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「……そうか、それで、いつもと様子が違ったのか」

 フランの話を聞き終えた魔理沙がそんな声を漏らす。

 フランは、劉と出会った時のこと、劉との別れの日のこと、劉に言われたこと。その一つ一つの思い出を語った。あの時の悲しさを思い出して言葉を突っかえさせたりしながら。

 魔理沙はフランが劉、という口を聞くことの出来る老猫と友達になったことは知っていたが、そこまで詳しいことを知っているわけではなかった。

「……ありがとう、ここまで聞いてくれて」

 何か胸のつっかえが取れたような気持ちでお礼を言う。フランは誰かに話したかったのだ、劉、という老猫がいたことを。

「いいのよ。気にしないで」

 フランの話を聞くために隣の椅子に座っていたアリスが微笑を浮かべてフランの頭を優しく撫でる。

「とりあえず、落ち着いたみたいで良かったわ」
「え……?あ、うん」

 いつの間にか涙も嗚咽も止まっていた。劉のことを語っている途中感情の起伏はあったが、結果的にそれがフランを落ち着かせたのだろう。

「ああ、そうだな。フランが泣いてるとこっちも落ち着かないからな」

 そう言って魔理沙はうんうん、と頷く。

「魔理沙でも心配をすることがあるのね」
「……まあ、な。フランは私が連れ出したようなものだから、そりゃあ、心配もするさ」
「へえ、意外にもそんなこと思ってるのね」

 アリスが微妙に感嘆を込めて呟く。

「お前は、私のことをどう思ってるんだ?」
「自分中心で嘘つきで心の機微が読めない奴」
「辛辣な評価だな。一応聞いてみるがフランはどう思ってるんだ?」

 アリスの評価はあまり気にせず、フランへと話を振る。

「嘘つきだけど、面白い話をするのが上手で、私の大好きな人っ」

 魔理沙が自分を心配していた、ということを知って嬉しかったのかその声は弾んでいた。けど、微妙に辛口となっている。

「……嘘付きなのは共通なんだな」

 がっくりと首を項垂れる。普段ならフランの言葉でもそんなに傷つくことはないだろうが、今日はフランの声が弾んでいたせいで破壊力が倍増していたようだ。

「そうやってへこむくらいなら直せばいいじゃない」
「いや、直すつもりはないぜ」

 一瞬で立ち直った。嘘を吐くのは彼女なりのおどけ方なのだ。直すつもりは微塵もないだろう。
 フランもアリスもそのことに関しては気にしていない。そういうのが、魔理沙だ、と思っているから。だから、さっきの言葉も彼女たちなりの冗談だった。

「魔理沙、薬持ってきたよー」

 温めた薬液を入れたコップを持ってルーミアがふわふわ〜っ、とやってきた。傍らには上海と、ネーデルがいる。

「はい、どうぞ」
「ん、ああ、ありがとな」

 差し出されたコップを魔理沙は受け取る。

「……ルーミア、もしかしてネーデルを使った?」

 自分の元へと戻ってきたネーデルを眺めてからアリスはそう言った。自分以外の魔力がネーデルの中に流れているのに気がついたのだ。

「うん。薬を温めるのに使わせてもらったよ。だめだったー?」
「いや、別にそれはいいのよ。ただ、ネーデルを使えるほど魔力を持ってる妖怪なんて珍しいと思ってたのよ」

 幻想郷において、不可思議な力の源として霊力と妖力と魔力が存在する。

 まず、霊力は全ての生物が持つ力のことであり、能力を発動させる際に必要となる力だ。例えば、フランが物を壊したり、咲夜が時を止めるのにはこの霊力が使われる。

 妖力は妖怪であれば誰しもが持つ力のことである。人外であればあるほどこの力は強くなる。この力も、能力を発動させる際に必要な力だ。だから、基本的に妖怪は人間よりも優れた能力を使うことができるのだ。

 そして、魔力、というのはその名の通り魔法を使うための力である。魔力を持つモノは少なく、結果として魔法を使うモノも少ない。種族としては魔法使いや吸血鬼は必ず魔力を持ち、人間は魔力を持ちやすい部類に入る。そして、それ以外の種族が魔力を持つことはあまりない。

「そーなのかー」

 アリスの言葉に対する暢気な返答。

「……なんだか、本当に貴女が弱小妖怪なのかどうなのか疑わしくなってくるわね」
「疑い深いのは良くないよ。まあ、疑って見たとしても私は弱小妖怪にしか見えないと思うけどねー」

 暢気そうな笑顔を浮かべて答えるだけだった。アリスはその表情の裏を読もうとするが読むことができるはずがない。

「………」

 アリスは依然としてルーミアへの疑念を払拭することが出来ないようだ。疑いの眼差しをルーミアへと向けている。向けられている本人はそんな視線を一切気にしていないようだが。

「相変わらずルーミアは何を考えてるんだかわからないな」

 魔理沙がルーミアに渡されたコップに口をつけながら言う。総じて薬草というのは苦みや独特の味があり飲みにくいのだが魔理沙は一切顔をしかめずにそれを飲む。

「うん、そうだね」

 フランが魔理沙の言葉に同意して頷く。
 このフタリはルーミアの底の知れなさに慣れてしまっているのであまり大きな動揺はない。こういうやつなんだよな、といった感じの認識だ。

「ねえねえ、それってどんな味がするの?」

 フランはルーミアのことよりも魔理沙の飲んでいる薬液の方が気になっているようだ。

「お茶みたいな感じだな。飲んでみるか?」

 そう言いながらコップを差し出す。

「お茶、って、あの苦いだけの日本茶、っていうやつの方?」

 初めて飲んだ時のあの苦みを思い出したのか顔をしかめる。

「まあ、そうだな。……ほんとお前は苦いもの苦手だよな」

 魔理沙が苦笑する。

「苦いものなんて、毒だよ、毒。あんなもの平気な魔理沙が変なんだよ」
「良薬は口に苦し、っていうだろ?この苦さが健康にいいってことを証明してくれてるんだよ」

 そして、コップの中の薬液を飲み干す。魔理沙のことをフランは信じられない、といった面持ちで見つめていた。

「よし、何だか元気になってきたな」

 コップを置いて魔理沙が起き上がろうとする。

「んなわけがないでしょう。大人しく寝てなさい」

 アリスが魔理沙の額を押さえて阻止した。

「冗談に決まってるだろ。私も魔法使いだ。薬草の効き目が遅いことは重々承知している。冗談の通じない奴だな」
「貴女は放っとくと何をしでかすかわからないから、常に行動のひとつひとつを警戒しておかないといけないのよ」
「それは御苦労なこったな」

 他人事のように聞き流す魔理沙。そんな魔理沙の様子にアリスはため息をつく。

「……とりあえず、大人しくしてるのよ」

 魔理沙を諭しても無駄だ、と思ったのか適当な様子でそれだけ言った。

「心配しなくても大丈夫よ。私が魔理沙を絶対に逃がさないようにするから。ねっ、魔理沙っ」

 フランが笑顔で魔理沙に抱き付く。それには、全く動じない。

「らしいぜ。アリスがすることは特にないみたいだな」
「なによ。その私にさっさと帰って欲しいみたいな言い方は」
「ああ、帰って欲しいな。お前は、少し口煩いからな」
「そう。なら、フラン、この子を貴女に渡しておくわね」

 アリスが懐から金髪で赤色の服を着た人形を取り出してフランに渡す。
 フランは魔理沙に抱きつくのをやめてアリスから渡されたそれを手に取る。

「これは?」
「通信用の人形よ。何かあったらその子に向けて話しかけてちょうだい。そうしたら、私の方に声が伝わるから」
「ありがと、アリス」

 フランはアリスに笑顔を浮かべる。そこには、不安が解消出来たような色がある。看病なんてしたことがないフランにとって、協力者が減る、というのは不安なことだったようだ。

「どういたしまして。……上海、ネーデル、帰るわよ」

 ルーミアの周りに浮かんでいた二体の人形を呼ぶ。人形たちはどうやらルーミアのことが気に入ったようだ。

「サヨナラー」

 上海は元気よく手を振り、ネーデルは小さくお辞儀をした。

「ばいばい、アリス、上海、ネーデル」
「ばいばいー」

 フランもルーミアも手を振り返す。ルーミアの顔には暢気な笑顔が浮かんでいた。

「じゃあ、魔理沙を逃がさないように頼んだわよ」

 そう言ってアリスは魔理沙宅から出て行った。

「魔理沙、何かしてほしいこととかない?」

 魔理沙の方に向き直ると早速そう聞く。これなら、逃げる暇もなさそうだ。

「喉が乾いたな。水を入れてきてくれないか?」
「うん、わかったっ」

 コップを受け取ると、元気に頷いて台所の方へと飛んで行く。

「元気だな。少しくらいその元気を分けてほしいもんだな」
「相手の元気をもらう魔法とかはないのー?」

 魔理沙の呟きを聞いていたルーミアがそんな問いを発する。

「さあ、ないことはないんじゃないか?まあ、私はそんな魔法聞いたことないけどな」
「そーなのかー」

 間延びしたような口調でそう返す。

「私もお前に聞いてみたいんだが、お前はどんな魔法が使えるんだ?」
「魔法?灯りを付ける魔法とかなら使えるよ」

 そう言うとルーミアは右手の人差し指を立てる。指先で光が明滅する。

「お前らしからぬ魔法だな。いや、そんなことよりもとにかく地味だな」

 派手な魔法を好んで使う魔理沙は灯りをつけるだけ、といった魔法では物足りないようだ。

「まあ、私は闇をある程度自由に操れるからねー。魔法に頼るまでもないんだよ」

 今度は左手の人差し指から闇を出して光を覆う。明滅する光の姿は見えなくなり、ルーミアの人差し指の先に完全な闇が形成される。

「そんなことにしか使わない割には、アリスの人形に魔法を使わせられる程度の魔力はあるんだな。無意味じゃないか?」
「備えあれば憂いなし、だよ。無意味だと思うこともいつかは役に立つ時が来るんじゃないかな?」
「……そうか。お前の口から出ると信用できないけどな」
「そーなのかー?魔理沙ほどじゃないと思うけどねー」

 お互いを牽制し合うような妙な空気が流れる。そんな空気の間にフランが割って入る。

「魔理沙、水、持ってきたよ」

 行きとは違って帰りは随分とゆっくりしていた。コップの縁ぎりぎりまで水が入れられているのだから仕方ないのかもしれない。

「おっと、ありがとな」

 コップを受け取り、お礼を言う。
 お礼を言われたことが嬉しいのか笑顔を浮かべながらフランは魔理沙のベッドの横の椅子へと腰掛ける。

「ねえ、フタリで何の話をしてたの?」

 フタリの顔を見て首を傾げる。

「……ああ、ルーミアの裏の顔を暴いてやろうとしてたんだ」
「私に裏の顔なんてないよー。これが、ありのままの私だよ」

 真剣な顔で答える魔理沙と、何も考えてなさそうな顔で答えるルーミア。

「ルーミアの裏の顔を暴くなんて無理なんじゃない?」
「フランまで私のことを疑ってるんだ」

 口調に心外な様子は含まれていない。

「だって、ルーミアは謎が多いじゃない。猫の言葉がわかるって言うし、私よりも物を知ってそうだし」
「それぐらいなら、少しの努力で誰でもそうなるよ。フランも頑張れー」

 笑顔を浮かべてそう言う。フランと魔理沙はそれを誤魔化しているように感じたようだ。

「ねえ、魔理沙、今ので納得できた?」
「いいや、出来るわけがないな。ここは、なんとしてでもあいつの裏の顔を引きずりだすしかないな」

 本人を目の前にしてそんなことを話すフタリ。
 魔理沙はだいぶ、物騒な言葉を使っているが、フランもその意見には概ね賛成のようで頷く。

「ルーミアは闇になって逃げるから力づくでやっても意味がいないんだよね」
「だったら、言葉巧みに誘導していくしかないな」

 ルーミアの裏の顔を暴くための作戦会議が進められる。本人に聞かれているが、フタリともそんなことは気にしていない。元より詳しいことを決めるつもりなんて全くないのだから。

「というわけで、ルーミア。私たちの質問に答えてもらうぜ」
「嘘を付いたり黙ったりしてるのは許さないわよ。真実しか話させないわ」

 大まかなことしか決めていないが息はピッタリなようだ。フタリで話しかけながらもそこにブレはない。

「いいけど。フタリとも私の言ったことが嘘か本当か調べる手段なんてないよねー」

 ルーミアの言葉にフタリとも固まってしまう。けど、すぐに動揺を隠すかのように口を開く。

「……嘘か本当かは私たちでなんとかして判断する」
「う、うん。フタリもいればすぐにわかるよねっ」

 既に仲良くルーミアの言葉に翻弄されてしまっている。
 フタリの態勢が崩されたままの状態で尋問が始まった。



「それで終わりー?」

 フランと魔理沙の向かい側に座っているルーミアが首を傾げてそう聞く。

「……嘘っぽいんだがそれが証明出来ないな」
「……うん、そうだね。これ以上やっても無駄だと思うよ……」

 ぐったりとした魔理沙の言葉に、これまたぐったりとした様子のフランが答える。体力的に、というよりは精神的に疲れているようだ。

 ルーミア優勢のまま始められた尋問だが、途中の流れもルーミア優勢で結局それが覆ることがなかった。
 ルーミアはフタリの質問を嘘なのだか本当なのだか判断しがたい答えでもって逃れていた。フランは言うまでもなく魔理沙も意外に素直な性格なのでそういった喋りには翻弄されやすい。

 よって、始終ルーミアのペースで尋問が進む、という結果になってしまったのだ。

「……しょうがない、今日の所はこれで諦めるか。誰か、あいつの言ってることを証明出来るやつがいればなんとかなりそうなんだが……。フラン、そういえば、地底のやつらと仲良くなった、って言ってたよな。さとりにこいつの尋問を頼めないか」
「ダメだよ。さとりが言ってたけど、ルーミアの心の中は闇に覆われているかのようにはっきりと視えないんだって」
「……また、あいつの謎が増えたな」

 げんなりとした様子の魔理沙。

「あ、そうだ。パチュリーは?パチュリーっていろんなこと知ってるでしょ?」
「あいつはあんまり当てにならないな。知識の量は多いんだが、時々お門違いのまま暴走していくからな」
「そうなんだ」

 暇な時によく話を聞かせてもらっている図書館の魔女の意外な一面に興味深げに頷く。

「……それにしても疲れたな」
「疲れたのっ?だったら、早く寝ないと。風邪がひどくなっちゃうよ!」

 魔理沙の短い一言にフランは過剰な反応を示す。それだけ魔理沙のことが心配だ、ということだ。
 魔理沙の肩を押して横にしようとする。

「わかったから、そんなに押すなって。心配しなくても大丈夫だ、って言ってるだろ?」

 フランの肩を押し返し、頭を撫でながらそう言う。

「だって、魔理沙が元気ないと不安になるから……」
「あー、だから、そういう表情はしないでくれ、って言ってるだろ。なんだかむず痒くなるんだよ」

 困ったような表情を浮かべて懇願するように言う魔理沙。

「じゃあ、早く元気になってね。そうしたら、たぶん、いつも通り、振る舞えると思うから」
「わかった。じゃあ、フランの望み通り寝てやるよ」
「うん」

 フランは魔理沙の言葉に頷く。

「魔理沙って意外に優しいんだねー」
「意外は余計だ。私はいつどんなときだって優しいぜ」

 不遜な口調でそういう。

「いつも、って言うのは少し言いすぎなんじゃない?」
「そうだねー、魔理沙は自分勝手だよね」

 けど、誰も魔理沙の言うことを信用してはいなかった。散々な信頼である。だけど、

「でも、魔理沙は優しい、とは言いにくいけど、相手が望んでることはわかってると思うよ。紅魔館に遊びに来たとき、私にいろんな話をしてくれたからね」

 魔理沙へと溢れんばかりの笑顔を向ける。

「あれは単にお前が逃がしてくれなかったから話してやっただけなんだけどな」
「うん、でも、そんなの関係ないよ。私が無理やり話させたのかもしれないけど、魔理沙はちゃんと話してくれたから。適当に、嫌々話してたわけじゃなかったからね」
「?そうだったか?どんな風に喋ってたか全然覚えてないんだが」

 首を傾げてしまう魔理沙。フランの口から出てくる自分の行動が自分だとは思えていない様子だ。

「魔理沙は無自覚な方がいいってことだねー」
「うん、そうかもしれないね」

 本人を置き去りにしてフランとルーミアが頷きあう。

「なんだ?私はでしゃばらないほうがいいってことか?」
「そういうことになるのかなー?」
「うん、そういうことだよ」
「私にでしゃばるな、というのは無理な相談だな。私は私のやりたいようにやる」

 自信家特有の不敵な笑みを浮かべる。

「私は、そういう魔理沙も好きだよ。でも、意識的に私には構ってほしいなっ」
「最近は毎日のようにお前のほうから来てるからもう十分だろ」
「そんなことないよ。ずっと、ずっとずっとずっとずぅっといつまでもいつでも一緒にいたいよ」

 それが決して叶うはずのないことだとしても、隣に好きな人がいてくれる間は笑っていられる。

「つくづくお前は不思議なやつだよな。私なんかと一緒にいたいと思うなんて」

 魔理沙は大抵どこにいっても厄介者扱いされている。だから、一緒に居たくないと思われども、一緒に居たいなんて絶対に思われないと思っている。

 けど、実際には厄介者扱いしているモノの中にも魔理沙の『騒がしさ』を楽しみにしているモノもいる。
 彼女の『騒がしさ』は活気も共に連れてくる。だから、巻き込まれたモノたちを精神的に元気にさせたりする。
 物を盗まれる、ということをしなければ素直にいろんなモノたちに受け入れられていたことだろう。

 その点、フランは失う『物』はないから魔理沙を受け入れることが出来る。

「魔理沙は鈍感だねー」

 そういった事を知っているルーミアがそんなことを言う。

「なんかそれ、アリスにも言われたな。私が鈍感、ってどういう意味なんだ?」
「んー?……あ、魔理沙は病人なんだから話なんかしてないで寝てないと」

 わざとらしい呟きを混ぜる。

「あっ!そうだった。ごめんね、魔理沙。寝るのを邪魔しちゃって」
「いや、それは別にいいんだが―――」
「よくないよ!風邪がぶり返しちゃったらどうするの!」

 魔理沙の言葉を遮る。フランの勢いに押し負けた魔理沙は頷くしかない。

「あ、ああ、わかった」

 大人しく横になる。ルーミアの策から逃れることは出来なかった。

「おやすみ、魔理沙」
「ああ、次、目を覚ましたときには元気になっておいてやるよ」
「うん、そうなるように私が看といてあげるね」

 にっこり笑顔を浮かべる。魔理沙はそれを見て小さく笑みをこぼし、目を閉じた。

 フランは魔理沙の顔をじぃ、と見つめている。フランの視線が気になるのか魔理沙は寝返りをうってしまう。

「……あ」

 寝ている魔理沙に配慮してか小さく残念がるような声を漏らす。けど、そんな声も魔理沙には気になってしまうのだ。

「フラン、寝付くまでは離れててあげたら?魔理沙、寝にくそうだよ」

 第三者として一番冷静でいられる位置にいるルーミアがそう言う。

「……うん、そうだね」

 少し躊躇してから頷いた。離れたくない、という気持ちはあるが、魔理沙に迷惑をかけたくない、ということの方が大きかったようだ。

 椅子を持ってテーブルの方まで移動する。その際、ちらりちらりと魔理沙の方を気にしていた。
 テーブルまで戻ると椅子を静かに床に降ろして座る。反対側にはルーミアが座る。

 それから、フランはテーブルに頬杖をついて魔理沙が寝付くまで待つことにしたのだった。



 闇が完全に降りた魔理沙宅の中、ルーミアは魔力の小さな光を灯しながら本を読んでいた。

 それは、先日魔理沙がパチュリーの図書館から持ってきた魔導書の中に混じっていた普通の本だ。普通、とは言っても魔力を持たないモノでも読める、というだけで、外の世界からやってきた、という特殊な来歴を持つ本なのだが。

「ちょっと様子を見に来たわよ……。って真っ暗じゃない」

 何の前触れもなくアリスがノックもせずに魔理沙宅へと入ってきた。後ろには差し入れなのか料理を運ぶ人形たちが付いている。

 と、思ったらネーデルだけがアリスの後ろに付いて何もしていなかった。

「こんばんはー。ごめん、今、フランも魔理沙も寝てるから灯りは抑え目にしてたんだ」
「そう、フタリとも寝てるのね。ちょっと、フタリの様子を見させてもらうわね」
「私にそう言われても許可も拒否も出来ないよ。まあ、好きにしていいんじゃないなー」

 アリスを招き入れるようにルーミアはアリスの為に道を譲る。

「みんな、料理はテーブルの上に並べといてくれる?」
「ワカッター」

 大量の人形の中、上海だけが元気よく答える。

 他の人形たちは返事もせず黙々と作業を始めている。上海は少し遅れてその輪の中に入った。
 机の上に、ご飯、お味噌汁、豆腐、焼き魚が並べられていく。典型的な和食ばかりだが、洋風建築のこの家の中では浮いている。

「ルーミア、何か問題はなかった?」

 料理がしっかりと並べられているのを確認すると、ベッドの方へと近づきながらそう聞く。

「別に何事もなく平和だったよー」

 あれからあったことと言えば、寝付いた魔理沙の方へとフランが駆け寄ってその顔を見つめ始めた、ということくらいしかない。あとは、そうやって魔理沙の顔を見つめていたフランが眠気に負けてしまった、ということくらいだろう。

「……あら、随分と仲良く寝ちゃってるわね」

 アリスが小さく微笑を漏らすその先、椅子に座ったまま、ベッドの縁で自分の腕を枕にして眠るフランと、フランの頭に手を置いたまま眠っている魔理沙がいた。
 魔理沙に頭を撫でられる夢でも見ているのか、フランの寝顔はとても嬉しそうで幸せそうだった。

「……これは、起こせないわね。でも、このままフランを魔理沙の家に置いといたら、レミリアがなんて言うかわかんないわね」
「……だったら、私がレミリアにフランは気持ちよさそうに寝てるよ、って伝えてこようか?」

 ルーミアが控えめな声でそう申し出る。

「いいの?だったら、よろしく。私たちはフタリの様子を見ておくわ」
「マカセテー」

 アリスの言葉に続いて上海がやる気を見せる。あと、ネーデルも少しはやる気があるようでこくこくと頷いている。

「といってもこれだけぐっすり眠ってたら必要ないでしょうけど」
「アリスがいないと食事を暖められる人が居ないよ?」
「そう言われればそうね。じゃあ、フタリが起きたとき食事を与えてあげるのが私の役目ね」
「うん、よろしくねー。……あ、食事は私の分もあるよね?」

 外に出ようとしたところで止まって振り向く。

「一応用意はしてあるけど、なんでも食べるのよね?」
「うん、人間が食べるものならほとんど食べれるよー」

 朗らかに答える。食べることが好きなルーミアの声は少しだけ弾んでいる。

「なら、ちゃんと貴女の分もあるわよ」
「どんなに美味しいのか楽しみにしてるねー」
「貴女をがっかりさせない程度の出来にはなってるわよ」

 余程自信があるのか、言葉が不遜だった。

「そこまで言うなら、ほんとに楽しみだね。じゃあ、行ってくるねー」
「ええ、行ってらっしゃい」
「イッテラッシャーイ」

 アリスと人形たちに見送られてルーミアは魔理沙宅から出て行った。



「……フラン、帰ってこないわね」

 レミリアが月の明かりに照らされる自室の椅子に座ったままぽつりとそんな言葉を零す。

「倒れるような状態の黒白の様子を見に行ったのでしたら、今頃看病でもしているんじゃないでしょうか。もし、そうでしたら、恐らく今日は帰っては来ないでしょうね」

 咲夜は冷静な口調で主の言葉に答えを返す。

「なっ!私はそんなこと許可してないわよっ!」
「止める間もなく出て行きましたからね。ですが、別によろしいのではないでしょうか。大きな問題が起こるとは思えませんし」
「ま、まあ、確かにそうね。うん、そう。フランなら大丈夫。何と言っても私の妹なんだから……」

 自らに言い聞かせるようにぶつぶつと呟く。無理に関わらない方がいい、ということは分かっていてもやはり、姉としての心配はどうしようもないようだ。

「そんなに心配なら黒白の家を覗いてみたらどうですか?お嬢様が暴走して、中に入ろうとしたら私が止めて差し上げますから」
「誇り高い吸血鬼がそんなこと出来るはずがないじゃない!」
「そうは言いますが、フランお嬢様が地底に行かれた時はお嬢様はフランお嬢様のことを尾行してましたわよね?」
「ぐっ……。で、でも、咲夜だって尾行してたじゃない」
「そこで私のことを持ち出すのはどうかと思いますが……。あえて答えさせていただくなら、私は、お嬢様方の安全を守るためならなんでもさせていただきますわ」

 きっぱりと答えを返す。芯の通ったその言葉は妙な説得力を持つ。

「……そうね、意地を張ってても仕方ないわね。フランの様子を見に行きましょう」

 咲夜のきっぱりとした物言いにレミリアは間違った方向に決断を下してしまったようだ。

「家を覗いたらどうでしょうか、と提案した私が言うのもなんですが、フランお嬢様を信頼して帰ってくるまで待つ、ということはしないのでしょうか」
「だって、心配じゃない!静かに落ち着けないなら、行動あるのみよ!」

 そう断言すると足早に扉の方へと向かって行く。咲夜の名を呼ばなかったのでヒトリで行くつもりなのだろう。

「私を置いて行くなんてひどいですわね」

 呟いて咲夜は主の背中を追いかけたのだった。

「こんにちはー」

 紅魔館玄関にて。扉を開けると同時にレミリアの目に入ってきたのはルーミアだった。

「……どちら様かしら?」

 笑顔を浮かべ、けれど、敵意を向けながら喋りかける。

「あら、ルーミアじゃない。どうしたのよ、こんな時間に。フランお嬢様なら魔理沙の所に行ってるわよ」

 レミリアの後ろに立っていた咲夜がルーミアの方へと歩み出て話しかける。

「うん、知ってるー。今日は、そのことに関して伝えに来たんだ」
「ああ、そうなの」レミリアの方へと振り返り、「よかったですね、お嬢様。魔理沙のところまで行く手間が省けましたわよ」
「いや、まずそいつは誰なのよ。姿は何度か見たことあるけど」

 レミリアは咲夜の後ろに立つルーミアを指差す。

「そういえば、レミリアと話をするのは初めてだねー。私はルーミア、って言うんだ。よろしくねー」

 そう言ってルーミアは手を差し出す。けれど、レミリアはその手を取ろうとはしなかった。
 ルーミアは差し出した手を無言で引っ込めるが気にした様子もない。

「それで、ルーミア、フランのことに関して何を伝えに来たのかしら?」
「うん、今、フランは魔理沙の隣で気持ち良さそうに寝てるから、邪魔しないで、って伝えに来たんだ」
「……フランはそのまま魔理沙の所に泊まるつもりなのかしら?」

 何かを抑えるような口調。

「さあ?直接聞いたわけじゃないけど泊まるつもりなんじゃないかなー」
「咲夜っ!すぐに迎えに行くわよ!」

 声を張り上げて言った。フランへの心配を抑えきれなくなったようだ。
 並のモノなら無条件でその声に従うだろうが、長い間傍にいた咲夜は飄々とした様子で答える。

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてますわ」
「なら、時間を止めて今すぐ、魔理沙の所まで行くのよ!」
「お嬢様、お言葉ですが、今はまだフランお嬢様を魔理沙の所に居させてさしあげていた方がよろしいのではないでしょうか。フランお嬢様が安定しなさるのは今は魔理沙の前でだけなのですから」
「……確かにそうね」

 レミリアにしては非常に素直に納得した。既に心のなかではそのことを認めていたからだろう。

「ああ、もう。あいつがフランの中で大きな存在だってことを認識するたびに気に食わない気持ちになるわね」

 不機嫌そうに呟くと踵を返す。

「咲夜、紅茶が飲みたいから淹れてちょうだい」

 そして、そのまま館の入り口の前で足を止めてしまう。ルーミアに何か言いたいことがあるかのように。

「畏まりました」

 咲夜が真っ先にその場から消えようとして、やめる。

「ルーミア、フランお嬢様は夕食を食べたのかしら?」
「ううん、食べてないよ。でも、アリスが作ってくれたから、あなたが作る必要はないよ」
「そういえば、あの人形師って黒白の所の近くに住んでたわね。とりあえず、フランお嬢様のこと、あなたたちに任せても大丈夫そうね」

 アリスは変わりモノの多い幻想郷において珍しく常識のあるモノとして認識されている。

「私が出来ることなんてないから、その言葉アリスにだけ伝えておくね」
「あなたの好きなようにしてもらって構わないわよ。ただ、フランお嬢様に何かあったら容赦はしないわよ」
「大丈夫。何かありそうだったらなんとかするから」
「そう。じゃあ、私はお嬢様の紅茶を淹れてこないといけないからここら辺でお暇させてもらうわ。……っと、そうだわ。泊まるんなら寝巻きが必要になるわね。フランお嬢様が寝る前くらいには寝間着を持っていくわね」
「いつ寝るのかわかるの?」

 ルーミアのその疑問は当然であった。紅魔館内ならどこでもレミリアに呼ばれるのがわかる、といえども遠く離れた場所の状況がわかるはずもないだろう。

「私のことを舐めないでほしいわね。あなたが不可能だと思おうとも、私はやってみせるのよ」
「そっか。じゃあ、一応、フランにそう伝えとくね。ばいばいー」
「ええ、頼んだわよ」

 そう言葉を残して咲夜の姿は消え去った。

「レミリアも私に何か言いたいことあるの?」

 未だ立ち去らず扉の前に立ったままのレミリアにルーミアが声を掛ける。

「ええ、少しね。……魔理沙の所でフランはどんな様子なのかしら?」

 フランが魔理沙と一緒にいるのは今まで何度か見てきた。
 けど、それは所詮、紅魔館の中でだけの話だ。場所が変われば人だろうと妖怪だろうと多少なりとも気持ちが変わる。

 ずっと、フランを地下に閉じ込め続けていたレミリアはフランの知らない姿はないと思っていた。けど、自由に外に出るようになってから、そうは思えなくなってきてしまった。
 妹の知らない姿が増えていくのは何となく不安だった。そして、何となくだからこそ誰にも相談が出来ないでいた。あとは、吸血鬼の持つ高いプライドもそうすることを邪魔している。

 今も相談をしたわけではないが、レミリアは、様子を知れるだけでも十分だと思っていた。

「ちょっと前までは、魔理沙のことを心配したりして深刻な表情を浮かべてたことが多かったけど、今は魔理沙の隣にいて幸せそうだよ」
「……そう。本当にあいつは気に食わないわね」

 けれど、その口調はどこか穏やかで、本当に言葉のとおりに思っているようではなかった。

「わざわざ、伝えに来てもらって悪かったわね」
「気にしなくていいよー。レミリアがフランにとっていいお姉さんだ、ってわかったから」
「なっ……」

 レミリアはルーミアの言葉に驚いたように声を漏らす。そんな言葉が目の前の暢気な妖怪の口から出てくるとは思ってもいなかったのだろう。

「じゃあ、私は戻るね。アリスの料理を早く食べたいから」

 手を振りながらルーミアは闇空の中へと消えていった。レミリアはルーミアを無言で見送っていた。ルーミアの言葉に驚いている間に挨拶を返すタイミングを逃してしまったのだ。

「……驚いたわね。あんな、何も考えてなさそうな妖怪にあんなことを言われるなんて。……でも、いい姉、ね。ふふっ、あの宵闇妖怪、見る目があるみたいね」

 ルーミアの言葉を思い返し、嬉しそうに笑うと、踵を返して今度こそ館の中へと戻って行った。



 ルーミアが出て行ってから手持無沙汰となったアリスは人形作りをしていた。テーブルは料理に占領されているので、道具は人形たちに持たせているようだ。

 手元はネーデルの放つ小さな炎によって照らされている。

 人形はほとんど完成しているようで、今は人形の小物の調整をしている。
 首回りのフリル、髪を結える紅色のリボンと胸元の黄色いリボン、そして、七色の羽。

 そう、今、アリスが作っているのはフランの人形だった。紅色の瞳、金色の髪、赤色の衣服。それぞれ全てが完璧に再現されている。
 しかし、ただ一か所、フランの宝石のような羽は再現されていなかった。布だけで作るには限界があるのだ。

 アリスは、一度出会ったモノの人形を一度は作るようにしている。それは、人形のレパートリーを増やすためのもので保管していよう、という気はさらさらない。
 だから、大体本人か、本人に近しい人にあげている。貰い手のないままアリスの家に保管されているものもいくつかあるのだが。

 例えば魔理沙の人形。魔理沙は興味を示すには示したが貰う気はなかったようだ。魔理沙と近しい人、ということで思い浮かんだ霊夢と霖之助の所へと持って行ったが二人とも貰ってはくれなかった。

 ルーミアも人形を受け取ってはいない。なかなか気に入っていたようではあったが、保管する場所がない、とかで受け取ってもらえなかったのだ。宵闇妖怪には家がないようだ。といっても、困ったような様子はなかったのだが。

「……よし、これでいいわね」

 調整している間に少し曲がってしまったリボンを直して、小さく呟いた。
 テーブルの少し開いた所に人形を寝かせるとそれに向けて手をかざす。

 すると、人形が立ち上がった。それから、なめらかな動作で歩き始める。
 料理の皿の間、テーブルの縁などを危なげもなく歩くと、今度は羽を動かして飛びあがる。
 そして、アリスの所まで飛んで行く。アリスが手を降ろすと、その手の上に落ちた。
 上海やネーデルのような特別な人形とは違って魔力の供給が止まればすぐに動きを止めてしまうのだ。

 ちなみに、魔力を供給する際、手をかざす必要はないのだが、そうした方が、魔力を集中させやすいのだ。

「うん、関節も問題ないみたいね」

 例え、飾られるだけの人形だとしても手を抜かないのが人形師としての自尊心なのだろう。自分の作った人形を見て、満足げに頷く。

 と、不意に布同士が擦れ合う小さな音が聞こえてきた。

「……ん〜?アリス、か?」

 上体を起こした魔理沙ぼんやりとした様子でそう聞く。口調が間延びしているのは寝起きだからだろう。

「おはよう……って時間でもないわね。調子はどうかしら?」

 起きたばかりの魔理沙のほうへと近づいていく。まだ寝ているフランを考慮してかその声は小さい。

「問題ないとは思うが……。なんで、お前はそんなに声を抑えてるんだ?」

 自分の隣にフランが眠っていることに気が付いていないようだ。

「トナリー」

 魔理沙の言葉に呆れたアリスに代わって上海がフランを指差した。

「……ああ、フランが寝てるのか」

 上海の指差した先を見てようやく気付いた魔理沙は今更のように声を潜める。

「……もうちょっと周りを見るようにしなさいよ」
「……ここは私の家だ。起きてすぐ周りを警戒するように見ることなんてできるか?」
「……まあ、そうかも知れないけど、隣に誰かがいるってことくらいは気付けた方がいいわよ」
「……ご忠告どうも」

 少々面倒くさそうに答える。アリスが口煩いと思っているのは冗談ではなく本気なようだ。

 と、ベッドの縁で自分の腕を枕にして眠っていたフランが身じろぎをする。

「ん……。魔理沙……?」

 顔を上げると寝ぼけ眼で魔理沙の顔を見る。それから、ぼんやりとしたまま魔理沙を見つめる。

「おっと、悪い、起こしちまったみたいだな」
「んーん。別にいいよ」

 にへ〜、と緩みきった笑みを浮かべる。まだ、少々寝ぼけているようだ。
 それから、欠伸を一つ。目に浮かんだ涙を拭って、ようやく覚醒したようだった。紅色の瞳がはっきりとした色を映す。

「フタリとも、夕ご飯を持ってきてあげたけど、食べるかしら?」
「お、さっきからいい匂いがするとは思ってたがお前が食事を用意しててくれたのか。当然、食べるに決まってるだろ」

 先ほどまでの面倒くさそうな様子とは一転、嬉しそうな反応を示す。

「現金なやつね……」
「ダサンテキー」

 呆れたようなアリスの呟きと無機的な上海の声。

「アリスって料理、上手なの?」
「貴女の所のメイド長には敵わないでしょうけど、それなりに自信はあるわよ」

 子供の相手をすることの多いアリスの専門はお菓子作りだが、普通の料理もなかなか美味しいと評判だ。神社で開かれる宴会に参加するとき、彼女もいくらか料理を作っている。

 直接、周りからの評価を聞いているからこそ、アリスは自分の料理を自負することができる。

「そうなんだ。ちょうど、お腹も減ったし食べてみたいわ」
「じゃあ、フタリともちょっと待ってなさい。……ネーデル、やるわよ」

 部屋の明かりを灯していたネーデルが頷く。と、同時に明かりが消え、闇が降り、窓から差し込む月明かりだけがサンニンを淡く照らす。

「上海、他の子たちを使って魔法陣をお願い」
「ワカッター」

 上海も頷くと、動き始める。
 アリスの持ってきた道具の横にいた人形たちが一斉に浮かび上がる。

 フランは人形たちの動きをじっと見つめる。何が起こるのか、と想像してるのかその瞳が期待に輝いている。

「コッチー。アナタハ、コッチー」

 上海が人形たちを誘導していく。本来、こういうことをする必要はないのだが、アリスの趣味でこうさせている。何も言わず、綺麗に並ぶよりも、こっちの方が生き物らしくて好きだ、ということらしい。

 人形たちは糸を持っている。それは、アリスが普通の人形を操る時に使う魔法の糸を束ねた物だ。

「アリス、ジュンビデキター」

 テーブルの上には人形と糸で出来た魔法陣が形成されている。

「ありがと、上海。じゃあ、いよいよネーデルの出番よ」

 こく、と頷くと魔法陣の中心へと向かって飛んで行く。
 ネーデルが中心へと行ったことを確認したアリスは、ネーデルへと向けて魔力を注いでいく。
 それに合わせて糸から赤く淡い光が漏れ始める。魔法の糸が魔力の通り道となる。

 トリップワイヤー。本来は多量の魔力で攻撃に用いるが、こうして魔力を調整すれば宙に魔法陣を形成するのにも使える。

 淡い赤色に照らされる部屋の中、アリスが微かな声で呪文を紡ぐ。
 糸から溢れる光が微妙に強くなり、微かな変化が訪れる。

 テーブルの上の料理から湯気が立ち上り始めた。すっかり冷めきってしまっていた料理が再び熱を帯びる。しかも、醤油は全く温まっていない。それだけ、精密に魔法を使っている、ということだ。

 フランはそれを驚いたように見る。攻撃用の魔法ばかり使うフランにとって、こういう日常に役立つ魔法、というのが珍しいのだろう。

「十分、温まったみたいね。みんな、お疲れ様」

 アリスの労いの言葉と同時に、上海、ネーデル以外の人形たちが一か所に集まって床に降りた。

 ネーデルはテーブルの上に戻り再び手から小さな炎を出してそれを明かりとする。上海はいつもの、アリスの傍らへと戻る。

「魔理沙、フラン、準備出来たわよ。フラン、魔理沙を支えてあげてくれるかしら?」
「いや、私は一人でも歩けるから―――」
「ダメっ!魔理沙は病人なんだから、無理しちゃダメ。私が、ちゃんと、支えてあげるから」

 大丈夫だ、と言おうとした魔理沙の言葉を遮ってそう言った。

「わ、わかった。よろしく頼む」

 フランの勢いに押されっぱなしの魔理沙は頷くしかなかった。

「よしっ。……ベッドからは降りれるよね?」
「当たり前だろ。……よ、っと」

 魔理沙がベッドから降りる。両足を床につけて自立しようとした直後、

「おや……?」

 予想以上に足に力が入らなくてバランスを崩してしまう。

「魔理沙っ!」

 フランが咄嗟に魔理沙の身体を支える。

「お、っと、悪いな」フランに謝り、「……横になり過ぎてたか?」

 自分の体の不具合に首を傾げる。

「魔理沙、大丈夫っ?痛いところとかない?変なところとかない?動かないところとかない?」

 フランは非常に心配した表情を浮かべながら口早に訪ねていく。少し、目が潤んでいる。

「お、落ち着け、私は大丈夫だ。身体を動かしてなかったからちょっと力が入らなかっただけだ」
「ほんと?」

 見上げて、魔理沙の瞳をじっと覗きこむ。

「ああ。本当にもう大丈夫だ。だから、放してくれるか?」

 魔理沙はどうしても自分の力だけで歩きたいようだが、

「ダメ。無理なんてさせられないよ」

 きっぱりとそう言って魔理沙のことを放さないのだった。
 フランが魔理沙を支えるような形のままフタリはテーブルまで移動した。アリスはヒトリでとっくに椅子に座ってフタリの様子を見ていた。

「魔理沙、放すよ?」

 言いながら魔理沙を支え、甲斐甲斐しい様子で椅子に座らせる。

「一人でも歩けたんだがなぁ」
「床に足をつけて早々倒れそうになったやつがそんなこと言うんじゃないわよ」
「アブナカッター」

 少々呆れたような口調。魔理沙が倒れかけたときアリスも腰を浮かせたのだが、それに気付いたモノはいない。

「なんだよ、誰もかれもが私のことを病人扱いしやがって」

 うんざりしたような口調で言うと、

「病人だよ!」
「誰がどう見ても病人でしょう?」
「ビョウニンー」

 三者三様に突っ込まれた。

「おっと、そうだったな」

 そうして、おどけたようにそう言うのだった。

「ほんとにわかってるの?」

 フランが椅子に座った魔理沙の顔を覗き込む。瞳には疑いの色が浮かんでいる。

「わかってるって。なんでそんなに疑うんだ?」
「だって、魔理沙、無茶ばっかりするから」

 心配そうに顔を伏せる。何かあったら、と思うと気が気でないようだ。

「あー、っと、悪かったな。それは」

 気まずそうに歯切れの悪い言葉を返す。

「……じゃあ、これからは、調子が悪いときは無理も無茶もしない、って約束して。あと、魔理沙は一人で暮らしてるから、少しでも調子が悪いときは教えて」

 真っ直ぐに魔理沙の瞳を見つめる。魔理沙は適当なことをいってはぐらかそうかとも思ったが、そういう雰囲気ではないとすぐに気づく。

 ふぅ、と小さく息をついて、フランの頭に手を置く。

「わかった。調子が悪いときは無茶も無理もしない。調子がすぐにフランに知らせる。……これで、いいんだよな?」
「うんっ。もし破ったりしたら、首輪と鎖をつけて、絶対に私から離れられないようにするからね」
「それは、ごめんだな」
「だったら、私との約束を破らなければいいんだよ」

 魔理沙が素直に約束を受け入れてくれたことが嬉しいのか、フランの声はどこか楽しげだ。

「ま、それもそうだけどな。それより、早く座ったらどうだ?」
「うん、そうだね」

 頷いて、魔理沙の隣の椅子に座る。テーブルを見回し、あることに気付く。

「あれ?そういえば、ルーミアは?」

 一つだけ空いているテーブルを見てやっとルーミアのことを思い出したようだ。それだけ、魔理沙のことばかり気にしていた、ということだ。

「ルーミアなら、貴女のお姉さんの所に行ったわよ」
「お姉様の所?」

 どうしてそんな所に?、といった感じに首を傾げる。

「そ、フランはこのままここに泊まるつもりなんでしょう?」
「うん、魔理沙を放っておくのは心配だから」
「それは、私が信用ならないってことか?」
「そう言う意味じゃないわよ。少しは察してあげなさいよ」

 アリスが溜め息混じりにそういうが魔理沙が意味が分かっていないようだ。きょとん、とした目でアリスを見る。

「はぁ……。まあ、いいわ。とにかく、フランが無断で帰らない、なんてことになったら、レミリアが心配するんじゃないかしら?だから、ルーミアに伝えに行ってもらったのよ」
「あ、そっか」

 手を打ち合わせて納得する。魔理沙のことばかり気にしていてそこまで頭が回っていなかったようだ。

「お姉様、心配してるかなぁ」

 つい最近、すれ違いが解消されたばかりの姉を想う。

「それはルーミアの言葉次第ね。……ん?」

 上海がアリスの袖を引っ張る。

「ちょうどよく帰ってきたみたいね」
「帰ってきた、って、ルーミアが?」
「そ。……上海、扉、開けてあげてきてくれるかしら?」
「ワカッター」

 すいー、と扉に向けて飛んでいく。

「ねえ、なんでルーミアが帰ってきた、ってわかるの?」
「上海は微弱な魔力も感知できるようになってるのよ。けど、その魔力の発信源を知るためにはその大元の魔力の波長を見せてもらわないといけないのだけれどね。で、その魔力の波長を見るにはその誰かに魔法を使ってもらわないといけないのよ」
「へえ、そうなんだ」

 感心したように頷く。魔力を持つモノとしてこういう話には結構興味があるようだ。

「ただいまー」

 扉の開く音と暢気な声。アリスの言葉に間違いはなく魔理沙宅に入ってきたのはルーミアだった。

「オカエリー」

 扉を支えたままそんな言葉を返す。

「ここはお前らの家じゃないだろ」
「そう言う細かいことは気にしたらダメだよー。それよりも、調子はどう?」

 ふわー、っと魔理沙の方へと近づいていく。

「皆同じことを聞くんだな」
「魔理沙は病人だからねー」

 言いながら魔理沙の額に触れる。かなり自然な動作だったため魔理沙は避ける暇もなかった。

「んー、まだ、ちょっと熱が高いね。でも、私が来た時よりは下がってるみたい。夕御飯を食べてからゆっくり寝れば明日の朝には治ってるんじゃないかな?」

 手を額から離してにっこりと笑顔を浮かべる。

「……弱小妖怪らしからぬ発言だな」
「失礼だなー。弱小、って言っても力がないだけで、知識までないわけじゃないよ」

 心外だ、とでも言うように不満げな表情を浮かべる。けれど、それもすぐに消えてしまい、

「まあ、そんなことどうでもいいよ。冷めちゃう前に早くアリスの作った料理を食べようよ」

 魔理沙から離れて、最後に残った席に座る。

「そうだな」

 ルーミアのことを考えるのはあっさりと止めて真っ直ぐに座り直す。

「あ、そうだ。フランに咲夜から伝言。フランが寝る頃に寝間着を持ってく、だってー」
「うん、わかったわ」

 ルーミアの伝言に何一つ疑問を持つことなくフランは頷いた。それだけ、咲夜の従者としての能力の高さを信じているのだろう。

「それと、アリスにもー」
「ん?私に?レミリアから?」
「ううん。咲夜から。フランのことは任せる、だってー」
「咲夜の方が?……とりあえず、了解したわ。と言っても、フランよりも魔理沙の方の世話をしないといけないと思うけど」
「そうだよねー」
「なんなんだよ、その視線は」

 フタリの視線を受けて不満そうに言う。

「魔理沙が無茶ばっかりするからだよ」

 フランだけが、真面目にそう言ったのだった。



「アリス、ご飯、美味しかったよー」

 全員がアリスの作った夕ご飯を食べ終わり片付けの終わった頃、ルーミアが笑顔でそう言った。単純にお腹が満たされたからか、それとも、言葉通りアリスの料理が美味しかったからか、非常に満足そうだ。

「うん、咲夜には負ける、って言ってたけど全然そんなことなかったよ」

 フランがルーミアの言葉に追随して頷く。

「そう?ありがとう」

 嬉しそうに微笑を浮かべて答える。自分の作った料理を褒めてもらえて嬉しいようだ。

「ねえ、アリス、いつか私に料理、教えてくれないかな?」

 不意に、フランが躊躇いがちにそう尋ねる。

「料理?別にいいけど、咲夜の方が上手なんだからそっちに聞いた方がいいんじゃないかしら?」
「咲夜はいっつも仕事で忙しそうだから邪魔したら悪いかな、って」
「まあ、確かに、幻想郷の中で咲夜以上に忙しいやつなんていないでしょうね。ん、わかったわ。簡単なので良ければ教えてあげるから好きな時に来てちょうだい。……でも、良く考えたら、フランは私の家の場所、知らないのよね。そうね、ちょっと待ってくれるかしら」

 そう言うと、アリスは床にいる人形のうちの一体を適当に手に取る。
 何かぶつぶつと呟いたりして、魔法的な細工を施しているようだがフランには何をしているのかわからない。

 細工も終わったのかフランの方へと差し出す。

「じゃあ、私の家に来たい時にこの子に魔力を吹き込んでちょうだい。そうしたら、この子が私の家まで案内してくれるから。あと、出来るだけ早く使ってちょうだい。日が経てば経つほどこの子に込められた魔力がなくなっていくから」
「うん、わかったわ。ありがと、アリス」

 アリスの手から人形を受け取る。どうしようか、と少し悩んだ末、テーブルの上に置いた。

「本当は私が案内してあげればいいんだけれどね。ちょっと遠いし、魔理沙の看病を終えたら早く帰った方がいいでしょう?」
「そうだね。お姉様が心配してるだろうし」

 館から出るとき、レミリアへの挨拶がおざなりになっていたことを思い出した。帰ったら、真っ先に姉の元へと向かってただいま、と言ってあげよう、と思った。

「そういえば、フランに渡したい物があったわ」
「え、何?」
「はい、これ。いらないなら返してくれてもいいけれど」
「私の、人形?」

 アリス懐から出したのは先ほど作っていたフランの人形だった。
 フランはそれを両手で受け取って首を傾げる。

「一度会ったら、その人の人形を作るようにしてるのよ。人形作りの研究の為にね」
「え、いいの?そんなもの貰っても」
「いいのよ。元々飾るためのものでも、戦闘に使うためのものでもないから。欲しい人の手に渡ってくれれば作り主として私も嬉しいし」
「……そうなんだ。ありがとう、アリス」

 嬉しそうな笑顔とともにそう言った。フランが誰かから形あるものを貰うのはこれが初めてだった。

「いえいえ、どういたしまして」

 真っ直ぐな笑顔を向けられたからからアリスもなんだか嬉しそうだ。

「そういえば、私の人形、まだあるのか?それとも、あの後誰か貰い手が出てきたのか?」
「私のもどうなったのー?」

 アリスの人形を受け取らなかったフタリがそう聞く。自分の姿を真似たものだからかどうなったのか、というのが気になるようだ。

「魔理沙のもルーミアのもまだ私の家にあるわよ。受け取るつもりにでもなったのかしら?」
「いや、いらないな。マジックアイテムにするにも飾るのにも向かないからな」
「家があれば貰ってもいいんだけどねー」

 フタリともそれぞれ理由があるようだが、受け取るつもりはない、というところで共通していた。

「そう、それならそれで別にいいんだけれど。……あ、そうだ。フラン、欲しいなら人形あげるわよ。魔理沙のでもルーミアのでも」
「いいのっ?ほしいっ!」

 目を輝かせる。どちらの人形を欲しがっているかは明確だ。

「じゃあ、今度、私の家に来た時に渡すわね」
「うん、お願い!」

 元気よく頷くと興奮を抑えきれない、といった風に立ち上がる。今にも踊り始めてしまいそうな雰囲気がある。

「フランは私とルーミア、どっちの人形を貰うつもりなんだ?」

 妙に嬉しそうなフランを見ながら魔理沙が訪ねた。アリスとルーミアは何聞くまでもないことを聞いてるの?と言った視線を魔理沙に向ける。当然、彼女がそれを気にするはずもない。

「当然、魔理沙の人形だよっ」

 弾むような声、弾けるような笑顔で言った。当然、それらが注がれるのは魔理沙のほうだ。

「お?私のほうか?まあ、大事にしてくれよな」
「うんっ。いつまでも、いつまでも、ずっと、ずっとずっと、私の部屋に飾ってるよ」

 夢見るような口調で歌うように告げる。

「なんだか、無駄な意気込みようだな。大事にするって言ってもそこまでする必要もないんだが……」
「そこまでする必要はあるんだよ!アリス、人形を長く持たせるやり方を教えて」
「ええ、いいわよ」

 微笑んで頷く。それから、少し冷めたような表情を魔理沙に向ける。

「魔理沙。貴女は、もう少しちゃんと考えてから発言するようにしなさい」
「は?どういうことだよ?」

 魔理沙は首を傾げるが、これ以上何を言っても無駄だと悟ったアリスはきっぱりと無視をする。

「……さてと、あんまり長く話してると魔理沙に悪いから早く寝ましょうか」
「うん。私、魔理沙の横で寝る」
「いや、私のベッドは一人用なんだが。……それよりも、アリス!無視するな!」
「ネーデル、もう灯りはいいわ。お疲れ様」

 手から出していた炎を消すと、アリスの肩に乗った。闇が降りるが、月の光のお陰で真っ暗になることはない。

「おい、アリス……」

 やっぱり魔理沙の声は無視される。

「ルーミア、貴女はどこで寝るのかしら?」
「私はどこでも寝れるよー。アリスは?」
「私は椅子で寝るわ。まあ、そもそも寝る必要もないんだけれど、寝ないと落ち着かないのよね」
「おーい、アリスー……」

 魔理沙の声はだんだん切実なものになってきた。少し、悲しげである。

「あー、もう!そんな悲しげな声を出すんじゃないわよ!……それで、何の用かしら?」

 魔理沙が何の質問をしたがっているのかわかっていながらあえてそう聞く。

「……えーっと、何だったけか。アリスがすぐに反応してくれなかったから忘れたじゃないか」
「忘れる、ってことはそんなに重要なことじゃない、ってことよ。そうそうに憂いは断ち切って寝るべきだわ」

 説明してもわかってくれないだろう、と思ってるアリスは思い出させるような真似はせず、忘れていく方向に誘導していく。

「あー、そうなんだろうな。気にしても意味ないし、気にしないで寝るか」
 あっさりと忘れてしまった。そして、そのままベッドの方へと向かっていく。

「お邪魔させてもらうわよ」

 不意に、声が入ってきた。いつの間にやら部屋の中心に咲夜が立っている。

「フランお嬢様、寝間着をお持ちしました」
「ありがと、咲夜」

 アリスから貰った人形をアリスから借りた人形の隣に置いて、咲夜の手から淡い紅色の所々にフリルのあしらわれたネグリジェと替えの下着とを受け取る。レミリアも同じようなデザインのネグリジェを寝間着として使っている。

「ほんとに、寝る直前に来たねー。どこかで見てたの?」
「従者としての勘ですわ。それ以前に、どこかで見てたら、あなたは気付くでしょう?」
「さあ、どうかなー。家の中と外とだと感覚が違うからね」

 ルーミアも咲夜も真実を語らず、上辺だけの会話をする。

「……まあ、どうでもいいことね」
「うん、どうでもいいことだよ」

 咲夜の言葉にルーミアが頷いて会話が終わる。会話に加わっていなかったサンニンは首を傾げてそれを見ていることしかできなかった。

「フランお嬢様、お脱ぎになった衣服は持って帰りますので、今すぐ着替えていただきますか?」
「あ、うん、わかったわ」

 咲夜の言葉に頷くと着替えを椅子の背もたれにかける。それから、胸元のリボンを解いて、着替え始めた。


 最後に肩紐を肩にかけてフランは寝間着へと着替え終えた。

 フランの着るネグリジェは全体的にゆったりとした作りで、フランの活発さを抑えている。
 そして、いつもは結えているサイドテールを解いたことで左側の髪だけが背中まで流れている。それが、フランにいつもとは違う、落ち着いた雰囲気を纏わせている。
 ただ、魔理沙と一緒に寝れる、と考えているからか、その顔には嬉しそうな笑顔が浮かんでいる。折角の落ち着いた雰囲気が台無しなのだが、そうやって、無邪気な振る舞いをしている方がフランらしいのかもしれない。

「では、明日の朝には着替えを持って参りますわね。朝食は、……アリス、あなたに任せてもいいのかしら?」

 フランの脱いだ衣服を抱えたまま咲夜が聞く。

「それは、別にいいけど、そろそろ買出しに出ようかと思ってた頃だから、家にもう食材がないのよね。貴女の所の食材を分けてもらえるかしら」
「それぐらいならお安い御用よ。何か要望があれば聞くけど、ないなら、こっちで適当に持っていくわよ」
「ん、じゃあ、ちょっと待ってくれるかしら。今からメモを書くから」

 そう言うと、アリスは隅の方にある小さめの机の上のメモ帳から一枚、紙を取り隣に置いてあった羽ペンを手にとる。
 さらさらぁ、と必要なものをそこに書いていく。早く、それでいて綺麗な字がメモへと描かれていく。

「これだけお願い」

 数分とかからないうちにメモを書きあげて咲夜へと渡した。
 受け取った咲夜はざっとそれに目を通し頷く。

「全部用意できそうね」

 メモを懐に収め、フランの方へと向き直る。

「では、フランお嬢様、おやすみなさいませ」
「うん、おやすみ」

 フランが頷く。それに応えて咲夜は会釈をし、姿を消した。

「さてと、寝ようかー」
「あー、私がフランと寝るのは確定事項なのか?」
「当たり前じゃない。大丈夫、フランは小柄だからフタリでも寝れると思うわよ」

 そう言いながら、アリスは人形たちを周囲に集めて寝る準備を始める。座って寝るので特別に準備をすることもない。

「魔理沙、私と寝るの、嫌なの?」

 フランは微妙に潤んだような瞳で魔理沙を見上げながらそう言う。

 いつもとはまったく違う印象の服に、まったく違う髪形。そして、魔理沙が苦手とする弱々しい表情。回避不能な弾幕に相対したかのようにたじろぐ。

「い、いや、別にそんなことは……」

 口調もたじたじである。

「じゃあ、一緒に寝てくれる?」
「……あー、わかった、寝てやるよ」

 魔理沙は断り切れずそう答えてしまった。

「やったっ。ありがと、魔理沙っ」

 嬉しそうな笑みを浮かべて魔理沙に抱きついた。

 フランに抱きつかれながら魔理沙は、こういうのも悪くないか、と考えていた。


「魔理沙はああいうのに弱いのかー」
「知ったところでその弱点を使う時が来るとは思えないけれど」
「そうだね」

 フタリの間に入ることのできない―――そもそも入るつもりのないルーミアとアリスがフランと魔理沙のフタリを見ながら会話をする。

「……魔理沙って意外と優しいんだよねー。ああ見えて」
「まあ、悪い奴じゃないわね。……いい奴とも言い切れないけど」

 ルーミアは前向きな、アリスは微妙な評価を下す。

「さてと、私たちも寝ようか」

 一緒にベッドに入ったフタリを見てそう言う。仰向けになっている魔理沙に、フランが横から抱きつく、というふうになっている。

「ええ、そうね。……そういえば、あなたどこでも寝れる、とは言ったけど、具体的にはどこで寝るつもりかしら」
「そうだねー……。私も椅子で寝るよ」

 そう言うと、椅子から立ち上がり、その椅子をアリスの方へと寄せていく。

「……どういうつもりかしら?」

 アリスはルーミアの行動に首を傾げる。

「あのフタリが一緒に寝るんなら、私たちも、と思ってね。嫌なら離れるよ?」
「別にいいけど。椅子からずれ落ちて、私の上に倒れてくるんじゃないわよ」
「そう言う可能性はアリスにもあると思うけど」
「私は慣れてるから大丈夫よ。……って、上海、ネーデル?」

 いつの間にやら上海とネーデルの二体がアリスの膝の上に並んでちょこん、と座っていた。

「アリストネルー」

 上海の言葉にネーデルもこくこく、と頷く。

「ええ、いいわよ」

 上海の金髪を、ネーデルの赤毛を優しい微笑と共に撫でる。二体ともくすぐったそうに眼を細める。

「私との時と全然態度が違うねー」
「この子たちは、私の子供みたいなもの。あなたは、赤の他人。そうでしょう?」
「それはそうだけどねー」

 さほど扱いの差を気にしている風もなく暢気な声だった。アリスは、そんなルーミアの横顔を見つめて、欠伸を漏らす。

「アリス、眠そうだね」
「ええ、寝なくても大丈夫な体なんだけれどね」
「だったら、もう寝たら?」
「そう言うわけにもいかないわ。あのフタリ……せめて、魔理沙が寝るまでは見ておかないと」

 ベッドに横になった今も少々騒がしいフタリの方へと視線を向ける。

「そうだねー。でも、眠くなったら寝てもいいよ。私が代わりに見てるから」
「ありがと。……でも、話し声が聞こえてくる限り寝れないと思うわ」
「そうなのかー。じゃあ、ぼんやりしながら、フタリを見てようか」

 それからフタリはフランと魔理沙の会話を外からぼんやりと聞くのだった。


「あったかい……」

 フタリで布団の中に入ってフランが最初に呟いたのはそんな言葉だった。
 手から、腕から、身体から、足から伝わってくる魔理沙の体温の心地よさに陶酔する。

「そうか?私は少々暑いんだが」

 その言葉を証明するかのように魔理沙の右腕と右足がだらしなく布団から出ている。

「じゃあ、魔理沙はそれだけ私の存在を感じてくれている、ってことだね」

 魔理沙の肩に額をつけたまま言う。

「まあ、誰かと寝るなんて初めてだからな。しかも、抱きつかれて。……私は抱き枕か?」
「ううん、魔理沙はもっともっと、大切なものだよ。絶対、絶対に放したくないくらいに大切なんだよ」

 ぎゅっ、と抱きつく腕に少し力を込める。

「……眠くないな」

 フランの行動に何一つ口を挟まず、呟くように言う。

「うん、そうだね。私たち、お昼寝してたからね」

 くすぐったそうな声でそう答える。魔理沙と何かを共有している、ということが嬉しいようだ。

「……なあ、フラン、ひとつ、聞いても良いか?」
「うん、なに?」

 フランは魔理沙の肩から額を離して、魔理沙の横顔を見つめる。

「何で、お前は私のことをそんなふうに思えるんだ?」
「そんなふうって?」

 魔理沙はぼやかすように言ったが、フランには伝わらなかったようだ。

「だから、なんで、私のことをそんなに大切に思えるんだ、ってことだよ」
「魔理沙のことが大好きだからだよっ」

 恥ずかしげもなくそう言い切った。けど、魔理沙の望んだ答えとは違ったようだ。

「あー、悪い、質問が悪かった。どういう経緯でそう言う風に思うようになったのか、って聞きたかったんだ。私は、フランに何かしてやってたか?」

 宙を見つめたままそう聞く。今もなお自分の中から答えを探そうとしているようだが、見つからないようだ。

「うん、いっぱいしてもらったよ。弾幕ごっこをして遊んでくれたり―――」
「あれは、お前が襲ってくるから仕方なくだ」
「外のことを話してくれたり―――」
「そうしないとお前が放してくれなかったからな」
「私に、ほんとの笑い方を思い出させてくれたよ」
「それは、私の関与したこととは言い難いな。……というか、本当にそれだけのことで、そう思うようになったのか?」

 本当に不思議がっているようだ。魔理沙からしてみれば、気の進まない気持ちでやっていたことばかりだから当たり前の反応なのかもしれない。

「うん。……でも、私にとってはそれだけ、じゃないよ。そんなにも、だよ」

 宝物を誰かに見せる時のような口調。地下に閉じ込められ続けて、何も持っていなかった少女が初めて手に入れたモノ。

「魔理沙は嫌々だった、って言ってるけど、私はそうは思わなかったよ。弾幕ごっこをするときも、私に外のことを話してくれる時も魔理沙は本気だったよ」

 弾幕ごっこをするときは嫌々でも必然的に本気になってしまうものだ。何故なら、スペルカードルールにより、故意に殺されることがないだけで、当たれば痛いし、運が悪ければ死んでしまうからだ。
 けど、話をする、というのは違う。手を抜いたから、といって痛みがあるわけでも、命を奪われるわけでもない。手を抜こうと思えばいくらでも手を抜くことができるのだ。
 そして、恐らくそうしていた所で魔理沙に危害が加わることもなかっただろう。ただ、早々にフランが興味を失ってしまいフランがここまで魔理沙と関わることもなかっただろう。

「本気、だったか?まあ、弾幕ごっこの時はさすがに手を抜くわけにもいかないが、話をするときは思い浮かんだことをそのまま話してただけなんだがな。……でも、思い返してみれば、お前があまりにも真剣に私の話を聞くから少し熱がこもってたかもしれないな」

 話を真面目に聞くモノが非常に少ない幻想郷において、話をちゃんと聞いてもらえる、ということは非常に珍しい。魔理沙自身、他者の話を真面目に聞くことはあまりない。
 だからこそ、最初は面倒くさがりながらも、気がついた時には話すことに夢中になっていたのだろう。

「じゃあ、魔理沙も私と話をすることを楽しんでた、ってことだねっ」
「そうなるのか?……よくわからないな」

 嬉しそうな言葉に首を傾げる。楽しんでいた、という自覚がなかったからフランの言葉がいまいち納得できないようだ。

「魔理沙」
「うん?何だ?」

 今までの弾んでいるのとも、嬉しそうなのとも違う声色に魔理沙はフランの方へと顔を向ける。

「ありがと、魔理沙。私の為に、お話をしてくれて。それから、笑い方を思い出させてくれて」

 言って、笑顔を浮かべる。

「……好きなだけ感謝するといいさ。私は自分の思ったまま、思ったとおりに行動しただけだがな」

 弱々しい表情や、泣き顔には滅法弱い魔理沙だが、笑顔の前では言いたいことを言いたいように言える。

「魔理沙らしいね。じゃあ、好きなだけ、思う存分、感謝させてもらうよ」

 体を動かし、魔理沙の顔へ自分の顔を近付けていく。

「だから、何か困ったことがあったら言ってよ。今度は、私が魔理沙を助けてあげるから」
「私は、何からお前を助けたんだ?」
「五百年近く続いた狂気の中から」
「確かに、最初遭ったときは正気っぽくなかったな」

 初めて魔理沙と弾幕ごっこをしたとき、フランはただ、魔理沙のことを壊そう、と思っていた。スペルカードルールでやる、と言ってもあの時のフランにとって手加減は不可能に近いことだったから。
 それに幻想郷にやってくる前。侵入者を壊すのは彼女の日課だった。そして、それを実行することは容易かった。
 だから、簡単に壊せる。その時もそう思っていた。

 ……だけど、そうはならなかった。

 フランの放った弾幕はことごとく避けられ、逆にフランの方がボロボロにされてしまった。

 その時から、フランの心は指向性を持つようになった。縛られたルールの中とはいえ自分を打ち負かすことのできる人間がいる、と知って。
 同時にそれは『外』への憧れともなった。閉じ込められていた、とは言うが、彼女自身もまた『外』へと出る気はなかったのだ。
 そして、フランは『内』に住むモノたちは『外』のことを知らないだろう、と勝手に思い込んだ。だから、当然、話を聞く矛先も何度も屋敷を訪れる自分を打ち負かした人間、へと向けられた。

 図書館から本を盗み出そうとしている所を見つけたら、弾幕勝負をして、話を聞く。それが最初の頃のフランと魔理沙のやり取りであった。ちなみに、最初のころは魔理沙に負けてばかりいた。
 次第にそんなやり取りもフランが魔理沙から『外』の話を聞くことへと重点が傾いていった。同時に狂気も薄れ、弾幕勝負で手加減も出来るようになり、それ以来少しずつだが魔理沙にも勝てるようになってきた。

 けど、何度も『外』の話を聞いていれば流石に魔理沙も『外』に関する話題もなくなってくる。何かが起こる時もあれば、何も起こらない時もある。それが、幻想郷だ。
 そんなときは、文屋が勝手に置いていく新聞をテーブルに広げてそれをタネにして話を広げたり、あれやこれやと質問したりした。時間を忘れて、魔理沙が帰る、と言うまで。

 そして、魔理沙が長い間館を訪れなくなる、という事件を経て、初めて惜しまれる死、を目の当たりにして今に至る。

「とにかく、今度は私が魔理沙を困ったことから助けてあげるからね」

 至近距離で笑顔を浮かべる。幼い子供が背伸びをして、お姉さんぶるかのように。

「……じゃあ、顔を離してくれるか?すごい話しにくいんだが」
「ヤダ」

 魔理沙の言葉に即答した。困っていること、と言ってもフラン自身が原因の場合は無効なようだ。
 そもそも、魔理沙自身が嫌がってないみたいだからフランもそう言うことができたのかもしれない。それに、

「……まあ、顔を向けて話す必要もないな」

 魔理沙は視線を天井の方へと向けた。

「あー!何で顔背けるのっ!」

 そう言うと、魔理沙に抱きつくのをやめて、布団に入ったまま身体をもぞもぞと動かして魔理沙の上に乗る。

「ぐあ、乗るな。余計に暑苦しい」

 フランは小柄なので重くはないようだが、暑さはどうしようもないようだ。

「こうしてれば、魔理沙が寒さを感じることもないでしょ?確か、風邪って体を冷やさないようにしないといけないんだったよね?」

 言いながら、今度は正面から首に腕を回して魔理沙に抱きつく。至近距離に魔理沙の顔があるからか非常に嬉しそうな笑顔を浮かべている。

「何事にも限度、ってものがあるんだがな」
「じゃあ、私が抱き付いてるこの状態が限界ギリギリだね」
「どういう根拠に基づいてるんだ、それは。……そもそも、適正な温度は私が―――まあ、いいか」

 フランの笑顔を見ていると暑いのもどうでもよくなったようだ。寝られない暑さでもない。

「ふふ、魔理沙ぁー」

 甘えるような声を出しながら更に魔理沙へと密着していく。お互いの頬が触れ合うほどに近づいている。
 フランから何されても良い、と諦めている魔理沙はされるがままとなっている。暑さも、少しずつ心地よい眠気へと変わっていっている。

「……くぁ、眠くなってきたな」

 魔理沙が小さく欠伸を漏らす。それにつられるようにして、フランも小さく欠伸をした。

「うん、そうだね。……おやすみ、魔理沙」
「……ああ、おやすみ、フラン」

 そうして、フタリ同時に眠りに落ちた。

 その直前、フランは絶対に魔理沙を放さない、そう思った。


「フタリとも、ようやく寝たみたいだねー。って、こっちもか」

 ルーミアが会話からフランと魔理沙は寝たのだと判断して、隣の席を見てみるとアリスも寝ていた。二体の人形はじーっ、主の寝顔を見つめている。

「……上海、ネーデル、フタリはいつ寝るの?」
 寝ているサンニンを気遣ってか、その声は小さく抑えられている。

「……マリョクガキレタラー」

 上海も声を落として答える。こういうことができる、というのはなかなかに芸が細かい。

「……そっか、じゃあ、それまではご主人様の寝顔をフタリ占めなんだね」

 暢気さの省かれた、どこか知的な感じのする声。

「……ネーデルトフタリジメー?」

 上海が首を傾げる。それから、ネーデルと共に再びアリスの顔を見上げる。その横顔が微かに綻んだように見えた。

「……さてと、みんな寝ちゃったし、私も寝ようかな。おやすみ、上海、ネーデル」
「……オヤスミー」

 アリスから視線を外す分だけ返事が遅れた。そんな上海たちの姿に小さく微笑みを向けると、ルーミアは背もたれに体重を預けて、瞼を閉じた。


 差し込む月明かり。それが、魔理沙宅にいる少女たちを優しく、包み込んでいた……。


FIN



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