フランとのお散歩の途中、私たちは猫の楽園を見つけた!


 まあ、楽園、と言っても、そこまで華々しいものでもない。誰かに打ち捨てられた家が数軒あるだけの一見寂しい場所だ。多分、昔は村で、人間が住んでたんだろう。
 今は代わりに、無数の猫が住んでいるようだ。あっちを見ても、こっちを見ても猫ばかりだ。猫の数だけなら、地霊殿よりも多いかもしれない。

 と、不意に腕を引っ張られる。意識を猫たちの楽園から戻すと、フランが猫たちの方へと向かって歩いていっていた。私の手を握ったまま。
 多分、引き付けられるようにして無意識に歩いてるんだと思う。視線は、猫たちに釘付けでそれ以外は一切意識に入ってきていないようだ。
 相変わらず猫が好きだなぁ、なんて苦笑を内面で零しながら、私も歩を進める。私のお散歩は見るだけに留まらない。直接触れることで、価値を持つようになるのだ。

 数歩歩いたところで、猫たちも私たちに気付いたようだ。一斉にこちらを見て、何事かと集まってくる。警戒心はあまり抱いていないようだ。遠くから数匹がこちらを眺めているくらい。
 隣のフランを見てみると、近づいてくる数十もの猫たちを目にして、瞳を輝かせている。七色の宝石を垂らしたような羽もぱたぱたと揺れていて、非常に嬉しそうだ。

「おいで」

 フランは、その場にしゃがみこむと、傘を首で支えて両手を広げると、笑顔でそう言った。

 直後、全ての猫がフラン目指して駆け出した。
 フランは、一瞬そのことに驚いて目を見開く。けど、すぐに平静を取り戻して受け入れる体勢を整えた。
 迫る猫の波と、それを怯まず受け入れようとするフラン。

 けど、いくら吸血鬼といえども、しゃがんでいる体勢というのは、不安定な体勢であることに変わりはなくて、

「わっ!」

 一斉に飛び掛ってきた猫たちを受け止めようとするも、バランスを崩され、倒されてしまう。
 私は慌てて駆け寄って、傘を拾い上げてフランを日光から守ってあげる。

「フラン、大丈夫?」

 倒れたまま、胸にたくさんの猫を抱くフランへと聞く。ほとんどの猫は、フランに乗ることができず、フランの出来るだけ近くにいようとしたり、近寄るのを諦めているのさえいる。
 相変わらず、フランは猫に人気だ。

「うん、大丈夫――ひあっ! そこは、入っちゃダメ!」

 不意に、フランが声を上げる。フランが、右手でスカートを押さえようとするのが見えたから、何が起きたのかはすぐに分かった。
 私は、フランに「ちょっと、ごめん」と断ると、日傘をフランの顔を守る位置に置いて、フランの足元にしゃがみこむ。
 そして、フランのスカートの中に潜り込もうとしていたぶち猫の首根っこを掴んで持ち上げる。

「あ、ありがと、こいし」
「いいのいいの」

 空いてる方の手をひらひら、と振る。気にするな、という合図だ。

「それよりも、ダメだよ。人のスカートの中になんて入っちゃ」

 ぶち猫を顔の前まで持ち上げて、そう言う。けど、その猫は自分には無関係だとばかりに欠伸をしている。自分が何をしようとしてたかなんて、もう忘れてしまったんじゃないだろうか、って思ってしまう。
 まあ、引っ掻いたり噛んだりしないだけましか、と思うことにした。

「ね、ねえ、こいし」
「ん? なに?」

 フランに呼ばれて、ぶち猫から意識を移す。フランは、まだ横になったままだ。日傘はフランの頭しか守ってないけど、私の今立っている位置は、ちょうどフランへと当たる陽を遮るような位置となっている。

「起きるの、手伝って」

 猫の何匹かが横になったフランをよじ登り始めていて、少しずつ猫の中に埋もれていっている。そんな中で、フランが困ったような表情を浮かべている。

「そのまま起きればいいんじゃないの?」
「でも、そんなことしたら、振り落とした猫たちが可哀想だし……」

 うーむ。猫は、結構高いところから落ちても大丈夫なんだけどなぁ。まあ、そんなことを聞いて、フランが振り落とすことを容認できるとは思わない。フランは、優しいから。

「よし、わかった。今から、なんとか救い出してあげるよ」

 この数の猫を相手にしたら、どれくらい掛かるかな、なんて思いながら作業を開始した。





 フランの周りも、私の周りも猫だらけ。私もフランも地面の上に座っている。
 フランは幸せそうな笑みを浮かべながら猫たちを撫でてあげている。そんなフランを眺めながら、私も何匹かの猫を撫でている。

 フランを猫の中から掘り出すのには、かなり苦労した。皆、どけてもどけてもフランから離れないのだ。フランから離れさせても、すぐにフランの方を目指して行ってしまう。
 けど、フランに乗っかる猫をどける作業を続けてるうちに、私の方に興味を示した猫もいた。そういうのは、フランから離した後、私の足元に纏わりつくようになって、次第にフランへと近づく猫も減っていった。

 そうして、ようやくフランは上体を起こすことができたのだ。フランが上体を起こしたときは、お互いにやれやれ、とため息をついた。

 そして、今もまだ、私の方にいる猫よりも、フランの方にいる猫の方が多い。
 吸血鬼としての能力の一つなんだろうか、それとも、フランの纏う雰囲気が猫を惹きつけた? なんとなくだけど、私は後者だと思ってる。
 ま、どっちでもいいんだけど。フランが嬉しそうに猫の頭を撫でてるんだから、理由を考える必要なんてない。
 そう、思った時だった、

「こらー! 人の猫を勝手にたぶらかすなー!」

 突然、女の子の甲高い声が聞こえてきた。それにフランと猫たちとが驚く。フランは、身体を震わせ、猫たちは蜘蛛の子のように散って行った。

「ふんっ。堂々と侵入してくるなんていい度胸ね!」

 声のした方を見てみたら、こちらへと人差し指を突きつける黒猫がいた。さっきまで、私たちが撫でていたような猫ではなく、お燐のように人型となった猫だ。頭に黒い耳、後ろでは二本の黒い尻尾が揺れているのが見える。
 見かけは、私たちよりも少し幼いくらい。と言っても、妖怪だからなんの参考にもなりはしないけど。
 服はフランが着ているものに似ていた。色はオレンジ色で、リボンが薄紅色ではあったけど。
 その子は、怒ったように私たちを見ている。理由はさっき彼女が口にした通りだろう。

「いや、私たちは猫を取ろうとしたわけじゃないんだけど――」
「取ろうとするやつに限ってそう言うわ!」

 なるほど、とは思ったけど、表立って同意することは出来ない。何処に望んで自らの首を絞める者がいるだろうか。
 けど、だからと言って何も言い返さないわけにもいかず、さて何か良い方法はないか、と思考を巡らす暇もなく、

「私の猫たちは渡さない! どっちがこの子たちの主に相応しいか、勝負!」

 黒猫の子が、スペルカードをかざして突っ込んできた。
 赤と青の弾幕と共にこちらへ向かってくる!

 私は、とにかくフランを守ろう、と思い立ち上り、スペルカードをかざして、弾幕を展開させる。

 そして、薔薇の弾幕が彼女の方を目指して飛んで行く。向こうの弾幕強度に勝てるかは分からないけど、フランだけは守らないと!
 けど、そんなことを考えていたのは私だけではなかったようだ。

 薔薇の弾幕に混ざり合うようにして、七色の弾幕が真っ直ぐと飛んで行く。時々、私の薔薇にぶつかっては、自身の勢いを全く殺すことなく消滅させている。それは、私とその弾を放った者の間に決定的な実力差があることの表れだった。

 それが誰なのかは知っている。だって、あの七色の弾幕は一度だけ見たことがあるから。

 どうやら、フランも咄嗟に弾幕を展開させたようだ。

 薔薇と七色の弾幕が黒猫の子の赤と青の弾幕を食い潰していく。黒猫の子の表情に焦りが生まれる。
 あー、と思ったときには既に遅くて、黒猫の子は被弾してしまっていた。運のいいことに、当たったのはフランの弾幕によって半数は消されていた私の薔薇の弾だった。少し痛そうだったけど、大事には至ってないようだ。
 フランの弾に当たってたら吹っ飛ばされてただろうなぁ、とチルノと弾幕ごっこをした時のことを思い出す。

「二人同時なんて卑怯だ!」

 私とフランがほとんど同時に、弾幕を消したとき、ちょっと涙声でそう言われた。

「ごめん」
「ごめんなさい」

 同時に謝る私たち。でも、よく考えたら突然襲い掛かってきた彼女の方が悪い気がしないでもない。
 でも、涙目で睨まれるとそんなことも言えなかった。なんとなくだけど、そのことを指摘したら泣き出しそうな気がした。

「そっちの変な羽のほうっ! まずは、お前と勝負だ!」

 びしぃっ、とフランの方へと指を突きつける。

「わ、私?」

 それに対して、フランは少したじろぎながらも、きょとん、としたような表情を浮かべて自身を指差して首を傾げる。突然の指名に、疑問を感じているようだ。
 私はなんでフランが選ばれたのか、分かったような気がしたけど。

「そうよ! だって、お前の方が猫たちに懐かれてたみたいだから!」

 うん、思ったとおりの理由だった。彼女は、猫たちを取るな、と言っていたし、猫たちにフランの方が気に入られていたのは自明だった。猫の波に飲まれてしまうくらいだし。

「フラン、大丈夫? あんまり、こういうのは好きじゃないんでしょ?」

 黒猫の子のさっきの弾幕を見る限りでは負けることはないだろう。けど、フランはこういうことはあんまり好きじゃない。だから、あんまりやらせたくない、っていうのがある。
 私は得意じゃないけど、好きじゃない、って言うフランにやらせるよりはいくらかましだ、と思っていた。

「うん、大丈夫。得意じゃない。って言うこいしにさせるわけにもいかないから」

 そう言って、フランは微笑む。いつもより少し格好いい雰囲気がある。それに、数秒私は見惚れてしまう。

「受けて立つよ」

 私が見惚れている間に、黒猫の子の方へと向いてそう言っていた。

 ……それにしても、フランも私と似たようなことを考えてるなんて。私たちも、相変わらずだなぁ。
 大抵こういう場面では、私の方が守られてしまってるから、今日くらいは、って思ったのに。それに、フランは私が守る、って決めてたはずなのになぁ。

「手加減はしないよ!」

 先ほどと同じように黒猫の子がスペルカードを構える。さっきは良く見てなかったけど、四枚あるようだ。フランも同じようにして四枚のカードを構える。

「フラン、頑張って!」

 既に向かって行ってしまったフランを止める理由なんてない。なら、私は応援に徹するだけだ。

「うん!」

 フランは力強く、そして、頼もしく頷き返してくれた。

 と、足に柔らかい何かが触れたので、そちらを見てみる。さっき散っていった猫たちが戻ってきていた。
 この子たちは、どっちを応援してるんだろうか。

 弾幕を展開させ始めた二人を見てそう思うのだった。





 結果だけ言うと、フランの圧勝だった。

 一度も被弾することはなく、避けている様子はまるで踊っているようだった。それに見惚れていたせいで、流れ弾に当たりかけたのは秘密だ。
 弾幕も力で圧倒するようなものではなく、緻密に計算して展開されたものだった。
 以前、チルノと弾幕ごっこをした時とは、大違いだった。まあ、あの時は二人ともあまり冷静じゃなかった、っていうのがあるんだろうけど。

「ねえ――」
「同情なんていらないわよ!」

 フランに負けてから私たちに背を向けて、廃屋の壁を見つめていた黒猫の子に話しかけようとしたら、睨みながらそう言われた。尻尾がぴんっ、と立って毛が逆立っていて、怒りを表している。
 追い詰められた猫が必死に抵抗してる、っていう感じでもある。

「いや、そうじゃなくて、私たちは貴女の猫を取るつもりなんてないよ、っていうの言いたいんだけど」
「そんなこと言って、現に取ってるじゃない!」

 黒猫の子は涙目になっていた。それに、そう言われるとちょっと弱い。
 取ってるつもりはないんだけど、今猫たちは皆、フランの周りに集まっている。どうやら、フランの力を見て、なんとなく懐いてたのが、慕うようにすらなってしまったようだ。動物は力を見せ付けられると靡きやすいのだ。
 そして、今の状況。私たちがどう思っていようとも、取ってるように見えるのは仕方ないことだろう。

「そもそも、何でお前たちは私には懐かないのに、初対面のやつらには懐くんだよ!」

 矛先が、私たちから猫たちの方へと変わった。反論するためか、抗議するためか猫たちが鳴き声をあげ始める。人語しか分からない私には何を言ってるかわからない。それは多分、フランも同じ。
 けど、化け猫らしい黒猫の子には分かるようだ。さっきまでの怒りの雰囲気はなくなり、再び壁へと顔を向けてしまう。最初以上に暗い雰囲気を纏っている。

 そんな黒猫の子の様子を見て、私たちは顔を見合わせてしまう。困ったなぁ、とか、どうしようか、とか思いながら。

「……あ、そうだ。私たちで、ネコたちにあの子と仲良くするように言えばいいんじゃないかな?」
「そんなので、懐かれても嬉しくない……」

 フランの言葉にそんな反応を返す。かなり拗ねたような口調だった。相当機嫌が悪いようだ。

「で、でも、仲がいい方が絶対にいいよ」
「……どうせその子たち、私の話さえも聞いてくれないし」

 フランの言葉に先ほどまでよりは棘のない言葉を返す。けど代わりに、指で地面をほじくったりして陰気臭さが前面に出てきている。猫たちの言葉が相当堪えたようだ。
 フランはそんな反応を見て、困っているようだ。私もどうすればいいのかわからない。

「……ねえ、こいし。手伝って」

 しばしの沈黙の後、不意に、いつもよりも強い口調でフランが声をかけてくる。猫が関わってるからだろうか。好きなものが関わったときのフランは、押しが強くなる。

「うん、いいよ。でも、何をするつもりなの?」

 私は、フランに対して出来ることは、なんでもするつもりだ。
 でも、確認は取っておきたい。フランが無茶なことを頼むとは思わないけど。

「なんで、この子たちが、あの子に懐かないのか聞き出して、どうにかしてあげようと思うんだ」
「そういうことなら、喜んで協力するよ」

 実際、私がどれだけのことを聞き出せるかはわからない。けど、出来る限りのことをするつもりだ。

「うん、ありがと。じゃあ、ちょっと待っててね」

 そう言うや否や、フランは私に聞こえるか聞こえないかの声で何事かを囁き始める。それは、魔法の準備。いつだったか、パチュリーが暴走させた魔法だろう。
 猫の言葉を理解出来るようにする魔法。魔力を込めすぎると、猫の姿へと近づいていくそんな魔法。フランがパチュリーに魔法を教えてもらっているときに、横でそんなことを聞いていた。

 魔法の効果を思い出していると、辺りが白い光に包まれる。
 そして、聞こえてくる声。ざわめき。

「なにごとっ?!」「今のなにっ?」「よくわかんないけど」「あぶないかも!」「みんなにげろー!」「にゃー!」

 どうやら、今の光に驚いて皆パニック状態に陥っているようだ。光が消えて、視界を取り戻したとき、逃げ出しているのとか、足元でわたわたしてるのとかが見えた。

「み、皆! 落ち着いて! 大丈夫、大丈夫だから!」

 フランが必死にそうやって声をかけてるけど、猫たちの焦っている様子がフランにも伝わったのか、フラン自身もあまり平静そうではない。羽と一緒に、尻尾や耳が忙しなく動いてる。

 んー?
 フランの姿を確認しながら、私は頭に触れてみた。
 いつも被っている帽子は少し浮いていて、帽子の中に手を突っ込んでみると、髪の毛とは違った感触のものに触れる。どうやら、私にも尻尾と耳が生えてきてしまってるようだ。
 フランは魔力を抑えずに使ったようだ。失敗、じゃなくて意図的に、かな。あの時の姿、かなり気に入ってたみたいだし。

 まあ、そんなことよりも、だ。今は、パニック状態の猫たちを落ち着かせてあげないと。黒猫の子も私たちを見て、驚いてるみたいだけど、暴れたりはしてないから後でいいや。

 そう思って、私は手近な一匹を抱いて落ち着かせようと試みたのだった。





 大した苦労はせず、猫たちを落ち着かせることが出来た。フランが、落ち着くと皆、すぐに静まってくれた。今ここにいる猫たちは、フランを中心に動いていると言っても過言ではない。

 ちなみに、今、私たちはあの黒猫の子から離れた場所にいる。壊れた民家が壁になって、あの子の姿は見えない。
 自分の嫌いな部分なんて、聞かされたくないだろうから移動してきたのだ。でも、こんなふうに陰に移動したら、陰口を言ってるみたいに思われるかもしれない。直接悪口を聞かされるよりはましなんだろうけど、どちらにしろ、あの子には嫌な思いをさせてしまっている。

「ねえ、皆、なんであの子と仲良くしてあげないの?」

 フランが猫たちの中心に立ってそう聞く。猫にしては、皆かなり大人しくしている。
 けど、フランの質問を聞いた途端に騒がしくなる。皆が思い思いに口を開いている。

「わがまま!」「よわいのに」「えらそー!」「命令ばっか」「それに、すぐ怒る!」「そー」「そーそー」

 皆の意見を統括すると、自分勝手なのが嫌、というところだろうか。私たちの話を聞いてさえくれれば、結構簡単に解決出来そうな気がする。聞いてくれれば、だけど。

「でも、きらきら羽の人と」「大きな目玉の人は」「やさしいよねー」「ねー」「ねえ、ぼくたちのご主人様になってー」「なってー」

 なってーなってー、と大合唱を始める。猫たちの突然の一致団結っぷりにフランがどうしていいのか分からなくなったようで、慌て始める。尻尾と羽が落ち着きなく揺れている。
 皆、フランの言うことを素直に聞くみたいだから、最後まで見てるだけにしようかと思ったけど、助けが必要なようだ。

「はいはい、ストップストップ」

 手を叩きながら、猫たちへと話しかける。音に反応したのか、私の声に反応したのかはわからないけど、皆黙って私の方を見てくれる。
 お燐が時々こうしているのを見ていたから、真似してみただけだけど、上手くいったようだ。

「悪いけど、私たちはあなたたちの飼い主にはなれないんだ」
「えー」「なんでー」「ぼくたちがたくさんいるからー?」

 私の言葉に猫たちがざわざわと騒ぎ始める。こっちが一言口にするたびに騒がしくなるから少々面倒くさい。

「はいはい、静かに!」

 もう一度、手を叩きながら指示を出す。それと同時に皆静かになる。本当に効果覿面だなぁ。

「私たちは、あの黒猫の子と仲良くしてあげて欲しい、って思ってるんだ」
「うん、私からもお願い。あの子と、仲良くしてあげて」

 フランが頭を下げて、猫たちがざわざわとしてくる。といっても、さっきみたいに、言いたいことを言ってる、というよりはお互いに話し合っているようだ。まとまりがないんだかあるんだか。

「わかったー」「仲良くする」「でも、橙が命令ばっかりしたら知らないよ」「しらないよー」

 どうやら、意見はまとまったようだ。あとは、あの子に、もう少し優しくしてあげた方がいいよ、と助言を与えるだけだ。聞いてくれるかどうかはわかんないけど。

「皆、ありがと」

 フランの笑顔に猫たちは、口々にどういたしましてー、と言った。意外と礼儀正しい猫たちだな、って思った。





 あの後、黒猫の子に話をしようと思ったけど、元いた場所にいなかった。
 一応、廃村の中を探してみたけど、いなかった。帰ってしまったのだろう。私たちは諦めて、そこで帰ることにした。

 そして、翌日である今日。私たちは再びあの廃村を目指していた。また、猫たちと会話をする必要があるかもしれない、ということで、私もフランも猫の耳と尻尾を揺らしている。
 慣れてきたのか、あまり抵抗感はない。

「あ、いた」

 廃村の中に、黒猫の子を見つけて私たちは同時に声をあげる。いなかったらどうしようか、と思ってたから、とにかく一安心。廃村へと向かう足が少しばかり速まる。
 そういえば、猫たちが彼女の名前を言ってたけど、確か橙、だったかな。

 橙は、猫たちの中心にいて魚をあげていた。毎日、食べ物をあげてるなら少しくらい懐いてても良さそうなものだけど、猫たちは橙の手から魚を掻っ攫うとすぐに離れて行っていた。
 それに対して橙は怒っているようだ。猫たちはそんな橙を見て逃げていく。最初の頃のやり方が悪くて、悪循環が起きてしまったのかもしれない。

「あ、フランとこいしだ!」「ほんとだ!」「今日も来たんだ」「こんにちは」「こんにちはー」

 私たちに気付いた猫たちがこっちに向かってくる。昨日、出会い頭に押し倒されたのを思い出したのか、身構える。けど、猫たちがフランに飛び掛ることはなかった。皆、フランの前で大人しくなる。
 それを、見てフランが小さく息をつく。そういえば、昨日は、フランの「おいで」、っていう言葉が引き金になってた気がする。なら、フランが注意してれば、同じようなことが起きるような心配はないのかな?

 と、強い視線を感じる。橙の方を見てみると、私たちを睨んでいるのが見えた。うーん、嫌われてるみたいだなぁ。まあ、猫たちを取ってるように見えるんだから仕方ないか。

「今日は、貴女に猫の懐かせ方を教えに来たんだ」
「……」

 睨み続行中。尻尾も不機嫌そうに揺れている。でも、気にしない。一応、聞く気はあるみたいだから。それに、気にしすぎると次に言う事が言いにくい。

「まずは、そうだね。どんなことも、強制しないってことかな。猫って言うのは気紛れだからね。あんまり命令ばっかりしてると、嫌われちゃうよ」
「……」

 いまだに私を睨んでる。背後では猫たちが、私やフランに構われたがっている。出来れば静かにしてて欲しいんだけど、仕方ないか。さっき自分で言ったけど、彼らは気紛れなんだから。

「後は、出来るだけ同じ視線に立ってあげるってことかな。そんなことしたら、舐められる、と思うかもしれないけど、そうでもないよ。お姉ちゃん――は、わかんないか。フランを見れば分かると思うけど、ちょっと腰が引けてるくらいでも、ちゃんと接してあげてれば、あんなに慕ってもらえるんだよ」
「……それは、私の接し方が悪い、ってこと?」

 今日になって、初めて口を開いてくれた。聞き流したりはしてないようだ。それを、ちゃんと受け止めてくれているかどうかは分からないけど。

「まあ、そう言うことだね」

 橙の言葉に頷くと睨みがきつくなった。これ以上、嫌味っぽいことを言っていたら怒って、昨日のように飛び掛ってきそうだ。それでも、ペットを飼っている者として、これくらいはちゃんと言っておきたかった。それに、こういうことを言うのはさっきので最後だ。
 今までのは、どういう気持ちで接するか、ですぐに実行するのは難しいものだ。だから、次はすぐにでも実行できる助言を。

「それで、ここからが本題。気持ちの持ちようをすぐに変えるのは難しいと思うから、とっておきの方法を二つ、教えてあげるよ」

 お? 耳が動いた?
 一応、興味を持ってくれてるみたいだ。私の力が無意識のうちに働いてる可能性もないことはないだろうけど、まあ、それはそれでいいや。

「一つ目は、一度にたくさんの猫を相手にするんじゃなくて、一匹ずつ相手にしてあげること。そうしたら、ちゃんと話が聞けるはずだよ。出来るだけ、向こうの言ってることを叶えてあげれば、自然と懐いてくれるよ」

 私はそう言いながら、足元にいた三毛猫を抱き上げる。無意識の力を使ってるから、まだこの子は私に持ち上げられたことに気付いてないはずだ。

「で、二つ目は、頭を撫でて、耳の周りをゆっくり優しく撫でてあげること。こうすれば、簡単に落ち着いてくれるから、すぐに慣れてくれると思うよ。というわけで、はい。まずは、この子と仲良くなって見ればいいと思うよ」
「え? うん。って、あれっ?」

 橙は、私から猫を受け取ると、不可解なことが起きた、とでも言うように慌て始める。私たちが見てたら、素直に出来ないだろうから私の力を使わせてもらった。

「え? なんで? あれ?」
「なにごとー? ここどこー」

 慌てる橙とマイペースにじたばたと暴れる猫の対比が妙に可笑しかった。けど、笑い出しそうになるのを堪えて、私は橙へと最後の助言を送る。

「ほら、慌ててないで、頭を撫でてあげないと。ゆっくり、優しくだよ」
「ゆっくり……、優しく……」

 私の言葉を反芻するように呟きながら、三毛猫の頭へと触れる。

「そうそう。そのまま、優しく、撫でてあげて」

 私はゆっくりと、子供を諭すように言う。早く捲くし立てるように話すよりも、こうやってゆっくり、一言一言噛み締めるように話したほうが、従ってくれやすくなるのだ。

「……ふに〜」

 やがて、三毛猫の口から気の抜けたような声が漏れてきた。

「うんうん、その調子その調子」

 たったそれだけの光景が、なんだか我が事のように嬉しくなる。お互いに自己紹介さえしてない関係なのに。
 ……あー、そうだ。自己紹介しないと。でも、今そんなことをするのは気後れする。折角いい雰囲気になってきてるのだ、後にしよう。

「……じゃあ、後は一人でも大丈夫だよね。私たちは近くにいるから、困ったことがあったら呼んでよ」
「え? あ、うん」

 完全にこっちのペースにのまれててくれたからか、返事はかなり素直なものだった。私が離れると、すぐに猫の頭を撫で始める。
 フランが初めて猫に触れたときのようにおっかなびっくりだ。一度もああいうふうに触れたことがなかったのかもしれない。

「こいし、お疲れ様」

 フランの傍へと戻ると、そう言われた。ずっと橙の方を見てたから気付かなかったけど、フランは地面に直接座っていた。そして、その周りは猫だらけになっている。まあ、昨日と同じ状況なんだけど。

「ん、ありがと。まあ、でも、思ったよりも素直な子だったから、そんなに苦労はしなかったけどね」

 そう言いながら、私はフランへと近寄れなかったらしい白と黒の毛の子猫を抱き上げて、出来るだけフランの傍に座る。間に猫が一杯いるから、後、二人は座れそうなくらいの距離が開いている。
 子猫は突然のことに驚いて、足をばたばたとさせて抗議の声をあげる。けど、頭を撫でてあげるとすぐに静かになった。とても心地良さそうな顔をしてる。
 耳の付け根に優しく触れてやると、小さく声が漏れてきた。目も細められてて、なんだかすごく眠そうだ。

「こいし、猫を落ち着かせるの、得意なんだね」
「まあ、うちにはペットがたくさんいるからねぇ。自然に慣れちゃったんだ。それでも、フランほどじゃないけどね」

 フランに寄り添ったり、抱かれたりしてくつろいでいる猫たちを見ながらそう思う。たくさん猫がいる中に入っていって、受け入れてもらうのは簡単なことじゃない。私でも、ここで一人で来たら、懐いてくれるのは一匹とか二匹とか、そのくらいだったと思う。

「私、何もしてないんだけどね」

 そう言いながら、小さく微笑む。周りに猫がいることが嬉しいのか、羽はぱたぱた、と尻尾はゆらゆら、と揺れている。

「多分、フランの優しい気質のおかげだろうね。皆、フランの傍にいれば落ち着けるから近寄ってくるんだよ」

 私だってそうだ。フランの隣にいると、すごく落ち着くことが出来る。かといって、それだけがフランと一緒にいる、っていう理由でもないけど。

「そう、かな?」

 恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。けど、羽や尻尾の揺れが少し大きくなって、喜んでくれてる、っていうのも伝わってくる。

「うん、そうだよ」
「そっか……。ありがと」

 私が笑顔を浮かべてそう言うと、フランも笑顔を返してくれた。この笑顔を見たいのも、フランと一緒にいる理由の一つ。ま、理由はまだまだあるけどね。

 それから、私たちは無言で猫たちの相手をしていた。周りにいたのを適当に相手していたから、どれの相手をして、どれの相手をしてないのかは全く把握してなかった。猫たち自身も気にしてないみたいだけど。

「……ねえ、こいし。あの子、ちゃんとこの子たちと、仲良くなれるよね?」

 茶色い毛の猫を抱いて、頭を撫でていると、不意に、フランが声をかけてきた。フランの方を見てみるけど、私の顔は見てない。
 見ているのは、三毛猫を抱いている橙の方だった。猫好きなフランとしては、どんな人も猫と仲良くしていて欲しいんだと思う。だから、こういうことを聞いてきたのかな。

「うん、あの様子なら大丈夫だと思うよ」

 猫を撫でることにも慣れてきたみたいで、表情の硬さも和らいでちょっとだけだけど、笑みも浮かんできている。そんな、橙の雰囲気の変化を感じ取ったのか、少ないけど何匹かの猫も彼女の方へと近寄っていた。

 昨日は、どうなるかと思ったけど、上手くいったようでよかった。これでもう心残りはなくなった。


◆Chen's Side


 日が暮れて、私に猫の懐かせ方を教えてくれたお節介焼きたちは帰った。去り際に、自己紹介をしたけど、変な羽の方がフランドールで、変な目玉の方がこいしというらしい。

 今、私の腕の中には安心しきった寝顔を見せる三毛猫が一匹。今までこれほど近くに、しかも長い間、猫といられたことなんてない。
 頭を、耳の付け根を撫でただけで、こんなにも大人しくなるなんて知らなかった。優しく接してあげることで、皆が寄ってくるなんて知らなかった。

 でも、と思う。よくよく考えてみれば、藍様と紫様もそんなふうに、接してくれていた。藍様は厳しい所もあるけど、基本的には優しい。紫様は、会う度に頭を撫でてくれて、安心することが出来る。
 こんなにも近くに、皆を懐かせる方法があったのに私は気付いてなかったのだ。
 そんなことに気付いて、私は落ち込んでしまう。自分自身の未熟さに、嫌気がさしてしまう。

「はあ……」

 そうして、気が付けば溜め息が漏れてきていた。

「……ん〜、どうしたのー?」

 私の溜め息に反応したのか、私の抱いていた猫が目を覚ます。大きな欠伸をしている。

「何でもないよ」

 暢気な姿に思わず苦笑が漏れてしまう。それから、頭を撫でてあげる。

「ふに〜……。橙、優しくなったねー」
「そ、そう?」

 心地よさ気な声で放たれるその言葉に嘘は含まれていない感じがする。だから、嬉しかった。そして、驚いた。ちょっと接し方を変えるだけで、こんなふうに思ってくれるなんて。

「……お腹すいたー」
「……」

 全くもって、マイペースなものだ。さっきまで、私を褒めてたのに、もう自分のことしか頭にないなんて。
 こっちが無駄に厳しく当たってたのが、馬鹿馬鹿しくなってくる。

「じゃあ、私のおうちに来る?」
「うん、行くー」

 三毛猫が頷くのを見て、私は藍様が暖かい食事を作って待ってるおうちへと、駆け出した。


Fin



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