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 地霊殿裏庭の動物たちの墓地。いくつもの墓が立っているにも関わらず、そこにおどろおどろしい雰囲気はない。それは上に開けられた大穴から降り注ぐ陽の光と、無数の花が自生しているおかげだろう。ただ、静かで穏やかな空気が流れている。

 そんな墓地の中。紫苑が比較的多く生えた一角にある墓の前に吸血鬼の少女が膝をついて目を閉じていた。地底の中を吹き続ける風が、金色の髪を、紅色の服を、七色の羽を揺らす。
 墓に刻まれた『劉』という文字。それは、生前、フランの友達のヒトリであった、とある老猫の名だ。

 出会ったときは、元気な様子だったが、一ヶ月と少しが経って別れはやってきてしまった。あの時のことは決して忘れない、忘れられない。
 それは、初めて友達と別れた時であり、初めて寿命というものを突きつけられた時だったから。

 フランは閉じていた瞳を開き、劉の墓を見つめる。

「お劉、私、まだまだ、好きな誰かが死ぬ時、笑ってあげられる自信なんてないけど、出来ることは全部やり遂げたいと思うわ」

 それは、好きな誰かと一緒に居続けること。別れを恐れず、別れた後、絶対に後悔をしないように、と。

「……じゃあ、お劉、また、来るね」

 墓へと向けて小さく告げた。寂しさの同居した微笑みを浮かべている。
 それから、フランはゆっくりと立ち上がる。そして、振り返るとそこには、

「フランお嬢様、もう、よろしいのですか?」

 姉の従者にして紅魔館の雑務全般を担当している咲夜が立っていた。

「咲夜?なんでここに?」

 気配もなく背後に立っていた咲夜に驚くことなく尋ねる。

「博霊神社で大宴会を開く、っていうのを聞きましたのでフランお嬢様と地霊殿の皆さんにも、と思って来たんですよ。フランお嬢様も参加なされますよね?」

 連日のように博霊神社で開かれる宴会だが、時折、各地の妖怪たちに招待がかかるような宴会が開かれることがある。それは大体、季節の節目だったりする。
 今回は先日、人間の里で開かれた秋祭りの妖怪版のようなものだ。多くの妖怪が集まるので宴会、というよりは祭に近いものになる。ここぞとばかりに出店を開いたりするモノも出てくるくらいだ。

「え?いいの?」

 一度もレミリアに誘われたことがなかったので宴会には行ってはダメだと勝手に思い込んでいた。だから、咲夜の言葉は意外だった。

「はい。ちゃんとレミリアお嬢様の許可も出ていますよ」
「うん、参加する!魔理沙も、いるのよね?」

 嬉しそうに頷いて、それから首を傾げる。

「さあ、それは存じませんが、大宴会で魔理沙が顔を出さなかったことはないので来るのではないでしょうか」
「そっか……、そっか……っ!魔理沙もいるんだねっ!」

 フランの瞳が期待の色で輝く。七色の羽がぱたぱたと揺れ、フラン自身もその場で飛び跳ねてしまいそうなくらいの気持ちの高ぶりようだ。

「絶対にそうであるわけではないんですけど。……って、もう聞こえてないようですね。まあ、いなかったら私が無理やり連れてくればいいことですわ」

 未だに羽をぱたぱたと揺らすフランを見ながら咲夜はそんなことを呟く。人一人を連れてくることくらい彼女にとっては造作のないことだ。

「さっくやー!」

 と、不意に元気な声が聞こえてくる。それと同時に、咲夜は誰かに抱きつかれた。この地霊殿においてそんなことをするのはヒトリしかいない。

「お姉ちゃんから聞いたよ。今日、宴会があるんだってね。咲夜、私との約束覚えてる?」

 いつものように黒い帽子を被ったこいしが咲夜に抱きついたまま見上げる。

「ええ、覚えてるからこそこうしてあなたたちの所に宴会のことを知らせに来たのよ。私たちは日の沈んだ頃に出発するから、その頃に紅魔館に来なさい」
「わかった。……でも、やっぱり、あの意地悪な吸血鬼もいるんだよね?」

 意地悪な吸血鬼、というのはレミリアのことだ。最初の出会いが悪かったせいで、両者ともにお互いのことを嫌ってしまっている。

「ええ、当然。でも、今日はフランお嬢様もご一緒してるからレミリアお嬢様もそんなにあなたのことを気にしないんじゃないかしら」
「むー、そうかな?」

 こいしはレミリアと一緒にいること自体が嫌なようだ。

「お姉様とこいしの間に何かあったの?」

 フランが不思議そうに首を傾げる。フランは、レミリアとこいしとの間にある確執を知らない。

「お嬢様とこいしが会った時にちょっとトラブルがあったんです。こいしが自分勝手な行動をして、偶々虫の居所が悪かったお嬢様がこいしを怒鳴って、そのまま、お互いにお互いを嫌うようになってしまった。ただ、それだけのことですわ。要するに、お互い様なわけですが」
「む、確かに、私も悪いけど、何も怒鳴ることなんてないじゃん」

 一応こいしは自分の非を認めているらしい。けど、相手が意固地になっているので自分も意固地になっているようだ。非常に子供っぽい。

「……お姉様、そんな小さいことにこだわるような性格だったのね」
「無駄に自尊心の高いお方ですからね。そう簡単に自分の非を認めることが出来ないのでしょう。……ああ、そうです。フランお嬢様一つ頼まれごとを受けてはくださらないでしょうか」
「え?なに?」

 咲夜に何かを頼まれる、というのが初めてなのでフランは少し緊張する。何を頼まれるのだろうか、と。

「レミリアお嬢様にこいしと仲直りするように言って欲しいのです。こいしが来るたびにお嬢様の機嫌が悪くなられてはかないませんからね」
「そんなことでいいの?」

 思ったよりも簡単なことで拍子抜けをする。

「はい。あのレミリアお嬢様もフランお嬢様の言葉なら聞いてくださるでしょうから」
「ふーん?」

 いまいち納得できないようである。他者の願いも命令も聞かないという印象が先行してしまっているからだろう。

「とりあえず、お願いしますね」
「うん、わかったわ」

 納得は出来なかったが、レミリアとこいしの仲がよくない、というのは嫌なのだろう。フランは、快く引き受ける。

「あと、こいし。お嬢様がお謝りになられた時、あなたもちゃんと謝るのよ」
「むぅ、わかった。咲夜のお願いだし。でも、その代わり、私のペットになってちょうだい!」

 そう言いながらこいしは咲夜をぎゅっと抱きしめる。

「嫌よ。私が主だと認めるのはレミリアお嬢様、ただおヒトリだけよ」
「やっぱりダメかぁ。まあ、わかってたけど。……しょうがないから、咲夜のお願いは聞いてあげるけど、いつかはきっと私のペットになってね」
「そのいつかは、永久に来ることがないわ。残念だったわね」
「ま、それはそれでいいけどね。咲夜が私から逃げることなんてないし」

 こいしは咲夜へと笑みを浮かべる。そこには完全な信頼が混じっている。

「咲夜、完全にこいしに懐かれてるわね」

 一歩離れた所でフタリの会話を聞いていたフランが呟く。

「そうみたいですわねぇ。何かをした覚えもないのですが」

 どうでもいいような口調だったが、その声色は、ほんの少しだけ嬉しそうだった。



 パチュリーの私設魔法大図書館内。
 本棚の森の中、うろうろ歩き回る小さな紅い影が一つ。

「パチェー?」

 棚の向こう側を覗きながら図書館の主を愛称で呼ぶのは紅魔館主のレミリア。ただいま、友人を捜索中である。

「まったく、何処にいるのよ」

 ふう、と息をつく。いつもいる机にいないのを知って、パチュリーのことを探し始めてからまだそれほど時間は経っていない。

「広すぎる、ってのも考えものねぇ。どこもかしこも同じような景色だし」

 自分の館の広大さを棚に上げて、この図書館にだけ向けた発言をする。

「本の位置を把握すれば、どの棚もその姿を変えて目印となるのよ」

 そんなことを言いながらレミリアが次に向かおうとしてた本棚の陰からパチュリーが現れた。

「で?レミィ、何の用事?」

 レミリアの前に立つと、小さく首を傾げて聞く。

「うん、ちょっと、酔った時の対処法を調べたくてね」
「酔った時の?それなら、咲夜に聞いた方が早いんじゃない?」

 紅魔館の知識であるパチュリーだが、生活に関係するようなことは咲夜の方が詳しい。

「いや、今咲夜は出払ってるのよ。地底に行ってるフランと地霊殿の奴らに宴会のことを教えに行く、って言ってね」
「ふーん?まあ、知識だけなら私でも教えてあげれるけど」
「うん、じゃあ、よろしく。……でも、立って聞くのもだるいわね。座りましょうか」
「そうね」

 フタリは並んで机の方へと向かう。

「酔った時の対処法を教えてほしい、っていうのはフランの為?」
「そうよ?それがどうかした?」
「ん。レミィがそういうことを気にするなんて珍しいな、って思っただけよ」
「まあ、私はそう簡単に体調を崩したりはしないからね」
「ふふ」

 レミリアの言葉を聞いたパチュリーが小さく笑いを零す。

「何笑ってるのよ」
「いや、レミィもフランも同じ吸血鬼でしょう?それなのに、本気でフランのことを心配してるレミィが微笑ましくてつい、ね」
「……何よ、その小さい子供の成長を楽しんでる親みたいな言い方は」
「んん、単に意固地な友人が変わっていく姿を楽しんでるだけ。レミィの方が年上でしょう?」
「いや、まあ、確かにそうだけど」

 話しながらだらだらと歩いていたので今ようやく机の場所につく。
 レミリアとパチュリーはそのまま話を続けながら椅子を引き、腰掛ける。

「変わってきたわね、レミィもフランも」
「それを言うならパチェだってそうじゃない。以前の貴女はもっとつまらなさそうな顔をしてたわよ」

 一日中、本を読んで時には魔導書を書く。以前のパチュリーがしていたのはそれだけだ。趣味でやっていることだとしても変化がなければ飽きてしまう。
 だからこそ、つまらなさそうにしていたのだろう。
 そんな、つまらない日常に変化が訪れたのは、レミリアの引き起こした紅霧事変が解決された後。
 魔理沙が図書館に侵入し、本を持っていくようになってからそれの対処にも追われるようになった。厄介事であるはずなのにパチュリーはその対処が楽しい、と思っている。

「……そうかもしれないわね」

 自分の内に思いを馳せて頷く。

「レミィが異変を起こしたのはこういう変化があることを見込んで?」
「さあ、ね。……言えるのは、暇つぶしの為に始めた、ということだけね。それ以外の理由は忘れちゃったわ」

 とぼけたようにそう答える。パチュリーも友人のこういった態度に慣れているのか言及はしない。

「そんなことよりも、酔った時の対処法よ。早く教えてちょうだい」
「はいはい、わかってるわよ。そんなに長くかかるとは思わないけど、紅茶でも飲みながらにしましょうか。どうせ、夜までは暇なんでしょ?」
「うん、そうね」
「じゃあ、こあ!二人分の紅茶の用意を」

 パチュリーが彼女の使い魔的存在である小悪魔を呼ぶ。

「はいはいっ!承りましたっ!おフタリ分ですね!少々のお待ちを!」

 元気よく本の森の中から現れ、そのまま走り出していった。

「相変わらず元気ね、あの子は」

 走り去っていく小悪魔の背中を見ながら言う。

「ま、それだけが取り柄なのよ」
「ふーん」
「ちゃんと頼んだ仕事をしてくれるからなんでもいいんだけど。……それで、酔った時の対処法だったわね」
「そうそう。出来るだけフランが嫌がらないような方法がいいわ」
「それだったら―――」

 人差し指を立てて説明を始める。レミリアは真剣な眼差しをパチュリーへと向けて聞いていたのだった。



「お燐、楽しそうね。そんなに私と宴会に行けるのが嬉しいの?」
「当ったり前じゃないですか!……それにしても、どういう風の吹き回しですか?普段の宴会なら参加することなんてなかったのに。もしかして、さとり様って案外派手好きですか?」
「そんなことないわ。私は静かな方が好きよ。……そうね、こいしが行くのなら、私も行ってみよう、そんな感じよ。あの子が外でどんな様子なのかも気になるところだし」
「それじゃぁ、まるでストーカーみたいですよ」
「せめて保護者みたい、と言いなさい」

 さとりは苦笑いを浮かべて言う。

「実際、さとり様は保護者みたいなものですからねぇ。どうせなら、別の物に喩えた方がいいかな、と」
「……なら、何故わざわざ、そういう嫌な言い方をするのよ。娘の心配をする親みたい、という例えを何故引っ込めたのよ」

 燐の心に浮かんでいた言葉の中の一つを引っ張り出す。

「普段とは違った様子のさとり様を表現しようと思って。お祭りですから」
「お祭り、ねぇ。始まってもないじゃない」
「お祭りなんかの催し物は実際に始まる前が楽しいんですよ。その楽しさによる気分の高揚を理由にしたらなんでもやっていいような気がしませんか?」
「いえ、全然」

 きっぱりと燐の言葉を否定する。

「それは、お祭りの楽しみ方を分かっていない、って証拠ですねぇ。今日はこいし様の心配をするよりも、お祭りの楽しみ方を学んだ方がよさそうですね」
「私、お酒なんて飲めないんだけど」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫ですよ!宴会、って言ってもお酒だけじゃなくて色んな食べ物も持ち込まれてますからそれだけでも十分楽しめますよ。それに、あそこの空気に感化されれば、苦手だと思っていたお酒も自然と美味しく飲めちゃいますよ」
「明日辺り、諸々の症状と共に後悔しそうね」

 非常に冷静に後のことまで考えているさとり。

「それこそお祭りの醍醐味!後の祭り、なんて言葉がありますが、楽しまずに後悔するよりも、楽しんで後悔する方が何百倍も、何千倍もましですよ!」

 腕を振るいながら燐は力説をする。

「とりあえず、お燐がかなりのお祭り好きだ、ってのはわかったわ」
「じゃあ、あたいと一緒に飲んで騒ぎましょう!」
「……私と一緒に飲みたいからといって無理やり結論を出さないで」

 心を視ることが出来るので、どんなぶっ飛んだ答えでもそこに至るまでの過程がすぐにわかる。

「えー、嫌なんですか?あたいと一緒に飲むの」
「私が嫌だと思っていないと分かっていてそう言うことを言うのかしら?」
「わかってますよ。こいし様のことを放っておけないんですよね。それなら、お空に任せておけばいいんじゃないですか?」
「お空に?それこそ、心配じゃない?一緒に羽目を外しそうで」
「信用ないですね。まあ、あながち間違いでもないかもしれませんが」

 燐は地霊殿一派手好きな友人のことを思い浮かべながら答える。空が宴会に出て羽目を外さなかったことはない。

「大丈夫、大丈夫です!お祭り―――」
「―――お祭りだから何をやっても大丈夫、とか言うんじゃないでしょうね」

 燐が言い終える前に、さとりが口を開いた。燐は慣れているので動じた様子もない。

「おっと、流石さとり様ですね。その通り、その通りですよ!羽目を外してこそのお祭り、宴会!それ以外の何をそう呼べばいいでしょうか!」

 再び燐のテンションが絶頂を迎える。本当に主人であるさとりと宴会に行けることが嬉しいようだ。

「知るわけがないでしょう」

 対してさとりは冷静である。単に燐のハイテンションについていけないだけなのかもしれないが。

「ノリが悪いですねぇ。まあ、いいです。実際に向こうに行ったらさとり様もその場の雰囲気に当てられてきっと、羽目を外しちゃいますから」
「ないこともない、とも言い切れないのよね。……お燐、私がもしも羽目を外してたりしたらこいしのことは頼んだわよ」
「はいっ!お空ともどもこいし様のことはお任せください!ですから、さとり様は心置きなく羽目を外してもいいですよ」
「羽目は心置きなく外していいものじゃないでしょう……」

 燐のテンションに当てられて少し疲れたようなため息を吐くさとりであった。



 それぞれがそれぞれの想いを持って宴会へと臨む。
 あるモノは好きな誰かといたいと思い、あるモノは誰かの心配をして、あるモノはそんなモノ達を見守ろうとして―――
 多くのモノにとってはいつもよりも騒がしいというだけの宴会となる事だろう。
 けど、一部のモノ達にとっては特別なものとなる。
 初めてが、そこにあるのだから……。



 日が沈み、辺りの気温が下がり始める。吹いてくる風は涼しい、というより冷たい、というくらいだ。

 そんな夜の帳のころ、紅魔館の住人達が門の前に集合していた。

「え?私も付いて行っていいんですか?」

 素っ頓狂な美鈴の声はレミリアの宴会についてこないか、という誘いの言葉に対するものだった。

「ええ、パチェ達も付いてくることになったから、ついでに貴女も、と思ってね」
「私はついでですか……」

 美鈴は苦笑い漏らす。けれど、その苦味もすぐに消え、笑顔となる。

「でも、嬉しいです。是非とも付いていかせてもらいます。レミリアお嬢様、共に楽しみましょう」
「ええ、楽しい夜にしましょう」

 レミリアは美鈴へと微笑み返す。

「もしかして、美鈴も宴会に出るのって初めて?」

 フランが美鈴へと問い掛ける。

「はい、そうですね。フランドールお嬢様も今日が初めてなんですよね」
「うん、お揃いね、美鈴」
「ですね。フランドールお嬢様も今日の宴会を楽しみましょう」
「うん」

 フランと美鈴が同時に笑顔を浮かべる。

「咲夜ー、来たよ!」

 突然、元気な声が聞こえてくる。

「む……、来たわね」

 レミリアが露骨に顔をしかめる。

「うん、来たよ。咲夜に会いに来るためにね!」

 こいしが咲夜に抱きついて、レミリアへと挑戦的な表情を浮かべる。地霊殿で咲夜と、レミリアが謝ったら許す、という約束をしていたが、謝ってくるまではいつも通りの振る舞いをするつもりのようだ。

「……レミィがあんなに嫌がってるなんて珍しいわね」
「え?そうなんですか?我が侭なので嫌いなのなんていくらでも居ると思ってたんですが」
「まあ、それは間違ってないけど、レミィは基本的に嫌いなのは無視するわよ。で、あの、地霊殿の主の妹に対して嫌悪感をあらわにしてるのは、咲夜に関わってるからでしょね」

 そう言うパチュリーの視線の先ではレミリアと咲夜に抱きついたままのこいしが睨みあっている。
 その間にフランが立って、レミリアに対して何かを言っている。

「そうなんですか……。レミリア様って従者想いな方なんですね」
「そうね。レミィは自分の大切なモノは全力で護るわよ。今はフランのことで手一杯みたいだけど」

 パチュリーがまるで、遠くを見つめるような表情を浮かべる。過去に、何かあったのかもしれない。

 小悪魔はそんな自分の主のような存在の横顔を見つめる。

「パチュリー様は、そんなふうに私のことを全力で護ってくれますか?」

 小首を傾げて尋ねる。
 パチュリーはそれに対して目を閉じて呟くように答える。

「さあ、ね。そんなの、その時が実際に来てみないとわからないわ」

 それから、目を開きその顔に微笑を浮かべて小悪魔の方へと向ける。

「……でも、貴女のいない私の図書館なんて考えられないから、護ってはあげるんじゃないかしら?」
「パチュリー様……っ」

 パチュリーに微笑みを浮かべられて、小悪魔は嬉しそうに瞳を輝かせる。

「私もっ、私も、パチュリー様のことを全力で護らせていただきますっ!この身の全てを賭けてでもっ!」
「あ〜、はいはい、嬉しいけど、宴会に行く前のテンションじゃないわね」
「パチュリー様、ドライすぎです!私の愛が届かなかったんですかっ!」

 小悪魔が悲痛な表情を浮かべてパチュリーへと詰め寄る。色々と自分を抑えられなくなってきたようだ。

「……はあ」

 パチュリーはため息とともに苦笑いを浮かべるだけだった。いつもならここで魔法の一つでも使って小悪魔を諌めるところだが、今日は別にいいか、と思えてしまったのだ。

 今日は、何か特別になりそうな気がしたから。


「…………悪かったわね、こいし。今まで、怒鳴ったりして」

 フランに説得されてレミリアは渋々、といった様子でこいしに謝る。視線は明後日の方向を向いていて、こいしと顔を合わせようともしていない。

「しょうがない、許してあげよう」
「な、何よ!その態度は!」
「まあまあ、落ち着いてください、お嬢様」

 こいしの反応に激昂しかけたレミリアを咲夜が宥める。しかし、レミリアの様子を見てもこいしは特に動じた様子もない。

「まあ、うん、私も悪かったと思ってるよ。勝手な行動をしちゃって。……ごめんなさい」

 そう言ってこいしは頭を下げる。こいしがここまで素直に謝るのは珍しい。こうして謝ったのは咲夜に頼まれたからだろうか。
 レミリアは謝られると思っていなかったのか少しの間、驚いたような表情を浮かべて、

「……ふんっ、許してあげないこともないわ」

 そっぽを向いてそう言ったのだった。プライドが邪魔をして素直になれないようだ。

「これで、一応、一件落着、ですわね」
「え?いいの?こんなので」

 レミリアを説得してからはずっと成り行きを見ているだけだったフランは咲夜の言葉に驚いたようだった。フランからしてみれば、まだ解決したようには見えないのだろう。

「表面上、仲直りしていないように見えても、こうして謝りあえば、案外、次の日からは仲良くなっている物ですよ」
「私はあいつと仲良くなるつもりなんてないわ。ただ、対立してるのも面倒だから、一応、という形で許してやっただけよ」
「うん、私も仲良くなるつもりなんてないよ」

 我が侭なのと、自由気まますぎるのとで気が合わない、というのがお互いわかりきっているのかもしれない。

「あら、そうなんですか。まあ、喧嘩さえしなければ私はなんでもいいんですが」
「うーん?」

 他者との付き合い方をまだまだ勉強中なフランは首を傾げる。フランは、仲良くなるのが一番だろう、という考え方の持ち主なのだ。

「付き合いにも色々ある、ということですよ、フランドールお嬢様」

 フランの後ろから美鈴が話しかける。

「……難しいわね」
「まあ、そんなに深刻に考える必要もないと思いますけどね。付き合いの形なんて自然体で作り上げたものの方が長続きするんですから。……それよりも、咲夜さんに抱きついてるのは誰ですか?」
「地霊殿に住んでるこいしよ。古明地こいし。魔理沙をペットにしようとして地霊殿まで連れ帰ったのよ」

 そう言いながらフランは初めて外に出た時のことを思い出した。考えてみればあの出来事がなければ外に出ることもなかったのかもしれない。

「ああ、最近咲夜さんが妙なのに懐かれた、とか言ってましたが、あの子がそうなんですか」

 美鈴は興味深そうにこいしを眺めている。

「何回か館には来てると思うんだけど、見たことないの?」
「え?そうなんですか?見たことないですねぇ。近づくモノが居ればわかるはずなんですけど」

 不思議そうに首を傾げている。

 まあ、無理もないだろう。美鈴は誰かが近付いてくるのを気によって感じる。かなり高位の妖怪であっても美鈴に対して気を隠すことは不可能に近い。どんなに上手く気を隠したとしても、微弱に気は漏れているのだから。
 しかし、それに対して無意識状態のこいしは一切気を漏らしていない。だから、美鈴も気付くことが出来ないのだ。

「むむむ、こうしてみると、あの子の気、かなり希薄ですね。それが、原因でしょうか……」

 美鈴は誰に説明されるでもなくその事実に気付いた。流石、気を扱う程度の持ち主である。気に関して彼女の右に出るモノはないだろう。

「こんばんはー」

 と、不意に暢気な声が入ってきた。

「ルーミア?どうしたのよ?」

 フランは紅魔館の門に続く道にいるルーミアへと近づいていく。ルーミアがどう思っているかは知らないがフランは友達だと思っている。

「んー?フランたちと一緒に神社まで行こうと思って湖の向こうで待ってたんだけど、中々来ないから私の方からこうしてやってきたんだ」

 そう言いながら、ルーミアがフランの前に降り立つ。

「それにしても、紅魔館に住んでるのが皆集まってるなんて珍しいね」
「そう?」

 フランはルーミアの言葉に首を傾げる。食事の時には大体全員が揃っているのでルーミアの言葉はフランの認識とはずれているのだ。
 けど、そうやって全員が集まるようになったのも紅霧事変以降のことだ。

「うん、中ではどうかはしらないけど、こうやって外で集まってるのは始めてみるよ」
「……そう言われれば、そうかもしれないわね」

 フランは振り返って同じ館に住むモノたちを見る。

 レミリアは不機嫌そうに、咲夜に抱きつくこいしを見ている。けど、レミリアもこいしも言い合うような様子は見せていない。
 美鈴はヒトリ、周辺を見渡している。初めて宴会に行ける、ということでそわそわしているのだろう。
 そして、パチュリーは詰め寄る小悪魔に苦笑を浮かべながら周囲を見回している。こちらは美鈴とは違って、紅魔館全員の様子を見守っているようなそんな感じだ。

「さてさて、そろそろ出発したほうがいいんじゃないかな。宴会に思いを馳せてるだけだと意味がないからね」
「うん、そうね。……お姉様!そろそろ出発しましょう!」

 フランが少し離れた位置に立つ姉へと声を掛ける。
 不機嫌そうな表情を浮かべていたレミリアは一瞬でその表情を微笑みへと変えた。

「ええ!そうね!……じゃあ、出発よ!」

 凛、と透き通った声に紅魔館の住人全員が頷く。部外者であるルーミアとこいしはただ見ているだけだった。
 そして、レミリアを先頭として神社へと向けて出発したのだった。



 数え切れないほどの妖怪と両手が必要なるかならないか程度に人間が集まった博麗神社。
 鎮守の森も今は神のいる場所ではなく、騒がしさに誘われた妖精たちの溜まり場となっている。まあ、もともと博麗神社に神がいるのかもわからないのだが。

 そんな神社の境内に紅魔館一行とルーミア、こいしが到着した。

「わ、遠くからでも騒がしいのは伝わってきてたけど、こうして近づくとすごいわね。いっつもこんな感じなの?」
「違うよ。今日は人間の里であったお祭りに合わせて秋の大宴会、ってことになってるから、いつも以上に騒がしいよ」
「へえ、そうなんだ」

 視線を境内の方へと向ける。そこでは種々雑多な妖怪たちが楽しそうに好き勝手している。
 あるモノは歌い、あるモノは踊り、あるモノは酒を呷り、あるモノは食べ物を口にし、あるモノは宴会会場を眺めている。非常に心躍る光景ではあるがフランの視線はそんなものには向けられていない。

「……魔理沙、いないなぁ」

 一通り見回してそんな呟きを漏らす。既に、魔理沙に出会う気でいっぱいなようだ。

「まあ、適当にぶらついてたら見つかるんじゃないかなー。魔理沙は大体最後まで残ってるから最悪、宴会が終わるまで待ってればいいし」
「お姉様、私、魔理沙を探してくる!」

 ルーミアの言葉を聞いていたのか聞いていなかったのか、ルーミアの言葉には何も答えず宴会会場の中へと飛び込んで行った。

「あ、私も手伝うよ」

 フランに続いてルーミアも宴会会場の方へと消えていく。

「あ、フランっ?」

 意表を突かれたレミリアはフランを止める間もなかった。

「どうしたのですか、お嬢様?一緒に行動されたかったんですか?」
「まあ、そうね。……じゃなくて!帰りをどうするかあの子に言ってないでしょう?」
「ああ、そういえば。……どうなさるつもりなんですか?」
「ん、自由解散でいいわ。わざわざ集まるのも面倒でしょう?……パチェ達はそれでいいわよね?」

 レミリアは後ろのパチュリー、小悪魔、美鈴のサンニンの方へと振り返る。

「ええ、別にいいわよ。こんな所で待ってたら余計に疲れそうだし」
「私はパチュリー様がよければなんでもいいです」
「私はそれで構いませんよ」

 特に否定の言葉はなかった。

「じゃあ、誰かフランに会ったらそう伝えていてちょうだい」
「ん、わかったわ。じゃあ、レミィ、私たちは適当に歩き回ってるから。……こあ、行きましょう」
「はいっ!」

 パチュリーに呼ばれて小悪魔は嬉しそうに返事をする。それから、フタリは並んで雑踏の中へと消えて行った。

「じゃあ、私も適当に回ってきますね。挨拶をしておきたい人とかもいるので」

 続いて美鈴も妖怪たちが騒ぐ中へと入って行った。

「さてと。咲夜、魔理沙が何処にいるか探してきてくれるかしら?」
「魔理沙ですか?フランお嬢様の為、というわけではなさそうですね」
「ちょっと、魔理沙と話したいことがあるのよ」
「そうですか、畏まりました。……こいし、今から時間を止めるから、はぐれたくなかったら絶対に私から離れるんじゃないわよ」
「うん、わかった。絶対に離さないよ」

 こいしは頷いて咲夜とより一層強く腕を絡める。少々歩きにくいかもしれないがそう簡単に離れることはないだろう。
 直後に、咲夜とこいしの姿は消えた。そして、すぐにまた現れる。

「見つけました。たった今着いたようで神社の裏でアリスと一緒にいましたわ」
「ありがとう、咲夜。……貴女も好きなようにしててもいいわよ。私はヒトリでも帰れるから」
「……わかりました。思う存分お楽しみください」

 少し考えて咲夜はレミリアの言葉に頷いた。レミリアの言葉に隠れる意図を読み取り、少しどうしようか、と逡巡したのだろう。緊急時でもない限り、咲夜は主の言葉を無視することも多い。

「ああ、そうですわ。霊夢は神社の縁側にいましたわよ。相変わらずたくさんの妖怪に囲まれてましたが」
「そう。……でも、今日はいいわ」

 そう言ってレミリアは宴会会場の奥へと向けて歩き始めた。少し早足だった。

「咲夜!私達も適当に楽しもう!」
「そうね。……ん?あなたの姉たちがあそこにいるわよ」
「お姉ちゃんたちが?」

 咲夜の視線の先にはさとりと燐がいた。さとりも咲夜たちのことに気がついたらしく近づいてくる。

「こんばんは、咲夜さん。こいしは、迷惑をかけてないですか?」
「ええ、こんばんは。少し歩きにくいだけでそんなに邪魔にはなってないわよ」

 フタリの視線は咲夜に腕を絡ませているこいしへと向かう。

「お空はどうしたの?」

 こいしはいつも一緒に居るはずのペットのことを聞く。

「お空ならこっちに付くなりどっかに走っていきましたよ。そのおかげでさとり様とフタリっきりで居られるんですけどねっ。ふふふ……」

 声を弾ませたかと思うと、不気味な笑い声を上げ始める燐。頬が赤くなっているので酔っているのかもしれない。

「そのおかげで、私はかなり精神的に疲れたんだけど……」

 さとりは疲れの色が浮かんだ表情でため息をつく。

「ふふふ……、さとり様、夜はまだまだ長いですよ」

 そう言いながら燐はさとりの首に腕を回す。

「咲夜さん、お燐がこんな状態なので一緒にいてくれませんか?」
「まあ、別にいいけれど。こいしは……別にいいわね」
「おおっ!咲夜が私の考えを読んだっ?」

 こいしが露骨に驚く。

「このくらい行動をしっかりと観察していれば造作ないことだわ。メイドに必要なのは他者の要求を的確に読み取る洞察力よ」
「メンドくさいんだね、誰かに仕えるってのは。でも、私のペットになればそんなこと考えなくてもいいよ。逃げさえしなければ自由にしててくれていいから」
「興味ないわね」
「それは残念」

 もう咲夜に断られるにも慣れたのかそこに残念がるような色は見えない。

「とにかく、一緒に居てくれるんですね。助かりました。他の方がいて下さればお燐もこれ以上暴走することはないでしょうし、もしものときはよろしくお願いします」

 さとりが小さく頭を下げる。幻想郷には珍しく礼儀正しい妖怪である。

「え……、止めてくださらないんですか?」

 けど、顔を上げてすぐにその表情を曇らせる。咲夜の心の中を覗き視たようだ。

「まあ、そうね。宴会なんてそんなものでしょう」
「ひどいですっ!私は宴会に来るのなんて初めてでどうすればいいのかもわかんないんですよ!」

 さとりが珍しく声を荒げる。咲夜とこいしは驚いたようにさとりを見る。
 よくよくさとりの顔を見てみると仄かに赤く染まっているのがわかる。おそらく、辺りに充満する酒気だけ酔ってしまったのだろう。さとりはかなり酒に弱いようだ。

「咲夜さん、あなたは態度は冷たい人ですが本当はとってもいい人なんだって思ってました」

 咲夜のほうに近づくと、こいしが腕を絡めていないほうの手、右手を取り両手で握る。

「だから、今のも単なる冗談なんですよね。心の底からの」

 うるうる、とした涙で潤んだ瞳を咲夜へと向ける。それは酔っているからなのか、それとも、咲夜の態度に嘆いているからなのか。
 そもそも、心の底からの冗談、というのもおかしなものだ。見た目以上に酔っているのかもしれない。

「ああ、もう、わかったわよ。燐が暴走したら止めてあげるから、泣かないでちょうだい」

 さとりの視線に耐えれなかったのか容易く折れる咲夜。

「ありがとうございますっ。やっぱり咲夜さんは優しいですねっ」

 対して、さとりは輝かんばかりの笑顔を浮かべる。常日頃から表情の変化が乏しいさとりがこのような表情を浮かべることは滅多にない。いや、それ以前に今までにそんな笑顔を浮かべたことがあるのかも疑問である。

「羨ましいねぇ、羨ましいねぇ。こいし様だけじゃなく、さとり様にまで気に入られるなんてねぇ。ま、これもあたいのおかげだね!」

 燐が、あっはっはっは、と豪快な笑い声を上げる。

 左腕をこいしに、右手をさとりに取られて身動きの取れない咲夜は苦笑を浮かべるのだった。今まで以上に疲れる宴会になりそうだ、と。



「魔理沙、いないわね」

 フランがきょろきょろと周りを見渡す。

「そうだねー。……はい、どうぞ」

 ルーミアがフランへとヤツメウナギの串焼きをフランに渡す。ルーミアが焼き鳥を食べているとき、「焼き鳥反対っ!」と涙目でやってきたミスティアに無理やり渡されたものだ。
 ちなみに、ルーミアの食べていた焼き鳥は没収されてしまった。そして、それを持ったまま焼き鳥を配っていた元凶を倒しに行く、と言っていたのだが、どうなったのだろうか。

「ん、ありがと。……あ、美味しい」

 渡されたウナギを口に入れてそう感想を漏らす。

 最初は、魔理沙を探すことに躍起になっていたフランだが、ルーミアに「そんなに焦って探すよりも、楽しみながら探すほうが有益だと思うよ」と、言いながら紫の式の藍が作った、という稲荷寿司を渡されてから、心に宴会を楽しむだけの余裕を持って探すようになった。
 稲荷寿司、というものを初めて食べて、その上、それがとても美味しかったのがよかったのかもしれない。ルーミアの食べ歩きに付き合いながら宴会会場を歩き回っている。

「ん〜?向こうの方から甘い匂いが。フラン、向こうに行ってみよう」

 突然方向転換をするルーミア。目的はあっても、何処に行けばいいかもわからないフランは特に文句も言わずに一緒に向きを変える。
 いつもは不思議な雰囲気を纏っているルーミアだが、今日は見かけ相応に子供っぽかった。フランを気遣ったりとするくらいの余裕はあるみたいだが、少し落ち着きがない。

「珍しく落ち着きがないわね」

 ウナギの最後の一切れを飲み込んでからそう言う。

「うん、大宴会だ、って言って普段来ないのも来るし、普段から来ているのもいつも以上に張り切るから、豪華な料理もいっぱい出てくるんだよ。そういうのは今日のうちに楽しんでおかないとね」
「ふーん。宴会ってお酒を飲んで騒ぐだけじゃないのね」
「うん、私はお酒よりも食べ物ばっかりだよ」
「……ルーミアって、食べることに関してだけは俗っぽいのよね」

 普段が全く捉えどころがないだけにそうした部分が非常に目立っている。

「弱小妖怪の私は俗っぽいところばっかりだよ?」
「またそうやって逃げるのね」
「まあまあ、今日はそういうことは脇に置いといて、この騒がしさと料理を楽しもう?というか、急がないとなくなるかもしれないよ」

 そう言ってヒトリ足早に進んでいく。
 今回ばかりは誤魔化すため、というよりも単に自分のやりたいことを優先しただけのようだ。

「あ!ルーミアっ?」

 急いでルーミアを追いかける。

「ほら、フラン、置いてくよ!」

 雑踏の中、ルーミアは立ち止まってフランを呼んだ。



 その頃、咲夜は古明地姉妹に挟まれて宴会会場を歩きまわっていた。燐は「お空と飲みなおしてきます」と言ってヒトリで行ってしまった。

 左腕にはこいしが腕を絡ませて、右手はさとりに握られている。まださとりの顔は赤いままだ。ここから離れない限り酔いから醒めることはないだろう。

「咲夜さん、フランは向こうにいるみたいです」

 不意にさとりが咲夜の手を引っ張る。

「ん?どっち?」
「あっちです」

 そう言ってさとりは右の方を指差す。そこには雑踏に紛れるように宝石のような特徴的な羽が見てとれた。よほど集中していなければその羽を見つけることは不可能に近いだろう。

「ありがとう、さとり。それにしても、良く見つけられたわね。この雑踏の中から」

 感心したように言う。
 ちなみに、フランを探している、ということは一言も言っていなかった。けど、心の中を視ることが出来るなら知っていても当然だろう、と納得をしている。

「周りにいる方々の心を視させてもらったんです。どんなモノであれ、あまり見ないモノの姿を見れば注目し、そのモノのことを考えます。それを、覗き視てみれば簡単に見つけられますよ。……こうやって、能力を有効活用できる私のことを褒めてください」

 前半はまともなことを言っていたが、最後の最後の発言がおかしい。

「ええ、すごいわね」
「えへへ〜」

 咲夜に褒められて嬉しそうに頬を緩ませるさとり。

「もうほとんど別人ね。……こいしは大丈夫かしら?」

 さとりが指差していた方へと進行方向変えながらこいしにそう聞く。心配している、というよりはこれ以上心的疲労の要因を増やしたくないようだ。

「うん、大丈夫だよ」

 こいしも酒が苦手だと言っていたが弱くはないようだ。といっても、こいしの場合、酔っていたとしても無意識のせいで平常に見えそうだが。

「……このままだと見失ってしまいそうね。今から時間を止めるから、はぐれたくなければ離れないようにしなさい」

 そう言うと同時に咲夜と古明地姉妹以外の全てが静止した。音も聞こえなくなり、ただ静寂だけがある。

 咲夜は赤く染まった瞳でフランがいる方を見据えたまま足を止めない。

「これが咲夜さんの能力が見せる世界ですか。何だか、寂しい、世界ですね」
「そうかしら?私にしてみれば、こう言う世界もある、っていう認識だからその言葉は同意しかねるわね」
「わかってますよ。私の視る心の世界もわからないモノからしてみれば単なる騒がしいだけの世界かもしれませんからね」
「そうじゃないの?」

 かつて、さとりと同じ能力を有していて、忌み嫌われることを嫌って能力を自ら使えないようにしてしまったこいし。彼女にとって心の視える世界というのは騒がしいだけの世界だったのかもしれない。

「……ええ、そうよ。騒がしいだけじゃない。時には、暖かなものも見つけられる。ねっ、咲夜さん」

 何故か満面の笑顔を咲夜の方へと向けた。折角いいことを言っていたのに台無しである。

「そこで私に振られても困るわ」
「……確かにそうですね。……それにしても、咲夜さんが能力を使ってる最中の瞳、綺麗ですね」

 さとりが身を乗り出して咲夜の顔を覗きこむ。

「……こいし、あなたの姉、どうにかできないかしら」
「こんなお姉ちゃんを見るのは初めてだから、どうしようもないよ。まあ、いつか慣れるよ」

 笑顔を浮かべてそう言い切った。何か確信があるわけではなく単に楽観的思考に基づいただけだ。

「咲夜さん……」

 対して、さとりはむっ、とした表情を浮かべて咲夜の顔を見る。かと思うと、

「照れ屋さんなんですねっ!」

 満面の笑顔を浮かべた。

「……そろそろ、能力を切るから無駄話は終わりよ」

 ちょうどその時、咲夜たちはフランと、ルーミアの近くまで来ていた。フランは、ルーミアを追いかけているようだ。

 そして、咲夜の瞳の色が元に戻ったかと思った瞬間には咲夜たちの周辺の時間が正常な流れを取り戻していた。今まで音のない所にいたので周囲で巻き起こる笑いや話し声がかなり騒がしく聞こえる。

「フランお嬢様」

 咲夜が背後からあまり大きくはない、けど、良く通る声で呼びとめる。

「咲夜?どうしたの?……というか、すごい状態ね」

 くるり、と振り返って見えた古明地姉妹に挟まれた咲夜の姿を見て思わずそう言っていた。
 咲夜にくっつくこいしは見慣れたものだが、咲夜と手を繋ぐ、さとり、というのはかなり目新しかった。

「こんばんは、フラン、ルーミアさん」
「うん、こんばんは、さとり」
「こんばんはー。それにしても、珍しいねー。レミリアはどうしたの?」

 少し離れた位置にいたルーミアがフランの隣に並ぶ。

「成り行きでこうなったんですわ。あと、お嬢様は私用で単独行動中よ」
「ふーん、魔理沙と話でもするのかな?」
「さあ?私は何をするか、なんて一切聞いてないわ」

 妙に鋭いルーミアと平然ととぼける咲夜。ルーミアは特に聞き出したいと思っているようではなく、それ以上は何も言わなかった。

「咲夜。どこかで魔理沙を見てない?」
「見ていませんわ」
「そっか……。それで、何の用?」
「大した用事ではありませんわ。自由解散ですから、お好きな時にお帰りください。それを伝えに来ただけです」
「うん、わかったわ。ありがと」

 小さく微笑む。

「ええ、どういたしまして。では、フランお嬢様の気の済むまでお好きな時までお楽しみください」
「うん、咲夜もね」
「よし、終ったみたいだね。早く行こうか」

 話が終わったのを見計らってフランを促すルーミア。匂いしか、いや、匂いだけだからこそか、その未知の甘いものをどうしても食べたいようだ。
 フランももう咲夜に言うことはなくルーミアに付いて匂いの元へと進んでいった。

 咲夜はその背中を無言で見送る。フランに嘘を付いたことについては特に何も思っていない。レミリア相手にそういったことは慣れたものだ。ただ、主の妹の進む先を見るような、そんな瞳。

「咲夜さん。私は、咲夜さんが嘘をついていたことを知っていてもちゃんと黙っていてあげました。そんな私は偉いと思いませんか?」

 咲夜の顔を覗き込むようにしながらそんな問いかけを発するさとり。

「別にそんなことは思わないわね。あなたが私の心を読まなければ黙る必要もないんだし」
「……そうですか」

 落ち込んだかのような様子を見せるさとり。咲夜は特に気にした様子もない。

「私も黙っててあげたよっ」
「まあ、あなたは私が引き剥がさなかったのも悪いし、よく黙っててくれたわね」
「やったっ、咲夜に褒められた」

 こいしは嬉しそうな笑顔を浮かべる

「よかったわね、こいし。咲夜さんに褒めてもらえて」

 さとりも自分のことのように微笑みを浮かべる。酔っていてもやはり自分よりも妹のことを優先するようだ。

「それに、咲夜さんは私に嘘をばらされるかもしれないという状況になっても私に心を視られるのを嫌がらないんですねっ」

 そして、咲夜に向けたのは笑顔だった。

「まあね。嘘がばれた所で私に被害はないもの」
「……自分の主に責任を押し付けるなんて、やり方があくどいですね」
「賢い、と言って欲しいわね。お嬢様がゆっくりと魔理沙と話が出来るようにして差し上げてるのだから、責任の一端くらいは背負って欲しいところね」
「でも、咲夜さんの気遣いも無駄なようですよ」
「?どういうことよ」
「フランたちが向かった先にはアリスさんがいるみたいです。確か、魔理沙と一緒に神社の裏にいるとかいう方ですよね?」

 咲夜の心に映るフタリの金髪の少女を視ながら言う。

「あら、そうなの。お嬢様も運が悪いわね」

 そう言いながらも、咲夜はアリスの元へ先回りしたり、フランたちを止めようとしたりはしなかったのだった。



 そして、時は少し遡り、博霊神社の裏。人も妖も集まらないその場所に箒に乗った人の魔法使いと人形を従えた妖の魔法使いが降り立つ。

「何だって私がこんなことしないといけないんだ?」

 魔理沙が大きな風呂敷を箒から外し地面に置きながらそう言う。背中にはその恰好からは浮いた和風模様の敷物を担いでいる。
 アリスも魔理沙が箒に括りつけていたのと同じような風呂敷を人形たちに持たせていた。
 一つの風呂敷に十数体の人形が集まっている。それは、人形個々の力を補わせ合い、移動速度を上げるためだ。

「貴女に魔導書を貸してあげる、って約束でしょう?忘れるくらいなら貸さないわよ」
「いやいや、借りたくないわけがないだろう?ただ、ここに来る途中で思ったんだ。こういうことをする必要はない、ってな」
「……一応聞くけど、どうするつもりかしら?」
「当然、今すぐにアリスの家に向かって借りに行くんだ。じゃあなっ!アリス!」

 箒に乗って飛び出して行こうとする魔理沙。しかし、アリスが咄嗟に放ったトリップワイヤーが魔理沙の箒を絡め捕り、箒は突然その速度を減じさせた。
 魔理沙の身体はその速度の変化に取り残されて、放り出された。

 地面の上をずさぁーっ、と勢いよく滑る。
 砂埃が舞う。ちょうど風がアリスの方へと向けて吹くが、アリスの周りは霧に覆われて砂埃はアリスまで届かない。

「アリス、手荒ナ手段ヲ使イマスネ」

 銀髪黒服の倫敦人形ことロンがそう言う。アリスの周囲の霧は彼女が出している。

「だって、このまま好きにさせたら、また、魔導書を盗まれるだけでしょう?仕事を手伝ったら貸す、とは言ったけど、好きな物を貸す、とは言ってないしね」

 そう言いながら倒れた魔理沙の方へと近づいていく。帽子が魔理沙から少し離れた位置に転がっている。

「魔理沙、大丈夫かしら?」
「ダイジョウブー?」

 アリスと上海が倒れた魔理沙へと声をかける。ロンは霧を出すのをやめて、アリスの肩に乗っかっている。

「大丈夫?じゃないだろ!」

 勢いよく立ち上がった。アリスは顔をぶつけられる前に一歩下がった。

「かなり痛かったぞ!謝れ!」
「貴女が私の魔導書を盗りに行こうとするからいけないのよ」
「む、そんなこと言ったって後日行ったらお前、忘れてるかも知れないだろ?」
「忘れたりなんかしないわよ」
「信用ならないな。……そうだな、酒の一本でもくれたら信用してやろう」

 帽子を被り直しながら言う。

「お酒?それが目当てでそんなこと言ってるんじゃないんでしょうね」
「いやいや、そんなことないぜ」
「……まあ、いいけど」

 そう言いながらアリスは一つの風呂敷の縛り目を解き、酒を一本取り出した。

「お、さんきゅっ。ついでに杯も貸してくれるか?」
「一人で飲むつもり?」
「酒を持ったままあの中に入ったら飲む間もなく奪われそうだからな。所有者である私が一口も飲めないなんて癪だしな」
「確かにそうね。けど、ほんとにそう思うなら魔導書を勝手に持っていったりするんじゃないわよ」

 風呂敷の底の方を漁りながら答える。

「それとこれとは話が別だぜ。酒は飲まれれば無くなるが、魔導書は読まれたところで無くなることはない。だろう?」
「無くなりはしないけど、納得は出来ないわ。はい」
「お、さんきゅっ。納得ができなけりゃ、力付くだ。その為のスペルカードルールだろ?」
「貴女に勝つのはなかなか骨だから止めておくわ。……代わりに夜な夜な貴女が寝付いた頃にベッドの周りで人形たちを踊らせようかしら」
「マヨナカノダンスパーティー」

 少し嬉しそうに上海がそう言う。上海は踊ることが好きなようだ。

「やめてくれ。何でお前の思いつくことはそんなに陰気臭いんだ」
「でも、効果はありそうでしょう?特に貴女みたいな力づくでやるような馬鹿には」
「馬鹿とは失礼だな。正直だ、と言ってくれ」
「馬鹿、正直ね」

 前半を特に強調して言った。

「ぬ……」

 一瞬、言葉に詰まり何かを言い返そうとした直後、

「魔理沙!」

 魔理沙を呼ぶ声。そこに含まれるは敵意にも似たようなもの。
 アリスと魔理沙は揃って声のした方へと顔を向ける。

「レミリア?どうしたんだ?霊夢ならここにはいないぜ」
「知ってるわよ、そんなこと。今日は、あなたと話がしたくてわざわざ出向いてあげたのよ」

 尊大な態度で告げる。びしっ、と魔理沙の顔を指差している。

「は?私と?」

 予想だにしていなかったことだったようで、魔理沙はきょとん、として自分の顔を指差した。

「貴方以外に魔理沙がいるのかしら?」
「そういえば紫から聞いたんだがドッペルゲンガーとかいう妖怪がいるらしいな」
「……それは、姿形が同じなだけでしょう。あんなの明確な名称もないような曖昧なだけの存在よ」
「おっと、お前も知ってたのか」
「私が昔いたところじゃぁ有名な民話よ。……で、そんなことはどうでもいいのよ。さっきも言ったけど、貴女と話がしたいのよ」
「帰っていいか?」
「駄目に決まってるじゃない」

 レミリアの返事を無視して魔理沙は逃げようとした。けれど、箒はさっき転んだ時にそのままにしていたことを思い出して周りを見回す。

「魔理沙が探してるのはこれかしら」
「アリス!なんでお前が!」
「貴女のことだからすぐに逃げるんじゃないか、って思ってね」

 アリスの手には箒が握られている。

「お前はどっちの味方なんだよ」
「どっちの味方でもないわよ。でも、誰の味方か、と言われればフランの味方ね」
「?なんでフランが関係あるんだ?」

 首を傾げる魔理沙。
 アリスは箒を持ったままレミリアの方へと近づきながら答える。

「まあ、そうね。少し、想像力を働かせた結果、かしら?まあ、間違ってたら間違ってたでいいんだけど、私に実害はないし」
「おい、無責任だな!」

 アリスはもう魔理沙の言葉に聞く耳は持たないようだ。

「……はい、レミリア、これは貴女に渡しておくわ」

 箒をレミリアへと手渡す。

「ありがとう。……私の妹の仲間になるついでに私の仲間になってみるつもりはないかしら?」
「貴女は我が侭で面倒くさそうだから遠慮しておくわ。……じゃあ、私はお酒とか食べ物を差し入れしに行くからフタリでゆっくりと話していてちょうだい。上海、みんな、お願い」
「ワカッター」

 上海を先頭として三十体ほどの人形が風呂敷へと向けて飛んでいく。アリスも自分で風呂敷のうちの一つを持ち上げて、ゆっくりとした歩調で去って行った。

「……それで?お前は私に何の話があるんだ?」

 箒を取り返せそうにない、と悟った魔理沙は素直に聞く態勢に入る。

「あの人形師が想像してた通り、フランに関することよ。……魔理沙、貴女はフランのことをどう想っているのかしら?」

 紅い瞳でじっ、と魔理沙の金色の瞳を見つめる。魔理沙は、その見定めるかのような瞳から視線を逸らさない。

「……」

 無言で見つめ合い、

「フランのこと、か。それを聞いてどうするつもりなんだ?」

 魔理沙はそう言って目を逸らしレミリアへ背を向ける。

「……別にどうもしやしないわよ。貴女がフランを傷つけるようなことを言ったからと言って、貴女をどうこうしたところでフランを余計に傷つけ、悲しませてしまうだけだもの。まあ、もしかしたら感情に任せて貴女を殺してしまうかもしれないけれど」
「……物騒だな。もし仮にそうなったとしてもそうやすやすとやられるつもりはないけどな」

 そして、再びの沈黙。両者共々口を開こうとはしない。
 遠くから宴会のざわめきが、近くから草木のざわめきが聞こえてくる。風に乗ってくるそれらの音が静寂を遠ざける。

「……そうだな、私はフランのこと―――」

 魔理沙がようやく口を開き答えようとしたとき、

「魔理沙っ!」

 これまでにないくらい弾み、とても嬉しそうな声が入ってきた。

 魔理沙もレミリアも驚いたように声の方を向く。誰が来たのかはわかりきっている。だからこそ、フタリとも声の方へと視線を向けたのだ。

 声の主の顔は会場の方からの光で確認することはできない。けど、特徴的すぎるシルエットが浮かび上がっている。
 そして、駆け寄ってくる影。近づくにつれ、表情が見えてくる。

 溢れんばかりの嬉しさを湛え、紅色の瞳は魔理沙だけを捉えている。
 一気に魔理沙との距離を詰めて、その勢いのまま魔理沙へと抱きついた。

「のわっ!」

 一応受け止めようとしたみたいだが、その手に酒瓶を持っていることを思い出して結局何も出来なかったようだ。フランの勢いに押し負ける。
 そして、そのまま倒れそうになる、が頭をぶつける直前に魔理沙の地面への落下は止まった。

「魔理沙、こんばんはっ」

 満面の笑みを浮かべる。フランの方が魔理沙へと抱きついたはずだが、傍目には魔理沙が抱きあげられているように見える。

「おう。……それよりも、この体勢は怖いから立たせてくれるか?」
「あ、うん、ごめん」

 フランは魔理沙に抱きついたまま少し高く浮かび、魔理沙を立たせた。
 そして、抱きついた手を放し、少し距離を取る。

「魔理沙、大丈夫?」

 勢いよく抱きついてしまったことを気にしているようだ。吸血鬼という種族は手加減をしなければ人間程度なら簡単に壊してしまう。

「まあ、傷とか痛みはないから大丈夫だな」

 答えながら抱きつかれた時に落とした帽子を拾い上げて被る。

「ほんと?」
「ああ、ほんとだぜ」
「……よかったぁ」

 魔理沙に笑みを向けられて、フランはほっと胸を撫で下ろす。羽まで共に下がっている。

「……魔理沙」

 フランの登場により忘れかけられていたレミリアが魔理沙を呼ぶ。

「お姉様?咲夜から私用がある、って聞いてたけど用事があるのって魔理沙だったの?」

 けれど、フランの方が早く反応した。

「ええ、そうよ。……魔理沙、答えてくれるかしら?」
「あー、っと、やっぱり、今言わないとダメか?」

 レミリアを見て、フランを見て、再びレミリアを見る。

「……度胸がないわね。まあ、いいわ。ただし、逃げるんじゃないわよ。逃げたら咲夜にでも捕まえに行かせるから」
「お前は何もしないんだな」
「咲夜にやらせた方が効率的でしょう?まさに時間も節約できるし」
「……わかったよ。そもそも箒がお前の手にあるから逃げたとしてもすぐに追いつかれるだろうしな」

 小さくため息をついた。

「フタリで何の話をしてたの?」
「……魔理沙がフランをどう想ってるのか、っていう話よ。魔理沙は貴女が来た途端に口を閉ざしちゃったけど」
「そうなの?」

 フランは魔理沙の顔を見上げるようにしてじっと見つめる。その顔はかなり真剣だ。
 対して魔理沙は視線に耐えられなくなったのか、あらぬ方向を向く。

「まあ、その、なんだ。そんなことはどうでもいいだろ!せっかく、酒があるんだ皆で飲もうぜ!」

 そして、誤魔化した。

「え?う、うん」

 フランは納得がいかないながらも頷く。

「でも、入れ物がひとつしかないよ?」
「順番に飲めばいいだろ。それが嫌なら誰かが取ってきてくればいいだろ?」

 魔理沙は紅の姉妹へと視線を向ける。けど、どちらも動こうとはしなかった。
 フランはやっと見つけた魔理沙から離れたくないようだし、レミリアは魔理沙の言うことを聞く気がないようだ。

「よし、異論はないみたいだな。フラン、ちょっとの間だけ持っててくれるか?」
「うん」

 フランは頷いて酒瓶と杯を受け取る。

「立ってるよりは、座ってる方がましだろ。……よっ、と」

 背負っていた敷物をばっ、と広げる。ロクニンくらいが座れそうな空間がお手軽に出来上がる。
 少し端の辺りを整えたりしてから魔理沙は、よし、と満足そうに頷くと靴を脱ぎ敷物の上に胡坐をかいて座った。

 フランはどうしようか、と悩んだ結果、靴は脱がずに足を伸ばして魔理沙の隣に座る。
 レミリアは靴を脱いでフランの隣にそのまま腰をおろす。スカートが敷物の上に広がる。

「さってと、アリスのくれた酒はどんな味かな、っと」

 そう言いながら栓を開け杯へと酒を注ぐ。甘い香りが周囲に広がる。

「当然、一番は所有者であるこの私だな」

 一気に杯の中の酒を飲み干す。

「うむ、やっぱり一番だと上手く感じるな。けど、なんだってあいつが持ってくる酒は甘いものばっかりなんだろうな。……で、次はどっちが飲む?」

 ちょっとした愚痴を混ぜつつ感想を漏らす。それから再び杯へと酒を注ぐ。

「じゃあ、私飲んでみたい!」

 元気よく答えるフラン。魔理沙がいるだけでテンションはすでに最高潮に達している。

「……レミリア、私から聞いておいて何なんだが、フランに酒を飲ませて大丈夫なのか?」

 魔理沙がフランの後ろ側からレミリアの方へと顔を近づけて、小さな声でそう言う。杯を持ったまま、と随分器用なことをしている。

「……さあ、飲ませたことがないからわからないわ。……魔理沙、何かあったら承知しないわよ」

 レミリアも魔理沙の方へと顔を近づけて囁き声で答えた。そんなことをしても、この辺りは静かなのでフランの耳にもフタリの声は届いてしまう。フランはそれをあえて無視する。

「……なんで、そこで全部私に押し付けるんだっ?」
「……いや、だって、あんなに、嬉しそうなフランを止められるわけないじゃない」
「……まあ、そうだな、止める必要なんてない。なるようになれ、だ」
「フタリとも、後ろで何やってるの?」

 流石に気になって声をかけた。魔理沙もレミリアも身体を伏せているので、フランはフタリを見下ろすような形になってしまう。

「ああ、レミリアがお前のことを心配して酒を飲ませたくないらしいんだが、何にしたって経験してみるのが一番だ。ほら、飲んでみろ」

 伏せた姿勢のまま杯をフランへと差し出す。
 レミリアは、杯の方へと視線を向けて止めようとしたが、結局何も出来なかった。何を言って止めればいいのかわからないようだ。

「うん。じゃあ、いただきます」

 フランは杯に口をつけ、ゆっくりと傾ける。
 透明な液体が口の中へと入って行き、こくり、と音を立ててそれを飲み込んだ。

「甘くて、美味しい……」

 うっとりとした声で感想を漏らす。やはり、甘い物には目がないみたいだ。

「おお、よかったな。初めて飲んだ酒が自分の好みに合った物で。私が初めて飲んだのはかなりきつい酒だったからな。一気に飲んだ後にぶっ倒れたのはいい思い出だ。フランも飲んでみるか?これだけ、妖怪がいたらそのうちの誰かが持ってきてるだろ」

 そう言うなり魔理沙は、よっ、と声を出しながら立ち上がった。

「待ちなさい。流石にそういうのは許さないわよ」

 レミリアも咄嗟に立ちあがって魔理沙の腕を掴んだ。当然、逃げることはできない。

「何だよ、さっきの酒もどんな酒か確認もしないでフランに飲ませたじゃないか」
「匂いで大体どんなお酒なのかくらいはわかるわよ」
「まあ、確かにそうだが……。フランも飲んでみたいよな?」

 魔理沙は本人の方へと話を振った。レミリアはフランの言葉には逆らえない、というのは特に意識していない。

「これが、すっごく美味しいから別にいいよ」

 そう言いながら、杯に二杯目を注いでいた。よほど、アリスの持ってきた酒が気に入ったようだ。

「お、そうか?……けど、やっぱり人数分杯を用意しておいた方がいいな。私が飲めない」

 ちょびちょびと酒を飲むフランを見ながら言う。

「ん?はい、あげるよ」

 笑顔を浮かべて杯を差し出す。

「あー、いい、いい。他人が飲んでるのを取るのは趣味が悪いからな」
「いっつも、他人の物を盗んでいるっていうのに、よくそんなことが言えるわね」

 レミリアがパチュリーから聞いた本の盗難被害を思い出しながら言う。

「あれは借りてるだけだ。飲んだ酒は流石に返せないからな」
「……まあ、そうね」

 自分は間違ってない、といわんばかりの自信溢れた様子にレミリアは呆れることしか出来なかった。

「……じゃあ、魔理沙、口移しで飲ませてあげようか?これなら、飲ませてもらった、だから取ったことにはならないよねっ」

 二杯目をあと一口で飲み終わるか、といった辺りでそう言った。頬の辺りが若干赤くなっており、目も少しとろん、としてきている。

「……えー、っと、酔ってんのか?」
「さー?でも、ふわふわして気持ちいいよ」
「あー、酔ってるなこれは」

 魔理沙としては、暴れ出すんじゃないだろうか、と思っていただけに一応一安心ではある。けど、安心するのは間違いだった。

 フランは杯に残っていた酒を口に含むと、魔理沙に抱きついた。

 完全に油断していた魔理沙は押し倒されるような形になって地面の上に倒される。彼女のトレードマークである帽子が地面の上に落ちる。
 フランは酔っていてもしっかりと配慮はしているようで魔理沙は倒れる時に衝撃を感じることはなかった。
 そのまま、ゆっくりと腕を放し、肩に手を置き魔理沙を地面に押し付ける。魔理沙は身動きを取ることが出来ない。

「フラン、何を―――」

 フランはそんな魔理沙の唇へと、自分の唇を押しつけ言葉を奪う。魔理沙は驚いたように目を見開くが、もうどうしようもないことがわかってしまっているのか、何もせずされるがままとなる。

 口から口へと少しずつ移される酒。体温にまで暖められたそれを魔理沙はフランの口から流れてくるたびに嚥下する。
 酒の甘い香りと、フランから漂う甘い香りとが混ざり合い、魔理沙の鼻腔をくすぐる。

 時間をかけて、フランは口の中の酒を移し終えた。けれど、それだけでは終わらない。
 フランは舌に絡み付いた酒をも魔理沙に渡そうとするかのように舌を侵入させる。
 フランの舌が魔理沙の舌へと触れる。そして、感じるのは甘さ。
 与える側に立っていたはずだが、甘さを感じた途端、奪う側へと変貌した。

 フランの舌が魔理沙の舌を、口腔を、舐める。優しく、けれど、少しずつ魔理沙の口腔内から甘さを奪う。その際にフタリの唾液が混ざり合う。

 ―――そして、ようやく満足したのかフランは魔理沙との口づけを止めた。

 ゆっくり離れあう唇と唇とを唾液の糸がつなぐ。けれど、そんな頼りない繋がりはすぐに消え去った。
 残ったのは、お互いの口を行き来したお互いの温もりだけ。

 魔理沙はフランの顔を見ながら息を整えていた。フランのペースに流されていて、上手く酸素を吸えていなかったのだ。

「魔理沙、美味しかった?」

 フタリの顔は近いまま。フランはほんのりと染まった頬に笑顔を浮かべてそう聞いた。対する魔理沙の頬も珍しく酔った以外の理由で赤く染まっている。

「あー……。まあ、その、うん、なんだ、美味しかったぞ?」

 抵抗したりはしなかったがかなり動揺しているようで魔理沙の言葉は要領を得ない。けれど、フランは、魔理沙の「美味しい」というその言葉が聞けただけでとても嬉しかったようだ。

「えへへ〜、じゃあ、もう一杯いく?」
「いや、もういい」

 魔理沙を離して更に酒を杯へと注ごうとしたフランを止める。

「え?なんで?」

 不思議そうに首を傾げる。なんで止めるのか、と。
 魔理沙は起き上がってフランの顔を見ながら言う。

「正直、その飲み方はかなり疲れる。酒を味わうなら杯に入れて飲むのが一番だからな」
「そうなの?」
「ああ、そうだ」

 もう一度同じことをされたらかなわない、という思いが込めて魔理沙は力強く頷いた。フランにその思いは届いていなかった。

「そっか。……でも、またいつかやろうねっ。私は好きだよ、さっきみたいなの」
「……おーう?」

 魔理沙の口から漏れたのはそんな間抜けな声だった。いろいろと過敏なのだ、今の魔理沙は。

「……はい、魔理沙」

 酒を注がれた杯を魔理沙へと手渡す。

「ああ、ありがと」

 受け取って酒を口に入れる。
 その瞬間に広がる酒の甘味。フランに口づけされた時に感じたのと同じ甘味。
 魔理沙は少し飲んだだけで顔を赤くしてそれ以上飲むのを止めてしまった。

「……そういえば、こいつ、どうするんだ?」

 それから逃げるようにして指差したのはフランたちの横で完全に動きを止めてしまっているレミリア。フランが魔理沙と唇を重ねた辺りから一切動いていない。
 今、彼女の瞳に映るのは何なのだろうか。

「あれ?お姉様、どうしたの?」

 フランはレミリアが動きを止めてしまっている原因が全くわかっていないようだった。
 おそらく、誰かの口から姉が妹が口づけをする瞬間を目撃したときの衝撃を教えてもらわなければわからないだろう。理解できるかどうかはわからないが。

「お姉様。お姉様っ!……むー、寝てるのかな。ふふ、目を覚まさせるにはやっぱりキスだよねっ」

 結構酔いが回っているらしく、今のフランにはレミリアが寝ているように見えるようだ。まあ、あながち間違いでもないが。

 フランは必要以上に嬉しそうにレミリアに飛び付いた。
 そして、幼い二つの唇が重なりあう。魔理沙にしたようなどこまでも求めるようなものではなく、小さく触れ合うだけだ。けど、それだけでも、レミリアにはかなりの効果があったようだ。

「…………な、な、ななななーーーーーっ!」

 お互いの距離が少し開いてから数秒後、レミリアの口から漏れるのは言葉ですらない何か。とりあえず、相当錯乱しているらしいことだけが伝わってくる。

「あ、起きた起きたっ」

 フランは心底嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「フランっ!」

 突然、レミリアはフランへと詰め寄り、真っ赤になった顔を近づける。

「なぁに?お姉様」

 笑顔を浮かべたまま首を傾げる。

「な、なんてことしてるのよ!魔理沙に、き、キスをするなんて!」
「うん。だって、魔理沙のこと大好きだもの。だから、私のファーストキスをあげちゃったわ」

 酔いとは関係なく頬を赤らめる。

「あげちゃった、じゃないわよ!そ、そんなに軽々しくやったら駄目じゃない!」
「軽々しくなんかないよ。私は、ずっと、ずっと、ずーっと、前から魔理沙に私の初めてのキスをあげるって決めてたのよ」
「フラン―――」

 レミリアが何かを言おうとする。けれど、その言葉の先を封じるかのようにフランがもう一度レミリアに口づけをした。

「――――っ!」
「お姉様が怒ってるのは嫉妬しているからね。大丈夫。私はお姉様のこともちゃんと好きだよ」

 妹からの、好き、という言葉と二度目の口付けにより精も根も奪われてしまったようだ。レミリアはその場にぺたん、と座りこむ。
 呆然とした表情でフランのことを見上げているが、ちゃんとその瞳には映っているのだろうか。

「おーい、レミリアー。大丈夫かー?」

 魔理沙が手を振りながら声をかけるが反応はない。完全に意識はどこか遠くへと飛んでしまったようだ。

 魔理沙が、帽子を被り直しながら、さて、どうしようか、と考えていると、

「みんなー、アリスからの差し入れと鬼が配ってたお酒を持ってきたよー。……って、これは何があったの?」

 暢気な声と共にルーミアが現れた。左腕に二本の酒瓶を抱えて、右手に両手で抱えられそうなほどの大きさの袋を持っている。

 顔を真っ赤にして呆然とした表情のまま動かないレミリアと、そんなレミリアの前で手を振る魔理沙、そして、酔って顔を赤くしたフランとを見て首を傾げる。

「まあ、うん……。色々とあったんだよ」

 顔を赤くして目を逸らしてしまう魔理沙を見てルーミアは更に首を傾げる。傾げながら持ってきた品々を敷物の上に置く。

「あ、ルーミア。……ごめんね、置いて行っちゃって。魔理沙がどこにいるのかわかったら居ても立ってもいられなくなっちゃって」
「ううん、いいよ、別に。ずっと探してたから嬉しかったん―――」

 突如遮られる言葉。
 ルーミアの言葉を奪い去ったのはフランの唇。二つの唇が重なりあい、そして離れた。

「ルーミアって優しいわね。初めて会ったときからもそう。だから、思わずキスしちゃった」

 舌を出して悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「……初めてのキスは甘いお酒の香り、なのかー……?」

 声は暢気なものだったがだいぶ動揺しているらしい。頬はほんのり赤く染まり、発言が微妙におかしい。

「魔理沙っ」

 くるり、と方向転換。サイドテール、七色の羽が揺れる。

「な、なんだ?」

 微妙に警戒。

 こう言う状況に陥ればすぐさま逃げ出すような魔理沙。今ならレミリアも動けないので箒を取り戻すのは簡単なはずだが、動揺しているせいでそこまで頭が回らないらしい。

「あれ?魔理沙、まだ飲んでないの?」

 フランの視線が魔理沙の杯の方へと向く。

「ん、あ、ああ。今日はちょっと飲む気になれなくてな」
「でも、最初は飲んでたよ?」
「まあ、その、あの、なんだ……」

 顔を赤くしたまま意味のない言葉を羅列させる魔理沙。嘘の一つでも付いて誤魔化しそうなものだが、それも動揺によって上手く出来ないようだ。

「?どうしたの?顔、赤くなってるよ?……もしかして、また風邪っ?」

 心配と不安をないまぜにした表情を浮かべて魔理沙へと飛び付く。例え酔っていても、この辺りの反応は変わらない。

「いや、ちょっと酔っただけみたいだ」
「……もしかして、私が口移しで飲ましちゃったせい?」
「い、いや、たぶん、それは関係ない」

 そう言いながら魔理沙は顔を俯かせ帽子で顔を隠してしまう。

「何か私に出来ることはある?」
「お前も酔ってるのに、大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫!任せて!」

 自信満々に自らの胸を叩く。

「……じゃあ、何か冷たい飲み物を持ってきてくれるか?出来れば、水がいい」

 魔理沙はゆっくりと顔をあげてフランの顔を見る。

「うん、水だね。わかった。でも、その前に……」

 魔理沙の顔を両手で挟んでの口付け。他のフタリにした時よりも圧倒的に長く、たっぷり十数秒の時間が流れる。

「……じゃあ、行ってくるねっ!」

 嬉しそうな笑顔を浮かべて、宴会会場の方へと走って行った。

 魔理沙はぼんやりとした表情でその後姿を追うだけだった。



「フランから香ってきたのはこの匂いだったのかー」

 魔理沙から受け取った杯の甘い香りの酒を飲んだルーミアが漏らしたのはそんな感想だった。ルーミアはもう落ち着いているようだ。

「あの子が酔うとあんなことになるだなんて思わなかったわ……」
「私としてはなんとなく納得できる酔い方だけどな」

 レミリアはぐったりとしていて、魔理沙はなんとなくぼんやりとした感じだ。フタリともフランの姿が見えなくなって、少しするまで動けなかった。

「貴女にあの子の何がわかるって言うのよ」
「……私のことを好いてくれてる、ってことだけだな……」
「…………」

 魔理沙のその答えにレミリアは何も言えなくなる。けど、黙っているのも気まずくて無理やり話題を出す。

「……フラン、あのまま行かせても大丈夫だったのかしら……」
「さあな。……行かせない方がよかったか?」
「良かったか、って無責任ね。貴女が行かせたんでしょう?」
「いや、まあ、確かにそうだが……。でも、だったらお前が止めてくれても良かったんじゃないか?」
「う……、いや、魔理沙貴女が全面的に悪い」

 結局はお互い様なのだが、お互いに譲ろうとはしない。そんなフタリの間へとルーミアが割って入る。

「フタリとも、酔ったフランが見境なくキスして回るんじゃないか、って心配してるの?」
「まあ、そうね」

 レミリアが答え、魔理沙は頷いた。

「なら、大丈夫だと思うよ。ある程度、こっちに親しみとか信頼とかを持ってないとしないみたいだし」
「親しみ?信頼?フランが貴女に?」

 胡乱な瞳をルーミアへと向ける。

「うん、私にキスした後の言葉を聞く限りだとそうみたい」
「貴女、何をしたのよ」
「雨に遭って立ち往生してたフランを魔理沙の家まで連れて行ってあげただけだよ。少なくとも、フランはそんなことをした私を優しい、って思ってくれてるみたい」

 そう言って、少し嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「……ということは、フランに襲われる可能性があるのは、紅魔館の奴らと、地霊殿の奴ら、それとアリス、って所か?」

 フランの話を一番よく聞いていた魔理沙はすぐさまにフランと繋がりのあるモノたちが頭に浮かんだ。

「そんなところだろうねー。でも、たぶん、大丈夫だと思うよ」
「なんでだ?」
「魔理沙との約束があるからだよ。どこかで誰かから水を貰って、ここに戻ってくるまでフランは立ち止まらないんじゃないかな?……あ、ほら戻ってきたよ」

 ルーミアの視線の先には魔理沙の方だけを見て飛ぶフランの姿が。フランが持っているのは氷の入ったコップと、酒瓶だった。おそらく、酒瓶の方には水が入っているのだろう。

「ほらほら、迎える準備をしてあげないと。お帰りのキスでもしてあげたら喜ぶんじゃないかな」

 そう言いながらルーミアが魔理沙の背中を押して立ち上がらせようとする。

「ダメよ!フランからやるのは仕方ないとして、魔理沙からするのは許さないわ!」

 けれど、そこに割って入るレミリア。ルーミアは特に動じた様子もない。

「まあ、魔理沙の好きなようにすればいいよ。レミリアの言葉を無視して私の言ったとおりにするのもいいし、魔理沙が考えたことをするのでもいいし」

 そうこうしているうちにフランはサンニンの―――魔理沙のもとへと辿り着いた。

「魔理沙っ、水、もらってきたよ!はい、これ、持ってて。水を注いであげるから」
「お、おう」

 氷の入ったコップを魔理沙が受け取るのを確認すると、水の入った酒瓶を傾ける。
 ゆっくりと注がれていく何の変哲もない水。コップの中はほとんど氷なのですぐにそれ以上入らなくなってしまう。

「どうぞ、魔理沙!」

 笑顔で魔理沙に笑顔を向ける。魔理沙はなんとなく気恥ずかしさを覚えて、コップに口をつけた。

「どう?美味しい?」

 身を乗り出してそんなことを聞く。今にも顔がくっついてしまいそうな距離まで近づいてる。

「ん、普通の水、だな」
「ふふ、やっぱりそうだよね」

 何がおかしいのかフランは小さく笑う。
 魔理沙はフランから顔を逸らし、度の強い酒を飲むかのようにちょびちょびと水を口の中に含んでいっていた。


「んー、私たち完全に蚊帳の外になっちゃてるね。邪魔にならないように向こうに行ってようか」

 フタリの間に入ることのできないルーミアが同じくフタリの間に入れないレミリアへと声をかける。今、フタリは並んで座っている。
 そうしながら、ルーミアは暢気にアリスから貰ったクッキーなどの洋菓子を摘んでいる。酒に合うのかどうかはわからない。

「嫌よ。フタリっきりにして何をするのかわかったものじゃないもの」
「私たちがいたとしても変わんないと思うけどねー」

 ルーミアの視線の先、コップの水を飲み終えたらしい魔理沙がフランへと何かを言っている。それに対してフランも何かを言う。
 それから、魔理沙の手がフランの頭を撫でた。フランが心底嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「ほら、フタリともいい雰囲気だよ」
「…………そうね」

 答える声はどこか遣り切れない感じだ。

「レミリア、不機嫌そうだねー。そんなに自慢の妹が自分から離れていくのが嫌なの?」
「……別にそんなことはないわ。あの子が私から離れていくことはとっくに覚悟していたもの」
「じゃあ、その原因が魔理沙だ、ってことが気に入らないの?」
「……弱小妖怪の癖に言ってくれるわね」
「否定はしないんだね」
「…………」

 黙って顔をそむけてしまうレミリア。ルーミアが自分よりも一枚上手であることも気に入らないみたいだ。

 ルーミアもそれ以上何かを言うことなくクッキーをかじる。

 視線の先ではフランが魔理沙へと抱きついていた。抱きつかれるのには慣れているようでかなり手慣れた様子だ。抱き返すようなことはしていないが、しっかりとフランのことを支えている。
 フランが魔理沙を見上げたかと思うと、突然抱きついた腕を魔理沙の首の後ろへと持っていきキスをした。

「いつまで続くのかな、あれ」

 鬼にもらった、という酒を杯に注ぎながら呟くように言う。

「……知らないわよ」

 返事が遅れたのはフランが魔理沙へとキスをしたのに驚いていたから。何度見ても慣れることはなさそうだ。

「はい、レミリア、飲む?」
「……貰っとくわ」

 不機嫌そうにルーミアに差し出された杯を受け取る。

 ルーミアはもう一つ杯を取って今度は自分用に注いでいく。
 そうして、フタリで並んでフランと魔理沙を眺めているのだった。



 丑三つ時も過ぎた頃、宴会も終わりを迎え、徐々に博麗神社での騒ぎも収まってくる。

 それは、会場から少し離れたこの場所でも同じだった。
 主に騒がしかったのは、酔ってルーミアに絡んでいたレミリアだけだが、それも今は黙り込んでしまっている。

 ルーミアは静かにレミリアの隣に座っている。ずっとレミリアに絡まれていたがそこに疲れているような様子は見受けられない。いつものように、のらりくらりとやりかわしていた。
 そして、はしゃぎすぎて疲れたのかフランは魔理沙に抱きついたまま寝てしまっていた。魔理沙はしっかりとフランを抱きとめている。

「さてとー、宴会も終わっちゃったみたいだし、私たちも帰ろうか」
「……ええ、そうね」

 立ち上がり、ふらり、と体を揺らす。眠気などではなく単に飲みすぎてしまっただけだ。ルーミアの持ってきた酒はほとんどレミリアが飲んでしまった。

「大丈夫?」
「大丈夫よ。貴女に心配される必要なんてないわ。……それよりも、魔理沙。フランは貴女が連れて帰りなさい」
「私が?……まあ、いいか、ここまで付き合ったんだし」

 気持よさそうな寝顔を見せるフランを見ながら魔理沙はそう言った。

「でも、どうするんだ?私、立ち上がれないんだが」
「頑張んなさい。なんとかなるはずよ」
「なんだよ、それ」
「じゃあ、フランの腕を放しておんぶすればいいんじゃないかな」
「お、それがいいな。……というわけで、ちょっと、ごめんな」

 そう言いながら魔理沙は抱きつくフランの腕を放させようとする。

「くっ……、ぬっ……」

 見かけ以上に力を入れている上に、魔理沙は力を入れにくいらしく中々フランの腕は放れない。
 しばらく格闘して結局びくともしなかった。妖怪と人間の身体能力の差が如実に表れた瞬間である。

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 力みすぎて真っ赤になった顔のまま息を整える。
 これだけ騒がしくてもフランは目を覚まそうとはしない。それだけ、寝入っている、ということだ。

「フランの手のひらを撫でてみたら?」

 再びルーミアの助言。

「そんなことしてどうなるんだ?」
「ほら、寝てる間に手のひらに触れた物を握るのっているでしょ?フランがそうだかはわかんないけど、やってみる価値はあると思うよ」
「んー、こんな感じか?」

 魔理沙は手を後ろに回し、フランの腕と自身の腕を掴む手との間に指を滑り込ませる。
 何度か指を動かしていると、フランは腕から手を放し、魔理沙の手を掴んだ。

「お、いけた。よし、おぶるから、ルーミア、手伝ってくれ」
「了解ー」

 そう言って近づいてきたルーミアが「よいしょっ、と」と言いながらフランを抱き上げてずりずり、と魔理沙の後ろへと回る。あまり力は強くないようだ。
 その間に魔理沙は体勢をしゃがむようなものに変える。フランを背負ったときに立ち上がるためだ。

「よし、これでおっけー、だね」

 魔理沙の背中にフランを被せるように乗せた。

「よっ、と」

 魔理沙はそんな掛け声をかけながら立ち上がった。腕を放す時と比べて随分と簡単だった。

「大丈夫ー?」
「片手が握られてて少し難しいが、概ね大丈夫だぜ。というか、軽いな、こいつ。ちゃんと食べてるのか?」

 レミリアの方へと視線を向ける。

「何よ、その視線は。フランは小食だけど、ちゃんと満足するまで食べさせてあげてるわよ」
「そう言えば、お前も小食だったな」

 納得したように魔理沙は頷く。

「さてと、帰るか。レミリア、敷物を頼む」
「なんで、私が貴女の私物を持って帰らないといけないのかしら?」
「見ての通り私の両手が塞がってるからだ。ルーミアはフランを背負うのに手伝ってくれたから、順当にいけば次はお前だろ?」
「そんなこと、私には関係ないわ。それに、私は貴女の箒を持ってあげてるわよ」

 傲然と言い放つ。なんとしても手伝う気はないようだ。

「それは、私を逃げないようにするためだっただろ……。しょうがない、ルーミア、代わりに頼む」
「わかったー」

 頷いて敷物を折りたたみ始めた。



 真っ暗な道を、魔理沙、レミリア、ルーミアのサンニンは歩いて進んでいく。両手がふさがって箒に乗れない魔理沙に合わせた結果だ。

 先頭は進行方向に魔力の明かりを灯すルーミア、その後ろにフランを背負う魔理沙と、箒をもったレミリアが並んでいる。

「……そう言えば、まだ答えを聞いてなかったわね」

 ふと思い立ったかのように言う。

「あー?……あのことか?」
「そう。貴女がなんのことを思って言ってるかは知らないけれど、あのことよ」

 フタリの会話が耳に届いてきてもルーミアは足を止めようとはしない。あえて、聞いていないふりをしているようだ。

「どうしても今答えないとダメか?」
「別に貴女の好きな時に答えてもらっていいわよ。その代わり、家には帰らせないけど」
「そりゃ、実質言わないといけないのと同じだろ。……はあ。まあ、ルーミアになら聞かれてもいいか」

 そこで、魔理沙は言葉を切る。視線が落ち着きなく彷徨う。少しだけ視線を下に向ける。

 ―――そして意を決したように前を、遠くに見える星空を見て、

「私は、フランのことを好きだと想ってるぜ」

 告げた。真っ直ぐに、嘘偽りなく。

「……魔理沙」

 ふと、フランが魔理沙の名前を小さく呟く。

「……私も大好きだよ」

 嬉しそうな、これ以上の幸せはない、というほどの感情の込められた声。
 その声に魔理沙が顔を真っ赤にして後ろを振り返るようにしてフランの顔を見る。

「フラン、起きてたのかっ!」

 けど、魔理沙の言葉とは裏腹にフランはぐっすりと眠っていた。幸せそうな笑みをその寝顔に浮かべて。
 今までのは寝言だったようだ。

「はあ……びっくりさせるなよ」
「なんでフランに聞かれたくないのよ。フランへの想いでしょう?」
「いや、こいつの想いに応えられてないような気がするからな。私の想いはフランが私に向けてるほど強くはない」
「……なら、貴女がこれからそうなれるように努力すればいいのよ」

 レミリアは尊大に答える。フランの姉として、フランが幸せを感じられることだけを願って。そして、魔理沙になら任せられる、と思ってしまったから。

「……あーあ、これで、私もフランのことを過剰に心配できなくなっちゃったわね」

 一転して子供っぽい口調でそう言った。

「なんでだよ。別に今までどおりでいいじゃないか」
「……鈍いわね。これからは貴女がその役割を担うのでしょう?」

 言いながらレミリアは少し寂しそうな表情を浮かべる。

「……ん。まあ、それぐらいはしてやるか」
「…………貴女、今まで一度もフランの心配をしたことがないのかしら?」

 レミリアが魔理沙を睨みつける。その視線はかなり鋭く、視線を向けられたものが切り裂かれてしまいそうなほどだ。

「いや、だって、最近までフランが私のことをそんな風に見てるとは気付かなかったし」
「そんなの関係ないわよ!というか、察しなさい!あんなに露骨だったんだから!」
「まあ、魔理沙だからねー。仕方ないよ」

 フタリのやり取りをおかしそうに笑いながらルーミアが振り返らないままそう言う。

「というか、そのまま騒いでたらフランが起きちゃうよ」
「……」
「……」

 そして、続くルーミアの言葉にフタリは同時に黙ったのだった。


 フランは小さく、小さく、嬉しそうに羽を揺らしながら、現実と混ざり合った夢の中、幸せを感じていた。


FIN



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