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「お姉様、咲夜、行ってきますっ!」

 紅魔館の玄関先。フランが朗らかな笑顔を浮かべそう言う。

 右手に大きな紅色の傘を、左手にアリスから貸してもらった人形を持っている。頭の上には三毛猫のステアが我が物顔で居座っている。
 ステアが帽子の生地の感触が気に入らないらしく、フランはいつも被っているレミリアとお揃いの帽子をかぶっていない。

「ええ、気をつけて行ってくるのよ。今日も、日が強いから」
「行ってらっしゃいませ、フランお嬢様」

 レミリアは心配そうに、咲夜はいつものように恭しくフランを送り出す。

 フランはそんなフタリに手を振って館から飛び出していった。


「確かフランお嬢様は、今日はアリスの所に行く、と仰っていましたっけ?」

 扉が閉じると同時に咲夜がそんな言葉を発する。フランが魔理沙の看病を終えたその日の夕食のときに聞いた言葉を思い出す。

「ええ、そうよ。料理を教えてもらいに行く、とか言っていたけれど……。ああ、心配だわ。怪我なんかしたりしないかしら」

 そわそわ。今にも館の中から飛び出していきそうな雰囲気だ。
 けど、そこは姉として、妹を信頼してぐっと抑える。

「大丈夫ですわよ。フランお嬢様はレミリアお嬢様と違って器用ですから」
「どういう意味かしら、それは?」

 きつい視線を失礼なことを言う従者へと向ける。しかし、浮世離れした従者にそういった視線の類は一切意味を成さない。

「紅茶を入れようとして惨事を起こすのは不器用、なのではないでしょうか?」
「ぐっ……。あ、あれは、単なる事故よ!いや、そもそもあんな熱の伝わりやすいものを使ってるのがいけないのよ!」
「紅茶に熱湯は使いませんよ。それに、安全だ、と思って行動する方が間違っていると思います」
「……今度やった時は大丈夫よ」

 拗ねたように顔を背けた。

「わかってますわよ。あの時はフランお嬢様のことばかり気にかけていたからあのような失態を犯したのですよね?」
「……」

 咲夜の言葉にレミリアは答えない。けれど、ゆっくりと咲夜の方に顔を向ける。

「そういえば、フランお嬢様はなかなか筋がよろしかったですが、レミリアお嬢様はどうなのでしょうかね」
「姉として、この私が勝つに決まってるわ。まあ、フランになら負けてもいいけれど」

 どんなモノにも負けたくない、という吸血鬼の矜持も妹を前にしては引っ込んでしまうようだ。

「なら、今度のお茶会はレミリアお嬢様とフランお嬢様の淹れた紅茶を飲む、というのはどうでしょうか」
「いいわね、それ。フタリでゆっくりと話をしながら紅茶を飲む、というのも悪くなさそうね」

 その時を想像しているのかレミリアの頬が微かに緩む。ここ最近、フランのことを考える時レミリアがよく浮かべている表情だ。

「じゃあ、フランの都合がいい時に開きましょう。咲夜、どんな淹れ方をしても美味しくなるような最高の茶葉を用意しておくのよ」
「あら、おフタリの腕を競われるのではないのですか?」
「そんなもの、建て前に決まっているでしょう?初めてのフランとのお茶会だもの。最高の紅茶を用意しないでどうしろと言うのかしら?」
「ふふ、かしこまりましたわ。いつでもお茶会が開けるよう今から用意してきますわ」

 直後、まばたきをする間もなく咲夜の姿が消えた。買い出しにでも行ったのだろう。

「咲夜、次のお茶会は最高のモノにするわよ」

 玄関先に飾られた、アリス手製のレミリア、咲夜、そして、フランの人形を見ながら顔を綻ばせた。



「人形さん、アリスの所まで案内してちょうだい」

 魔法の森の入り口前まで来たところでそう呟きながら人形へと魔力を注ぐ。

 ぎこちなく人形がその身体を動かし、フランの視線程度の所まで浮かび上がる。
 それから、フランに一礼すると森の奥へと向けて進んで行った。

「これで、いいのよね?」

 人形に魔力を注ぐなんてことをするのは初めてなのでその不安を隠しきれない。

「みゃー?」

 ステアはわからない、とでも言うように鳴き声を返す。

「まあ、追いかけてみるしかないわよね。道に迷えば飛んで帰ればいいんだし」

 楽観的に呟いて、少し離れたところに立ち止まってフランが来るのを待っている人形を足早に追いかけた。


「あれ?フラン?こんな所で何してるの?」

 森の中を歩いていて、不思議がるような声と共に現れたのは地霊殿の主さとりの妹、こいしだった。

「私は今からアリスの所に料理を教えてもらいに行くところよ。こいしこそ、こんな所で何してるのよ」

 フランが足を止めると、先導していた人形も宙に止まり、フランの方を見る。
 話が終わるのを待っている、と言うよりはフランが来るのを待っているようだ。しかも、自分の意思からではなく、フランの魔力の範囲から離れないようにしているだけのようだ。やはり、上海などの上位の人形に比べて融通は利かないようだ。

「別に何もしてないよ。無意識に身を任せてたらここに辿り着いた、ってだけ」
「……そんな適当な散歩の仕方でよく家に帰れるわね」

 少し呆れたような物言いになる。

「私の無意識がどんな道を通ってきたのか覚えてるんだろうね。帰りたい、って思えばそれなりに早く帰れるよ」
「便利ね。こいしの無意識って」
「うん、結構便利だよ。誰にも気づかれないし、そのお陰で普通には行けない場所にも行けたりするし」

 そう言って笑う。自身の能力による弊害をこいし自身は楽しんでいるようだ。悩んだところでどうする事もできない能力だからそのほうがいいのかもしれない。

「それよりも、あの人形見たことある気がするんだけど、フランの人形?」

 こいしが指差すのはフランを待つ一体の人形。その人形は律儀にまだまだフランの方を見つめている。

「ううん、あれは、私のじゃなくてアリスの人形よ」
「アリス?なんか聞いたことがあるような……」

 人差し指をこめかみに当ててこいしは考え込む。

「私がさっきアリスの所に行く、って言ったわよ」
「あー、そうじゃなくてね。もっと前に……。あっ、そうだ。思い出した。初めて魔理沙と会ったときだ」

 ぽむ、と手を打つ。

「あの人形の持ち主さんかぁ。フラン、私も付いて行っていい?」
「え?別にいいけど、アリスがなんて言うか知らないわよ」
「その時はその時で大人しく帰るよ。私は魔理沙が借りてた人形の持ち主さんに会いたいだけだから」

 そう言うと、フランに近づいて「久しぶりー」とか言いながらステアの頭を撫で始める。ステアが頭の上にいるのでフランは自分の頭が撫でられているような感じがするのだが、まあいいか、と特に気にした様子もない。

「じゃあ、早く行くわよ。お昼ごはんの時間が過ぎちゃうから」

 こいしがまだステアの頭を撫でていたのだがフランは歩き始める。こいしは何かを言うこともなくフランの隣に並んだ。
 フランが歩き出すのをじっと待っていた人形は機械的に進行方向へと向き直り移動を始めた。



「ここが、アリスの家かぁ」

 フランたちは魔理沙の家と似たような造りをした洋風の建物の前で立ち止まる。この場所に着いた途端に人形は力尽きたように玄関の前に落ちた。

 アリスの家は魔理沙の家とは違い蔦に覆われていることもなく綺麗な印象を受ける。それだけ、手入れが行き届いている、ということだろう。

「魔理沙の家とは大違いだね」

 こいしはそんなことを言いながら壁をぺたぺたと触る。魔理沙の家の壁で同様のことをすると全く違う感触が返ってくるだろう。

 ステアは興味がないのかフランの頭の上で欠伸を漏らしている。

「ありがと、人形さん」

 フランは玄関の方に近づくと人形を拾い上げて感謝の言葉を告げる。

 それから、こんこん、と扉を叩く。
 こいしは壁を触るのを止めてフランの隣に立つ。

「ダレー?……ア、フランー」

 扉が開いて出てきたのは上海だった。フランの顔を確認するとすぐに家の中へと戻って行った。

「おおっ!今の人形喋ったよ!」

 興奮したように告げるこいし。喋る人形がよほど珍しかったようだ。確かに、喋る人形なんてそうそう存在するモノではないが。

「さっきのは上海、って言うのよ。アリスの右腕、なのかな?」

 まだアリスと知り合って日が浅いためフランはまだ人形たちの立ち位置を把握できていない。とにかく、アリスとずっと一緒にいることから上海はアリスの右腕だと判断していた。

「へえ、そうなんだ」

 こいしはふむふむ、と頷いている。上海への興味は尽きないようで開いたままの扉の向こう側を覗こうとしている。

 しかし、家の中からアリスが出てきたので覗こうとするのはやめた。

「フラン、いらっしゃい」
「こんにちは、アリス。えっと、これ、返しとくね」

 フランは知人に向ける笑顔を浮かべて挨拶をする。それから、ここまで案内してくれた人形をアリスに返す。

「ありがと。迷わずに道案内出来てたかしら?」

 アリスは人形を受け取ると、その人形を操って所定の位置へと戻す。

「うん、大丈夫だったわ」
「そう、よかったわ」

 安心したような笑顔を浮かべる。あまり慣れていないタイプの魔法だから少々不安があったようだ。

「今日はよろしくね。料理のこととか、魔理沙の人形のこととか」
「任せてちょうだい。ちゃんと準備はしてあるわよ。料理を教えるのも魔理沙の人形もね」

 アリスも笑顔を返す。それから、フランの隣に立つこいしの方へと視線を向ける。

「……えっと、貴女はさとりさんの妹のこいしさん、だったかしら?」
「うん、そうだよ。あと、私のことは呼び捨てでいいよ」
「じゃあ、呼び捨てで呼ばせてもらうわ。……それで、こいしは私の家に何の用事かしら?」
「あの時、魔理沙に人形を貸してた人に会いたくて来たんだ。偶然、アリスの家に向かう、っていうフランに会ったからね。……あ、そうだ。フランに料理を教えるんだよね?だったら、ついでに私にも教えて」

 こいしの口からそんな唐突なお願いが出てくる。けど、アリスは快くそのお願いを聞き入れる。

「私は別にいいわよ。フランもいいわよね?」
「うん、いいわよ」
「やったっ!ありがと、フラン、アリス」

 順番にフタリの手を取ってぶんぶん、と振る。よほど、嬉しかったようだ。

「とりあえず、中に入ってちょうだい。作りたい物の要望があれば聞くから。……レベルの高い料理は流石にやらせはしないけど」

 こいしが手を放すと同時にフタリを家の中へと招き入れる。こいしは、部屋に入るなり上海の方へと向かって行った。

「初めまして、上海。私はこいし、って言うんだよ」
「ハジメマシテー。デモ、ナンデナマエシッテルノー?」

 不思議そうに首を傾げる。

「フランに教えてもらったんだよ。……それにしても、喋る人形なんているんだねぇ」
「アリスノオカゲー」

 そう言う上海の口調はどこか誇らしげでアリスのことを慕っている、ということが伝わってくる。

「ほへぇ……。アリス、すごいんだね」
「ありがと。……でも、私の目指す自立人形にはまだまだ遠いわ」
「自立人形?上海も自立してるように見えるんだけど」
「上海とかは半自立、と言ったところね。まず第一に、あの子たちは自分で魔力の供給が出来ないこと。第二にすごく強い意志があるわけじゃないから絶対に私の命令に刃向わないこと。この二点がまだ上海たちが自立していない、と言える理由ね」
「職人さんはこだわりもすごいんだねぇ」

 こいしが的を射ているのか射ていないのかよくわからない感心を漏らす。とりあえず、アリスが高い所を目指している、ということは分かっているようだ。

 そうやってフタリが話をしている間、フランはきょろきょろと家の中を見回していた。何かを探しているようだ。
 瞳が微妙に輝いている。期待のようなものがそこには込められている。

 と、目当ての物を見つけたのか駆け出す。振り落とされると思ったのかステアは途中で机の上に飛び降りた。

「アリスっ!」

 フランは棚に置いてある、ある物へと視線を向けながらアリスの名前を呼ぶ。羽がぱたぱたと揺れている。まるで、犬の尻尾のようだ。

「ん?……ほらほら、そんなに慌てるんじゃないわよ」

 苦笑を浮かべながらアリスは棚の方へと近づきそこからフランの視線を受けているある物を手に取る。

「はい、どうぞ」

 アリスが渡したのは魔理沙の人形だ。出会った当初の姿を模しているのかその金色の髪は肩ほどまでの高さしかない。
 しかし、それ以外は今の魔理沙そのものだった。黒いとんがり帽子に、黒と白の衣装。誰が見てもそれは魔理沙だ、と答えたことだろう。

「ありがとっ、アリス」

 満面の笑顔を浮かべてぎゅっ、と人形を抱き締める。アリスもそんな表情に釣られたように頬を緩める。

「あ、私とお姉ちゃんとお空とお燐の人形もある」

 棚へと手を伸ばして勝手にこいしの人形を手に取る。

 その人形もまたモデルの姿を忠実に再現している。頭にちょこんと乗った小ぶりの黒色の帽子。宝石のようなボタンのついた洋服。薔薇を模した緑色のスカート。そして、閉じられた第三の眼から足の付け根へと延びる管。
 閉じた第三の眼から延びる管は糸だけで作るのが不可能だったのか中には針金が入れられている。しかし、それは触ってみなければわからない。

 こいしは自分の人形の帽子を取ったり、背中の方を見たり、第三の眼から伸びる管を触ったりしている。

「その人形たち欲しかったらあげるわよ。私には必要ないものだし」
「いいの?じゃあ、お姉ちゃんたちへのお土産にしよ」

 いつの間にやらさとりの人形に持ち替えていたこいしがそう言う。自由気ままに動いているこいしだが、結構家族想いなのである。

「よしっ、お土産ついでにお土産話も持って帰りたいからさっそく料理を教えて」

 さとりの人形を棚に戻すとアリスの方へと振り返ってそう言った。

「そうね。……と、その前に。フラーン、戻ってきなさーい」

 魔理沙の人形を抱き締めたまま恍惚の表情を浮かべて動かないフランへと声を掛ける。
 しかし、反応は返ってこない。完全に自分の世界に入ってしまっているようだ。

「よし、ここは私に任せて」

 そう言ってこいしがフランの横に立つ。それから、すぅ、と息を吸い、

「わっ!」

 フランの耳元で大きな声を出した。

「うわっ」

 フランが驚きの声をあげる。

「な、なによ、一体」

 驚きで鼓動を速めた心臓を宥めるように胸の辺りを抑えながらそう聞く。羽もまた驚きのせいか落ち着きなく揺れている。
 驚かされたからか微妙にこいしを睨むように見ている。

「フランが反応しないからいけないんだよ。料理を教えてもらいに来たんでしょ?」

 睨まれるなんて心外だ、とでも言うようにその表情は少し不満そうだ。

「あ、そうだった。……ごめん、こいし」

 魔理沙の人形を両手で抱いたまましゅん、とする。自分が勝手に勘違いをしてこいしを睨んでしまったことを後悔してしまっているようだ。

「いいよ、謝ってくれたから許してあげる」
「ありがと、こいし」

 フランは安心したような笑顔を浮かべる。こいしも無意識に笑顔を浮かべた。笑顔を向けられると釣られてしまうようだ。

「とりあえず、フタリとも、もういいかしら?」
「うん、いいわよ」「うん、いいよ」

 同時にアリスの方に向いて頷く。

「じゃあ、まず聞くけどフタリはどんな料理が作りたいのかしら?」
「魔理沙の好きなもの!」
「とりあえずなんでもいいかな。お姉ちゃんたちに食べさせてあげれるなら」

 両極端な答えだった。けど、誰かに食べさせてあげたい、という部分は共通していた。

「ん、フランは予想通りの答えね。こいしはフランの要望に合わせる形でいいわよね?」
「うん、いいよ」
「……そういえば、お姉ちゃんたち、って言ったわよね。あの、お燐、とか言う猫も一緒に食事をするのかしら?」
「うん。そうだけど、それが?」

 こいしは首を傾げる。アリスの質問の意図がわからないようだ。
「猫って食べさせたら駄目なものがあったんじゃなかったかしら?」
「お燐は大丈夫だよ。普通の猫とは違うから」
「そう。なら、安心ね」

 猫が食べられないものは料理では欠かせないものが多い。他の物で代用できないこともないが、使えるに越したことはない。

「そういえば、フランは魔理沙の好きな料理って知ってるかしら?」
「ううん、知らないわ。知ってるのは魔理沙が和食派だってことくらい」
「それも、予想通りね。といっても、私も魔理沙が好きな料理は知らないけど」
「そうなんだ……」

 作るなら魔理沙の好きな物がいい、と思っていただけに、残念そうだ。

「まあ、魔理沙の好きな食べ物はまたいつか聞くとして。取りあえずは和食の基本一汁一菜の一汁ね。フランは一度も料理を作ったことないのよね?」
「うん、ないわよ」
「私もないよ」
「なら、一菜の方はまた今度、ということにしましょうか。複数の料理を一緒に作るのは慣れてからにするわ」
「うん、わかったわ」
「わかった」

 頷くフランとこいし。フタリとも結構真剣な様子だ。それだけ、それぞれが想う誰かの為に料理を作ってあげたい、ということだろう。

「よし、なら、まずは手を洗ってもらうわね。……ロン、お願い」
「ワカリマシタ、アリス」

 棚から黒色の衣装を纏った銀髪の人形が出てきて、フランとこいしの前で止まる。

「初メマシテ、オフタリトモ。倫敦人形トイイマス。ロン、トデモオ呼ビクダサイ」

 上海よりも無機質さの少ない声だったが、その口調は堅かった。

「うん、よろしく、ロン」
「おお、この人形も喋るんだ」

 フランは挨拶を返し、こいしはまたも口を利く人形に驚いていた。

「デハ、手ノヒラヲコチラニ向ケテクダサイ」

 そう言われて、フランは魔理沙の人形を棚へと戻した。心残りがまだまだあるようで、その視線は棚の人形の方へと向けられている。
 けど、人形ばかりに構ってもいられない、というわけで心を切り替えて、ロンの方へと手のひらを向けた。

 特に何も持っていなかったこいしは既に手のひらを向けていた。

「少シクスグッタイカモシレマセンガ、我慢シテクダサイ」

 そう言いながらロンが手の先から霧を出した。

 『水』を見てフランはびくっ、と体を震わせるが、逃げる暇もなかった。
 容赦なくフタリの手を霧が覆う。けれど、それ以上目に見えた変化はなかった。

「……あれ?」

 緊張していた神経が一気に解れる。そして、疑問を感じて首を傾げる。

「あ、ごめんなさい、フラン、説明してなかったわね。その子の出す霧は純粋に魔力だけで出来てるから吸血鬼に対しては無害よ」
「そうなんだ……」

 初めて外に出た時に雨に当たったトラウマがあるからか水に対して随分と憶病となってしまっている。安心感から霧のくすぐったさが気にならないほどだ。
 対して、こいしは霧が手に触れる感触を楽しんでいるようだった。楽しそうな笑みがその顔には浮かんでいる。

 細かい魔法の霧がフタリの手から目に見えない汚れをその霧の中へと溶け込ませる。この魔法の霧ならば手をこすって洗うよりも、石鹸を使うよりも綺麗になる。

「……コレデ終ワリデス。後ハ、シッカリと手ヲ拭イテクダサイ。デハ、アリスモ手ヲ出シテクダサイ」
「よろしく、ロン」

 そう言いながらアリスは手を出す。当然、アリスにとっては当たり前のことなので感慨も驚きも何もない。自然体でロンの手から出る霧をその手に受ける。

「終ワリマシタ。デハ、アリス、オヤスミナサイ」
「ええ、おやすみ」

 霧を出すのをやめると、自分の仕事はもう終わった、とばかりに棚の方へと戻って行った。あまり動くのが好きではない性格のようだ。

「タオルー」

 上海がやってきてサンニンにタオルを渡す。真っ先に向かったのはアリスの方だった。それから、フラン、こいしへとタオルを渡した。

「ありがと、上海」

 フランは上海へと微笑みかけてタオルを受け取る。

「ドウイタシマシテー」

 ぺこ、と頭を下げる上海。頭の赤いリボンが小さく揺れる。

「ほんとに凄いね、アリスの人形って。アリスは満足できてないみたいだけど」

 こいしはアリスの人形の出来のよさに感心しながらタオルを受け取って、手を拭く。

「アリスハスゴクトオイトコロヲミテルー」
「うん、そうみたいだね。はい、ありがと」

 タオルを上海へと手渡す。フランも横から「ありがと」と言いながらタオルを返した。
 そして、最後にアリスが「お願いね」と言いながらタオルを渡した。
 上海は「ワカッター」と頷くと三枚のタオルを持って部屋の奥へと飛んでいった。

「それで?一汁って言っても何を作るつもりなの?」
「味噌汁よ。和食で一汁と言えば味噌汁、でしょう?」
「うん、確かにそうね」

 紅魔館でもたびたび出てくる和食の風景を思い出しながら頷く。
 レミリアが和食派なので、紅魔館の食卓にはそうして和食が並ぶのだ。

 ちなみに、フランはあまり拘ったりしないのだが、どちらかとういうと洋食派だ。

「というわけで、フタリともいいわよね、それで」
「「うん」」

 同時に頷いた。もともとフタリとも、これといって作りたい料理がなかったわけだから当然かもしれない。

「じゃあ、始めましょう。上海……は今洗濯中なのよね」

 そう呟くと周りを見回して、二体の人形を呼び寄せる。

「あなた達、フランのエプロンと、予備のエプロンを取ってきてちょうだい」

 二体の人形は頷きもしないで飛んで行った。上海たちとは違う、普通の意思のない人形のようだ。

 アリスは人形たちが奥へと消えていくのを確認もしないで台所へと向かっていく。
 フタリはアリスについて台所へと入っていく。

「と、こいし。帽子は脱いでおきなさい。落ちたら大変だから」

 アリスがそう言うとすいー、と一体の人形がこいしの前に現れる。
 こいしの帽子は頭に乗せているだけ、と言う感じなのでアリスの言うとおり、ふとした拍子に落ちてしまいそうだ。

「うん。……じゃあ、これ、よろしくね」

 帽子を脱ぐと前に現れた人形へと帽子を渡す。受け取ると同時にその人形は台所から出ていった。

 その間にアリスはさっと緑色のエプロンを付ける。流石に慣れているのか後ろ手で紐をとめるのも手早い。
 フランとこいしがそんなアリスの手際の良さに見惚れていると、先ほどアリスが指示を出した二体の人形がアリスの方へと飛んできた。一体が赤色のエプロンを持ち、もう一体が水色のエプロンを持っていた。

「ありがと」

 アリスが二体の人形からエプロンを受け取る。

「……さ、フタリともこれを付けてちょうだい」

 赤色のをフランに、水色のをこいしに渡す。
 フタリはそれを受け取って早速言われたとおり付ける。

 フランは手際よくエプロンを付ける。首の後ろ、腰の辺りで紐を結ぶ。いつも背中にリボンの付いたデザインの服を着ているフランにとってはアリス同様、後ろ手で紐を結ぶのは造作ないことだった。

「アリス、後ろ、結べないから結んで」

 対してこいしは後ろの紐を結べないようだった。慣れていなければ仕方ないかもしれない。

「じゃあ、結んであげるから背中向けてくれるかしら」
「わかった」

 頷くとアリスのほうへと背中を向ける。アリスは後ろからエプロンを受け取り、まず、こいしの首の後ろで紐を結ぶ。それから、膝立ちになってこいしの背中の紐を結んであげた。

「よし、これで出来たわ。……やっぱりちょっと大きかったわね」

 こいしが付けているのはアリスが着ているのと全く同サイズのものだ。アリスよりも一回り小さいこいしが着けているので本来は膝ほどまでしかこないものが太ももの辺りまで来ている。
 けど、こいしが着けているのは紐を結ぶタイプなのでそこまで大きな問題はないようだ。

「フランの方はちゃんとサイズも合ってるみたいね。よかったわ」

 そう言ってアリスは満足そうに頷く。

 フランのエプロンだけアリスとこいしのとは違ってデザインが凝っている。
 まず、肩の辺りに蝙蝠を象った飾りがつけられているのが目に入る。それから、裾の部分に控えめにフリルも入っている。その控えめなフリルがフランの可愛さを引き立てている。

「なんで、フランのエプロンはサイズが丁度いいの?背格好は私と同じくらいなのに」

 そう言うこいしの口調は少し不満そうだ。

「フランのために作ってあげたからよ。こいしも作って欲しかったら作ってあげるわよ」
「え?いいの?」
「ええ、いいわよ」
「やったっ。ありがと、アリス」

 こいしがアリスへと抱きついた。無意識下にあった衝動が彼女をそういう行動に移させたようだ。
 アリスはこいしの突然の行動に驚きながらもしっかりと抱きとめる。里に出たときよく子供たちに抱き付かれるのでこういうことには慣れているのだ。

「……これ、アリスが作ってくれたんだ」

 フランはそう呟きながらエプロンの裾を掴んで揺らす。本当は今すぐにでもアリスに感謝を伝えたいのだが、今はこいしの相手をしているので聞いてくれそうにない。

「フラン、見た感じは大丈夫そうだけど、そのエプロン丁度いいかしら?」

 こいしに抱きつかれたままアリスはフランへと問いを発する。

「うん、丁度いいわよ。……ありがと、アリス。私のために作ってくれて」
「どういたしまして。これから料理するときはちゃんとそれを着けてからするのよ」
「わかったわ。絶対に忘れない」

 誰かから物を貰う、ということが絶対的に少ないフランはそんな些細な約束でも全力で守りきるのだろう。

「いい返事ね。その調子で料理作りも頑張りましょうか」

 アリスはフランへと笑顔を返した。作り手として受け取ったモノに喜ばれるのは嬉しいことなのだろう。

「こいし、そろそろ離れてくれるかしら」
「おっと、ごめん」

 こいしがアリスから離れる。

「でも、アリスって抱き返すのが上手だね。なんか居心地がよかったよ」
「そう?私は自然に抱き返してあげてるだけなんだけど」
「そうなんだ……」

 感心しながら再びアリスに抱きついた。無意識がアリスの抱き返しを求めた結果だ。

「こらこら、一回離れたのになんでまたくっついてるのよ」
「おっとぉ、あまりにも居心地がよかったからつい」

 アリスに諌められて再び離れる。

「くれぐれも包丁を持ってるときに抱きつくんじゃないわよ」
「わかってるよ。でも、私自身、私の行動を抑えられるわけじゃないから、そのときはごめん」

 気をつけても意味がないことを自覚しているこいしは既に注意をする気はない。

「……上海、私が刺されそうになったら、こいしから包丁を奪ってちょうだい」
「アリスハチャントマモルー」

 洗濯を終えて丁度戻ってきた上海へとそう言う。アリスを守りきる、という使命感でも抱えているのかその目は真剣な色を湛えていた。

「アリス、早く始めましょう」

 フランがアリスを急かす。

「っと、そうだったわね。……なんだか、こいしといるとペースが崩されるわね」
「私の才能だね」
「……確かにそうかもしれないけど自慢げに言うことじゃないと思うわ」

 アリスのため息が台所の中に広がったのだった。



「材料はこれくらいね」

 調理台の上に、ダイコン、タマネギ、ニンジン、豆腐、油揚げが並べられている。これらが、今回作る味噌汁の材料だ。

「じゃあ、まずは材料を切っていくわよ。そこを開けたところにに包丁があるから取ってちょうだい。くれぐれも材料を切る前から自分の手を切ったりするんじゃないわよ」

 アリスが指し示すのはフランたちの足元の収納棚。
 真っ先に動いたのはこいしだった。しゃがみ込んで、旅の途中で偶然に見つけた箱を開けるような期待と緊張を持ってその扉を開けた。

「なんか一杯あるけど、どれ?」

 中を見てアリスにそう聞く。フランがその中を後ろから覗き込む。
 同じ形の包丁がポケットの中に八本刺さっている。

「どれでもいいわよ。全部同じものだから」
「えっ?こんなにいっぱい使うの?」

 こいしは露骨に驚く。対して、フランはそんなに驚いた様子を見せていない。
 紅魔館の台所には大量の包丁が置いてある。それは、妖精たちが自分で料理を作れるように、ナンニンでも一緒に作れるように、という考慮からだった。だから、フランはそこからアリスの家に複数の包丁がある理由を推察する。

「もしかして、人形たちに料理を作らせるため?」
「ええ、そうよ。自分で作るよりも早く作れるから便利なのよ」
「たくさんの人形が一緒になって料理を作ってるのは見てみたいかも」

 こいしは人形たちが料理を作る光景に興味を持ったようだ。

「機会があれば見せてあげるわよ。とりあえず、適当に包丁を取ってちょうだい」
「わかった」

 頷いてこいしは一番手前の包丁を手に取る。それから、フランへと場所を譲って立ち上がった。
 フランもその場にしゃがみ込んで包丁を手に取って立ち上がる。

「まずは、ニンジンから切りましょう。お手本を見せるから、フラン、包丁を貸してくれるかしら?」
「はい、どうぞ」

 そう言いながらフランは無造作に包丁をアリスの方へと差し出した。刃がアリスの方へと向いている。

「ちょっと、ストップ。刃物の渡し方も教えないといけなかったわね。刃物を渡すときは刃を自分の方に向けて渡すのよ。そうしないと、危ないでしょう?」
「あー、確かに、そうね。えっと、こんな感じ?」

 アリスに指摘されて今度はちゃんと刃を自分の方に向けて柄をアリスが受け取りやすいようにして包丁を差し出す。少し、ぎこちない感じがするが、回数を重ねればそんな些細なことすぐに直るだろう。

「ええ、それでいいわよ」

 笑顔を浮かべて包丁を受け取る。生徒を褒める先生。そんな表情だった。

「それで、ニンジンの切り方だけど、まず、へたを落とす。それから、ある程度の太さで切って、切った面をまな板において、薄く切る。で、その薄く切ったものを重ねて更に薄く切っていけばいいわよ」

 口にしたことを実際にフタリに見せながら作業を進める。

 ニンジンのへたを切り落として、五センチほどの厚さに切る。それから、切った面を下にして、薄く切っていく。その切ったものたちをずらしながら並べて更に薄く切っていくと、千切りが完成した。
 その時間は一分もなかった。慣れているだけあって、かなり手際がいい。

「じゃあ、今度はフタリが自分たちでやってみなさい。あ、失敗とか、切りすぎた、とかは気にしなくてもいいわよ。お昼で使えなかった材料は夜にでも使えばいいから」

 そう言いながらアリスはフランから借りていた包丁を返す。フランがアリスへと渡したときとは違って不自然な部分が全くない。だから、フランも自然な感じにその包丁を受け取ることが出来た。

 フタリはそれぞれのまな板を自分の前に用意する。台所が結構広いのでフタリで並んで立ってもまだ余裕がある。
 そして、フタリにとって初めての料理が始まる。

 まずは、へた落とし。フタリともかなり危なっかしい。転がってまな板の上から逃げようとするニンジンを指の先で押さえている。
 当然、アリスはフタリを静止させた。

「フタリとも、野菜を押さえるときは指の先じゃなくて、こうやって手を丸めてから押さえなさい。そうしないと、指を切るわよ」
「めんどくさいね。……こう?」

 ぶつぶつ言いながらもこいしは素直にアリスの言葉に従う。フランはもうかなり集中しているようで無言で手の置き方を直す。

「そうそう、それでいいわよ」

 アリスが頷きながらそう言う。けど、フタリは手元に集中しているのでそんなアリスの様子は目に入っていない。
 こいしはとんとんとん、とリズムよく。フランはとん、とん、とん、と慎重にゆっくりと。

 今は何も言わなくても大丈夫か、とアリスは判断して後ろからフタリの様子を眺めている。
 アリスの心に微笑ましい、そんな気持ちが浮かんでくる。フタリの妹ができたような、そんな気持ちだ。

「よし、出来た!」

 リズミカルに野菜を切っていたこいしがニンジンを切り終えた。

「ちょっと、大きさが不揃いだけど、初めてにしては上出来ね」
「ふふん、すごいでしょ」

 アリスに褒められて嬉しいのか少し威張ったような言い方となる。

「……ふう、終ったわ」

 最初はゆっくりと切っていたフランだが、途中で慣れてきたのかそれなりの速度で切れるようになって、こいしに追いついた。

「フランは綺麗に切れてるわね。もしかしたら、料理のセンスがあるのかもしれないわね」
「そ、そう?」

 フランはアリスの言葉に戸惑う。まだまだ、褒められることには慣れていないようだ。

「むぅ、これは負けてられないね。アリス、次はっ?」

 こいしはこいしでフランよりも上手く切れなかったのが気に入らなかったようだ。より一層、気合いを入れている。

「次はダイコンよ。ダイコンはニンジンと違って皮を剥かないといけないから結構難しいわよ。皮を切る時は十分気をつけるのよ。それで、皮を剥いた後は薄く切ってそれらを重ねて、ニンジンを切るのと同じようにそれをまた薄く切って行けばいいわ。でも、歯ごたえを良くするために一工夫を加えるわよ。こいし、ちょっとお手本を見せるから包丁を貸してくれるかしら?」
「うん。はい、……おっとと、どうぞ」

 アリスの方に刃を向けたまま渡そうとして、慌てて持ち替える。珍しく自らの無意識を制御できたようだ。

「そうそう、それでいいわよ」

 しっかりと包丁の向きを注意で来たこいしを褒めながら包丁を受け取った。

 それから、ダイコンを一本手元に寄せて切り始める。
 まずは、包丁の三分の一程度の長さに大根を切る。次に、そのダイコンの皮に包丁の刃を当ててダイコンをゆっくりと手で回して皮を剥いていく。
 ダイコンが一回転したところで、皮が綺麗に剥けた。切った皮は一枚につながっている。
 皮をむいた大根をまな板の上で横にして、切った面に対して斜めに切り始めた。
 最初はなんだかわからないくらい小さく薄いが、徐々に薄切りダイコンの面積が大きくなる。
 その薄切りダイコンをニンジンを切ったときと同様に重ねると、薄く切っていく。それで、千切りダイコンが完成した。

「なんで、わざわざ斜めに切ったの?」

 アリスが切り終えた所を見計らって、フランが質問をする。

「こうして切った方が食感がよくなるのよ。細かいことだけど、こういうこともちゃんと気にした方がいいのよ。……ありがと、こいし」

 フランの質問に答えつつ、こいしへと包丁を返す。

「そうなんだ」

 ふむふむ、とフランは頷く。

「よーし、フラン、今度はどっちの方が綺麗に切れるか勝負だよ」

 アリスから包丁を返してもらってこいしは早速自分の前にダイコンを用意している。

「別に、勝ち負けはどうでもいいんだけど……。まあ、いいわ。その勝負乗ってあげる」

 そう言いながら、フランも自分の前のまな板にダイコンを用意した。

 アリスは、特に止めるつもりもないようだ。こうして競い合った方が上達も早くなるだろう、と思っているから。
 けど、もし早さを競う、というのなら止めるつもりだった。始めたばかりのころに早さを気にしても意味がないからだ。むしろ、慣れていないことを早くやってしまうと、間違ったやり方を覚えてしまうかもしれないし、なによりも、怪我をする可能性が高くなる。
 そんな危ないことはさせられるわけがなかった。

 アリスが、そんなことを考えている間にもフタリは順調に皮むきを始めていた。

 やっぱりこいしの方が若干早いが、フランの方が綺麗に皮がむけている。こいしのダイコンが少々でこぼこしているのに対して、フランのは少しいびつだが曲線を描いている。
 しかし、千切りにしてしまえば皮がどれだけ綺麗に剥けているか、というのはほとんどわからない。まだまだこいしにも挽回のチャンスがある。
 こいしが先に皮をむき終わって、そのダイコンを寝かせる。
 アリスがやっていたとおり薄く切って、その切ったダイコンを重ねて薄く切って行く。

 先ほどフランに負けた、という意識が強いからか、慎重に切っている。しかし、それも次第に無意識に塗りつぶされていき、慎重さがなくなっていく。
 それでも、最初にニンジンを切っていた時よりは綺麗に切れている。やはり、慣れが大切だ、ということなのだろう。

 横ではフランもまた縦に薄く切ったダイコンを重ねて薄く切り始めていた。
 こちらは最初から先ほどよりも早く切っている。アリスが切るのよりは遅いが、初心者にしては早い。そんな速度だ。
 二本の包丁がリズムよくまな板を叩く音が台所に響く。アリスは、どこか心地よさを感じるその音に耳を傾ける。

「出来たわ」「出来たっ」

 フタリの声が重なった。皮向きの段階ではこいしの方が早かったのだが、千切りをする所でフランが追いついたようだ。

 アリスがフタリのまな板を覗きこむ。フタリの勝負の審査をするためだ。

「うーん、フタリとも甲乙つけがたいわね」
「フタリトモジョウズー」

 上海もまな板を覗き込んでそんな感想を言う。ちなみに、人形たちの中で一番料理が上手なのは上海だ。

「で、どっちの方が上手?」

 勝ち負けに拘っているこいしが首を傾げながらそう聞く。最初は勝ち負けに興味のなさそうだったフランもアリスが何を言うか、と注意を向けている。勝ち負けをつけられるなら、勝ち、と言われる方がいいのだろう。

「じゃあ……どっちも勝ち、ということにしとくわ」
「フタリトモ、カチー」

 いつの間に作ったのか、上海が『フラン』と書かれた旗と『こいし』と書かれた旗を上げる。

「えー、そんなんじゃ、勝負の意味がないじゃん」

 こいしはアリスの判定に不満そうだった。どうしても勝ち負けがついてほしいらしい。

「千切りなんて、料理を作るのに必要な技術の一つにすぎないわ。不得意な技術があっても何とか誤魔化せるのが料理、っていうものよ。……そうね、貴女たちが色んな技術を身に付けて、自分でどんな料理を作れるか考えられるようになったら勝ち負けを判断してあげるわよ」
「むー。どれくらいかかる?」
「さあ、貴女たちの腕次第ね。……フタリとも筋がよさそうだから、一ヶ月くらい毎日料理を作ってればヒトリでいろんなものが作れるようになるんじゃないかしら?」
「えー、長ーい。こう、三日くらいで何とかならない?」

 こいしはあまり地道なことは好きではないようだ。すぐに結果出てくるようなものの方が好きらしい。

「無理に決まってるでしょう。上達するには慣れも必要なのよ。まあ、楽しみながらやれば一ヶ月なんてあっという間よ」
「本当?」
「本当よ。騙されたと思って楽しみながらやってみなさい」
「うん、わかった」

 アリスの言葉を一応は納得したようで素直に頷く。

「アリス、タマネギはどうやって切るの?ニンジンとかダイコンとかとは形が違うわよね」

 フランはフタリの話が終わったのを見計らって、手のひらほどの大きさのタマネギを手に取って聞く。勝ち負けよりも、料理の作り方自体に興味があるからかその口調はアリスを急かすようであった。

「フランはちゃんと作ること自体を楽しんでるみたいね」

 うんうん、と嬉しそうに頷きながらアリスはタマネギを一つ、手に取る。

「タマネギだけど、まずは皮を剥いてもらうわ。タマネギの皮はダイコンよりも簡単に剥けるわよ。最初に半分に切って、それから両端を切るの。それから、皮を剥ぐようにすれば簡単に皮は剥けるわ。フラン、包丁、貸してくれるかしら?」
「うん、どうぞ」

 今度はちゃんと柄の方をアリスに向けて包丁を渡す。

 アリスはフランから包丁を受け取ると、まずタマネギを半分に切る。それから、半分だけを手に取り、皮を剥ぐ。そうして、タマネギは白い身をサンニンの前に曝け出す。

「ここで、一工夫すればタマネギを切る時のある苦労をしないで済むんだけど、フタリはタマネギを切る時にどんな苦労をするか知ってるかしら?」
「ううん、知らないわ」「知らない」

 フタリとも首を横に振った。

「そう、なら一度体験してみるといいわ。そうすれば、この工夫がどれだけ大切か身にしみてわかるから。……ルーシ!ちょっと手伝ってちょうだい」
「ハイハーイ、リョウカイデース、マスター」

 少々面倒くさそうな口調と共に現れたのは、青色の瞳、青色の髪、青色の服、と青色で統一された人形だ。どうやら、この人形は他の人形たちと違ってアリスのことをマスターと呼んでいるようだ。
 露西亜人形。愛称はアリスが言っていたとおりルーシ、だ。

「オヤ、ハジメテミルカオデスネー。ハジメマシテー」

 面倒くさそうな口調の割には礼儀正しいようだ。フランとこいしの前でぺこり、と頭を下げる。

「マスターカラ、キイテマスヨー。フランドールサン、デスヨネー?」

 ルーシはフランの方へと視線を向ける。

「うん、そうよ」
「マスターカラ、ホウセキノヨウナ、キレイナハネガアル、トキイテマシタガ、ホントウニ、キレイナハネデスネー」

 フランの方へと近づくと、興味深そうにフランの羽に触れる。フランは、そんなルーシの様子を見ながら微かに羽を揺らす。

「オット、コンナコトヲ、シテイルバアイデハ、ナイデスネー」

 自分がアリスに呼ばれていた、ということを思い出したのかフランの羽に触れるのをやめる。けど、すぐにはアリスの方に向かなかった。

「デスガ、ソノマエニー。アナタハ、ナントイウノデスカー?」

 くるり、とこいしの方へと向きを変える。

「私は、古明地こいしだよ」
「コイシサン、デスネー」
「うん、そうそうー」

 何故だかこいしは楽しそうだった。自分の意思で動く人形を見るのが楽しいのだろうか。

「……ソレデ、マスター。ナンノゴヨウデショウカー」

 最後に主人であるアリスの方へと振り返った。

「今からタマネギを切るから冷やしてほしいのよ。お願いできるかしら?」
「ガッテンショウチデース。デハ、マスター、ショウショウ、マリョクヲオカリシマスネー」

 そう言ってアリスの返事を待たずに魔法を使う準備をする。アリスが人形たちに指示を出す時にお願い、という形になるのと同じでルーシのこの言葉も形のものでしかない。だから、アリスは何も答えなかった。

「ゼッタイレイドカラ、アキノスズカゼマデナンデモゴヨウイイタシマスヨー。トイウワケデ、キョウハ、ゴッカンノレイフウデスー」

 なんだかよくわからない謳い文句を口にしながらタマネギへと掌を向ける。その瞬間から周囲の温度が下がり始める。
 しかし、それは単にタマネギを覆う冷気が周囲に溢れているだけだ。目標の中心点となっているタマネギの周囲には霜が降りてきている。そこには小型の動物の命を容易く奪ってしまうほどの冷気が渦巻いている。
 タマネギの表面が凍り始めてきたところでルーシは冷気を出すのを止めた。気温が元に戻っていく。

「マスター、オワリマシター」
「御苦労さま」

 アリスが包丁をまな板の上に置いて寄ってきたルーシへと微笑みかけながらその頭を撫でる。

「さてと、これでタマネギを切る準備は整ったわ」

 ルーシの頭から手を離して、包丁を手に取る。

「この後は簡単よ。こうして、タマネギを置いて、薄く切ればいいわよ」

 そう言いながら半分に切ったタマネギの切った面を下にする。それから、タマネギの繊維に沿って薄く切っていく。
 途切れることのない小気味よい音が台所に響く。包丁がまな板を叩くたび、薄いタマネギが生まれる。
 そして、あっという間にタマネギはその姿を薄切りに変えてしまった。

「イツミテモ、マスターノホウチョウサバキハ、ホレボレシマスネー」

 アリスの手元を覗きこんでルーシはそんな賞賛を漏らす。
 べつに、自分の主だから贔屓しているとかではなく、心の底からそう思っている。アリスがお世辞を好まないので人形たちもそういった意図を汲み取ってお世辞は決して言わないのだ。

「ありがと」

 アリスも律儀に賞賛の言葉にお礼を返す。

「はい、フラン」

 フランに包丁を返す。

「さ、フタリともやってみなさい」

 フランもこいしも無言で頷いてタマネギを一個手に取る。

 アリスのやっていたように、半分に切って、皮を剥く。ここまで何の滞りもなく順調だ。ここまで、見本を一回見ただけで失敗なくきたのだから本当にフタリには料理の才能でもあるのかもしれない。
 そしてアリスがやったようにタマネギを冷やしたりはせずに、タマネギを薄く切り始める。
 規則正しいリズムで包丁がまな板を叩く。そのまま順調にいくかのようかに見えた。しかし、半分ほど切り終えたところでフランがその手を止めた。

「あ、あれ?」

 フランの瞳から涙が流れ出ていた。視界が滲み始める。
 悲しいことがあったわけでもないのに突然流れ出たその涙に困惑する。とにもかくにも今の状態で切り続けるのは無理そうなので包丁をまな板の上に置く。
 その間も涙は止まらず流れ続ける。
 瞼をまばたかせたり、手で涙をぬぐったりするが一向に止まりそうな気配はない。

「あ、アリス。涙が止まらないよ……」

 助けを求めるようにアリスの方を向く。理由もなく涙が流れてかなり困惑しているらしく、その声はかなり心細そうだった。

「それが、タマネギを切るときの苦労よ。……そこまで効くとは思いもしなかったけど」

 アリスの予想では涙を流して、少し経ったらそれで終わり、と思っていたのだが、フランはいまだに涙を流し続けている。

「タマネギの……?」
「そ、タマネギの中にある成分が空気中に飛んで、涙を流させるのよ。その成分を飛ばさないようにするにはさっき、ルーシにやってもらったみたいにタマネギを冷やせばいいのよ。もしくは近くで火を熾すのも効果があるわよ。貴女にとって手軽なほうを試してみるといいわよ」
「うん、わかった……」

 ぐしぐし、と両目を拭いながら答える。しばらくの間、作業は出来なさそうだ。

「ハンカチー」

 いつの間にかアリスから離れていた上海が赤いチェックのハンカチをフランに渡す。

「ありがと、上海」

 少々涙声でそう言いながらハンカチを受け取る。そして、そのハンカチで涙を拭き取る。けど、涙は止まっていないので、そのままハンカチで目元を抑える。

「出来たっ」

 今までヒトリでタマネギを切り続けていたこいしがそう言う。涙は出ていないようだ。

「うー、なんで平気なのよー」

 目元からハンカチを離して少し恨みがましそうにこいしの方を見る。

「あれ?フラン、なんで泣いてるの?」

 首を傾げて不思議そうにする。タマネギを切ることに集中していて今の今までフランが涙を流していることに気が付いていなかったようだ。

「こいし、何ともないのかしら?」

 アリスもアリスで驚いているようだった。アリス自身も始めて料理を作ったときにタマネギに苦しめられた。だから、このタマネギによる涙は料理を始めたモノ誰もが体験するものだと思っていた。

「なんともないよ?」

 フランとアリスがなんでそんな様子なのか理解できないようで更に首を傾げる。

「うーん、涙とか出て来そうな感じは?」
「ないよ、そんなもの」

 涙を堪えようとしている様子も一切見せず平然と答える。

「……まあ、何ともないなら何ともないでいいわ。フラン、涙は止まったかしら?」
「うん、なんとか止まったわ」

 最後の涙を拭って答えた。擦りすぎたせいか少し目が赤くなっている。

「オジョウサン、ハンカチヲ、オアズカリシマショー」

 何故だか気取った様子で、フランからハンカチを受け取ろうとするルーシ。わざわざ表情を作ってるのか、キリッ、とした表情を浮かべている。

「うん、どうぞ」
「デハ、マスター、フランドールサンノツカッテイタハンカチヲ、アラッテキマスー」
「ええ、いってらっしゃい」

 ルーシはアリスにそう言われたのを聞いて台所から出て行った。上海がその背中へと向けて「ガンバッテー」と手を振ってる。

「じゃあ、料理を再開しましょうか。……あー、でもルーシが洗濯をしにいっちゃたわね。ネーデルを呼んで近くで火を熾させましょうか」
「ううん、いいわ。私が自分で火を熾すから」

 そう言うと、フランはまな板から少し離れる。それから、ゆっくりと耐熱加工された部分に指を向ける。
 普段なら指を向けなくとも火を熾すことは出来るのだが、その場合は凶暴なまでの火力となってしまう。だから、こうして指を使うことで火の大きさを調節しやすくする。パチュリーから教えてもらった方法だ。

 短く集中して、フランが狙ったとおりの場所に火が熾る。
 こいしが「おおっ」と驚いたような声を漏らす。フランが炎系の魔法を使うことは前に弾幕ごっこをしたときに知っているはずだが、もしかしたら、あの時は完全に無意識に身を委ねていたので覚えていないのかもしれない。

 徐々に火を大きくしていき、フラン自身の方まである程度の熱が届くようにした。

「よし、出来たわ」

 満足そうに呟く。
 館の中で練習していたときは五回に一回は失敗して大規模な炎となってしまうのだが今回はそうはならなかったようだ。

「呪文の詠唱も魔法陣もマジックアイテムなしに魔法を扱えるなんて……。やっぱり、吸血鬼は私たちとは違うわね」

 アリスはフランが魔法を扱う様子を見て感心しているようだった。呪文の詠唱や魔方陣、マジックアイテムなしに魔法を使うのは魔法使いにとって夢のようなことなのだろう。

 ちなみに、アリスの人形は呪文なしに魔法を使っているように見えるが、あれは人形に魔法陣を埋め込んでいるからああいったことが出来るのだ。

「これでいいのよね?」

 確認を取るようにアリスの方に振り向く。また先ほどのようになりたくない、と慎重になっているのだろう。

「ええ、それぐらいの火力があれば十分よ」

 アリスが頷いたのを見てフランは安心したように包丁を手に取る。
 半分まで切っていたタマネギを左手で押さえて、再び切り始める。
 微妙に逃げ腰になっているのは涙が出てくるのを警戒しているからだろう。けれど、そのまま何の問題もなくタマネギを切り終えた。

「はぁ……」

 疲れと安堵とが混ざりあったような溜息を漏らしながら火を消す。フランの中にはタマネギ汁の恐ろしさが刻まれていることだろう。

「お疲れ様」

 フランの苦労を労うようにアリスは言った。

「うーん、タマネギを切るのって大変なんだね。私はなんともなかったけど」

 ヒトリ、タマネギの被害に遭っていないこいしがそんな感想を口にする。何故、彼女だけ平気なのかは謎だ。

「なんでこいしは平気なのよ」
「さあ?」

 フランの言葉にこいしは首を傾げる。
 ルーミアのようにこいしもまた謎が多そうだ。ただ、本人にも自覚がなさそうなので、その謎を解くのは不可能そうではある。

 とりあえず、フランはこれ以上こいしのことは気にしないことにする。もし気になれば、その時にまた聞いてみればいい。

「次は、豆腐を切るわよ。賽の目切り、っていう切り方をするんだけど、最初に一センチくらいの厚さに切って、それから、その切ったものを寝かせて縦に包丁を入れて、次に横に包丁を入れれば賽の目切りの完成よ。そうね、同じ太さに切る、それを念頭に置いておけば簡単に出来るわよ。……ここまで来れば、私の見本を見せる必要もないわよね?」
「大丈夫よ」「大丈夫だと思うよ」

 フランが力強く頷き、こいしが普通に頷く。
 フランには絶対に作りあげてみせる、という強い意志がある。逆に、こいしには、とにかくやってみたい、という想いしかないので、そこまでの強さはない。

 そんな想いの強さの違いがあるなかフタリは豆腐を取り、自分のまな板の上に置く。
 フランは水の中で手の上に乗せてから慎重に、こいしは手で掴んで少々適当に扱っている。けど、フタリの豆腐はどちらも壊れたりはしなかった。
 今回は初心者でも扱いやすいように、ということでアリスがわざわざ固めの豆腐を用意していたのだ。絹ごし豆腐など柔らかめの豆腐を用意していたら、こいしのやり方では簡単に豆腐が崩れてしまっていたことだろう。

「こいし、豆腐を扱うときはもっと慎重に扱うべきよ。今日、用意してたのは固かったからいいけど、柔らかい豆腐だったら崩れてるわよ」
「えー、めんどくさいー。でも、そうだね。次からは気をつけるよ」

 アリスの注意に最初は文句を言いながらもすぐに素直に納得したこいし。どちらが本心なのか本人もよくわかっていない。

 フランはそんなフタリのやり取りを尻目に豆腐を切り始める。
 一センチがどれほどなのか正直なところよくわからない、薄めに、けれど薄すぎない程度に切る。大体、指と同じくらいの太さに。
 それから、豆腐を横にすると、まず、縦に同じように一センチずつ、横に一センチずつ切って豆腐を正方形の形にしていく。
 そして、もう一度、大きな豆腐を薄く切って同じことを繰り返す。
 既に包丁を扱うのには慣れてしまったようでその手に戸惑いはない。しっかりと、自分の意思でもって包丁を振るう。
 そんなに時間を掛けることなくフランがまな板の上に置いた豆腐は全て小さな正方形となっていた。
 アリスから注意を受けてその分だけ遅れていたこいしは半分ほどしか切り終えていない。

「ちゃんとヒトリで出来たわね。それにすごく上手よ」

 アリスがフランへと微笑みかけながらフランの包丁捌きを褒める。

「これなら、先生なんて必要なさそうね」

 冗談めかすようにそう言う。

「う、ううん、そんなことないわよ。アリスの教え方が上手だから、こうやって出来るようになったのよ」

 対してフランは褒められて動揺しながらも、その口調は真剣そのものだ。

「そう言ってもらえると嬉しいわね。これからも、教えてあげる甲斐があるってものだわ」
「うん、お願いね、アリス」

 フランが笑顔を浮かべ、アリスも笑顔を返す。フタリの間に流れる空気は姉妹のようなそれであった。

 この光景をレミリアが見れば拗ねてしまうかもしれない。自分より姉妹らしい雰囲気を作って、などと言って。
 レミリアだって十分フランの姉をしているのに、そんなことを思ってしまうのはまだまだ、フランとの絆に自信が持てないからだ。五百年近い年月の間に出来てしまったすれ違いによる思い違いはなかなかに大きい。今回とは関係のない話であるが。

 フランとアリスがいい雰囲気を作りながらで話している間にこいしは豆腐を切り終えていた。微妙に形がそろっていない。
 けど、初心者が切ったにしては上手だ、と言える程度の出来である。いくら固めの豆腐とはいっても慣れない人が切ると簡単に形が崩れてしまうものだ。

「んー、なんか上手く出来ないね」

 フランの切った豆腐と見比べて誰に言うともなくそんな感想を漏らす。

「ん?」

 その声を聞いてアリスはこいしが豆腐を切り終えたのだ、ということに気付いた。振り返ってこいしの方を向いてまな板の上を見る。フランは、アリスの後ろから覗きこむ。

「上手く出来ない、なんて言ってるけど、そんなことないわよ。初めて豆腐を切って全然形を崩してないのはすごいと思うわ。私が初めて料理を作った時は豆腐がぼろぼろになってたんだけど、貴女たちは私よりも料理の才能があるのかもしれないわね」

 手放しでフタリを褒める。自分の言った事をどんどん吸収してくれるので楽しくなってきているのかもしれない。

「へへ、そうかな。ありがと」
「ぁ、ありがと……」

 こいしは嬉しそうに笑顔を浮かべ、フランは恥ずかしそうに顔を俯かせながらも、口元を緩めた。

「さてと、最後は油揚げよ。まあ、横に半分に切って縦に三等分すればいいだけなんだけれど。当然、見本は必要ないわよね?」
「うん、大丈夫よ」

 フランが頷く間にこいしは勝手に切り始めていた。さすが無意識。やることが定まれば行動が早い。
 それに続くようにフランも油揚げを手早く短冊切りにする。今までの野菜や豆腐に比べて格段に簡単なので滞りなく進む。

 そうして、全ての食材を切り終えた。

「じゃあ、次はダシの取り方ね。今日使うのは干しシイタケなんだけど、シイタケは料理をする半刻前に鍋に入れておくといいダシが取れるわよ。あと、ダシを取るのに使うのは煮干しなんかがあるわ。こっちは四半刻くらい前から水に入れておけばいいわよ」

 そう言いながら鍋の用意をするアリス。その中にはアリスの言葉通り干しシイタケが入っている。

「これを火にかければいいんだけど……。ネーデル、ちょっと来てくれるかしら?」

 アリスの言葉と同時に赤毛、赤服の人形が飛んできた。反応は早かったが、やっぱり飛び方はふらふらと頼りない。

「火ぐらいなら私が熾してあげるわよ」

 そう言ってフランは鍋の方へと指を向ける。けれど、それを阻むようにしてネーデルが立ちふさがり首を左右に振った。

「あ、そっか。あなた、アリスの役に立ちたいのね」

 フランの言葉にネーデルはこくこく、と首を縦に振る。

「なら、頼んだわ。頑張ってね」

 今度はぺこり、とお辞儀をして、アリスが用意した鍋の前へと向かって行った。
 そして、一度アリスの方を見て、

「じゃあ、お願い、ネーデル」

 アリスに微笑みを返されてネーデルはこく、と力強く頷く。そして、小さな手を鍋の方へと向ける。
 静かに鍋の下が燃え始める。フランが使ったのとは違うしっかりと統制された炎が一瞬で鍋を温めるのに最適な強さとなる。

 フランはそれを感心するように見る。炎系の魔法を最も得意としているからこそ本当にその炎がしっかりと制御されているのだと感じる。
 炎系の魔法が得意、といっても手加減が上手く出来ないフランにとって、しっかりと魔法を制御できるのは憧れのようなものであった。手加減することが出来るようになれば弾幕もまたその幅を広げることができるからだ。

「魔法を使えるのって羨ましいなぁ。ねえ、アリス、私でも使えるような魔法ってない?」

 こいしもこいしで魔法に憧れているようだった。

「うーん、簡単な魔法、って言っても魔力がなければどうしようもないのよね。こいしは魔力を持ってるのかしら?」
「さあ?たぶん、ないんじゃないかな」
「わからないのね。じゃあ、ご飯を食べた後で、魔力があれば誰でも使えるような魔法を教えてあげるわ。それで、魔力があるのかないのか調べてみればいいわよ」
「うん、じゃあお願い」

 こいしは頷いた。けど、自分に魔力はない、と何となく気付いているのかそこに期待の色はなかった。落胆している様子でもなかったが。

 そうやって、フタリが話している間に鍋の中の水が沸騰を始めた。

「ん、と。お湯が沸騰したら、具材を入れていけばいいわよ。……流石に、フタリが切った材料を全部入れると多いわね。せっかく切ったんだし、半分ずつ入れましょうか」
「そうね」「そうだね」

 フタリとも異論はないようでアリスの言葉に頷く。
 それから、フラン、こいし、アリス、上海が一緒に鍋に材料を入れていく。ネーデルはヒトリで火を出し続けている。
 フランが、こいしが切った、ニンジンが、ダイコンが、タマネギが、豆腐が、油揚げが鍋に入れられ煮られる。
 そうして、完成に近づいていくのを見ると、フランの中に感慨深いものが浮かんでくる。不思議な高揚感のようなものがある。

「後は煮えるのを待つだけね。……ちょっとここで煮干しをダシに使った場合について教えておきましょうか」

 フランがアリスの方を見て頷く。こいしはあまり興味がないのか鍋の方を見つめている。

「煮干しでダシを取った場合、その煮干しは干しシイタケのように具としては使えないわ。まあ、実際、干しシイタケの場合はダシじゃなくて、戻し汁、って言うのよ。干した状態から元に戻したときにその旨味が出てくるからね」
「旨味って?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げるフラン。

「基本的な五種類の味のうちの一つよ。甘味、酸味、塩味、苦味、そして、旨味がそれにあたるわ。まあ、旨味はそれ単体ではわかりにくい味で、他の味の引き立て役となるのよ」
「へぇ……」

 感心したように頷く。

 と、そこで、誰かがアリスの腕を引っ張る。

「ん?あ、煮えたのね。ありがと、ネーデル」

 アリスに微笑みかけられてネーデルは嬉しそうにこくこく、と首を縦に振る。

「火を止めるのはもう一度煮立ったときよ。まあ、具材によって時間は調節する必要があるんだけどね。その辺りはまたいつか教えてあげるわ」
「うん、お願い」

 フランが頷く。興味どころか関心も失ったらしいこいしはネーデルのほうに興味が移っているようだ。自己紹介とかをしている。

「さてと、次は味噌を入れるんだけど……」

 アリスはそう言いながら作業台の下の棚から手で抱えられるほどの大きさの壷を取り出して上に置く。それから、隣の棚を開け、そこからおたまと菜ばしとを取り出した。

「これから味噌をとかすんだけど、貴女たちのどちらかにやらせてあげるわよ」
「じゃあ、私がやるっ!」

 フランが右手を上げながら勢いよくアリスの方へと近づく。近くにいた上海がアリスの後ろに隠れてしまうほどだった。

「こいしはいいのかしら?」
「んー?なんか地味そうだからいい」

 包丁を使うのは派手だとでも言うのだろうか。何にせよ、もうやる気はないようだ。

「じゃあ、フランにやってもらうわね。はい、これの四分の一くらい味噌を取ってちょうだい」

 おたまをフランに渡しながらそう言う。
 フランはおたまを受け取ってアリスの取りだした壺の中におたまを突っ込む。壺の中を覗き込みながらアリスに言われたとおり、おたまの四分の一だけ味噌をすくい取った。

「そうしたら、鍋の中におたまを入れて、この菜ばしを使っておたまの上で味噌をとかしてちょうだい」
「こんな感じ?」

 フランはおたまを鍋の中に沈ませると、おたまの上で菜ばしをくるくると動かす。ゆっくりと鍋の中に味噌が広がっていく。

「そうそう、そんな感じでいいわよ」

 尚も菜ばしを動かし続ける。フランがとけきったかな、と思ったところで、

「後は、とかした味噌が全体にいきわたるように混ぜれば完成よ」

 アリスの言葉に従って今まで持っているだけだったおたまで鍋全体をかき混ぜる。三回、四回、と回したところでフランはその手を止めた。

「終わった……!」

 自分で作った料理を前にしてフランは達成感に満ち足りた声を漏らした。けど、料理自体は出来たがまだまだ終わりではない。

「ここまでよく頑張ったわね。さてと、お椀に注いでお昼にしましょうか。こいし―――って、あれ?」

 名前を呼んで台所の中にこいしがいないことに気付く。

「ん?なに?」

 リビングの方からひょい、と顔をのぞかせる。その頭の上には彼女の黒い帽子が乗っかっている。帽子を取るためにリビングに行っていたようだ。フランもアリスもこいしが出ていった瞬間には気付けなかった。

「いつの間に……。というか、その帽子、邪魔になったりしない?」
「ならないよ。むしろ、被ってる時の方が落ち着くかな」

 そう言いながら笑顔を浮かべる。どうやら、本当にその帽子が気に入っているようだ。

「まあ、料理も終わったし本人がいいんならいんだけど」

 アリスもとやかく言うつもりはないようだ。

「上海、お茶碗とお椀の用意をしてちょうだい」
「ワカッター」

 ふわー、と台所の奥の方にある食器棚の方へと飛んでいく。

「あと、ネーデルと、ロン!」

 アリスが二体の人形の名を呼ぶ。近くにいたネーデルが真っ先にアリスの前に行き、棚にいたロンが少し遅れてやってきた。

「何デショウカ、アリス」
「今からご飯を炊くのよ。だから、手伝ってちょうだい」
「ワカリマシタ。デハ、ネーデル、頑張リマショウ」

 ネーデルがこくり、と頷く。

「ご飯を炊くのって結構時間がかかるんじゃなかったっけ?」

 フランがそんな疑問を口にする。料理をしたことがない、というフランだが、パチュリーの図書館にあった本を読んで自らの知識としている物がある。

「そうね。普通のやり方なら時間がかかるわね。けど、私は魔法使いよ。普通じゃない、裏ワザ的なやり方も出来るのよ」

 そう言って、鍋を用意し、中に米を入れて作業台の上へと置く。中に水を入れるとその上から蓋を乗せた。

「ロンは密度と圧力が高めの霧を、ネーデルは、鍋を温め続けていてちょうだい」

 ネーデルとロンが無言でうなずく。そして、二体で顔を合わせると、同時にそれぞれの仕事を始めた。
 ロンがアリスに要求されたとおりの霧を出して鍋の中へと侵入させる。それから、ネーデルが炎で鍋を覆った。

「じゃあ、ご飯が炊けるまでの間に味噌汁を注いでおきましょうか」
「うん、そうね」
「あ、私もやる」

 今度はこいしもやる気なようだ。行動基準がよくわからない。

「ドウゾー」

 上海がフタリにお椀を渡す。

「ありがと」

 フランは笑顔を浮かべて受け取り、

「ありがとっ」

 こいしは何故か上海を抱き締めた。

「ハナシテー」

 声は暢気だが、動きはかなり必死だ。こいしから逃げだそうと、ばたばた、と手足を動かしている。

「あ、っと、ごめん。つい、抱き締めたくなちゃった」

 上海を放しながら謝る。が、反省の色は見てとれない。無意識に問題行動を起こすことが多いので謝るのも面倒になっているようだ。

「何やってるのよ……」

 相変わらずなこいしの行動にフランは呆れているようだ。アリスはアリスでどう反応すればいいのかわからないらしく、曖昧な笑みを浮かべている。

 そんなこんなで、トラブルっぽいこともあったが、気を取り直しておたまを持っているフランから味噌汁を注いでいく。
 今までの野菜切りなどの苦労に比べると断然、疲れも出ないのような作業だが、達成感のようなものは段違いだった。一つの料理を完成させた、そのことがフランの胸に感動に似た刺激を与える。こうして誰かの前に出せることにしてようやく完成なのだ、と初めて知る。

「フラン?」

 感動に打ち震えて恍惚としていたフランへとこいしが声を掛ける。

「あ、ごめん」

 謝りながらおたまをこいしに渡す。先ほどのこいしとは違ってその言葉には心が籠っていた。

「ううん、いいよ、別に」

 フランからおたまを受け取るとすぐさま味噌汁を注いだ。
 フランが感じたような感動はないようだ。それとも、表に出てこないだけなのだろうか。

 何にせよ、こいしは特に大きな反応を見せることもなく鍋におたまを戻した。

「フタリとも注ぎ終わったみたいね。ご飯ももうちょっとで炊けそうよ」

 アリス特製の人形二体による魔法炊飯は、普通に炊くのよりも格段に早いようだ。咲夜も早く炊くことは出来るが、あれは結局ズルをしているだけなのだ。

「アリス、終リマシタ」

 ロンの静かな声とともに鍋を覆っていた火が消え、霧が消える。

「御苦労さま、フタリとも」
「イエイエ。デハ、用ガアリマシタラオ呼ビクダサイ」

 ロンは一礼をするとリビングの方へと飛んで行ってしまった。対して、ネーデルは、アリスの傍へと寄って行く。ロンだけはほかの人形たちと違ってアリスといるよりはゆっくりとしているほうがいいようだ。

「じゃあ、ご飯は私がよそってるから、味噌汁をリビングに持って行ってちょうだい」
「うん、わかったわ」
「わかった」

 頷いて、フタリはリビングの方へと向かって行った。



 食事の準備が終わり、サンニンは席に着いた。
 フランとこいしは並んで座り、その向かい側にアリスが座っている。
 フランたちが食事を作り始めてからずっとテーブルの上で待機していたステアもフランたちと同じテーブルの上に横になっている。

 ステアの前に皿に盛られた煮干しが用意されている。
 フランは、タマネギだけをどけてステアに食べさせようとしていたのだが、こいしが、猫は塩分の多い物はダメ、と言った。それを聞いたルーシが用意したものだ。その時の台詞は「コレヲ、ネコノ、オジョウサンニ、サシアゲテクダサイー」とやっぱりどこか気取った言い方だった。

「「いただきます」」

 フランとこいしが手を合わせ、声を重ねる。
 フランは早速自分が作った味噌汁へと手を伸ばす。汁をすすり、具材を噛み締める。

「美味しい……」
「うん、そうだね!」

 うっとりとした口調で感想を漏らすフランの横で、こいしはご飯と味噌汁とを交互に口に入れながらそう言う。
 フランのようにじっくりと味わうようなことはしないが、そうやってどんどん食べれるほどに美味しい、ということだろう。

「ふふ、よかったわね。じゃあ、私もいただいてみましょうか」

 フタリの様子に微笑ましげな笑みを浮かべて、アリスも箸と味噌汁とを手に取る。
 味覚に全ての神経を集中させるかのように目を閉じて、フタリの作った味噌汁を味わう。

「……うん、いい出来ね」
「よかった。アリスがそう言ってくれるんなら自信を持ってもいいわよね」
「私のことを買い被りすぎだと思うけど……。でも、自信は持っていいと思うわよ」

 苦笑を浮かべながら、フランの言葉を謙虚に受け取った。

「買い被りすぎだなんて、ってそんなことないわよ。この前、食べさせてもらったアリスの料理、すっごく美味しかったわ」
「ありがと」

 でも、真っ直ぐに褒められると嬉しいらしく、素直にフランの言葉を受け取った。

「フタリとも、早く食べないと冷めちゃうよ。……あ、この煮干し美味しい」

 ステアの前に置かれた皿の上の煮干しを食べながら言う。ステアは特に気にしてないようで、こいしの手を避けながら煮干しを食べている。地霊殿にいたころもこうして横から食事を取られていたのかもしれない。

「うん、そうね」

 こいしには何を言っても無駄だと知っているフランは気に入らないことをしていない限り突っ込みを入れるつもりはないようだ。アリスも今までの行動を見て、フランと大体同じような結論を出していた。
 結果、誰もこいしの奇行を止めない、といった事態に陥ってしまった。一番の被害者であるステアが気にしていないので、別に止める必要もないのかもしれないが。

 マイペースにごはんを食べたり、煮干しをつまんだり、味噌汁を飲んだりしているこいしを傍目にフランはアリスの炊いたご飯を口に入れた。
 変わった炊き方をしているからからその口触りは咲夜が炊くご飯とは違った。弾力があり、少し硬い。

「んー、今まで食べたことのない食感ね。……ちょっと、硬い」
「無理に短時間に炊いたものだから仕方ないわよ。ほんとは、ロンに霧で圧力をかけてもらいながらもうちょっとゆっくり炊くのがいいのよ」
「そーなんだ」

 味噌汁を啜りながらそう言う。フランは自分で作った味噌汁が気に入ったらしく二対一の割合で、味噌汁、ご飯、と順番に口に含む。
 苦労して切ったタマネギの甘さを噛み締める。そして、二度とタマネギには負けない、と誓う。

「オジョウサンガタ、オチャヲドウゾー」
「ドウゾー」

 ルーシのそんな気取った言い方と共に、ルーシ、上海、ネーデルの三体が湯呑にお茶を淹れて持ってきた。当然、紅茶ではなく日本茶だ。
 ネーデルは真っ直ぐとアリスに、上海は少し考えてからこいしに、そして、最後に残ったルーシはフランの前へと湯呑を置いた。

 フランは、湯呑の中を覗いて露骨に顔をしかめる。

「どうしたのよ?そんな顔して」
「苦いのは苦手なのよー。日本茶なんて飲み物じゃないわ」

 怪訝なアリスの問いに、そんな子供っぽい答えを返す。

「デハ、ワタシガ、クチウツシデ、ノマシテサシアゲマショー」
「やめなさい」

 ぴしゃり、と言い放ち微妙に暴走気味なルーシを止めた。

「ソレハ、ザンネンデスネー」
「そもそも、貴女の身体の作りからして無理があるでしょうに」

 アリスが人形の見かけに力を入れているのは周知のことだが、流石に肺や気管までは作られていない。だから、口に含むにしても注ぎ入れることしかできない。

「ソレモソウデスネー。……デハ、フランドールサン、サトウデヨロシイデショウカー」
「うん、お願い」
「カシコマリマシター。デハデハ、ショウショウノオマチヲー」

 そう言い残して、ルーシは台所へと飛んで行った。

「フラン、ルーシの言ったことは気にしなくていいわよ」
「別に気にしてないわよ。実際にやられそうになったとしても簡単に止めれそうだしね」

 笑顔で告げる。
 それは、掴むなどして動きを束縛して止めるのか、それとも、壊して本当に動けなくするのか……。

「壊すのだけは勘弁してちょうだい……」
「ふふ、わかってるわよ。……でも、私のファーストキスを奪っていいのは魔理沙だけよ」

 ルーシの言葉にあてられたかフランも微妙に暴走気味である。

「えーっと……、そう」

 どう反応していいかわからず、アリスが返せたのはそんな言葉とも言えないようなものであった。

「ごちそうさまー」

 そんな中、ステアと共にマイペースに食事を進めていたこいしがヒトリでそう言ったのだった。



 食事の後は、こいしに簡単な魔法を教える、ということをしたのだが、結果はこいしの予想通りだった。
 こいしに魔法を扱うだけの魔力はない。予想していただけあって本人は特に落ち込んでいる様子もなかった。まあ、もともと頓着していなかったのかもしれないが。

 そんな感じに適当に時間を潰して、日が傾き始めたころ、フタリは帰ることとなった。


「アリス、今日はほんとにありがと!」

 玄関の前。フランは右手に魔理沙の人形を抱き抱えその腕にアリスに作ってもらったエプロンをかけている。
 フランは笑顔を浮かべているが、その笑顔の原因の八割は魔理沙の人形だろう。

「どういたしまして。また、好きな時にいらっしゃい。いれば、だけど、料理もまた教えてあげるわ」
「うん、お願いっ」

 弾みっ放しなフランの声。羽もぱたぱたと大きく揺れている。フランの頭の上にはいつものようにステアが乗り、眠そうにあくびをしている。

「……はしゃぎすぎて、太陽に灼かれないようにするのよ」

 流石にフランの高いテンションに不安になってきたのか、アリスは釘を刺す。

「大丈夫よ。ちゃんと傘は差すから」

 そう言って、空いている左手で紅色の傘を傘立てから抜き取る。

「まあ、ならいんだけど。……こいしは、大丈夫かしら?」

 今度はこいしの方へと視線を向ける。こいしの腕にはアリスから貰った、古明地姉妹とそのペットフタリの人形が抱えられている。

「大丈夫だよ。……おととと」

 腕の中から落ちそうになった燐の人形を何とか落とさないように身体を捻る。

「ほんとに大丈夫?なんなら、上海に手伝わせるわよ」
「マカセテー」

 上海は早速やる気満々なようだ。二体の人形をひきつれてこいしの前へと行く。

「じゃあ、お願いしようかな。はい」

 そう言って燐と空の人形を差し出した。上海が燐の人形を持ち、二体の人形が少し大きな空の人形を持つ。
 こいしは、残りの自分とさとりの人形を大切そうに抱えている。やっぱり、こいしの中での最優先となる人形はその二体だったようだ。

「上海、よろしくね」
「ウン、マカセテー」

 上海を中心として他の二体も頷いた。とはいっても、他の二体を操っているのは上海なのだが。

「じゃあ、ばいばい。アリス、フラン」
「うん、ばいばい」
「ええ、気を付けて帰るのよ。あと、上海たちも十分注意するのよ」
「ダイジョウブー、シンパイシナイデー。デハ、イッテキマース」

 そう言って扉の方に向かった。けど、ヒトリと三体はそのまま立ち止まってしまった。
 みんな、手が塞がっていて扉が開けられないのだ。

「はい」

 手が空いていて一番扉の近くにいたフランが傘を一度傘立てに戻して扉を開けてあげた。

「ありがと。あ、そだ。咲夜に、今度こそ私のペットになって、って伝えてくれる?」
「……そういうことは、自分で伝えてちょうだい」

 何の脈絡もないお願いに動じた様子もなくフランは断った。

「む、わかった。じゃあ、ばいばい」

 こいしは家の外へと飛んで行った。その後ろを上海たちが一生懸命追いかける。

「……ほんとに大丈夫かしらね」

 アリスはこいしたちの背中へと心配そうな視線を向ける。

「大丈夫よ……たぶん」
「みゃ〜……」

 アリスの心配を取り除こうとしたが、中途半端な言い方になってしまった。ステアも、大丈夫、と肯定できないようだ。こいしの行動をほんとに大丈夫だ、と言えるモノはいない。

「……まあ、心配したってしょうがないわね」

 無理やり、といった感じに心配を払拭する。

「うん、そうだね。こいし相手に心配なんかしてたらこっちの身が持たないわ」

 フランはアリスの言葉に頷く。
 そうしながら、再び紅色の傘を手に取る。

「じゃあ、私も帰るわね。アリス、今日はほんとにありがとう」

 今度はしっかりとアリスへと笑顔を向けながら言う。

「ええ。フランも気を付けて帰るのよ」
「うん、ばいばい、アリス」
「みゃー」

 フランは魔理沙の人形を抱えた方の手を小さく振り、ステアは尻尾を振る。アリスもヒトリと一匹に手を振り返す。
 そして、フランは前へと向き直り家路へと向けて歩きはじめた。



「ただいまっ!」

 少し勢いをつけて館の扉を開ける。外では日が暮れかかっている。あと少しすれば外は闇に包まれることだろう。

「お帰りなさいませ、フランお嬢様。傘をお預かりしますわ」

 咲夜がフランの目の前に現れ、フランの手から傘を受け取る。

「そちらのエプロンはアリスから貰ったのですか?」

 フランの右腕にかかっている赤色のエプロンへと視線を向ける。

「うん、そうよ」
「そうですか。では、そちらは洗濯をしておきますね」
「うん、お願い」

 頷いて咲夜にエプロンを渡す。

 たたたっ

 と、ナニモノかが玄関へと向けて走ってくる音が聞こえてきた。

「フラン、お帰りなさっ―――」

 声と同時にフランの前で転んで床の上を滑ったのは他でもないフランの姉、レミリアだった。どうやら、急ぎすぎて足をもつれさせたようだ。

「お姉様っ?」

 目の前でレミリアが転んだことに驚いたのか、慌てるような様子がそこには含まれている。

「お姉様、大丈夫?」

 しゃがみ込んでレミリアへと声を掛ける。彼女の従者である咲夜は成り行きを見守っているだけだ。

「いたた……。だ、大丈夫よ。この程度、なんともないわ」

 鼻の頭が赤くなっているが、それは怪我をしたから、というよりは羞恥から来ているようだ。妹の前で犯してしまった失態を恥じているようだ。

 とにかく、レミリアは慌てたように立ち上がりフランの前に立つ。

「……お帰りなさい、フラン」
「うん、ただいま、お姉様」

 レミリアは先ほど言い切れなかった言葉を言い直し、フランは笑顔でそれに答えた。

「フラン、怪我はなかったかしら?」
「うん、なかったよ」
「変なのに遭ったりとかは?」
「なかったよ」
「じゃあ、調子が悪くなったりとかは?」
「全然、大丈夫。お姉様が心配するようなことなんて何にもなかったわ」

 相変わらずフランは笑顔を浮かべたままだ。レミリアはそんな妹の顔をじっ、と見つめて、

「そう、よかったわ」

 ほっ、と胸を撫で下ろしたのだった。大人しく外に出すようにはなったが、どうしても心配なものは心配なようだ。

「お嬢様は心配症ですわね。今まで何度か外に出てフランお嬢様が怪我をしてお戻りになられたのは初めて外に出た時だけでしょう?ですから、そんなに心配する必要もないと思いますわ」
「私が転んだ時に何もしようとしなかったのに生意気ね」
「私に助けられるよりは、フランお嬢様に助けられる方がよろしいかと思ったのです。お嬢様の意思を汲んであえて、助けなかったんですわ」
「そう、それは、優秀な従者だことね」
「お褒めいただき光栄です」

 皮肉たっぷりなレミリアの物言いを咲夜はさらりとかわす。大体、この手の言い合いでレミリアが勝てたことはない。

「お姉様、私、部屋に戻ってもいい?」

 この場にいても意味がない、と感じたのかフランがそう言う。

「あ、ええ、戻ってもいいわよ。ごめんなさいね、引きとめちゃって」
「ううん、別にいいよ」

 そう言ってフランは自分の部屋へと向かっていく。腕には魔理沙の人形を抱えて、頭にはステアを乗せて。

「……今、フラン、魔理沙の人形を持ってたわよね」
「ええ、そうですわね。けど、それがなにか?」
「……大切そうに、持ってたわね」
「そうですね。一生の宝物にでもしそうな感じでしたわね」
「…………」
「自分が手に入れられなかったから羨ましいのですか?」
「ち、違うわよ」

 咲夜の言葉に動揺の色を浮かべながら答える。

 ちなみに、レミリアは霊夢の人形をアリスから貰おうとしてスキマ妖怪に横からかっさらわれたということがある。

「……ただ、ああやって、黒白ばかりがフランに気にしてられてる、ってのが気に入らないのよ」
「ああ、嫉妬していらっしゃるんですね」

 納得したように手を叩く。

「な、何を馬鹿なことを言ってるのかしら?ただ、そう、人間風情が吸血鬼に気に入られるのはどうなのかしらね、ということよ」
「お嬢様も霊夢のことを気に入ってますわよね?いえ、そもそも、お嬢様は私のことを気に入っていないのですか?私はこんなにもお嬢様の為に尽くしているというのに……」

 咲夜がわざとらしく嘆いているような口調で言う。

「だ、誰も気に入ってないとは言ってないじゃない。霊夢も貴女も特別よ。霊夢は私を倒したし、貴女は私が拾ってあげた。そう、そこら辺にいる普通の人間とは違うのよ」
「魔理沙もフランお嬢様を倒したことがありますわよ」

 冷静にそんな一言を口にした。

「…………そうだったわね」

 何か否定の言葉を口にしようとして、でも結局何も思い浮かばないで咲夜の言葉には頷くことしかできなかった。

「いい加減、魔理沙のことを認めたらいかがでしょうか」
「……いやよ」

 拗ねた子供のように咲夜から視線をそらして言う。

「そうですか。……まあ、いいです。私は夕食の準備をしてきますわ。では」

 そう言って咲夜は中空に姿を消した。

「って、咲夜、まだ話はっ……」

 咲夜を引き留めようとしたが既に遅い。レミリアの言葉は彼女の従者には届かなかった。実際には、届かなかったのではなく、咲夜があえて無視をしただけなのだが。

 レミリアはヒトリ玄関の前に佇む。
 けれど、扉が開きすぐにレミリアはヒトリではなくなってしまった。

「あれ?レミリアお嬢様、どうしてこんな所に?」

 入ってきたのは紅魔館の門番である美鈴だった。

「偶には、こういう所にも居たい時があるのよ。貴女こそ、どうしてこんな所にいるのかしら?門番の仕事は?」
「今はちょっと休憩中です。それで、今日は珍しくメイド妖精たちも集まってくれたので、お茶でも淹れてあげようと思って、咲夜さんから紅茶の葉を貰おうと思ってきたんです」
「そう……。でも、妖精なんかに門を任せて大丈夫なのかしら?」

 紅魔館の中にただいるだけの妖精には大した力もない。集まれば少しは話が変わりそうだが、それでも、紅魔館への侵入者を止めるのには何の役にも立たないだろう。

「大丈夫だと思いたいんですけど……。まあ、侵入者なんて魔理沙さんくらいしかいないと思いますけど」
「あれを妖精が止められると思ってるのかしら?」
「やっぱり無理だと思いますよね。……でも、止める必要なんてあるんでしょうかね?パチュリー様は特に嫌がっている様子もありませんし、フランドールお嬢様は魔理沙さんがやってくるのを楽しみにしてますし」
「あるわよ!私が気に入らないのよ!」

 激しい口調で言った。しかし、それは我侭を言う子供の様でしかなかった。

「はあ、そうですか。……とりあえず、侵入者を簡単に紅魔館内に入れさせるつもりはありません。なので、レミリアお嬢様はご安心をしてください」
「毎回、黒白に侵入されているのはどういうことかしら?」

 招かれざる客が館の中にいるのは門番の怠慢なのではないか、と言外に美鈴を責める。

「……おっと、早く戻らないと妖精たちでは止められない侵入者が来てしまうかもしれませんね。急いで咲夜さんに紅茶の葉を貰ってこないと。では、レミリアお嬢様、御機嫌よう!」

 誤魔化すように言うと足早に館の奥へと向かっていく。

「美鈴!……って、こら、無視して進んでくんじゃないわよ!」

 レミリアの制止の言葉に美鈴は立ち止まらなかった。そして、そのまま美鈴の背中は見えなくなってしまった。

「……はあ、なんでどいつもこいつも言いたいことだけ言って消えるのかしらね」

 呟くが、誰の耳に届くこともない。

「あー、もう、イライラするわね」

 その場を意味もなくうろうろする。

 いまだにレミリアは魔理沙のことを認められないでいる。けれど、フランを止めることもできず、魔理沙に対して何かをすることもできず不満が募るばかりだ。
 そう、実際はレミリアも心の奥底では魔理沙のことを認めているのだ。だから、フタリに対して何か直接的なことをすることが出来ない。けど、姉としての心情か素直に魔理沙のことを認められないでいるようだ。

「……」

 不意にレミリアは立ち止まった。

「……そういえば今度神社で宴会があるわね。……その時にでも、魔理沙がフランのことをどう思ってるのか問い質してみるか」

 呟いて、レミリアは自室へと向かったのだった。


Fin



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