていく。近づくまでの間、私はその向日葵の観察をしてみる。

 その向日葵も他のと同じように私の身長よりも高い茎を持っている。だけど、下を向いている、というそのことだけで全く印象が異なる。
 人間や妖怪と変わらない。
 更には葉も元気がなさそうなのだから、余計に陰気くさく見える。

 その問題の向日葵の前まで来た所で幽香が足を止める。何をするんだろうか、と幽香をじっと見つめて、その一挙手一投足を追おうとする。
 隣のフランも同じようにしてるんだろうか。
 それは見てみないことには分からないけど、きっと同じようにしているんだ、と何の根拠もなく思える。
 今まで折りたたみ続けていた羽をここぞとばかりに広げて、周りに聞こえない程度に溜め息をつく。それから、興味で輝く紅い瞳を幽香へと向ける。きっと、そうだ。

 で、肝心の幽香はその場にしゃがみこんで根元の方へと手をかざしていた。
 ただ、それだけで目に見える変化は特に訪れない。幽香の顔を見てみても、じっと根元を見つめているだけだ。

「あ……」

 でも、上に視線を向けて変化を見つけた。遅れてフランの小さな声も聞こえてきたけど、あまり意識には入ってなかった。

 それは、向日葵がゆっくりと顔を上げていく光景だった。じわじわと、だけれど確実に大輪は太陽を見上げようとしていく。
 まるで、幽香に勇気づけられて前を向こうと決心したようだ。
 最終的には、周りの向日葵たちと同じように太陽を見つめて、陰気くさい雰囲気はなくなっていた。
 葉も元気になっている。

「おー、すごい! 幽香、流石だね!」

 そして、気が付けば拍手をしていた。一輪の向日葵を元気付ける様子に感心させられてしまった。
 だから、拍手は幽香へと送る称賛だ。

「別にそんなに褒められるようなことではないわよ。私は、単にこの子が持っている力を引き出してあげているだけだから」

 そう言いながら、幽香は立ち上がって、先ほど元気を出したばかりの向日葵の茎に触れる。
 その手つきはとても優しくて、決して傷つけまいとしながら、惜しみない愛情を注いでいるように見えた。

「この時期のこの子たちにはもともと花を咲かせるだけの力を持っているの。それなのに元気がないのは、その力を出すのが苦手なだけ。だから、私がその力の出し方を教えてあげているのよ」
「それでもすごいよ。そう簡単に元気づけられるものじゃないから。ねえ、フラン」

 私のこの気持ちは、自分の物だけじゃないんだと訴えたくて、フランに同意を求める。少し押し付けがましいかもしれないけど、フランだってきっとそう思ってくれているはずだ。

「うん。私もそう思うよ。でも、それ以上にすごく優しいんだな、って思う。何にも文句も言わずに向日葵たちの世話をしてるし、こうして私の為に日傘の代わりも用意もしてくれたから」

 フランが穏やかな口調でそう言う。そして浮かべているのは不思議な魅力のある笑顔。
 あの笑顔は、本人の意識しないうちに周りの人たちを魅了する。私自身、その魅力の虜となってしまった一人だ。

「貴女たち……」

 ただ、今の幽香はフランの笑顔に魅了されるようなことはなかった。多分だけれど。
 そして、代わりに、私たちの方へと近寄ってくると、

「あー、えっと。……ありがと」

 少し逡巡した後、お礼を言いながら私たちの頭を撫でてくれた。くしゃくしゃと少し乱暴だけど、嫌な感じはしない。むしろ、なんだかこそばゆい。
 撫でられながら、幽香の顔を見てみると、頬が少し赤くなっていた。もしかすると、褒められるのに慣れていなくて、照れているのかもしれない。その照れを隠すために、私たちの頭を撫でているのかもしれない。

 まあ、それならこちらからは触れない方がいいのかもしれない。

「どういたしまして」

 例によって、私たちの声は重なっているのだった。


 それからしばらくの間、幽香に頭を撫でられていた。特に会話もなくただひたすらに撫でられていた。
 もしかしたら、止めるタイミングが分からないのかもしれない。それとも、私たちの頭の撫で心地がいいのかな?

 まあ、どっちでもいいか。フランも嬉しそうにしてるし、私自身このままでいいかと思っている。

「……ねえ、私はいつまで続けていればいいのかしら」

 頭を撫でられたまま聞かれる。私を見下ろす表情は少し困っているようだった。

「幽香が続けたいときまで続けてればいいんじゃないかな」
「……そうね。じゃあ、今すぐやめるわ」

 幽香の手が離れる。恥ずかしいのか、そのまま私たちに背を向けてしまう。

 どうやら、やめるタイミングが分からなくなっていたようだ。これは少し悪いことをしてしまったかもしれない。
 とは言え、私は心が読めないから仕方ない。

「まだまだ、落ちこぼれな子たちはいるから、立ち止まってないで探しに行くわよ」
「うん、そうだね」

 照れてるの?、とか余計な事は言わない。多分怒るだろうし。

 というわけで、私たちは再び歩き出した幽香の後ろをついて歩くのだった。





 太陽の畑の奥の方へとやってきた。

 奥の方に来たから、と言って薄暗くなったりすることはなくて、相変わらず太陽の光が降り注いできている。周りにも、数え切れないくらいの太陽が咲いている。
 でも、変わってきたこともある。
 それは、地面の形。この辺りは起伏が激しくなっていて、あんまりぼんやりと歩いていると足を取られそうになる。

 幽香が言うには、太陽の畑の外側は人や妖怪が歩いたりするが、この辺りまでは誰も来ないらしい。だから、地面に起伏が出来上がっているそうだ。

 まあ、私は少しくらいでこぼこしていても問題ない。これでも色んな所を歩いてきたから悪路には慣れてる。
 でも、フランはこういう場所には慣れていない。今の所、私以外と外に出たことないらしいから断言してもいい。
 その上、向日葵を傷つけないように羽を折り畳むことに集中してるから、足元にあまり意識が向いていない。
 だから、どこかで足を引っ掛けてしまう、という危険もある。

「わっ……!」

 後ろからそんな声が聞こえてきて、私はほとんど反射的に振り返った。そして、腕を伸ばす。
 腕の間にすっぽりとフランが収まり、無事こけそうになったフランを抱き止める事が出来た。フランはそんなに重くないから、あまり力のない私でも簡単に支えてあげられる。

 もしかすると、と思って身構えておいてよかった。

「あ、ありがと、こいし」
「いえいえ、どういたしまして」

 私に支えられたまま、紅い瞳で見上げてくる。私はそれに、微笑みを返す。
 でも、すぐに心配が占める割合が大きくなってしまう。

「それより、大丈夫? 足、捻ったりとかしてない?」
「うん、大丈夫。ちょっと足を引っ掛けただけで、こいしのお陰で怪我もないよ」
「そっか、よかった……」

 ほぅ……、と安堵の溜め息が漏れてきてしまう。足を痛めたり、怪我をしてたりしたらどうしようかと思った。
 でも、このままフランを一人で歩かせるのも不安になってきた。

「あ、そうだ! 私がフランを背負ってあげようか。そうしたら、転ぶ心配はないでしょ?」

 妙案が思い浮かんだとばかりにそう言う。なんで今まで思い浮かばなかったんだろうか。

「ううん、いいよ。平気だから」
「また転びそうになった時に支えられるとは限らないよ?」
「うん、わかってる。でも、こいしも大変だと思うから、今度は転ばないようにちゃんと気をつける」
「ほんとに大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「絶対?」
「うん、絶対」

 このままいつまでも続きそうなやり取り。それでも、きっとどこかでは終わるはずだ。
 けど、今ここにいるのは私たちだけではない。だから、第三者の介入によって無理やり終わらされる。

「あー、はいはい。まどろっこしいやり取りはそこまで」
「わっ」

 突然、フランの身体が浮き上がった。そして、気が付けば幽香に抱き上げられていた。正面から抱き締める形じゃなくて、横に寝かせたような形。いわゆる、お姫様抱っことなっている。
どうやら、幽香は私たちが言い合ってる間にフランの背後に回ったようだ。

 フランを軽々と抱き上げた幽香はそのまま私の横を通り過ぎて進んでいく。

「あ、え? あれ?」

 突然の事に驚いて混乱しているのか、フランの口からはそんな意味のない言葉しか漏れてこない。けど、こんな状況でもしっかりと羽を折り畳んでるのはフランらしいと思う。
 もしかしたら、単に身を竦ませてるだけかもしれないけど。

「あの、幽香?」

 私も突然の事に驚いてしまっている。でも、フランよりは冷静なはずだ。自分自身の身に起きたのは、突然フランの重みと熱が消えたことくらいだし。
 だから、さっきと同じくらいの速度で歩く幽香の後を歩きながら、聞いてみた。ただ、何を聞けばいいのか纏まってないから、名前を呼ぶだけにとどまってしまった。

「放っておいたらいつまでも続きそうだったから止めさせてあげたのよ。こいしは、こうなれば満足なんでしょう?」
「まあ、そうだね」

 まさか、こうなるとは微塵も思っていなかったけど。私がフランを背負って移動すると思っていたのだ。
 でも、結果おーらいだから、頷く以上のことはしない。

「え、っと、私の意見は?」
「聞く気はないわ。私としても貴女に転ばれたら困るもの。転んだ先に向日葵がない、と断言できるのかしら?」

 真剣な声だった。中途半端な言葉なら絶対に聞き入れたりはしないだろう。

「……出来ない」
「じゃあ、絶対に聞き入れられないわね。というわけで、大人しくしてなさい」

 沈んだような声に、楽しげな声で答える。
 責められた、と思ったフランの気を軽くする為にそんな風に答えてるのかな?

「幽香は優しいね」
「……っ。うるさい、早く行くわよ!」

 ありゃ、素直に思ったことを伝えただけなのに怒られてしまった。まあ、それが単に照れから来てる物だ、っていうのは分かってるけど。

 幽香は早足に進んでいく。油断していると置いて行かれそうなくらいの速さだ。
 でも、落ち着いた辺りで歩調を緩めてくれるよね。
 そんな風に楽観視しながら、照れ屋で優しい花の妖怪を追いかけるのだった。


◆Yuka’s Side


 夕方。
 世界が赤く染まる。
 明日もきっといい天気だ、と思って少し気分が良くなる。明日もまた花たちの為に頑張ろう、と思える。

 結局、あのさとり妖怪と吸血鬼の不思議な組み合わせの二人とはずっと一緒にいた。それに、フランドールも最後まで抱え上げていた。今もまだ、腕に彼女の重みが残っているような気がする。

 あまり他人と関わるのは得意でないし好きでもない。けど、あの二人と関わるのは別に煩わしいとは思わなかった。
 少し別れるのを惜しんでしまうくらいには気に入っていた。

 あの二人はまるで、私と向日葵の様な関係だと思ったのだ。フランドールを支えるこいしが私であり、こいしによって支えられているフランドールが向日葵だ。
 まあ、こいしは私にしては少し頼りない感じもあるし、フランドールは向日葵にしては自分の意志が強い。
 だからこそ、私と向日葵とは決定的に違う所もある。

 それは、お互いがお互いに想い合っている、ということ。今を生きるのに懸命な向日葵たちは私の事を想ってくれなどしない。いつだって、私の想いは一方通行なのだ。
 けど、あの二人はそうじゃない。想いを向ければ、想いが返ってくる。まるで、お互いに光を分け合っているように見える。
 二人で一つの太陽の様な。

 羨ましい、とは思わない。もともとそんなのはありえない、ということを知っているから。
 けど、見ていたい、とは思ったのだ。
 あの、太陽の様な輝きを持った二人を。

 なんだかこれだと、私が向日葵みたいね。
 ま、悪い気はしないけれど。


Fin



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