「ふふ、これで、私の勝ちね」

 フランはもう必要のないレーヴァテインを片付ける。

「あー、なんか最近負けてばっかりだなぁ」

 こいしが床の上で横になったままそう呟く。声に力がこもっていないのは負けて脱力しているからだろう。

 フランがこいしの傍まで高度を下げる。こいしはフランの存在に気付いたようで、視線を向ける。

「……それにしても、強いね、貴女。あ、そう言えば、名前、聞いてもないし言ってもないよね。私は古明地こいし、って言うんだ。ねえ、魔理沙の代わりに私のペットになってみない?」

 どうやらこいしはペットにするのは強ければなんでもいいと思っているようだ。

「フランドール・スカーレット、よ。フランでいいわ。……あと、ペットになるのは遠慮しておくわ」
「そう、……なら、私の家に遊びに来ない?歓迎するよ?」
「油断したところで首輪を後ろから付けられそうね。まあ、その程度なら簡単に壊せるけど」
「大丈夫大丈夫、そんなことしないから」

 手をひらひらと振りながら笑顔を浮かべてフランの言葉を否定する。

「前科があるから信用できないわよ。……でも、行ってみるのは悪くなさそう。ねえ、咲夜、いつか行ってみてもいい?」

 いつの間にかフランの隣に立っていた咲夜に聞く。フランは気配で隣に咲夜がいることが分かっていた。

「私の一存では決められませんわ。お嬢様に聞いてみないと。……ですが、大丈夫だと思いますよ」
「ふーん。でも、確かに私が外に出るのを止めるなら今日、私が外に出た時点で咲夜が追ってきてるわよね。そう考えると美鈴には悪いことしちゃったかなぁ」

 外に出る際、手加減はしていたとはいえレーヴァテインで叩きつけてしまった美鈴のことを思う。フランは完全に自分の為だったが、美鈴は仕事でああして立っていたのだ。

「あの子は丈夫なのが取り柄だからああして門番をしているのです。フランお嬢様も手加減をなさったのでしょう?だったら、大丈夫ですわよ」

 咲夜の言葉にフランは首を横に振る。咲夜が言ったのはフランが本当に聞きたいことではなかった。

「それもあるけど、美鈴が私のことを嫌ってないか、っていうこと」
「ああ、それこそ心配はありませんわよ。むしろ、フランお嬢様が外に出るようになられて嬉しそうでしたよ。フランお嬢様を止めるとき美鈴は手を抜いてたそうだけど、気づきませんでしたか?」
「あ、そう、なんだ」

 今まで一度もまともに美鈴とはまともに戦ったことがなかったからわからなかった。それに、手加減をしていた、というのなら尚更悪いことをしてしまったような気分になる。

「二人だけで話してるみたいだけど、結局、フランは私の家に来るの?来ないの?」

 フランはすっかりこいしと話していた、ということを忘れていた。それでも慌てることなくゆっくりとこいしの方へと向き直る。

「お姉様と話してみるまでわかんないわ。でも、気が向いたらいつかは行くよ」
「そう、じゃあ、気が向いたときに地下にある地霊殿に来てよ。私は外に出てるかもしれないけど、お姉ちゃんか、お空か、お燐が話し相手になってくれると思うよ。……っと、そうだ、雨の中に置いてきたお空を回収してこないと」

 家の中から出ようとしてこいしはフランたちに背中を向けたがそのまま止まってしまう。右、左、と確認をして、再びフランたちの方へと顔を向けた。

「ここの空間、元に戻してくれない?帰れないから」
「そういえば、黒白の家の空間を弄ってたんだったわね」

 言って、咲夜は指を鳴らした。それから一瞬で広大な空間は元の、物が雑多に置かれ狭くなっているいつもの魔理沙の家に戻った。

「よし、じゃあ、私は帰るから、ばいばい、フランとその従者とその他さん」

 こいしは手を振りながら家から出て行った。フラン以外のフタリからは名前を聞いていないので呼び方が適当だ。

「そーいえば、私の名前を教えてなかったねー。今度でいいかな?」
「その他、って言われて全然へこんだりしないのね」
「だって、今回は私なんにもしてないからね。特徴を見せれてないから仕方ないよ」

 そうは言うが、ルーミアは身体を闇に変える、という地味にすごいことをしていたのだがこいしはそれに気が付いていないようだった。

 こいしがいなくなって、その場が少し静かになる。けれど、フランが口を開いた。

「咲夜。約束通り、腕の血、もらうね」
「はい、どうぞ。もうそれなりに血は止まってしまいましたが」
「いいよ、別に。物足りない分は、家に帰って美味しいもので補ってもらうから」

 早速フランは咲夜の腕の血を舐め始める。血の固まっている部分は後回しにして、未だに血が流れ出している部分を舐めている。

「わかりました。じゃあ、今日はフランお嬢様が初めて外に出られた日、ということでパーティでも開きましょうか?」
「別にお姉様みたいになんでもない日にパーティを開く必要なんてないわよ。ただ、咲夜の作ってくれる美味しい料理があれば満足かな」

 舌先で傷の周りを舐めながら答える。

「かしこまりました」

 恭しく言葉を返す。いつもなら一礼を交えるところだが、フランが腕を掴んでいるので出来ない。だから、口調にいつも以上の恭しさを込めていた。

 それから、静寂が訪れる。聞こえるのはフランが血を舐める音と、雨が地面を、屋根を、葉を叩く音、それと、何もすることのないルーミアが魔理沙の家の中を勝手に物色する音くらいだ。

 と、そんな部屋の中に異音が混ざる。扉が開く音、そして、少々騒がしいくらいの声。

「人里に買い出しに行かないといけないと思ってたが、必要なかったのを思い出したぜ」

 白々しい態度で魔理沙が帰ってきた。おそらく、家から離れた所でこいしたちが去って行くのを見ていたのだろう。

「って、お前らは私の家の中で何をしてるんだ?」

 フランと咲夜の姿を見てぎょっとする。確かに見慣れない者が見れば驚く光景かもしれない。

「食事よ」
「食事ですわ」

 即答する二人。彼女たちにとっては当たり前のことだからだ。そのまま、フランは食事を再開する。

「……そういえば、フランも吸血鬼だったな。……で、ルーミア、お前は何をやってるんだ」
「物色ー。何か面白いものがないかな、と思って」

 がさごそ、と色々な物が雑多に詰め込まれた箱を漁りながら答える。

「それは、私の研究用の器具を入れてる箱だ。お前にとって面白いものなんてないだろ」
「そーでもないよー。見たことのないものがたくさんあるし、何が出てくるかわからない、って点でも面白いよ」

 すり鉢とすりこぎを興味深そうに眺める。

「変わったやつだな。そんなどうでもよさそうなことで楽しめるなんて」
「他に面白いことがあるなら魔理沙が教えてよ。フランの食事が終わるまで暇なんだよ」

 箱の中を漁るのをやめて魔理沙の方に向き直る。

「む、そうだな、この前紅魔館から借りてきたトランプがあるから、それでポーカーでもやるか?というか、ポーカーのルール知ってるか?」
「知ってるよー」
「お、意外だな。けど、説明の時間が省かれるのはいいことだな。じゃあ、早速始めるか」

 そう言って魔理沙は椅子に腰かける。ルーミアは魔理沙の座っている場所の反対側に座る。

 フランのされるがままになっていた咲夜が口を開く。

「私のトランプが見当たらないと思ったら貴女が持って行っていたのね。魔理沙、今はトランプは貸しといてあげるけど、帰る時には返してもらうわよ」

 彼女の持つトランプは種なし手品用の道具だ。何故、それを使うのかというと一番手品っぽい感じがするから、だそうだ。

「わかったぜ。……おっと、そうだ、パチュリーのところから借りてた本も渡すから代わりにパチュリーに返しといてくれないか」
「貴女、借りた物を返さないのは自分で返すのを面倒くさがってるからってだけ?」

 呆れたような口調。幻想郷の物持ちは大体彼女の被害に遭っている。

「いや、別にそう言うわけじゃないぜ。もしかしたらいつか使うかもしれない、そう思って返せないだけだ。まあ、今日は紅魔館の奴らが来てるからちょうどいいと思ってな」
「一応、そう思っておくわ」
「それは、ありがたいぜ」

 咲夜のため息交じりに言葉に魔理沙は調子のいい返事を返した。それに対して咲夜は何かを言い返そうとしたがやめてしまった。言うだけ無駄だと思ったのだ。

「さてと、私たちはポーカー始めるか」
「じゃあ、最初は魔理沙がディーラーをお願い」

 ルーミアの言葉に頷いて魔理沙はトランプを切り始める。

「そーいえば、家の前、火事になってなかった?」

 魔理沙がカードを配る手を止めて、ルーミアをそして、食事に専念しているフランを見る。

「あれの原因はやっぱりお前たちか。私に無駄な仕事をさせるな」
「おー、消してくれたんだねー。よかったよかった」

 笑顔を浮かべてそんなことを言う。

「……心配してたような口振りの割には声が暢気だな」
「だって、魔法の森が焼けたところで私には被害がないからねー。それに、どんなに広く焼けたとしてもこの広さだから被害を被るのは魔理沙の家くらいだからねー」

 体を乗り出して魔理沙の手から勝手に五枚のトランプを抜き取る。

「酷い奴だな。……というか、勝手にカードを抜き取るな」
「大丈夫だよ、ほらイカサマはしてないから」

 そう言って手元のカードを見せる。役は七のワンペアだった。

「自分から手札を見せてくれるなんて余裕だな。そんな余裕、私がぶち壊してやるぜ」

 魔理沙が無駄なやる気を見せて暇なフタリによるポーカーが始まったのだった。



「なんで、勝てないんだ……」

 賭ける物がなくなるのが十度目を迎えた所で魔理沙は机に突っ伏してしまった。

 お互いに手札を見せようとしたところでフタリとも賭ける物がないことに気付いて周りにあった雑貨をチップに見立てることにした。どうせ暇つぶしだから、ということで実際に物を賭けたりするわけではない。ゲーム中にルーミアの元へと行った雑貨もちゃんと返す。

 そんなこんなで始まったポーカーだったが魔理沙はルーミアに一度も勝てなかった。ちなみに、相手のチップを零にしたら勝ち、というルールである。

 魔理沙の敗因の一つがフタリの表情だった。魔理沙はどういうカードが手元にあるのか、というのが表に出やすかったが、ルーミアはほとんど表情が動かなかった。まさにポーカーフェイスだ。

 もう一つが、魔理沙が思った以上にルーミアが大胆な手段を使ってくる、ということだ。逆に魔理沙は性格に似合わず消極的なやり方だった。

 そんな二つの原因が重なって魔理沙は見事にルーミアに負けてしまった。

「ごちそうさま」

 ちょうど、フランの食事も終わったようだ。フランの顔のあちこちに血が付いている。

「フランお嬢様、お顔が汚れていますわ。今、拭きますから、少し動かないでいてください」

 何もなかったはずの場所からハンカチを取り出すとそれでフランの顔を拭き始めた。

 念入りにけれど優しく髪についた血も取るように拭く。ここまで、拭かれている側に不快を与えることもせずに顔を拭ける者はいないだろう。
 しかも、それを利き手ではない左手でやっている。右手の傷はフランが舐めたことによる作用かほとんどふさがっている。けど、それは表面だけの話で内側はまだ治りきっていないので上手く動かすことが出来ないのだ。

「はい、できましたわ」
「ありがと、咲夜」

 フランが笑顔を浮かべる。咲夜はそれに微笑を返す。

「さてと、今日はなんだか疲れちゃったから帰るね」
「ああ、気をつけて帰れよー」

 机に突っ伏したまま手をひらひらと振る。よっぽどルーミアに負けたのが堪えたようだ。今日魔理沙にもっとも大きなダメージを与えたのはルーミアであろう。

「うん、次はパチュリーに首輪を作ってもらって持ってくるね」
「そんなものいらないぜ。もっと、実用的な物がいいな」
「冗談だよ、冗談。魔理沙はちゃぁんと、私のところに遊びに来てくれるもんね」

 そう言って咲夜に向けたのとは違う種類の笑顔を浮かべる。フランの魔理沙をペットにする、という言葉は単に魔理沙が来なくて寂しかったからこそ出た言葉だった。

「今日は、もう帰るけど、楽しかったわ。今度は甘い飲み物を用意しといてね」
「そこの従者ほどの腕はないが、今日のお礼、ってことで暫くの間は私が紅茶を淹れてやるよ。ただ、暫くが過ぎたら自分で淹れろよ」

 魔理沙にしては珍しい申し出だったが、後半はいつも通りだった。

「うん、紅茶なら咲夜から少しだけ淹れ方を教えてもらってるから今度こそは美味しいお茶を淹れてあげるよ」
「じゃあ、その時は私も御馳走させてもらってもいいかなー」

 魔理沙と使っていた雑貨を片付け終わったルーミアがそう言う。

「それは別にいいけど、私がいつ魔理沙の家に行って紅茶を淹れるのかわかるの?」

 当然の疑問を投げかける。フランも魔理沙も気まぐれな性格なのでフタリがいつ出会うのか予測するのは不可能に近いはずだ。

「そこは、直感でどうにかするよ。別に機会が一度きり、ってわけじゃないからいつか出くわせると思うよー」

 気長な話だった。

「なんていうか、暢気な考え方ね」
「幻想郷に住んでるのは大半がそんなんだよ」
「うん、それはそうかも」

 ルーミアの言葉に納得したようにフランは頷く。異変が起きてもあまり焦ることのない幻想郷らしい考え方である。

「と、言うわけで、私も帰らせてもらうねー。フラン、魔理沙、今日は楽しかったよー」
「うん、ばいばい。私も楽しかったわ」

 ルーミアは手を振りながら魔理沙の家から出て行く。ルーミアに手を振り返したのはフランだけだった。

「では、私たちも帰りましょうか。……あら、ちょうどよく雨が上がってるみたいね」

 開け放されたままの扉の向こう側。雨があがり、雲で覆われた空だけが見える。吸血鬼が太陽が昇っているときに外に出るのにこれほどよい天気はない。

「うん。ばいばーい、魔理沙っ」
「ああ、じゃあな。……って、うおっ!」

 魔理沙が手を振っていると、机の上に広げられていたトランプが突然消えた。

「約束通りこれは返してもらうわよ。……そういえば、パチュリー様の本のことをすっかり忘れてたわ。どこにあるのかしら」

 トランプを手にしたまま腕を組む。

「おお、そういえばそうだったな。あの本の山がパチュリーから借りてきた本だ」

 魔理沙の指差した先には百冊近い本が山となっている。そのほとんどが魔道書なので、一冊一冊が並みの本を越えた厚さを持っている。なので、いくつかの山が天井にまで届いてしまっている。

「貴女は今までどれだけの本を借りてきたのよ」
「今まで一度も返したことがないからそこに積んである分だけだな」
「はあ、これは疲れそうね」

 本を持って行く前から疲れたような溜息とともに右手に額を当てる。

「……魔理沙、あなたも手伝ってくれるかしら?」

 咲夜の言葉に、机にうつ伏していた魔理沙は、しゅたっ、と立ち上がる。

「悪いな。今日は霊夢の所に用事があるんだ。というわけで、私はこれで―――」
「嘘をおっしゃい。毎日用もなく神社に行ってる貴女が今日に限って用事があるなんてことはないでしょう」

 咲夜は魔理沙の言葉を最後まで聞かない。このような時に魔理沙の口から出る言葉は十中八九嘘だ。

「いや、今日は本当に大事な用事があるんだ。早く行かないと霊夢に怒られるぜ」

 箒を掴んで外に出てしまう。しかし、咲夜が魔理沙の背中に言葉を投げかける。

「そういえば、パチュリー様が、付けた相手を服従させる首輪を作った、とか言ってたわね。使用者はつける相手よりも高い魔力が必要らしいけれど、フランお嬢様の魔力は軽く貴女を凌駕してるでしょうね」
「どうせ、嘘、なんだろ……?」

 どう判断すればいいのか考えあぐねているようだ。

「さあ?まあ、つけてみたいって言うんならこのまま本を運ばずに霊夢の所に逃げればいいわよ」

 表情一つ変えずに答える。そこからは、嘘なのかどうなのか判断することはできない。

「ぬわぁぁ……!何でお前も表情一つ変わんねえんだよ」

 魔理沙は頭を抱えて苦悩モードに入る。どうしても逃げたいみたいだが、咲夜の情報に惑わされてしまってる。

「……ねえ、さっきのは本当のこと?」

 フランが咲夜の耳に囁きかける。どうやら咲夜の言葉が気になったようだ。口では冗談だと言っていたが、魔理沙をペットにする、という思いは捨てきれないのだろう。

「……いいえ、嘘ですわ。フランお嬢様ももう少し魔理沙と一緒にいたいでしょう?でしたら、私の嘘に付き合ってください」
「……そう、嘘なの。……でも、うん、わかったわ」

 咲夜の言葉が嘘だと知ってがっかりしたようだが、すぐに楽しげな笑みを浮かべる。悪戯を思いついた子供のような表情だ。

 フランはいまだに苦悩している魔理沙の方へと近づいていく。

「ねぇ、魔理沙。貴女が本を運びたくないって言うならそれでもいいのよ。だって、そうすれば、貴女は私の物になるんだから。私の物になったら、いっぱい遊んであげるし、いっぱいパチュリーの本を読ませてあげるわよ」

 頭を抱えていた魔理沙はゆっくりとフランに顔を向ける。

「……あの首輪の話、本当のことなのか?」
「うん、本当よ」

 にこにことした笑顔で答える。
 魔理沙は真実を見極めようとフランの瞳を見る。そして、

「嘘じゃないみたいだな。……はぁ、しょうがない。面倒くさいが運ぶのを手伝ってやるか」

 フランが冗談は行っても嘘をつくはずがない、と勝手に思い込んでいる魔理沙は簡単にフランの言葉を信じてしまった。

「やった、これで一緒に帰れるね」

 フランは嬉しさのあまり魔理沙に抱きついた。

「……なんか、変だな」
「そんなことないよ。魔理沙が私のいいなりになるのもいいけど、一緒に帰ってくれるのも嬉しいよ」

 ぎゅぅ、と抱きつく。といっても本当に力一杯抱きついているわけではない。そんなことをしてしまえば、魔理沙はただでは済まないだろう。

 壊れないように、けれど、ぎりぎりまで強く。そんな力加減で抱きついた。

「フラン、少し、痛いんだが……」
「あ、ごめんなさい」

 咄嗟に腕に力を弱めた。

「で、運ぶのには納得したがちんたら歩くのは私の趣味には合わないんだ。だから、私は一人で運ばせてもらう」

 その言葉は魔理沙と一緒に帰れるものだと思っていたフランを裏切るものだった。

「えー……。じゃあ、魔理沙の箒に乗せてってよ」
「そんなことしたら、お前が何も運ばなくてもいいことになるだろ」

 フランの案に魔理沙は難色を示す。魔理沙は魔理沙で出来るだけ運ぶ量を減らしたいらしい。

「フランお嬢様が働く必要なんてないわ。働くのは私と魔理沙の二人で十分よ。半分ずつ運ぶわよ」
「私の箒はそんなに乗せられないぜ」
「一度に運ぼうとせずに何度かに分けて運べばいいじゃない。今までそうやってパチュリー様の本を溜めてきたのでしょう?」
「借りるのと返しに行くのじゃ、勝手が違うぜ」

 無駄な抵抗を続ける。

「首輪をつけられたくなかったら、口ごたえはなしよ」
「ぅぐっ……それは、卑怯だぜ」

 咲夜の言葉に口を詰まらせてしまう。嘘情報を魔理沙に信じさせている分舌戦では咲夜の方が有利だ。

「もともと貴女が勝手に借りた本でしょう?運ぶ量が半分になった、と感謝はされど、卑怯だ、とは思われたくないわ」
「わかった、わかったよ。運べばいいんだろう。この際、積載量は無視して一気に運ぶか。運送もパワーだぜ!」

 開き直ったのか急に魔理沙は張り切りだした。

 部屋の奥から大きな風呂敷を出してくるとそれに本を包んでいく。

「咲夜、運ぶのに腕の傷は大丈夫なの?」

 魔理沙が本を包む作業をしている後ろでフランは咲夜に話しかける。

「大丈夫ですわよ。ナイフを運ぶのと同じ要領で服の内側に大きな空間を作ればいくらでも運べますわ」

 言いながら、咲夜は服の中へと本を入れていく。かなりおかしな光景だ。

「そういえば、咲夜は空間も操れるんだったわね。……中は、どうなってるの?」
「それは、フランお嬢様であれ、レミリアお嬢様であれ秘密ですわ」

 咲夜は服の中を覗こうとしたフランを制止させた。

「むぅ。……まあ、いいや。ともかく、腕の傷は大丈夫なのよね?」
「ええ、使いませんからまったく問題ないですわ。それよりも、フランお嬢様は魔理沙の準備を手伝ってください」
「うん。わかった」

 咲夜の言葉はフランに対する気遣いだった。フランは咲夜といるよりも、魔理沙といる方がいいだろう、という。

「魔理沙っ、手伝うよ」

 弾んだ声で魔理沙に声をかける。

「ん、そうか。じゃあ、この風呂敷の上に適当に本を乗せていってくれ」
「わかった」

 フランは本の山の中から適当に一冊取ると風呂敷の上に置く。

「あー、この本、使うかもしれないな……」

 魔理沙が一冊の本を手にして作業を止める。

「また、必要になったときに借りに来ればいいよ。というわけで、回収〜」

 フランは魔理沙の手から一冊の魔道書を奪い取った。そして、風呂敷の上に重ねる。

 咲夜はフランを魔理沙と近づけさせるために手伝わせたのだが、どうやら、作業を早く終わらせるのにも良かったようだ。

 そんなことを思いながら咲夜は騒がしいフタリの後ろで一人黙々と本を服の中に入れていっていた。



「やっと、纏め終わったか。よし、あとはこいつらを箒にくくりつけて、……って重っ!」

 魔理沙とフランの前には大きな包みが二つ置かれている。そのうちの一つを魔理沙は持ち上げようとしたのだが、持ちあげることはできなかった。

「確かに重いけど、持ちあげれないほどじゃないよ」

 もう一つの包みをフランは軽々とまではいかないが、持ちあげることはできた。ここに両者の種族の差が表れている。

 フランは包みを玄関の近くまで持っていく。

「無駄に丈夫な布を使ってるのね。あれだけ入れて破れないとは」

 咲夜はフランの運んだ包みを呆れたように見る。

「ああ、香霖の作った布を何枚も重ねてるからな。そう簡単に破れることはないはずだ」

 包みを持ち上げることを諦めた魔理沙は、包みをばんばん、と叩く。

「ふーん、あそこの店主、拾い物を売ってるだけかと思ったらそういうわけでもなかったのね」
「あいつは器用だぜ。私の八卦炉も香霖が作ってくれたからな」
「へぇ、なら、今度は私も何か作ってもらおうかしら。お嬢様のお洋服とか」
「ねえ、魔理沙。話なんかしてないで早く運んでよ」

 魔理沙の箒に包みを括りつけ終わったフランが戻ってくるなりそう言う。一刻も早く魔理沙の箒に乗ってみたいようだ。

 箒はすぐに飛べるように、ということで玄関の外に置いてある。

「私に、これは運べそうにないな。フラン、代わりに運んでくれるか?」
「もう、魔理沙は非力ね」

 怒っている、というよりは、しょうがないなぁ、といった感じだ。

「私は普通の人間だ。それに、魔法使いに力は必要ない」
「あら、私だって吸血鬼の中では魔法使いよりよ?……まあ、魔理沙には運べないでしょうから、それも運んであげるよ」

 フランは魔理沙が持ち上げるのを諦めていた包みも運び出した。

「……貴女の仕事なのに、フランお嬢様ばっかりが働いてるじゃない」
「いや、私だって本を包むのはやったし、玄関から紅魔館まで運ぶのも今からやる。だから、私は働いてないわけじゃない」

 首輪をつけられる、と思っている魔理沙はいつも以上に必死に弁解をした。

「そうじゃなかったら容赦はしないわよ」
「わかってるって。……でも、思ったんだが、お前、一人で全部運べるんじゃ―――」

 咲夜は魔理沙の言葉を最後まで聞かずもう一つの包み括りつけ終わったフランへと話しかける。

「フランお嬢様、魔理沙に振り落とされないようお気をつけくださいね」
「大丈夫、魔理沙は嘘は一杯つくけどそんな傷付けるようなことしないよ。ねっ、魔理沙」

 フランは完全に魔理沙を信頼しきっているような笑顔を浮かべる。
 だが、魔理沙はそれどころか咲夜に声をかけたいようだ。

「ああ、私はそんなことしない。けど、それよりも咲夜―――」
「よかったわね。フランお嬢様に信頼してもらえて。……では、私はこれで。おフタリとも紅魔館でお待ちしていますわ」

 またも魔理沙の言葉を無視し咲夜は姿を消してしまった。時を止めて走っていたのだろう。おそらく、すでに紅魔館の方についているはずだ。

「……あ、おい、待てよ!」

 遅れて叫ぶがその声は決して届かない。

「どうしたの?」

 フランは何もない虚空へと向けて叫ぶ魔理沙を不思議そうに見る。

「いや、あいつ、実は一人でも全部運べたんじゃないかと思ってな」
「そんなことをうだうだと気にしてたって仕方ないわよ。咲夜はさっさと行っちゃったんだし。私たちも早く行こう?」
「ああ、そうだな」

 いなくなってしまった人間には何も言うことが出来ない。そう思って諦めることにした。出発の間際までなんとか本を運ぶのを免れようとするとはさすがの諦めの悪さである。

 魔理沙を前にしてフタリは箒の元へと近寄り、魔理沙が最初に箒に乗る。その後ろにフランが乗り、魔理沙の腰にしがみついた。

 魔理沙は箒を浮かせようとする、が浮かび上がらない。

「流石に重量オーバーか。フラン、降りてくれ」
「なんでまず私を降ろそうとするのよー。魔理沙は魔力も貧弱なんだね」
「人間には限界、っていうものがあるんだ。仕方ないだろ」

 ふわり、と箒が浮かび上がる。突然のことに魔理沙は少々慌てる。

「だったら、私が手伝ってあげるわ。魔理沙との共同作業だね」

 嬉しそうなフランの声。それにつられるようにして魔理沙は微笑を漏らす。

「私は幻想郷最速だ。振り落とされてから力を貸したことを後悔するなよ」

 フランと魔理沙を乗せ、更に五十冊近くの本が括りつけられた箒がゆっくりと上昇していく。

「大丈夫よ。私は、絶対に魔理沙のことを離さないから」

 その声と同時にフタリを乗せた箒は急加速した。

「あははは、速い速ーい!」

 フランの楽しげな笑い声が幻想郷の曇り空に響き渡った。



 霧の湖に浮かぶ孤島にある紅魔館。その、門の前に紅美鈴は立っていた。

 彼女の今の役目は紅魔館に侵入しようとするモノたちを排除すること。それと、紅魔館に住むモノたちを出迎えることだ。

 先ほどまでは傘をさして門の見張りをしていたのだが、雨の上がってしまった今、傘は門の入り口の横に立て掛けられている。

 彼女の頭や足や腕には包帯が巻かれている。それは、フランを止めようとした時に出来た傷だ。

「あら、もう大丈夫なのかしら?」
「うわっ!……って、なんだ咲夜さんですか」

 美鈴は突然声をかけられたことに驚き、声のした方を向く。そうして、すぐにその声が咲夜のものだということに気付いた。

「なんでそんなに驚いてるのよ。起きてるように見えたけど、実は寝てたりしてたのかしら?」
「いえいえ、そんなことはないですよ。フランドールお嬢様と咲夜さんが帰ってくるまでは寝るつもりなんて一切ありませんよ」

 胸を張ってそう答える。

「ただ、フランドールお嬢様と一緒に帰ってくるものだと思っていたのでいきなり現れるとは思っていなかったんですよ」
「ふーん、じゃあ、そう思っておいてあげるわ」

 咲夜は美鈴に疑いの眼差しを向ける。もともと目が鋭いこともあって睨まれているようにも見える。しかし、咲夜のことを見慣れている美鈴は動じない。

「えー、私そんなに信用ないですか?」
「だって、いつも貴女、門の前で寝てるじゃない」
「な、なんで知ってるんですかっ?!」

 露骨に驚きを表す。この感情が素直に表れるところが彼女の魅力の一つでもある。

「暇な妖精たちが教えてくれるのよ。……まあ、侵入者が近付いたらちゃんと起きてるみたいだから許していてあげてたんだけれどね」
「ああ、そうだったんですか。ありがとうございます」

 深々と一礼。何かが間違っている気がしないでもない。

「何だか素直に受け取れないわね、そのお礼。まあ、いいわ。それよりも、怪我の方は大丈夫なのかしら?」

 美鈴が門の前で倒れている、というのを妖精から聞いて彼女の手当をしたのは咲夜だ。妖精たちが黙って治療をする、ということはありえないし、仮にしたとしても適切な処置をする、ということはまずない。

「ええ、もうこの通り。フランドールお嬢様も手加減してくれましたし、咲夜さんの治療のおかげでもあります」

 美鈴は咲夜に満面の笑顔を向ける。

「そう、ならよかったわ」

 咲夜も美鈴に微笑み返す。咲夜がレミリアに向けるのとはまた違った親愛の情がそこにはある。

「そういえば、フランドールお嬢様はどうなさったんですか?まさか、魔理沙さんのところに泊るとか?」
「それはないわ。フランお嬢様は魔理沙を連れて帰ることに固執していたから。ある事情で魔理沙と帰ってくるでしょうから、お出迎えよろしくね」

 咲夜は紅魔館の玄関へと足を向ける。

「あれ?どこに行くんですか?咲夜さんもフランドールお嬢様のお出迎えをしてくれるんじゃ……」
「私は今からパチュリー様の所に用事があるのよ。……ああ、そうだ。魔理沙が来たらパチュリー様の所まで連れてきてくれるかしら」
「あ、はい。わかりました」

 美鈴の返事を聞いて、咲夜は今度こそ紅魔館へと向かって行った。



 咲夜が紅魔館へと入って十数分後。美鈴は独特な気の流れを感じた。

 ―――フランドールお嬢様が戻ってきたみたいですね。

 空へと視線を向けるとこちらに向かってくる小さな点が一つ。近づいてくるにつれ、三角帽子と宝石のような羽が確認できるようになってくる。

「おお?門番がわざわざお出迎えか」
「なんでそんな珍しそうな声を上げるんですか。私はいつだってここにいるでしょう?」
「そう言えばそうだな。いつも私の邪魔をしてくるだけだから忘れてたぜ」

 ふわり、と魔理沙は地面に足をつける。フランは足がまだまだ治っていないので地面にはつけない。

 フランが箒から離れると、どすん、という音がして箒が地面に落ちる。それに引っ張られるようにして魔理沙も地面に倒れた。

「フラン、離れる時は箒を地面に下ろしてからにしてほしいぜ……」

 地面に倒れたままそう言ったがフランの耳には届いていないようだ。フランは、おずおずとした様子で美鈴へと近づいていく。

「ねえ、美鈴。怪我は、大丈夫?」
「ええ、全然平気ですよ。ですから、フランドールお嬢様のなさったことはお気になさらないでください」
「うん、そうみたいね。よかったぁ……」

 咲夜から美鈴の無事は聞いていたが自分で様子を見るまではやっぱり不安だったようだ。美鈴の言葉と様子からフランはほっと胸を撫で下ろした。それと同時に安堵の笑みが漏れていた。

「私のことは無視か……」

 服についた泥を落としながら非難がましく呟く。

「あ、ごめんなさい、魔理沙」
「いいっていいって、そいつのことが心配だったんだろ?」

 ひらひらと適当に手を振る。本当に気にしていないのだろうか。

「じゃあ、私はこの辺で帰らせてもらうな。本はお前たちが運んでくれ」
 手早く包みを箒から外し、箒にまたがる。
「あ、魔理沙さん、待ってください。咲夜さんにパチュリー様の所まで連れて行け、と言ってたのでご同行お願いします」

 美鈴はそう言いながら魔理沙の腕を掴んでいた。美鈴に声をかけられたことでそちらに気を取られていた魔理沙は逃げる暇もなかった。

「……悪い予感しかしないんだが」
「例えそうだとしてもついてきてください。怒られるのは私なんですから」
「私には関係のないことだな。……というわけで、私は帰らせてもらう」

 そう言って箒を飛ばせようとする。しかし、美鈴はとっさに魔理沙を羽交い絞めにした。その隙をついて、フランが魔理沙から箒を奪う。

「フラン!お前は私の味方じゃなかったのか!」

 芝居の掛かったような台詞を言う。とりあえずなんでもいいから言っておこう、というつもりらしい。

「うん、私は魔理沙の味方よ。でも、私はそれ以上に魔理沙と一緒にいたいからこうして魔理沙の敵に回るようなことをするんだ。ほんとは魔理沙を裏切るのは心苦しいのよ」

 胸に手をあて、フランも芝居の掛かったような仕草をする。

「なら、早くその箒を返してくれ」
「ヤダ。……じゃあ、美鈴、早くパチュリーの所に行こ」

 笑顔で即答。それから美鈴に催促する。

「了解です、フランドールお嬢様。……あ、そこの本、お願いしてもよろしいでしょうか」
「うん、わかった」

 フランは魔理沙の箒を持ったまま本の包まれた風呂敷へと近づいていく。
 その時になって、このままだとひとつしか持てない、ということに気がつく。しかし、打開策はすぐに思い浮かんだ。

 フランは自分の分身を一つ、召喚し、それに風呂敷を一つ任せる。フラン本人は余ったもう一つを片手で持ちあげる。

「すみません、フランドールお嬢様」
「ううん、いいわよ、気にしないで。美鈴は魔理沙が逃げないように頑張ってよ」
「はい、頑張らせていただきます」
「別に頑張らなくてもいいんだがな……」

 羽交い絞めされたまま持ち上げられた魔理沙は足をぶらぶらさせる。が、それだけで実害は特にない。

 フランも美鈴も魔理沙の言葉に反応することなく図書館の方へと向かって行った。



「咲夜さーん、魔理沙さんが来たので連れてきましたよー」

 美鈴の声が部屋の中を反響した。

 外観からはありえないほどの広さをもったパチュリーの図書館。人間には到底読み切ることのできないほどの本がそこには収められている。その全てをパチュリーは読み切っているという。

 本棚が林のように立っており、まるで迷路のような様相をなしている。しかし、空を飛ぶことができれば出ること自体は容易だ。問題なのは、探すのが困難だということだ。

 しかし、この図書館の主のいる場所には大体の見当は付けることができる。パチュリーは大抵、大机のある場所に座って本を読んでいる。

 フランたちは迷わず、そこに向かって咲夜を見つけた。大机にはパチュリーが座っているのも見える。

 そして、彼女の周りには本の山ができていた。恐らく咲夜が運んだ本だろう。

「ありがとう。というか、それは連れてきた、というよりも持ってきた、というのが正しいわね」

 羽交い絞めされている魔理沙を見てそう言う。足が力なくぷらぷらと揺れているのが面白い。

「逃げようとしてたから捕まえたんですよ」

 美鈴は魔理沙を放した。突然のことに対処できず魔理沙はそのまま倒れてしまう。

「放す時はもっと優しくしてほしいぜ」

 魔理沙の呟きは誰の耳にも届かない。

「さて、私は門に戻りますね」
「ええ。もし魔理沙が逃げたりしたら頼むわよ。まぁ、今はフランお嬢様が箒を持ってるから大丈夫でしょうけど」
「はい、任せてください。ではっ!」

 美鈴は元気よく返事をして駆け出して行った。

「……で、私に何をさせるつもりなんだ?」

 立ち上がってそう聞く。面倒なことに巻き込まれなければいいなぁ、という雰囲気が明らかに漏れてきている。

「簡単なことよ。貴女が持ち出した本を元の場所に戻せ、それだけよ」
「そんなの、咲夜一人で充分だろ」

 魔理沙の口からは即座に文句が垂れてくる。

「私はこれから夕飯の準備をしなくちゃいけないのよ。それに、貴女が持っていった本でしょう?そんなに言うなら夕飯の準備もさせるわよ」
「そっちの方がごめんだぜ。……というか、パチュリー。お前が付けた相手を服従させる首輪なんて作るからいけないんだ!」

 ヒトリだけ座っているパチュリーを指差す。対して、パチュリーは魔理沙の言葉にきょとん、とする。

「え?なんのこと?私、そんなもの作ってないわよ」
「は?だって、フランと咲夜が……」

 途中で黙り、少々考える。それから、ゆっくりとフランと咲夜に視線を向けた。

「お前ら、嘘付きやがったな!」
「あら、でも、あながち嘘、って言うわけでもなさそうよ。ほら」

 平然とした態度で魔理沙の怒気を受け流し、パチュリーを指差す。

「……相手を服従させる首輪、面白そうね。こあ!」

 ぶつぶつ呟いていたパチュリーは紅魔館の図書館の司書である小悪魔の名を呼ぶ。

「はいはいはい、何でしょうかパチュリー様」

 本棚の林の中から慌てたようにこあがやってくる。

 こあは本来いつの間にか紅魔館の図書館に住み付いていた悪魔なのだが、いつの間にやらパチュリーの使い魔的存在となっていた。使い魔的なのでパチュリーの指示を無視することはできるが、あまりそういうことはしない。

「服従系、支配系、それと洗脳系の魔法に関する資料をリストアップしておきなさい。今度、研究したいと思うから」
「服従系に支配系に洗脳系ですね。わかりましたー。それにしても、誰に使うんですか?魔理沙さん?」

 大机の上にある紙にペンでメモを取りながら聞く。

「ええ、魔理沙を服従させることができれば本が返ってこないなんてことはなくなるでしょうから」
「えー、その程度のことにしか使わないんですかー?どうせなら、犬耳や尻尾を付けて、首輪にリードをつけてあんなことや、そんなことを―――っ!?」
「そこまでよっ!」

 こあの後頭部に大きな石が直撃した。パチュリーが魔法を使ったようだ。今の一撃でこあは完全にノビてしまっている。

「うきゅ〜……」
「こあには被験者として頑張ってもらうわね」

 聞こえてはいないと知っていながらもそんな言葉を投げかける。

「見事に墓穴を掘ったみたいね」
「こんなことなら、最初っから全力で逃げておくんだった……」

 魔理沙は床に両手をついてうなだれる。

「嘘から出た実、だねっ。完成した暁には真っ先に魔理沙のところに行くからね」

 フランは嬉しそうに魔理沙に抱きつく。箒をもったままなので掃く部分が顔に当たったりしているが魔理沙は気にする余裕もなさそうだ。

「ほら、魔理沙項垂れていないで早く片付けなさい。……フラン、その箒、貸してくれる?」

 パチュリーはフランたちの方に近づいて手を伸ばす

「うん、いいよ。はい」

 魔理沙に抱きついたままフランは箒を手渡す。

「ありがと。……さてと」

 パチュリーは大机の上の筆立てから錐を取り出す。

「何故、そのような場所に錐が……」
「魔法陣を刻むための刃物は魔法使いの必需品よ」

 それが何故錐なのだろうか、と咲夜は思ったが、この館の主の友人である彼女がすこし変わっているのは当の昔から知っている。だから、追及しようとはしなかった。

 咲夜がそんなことを考えているとは知らずパチュリーは魔理沙の箒に錐で魔法陣を描いていく。錐で彫られた場所が光る。それは、パチュリーの魔力がそこに埋め込まれていっている証拠だ。

 ちなみに、大抵の魔法使いは魔法陣を刻むのにナイフを使う。

「ねえ、何の魔法陣を描いてるの?」

 フランは魔理沙を放し身体を起こしてパチュリーの方を見る。そのせいで、魔理沙はフランに乗られるような形になる。

「これには、この箒の使用者をこの図書館の中に閉じ込めておくための魔法が込められているのよ。この箒を持って外に出ようとすれば……まあ、この先は実際に魔理沙が出て行こうとしてからのお楽しみよ。……よし、出来たわ。魔理沙、これは返すから本を元の場所に戻すのは頑張るのよ」

 フランは魔理沙の手に箒が渡るのを見るなり魔理沙の背中から降りた。といっても床に足をつけたわけではない。

「そんな簡単に返していいのか?」

 箒に描かれた魔法陣を爪で擦りながら言う。そのお陰で、凹凸が消え魔法陣の描かれた部分が平らになる。

「って、ありゃ?消えないぜ、これ」

 けど、魔法陣の輝きは健在だった。凹凸がない分見栄えもよくなっている。

「当たり前よ。錐で傷つけるのはより深くに魔力を染み込ませるため。あくまで刃物で傷つけるのは補助的な行為なのよ。インクを染み込ませるのも同様の意味があるわ。ちなみに、貴女は魔法陣を使うことがあまりないから知らないでしょうけど、魔法陣にその術者よりも強い魔力を流せば簡単にその魔法陣を無力化できるわ」

 パチュリーが魔法陣に関する蘊蓄を垂れ流す。魔法陣の無効化の方法まで喋っているのは壊されない自信がある証拠だろう。

「ふむ、それはいいことを聞いたな。フラン、頼む」
「えー、その魔法陣を壊しちゃったら魔理沙帰っちゃうんでしょう?だから、やだ」
「咲夜、お前なら」
「なんでそこで私に振るのかわからないわね。魔力だけで言うなら私は貴女よりも下よ?仮に、貴女よりも、更にはパチュリー様よりも魔力が上だったとしても協力する気はないけれど」

 誰からの協力も得られないと悟った魔理沙は箒に飛び乗る。もしかしたら出られるかもしれない、と思ったのだろう。

 勢いをつけて図書館の出口へと向かっていく。扉も突き破らんかのような勢いだ。
 いつもならそれで扉は粉々になり魔理沙は外へ出ることができていた。

 しかし、扉に触れる直前に箒はぴたり、と動きを止めた。そして、ゆっくりと床に向けて下降していく。

「咲夜―――」

 魔理沙が箒から飛び降りて箒を掴み扉を開けるのを見るなりそう呟いた。咲夜は一瞬でそこに込められた意図を汲み取った。

「了解です」

 一瞬にしてフランたちの視界から消える。それから数瞬後、扉のある場所から動かなくなった箒を必死に引っ張っていた魔理沙の姿も消える。そして、瞬きをする間もなくフランたちの前に咲夜と魔理沙が戻ってきた。

「あれ?私は箒が動かなくてそれを引っ張っていたはず……」

 突然のことに混乱しているようだ。だが、すぐに現状を理解する。

「咲夜、時間を止めるのはずるいぜ!」
「あら、別にずるくはないわよ。それとも、正攻法でフランお嬢様に追いかけられたかったかしら?」
「えー、なにその私が危険みたいな言い方。昔はそうだったかもしれないけど、今はちゃんと手加減もできるわよ」

 フランは咲夜の言葉に不服を申し立てる。

「そういえば、そうでしたわね。すみません、昔の感覚で喋ってましたわ」
「まっ、いいけどね。どっちにしろ、箒から降りた魔理沙なら絶対に逃がさないよ。なんなら、魔理沙、もう一回逃げてみてよ。今度は私が捕まえるから」
「……わかったよ。もう逃げない。で、こいつらを片付ければいいんだろ」

 ばんばん、と本の山を叩く。

「本を叩かないで」
「細かいことを気にするな」

 笑いながらそう答える。本の山を叩くのはやめている。

「細かくない。手荒に扱うと本はすぐにダメになるのよ。よく、そんな粗雑な性格で魔法使いなんてやっていられるわね」
「何を言ってるんだ。私は繊細だ。服の汚れを気にする程度にはな」

 いつもお得意の軽口が口から出てくる。対して、パチュリーは魔理沙のそんな態度にため息をついた。

「それぐらいは普通よ。……はあ、貴女には何を言っても無駄そうね。さっさと片付け、始めましょうか。……咲夜、頼んでもいないのに魔理沙をここまで連れてきてくれてありがとう。もう、下がってもいいわよ」
「いいえ、お気になさらないでください。頼まれていないことにまで気を回すのも従者としての仕事ですわ」
「本当に優秀ね、貴女は」
「お褒めいただき光栄です。……それでは」

 優雅に一礼をすると、咲夜の姿は消えてしまった。

「さてと、片付けを始める前にこあを起こすとしましょうか」

 そう言って、短く呪文を口ずさむ。中空から水の塊が現れてこあの上に落ちた。

 気絶して水の塊に気付くことすらできなかったこあは勢いよく水を浴びてしまう。

 水を浴びてから数秒後、こあはゆっくりと目を開く。

「……あれ?私、何時の間に横になってたんでしょうか。って、何故かびしょ濡れにっ?!」

 こあは慌てたように上体を起こす。

「やっと起きたわね、こあ」
「酷いですよ、パチュリー様!岩を頭にぶつけて気絶させた後に水をかけるなんて!」

 こあがパチュリーへと詰め寄る。こあからは水の雫が次々と落ちてきているが、パチュリーの服は全く濡れない。何か魔法を使って水を弾いているようだ。

「貴女が口を開かなければこういうことにはならなかったわ」
「せめて、せめて起こす時だけは、パチュリー様の口付けで……っ?!」

 今度はパチュリーの手から分厚い本がこあの頭へとぶつけられた。気絶はしなかったものの頭を抱えてうずくまってしまう。相当痛かったようだ。

「お前こそ、本を手荒に扱ってるじゃないか」
「この本は攻撃用よ。ほら、この通り中は真っ白」

 ぱらぱらぱらぁ、っと本をめくるのをフランと魔理沙は覗きこむ。確かに、パチュリーの言うとおりその本は何も書かれていない状態だった。

「でも、なんで本なの?もうちょっと攻撃力のありそうなものでいいんじゃない?打撃武器ならメイスとか」

 フランがそんなアドバイスをする。貧弱そうなパチュリーがメイスを使えるとは思えないが、魔法を使えば簡単に振り回せるだろう。

「持つのが面倒だわ。その点、本なら抱えることも出来るでしょう?それに、常日頃手にしてる物の方が落ち着けるし」
「ふーん」

 基本的にはどうでもいいことだったようだ。

「なんだか、淡白な反応ね。ま、いいわ。早く片付けてしまいましょう」
「ねえ、私も手伝っていい?」
「フランも?……ええ、いいわよ。箒を使って逃げれないとは言え、油断は出来ないから逃げないようにお願いね」
「うん、わかった」

 笑顔を浮かべて頷く。魔理沙といられるのがよっぽど嬉しいようだ。

「おいおい、なんでそんなに信用がないんだ?」
「自分の胸に手を当てて考えてみなさい」
「そんな必要はない。私は常日頃から自分の行動は省みてるからな」
「また、そんな嘘を。そんな減らず口をきいてる暇があったらさっさと片付けるわよ。……こあ、そこに積んである本をどこに片付ければいいか魔理沙に教えてあげて」

 魔理沙にこれ以上喋らせないため、こあに話しかけた。

「うぅ……、ひどい、ひどいです。私がこんなに痛がっているというのにパチュリー様は全然心配してくださらないし、やっと声をかけてくださったかと思ったら仕事のことだし……。パチュリー様は、私の、私のことが嫌いなんですかっ!?」

 勢いよく立ちあがりパチュリーへと詰め寄る。対して、パチュリーは冷静だ。

「別に嫌いではないわよ。貴女がいなければこの図書館の管理は難しいでしょうし。ただ、貴女は暴走しすぎるのよ。飼い犬に手を噛まれるようなことはしたくないわ」
「犬……。飼い犬……?私が、パチュリー様の飼い、犬……?そんな、パチュリー様駄目です、そんなこと!」

 こあはどこか遠くへとぶっ飛んでしまった。ヒトリで恍惚の表情を浮かべる。

「今日のこあは使い物にならないみたいね。しょうがない、私は片付け終わるまで本を読んでるつもりだったけど、私がどこに片付ければいいのか指示を出すわ」
「役に立たない司書だな」
「口を開きさえしなければ優秀な子なのよ。……でも、確かに一度口を開くと役に立たなくなるのよね。使い魔の一匹ぐらい自分で召喚してみようかしら。ここにちょうど悪魔を召喚する方法が記された本もあるし」

 パチュリーがそう呟いた瞬間。

「待ってください、パチュリー様、私は役立たずじゃないですよ!さあ、フランドール様、魔理沙さん。さっさと本を片付けてしまいましょう!」

 こあが瞬間的に自分の世界から戻ってきた。

「おお、一気にやる気になったな」
「そうだね。……あ、こあ、主に働くのは私じゃなくて魔理沙だから、そっちに指示を出してちょうだい」

 フランは魔理沙と一緒に居れさえすればいい、と思っているので主には魔理沙を働かせるつもりのようだ。

「はい、わかりました。では、早速、この本とこの本を十六番の棚に持っていってください。本はアルファベット順に並んでますので、ちゃんとした場所に入れてくださいね」

 言葉こそ丁寧だが、本を押しつけるような形になっている。

「パチュリー様、その本も片付けて差し上げましょう」

 今度はパチュリーの持つ本を取ろうと、もとい奪おうとする。

「いいわよ、別に。まだ読んでるから」
「いえいえ、もっと、パチュリー様に合った本がありますよ。是非ともそちらを読みましょう」

 ぐいぐい、と本を引っ張る。パチュリーも簡単に渡すつもりはないようで意外に強い力で抵抗している。

 ただ、強く引っ張りすぎると本が傷ついてしまう、という思いがあるせいで本気で引っ張ることはできない。それは、こあも同じである。本を傷つければパチュリーの怒りを買ってしまうことになる。

 両者ともに硬直状態に入る。

 そして、そうなれば、当然、

「こあ、頭上に気をつけなさい」

 パチュリーの声と同時にこあは本を離して後ろに跳んだ。しかし、それ以上何も起きない。

 こあはそのことに首を傾げる。彼女はてっきり頭上から石なり水なりが落ちてくるものと思っていたのだ。

「引っかかったわね。……それじゃあ、ちゃんと片付けはしておくのよ。私は奥の部屋にいるから」

 魔法で体を浮かせ、思ったよりも速い速度で扉の方へと向けて飛んで行く。直立不動の状態で飛んでいるためかなりシュールな光景になっている。

「あっ!パチュリー様、ずるいですよ!」

 すぐに状況を理解したこあはパチュリーを追って飛ぶ。速度はこあの方が早い。しかし、反応が遅れた分だけ距離がある。

 パチュリーは扉を魔法で開き入って行く。そして、扉が閉まり鍵の掛けられる音が響いた。

「パチュリー様、開けてください!私は、私は、私は……っ!」

 どん、どん、どん、と扉を叩くが中から反応は返ってこない。こあの無駄に悲痛な声が聞こえるだけだ。

「……私たちはいつまで待ってればいいんだろうな。帰ってもいいか?」

 手持無沙汰な魔理沙がフランに話しかける。フランも同様に暇な状態だ。

 魔理沙は手が疲れたから、と言って本を床に置いていた。

「ダメよ。本当は帰って欲しくないくらいなんだから」

 フランは再び魔理沙の右腕に自分の腕を絡める。帰すつもりはない、と行動で示しているようだ。

「絶対に帰らせてもらうからな」
「わかってるわよ。だから、こうやって出来るだけ魔理沙と一緒にいられるように、触れていられるようにしてるんだよ」

 ぎゅーっ、と体を寄せて更に体を密着させる。

「そんなに押すな、倒れるだろ」

 左手でフランを押し返そうとするが箒を持っているせいで押し返すことが出来ない。

「今まで魔理沙が私のところに来なかった分の不足分を補ってるのよ」
「私から何を摂取しようって言うんだ?」
「魔理沙の、温もりに、体温に、匂いに、存在に、愛っ!」

 右手の指を折りながら述べていく。特に最後の愛、の部分には力がこもっていた。

「私に愛は含まれてないぜ。レミリア辺りから姉妹愛でも摂取するんだな」
「じゃあ、魔理沙。私のことを好きになって。そしたら、改めて魔理沙の愛をちょうだい」
「それは難しいな。もし仮に私がフランのことを好きになったとしてもあげることはできなさそうだな。愛は誰かにあげれるようなものでもないしな」
「えー、でも、愛を注ぐ、って言うじゃない」
「……おっと、小悪魔のやつ、やっと諦めたみたいだな」
「あー!はぐらかした!」

 フランは魔理沙の腕を軽く引っ張ったりするが、反応は返ってこない。もう、この話題に関して答えるつもりはないようだ。

 ……まあ、いっか。まだ、全部の本を片付け終わるまで時間はたっぷりある。その間に聞き出してしまおう。

「何を言ってもパチュリー様が出てきませんので、本を、片付けてしまいましょう。……魔理沙さん、さっき渡した本を先ほど言った場所に持っていってください」

 明らかに声のトーンが落ちていた。恐らく、彼女はパチュリーが新しい悪魔を喚び出して自分のことは忘れてしまうのだろう、と思っている。

「さて、箒で飛ばしてくか」
「えー、折角なんだから歩いて片付けようよ。そっちの方が長く一緒にいられるわよ」

 しかし、フランと魔理沙のフタリはこあの心情には気が付いていない。

 フタリは腕を組んだまま本棚の林の方へと向かっていく。

「……はあ、しょうがない。とりあえず、腕を組むのだけはやめてくれ。本が運びにくい」
「ホントはイヤだけど、しょうがないわね。でも、その代わり箒を使うのは禁止ねっ」
「わかってるわかってる」
「ホントにわかってるの?なんか信用できないわね。……というわけで、箒は没収ー」

 組んでいた腕を放して、魔理沙の左手から箒を奪い取る。そして、大机の方に向けて投げた。

「おいおい、もう少し優しく扱ってくれよ」
「何言ってるのよ。いっつも箒で扉とか壁とかに突っ込んでるのに」
「あれは一応、魔力で箒の強度を上げてるんだ。……っと、お前の口車には乗せられないぜ。そうやって長話させて私が帰るのを遅くさせるつもりだろ」

 口の軽い魔理沙はこういった口車には非常に乗せられやすい。そして、大体相手が止めるまで続けるのだが、今回は違った。

「もっと乗ってくれればよかったのにー」
「ははは、そう簡単に乗せられはしないぜ。よし、夜が更ける前にさっさと終わらせよう」
「ゆっくりとやってもいいわよ」
「私はゆっくり動くことが出来ないんだ」

 そんな無駄話を交えながらフランと魔理沙は本の片づけを始めた。



「レミリアお嬢様、少し遅れましたがフランお嬢様を連れ帰りましたのでご報告に参りました」

 紅魔館の最奥の部屋。主のためのその部屋にヒトリ椅子に座っていたレミリアの前に咲夜が現れる。

「御苦労さま。思ったよりも遅かったのね」
「はい、向こうで一悶着ありましたので」
「そう、フランに怪我はないのかしら?」

 少しそわそわとしながら聞く。威厳を保とうとしているようだが、妹に対する心配は隠しきれないようだ。

「雨に打たれたのか、足に火傷を負っていましたわ」
「それくらいなら、私たちにとってはかすり傷のようなものよ」

 咲夜の言葉を聞いてレミリアは内心安堵していた。

「はい、存じております」
「……で、報告することはそれだけかしら?」
「今、あの黒白がパチュリー様の図書館の方にいるので騒がしくなるかもしれません」
「それくらいは別にいいわ。もう、慣れたしね」

 小さくため息をつく。咲夜はそれに苦笑を返した。

「そうですね。……あ、お嬢様、お一つ教えて差し上げましょう」

 唐突にそんなことを言う。

「ん、何かしら?」
「熱くなったヤカンは無理して触らない方がいいですよ。紅茶を作る時は沸騰させて、少し冷めたくらいがちょうどいいですから」

 今までの会話とはなんら関係のない言葉だったが、

「な、なんのことかしら?」

 咲夜の言葉に威厳ある主だったレミリアがうろたえ始める。

「お嬢様が紅茶を入れるため、沸騰したお湯の入ったヤカンを持ち上げようとして、あまりの熱さにヤカンを落とし、大惨事となった。今、紅魔館内で最もホットな話題ですよ。暇な紅魔館内の妖精全員に伝わっていますわ」
「――――っ」

 レミリアは絶句してしまう。自らの恥が紅魔館内に広まってしまっていることがよほどショックなようだ。

「それよりも、火傷はございませんか?」
「だ、大丈夫よ。大丈夫」

 自分を落ち着けるようにそう言う。

 深呼吸をする。息を深く吸って、大きく吐く。
 徐々に気持ちが落ち着いてくる。

 そう、あの程度の失敗、忘れてしまえばいいのだ。どうせ、この館にいるのは妖精ばかり。すぐに忘れてくれるはず。

 そう思ったが、

「お言葉ですがお嬢様。今さら何をしようとも、お嬢様に威厳を感じるモノはいないと思いますわよ」

 咲夜が止めの一言を口にしてしまう。

「あ、貴女は私の従者のくせにそんなことを言うのね」
「事実を言っているだけですわ。変に見栄を張ってる方がみっともないですわよ」

 追い討ちの言葉でレミリアは完全に落ちた。そのまま机の上に突っ伏してしまう。

「そんなに気に病むことはないと思いますよ。威厳だけが君主に必要なものではないのですから。……さて、私は夕飯の準備をしてきますね」

 恭しく一礼をすると、咲夜の姿は消えてしまった。

 後には、机に突っ伏したままのレミリアの姿。

「威厳だけではない……。そんなこと、わかってるわよ。ただ、私は形としての君主らしさもほしいのよ。というか、自分の主に向かってずけずけとそんなこと言うんじゃないわよ……っ」

 誰に言うでもなくレミリアは不貞腐れたように呟く。

 それから、すぐに気持ちを切り替える。けれど、体を起こすのが面倒なのか、机に突っ伏したままの恰好でいる。

(……それにしても、今回はフランが外に出れるような機会ができてよかったわ。本当は私が直接伝えたかったのだけれど、今更どう言えばいいか分からなかったし)

 しっかりと椅子に座りなおす。威厳のある姿を演じて見せる相手もいないのでそれなりに崩した座り方をしている。

 いつも紅魔館に侵入してくるお騒がせな黒白魔法使いを頭に思い浮かべる。
(霧雨魔理沙、癪だけど本当にあいつのお陰ね。お礼を言うつもりはないけれど)

 それから、フランの未来を想った

(フラン。こうして、世界が開けたことで、貴女はどんな運命を視ることになるのかしらね?)

 籠から放たれたヒトリの少女。彼女の道を照らすモノは少なからずもいる。けど、その道がどこに続いているのか。それは、レミリアにもわからない……。


 FIN



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